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「桜が咲いたら」の続きです。なんとか歩けるようになって退院した夫が、3日後、脳梗塞を起こしてしまいまして、再び入院。バタバタと日にちばかりが過ぎ、桜満開から青葉盛りになってしまいました。梗塞の場所が一部だったのと、高度医療と手当が早かったとのことで、一か月超の入院で帰宅しましたが、自宅での介護、リハビリが続いております。介護福祉(包括)でお世話になっております、しかしわたくしの役目もどっと増えました。子供たち、介護福祉関係の方々との接点が多くなり、今までの二人暮らしからは人との交わりが極端に多くなり、ちょっと戸惑っているのもあります。(感謝の日々なのですが)なんかそういう時って、おちおち本を読んでいられませんねえ。というわけで...。今年は満開の桜に曇り日が多かった
2024年05月09日
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ブログ戻ろうかなと思います。偶然っておもしろい。休みます、といって一か月もしないうちにPCが故障して、物理的にブログと疎遠に。そしてもう一つの忙しさは、去年から夫の病院漂流に付き合ったこと。病名がわかり手術して、夫は明日退院です。病名「特発性正常圧水頭症」「歩行困難、認知機能低下、排せつ機能不全」の三点セット。介護認定がつくとわかっても、それまではなんとかするのが一緒に住んでいるものの役目と、つまり、老々介護でありますね。でも、それが手術によって改善される病気だった。というわけで、治療経過はこれからですが、ひと段落。そして何より、あいかわらず読書は楽しい、けれども、読んだ本について何か書かないとすっかり忘れてしまう、という寂しさがそくそくと迫ってまいったのでございます。今年は桜の開花の遅い~でも咲いたら一度アップしたけど、建て替え前の部屋から見た桜これ4階なのですよ、50年の古木それにしても昔のデジタルカメラは画素数が~
2024年03月25日
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大学生の孫娘と暮らして3カ月経ちました。初めはどうなることかでした。小さいころのように遊びに来て泊まるのとは違うのです。30年近く夫婦だけで暮らしていた所に寄宿するのですから、慣れないうちはお互いの気配がとてもとても気になりました。都会の狭い住まい、二人用にと間取りを選んだ2LDKマンションのLDKについた3畳ほどの畳部屋を使ってもらってます。時間帯の違う老人と若者が暮らしたら、どんなことになるか?リビングが不夜城になりました!夜更かし(夜中まで起きている)している孫娘、早寝(20時)のわたし、夫だって22時には寝ます。老人は早起きですから、(夫やわたしは3時頃には目が覚めて、本を読んだり、TVをみたりして部屋で待ってます)6時にはLDKに2人が出動、(わたしたち夫婦の生活サイクルを変えないという約束がしてあったので)生活音と、TVの大音量が朝早くから鳴れば、孫娘は耳栓とアイマスクでしのぎます。当然食事時間の違い、食事の内容・量も違います。ほっておいてと娘は言いますが、それが出来ないのが祖母サガです。わたしたち夫婦は結構肉類や揚げ物が好きなので、1人分余計に作っておいて、勝手に好きな時間に食べてもらうことにしました。ところがあんがい、小食な孫娘、わたしたちよりもあっさりしたものが好きというか、たくさん食べられないことがわかって、びっくりしました。で、前よりもあっさりした食事内容になりました。(わたしたちの健康にも良いか)先日、水道使用量の検針員から「水漏れとかありませんか」と注意されてあらまあ!!もちろん光熱費が増えるだろうとは思っていましたが、問題になるとは思ってなくて。風呂嫌いの夫ゆえ、(浴槽に浸かりたい)わたしもシャワーで済ませていた水道使用量が、若者の風呂好きに合わせて毎日浴槽に湯を張っていた結果、一気に上昇したのでありました。結局水は無限あるのではないので、夏は一日おきにシャワーのみということで落ち着きました。それぞれ3人が折り合って暮らす日常が、知恵と工夫で刺激的なことは請け合いです。こんなのが増えた。アロエベラのステーキ、さすがこれは不評でした!
2023年07月01日
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今月は家の設備の付け替え、置き換えに翻弄された~~まず、夫の部屋の照明器具の蛍光灯が切れた。いわゆる天井に張り付いている照明器具。カバーをがばっと外して蛍光管を替えるもの。夫はもうそういうことができなくなっているのでわたしがやっているが、こちらだっても脚立に乗っての苦しい作業。で、ペンダント式の照明器具にしてLED電球をつけようと。にわか電気工事屋になって、蛍光灯照明器具を外すわたしの大奮闘。まあ、(初めての経験だから)大変な思いをして外し、他の部屋(リビング)のペンダント灯を「引っ掛け埋め込みローゼット」にカチッとハメ終えたときは大汗。ところが、こんどはその外してしまったリビングの灯りを、「LEDシーリングライト」にしようとネットで購入したのはいいけれど、その器具ちょっと重かった。作業途中でにっちもさっち行かなくなって、ついに息子を緊急呼び出し(自宅ワーク中でよかった~)事なきを。初めからそうすればよかったという話。もう、夫婦でこういう作業はできなくなったのねえ、との感慨だ。そりゃ、しょうがないんだけどね。つぎに、電子レンジ(1999年製造だからよく持ったでしょう!)と電気ケトルがこわれた。やはりネットで購入。電気ケトルは燃えないゴミに出すのは易いが、電子レンジは相当重い。二人で何とか置き換えて、古いのが部屋の隅に鎮座している。粗大ごみに申し込んであるが、マンションの粗大ごみ置き場まで運ぶのに、また息子をよぶのかなあ(笑)これが苦戦して、リビングダイニングに付け替えた新しい照明器具
2023年02月27日
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いくらなんでもこれはまずい、10月のアップロードは一回だけ。どうしちゃったの?元気?と思う方もありやなしや、でございましょうか。さて、本を読むスピードが落ちましてね、しかも好きなフィクションではなく、珍しく歴史考察本で、先日やっと読み終わりました、本の題名は『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子)「ロシアのウクライナ侵攻」が起こって10か月、TVでは軍事専門家の方々が理路整然と解説なさいますが、現実の戦争ですよ、気が重くなります。それではと中高生向けの「1930年代の日本の戦争歴史」講義をまとめたこの本を、「日本の過去の戦争」ならと手に取ったわけです。(中高生向けとはいえ立派な中高年向けなのですが)感想はざっくりとブクログにアップしましたが、やはりそんな簡単に考えをまとめられませんね。ますますいろいろ思い惑っておりまして、わたくしなどが何出来ましょうとブログを書けないのです。それにこう年齢を経ると日常生活で、いっぱいいっぱいでもあります。掃除洗濯、三度の食事、名もない家事の数々、事務的処理を一手に引き受けている身としてはね。これは夫が散歩の折、買い物をしてきてくれたものです。夫は安くて新鮮で美味しそうなものを選ぶのがうまいのですが、なにせ量の加減が解らずすぐ冷蔵庫が満タンに。その処理もとい、料理るのにパズルのごとく工夫してというわけで、それも忙しい日々に加算でございます。まあ、まあ、楽しく腕の振るいがいがあり、食事は楽しいのですが…。先日、後期高齢者健康診査の結果がでまして、夫は太り過ぎ、わたしは見た目普通なのに中性脂肪が多めになっておりました。これはちょっとやばい!のんきな夫を戒めつつ、世話をしつつ、世界にも目を向け考え、ゆっくり行くしかありません。
2022年10月29日
