1
![]()
朝ドラ『風、薫る』が始まって4週間。 かなりハイペースでお話はどんどん進んでいますが、 早速、原案である本著を購入して読んでみました。 が、本著で描かれているお話は、朝ドラとは全くと言って良いほど別物でした。 ***下野国黒羽藩主・大関増裕の縁戚で、鉱山開発実務を一手に引受けていた国家老の大関弾右衛門。その妻・哲との間に、二男三女の次女として安政5(1858)年に生まれたのが大関和(ちか)。会津征討を巡り藩主・増裕は自害、新藩主は戊辰戦争で新政府側に立って会津藩を攻撃した。増裕死後、弾右衛門は家老職を辞し家知事に、その後上京し商売をするが失敗、流行り病で逝く。和は、弟・衛、妹・釛と共に書道と算術の塾に通い、釛とは華道と茶道も学んだ。また、哲からは裁縫、機織り、料理を仕込まれ、黒羽の士族・柴田豊之進福綱に18歳で嫁ぐ。22歳年上の豊之進は、陸軍少尉として勤務後退官、大地主として成功していた。しかし、妾の千代とその子どもたちと別宅で暮らし続け、義母は和に米作りを命じた。長男・六郎を連れて東京で里帰り出産した和は、明治13(1880)年長女・心を産むと、柴田家に離縁の意思を伝え、幕府の中国語の通訳として重用されてきた鄭家の女中となる。鄭家の主・永寧の二男で大蔵省で勤務する永慶から植村正度が経営する英語塾を紹介され、通うようになると、さらに正度の兄・正久が牧師を務める下谷御徒町の教会にも足を運ぶように。和は洗礼を受けた後、永寧から鹿鳴館で開かれる『婦人慈善市』の手伝いを打診され、明治17(1884)年6月、会津藩出身の大山捨松に英語対応を申し出て外国人対応を引き受けた。数日後、永寧を通して捨松から鹿鳴館で通訳をしないかと誘われると、鄭家の女中を辞し、子どもたちの世話を哲に頼んで、昼は婦人慈善会会員に英語を教え、夜は通訳の仕事をした。3年後、宣教師マリア・トゥルーの娘・アニーが経営する桜井女学校に附属看護学校を作るので、1期生として入学しないかと正久に勧められ、マリアらと横浜で貧民救済活動に参加する。意を決した和は、明治20(1887)年に麹町区の櫻井女学校附属看護婦養成所に入学した。寮で同室となった長身で断髪、同い年の鈴木雅は、ナイチンゲールの著作を原書で読んでいた。 ***このあたりまでが、現在朝ドラで放映中の時期、即ち看護婦養成所入学に到るまでの経緯ですが、実在の大関和と、朝ドラの一ノ瀬りんとの間には、かなりの相違があることが分かります。そして、鹿鳴館や貧民救済活動に纏わるお話も、大家直美の挿話として描かれていましたが、実際は鈴木雅ではなく大関和に関するものであり、和の英語能力の高さがが伝わってきます。 ***看護学校1年目は教室での座学で、教師・峯尾纓と8人の学生が『Notes on Nursing』を翻訳。2年目は第一医院での実習に6人の学生が臨み、修了式後には和が第一医院の外科看病婦取締に、雅と桜川里以が内科看病婦取締となり、1年も経つと和の奮闘ぶりは医療界中に知れ渡っていた。が、その精神は医局には容れられず、第一医院を去り高田女学校寄宿舎に舎監として赴任する。高田では廃娼運動に時間を費やした後、新設された知命堂病院の看護婦長に就任。その頃、雅は留学を取りやめ横浜貧民窟で天然痘に対処した後、慈善看護婦会を設立していた。一方、和は赤痢の防疫に尽力、以後『婦人新報』に感染症予防や看病法について寄稿する。そして高田で5年半を過ごした後、東京看護婦会で雅の片腕として多忙な日々を過ごすことに。雅と共に東京看護婦会講習所で看護婦養成を行い、大日本看護婦人矯風会会長に就任すると、廃娼運動で知り合った社会運動家・木下尚江が逮捕されると、監獄署へ足繫く通い求婚される。が、雅に反対され、後に新宿中村屋創業者となる相馬愛蔵も猛烈に反対し、結婚話は白紙となる。そして、明治32(1899)年、41歳の夏に『看護婦派出心得』を出版した。明治33(1900)年に病院実習を行っていた長女・心が結核を患い20歳で早世すると、和は雅に辞表を提出して箱根で隠遁生活に入るが、翌年、雅が引退すると東京看護婦会の会長に、さらに婦人矯風会の衛生課長に抜擢され、その翌年には大日本看護婦協会幹部に選ばれる。やがて、東京看護婦会に代わり大関看護婦会の看板を掲げ、所属看護婦はクリスチャンに限ったその後、身内の度重なる死にさらされ、自らも病を抱えるなか、大正11(1922)年には、雅が息子・良一と共に京都・下鴨へと旅立って行った。その4年後、雅は沼津へとさらに居を移し、昭和15(1938)年82歳で永眠した。一方、和は関東大震災後に病気がちとなり、昭和6(1931)年73歳でこの世を去っていた。 ***大河ドラマ『べらぼう』と『蔦屋』も全く別のお話でしたが、こちらの場合は、両方とも概ねフィクションでしょう。それに対して、朝ドラ『風、薫る』はフィクションですが、本著については、巻末「おわりに」に 史料の乏しい部分や会話には創作を加えている。(p.347)とあることから、話の流れ自体は凡そ史実に基づいたものだと思われます。これらのことを踏まえた上で、朝ドラも楽しんで観ていきたいと思います。
