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ではここから、改めまして、心置きなく愚痴をw毎月毎月、支払いの3分の1~半額~全額、ひどいときには前々月分まで未払いにしやがるお得意先(と呼ぶこと自体に最近は疑問を抱く)の個人商事会社であるB東海林が先月の請求書(ちなみに担当者は会長)に噛み付いてきた。鮭の会社では、多くの印刷会社がそうであるように、使用後の印刷用の版を、リピートがかかる可能性のあるものに関しては、「置版」という名目で社内でお預かりしている。版には、次回の使用に備えて、印刷後に綺麗にインキを落として整面処理をする。そうしておかないと(印刷した後、インキがついたままの状態で置いておくと)次の時に版にインキが乗らなくなって、使い物にならないから。その上で預かりスペースを確保し、次回発注時に備えて配置管理をしている。リピートがかからなければ、不要になった時点で処分するだけで、預かり賃を請求することはないのだが、リピートがかかって預かり版を使用する際には、置版使用代として、版1枚につき500円の請求をする。これはいわゆる業界の相場で、大きな機械(版)の場合は1枚1000円が相場だ。客先によっては、自社内できちんと管理を行う目的で、使用した版は毎回持ち帰っていかれるところもあって、それに関しては勿論、次回使用の際にも持ち込んでこられるわけだから、保管・管理料でもある置版使用料は発生しない。印刷後の整面作業はいわゆるサービスでやらせてもらう。逆に、展示会の案内などのように一回こっきりの印刷物の版は、指定がなければ製面はせずに処分する。で、B東海林氏は、印刷用に必要な備品の全てを、鮭の会社に管理させている。今までの受注の種類は600を越えていて、スチールの棚ひとつ分はB東海林のフィルムで占められている。自分では一切在庫も、材料も持たない。文字通り、スルーするだけの商事会社である。が、彼はもともとは印刷屋のボンボンなのである。独立したのは確か40代後半くらい。それまでは兄弟で親の残した会社を継いでおられたが、最終的には、現場に入って職人として働いていた弟さんが工場を引き受け、もともと営業だった兄であるB東海林氏が外に出る形で暖簾が分かれたようだ。が、全く現場に無頓着だったわけではないのだ。ちうことは、リピート発注の時に置版代の請求が来るのは業界の常識として認識してるはずなんよね。そいでさあ、初めての仕事って見積もり出すじゃん。先方の指定枚数で、例えば品質表示の下札1万枚で見積もり依頼があったとしてね、印刷の場合必ず、色合わせや、後にする加工用の予備、不測の事態(ホコリとか傷がはいっちゃったり)の事態への対処用として、予備紙が別途に必要になるんで、その分必要経費的に計上するし、実際の作業時には、その予備紙も全部印刷します。みなさんもコピーの経験おありだと思うので感覚的にはわかってもらえると思うんですが、仮に50枚コピーをしなくちゃいけないとして、何のトラブルも起こらなければ使用する紙は50枚きっちりで済むけど、図柄のグラデーションが上手く出なかったり、途中で紙詰まりしたりでエラーが出ると、その分余計に紙が必要になるじゃないですか。それと同じで、印刷の場合、確実に定数の商品を仕上げるための、「想定内の不確実な範囲」を、予め計上しての紙発注になるんですね。だから、それこそノーミス、ノーエラーだと、当然、定数を上回る数が出来上がってくることになります。でも、正直それは不確実なもの。で、予想よりロスがすくなかった場合に出来上がる定数以上の部分っていうのは、「棚ぼた」というか、出来ない可能性も大だけど、上手く行ったら出来る って部分なんですよね。だから、仮に初回発注1万枚の発注で、実際はほとのどノーロスで棚ぼたで2000枚とかのオマケがついてきたとしても、それはその時の「偶然の産物」ともいえるもんって認識で、コスト計算ってのは基本は定数の1万枚で割り出すのが業界の普通なんです(ランニングコストなので、初回にかかる別途費用は別に計上です)。所が、B東海林氏の場合は、ご自分の営業方針の都合で、初回発注1万枚に対してたまたまほとんどロスなしで1万2000枚出来上がってきたとすると、それで割ってお客さんへの単価を出して、それを確定価格にしてしまわれるんですね。仮に鮭のところからの請求総額が12000円だとすると、定数の1万枚で割れば、単価は1円20銭。客先への納品は基本的には定数で問題ないわけですから、取りあえずB東海林氏が計上する利益のことは無視するとして、単価を1円20銭にしておけば、常に12000円の売り上げが確保できるじゃないですか。