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小さな趣味の会の幹事をしている。先生90歳を囲んで、生徒の平均年齢は約78歳。幹事のわたしが80歳というなんというか、おそろしいような会なのだ。月2回のペースで集まっていた。コロナ感染症蔓延状況のため、今年に入って開いた会合は1月と4月のみ。まあ、仕方がないことだ。ワクチンが高齢者に行き渡ったことで、9月は集まってみた。もちろん変異株が次々と現れて不安定ではあるけれども黙ってやる作業だから、マスクをして、換気をして、人数も10人を超えないし、と。確かに、集まれば楽しいし、励みになる。でも平均78を考えると皆自身で不安を覚えるのも本当だ。「やはり、集まるのは控えようか」この9月は1回だけにしようとの意見がまとまる。それも仕方がない。だけれども、だけれども集まった皆さまたちのお顔を見て(自分の顔は見えないから言うが)なんというか、おそろしく疲れ気味の「孤独の痛み」に押しつぶされていってるのが、わかってしまうのだった。会えない、集えない、会食できない、旅行できないが「明日何か予定がある」ということを無くす。懸命なる趣味人たちだから、それなりに努力工夫はしているのだろうとは思う。それでもなお足りないものが出てきてしまうのだと深く心にとめた。
2021年09月09日
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この写真、どこだと思います?東京駅、歌舞伎座や三菱ビルディングのようにの由緒ある建物を保存しながら、後ろに近代的な病院のビルディングが聳えている形態ですね。実は、昨日ワクチン接種をしてきた御茶ノ水のJ大学病院7号館、接種会場なのです。前に流れている神田川の並木とあいまって、喧騒の東京とは思えない別世界の雰囲気でした。この神殿のような(おおげさ)玄関が、古色蒼然としていた昔も45年前わたしが「網膜剝離」で失明するかもしれないと、眼科で有名なこの病院に入院して、寝たきり状態で苦しんでおびえながら手術を受け、治療に耐えたところの病院だったのです。今と違ってレーザー光線治療がないそのころの治療法は、過酷でしたから苦しかった。それに幼い息子と娘と離れて入院しなければならない切ない思い出の病院なので。さて、おかげさまでそんなことも忘れるほど眼病は完治しまして病院にももう何十年とご無沙汰していてその隣の国立病院には治療手術(こないだね)なぞお世話になっているのにその先に足を延ばしていなかったので、しばらくぶりに遭遇したその変わりように驚きました。優雅で立派になった面影のある外観の病院玄関、それと当時の苦しさが一気に渦巻いてきましてね。感傷的追憶体験でございましたけどそれはこうして読書ブログをやっていられるほど視力が回復した感謝の気持ちでもありました。ワクチン接種注射そのものはみなさまのご感想通り、普通の予防接種と同じ翌日の本日は幹部の痛みが少々、それも時間とともに薄れていっておりますよ。神田川沿いの並木と向こうに見えるのは国立病院。ほんとにこの辺りは別世界の様子でございます。けれども、少し離れたJR御茶ノ水駅のそばのお茶の水橋付近はやっぱり排気ガス蔓延の騒々しさがあふれているのでありました。
2021年06月22日
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さすが今回の大量放出にてワクチン接種予約完了。ま、打ってもらうのは一か月先ですけどね。なぜって、朝9:00ぴったりにアクセス開始、案の定集中待ち、ウオーキング時間となり外へ1時間半、帰ってきて昼食用意の片手間アクセスではスムースにいかず、昼食時間のだらだら(お昼の食事が我が家唯一の晩餐で、アルコールもはいって)過ごして、家事のあれやこれやで、やっと夕方アクセスに成功、取れた予約時期がすっかりお遅くなってしまったというわけです。その後の「いきなり情報」で防衛省は大手町での「大規模接種の予約」がありましたけど、考えてみれば「様子を見てから接種したい」と思っていたのですから、ゆっくりとでよかったわけで、取り直すということはしませんでした。面白いというかなんというか、娘と息子が「とれたか?」と心配してくれたこと。TVでやってましたね、代わりに子や孫がとってくれたというニュース。「あんたらワイのちから知らんのんか、へへ」もちろん何回か電話してイライラしている夫の分もとってあげましたし。ところでだんな「あれ?お昼何食べたっけ?」と忘れがちなので、時々「シャカッ」とスマホで写しておき、お見せしておりますのよ。今のところ、食べたことは忘れないのですが、、、💦手づくりですけど餃子にシュウマイに焼き魚、って平凡なんかなあ。「だから忘れてしまうのか」毎度お気楽で小癪なひとをぼやく日々。
2021年05月22日
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「これから入院手術してきます」と気が小さいわたしは言えませんでしたから、唐突でございますが手術退院後やっと、ブログの時間がとれるところまできました。このコロナウイルス感染禍、通常医療の逼迫中の病院で生き残ってきましたよ(おおげさ)コロナで遅れたということもありますけど自身の躊躇もあり、10年以上も待った手術でしたからホッとしているところです。これから残りの人生楽しまなくては!と言ってもやり方は色々変えなくてはいけませんね。旅行、外食、会合など、この1~2年は思うように出来ません。やはり読書ですか(笑)病院に持って行った本は藤沢周平の『獄医立花登手控え』でもこういう時ってサクサクとは読めないものですね。外の光がまぶしかった病院の窓から
2021年02月07日
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昨夜の夕食はクリスマスイブらしくしましたよ。ちかごろ夕食はほんとに軽いもの(かけそばか、うどん)にしおりますのでちょっと豪華な晩餐。「トリュフとマッシュルーム入りピザ」イタリアン「中華くらげ酢の物」中華「生ハムサラダ」フランス料理風と白ワイン1本を開けてデザート「いちご」まあ、大したことはないシンプルな献立です。ほろ酔い気分で暢気のようですが、心は穏やかじゃございません。コロナウイルス感染状況が心にかかります。おととしの一月にインフルエンザにかかりました。ワクチンを打っているし、ありがたいことにお薬も進化しておりだから症状も軽くて、あまり深刻には考えていませんでした。5~6日自粛をしていた後、行ったある集まりで「休んだのはインフルエンザだった」というと、何人かに身を引くような動作をされてしまったのが、かなりショックでしたなんだかとても悲しい嫌な気持ちになったものでしたよ。そんなことで、手洗いうがいなどの極力注意をしていたのに、「なぜかかってしまったか!」と考え込んでしまいました。湯河原と東京を行き来していましたから、確かに東京駅のあの人混みにまみれちょうど昼食時だったので、「グランスタ」という駅地下の「寿司屋」で食事をしたことがその機会だったのだ、と思い至っています。その時は一人で食べたのですが、やはり密閉空間での飲食はウイルス感染の機会なのだと、今ならわかります。まして今、流行りなのは未知の強いウイルスなのです。ワイドショーなどで政治家たちが5人以上集まって会食した、と騒いでいますが、人のことはどうでもいいわけではありませんが高齢者、基礎疾患の方はもちろん、若くても会食だけはやめないとダメでしょうとつくづく思うのですがね。
2020年12月25日
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「帯状疱疹」!にとうとうかかってしまいした。チラホラと身近な人がかかった話は聞きましたが「わたしは大丈夫」という(根拠のない)自信があったので・・・、ピリピリ、ズキズキ、チクチクの痛み「何だろう」と思っているうちに大変なことに・・・そう、発疹が帯状に・・・まあ、痛いのなんの。かかりつけ医が一目、即診断でございました。医者は「日本では80歳までに、3人に1人帯状疱疹になる、と言われている。ワクチンもあったのに」と・・・知らなんだわ、そしてなお「待合室にパンフレットあるでしょ」とのたまうが、いまさらそう言われても・・・間に合わんよ、身近な人がかかったときに情報をよく聞いておけばよかったのに・・・。「50を過ぎたら気をつけたい帯状疱疹のはなし」というパンフレットを読むと、子どもの頃水ぼうそうにかかった時に、ウイルスが身体に入り潜んでいて、免疫力によって抑えられているが、加齢やストレスなどで免疫力が低下すると、ウイルスが暴れだす、ということ。その予防にワクチンもある由。たしかにこの頃、加齢(50歳から見たら30年は経っておりますしね!)はもちろん、コロナだけではありませんがストレスはたくさん、そして疲労(経年でね)はありましたしねえ。というわけで病んでおります。このストレスっていうのは厄介ですね。自分で自分を縛り上げる几帳面という性格が、災いしてるとわかっているのでございますよ。それに健康に自信満々の思い上がり。だからどうなの、とまあ、治るのを待つしかございませんね。