2026.04.26
閲覧総数 34
2

「冷凍トイレ」これは、博士が、ルートの国語の宿題のために考えた回文。博士は、どんな長い文章でも易々と逆さまから言い換えることができる。ま、確かに博士が言うように、あまり世間の役には立たない能力かな。でも、ルートが言うように、皆を驚かしたり、わくわくさせたり、喜ばすことはできそう。それに比べると、もう一つの才能、誰よりも早く一番星を見つけられることの方は、ちょっとインパクトが薄いような……。ある日、主人公が書斎の本棚を整理していると、数学書の山の中にクッキーの缶を見つける。中には、一つ一つ丁寧に保管された、阪神タイガースの選手たちのカード。吉田義男、村山実、若林忠志、景浦将……中でも江夏豊は別格の扱い。そして、それとは別に、大学ノートに見つけた走り書き。『14:00図書館前、Nと』なかなか、怪しい感じが出てきましたね。6月2日、対広島戦に三人で出かける。主人公たちが住む町に阪神が遠征してくるのは年に2回ほどなので貴重な機会。江夏の登板を気にする博士。江夏が引退したことが、ばれないよう気遣う主人公とルート。当時の背番号28は中田良弘投手。入団した頃は、阪神投手陣の中では球速が速いほうで、セーブもかなりあげました。ルックスの良さから「トラボルタ」と呼ばれて女性からの人気もあり、1985年には12勝、優勝の原動力となる活躍ぶりでした。1992年時点では、肩を壊して登板機会がほとんど無かったと文中にあるように故障が多かったのが残念な選手でした。さて、スタンドでの博士といえば、一番かわいらしい女性の売り子さんからジュースを買うように主張したり、塁間の距離やマウンドの高さ、打率データ、捕手が盗塁の走者を刺殺するのに要する時間等々、さすがに数学者の発言の連続。そして試合は9回裏。8回まで広島打線をノーヒットに押さえ込んできた中込が、最終回のマウンドへ。「あと三人……」と誰かが漏らした言葉に、「ノーヒットノーランが達成される確率は、0.18%」と返す博士。初球はファールボール。その打球が、ルートの膝をかすめる。ルートを庇い、覆い被さる博士。その後、博士がファールボールの衝撃を数値で言い表しているうちに、打者は2球目を、あっけなくライト前に運んだのでした。
2006.08.30
閲覧総数 309
3
![]()
先日『復讐の協奏曲』を読んで、その主人公・御子柴礼司に衝撃を受け、 彼のことをより詳しく知るため、シリーズ開始巻である本著を手にすることに。 期待通り、そこには園部信一郎が佐原みどりを殺害した際に抱いていた感情や、 事件後の逮捕、鑑別、審判、医療少年院送致に至る経緯が記されていました。 少年院では、島津さゆりが弾くピアノにより眠っていた感情が覚醒したものの、 将来は弁護士になりたいと語っていた、最も親しかった隣室の嘘崎雷也が自死、 教官・稲見を半身不随にしてまでその脱走を幇助した夏本次郎も事故死してしまいます。 その時、稲見が突きつけた言葉が、御子柴のその後の生き方を決定付けたのでした。 後悔なんかするな。悔いたところで過去は修復できない。 謝罪もするな。いくら謝っても失われた命が戻る訳じゃない。 その代わり、犯した罪の埋め合わせをしろ。 いいか、理由はどうあれ、人一人殺めたらそいつはもう外道だ。 法律が赦しても世間が忘れても、それは変わらない。 その外道が人に戻るには償い続けるしかないんだ。 死んだ人間の分まで懸命に生きろ。 決して楽な道を選ぶな。 傷だらけになって汚泥の中を這いずり回り、悩んで、迷って、苦しめ。 自分の中にいる獣から目を背けずに絶えず闘え(中略) 自分以外の弱い者のために闘え。 奈落から手を伸ばしている者を救い上げろ。 それを繰り返して、やっとお前は罪を償ったことになるんだ(p.276)そして今回、御子柴が国選弁護人として担当したのは、東條美津子の上告審。彼女の夫で製材所を経営する彰一は、落下してきた積荷の木材が頭部に当たって入院後に死亡。ところが、事故の10日前に彰一が多額の保険に入っていたことから、美津子が人工呼吸器を意図的に遮断した疑いで逮捕され、一審・二審ともに敗訴していました。そこに、先天性脳性麻痺を抱える息子・幹也や、この事件を追うフリーライターの加賀谷竜次、さらには、加賀谷の変死を捜査する埼玉県警捜査一課の渡瀬と古手川和也も絡んできて、二転三転する状況に、読者は事件の全貌について全く見当がつかぬまま振り回され続けます。そして、最後の最後に安武里美による御子柴への一撃。コラムニスト・加山二三郎さんによる巻末の「解説」も素晴らしく、渡瀬や古手川らが『連続殺人鬼カエル男』にも登場していたことや、御子柴誕生の背景に「高校生首切り殺人事件」があることも、それで知りました。『心にナイフをしのばせて』はまだ読めていなかったので、そのうち読もうと思います。
