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「殺すためはねた」姉妹重軽傷 容疑の男を逮捕 三重>11日午後4時46分ごろ、津市久居明神町の市道で、いずれも同市の女子高校生(16)と小学生の女児(10)が軽乗用車に後ろからはねられた。>同署によると、高橋容疑者は「人を殺すためにはねた。誰でもよかった。生活費に困り、警察につかまると楽になると思った」などと話しているという。ワザとかよ・・あのさ、いつからかわかんないんだけど、警察に捕まった方が楽みたいな風潮ってどういうんだろうね。「楽」というか「捕まってラッキー」みたいなさ。自らそうなるように仕向けてるというね。何だろ、保護してもらうために犯罪を犯すみたいな、言ってみれば逆転現象だよね。よくわかんないよなぁ。何にしてもさ、加害者に対しても人権は常に担保されるっていう考え方があるわけじゃない?どんなに凶悪犯でも、どんなに理不尽な動機でも、被害者(やその関係者)が被った負の部分以上のものは背負わないくせに被害者(やその関係者)以上に権利が保証される(もしくはされている)という現実。その蓄積がこういった現状を引き起こしてるんじゃないかとさ。何で加害者の方が、より声高に権利を叫べるんだという素朴な疑問・・だからさ、本人がどうのというよりも(いや、本人も確信犯的に犯罪に手を染めてる場合も多々あるわけだけど)、人権至上主義者とか死刑制度反対を唱えてる人とか、いろいろな類似した(市民)団体に属しているそういう人達が事のほか日常的に騒いでるんだ。ワタクシにはさっぱり理解出来ないね。そうやって、バカみたいに「人権」「人権」と叫んで来た結果がコレだよ。先に書いた『オブラート』の金山被告もそうだけど、そういうことを全て把握したうえで「自殺というのはどんな方法であれ、自分で自分の体に痛みを加えることになるでしょう。そんな勇気はなかったですね」なんて言えちゃう。自分で勝手に死ねば関係ない人を巻き添えにしないで済んでるのに、自分は痛いから嫌なんだとさ。死刑にしてもらいたくてワザとやったんだって。程度の差こそあれ、基本的な考え方はこの通り魔事件と今回のひき逃げ事件も同じだよ。で、それを誘発したのは過剰なまでの人権至上主義じゃないかって。だって、護ってくれるだもん。もしかしたら、前衛的な誰かが過剰に擁護してくれる可能性だってあるんだもん。もちろん、事件の動機や構図をそれだけで説明するつもりはないよ。いろんな背景はあったろう。でもさ、自ら進んで「ま、警察に捕まれば何とかしてくれると思ったんで」なんて動機で脅威にさらされてる一般人からすればさ。こういう感覚の持ち主は結構いるだろうってところが怖いんだよ。何とかしてくれって思うんだよ。警察にしても救急車にしても、依頼する方のモラルってのが相当崩れてるわけでしょ。どう考えても個人的に解決する問題だろうってことを警察に依頼したり、タクシー代わりに救急車を呼んだりってね。「いい加減にしろ!」だけでは片付けられない社会的な風潮ってのがあるんだよ。誰もかれもが権利を主張する社会。それもこれも、本当なら「バカじゃねぇかコイツ」って言われたり、「みっともねぇからやめとけ」とか言われたり、そういう伝統的な風潮が駆逐されてきたからなんだね。いや、駆逐してきたんだよ、似非平等主義者たちが。誰にでも権利(人権)がありそれを主張していいって教えられてきてる。更正(や個人情報保護)の名のもとに、服役した犯罪者が出所する時もした後も、何ら情報は公開されない。例えば、誰にも理解されないような動機やきっかけでスイッチが入って、周りの人達にいきなり危害を加えてしまう人たちが普通に街を闊歩してる。どこにどんな人がいるのかわかんない。『更正』の名の下に伏せてるんだったら、一般社会を闊歩してるということは更正したってことだろ。それなら、再犯の時には誰が責任取るんだっての。更正の可能性で減刑した裁判官や関係者が責任取れって言ってみれば「捕まったら大変なことだ」っていう意識っていうか位置づけにしないと、こういう甘えた動機の事件が後から後から起こると思うね。で、その被害者は泣き寝入りだよ。ってか、泣いたって何も戻すことは出来ない。時間は遡れないんでさ。事件の被害者はずっと被害者のままなんだ。死んでしまった人の権利はどこへ行ってしまうのだろう。とんでもないことを起こしたバカを更正させるために、どうして何の罪も関係も無い人が命を差し出さなきゃいけないんだって。