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・・・今日、PCをドックで再生をしていただくことになりましたので、シバラクさようならだ。一週間くらいとのことですが、チョッと寂しいね・・・。もう少しで引き取りにくるはずですが・・・。ヘナチョコ日記も、もぅすこし大海を観なさいということなのでしょうか、壺の中から脱出するいい機会なのかも知れません。と、言うことでシバラクは書けないことになりそうですが、宜しくお願いいたします。別のPC二つほど在るのですが、繋いでないのですがセットすれば大丈夫なのですが・・・モノグサ、なのです^^;。気が向けばいじくってみたいと思いますが・・・、今の心境では放って置く可能性ありですだが、キッカケしだい。では、シバラク、PC、さようなら・健康になって戻ってネ
2005年01月30日
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...昨日、ついにPC液晶画面が映らなくなり、何も見えず。特急修理の手配を完了したが一週間ほどかかる?とほほ。。テレビに接続してして今は見ているが、凄く見ずらいのですョ・・・。今日は最近の一連の報道、NHK・朝日・政治家の三すくみ問題を取上げた西村真悟議員のメルマガを一読してもらいたいのです。 最近の出来事について 正月早々、ベトナムに行っている時に、現地ホテルのテレビでNHKを観ていると、安倍晋三・中川昭一の両君が映っていた。 日本へ帰ると、これが、朝日新聞による両君の「NHK言論表現の自由に対する政治干渉」報道に発する騒ぎであることが分かった。 馬鹿らしいので今まで黙っていたが、以下申し上げる。 NHKの番組に対して、国会議員が「馬鹿な番組である」等、いくらでも言っている。これが言えない国会議員は、無能である。 つまり、言論表現に対して、優か良か可か不可か、を国民が言うのが民主主義社会であり、その国民から選ばれた国会議員は、さらに、いつも、それを言うだけの見識を保持していなければならないのだ。そして、国会議員は、その意見を表明することにより、その意見に対する国民の審判を受ける立場にも立つのである。そうでなければ、国民は判断材料を失い、そもそも自由主義社会が成り立たないではないか。(意見の無い、出ない社会は、全体主義社会である) ましてをや、国民から集めた金で番組を作っているNHKの予算編成を審議し、そのNHK作成の予算が良いのか悪いのか結論を出すのが国会なのだ。 よって、NHKに関しては、一般より更に、 「あんな,あほな番組を,国民から集めた金で作るな、作りたかったら、民営化して企業から集めた金で勝手に作れ」 と言わねばならないのが,国会議員である。 斯く言う私も、NHKの職員が議員会館にくれば,何時も番組の内容について言うべきことを伝えている。(NHK役員は,予算が国会で決まる制度上、よく国会議員の部屋を訪ねてきて、NHKの原状を説明するのだ) 私に関する新しい記憶では、大河ドラマの「宮本武蔵」という番組で、私が尊敬する映画監督である黒澤明の「七人の侍」の盗作をNHKがやった。この盗作を「けしからんではないか、以後、盗作はするな」と「圧力」をかけた。 また、どーも君というぬいぐるみ人形がNHKの画面に出始めたとき、始めの頃は「あー、あー、うー、うー」という声を出していた。 私は、この直後に私の部屋を訪れたNHK役員に対して「あの声は止めろ、あの声は、脳性麻痺で言語障害の小児麻痺の子の発声と同じだ。言語障害の子がいる家の人は、どんな思いで、あのぬいぐるみの「あー、あー」という声を聞いていると思っているんだ。無神経過ぎる」と言って、発声中止の「政治的圧力」をかけた。(それから今に至るまで、どーも君は、あー、あーと発声していない)・・・と、言うわけで、私もNHKにはためらわずに「政治的圧力」をかけているのであるが、この度の昭和天皇に有罪を言い渡す「女性による裁判」とやらの番組に関しては、丁度その頃NHKの役員が我が部屋を訪れていたとすれば、「あほか、馬鹿馬鹿しい。止めとけ、民放になってからやれ」ということくらい、確実に言っている。 何故か、それがNHKの予算を決める国会議員の仕事だからだ。 今回の問題になっている番組が、あまりにも下劣であるのにこれが見過ごされ、それどころか、正論を言った国会議員が逆に、「言論弾圧」という匕首で攻撃されたということは、NHKはもはや国民からお金を集め、国民から預かったお金で番組を作る資格がなくなったと言うことを意味する。 加えて、鬼の首を取ったかのように報道した朝日新聞は、国民新聞というより、左翼系セクトの機関紙の本質を先行自白したものと解釈すべきである。 要するに、今回の「女性戦犯法廷」と、それに関するNHKや朝日新聞のことを思うだけでも、汚らわしい。 そのような、1月27日、私は、同志また支援者150名と共に、伊勢神宮に参拝してきた。 内宮の御前に佇んだとき、「お国の元のご先祖のまえ」にいた。その悠久の素朴さに心が鎮まり、目に思わず涙が溢れた。 そして、お神楽を拝し、無限の安らぎを感じた。 伊勢神宮は、毎年参拝させていただくごとに、少しずつ小賢しい現在社会で身につけた表層の皮が剥がれて、無限の素朴な太古の思いが浮かび上がってくるような気がする。 やはり、伊勢そして志摩は神々の国だ。 このお社と、森と山河と海と伊勢志摩の人々に感謝して帰路についた。 ^^^^^^^^^^ 朝日の誤報?捏造?作為?から始まった政治家の介入と、番組が国営放送に耐えうるものなのか?報道機関であれば何をどんな風に記事にしてもよいのか?が改めて問われる重要なことを含んでいる無関心ではいられないものです。NHK会長の辞任で決着がついたなんてことは誰も思っていないはずですし、今回の朝日の報道は以前の改ざんしたなどという教科書問題を捏造した事を想起させられます。そういえば、産経新聞以外は何処の報道機関も今だ謝罪記事は出て無いようですが、もぅ忘れたのでしょうか?宮沢さんが近隣諸国に阿り、近隣諸国条項を盛込んだお陰で教科書・教育が変質してしまったのですが、現在は学力低下が問題だと言い募り根本問題は放置されたままのようです。いままた、あらぬマッチポンプ宜しく騒ぎ立てて、何を目的に持ち出したのだろうか?天に向かって唾するようなものなのに、実際、今回の一連の騒動はあらゆる面で視聴者のある覚醒を誘引・誘発したようで、真贋はこれから問われる事になるのでしょうか。でも、反面教師じゃないけれど、古池に投げ込まれた石のように安穏とした現実を撹拌していただけた事は感謝しかないですネ^^;。けれど、各々の報道機関の思惑どうりになるかどうかは、また別の問題のようですが・・・どうなるのでしょうか?民度の高い日本では、情報操作も簡単にはいかないようですね・・・残念!
2005年01月29日
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・・・日々様々な軋轢と不条理の中で生きている。理想と現実の矛盾に呻吟し挫折を味わう事になるけれど、決して絶望の淵に沈んだままではいないはずで、沈むと同時に浮上のキッカケも同じように訪れているのです。ただ現状に一喜一憂するばかりじゃなく、生きるという意識の渇望を失わないようにしていれば必ずや絶望の淵から立上る事ができるはずです。太陽のエネルギーは万人平等に降り注いでいるのですが、人間の恣意性で捻じ曲げてしまい不平等だと言い募るのです。生きられてるだけでこんなラッキーな事は無いのにもかかわらず、その欲望ゆえそれ以上のものを求め続けることになるのですが、そこから真実との乖離が始まるようです。そんな凡人の意識を軽々と超越していたマザー・テレサは、欲望のくびきから心を引離す為にどれほど呻吟したのだろうか、その苦しみの深さが愛の深さと力の源泉なのでしょう。人間でありながら無私の精神で生き続ける事の至難さは、想像を絶する心の葛藤を呼び起すことでしょう。人間でありつつ神の愛・アガペーを獲得でき得た人、マザー・テレサが残された人類への遺言の如く慈愛を提出してくれた。『あなたの中の最良のものを』この言葉の中には生きるエネルギーが全て凝縮している、生きるエネルギーの源泉だろうか・・・。マザー・テレサのように全ての自己を犠牲にして愛を奉げつづけた稀有な人もまたいたのです・・・感謝しかない。「あなたの中の最良のものを by マザー・テレサ」人は不合理、非論理、利己的です。気にすることなく、人を愛しなさい。あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。気にすることなく、善を行いなさい。目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。気にすることなく、やり遂げなさい。善い行ないをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。気にすることなく、し続けなさい。あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。気にすることなく、作り続けなさい。助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。気にすることなく、助け続けなさい。あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。けり返されるかもしれません。でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。このマザー・テレサからの贈り物は、『精神世界の鉄人』を書いている人、トーマ・イタル氏のエッセイからの抜粋ですが、崇高で高潔、そして自愛に満ち溢れ、すくっと立っている言葉の数々の訴求力は読む者をして押し倒されるほどだ。いつになったら自分を手放す事ができるのでしょうか、自他共に一体なのだという事は頭では知っている筈なのに、何時になれば実行できるのだろうか、いつになれば。その時こそ、あらゆるものが共鳴共振し合い至上の愛・アガペー・慈愛に満ち溢れた世界が広がる事になるのでしょうか、あらゆる諸問題を超越でき得たユートピアでありアルカデアでもありパラダイスでもある・・・『?』が出現する。まずは、文明人の失ったものを拾い上げることから始めるしかないようです。それまで“漂えど沈まず”心が溺れないように、糸で心を括りつけて置こうっと・・・。この日記のお気に入りに“精神世界の鉄人”トーマ・イタル氏のエッセイを入れさせていただいてます。是非に一読をしてみてください、新たな発見が嵐のように訪れます。そして翻って己にブーメランのように、そのエネルギーが降り注ぎ始めること請け合いです。ただ、半歩or一歩、だすか出さないか、ただそれだけです。結局われわれの想いの集合が現状になっているようですネ? この世は考える者にとっては喜劇であり、 感ずる者にとっては悲劇だ。 (ウォル・ポール)波間に漂ってばかりでは沈んでしまう、棹のさせる場所が人類には必要なのでしょうか、希望の光もたくさん発せられているしその微光に気付く人も増していることは確かのようだ。
2005年01月27日
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・・・今朝は寒々としている、大寒などという字句を見るだけで寒さが増します・・・・・身も心もネ。いや~もう、やけくそなのか、やりたいほうだいですな~朝日関連はデマ発信機?と化しちゃったようですね~驚愕。どうしちゃったんでしょうか?ボロボロな感じ・・・。HOME表紙の『お気に入り一覧』のページをご覧下さいネ。- Irregular Expressionの欄です。喧々諤々、報道機関同士の騒動が続いておりますが、報道騒動?記事の配信姿勢が問われているにも拘らず、論点をずらした理屈にならない理屈を振りまわして正当性を強弁する事は、それこそ報道機関の信頼性を失う事に繋がらないのだろうか?それぞれの報道機関が普段からの主張を通して、正義へのあるべき姿を日々提出しているのであれば、今回こそその主張すべき本質が明らかになるべき絶好の機会だと思われる。放送法など法律の問題以前に、配信すべき内容についてその情報がどのように必要不可欠なものなのかが配信報道機関内部で、キッチリとフィルターを通してからがあたり前です。我田引水、何でも配信すればよい、というものでもなさそうですが、自社都合論理じゃなく社会倫理がどうあるべきかが問われているのに、自社都合論理を言い募っても違う土俵で言い合いをしても噛みあわないのです、が、作為的にその方向へ誘導しようとの主張が透けて見えることも確かです。NHKの最初の教育番組の内容そのものが、放送に耐えうるものなのか?それの検証が成されるべきが一番であり、その後の一連報道内容の問題は自己への利益誘導、こじ付けの感が否めないのです。大騒動になった今回の問題を期に、本来の各々の報道機関のあるべき姿を模索してもらいたいものです。小賢しく利益誘導的な組織拡大及び日本弱体化を鎧の下に隠したような配信記事はやめ、本来の着眼大局をキッチリと標榜し直してもらいたいものです。それに今まで通用したことが通用しなくなっている事も確かで、個人の情報収集能力は格段のものがあります。報道機関といえども状況を見誤る、見くびる事は結局不信感を増大させる事にしかならず、読者への背信にもつながることが証明されるだけでしょう。昨年来のNHKの一連のゴタゴタからの受信料拒否の増大、今回のNHK放送内容についての真意と朝日新聞の作為的誤報?には、報道内容に政治性を持ち込んだことは一部への利益誘導で、公明正大を欠いたものと見るものが一番感じているのでしょうか。今回の一連の騒動はうやむやにせず、各々正々堂々と自説の正論を戦わせて、決着を付けてもらいたいものです。そしてこれから、一瞬に失ったその信頼回復への長い道のりが始まるのでしょう、天網恢恢祖にして漏らさず、鋭いネ。・・・・・信頼回復へ行脚の道程は遥かか・・・・・。論理が我田引水なのか、万人の下に曝け出されても耐えうるものなのかは裁判の決着以前に読者・視聴者が判断するはずですから、『密室での決着』は、日頃政治家に対する批判同様よしとくれ・・・・・みんな期待しているのですから。PR------これはどうだろうか?以下。---------- 藤原雄一郎のクルーズワールド http://inox-tabi.com/cruise/cruisetop.htm ◆◇藤原雄一郎の経営最前線シリーズ◇◆ 発行者 藤原雄一郎 fuji@inox-tabi.com ホームページ http://park5.wakwak.com/~inox/fuji.htm http://inox-m2.com/fujiwara/portal.htm藤原雄一郎 政治と経済を語る□□ おかしいぞ 朝日新聞 □□NHKと朝日新聞のバトルはまだ続いていて全面戦争になりつつあります。マスコミの一方的で強引なやりかたに世間の目が集中することはとても良いことだと思っています。もっと徹底的に妥協することなく戦ってほしいものです。問題となった番組は「女性国際戦犯法廷」を取り上げたもので従軍慰安婦問題に対して「天皇裕仁を婦女暴行と性奴隷制についての責任で有罪と認定する」もので、しかも法廷の体裁を整えていない一方的なものだと報じられています。私自身は実物を見ていませんから何ともいえませんが、朝日新聞を猛烈に攻撃している産経新聞の報道によれば、左翼勢力による極めて偏向した報道であると断定しています。正直言って公共放送であるNHKがこのような番組を取り上げたこと自体が「報道の中立・公正」の観点から極めて異常であると言わざるを得ません。そのような報道に対して当時の安部副官房長官が「中立・公正に」と言ったとしたら、きわめてまともな発言ではないでしょうか?この問題はそもそも「番組が中立・公正」であったか否かを最初に論ずるべきなのです。それを朝日新聞は「番組が偏向しているか」と「NHKに対する政治的圧力」は切り離して考えるべきと宣言し、もっぱらNHKの幹部が「言った、言わない」という低次元での論議に逃げようとしています。このような水掛け論で論争の幕引きをするつもりでしょう。