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おっとが忘年会に行ってもらってきた。よくわからないけど、とりあえず遊んでみる。
2006年11月30日
夫がパソコンを使っていたら発見されても対処法が載っていないウィルスが幾つか出てきました。おまけに、ウィンドウズのインストーラーが起動し続けて、DVDドライブが使えなくなったので、これはもう修理でしょうという状態です。パソコン使えなくても別に困るわけじゃない。というか、使えないほうが気楽でいいのですが、夫がメールチェックとかしたいみたいだからたぶん週末には修理に出します。というわけで、しばらくはここもお休みして、メールも使わないでのんびりします。ウィルス様様 笑
2006年11月28日
動物だけど、私たちのことを愛してくれる
2006年11月27日
外に出たときは、できるだけ横につかせて歩かせます。いけないことはきちんと「いけない」と教えます。やたらと食べ物を欲しがらないように、決まった餌以外あげません。うんちやおしっこの始末を準備して出かけるのは、当然のことです。大切な家族だから、社会に迷惑をかけないように育て生活させています。人間の子供はそんなに育てるのが難しいのですか?
2006年11月27日
飲酒運転、脱税、ゴミの不法投棄、借金の踏み倒し、子供の給食費不払いばれなきゃいいんでしょ?って、いつまで社会に甘えているつもり?子供たちよ、学校で同級生をいじめている場合じゃないよ個人の資質の差を受け入れられない社会は、年取って役に立たなくなったら死ねという社会と同じだよ つまり死ねという言葉は誰かを何かの理由でいじめている自分にもいつか返ってくるのさ人間は誰でも年を取れば多かれ少なかれ不自由を抱えるものだから、そんな細かいことで非難してはいけないむしろ、自分の親が悪い事をしていないか、よく観察してみるといい社会に迷惑をかけて平然としている君達の親のほうが、いじめられても当然な相手です君たちが誰かを非難できるほど偉いのだとしたら、まず本当に悪い事をしている人から非難しなさい
2006年11月27日
不老門のマスターにお酒を教わりはじめてから、我が家にはシングルモルトやラム、ジン、日本酒といった様々なお酒がやって来るようになった。それらに共通するのは、こだわりを持って作られている酒ということ。そして、この味わい深い酒たちは、多少深酒をしても翌朝に不快感を残さない。血中アルコール濃度を測ってみたことはないけど、ストレートで良い酒を飲んだ翌朝は、不思議なほど二日酔いを感じない。
2006年11月26日
きょうはジュリアを家に残して午前中から外出した。図書館で本を借りて、そのまま二人で散髪に行った。戻って、少し時間をつぶしてから、夕方隣の駅まで食事に出かけた。軽めのディナーコースを注文、キール、ワインと飲んで、夫はグラッパまでいった。前菜のイベリコ豚のハモンと塩タラのガレットが美味しかった。メインの肉料理、デザートは、二人とも同じものを注文していた。食事を終えて、そのままバーに行き、夫はカルヴァドス、私はスプリングバンク をストレートでいただいた。モルトは家にも置いてあるけど、外で飲んだほうが美味しいかも。10年、20年前は、いっしょうけんめい背伸びをしていたことが、40歳を越えたいまは普通にできる。健康的に少し太った私は、鏡に映る姿も堂々としている。若かった頃は想像も出来なかった、豊かさを備えた自分がいる。
2006年11月25日
ごはんだけじゃたりなーい
2006年11月24日
みかん~
2006年11月24日
先週刷ったモノクロの試し刷りです。きょうは多色刷りもしましたが、色が薄いので携帯のカメラではぼんやりとしか写りません。仕上がったら普通のカメラで撮りましょう。
2006年11月24日