でも、B東海林氏の場合は、自社では一切在庫を持たないという方針から、出来た数を全部納品するのを客先に納得させるために、オマケの2000枚も入れた12000枚で割って割安にして、全数を納品するから、単価が1円×12000枚で12000円の売り上げなんです。ってことは、もしも次回にロスが出て、1万100枚しか出来なかった場合、客先への請求は10100円になっちゃうのね。つまり売り上げが1900円減ると。ひどい場合は、半分の5000枚しか作らないときでも、もう、値段がきまっているからと、10000枚制作時と同じ単価にしろとのたまう。業界の常識からすると、定数以上の余剰出来高数に関しては、その数が毎回前後したところで、鮭の会社がペナルティを負う必要はないし、それを声高に非難される筋合いもないんです。が、B東海林氏はそうじゃない・・・。初回に12000枚出来たものは2回目以降も12000枚出来て当たり前 なんです。っていうより出来なかったら鮭んとこの責任 なんです。なぜなら、出来高枚数が減ると売り上げが減るから。先月もそれで値引きさせられたし。勿論、競争が厳しい世界なのはわかる。総額1000円の違いで仕事が落とせないなんてざらだから。だから、出来る協力はする。他所相手なら絶対無理です っていう納期でも、なんとか間に合わせるし、そのために全部の加工先に、持って走って引き取ってまた持って走り・・・ なこともする。声を大にして言うけど、B東海林氏は、めちゃくちゃな納期であっても、製品になるまでは一切自分では動かない。まあ、商事会社だから、当たり前っちゃあ当たり前なんどろうけど、そこはそれ、人情・感情あいまってきますからね。ウチだってね、支払いさえ綺麗にしてくれたら、ギリギリのとこでの我慢もしますよ。でも、自分から安く売り込んでいってるのに、その売り上げの回収が出来へんていうのは、営業力に問題ありなんとちがうんかなあ。もしくは、客先の選択がヘタ?話がすっかりあさってに行っちゃったけど、噛み付かれた請求書のくだりは、先に記した「置版代」です。普通は、預かり版を使用する際には置版代を請求するのですが、その昔、バブル全盛の頃はB東海林氏の仕事量は確かに今の3倍くらいあり、薄利でもグロスではそれなりの利益はあがっていたこともあって、置版代という名目の請求はしていませんでした。でも、この5年ほどは売り上げも落ちこんでるので、旨味といえるうような利益は正直ないし、逆に多額の入金遅れが発生することで、鮭の会社は資金繰りのために手形を割らなくちゃいけないことが度々あって、そのたびに割引の金利を払うわけですよ。本来なら、その原因であるB東海林氏に金利分上乗せして請求したいくらいなんですが、逆に前回より少ない数しか上がってない といわれて値引きされる始末です(T_T) そんな状況に業を煮やした会長が、本来請求してしかるべき「置版代」を、先月から、全部というわけではなく、どう考えても利益が1000円未満しかないよね な仕事に関しては計上したんです。平均2版分で1000円くらいです。まあね、文句言われたらひっこめよか って感じではありました。結果・・・きっちり、湯気立てて怒ってきはりましたwなんでこんなもんつけてくんねん!俺何も聞いてへんぞ!B東海林の仕事に関しては、昔から担当が会長なので、会長との丁々発止が(字あってる?)があったのですが、それを尻目に、鮭は心の中で言ってました。「そら、前もって言うたら、認めへんのわかってますよってに」「半分は、おっさん支払いちゃんとせえよの意味を含んだイヤミですから」と。あんたとこの会長は女やし、ちゃんとした営業にでたこともないから、営業の世界がどんだけ厳しいもんか解かってへんから、自分とこの利益死守しようとやっきになってはるけど、営業の現場では損して受けなアカン仕事もぎょうさんあるねんで。去年の暮れごろ、B東海林氏の口からでた言葉です。あのね、社長。人が何もかもお膳立てしてくれることに胡坐かいて、伝票のスルーだけで自分とこの儲け確保しようとしてるん、お宅ですやんか。客先の無理聞いてやってる って、自分を寛大なように言うてはりますけど、実際その無理押し付けられてるのウチでっせ。加工賃にしたって、やみくもに下げ下げいいはりますけど、今日びガソリン代かて上がってますねんで。お宅が気にも留めてはれへん、お宅の支払い遅れのためにウチが払わされてる金利かてこれから又上がりまっせ。仕入先に、いい品物安うであげさすつもりやったら、もうちょっと仕入先が気持ちよう仕事できるように、出来る範囲の歩み寄りぐらいしなはれ。毎週毎週馬券買う金あるんやったら、隔週に減らして、それでガソリン代賄うて、自分で加工先一箇所でも走りなはれ、それくらいのことしはったら、加工先かて自分とこの走り賃ぐらい引いてくれまっせ。嗚呼、なんか言うだけ虚しいかも・・・