そして他のマスコミの一部も「中立・公正に」というのはまさに政治的圧力であるとの発言をしています。安部副幹事長は「泥棒や殺人に対してこれは良いことだ」という番組があれば当然「中立・公正に」といっても問題にならないでしょう。報道とは常に「中立・公正」でなければならないとの一般論を言ったまでですと発言しています。この番組が「泥棒や殺人賞賛」のたぐいであるかの検証がまず第一です。「番組偏向と政治圧力は別」といいながら、テレビ朝日はロッキード事件で有名になった堀田元検事を登場させ「ロッキード事件で政治家筋から公平・中立にといわれたが、これは明らかに厳しくするなという圧力であった」と言わせています。テレビ朝日は「今回の番組がロッキード事件と同列」との印象を与えることにより「番組の偏向」から目をそらせ、世間を納得させようとする世論誘導が見え見えです。「この番組が偏向した異常なものである」のは誰の目にもあきらかですから、朝日新聞が「番組偏向と政治圧力は別」と言ってみたり、ロッキード事件を持ち出したりすることは、真実からの逃避で、とても報道人としての良心があるとも思えません。朝日新聞とかテレビ朝日の報道には今までも目にあまるものがありました。今回の事件は中途半端な結果に終わらせることなく徹底的にマスコミの横暴と出鱈目を暴いて欲しいものです。□□□□□□ ビジネスマン必読!!!□□□ 藤原雄一郎経営最前線シリーズを本にして絶賛発売中□□□□□□ 「重役は裸の王様」□□□ http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0003JK.htm□□□ 「目指せ経営トップ」□□□ http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0002JR.htm□□□ 「経済危機」と「構造改革」のツボ□□□ http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0005JW.htm□□□ 「この一冊で企業がよみがえる」□□□ http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0006JI.htm□□□ 「目指せ乱世のリーダ」□□□ http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0007JS.htm□□□ □□□ http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0004HP.htm□□□------------------------------------------------------------【ホームページ】 http://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0003JK.htm【ご意見】 fuji@inox-tabi.comhttp://park5.wakwak.com/~inox/smelma/melma0004HP.htm----------------------------------------------------いずれにせよ今回の騒動は我々が報道機関・メディアへ求めるもの?への、お任せ・信頼を置いてきたものの根幹を揺るがすような再考を促す一連の騒動を引起しているものかと。作為不作為、利害損得、利益誘導、公明正大、我田引水、様々ある、曲がりなりにも生活を左右するものを含んでいる事は間違いの無いことです。なので、どうでもいいけれど騙すなら死ぬまで?騙し通す強かさをもってもらいたいものです、底なし沼のようにネ?会見で女々しく涙を流す、また、それを利用し歪曲報道で本来の無関係な方向性を捻り出すなんて内容にはとても賛成しかねます。我々の望むものは『胸にゴリラを飼う報道機関』なのです。やさしさ・強さ・公明正大・偏向しない正義を含んだモノ・・・それも“暴れるゴリラ”を秘めた報道・メディア。
2005年01月26日
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・・・日本を取巻く国際情勢が風雲急を告げる昨今。戦後六十年を経た、一度も改正をしていない憲法って世界中に在るのだろうか?時々刻々と変遷する情勢の中で、不磨の大典?などと気取っても理想と現実の乖離は如何ともしがたいのです。後生大事に押戴く憲法、時代との乖離その矛盾によって引起されているギャップを埋めるために膨大なエネルギーを注ぎ続けることになっているが理想の前に膝を屈してきた。まるでソビエト連邦が共産主義の理想を追い続けた末に、74年の国家建設を断念した状況と、形を変えただけで何等変わらないではないか。憲法のために我々が居るのではなく、我々のために憲法が在る、そのことを忘れている現実を思い起こさなければ。人はみな生きて生活をしているのですから状況は変化するのがあたり前なのです。人間も時代も現実も変わり続けている状況があり、人間が創った憲法が普遍不倒のものだなどというのは傲慢不遜そのものだ。たかだか50年、百年前とすら極端に違ってきている、常識も言語も社会基盤もあらゆるものが変遷している現実を見れば、変わらないものの方が奇異を憶える。尊重すれど、敬して遠ざける、そんなものに成り下がってしまうのです。あらゆる業態の中で改革・改善を続けているが故に、現在の生活基盤が出来上がったことを考えれば、他国のように現状に合致した憲法へと改変する事が現実で、神棚に載せたまま拝んでいるだけでは、六十年前の人間よりも能力が無いと宣言?しているようなものです。国内だけじゃなく世界中からの影響を受け続けている日本。現実に合わせる為に憲法改正を数限りなく行っている国家も在る、神棚に載せたまま手付かずのままの国もあるが、一年に一回くらいは降積った埃を払い清々として、また、押戴くことくらいはバチはあたらないのです。自主権の無いときに押戴いた?自主的と錯覚している現憲法。・・・・・現憲法、埃が積もり過ぎたようですネ。で、憲法について面白いものを見つけましたので一考を。★★★寺子屋茶話へいらっしゃいませ★★★ 平成15年10月1日創刊 ◇毎日発行◇------------------------------------------------ ■■■■■■■■■■■ 発行者:寺子屋住職 寺 子 屋 茶 話 「学校教育の庭」 ■■■■■■■■■■■ URL:http://terako8.client.jp/*=*=*=*=*=*=*=*==*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=* ■483号@ 憲法改正は当然 @2005/1/25 マスコミ各社の報道を見ていると、これが日本に住む、同じ国民が発した報道かと、疑わざるを得ない。 ことごとく、政府反対、日本はこのままでいい、現憲法大好き、といった調子である。常識があるのか? 憲法改正論議は、遅きに失するくらいである。 これほど、時代に合わないものを、しかも、占領軍のお下がり憲法で、ここまでやってきたことがむしろ奇跡である。 その結果、国民の生活は、国民一人一人の苦労や努力に全然見合っていない、ひどいことになっている。 そのくせ、敵国に等しい多くの国へは、国民の血税をくれてやったし、今もくれてやっている。 日本を攻めるための軍備のために、あるいは日本敵対意識を育てる教育にまで、金をやっているのである。 こんな国は、世界中どこを捜してもないだろう。お人好しが過ぎて滑稽である。 諸悪の根元は、「現憲法」にあると言ってもいい。 繰り返すが、マスコミ各社の論調を見ると、T○SやN○Kはもともとが左翼大好きだから、憲法改正には否定的である。しかも否定的だと言うことを、オブラートに包んで出す。卑劣である。 反対なら反対だと、大声で叫べばいいだろう。 これに加えて、朝○新聞も、子どもとその親との洗脳をねらって、あいもかわらず、多くの小中学校に、「子ども新聞」なるものを試用版として配っている。大きなお世話だ。挙げ句の果てには、子分を使って、新聞教育なるものを、密かに宣伝している。 馬鹿な。 あんな無責任で品位もリズムもない文章や記事を、学齢期の子どもに読ませてどうする。 百害あって一利なし、とはこういうときに使う言葉である。◆◇◆◇◆◇◆・このメルマガは下記のホームページからの登録も可能です。 「寺子屋茶話」 http://terako8.client.jp/ メールはこちらへ E-mail: terako8jp@yahoo.co.jp メルマガ発行者: 寺子屋住職とその檀家 (自営業、会社員、教員)◆◇◆◇◆◇◆なかなか憲法を語る事はむつかしいし、そうそう理解もして無いけれど、憲法論議が喧しい昨今、これを機会にそれぞれ考えてみる事も大切なのかと、国家運営は憲法によってですから、憲法が基本で日常は左右されているんですからネ。現憲法の時代にそぐわない矛盾を日々感性だけじゃなく、多大な不利益をこうむる事が日常茶飯事の如くなり、逆に不感症になって・馴らされてきたようです。現憲法から利益を得ようと画策している勢力のプロパガンタに汚染された報道を見極める必要が有りそうです。地球も身近な環境も汚染から自然を守ろうと、立上るなら情報の汚染にも気を配る事も現在喫緊の課題の一つなのでしょうか・・・。不磨の大典?などと言わずにもうすこし身近な憲法論議が湧き上がるようなニューマ(空気)が身近に醸成される事を求めたいものですネ。あらゆるものには短期・中期・長期計画があります、そして現状に合致しなければ見直す、これは当たり前のことなのですから、憲法とて例外ではないのですから。理想も大事、現実も大事、いまに生きる我々はそのバランスの上に乗っかって生きている。理想を失えば刹那的でその日暮しになるし、理想を追いかけると現実を失う、ヒトはどの時代もタイトロープ上を歩いているようです、谷底は深そうですが・・・落ちたくはない?
2005年01月25日
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・・・ウクライナに23日、新大統領が誕生した。前大統領ヤヌコビッチ氏を下し、すったもんだの再投票の結果選出された。プーチン大統領の旧ソ連体制への先祖帰り?を拒否し自由と民主化を標榜する『オレンジ革命』を推進、先頭に立ち活動を引っ張ってきた。旧政権からは、猛毒のダイオキシンを盛られ、顔は腫れ上がりながらも奮闘、その大統領の就任は旧ソ連周辺諸国への影響は計り知れないようだ。既に実際、カザフスタンでもキルギスでも野党系政党の活動を禁止、最大野党も閉鎖されるそうだ。街頭デモも禁止、野党活動家への嫌がらせや弾圧が強まっているそうですが、ロシア国内でも政権側は警戒を強めているそうですが、戦々恐々だろうか。強奪した北方四島の返還すらどこ吹く風のようだし、世の中生々流転ですから良い事ばかりじゃないし、これからが振子が反転するように今迄のツケを払わされる?状況がくるかもしれないネ^^。「若者に人生を誤らせる罪作りな筆致」 本欄で何について何を論じようと、これまで他人に干渉されたことはないし、私自身右顧左眄して、言うべきことを手控えるような卑怯未練な真似はしていないつもりである。ただ、私には外国人である立場故の礼節上の限界という意識が常にあるから、少しでも台湾に関連してくる問題についてはともかく、日本人自身の心の問題については、よいの悪いのと内政干渉がましいことを言うのは、たとえ強い意見があっても、なるべく避けるようにしてきた。 実はこれは「言うは易く行うは難し」という原則で、例えば昭和40年代学園紛争華やかなりし頃、早稲田での私の英語の授業を“粉砕”しにやってきたヘルメット・覆面・ゲバ棒姿の学生たちと、私は本気で怒ってやり合ったものである。最近、イラクのバクダッドでテロ組織に拉致殺害された香田証生さんの事件をめぐるある論調について、本質的に日本人自身が決める問題だとは思いながらも、その無責任な欺瞞性に、私は怒りを禁じ得ないでいる。 私が指摘するのは、朝日新聞の看板コラム「ポリティカにっぽん」(平成16年11月2日付)である。「『政治の論理』より『命の論理』」と題するこの一文の中で、同社のコラムニストの早野透氏は香田さんの家族について「いかにも心やさしい人たちのようである」と想像し、「そんな家族の中で育った青年が人間の善意を信じて自らの危険を顧みなかったことはありうることだ」と論じる。 物は言いようである。ここでは、家族の人柄から連想させる手法で、これが「一人の善意の青年の自らの危険を顧みない行動」だと崇高な位置づけをして、ひたすら事態を美化しようとしている。「政治の論理」によって一人の「善意の青年」を見殺しにしたとのレトリックのための伏線なのだ。 4月に同じくイラクで3人の日本人が人質になったが、彼らの家族の傍若無人、自己中心の言動は多くの国民の眉をひそめさせ、「自己責任」という何やらよく分からない言葉を世に流行らせた。何でも他人のせいにする世の中の風潮への反撥であろう。これに比べて香田青年の両親は、はるかに健全な日本人的常識の持主のように私も思う。しかし、だからといって、その息子が「善意の青年」だとするのは、美談仕立を目論む早野氏の勝手な憶測に過ぎない。私はむしろ、病弱で働けない父親を抱えて、母親がアルバイトしながら一家を支えていたと伝えられる彼の家庭状況では、高校を出してもらったらいち早く定職につき、お母さんの負担を少しでも軽くしてあげるのが「善意」の息子が普通やることだと思う。24歳にもなって、なに一つ仕事に専念できず、ニュージーランドからイスラエル、そしてさらにイラクへとあてもなく流浪を続けるだけの無知、無謀の若者を、「自らの危険を顧みなかった」と英雄視してみせる早野氏は、一体全体どのような意図でこんな空しい言葉を羅列するのだろうか。はっきり言って、これは若者に人生を誤らせる罪作りな筆致である。 早野流の美文はさらに、「新潟県の地震を見よ。ここには、崩れた岩に閉じこめられた坊やの小さな命をレスキュー隊が救い出した感動がある」と高まっていく。そして「イラクの戦場の命も大地震に脅かされる命も、みんなかけがえのない命である」と続く。ひどい殺され方をした香田さんの運命を論じるのに、全国を感動させた優太ちゃんの救出劇を闇雲に引っぱってきてこれと対置させ、人の命に軽重はないはずなのにと慨嘆してみせる。その心はもちろん、非難の矛先を政府に向けることにある。 不可避の災難のあと92時間もたって、レスキュー隊の献身的な努力によって奇蹟的に救われた幼い命には、人々の胸を震わせ瞼を潤す大きな感動があった。確かに人の命には軽重はない。しかし、自己の軽率な行動の結果窮地に陥った香田青年が仮に救出されたとしても、私を含めて日本中が「よかった」と安堵の胸をなでおろすであろうが、胸を震わせる感動を呼び起こすことはあり得まい。 「『政治の論理』より『命の論理』」という表現も、「政治」をひたすら「悪」のイメージで捉えたがる俗論に媚びたもので、「政治」の究極的な目的が国民の生命と生活を守ることにある事実(現今の台湾を見よ!)を一顧だにしない。 私が早野流の筆致に怒りを覚えるのは、あのような無責任で軽佻浮薄な物言いが、香田青年のような犠牲者を再生産することになると思うからである。・・・・・・・ロシア・シナ中共・韓国・北朝と周辺国家は圧力を増している現在、少しくらいは国内に押し寄せてくる圧力を感じてみる事も必要なのかと思う。台風前夜のように風雲急を告げる兆しも、其処ここに噴出してるようですが、気付かなければ唯一友好親日の台湾すら反日へと急展開しないとはいえないのです。虎視眈々と日本を呑み込もうとする周辺国家はたくさん在り、且つ、その権謀術数を凝らしているのですが、まんまと乗せられず生命線を断ち切らないようにして置かなければネ。刹那的な生きかたをするのであればしょうがないが、この日本を子々孫々継承しようとするのであれば、いまも大事だけれど前後を考慮する必要をいよいよ求められている。チョッと眼を凝らし、耳を澄ませば、それがどれで何なのかが見えてくるはずだ。 ・・・現状はまるで『ダモレスの剣』の如くに在る日本?