馴れ合い学級がいじめを生むということは、学級運営の要である教師の質が問題といえる。親たちの過大な期待に応える為に、子供に向き合おうとしてつい自分も子供になってしまう。。。だいたい、親だって、子供といっしょにゲームしてるんだもんね。先生のこととやかく言えないよね。他人を思いやる気持ちを評価されない子供たちは、きっとあなたたち親のことをいつか見捨てることでしょう。私は子供がいないから、近所の子供たちには挨拶をし、危ないことをしていたらちゃんと注意しています。子供を育てる責任というのも、親になるからにはしっかり自覚して欲しいものだと思います。勉強だけできても、お行儀が悪くて、不正を働くなら、動物以下です。次の世代のためにすべきことは、財産を残すことではなく、本人が社会に貢献できるようになる人間化教育だということを、これだけ社会が荒れているいまなら、自覚することは可能でしょう。
2006年11月24日
学校問題の記事を読みながら、ふと永田町のことが頭に浮かんだ。某ごまめ議員は、官民の馴れ合いで生まれた政治家集団に翻弄されて、日本の現状を叫べども黙殺されるという窮状にある。国民のために経済を安定させることは必要だが、必要以上の援助を民間企業にしていないか?国民を保護することは必要だが、必要以上のものを与えようとして国家に不利益を与えていないか?事がこれほど深刻化するまで、いじめの本質に気づけなかった社会をあまり信頼するのはどうかと思う。選挙民が選んだ結果というのも、単なる偶然と同じ程度に価値は落ちたと考えられないか。
2006年11月24日

仕事から帰ってきた夫と食事をしていたら、BSでヴィスコンティのルードヴィヒがはじまってしまい、なんとなく最後まで見てしまいました。写真は、映画の舞台になったリンダーホーフ城の庭とか噴水とかです。あまり興味が無かったので写真撮らなかったのですが、映画の通りすごい内装でした。池のある洞窟も見てきました。写真の噴水の後ろの丘の上にありました。ホーエンシュヴァンガウ城とノイシュヴァンシュタイン城は外から見ただけです。
2006年11月23日
食卓を襲撃した犯犬は、ママに逮捕されました ひざの上は狭いなぁ
2006年11月23日
寝てしまった お休みの日に仕事するなよ~
2006年11月23日
きょうはジュリアの散歩に行ってから、予定通りごま豆腐をつくった。足元にへばりつくジュリアにかまわず、ひたすらごまをすった。練りごまと書いてあったが、ふと「練りごま」という状態がよくわからず不安になって検索。レシピを公開してくれている人がいて、手順も確認できた。ごまが練れたら、あとはくず粉と水とあわせて中火にかけながら練るだけ、だまにならないようによく混ぜながら練って、器に入れて冷蔵庫で冷やせば出来上がり。ごまをする手間だけですごく簡単だったから、かっぱ橋に行くときは、ごま豆腐用に流し型も買って来ようと思った。
2006年11月22日
手打ち用の蕎麦粉 を取り寄せました。2キロじゃ少なかったかな。
2006年11月22日
蕎麦、うどん、餃子と作りましたが、毎日同じものを食べるのはちょっと苦しいので、手間がかかって普段作らないものを考えてみました。ちょうど片栗粉が切れていたので乾物売り場を見ていたら、くず粉が目に付いたので箱を見てみるとごま豆腐の作り方が書いてありました。これです!ごまを形が無くなるまでするのは結構手間がかかるんです。ミルはありますけど使いません。我が家にはすり鉢とすりこぎがあるので、これで手間ひまかけて仕事をします。すり鉢の仕事は、たまにしかしないので、終わる頃にやっと慣れて楽しくなります。寒くなってきたので、出来上がったごま豆腐に温かいあんをかけて食べたらおいしそうです。
2006年11月21日
クッキーも焼いてみた 大きさはばらばらだけどなんとか焼けているらしい 十年選手の電気オーブンも頑張っている
2006年11月21日
きょうは、さすがに麺類ばかりでは飽きるので、餃子を皮からつくることにした。餃子の皮をつくるのは3回目。夫の実家は両親とも大陸育ちなので、餃子はとてもポピュラーな食べ物なのだ。いつもは、強力粉と薄力粉で作るのだが、ちょうどうどん用の中力粉があるのでそれを使った。うどんよりも塩分が少ないので、練りやすかった。少し寝かせたら簡単に伸ばせた。具に入れる白菜を刻んでいたら、落ちた葉くずをジュリアが片付けてくれた。あとは、練って包んでゆでるだけなのに、肝心の食べる人が、まだ仕事中。