2006.01.28
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すっかりサボリ癖のついてしまった日記です。前回の日記では「しめ飾りの処分」について力説しました。思いがけずたくさんのお知恵を頂戴しました。みなさん、コメントを有難うございました。結果的には、もなみさんのお知恵をフューチャーw コメントを拝見した翌日がちょうど可燃物のゴミの日だったので、塩でお清めして、しめ飾りだけをゴミとは別の袋に入れて出しました。もなみさん、お悩み即決のコメント、有難うございました。去年のようにそのまま捨ててしまうことにはとても抵抗があったのですが、なるほど、お清めした という事実があるだけで、随分気分的に違うものです。一昨年の半ばから、それこそお飾りの不始末の結果か、出入りが激しく、一向に決まらなかった職人さんでしたが、去年の年末、ようやく、この人なら大丈夫 と思える人にめぐり合いました。決まらなかった1台の機械を除く残り2台を、がんばって動かしてくれている二人の職人さんは、同級生同士の昭和15年生まれ。頑張ってくれてはいるものの、やはり60代半ばともなると、目の衰えや、体力の衰えも出てきます。特に工場長の方が、疲れると不整脈が出るようになってきてることもあって、職人探しは、鮭の会社にとって本当に重要な課題でありました。今回、結果的に2名の採用を決めました。この1年半、本当に、技術云々は勿論、それ以前に、社会人、職業人としての心構えがなっとらん! なオッチャン連中ばかりしか応募がなかったのがウソのように、今回の募集では、本当に、社風にもぴったりの人がきてくれました。ありがたいことです。ひとりは、58歳のベテランさん。ただし、鮭の会社で使っている機械は操作経験なしという人なので、ある意味初心者でもあります。でも、まあ、ずーっと印刷一本できてる職人さんだから、そのメーカーの機械の扱いにさえなれてくれれば、トラブルへの対処も、それまでの経験で充分カバーしてもらえそうです。もうひとりは待望の「若者」34歳。いくつかの職種を経て、印刷についてはここ5年の経験。でも、使っていた機械が鮭の会社のものと全く同じだから、操作については問題なし。以前の会社で印刷した経験のない紙やら(紙の種類や厚みによって、刷了後の乾燥のさせ方も違ったりするんですよ)、印刷パターンに対しての指導は、実際に必要なことを覚えていってもらわなくちゃいけないんですけれど、即戦力ってのは助かる。当初の予定では、仕事量のこともあるので、空いている機械の機械方として、若者一人だけを採用する予定(こちらは即決)だったのですが、現職二名の年齢を考えた時に、やはりあと2~3年先に限界があるのでは・・・と思えることもあり、人件費の面で数年は厳しくなるのは承知で、最終的に鮭がもうひとりの採用も決断しました。悩んだ末に採用を決めた58歳の人の方も、10年は微妙でも、7~8年は充分頑張ってもらえそうに体格も良くて、健康面の心配も今のところないとのこと。採用の理由は、二人とも、履歴書で見る限り、一つの会社での就業が長かったことと、退職理由がハッキリしていて納得できるものだったこと。そして面接の中で二人とも、無断欠勤・連絡なしの遅刻はしたことがないと断言したことです。若者君の面接は、会長も工場長も不在だったので鮭ひとりが行ったのですが、彼には、印刷の仕事は好きですか? と質問しました。答えはイエスだったので、更に理由を問うたのですが、返ってきた答えは、何も無いところから、色を作って、色々な加減をしながら、最終的な仕上げまで自分でやり遂げられるところが面白い というものでした。おお、まさに職人タイプじゃん って思ったですよw正直、鮭の会社でやってる、古いタイプの機械の印刷の仕事って、いわゆる3Kに近い部分があります。大体、一日平均1万~2万枚くらいの紙を、胸の高さ位の位置で積み下ろししますし、自分で色を練るインキも、油のかたまりですから、手も汚れます。印刷中も、刷本を抜き取ってチェックをしたり、次の紙を乗せたりしなくちゃならないので、ゆっくり座って機械を眺めていられるわけではなく、ま、お昼休み以外はほとんど立ちっ放し。