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高校時分、学校帰りに友達とチョクチョク行っていたたい焼き屋があった。そこのお店の名物はじーちゃんが焼く「ぶーちゃん焼き」と腰の曲がったばーちゃんが作る「おやき」である。日本に帰る度に駅前を通るとそのたい焼き屋の昔から変わらない店構いを見て「まだ、健在だな」と他人の私でさえ気にしてしまう程高校生だった時から数えてもじーちゃん、ばーちゃんはかなりのお歳をとられているからだ。この間、ふとたい焼きが食べたくなったのでお店に行ってみた。看板も出ているし、11時にもなってるし久しぶりのぶーちゃん焼きも頂いてみようと思い店の中へ入って行った。「・・・・いらっしゃい」の、じーちゃんの言葉に気を良くしあれやこれや頼もうとしたら「ぶーちゃん焼き あんこ ¥70-」「ぶーちゃん焼き やさい ¥70-」の張り紙がなくそして、ガラスケースには何もなかったがたい焼き8つはあるという。昔ながらのぶーちゃん焼きはどうしたかと聞くと「たいこ焼き」になったと聞き、私はぶーちゃん焼き食べたさにたい焼きの他にたいこ焼きの野菜とクリームを頼んだ。じーちゃんがたいこ焼きと称するぶーちゃん焼きを焼いてくれている間、私は冬の暖かい日差しを浴びながら椅子に座り老人夫婦の無言の中、鉄板が開かれる音だけが響きそこでやっと店の中が高校生時分の時と変わらないことに気が付いたのだ。空想好きの私は自分を祖父母の家に遊びに来た孫に仕立ててみたり壁に貼られている2年前のポスターを見てなんとなく昭和時代にタイムスリップした気分になった。じーちゃんの作業を見ていると通常の人の3倍スローで鉄板をひっくり返す音がないほどのあまりにもの静けさに私の注文も忘れ焼いていないのではないかと心配になってしまったほどだ。と、そこへ別のお客が入ってきておやきを色々と頼んで「また後でとりに来ます」と出て行きまた、店の中は静かになった。だが、おやき作りのばーちゃん、じーちゃんに向かってばーちゃん:「え?あんこ3ついるんか?」じーちゃん:「ああ、いるだ」ばーちゃん:「え?あんこ作らなくていいんだな?」じーちゃん:「あんこ3つだ」ばーちゃん:「え?あんこ3ついるんかい?」じーちゃん:「ああ、3ついるだ」ばーちゃん:「え?あんこ3つかい?」じーちゃん:「ああ、あんこ3つだ」と、ばーちゃんの耳が遠くなったようで何度も同じことを繰り返していた。また別の客が来て、じーちゃんが清算をしてる時にばーちゃんが店の奥からじーちゃんの作業場に出て来た様だった。「様だった」というのは椅子に座っていた私からカウンター越しに腰の曲がったばーちゃんの姿が全く見えなくじーちゃんの背後にあんこを取る伸ばした手で分かったからだった。腰の曲がったばーちゃんがあんこ3つを手を伸ばして取る姿が私はなんだか、無性に、「日本昔話」に出てくるおばあさんに思えまたしても昭和時代を思い出させるのだった。そして、20分後位にようやく私の頼んだ物が焼きあがり私の空想世界も終わりを告げた。清算時にじーちゃんに「お幾つになられましたか?」と聞くと「わしですか?わしは88になりました」と私みたいな若造に敬語で答えてくれたのだ。そして、私はなんだか、このじーちゃんが戦時中の兵隊さんのように思えまたしても昭和時代を思い出させた。そして、88歳で現役に仕事をしている姿にたい焼き一筋でやってきたこのおじーさんにも私には計り知れない色々な苦労があって今をこうして迎えている姿に私は昭和時代に戻れない寂しさと悲しさがこみ上げて来た。そして、昔食べた「ぶーちゃん焼き」もただの「今川焼き」に変わってしまったのだった。
2006年02月28日