2005年01月24日
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・・・もぅ一月も終わりが近づきつつある、早いな。年頭から既に複雑怪奇な問題が噴出し、今年もまた巨大な地中のマグマが蠢いている様をヒシヒシと感じさせてくれる。地球が狭くなったのか、時間の進みが速くなったのか、情報伝達がスムースになったのでそう思うのか、強大な慣性エネルギーが歯車を動かし続けてくれているようだ。 地球の怒りなのか?強大なエネルギーは、真贋をあぶり出しのように明々白々に浮上らせるようで、天の理・地の理を逸脱した言動は挫折を呼込むことになるのでしょうか。今回の朝日+NHK+政治を巻き込んだ報道の原点、根幹への訴求は国内外を問わずに報道に対し再考させてくれる、何物にも変えがたい問題を提出してくれた。疑問すら持たずに信じ、信用に足るものだと思ってきたものの背後にあった闇が、徐々に明らかになりつつある。現在のメディア内部が結局、国家・団体・スポンサーなどの意向と思想信条に大きく左右されていた事が浮彫になってきた。一つの問題も世界中と繋がっていることを改めて知らされるネ・・・・・これはどうだろう、以下。圧力は・・・政治家からばかりではありません 東独のように脱北者にスパイが紛れ込んでる? 改めて中国という国の老獪さ狡猾さに舌を巻く産経ネットによると<拉致被害者について調べている特定失踪者問題調査会が失跡した日本人の可能性が高いとして公表した写真が北朝鮮脱出住民2人のものだった問題で、韓国の脱出者支援団体代表が22日、この写真に写っている男性の名前で声明を発表し、同調査会や日本政府、報道機関に謝罪や真相究明を求めた >というが、これ、故意に日本側にワナを仕掛けてきたのではないか。以前、わが日記に脱北者の中には、北朝鮮側から脱北者と称するスパイを送り込んでくるはずだから、要注意と書いたことがあるが、どうも、その心配が現実になったような気がしてならない。こうすることで、日本の鑑定に疑問を投げかけ、日本国民の拉致事件に対する姿勢を崩し、揺さぶりを掛けようという魂胆が見え見えだからだ。これに追い討ちを掛けるように<朝鮮総連、続いて北朝鮮の労働党機関紙「労働新聞」が、従軍慰安婦を扱ったNHKの番組改編問題に絡み、自民党の安倍晋三幹事長代理が北朝鮮の関係者を「工作員」と発言したことを「わが国への冒涜で許し難い」と非難、安倍氏に発言撤回と謝罪を求めている >自らの不当性を棚に上げてこれだから、全く話にならない!もっとも日本国民の多くは、彼らのこの姑息な手の内など、とっくに見破っている。韓国の反日活動を、北がその背後で、巧妙に挑発しているのも日本国民はすでに承知済み。国民が知らないと思って、舐めてこんな幼稚な手段で騙そうと思っても、今やその手に乗るほど日本国民はお人好しではない。今回の朝日新聞のあのていたらくがそのことを証明している。落ち目なものだから冷静な分析力や判断力を既に失っているのかしらね。そんな中で、ある方の<チャンネル桜 http://www.ch-sakura.jp受信手続きいたしましたら、今回の問題が 起きまして、チャンネル桜から いろんな情報を得ることができて 実に楽しんでおります。NHKと朝日 「目糞鼻くそを笑う」で 今回の出来事は、国民にとっていい教訓になるでせう>のように次々と受信申し込みされたというメールが届いています。きっと既成のテレビと異なりわが意を得たりと思う方が増えているからに違いありません。その一方で米国在住の30代の方から 米国の某紙では反日擁中記事が頻繁に掲載されているとのこと < 中国経済の発展で日本企業も儲かるはずなのに、靖国参拝など政治がそれを妨げている・・・新幹線もビッグビジネスなのにもったいない。ってな内容です。対中ODAは「賠償金」なんだから止めちゃダメ、とか中国原潜の不法侵入は日本の保守派と米国が仕組んで大袈裟に仕立てた、などのコメントは「こんなのアメリカ人が信じると思ってんのか?」と感じるほどに噴飯モノです。南京事件もしっかり言及。新幹線云々は18日付(だったかな?)の朝日新聞の記事と全く同じ内容。これにはからくりがあって、この某紙の東京支社員ですが、朝日新聞と同じビルに同居していて、以前から朝日との関係が取りざたされていた人と聞いたことがあります。昨年10月には一面に「イラクに派遣した自衛隊は役立たず」と大きく載せてちょっと有名になりました。本宮ひろし氏の件もしっかり流していましたし。他に「日本女性は性奴隷」とか「日本の女子高生は皆売春婦」とかを流し、米国社会での日本人評価をぐいぐい下げている人です。NHKの話もそろそろ掲載されるのではないかと半ば不安です(冗談)中国―朝日―米国某紙=反日のラインについて、どうこう言いたいわけではないのですが 改めて中国という国の老獪さ、狡猾さに感心するばかりです。日本人ももっと知的センスを磨いて、この国を誤った方向に導かないようにしなければなりませんね>今一つ元代議士秘書の方から<今回のNHKと朝日の対立については、よほどの脳天気な人でも朝日を見限ると思いました。しかし、今なお「NHKの方が分が悪いだろうな」、「あの元プロデューサーの言ってることが本当でしょ」との発言を聞きます。残念ながら報道の内容を、かみ砕いて自分で判断しようとする人は多くはないのでしょう。私はNHKの松尾氏が会見された時、「よくぞ言ってくれた!その通りだ!」と拍手したものです。ニュースを見るばかりの人と違い、取材される側の人間は、彼の気持ちが自分のことのようにグサリと来るものなのですが。松尾氏は、「記者が何度も何度も『圧力はありましたね』と聞く度に否定をしてきた」にもかかわらず、「圧力があった」と報道されたと仰いましたよね。もう一つ、「『各方面から』の圧力はありました」と応えたそうですが・・・。その各方面からの圧力・・・これもまた興味深いことです。ただの民事裁判、 「女性国際戦犯法廷」を主催する面々ですから、彼女らもまたプロデューサーにかなりの圧力をかけたのでしょう。凄くヒステリックな女性たちが集まっているのですもの。思想も朝日新聞そのままの彼女らですもの。我が隣人の中にもそういった運動を支持している女性(大学助教授)がいますが、とんでもない。ジェンダー崇拝者で、わけのわからぬトラブルを巻き起こしています。レッテル貼りをするのはよくないですが、その女性のようなタイプが何人も集まったら、もう恐ろしくて・・・屈してしまいそうになるんじゃないでしょうか。圧力は・・・政治家からばかりではありません。そのことを一般国民がもっと知るにはどうしたらよいのでしょう >◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇21世紀を迎えた今世界は混沌としています。日本もその渦中にあって政治経済ともに、国際的視点に立脚し欧州からの情報収集が不可欠になってきています。欧州の国際情勢を日記風にまとめドイツ滞在歴30余年のジャーナリストが刻々と現地よりレポートします。 「クライン孝子のホームページ」 http://www.takakoklein.de メールはこちらへ E-mail: mail@takakoklein.de クライン孝子 あらゆるメディアの発信する情報に振回されないようにするにはやはり、それぞれが流されない力をつけるしかない。武田泰淳の言うように森羅万象に多情多恨でなければならないし、見抜く眼すら持ち得ない状況が出来上がるのですが、人間万能じゃないので無理です。信頼できる人間と社会になれば、余計なエネルギーは使わなくても良いのですからね、その意味でいえば現在はソレガ失われた社会状況なのだと言えそうです。阪神大震災後にも言われた事ですが、隣組とか普段からの地域にかかわりを持つことの大切さが散々言われたが、結局何気ない普段からの付合いがいかに重要かが透けてくる。付合いなんて身の周りの細々した事を外さないでやり続ける事、が近道のようだったなんて当り前のことですがこれがまた難しい。個人主義が広まり、煩わしい集団よりも個別にやった方がお気楽なんだと、砂のように個人主義がはびこる状況はいつの世も脆弱なのですが煩わしさから求め、また一方では集団の結束を求めるが心は閉じているようだネ・・・。握った砂のように指の隙間からこぼれ落ちる人々の集団だ。あらゆる災害からは逃れたいけれど、尊い命を犠牲にして生きている者達に残してくれた無言の教訓を、キッチリと掬い取ってあげたいものです、それしかないのですから。日々、周囲に発生するあらゆるものは意味の無いことは一つもなく、ただそれを感じる・気付く己がいるか?いないかだけなのだ。どんなことがあっても肥やしにできる、そんな柔軟さと強靭さを持合せれるようになれれば『神』、人間やめるときか?すべてが意味があり、あらゆるものから何かを得られているのですから、上手くできているものだね、生きるって。まいにち『新しい一日』が生れ続けている、我々もまたネ。
2005年01月23日
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・・・日々の中でさまざまな事象が発生・発覚している。今日はアメリカ大統領二期目の就任式だった。大統領選挙では左右両陣営が口角泡を飛ばしての応援合戦を繰り広げ、日本も世界中も彼の国の大統領選挙に翻弄された日々を過ごした。過去った現在も就任式典と演説内容について叉、逐一報道を繰り広げているが、イロイロ米国について報道される事はそれだけ影響力を保持しているが故、なのだろう。米国の政治政策の行方が各国の存亡を左右しえるほどの強大さを秘めているがゆえ、無関心ではいられずに我田引水的な憶測・歪曲・捏造の自国と自陣営の都合のよい報道を繰り広げるのでしょう。大統領選に於いてそんな方向性の報道を、米国の報道機関が作為的に流し、報道姿勢と責任が問われている事は、周知の事だがけっして他国の事ではなさそうです。わが国に於いても同様であり、米国をはるかに凌ぐ歪曲・捏造報道が日常茶飯事に流され報道姿勢の倫理の徹底が問われる事態が頻発している。今までも報道機関の一方的な思想信条に則った報道内容が流れ続けていたが、比較分析できる際立った違いが我々の元に届けられずにいたが、最近は報道機関の姿勢が記事内容に反映され始め、真意のほどが明々白々になってきた。ディスクロージャーの必要性と重要性の認知が徹底され始めた事で、あらゆる機関がヤドカリのように貝殻に中にジッとしていられなくなった事で、メッキの中の真実が浮き上ってきたのでしょうか、ちょっと出過ぎなのかもね・・・。雨降って地固まる?ので宜しいのでしょうか、事実は残酷を伴っているので知る者の覚悟を同時に要求するようだ。阪神大震災から十年、現在もなお苦しんでいる人達がたくさんいるけれど、引続き忘れずに回想して過去のものにしてしまう事は心したいものです、現在進行形です。そんな阪神大震災当時の、首相と政府・自治体・自衛隊・各国の動きなど活動の総括を各々の視点から捉え、非常事態への対応のあり方を見直すことで今後への足がかりをつかむ事が出来るかもしれません。それが犠牲になられた方々へ生きてる我々が出来うる、責任かと思う。チャンネル桜でこんなのを見つけた、当時の事実の一端を開陳しているものを見つけたので、確認して欲しい。以下(チョッと過激か?・・・)。http://www.ch-sakura.jp/bbs_thread.php?ID=107220&GENRE=sougou関西人として村山の地震の時の対応はまさに拙劣無能の極みで今でも憤りを覚える。さらにこの男は好々爺のふりをしたとんでもない売国奴である。・北朝鮮利権ビッグ3のうちの一人である。(あとの2人は土井・野中)・慰安婦問題をややこしくした確信犯・張本人。・村山政権誕生の結果、プロ市民はますますしたい放題になり、拉致事件発覚までプロ市民はわが世の春を謳歌した。・自衛隊=悪という観念から国防論議そのものをタブーとする風潮を作り上げ、愛国政治家が追いやられるという自体がしばらく続いた。さらにNHK問題でも村山は一味かもしれない。慰安婦のための平和基金の会長をしていることからVAWWの連中と懇意であろう。先週もし上京していたとしたら、この安倍潰しの悪謀を持ち出したのは村山の可能性も考えられる。震災忌にて 本日、靖国神社にて、震災で亡くなられた方々、助けていただいた名も出ない自衛隊の方々のために祈ってまいりました。村山内閣の実像は、以下のURLをご参照ください。http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/9881/sinsai.htmhttp://www.nikai.jp/book/book05/new_page_20.htm私は、村山に行動を制限された中部方面総監松島悠佐陸将が、記者会見で無念の涙を流した光景が忘れられません。私は、長田区で父を亡くしました。 そして次は・・・、怒りソース 震災の揺れは私も体験しました、すぐにテレビをつけると各地の震度を伝えていたが何故か神戸だけは抜けていた。朝の7時ごろまで見ていたがどこが震源なのかわからなかった。それから一週間以内ぐらいに確かに次のような報道があったことを覚えている。地震発生と同時に自衛隊は大阪府の基地からヘリを飛ばし、神戸の惨状(高速道路の倒壊、火災の発生など)をつぶさに掌握していた。そしてただちに自衛隊大阪方面幹部は神戸市に救援隊の派遣を打診したが神戸市はそれから4時間も返事をしなかった。先日NHKは自衛隊への救援要請がおくれた原因は自治体が被害状況の把握がうまくできなかったからだと報道していたが、うそだ。自衛隊は惨状を伝えていたはずですよ。私は神戸が好きだった、震災前は毎週のように遊びに行っていた。レストランで食事をした後しゃれた町並みをすこしそぞろ歩けば岸壁に行き付く、デートに最適なんですね。だから自衛隊が救援に駆けつけるのにこれほど適したロケーションはない、岸壁に艦船を横付して上陸すれば市内のどこにでも15分以内で行くことができる。そうすれば、家の下敷きになった老婆を近所の人達がのこぎりや金てこを持ち寄って、助けようとしたがあげくに迫り来る火災の熱でどうにもできなくなって「おばちゃん、ごめん」と言い残して救出をあきらめたなどという悲劇はなかった。しかし平和都市神戸は自衛隊を拒否していた、神戸港には自衛艦が入港できなかった。いったいその理由は何なんだろう。変な小姑みたいなえせ文化人がいっぱいいる街だからなのかな、自分たちのしたこと言ったことは反省しないで義援金が少ないと文句を言っている人がいる。いったい非常事態に於いて我々が頼るれものは、何に頼ればよいというのだろうか?頼るべき強大な権力機構の国・県・自治体の非常事態発令を逡巡し犠牲者と崩壊を増大させるなどという事があっていいものだろうか?非常事態、その為に在ると言っても過言じゃないあらゆる権力機構・構造が逆に足枷になるなんてパラドックスにしては過ぎる冗談としか思えないのです。膨大な犠牲者の方々に対しどんな言い訳が用意されているのでしょうか?いったい、そんな反省も総括もいまだ納得のゆく発言は聞いて無いようですが、どうしたのだろうか?喉もと過ぎればと、安易に無責任な日常へ逃げ込んでいて無念の内に犠牲になった、無言の犠牲者の方々にそんなことで言い訳が立つのだろうか、摩訶不思議な現実があるものだ。これからもたくさん、忘れえぬ事象が発生し浮上してくる事でしょうが、それぞれの背景を精査し取り込むことをせねば無念の内に犠牲になられた方々に対して、どんな顔で生きてゆく?と言うのだろうか・・・。事実は残酷で酷いけれど、生きてゆくには眼を逸らすことは決してしてはいけないし出来ないはずだが・・・ネ。
2005年01月21日
