シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年12月14日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 宇宙においては、このような退化(内展)の状態が前もって存在しなければ何も生じてくることはできないという。16世紀以来、理知が進化(外展)の状態となり、神秘的生命は退いて退化(内展)の状態となっていくという。

 そして現代の今、この神秘的生命が再び現れて来るべき時代に到達したという。それはかつての神秘主義よりも、より教唆の富むものとして、理知的生命を含んだものとして現れる時代に入ったわけである。

 このように、生命の至る所で進化と退化が顕現に交替して現れるという。

 生命(進化、退化)

 なので、背後をみずに、事象そのものに止まる人は、ただ外面のみを見ているにすぎなく、全体を見ようとするなら、この両者の背後にある第三のものを更に付け加える必要があるという。

 一体、この第三のものの正体とは、何なのか? それは神秘学により明らかにされる。

 例えば、今ある人間が、外界の現象に向かって立ち、その現象について思索することを考えると、思索する人間がここに存在することになる。

 パスカル、デカルトが説いた、「我思う、故に我あり」である。

 それは外界が存在し、そしてそれをみる人間のなかに思考が生じることを意味する。そして、この思考は、以前、この世界には存在していなかったものだといえる。

 例えば、薔薇に関して思考を形成する時、この新たなる思考は薔薇と関係を結ぶ瞬間に初めて生じるといえると神秘学は説く。思考する人間が存在し、思考対象の薔薇が存在すれば、今、人間の中に薔薇に関しての思考、薔薇の像が現出する時、全く新しいもの、まだこの世界に存在していなかったものが生じるといえるという。

 新たなる思考の存在(思考する人間の存在、思考対象の存在)

 これは生命の他の領域でも同様で、ミケランジェロの創造行為をみると、ミケランジェロは、実際ほとんどモデルを使って製作したことはなかったが、彼が一群のモデルを集めたとし、ミケランジェロが存在し、モデルたちが存在したと考えてみると、ミケランジェロがこのモデルの一群から魂の中に得た像、この像は新しいものであり、完全に新たな創造行為となると考えられるという。

 新たなるミケランジェロの創造行為(ミケランジェロの存在、一群のモデルの存在)

 この場合は進化及び退化とは何の関係もなく、これは受容のできる存在と譲与できる存在との交流から生まれた完全に新しいものといえるという。このような新たな創造は、常に存在と存在との交流を通して生まれるという。

 新たなる存在(受容できる存在、譲与できる存在)   

 思考がいかに創造的で魂を気高くすることが可能で、後には肉体の形成にも働きかけることを思い出せば、ある存在が一度考えたこと、思考創造、表象創造は働き続け、作用を及ぼし続けるといえるという。それは新たな創造であると同時に始まりであり、しかも結果を導くという。

 今日よい考えを持つなら、この考えは遠い将来実りを結び、その魂は霊的世界で独自の道を歩むという。

 肉体は再び元素に帰り崩壊するが、思考を生み出した存在が崩壊しても、思考の作用は残り、思考は働き続けるという。

 例えば、ミケランジェロの例を再考すると、彼の卓越した絵画は何百人もの人々を高揚させてきたと同時に、これらの絵画もいつかは塵となって崩れ、もはや彼の創作物を全く見ることができない世代も出てくるだろうが、ミケランジェロの絵画が外的な形態を取る前に、彼の魂のなかに生きていたもの、最初に新たな創造物として彼の魂の中にあったもの、これは生き続け、存続するという。

 そして、未来の進化段階に出現し、新たなる形を得るという。この原則を掴むと、どうして今日、雲や星が出現してくるのかがわかるという。なぜなら、太古の昔に雲や星を思考していた存在がいたからなのだという。全ては思考・創造活動から生まれ、思考は新たな創造といえるという。思考から全てが生まれ、宇宙の偉大なものは神性の思考から出現したといえるという。

 雲や星の出現(雲や星を思考していた存在、雲や星の一群のモデルという思考対象) 

 ここに、第三のものを得るという。顕現性においては、事物は進化と退化の間を交替しているが、その背後に第三のもの、初めて思考の充溢を与えるもの、無から生じた完全に新たな創造たる創造が深く秘されているという。このように三つが互いに関係し、無からの創造があり、それから顕現して、時の中で経過していくとき、顕現における形、つまり進化と退化という形をとるという。

 「宇宙は無から創造された」とある宗教的体系が説くことは以上のような意味であることが神秘学からわかるという。今日、この真実が嘲笑されるなら、嘲笑する人々が古文献の真の意味を理解していないからであり、顕現全てにおいては進化と退化の間を交替しているが、その根底には、無からの創造が秘されていて、この二元性と一致して三元性となるという。

 つまり、三元性(三位一体)は、神聖なるものと顕現との結びつきであるという。

 このように、3という数の意味がわかれば、ただ、論理的に理屈をこね回すのではなく、至る所で出会う二元性の背後に、三元性を探す必要があることがわかるという。2の背後に3を求める時、ピュタゴラス的な意味における正しい仕方で、数の象徴が考察できるという。全ての二元性の背後に、隠された第三のものを見出すことができるという。

 3=神聖の数、二元性の背後にある神聖な第3のものを見出し、3と1で三位一体の構造を表す。三位一体は3と1であり、神の数であるという。

 今度は4である。4は宇宙(コスモス)ないし創造の記号で、地球はいま第四の受肉状態であり、4が創造数と呼ばれるのは、この地球の状態を意味するという。この地球上で我々人間が出会う全て、人間の第四の原理、創造の原理が、地球の惑星進化の第四の状態にあることを前提にしているという。

 いかなる創造も四元性の記号の下にあるという。神秘学において、「人間は今日鉱物界にある」と言われていて、今日人間は鉱物界だけを理解し、鉱物界だけしか支配できないという。人間は、鉱物を組み合わせて家を建てたり時計を作り上げたりできるが、それは、鉱物が鉱物的世界の法則に従っているからであり、例えば、人間は自らの思索から植物を形成することは不可能であることがわかる。

(地球紀においては)人間は生命を思考により創造できないのである。

 それができるためには、人間自身が植物界の存在になる必要があるという。現在の地球紀の進化後になってそうなるといわれているが、今日、人間は鉱物界における創造者であるという。この鉱物界には、3つの元素界と呼ばれる3つの領域(火、空気、水)が先行し、鉱物界(土)は第四の領域であるという。全体としては、七つの自然領域があるという。

 人間は今日その第四の領域にいて、外へ向かう自らの意識(自我)を獲得したという。月では、人間はまだ第三の元素界、太陽では第二の、土星では第一の元素界で活動していたという。木星上で人間は植物界で活動するようになり、今日時計を作るのと同じように植物を創造することができるようになるという。

 創造において可視的に現出したものは全て4という記号(シルシ)にあるという。肉眼では見ることのできない惑星も数多くあり、これら第一、第二、第三の元素界にある惑星(火、空気、水)は物質的な眼では見ることができないという。惑星が第四の領域、つまり鉱物界に入った時はじめて、その惑星を見ることができるという。それ故、4は宇宙(コスモス)ないし創造の数といわれるという。第四の状態に入ることではじめてその存在は眼に見えるようになり、外面的なものを見ることができるようになるという。





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Last updated  2006年12月18日 18時23分13秒
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