ソクラテスの妻用事

ソクラテスの妻用事

2020年06月12日
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 写真日記      Huちゃん 写真日記   
を転載しました。珠玉の写真ブログです。


 ブログ冒険小説『官邸の呪文』(7)

(この物語に登場する人物、団体名等はフィクションである)

主な登場人物

・十鳥良平(とっとり りょうへい)前職は検察庁釧路地検検事正。現在は札幌の私大法学部教授
・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大考古学教授

・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学準教授
・役立 有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥教授の助手

・堀田陸人(ほった りくと)資源開発機構研究所所長 海人の兄
・森倍 昭双(もりべ しょうぞう)首相
・水流 侃(すいりゅう かん)官房長官
・田森 博史(たもり ひろし)副官房長官(首相の側近)
・南  慈夫(みなみ しげお)国家安全保障局(NSS)局長(首相の側近)
・中井 直樹(なかい なおき)首相秘書官(首相の側近)





 5月中旬の夜10時過ぎだった。高輪のマンション正面玄関から首相側近、NSS局長の南が出て来た。
 このマンションから100m弱離れた道路斜め向えで、十鳥の影の監視要員が白いSUV車の中から24時間交代で見張っていた。
 幸か不幸か、新型コロナ惨禍で緊急事態宣言中だ。警視庁SAT隊のメンバーたちにとっても好都合だった。自宅自粛、有給休暇がとれるからだ。だが、夜の道路を行き交う車は極端に少なく、時折、巡回中のパトカーが通る。監視車を怪しまれないように2台のSUVとセダン車を交代させながら避けていた。
 監視に使っているSUV車等は、5台をレンタル。契約者は、友人の知人のまた知人。影の監視要員には、絶対に繋がらない。車から身元が割れることはない。
 この監視等に係る費用は、十鳥の懐から十分に出ている。因みに十鳥は、「官邸の蠢き解明」に2千万円を拠出していた。13人の若い影の要員たちには、金銭的負担をかける訳にはいかない。そう十鳥は決めている。これからも――
 蛇足だが官邸は、反対、批判勢力、さらに注意人物の24時間監視には、無尽蔵に人と金と物が使える。事実、惜しみなく使っているのだ。新型コロナ対応のPCR検査、医療従事者には、惜しんでケチっているようだ。この官邸政権の本質だった――

監視要員はズームのきく動画カメラを覗いていた。
<こちらスズメ・ワン。奴が出て来た>影の監視要員C、高杉がインカムでスズメの巣の班長のB、坂本に言った。
<スズメ・ワンより、スズメの巣へ。おっ! エントランス前に黒のセダン車が停まったぞ。おっ! 車から男3人が降り、奴を守るようにしてセダン車に乗せた。発進した! 北方向に向かうようだ。尾行開始する>
<了解。後方のスズメ・ツーにも奴の車を追わす>追尾車から300m後方を追っているワゴン車に乗り、モニター監視要員と一緒のチーム班長の坂本が応えた。
 そして坂本班長がインカムで伝えた。
<スズメの巣よりスズメ・スリーへ。追跡システムでスズメ・ワンの後方100mを走ってくれ>
<スズメ・ツー了解した>影の監視要員高岡が応えた。

 NSSの南が乗ったセダン車は、世田谷区内に入って行った。尾行車は一定の距離を保ち追う。後方のスズメ・ツー車は、ここで追尾役を交代した。
<スズメ・ツーよりスズメの巣へ。奴のセダンを視認。コロナに罹らないようにソーシャルディスタントを保ちついている>
<坂本。了解した>
 彼らが使った苗字は幕末の志士からとった隠語である。
<目標の車が高級住宅街に入りました>高岡が言った。
 班長の坂本の予感が当たったようだ。
<スズメ・ワンへ。そろそろ南の車は、豪奢な住宅前で停まり、南は中に入るはずだ。護衛の一人も南とその住宅に入る。残るは2人。カップルで奴らの車の横を歩いてくれ。良いか?>班長の坂本が言った。
例の作戦 ですね。了解した>高杉が応えた。
 班長の坂本がスズメ・ツーの高岡に告げた。
<スズメ・ツーへ。例の作戦を行う。南の護衛2人の目線を逸らせ!>
<了解した>

 南が乗ったセダン車が、大きな洋館前で停車した。そして、南と護衛一人が後部ドアを開け降りた。護衛の2人も同時に降り、南の左右に立った。南と護衛が門扉を開け敷地内へと入って行く。
 とその時、後ろのSUV車がパッシングしてNSSのセダン車を照射した。南の護衛2人がSUV車を凝視した。何だ? 怪しい! そしてSUV車へと歩いて行く。
 洋館前の歩道をマスクをしたカップルが歩いている。護衛2人がSUV車に近づくと、SUV車はいきなりバックして遠ざかって行った。
 2人の護衛は諦めた。
 カップルの男がNSSセダン車の下部に手を入れ、小さな10円大の追跡装置をふっつけ、女と手を組み、同じ速さ、ゆっくりと歩道を歩いて行った。

(7)

