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愛知県刈谷市  依… New! トンカツ1188さん

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2018.09.02
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カテゴリ: アット・ランダム
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自閉症の子を持つ大学教授が相模原事件・植松被告に尋ねた一つのこと



「あなたの父親が心失者になったら…」



植松被告の偏見が社会にでる危険性

「相模原殺傷被告『植松被告』書籍化に抗議」
(「静岡新聞」、2018年6月8日夕刊、3面)





私たちは2018年5月17日、立川拘置所で植松被告と接見し、

被告手記が書籍化されることを知った(「静岡新聞」2018年6月5日朝刊、1面)。

植松聖被告は元同施設職員で、2016年7月26日、

神奈川県津久井やまゆり園入所者19人殺傷し、

26人に重軽傷を負わせた戦後最悪の大殺人事件を犯した人である。


その事件に怯える関係者が今も相当数いる。


その現状を考えれば、

植松被告の手記の書籍化は容認できるものではない。


そこで、本学の学生やゼミ卒業生が中心となり、

静岡市駅前、北口、南口で署名活動を行った。


2016年事件当時の新聞記事を配布し、出版差し止めの署名を訴えた。


書籍を読むことにより、植松被告の偏見が社会にでることは危険である。

そして、優生思想に共感する人が増加する恐れがある。




​事件に怯える障害者たち​

「植松被告の手記に『波紋』 接見の教授『障害者傷つく』」
(「東京新聞」、2018年6月27日、夕刊6面)


被告手記出版差し止めのもう一つの理由は、

事件に怯える我が子へ安心できる生活が送れるように

生活環境を整えてあげたいからだ。

私は障害を抱える子の親として、

相模原事件は親類が殺害されたような気持ちで取り組んでいる。


彼は22歳の男性で広汎性発達障害を持ち、事件以降怯えている。

彼は

「障害者は、生きていることが不幸だ」

「障害者は生まれてこなければよかった」

「僕がいることが幸せか」等々、

これまで口にしたことのない言葉を言うようになった。



​​彼の気持ちは不安定になり深夜に何度もうなされ、

意味不明な叫び声や、

夕暮時にはシャッターを下ろしたり玄関の鍵を二重にロックしたり、

事件前には見られなかった心の動揺が起きた
(「被告今も主張改めず」毎日新聞、2018年7月24日(火)、27面)。


​​

さらに植松被告が「神奈川から静岡へ向ってくる」と何度も怯えていた。

植松被告は警察が逮捕したので安心するように何度も言った。


「息子がパニックになるので、我が家で『植松』は禁句」

(「相模原事件被告手記・編集長の考え本に」朝日新聞、2018年7月23日(月)、34面)、
(「事件の影響、ハーフタイム」中日新聞、2018年6月27日(水)、28面)

我が子に限らず、遺族の方々、施設職員、

障害を持つ方々にとっても逮捕された者の身柄が拘束されているが、

彼の偏見が社会に出ることにより、

社会全体が危険にさらされていることになる。


​​被告手記の出版中止を求めた理由​​

私は、障害児を持つ親として、社会福祉専門職員を養成する教育者として、

また、社会福祉の研究者として、

植松被告の偏見が広まる恐れがあり危険だと感じたため署名活動を行った
(「静岡新聞」、2018年6月5日、1面)。


署名活動は2018年6月8日より6月15日まで静岡駅前で実施した。
出版阻止の理由は以下の3点にある。

①植松被告の手記出版が障害者のさらなる不安増大につながる。

前述したように「植松」の言葉で心身が害される方が相当数いるし、

事件から2年しか経過しておらず、7月お盆の時期の刊行は、

命を失った方にとっても二重の痛みである。

②植松被告の手記出版が新たな事件に発展する危険性がある。

事件後も、施設を攻撃する電話が神奈川県や静岡県、他県でもあり、

第二の相模原事件が起きるのではないか、夜勤の職員らは不安に陥っている。

③子どもや障害者らを取り巻く環境が悪化する。

児童、障害者、高齢者などに適切な環境を与え、

安心できる生活を保障してあげることが

社会の責務であると多くの関係法律で述べられている。

例えば児童福祉法第2条では、「児童育成の責任」について、

「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、
児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う」

