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大きな企業や銀行が、やたら合併して名前が変わって、ヤヤコシイなぁと思っていたら、最近は市町村や大学まで2・3コまとまって巨大化し始めたらしい。都市は大きいほど国からの援助が出易いとか、大学は、少子化で学部を縮小せざるを得ないとか…様々に理由はあれど、なんだか妙な感じ。大きい集団になればなるほど、少数派の要望は無視され易いし、結果、独立とか分裂とかの声が上がりそう。…どうなんでしょ?
2003/01/31
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□私は、どうしてこんなに自分の事しか考えられないのだろうか?と、思う事がある。もうほとんど、ただ生きている状態そのものが、自分中心でしかないのだ。様々な意見や人の気持ちを尊重出来ずに、どうして自分の意見だけを居丈高に語れよう?なんて、生意気なんだ。そんな奴の話など、誰もマトモに聞きたくない。(ちなみに、動物占いは『象』。耳が大きいクセに、人の話を聞かない…?(苦笑))□学校であれ、職場であれ、家族や友人や恋人といる時であれ、結局は、自分がどうありたいか…自分がいかに楽で面倒でない状態を保てるか?そればかりに重点を置いて、動いているような気がする。そして、「自分」が思いも寄らない部分で、否定されたり、拒絶されたりすると、酷く傷付いてしまい、今までのポリシーはどこへやら?簡単に、『私』の意見を覆してしまう場合もある。おいおい。…つまり、怖い事に『私』自身さえも、「楽でいる自分」の為に、捨てられてしまうのだ。それほどに、そいつの存在は強烈だ。(多数決で多数派に参戦する、長いモノには巻かれろタイプに似ているが、それともちょっと違うかな…?)□「お山の大将」的な生き方でも、確固たる自信があれば支障はない。他人がどう思おうと、関係ない。我が道を行くのだ、と。全員に支持される必要はない。許容範囲の個人差はあろうが、信頼できる友は、必要最小限で良い。多少の困難があろうと、そうやって進んでいれば、ついて来てくれる友も出来る。嫌われる場合もあるが、好かれる可能性も多々あるという事だ。…それは、自分とも、他人とも、ちゃんと向き合っている、戦える人だから。□そうだ。私は平和主義という白旗を掲げて、自分とも、他人とも戦わない。中立を意味する赤十字はなく、初めから敗北の白旗。無駄な争いは嫌い。痛いのは嫌い。疲れるのはツマラナイ。きっと話せば解り合える、と言いながら、私は他人の話をちゃんと聞かないまま、ウンウン、と頷いているようなものだ。失礼極まりない。だったら、真正面から挑んでくる敵の方が、よっぽど正直で好感が持てる。(無意味に猪突猛進な頑固アタマの奴は論外!)□さて、この偽平和主義者の特徴は、遠吠えが得意。…カッコ悪いなぁ。ここのHPが一番良い見本。無責任で個人的な世界に入ると、饒舌でやたら賢ぶる。偉そう。こいつ、何様?(と、自分でツッコミ入れてます、ハイ)自分とも他人とも、ほとんど戦わずに済み、思いつくまま言葉を羅列して、気持ちの掃き溜めを掃除しつつ、自分を誇示したり慰めたり甘やかしたりするのに、最適なのだ。ま、HPはそういう場所でも良いのだろうけど…。(たいてい畳に正座して、大真面目に書いてますし、ハイ)□自己中でも生意気でも負け犬でも、構わない。問題は、どんな自分でも、揺ぎ無い自己を保てるかどうか、である。私は弱い。だが、世の中の流れや考えに反発したい気持ちが強い。ヤダ・ヤダ・ヤダ…!いや反発というより、疑問がたくさんあるのだ。ナンデ・ナンデ・ナンデ…?そしてその疑問は、言葉にしていくと「他人の意見の否定」に繋がり易い。ソンナノ、ダメ。マチガッテル!