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ここずっと家に引きこもってダラダラと過ごしている私ですが今日はなんとなく忙しい日でした。と、言ってもとっても眠くて眠くて眠れる森の美女のように眠りこけている私にいつもここで紹介している変態チックな素行をする旦那・豊が私の、私の、安らかなひと時を優しい口づけで眠りこけている美女を目覚めさせるという気の向いたことなどせずただ単に酔っ払ったおっさんのようにちょっかいをだしてきた。寝ている人を起こすのが趣味ともいえる悪趣味な豊に私は怒りながら、わめきながら、寝かしてくれと懇願しそして、豊に抵抗するが如く駄々をこねる子供の様に蹴飛ばし、豊の手を避け、蹴飛ばし豊の手を避けとしているうちにベッドと壁の隙間に落ちた。ベッドと壁の間に落ちて段々抜けなくなっていく私は今自分の身に何が起きているのか判断できない子供が抱き起こしてくれる大人に優しい声を掛けられてやっと状況判断できたという幼児の様に私は顔をしわくちゃにして一気に泣き出したのだった。手と足を持って引き上げられた私に「土俵の真ん中で相撲を取る」が如くまたちょっかいを出してくる豊に私はまたそれを避けるように逃げ蹴飛ばし避けているうちにまた壁とベッドの間に嵌まりさっきと同じく顔をしわくちゃにしてわんわん泣きじゃくりまた、手と足を引っ張り上げられたのだった。図体のでかい歪んだ性格のいたずら好きの男の子と顔に落書きをされたり歯形をつけられたりといじめを根気良く耐え抜く意思の強い女の子の←(美化しすぎっ?!)大人のようでいて子供のようなそして、そこらの一般家庭でもありえるような平凡な日曜日を過ごしたのでした。
2006年02月26日
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とてつもない格好良い男とbarへ行ったときのこと。barの窓から見える外では教会で結婚式が挙げられていた。そんな中、こともあろうか私達は甘いキスに始まり流れるように男の手は私の腰に手が回りそして、また甘いキスをする。お互いに見る目がお互いに愛おしく思え更に私達は燃え上がった。客の少ないbarであったが故私達はかなり激しくなってきた。私は男のひざに座り男を抱きしめる。もう、たまらなく相手を欲しいと思った瞬間電話の音で起こされた・・・・はぁ。。。
2006年02月22日
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先週末、1本の電話が入った。「MP17を覚えてますか?」はいはい、確かに覚えてますとも。ワトソンで出張スタッフにプロモーション中だからあれや、これやと買っておくんなって言われてあれや、これやって買ったあの、MP17のことを。確かに、クレンジングジェルはかなり良くて日本に持ち帰って銭湯に行く度にのっぺらぼうになるほど顔を洗い一緒に買ったホワイトニングマスククリームを周りの人に聞こえよがしに「これ、高いのよ~」と母に伝え銭湯でセレブ気取りをしていたあの、MP17を。そして、電話口ではタダでマッサージをしてあげますので月曜の2時に来てくださいってことで「タダ」にめっきり弱い私は催眠術にかかったように深く考えずにマッサージを受けに行った。いきなり通されたのはマッサージルームと思いきやテーブルと椅子のある個室で催眠術にかかった私は言われるがままに専用カメラに顔を乗せ今、私の顔は毛穴が少々目立つのでスペシャルプライスのエステがありますよっと勧められたのだ。「タダ」という言葉でまんまと催眠術にかかったまんまの私は「ダイヤモンドなんたら」というピーリングと「なんたらかんたらレーザー」という目の周りを白くする2つのエステをいとも簡単にお願いしてしまったのだった。・・・・・・・・・・・ま、できばえはとても良く今度はコースを勧めてきた。確かにシンセンの美容室でやる20元の顔マッサージとは雲泥の差で以前、タダ券で受けた専門店と比較しても今日の出来栄えは目で見ても手で触っても全く違っていた。私の中では催眠術にかかったまんまの私と正気な私が葛藤をしていた。bebe:「コースにすればそれはそれは高く旦那・豊にお怒りを受ける」bebe:「しかし、やはり年齢には勝てないし若返りたい」bebe:「でも、とてつもない金額だ」bebe:「でも、時にはセレブ気分に浸ってもいいのでは?」bebe:「豊に内緒って無理だろう。カード支払いなのだから」bebe:「でも、つやつやすべすべのお肌は憧れよっ♪」いつもならこんな押し売りのような強引な勧誘のようなものには一切相手にしない、引っかからない私なのだが今日の私はまんまとお金を払ってコースを受けることにしたのである。わぁ~い♪
2006年02月20日