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・・・相変らず、先日来のNHKの教育番組『女性国際戦犯法廷』収録放映に関する政治介入があったのか、なかったのか、という事が大きく取上げられていて連日、喧々諤々の論議を呼んでいる。自作自演、自業自得、泥沼に進んで入っていっているようなものだろう、貴重な報道時間をこの問題に割くほどの内容じゃなさそうですが、ヒートアップしているようです^^。放送法、政治介入、報道の自由、内部告発、NHKと朝日の告発合戦+安部・中川両氏の告発も辞さずの強行発言等々、その背後にある反日運動、それを元に日本を弱体化しようとする反日国家と組織に加担する日本人と組織が跳梁跋扈。世界では東西冷戦構造が、ベルリンの壁崩壊と同時に総括が終了し、元凶の社会主義体制の内部の凄惨さが暴露されたのです。その現実を前にしても日本では『他山の石』または『対岸の火事』宜しく、それに組した旧社会党・共産党・労働組合・そのシンパが総括もせずに活動を続けてきたのですが、十数年の遅れで日本もその総括をしなければならない時期が到来した?のかもしれません。きな臭い国際情勢の影響が直接日本にも波及する状況になった今、曖昧に過ごせてこれたこれまでの日本もキッチリと主張をしなければいけない状況で、東西冷戦後も曖昧にしてきた問題にもケジメを迫られてきた。その一環が今回の浮上した問題と連動していないとは言えないでしょう。今回の問題の背後にあるものは複雑怪奇で結局、国家対国家、互いの思想信条が根幹に横たわっている魑魅魍魎の世界に片足を突っ込んでいる?そんな問題だ。で、今回の問題の発端の番組の責任者の一人について以下。 この番組は、十二年十二月に東京・九段会館などで六日間にわたって開かれた市民団体による「日本軍性奴隷制を裁く『女性国際戦犯法廷』」を取り上げたものだ。元朝日新聞記者の故松井やより氏が代表を務めていたNGO「『戦争と女性への暴力』☆いったい松井やよりという方ってどんな人?だろう。http://www.ch-sakura.jp/bbs_thread.php?ID=107233&GENRE=sougou捏造やでっちあげで、犯人を探し当て、粛清し、体制を守るというのは、全体社会主義の常套手段です。日本でも、その影響を受けて、労組が横のつながりを密にし、「表現の自由」を声高く標榜することで、メデイアを掌握し赤色化し、メデイアを通じて国民を洗脳しようとしていた、ということは、統一前のドイツを振り返って見ると、大いに考えられることです。それに今回の事件は真相に迫れば迫るほど、その意図、つまり日本弱体に添うものであることは明白で、その背後に北朝鮮やシナの影がちらちら見え隠れしています。そこである方から<北朝鮮工作員の朝日新聞篭絡1月13日の報道ステーションで朝日新聞の加藤千洋編集委員は、安倍晋三幹事長代理の質問に北朝鮮の工作員と面識があるとポロっと喋っていた。ようするに北朝鮮の工作に乗せられたということを、自ら話してしまったのだ。安倍氏は北朝鮮のシンパオペレーションといっていたが、加藤氏は空っとぼけていた。しかし、内容はとても重要なことだ。したがって、この問題を明らかにしていけば、朝日新聞の体質や思想・信条もさらに明らかになり、朝日新聞不買運動も盛り上がると思う。1.加藤はどんな経緯で工作員に会ったのか。紹介者は誰か、どこで会ったか、同席者は誰か。またその回数は。2.加藤以外にも朝日新聞で工作員に会ったのは誰か。紹介者は誰か、どこで会ったか、同席者は誰か。またその回数は。3.会合の中で何が話し合われたのか。拉致問題の懐柔はなかったのか。安倍氏の言うシンパオペレーションに嵌ったのではないか。4.会合の席で、朝日新聞はどんな情報を北朝鮮に提供したか。日本にスパイ防止法がないことが悔やまれる。>◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆・このメルマガは下記のホームページからの登録も可能です。・このメルマガは下記のホームページの孝子日記でもご覧になれます。 「クライン孝子のホームページ」 http://www.takakoklein.de メールはこちらへ E-mail: mail@takakoklein.de メルマガ発行者: クライン孝子 (フランクフルト在住 ジャーナリスト)NHK「圧力」騒動 この胡散臭さは何なのか? 朝日やNHK労組のNHK上部の路線変更危機感から、数年前の不正事件をネタに国民の怒りを結集させ、受信料拒否騒ぎに発展させたまではシナリオ通り。ところがその後、トリック、ばれました!以下産経社説。NHK圧力」騒動 この胡散臭さは何なのか NHKが平成十三年一月に放映した戦時中の慰安婦問題を扱った特集番組「問われる戦時性暴力」が、政治家の圧力で改変されたかどうかをめぐり、論議が拡大している。一体、この問題の本質はどこにあるのだろうか。 この番組は、十二年十二月に東京・九段会館などで六日間にわたって開かれた市民団体による「日本軍性奴隷制を裁く『女性国際戦犯法廷』」を取り上げたものだ。元朝日新聞記者の故松井やより氏が代表を務めていたNGO「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」が主催し、韓国や北朝鮮などの元慰安婦や各国の女性活動家たちが集まった。 “法廷”は朝日新聞で事前予告されていたが、取材は制限された。取材申込書には誓約書と署名欄があり、法廷の趣旨に賛同する者のみが傍聴を許可される仕組みだった。 “判事”団は欧米の女性法律家たちで、“検事”団は中国や韓国、北朝鮮などの代表で構成されていたが、弁護団はいなかった。被告は昭和天皇やいわゆる「A級戦犯」とされた死者たちだ。昭和天皇は「強姦(ごうかん)と性奴隷制」の責任で有罪と認定された。模擬法廷とはいえ、弁護人もつけず死者を一方的に裁いた政治糾弾集会だった。 そもそも、これを教育番組として放送しようとすること自体に疑問を感じざるを得ないが、取り上げる以上、その内容を上司がチェックするのは、NHKに限らず報道機関の常識だろう。政治家の圧力の有無や公正な放送を求めた放送法三条などが問題になっているが、それ以前の問題である。 これに関連して、安倍晋三官房副長官(当時)と中川昭一衆院議員が番組放送前にNHK幹部を呼び、「偏った内容だ」と指摘し、番組内容が変更されたと朝日新聞が最初に報じた(一月十二日付)。「圧力」という言葉こそ使っていないが、圧力が働いたかのように受け取れる内容であった。 真相について、朝日新聞とNHKでさらにはっきりさせてほしいが、健全な常識さえ働かせていれば、最初から防ぎ得て、政治家が登場する場もない問題だったのではあるまいか。 ことさら問題を大きくさせているところに政治的なたくらみも感じる。そこに胡散臭さを覚えざるを得ない。放送法で守られる、そして政治介入がなされない事は民主主義国家の基本だろうが、しかしバランスを欠いた偏向報道は許されないこともまた当然でしょう。すでに指摘云々以前に、重大な問題が潜んでいるのです。・・・偏った報道内容の羅列は洗脳と同じでしょう。今回の報道内容は、十二年十二月に東京・九段会館などで六日間にわたって開かれた市民団体による「日本軍性奴隷制を裁く『女性国際戦犯法廷』」を取り上げたもので、元朝日新聞記者の故松井やより氏が代表を務めていたNGO団体が、最初に結論ありきで、意図的に捏造・偏向・欠席裁判を漫画チックに画策したもので、報道に値するものじゃない事が最大の問題のなです。報道に値しないものを題材に、放送法も、政治介入も、内部告発もあったものじゃないのです。最初からそんなものを創る事の異常さを認識できずに作成し、そして番組で垂れ流したということの異常さを許していた人と組織が問題なのですから・・・。これは今まで曖昧にしていた日本の闇の部分・根幹を揺さぶるものでしょうが、放置してきた数々の問題のひとつでも在り、天の配剤あるいは時代の要請か、清算を迫られている大きな壁と闇の一部分でしょうか?時代の回転の遠心力は、イロイロなものを篩いに掛けるようですネ。『天網恢恢 疎にして 漏らさず』、懐は深いけれどキッチリと精査していることは、間違いないようです・・^^・。
2005年01月19日
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・・・最近は特に不可解で不思議、理解不能なことが山盛りの世の中になってきたようで、解明され知ってる事より知らない事の方がドンドン増えているようです。嫌な事の不可解さも増していますが、よい事も増しているので、+-=0、なのでしょうか+の方かな・生きてるしネ?単純根本には幸せを誰も求めているけれど、なかなか幸せの実感を得られる事は少なく、もっと、もっと幸せに成りたいとの思いからは逃れられない現実があるのです。結局、人の一生は社会生活全般、仕事も遊びも含め、笑って・譲合って・与えあって、初めて自分も相手も幸せだと感じ気付くものだと思う。その為に一生がある、と言っても過言ではなさそうです。握ってばかりじゃ何も手に取れないし、ドンドン手放すゾ。そんな想いの中でこんなメールが入ってきましたョ^^。チョコッと読んで見て下さいネ、何かの気付きの一助になれば、すこしは生きるのが楽になるやも知れず、ですネ。『幸せの和』の和は、偶然にも右脳の意味があると、その部分をもう一度掲載いたします。一霊四魂(いちれいしこん)と言う言葉があります。 幸いをもたらす、幸御魂(さきみたま)。 左脳を支配し計算、論理的思考、空間認識、距離感、理性などをつかさどる、奇御魂(くしみたま)。 右脳を支配し 文学、絵画、造型、音楽など ありとあらゆる創作活動の大本(おほもと)で イメージ 感情などを司どる和やかな人体の働きの大本(おほもと)を、和御魂(にぎみたま)。 そして、4つ目は人体の肉体の神経・臓器・細胞などすべてを管理する荒御魂(あらみたま)です。 幸御魂(さきみたま)、奇御魂(くしみたま)、和御魂(にぎみたま)、荒御魂(あらみたま)の4つの魂ですが、そして、全てをつかさどる、一霊を、直霊(なほひ) と言うそうです。直霊(なほひ)が、四魂(しこん)を一つにまとめて、一霊四魂(いちれいしこん)と言うそうです。 『幸せの和』の和は、この和御魂(にぎみたま)から来た様ですね。 『幸せの和』は、右脳の和ですから、願い事はいくら書いてもいいのです。左脳は、恐らく制限をつけて、願い事は一つだけになると思いますが、それでも願い事が叶えば問題はないのですが・・・・。 右脳は、左脳の10万倍~100万倍の情報量といわれております。右脳が活性化すると、プラスの意識になりますから、脳内ホルモンが盛んに出てきます。脳内革命の著者の春山茂雄さんは、脳内モルヒネと呼んでおります。 脳内モルヒネは、免疫力の向上・記憶力の強化・忍耐力の創成、そして優れた鎮痛作用もあるそうですから、『幸せの和』の一連の体験談は、目に見えるものしか信じない俗に科学的と言われている、300年前の科学でも証明できると思います。 能望の実践も、潜在意識の浄化と右脳の活性化です。『幸せの和』は能望を補助して、さらに効率よくパワーアップさせるものとして、右脳の活性化のために天から授かったものです。 あなたの行動が変わります。周りの人達もあなたを見る目が変わってきます。自分がプラスの意識を常に持っていれば、物事が、プラスの方向に向いてくるのです。そして、『幸せの和』のエネルギーが、運やツキのエネルギーを呼び込むのです。 現在私は、『幸せの和』を毎日10時間以上も書いています。 成功率は10枚に1~2枚なのです。これが私の能力の限界です。 本来持っている能力の10倍もアップしても、名刺も、色紙も、3割には、至らないのです。まだまだ遺伝子は全開の状態ではないのです。 江戸時代でも版画ですから、直筆で書くのは、だれも考えもしない事であり、もしも、インチキ教祖だとか、詐欺師とかペテン師のたぐいなら、絶対にやらないと思います。 例え、やったとしても、目先の利益に結びつかない事を長期間にわたり、根気も続かないと思います。 多くの皆様に本物を提供したいから、あえて無謀な事に取り組むのです。私を批判している人がいるなら、私と同じことをやってみて下さい。多くの人のために、一ヶ月以上も、毎日10時間以上、一つのことに集中してみてください。 本物かインチキかは、世の中の人が判断するものです。 インド、中国と何千年も連綿として引き継がれている気の存在は、ゆるぎない体系があり、借りものの残薄な知識によって否定できるものではありません。 私は、常識通りにやらないから、一般常識では考えられない無謀な事をしても、世のため人のためにやっているから、潜在意識が協力してくれるのだと思っています。 現代物理学の最先端の理論でも実証されているとおり、意識レベルの超がつくほど高い『幸せの和』には、どんどん素晴らしい、意識レベルの高いものが引き寄せられるのです。 『幸せの和』自身も神がかり的な進化を誘導しているのかもしれません。 私が敬服している、意識レベルの高い方からの、ご指導を頂き、7年間腐らない水を入手する事ができました。今までは、3年間腐らない水でもすごいエネルギーなのに、2倍以上の7年間ですから、能望や『幸せの和』の導きには、ほんとうに驚きであり、感謝あるのみなのです。 しかも有機物が入っていて、7年間腐らないというサンプルまであるのですから、世界中探しても、これほど素晴らしい水はないと思います。まさしく奇跡の水なのです。 今までの水でも、3年間ですから、これ以上ものはないと思っていたのですが、有機物が入っていても、7年間も腐らないという水は、奇跡以外のなにものでもありません。 一つ言えることは、この水を作っている方は、相当の意識レベルの高い方なのです。奇跡・奇跡の連続で、この水ができた、物語りもあります。 早速、今までの水に変えて、この奇跡の水で試してみました。硯の上に、この7年間腐らない水を少々垂らして、墨を磨ると、きめ細かな泡が立つのです。今までには起きなかった現象です。 ところが、この水だと20分~25分程度で黒くなるのです。私としては時間の短縮は、非常に助かります。 この作業だけは、長年の私の気功の修練や丹田呼吸、能望の百万回以上の実践による、潜在意識の浄化や右脳の活性化と今までの、能力開発の結集が必要なのです。 多くの人の幸せを一心に願う、強烈な“想い”が強いエネルギーとなるのです。 一度試しに墨を磨ってもらいましたが、エネルギーがまるで違うのがわかりました。書道家も大作を作るときは、墨は何時間もかけて自分で磨ると、聞きました。 今回、原材料は今までと同じで、水だけを7年間腐らない水に替えてみました。今までよりも、10分程度短縮されて出来上がり、そして、きめが細かな泡が立つという2つの違いが出てきました。 気の質感というのか、微妙な感じなのですが、より繊細になったような気がします。ハイクオリティとでも言うのでしょうか。 『幸せの和』は、人の潜在能力の引き出しということを願い、また私は、長年生徒の能力を引き出すことを一番の願いとして取り組んで来たので、当然その事を思いながら、天から与えられたと思っていました。 ところが、私の願いの他にも、あらゆる病気を改善し、あらゆる願望を実現し、あらゆる災難やトラブルからも守ってくれるという、万能の気のエネルギーが出ていることが、多くの皆様方から寄せられる体験談からもわかって来ました。 これは感謝の念から来る、慈愛のエネルギーそのものなのです。あまり詳しく説明すると宗教色が強くなるので、控えますが、現代の最先端の量子力学と東洋の哲学や仏教と一致していると、多くの科学者が断言しております。 能望を実践していていると、まづ最初の気付きは、周りの人に感謝の念が湧いてくると言う人が、圧倒的に多いのです。 『幸せの和』も、皆様喜びが湧き、能望の、何倍もの感謝の気持ちが増幅されるのです。感謝のエネルギーは、何よりも勝る最高のエネルギーなのです。 『幸せの和』は、より質の高いエネルギーに進化して行くのです。エネルギーレベル890から限りなく1000に近づくように、多くの皆様の感謝のエネルギーを頂いて、進化しているのです。 この7年間も腐らない水に変えたことにより、私の円を書く、能力自体が高まりました。 恐らく、ほとんどの人は毛筆で書くことを断念すると思います。私のやっていることが無謀な事だと確信できると思います。 私は、意識レベルの高い、『幸せの和』の影響下にあると、フィールドが変わり、能力がアップすると、現代物理学の最先端の理論通りに実践し、それを、確信していますから、この難しい円を書いているのです。 この本の理論を、実証するためにも、凡人が高い意識レベルの影響下に置かれると、本来持っている潜在的な能力を発揮できる事を実証するためにも、難しい円を書いているのです。 私の場合は、能力が10倍アップしても、2割しか満足できる円が書けないのですから、私の元々の能力もたいしたことはないのです。 名刺も小さいので、成功率は10枚に1~2枚が私の能力の限界でした。本来持っている能力の10倍もアップしても、色紙も、名刺も、3割には、至らないのです。 ところが、この水に替えただけで、色紙も名刺も成功率が4割~5割に上がったのです。ちょうど2倍程です。私の円を書く能力が2倍にアップしたのです。私にとっては、非常にありがたいことです。幸運の封筒に入れた願いが叶えられて行くのですから、心からの感謝の念が湧いてきています。 しつこい様ですが、まだ入れていない人は、幸運の封筒に願い事を書いて入れて見てください。私の場合は、奇跡が起きて願いが叶ったと、思っています。受験生などは、能力がアップするだけで、合格してしまいます。 『幸せの和』は、名のとおり、皆様を幸せに導く実例がどんどん寄せられております。 塾や学校の先生と生徒、病院や各種治療院の先生と患者さん会社の経営者と従業員、上司と部下、商店主とお客さん、親と子、等々、今まで対立関係になりがちな、二者の心を癒してくれて、本来持っている力を引き出して協力するから、円滑に進むのです。 現実は、どこも、上のようにはうまく行かないのです。塾に例えると、生徒は、先生に好かれるように振舞いたいけれど、集中はできないし、問題も解けないし、自分自身の力のなさやふがいなさに、イライラして、先生にも親にも反抗的な態度を取ってしまうのです。 これが、反対に長時間集中できて、問題もすらすら解けるようになれば、イライラはしません。『幸せの和』は、生徒の能力を何倍も引き出しますから、心が穏やかで、安定して学習ができるのです。 先生も能力が高まり、適切な指導ができるのようになり、その子の持っている力をどんどん引き出すことを指導の中心に持ってきます。こうなるとお互いが協力的になり、素晴らしい展開になってくるのです。 会社でも同じです。社員の労働意欲が高まり、営業成績もあがり、社長も社員も能力を高めながら、活動しますから、当然不平や不満がなくなり、業績が上がるのです。 自分が本来持っている力を少しでも引き出せたら、ほとんどの人は、何でも思うようになり、他人を非難したり、批判したりしなくて済むのです。 あなたの本来持っている力をほんの少しでも引き出せたら、学業・事業・仕事・ありとあらゆる活動が成功に結びつくのです。『幸せの和』は、あらゆる物質・生物・ もちろん人間も本来持っている力を引き出すのです。・・・美人への近道?、化粧のための本質では、『誰のためとて紅、鉄漿つきようぞ。みんな主への心中立て』なんて言っているけれど、古人が言った三味線片手に口ずさんだ化粧の本質は、翻ってみれば、人生の本質そのものじゃないか、と。人のために生きる、それが人だったのですから・・ネ・・。
