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トランボに関わる映画を、その没後40年たってから見ることができて感動だ。先人の苦難をとらえたジェイ・ローチ監督に感謝したい。
米ソ冷戦激化で国家権力が47年から本格化させた ハリウッドの”赤狩り” 。最初の公聴会に喚問され、証言を拒否して告訴された10人の映画人の先頭にいたのがトランボだ。
トランボを日本に招こうとした企画があった。トランボが39年に書いた反戦小説『ジョニーは戦場へ行った』を、70年に彼が自己資金で初監督した。71年カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞。日本ヘラルド映画が日本配給権を獲得し、トランボの来日を要請した。トランボからは「パピヨン」の脚本を執筆、撮影中は国外へは出られないので残念という返事がきた。
「ジョニーは戦場へ行った」では第1次大戦中、砲弾で両手足、アゴ、聴覚、視覚を奪われた兵士が、暗黒の中で看護師との交流から頭でモールス信号を打ち意思表示をしはじめる。回想はカラー、現実は白黒でトランボの演出と画面構成が見事な人間賛歌となり、ベトナム戦争への反戦アピールをこめていた。73年に日本で公開されてヒットした。
映画「トランボ~」は長年トランボや関係者に取材して書かれたブルース・クックの本が原作。トランボ(ブライアン・クランストン)を追いつめていく政治状況と、それに抵抗しつつ、復権していく家族の映画になった。トランボはジョニーのように砲弾で身体の自由を奪われたのではないが、 反共、赤狩りという政治的偏見の暴力で口も手も人間の尊厳も、地位も収入も仕事も奪われ”ジョニー状態”になったのだ。 監獄で裸にされ看守の命令どおりすべてを見せる屈辱。看守を見続けるトランボの目には、この逆境を逆転させていこうとする男の意志があった。
◆自由の貴さ描く「ローマの休日」
映画として怒りがある。下院非米活動委員会の”共産主義者がハリウッドを占領している”と称しての”赤狩り”審問。 憲法をもとに証言を拒否したものは追放と投獄 だ。”赤”を追及した委員長が脱税で逮捕されトランボと監獄で顔を合わせる。ジョン・ウェインの反共ぶり。女性の映画コラムニスト、ヘッダ・ホッパー(ヘレン・ミレン)のトランボ敵視。 デマと脅迫で仕事を奪う”正義”。 名画を売って裁判資金をトランボに提供した俳優まで仲間を裏切る。
映画として壮快である。古代ローマの奴隷の反乱を描く「スパルタカス」の脚本を、カーク・ダグラスが政治的圧力をはねのけてトランボに依頼してくる。偽名でのB級映画の脚本で生活を保ち、映画人仲間も助けていたトランボの才覚と実行力。
父と娘との対話が意味深い。対立もするが父に学んで黒人の公民権運動に参加していく娘。トランボは家族を奪われなかった。妻クレオ(ダイアン・レイン)の賢さと強さ。トランボに脚本を書くエネルギーをもたらし、偽名で仕事をしていたトランボの、本名を取り戻していく十数年の闘いを支えた。
トランボは「ローマの休日」で王女の”自由の貴さ”を描いた。「黒い牡牛(おうし)」では黒い牡牛をブラック・リストにのせられた自分たちに模した。闘いぬく牛に観衆が共感し助命を叫ぶラストに生きる希望をこめた。この2作には偽名で書いたトランボにアカデミー賞を与えざるをえない力があふれている。
映画界を追放されても闘い続け復権した男のこの映画はいまの日本で必要だ。 日本国憲法の精神を否定して人間を人間として認めない勢力の横暴、戦争法強行という時代 に、生きぬく励ましを与え、勇気が湧いてくる映画だからである。
(いしこ・じゆん:映画評論家)
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