2020年11月05日
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今どき顰蹙を買いそうな話なんですが、うちには引き出しいっぱいのマスクがありました最近購入したものではありませんよ前に新型インフルエンザがはやったときに、お店にない経験がありましたよね(2009年ころですか)その後、わたくしは鼻腔炎で手術をし、どうしてもマスクが必要になり、その時大量に用意しましたもう治ったのですが、そういう必要性を考えて、あるいは急に花粉症になるかもしれず、わたし用(自慢じゃないが小顔サイズ 笑)50枚箱と夫用50枚箱、その他機能別のいろいろを買ってあったのですそしてこの節案の定、最初に息子がSOS、娘も家族が多いので足らなくなりSOS、ありったけを送りましたので、今は引き出しスカスカ(笑)自分が面白いと思ったのは、送り状に中身を「マスク」とは書かず、息子には一緒に入れた「即席めん」娘には「海苔」と書いたこと、戦後育ちはこういうところ気を遣うのですよ(笑)マスクが予防に万能ではないことはわかりますが、満員電車に乗る人々には感染を広めないということでは必要です、速くシャープのが出回るといいですね
2020年03月01日
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なにに「うろたえたのか」弱者になったのだなぁという忸怩たる思いですもちろん、その明るい頼もしい相談員の方が気にかけてくださるのはうれしく思いましたよ思いながらもなんというか、ちゃんとやっていけてるのにという例の年寄りの頑固さからくるものなのでしょうですからそういう方たちも多く「インフルエンザ予防の注意点」というきっかけから様子を見なければならない職員のご苦労も察しますわたしの方も正直ではありません実際に老老介護のような日常をやっているわけですから夫は認知症ではありません、病気でもありません生来ののんきさからくるお気楽なだけです日常生活がやれないのではなく、やらないのですわがままですそんなひとは放っておくというのが、わたしの子育てのときには方針でしたやってみました!しかし、負けましたよ~仏頂面の夫との生活が殺伐とした日常になってしまったのでしたわたしは耐えられず、また元に戻ってしまいました夫の兄姉もそんな性格ですその姻戚関係でも、わたしは長女の性格なので傍観できず、姑のことでは、経済問題や健康問題などやらに口出しをして何とかなりましたもうやりすぎました、という思いもありますきちんとやらなけらば気が済まないわたしの頑固さも老化の一途なのでしょうすべてやれることがむしろ自慢だった強気のわたくしでも、気力体力の限界が見えてきて・・・なんとかしたいですでもこんなこと、その解決は夫婦の問題ですよね
2020年01月21日
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午後のことインターホンがなって出ると女性がモニター画面に「区役所からインフルエンザ予防についてお話に来ました」わたし「はい?予防注射はいたしましたが・・・」「いえ、今はやっているのでご注意点をお教えに・・・」わたし「???」たまたま午前中、血圧の薬をもらいにかかりつけの医院に行き先生と「去年はちょうどこの時期インフルエンザにかかりましたわ」「今年はもう終息していますよ」という会話をしたばかりですからこれって、もしかして新手の「オレオレ詐欺」なのかも??「○○××子さんですよね?ご主人は○○△△さんですね」「はいそうですが、保健所さんですか?」「区役所からです」う~ん、迷いましたが夫も在宅だしと、開錠しましたお話を伺えばなんということでしょう、二人暮らしの高齢者の見守りだったのです地域包括支援センターの方でした自分たちの年齢を忘れていたのじゃないが、それはひとごとで自分のところに来てくださるとは思っておりませんで(笑)うかつなことで、ありがたいじゃないですかインフルエンザの注意点など状況をいろいろお話をしてパンフレットとマスクをふたり分渡してくれまして「困ったことがありましたら、ぜひ相談窓口にお電話をしてくださいね」こちらも「今はふたりとも健康ですが、いづれお世話になると思いますのでよろしくお願いします」正直な話、役所もちゃんとやっているんだと思ってしまうのもありましたよでも、当事者という場面にはちょっとうろたえましたね(笑)
2020年01月20日
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昨年秋のこと携帯電話を「ガラケイ」から「らくらくスマホ」に変えて4年目になってましたわたしのように半端に(?)デジタルなれしていると「らくらくスマホ」の楽さは、かえって楽ではありませんでした何が使いづらいといって、タップ(タッチ)するのにぎゅっと押さないとダメでまた、文字入力は「あ行」の一覧から選ぶ二度手間、グーグルマップも使えなく地図は家でPCから印刷して持ち歩きなどしてほんとバカらしかったですそれでちょうど消費税の上がる寸前に、機種を普通のスマートフォンに変えました最新機種ではないけどアンドロイドですよタップやスワイプが格段にやりやすくなり、文字入力や移動が楽になりましたところが粋がって「生体認証」を指紋にしたところ、これが大変!冬になり指先がカサカサ、認証がなかなか出来なく困難究めましたいちいちパスワード、めんどくさすぐこう考えますよ、年は取りたくない~~出ました!!しょうもない愚直娘に言ったら「ハンドクリームを塗ってください」即解決、なあんだ娘も困ってたんだ何事も年のせいにはしてはいけないの
2020年01月08日
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去年の晩秋夫が銀座での会食に出かけて帰ってきたと思ったら、そこらじゅう探し回るのです「どうしたの?」と問えば携帯電話がないという「てっきり家に忘れたと思ってた」のだそう家にあるはずありませんよ、こんな狭い家に忘れたのなら、わたしが気づいて電話してますよ(おっと、その携帯がないんだっけ)つまりどこか途中で無くしたのですねうろうろしてるばかりの夫、携帯電話など大事なものを失くしたら一番にすることがあるのじゃありません?「なんで、わたしに家にあるか確かめなかったの?」「携帯がないから電話できなかった」「公衆電話があるじゃない!」「きみの電話番号を忘れた・・・」「手帳に書いてあるじゃない!!」「家に忘れたと思い込んでたから・・・」と、言い訳ばかり「いい大人が次にどうすればいいか、わからないなんて!!!」腹立ってうんざり、でもこの頃いろいろ落とし物の多い(笑)ひとですが、さすがはこれは、ほっとけないわたくしも経験がないから少々焦りましたがねさっそくネットで調べてもう半日もたってしまって手遅れかもしれませんが(1)ドコモに利用中断の手続きを依頼本人がしなければならない規則で、やらせまして(2)地下鉄の駅に電話させましたらあっさり、それらしきものが届いているというのですよあったなんて、びっくり!ちょっと感激!翌日もらい受けに行きましたお礼をしなければといったら、駅員さんはそれはいいとすぐにわたしの携帯電話でロック解除をして使えるようになりました娘にその顛末を愚痴ったら「ガラケイだから届けられたのよ、スマホなら売られているよ!」とさそれにしてもデジタルデバイドな、臨機応変に対応できない夫だなぁ本人もガラケイ以外は要らないといってるけどねわたくしも勉強になったしねところが「人生すごろく」は続くよ今度はわたしが自分の手帳を落としてしまいました~~12月に入ってクリスマス聖夜、お通夜がありまして式場のお寺さんを手帳を見ながら探しているうちに落としてしまったらしい気が付いたのは家に帰ってから、もう夜も更けて・・・しかも、何を記入してあったか、名前を記入してあったか、覚えがない!!とにかく、パスワードが覚書してあったと思われるものをPCで変更しました翌日お寺に電話しても無いといわれ、歩いたところを探したり交番にも届けましたが出てきませんでした予定の書き込みだけですし、一年の終わりでしたからどうせ使わなくなるのですけど気持ち悪いですよね物を落としたり無くしたりが過去無かったわたしは、落ち込みましたよ・・・しかし、しかしですよ、老化現象とはこれなり!ですよね手帳でよかったのかもカードやスマホだったらと思うとぞっとしますちなみに夫は「どうせ、大したものじゃないから、ごみ箱に捨てられてるよ」ですってさ携帯電話落としたときに、あんなに心配してあげたのにぃ!