ところが、だ。私は自分の思いを押し付けるつもりはなく、人の意見を否定する気もないのに、自分か他人か、どちらかの考えをしょげさせるのだ。意識せずに、しゃあしゃあと、それをやる時がある。□電話接客の仕事のマニュアルで、「まず、お客様の言い分を全部聞け」というのがある。クレームはもちろんだが、勝手な誤解やすれ違いから生じた問題や、何を言いたいのかわからないような問い合わせに対しても、まず、先方の主張を辛抱強く聞く。それから、なるべく解り易く疑問に答えていく。顔の見えない向こう側の人とわかり合えた時は、嬉しいものだ。(企業の悪事?の片棒を担いでいる部分もなくはないが、その交流は楽しい)□それが人間、ひいては生き物というものだと収めてしまうのは簡単だが、生命が本能的に生きようとする力は、それぞれ、とても勝手でワガママだ。なぜなら、優しい態度や悠長な構えは、自分の種の絶滅に繋がるからだ。それは無意識下の内に、誰の中にも存在するらしい。(個人的には、かなり無関心な分野なのだけど…)でも、私が自分自身に感じる、自分の自己中心さは、それとも違う気がしている。□限りなくエゴイストであるのは仕方ないとして、ちゃんと他人を受け入れられる体勢でありたい。でなければ、まず受け入れられなかった自分を、多少の事では嘆かない強さが欲しい。多分、私はこれからもずっと戦えないで、逃げる奴だと思う。それが卑怯なのか、ズルいのか、情けないのか、はたまた賢いのか?判らない。楽になる為に、どこまで逃げたとしても、せめて、私自身は否定せずにいたい。いや、矛盾しているが、否定しな過ぎる為に、こんな自分が構築されてきた気もする。…こんな葛藤が、なにか生み出せるとも思えないのだが。加えて、少々心配なのは。『自分のポリシーを確固たるものにする為、楽に生きたい心をなるべく抑え、 人と向き合える体勢を出来るだけ保持し、且つ、平和主義を通す』…と、なると?カッコいいけど、ぶっ壊れるんじゃないか?自分…(苦笑)。
2003/01/30
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自分の無神経さで、同僚からメールで忠告を受けた。もちろん悪気はなかったのだが、他人のプライベートな話を、他の同僚に話してしまったのである。私の中では、同僚同士似たような距離の仲間と思っていたのだが、そうではなかった。「君には話したが、他の人には知られたくない。当事者のいない所で話題にしないでくれ」…自分の軽率さを反省。私を見込んでくれた期待を裏切ってしまった。意志表示してくれる位置で良かった…。
2003/01/29
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■治し方のタイプ?風邪を引いた私に、周囲の人達が言う言葉が真っ二つに分かれて、面白かった。それぞれ、実体験に基づいているのだろう。①「早く薬を飲んで治しなさい」「病院、行った?」「体温、測った?」②「なるべく、薬は飲まない方がいいよ。体は自然と治ろうとするんだから」 「医者は信用出来ないぞ」「高熱だったら、解熱剤だけ飲みなさい」 「体温測って熱があると余計意識するから、測らないで体を休めればいいんだよ」…確かに薬を飲むと、本当に治ったのか、薬で抑えられているのか判らなくて困る。■気力で治す朝起きた時から、体が違和感を訴えた。ミゾオチが重苦しい??案の定、出勤後どんどん力が抜け出していき、測らなかったが、かなりの高熱を意識した。先週末、ウィルスの巣窟で過ごしたのだが、妙に自信があったのだ。絶対、風邪なんぞに捕まらん、と。薬の力も借りたが、熱は一日で退治。だが、口の中に苔(コケ)が生えた様な感覚と、お腹と背中の妙な痛さが残る。…イヤ、負けん。もうじき、完治する!!