 十鳥の研究室

 大学構内のライラックの木々に紫の淡い花が咲き、本州から遅れること半年、北海道の初夏が顔を見せ始めた。リラ冷えの6月だというのに、夏日、真夏日の日々が続いている。日中は暑いが夜は冷える。これが北海道の初夏だ。
 新型コロナの緊急事態は解かれたが、十鳥と役立はマスクをし研究室のデスクに向かっていた。開けっ放しの窓から、無垢の空気が狭い研究室内の二人の吐き出した汚染空気を窓外に押し出してくれている。
「役立君。やはり北海道の晩春、いや初夏は格別に新鮮なものがあるな。
新緑の恵みだ」
 PC画面を覗いていた役立が振り返った。
「ええ、教授。静岡の実家から届いた一番茶を淹れますね」
「それは貴重だ。香りが特別だ」
 十鳥が役立のPC画面に目をやる。
「おっ! チャットが来たぞ!」
<坂本より。Nの北(NSS局長南の隠語)が2度目の訪問中。専用車に取り付けたGPS信号で確認した>
 役立が素早くキーボードを叩いた。
<世田谷の洋館の所有者は?>
<億万長者の華僑です。特に政治的には無縁の宋云嘉(そういうか)という人物です>
<そういうか。了解。消去する>
 消去まで要した時間は、10秒だった。官邸サイドの公安機関、そこから業務委託された「民間のネット監視会社」の検知から逃れるためである。十鳥の特別チームは隠語を使い、ネット監視に捕捉されないように慎重だった。それも彼らが、公安内部の監視体制を知悉していたからだ。
「やはり官邸は中国に、何かを打診している、ということだ」そう十鳥が言うと、
「教授。坂本への返事は?」
「Nのは、終了してくれ。これからは自衛隊離島上陸部隊の監視を頼む」これは十鳥の勘である。
「了解」と役立が応えた。そしてチャットを書く。
<坂本へ。Nの件は終了だ。今度は、別な絵を求めてほしい。別途、知らせる>
 十鳥が遮った。
「自衛隊離島揚陸部隊を調べてくれ。私もあたるとしよう」
 役立がキーボードを打つ。
<陸自離島特殊部隊を調べてくれ。教授も調べる>
<陸上自衛隊特殊部隊員に伝手がある。2、3週間後、連絡したい>
<調査の意味は分かるか?>
<承知しているよ。教授によろしく>

* 因みに自衛隊は、英語ではJapan Self-Defense Forces 略称JSDF、SDFである。


首相官邸

 6月中旬の昼過ぎ、官邸の首相執務室にNSSの南局長と統合幕僚長、陸・海・空自衛隊トップの幕僚長がマスクをかけ席についていた。
 マスクから顎を出した森部首相が切り出した。
「尖閣諸島への中国公船の侵犯がただならぬ状況です。我が国の海上保安庁の巡視船では、対応が困難となっています。場合によっては、中国軍の上陸もあり得る。そうNSS局長が進言している」
 時には‟ます調”を使い、時には‟である”を意味なく使い、小さめの布マスク声で森部首相が言って、NSS局長の南に目をやる。
「首相の言われる事態が起こり得る状況だ。こちらの公安部情報機関にそういう情報が入った」南NSS局長が告げた。
 陸自幕僚長が確認する。
「外交交渉で解決できないのですか?」
 海・空の幕僚長は頷き、森部首相と南NSS局長の返事を待つ。
「中国からは何の返事も来ない。それは悪い事態の予兆と考えている」森部がやけに落ち着いて応えた。すかさず南NSS局長が追い打ちをかけた。
「離島奪還部隊を石垣基地に移動してくれ。密かに」
 陸自の幕僚長が困惑の表情を浮かべ言った。
「離島奪還部隊の移動は可能ですが、本当に中国側の尖閣諸島への上陸があり得るんでしょうか? このコロナ惨禍の渦中ですよ」
 海自幕僚長が質問する。
「もし戦後日本で初の戦闘死があれば、国民はどう反応すると考えていますか?」
 南NSS局長が応えた。
「国民の80%は、国に殉じたと感動することでしょう。我が首相政権は、この8年間でそういう情緒感を醸成してきたのですよ」
 やりとりを黙して聞いていた自衛隊統合幕僚長だったが、森部首相に警戒心をもっていた。これは単なる戯言ではない! ことは進んでいるのだ! しかも米国に秘密裏にだ! 何を企んでいるのだ!
 自衛隊統合幕僚長は、防衛大学校出のエリートではあったが、権力欲も無く、偏狭なイデオロギーを持たない穏健派だった。出身高校は、十鳥と同じであり、しかも同級生だった。十鳥と日本国憲法観が同じある。これまで交誼をかわすことを、敢えて避けていた。それは十鳥の方からだった。俺と付き合えば彼の昇進の邪魔になる、と考えてのことだ。

「首相。可能性は?」自衛隊統合幕僚長が訊いた。
 森部首相が、一瞬躊躇しつつも、
「限りなく100%に近い、と聞いている。よって即応体制をとっていただきたい。相手次第だが……」マスク声がさらにくぐもった。
 自衛隊統合幕僚長が応えた。
「では事態に備える体制を、
秘密裏に 直ちにとります。詳細の打ち合わせは、後日させていただきます」
 森部首相が小刻みに頷き、南NSS局長に目を送った。南は目配せした。
<首尾よくいきましたよ>

居酒屋UNOMI

 皇居の外堀に面した通り、7階建てビルの路面店、居酒屋UNOMIがある。この店は、森部首相夫人が経営している予約制で、しかも一見客はお断りのお店である。首相夫人は馴染みの客が来たときに、お店に顔を出し馴染み客と食事を楽しむ。要は首相夫人の社交場とも言えた。とは言え、首相夫人だから当然警備は厳しい。店の外にSP2名、店内に2名が出入り口近くのテーブル席に控えめに陣取っている。
 新型コロナ惨禍で例外なく、この店も自粛していたが、6月中旬に東京都のコロナ・アラートが解除され、馴染み客の予約が入り始めた。
(続く)
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最終更新日  2020年06月12日 13時02分45秒
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