2005年01月18日
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・・・今日も寒い、やはり冬です。自然は厳寒ですがメディアは加熱してますね~NHK幹部職員の告発から、朝日新聞の捏造・煽り記事に対して安部氏と中川氏の名誉毀損発言・訴訟も辞さず、とエスカレートしつつあります、いったいどうなるのでしょうかネ?『慰安婦番組』改変問題で政治家が関与したと報道。憶測・推測、伝聞・捏造の軽々しい『内部告発』が発端だったが、問題が大きくなりつつある。NHKが朝日新聞に謝罪と訂正を求めるメディア同士の対立。 Irregular Expressionに詳しく載っている。 http://www.wafu.ne.jp/~gori/mt/そしてまた、今回の問題で事の真相よりも早く『政治家の番組への圧力』が歩きだして、シナ中共・韓国が関心を示しているそうです・・・また、内政干渉のネタ?かな。もぅ、ガタガタ?なNHKを舞台に朝日も左翼陣営も、北朝・シナ中共・韓国を信奉擁護する一団が最後の悪あがきのようにも見えるが、どうだろうか。訴訟合戦でも、メディア同士のつぶし合いでも何でもやってもらいたい、ただし、色ツキじゃない記事を放送をしていただければ良いのですから。昨年からスカパーで『チャンネル桜』が放送を開始して、従来の左翼偏向内容からチャンネル桜のお陰で、真実と事実により近い報道を左右関係なく比較する事ができるようになった事は、真の21世紀の日本の夜明けかもしれませんネ。いままで我々が如何に造られた・偏った・隠蔽された報道に浸っていた事かが、目からウロコ?何枚も剥落します。・そのチャンネル桜のBBSに記載投稿されている一部ですが、見てほしいものですネ^^;・・・以下。 NHKはん、ちゃんとこの長井暁を首にしはるんやろなぁ 京都の芸妓 しんこ 姐さん 2005-01-16 07:21:14 No.106505 http://www4.diary.ne.jp/user/469850/このいやらしい言い草 女の腐った男とは思えない糞餓鬼 「私もサラリーマンですし家族もあります。家族を路頭に迷わす訳にはいかないのでこの4年間非常に悩んで・・・やはり真実を述べる義務があるというふうに決断するに至りました」(NHK・長井暁チーフプロデューサー) NHKよこれほどの捏造を行った長井を直ちに解雇して、責任をはたしてもらわんとこまりまっせぇ この長井の処分を行わなかったら、あんさんらのチョウニチへの抗議が場当たりやあゆうことになりまっせぇ 長井を取るか長井を切るか はよう決めておくれやすう こんな糞のようなおとここそ、こんな偽善に満ちた会見をした以上、家族を路頭に迷わしてやろうとゆうのが国民皆さんの気持ちどすぅ 甘えんなこの餓鬼! ホンマこんなのがチーフやてぇ NHKは税金泥棒、NHK放送料金詐欺どすう 月下般若 2005-01-16 07:49:07 No.106514 問題の番組● 戦争をどう裁くか -第2回ー「問われる戦時性暴力」 (01年1月30日教育テレビで放送)≪番組制作≫ NHKエンタープライズ21≪製作協力≫ VAWW-NET-JAPAN (従軍慰安婦問題を扱う市民団体)女性国際戦犯法廷 (VAWW-NET-JAPANが主催する人民法廷)≪運営≫ 池田恵理子(NHKエンタープライズ21のプロデューサー、そして上記の両団体の運営委員を務める) ≪協賛≫ 重信房子(日本赤軍) 五島昌子(土井たか子秘書)≪最高責任者≫ 松井やより(VAWW-NET-JAPAN代表 元朝日新聞記者)≪被告人≫ 昭和天皇(欠席) 日本軍 (欠席)≪弁護人≫ なし≪検察官≫ 鄭南用 (日本国からビザ発給を停止されている北朝鮮工作員) 黄虎男 (同上)≪傍聴人≫ 事前に誓約書を書かせて参加者を選抜≪判決≫ 有罪 (傍聴人の間で大歓声とウェーブが巻き起こった 本音 こんな茶番劇をよくも受信料を使って放送したね、協賛者者も人殺しと泥棒じゃねえかよ、これをみただけで国民のだれもがおかしいと思うぞ。 三輪の何某 2005-01-15 11:29:24 No.106118 状況みて国会招致応じる NHK特番問題で中川氏http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/seiji/20050115/20050115a1080.html 【プラハ15日共同】中川昭一経済産業相は14日、訪問先のプラハで、従軍慰安婦に関する特集番組でNHKに申し入れをしたとされる問題で、野党が関係者の参考人招致を要求していることについて「成り行きを判断して対処したい」と述べ、場合によっては招致に応じる考えを示唆した。共同通信などに語った。NHKが14日、政治的な介入で番組改編が行われたかのように報道した朝日新聞に訂正記事を求めたことに関して、「この件で私からコメントする必要はないが、NHKとは方向性は同じ」と述べ、朝日新聞にまず訂正を求める考えを明らかにした。朝日新聞が応じなかった場合は「あらゆる手段を考えている」と述べ、法的措置も辞さない姿勢をあらためて示した。是非やっちゃって下さい!! ~~~・~~~・~~~・~~~・~~~・~~~日本でもそうですが、アメリカでもCBSニュースが昨年の大統領選挙時にブッシュ大統領の軍歴疑惑をめぐる誤報で、担当プロデューサーら四人が解雇されましたが、CBSに対する批判が収まらないようです。米国各紙はキャスターのラザー氏やCBSニュースのヘイワード社長の処分無しに激怒、大統領選のさなかに行われた報道の“政治的意図”を否定した調査報告書の結論に疑問を表明、誤報の後遺症は、まだまだ続くようです日本と同様に。W・S・ジャーナルも社説で『先の大統領選挙ほど、一方的な論調の下で報道が行われた選挙はない』としたうえで『政治的意図はなかったと視聴者を説得できるようにCBSの健闘を祈る』と、皮肉で疑獄再考をしめている^^。日本・アメリカの政治家を思想信条が違う、組織に不利な言動をする者達を葬り去ろうとし、子供だましの茶番劇を演じるなど言語道断です、民主主義ですから言論は自由ですが“覆水盆に帰らず”で結果責任はどちらかが取ることになるのでしょう。比較する情報不足が、意図的情報を見抜けない事へつながるようで、我々のいままでが頼りすぎと無関心が在りすぎだったけれど、あらゆるところから燭光が射して来ている状況が出来つつある。新しい時代にはブラックボックスを開け、ディスクロージャーも加速すればいいですね。でも、パンドラの箱はうまく処理せねば、ある勢力にとって現在必死の活動を進めている、それはまるで都合の悪いパンドラの箱を奪い取ろうとしているか、蓋を開けさせない様に最後の足掻きのように見えるネ?間違えば正々堂々と非を認める、そんな組織と政党と人しか生き残ることは出来ない状況になりつつあるのに・・・。最近は特に不可解なことが多すぎるようだ・・・理解不能。烙印を押された体制にいつまでもしがみ付いて沈没する、そんな沈没船には同衾したくないですよね~ミンナ?そんなに高邁な理想なら実践している国へ行って活躍してもらいたい、我々はひき釣込まないでもらいたいものだ。女の英知のB・ボックス、ウーマンズ・インチュイションの怯えすら克服できないでいるのですから・ほっといてくれ?冬なのにホットな話題、燃料いらず、ならいいけどね。
2005年01月16日
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・・・最近、報道を眺めていると、世界中が異常気象で寒波・地震・津波・熱波・海面上昇・温暖化・大雪等々、地球上いたるところで、考えられない異常気象が起こっている、そんな報道が溢れかえっているのです。とどめは数十年後には東京が亜熱帯になる、沖縄と同様の気温になるそうです、が、そこまで行くまで海面上昇で沈没しているかもしれないね。両極の氷山が融けだしているそうなので、巨大な氷塊がドンドコ押し寄せることになるのでしょうか、以前に南極から九州?くらいの氷塊が南米沖を漂流しているというニュースもあったが、沢山そんな光景が見られそうですね・ユーモア?むかし、吉行淳之介氏の本の中で『ワニを生け捕りにする方法』なんていうお茶目な内容のがあった。それは、最初に聖書とピンセット、空のマッチ箱と望遠鏡を用意して、ワニの出そうな河原に行ってテントを張る。中に寝そべって聖書を読む、そうすると退屈な本なので眠くなってくる、ぐっすりと寝込んだ所へワニがやってきて、ワニも何だろうか?と聖書のぺ-ジを繰ってみて、やっぱり退屈して寝込んでしまう。で、早く寝た方が早く目覚めるのが当然なので、こちらが早く起きて寝ているワニを望遠鏡を逆にして眺めるととても小さく見えるので、そいつをピンセットで摘まみマッチ箱に入れる・・・^^;。そんなお話ですが、抱腹絶倒、お腹がヨジレ涙が止まらなかったのだった、非常に疲れた・・・。その話を何人かにしたのですが、面白がる人も大半ですが中には、それのドコが面白いのだ?なんてことを言い放つ奴もいてガックシ、と肩を落としたりしたこともあったのです。が、ただでは起きません、ピカッと教訓を得ました^^。人にはこの種の笑いを解するヒト、解せないヒトがいることを、そして決意しましたこの種のヒトとは関係を薄めようと。ユーモアを解せないヒトといると疲れる、関係を持ち続ける事は愚かな選択だと卒然と悟ったのだった・・・。(けれど、なぜか?今も一緒に遊んでいるが^^;?)チョッと考えてみれば、友人の発したユーモア・ジョークもこちらが理解できない場合もあるんじゃないか、そんな場合もたくさん在るし、自分ばかりのユーモア度を誇っていては、これまたユーモア不足と言える? かもしれないネ。ユーモアのないヒトを許すのが、ユーモアのあるヒトの太っ腹なところでしょうし態度だろう、が・腹だけ出た?ナゼ。けれど、ながく付き合うならユーモアの一つくらい解るヒトなら、なおよいのですがネ~ムツカシイデスネこれって?。ラテン語で暴力(ultimaratio)のことを『最後の理性』と言うそうですが、現在の世界中の揉め事も最初から最後まで暴力一色で、すべて力くらべになっている?。暴力も最後の最後、ドンズマリにやってこそ何かの効果があるのであって、のっけからやっても反感と逆襲をかう事になるのがおちで、思惑の逆目しかでない、怨念の連鎖・・・。最後に理性をふるわないで、最初から暴力をふるうようではとても紛争は解決できないでしょうし、立派な国家にも人物にもなれない。大国家にも中国家にもなれず小国家のまま、世界の現状もそのようになっているようですね実際。『最後の理性』なんていう勝負は止めて、『最後の笑い』?で勝負する、そんな国際法を定め各国の憲法にも盛込むようにすることで、武器を持たない勝負が可能だろう・・・。笑いの選抜軍を出しあって笑わせ勝負をする、万機笑いで決すことを制定する、単純にして深遠な策だろう。それが真の『笑者』だろうと思う。殺されるよりも、笑いすぎて死んだ方が幸せでしょうし、世の中明るくなるのですから、『最後の理性』なんて言ってみても何にも解決してこなかったのですから、『最後の笑い』なんていうノーベル賞的方法も一考してもらいたいネ^^。人類は真面目すぎるようで、真面目な戦争?を沢山してきた。一日の半分、仕事の半分、人生の半分を、面白半分の時間に充てる、大概の紛争も戦争もバカバカしくなる?のです。面白い事を、言ったりやったりしない者は、厳罰に処す!・・・世界各国に立法化することを厳命する!?!?!。そうすると、愉しい鼓腹撃壌の世の中が、即、達成だ^^ネ
2005年01月15日
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・・・地球も破裂しないで今日も回っているようだネ。地球上あらゆる所で激震が走っているけれど、そんな災厄は逃げようにも逃げられない事の方が多いので、なる様にしかならないので非科学的でも、いかんともしがたいのです。戦争にも似たような所があって、人間が地上にある限りは戦争をせずにはいられないものなんだろう、人間というものの根底にある、深い奥底にあるものがそうさせるのでしょう。根源的に人間は情熱的存在なので、それが戦争へ向かったり夫婦喧嘩にも向かい、受験戦争に向かい、あるいは脱サラへ、一切合財の方向へアメーバーの如くに向かう事になる。これを恐れる必要があるし、叉同時に恐れすぎてこれを殺してしまうと、今度は自分が生きてゆけなくなる、やっかいなアンビバレンツといい、あっても困るし、なくても困る、二律背反というものだネ。戦争の理由なんて何でもいいんであって、いくら議論をしようとも始まらなくて、現に戦争は続けられているし、今後も様々な理由で起こりつづけるだろう。単純にいえば相違するものが二つ以上ありさえすれば、戦争は起こると思っていた方がいい。起らなけれが儲けものだと考えたほうが良いのが、この酷烈な人の世の常識だろう。ただし、福沢諭吉のように、常に最悪の事態を覚悟しておくことも一方に必要なのでしょう・・・これはもう。ガリバー旅行記を書いたスウィフトは、戦争を罵る為につまらない理由から起こった戦争ほど酷烈無残になるという原理を書いている。そこに示しているのは、ゆで卵を割るのに太い方から割るのか、細い方から割るか。太端派と細端派との二派が争ったというジョークを書いている。極端な誇張かもしれないが痛烈な真実・本質を言当て貫いているようだネ。人間、卵から戦争、卵くらいなどと言ってられない、笑ってられないんであって、どんな些事もことの本質には違いないようです。これは真なる常識とも言えるもので、戦争の動機なんて殆んどつまらない事が発端なのですから、宗教と意地とプライド、エゴと正義と権力欲のごった煮?・闇鍋なのですから。たいがい、つまらない、くだらない理由が発端なのです。なので左右のあらゆる体制も、人間が根本に居座っている間は戦争は避けられず、人間自身の意識レベルの向上以外には絶えることは無いのでしょう、人間が変わらなければ。左右の体制が、お互いの体制を唾を飛ばして罵り合っていた事もあったし現在もその影響から抜け出せずに、誹謗中傷を言い合う場面も沢山ある。その一つに社会主義になったら平和が訪れるなどという幻想を吐いている集団もいまだ健在ですが、シナ中共はチベット、ウイグル族への侵攻、北朝の加担して朝鮮戦争、ベトナム侵攻、自国民の大量虐殺、周辺国家との国境紛争は暇が無い状況です。これを見れば『社会主義国家になって、他の民族を侵略しないという保障は何処にも無い』のです。おめでたい幻想は早く捨て去るべきで、逆説的には社会主義国家のほうが紛争・戦争を引起し、人権・平和・順法精神を踏みにじっているのが現実のようですネ。時間とエネルギーはかかるけれど民主主義体制の方が、穏かのようです。独裁体制と独裁者が君臨して、神の如くに正確な判断を続けることができないことは周知の事だが、国民の意思さえ封殺される体制では残された手段は恐怖で統治するしかない。そんな国では芸術が花を開いても良さそうなのですが、アンドレ・ジイドが言った様に『芸術は抑圧において芽を出し、拘束において花開くのだ』、それが本当ならば・・・ネ。芸術の破壊は聞くけれど、芸術を生み出すエネルギーさえ奪い取られるのかもしれないね、そういう体制になると意欲さえも喪失するほどのものなのでしょう。どんなものにも矛盾を含んで完璧はそうそう無いけれど、バランス感覚は亡くすと悲惨な結果が待っているのです。人間もタイトロープのように危うい所を日々歩んでいるけれど、矛盾をバランスで中和してロープから足を踏み外さないようにするのが精一杯だから、戦争はなくならないみたい。“神様”も人造の“神”の前では『顔色なし』でしょうネ。・・・・・でも、時間の鑢にかかれば、馬脚を露す?