人権至上主義者や平等主義者の方々、説明してくれよ。ってかさ、君らの考える『更正』って何なんだよ。その定義すら誰も知らない。誰も説明してないんだよ。犯罪に手を染めず普通の女性と普通の結婚をして、普通に子供をつくって普通に暮らしていく。たまに家族でケンカもするけど、たまに家族旅行をしたりして、紆余曲折を得ながら子供たちは巣立っていく・・これが『更正』ってことなんだろうか・・・フザけるなって。誰も、そういう普通の幸せを求めて頑張ってるんだよ。ワガママ言ってねぇで一生罪に苛まれろと何故言えない?リセットして再出発する必要がある人が、リセットする必要のない人の命を糧に幸福の道を歩んでいくっていうんだから、開いた口が塞がらない。ある人の命を引き換えにある人の今後の人生を保証していくのはやむを得ないと言うのなら、被害者のために同様の被害くらいは加害者に課するのが普通じゃねぇのかと思うんだが。「人権」「人権」と言ってるが、被害者の人権はどうしたんだ。これじゃ、動物には申し訳ないけど被害者の立ち位置は犬猫と一緒だよ。どうして天秤を一方だけに傾けるんだって。釣り合ってたっておかしいくらいなんでさ。「生活に困り」だの「将来に悲観して」だの、オマエが勝手にそうなっただけで、被害者には何の責任もないっていう原理原則を誰も考えない。すぐに「こうさせてしまう社会が」とかになる。コメンテーター(まぁ、キャスターや特派員にもいるけど)によっては、この加害者の罪は「許せないのはもちろんですけど」って必ず枕を入れて、その上で社会や政府与党を糾弾するんだ。そして、ワタクシはそういうコメントを聞くたびにいつも思うんだよ。オマエらみたいのがこういうのを増産してるじゃねぇか、と。
2008年10月13日
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「秋葉原事件うらやましい」身勝手な持論展開 土浦連続殺傷犯単独インタビュー>「秋葉原事件がうらやましい。僕より多く殺しているから…」。茨城県土浦市のJR荒川沖駅で3月、8人を刃物で殺傷した金川真大(かながわ・まさひろ)被告(24)が先月、水戸拘置支所(水戸市)で産経新聞の面会に応じ、東京・秋葉原で17人を殺傷した加藤智大(ともひろ)被告(26)への“嫉妬”をのぞかせた。いやぁ、アレだよ。こんなこと言われたら、被害にあった方々もたまらないんでさ。「自殺する勇気がないから、死刑になりたかった」じゃねぇっての、ホント。こういう奴の感覚を思えば、やっぱり極刑は必要で、しかも、本来なら被害者(遺族)への引渡しが健全なんだと改めて思えるね。ってかさ、コイツの場合、死刑になるかどうかさえわからないっていうんだもの。一体どうなってるんだって。何て言うか、いつの時代にも動機が不鮮明な凶悪事件てのはあったんだけど、ここのところ「誰でもよかった」「嫌になった」っていう、ワケわからん動機でスイッチが入っちゃうのが多いんでさ。で、死刑廃止論者からすると、死刑制度があるからこういう犯罪(死刑を望んで凶行にはしる)が起こるとも言う。これは、(加害者の視点に立てば)望みを叶えてあげるんだもの、逆説的に『死刑制度はある意味人道的』って言ってるようなもんだよ。野生の動物には種の保存のため(生き残るため)には仲間を殺していくという習性だってあることはある。もうね、そういうのは生きるか死ぬか、本当の意味での弱肉強食なわけだよ。で、人間社会は、そういった本能を理性や倫理観、法律なんかで封印しているという了解があるわけでしょ。『今こそ人権に配慮しよう!』でも書いたように、法の下で規制して共同生活してるのが人間なんだから。それを無視したら、もう人間じゃないんだって。今さ、格差社会ってのが流行ってる。程度の差こそあれ、確かにあるんだ、格差ってのは。当たり前のことなんだよ。ただね、そういう負の部分を教えてこなかったんだ。「勝ち組負け組」「強者・弱者」ってのもそう。『街。的教育論』でも書いたけど、そういうものを伏せてきた結果、工夫して現状を打破したり問題を解決する癖がついてないというね。ワタクシ自身も少なからずそうだろうけど、ここ数年入社してきた若手社員には辟易するもの。とにかく、言葉を代表とした自分の意思表示ってのが極端に少ないんだ。教えたら教えたことだけやってくる。指示したら指示したことだけやってくる。特に質問も無いし報告も無い。今自分が行っている業務についてどういう意味があるのかを考えてない。その前後の業務を少しでも把握してると覚えやすいし捗るのに、どうも面倒なのか意に介さない・・ってか興味ない。