と記されてある。

つまり、社会全体で適切な環境を整えてあげる責任がある。

殺人者の手記は、健全育成の視点から有害図書で、

殺人者の偏見を子どもたちにとって危険であり、子どもにみせられない。

植松被告の「麻薬の解放」などの危険な思い込みはその一例である。


一部意見では、

「読者が判断すればいい」「オープンにした議論を」がある。


しかし、特定の雑誌や専門書と異なり、

書籍の刊行は

不特定多数の方々の眼に触れる機会があることを忘れないで欲しい。


保育士・幼稚園教諭養成の立場から、

幼児の眼に触れさせたくない書物は数多い。


大人がそれを峻別しなければ、

気が付いた時は子どもが犯罪に巻き込まれ、命が奪われることになる。

いつもそのような事件を見るたびに、

子どもにとっての成長環境が汚染されていることに心が痛む。



​被告手記中止の署名提出​​


 2018年6月21日、私と

「静岡市静岡手をつなぐ育成会」の中村章次会長や私のゼミ卒業生は、

2,071人分の被告手記中止に関する署名を創出版に提出した。


その際、

街頭での意見やメールで寄せられた意見も同時に提出した。

 私と中村育成会会長は、刊行予定の手記の目次を見ながら、

第一部の植松被告(殺人者)の部分は全面削除するよう強く申し入れた。


編集上それが難しいのであれば、

最後にその原稿を再考して欲しいと強く要望した。

 篠田編集長は検討すると回答した。

その際、変更される部分を
書面で私たちに提出するよう求めたところ快諾をえた。


しかし、7月20日の刊行まで全く連絡はなく、7月下旬、

出版差し止めを強く求めた書籍が届いた。

私たちは大きな怒りと恐怖を感じた
(「 静岡新聞 」、2018年6月22日(金)、30面)。




​事件が社会に与えた影響​​

 津久井やまゆり園の事件以降、

福祉関係の施設では防犯体制が強化されてきている。

 保育所等では門から入口まで監視カメラの設置、

静岡市内の児童自立支援施設でもカメラの設置を増やし管理体制を強化している。


 私は静岡県内の学生の施設実習巡回指導の場面から言えば、

社会福祉施設などでは防犯上の整備が目立つ。

 具体的には、どんな対応がされてきたのか。

どのような手段・方法を講じているのか。

 障害者総合施設を運営している法人から資料提供をして頂いた。

事件後、「施設攻撃する。襲う」という電話が入っている。

 特にどの施設も夜勤体制における夜間警備員の常設

(23:30~5:00に警備員を配置する)である。

 また、施設事務所に「オートコールシステムの導入」し、

利用者居室の出入りが全て配信されカメラで見られるようになっている。


「ネットランチャーの設置」は巡視員が侵入者を拘束する備品を設置している。

職員全員が「催涙スプレー」を携帯し施設の安全を守っている。


また、土・日祝日の門警備員の配置や

休日の門の出入りについて警備員を契約し配置している。

 日本では1981年の国際障害者年を契機に、

「完全参加と平等」が叫ばれ、施設の社会化がさらに推進されてきている。


つまり、施設が地域の中の社会資源として、

地域住民の方々が

自由に地域の施設に出入りしたり利用したりする開放性があった。

 施設の運動会に町内会の方々や

ボランティアの方々がお手伝いするなど多くの交流を持つことにより、

自助、公助、共助、互助の精神が相互に培われていくのである。

 障害の有無にかかわらず、

誰もが地域のなかで安心して生活できるように、

それぞれの立場で健全な環境を整えてあげることが急務である。




​いま一番必要なこと​​


​​ 津久井やまゆり園殺傷事件以降、2年が過ぎた。

 新聞などで見る限りその9割以上が植松被告の内容である。

殺した人の偏見ばかりで不公平を感じている
(「岩手日報」、2018年7月25日(水)、24面)。



 仮に2年前、たとえは良くないが、

私の学生が自分を含め19人以上殺害されたとしよう。

 その殺人者の手記が出るとしたら遺族の方々はどう受け止めるだろうか。

学生に尋ねてみた。

「考えられない」「気持ちわるい」「許せない」
の答えが返ってきた。

 では今回なぜ、植松被告の手記刊行が可能なのか。

それは「重度の障害者」であることが理解できる。


これは、健常者と障害を持つ者について、

命の大切さを等しく見ていないことの現れである。


 また、社会は弱者の立場に立ち考えてみよう。

身内の方々、父や子どもが突然理由もなく殺害されたら、

手記刊行は歓迎するだろうか。

 つまり、「いのち」を平等にしていない社会は常に差別を再生産してくる。

これは歴史上明らかであり、結果的には人間の不幸を生む。


自分は事件の当事者でなかったから安堵感がある。

本来、自身でも他者でも被害に合うことは望ましくない
(「 読売新聞 」、2018年7月27日(金)、29面)。

 国会等の議員の発言を聞いても、

健常者に視点を置いた発言が目立つ。

 植松被告に「あなたの父親が心失者になったら、父を殺し自然にもどすか」と尋ねた。

立川拘置所で返事なく下を向いたままだった。

 今、必要なことは地域における障害を持つ方々、

生活に困っている方々を地域レベルで把握し関わり支援していくことである。


それが障害に対する偏見や差別解消の第一歩である。

 私が担当する講義や学生生活のなかで、

可能な限り重度の障害者(知的、精神的、身体的)の方々と

関わる機会を設けている。

 生活困窮者の自宅訪問、刑務所訪問、少年鑑別所や少年院慰問、

デイサービスセンターなど関わり生活実態に触れることが大切である。

 関わらずして気持ちを理解することは不可能である。

社会福祉は、

当事者の生活に入らなければ真実が見えてこない。

佐々木 隆志


​[現代ビジネス]





何年過ぎても、決して風化させてはいけない事件ですね。







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Last updated  2018.10.04 18:41:49
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