2020年01月04日
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しばらく日常のことを言ってませんでしたね。八月、九月は読書がはかどらず何をやっていたんだろうと。まず、やっとY地別宅の決済が終わり、まるごと一軒の家じまいが済みました。何が大変だったかというと、二軒の家を30年を維持・管理していて、たまりにたまった家財道具の多さが半端じゃないのを、一軒分にまとめ、しかもなるべく簡素に暮らしたい、減したいと欲張ったからでした。去年からずっとやっていたのですけどね、一年かかりました。次に「老々介護」のような日常の変化。夫は前立腺肥大もあって「小」の方が怪しくなっているのは前々からでした。ま、それはトイレ掃除をまめにすればいいことですから。でも便秘気味で処方をしてもらっている「大」の方の変化にはめげました。尾籠な話ですがトイレ中にまき散らされた時には、ほんとに逃げたくなりましたよ。幸い、現状はお薬の調節でなんとかなってます。最近トイレの汚れが少なくなったなと思っていたら、「小」も座っている由。思わずほめちゃいました!!(笑)わたしだっていつそうなるかわかりません。ただ、我が家は生活術不器用な夫と、ことさら完璧主義と神経質な妻わたしのコンビ。そんなわたしが行く末、認知症になるかもしれませんね、どうなることやら。さて、お互い物忘れが多くなりました。出かけるとき必ず身分証明書を忘れる夫。わたしは鍵や携帯電話など何か「いっこ」忘れるし。出かけるときお互い注意し合うようになりました。「なにが出来て、なにが出来ないか」に心をこめて生活していきたいと思います。
2019年09月28日
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「コミケに行くから泊まらせて」「8日から12日まで」「いい?」とラインが夏休みに入ってすぐ、高校生の孫娘からきました「オープンカレッジも行きたいし」というのでなんだかわからずもOKで、「コミケ」???「コミックマーケット」??「マンガやアニメの同人雑誌の即売」?商業ベースに乗ってない、プロではないつまりオタク的に好きな仲間が集まって作品を販売したり、グッズ販売をしたりの同人雑誌即売会コスプレイヤーの人たちの撮影会などもある販売するにはいろいろ規約や資格があるのだとしかも歴史は古いとか(1975年から)96回目で世界最大だそうで、すごい人出で!最近はTVニュースでもやってたんでしょうしネットにも情報はありましたでも、身近な孫が行かなきゃ、関心もないですからねその前に大学生の孫娘も泊まりに来て、ひたちなか海浜公園の「ロックフェスティバル」に全日程行ったわけではなく、お目当てのアーティストの出演の日にです物凄い人数の集まりで、って後で(TVで)知りましてそのエネルギーにびっくりしていたのですもちろんアルバイトや、ボランティア活動にも忙しいらしいというわけでカルチャショック気味に、うちの孫たちの夏休みを垣間見ました昨日、孫娘は沢山の戦利品(?)を宅配便で送り、満足して帰りました若いっていいねえ、こんな暑い夏でも疲れもせずに!そう言えばおばあちゃんも昔池袋「文芸坐」の「早朝割引3本立て」にせっせと行きましたっけが(笑)
2019年08月13日
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家の風通しついでに河津桜を観に行ってきました。あいにく曇り日で写真映えはしませんが・・・だあれもいない、独り占めの贅沢です。
2019年02月28日
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去年もかかったのに、またまたインフルエンザにやられました。もちろん予防注射済みなんですが、そして拾ってきたのがわたくしなら、どうやら夫にまでいってしまったのかという状況で。「部屋別々、食事別々、同じ空気を吸ってはいけない」などとお医者様におっしゃられても、こんな狭いコンクリートの住居では無理でござんす、せめて外に出て広げないようにするばかりです。頭は重く、身体のふしぶしは痛いやら、せき込みはひどく喉は腫れ上がり、食欲減退。誰にも看病もしてもらわず、むしろ夫の看病に時間とられておりますけど(笑)「孫のセンター試験が天候よろしく無事済んだ由」のラインでホッとしたのが慰めですね。だらだらしているので読書は進みますが、感想メモまでは根気ありません。というわけで・・・しばらく・・・。東京の空はきれいになりましたね
2019年01月21日
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今夕の食事時(うちは16時にとる)夫が「おいしいのはうれしいが、盛り付けをもう少し少なくしてくれないか」「はい??」今日はお酒を飲む日、献立はカキフライにキャベツのコールスローとトマトイワシの南蛮漬け野菜たっぷり(玉ねぎ、ピーマン、ニンジン)たしかにカキフライを10個作って大ぶりの6個を夫に、小さい4個はわたしにした。だって、油で揚げてるだけで胸焼けする身になってくれ~い!「東京に来て2キロ増えた、夕食がおいしすぎて、多すぎるからだ」もう!もう!・・・(怒)5、6年前にこのブログでぼやいた。3度の食事作りは嫌になっちゃう、だから朝食だけでも夫が作ってくれた時はうれしかったが、生来のぶきっちょ、下手くそでまずくてわたしが音を上げ、自分がおいしく食べるために自分で作って、ついでに夫の分も作っているのだと、考え方をかえたら、今度は食事作りが楽しくなって、自分で言うのもなんだが、熟練の域に達したと、自慢していたし、夫も認めてくれていたのに~~。よおし!ダイエット食事に切り替えてやるわ!わたしの「ダイエット食事」の腕前が上達して、夫の体重の変化がどうなるか?はてさて夫の分をわたしが食べてわたしの体重が増えるのか(笑)ちなみに夫 身長172.2センチ(昔175だったのにね) 体重72キロ ただし腹囲95センチわたし 身長154.6(昔158) 体重45 ウエスト昔よりズンドウ(笑)
2018年12月13日
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近所の公園で今年最後の黄葉を愛でました。この辺はもと御大名たちの屋敷跡が公園になっているのがあちこちにあります。そのひとつです、といってもほとんど手入れをしていなくて自然観察の森ですねえ。帰り道、チョコレート屋さんでトッピングが素敵でおいしいアイスクリームを食べようと、目論んでいたのですが、10月で終わってしまったとか、そりゃそうだよ、木枯らしが来るのにブルブルじゃん。
2018年12月02日
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「時がたって」の第二弾最近、中学の同級生と会ったんです。やはり十数年ぶり。約束の時間が来ているのに彼女を見つけられないのです。5~6分間ウロウロ探しました。「どうも似ているようなのに違うかな」という人が気になる「でも、○○ちゃん、あんなにおばあさんじゃない!」とわたし。ところがその人もチラチラわたしを見ていて、ついに「××さん(わたしの苗字)ですか?」「わっ!○○ちゃん」「えっ!△△ちゃん」そうです、ちゃんづけで呼びあう仲好しなのにわからなかったのですよ。わたしたちの十数年は怖ろしいことになりますよね~~。その後ランチしながらしばらく会話していて、彼女が「やっぱり△△ちゃんだ、△△ちゃんらしいとこ出てきた!」ですって。あーあ、もうかなわん。また近々、十数年ぶりに別の友人たちに会う予定があるのです~。目印に赤い花でも持ちましょうか。
2018年12月01日
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どこにでもある話。これからはよく起こる話。先先日はわたしの妹夫婦がうちに来た。東京に引っ越しての住居お披露目というところ。妹75歳、その夫(義弟)は79歳。わたしたち81歳と77歳。手作りお昼で楽しく過ごした。まあ、なんとか、4人とも健康状態。まだぼけてはいないらしい。「こんな風にいつまでできるか?」という話題に・・・。何事もなく散会した。つい先日、こんどは夫の姉兄が集まった。といっても夫の姉(88歳)は車いすに頼っている、施設の近くのレストランで食事をすることに。義姉は夫をアルコール依存症で亡くしている。義姉自身も落ち込みがちで、あれよあれよという間に車いすの生活になってしまったのである。わたしたちが義姉を施設へ迎えに行って車いすを押してレストランへ。そこで夫の兄と待ち合わせしているのである。夫の兄夫婦は85歳と82歳。82歳の義姉は腰が痛いとかで欠席、義兄は7月に大腸がんの手術をしたばかり。妻の付き添いなしにはちょっと無理じゃないか、とわたしは思ったのだけど、車いすの義姉も会いたがるし、義兄も「姉弟に会えるのがうれしいなあ~」と喜んでいたので、そういうことになった。88、85、81、77がそろった、海が見えるレレストランでの会食。はじめは楽しかった。しかし途中、義兄がおかしくなった。真っ青になり意識が混濁してきた。実はワインをほんのすこしだけ飲んでしまってる。しばらくして本人は「気持ちいいのだ」と言ってるけど、相変わらず真っ青、朦朧、立てなくなった。困惑。結局、義姉を施設に送り、タクシーで義兄を家まで送ることに。といっても、レストラン・千葉県から義兄家・埼玉県。20,980円の料金なり。だれが払ったか?答えはわたしたち夫婦。この義兄には昔から迷惑をかけられている。言いたくないけど、事業の失敗、離婚の危機、長男の役目を放棄・・・その度に次男の夫がおさめて・・・というか結局、わたしも加わって・・・。もうヤダ!という結末。夫を含めてこの姉兄弟の能天気さにはあきれるけど、しかしねえ、よろよろしている義姉、義兄に会ってみるとね、もうこれが最後かなと。次は○○式か・・・(コレコレ