うまくいかないと放置しちゃう(本人的には思考停止状態なのかもしれんが・・)。あきらめちゃう。効率を考えて、それを後回しして他のことをやるってわけでもない。よくわからない書類作成なんかは机の奥にしまっちゃうんだよ。その書類がそこで止まるとどういうことになるか考えない。仕事をしてると何かしら疑問てのがわくし、どうしたらうまくいくかって自然に考えるはずなんだけどね。もちろん、こういう人たちばかりじゃないんだけど、全体的な傾向として年々強まってる感じがするんだ。そういうワタクシ自身だって、その前の先輩や上司に言われてたのかもしれないし、その先輩や上司も言われたかもしれないしね。本当は「最近の若手は」なんて大それて言えるもんでもないんだけどさ。ただ、その時代時代に「最近の若者は」っていう風潮があるにせよ、少しでも早く少しでも多く少しでも正確に業務を完遂させるって意味では、徐々に薄れてきてるような感じはするね。サービス残業がいいとは言わないけど、本来、自分の仕事のデキが悪かったら早出残業は当たり前なんだよ。その残務は、自分の責任においてやらなくちゃならんのだから。以前、『【PART2】時事ネタ迷い箸』でネットカフェ難民について書いたしコメントでそーにゃさんも触れてたんだけど、『非正規雇用社員だから雇われてる』っていう可能性をまったく考えてないのが不思議でならないんでさ。待遇が違うって言っても、非正規雇用社員をそのまま正規雇用したら全体の待遇レベルは下がるってことは考えないんだよな。それに、仮に非正規雇用を廃止したら、非正規雇用全体の何割かしか仕事にありつけなくなるっていう現実からも目をそむける。少なくとも自分は正規雇用されるという不思議な自信・・待遇が違うって言ってもね、これは会社や非正規雇用社員自身(特に派遣社員)によっても違うだろうけど、非正規雇用社員の方が優遇されてるなぁってこともたくさんあるんだよ。依頼した業務が途中でも定刻で帰れたり、最後までやってもらおうとすれば分単位で残業が付く。朝は定刻ギリギリ帰りもピッタリ。時間給だからこそ出来るワザ炸裂というね。慣れた派遣社員になると時間調整しながら業務をこなしたりね。15分前くらいから帰り支度を始めて定刻ピッタリに「お疲れぇ~」とか、退社時間が近づくにつれバタバタと仕事し始めて、終わらないから残業つけるとか。極力少ない労働で高い賃金を得ようなんて、自分の立場を最大限利用してたりするんだ。でさ、正社員が非正規雇用社員を羨んでたりね。正社員との時給換算比較で言えば倍以上じゃねぇか、格差反対!とかさ。きちんとしてる派遣会社なら社会保険も加入してるし有給休暇も付く。残業手当や休日出勤手当、深夜割増手当なんかは正社員よりも厳密に付加される。待遇が悪いとか言ってる多くが、マトモな派遣会社じゃないんじゃないかと勘繰っちゃう。ここのところ問題になってるのも、厳密に言えば派遣会社じゃなくて業務請負会社だもの。業請の場合、派遣社員じゃなくて契約社員なんだよ。まぁ、非正規雇用社員には変わりはないんだけどね。非正規雇用の罪ばかりを強調して格差社会の代名詞にしてる人達は、こういうリスクも認識しなくちゃダメなんだよ。今ある恩恵はそのままで、正規雇用社員のいいとこだけ僻んで手に入れようとしたってダメなの。いいことの裏にはキツい現実が待ってるんだから。企業だって利益を追求しなくちゃならんのだからさ。あれもこれもと全部抱えたら、全体の待遇(給与とかも)だって下げざるを得なくなるんだ。隣の芝生は青く見える、ってのもたいがいにしないと。で、本題なんだけど(・・ってかここまで序章かよ・・という声が聞こえてきそうですが)、この金川被告ってのが、後の秋葉原事件(加藤容疑者)に影響を与えた人物ってことになってるんだけど、こういう不遇を悲観してってわけじゃならしいんだな。いや、ここまで格差社会だの非正規雇用を取り上げといて何なんだけどさ。新聞記者が金山被告に面会していろいろとインタビューしてるんだ。記者「『死刑にならなかったら、どうしよう』という不安を持っていると週刊誌のインタビューに答えていますが、その気持ちに変わりはないですか」金川被告「ないですね。この世の中から消えてしまいたい」こう言ってる割には、高校の頃から人を殺したいと思っていたらしくそれを肯定してる。「生きてるのがつまらなくなった」って理由で。まぁ、すでに矛盾して論理が破綻してるんだけど、「死刑で死にたくて事件を起こした」と供述してるわけだから金山被告の中では整合性があるんだろうね。