これが、最新の多色刷りの機械だと、コンピュータ制御の部分が多くて、名称も機械方ではなく「オペレーター」だったりしますし、その手の機械を使う若者は大勢いるんですが。そういうこと差し引きしても、印刷の仕事に、ちゃんと面白みを感じることが出来る若者は、鮭の会社にとっては「金の卵」です。誰でも出来る仕事じゃなくて、自分にしか出来ない仕事が出来ることに、自信と誇りを持って頑張っていってもらいたいです。ウチの工場長は本当に素晴らしい「教科書」やから、とことん勉強できるよ って言ってあるしねwほぼ一ヶ月を終えて、会長、工場長と共に、今回は人選間違いなかったね と胸をなでおろしています。仕事のペースは慣れてからあげてくれればいいことだし、今、そのことについては二人共に何も言っていないのですが、ありがたいことに、二人とも、とても仕事への取り組みが丁寧で、この1ヶ月、ミスらしいミスが一度もありません。これは我が社では快挙に近いんです。作業伝票と原稿、預かり版とのチェック これを面倒くさがる人は必ずペケを出すんです。正直、この1ヶ月、基本的に面倒くさがりの鮭は「紙の発注ミス」を2回やらかしましたからね(^^ゞ 社長がそれじゃイカンやろ とキッパリ突っ込みいれてください。けど、ホント、やるべきことをきちんと実行できるって、やっぱり自覚だけじゃなく、自然と身についてる部分っていう性格的なものも大きいかなあと思うので、二人が定着してくれたら、現職二人の引退後も、「ええもん刷りまっせ」の看板を掲げていられそうだわ と、今日のカテゴリに反して、印刷屋のオバハンは安堵のため息を漏らすのでありました。いつもはヒマな年明けも、おかげ様で順調に仕事が回っています。ほんまにありがたいこっちゃ~。続く。いや、一回登録ぽちっとな したんだけど、文字数オーバーだってwので、続きにします。続きはぐちばっかなので、もう読まないよ というクィーンズのメンバーさんへ。いつもさけの日記にコメントをくださり、ゲンキープのライブにも足を運んでくださったことのある「たまにん」さんが、26日のご自身の日記で、アウォーズのときの録音を聴いた感想を述べてくださっていますので、訪問してくださいね~。鮭個人のことにも触れてくださっているのでちょっとこっぱずかしい所もあるのですがw たまにんさん、いつも有難うございます! いつかテナーにお迎えしたいざんす。
2006.01.28
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しめ飾りは今年も、締めがゆるゆるになってしまいました。会長が今日、氏神さんの神社に自宅のものと一緒に持って行ってくれたんですが、「お焚き上げ終わってたわ」といって持ち帰ってきました。何だか二人とも頭混乱しちゃって。お飾りはずすの、結局何日やったんやろうと考え込んでしまいました。11日にはずして持って行ってりゃ良かったの?てなわけで、新年を迎える前に墜落していたかも な、あまり縁起のよろしくなかった今年のお飾りを、どう処理していいものか途方に暮れております。ご存知の方、お知恵をおかし下さいませ。日曜に、叔母夫婦と食事(今回はヤングコースと銘打って、鮭だけ参加の「焼肉」でしたw)をした時に、鮭が、バスとかで行けるような近場で、どっかいい温泉ない? と聞いたのがきっかけで、3月頭に、叔母夫婦と鮭一家で、近場に1泊旅行に行くことになりました。ストレスが体調に影響を与え易い父には、正直、長時間の運転は無理なのですが、叔父が運転を買って出てくれたので、お言葉に甘えることにしました。本当に有難いです。おばちゃん、おっちゃん、ほんまにおおきにね!連れて行ってもらった焼肉屋さんは、繁華街からははずれた、とっても地味な店構えのところだったのですが、入ってみたら、まあ、あるわあるわ。芸能人のサイン色紙が、壁いっぱいに飾られていました。知る人ぞ知る の店みたい。冷麺はスープが絶品だったんだけど、キムチのつかりが浅くて(T_T)、あんなに水臭い胡瓜のキムチは初めてだったかも・・・久しぶりの焼肉で、久しぶりに生肉を食べました。初めて生センというものを食し(美味しかった)生ギモ・ユッケに舌鼓。しかし、その後1時間ほどして「ストッパ」を飲むはめにw美味しいものもほどほどににとかなくちゃねw今年は脱・浪費の目標を年頭にかかげたのだけれど、なんだかんだとやっぱりしょうも無いもん買ってしもてる(T_T) 奥様系雑誌の付録についてたスヌーピーの家計簿は、まだ真っ白なまま。ホンマの新年は節分からや! と言い訳して、来月からつけることにしています。皆さんは、年頭に立てた計画、順調にこなしておられますか?