2023.11.25
閲覧総数 228
4
![]()
倦怠感、頭痛、慢性的な胃腸不調等の症状の原因は、 体内にマイクロプラスチックが入り込んだためではないか。 検査や体内洗浄を求める人々が急増し、診療所の待合室には長蛇の列が。 このように社会的不安は高まっているものの、科学的確証はまだ揃っていない。 が、このような状況下、マイクロプラ除去サプリを売る長命サイエンス(株)、 体内プラ洗浄を謳う星賀ライフクリニック、プラ排出セラピーの篠沢トータルサロンは、 いずれも大胆な初期投資が功を奏し、各業界のトップに躍り出ていた。 3つの業態最大手に対する科学的追及、それが今回瑞希が文科省で委ねられた仕事だった。瑞希は、職場である文科省科学技術・学術政策局研究環境課研究公正推進室の先輩・瀬岐智紀、厚労省医政局研究開発政策課治療推進室係長補佐の佐久間英里子と共に協真製薬研究開発部長・樋崎昭輔によるサプリ業界への復讐行為を突き止めると、以後、樋崎の協力を得ながら、星賀ライフクリニックと篠沢トータルサロンの闇も炙り出す。 *** 善人に見えて抜け目のない人、友情に見える取引。努力に見える焦り。 やさしさに見える支配。誠実に見える演技。愛に見える依存。無関心に見える防御。 余裕に見える虚勢。素朴に見える計算。自信に見える怯え。(p.88)これは、瑞希が瀬岐に言った人に関する”欺瞞十の法則”。これを当てはめてみて、ぜんぶしっくりこなければ、対象者はとりあえず嘘をついていないと考えればいいとのこと。 自由に見える選択肢の強制。意見に見える引用。共感に見える同調。主張に見える炎上狙い。 本音に見えて構築されたプロセス。人気に見えてじつはステマ。綺麗に見えて画像加工。 革新に見える焼き直し。無関心に見える疲弊。誠実に見える演出。(p.91)これは、瑞希が瀬岐に言った”謀りごと十の法則”。二つ以上に該当すれば、関係者がなにか企んでいるとのこと。どうでしょう?
2026.04.29
閲覧総数 28
5
![]()
戦後、大学数は増え続ける一方、18歳人口は1990年代以降減少を続け、 1994年に30%だった大学進学率は、2002年に40%を超え、 2009年に50%、2025年には59%にまで上昇した。 そんな中、学校推薦型選抜や総合型選抜が広がり、 受験生の現役・安全志向が高まったことなどから、 有名私大合格者の現役比率は3割から7割へと変化、 予備校にも大きな変化が見られるようになった。以上が、第1章で記された「予備校の現状」の概略である。そして、続く第2章から第4章においては、明治から現代に至るまでの予備校の変遷が記されている。 ***1870~1880年代の私塾を起源とする予備校は、1900年代に入ると大学や中学が予備校経営に乗り出すようになる。そして、1945年の「決戦教育措置要綱」で予備校の授業は停止となった。戦後、授業を再開した予備校は、1950年代に入るとその校数を増やしていく。そして1960年代後半、団塊世代が大学受験を迎えると、その需要はさらに高まる。1960年に男子56,000人、女子7,000人だった予備校生の数は、1977年には男子190,000人、女子42,000人にまで増加、予備校は1980年代に最盛期を迎える。しかし、1979年に共通一次試験が導入され、全国規模の情報が要求されるようになると、以後、駿台・河合・代ゼミの三大予備校が全国展開を開始し、その勢力を拡大していく。これにより他の予備校は厳しい状況にい込まれ、2010年代にはその多くが姿を消した。ところが、その後浪人生が減少、2015年に代ゼミは全国20校舎を閉鎖し7校体制となる。三大予備校は二大予備校となり、急成長した東進ハイスクールや鉄緑会も安閑とはしていられない。 ***以後、第5章からは「予備校」というものについて、様々な角度から考察を進めていく。予備校を体験したことがある者にとっては、たいへん興味深い内容となっている。 予備校が、受験生のより効果的な教育のためという論理よりも、 たんにライバルをつぶすためという「資本の論理」で動く、 といわれても反論できない面があるだろう。(p.177)これは、全編を通じて強く感じること。生徒の争奪戦はもちろん、講師の争奪戦も当たり前の仁義なき戦い、マネー戦争。しかし、顧客である生徒が確実に減り続けるなか、どのようにして生き残っていくかについては、「学校」も全く同じ状況であり、行政主導でどんどん統廃合や改革が進められている。その動きは、まるで公教育を放棄し、全てを民間に委ねてしまいたいようすら見えてしまう。 「高校は文部省の学習指導要領通りにやらなくてはならない。 予備校は勝手なことがやれる。 実際、文部省の言う通りにやっていると損をするんです。 キーポイントがあるんです。 そのキーポイントを文部省は教えてはいけないと言っているんです。 予備校は勝手に教えてしまう」(p.233)『駿河台学園80年史』に掲載された、数学講師・中田義元氏の言葉である。本著では多数の予備校講師が紹介されているが、皆それぞれに個性的で尖っている。そんな講師たちが、そこに集う生徒たちにどれほどの影響を与えるかは推して図るべし。そんな授業を背景に予備校文化は形成され、それがメディアでも取り上げられてきたのである。