2003/01/28
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一ヶ月前、その友人は熱っぽくこう語った。「私達はお互い、おそらく世界で一番、愛し合える人に巡り会ったんだ。でも、彼女は柵を越えられないでいる」…同性同士なのだ。久しぶりに最近の様子を聞く事が出来たのだが「え~、私そんな風に言ってた?(笑)結局つきあってるけど。いつか自分の気持ちが離れる事を考えたら、早く終りにしたいな」自らの熱し易く冷め易い性質を熟知している。いつ、生涯の相手を見つけるやら…。
2003/01/27
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情熱的にレンアイする人達がいる。燃え上がって、愛し愛されて、問題が生じて、悩み嘆いて、別れるのだが、またソレを繰り返すのだ。凄いエネルギーだと感心する。だが、その手の友人らは結構冷めた部分を合わせ持つ事が多い。恋人といるととてもラブラブなのに「実は、もう飽きてるんだよね」とか「近々別れ話をするつもり」とか。その態度の落差を、向こう側の恋人は知っているのか?私には、とても不思議…。
2003/01/26
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「幼い頃、母が赤ちゃんだった弟を連れて他の男性の元へ行ってしまい、私は父に連れられて母を取り戻しに行った事がある。私は、母が自分を置いて行った事が悲しかった」随分昔に聞いた友人の告白である。それ以来、記憶を留めない癖が付いた、と言う。その友人と共有した思い出は、私だけが覚えている事が多い。なんとなく切なくなる。でも過去に振り回されず、現在と未来だけを大事にする生き方は魅力的でもある。
2003/01/25
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他人の噂話は本当に怖い。真実じゃないかも知れないと解っていても、一度聞いてしまうとそれは消せない記憶に残ってしまい、ゆくゆく事実との境目がアヤフヤになってくるのだ。イタズラで嘘をついたり、ビックリさせたりするのも同じ。後から完全に誤解が解けても、「なんだか傷付いた」という感覚は沈殿する。人間は、そんなに高性能な機械ではない。生物は、真実だけで生きている。噂や誤解の様な無駄なモノは、排除すべきだ。
2003/01/24
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「悩みや相談事は、ただ聞いてくれるだけでホッとするもんだね」と、先輩が言った。聞いている側は「何か上手いコメントをしなきゃ」「解決策を見出してあげなきゃ」と負担に感じてしまったり、真剣に自分に置き換えて考え過ぎて、逆に自己中心的な意見を押し付けてしまったりしては、イケナイ。言いたい事を相談相手にちゃんと話していると、自然と道が開かれてくる(場合が多い)。まず、言葉に出す事が第一なのだ。
2003/01/23
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「俺、泥沼のレンアイをしたいんだよね。前後の見境なく、仕事も手に付かなくなる様なヤツ。その時、自分がどうなるのか、知りたいんだ。今までの人生、なんとなくそつなくこなして来ちゃったからさぁ…」25歳。男女問わず交友関係は広い。誰とでもスグ親しくなれる、行動派。合コンを企画したり、女友達の家に泊まったり。頼りがいがあって、甘え上手。モテるけど、特定の恋人が出来ない理由もわからないでもない。☆「あ~、泥沼だ。アタシって、モラリストじゃないけど、ナルシストなんだぁ」こちらは、遠距離の彼と、近距離の彼とのフタマタが始末に終えない美少女。遠距離の相手とは、たまにしか会えず、趣味が合うので、電話やメールでのやりとりが主。近距離の方は、家の近くに一人暮らしをしていて、惚れまくってくれている。「正直、どっちも好きで、複数愛もイケる口だったんだけど…。自分が、二人共に本気になってきちゃって…結構、キツイんだよね~」…そう言いつつ、どちらにも言い出せないまま、数ヶ月が過ぎている。「いっそ、両方フッてくれないかなぁ…」なかなか、難しいのだ。☆自由人同士のカップル、彼女38歳、彼50歳。つきあい出して1年強。「あまり人に相談出来ない話なんだけど、彼、凄く元気なヒトなんだよね…」重い機材を背負って長距離を歩いたり、遠くまで散歩に行ったりするのが好きな男性。いわゆる、夜の営みも大変元気なのだそうだ。「今まで、男とつきあった事なかったワケじゃないでしょ?って驚かれるんだよね。…私、フツウだと思ってたんだけどさ。彼に言わせると、何もしてなかったみたいで。その人の事、嫌いじゃないけど、ちょっとビックリの連続でさぁ」周囲の友人がよってたかって「個人差があるよ」「フツウなんて基準はないよ」「嫌だったら嫌って言わなきゃ。言えないんじゃ、つきあってけないよ」……。☆つきあうまでも大変。つきあってからも問題の山(苦笑)。