2006.01.16
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早いもので、新年が明けてから、既に12日が過ぎてしまいました。1月はいぬ2月は逃げる3月は去る・・・ こうして1年の1/4があっという間に過ぎて往くのですねぇ しみじみ。年頭には、阪急のかっぱ横丁にある占いコーナーに立ち寄ることが多かった鮭ですが、今年はまだ、足を踏みいれておりませぬ。まあ、特に理由はないんだけどね。しいて言えば、社長という大役を引き継いでからこっち、コケて擦り剥こうが何しようが、とにかく前に進むしかないやんか と、ある意味開き直ってますからw それに今のところはありがたいことに、まだ、会社の命運や明暗に大きな影響を及ぼすような決断を迫られる事案には行き当たっていないので、お気楽なのかも知れません。そりゃあね、同じように道を歩くんなら、躓いて膝ぼん擦り剥くよりは、例え僅かでも「嬉しい拾い物」をするような年であって欲しいと願いはしますよ。所が・・・ 暗雲かもな出来事が、1年の初っ端から勃発したですよ。鮭の会社も、他所様と同じように、仕事納めの日に玄関に「しめ飾り」を飾りました。普通に、商店街で買い求めたやつです。実は、しめ縄に関してはちょっと難儀なことが2年続いてしまったのですね。まず1年目。この時は、シャッターを下ろした衝撃でしめ飾りから外れてしまった「だいだい」が、ある職人さんの頭(てぺんちょに毛はない方です)を直撃してしまったのです。年が明けて間もなく、その職人さんは、車同士の接触事故の巻き添えを食って、内臓損傷という、生死を彷徨う位の大怪我を負われたんです。幸い、医者も驚くほどの回復力で、日常生活にもほぼ支障のない状態まで戻られましたが、諸事情で鮭の会社は退職されました。そして2年目の昨年。しめ飾りは無事15日まで持ちました。しかし、何故だか、奉納っていうんですか、それをし損ねたんですよ。毎年、会長が自宅のお飾りと一緒に、近所の神社に持ち込んでくれるのですが、去年は何故かタイミングが悪くて、ほったらかしになっちゃったw 結局、春先くらいまで会社の棚の上に置きっ放しで、最終的には「普通ゴミ」で捨てちゃったんです。その結果、去年は、募集して面接して採用した、それこそ何人もの職人が、みんな「ハズレ」だったです(T_T)そんなもので、今年はしめ飾りの崇り?がない事を祈るぜよ! な状態だったのですがーがーがー 以下エコーで続く仕事納めの日、鮭が最後に玄関のシャッターをおろしたんですが、いつもなら、勢いつけて降ろすシャッターも、だいだいさん、どうぞご無事でってなもんで、そおっと降ろしましたですよ。んで、降ろし終えて思わず上を仰ぎました。そうしますと、しめ飾り用に打ち込んだ釘に、無事に取り付けられた今年のしめ飾りではありましたが、なーーんかヒョコいがんでたんだよね(^^ゞどうも、お飾りについている、取り付け用の紐が長かったみたいで、お飾りがぶらんぶらん遊んでるんですよ。やな感じだなあ と思いつつも、男連中はもう居なくて、ちびっ子の鮭では、椅子にのっても釘まで届かない。仕方ないので、どうか無事に新年を迎えてくださいと、胸の前で小さくぽんと拍手を打っておきました。そして新年を迎え、三が日も過ぎ、明日が初出 という4日の日、近くのコンビニに行くついでに、年賀状がポストにちゃんと入りきれているかを確認するため、会社にいきました。 社労士さんの事務所から送付されてきた角封筒が、異様にポストからはみ出していることを除けば、郵便物は一応、無事にポストに収監されていました。が、ふと、視線をポストの下の、家主さんちのエアコン室外機の上に転ずると・・・・・・ いらっしゃったんですね。そんなところで横になっておられるはずもない「お飾り様」が。「うそ・・・」漏れ出た一言は、無意識にNOVAうさぎの口調でした。これって、こんなとこに置いてあるって、「落ちた」ってことやんな??お飾りさんが夜中勝手に「三が日働いたし、もうええやろ」とかって、ここまで降りてきはったっちゅうことはありえへんわな?正月ボケで回転数が極端に落ちた鮭の頭でも、そのくらいの判断はつきました。なんで・・・ よりによって、根こそぎ落下やねん(T_T)これって、えらい災難の前触れちゃうんか?! と暫し呆然としました。