死にたきゃ独りで勝手に死ねって思うんだけど、「自殺というのはどんな方法であれ、自分で自分の体に痛みを加えることになるでしょう。そんな勇気はなかったですね」なんて当然とばかりに話してる。結局のところ、秋葉原事件の加藤容疑者と同じで誰かにしてもらわないと何も出来ない。言い換えれば、問題解決の引き出しが少なすぎるんだね。すぐ放置しちゃう。投げちゃう。記者「あなたに刃物で切りつけられた被害者たちは、かなり痛みや恐怖を感じたと思いますが?」金川被告「関係ないですね」誰しも感じる疑問を記者もぶつけてる。自分の痛みは嫌だけど、他人のそれについては特に何とも思わない。昔は「自分がされて嫌なことは他人にもするな」って教えられたもんだけど、悪い意味での個人主義が蔓延る昨今。まず自分ありきなんだ。まず「自分」てのがあって、そして「対になるその他」っていう図式がある。自分対その他。その他は十把一絡げ。その方が楽だからね。こうなると、その凶行の残虐性とかを考え合わせなくても、冒頭に書いたように、またこれまで過去の日記でも書いてきたように、加害者の罰は被害者が決するというのが本当だと思うよ。ワタクシは、そこまでしてもまだ被害者の方が不利益だと感じるくらいでさ。加害者が凶行に及ばなければ被害者側が加害者側に罰を与える必要はなかったんだから。罰を与えても被害者の負の部分は解決出来ないんだから。加害者が何を言おうと「関係ないですね」でいいんだよ。記者「秋葉原の事件を知っていると思うけど、加藤容疑者(当時は起訴前)はあなたを意識し、犯行にナイフを使ったと供述していますが?」金川被告「うれしいですね。ただ、うらやましくもある。僕より人を殺しているから。それだけ、罪が重いから」記者「つまり、死刑になる確率が高くなるということですか」金川被告「そうですね」このやりとりを見てると、この期に及んでまだ死刑にならない可能性がある、いや、死刑にならない可能性が高いかもって思ってるらしいところが不思議なんだよ。だから、死刑にならなかったらどうしようって不安になってる。こういうのが死刑にならなかったら、結局のところ「更正」を望んでるってことだろう。もしそうだったらすごい判断なんでさ。これは、いわゆる人権教育の罪だと思うね。一人か二人の殺害だと死刑にならないんじゃないかって誰もが何となく知ってる。トンチンカンなことを口走ってたら、責任能力を問えなくて無罪になるんじゃないかってことも何となく感じてる。人を殺して何かしようって行為自体が狂ってるんだって認識しなくちゃダメだろう。金山被告については精神鑑定の話は聞かないけど、衝撃的な犯行なんかがあると必ず精神鑑定で無罪に持ち込もうとする。とにかく死刑だけは回避させようと弁護側が画策する。ってかさ、何が精神鑑定だって。常人の感覚ではかっちゃダメなんだよ。起こした結果に対して責任を問えよってことなんだから。人を殺しても、初めから無罪って決まってる人が世を闊歩してるのはおかしくねぇのかって。記者「加藤容疑者は、会社などがうまくいかずに犯行に及んでいますが?」金川被告「おかしいと思う。彼は自分がうまくいかないことをすべて他人のせいにしていた。彼は八つ当たりで人を殺している」目くそ鼻くそを哂うってのはこのことだよ。
2008年10月12日
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三浦元社長:移送先ロスの留置場で自殺>米ロサンゼルスの日本総領事館によると、81年のロス銃撃事件で殺人と共謀容疑でロサンゼルス市警に逮捕された元輸入雑貨販売会社社長、三浦和義容疑者(61)=日本では無罪確定=が10日夜(日本時間11日午後)、首吊り自殺を図り、死亡が確認された。これにはさすがにビックリしたね。サイパンで再逮捕された時もビックリしたけど、ロスに到着して双方とも「さぁ、これから」って時にさ。この記事なんかを読んでみると、三浦容疑者の自信というか、そういうものが垣間見えるだけに、自殺ってのが意外な感じだよ。それなら、サイパンにいる時に実行しそうなんだけどなぁ。再逮捕してからのロス市警のコメントを聞いてて、新しい証拠ってのはないんだろうなとは感じてたよね。「(移送さえ出来れば)新証拠がなくても十分立件出来る」って言われれば、あぁ、特に新証拠は無いんだなって思うもの。言ってみれば、ロス市警のメンツにかけて、って意気込みの方がひしひしと伝わってきたような。ホントに自殺なんかな・・?