2018年11月14日
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ばかばかしい、どーでもいい話ですよ。(というなら書くな、ですが)今朝は雨。夫婦で毎朝日課のウオーキングが出来ません。昨日の朝もやらなかったので、毎日続けていると中毒症状になるのか、なんだか気持ちが悪いものです。ところで昨日の朝は、わたしが寝坊したため出来なかったのです。夫は起こしても起こしてもわたしが起きなかった、と言い張って機嫌が悪い。朝だけ機嫌が悪いのかと思ったら一日中そうでした。「朝、歩けないのならもう暑くないのだから昼間歩きましょうよ、植物園の散策も楽しいよ」などと、しなければいいのにと思いながら、わたしは機嫌を取るようなこともやってみたのですが、鬱屈してるのか、暗い顔が続くのです。普段、ボケ気味ではありますが(笑)穏やかな人なんですよ。そのボケも天然の能天気がなせるわざ、とわたしは理解してるんですけど。だからこんなことになると、なんだか違和感を感じましたね。男の更年期?いや老人性うつのはじまり?ま、だれでも「ヨナの日」というのがありますよ。やることなすことむしゃくしゃして。わたしなども若い時、ホルモンのせいか、理由もなくやたらに落ち込んだり、怒ったりしたことを思い出します。でもそれは若いからゆるされることもあったりして(笑)いい老人が「ふくれっつら」はいただけませんねえ。今朝にはなおっていましたけど。というくだらんはなしです。11月1日5時55分、歩き終わって撮影
2018年11月09日
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十数年ぶりに気が合う三人が会った。わたしたちの十数年経過はすごいことになるよね。ま、若くてもそうだろうけど。中華街に繰り出すとて、石川町駅で待ち合わせ、先についたのでちょっと待っていた。しばらくして改札口を出てくる友ひとりの面影をかろうじて思い出して、「わ~い」と手を振って迎えたのまではよかった。でも、もう一人は誰?背の低いちょっと腰の曲がったおばあさん?中華街に向かいながら、まだ釈然としない。約束の三人のはず、彼女が違う友人を連れてくるはずがない。話し始めるとなんとなく思いだしたが「○○さん背が低かったっけ?」と思わず言ってしまったのだ。そう、わたしたちばあさんはみんな背が低くなっていく。仕方がない。でも。そう、彼女が三人のなかでかなり年下なのだったのだ。実はその彼女、背骨を一か所圧迫骨折してしまったのだ。しかも背骨のパーツが次々と潰れて一気に背が低くなってたのだそう。痩せてスマートだった彼女、骨密度がかなり低かったらしい。2、3前の発病だそうだ、彼女は痛みに耐え、コルセットで締め付けてようやく普通の生活になったばかりだったので、ほんとうにつらかっただろうなと思うが、別人の様子にわたしの衝撃如何ばかりか!90代ならよくはないけど仕方がないと思うが、60代でもそういうことが起こるのだ。しかし、見た目は一番おばあさん然としていても、イニシアチブは元通り変わらない、行きつけのお店をちゃっちゃと案内してくれ、近況やら、それからは例によって話題は健康のことになるのだけどね。やがて元町を散策などをし、「昔あの店この店を闊歩したね」と懐かしい一日だったけど、夜寝る時まで衝撃は去らなかったので。
2018年10月25日
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断捨離、時短、ミニマム、終活、身辺整理など(何と名付けてもいいが)一段落し身軽になってさっぱりし、なお、涼しくなったことだし「なんでもこい」の状態なんださて、何がしたいのかというと、やっぱり読書になってしまうのよ本はすっかり整理して、ごく少なく特別好きな本だけ残して新規に本は買わないようにして未読本も30冊くらいしか持っていないのでこの調子だと無くなるのもすぐ、だから図書館も近くなったことだし、興味ある本を予約しているのだけど時間がかかるようだで、本ばかりが人生ではなかろうと今さらなんだが、手習い教室みたいなのにひとつ、「絵手紙」水彩をやっていたので、その道具で間に合うだろうと思っていたら「お道具」が違うのよね、また荷物が増えるではないか旅行も考えているが、わたしはツアーは絶対いやで文学館めぐりや小説の背景地に行きたいのだが夫は美味しい食べ物のないところは行かないという計画に時間がかかり、そうこうしているうちにまだ売れてない家に行かねばならぬ「用事旅」が起こってくる行ったり来たり、それでは前とおんなじなんだが・・・朝、4時半に起きて、日の出と共に30分歩くのが3か月続いている夜明けの街で歩くのって、野山を歩くのとは違うおもしろさがある前よりも多く歩いているので足腰がすっかり丈夫になったこれなら自然豊かな山坂でも平気かも、とは皮肉なもんだなとこんな調子でやっている
2018年10月04日
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「車生活」と涙の別れをしてきました~~!(笑)まだまだ別宅は売れてませんから時々見に行くのですが、車がないと少々不便なところでも、任意保険が今月で切れるのでついに手放すことにといっても娘にやるので、会いに行けるのですがね(大げさな~)わたしたちの世代は18歳になったら誰でも免許を取るという時代ではありませんでした結婚生活の半分は車のない生活でしたから、住処も電車の駅に歩いて行ける、買い物や病院も便利なところにしましたけど子育てや遊びの時にあったらいいなあ~の生活それが子供達も大学生になりそれぞれ免許を取り、車も購入ところが、子供とは勝手なものでこちらが必要な時に運転してくれませんその約束で親が車、購入したにもかかわらずね腹が立った夫が52歳で免許取り、わたしが49歳で追いかけてそれからは雨の日の迎え、買い物、そして遠出の遊びに楽しく便利に過ごしてきましたそして海や山に囲まれた空気のおいしいところでの生活が実現できたのも、車があったればこそそれは捨てがたくはありましたけれど、81歳と77歳では、おいおい困ったことになるのは火を見るよりも明らか住居も都会に車も手放して「断捨離・安全」の暮らしを目指したわけで悔いはありませんが車での最後の買い物をして、ガソリンを満タンにしているとあったものが無くなる、喪失感といっては大げさかな、一抹の寂しさはありましたよ
2018年08月19日
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ガラ~ン~~人が消えて、車が少なくなります朝のウオーキングにもご同輩に会いませんマンションもいつもよりも静か東京は相変わらずマンション建築ラッシュだがクレーン車が止まり、保安員も立っていませんもうすたれたと思うのにお正月とお盆は健在なんですねというか、長期休暇、夏休みを日本の風景に組み入れているま、わたくしのような老境には関係ございませんが・・・こんな夏もありました
2018年08月12日