何だか脱力しちゃって、シャッターを開けて店の中に入れることもせず、そのまま放置した状態で翌日を迎えました。翌朝、鮭が出勤した時には、再度定位置に据えつけられていましたが、しめ飾りにまつわる難儀な事を知っている工場長は、さすがに、新年初出勤の日に落下したお飾りを見て「えらビビリ」してたみたいです。で、去年奉納し損ねたから、今年は間違いなく、ちゃんとしよう と心に決めていたのに、今朝出勤したら、他所様ではまだ飾られているしめ飾りが、鮭の会社の玄関にはありませんでした。すわ、また落下したのか! と、真偽を問うと「鏡開き」終わったしはずしときましたとの答え。え、松がとれるのって15日と違った? 心の中に?を浮かべながら会長に問うと、会長も、あれ、どっちやったっけ?とのお言葉。結局、もう取っちゃったもの仕方ない ということで、再びお飾りが定位置に戻されることはなかったのですが、昼間、食事をとりに家に帰るのに階段を降りてゆくと、視界前方にお飾り発見。明り取りの窓辺に、さりげなく鎮座しておられました。今年は絶対、奉納に行く。心に誓った鮭でございます。何とか1年、無事に過ぎてくれ!1年の年頭に、皆様はどんな計画を立てられましたか?それは実現できそうな具体的なことですか?それとも、夢を伴った「願わくば」なことですか?鮭は、計画というよりは、スローガンを掲げたという感じかなあ「とにかく前へ進め」ってねw 話変わって、先日の連休の1日、叔母、母鮭、鮭の3人で、食事に行きました。初期認知症の母鮭は、最近、度々、記憶違いによる思い込みに陥ります。今回は、待ち合わせ場所へのアクセス方法でした。鮭の実家から待ち合わせ場所のダイエー京橋店に行くには2つのルートがあり、いわゆる「お京阪」かJRのいずれかになります。いずれの場合も、最寄り駅まではバスに乗り、一度バスから電車への乗換えが必要です。電車に乗ってしまえば乗り換えはなく、目的駅である京橋で下車すればよいのです。前回、同じ場所で待ち合わせた時は、下車してからの道中にはちょっと怪しい部分はあった様子ではありましたが、何とかして指定場所まで独りでたどり着くことができました。が、今回は、いつも使っている、下車したホームの先頭の階段を上がって改札を出るだけ でダイエー入り口に到着できるJRルートを、使う・使わないで、出掛けの朝に1時間もの間、父と口論をしたというのです。父から「お母さん、私の人格まで否定するんか!言うて泣いとるがな」とSOSの電話が入ってきたので、かいつまんで聞いてみると、どうやら、母鮭はJRとお京阪を取り違えて記憶の引き出しから引っ張り出してきたようでした。もう、その時点で思い込んでしまっていますから、京阪なら階段上がるだけで済むのに、なんで遠回りのJRで行かんとあかんの? と父に喰ってかかったんですね。父にすれば、母鮭のためを思ってJRルートを勧めているにも関わらず完全否定された挙句に「悪者」扱いを受けて、すっかり参ってしまったようでした。一旦電話を代って、JRの方が外に出んとこれるから暖かいし、JRでおいで となだめましたが、やはり納得はしかねている様子。でも、数時間経つと、そういうやりとりの内容は忘れてしまうので、出かける間際になると、どちらのルートで来ればいいのか不安になるのが実情です。待ち合わせの日には前日の晩か当日の朝にファックスで、指定場へのルートを明記したものを持ち出して来れるようにしていて、今回も電話を切った後に、JRルートを使用する旨のファックスを送りました。で、鮭の方は、母鮭が実際に京橋に到着しそうな時間を見計らって、降車ホームで待っていました。バスの時間からすると多分この電車かな と思っていた電車には無事乗ってきてくれました。が、鮭のいる位置は掲示板で死角っぽいところだったので、そのまま、母鮭が自力で待ち合わせ場所の、「コンビニの前のエスカレーターを上がった改札を出たところの切符売り場」までたどりつけるかどうか見守ってみようと思い、ファックスの紙を手に持ってキョロキョロと辺りをうかがっている母鮭の様子を見ていました。ほとんど、初めてのおつかい の親の心境だよねw結局、母鮭は、ファックスの紙を見はしたものの、下線をひいて強調してある「コンビニの前」のキーワードよりも、恐らく必死で覚えようとしたのであろう「京橋駅の改札」に気が行ってしまったようで、コンビニには目もくれず、改札口を求めて歩き出してしまいました。