アメリカ(白人社会)の有色人種に対する差別意識ってのはすごいからねぇ。日本総領事館で、読書や電話の希望をアメリカ側に却下されてからの自殺。まさか、これが動機ってわけでもないだろ。どういう電話をしたかったのか、このあたりがポイントなんだろうけど。領事館員は聞いてないんかな。それにしても、三浦容疑者が亡くなったことによって疑惑は疑惑のまま。三浦容疑者が逃げられないと思って自ら命を絶ったと解釈すれば、(今回の逮捕による)ロス市警のメンツも保たれる。独房ってことだけど、そんな簡単に自殺出来るような監視体制なのかなぁ。再逮捕も含めて、日米双方で注目されてた事件であり容疑者なのに。どうも腑に落ちないんでさ。ロス疑惑の「疑惑」ってこれを暗示していたのか、と。移送時のあの帽子。書かれてた文字ってのが、ヒッピー文化でのくだけた別れの挨拶なんだって。チャットなんかで「さよなら」とか、いわゆる「落ちる」って意味でサラッと使うんだそうでさ。これが三浦容疑者のメッセージなのか、それともロス市警に被れと言われたのか、そのへんもわからないんだけどね。陰謀説なんて、古典的でとっても恥ずかしいのは重々承知の上で、それでもやっぱり思うんだ。日本で司法解剖してほしいなって。
2008年10月11日
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バイク2人乗り女子中生が重軽傷 直前にパトカー追跡>10日午前7時40分ごろ、千葉県印西市戸神台の市道交差点で、原付きバイクに2人乗りしていた同市立中学3年の女子生徒=ともに(14)=が、市内に住むパートの女性(38)が運転する軽乗用車の後部に衝突。バイクを運転していた生徒が全身を強く打って意識不明の重体、もう1人も頭に軽傷を負った。ってかさぁ、軽乗用車の後部に衝突ってことは追突なんだよね。しかも、勝手に後ろからぶつかっといて全身を強く打って意識不明の重体って、どんだけのスピードで走ってたんだって。ブレーキかけたのかどうかはわからないけど、重ければ重いほどブレーキが効きづらくなるって知識くらいはなくちゃ困るよなぁ。よく知らんのだけど、原付バイクって二人乗り禁止じゃない?そのうえ一時停止の標識無視。さらにはノーヘル状態。その前にも信号無視して交差点進入。停止命令を無視して逃走。で、勝手に追突。申し訳ないけど、自業自得だよってだけの感想。こんなのが自動車の免許取って運転することを想像すると恐ろしいよなぁ。誰かを轢き殺なくて良かったじゃん、と。将来の事件を未然に防いだ、みたいだよな。ってかさ、軽乗用車を運転してたパートの女性の方が可哀相なんでさ。普通に交通ルールを守って走行してたら、いきなりドカンと後ろから突っ込んできたわけだよ。車はへこむわ、ぶつかってきた人は意識不明の重体だわで、一体何が起こったのかって感じだよなぁ。しかも、この人だって何かしら用事があったのかもしれないのに、それら全てがフッ飛んじゃうんだから。以前『【PART7】時事ネタ迷い箸』でも書いたんだけど、例によって例のごとく、出さなきゃいいのに管轄の警察署がコメント出してるんだ。まぁ、聞かれたから答えたんだろうけど、「事故に遭われた方は大変気の毒だが、追跡方法に何ら問題はなかったと考えている」ってのもマヌケな感じがしてさ。自業自得だってことはもちろん、そもそも問題なんてあるわけないんだもの。途中で見失ってるんだから。松阪のバス車内暴行死:傷害罪の男に猶予付き判決--津地裁 /三重>松阪市で今年3月、バスの車内で携帯電話の使用を注意した男性に暴行して首の骨を折るなどのけがをさせたとして傷害罪に問われた大台町、とび職、中田義一被告(59)の判決公判が9日、津地裁(鵜飼祐充裁判長)であった。鵜飼裁判長は懲役1年6月、執行猶予3年(求刑・懲役3年)の判決を言い渡した。か、軽っ・・ってかさ、相手は死んでるんだよね。因果関係を立証するのが困難だってことで傷害致死罪らしいんだけど、そもそもの原因てのがこの被告による車内での携帯電話使用。まぁ、いまだに携帯電話を電車やバスの車内で恥ずかしげもなく使用してるバカがいるけど、それを注意した人が殺されてこの判決。どう考えても、罪と罰の秤が壊れてる感じがするんだがなぁ。こんなことじゃ、ますます事なかれ主義が蔓延っちゃうだろうってさ。弁護側は「押さえつけたのは2分間程度で、正当防衛にあたる」としてるんだけど、その2分間で首の骨を折っちゃったわけだよ。