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泥棒でも夜は戸締りをして眠る。ユスリの家にも、ユスリの来た時には直ぐ警察への張札(はりふだ)が出されてある。
2025年05月31日
ペンを持てばアテコする。事を託せば小嘘をつく。一円拾って天に踊り、十円儲けて地に額(ぬか)づく。何のことはない。その日暮しの当座勘定ばかりに没頭している。人間の総勘定は腐った指や朽ちた算盤で割切れるものじゃない。マ、ちっとがっちりとした魂、グンとした度胸を持つ男が見たい。
2025年05月30日
息こらえ嚥下運動は嚥下力向上に大変よい運動です。では説明しましょう。① 大きく鼻から息を吸います。② 息を止めます(1~2秒 )。③ ゴックン(すぐ唾液を飲み込みます)④ 大きくハア~と息をはきます。これを繰り返し5回実施します。(朝・昼・夜一日3回実施)唾液が出ない時がありますが、唾液の出るのを待って実施しましょう。喉ぼとけを指2本ではさみ、ゴックンの時上下に動くのをを確認します。唾液マッサージをするといいです。続けることで嚥下力が向上するそうです。ただし決して無理なことはしないで下さい。
2025年05月29日
現代に所謂(いわゆる)「人格」と称されるものは、成るべく温和柔順に他人の言に逆わぬ円満な人を呼んでいるようだ。されば人と格との間に「形」の一字を忘れているようだ。興世滔々(こうせいとうとう)として「人形格」の人々がウヨウヨしている。
2025年05月29日
今時分の功利病にも驚いたものだ。自分に都合が好ければ理解があると煽(おだ)てやがる。少し自分に工合(ぐあい)が悪いと直ぐ無理解にも困るとほざき出す。何のことはない、自分は絶対者で周囲は悉(ことごと)く服従すべきものだと独りでキメている。その反省の無い、その利己的な、その責任を知らなさなど沙汰の限りだ。先輩が飢えて冷たい路傍に斃(たお)れていても、自分は温かい自動車で横目もくれずに過ぎ行くのは此種の人間だろう。
2025年05月28日
長い「時」を経れば善悪の価値全く顚倒(てんとう)する。善に徹底し来れば自ら悪人の如くにも評判される。悪に完成を告ぐれば善人以上にも売れる。十年前の詐欺者は今日の詐欺罪を裁いて不時の名誉を博せんとする。三十年前の殺人者は自ら懺悔の名に於て今日の殺傷者を戒めて不労所得を貪(むさぼ)らんとする。時は巧みに人を活かし亦(また)人を殺す。畢竟(ひっきょう)、時は善悪正邪を抹消する自然美だ。
2025年05月27日
当世売名の秘訣は声望(せいぼう)隆々たる大家(たいか)に向って痛切に駁撃(ばくげき)を試むるに在り。敢(あえ)て顧みられざるも、もと吾に失う所なく、若(も)し一回の応戦にても得ば無名の一寒(いっかん)生は一躍忽(たちま)ち天下の大家に伍(ご)せらる。無鉄砲の毒熱に当てられたる大家こそ迷惑ながら是亦一種の名誉税と心得べきのみ。
2025年05月26日
苟(いやし)くも「お家」となると、そこには必ず一個半個の「定九郎」が潜んでいるものだ。明君(めいくん)の没後には彼は殺さるべきものであり、若(も)し暗君(あんくん)なりせば彼は巧みに自他を欺(あざむ)いて一生を終えるであろう。
2025年05月25日
「実意」の安売商人の多いのには呆(あき)れ返る。実意というは、或る場合には自己を空(むなし)うして甘んじて他の犠牲者たり得るものにして初めて現われる人情美だ。功利的の眼を光らせて何かの機会あれば他を踏み倒しても懐中を肥やさんとするような、浮世才子に持合わされるものじゃない。持合わさないものを強いて「実意ありげに」装うて、時には涙を流したり顔を曇らせたりして芝居を見せる。腹のドン底までを看破されていても尚欺(あざむ)き得たりとして独りで得意がっている。この弁功才子(べんこうさいし)の「実意売込み」に接して胸が悪くなる。