2006年11月21日
けさもジュリアはご飯をたくさん残しました。そして昼食を取る私を見ながらうらめしそうな顔をします。仕方ないので、きのうの残りのお蕎麦をあげたら、かぶりついて食べてました(笑)蕎麦を打ち始めた日、キッチンから離れないジュリアを見て、ふと出来たお蕎麦をあげてみたら、喜んで食べたばかりか、食卓にまでねだりに来ました。うどんも好きみたいです。犬が麺類を食べるなんて思いませんでしたが(本にも書いてないし)蕎麦なら犬に与えてはいけない成分は特に多くないみたいなので、まあいいかな。野菜といい蕎麦といい、犬の嗜好性って健康的なんですね。
2006年11月21日
夫から晩御飯何にする?とメールが来たので、蕎麦にする?ご飯炊くと聞いた。そしたら「蕎麦」と返事が来たので急いでそば粉を計って練った。今回は、祖母の手付きを思い出しながらイメージトレーニングした甲斐あって、スムーズに蕎麦は練りあがった。寝かして少ししたら夫が帰ってきたので、伸ばして茹でた。前回は、そば粉の袋に書いてあったので、お湯で練ったのだが、今回は通常通り水で練った。するとどうでしょう。とてものどごしのよい、つるつるとした蕎麦になったではないですか!あとは伸ばし棒と包丁があれば・・・ということで、ボーナスが出たら河童橋に買いにいくことになった。ことしの晦日蕎麦は、手打ちです ふふ。美味しいそば粉も探さなくちゃ。
2006年11月20日
このひもがおいしいのよね
2006年11月20日
何かないかなー
2006年11月20日
それはガムじゃないのよ でも噛みごたえがいいよー
2006年11月20日
フリスビーは ぺしゃんこ
2006年11月20日
満腹の犬は寝てしまう・・・遊んでやらないぞー
2006年11月20日
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きのう、お客さんからブルーチーズとベーコンをもらったので、夕食はあまり食べなかったジュリア。しかし、今朝は特に自主給食することも無く普通にご飯を食べています。でも、食いつきは悪かったので、お鍋の残りの「はくさい」をあげました。ジュリアは、野菜が大好きなんです。ある日、台所にあったカブの葉っぱが荒らされて発覚しました。それ以来、小松菜、カブや大根の葉、キャベツ、白菜、ほうれんそうなどをあげています。カリカリの餌より美味しいみたい。ダイエットにはいいのですが、いつも餌を準備してから野菜に気づくので、野菜で満たされたジュリアはフードを残してしまいます。結構値の張るプレミアムフード&ブレンドに煮干&エビとキビナゴの粉をかけてあげているので、残されるとちょっとねぇ。
2006年11月20日
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フランスでは、海外からの安い輸入ワインが増えてワインをエタノール燃料にしているそうだ。きのうは、ワインにならなかったシャンパーニュを夫の手製のカルボナーラといただいた。その後夫たちは、ギネス、アランカスクポートフィニッシュと飲んだ。 来れなかった間の様々なお祝いをいただく。これから冬にかけて、冷酒でも燗をつけていただくにも濃厚な味わいが美味しいお酒だ。
2006年11月20日
きょうは、前に住んでいた土地で酒屋をしているヒゲマスさんが遊びに来ました。ほんとうはご夫婦で来てもらう予定が、奥様は風邪でマスター一人きり。おまけに乗った電車が人身事故に巻き込まれて、1時間近く遅れての到着でした。お疲れ様です。ちょうど引越しの直前に手術だったので、新居に来ていただくまでに1年10ヶ月かかってしまいましたが、私達にとって兄貴分のようなマスターとは、近所にいたとき同様お酒を飲みながら3人で楽しい時間を過ごせました。ジュリアも、いつもは食べられない美味しいものを分けてもらって、ヒゲマスさんが気に入ったみたい。盛んに、遊んでもらおう&何かもらおうと近づいていました。我が家も働き盛り、あちらもお子さんに手がかかる盛りで、なかなか顔を合わすこともできませんが、もう何十年かがんばったら、ゆっくり温泉旅行でも行きたいですね。