2026.04.27
閲覧総数 22
6
![]()
タイトルに興味を持ち、予備知識なしで読書開始。 ダイヤモンド社の発行なので、 『もしドラ』っぽいものなのかな、という感じで。 でも、読み始めると、随分雰囲気が違いました。 まずは、父と娘で交わされるやりとりとはいえ、 その言葉遣いに、ビジネス書では全く考えられない相当な違和感。 これも表紙同様、女子高生ということを前面に押し出すためなのかな? それにしてもこの書物、一体どんな人をターゲットに想定したのでしょう。 だって、「起業の本」とか、よくあるじゃん? それ、起業してない人が、書いてたりするでしょ? ただ理論とかロジックで語ってるだけで。(p.045)でも、彼女が語ってる内容は、結構イイ線いってるかもって、この部分なんかは思ったのですが、その先は、もうひとつパッとしない感じで、後はほぼほぼ、父親である椎木隆太さんの回顧録でした。この内容だったら、娘さんとの対談よりは、パートナーであるフロッグマンさんとのやり取りの方が、話が深まって、良いものが出来上がったのではないかな。まぁ、娘の名前を世に広めるのが出版の目的なんだったら仕方ないけど。 うん。いまだけ切り取れば、それなりに順調だけど、 本当に3年後とか5年後にどうなってるかはわからない。 だから本当にどこを切り取るかによって、 自分が幸せかどうかって変わるんだよ。 人生ってものはわからない……。(p.211)やっぱり、起業っていうのはまさにギャンブルだなと感じました。椎木さんだって、たまたま現状マズマズというだけで、沈みっぱなしだった可能性も、それ以上にあったわけですから。まぁ、宮仕えでも、いつどうなるか分からないのは一緒だけど。
2016.11.09
閲覧総数 19
7
![]()
「坂下」停留所で朝7:23発のバスに乗る5人の乗客の物語。 バス停で「おとしもの」を拾った乗客は、 翌朝目覚めると、手首から肘にかけて「神様当番」の文字が。 そして部屋には、自らを「神様」と名乗る小柄でやせたお爺さんがいたのです。 *** 1番、印刷会社に勤務する水原咲良は、その仕事や上司の態度に不満を抱いていましたが、ハンドメードのワークショップでの喜多川葵との出会いから、その姿勢を変えていくことに。2番、小学6年生の松坂千帆は、弟・スグルの服装や行動に不満を抱いていましたが、ピアノ教室やうさぎの飼育小屋での出来事を通じて、弟を見る目を変えていくことに。3番、高校2年生の新島直樹は、自身がリア充になれないことに不満を抱いていましたが、ツイッターで知り合ったアザミとの出会いから、自らの行動を変えていくことに。4番、大学非常勤講師のリチャード・ブランソンンは、授業を受ける学生に失望していましたが、バス停に集う高校生、小学生、OLが交わす会話に、自身に足りなかったものに気付きます。5番、社員総勢8名の福永電工社長・福永武志は、普段からの高慢な態度などが原因で、作業員5人が一斉に会社を去り、新たに起業するという事態に追い込まれてしまいます。しかし、事務職の喜多川葵と出かけたストリップ劇場での愛和ネネやディーさんとの出会いや、久し振りのエアコン取り付け作業を機にして、裸一貫やり直すことを決意したのでした。その他、花屋で働くひかりさんや、直樹の友人・中田と沙百合が、複数話で登場していました。ひょっとすると、まだ他にいたかも?***巻末特典の「青山美智子&田中達也 特別対談」は、青山さんのファンなら必見。『木曜日にはココアを』の装画決定の経緯は、感動ものです。私も、『木曜日にはココアを』と『猫のお告げは樹の下で』、そして『鎌倉うずまき案内所』の装画を、改めてじっくりと見直すことになりました。さて、『鎌倉うずまき案内所』の記事の中で、その登場キャラクターの名前(鮎川茂吉)が、『月の立つ林で』の「2章 レゴリス」にも、複数回登場することを書きましたが、『ただいま神様当番』についても、そのことを気にしながら読み進めた結果、『月の立つ林で』の「1章 誰かの朝」に、樋口淳が登場していることを確認しました。それにしても、オンライントークショーに参加されていた方の記憶力は、凄すぎますね。
2022.12.18
閲覧総数 395
8
![]()