2005年01月13日
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・・・冬らしく、冷えた日々が続いています。これでも昔からみると冷え方がゆるやかに成っているようで、確実に温暖化を実感できる。どこかの氷河が毎年30~40m後退しているとか、平均気温が1~2度上昇したとかそんな話に事欠かないようです。この間、仲間と一杯飲み屋でやっていると、隣のお客さんたちが地球がおかしい、地球が爆発してしまうかもしれないなどとあ~でもない、こうでもないと話が盛り上がっていた。何かおかしいとみんな気付いているのでしょうネ、スマトラ沖の大津波の時には人間が大勢犠牲になり、動物達はほとんど逃げ遂せてシックスセンスの鋭さを、また見せ付けられたようです。人間にももともと備わっていた感性が、何によっていつの間にか消えうせてしまったのでしょうか・・・。どうすればまた、取り戻すことが出来るのだろうか?煩雑な日常の中で感性が麻痺し、現実に振り回される日々が続けば、感性云々とは程遠い世界を生きることに成るのでしょう、そして疑問すら湧かなくなる現実は怖いものだ。現在も引続き支援策、方法、枠組みで喧々諤々国家エゴを剥き出しで論議が沸騰しているスマトラ大津波復興対策には、一番に被災者・被災国家は即、手を差し伸べて欲しいのです。支援策の中に政治を持ち込んだ国家エゴなど、現地被災者にはまったく関係ないのです。何時でもあらゆる被災地と被災者には今すぐに、医療と次の食事の大問題が控えていて話し合いの余地は無いのです。時間が総てを左右する現地に於いて、机上の空論を振りかざしていて得るものは一つもなく、時間が犠牲者を増すだけだという事にすらシックスセンスを発揮できない人類は、地球にとっては危ない存在になっている?可能性がある。人命・人道以前に国家エゴ剥きだしで対応策を練る、そんな感性の鈍さは地球と人類全体にとって『百害あって一利なし』、宇宙と地球の法則・自然界と人類に対する信頼を損ねていたのは結局、人間エゴそのモノ?だったのですから・・・。人・人類は今、そんなシックスセンスの鈍さに対し、人類以外のあらゆる物と方面から逆襲を浴びせられている?そのことに気付かなければいけないようですネ・・・。そんな状況に危機感を抱き一部警鐘を発しているが、旧態依然の発想から脱出れずにしがみつき泥船から出れないでいるが、京都議定書の推進などで遅ればせながら舵は切られ様としている。人類のパラダイム・シフトの完了を急がなければ、間隔を短縮して次々に発生を続ける天災を避けることは、出来ないしもぐら叩き同様意味を成さないのです。天災を目の前にして右往左往し続ける今の我々は、神話の世界に沢山ある天災を潜り抜け引継がれて来た物語の人々と何等変らない芥子粒のようですが、エゴだけは増大した^^;。今日は「ひらやんのブツクサ独り言」、こんな内容はどうだろうか?是非一読を・・・。 10年後の神戸 寒中お見舞い申し上げます。 2004年も押し迫った昨年の暮れ、阪神淡路大震災の復興事業に関連するイベントと、それに関わる人物の取材を立て続けに行ないました。10年前、ある雑誌の取材で被災地を訪れたときには、まるで爆撃に遭った跡のような凄惨な光景が広がっていた地域も、今は外見上すっかり綺麗になっています。が、復興事業に携わる関係者の話によると、文化や産業といった分野では復興どころか衰退すら見えるということでした。この10年の間に東京への一極集中が急速に進んで、文化や産業の中心が東京へ移ってしまい、とくに関西に根付いていた伝統芸能の衰退が著しいというのです。企業は本社機能を東京へ移し、関西歌舞伎はもはや見る影もありません。出版業界は流通機能を東京に牛耳られ、県境を跨ぐ出版活動は必ず東京を通さなければ実現できないのが現状です。このような状況でもし首都圏を大災害が襲ったら、日本は事実上、国家としての活動を停止するでしょう。 被災者で、今は震災を語り伝える「語り部」としてボランティア活動をされている数人の方に、インタビューをする機会がありました。インタビューの開始にあたって、私が元自衛官であることを告げると、皆さん一様に姿勢を正して「あのときは本当にお世話になりました」とお礼を述べられました。私は当時はすでにフリーライターとして独立してましたから、災害派遣部隊には参加していません。それでも自衛隊の存在がありがたかったことを、熱っぽく語ってくださいました。 当時、ある公園に避難者のテント村がありました。その中の家族に自衛隊入隊が決まっていた高校生が生活していたそうです。少なくともそのテント村では、自衛隊はさながら救世主のような存在でした。その自衛隊に入隊するというので、いよいよテント村から自衛隊へと出発する日には、テント村の人たちが総出で見送ったそうです。他にも、災害派遣部隊の活動を目の当たりに見て自衛官を志し、実際に入隊した者が多いのは事実です。 ある語り部の方は、天幕を貸してくれた部隊にお礼を言いたいけれど、部隊名すら分からないと困っておられました。名古屋から来た部隊というだけでは探しようもありません。が当時、東灘区の公園で天幕を設営した部隊でこれを読んでいる人がいれば、この場を借りて、たいへん感謝されていたことを伝えておきます。 そしてもうひとつ、一般にはほとんど知られていない事実があります。派遣任務を終えて撤収した部隊の隊員の中には、そのあとも個人の資格で被災地の救援ボランティアに参加した者が少なくありません。センセーショナルな話題や美談ばかり求めるマスコミには知られていない事実のひとつです。 閑話休題。 日本中を震撼させた阪神淡路大震災から間もなく10年を迎えようというときに、今度は新潟を大地震が襲いました。他にも自然災害の多かった昨年ですが、暮れにはまるで災害の年にトドメを刺すかのように、スマトラ沖地震が発生し大津波による死者が15万人を超えようとしています。日本政府は復興支援の一環として、800名余規模の自衛隊を派遣することを決定しました。 さて、ここでひとつの疑問が湧きませんか。 カンボジアのPKOに始まる自衛隊の海外派遣に目くじら立てて反対していた勢力が、今回はまるで何事もなかったように鳴りをひそめています。いつの海外派遣でも、彼らが反対理由としていたのは「自衛隊を海外に派遣すること」だったはず。スマトラ沖地震の復興支援が「人道支援」ならば、イラクへの派遣も「人道支援」です。戦争で傷ついた人を救うこと、災害で傷ついた人を救うことのどこに違いがあるのでしょう。自衛隊の海外派遣に反対する日ごろの態度とは180度違うご都合主義の感が拭えないのは私だけでしょうか。(ひら☆やんさま)「ひらやんのブツクサ独り言」バックナンバー http://hirayan.okigunnji.com/ エゴとエゴがぶつかり合う国際政治と人間社会の中で、ウロウロ右顧左眄しつつ生きていかなければならないけれど、生きるための判断材料・要素の中に、自然の秩序・全体の向上など利己的要素以外の材料をぶち込んで見る?必要を感じる。そんなことが時代と自然の要請が今、突きつけられている状況をシックス・センス?で感知せねば・・・。『人に一歩譲るも、一生に百歩に足らず』、を思い返し、宇宙船地球号に乗船している我々は“呉越同舟”なので、“和光同塵”事にあたらなければ、一蓮托生の地球も轟沈です。人類“同床異夢”と言え、また“偕老同穴”なのですから、卑近な現実にばかり眼を奪われないようにしたいものですネ。地球も人類も“槿花一日の栄”という儚い栄華で終わらすには、あまりにもモッタイナイ?と思うのです・・・が・。
2005年01月12日
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・・・2005年に相応しい言葉って何だろうか?と考えていたが思い至った。『オ・ラ・イ・ナエ』、H・G・ウェルズがタイム・トラベルの映画の中で、時を越えて旅するときの呪文は『オ・ラ・イ・ナエ』と唱えると宜しいと言っているのです・・・。『夜ごとの美女』『タイム・バンデッット』(日本版はバンデットQ)などでは、みな時を越えて往く時には唱えていたが、今世紀の我々に必要なことはアセンションするキッカケが必要で、それが『オ・ラ・イ・ナエ』だろうと思った。グランデパールはオ・ラ・イ・ナエを唱えて行く、壮大に。H・G・ウェルズはもう説明不要ですが、『タイム・マシーン』『透明人間』など、SFの創始者で日本のSF作家にも多大な影響を与えた偉大な小説家。『H・G・ウェルズ氏開発による現在、世界中のありとあらゆる旅行エージェントに汚染されていない、たった一つの旅行、頭と心と時空の旅行』なのです。『オ・ラ・イ・ナエ』で、簡単な呪文で達成できますョ?昨夜、久々に時空を飛んだ、高倉健の映画を観たよかったな~。鉄道員の日常と現実を描き、北海道を舞台に過酷な自然、ある意味日本と日本人の良さを再確認することができる映画だった。唯一寡黙な演技、存在するだけで台詞が入らない役者の一人であろう高倉健には、ジャン・ギャバンと共通の醸しだす雰囲気があるネ、言葉数が少ない演技は此方に想像を求める。もともと大自然の中の演技には無口がお似合いのようです。演技はそれでいいけれど、メディアの沈黙は戴けないようですね、むかしベトナムとアメリカが戦争をしたことがあったが、東西冷戦の真っ最中でメディアも左右体制の坩堝の中にあって、そんな左右の思想に影響を受け報道内容に自然と色がついていた。現在もそんな残影が色濃く残って、囚われブレーン・ウオッシュから抜け出れずに引き摺っているメディアも在り顰蹙を買っていることも確かのようです。当時、戦争中には発生してなかったボートピープルが、戦争終結後に大量発生しオンボロ船で、南シナ海の荒海へ飛び込むことになった。海賊は横行し受け入れ国家が在るやなしやの状況で、社会主義体制国家に三行半を突きつけ荒海へと乗出したのだった。ベトナム政府は政府軍の堕落・退廃をずいぶん喧伝され、ベトナム戦時中はのべつまくなしに、地獄だ、地獄だと叫ばれそれくらい猛烈な戦時中でも、ボート・ピープルは出たことがなかったのです。それなのに戦争中にさえも発生してなかった、戦争が終わっているにも拘らず発生することは、戦争以上に酷烈な状況が生れてきたからだと言えるんじゃないだろうか。全人民かどうかは分からないが、ある種の人々にとっては荒海の南シナ海へ体ひとつで飛込み逃げ出したくなる状況が発生していたと観るべきでしょう、が背景はメジャーと言われる報道機関には提出されなかった。人と国家、自由と体制を考える時に、このベトナムを捨ててボート・ピープルとなってまで社会主義体制を拒否し逃出した人々を尊敬すら憶えることがあるのです。なぜなら、人々は逃出したかもしれないけれど、それによって一つの意志を宣言しているわけで、断固として泣き寝入りをしなかったと言うことなのである。何事かに対して敢然、身をもって、命からがら、生きられるか死ぬかもわからない状態に飛込んでいって、そこから脱出しているこれは逃げていると言うよりはむしろ強烈な抵抗の闘士であると見るべきものであるのではないか。だから、泣寝入するよりは、こういう人の方をむしろ尊敬したくなる時があるです。ベトナム戦争中はあらゆる報道がされたが、ほとんどただひたすらアメリカを罵倒し、ハノイを支持しべトコン万歳を叫ぶだけだった。そうして、その結果彼らの望むようにハノイがサイゴンを取ったけれども、それ以後に起こったことについては、誰も何も言わなくなった。他国に起こった現象を非難する場合でも賛成する場合でも、こういう態度であっていいのか悪いのか、その点を考えさせられるのですが・・・。ベトナム戦争中、こんなことを言っていたベトナム人が沢山いた。コミュニストがやって来ればどうなるかと言うことを語ったいくつかの総論として、当時のお坊さんの言葉。『アメリカがベトナムにいると困る・・・戦争があるから。しかし、アメリカがベトナムから出て行っても困る。コミュニストが来るから・・・と。』現実にはそうなったが、そう思う人々は荒波に向かい脱出したのです、ボート・ピープルとしてデラシネへの道を選択したのです、断固泣寝入せずに身をもって命からがら、抵抗の志士として・・・。で、一説によると戦争終了後ハノイは国を逃出したい人はどうぞご自由に、ただし金塊を数百グラム出せ・・・と言うような言い方をしていたらしい。つまり、単に国民を捨てているわけじゃなく、逃げていく国民を強奪し、無一文にした上で放り出しているわけだ。これって、昔の峠の山賊よりもまだ酷い話なのです。ついでに、ハノイは社会主義国から膨大な援助を受けた、ソビエト、シナ中共、東ドイツ、北朝鮮、など東側陣営から武器・弾薬の後ろ盾を得て戦争を勝利へ導いた。しかし、世の中ただでモノをくれる奴なんてありゃしない、後で必ず見返りを出す要求されるが、この点、相手ははなはだ貪欲で、シベリア開発の為の人員を要求したらしく、亜熱帯の国民ヤシやバナナの国の人間が、吹雪の中へ行って働かなければならない。ハノイは見返り物資を何も持っていないので、国民を提供しようということ。それで、シベリアへ行きたくないばかりに南シナ海へダイビングする人々が出る、という説明も当時あった。しかし、ともかく何もかも隠してしまう独裁政権の国であることから、真相は解らず現象について大きな声で議論することも、またできない事実から目を塞がれている当時は特に。アメリカがいると戦争になるから困る、しかし、アメリカがいなくなるとコミュニストが来るから困る、と言ったお坊さんは、ベトナム戦争終了後体ひとつでボート・ピープルとなり、荒波へダイビングしシンガポールへ辿り着き、その後アメリカへ渡ったようです・・・よかった。『オ・ラ・イ・ナエ』の呪文を唱えることで、時空を軽々と飛翔しつつその途中で、もしかしたら未来の自分に遭える?そんな神秘体験すら可能になるかもしれないネ・・?・・。今回は『オ・ラ・イ・ナエ』のお陰で、タイム・マシンと高倉健と日本再考の映画、歴史の一ページのベトナム戦争がフラッシュ・バックされたようで、体よりも心が先に時空を越えられた^^;。もぅ、そろそろ『タイム・マシン』が出来ないだろうかネ?人間の歴史も、変われば変わるほどいよいよ同じ、としか言いようが無いことが多い、古くて新しい問題の連続・噴出で何かもう飽きたようです。ピンク・レディのUFOみたいに地球の男に飽きた?と同様、人類の紛争にも充分飽きました・・・まず、呪文を唱える?UFOかタイム・マシンを遊び道具にしたいものです・・ネ・。
2005年01月10日
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・・・先日『お年玉』を上げます、と、記したのにジェンジェンお年玉を欲しいと言う人が現れマシェン・・・^^;。といううことなので、今日もまだ『お年玉』?は五冊残っておりますので、好ければ申し込みをしてくださいネ^^。・・・『幸せを呼ぶ暗号』×五冊です。詳細はこの日記の今年の初めの方に記してありますョ。しばしば、TVなどで発展途上国の人々の暮らしが放映される。その中に子供達が飢え飢餓で雁字搦めにされ栄養失調でお腹が膨れて、後はガラガラの骨だらけ・・・で時間の問題で死んで行くのだろうと思われる子供達が映される。戦乱、旱魃、最悪の状況においても子供をつくると、ああいう風になることは眼に見えている、けれど、それらには触れられない報道には人道・人権・平和を目指す立場からは憤りを覚えるし、普通はそんな凄惨な状況では子供をつくることは避けるだろう・・・普通は。普通はそうだろう、けれど、人間は危機に迫られると逃げ場を失い、男は女の身体の中へ逃げ込みたい、女は男を抱きしめたい、とこういう心境になる。苛斂誅求、凄惨・悲惨な現地ではそこ以外に、逃げ場はなくなるのですから、その結果子供が生れる。子供が生れようが生れまいが、危機的状況に何等変わりはなく、明日まで生き延びられるのか、あさってまで生き延びられるのか判らない状況にある。為に、男は女に走り、女は男を求める、当然でしょうか。結果として子供ができるか出来ないかなど、その瞬間には当事者にとってどうでもいい問題なのだろう・・・。アフリカに限った事でもなく、ほんの二時間の距離にある隣国では静かに秘匿されつつ体制の無策で、数百万の餓死者を出したそうだが、もれ聞こえるだけで正式な発表は、いまだされていないようだが・・・風聞だけがでてる・・・。ソビエト・東欧諸国も体制崩壊した暁には、環境・住宅・食糧事情が悲惨であれほど喧伝していた素晴らしい楽園も、幻想だったことが判明したが、鉄のカーテン内部は独裁者政権の栄耀栄華の為の貢物でしかないようだ。現在の先進国と言われる国々の、パリ・東京・ニューヨーク、こういった都会ででてくる食べ残しは、味覚を別に栄養価で計算するとアフリカの国の3~4カ国が養えるらしいが、残飯を輸出?する奴はいないので捨てられる。残飯を出さない、その為には統制経済を選択しなくちゃいけないが、それは困るし、今更そんな体制へ進むなんてことは有り得ないだろうし、結局、飢える国は餓えるままに放って置かれていくことになるんだネ・・・。・・・・・難しい問題だね、ホント。こんなにテクノロジーが発達した、輸送手段も、あらゆるデータも瞬時に手に入いるこの時代、各国にも優秀な逸材とあらゆる膨大な物資が詰まった倉庫を沢山抱えているのに。ナゼ?『飢餓』という人類最古から続く根源的な問題ひとつ解決を見ないのだろうか、人間の生き方が、人類の目指す方向が違うのではないだろうか?我々は知ってるつもりになっているだけで何も知らない。もっともっと真摯に謙虚になって、届ききれない悲痛な声を聞く、聴き届けてあげる、訊きに行ってあげる。そんな政策を国を挙げて行う、国と国民は何処かにいるのだろうか、国そのものが『マザー・テレサ』『M・ガンジー』など、個人の働きから国を挙げての活動へと繋げる運動。世界中にたくさんの国家があるのだから、そんな奇特な国家が在っても良い?と思うが、どうだろうか。せっかく国連があるのだから、毎年持ち回りで救援国家を指名して対応策を実行させる、国連も良く無い風評が立ち上がっているが、起死回生の策『飢餓の撲滅・途上国救援プロジェクト』?など打ち上げて、本来の崇高な精神を発揮して頂きたいものです。国連内部の魑魅魍魎、国家エゴの跳梁跋扈、そんな政治の最大の犠牲が飢餓と発展途上国家を産出している。もぅ、古いフィルムを何度も見せられて見飽きたし、そろそろ新しい筋書きと役者でプロデュースしてもらいたいものですネ。地球は新しい時代へ変遷を続けているのに、人類の根源的な問題ひとつ旧態依然の域を抜け出れないなんて、進む・目指す方向が違ってませんか?そんな警鐘が地球と宇宙からの天災となって降注いでいないなんて、誰も言えないでしょう・・・ネ・・・。アセンションをしている地球で、人類だけが取り残される?そんな状況が現出しては悲しいし、人類も軌道修正しなければ宇宙の孤児に成るなんて、宇宙の流島の刑は嫌だね~。現代の、スエン・へディン、大谷光端かまたは、ドン・キ・ホーテは何処に居るのでしょうか、もぅ出て来ないか?。・・・・・『クオ・ヴァディス・ドミネ』・・・・。