2003/01/22
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病気をして入院をした知人が、痛み止めに麻薬に近い成分を点滴してもらった時の話。その薬剤が腕を伝って、全身を巡り、頭の隅々を通って一周していくのが解る。さっきまで痛くて重かった体が、病院のベッドの上で、その流れと一緒にゆっくり数m浮き上がったような感覚になり、またゆっくり戻ってくる…不思議な気持ち良さの繰り返しなのだそうだ。あの感覚が忘れられず、もう、さほど辛くはなかったのだが、翌日も痛さを訴えた。が、看護婦サン(今は看護士か)曰く「アレは強いからね」と、処方してもらえなかった。どうやら、見抜かれていたらしい…。一回だけでもクセになるのだ。怖い。☆職場の同僚が、勤務中にこっそり喉飴をくれた。「麻薬の受け渡しみたいだな~(笑)」「でもさ、お金もかかって、体も壊しちゃうなんて、嫌だなぁ。だったら女の子に貢いだ方がいいな、僕は」…こやつ、のん気なのか、シタタカなのか?どんな女の子とレンアイするのやら。ま、レンアイも中毒にならぬよう、ご注意召され。
2003/01/21
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キリの良い数字が好きだ。生年月日がピッタリした数字だからなのか、と思う。偶数より奇数の方が潔くて格好いい。「1」や「5」なんか、惚れ惚れしてしまう。「3」はなんだか甘い雰囲気、「7」は好かれ過ぎてツマラナイ、「9」は大き過ぎてちょっとつかめない。「2・4・6」は仲良くて、仲間に入れてもらえなそう。「8」も親しみがわきにくい。「0」は何もなくて、そのまんまじゃ嫌だなぁ…。
2003/01/20
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大寒の前夜である。つまりは、バースディ・イヴである。この世界に命として誕生し、私の人生が始まった。ある人はその生き物が生まれた確立を計算し、ある人は奇跡だと驚き感謝し、またある人は苦行の道だと言う。両手挙げて、人生は素晴らしい!なんて単純には言えず…とはいえ、私が私で生きている事には、やっぱり嬉しい気持ちで一杯だ。全てに背かれても、最後まで信じるに足るもの…それが、自分自身だからだ。
2003/01/19
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★私は普段、争い事が嫌いで、大らかで寛容な心持ちをしているのだが、ツマラナイ事…些細な事…どうしようもない感情や過去の記憶に捕われて、不必要に視野が狭くなる時がある。自分自身、不愉快なのに、転がりだすと止まらず、とても偏屈で愚かな考えに固執してしまう時がある。何故なのだろう?いつか、大人になったら、治るのだろうか?ニンゲンはそういうものなのだ、等と納得してはいけない。(戦争さえ、認めてしまう事になりかねない)こんな自分は嫌だ。悩むなら、もっと大切なモンダイを考えたい。それとも、自分が捕われている事は、思っているより重要な事なのだろうか…?否、そんなはずはない。解っているのに、そのモヤモヤから逃れられないのは、やはり未熟なせいだ。★世の中に、もっと苦しみ、思い悩んでいる人がごまんといる。耐え、忍び、這い上がり、成長する人も沢山いるだろう。幸せゆえの、贅沢な悩みである事も承知している。だが、比較してどうだという問題でもない。人生は千差万別であり、私は私なりに壁があり、越えるか、壊すか、避けるか…方法も様々なのだ。そして、それは、死ぬまで続く(その先は、ワカラナイけど~…(笑))。カッコ良く生きたいワケじゃない。素直に、というと言葉はそのまま良い意味だが、なんでもかんでも本能や思いつきのままに動いても、仕方ない。★自分は、どう生きたいと思っているのだろう?楽しく?充実して?自分らしく?見本はない。手本もない。とくに尊敬する生き方もなければ、信じたい宗教もない。ワタシが、ワタシの一番尊敬出来る生き方をすべきであるし、自らが作り出した宗教…考え方を信じるべきだ。それ以上は、ない。★子供の頃、自分は、成績は多少悪くても普通に好かれる明るいタイプだと思っていた。ところが実は結構根暗で、いじめられやすい性質だとだんだん知っていく。嫌われるのがイヤで、人の言い成りになって、意志をハッキリさせないからだ。反面、弱くて優しい友達にはキツイ態度を取る事があった。酷い奴だ。