裁判長もさ、「被害者から胸ぐらを先につかまれ、犯行に計画性はなく、反省の態度を示している」なんて言ってるんだ。『【PART2】女神の天秤』でも書いたんだけど、人を殺したんだから反省くらいするんだよ。思いっきり苛まれて、そのうえで罰を受けるってのが自然なはずなんでさ。被害者が(注意するのに)胸ぐらを掴んだとしてるんだけど、ずーっと我慢してたのかもしれないからね。胸ぐらを掴む前に口頭で注意したのかもしれない。記事ではそこまでわからないんだけど、いずれにしても「おぃ、いい加減にしろよ」と胸ぐらを掴んだ程度で首の骨折られちゃってさ。挙句の果てに、常識の無さを注意されて逆ギレして人殺した方は執行猶予だもの。どうなってるんだって。60にもなるオヤジに『更正』を期待してるのか??2審も中国人に死刑 製めん所夫婦の強殺>東京都品川区で2002年8月、製めん所を経営していた早川勇さん=当時(64)=夫婦を刺殺し、現金などを奪ったとして、強盗殺人などの罪に問われた中国籍の無職謝依俤被告(31)の控訴審判決で、東京高裁は9日、死刑とした1審東京地裁判決を支持、被告の控訴を棄却した。当たり前だよ。ってかさ、これだけのことをしでかしておいてどういう理屈で争えるのかといつも思うんだけど、もうね、何ていうか死刑だけは免れたい、死刑にさえならなければいつか出られる、くらいの動機だとしか思えないんでさ。そのためには「殺意はなかった」なんてことも平気で叫べちゃう。『用意したサバイバルナイフで早川さんと妻容子さん=当時(57)=の首や背中などを複数回刺し、』・・・どこが「殺意はなかった」だ、アホか。ネット殺人予告:「札幌駅で大量殺人」JRの業務妨害容疑、30歳男逮捕--北海道警>9日午前5時ごろ、千葉県など道外の複数の市民から地元県警を通じ「携帯電話のインターネットサイトの掲示板に『今日の11時に札幌駅で大量に人殺す』という書き込みがある」との通報が道警に寄せられた。札幌北署などは早朝から午前11時ごろまで約140人態勢でJR札幌駅周辺の警戒に当たったが、事件は起きなかった。しかし、相変わらず湧き出てくるねぇ、こういうバカ。しかも、子供の悪ふざけなんかじゃなくて、いい歳したオトナが書き込んでてね。『注目されたかった』とか言うんだよ。だからさ、望みを叶えてあげればいい。抑え付けると逆効果になるでしょ。だから注目してやる。まず、顔写真はフルカラーで掲載。住所は地図付き。携帯電話も自宅の固定電話も番号公表。氏名はもちろん幼い頃からのあだ名の変遷も羅列。趣味嗜好から女性遍歴、部屋の中も図解で説明。レンタルしたDVD(ビデオ)の履歴までわかっちゃう。インターネットで、コイツのありとあらゆる個人情報がいつでも閲覧可能。偽計業務妨害容疑に関する通常の罰則の他にも特典あり。今後、個人情報保護法適用外の特別待遇っす。
2008年10月11日
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愛知・女性拉致殺害:闇サイト殺人 3被告、争う姿勢--初公判>名古屋市千種区の派遣社員、磯谷利恵さん(当時31歳)が07年8月、拉致・殺害された事件で、携帯電話の闇サイトで知り合って強盗殺人などの罪に問われた3被告は25日、名古屋地裁(近藤宏子裁判長)の初公判で、強盗殺人・死体遺棄の共謀の成立時期や情状面などで争う姿勢を示した。それにしても、こういう記事を読むと暗鬱な気持ちになるよなぁ。まぁ、どこの報道でも大体の主旨は『闇サイト撲滅』だとか『ネットの功罪』について論じてるんだけどさ。凶悪事件に多いんだけど、何をしたかよりもどうやってやったかについて検証する昨今の風潮に「???」となってるんだよね、ワタクシは。確かに、見ず知らずの3人が『犯罪』という共通認識の下に集まって実行出来ちゃうシステムってのはおかしいとは思うよ。それ自体をどうにかしなくちゃいけないってこともある。でも、出会い系にしろ、こういう闇サイトにしろ、そのシステムを利用してる側についてあまり論じられてないってのはどうなんだろうか、とさ。この記事を何度も読んでみると、ホント、『更正』をバカみたいに声高に叫んでる人たちの理念てのがどうにもならないってのがよくわかる。ワタクシはいつも思うしこれまでも何度か書いてきてる(例えば『今こそ人権に配慮しよう!』)けど、こういうのを更正させるためにどうして被害者の命を差し出さなきゃならないのかさっぱり理解出来ないんだよ。常識的に考えれば『被害者が生きてコイツらが死んだ』って方が普通なんでさ。