要するに、あさっての方向にいっちゃったんですよねw 見つけた改札に向かって迷いなく進もうとする様子に、鮭も仕方なく背後から忍び寄って「奥さん、どこ行きはりまんねん」と声をかけました。何とか無事捕獲ですw叔母と落ち合って、食事をした後、商店街を通って駅の方向まで帰りかけていたとき、ふと、カラオケ屋の看板が目に入りました。少し前から、機会があればカラオケに一度連れて行こうと思っていたので、歌好きの叔母も一緒だし、これはいい機会かも と思ってカラオケ行く? と問うと、いく の返事が返ってきたので、3人で1時間歌ってきました。 歌ってきたのは、ほとんどが唱歌。母鮭も叔母も、そして鮭も、子供の頃から慣れ親しんできたメロディーです。朧月夜・みかんの花咲く丘・この道etc.そして、母鮭が以前習っていたコーラスで歌ったことのある「花」や「愛燦燦」など。マイクを通してもほとんど聴こえないようなか細い声ではあったけれど、ちゃんと目で歌詞を追いながら、メロディーもちゃんと口ずさんでいたので、ちょっとはトレーニングになったかなと。10分前のコールが来て、後2曲歌おうということになって、鮭は知床旅情を選曲したのだけれど、1番を歌ってる最中で、あ、これやばいかも と思ってしまっていました。何でかっていうとね歌詞の中に「忘れちゃいやだよ 気まぐれからすさん←かもめだったけか?w」ってフレーズがあるのよ。案の定、うるっときかけた(^^ゞ ふと横を見ると、叔母も同じ気持ちだったみたいで。店を出たら「カラオケって初めて来たけど、楽しいねえ」とのたまった母鮭。もちろん、カラオケ初体験ではないのだけれど、楽しかったんならそれでオッケー。また行こうな と約束しました。帰りは電車に乗せてしまえば特に問題いので、ホームで乗り込むのを見送ってわかれました。念のため父に電話をいれると、昔の友人宅に行っているので少し遅くなるとのことだったのですが、開口一番聞いてきたことが「機嫌直ってたか?」だったので、なんだかんだ言ってもやっぱり夫婦じゃん ってちょっと微笑ましかった。鮭も気分良く家路についたんだけれど、そのノリで、運試しに、盤上を銀玉が飛び交うお遊戯会場に寄り道したら、お年玉踏んだくられちゃったよ(T_T)母鮭に関しては、未体験なだけに、どうなっていくのか、どう対応していけばいいのか迷いや不安が大きいけれど、やっぱり、お気楽・極楽主義でやっていくのが一番鮭たちらしいかな って気がしてます。今日はやたら長い日記になっちゃったですね。最後までおつきあいありがとうございました。今年もぼちぼち、マイペースで更新していく所存にござります。気が向いた時には、ちょいと覗いてやっておくんなまし。
2006.01.12
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片隅に鮭も写しておきました。記念にねwスー様も時折カウンター内でマスターとお話されてます佐藤さんがお召しになられているシャツは、いつも手描きのものなのだそうこのスケジュールボードにスー様の名前が載るのも最後グラン・ンバーでは、いつもお客さんに気軽に話しかけてくださるスー様。お客さんも皆リラックスw皆様、新年明けましておめでとうございます。っていってももう、4日になっちゃいましたねw元旦の大阪は、とっても穏やかで、いいお正月って感じでした。皆様がお住まいの辺りはいかがでしたか?それぞれが、それぞれの希望や、願望や、誓いや、決意をもって、新年を迎えられたことと思います。鮭も、色々と心に思うことを、今年はどうしようかこうしようか と考えながらの一年の幕開けでした というのは半分ウソでw年末の日記通り、元旦の日の午前2時から、今月半ばで閉店となる塚本は「グラン・バー」での、鈴木央紹(ひさつぐ)トリオの新春幕開けライブに行ってました。ので、取りあえず「考える」ことなく、極上の「音のお年玉」にこの身をたゆたわせておりました。ええ、鮭の名をかたるトドですから、それはもう気持ちよく、音の海に浮いてございましたわよw途中、ウチのお師匠様を含む数名のミュージシャン&タマゴの方とのセッションもありましたが、基本的にはお馴染みの鈴木・佐藤・時安3氏のトリオの演奏でした。1時間半位のステージが2セット。堪能しました。