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山や海、森や林囲まれていた生活から雨雲に煙ったビル群もまた一興かな・・・東京で降りみ降らずの梅雨を迎えています荷物を移したころはいい天気で助かりましたが案の定へとへとになりました上空の寒気団の影響で全国的に涼しくなりなりましたね東京も高原のようになり、おかげで私も元気を取り戻しましたこちらでも相変わらずモノを捨てていますせっかく持ってきたのに、入りきらないので・・・ま、そんな非生産的なはなしはとにかく後期高齢者にとって手の届くところで生活ができるのは大変結構なことでこれなら健康寿命が伸びそうです(笑)コメント欄も放置していて申し訳なかったです通信環境は情報検索のためいち早く整えましたが、なにせやることが多くてゆっくり覗いている暇がありませんでしたここは10年前には事務所兼住居にしていましたし建て替え後も時々来ていたので知っているみたいだったのですが、来てもちょうど民泊の要領で、旅行気分このたびしっかり生活してみれば、買い物など都会はやはりいろいろ便利ですねというわけで、ふたたび読書ブログを開けるようになりました読書といえばここには図書部屋というような本ばかり集めた部屋を作っていたのですが余分な部屋は作れないというわけであえなく却下、その本の始末が大変でしたバーコードがついた本はダンボール箱に詰めて古本屋に送れば済みましたが、立派な装丁の全集モノ(古いのから新しいのまで)を古紙として出したときは泣けました夏目漱石、芥川龍之介、昭和の現代作家(全集)たち、松本清張、吉川英治、山本周五郎、世界名作全集のいろいろもう個人でこういう全集を持つ時代ではないのはわかっておりますがわたしたちの世代は郷愁分かちがたく、今後は図書館にて味わいましょうそうそう、図書館も歩いていけるようになりました‼
2018年06月16日
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夫の転勤での引っ越しも多かったし、転居も多かったので、その度に諸々の住所変更手続きをやってきました。それでも10年前までは、そんなことが好きなことゆえ、わたし得意げに嬉々としてやっていたような・・・気がしますが、今になってみるとその煩雑さに辟易しております。役所の手続き(健康保険、介護保険など)の他、電気水道ガスのライフライン、銀行、通信、カード会社、宅配便などなど、それにこのごろはネットのおかげで増えたネット通販関係、その数半端じゃありません、エクセルで網羅すると50件以上。誰かやってくれないかなぁ、なんて・・・。委任状一つで行政書士さんがやってくれるのでしょうが、弁護士さんもかな?いかんいかん、それが高齢者の甘えの始まりじゃ、お金もかかるし。母の時にはわたしたち娘が手伝いました。でも、わたしの娘は子育て、仕事で超忙しい。わたしがボケてはおりません(笑)要は、もうどこにも動きたくないって思ったことです。
2018年05月22日
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わたし、じゃないですよ引越しの箱詰めが忙しくて運動過剰なほどですから今日、サ高住にいる義姉から新茶のお礼の電話がありました88歳なんですが、前からたびたび転ぶので、とうとう車いすの生活になったとか「できたことができないとは、なさけない~~」と嘆いておりましたその弟の夫、80歳なんですがこのごろなんだか足腰が変によろよろや、やばいゴルフの回数が減り、坂道の多いこの辺の散歩はきつくなり車で運動公園に行ってフィールドの外周を5周(30分)していたのですがわたしが断捨離に忙しくなり、付き合えなくなったら行きません後は箱詰めなんですが、それが不器用な夫はできない、わたしだけが動いてる(笑)東京に行ったらジムに通うといってますが、これはわたしがついていかないとサボるなあわたし、ますます忙しくなる、強くなる、スマートになる(笑)
2018年05月12日
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引越し準備は順調なんですが、この別宅なかなか売れません。そりゃそうでしょう。この近くだってあちらもこちらも空き家がありますからね。それどころか、日本中空き家だらけですものね。夫曰く「値段のつけ方次第」でもね、設計から設備、心いくまで手掛けた家、そして丁寧に使ってきたので不備なところは一つもない。別荘仕様にしてなくて定住にいいし、土地も広い。と思い入れたっぷり、昔のように土地神話が無くなったことはわかるから、儲けようとは思っていませんが、叩き売るのもね・・・。というわけで、しばらく持っていることになりそうだけど、その間の管理というか、見回りというかをしなければなりません。2軒の家の管理が大変だから一か所にするのに、まだまだ手数がかかります。思い切って家財道具は(例えば冷蔵庫や洗濯機)をすっかり無しにしようと思っていますが、見回りに来るのに日帰りは年齢から言っても大変だ。考えあぐねていましたら、alexさんのキャンプブログにヒントがありました。そうだ!キャンプに来たと思えばいい。ううん、それよりも状況はいいかも。基本料を払えばライフラインは使えるから、(ひよこさんのブログで水道を止めちゃうとトイレが困るとのお話)食料は持ち込み、下着などの洗濯は手ですればいい。究極の選択必要最小限の、しかも処分しやすい生活道具は、何か?さあ、リストアップ寝具 敷布団&掛け布団類 2組(シーツなど洗濯の時は持ち帰りする)普通のタオル 4枚 ハンドタオル 2枚(バスタオルは洗濯が大変)バス用品 1式トイレ用品(トイレットペーパー・簡単な掃除用品)なべ一つ(湯沸かし、レトルト温め用)紙コップ・紙皿・割りばし・プラスチックスプーン箒 1本 塵取り・ぼろきれ ゴミ袋 一泊二日だったら、こんなところかな。なんだかちょっと楽しくなってきたよ。
2018年04月22日
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家ががら~んとなってくると、不思議なことに住みやすくなってくる。だんだんこの住処が惜しくなってきてしまったりしてます(笑)スカスカの食器戸棚、押し入れ、引き出し。大きな食卓テーブルやでかいソファーがない広々した床。どれだけいらないものに囲まれていたのでしょうかね。ところが見えない部分、物置から驚くほどいろんなものがでてきた。夫のものは赤ん坊の時からの結婚までの写真アルバム、小学校から高校までの通信簿、賞状、卒業証書、卒業アルバム。わたしのも同様。息子・娘の幼稚園から大学までの、全通信簿、卒業証書。低学年時代の絵日記。おまけに息子の預り荷物段ボール7個(これは本人に責任取ってもらわなきゃ)娘は全部処分してくれとのこと。えっ!卒業証書も捨てちゃうの、とは思ったけど・・・。わたしはまだ考慮中。夫は取っておく主義だろう。こいのぼりや兜。自分の水彩画の額多々、母の日本画の額数点、友人の油絵多々。人形ガラスケース、置物ガラスケース、飾り皿、花瓶の数々。もう飾らなくなったこういう古いものってほんとに困るね。しまっておくなら本物を、だよね、それなら売れる(笑)というわけで、昔なら2~3日で、いや1週間で終わるところをしずしずとやっているのでございます。
2018年04月06日
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昨日は忙中閑ありで映画を見るとて映画館に出かけました。「北の桜守」チケットをプレゼントされたんです。回転寿司で腹ごしらえ、おいしいソフトクリームのデザートをすませ、いざ、「12:00開演」に備えてシネマホールへ・・・入場カウンターで「映写機の不調で上映中止、いつ再開するかわかりません」えっ!この時代にそんなことあるいのかい!昔ならフイルムが切れたとか、ありそうだけどもね。怒りの払い戻しにはなりません。非売品のプレゼントチケットですから(笑)というわけで帰宅することにもちろん田舎ですから1時間弱、車でいったところの集合商業地シネマホール。ところが行きはスイスイだったのに、大渋滞にはまりました。ラジオ情報や情報パネルをみると事故。片側海、片側崖の逃れるすべのない自動車専用道路です。2時間後、やっと片側通行で通り抜けると車同士がぐちゃぐちゃと壊れてひどいし、燃えた跡もあるような。事故された方にはお気の毒ですが、消防車、救急車2台が通りましたから。帰宅はもう夕方、散々な一日でしたよ。たくさん映画館にいらっしゃっているひよこさんに伺いたいです。映画館で機械が故障して上演中止になったことありますか?
2018年03月16日
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まあ~、まあ~片付け・整理って、どんだけ大変なことをやるんでございましょうかこんなことなら「片付かない実家」でいたいわなあそれで子どもたちに迷惑かけたいよ(笑)ということはさておいて近所の友人が先に引越しするので、いろいろもらってもらい、家具は少し減りました友人はその代わりに捨てるものが多くなりましたが~~でもまだまだ処分するものがいっぱい!整理していると書類というか紙類が以外に多いんですよ50年ですからね、何回かの過去不動産購入時のまであるのですからまた、アルバム類はどうしますかファミリーのもあるし、それぞれの卒業アルバムや親戚の結婚記念写真子どもたちの成人までのは電子テータにしましたが、モニターではなくて、わたしたちが焼きつけ写真になれているってのもあるしう~~んって、わけで読書はボチボチしているのですが、ブログまで手が回りません!