2006年11月19日
きのう作ったうどん。ゆでたては美味しかったのですが、夫が帰って来る頃にはのびてしてしまいました。練りが足りなかったのか、寝かせが足りなかったのか? 食べる直前にゆでたほうがよかったかなぁ。仕方ないので食べましたが、夫は美味しいと喜んでいても、私にはいまいち。きょうの鍋には、保険に買っておいたラーメンを使うことにしました 笑
2006年11月19日
明日の夜、鍋に使おうと思ってうどんを打ってみました。(一つ前の記事の写真)地粉の袋に書いてあったとおり練ってみましたが、なかなか耳たぶくらいのやわらかさにならなくて、あーでもないこーでもないと考えながら腰が痛くなるくらい練りました。そして1時間半ほど寝かせてから麺打ち棒で伸ばし切って茹でました。この手順は蕎麦と同じですが、そばより粘りがある生地なので伸ばすのに少し力が要ります。でも、短くはならず見た目もそれなりに仕上がりました。確かうどんを打つのも2回目くらいなのですが、地粉を使った甲斐あっておいしそうにできました。上州の水沢うどんのような色です。ちょっとだけ試食してみましたが、けっこう美味しいです。蕎麦より簡単かもしれません。
2006年11月18日
手打ちしました。ちょっと疲れたかな。
2006年11月18日
きょうは両手を真っ黒にして、銅板の試し刷りをしてきた。エッチングの線が細かったので、腐食に時間がかかって、前半1時間ほどは版を腐食液の中に置いたまま、他の人の作業をうろうろしながら眺めていた。しかし、時間をかけた甲斐もあり、試し刷りの結果はいい感じ。残った空白部分に筆で腐食液を乗せて更に腐食させて版は完成した。台風とか、広い公園を一人で散策するのは不安とか、風邪とか、情けない理由で何度か行けない時があったので間に合うか心配だったが、きょうの3時間でみんなに追いつくことができた。しかし、グランド(銅版の表面を覆う幕)を削っているときには不安でしかたなかった部分も、刷ってみると意外といい感じだ。場所と道具を揃えるのがたいへんだけど、美術館の設備(人気があるらしく混んでいるそうだが)を借りて、たまに版画をするのも悪くないと思う。きょうはばたばたして、写真を撮ってくるのを忘たけど、来週からはいよいよ多色刷りに挑戦です。
2006年11月17日
きょうもまた、午前中を寝て過ごしてしまった。疲れたのだろうか?寝る前は、次にそばを打つときの手順を考えながら寝ていたのに、朝が来ると起き上がれなかった。毎日ジュリアと遊んで(運動して)いるから、体力はついているはずなのに。。。危うく、版画教室に行きたくなくなるところを、がんばってベッドから出た。そして、恒例のジュリアとのバトルを制するころには、体調はだいたい元に戻っている。ジュリアさまさまである。肝心の本犬は、うんち食べたのをしかられてしょげたまま、ごはんも食べない。
2006年11月17日
時間が余ったので、糸を紡ぎながら夫の帰りを待とうと思った。指の腱を切ってから、なんとなく紡がなくなった糸だが、手のリハビリはうまくいっていて、糸は昔よりうまく紡げるほどだ。しかし、意外というかやっぱり邪魔が入った。ジュリアが紡ぎながら垂らしたスピンドル(糸を紡ぐためのコマに似た道具)を鼻でこづくのだ。スピンドルに使われた木の匂いに誘われているのか、それとも山羊の毛の匂いに誘われているのか。何度追い払ってもジュリアはスピンドルの下に来て、鼻でこづく。そうしているうちに夫が帰ってきて、きょうの作業は終わりにした。しかしなぁ、糸だけ作ってどうしようか。
2006年11月16日