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bebe母は時々娘の書いたこのあほなブログを見てこんなの見て感動してみたりこんなんとかこんなのを見て涙を浮かべて読んでいた。娘の母親に対する気持ちの場面で感動するのではなく「おしん」や遊園地での失敗談に反応して泣き出したのを私は見逃さない。そしてあほな娘があほなこと書いてるからかはたまた自分が登場してくるからか不思議なことに天然記念物とも言える天然な母は意味もなく泣いてしまうことが多いのだ。先日、私が日本に帰っていた時のこと。お昼頃、旦那の拉致から逃げるようにして実家に帰って来た私だがお昼ごはんの時間はとっくに過ぎていると言うのにbebe母は一人のん気に折り紙工作に熱中になっていた。「どこか遊びに行こう!!」という私の言葉に母は「食べるのを忘れていました~」と言わんばかりに早食いを始めたのだった。お茶碗に軽く盛った白飯にペレペレに切られた2cm程の自家製奈良漬けを一切れ口に運ぶとその一切れの奈良漬けを惜しむように白飯を2、3口運ぶのだ。そしてもう一切れのペレペレの奈良漬を口に入れ2、3口の白飯を口に運びいれそして、母のご飯は終了した。その早業とも言えるその光景に私は見逃しそうになったのだが時間に追われているような早食いの光景が「ああ、野麦峠」の製糸工場で勤める工女達に見えそして、正座をして無言で食べているその母の姿に私は、なんだか、奉公に出されているおしんの様に見えついつい、私はポロリと口にした。「お母さん、大根飯食べてるおしんみたい・・・」さあ、その言葉に過剰反応してしまうbebe母。笑いながら「そうかぁ。おしんみたいか?」と即座に答えたもののその言った本人の目には十分すぎるほどの涙が溜まっていたのだ。どうも、bebe母はおしんに憧れているらしい。*ブログに書いてやるっ♪と即座に言ってみたら輪をかけてbebe母は涙を浮かべていました。自分がこのブログに登場するのはそんなにうれしいのか?そんでもって、これを読んだらまた泣くんでしょうな。お母さん。
2006年02月19日
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旦那の元会社の人とBBQをして参りました。一人78ドル食べ放題。飲み物は別途かかるそうですが。夜中、3時まで営業してるそうです。実はわたくし、2回目のBBQなのでございますが今日、行ったBBQは初めて訪れた場所。にも関わらず、以前、見たような光景の場所でありました。はい、わたくし、よく、デジャブーを見るのです。「こりゃ、デジャブーだ!」って思う時は対外、嫌な発展へと展開していくのを記憶しているのでこういう時は一気に貝になるのです。今日も、慎ましく黙々と焼いて黙々と飲んで黙々と人より食べておりました。(あー、修羅場がなくてよかった!)2次会は香港で初めてのカラオケボックス!香港人、意外に歌上手い人多い!こぶし利かせている人もいたし!香港人は皆でサイコロ振りまくって遊んでました。(未だに、何の遊びなのかわかりません・・)私も一曲、選曲のないながらでも歌ってみましたよ。MISIAの「Everything」。心なしか、私が歌っている間は皆聞きほれていたような♪(気のせいですね、はい・・)普段、旦那以外の人とは関わりあうことがない私なので今日みたいに、少しでもこちらの人と接触があるとそれだけで有頂天になる私なのでありました。
2006年02月17日
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わぁ~い。今日はブログ仲間のchunharuさんと会いました!初デートです♪(・・と言っても女性ですが)チムの某書店で待ち合わせ♪気分は「恋するハニカミ」状態!彼女の登場を立ち読みの本越しから伺っていたはずなのに後ろから登場したハルさんにびっくらこいた!だって、だって、とってもスラ~~ッとして透明感のあるお肌に清楚なお嬢様タイプで女の私でもウットリしてしまうほど。奇遇にも彼女との共通点がいくつかありました。(ありましたよね?ハルさん?!え?ないって?笑)お嬢様を守る戦士ガンダムの様に私はハル嬢をエスコートしましたよ!しかし、エスコートしているはずのガンダムbebe。曖昧の記憶の中、知ったかぶりをしてしまいました。お連れした喫茶店を見失ってしまった!カッコ悪っ!←(道を1本間違えただけですが・・)戦士ガンダムbebeは馬車を用意することも忘れずるずると歩かせてしまいました。ああ、カッコ悪っ!そして、そして、ろれつが回らず、口がカミカミでガンダムbebeカッコ悪すぎっ!そして、ハル嬢が去らなくてはならない時に満面の笑顔で送り出そうとしたらあまりにもの特別な笑顔過ぎて顔が引きつっちゃった。なんて、カッコ悪悪なのでしょう。でも、でも、楽しくお話しできたし、色んな所に行けたし、ガンダム故にロボット歩きになっていなかったか心配でしたがハルさんの魅力を存分に味わえることができました!ありがとうね♪ハル嬢!また、遊びましょっ♪
