黄昏の少女と人形

黄昏の少女と人形

2004/08/02
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 カーテンの隙間から部屋に差し込む月明かりを肴に、盃を口元へ運びつつ。


 昨日の事。
 着馴れない浴衣と、それ以上に履き慣れない新品の雪駄で花火大会に行ったが故、鼻緒で擦り剥けた足の甲が痛む。
 今日は今日で、その疲労の為に昼過ぎまで寝過ごして、起きた後も何をするわけでもなく家にこもってぼんやりとしていた。
 まぁ、一日の全てを部屋で過ごすだけなのも不健全だな、などど思い外へ出向くも、結局は近所のコンビニでジャンプを立ち読みし、ポテトチップスと缶珈琲を買って帰路に着く、という散歩とも言い難い外出に終わった。

 その、ほんの数分の帰り道で、特にこれといった理由も無く、唐突に昔の事を思い出した。

 自分には親友と呼べる友人は何人かいるが、そこへ「幼稚園時代のガキの頃からの」という限定条件を付け足すのであれば、それに当て嵌まる旧い友は2人だけになる。

 これは、そのうちの1人との、最も古い記憶の話。




 その幼稚園は、1つの学年につき3つのクラスで区分されていた。
 俺とそいつは同じ組で、園の中でも一番端に位置する教室で共に3年間を過ごした。
 その日は教室の外の、狭い通路で対峙していた。…とはいっても、別にガキにありがちな取っ組み合いの喧嘩をしていたわけでも、しようとしていたわけでもない。
 ただ何をするでもなく、向かい合っていた。
 しばらくの間、ただそうしていただけだった。二言三言、言葉を交わしたのかもしれないが、なにぶん昔の事なので、そこまで良くは覚えていない。
 詳しく覚えている事があるとすれば、元気にはしゃぐ子供達の声だとか、それを近くで見守る先生の眼差しだとか…そういった周囲の喧噪からはどこか隔離された奇妙な場の静けさだろうか。穏やかな気温は、狭い通路の静けさにさえ満ち足りていて、平穏を感じさせた。


 俺の手には、積み木ブロックの長い板。

 それを振り上げて、対峙していたそいつの頭頂部に振り下ろす様は、まるでスローモーションでも見ているかのように緩慢だった。…否、そうするのがまるで自然な事のように動作をしていたが故か。





 少なくとも俺の眼には。


      今まさに振り下ろされんとするキョウキが、



                          至極ゆっくりと映った。















 心には、恨みも憎しみも無かった。
 ああ、子供が無邪気だというのは、割と言い得て妙な真実だ。
 捕まえた虫を笑顔で握りつぶす童子のそれに限り無く近く。
 俺は彼の頭へ、必殺の一撃を見舞っていた。
 なにより理由なんて知らなかったし、そうするのがただ自然だった、というだけのコト。

 本物の殺意、というモノが。
 憎しみに染まった、ドス黒い赤の色彩なのではなく。
 一陣の風が如き透明だというものを、俺はあの時始めて知った。





 剣道で例えるのなら、確実に一本を取るに加えて、意識をぶっ飛ばす程のオマケが着くような会心の一撃を喰らったそいつは、俺よりも一回り大きかった為か頑丈さも俺の上を行っていたのだろうか、被弾した箇所に手をやると無表情のままその手を見て、

 「あぁ、血だ。」

 と、それだけを呟いた。





 その後は朧げにしか覚えていない。
 ふと正気に返って、ああ、なんでこんな事をしたんだろう、と人並みに後悔したことや、無表情のまま頭から血を流し続けるそいつを、ふくらはぎの太かった園長先生が病院へ連れて行った事や、自分の親が泣きながら彼の親に謝っていた事とか…それらは今では、断片的な写真のようにしか、再認はできない。


 結局そいつとはすぐに和解し、卒園後も今に至るまでしょっちゅう会う事は無かったが、たまに会っては色んなバカをやったのは、楽しい思い出だ。

 一番印象に残っているのは、互いに違う小学校に通う日々の中でたまに会って遊んだ後の或る別れの際に、そいつが、

 「互い離れていても、心は共にある」

 というような事を言っていたことだ。今の奴はそんな事は覚えていないだろうが、俺にはそれが、どこか特別で、けれども自然な事なんだ、と思えたのが印象深かった。



 そんな、若過ぎた昔の事を思い出して空を眺めた。
 日はまさに落ちようとして最後の輝きを放ち、夕焼けの赤は西空の雲を濃い橙に染め上げていた。
 なんだか狂った絵描きの晩年の芸術作品をみているようだ、と思って、なんだ、まだまだ人並みな感傷も残っているんだな、と自分に対しての笑みが零れた。








 再び盃を口に、視線を空へと戻すと、月は依然として煌々と輝いている。

 だがその輝きは先程のものとは異なり、それこそ月並みな表現だが、神秘めいた妖艶さを振り撒いていた。

 満月[フルムーン]を、ひどく薄い雲海が覆っている。こちらからならば、至極薄い雲のフィルターを通して、月を見ていることになる。
 その月光が雲の皮膜に投影され、自身の姿を10倍ほどの薄明るいオーラで包んでいる。

 巨大な、太古の月を眺めているような、奇妙な感覚。


 けれども神秘は、それだけではなかった。

 月の光は薄い雲の水分に反応し、月自身を中心に、月とまわりの反射光のさらに外周に、七色の虹を縁取らせていた。そしてさらにその周りを、ごく薄い二重の虹が包んでいる―――。



 夜の虹。
 それは空にかかる弓や橋、といった昼の姿ではなく。

 妖しくも艶かしく、狂い煌く月が纏った、円のドレスのように視えた――――。






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Last updated  2004/08/03 05:32:48 PM
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