きのう、心療内科の先生に午前中を寝て過ごしてしまうと相談したら、自由時間が多いみたいだから何か毎日決まったことをやるといいと言われました。そこで、昨晩夫と二人で相談してやることにしたのが「蕎麦打ち」と「糸紡ぎ」。きょうは夫の帰りも遅くなるということなので、さっそくそばを打ちってみました。しばらく前に買っておいたそば粉を出してみたら、賞味期限が切れたり切れかけたりしているじゃないですか。(小さいのが2袋、800gもありました)うどん用の地粉も1kgあったので、とりあえず7割くらいの蕎麦を目標に粉を計りました。前回(たぶん15年くらい前)の失敗を踏まえて、少し多めに練りました。そして、祖母がしていたようにぬれふきんで包んで少し寝かせて。打ち粉をしながらお菓子用の麺棒で伸ばしていきました。この伸ばす作業は、祖母の手付きを見て育っていたので得意なのですが。。。お菓子用の麺棒で伸ばすには、蕎麦が多かった。。。綿棒をずらしながら、何とか伸ばして、折りたたんで、普通の包丁で何とか切って蕎麦ができました。そして、茹で上げて出来上がり!なのですが。。。やっぱり短くなっちゃいましたー。10cmから15cmくらいです。切った時には30cmくらいあったのになぁ。(長すぎ&腰が足りない 汗)おまけに、蕎麦打ち棒を使わなかったから、ちょっと太くなってしまいました。次に実家に戻ったときは、必ずマイ蕎麦打ち棒を持って帰ろうっと。
2006年11月16日
ジュリアをドッグランで遊ばせようと自転車で出かけました。しかしジュリアは自転車の前を走ってどうも危なっかしい。仕方なく、リードを腰に結んで走ると、横についていい具合。。。でした。安定して走っていたと思う矢先、横を通り抜けた小型ワゴンにわんわんと吠えながら自転車の前に飛び出してきたのです。当然、轢きましたよ。。。きゃん。。。うぅ痛そう。でも少し歩いて様子をみたら大丈夫そうなので、そのままドッグランで遊ばせました。そして帰り道、また自転車につけて走ったら、こんどは前に出てきません。おっ、学習したな。気をよくした私は少し遠回りをして平坦な道を走って戻りました。そして、自転車かついで玄関までの階段(4、5段)を上がろうとしたら。。。なんか腰の辺りが引っ張られるんです。振り返ってみたら、ジュリアが座って動かない。それでも、強引に自転車を持って行こうとしたら、バランスを崩して後ろ向きに転倒してしまいました。自転車は半回転。私は駐車場に落ちました。幸い、頭は置いてあった自動車(最近の自動車は、ボディーが衝撃吸収設計なのね)にぶつかったので、大事には至らず。しかたなくジュリアのリードをはずして一人自転車を片付けました。その途中、またしても軽ワゴンが前を通過しましたが、いつもは自動車を追いかけて行ってしまうジュリアが、きょうばかりは大人しく駐車場に座っておりました。よほど、轢かれたのがこわかったのね。
2006年11月14日
何も言わなければ誰も気づかない。言葉による被害とはそういうものだ。景気の後押しで学校教育は空前の好景気。先生たちの頭には、生徒の成績、自分の成績しか無かったことだろう。いまは、病という自分の内側の敵がいるから、立っていられる。しかし、病が癒えたときには、また苦悩がはじまるのではないかと思う。
2006年11月14日
もし、私をいじめた人たちに再び会うことがあれば、失った平穏な時間を返せといいたい。落ち着いて勉強が出来たはずの時間を返せといいたい。勉強しろと言いながら学校環境を整えられなかった教師達に責任を取ってもらいたい。もう時効かもしれないが、訴訟を起こせるだけの不利益はあった。だいたい、時効になるくらいの長い期間を経ても、心の傷は癒えたとはいえないのだ。授業中に勉強の邪魔をされても、先生は成績のいい子は注意してくれなかった。往々にしてそういう子が他人にちょっかいを出したりいじめの中心にいるんだよね。腹が立つ。勉強をしろといいながら、一部の人間だけ勉強ができればいい学校に通わされていたなんて。小学校の頃のゆすりまがいのいじめくらいなら耐えられた。たわいない差別発言くらいなら泣けば忘れられた。しかし、中学に入ってからの執拗ないじめは思い出すだけで悲しくなる。繰り返し給食委員に推薦されて、学校の廊下を重い食器を運んだことも忘れられない。体の小さい私には、使用後の食器入れはとても重かった。あのとき、股関節の形成不全を知っていたら、先生も同級生もどんな態度を取ったのだろう?