なのに、冷たい友達にくっついて行く…変な習性(…マゾ?)。中学3年の時に、クラス中から孤立して原因が判らず悩んだ時期があったが、今思えば、根源は自分の中にあるのが理解できる。★大きくなってからは、自分なりに一生懸命で前向きであれば良い、と思っていた。遅かれ早かれ、寿命はいつか尽きる。能力も様々だ。社会人は、前向きだろうがなんだろうが、結果が全ての世界。ならば、個人的な人生の充実を最優先するのが良いだろう、と。(結果に向けてなんとかしようと思わないのが、営業職に向かない部分だな~)★…が、しかし、どうしたって世の中の流れに自分も飲まれているワケで。自分に課せた「一生懸命」なんて、やたらに甘いものだった。おいおい、それのどこが「一生懸命」なんだ?ってな位で(笑)。では、どこか自らを尊敬出来る生き方を実践しているか?他人を羨(うらや)まない。ある意味、幸せ者。楽天的。世間の常識を鵜呑みにしない。ちゃんと考えたい、と思える。人を責めず、その事柄を責める。一種の逃げでもある、平和主義。…なんだか、自分である事には一生懸命なのだろうが、やはり甘いな。気持ちは抗(あらが)っているのに、負けてる。楽したがる。…滝にでも打たれたら、何か開けるのだろうか?★三輪明宏サンが「容姿も出身も変えられないが、心は変えられる」と話していた。相手の事も、自分の事も、心を見なさい。良い心でありなさい、と。容姿や環境や、生まれ持った才能や学力に悩む人が多いからだろう。「心を変える」…私がその言葉でホッと出来ないのは、それが何より厄介だと常々感じているからだ。…やっぱ、滝か?こうなってくると、それさえ、他力本願だなぁ(苦笑)。
2003/01/18
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探りながら、歩いている。来週に誕生日を控え、地球と自分との未来を漠然と心に留めつつ、公園の木々の、枝の先の膨らんだ芽にうっとりしたり、帽子とマフラーと手袋で包まれた自分の姿を楽しく感じたりしながら…。●3月の芝居の公演が決まった。『奇跡の人』である。三重苦の少女ヘレン・ケラーと、その先生である二十歳の娘アニー・サリバンの物語。もちろん、実話だ。将来ヘレンは博士号を取り、来日も果たす。脚本を皆で何回か読んだのだが、毎回、圧倒されてしまう凄い作品…。私は、音響スタッフで立候補した。というのは、12月の仔猫役で「演技」は私の追及するものと違うと思えてきたからだ。でも、あの『ねこはしる』のランが、それなりに好評だったせいも有り、「お前は役者をやらせる」と、聞き入れてもらえずにいた。ダメだ。ここで逆に妥協してはいかん。後で、後悔する。そう自分に言い聞かせ、裏方での参加をアピールし、なんとか先日のキャスト発表で「音響兼、舞台監督助手」を仰せつかった。うっかりしたら、ヘレンにされる可能性もあった。怖くて震えてしまう。一切セリフがない、盲・聾・唖の役なんて…。声を掛けて頂くだけで、もう充分だ。この、素晴らしくなるであろう舞台を手掛けられるだけで…頑張ろうと思う。●もう一つ、年末にゆっくりスタートした新しい空気の流れ。こちらも芝居同様に、今は「嫌いじゃないけど怖くて避けたいもの」となっている…レンアイ、である。今から一年半以上前、5年近いつきあいが崩壊し、自分の人間性も砕け散った。ここのHPに乱暴な言葉を並べまくり、自分を含め誰彼構わずに迷惑と心配を掛けた。現在も、まだたまに燻(くすぶ)る…私にとって、こんな恐怖は他にない。ほぼ、自らの死に近い、恐怖…。自分の弱さを、思い知らされたのだった。「アナタが、好きになりました」2002年もあと半月という時。その言葉は、予想出来なかったものではなかった。その時の私の心情は、実に無色透明。五感が消えたとでも言おうか、音も色も、感情の起伏も、無くなった。不機嫌そうなその人の表情や口調を、なるべく見逃してはいけない、と見据えた。そして同時に、こんな場面の自分の気持ちもちゃんと覚えておきたい、と思った。だが、それは、その時も今も、どうにも言葉に出来ない。…包み込んでくれる様子ではない。見守る、と言うと聞こえはいいが、自分の枠の中だけで試行錯誤し、満足して解決してしまう雰囲気だった。現に、ちょうど一ヶ月経った今も、その空気は変わっていない。でも、一緒にいると、五感が倍以上になる。一人では気付けないまま過ごしていた諸々を、感じ取る能力を授かる。「お互いに、格好付けず、言いたい事を言い、聞きたい事を聞こう」「自分だけの時間や考えも、大事にしていこう」こんな事をスローガンの様に掲げているのは、滑稽だろうか?数少ない経験から学習した事、だ。いつ、また「違った」と踵(きびす)を返されるか知れない怖さ。「そんな心配は無い」と言い切る人に、無言でしか返答出来ない自分…。●まだまだ、おっかなびっくりしながら、歩いている。