2018年03月08日
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シンプルに暮らす日常生活、究極の必需品はなにか?旅行に行って泊まることを考えればいいわたしなら、まず洗面化粧用具着換え読むものちょっとしたホテルなどの部屋を思い浮かべるベッド(寝具)小テーブル・いす冷蔵庫テレビ・ラジオチェスト(小ダンス)ごみ箱湯沸かしポット加えて生活に必要なもの炊飯器、電子レンジキッチン用品食卓と椅子衣類洗濯機、物干しあ、仏壇!残しておかないといけない書類(通帳など)贅沢品、うるおいになるもの音響設備 CD本(少々)趣味の道具(ゴルフ用品、絵の道具)アルバムそして出来るなら客用寝具少々上記究極の生活必需品を選ぶにあたって50年の生活を支えてきた家具調度品などの雑多なものが、なんと多いことか!引越しのたびに捨ててきたはずなんだけど、この最後に建てた家は押入れ、物入を豊富に作ってしまい、広さも充分にしてしまったので、バブル状態もいいところである。大型ソファ、小型ソファー、テーブル、6人掛けダイニングテーブル、漆塗りの大きな座卓、フカフカ客座布団・・・セミダブルベッド2台、両袖書斎机に革張り椅子・・・全部で60点余り・・・もらってもらえるものはあげて、売れるものは売って、あとは「居宅廃棄物収集許可業者」に・・・多すぎて困る不用品の上位3位は衣類本食器という調査もあるけれども、そんなものはわたしには簡単だった。50年の所帯を縮めるのは容易ではない。言っておくけど、うちはゴミ屋敷にはなってないのよ。
2018年02月23日
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夫の様子に認知度低下の疑いが・・・。例えば薬を服用したばかりなのに「あれっ、ぼく、薬飲んだっけ?」食事が終わって果物などを食べたばかりなのに「デザートは?」これなんかわざとぼけてもっと食べたいのかと思わないでもないけど(笑)もうだいぶ前からおなじ話を繰り返すのは気が付いておりました。思い出話の繰り返し、話が回りくどい(話し上手で家族の定評があったのに)家電の使い方をすぐ忘れる。これもね、苦手なのはわかっておりましたけど、電子レンジは毎日の生活必需品ですよ。だいたいね、普通の家のだんな様がやるようなこと(機器関係、配線関係等)はわたしがやるんですよ。こないだも夫のガラ携帯が壊れたので保証サービスを受けたのですが、送って来た機器への交換は(ショップ店員よろしく)わたしがするんですよ(笑)予定を何度もわたしに確かめる。手帳に書いてあってもよく見ない。現役なら失業しますよね。わたしはブチ切れて言いますよ「いいかげんにして!もっと緊張感を持って生活してね!」その直後は一旦、治ります。もしかして確信犯?まあね、80歳ですからこんなもんかもしれないけど、わたし「地底から湧き上がってくる不安な気持ち」が・・・そんな気持ちがしてくるのもほんとうです。なのに運転免許書き換えでは認知症検査も実技も通ってしまった!(もしかしてその検査、信用ならないのか 笑)ま、もうすぐ東京が主の生活になりますから、車がいらなくなりますが・・・。いよいよ老々介護の始まりかな?ちなみにわたしはよくウオークインクローゼットの照明電気を消し忘れるのですが、それを見つけた時は「だめじゃないか!」と鬼の首を取ったように言います。
2018年02月16日
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明けましておめでとうございます。ご挨拶が遅くなりましたが、賑やかであわただしい暮からお正月の行事が終わりました(笑)孫たちも中高生になると大人扱いになり、手がかからない分それはそれで客人数になり、やっぱりホテルや旅館ではないので、大騒ぎなことでした。そんな中「スマホ事件」が起こりました。いえいえ、このわたくしがデジタルデバイド化していたのでございます。実はスマホを家でWi-Fiに設定してなかったのです、しかも2年とちょっと経ってしまってました(汗)ほんと、アプリが使えないの、文字入力がスムースでないの、って段階ではなく、そもそもスマホって何だ、ということがわかってなかったのですよ。設定が間違っているの、余計なアプリを入れて料金を高く払っているのと、娘と高校生の孫にみっちりと教育を受けましたけど(笑)結局「らくらくスマホ」でも「楽、楽と使いこなせて」いなかったのですね。ガラケイ専門の夫がそばでニヤニヤしておりました。というわけで、今年もよろしくお願いいたします。
2018年01月04日
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今住んでいる家も建ててからまる17年、エアコンが次々といかれてきて、また一台を昨日直してもらってホットしていたら、今度は押し入れの戸襖(板戸)の開け閉めができないことを発見。さっそく板戸を外し下をのぞいたら「コロ」っていうのか、下についている滑るものがすっかり壊れていた。前にも書いたが、わが家はことこういう仕事にかけて、夫は(生来の不器用で)あてにできない。戸は外してくれたが(力仕事はできる 笑)わたしは初めどうやってこのコロを取るのか、迷ったがドライバーでこじたらさっと外れて埋め込んであるだけなのがわかった。さっそくホームセンターへいったら、コロ部品があり(それも何種類もたくさん!)店員さんが持って行ったものをスケールで測ってくれ即決定、2個で180円なり。なあんだ簡単じゃん!とほくほくしたのがいけなかった。戸をはめ、滑りが悪いので敷居の溝を素手で探ってしまったら、ぐさりと木くずが人差し指のはらに刺さってしまったではないか。「いた~~い!!!」それからが大変、刺さったのが右手人差し指なのでわたしが、左手で針と「とげぬき」を持ってもうまく取れない。仕方なく夫に取ってもらったのだが、そこが不器用の骨頂、手指の肉をほじくり、ほじくり時間をかけてやっと取れた。わたし、とげがシクシクする痛さより大げさに言うと肉を割かれる痛さでギャーギャー(笑)戸襖は敷居にロウを塗りするすると滑るようになった。とんだ災難の180円の手仕事なり。
2017年12月15日
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お待たせしました!(笑)やはり、ハードディスクが壊れてしまった、ようでした。ようでしたというのはその故障個所を調べてもらうのにも4~5千円かかり、もし、ハードディスクがいかれていて、そしてDVDなどのドライブも壊れていたので、修理するとしたら総額4~5万円になるという話。ま、”Windows10”にしたのがいけないという話はうやむやに(笑)。しかも数年後に無くなるという”Windows7”になって戻って来るとのこと。もう、新規購入という選択肢しかありませんねえ。間に小旅行も入り、やっと昨日購入の運びとなりました。設定などごちゃごちゃやりまして、なんとかここまできました。伊豆一碧湖の朝はすがすがしかったです。
2017年12月09日
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シンプルに暮らす、断捨離、生前整理と言葉はなんでもいいけれど、整理整頓に励んでいる。本の整理はあらかた済んだので、難物の衣服に取り掛かるこのごろである。「こんまりさん」曰く、衣服類を全部出してならべて、ひとつひとつ「ときめくかどうか」チェックすべしと。しかし、わたしの衣類はきちんと整理されてあるので、出したらまた入れなければならなくなってめんどくさいから、それは却下。で、一覧表を作ることにした。まず、頭の中で持っている衣類を思い出しPCに打ち出した。出来上がった一覧表を印刷し、持ってクローゼットに行き突き合わせる。案の定、思い出し忘れの衣類がちらほら、あるある(笑)頭の中にない衣服は、さて着ようと思った時に浮かばない服だと思うから本当は要らないのかもね。さて、わたしの一覧表「秋冬物」コート(ダウン2シール1) 3上着(上にはおるもの) 11ジャケット 3ジャンパー 1フリース 2パーカー 2カーデガン 3トップス(中着にもなる) 13セーター(毛)1七分袖セーター1 カットソー 2ハイネック 2長袖Tシャツ 2シャツブラウス4パンツ 8綿パン 2ウール 1サージ 1ジーンズ2別珍 2ベスト(ダウン、キルト) 2ワンピース 1スカート 1喪服 1合計 4040点、これが多いのかどうか?しかもこの他にも「春夏物」があるでよ(笑)(ちなみに春夏物も43点)点検しながら着古したものや忘れていたものを処分しての結果よ。やっぱり、多いかなあ。ただし、昔のように「普段着、よそいき」に分けてはいない。無くなったら惜しい、とても気に入っている服はどれとドレか?その見極めにかかっていると思う。昔(社会に出たての頃)スーツ2着、替えスカート一着、ブラウス3枚で普段着2種類、押し入れハンガー半分もいらなかった。あの頃が懐かしい。だんだんだんだん増えていった衣服。「大人買い」「安いから2枚」よ、さようなら!