2025年05月24日
オベッカは応用されている瞬間だけでも差して悪くはないものだ。此機微に乗じて盛んにオベッカを濫発(らんぱつ)する。青年の時代魔術だ。処が当の本人にフイと気付かれた時オベッカは忽(たちま)ち効力半減する。此処の呼吸を先ず呑み込んで「僕はオベッカなど云う男は大嫌いです、真実の所信です」との条件付でオベッカを売る。「武装された阿諛(あゆ)」には大抵のものはコロリと参る。此の武装オベッカで成功した当世一流の山芋紳士が世の中一杯ウヨウヨしている。
2025年05月23日
人生深奥の苦悩に直面して弱り抜いているものに、私事的功利的の要求を持ち込んで平然として突進する。その冷酷さ、その無常さ、その不作法さ、之が現代というものかとフツフツ悲観する。敢(あえ)て慰めてくれとは云わぬ、此際せめて厄介(やっかい)だけかけないでいて欲しい。幸運に驕(おご)る人の手に血の一滴でも搾取されることは何としても忍び難い孤憤に燃ゆる。
2025年05月22日
私(わたくし)に食うため、私に儲けるための単なる功利的な試みでも、稍々(しょうしょう)久しうすれば公共化する。苟(いやし)くも公共化されたら堂々として他人に助けを、恵みを、加勢を、保護を強要される。自分の食うことは即(すなわ)ち公益のためだ。自分の儲けることは即ち公共のためだと来る。渡世の酸化作用も亦不可思議な力を醗酵(はっこう)するものだ。
2025年05月21日
社会の善人たること易し。親の年忌に貧民千人に白米五合づつ施興すれば足る。学界の恩師たること更に易し。得たる一年の高利を割(さ)きて講座費に抛(なげう)てば足る。
2025年05月20日
正しい道を歩むものには別に看板を飾る必要がない。一尺のものは一尺の儘(まま)、百円のものは百円の儘で進めばいいのだ。その表看板に人格者の名を掲げねば一の興行すら演じ得ない貧弱な詐欺者を笑いたい。
2025年05月19日
宿債に答えんとて絞出せる一論文、方面を変えて売れば新たに数十金を得べし。茲(ここ)に於て破約食言(はやくしょくげん)の曲芸あり。学者の原稿は必ず右左(みぎひだり)に売買すべきに限る。
2025年05月18日
人を呑まんとするものは先ず料理屋に招きて酒食を共にする。而(しか)して「人を呑み終れば」更に酒食を共にするを忌み、次の酒食の友に陰口を叩いて聞かす。一杯の酒に先ず肝膽(かんたん)を投げ出した六尺男児は、三杯の酒に同志間の秘事(ひじ)を売って憚(はばか)らず。金一封の前に自己までも大安値に捌(さば)いて行く。
2025年05月17日
羊羹(ようかん)色に隠れて徳者の名を売る。蓬髪垢面(ほうはつくめん)の仙骨(せんこつ)、時に少女を姦して世を忍ぶ。
2025年05月16日
監督だの監視だのの名にこだわって始終疑いの眼を睜(みは)って、苟(いやし)くも他人を見れば誰彼の別なく被告人扱いをし、唯(た)だ何かなしに隠れた穴でも探し出さねば監督監視の役目が立たぬように概念的に迷執(めいしゅう)している困った人がある。
2025年05月15日
金に汚いもの程、潔白を粧(よそ)うものなり。奥殿にて一封を与えられて眼を細くして叩頭(こうとう)した人は、玄関に出れば忽(たちま)ち声を大にして我物顔に大衆に向かって正義を叫ぶものなり。而(しか)して心底窃(ひそ)かに次の一封を夢むるものなり。
2025年05月14日
他人を踏台(ふみだい)にしてヤット高塀(たかべい)の屋根に手が届けば、後足で砂かけて自ら一人飛び上る。その場合、決して再び踏台を顧みない。それは「権威」に関するからだという。すると又、新たに次の一人が来て件の踏台に據(よ)って同じく高塀を攀(よ)じ登る。斯(か)くて踏台は常に微苦笑しつつ黙って次から次へと「済々(せいせい)たる多士(たし)」を捧げ上る死せる踏台、生ける才子を踊らすテな工合(ぐあい)だネ、面白い。