『軽症うつ病』の笠原嘉先生の自伝。 副題は「二十世紀から二十一世紀の六十年を医師として生きて」。 先生の歩みは、日本の精神科の歩みそのもの。 先生の歩みを知ることで、日本の精神科の歩みを知ることが出来る。 昭和30年~40年代の、精神病院新設ラッシュによる病床数激増。 そして、脳に作用する本格的薬物療法開始と外来患者の増加。 昭和60年前後からは、街角診療所スタイルの精神科が登場し、 精神障害が軽症化すると共に、世間の偏見も大幅に減少した。このような大きな時代の動きの中で、先生が、どのように精神科というものと向きあってきたか、そして、どれほど大きな足跡を残されてきたか、それが、目次のページを見るだけで、よく分かる。 第1章 医学生の精神科医という職業選択 - 逡巡と決断 第2章 新人医師生活 - 病棟の重症患者に出会い、ショックを受ける。 それまで心酔していた精神分析では通じないと覚る 第3章 大阪ミナミ体験。鬼軍曹(?)的な講師から、 神経学の初歩とヤスパース「精神病理学総論」と両方を仕込まれる 第4章 母校へ帰り新任教授の下で精神病理学(精神医学的心理学)を専攻する。 分裂病発病の際の心因論的側面というテーマをもらい難渋する 第5章 薬物療法の時代始まる - それまで病棟でじっとしていた統合失調症の人が 動きだし、会話が可能になり、コンタクトがとれるようになる。 うつ病の外来患者が増える。うつ病の病前性格研究おこる 第6章 神経内科という診療科が独立し神経精神医学から神経学の比重が減る。 それとともに、本来の「精神医学とは何か」をより真剣に問うようになる 第7章 診療体制の変化が生じる - 1950年制定の精神衛生法の影響が徐々に出始める。 私立精神科病院が全国に多数設立され、病床数が3万から30万に激増する 第8章 新設の大学保健センターへの配置転換。 大学生のクランケをたくさん診る 第9章 全国区規模の大学紛争に出会う。全学のそれがおさまった後にも 医学部には長々と残った - 反精神医学に関心をもつ 第10章 欧州風の精神医学的人間学に魅かれ、自分でも試みに一、二論文を書いてみる。 二十世紀の精神病理学の一特徴と思う。 しかし自分には合わないと思い、手を引いた 第11章 留学の不首尾。代償として短期間の外国研究所滞在を何度かする。 彼我の臨床学に微妙な差のあることを痛感する 第12章 研究の軌跡 - いつとなく健康保険下で行われる「日本の診察室での臨床研究」を 自分の業と定める 第13章 入局二十年目にして名古屋大学教授に配置転換 - その1972年以来今日まで四十年を名古屋で過ごす。住みよい街で、 その上皆がよくしてくれる。第二の故郷になった。 第14章 自己流の外来精神医学の試みを「うつ病」をモデルにしておそるおそる始めた 第15章 産業立県の趣の強い愛知県にきてはじめて大企業の産業精神保健に関わる 第16章 「役に立ちたい」という生来のお節介が出て、啓発書をいくつも書き、 必ずしもこのましからぬ「出版精神医学」の台頭に加担する 第17章 米国からDSM-IIIという“黒船”来る。 この公衆衛生学的精神医学によって明治以来の欧州風の精神病理学は駆逐される。 国立大学を定年退官し、その後数年間私立医大を経験する 第18章 予期しなかった成行から、日本精神神経学会理事会に 六年間関係する(1988~1994年) 第19章 七十歳にして、縁あって街角の外来クリニック二就職。 以来十四年を診察一筋にすごす。私にはこの仕事が合っていた! 第20章 薬物療法がベースになった今こそ、それを補完する 「日本に合った」小精神療法を提案したい 終 章 二十世紀におこった精神病理学は後世に何を残せるか。 二十世紀後半におこった米国のDSM精神医学の「次には」 どういう精神医学がくるのだろうか一般向けの啓発書ではないので、価格もお安くはないのだが、一読の価値が大いにある一冊である。
2014.11.22
閲覧総数 27
9
![]()
「危機と克服」に続く「賢帝の世紀」シリーズの始まり。 紀元前2世紀、「黄金の世紀」と呼ばれた全盛期をローマにもたらした五賢帝。 そのトップバッターとして帝位に就いたのが、初の属州出身帝・トライアヌス。 今巻は、そんな彼の、皇帝としての充実した仕事ぶりが描かれる。 塩野さんは、これまで「悪名高き皇帝たち」と「危機と克服」のシリーズを、 歴史家タキトゥスの『年代記』『アグリコラ』『同時代史』を元に書き進めてきた。 彼の記述は、まるで見てきたかのような臨場感に溢れるものだった。 そんな記述と解釈に対し、塩野さんは別の解釈を展開してきたのだった。ところが、タキトゥスは、同時代に生きたトライアヌスについて、叙述を残していない。それは即ち、トライアヌスの治世については、信頼を置くに値する文献資料が絶無であることを意味する。そのことが、前巻までと今巻との間に、大きな趣の違いをもたらした。例えば、ダキア戦役については、「トライアヌス円柱」という戦勝記念碑に刻まれた、114を数える戦役の展開を描いた浮彫りから、その経緯を追うしかなかった。