2005年01月09日
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・・・今日は、人間の尊厳を崇高に謳い上げた20世紀最高の演説を見てください・・・なにも説明は要らない。「精神世界の鉄人」 エッセイ集からの抜粋です。私にも、夢があります。「I have a dream」です。(笑)今から、60年先に、ブッシュ大統領、フセイン大統領たちの曾孫たちが、楽しくレストランのテーブルに座り、皆で、楽しそうに腕相撲などをやりながら、「僕たちの曾お爺さん同士は、アメリカとイラクという国のトップで、戦争というものを、やっていたんだってねー。悲しい思い出だね。」こう話しあう日がくることを…。 <参考>20世紀最高の演説に選ばれた、「マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師」の演説です。1963年8月23日。25万人のワシントン大行進の後、ワシントンDC、リンカーン記念館にて。I have a dream私には夢がある。that one dayいつの日かthis nation will rise upこの国が 立ち上がり,and live out the true meaning of it's creed,わが国の信条である次の言葉の真の意味を,現実のものとする夢が。 "We hold these truths to be self-evident, that all men are created equal".『私たちはこれらの真理を自明のことと考える。すなわち,全ての人間は平等に造られている』(アメリカ独立宣言の一節)(歓声)I have a dream私には夢がある。that one dayいつの日かon the red hills of Georgia,ジョージア州の赤土の丘の上で,the sons of former slavesかつての奴隷の子孫たちとand the sons of former slaveownersかつての奴隷主の子孫たちとが,will be able to sit down together at table of the brotherhood.共に兄弟愛のテーブルに着くことができるようになるだろうという夢が。I have a dream私には夢がある。that one dayいつの日かeven the State of Mississippi, a state sweltering with the heat of injustice,このミシシッピ州も, このような不正義の暑さにうだっておりsweltering with the heat of oppression,このような抑圧の暑さにうだっている この地域でさえもwill be transformed into an oasis of freedom and justice.自由と正義のオアシスに変えられる日が来るだろうという夢が。I have a dream私には夢がある。(歓声)that my four little children私の幼い四人の子どもたちが,will one day live in a nation where they will not judged by the color of there skin but the content of their character.彼らの肌の色によって評価されるのではなく,彼らの人格によって評価される国に住めるようになるだろうという夢が。I have a dream today!私には今日,夢がある。(歓声)I have a dream that one day私には夢がある。いつの日かdown in Alabama with vicious racists, with its Governor having his lips dripping with the word of interposition and nullification悪意に満ちた民族主義者に牛耳られており,連邦の決定に対して知事の口から「干渉」とか「取消し」という言葉しか出てこない このアラバマ州においても,.One day right there in Alabama, little black boys and black girlsいつの日か幼い黒人の少年たち・少女たちが,will be able to join hands with little white boys and white girls as sisters and brothers.幼い白人の少年たち・少女たちと手をつなぎ, 兄弟姉妹として歩ける日がくるだろうという夢が。I have a dream today!今日,私には夢がある。(歓声)I have a dream that one day "every valley shall be exalted,私には夢がある。 『いつの日か 谷はすべて身を起こし,every hills and mountains shall be made low, the rough places will be made plain,山と丘は身を低くせよ。 険しい道は平らに,and the crooked places will be made straight, and the glory of the Lord shall be revealed, and all flesh shall see it together."狭い道は広い谷になれ。 主の栄光がこうして現れるのを, 肉なる者は共に見る』(イザヤ書40:4-5)This is our hope.これが私たちの希望なのである。This is the faith that I go back to the South with.こういう信仰を持って,私は南部に帰る。With this faithこういう信仰があれば,that we will be able to hew out of the mountain of despair a stone of hope私たちは絶望の山から希望の石を切り出すことが出来る。With this faithこういう信仰があれば,we will be able to transform the jangling discords of our nation into a beautiful symphony of brotherhood.私たちはこの国の騒々しい不協和音を,兄弟愛の美しいシンフォニーに変えることが出来る。With this faithこういう信仰があれば,we will be able to work together,私たちは共に働くことができる。to pray together,共に祈ることができる。to struggle together,共に闘うことができる。to go to jail together,共に監獄へ行くことができる。to stand up for freedom together,共に自由のために立ち上がることができる。knowing that we will be free one day!いつかは自由になると信じることができるのだ。(歓声)This will be the day...その日こそ,(歓声)This will be the day when all of God's childrenその日こそ,全ての神の子どもたちが,will be able to sing with new meaning, "My country, 'tis of thee,あの歌を新しい意味を込めて歌うことができる日となるであろう。 『わが国,それは汝のもの,Sweet and of liberty, Of thee I sing麗しき自由の国。 われは汝を讃える。Land where my fathers died, Land of the pilgrims' pride,わが父祖たちの死せる国, 巡礼父祖の誇れる国,From every mountainside,すべての山腹からLet freedom ring." And if America s to be a great nation,自由の鐘を鳴り響かせよう』 もしアメリカが偉大な国になるのであれば,this must become true.このことが実現しなければならない。So let freedom ring from the prodigious hilltops of New Hampshire.だから,自由の鐘を鳴らそう ニュー・ハンプシャーの大きな丘の上から。Let freedom ring from the mighty mountains of New York.自由の鐘を鳴らそう,ニューヨークのそびえ立つ山々から。Let freedom ring from the heightening Alleghenies of Pennsylvania!自由の鐘を鳴らそう! ペンシルヴァニアのひときわ高いアレゲニー山脈から!Let freedom ring from the snow-capped Rockies of Colorado!自由の鐘を鳴らそう! コロラドの雪を頂くロッキー山脈から!Let freedom ring from the curvaceous slopes of California!自由の鐘を鳴らそう!カリフォルニアの曲がりくねった坂道から!Not only that. Let freedom ring from Stone Mountain of Georgia!それだけではない。自由の鐘を鳴らそう!ジョージアのストーン・マウンテンから!(歓声)Let freedom ring from Lookout Mountain of Tennessee!自由の鐘を鳴らそう!テネシーのルックアウトマウンテンから!(歓声)Let freedom ring from every hills and molehills of Mississippi,自由の鐘を鳴らそう!ミシシッピのすべての丘やモグラ塚からも!(歓声)and from every mountainside!山腹のいたるところで自由の鐘を鳴らそうではないか!(歓声)Let freedom ring and when this happens.私たちが自由の鐘を鳴らせば,(歓声)When we allow freedom to ring,私たちが自由の鐘を鳴らすことができたとき,(歓声)when we let it ring from every village and every hamlet,その時にはすべての村という村で,すべての集落という集落で,from every state and every city,すべての州という州,街という街において,we will able to speed up that day when all of God's children,神の子どもたちとなったすべての者らが,black men and white men, Jews and Gentiles, Protestants and Catholics,黒人も白人も,ユダヤ人も異邦人も, プロテスタントもカトリックも,will be able to join hands and sing in the words of the old Negro spiritual,すべての者らが手に手を取って,あの古い黒人霊歌を口ずさむようになることであろう。"Free at last! Free at last! Thank God Almighty, we are free at last!"『自由だ!自由だ! 全能の神に感謝すべきかな。 私たちはついに自由になった!』(歓声) 我々が忘れ去っているモノ、人間の生きる根源を訴えている素晴らしい演説です。心を動かされない人はいないと思います。以前、キング牧師の肖像画、畳半畳分くらいの大きさの油絵を戴き実家に飾っていたことがあったのだが、今回『精神世界の鉄人』の一説にキング牧師のことがあり、想い出したので演説と共に記してみた。一度、お気に入りリンクに在りますので覗いてみて欲しい。『精神世界の鉄人』、この内容も、また、素晴らしいです。・・傑作の証明、時代を超えて訴求するものが溢れている。
2005年01月06日
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・・・お酒を休んで、お茶を飲むとスッキリした。今日はお酒は飲んでません、ヨカッタ?空海も一杯ならお酒を飲んでもよいョ、と言っていたようですからまぁ、話の分かる超天才だったようです、よかった・・・。空海自身も当時貴族階級の超エリート輩出の大学を飛び出し、空海は地方豪族出身だったので卒業しても下級官史どまりを悟り、大学を飛び出した。空海が当時の貴族階級を批判した詩まで作っているが、ともあれ大学を去って風来坊・ルンペン・乞食になった。そして彷徨する事≒十一年。その間、二十四歳の時に『三教指帰』を書いたが、後は空白であまり足跡は明らかでないようです。この『三教指帰』は空海の処女作で儒教・仏教・道教を比較し、結局、仏教が一番優れた教えであると結論を出した。大学に現実を見て飛び出し仏教に沙門として仏教を志した。ひとり『ここに一人の沙門有り』と宣言しちゃうのですが、この沙門と言うのは自分勝手に仏教者を名乗っているだけなのですが、沙門は今で言う、乞食・ルンペン?の類である。極端ですが『僧侶』は国家公務員で、『沙門』はルンペンの類ですが大学を飛出てそんな沙門に溶け込んでいった。今になって超天才の空海をモラトリアム青年とはいいずらいけれど、当時の行状はそんなふうに見える青年特有の自分を発見するため、アイデンティティを確立する為の猶予期間なのだったのでしょう。己の可能性への挑戦、世俗社会、貴族階級、大学の限界など溢れるエネルギーがそうさせたのかもしれないが、どの時代の青年も感じる現実に飼いならされて、角が取れて丸くなったベアリングのボールのように無気力な大人に成りたくなかったのでしょう。今時そこら辺にいる若者と何等変わらない若者だった。それでも地方豪族出身なので立場的には恵まれていたと言えるが、精神の有様は自己実現を目指し成功を夢見る若者だったのですネ。(と言っても、レベルが違いますが^^;)現在よりも階級がカチッと決められていた時代ですが、貴族階級を批判し、社会の底辺の人々に優しさで言及し、社会の大多数の民衆の為の仏教を目指した。貴族階級に密着した仏教から、民衆にシフトした仏教を目指し民衆に入って行った。『このようにして、目に触れるものの総てが、私の心を仏道へ傾斜させ、私を仏道へと勧めています。吹く風に似たこの想いを、誰が縄を持って繋ぎ留められましょうか』と、民衆の仏教に向かい、庶民の学校までも創ったのです。『綜芸種智院』という入学資格・階級を問わずに入学させ、完全給費制だったのですから、この時代に凄いです。一時期、風来坊、浮浪者、乞食、ルンペン、ともいえる状況へ己を追い込んで、民衆のためにという高邁な理想と思想をレバレッジにして、あっという間に日本史上最高の世界的にも日本が誇ることができる偉業を成し遂げたのです。土佐の室戸岬、阿波の大滝岳で修行を行った。一人の沙門から教わった『虚空蔵菩薩求聞持法経』で潜在能力を開花させたのだった。現代にも通じる思想を創りあげて逝ったのだった。・・・宇宙的な発想で、常識の枠を軽々と超えている。
2005年01月05日
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・・・たまゆら(玉響)、玉がかすかに触れ合う幽かな音。万葉集に『たまゆらに昨日の夕べ見しものをけふの朝(あした)に恋ふべきものか』とあり、「一瞬」「ほんのしばらく」などという意味のようです。まるで人生に於いて行交う人達の事、宇宙の中で悠久の時間の、「一瞬」「ほんのしばらく」我々が地球に留まっているそのことを暗に示しているようで、人知を超えた無限と人間の儚さとチッポケな存在を否応なく感じさせられる。我々の生死の間にもたくさんの別れと出会いが繰り返されることになるけれど、長く生きようと短くあろうと悠久の時間の流れの中では一瞬の流れ星の如く、儚いものだネ。宇宙から見れば存在の有無なんて、芥子粒の如くある人間が地球上では利害損得、権力を奪取し合い流れ星のような一瞬の人生を更に無駄にしているが、それもそれぞれに不足している経験を味わう為には不可欠な経験なんだろう。一瞬の光芒の人生に於いて呻吟しつつ終えることになるけれど、結局誰の為でも無くすべて己の為の人生だったのですから、どんな生き方をしようともそれを味わう己のものだ。すべてを丸ごとと味わえばいい、ただそれだけでしょうか。孔子さんは『怪・力・乱・神、を語らず』と論語によれば言ったというそして、常づね「鬼神は敬して遠ざけた」とも伝えられる。合理的で現実主義的な思想の持ち主だった孔子さんは、想像的な存立とか、超自然的で不合理なものは努めて遠ざけるようにしていたが、裏返すと当時はむしろそんな存立が幅を利かせていたという裏書をするものでもあるようだ。『怪』とは怪異なことでミステリー。『力』とは智ではなく力ずくで威嚇すること。『乱』とは道理を踏みにじり人倫に背き、これを乱すこと。『神』とはそのご利益に与かろうとして鬼神を信じること。と言う事のようですが、孔子さんの居た何千年前からこんなことが繰り返されてきた、そして今もまた古くて新しい問題として再浮上し続けている問題でもある。弱肉強食、利害損得、競争することはシナジー効果で力を発揮するための心の飢え、劣等感・優越感の裏返しでもあり際限なく繰り返される無限のループで止むことは無いのでしょう。それが人種・国家・地域・組織・個人の無限の原動力になっている為、戦争・小競り合い・合法的略奪が延々と続く。結果に囚われている間は続くのでしょう、けれど本当の競争は克己、自分を超越することが真の競争で超己せずに、心の外でいくら戦っても虚しい結果しか待っていないようです。それもまた味わう為に争うことにもなっているのでしょうが、徐々に人類も覚醒し始め意識のレベルが揚がり始めているようなことは、たくさんの著書の中に述べられている。『孔・孟・老』の時代から言われている、古典・格言・至言を超えた新人類にならなければ、逆に最先端科学では先祖帰りじゃないが、各宗教感・伝承・昔話の中に気付いて見たらば、最先端科学が時間とエネルギーを傾注して見つけたものが、非科学的といわれて放置されていたものの中にさり気なく含まれていた、そんなことが溢れている。もともと科学は自然の原理原則を発見するためにでき、発展してきた。そして科学の発展につれ新発見が成され、人類の発展に寄与してきたが、考えてみれば最初から全て自然界の中に在った事でしかない。宇宙の法則を後追いしなぞっているだけともいえるのですから、現状の人類のレベルでは何時までたっても知りえないことが沢山在るし、在ることにすら気付かない事が圧倒的に存在し続けるのでしょう、残念なことに。まだまだ知らないことがたくさん在る、知らないことだらけなのだ、眼に見える、再現性のあるものだけを対象にして捉えようとしても、それ以外のものの方が圧倒的なのですから、制約の限界を超えられないのも事実です。そんな科学の限界を無意識に感じているのか、最近は超能力・霊・潜在能力・脳の解明などの分野が、以前は胡散臭く見られていたそれが急速に市民権を獲得しつつある。実際、我々の見える範囲は可視光線、周波数帯が限定されて見えない部分のほうが圧倒的に多いのですから、そして聞くことの出来る範囲もしれているのです。宇宙は人間のそんな感知できる範囲外の方が、これまた圧倒的に多いことは周知のことです。なので現在の科学の範囲も限定される、超えるには人間自身の意識のレベルが揚がらなければ科学もその域を超えられない。ノーベル賞とか人類への多大な貢献をした発見・発明、それらを成遂げた人々は一様に意識のレベルの高い人たちが提出しているのです。それも『集合無意識』『アカシックレコード』『全体場』と創造的に繋がりそこからの情報を得て創りあげたもので、それも最先端科学が解明に向かい、着実に裏付けられ始めている。我々もそんな『集合無意識』の構成の一員でもあるのですが、アーヴィン・ラズロー博士のいう『進化する全体場』と繋がりが足りない、繋がりにくい心模様のようです。全体場は創造的に結合し、情報と記憶に基づき進化する宇宙と、ラズロー博士は述べている。右脳が高度に働く時に全体場、意識のデータベースにアクセスするスイッチがオンになると言えるようで、我々が超人的な働きをするためには『右脳が働く』状態を創り出さなければいけないようですネ。地球最後の金鉱、右脳の90数%の部分が早く働くように成らないかしらネ~、そうすればあらゆる問題が一挙に解決を見る、夢のような地球が現出するはずだ。進化する意識のレベルを待っていて、間に合うのだろうか?いまだ、数千年前の古典・伝承を凌駕できずに右往左往している人類、同じことを繰り返している我々、何処が進歩?したといえるのだろうか・・・不思議ですネ。