ってことは、もう被害者は亡くなってて『生きて』ってのは無理なわけだから、『被害者は亡くなったがコイツらも死んだ』っていうのが当然の帰結なんだよ。それを、何だかわからん似非人権平等主義者なんかが『加害者の人権』ってのを掲げ『更正』を声高に叫ぶんだ。もし、加害者を更正させるためには被害者の命をも必要なんだってことならさ。オマエらの身内を最初から差し出せっての。加害者らの弁護士もさ、職務だからってことなんかもしれんけど「(神田被告は)16歳のころから激しい頭痛に悩まされ、高額な治療費のため、まともな治療が受けられなかった」とかで情状を訴えてる。知らねぇよ。これ、被害者殺害に対する免責と関係あるか?もうね、こんなこと言い出したら何でも理由になっちゃうだろうって話でさ。川岸被告側は「(私が)警察に自首したため、本件犯行が発覚した」だって。オマエの手柄か。バカじゃねぇのか。もう一人の堀被告と同様、後悔の姿勢を示して何とか罪を軽くしてもらおうと思ってるのかもしれないけど、後悔や反省するのは当たり前なんだよ。四六時中苛まれてくれ。で、そのうえで極刑を受けろって話でさ。冒頭陳述によると、起訴事実の認否で川岸被告は「殺害方法の順番が違う。ほかは認める」、堀被告は「被害者に手錠をかけたというのは事実と違うが、ほかはおおむね認める」、神田被告は「おおむね認めるが、詳細については一部違う」と主張してるらしい。殺害自体は認めてるけど、何とか極刑だけは免れるように法廷戦術を駆使するってとこかな。だから、3被告とも殺意は否認してるらしくてさ。それが計画的だったというところだけ否認してるのか全て否認してるのかはわからないんだけど、次のやりとりを聞けば、誰がどう考えたって(襲撃対象に対して)殺意はあったって思うだろ。川岸:(携帯電話の裏サイト「闇の職業安定所」にアクセスし)「組んで何かやりませんか?」↓堀、神田、別の男が返信し、連絡を取り合うようになった。↓神田:「女性を拉致し覚せい剤中毒にして風俗店に売ればいい」などと提案。堀:(金づちを示し)「これで襲おうと思ってます」神田:「顔を見られたら殺すんでしょ」川岸、堀:「仕方ないですよね」と返答↓互いに強盗殺人を行う意思があることを確認。↓堀、川岸、神田:「顔を見られるとやばいので、相手を殺してしまうつもり」別の男:「殺しは嫌です」神田:「誰でもいいから若い女を見つけて、やっちゃいましょう。最後は殺しちゃうけどいいよね」↓堀、川岸が賛同した。↓堀:「OLならまじめに仕事していて口座に金がある」と提案。↓20代後半から30代のOL風の女性を略取監禁し、キャッシュカードを奪い、暗証番号を聞き出して預金を盗み、女性を殺害して死体遺棄することを共謀した。神田が左腕を被害者の首に回した。↓川岸と堀が被害者の両手両足を押さえ、堀が粘着テープを鼻と口に張りつけ、その上から鼻をつまんだ。↓被害者が意識を失わなかったため、堀と神田が金づちで顔や頭を数回殴打。↓ロープを首に巻きつけるなどした後、粘着テープで顔を縦横に23回巻きつけた。↓神田はレジ袋を頭にかぶせ、開口部を粘着テープで約8周巻きつけ、ロープで首を絞めた。↓弱い脈が残っていたため、金づちで数十回殴打し、その間に窒息死させた。被害者は「殺さないで」「死にたくない」と哀願したが、3人は耳を貸さなかった。ほら、3人の情状酌量の訴えにも耳を貸さなくていいんだよ。どうよ、コレ。金づちで顔や頭を殴打ってあるんだけど、男3人が押さえつけ、殺そうと躍起になってる時の被害者の心境たるや想像するだけで息苦しくなる。こういう鬼畜の『更正』のために、被害者の命を引き換えにしろと言ってるに等しい似非人権平等主義者の方々に聞きたいんだけどさ。自分の子供がこういう目にあっても加害者の人権を叫ぶんだろうな?磯谷利恵さんのご冥福をお祈り申し上げます。死刑囚「いつ処刑…苦しい」>100人余りの死刑確定者(確定死刑囚)のうち、76人が市民団体のアンケートに答え「苦しいこと、つらいこと」として「被害者のことを考えたとき」や「いつ処刑されるか分からない」などを挙げたことが4日、分かった。冤罪(えんざい)を訴える回答も多く、42人が再審請求していた。4人は誰とも面会・文通していないという。>回答者が多く、監獄法に代わる受刑者処遇法施行後の変化に関する意見もあり、死刑確定者の現状を知る大きな手掛かりになりそうだ。「大きな手掛かりになりそうだ」って言われてもねぇ。まぁ、何ていうかさ。こんなアンケート取ってどうすんのかなぁって思ったんだけど・・市民団体ってどこの?