実は、今巻のスタートから、私の本著のページを捲るスピードは、少々鈍りかけていたのだが、ここに至って、遂に停止してしまったのだ……およそ3か月の時間を経て、読書再開。トライアヌスによる、防衛戦の再編や社会基盤の整備、福祉の充実等への取り組み、アラビア、ダキアの併合成功によって帝国最大の版図を獲得する過程は、とても面白く、それまでのペースが嘘のように、スイスイとページを捲ることができた。ページを捲るスピードが鈍ったのは、本著の記述に問題があったのではなく、どうやら、読み手である、私自身の身体的、精神的な部分に問題があったようである。 ***さて最後に、私が今巻の中で特に印象に残った部分のご紹介。 人間とは実に一筋縄ではいかない存在で、 好評だったからつづけ、 悪評だったことはやめればそれでことが済むというものではない。 好評だからとつづけているうちに気づいたら飽きられていたり、 悪評だったからとやめて反対の政治をしているうちに、 かつては悪評を浴びせかけるのに熱心だった側が、 いつの間にやらその政策の必要性に目覚めて復活を望むように変わっていた、 などという現象はしばしば起こるのである。(p.74)全く、人間とは、世間とは、そういうものである。 なぜトライアヌスがビティニア属州の財政再建に執着したかの理由だが、 財政が破綻状態にあって利益を得るのは少数でしかなく、 その他多数は被害者になるからである。 そうなると、社会は不安定化する。 その反対である善政とは所詮、 正直者がバカを見ないですむ社会にすることにつきるのだった。(p.243)2000年以上も昔の時代についての記述とは、とても思えない。科学技術は進歩しても、そこに生きる人間自身は、あまり変わっていないと、つくづく思う。 トライアヌスは、彼に心酔する有能な武将に不足しなかった。 だが、心酔者とはしばしば、当の人以上に過激化するものである。 そしてトライアヌスは、忠誠一筋のこの世代の次にくる世代を、 あまり信用していなかった。 これもまた、成功者には起こりがちな現象なのである。これも、前の文章に対する感想と同じ。2000年以上前の人間も、現代を生きる人間も、本当に同じで変わっていない。
2012.04.15
閲覧総数 24
10
![]()
衝撃的なタイトルである。 阪神ファンなら、誰もが薄々気付きながら、 避けて通りたい言葉「暗黒時代」。 そして、その再来の予感。 野村監督(今でもそう呼んでしまうのは何故だろう?)の著書は、 これまでに、イヤというほど読んできたし、 今回もまた、タイガースのことを、けんもほろろに叩いているに違いない。 だから、今回はパスしようか……と思ったものの、あの「暗黒時代」を指揮した歴代監督のトリを務め、その後の「黄金期」幕開けの土台を作った真の功労者であることを考えれば、やはり、読まねばならないと思い直し、購入した次第である。(発行日は2012年12月24日となっているが、もちろんもう購入出来る)そして結論、本著は野村監督のタイガースへの想いがヒシヒシと伝わってくるものであり、タイガースファンにとっては、これまでの野村監督のどの著作よりも胸に迫る優れた貴重な一冊であり、必読の書であった。しかも、最新事情満載である。しかし、本著を本当に読んで欲しいのは、まず和田監督である。そして、フロントやスタッフの皆さんたち、さらに選手たちにもぜひ読んで欲しい。鳥谷や新井といった主力はもちろんだが、それ以上に、秋山、岩本、歳内の若手三投手、上本、大和といった今季チャンスをつかみかけた選手、そして藤浪、北條の新戦力二人にも。 しかしそれでも、GMには確かな判断基準が必要である。 チーム編成における優先順位は何か。 投手なのか野手なのか、勝利なのか興業なのか、FA補強重視かドラフト育成重視か。 必要なのは簡単には揺るがない「阪神タイガースはどうあるべきか」という思想である。 巨人には「常勝」の信念があり、そのスローガンの下で現在ではドラフト重視へと舵を切り、 足りないピースをFAで補うという確たる方針を定めて 2012年に3年ぶりの日本一奪回に結びつけた。 しかし阪神には、長らくその思想がなかった。 あったのは「打倒巨人」などという、視野の狭いスローガンだけだ。 親会社も球団もファンも、「巨人にさえ勝てばいい」 とだけ考えていた時期があったことは否定できないはずである。 打倒巨人だとか、打倒東京だとかいった、視野の狭いスローガンが、 阪神を単なるアンチ巨人の代表でしかない存在に長く置いてきた原因ともいえる。 だから「阪神野球とは」「阪神の伝統とは」という問いに、誰も答えが出せない。(p.204)核心をズバッと突いた言葉の連続である。特に最後の一行には、言葉がない。「これだけの戦力を持ちながら、なぜ勝てないんだ……」と、今シーズンずっと思い続けてきたこと自体が、阪神ファンの甘さの象徴だったと気付いた。巨人以外にも、日ハムや西武、ソフトバンク等、見習うべき球団は多い。