2017年11月29日
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平凡な暮らしの話でなんだが、いると邪魔な夫が病院に出かけたので、大急ぎで掃除機をかけトイレ掃除をした。無限の家事・・・「いったいいつまでこれをしなければいけないだろう」と毎度思う。わたしの友人の一人はその家事が愉しくてならないらしい。フルタイムで働いていたので手抜きだった家事がちゃんとやれてと、嬉々としている。羨ましいことだ。健康だから自立出来るのであって有り難いことだと思え、したくても出来なくなったらどんなに悲しいことか・・・嫌でも今よりも老齢になってできなくなる時が来るのだから・・・ということは承知している。承知しているがときどき、いや、しょっちゅう「なまけごころ」が起こる。その点、好きなことは厭きないのよね(笑)読書がそう、パソコンいじりがそう。そういえば手芸も好きだった。しばらくしていないなあ、と「レース編みテーブルセンター」の作りかけを取り出した。10㎝角のモチーフを100枚つなぐものである。88枚までつないで作ってある。好きなものでもなまけごころがおこる。驚くなかれ、これ結婚した時から作っている。足掛け53年間飽きてなまけて作り止め、思い直しては編みつなぎ今に至るのである。こういう気の長いのがわたしの欠点でもある。この作品も断捨離で処分しきれない。と、さっそくレース糸とかぎ針を手に取るのであった(笑)
2017年11月13日
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我が家庭の食事を作って53年!特にここ10年は三度三度の支度をきちんとしている。正直勘弁してほしいなあと思うことはある。むかし、父がよく母に「家のご飯が一番いいのだ」と言っては、外食を嫌い店屋物を取らせず、「作る身になってよ!」と怒られていたのを思い出す。上記、両親の話をすると「わかるよなあ」と夫はは言う。おいしい物好きの夫は食べに行くことも、テイクアウトももちろんOKだ。ところが時代は過ぎ去り、このごろその外食も美味しいと評判なところへ行っても、有名店のテイクアウトにも「うちで作ったものが一番おいしい」と言うようになった料理が大好きとはいかないわたしは複雑な心境。「料理の腕が上がった」(自慢を承知でいえば)と言ってくれるし、いつも「ごちそうさま、ありがとう」と感謝も忘れない。わたしだっておいしいものを食べたいから一生懸命料理する。この頃はこんなクリエイティブな作業はないと言えるまでになっている。けれども、けれども、一日3回、毎度毎度ではたまらない。手早く簡単な料理を心掛けているが、作り置きをしておいたりも入れれば、一日3~4時間はキッチンに立っていることになる。それが本好きだけど料理好きでないわたしのなんとも癪の種。しかし、では例えば老人ホームに入所してダイニングが完璧であったとしても、満足するであろうか。いえいえ、老化で料理が出来なくなったのなら仕方がないが、できるだけすべてに自立をしていたいのである。それなら発想転換、料理できる自分に感謝して、読書やその他家事に倦んだ時、料理は気分転換と思えばいいのではないかと思える自分になった。ちなみに、夫は生来の不器用にて全く料理の才能がない。よって前にも書いたがついでに作ってあげていると思っている。先ほど友人が取り寄せたサンマを4尾持ってきてくれた。この節、サンマも珍味になった。さっそく、2尾を三枚におろして刺身に、あとは塩焼きスダチをかけて食べる。肉じゃがも添えて。
2017年09月20日
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顔つきが「でれーっと」してきた。時計やカレンダーが読めない。いろいろの書類に記入するのや書き込むのを嫌がる。理解力が落ちて言ってもわからないことが多くなった。のが、ここ半年のこと。楽天的な性格、能天気の夫ではある。前から日にち、曜日をわたしに聞いて事足らすってのはあった(いちいちめんどくさっ!)昨日の献立あるいは食後数時間たつと何を食べたか忘れてしまうのんきさもあった。(ほんと、作り手にはショックね、「とてもおいしい!」と褒めてるくせに、なんだよ!)生来不器用なので、何事も手伝わなくては、なにも出来ない手がかかる人でもあった。ついに車の運転、ゴルフができなくなった。パソコンも本もお手上げ、テレビも見ない。すわ、認知症の始まりか?娘には「早く介護認定してもらった方がいいよ」と言われ、わたしは落ち込んだわね。夫は転倒して8針縫う怪我、前から悪かった前立腺の手術と、大忙しだった。そして、一週間前、白内障の手術を終えた。ところが、病院から帰ってきて夫「この部屋、埃がたまってるね」だって!わたし「掃除してる暇がないんだもん・・・あれ????!!!」まず、夫の顔つきが一変したのに驚いた。それからが大変!時計・カレンダーが読めるわ、ご近所の様子、景色の眺めを珍しがり、テレビの画面の美しさを愛で、もちろんパソコンの新聞・本が読み放題になった。つまり、世の中が見えてなかったのね。まるで幼児が初めて世の中を認識したみたいな様子。「手術大成功、劇的に見えるようになった」と夫は大喜び。だけど、こんなことってある?わたしはどー―と疲れが出た。
2017年04月23日
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前から夫の前立腺不調があって、入院・手術・予後の明け暮れて2週間でありました。病気部分の特徴としていろいろ不都合が起こり、夫の白内障も一段と進んでいて見えない、見えないとなお複雑に世話がかかり大変でした。こんなこと介護とは思いますまい、でも、こちらも4歳違いでしかなく老化はお互い様なんですが。ほんと、わたしは風邪を引いてもほおっておかれるのに。さて、気分転換にと久々にアップなのだけど、読んだ本吉村昭『海の祭礼』と浅田次郎『赤猫異聞』両本とも筆力・迫力満点で、本の中に入り込めばなかなかの現実逃避なり。吉村さんの『海の祭礼』は真面目な努力を考えさせられ、浅田さんのはエンタメ的な面白さに酔いました。わたしはやっぱり本によって生きているのでございました。3月のはじめでしたが、庭にも蕗の薹が見つかり蕗味噌にしました。
2017年03月26日
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「婚活」だの「終活」だのやたら「活」をつける言葉が飛び交いますが、もとはと言えば「就活」という言葉から始まったのではないかと思います。「就職活動」をつづめたものですね。ともあれ、「生きる活動」=「生活」が基本です。それが高齢になるとホントに大変なことになってまいります。 子育てはどうにか終わった。(まだまだ何かと心配事を言ってきますが、もう、手をかすどころか・・・) 超老齢の親もおくった。(しかし、自分たちがすでに「超」に入りかけて・・・)で、いわゆる「終活」時代なんですが、「生活」も死ぬまで続くわけです。いま、どうしたら「生活」を簡便にできるか作戦計画中なのであります。なぜ、作戦なのか?内なる敵がいるのであります。性格の違いとでも言いましょうか、現状維持に連綿とする状態。ほんと意外でした(笑)もともとは手を尽くして割り切る、ってタイプでしたから。これも年齢がなせる「わざ」(ボケかかって )なのか?運転免許証を返上してゴルフが出来なくなる寂量感はわからないこともない。仕方がないではありませんか、大事になってからでは遅いです。わたしは切り替えが大事と思い、冷静に説得しているつもりです。正論であるがゆえにその淋しさ、虚脱感の克服が「耐えがたきを忍び」(おおげさだなあ )の心境になって、辛いのかもしれません。徐々に生活をシンプルに便利にしていかなければならないこの頃。いまのところ、生活用品の個配を頼み、コミュニティ・バスを利用して出かけるということ。あとはもう、健康にもいいから健脚を願って歩くこと。(山や海に囲まれて、ってことは坂道満載、やたらには歩けませんが)そして、いずれ田舎暮らしはやめるということです。以上、説得を続けている毎日であります(これが悩ましい日々 )
2017年02月17日
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あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。相変わらずの読書感想が主で、その他生活身辺をアップしていきます。さて、昨年の暮れ息子が帰省しての「紹介したい彼女を連れていきます」に「いよいよ結婚する気になったか」と思っていたらいや、「もう同棲している」報告でびっくりしたのでございます。しかも、3か月も経っているということで、知らなかったわぁ!!48歳になる息子です、いい中年です、驚くほうがおかしいのですが(笑今年いただいた同年代友人年賀状の添え書きに「昨年〇〇子が結婚し、やっと、やっと一安心です。」というのがありました。〇〇子さん、わたしの娘46歳の同級生友人お母様の気持ちはよーくわかりますけどね。わたし?安心したか?嬉しいか?あまりびっくりしたので、今はまだ、なんだかわかりませんよ。
2017年01月02日
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古くてどこか新しい文学である『こころ』のわたしなりの分解析書き手と先生の間柄書き手と家族との間柄先生とKとの間柄と書き出したのですが、下書きして手間取っているうちに急に身辺考えることが多くなり、そのことで頭が満杯でそれどころではなくなりました(笑1. 夫の運転技術が不安になってきたので、田舎生活をやめたいが・・・2. 息子が結婚するらしいのですが、いろいろの事情が複雑・心配3. 孫3人の子育てに悩む娘の相談相手として、こんなに現代は大変なのか!と思う4. 命に別条はないが身体の一部故障、どう乗り切るか若いうちは「先のことはわからないけれども、やってみるか」と希望的観測で事を運んだのだけど、なまじ人生経験を経た今、良かれ悪かれ、先のことがわかってしまうことが多い。考えてみると熟年のころ、読書していてもゆっくり感想を考えている暇がなかったなあ、と実人生が繁忙だと、文学をかみしめている暇がなく、読み流しだった。と、こんなゴタクの年の瀬になりました。皆様よいお年をお迎えくださいませ。来年もよろしくお願い致します。
2016年12月31日
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ついに、うちも電子新聞になりました、新聞社は変わらないのですが。新聞のペーパーレス!ちょっと衝撃あります。まだ三日目ですから、新聞としての記事検索も珍しくそれでどーなのだ?という感想は、もう少したたないとわからないですが、ウエブ上のニュース検索はもう慣れていますからね。それより新聞紙がないってことが、少々不便とはおもしろいです。畑の作物など包んで保存しておくのに重宝していましたものね(笑ご近所さんで新聞を取っていないお家がありまして、資源ごみの時に差し上げていたものが出来なくなり、その人は他を探さなくてはなりませんし、わたしもどなたかにいただかなくてはなりませんよ。電子版にした理由は、夫の眼が伊達政宗の上に、ある片眼が白内障もそんなにひどくはないのに視力が落ちて、印刷の薄い、紙質の悪い活字がとても見づらく長い記事や論調などを苦しみながら読んでおりました。老眼鏡と拡大鏡の収集家になったようにして努力しており、なお、小学生のころから朝は新聞と友のように親しんで暮らしてきたゆえ永の月、紙新聞をやめる決心がつかなかったのでした。あの朝の新聞のインクのにおい、郷愁ですわね。しかしPCのモニターなら、はみだすほど大きな活字になりますものどれほど読みやすいでしょう、いまのところ、喜んでおります。
2016年12月03日
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