あぁ、「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」って書いてあった。これは、結局のところ、死刑廃止論者たちの集まりなの?よくわからんなぁ。死刑制度に関しては、以前に「人権と死刑制度」で書いたことがある。で、この時のワタクシの認識では、死刑制度に反対する人達の論拠は『人が人を裁いていいのか、死に追いやっていいのか』ってことだと思ってたんだよ。ただ、それだけじゃなくて、『後で冤罪だとわかっても死んでいてはそれを晴らせない』っていうのも理由としてあるんだね。ワタクシ自身は、死刑制度の是非だけ考えれば当然あって然るべきだと思ってる。ってか、『死刑制度』というより『極刑』という意味で。日本の法律では、死刑の下は無期懲役になってるわけで、その『無期』だって本当の意味では無期じゃないっていう現実がある。それに、死刑そのものも、何人以上殺したらとかワケわかんない基準みたいなものもあるらしいし。法治国家としてはあり得んだろうけど、本来なら加害者は被害者(遺族)なんかに引き渡されてもいいと思うんだよ、理屈から言えば。そこで、『更正』を願う遺族は許してあげればいいし、『極刑』を望むなら自らの手でもいいし(死刑執行してくれる)機関に依頼するというようなさ。その方が、もしかしたら健全じゃないかって感じも受けるんだよね。あくまでも、判断は関係者に委ねられる、っていうさ。それにしても、確かに冤罪は防がなくちゃならないんだけど、死刑が確定してる加害者に対する再審請求ってのも、弁護士なんかが死刑執行を遅らせるための手段でしかなくなってる事例が多いってのも事実らしくてね。新証拠の提示もナシに、一度却下された請求内容を繰り返し提出して(執行を)引き伸ばすとか。そういうのがいるから、本当に再審を望んでる人の審理が遅れるというね。まぁ、ワタクシが死刑制度と冤罪について考えるようになったのは、別に似非人権平等主義者に感化されたわけじゃなくてさ。先の大戦で「百人斬り」の濡れ衣を着せられて、今でも中国の抗日記念館(「記念館」ってのがバカだけど)に写真が掲載されてる件が引っかかっちゃうんだよ。他にも、先の大戦については、いろいろと汚名を着せられてる方々がたくさんいるんでさ。もちろん、昨今の冤罪の可能性と同列に考えるべきじゃないかもしれないんだけど、やっぱり冤罪(というか日本のバカなマスコミのせいなんだが)によって失意のうちに命を亡くした先人のことを思うとさ。このあたりの整合性をどうするかっていう結論が自分の中で出ていない部分もある。もっとも、あくまでも冤罪についての議論だから。凶悪な犯罪を犯しながら、命乞いのために死刑制度に反対したり後悔の念を殊更叫んだりってのは全然別の話。刑に服すってのは、命を絶つってこと以外に、それを執行されるまでの苦しみなんかも全て含んでの罰だと思ってるからね。本来、ホームレス暮らしよりも刑務所暮らしの方が健康にいいなんてのはおかしいんだよ。●苦しいこと、つらいこと「いつ処刑されるか分からない」当たり前。殺された被害者も、まさかその日に命を落とすなどとは思っていなかったはずなんでさ。何で理不尽に死をもたらした側が、そういった意味での安心を得られると思ってるのか不思議だよ。「自然に触れられない」これも当たり前。殺された被害者は、その時点で自然に触れることが出来なくなってる。3食昼寝付(いや、昼寝はないかもしれんが・・)、適度な運動も出来て何言ってるんだって。空気吸ってるだろ。空気だって立派な自然だよ。●受刑者処遇法施行後の変化「友人と面会、文通できるようになった」「面会時間が短くなった」もう、論外。これさぁ、死刑囚へのアンケートなんだよね。一般受刑者ではなく死刑囚の。ってことは、被害者は大体亡くなってるわけだ。しかも、身内や友達とかいろいろな大切な人達に別れを告げることもなく、まったく自分に過失はない理由で、ある日突然人生を断ち切られてるんでさ。そういうことをしでかしておいて、どうして加害者の待遇について『改善!』『改善!』と叫べるのかがわからん。被害者遺族は遺影でしか会えないんだがな。「運動の回数が増えた」「本の差し入れが制限され、読める本が少なくなった」そんな余力があるなら働いてくれ。刑務所の中で少しでも多く労働して被害者遺族に還元してくれ。『【PART1】女神の天秤』
2008年10月04日
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