2012.12.16
閲覧総数 17
11
![]()
内田先生が神戸女学院大学で行った最後の講義を再現。 「クリエイティブ・ライティング」という科目で14回に渡り展開されたお話は、 さすがに大学の講義だけあって、かなり専門的。 それを、いつもの語り口で惹き付け、理解に至らせてしまうのはスゴイ。 だからこそ、教室に入りきれないほど多くの学生が講義につめかけ、 皆が食い入るように先生の話に耳を傾け、ノートをとり続けたのだろう。 単位欲しさだけで集まった学生たちを聴衆とする講義とは一味違う、 大学本来の授業というものが、そこには強く感じられた。 ***まず、衝撃を受けたのは、電子書籍に関する次の一言。私自身も、電子書籍を購入し、何冊か読んでみたものの、未だに、何かシックリ来ないものがある。その原因を、内田先生は見事に説明してくれたのだった。 僕は紙の本はなくならないと思います。 というのは、iPad で読んでも、面白さが「何か」足りない気がするからです。 いろいろ考えました。 そのあと、友人の平川克美君と会ったときにも、彼からも同じことを訊かれました。 「iPad で本読んでる?あれ、読めないだろう?」 その理由として彼が挙げたのは、僕が考えていたこととほとんど同じことでした。 それは本の厚みがないということです。 だから、残りページがわからない。 残りページがわからないと、本ってすごく読みにくいんです。 第一の理由は、自分が本のどの部分を読んでいるかによって、 言葉の解釈が変わってくることです。(p.55)この後に展開する、ミステリーを例にした説明には、ものすごく納得。手に持った本の頁をめくりながら、手触りや重みなど、意識されないシグナルに反応しながら、無意識的に自分の読み方を微調整しているというのは、本当によく分かる。デジタルで「残り何頁です」と表示されても、これと同じ反応は示せないのだ。次は、フランス人が「知りません」という言葉を口にしないのは、それを口にすると、人に侮られ、いらぬ借りを作ってしまうと信じているためで、その背景に、フランス人の階層社会があることを述べている際に出てきたもの。これは、どこの国とかにかかわらず、教育の根幹に関わる言葉だと感じた。 でも、僕たちが社会的な上昇を果たしたいと思えば、 現実的には方法は「それ」しかないんです。 自分が何を知らないか、何ができないのかを正確に言語化し、 自分に欠けている知識や技術を有している人を探し出して、 その人から教えを受ける。 「知りません。教えてください。お願いします」。 学びという営みを構成しているのは、ぎりぎりまで削ぎ落として言えば、 この三つのセンテンスに集約されます。(p.128)次は、外国語を学ぶことについての言葉。これも、目から鱗。外国語を学ぶという行為について、何がその出発点となっているのか、どこを目指していけばよいのかを、再確認する必要があると感じた。 本来、外国語というのは、自己表現のために学ぶものではないんです。 自己を豊かにするために学ぶものなんです。 自分を外部に押しつけるためではなく、 外部を自分のうちに取り込むために学ぶものなんです。(p.244)そして、最後は、たまたま自分が授かった能力を、どのように使うか。自分が人として生まれて、自分が何を為すべきかについて考えさせられた言葉。 みんながそれぞれに個別の能力を持っている。 それは競い合うものではなく、お互いに融通し合って、 みんなでその成果を享受すべきものじゃないんですか。(p.273)こんな授業を、実際に体験できた人たちは、本当に幸運だと思う。とっても羨ましい。
2013.07.06
閲覧総数 15
12
![]()
『静おばあちゃんにおまかせ』の第4話「静おばあちゃんの醜聞」に出て来た 高円寺静が定年を前に退官することになった事件の全貌が描かれています。 お話には、静や葛城が登場すると共に、犬養の名前も出てきます。 そういう部分を除いても、本著は七里さんの代表作とも言える名作でしょう。 ***昭和59年11月2日、埼玉県浦和市のラブホテル群の中にある久留間不動産で夫婦が刺殺された。浦和署の鳴海と渡瀬は、不動産屋に残された帳簿から容疑者を楠木明大に絞り込み、自供させる。明大は一審で一転無罪を主張するも死刑判決、東京高裁の高円寺静判事は控訴を棄却、さらに最高裁も上告を棄却し刑が確定、昭和63年7月15日に明大は拘置所で自死した。平成元年12月24日、大原で留守中の病院経営者・鏑木宅に空き巣が入った。同日、上木崎の高嶋邸では、夫・恭司の渡仏中に妻・艶子と息子・芳樹母子が刺殺された。二つの事件の容疑者・迫水二郎には、渡瀬と堂島が当たり、不動産屋の事件も一緒に自供させる。渡瀬は東京高検の恩田と東京高裁の高円寺静の二人を訪ね、それぞれから話を聞くと、周囲からの圧力に屈することなく不動産屋の事件を再度追い、やがて冤罪が世間に暴露される。