2006年11月13日
私の父は祖父を早くに亡くして片親で育った。だから、私は父親とはどう子供の接するべきかわからいという父と喧嘩ばかりしていた。母も、そんな父と厳しい祖母の間で苦悩して、家にいるよりはパートに出る生活を選んだ。私がいじめを伝えても、母はお願いだから学校に行ってくれというばかり。父や祖母にお前が悪いからだと言われるから。しかし、当時生徒指導の中心は不良の構成だった学校は、母からいじめを伝えられても、何一つ動くことはなかった。義務感から学校には行ったが、休み時間になると図書館で時間をつぶした。楽しみで入ったはずのクラブ活動でもいじめにあった。よく逃げ出さずに耐えたものだと思う。生きていられたのは、学校外の現実もそこそこ辛かったから?閉鎖的な環境に、理解者のいない不安。その辛さ、居心地の悪さは、いつになっても忘れられない。大人になっても他人と付き合うときは身構えてしまう。専門学校の寮では、食堂での食事が苦痛だった。そして、小さなことにショックを受けて体調を崩す。本来、欠けたものを補うために社会は集団化すべきなのに、競争の場と化した学校や職場では誰も頼りにならない。行政ですら、役人が私服を肥やす場に成り下がっているじゃない。気づいたら、社会に役立つことなく、置去りにされた自分がいる。働けば?と人は簡単に言うけど、何度働こうと不安は増すばかりだった。辛さをこらえてまで、誰かに尽くす義務があるの?奴隷じゃないんだから。学校での成績がいいからといって、経済競争に勝てるとは限らない。経済競争に勝てたからといって、尊敬される人物になれるとは限らない。この国では、子供も大人もデータ化された理想を妄信して、自分を大きく見せようとしてばかりいる。そしてその理想からは、私の嫌いなお金(=偏った価値)の臭いしかしない。
2006年11月13日
冥王星を惑星としなくなる騒動の次は、地質年代が変わるとか新聞に大見出しが。。。でも学問の世界では、過去の定説が覆されることは当たり前です。そんなのは、一元管理して、○年にこの内容がこのように変更されましたと但し書きをすればいいことです。一般の出版物などは、版を重ねる時に修正してますよね。騒ぎに乗じて修正版でお金儲けをたくらむ公文書業者とメディアが結託しているのでしょうか?それに、上位機関に行けば変更を受け入れて勉強しなければいけないのは当たり前なのだということを踏まえて教育をしないから、変化に対応できない大人を増やしてしまうのでしょう。先生方も、クイズの回答のように一つの答えを握って満足していはしませんか?子供たちの将来を憂うのならば、給料、恩給の綱引きはやめて、もっと教師を増やし、ゆとりのある教育現場を作っていただきたいものです。
2006年11月11日
そういえば、乳がんとわかる前の数年間はよく風邪をひきました。主婦って風邪をひいても働かなければならないんです。だから、風邪も長引くし、体力も落ちる。たぶん免疫力も。。。風邪ががんを悪化させたのか、がんが風邪を長引かせたのかはわかりません。しかし、医者に診てもらってもなかなか治りませんでした。結局、非浸潤がんがしこりを形成してはじめて病気がみつかりました。この間の時間と、1つのがん細胞が約1cmのしこりになるまでといわれている期間がほぼ同じです。健康で90歳を越えて生きる人も多い時代に、40歳でがん細胞を抱えてしまったことを考えると、とても複雑な心境です。別に長生きすることだけに価値があるとはいいませんが、自分が満足するまでは生きていたいと思います。私の場合、縁あって知りあった家族と心ゆくまで過ごしたいということですが、その縁あって知りあった家族は、私たちの生活を支えるため働きづめに働いています。大切な時間を割いて働いて得たお金さえも、一般市民など露ほどにも思わない企業に吸い取られていくのです。皆さんは、スーパーに溢れる食品を見てどう思われますか?普通、物が売れたら、商品は減るものです。自然の中で収穫できるものに頼っていた時代はそうでした。現在は保存食が発達して、保存期間が長いため計画生産として実際の消費量より多くの品物が市場に出回ります。しかし、実際に期限内に売れていく商品もあれば、期限切れとして破棄される商品もあります。つまり、生産されたものを消費する人間の数が計算されているということです。私達は、好むと好まざるにかかわらずそれらの食品を消費しなければ、食糧を無駄にしゴミを増やすことになります。