2006年02月15日
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長々と一ヶ月の日本滞在も終わって昨夜香港に戻ってきた。一ヶ月も日本にいたのにこれと言った大きな行事もなくほぼ旦那・豊による軟禁状態が続いたので自分が何をしたのかすっかり忘れてしまったほどだ。そういえば、温泉には良く行ったし(と言っても銭湯だが)日帰り旅行に群馬の四万温泉にbebe母とツアー参加したことは旅行会社からの写真付き葉書が送られてきたので「行ってないよっ!」なんてことはないのだが香港に戻る1週間前以前の三週間のことはぽっかりさんとすっかりさんがコックリさんのように現れてすっぽり記憶が消えている。←(ただ、歳の所為といえますが)荷物を解いて持ち帰った物から記憶を辿ると以前日記に書いた携帯電話(*参照「携帯電話獲得の裏技?」)をゲットしたことやビデオテープ9本ものダビングを何日もかけてしたことやあと、夜食にラーメンを食べ歩いていたという事実が無様にも私のお腹の贅肉で記憶が蘇ってくるのである。嗚呼、また、本に埋もれる日々が始まった・・
2006年02月13日
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いつのことだったか義母の誕生日にビアガーデンに行くから「bebeさん、足になってくれないか?」ということで義母、義父、義兄、姪っ子を車に乗せてビアガーデンへと連れて行った。私はあくまでも皆のアッシー、バーバーパパのように自由自在に早変わりする皆を守るドライバーという使命の元絶対に飲むつもりはなかったのだが壁から恨めしそうに眺める私に気を使ってかはたまた、私のつぶらな瞳が物語っていたのか気を利かせた義母に「少しどう?」と甘い言葉をかけられついつい飲んでしまったことがあった。調子付いてきた私は注がれるままにビールを飲み干しまるでサラリーマンのオヤジのように頭にネクタイを巻きつけるごとく皆にくだを巻いていた。ほろ酔い加減でいい気持ち♪となら可愛いが皆そろって飲みすぎてほぼ泥酔といっていいくらい皆お酒に酔っていた。←(あ、姪っ子は飲んでませんが・・・)そして、義母の誕生日だというのにまるで私の誕生日か?と思うほど私が中心に皆にツッコミをいれ一人でボケをかましそして、義兄に説教をしまた、お笑いをとる。それはまるで自由自在に自分を操るロボコンのようなのだ。←(意味不明)宴もたけなわ、私達は馬鹿騒ぎをしながらホテルのロビーから出口へと向かい出口付近に停めて置いた車に乗り込んだ。そこが私のすごい所。ハンドルを握っている私の頭の中ではぐるんぐるんと回っているのだがちゃんと平衡感覚が保たれまっすぐ走る。すると、右手に遊園地の名前のようなラーメン屋を発見し「お酒の後はラーメンだ!」とやはりオヤジのような行動をとる私達なのであった。こんな私は初めてなのだが酔っ払うと人とキスしたくなるのか?私は姪っ子を捕まえてチュッチュッ♪チュッチュッ♪していた。姪っ子も姪っ子でまんざらでもなさそうだ。私は姪っ子とラーメンを半分にし義母、義父、義兄は各自自分のラーメンを食した。皆これほどまでにない飲みっぷりだったのでどんな味だったのか全く記憶がないのだが帰り際には義母がテーブルに突っ伏している記憶がかすかに残っている。そして、一番正気だった義父の話によるとなんと義母は完食したラーメンをどんぶりにそのまままた戻したというポンプ人間を遊園地のような名前のラーメン屋で繰り広げたのだった。そして、それから、どうやって帰ってきたのか全く記憶がないのであった。
2006年02月04日
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