2025年05月13日
途上に躓(つま)づく人を見て背後から微笑を投げる人がある。見て見ぬ振りで通り過ぐる人がある。その躓いた動機を捉えて故意に裁こうとする人がある。躓きを暗い弱点として之を掴んでモノにせんとする人がある。人さまざまの世だ。
2025年05月12日
楽屋の中の大根でも義経に扮(ふん)すれば千両役者の弁慶をして恭(うやうや)しく礼拝せしめる。「舞台上の人」を点検し来ってそぞろに苦笑せしめる世相が多い。
2025年05月11日
押詰った今の社会には独り良心の鋭いものが先ず前に斃(たお)れるのだ。その後から後から良心の痺(しび)れたものが順次手を握って其屍(そのしかばね)の上を踏み躙(にじ)って通るのだ。それが即(すなわ)ち世相である。
2025年05月10日
或は此人格にして敗を取るは奇怪なりと云う。而(しか)して実は「人格あるが故に」敗るるものなり。今の勝利は常に罪の手に握らる。勝利ほど実は醜劣なるものはあらじ。
2025年05月09日
昔は食えないものは人間の恥辱(ちじょく)とされていた。今は食えないと云うことが人間第一の誇のようになって来た。「 デモ食えないんですもの 」と一言放てばドンナ難関でも忽(たちま)ちブチ破られる世の中だ。真に食えないものは別として、食え過ぎて年中胃腸を害しているものでも、その声明に曰(いわ)く「 働いても働いても食えない 」。武士は食わねど高楊枝とさえ言ったのに、今は内密に貯金していても公けに「 乞食言行 (こじきげんこう)」さえしていれば渡世安全とされている。
2025年05月08日
是非なければならぬ人が是非無ければならぬ事をしているのは甚(はなは)だ稀(ま)れだ。畢竟(ひっきょう)どうでもよい人がどうでもよい事をしているのが実社会の真相だ。
2025年05月07日
他人の災難に対して社会は比較的に寛大なものだ。寧(むし)ろ或る場合は其事を一の興味化する程に冷酷な時もある。
2025年05月06日
はにかみを失った女、羞恥を知らぬ男、電車は常に鉄面皮( てつめんぴ )の満員だ。
2025年05月05日
呉市には交番と便所と説教場が殆ど同数なりと。人間界の暗い何物かの象徴化ならん。
2025年05月04日
言葉を弄(もてあそ)びて自己を文飾(ぶんしょく)しているのが当代人間の常習性だ。「神社は宗教にあらず」と斯(こ)う云って神社の実質を晦(くら)まして平気で過ごす。深い人間苦に悩みながら「徳教 (とっきょう) の賊だ」なんて他を罵(ののし)るように自己を辱(はずか)しめて満足する。自制心の薄弱に泣きつつ「 戀( こい )は自然だ 」と云っては自ら慰める。卸売小売の別こそあれ、人間は皆が皆、良心切売営業人だと見れば大差がない。
2025年05月03日
「待合(まちあい)」は裏の板塀(いたべい) の節穴(ふしあな)だ。上流家庭の内膜を覗くには最も便利だ。待合に入って金二十円も使ったら屹度(きっと)面白い社会相が写生される。
2025年05月02日
窓の中でも一番深刻なる興味あるものは「別荘の窓」と「監獄の窓」とだろう。一は裁かれざる罪の子が潜(ひそ)みて生の罪を累(かさ)ね、他は裁かれたる罪の子が隠れて放たるる日を待っている。一は低き欄干(てすり)に倚(よ)って吹き送る風の流れに花の栄枯を喞(かこ)ち泣く人、他は高き梁(はり)の上に細く射(さ)し込む月の冷光を宿して孤独の人の腸(はらわた)を断(た)たしめている。
2025年05月01日
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