そんなのはまだいいほうです。売れないと困るという理由から、企業はTVや新聞、雑誌の広告枠で盛んに宣伝を繰り返します。この費用は、最初から商品に上乗せされているのです。そして、広告料収入を当てにして運営されているメディアに、企業の不正を正す力はありません。どんな分野であろうと、お金になるものには投資がされ、そうでないものは置去りにされます。日本人はノーベル賞の受賞を喜びますが、ノーベル賞の基金はダイナマイトの収益によって立てられたものです。ダイナマイトの発明は、近代化には役に立ったかもしれませんが、公害や戦争を深刻化させました。産業偏重の教育を行っている日本の大学も、自らは戦争に加担していないと白い手をひらひらさせながら、倫理教育を施さないまま企業に人員を送り出しています。その姿はまるで、国会質問で「私は知らない」と直接の加担を否定する代議士達にも似ています。「何も知らない」大学で習った学問が、いったい何の役に立つというのでしょうか。風邪を引くと転移の恐怖がぶりかえして、ちょっとした愚痴を書くだけのつもりが大きな話になってしまいました 笑
2006年11月10日
宮本常一の著作を読むと、日本の社会の改悪ぶりに驚かされる。寄り合いの慣習があった地域では、納得がいくまで話し合いが行われたという。時間が制限された議会政治にそれはありえない。姑たちの不満も、嫁が傷つかないように愚痴をこぼす集まりもあったそうだ。他言無用、日頃積もった心の埃を口にし、後は普通に暮らす。口から出た言葉は残らない。声とともに小さな不満を吐き出し楽になる。誰かに聞いてもらいほっとする。誰もが教育を受け読み書きできるようになったことはいい。しかし、声に出せば害とならぬことが、書き記されてはいないか?一事が万事にされていないか?
2006年11月08日
日本がほんとうに美しい国なら、子供が友達をいじめてそれを周囲が放置するなんてことは起こらないだろう。ホームルームで話し合いをしても、いじめられた子供の傷にたった1時限の塗り薬。何の解決にもならなかったことは言うまでも無い。成長期の大半を社会と隔離されて、一方で親の影響を身につけた子供たちは、試験管の中で培養されるウィルスのようなものではないのか?子供が吸い取った大人の灰汁は、社会と同様に汚れていた。私達夫婦に子供はいない。やっと生活が落ち着いて、不妊治療でもしようかと考えていたとき乳がんが見つかったからだ。いまは、不妊治療と対極の目的で、抗ホルモン剤を飲み続けている。次の世代という言葉を持てない人が、世の中にはたくさんいる。その人たちだって税金を払っているんだよ。子供がいる世帯よりより多くの税金を。次の社会のために喜捨を続けても、まともな大人が育てられないばかりか、途中で死なせてしまうシステムに補助金として税金が使われていくなんて、悲しさを通り越して怒りを感じる。勉強が必要なのは、学問や学問の多目的利用を志す有志だけで充分だ。勉強したくない奴に、補助金を垂れ流すのはやめてくれ。子供たちが早く機能的に社会に出られる仕組みをつくれば、出産可能年齢で結婚できる人も増え、少子化の問題も少しは良くなるだろう。教育界全体が補助金にぶらさがって利権争いに明け暮れるのは、もういいかげんにしてください。社会に必要なのは、学校でする勉強だけじゃない。
2006年11月08日
私が泣くと、ジュリアは寄ってきて、湿った鼻で押しながら濡れた頬をなめてくれる。犬でさえ、主人の悲しみをその姿で見分ける。私は、30年前にいじめられた相手のことをまだ覚えている。いじめた相手は、そんなこと忘れて、自分の欲望を日々追っていることだろう。しかし彼女たちの子供は、きっといじめや学校崩壊の中で揺れていることだろう。それは、親たちがかつて犯し、教師たちの無力と怠慢が見逃した罪が、時間を越えて罰として現れた。いじめられて死んでいく子をかわいそうだと言うのなら、何故世間はもっと早く学校を変えてくれなかったのだろう。あんな檻のような所に軟禁されていたら、まだ大人になりかけた心でかろうじて立っている子供はそこから逃げ出すこともできないよ。あのときの辛さが、誰かと向き合う度によみがえる。体が震え、心がこわばり、そして憎しみはいつになっても消えはしない。
2006年11月07日