特にラストの「アフロ・ブルー」という曲が凄かった。聞き惚れました。2時から始まって、終わったのは5時半くらいだったでしょうか。家で新作のゲームに入れ込んで夜を明かしたことは、ここ数年のうちにもありましたが、外で遊んで?夜を明かすなんて、何十年ぶり? って感じで、何だか帰りの電車も楽しかったです。オールナイトで~朝帰り~♪ ってかw グラン・バーは、昭和の匂い漂うレトロな感じのバーで、ミュージシャンとお客が、本当に身近に、お互いの呼吸を感じ取れる位の距離で居れるところで、鮭はすごく好きだったんですよ。今月半ばには完全に閉店(再開発による立ち退きなのだそう)されるとのことで、名残惜しいので写真撮っときました。どうですか? なかなかいい感じでしょう?早朝家に帰りついて仮眠を取ったあと、実家に帰ってきました。二泊して、今日の夕方帰宅したのですが、実家では墓参りとお参り以外には一切外出せず、コタツからほとんど動かず、まさにトド化していたので、まだ背中と腰が痛いw そうなのよ。実家ですることって、案外なんにも無いのよね~ 年賀状書いたくらいだろうか・・・ 側にはずっと母鮭が居て。お互いに小さい事にイチャモンつけもって、二人で自然に、だらだら過ごしてました。それでいいかな~って。認知症の方は、やっぱり少しずつは進んでいってるのかなあ と思う部分があって、この3日の中でも、がっくり肩を落としてしまいそうになる場面が多々ありました。自分で何かしようという気持ちが、少なくなってるのが気がかりでもあります。何ていうか、頭の中で、上手く情報が繋がりあわないから、系統立てて物事を前に進められなくなっちゃうんだよね。だから、すぐに「わからない」って言うのね。父にしても鮭にしても、それが「無気力」に感じられて腹立たしくなっちゃう部分があって、何もかもを人に頼らずに、自分でも努力せなあかんやん っていっちゃうんだけど、やっぱり無理な部分も多いみたいで、そのへんが病気ゆえなんやな って。でも、繰り返すと上手く繋がるときもあるにはあるんですよね例えば今回、鮭は、母へのお年玉として、文庫革んのお財布をプレゼントしたんだけれど、1日の晩に渡した時に、父親にこんなんもろた って見せにてたのね。で2日の日の朝、お参りに行く準備してる時に母鮭が財布の中身をチェックしてるのを見てた父が「あんた、ええ財布持ってるやん、それどないしたん?」とわざと聞いたら、その時は、「ええと どうしたんやったけ? 買うたんやったかな、誰かに貰ったんやったかな」 って返事したんですよね。で、お参りから帰って来て荷物の整理をしていた母鮭に、「その財布どうしたん?」ってきいたら、今度は何のためらいもなく、間髪置かずに「買うた」ってw贈ったことをすっぱりきっぱり忘れられて哀しいんやけど、躊躇もなく買うた!と言い切る潔さには、ある種の感嘆もあったりして。でもそこで父と二人で「ようそんなん言うわ」とつっこんで、鮭がプレゼントしたんやでと釘をさしといたら、次の日3日、鮭を駅まで送りがてら、父と二人でスーパー銭湯に寄って帰る話になった中で又手に財布を持ったので「その財布はどないしはったんでしたっけ?」とイケズ丸出しできいたら、今度は逆にさも当たり前に「あんたに貰ったやん」 明日あたり電話で聞いたらどんな返事やろうかwけど、今はまだ、それが「物」やから、こっちも呆れたり腹たてたりのレベルやけれど、いつかそれが「父」になり「鮭」になってしまう事を思うと、やっぱり切なくなるやろうなあ。6日間の正月休みもあと4日1日を残すのみ。早いなあw4日はバーゲンに行ってスーツを見繕ってきます。肥え倒してからこっち、スーツはおろか、まともなジャケットって買ったことなくて(^^ゞ年末の挨拶周りは普通の、ちょっとだけこましな服で行ったけど、正月ばかりはやっぱりスーツ着て行かんとねぇ・・・ お付き合い上フォーマルスーツは必需品やわなあ。幸い、今時、どこのお店も正月明けと共にセールになるから、百貨店あたりで「大きいサイズのバーゲン」をやってることに期待して行ってみますw今年は5日初出のところが多いみたいですが、皆さんはいつまでお休みですか? お互いに、新しい目標を達成すべく、今年1年また頑張りましょうね!
2006.01.03
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