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あまりにも キャンプで食べた飯盒炊爨のご飯が真っ白でつやつやで 甘くて美味しくて感動したので、無理を言って主人に庭にかまどをレンガ重ねて作ってもらいました。うまい事に、近所に大きな公園があってその手前にたくさんの枯れ枝が捨ててあるのです。自然大好きな1年生の次女と二人で火をおこすために集めに行く朝もあります。そんな朝が約束された前日の夜は早起きを二人で誓うのです。娘たちが、電気釜で炊くよりも美味しいと喜んで、たくさん食べてくれるので もう何度も、庭で飯盒炊爨をやっています。次女と火の番をする時間や木を拾いに行く時間は、とても有意義な時間です。学校の事や色んな話をします。火が消えてしまっては大変だし火力を見ていなければならないので火の前にいなくてはならないのです。その時に次女と話すのです。電気釜と違って、ちゃんと見てあげなくてはご飯の失敗もあるのです。とても手間がかかるけど 忙しいこの時代ではある意味、贅沢な時間なのかもしれません。通常ならば、お釜のスイッチを入れたら私は、別の事をせかせかとしていたので次女と話す暇がありませんでした。考えてみれば、おかしな話です。便利で、時間が作れるはずなのに立ち止まれないのです。便利だから、欲が出てこなそうとする項目が増えてしまうのでしょうか。まるで、時間貧乏です。娘たちは、私の横顔や背中ばかり見つめていたのではないか・・・。そう思うと胸が痛みます。6年生の長女は、あまり飯盒炊爨に興味を示さないけど何度も、「ありがとう。」と飯盒炊爨のご飯の時は、言ってくれます。火をおこすために、木を拾いに行くところから飯盒炊爨が始まっていること、火と向き合い、懸命に美味しくご飯が炊けるように私たちが祈りながら せっせと働く姿をテレビを見ながらも、しっかりと見ています。電気釜にスイッチひとつじゃ、子供たちも感謝が薄らぐのでしょうか・・・。今は、とにかく家事も便利になって 24時間でたくさんの事が出来るようになりました。そして、スイッチひとつでご飯の味もお手軽になった分おいしい調味料や おかずなども出回っています。冷凍食品も豊富です。でも、真っ白でつるつるした あの飯盒炊爨の甘いご飯を食べてみたら心から昔の人は、なんて贅沢なんだろうと思いました。こんなにも贅沢なこの時代に、こんなこと言ったら戦時中や、戦後に苦労された方がたに叱られそうですが、本当に「贅沢な味」とその瞬間、思ってしまったのです。こんなに美味しいご飯なら、おかずが無くても充分だし、きっとおやつのお芋も とうもろこしもスーパーで売られてる甘さと比べられないくらいに甘かったんだろうな・・・。などと思いふけったりして・・・・。心が貧しい時代だと言われるこの世の中で我が家のかまどの登場のお陰で考えさせられたのでした。
2008年09月25日
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あまりに、ブログさぼってしまいまずは、迷惑なコメント、トラックバックの雑草がぼうぼうだったので手当たり次第に始末しました。・・・気づけば、もう9月の終わりです。来月にはまたひとつ 私の年齢が更新されます。夏休みは、3人の娘との奮闘と 肉の小売と愛犬の病気などで 精一杯でしたがようやく秋が見え隠れする中落ち着きを 自分自身が、取り戻しつつあるように思います。思えば店頭から退き、携帯、PCでの連絡のみの連絡のやりとりにも関わらず変わらずに連絡をお客様に頂けて時に、新規のお客様にも出会うことが出来て心から感謝をかみしめています。そして、5学年ごとに生まれてくれた娘3人に対しても 夏休みは怪獣のように思えたけど秋めいてきたら クールダウンされて心が落ち着いてきたのでしょうか・・・。それぞれが愛しく思えてきます。ふと、振り返ると娘3人対私でやっきになって ただただ、生活をこなしてきた感がありますが、3人が元気に笑っていてくれる事への感謝すら忘れていたように思います。改めて、各娘対私というスタンスにしてみると時間差で対応してみるのですが1歳児の娘の可愛らしさ、6歳児の娘の質問攻め、11歳の娘の思春期の始まりなど個々が精一杯に生きている事に気付かされます。 当たり前に思っていた中にざくざっくの宝物が見つかっていく感覚です。頭でわかっていたようでもわかってなんかいなかったと反省しつつ忙しさに見失っていたことがたくさんあった事に気付かされたこの頃の私です。勿論、主人にも感謝しております。主人は、今、新たに走り出した所なので邪魔にならぬよう 陰で微力ながら応援しています。
2008年09月25日
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