人はみな違う環境に生まれる。富む親もあれば、貧しい親もある。しかし、努力と心がけで少しの差は縮められる。ただし、幸せは別。幸福は、貧者の下にもある。愛情や家族との絆。幸福は、病者の下にもある。日々を生きる喜び。金銭で手に入らないものこそ、最後の時に人を支えてくれる。そのことを忘れて、誰かを傷つけていないか、誰かを不幸に連れ添わせていないか。自分の心に手をあてて考えてみるといい。きらびやかな夢は、誰のためにあるのだろう?たぶん、一部の人間がほんの少し多くを消費して、地球環境を汚して終わるだけのことだと思う。
2006年11月07日
私は、人と付き合うのが苦手なので、外に出て何かしようとすると、気持ちが空回りしてしまい具合が悪くなります。たいていのことは道具が揃えばなんでもできますから、家で主婦をしている分には困りませんが、一般社会での生活には適応できません。いまでは教育者たちも、口々に個性を重んじといいますが、個性のある子供、一人で立ち上がれる子供なんて、いじめのターゲットにされるんじゃないですか?自分の可能性を信じていたから自殺こそしませんでしたが、死にたいと思うくらいつらい体験はたくさんありました。きっと、他人に辛く当たって平気な人は、心が病んでいるのでしょう。そう思って自分を慰めてみても、病んでいる人のほうが多くなってしまっては、いかんともしがたい。これほどまでに社会を追い詰めているものは何なんでしょう?よくわかりませんが、教育に関してはひとつ思い当たることがあります。私の父は、終戦直後に旧制中学を卒業しました。戦争責任を問われて多くの教育者が現場を離れましたから、父の同窓生はほとんどが師範学校に進学し、教師になりました。上がいないものですから、その人たちは、定年までにみんな校長になれたわけです。これと同様なことが、日本中の管理職域で見られたのではないでしょうか。勉強すれば、地位や名誉、退職金が手に入ると思った親たちは、盛んに子供に教育を施そうとします。高度成長期の増収が、親の感情を後押しします。冷静に考えたら、誰もが偉くなれる、誰もがいい立場を得られるなどとは思わないはずなのに、結果的に過度の競争が教育の現場に起こったのではないでしょうか。戦争によって失ったものは、領土でもなく、自尊心でもなく、ただ前をみてまっすぐ生きること なのではないかと。サラリーマン家庭に育った私達夫婦は、農家の生活に憧れます。自分のペースで食べるだけのものが確保できたら、他人をうらやむ必要もないと思うのです。
2006年11月07日
すべての人に同じ人生があるわけではない 病気にしてもそうだどこかでぼたんを掛け違えて、病気になる人生を選んでしまったか あるいは病気の因子を持って生まれたか どちらにしても仕方ないことだ病気になると健康な人の生活がうらやましくなる だからといって、健康は毎日のこつこつとした積み立てでしか手にすることはできないマイナスの自分を憂うと、その赤字を何かで解消したくなる 事が自分の内側で処理されるうちはいいが、臓器移植となると問題は複雑だいつか、命のために他の命を犠牲にすることになるかもしれない 人としての一線を踏みとどまるには、患者本人が病に向き合うことも大切だ片方の胸が無いことくらいは、慣れてみるとそう苦痛ではない 臓器の機能しない不安に比べたら易いことかもしれないが
2006年11月06日
月曜日、週末の汚れを掃除する日である夫が、玄関に犬の毛が溜まっているのを見てなんとかしないとと言っているのを思い出し、玄関の掃除をしたどちらの方向に掃いたら簡単に毛が集まるか?などとやっているうちに、毛は玄関に置いた折りたたみ自転車の下に入ってしまうこりゃいかん 結局自転車を動かしてぜんぶ掃きだし、隅に集めて回収した 掃除に限らず家事全般は、手間をかけることに尽きるよくある便利商品を使ったところで、お金をかけてゴミを増やすようなものだ 繰り返し使えるもので、こまめに手入れするのが一番エコであるたぶん、教育もそうなんだろうな大学受験を目標にした促成教育は、受験産業に拍車をかけ、結果として勉強を義務としか感じない学生を増やす 自力で学習した結果より、単位の取り易さの情報が喜ばれるそして卒業後、大学のブランドを背負い就職した彼らは、いったい社会に何を還元してくれるのだろう?勉強の楽しさを共有できない学校では、先生と子供たちは何を感じながら向き合っているのだろう?
2006年11月06日
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