2005年01月04日
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・・・お正月も三日目、比較的穏かに過ぎている。今日は少し、うす曇り加減で冷えるようですが何があっても生きている、そのことには感謝しかないです。この楽天日記を書き始めてから、大勢の方々にご訪問戴きまして本当にありがとうございました。『天上天下唯我独尊』独善的で傲慢、毒を含んだ内容でありつつ、長く続けられたことは嬉しい限りです。そこで今回、『お年玉』として友人知人にプレゼントするために仕入れた『幸せを呼ぶ暗号』を読んで見たい方に【五冊】ほどプレゼントしたいと思います。(申し訳ないですが送料は引き受けてもらいたい^^;)☆『幸せを呼ぶ暗号』著者、稲田芳弘。(¥800円税別)ここで述べるよりも著書の前書きを少々引用します。前書きで、【暗号の波動がパワーを引き出す、ユングが示唆した『集合無意識』がいまや最先端科学の成果として、『意識のデータベース』(ホーキンス博士)、『量子真空ホロフィールド』(ラズロー博士)などと呼ばれ注目されています。そして空海も活用した『幸せの暗号』が、その虚空のパワーを引き出します】後述では、【2005年から何かが起こる?!、崩壊の危機感が高まり、このままでは暴力と無秩序の時代に突入しそうな気配の昨今です。しかしラズロー博士は「進んだ意識を基にした新しい思考法」が生れる時、社会は創造的になり、平和でサステナブルな文明の到来もありうると述べています。そして、その『希望の好転』が訪れる年は、2005年からであろうと・・・。つまり私達は、『崩壊か、創造か』という歴史的転換点に、いま立っていることになります。それだけに本書が『幸せを求める人々』に広く行きわたり、その結果、いまや歴史的な重要なターニングポイントにあるこの社会が、より幸せになってくれますようにと心から願ってやみません。】(あとがきより)と、いう内容の100ページ超の著書です。起承転結読みやすく、心を最先端科学の実証ベースで解明かす実践の書で、空海からのプレゼントとも記してある。先日来記述している『パワーか、フォースか』『能望』の入門書的役割を果たす一冊ともいえます。少ない冊数ですが読んで見たい方は『メール、メッセージを送る』欄から、住所・氏名などを送信いただければ日時は確約できないですが必ず送りますのでご一報を。五名以上の時には独断と偏見で決定いたしますが、ご了承くださいネ、宜しくお願いいたします。【ささやかですが『お年玉』になれば幸いです^^;】先日からお気に入りリンクの中に日頃から、参考にさせて頂いているモノの一部を入れましたが『精神世界の鉄人』も一読すると心の扉が開く、そんな内容です、いいですネ。それは数日前に『one3792さん』の楽天日記にリンクされていました。One3792さんの日記もスピリチュアルな内容で気付きをいつも頂いています。まだまだ、たくさん教えていただきたいと思います。http://plaza.rakuten.co.jp/oneness0/ですが、仙人の日記にもリンクさせて頂いています、こちらも一度覗いてみて欲しいです。こんなふうに、リンクしていただいている方々は皆、イロイロなことを気付かせて戴いています、今年も昨年以上に新しいたくさんの気付きを得られるように、心を汚れの無いように磨きたいと思います。様々なHPへいつもご訪問させていただきまして、気の利いたことも残せずに素通りが多いのですが、ご勘弁を^^;。これからも機会があれば、いつもご訪問させて頂いている方々の、日記を順次ご紹介させていただきたいと思います。これからも我々自分だけの人生じゃなく、日本も世界もあらゆるものが変わりつつある状況で、すべてがよい方向へ変われるエネルギーに参加する方向に使いたいモノですネ。地球とか自然界の方から人類の遅れた意識を高めるように催促されている?昨今の現象なのかもしれない。目覚める、気付く、覚醒する、それをあらゆる現象からより強い要求が発せられるそんな幕開けになるのだろうか。譲る、与える、許す、そんな忘れてきたものを、チョッと思い出すだけでガラッと風景が明るくなる、と思うが・・・。謙虚に『盲の灯』にならず、有り余って持っててもしょうがない『盲の提灯』を少しでも手放す?そんなチョッとしたことが世の中の風通しを良くする近道かもしれないのです。うどん屋の釜?ですが、プレゼントの『本』はホ・ン・ト。
2005年01月03日
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・・・先日降った雪が融け、夜間の寒さで氷塊があちこちに散在している。氷塊で気温はかなり低そう・・・心身共に引締まる。昨年はあらゆるものに翻弄され続けた日本、そして我々も思考・価値観・環境・国際政治など暗に旧レーゾンデートル崩壊への転換時期に遭遇したのか、時代の転換の激動の中で右往左往させられた一年だった。あらゆるものへのレジューム・チェンジを時代が要請している、巨大なエネルギィが新しい概念への誘引現象として発動しているのかもしれない。それを、どのように読み取るのかはそれぞれだが、何か深い闇の中で蠢いていることは確かのようで、時代が変わろうとしている時に我々が変わらないではいられない。変わり続けることが常ですが、時流を捉えなければ沈み逝くだけでしょうか、昨年よりも変化へのスピードは加速することだろう。表層現象に振回される事なく、本質を見極められる己を創る方向でやってみたいが、右眼で笑いつつ左眼で本質を探る。愉しむホンを片手に、哲学本をもう一方に用意する、今迄不足ゆえにこれからの自分には特に必要かも。お気に入りにたくさん放り込んだのですが、その中のひとつにこんなのが在るのですが、時間があれば一読を。『日本精神の復活こそ肝要・一国平和主義の破綻は明白』我国にはサムライ精神というものがあり、武士道として新渡戸稲造氏が発刊した書物は、武士道、即ち日本道徳の価値を広く世界に高めたものだ。その精神が、白人の植民地とならず短期間に戦前の列強となり一等国民になった所以であろう。武士道は日本では、いわば宗教に相当すると言われる。我々の正邪、善悪の観念を形成しているのはこの武士道の精神に在ると思われる。武士道は我国の一千年の進化を経て形成されたもので日本固有の立派な道であり、近世の成功の主たる精神要因と信じる。いずれ、このホームページでも、少し触れて見たいと思っている。武士道こそ日本人の歴史、文明における最善のモラルと言って憚らない。我国の現今の、この退廃はこの精神の消滅に在る。現在の日本は、昭和20年の敗戦のように焦土ではないので国民は平然としているが、マネーの経済敗戦の結果、日本各地のビル・ゴルフ場・企業が二束三文で外資に渡り、見えない焦土である事を強く自覚する要がある。私は、米国が、日本国民のマネーを米国に取り入れて米国の繁栄に貢献すべく、不良債権の解決を迫り金融解体を暗黙で迫っているのが実態だと思う。米国は口に出していないが、それしか米国の当面のマネー流入手段はない。日本は本当に戦わなくてはならない。米国と戦争するのではない、同盟は必要だ。ブッシュはテロ以来実質的に第四次世界大戦に突入している。ブッシュが、イラク戦争に反対しているドイツとフランスを古いヨーロッパと言った。これは、中近東、アフリカの利権は戦前からヨーロッパのものであり、彼らがユーローを創りだして、米ドルの弱体化を狙ったがその戦略的反撃だと私は思う。米国がイラク即ち油田地帯を押さえれば世界は大変化する。そしてロシアと組み米国の世界的ヘゲモニーは完全に確立する。中国など、米国の技術の前では赤子であろう。インド、ロシア、アフガン把握による中国包囲網は着実に進展している。ここ10年の間に米国は世界覇権を完成しようとしていると思う。日本がマネー面での格好の資金源であろう。戦うと私は言ったが誰と戦うのか。戦争すると言う意味ではない。外交戦争である。考えて見るが良い、中国と北朝鮮の核保有で、日本は手も足も出なくなっている。北朝鮮などは日本の実力の20分の一程度、韓国は九州程度の経済力である。その国に国民を拉致されるなどは平和主義を標榜しているからである。悪事には断乎として対応するサムライ精神の欠如、国民を守る為には場合により戦争する意志の欠如に在る。それは一国平和主義のことである。社民党や民主党の言う、一国平和主義は完全に破綻した。拉致、靖国、竹島、尖閣問題を見れば明白である。普通の国であれば、北朝鮮の核の基地を爆撃するであろう。中国に対して、OECDの援助など絶対しない。靖国神社に総理が参拝するのを干渉されるなど日本国民の精神の問題ではないか。戦後日本人の精神の退廃は恐るべきものがあり、それが経済交渉を含めて、あらゆる国際問題に波及している。中国・韓国・北朝鮮と外交するのには、断乎とした伝来の日本精神が絶対不可欠である。日本精神の復活こそ、緊急課題である。・・・達見です。物事の本質を問うことを忘れ、意識的に避けてきたその歪みの軋轢をいま清算させられる場面に我々は遭遇してる。うっちゃって来たモノを考え直せ、と言うことでしょうか。長年やり残してきた宿題は膨大です、再確認中にミイラになりそう余りにたくさんあり過ぎで・・・・・。片方の眼で見つつ、片方の眼は今日の『信長・・・』とか『大自然スペシャル』か『踊る大捜査線』など観るのか?進みつつ戻り、戻りつつ進む、そんな所でしょうか、ネ?けれど、今迄のそんな生き方が現状を創ってきたのですから、真面目に反省?し『徳永圀典論』は日本人に対する、あたかもキリストの有名な説話『山上の垂訓』を思い起こさせてくれます。マタイ福音書の五章から七章に渡り記されている、真福八端を基本としてキリストの弟子たちの生き方の根本を解説し、直正の神の国と救いとはどのようなものなのかを明確にし、そして愛こそがすべてであることを述べている。己の『山上の垂訓』たるべきものを、あらゆるものに求め、新しい人に成る、そんな新年なのかもしれないネ、今年は。
2005年01月02日
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・・・明けまして おめでとうございます。怒涛の一年が終わり、真っ白な一年が始まった。すべてを洗い流して引き摺らない、すべてをリセットして再生した心と身体で、新しい足跡のない無垢の一年へスタートできる幸せを噛みしめています、酔っているけどね~?あらゆる準備を整えスタートを切ることが出来る、そのことには感謝です、人知を超えた天命に感謝しかない。自分だけの力でそうなるなんてお目出度い考えはやめたほうがいいし、一人の力の非力さは知っているはずですからネ。余力があればチョッとだけでも人に手をかして上げる、それがどれだけ希望と勇気を与え、翻って我々にも意欲を湧かせる源になることにつながる事なのかと・・・。昨年は、人知では理解に苦しむことの多い一年だったネ。今でもその後遺症を引きずりお正月でも、その負の遺産を黙々と引き受け愉しむ前に、原状回復をよぎなくさせられ悲哀に暮れつつ生きること、それすらままならない大勢の人達がいる。運命のいたずらとはいえ、それを受け入れることは否応なく人を強靭にするのでしょうか、災難を潜り抜けてきた人達は一応に透徹した沈潜を獲得しているようだが・・・。それでも天の配剤は等しく、誰にもどのようにも等しくあてがわれているのですが、それを人知では推量る事は出来ずに運がいいとか悪いとか人の価値判断を当て嵌めるのです。『天網恢恢疎にして漏らさず』というように、われわれ人知で推量ろうとする、その利害損得が入り込んだ価値基準から問題が湧き起こる事になるようですが気付かない。それは表層と深層の差とも言うべきもので、いまだ深海が解明されて無いのと同じことのようだ。酔ってろれつが回らない?指にもあるのかしらね~、ココまでで、また後で残りを・・・・・ネ。今日の日記のつけたし(飲み屋では、突き出しかな?)。今年の目標は=『フェスチナ・レンテ』で行こう、と思います。何かで読んだラテン語の『悠々として急げ』?という意味ですが、訳がどうであれこの言葉がとても好きなのです。フランスの王様は国を治めていくにあたり、この『フェスチナ・レンテ』というラテン語の諺を座右の銘にしていたそうです。立場は違うけれど精神は壮大に、一足分か半歩分でも『フェスチナ・レンテ』の精神で『精神の貴族』に近づきたい、そんな心境で生きたいという単純な思い込みです^^;。悠々として急げ、この言葉の背後に潜む深く広い、歴史の重みが加わっても潰れなかった力強さを感じるからかもしれないネ、好きなのは勝手に思い込むだけかもしれないが・・。この時代『梟雄』がひとり・また一人と、奈落の底へと落ちてゆく状況の中で、昔の田中角栄とか他の政治家、昨年の財界人で読売社長・西武の堤社長、その他の大企業の自滅的な崩壊現象は『梟雄』の跳梁跋扈を許した結果だろうと思います。『ノブレス・オブリージュ』の精神を忘れ組織を私物化した、組織には人間が勤めているという大原則すら忘れ去り、利害損得と権謀術数に走り、人間の社会ひいてはすべてに責任を負っている、どんな地位にあろうとも果たすべき義務があることを、高位になれば尚更その自覚が問われることを忘れた結果なのでしょう。あらゆるものには人間が係わっているその現実を忘れて、『天上天下唯我独尊』で謙虚さを忘れ傲慢不遜に何時の間にか、権力に擦り寄る者達によって狂わされるのか、それは解らないが人間の限界なのかもしれない。まぁ中には権謀術数の罠に嵌められた人達も居る事でしょうが、それも叉単なる卑近な利害損得目当ての争いでしかない。権力・利権争いという己を利することはあっても、災厄を撒き散らすだけで他の誰をも潤さないことですからエゴ。そんな個人と組織の行く末だけを案じて悦に入っている、人本来目指すべき方向『志』を忘れては長続きはしないのでしょう『行徳のマナイタ』レベルでしょうか。松下幸之助さんの爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいものですが・・・・・(その前に自分が飲みたいです^^;)行徳のマナイタ、は行徳でタニシがよく獲れたがそのタニシのヌタをつくるのに、行徳ではマナイタにのせ一日中トントン・トントン叩いていたようで、それでマナイタの表面がスレて馬鹿になった。なので、馬鹿でスレたそんな奴のことを『行徳のマナイタ』と言うようになったそうだが、エゴを満足させようとして他の人のことも自己の言動が及ぼす影響をも考えずに矮小なことに拘泥した悪は『行徳のマナイタ』と同じだろうネ。悪と呼ぶにはあまりにもセコく底が浅すぎるので、行徳のマナイタ程度なのでしょうか、悪者呼ばわりするにも値しない、もうチョッと凄みのある、デーモンを含んだ悪を発揮して欲しいもんだョ、ホンと底が浅いネ。歴史に残るような悪党を演じておくれ、同じ悪でも反面教師になるし大騒動は舞台の演劇のように楽しめれるのです^^。別に悪を推薦するわけじゃないけれどネ、ジョセフ・フーシェ・スターリン・ヒットラー・毛沢東・レーニン・最近では金正日とか、このような恐ろしいのを悪と呼んで欲しいですネ。とくにヒットラーは初めから『わが闘争』の中でオレはこれから、世界をだますゾ、大いなるウソの中には人をして真実と信じせしめる何ものかがある、政党というものは宣伝が大事なんだと言っておいて、ベルリンオリンピック映像で世界中をだまくらかした、実に鮮やかにやった。行徳のマナイタのレベルとは本質的に違う?どうせ歴史に残る悪人になれないのなら、いいコトで歴史に残るようにガンバって見ては如何でしょうか・ネ・地球と人類への貢献へ?『行徳のマナイタ』、小悪人、馬鹿でスレた奴のこと。『ノブレス・オブリージュ』、高位の義務。『フェスチナ・レンテ』、悠々として急げ。この『悠々として急げ』、を今年は頭の片隅に放り込んで、ボチボチやってみようと酩酊の中でそんなことがゾロゾロと這い出してきたのだったが・・・三日坊主?かもね・・・家で一人で飲むことが多いが酒の匂いを消すのにパヒュームで消す『マ・グリッフ』-私の爪-なんてのを買ってつけるかな~、でも男がひとりで爪を見てるなんて不気味だね。・・小賢しい事をせず、『悠々と呑む』コトにしようっと。
2005年01月01日
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