平成24年3月15日、府中刑務所から仮釈放されたばかりの迫水二郎が刺殺された。渡瀬は、警視庁の葛城公彦から容疑者が不動産屋の娘・松山那美と高嶋恭司だと知ると、府中刑務所、さいたま地検、明大の両親が住む楠木家、那美のバー、恭司のオフィス訪ね歩き、楠木家と那美、恭司に迫水の出所予定日を知らせる手紙が届いていたことを知る。さらに不動産屋跡地を訪ね、そこで第一発見者のラブホテルの元従業員に遭うと、当日見たクルマの助手席に元女優・生稲奈津美が乗っていたことを聞き出す。そして、奈津美から夫の裁判判決を減刑に導くというある男の申し出を受け入れたことを知る。その上で、迫水二郎殺害の真犯人と対峙、自らの犯行を認めさせると、3通の手紙の送信者と対峙、元ホテル従業員が見たクルマについて話し始めるのだった。 ***エピローグは秀逸です。これほど綺麗に終わるお話は、そうあるものではありません。高円寺静の墓前で手を合わせる渡瀬、そこに現れた円と葛城。円の「じゃあ、それまで刑事さんでいてくださいね」の言葉が胸に沁みます。
2026.04.11
閲覧総数 17
13
![]()
みをつくし料理帖の第4弾。 冒頭では、大奥への奉公に備える美緒に、澪が包丁使いを教えることに。 さらに、身分の高い武家が縁組前の聞き合わせをしているような動きもあって、 源斉に心を寄せる美緒は、とても心穏やかではいられませんでしたが…… ***花嫁御寮-ははきぎ飯小松原が店に落としていったのは、地膚子というほうき草(ははきぎ)の実を乾燥させた薬種。澪は、それを料理に使おうと丹念に洗っていると、江戸紫の頭巾を被った女性に声を掛けられる。日を置いて現れた女性は、自身とその実との関りについて語り、小松原は息子だと打ち明ける。後日、小松原が店に姿を現した際、澪は「お持ち帰りになって、お母上に」とその実を差し出す。友待つ雪-里の白雪清右衛門があさひ太夫を題材に戯作を書こうと吉原を探り、翁屋に売飛ばした女衒を突き止める。清右衛門と女衒・卯吉のやり取りを聞きつけた又次は、清右衛門を殴り倒し、卯吉の悪行を暴露。澪は、旨い蕪料理を考えれば褒美をくれるという清右衛門の言葉を思い出し、執筆を断念させる。清右衛門は、天満一兆庵を再建し、身請け銭・4千両を用意して吉原から出してやれと助言する。寒紅-ひょっとこ温寿司おりょうは、夫・伊佐三が新宿に詰め始めて以来お牧という茶屋娘に入れあげてると聞かされる。それから伊佐三は一度姿を見せたが、その後お牧が現れおりょうに伊佐三と別れてくれと言う。さらに、お牧は太一を誘拐、おりょうは離婚を決意するが、伊佐三はやっと真相を明かす。太一の声が元に戻るようにと、伊佐三は誰にも知られぬよう帝釈天に百日詣の願を掛けていた。今朝の春-寒鰆の昆布締め版元の聖観堂が、登龍楼とつる屋に料理対決を提案、その結果で年内に料理番付を出すことに。競い合う食材は「寒鰆」、大坂では春が旬の魚を様々な調理方法で堪能するが、冬は勝手が違う。小松原のことが色々と気になる澪は、出刃包丁で左手人差し指と中指を傷つけ縫うことに。それでも、澪は寒鰆の昆布締めに辿り着くが、大関位を得ることは出来なかった。 *** 「日本橋伊勢屋の娘ならまだしも、何の後ろ盾もない、それも女料理人では話にならぬ。 そなたの気持ちは知らぬが、私は母として、さような縁組を許すわけにはいかぬのです。 どうあっても、許すわけには」 「武家の格式とはそうしたもの。なれど……」 「精進を厭わぬ心ばえ、決めたことをやり通す芯の強さ、加えて心根の温かさ。 そうそう居る娘ではない。 あれのひとを見る目の確かさを、今度ほど誇りに思うたことはない」(p.62)澪はすっかり諦めモードですが、小松原の母親の言葉からは、僅かながらも一筋の光明が……でも、実際のところは、天満一兆庵の再建以上に、相当難しいところではありましょう。それでも、髙田さんなら、きっと良い収め方をしてくれるはず。それを信じて、この先の展開を楽しんで読み進めていきたいと思います。
2026.05.02
閲覧総数 14
14

謎の韓国人美女、ミン・ミヨン。 彼女はラテラル・シンキングと卓越した身体能力を駆使し、 無銭乗船、無銭乗車、無銭飲食に無銭宿泊を繰り返す。 今巻は、そんな彼女に、絢奈と那沖のコンビが挑む。 それにしても、今回登場する瑠華は、恋のライバルの典型。 プライドが高く、図々しく、意中の男性を、何が何でも手に入れようとする。 まさに、『花より団子』の大河原 滋そのもの。 クライマックスシーン直前まで、ミン・ミヨンより相当目立っている。そして、もう一人(一つ?)目立っているのが、キカイダー。7月25日に発売された『人造人間キカイダー The Novel』の前宣伝?それにしても、藍岐眞悟と壱条家との関係、その後どうなったんだろう?やはり、支援打ち切りかな……
2013.09.23
閲覧総数 2
![]()