よく意識しないと、簡単に盲になってしまう。ちゃんと耳を澄まさないと、すぐ聾となり得るし、思いを明瞭にしないと、まるで唖。実際、その力があるかないかより、どう使えるかが重要なのだ。なんとなく生きていれば、何も見ていないのと同じ。何も聞いていないし、どんな言葉も無意識に吐いている息と変わらない。人生の舵を取っているのは、紛れも無い自分である。地球の歴史の中で誕生した生命の中の、二つと同じもののない、唯一つの生き物。だから貴重だとか、精一杯生きろとか、そういうもんでもない。ただ、それだけだ。名前も性別も必要無い。せっせと周ってくれている星の上で、誕生してからその回転の数だけ心臓が動いてくれている、生き物である自分。
2003/01/17
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去年4月に引っ越して、自室に窓が無くなった。想像以上に、苦しい。僅(わず)かに太陽の光が隣室から届くだけなので、昼なのか夜なのか?晴か雨か曇りか?時間も天気も判らないのだ。四六時中外出しており、部屋にいる時間は短いので構わないと思ったが、いつでも蛍光灯の冷たい光を点けなくてはならない…妙に不自然な気分になる。でも、この冬はコタツもストーブも出さずに済みそう!窓が無い為、非常に暖かいのだ~。
2003/01/16
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今日の日付けを見て、成人の日だなぁ~と思ってしまったが、どうやら2年程前から1月の第二月曜という事になったらしい。と、いうのは、全く「聞いてない」のだ。この国の万人に密接に関係する事なのに、なんだかいつの間にやら変更されている。「連休になってイイネ」<「どんどんお金使って景気回復、及び丸儲け」なのだろう。根本の意味は消え、合理的・経済至上主義な休日に。…そんなんで本当にイイの?
2003/01/15
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壁面の暖房機がガタガタ音を立てたので、部屋の主は「鳥でも入ったかな?」と、笑った。それから暫くして「まだ、信じられない」と呟いた。私が「そうだね」と答えると、その人は独り言のまま「今まで、滅多に他人を上げた事のないこの部屋に、アナタがいるなんて…」と続けた。私は出来るだけ無表情に、独り言でこう返した。「私はエアコンの隙間から来たんじゃなく、ちゃんと玄関から入ってきた」…君に招かれてね…。
2003/01/14
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続)…雑多な新橋駅を抜け、ゆりかもめ線の綺麗な構内を過ぎ、無表情なガラスの高層ビルを見上げつつ、劇団四季の劇場を横目に進んで、浜離宮公園の入口へと向かった。300円の入場料を払って庭園の中へ入ると、酸素の濃さに驚かせられる。振り向けば巨大なビルも高架の高速道路も真近なのだが、なんと気持ちの良い…意識して吸いたいと思える空気なのだろう?土と草と木と池…なんて優しく迎えてくれるのだろうか。
2003/01/13
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浜離宮恩賜公園へ行った。JR山手線の新橋駅と浜松町駅との間あたりにある、都会のオアシスである。新橋駅の烏森口を出て、正面の新交通ゆりかもめ線(タイヤのついた無人運転のモノレールもどき)の乗り場を通り抜けていくと、未来都市のようなガラス張りの巨大なビル達が迎えてくれる。新宿の高層ビル街同様に首が痛くなるが、つい見上げさせられてしまう。『ジャックと豆の木』の、天に続く枝を思い出す…。
2003/01/12
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都内で開催された『性教育を考える集会』へ。書籍出張販売のお手伝いだ。各地から小中学の保健の先生等が集う、大規模の集い。「恥ずかしい」「表に出す話題でない」といった感覚が根強いが、とっくにそんな時代ではない。だが、それをどう表現すべきか、何が問題なのか?赤ちゃんはどうしたら生まれるか、性同一性障害やジェンダーに悩む生徒への言葉は?自分達のプライベートも交え、議論は尽きない。頑張れ、先生!
2003/01/11
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私の周囲の人達は、睡眠時間が多い方だと思う。そして、睡眠不足を困っている。だいたい7~8時間、中には10時間近く寝ないとボンヤリしたり頭痛がしたりするという…。どうも私はこんな部分にも勿体無がりの癖が疼き、寝るのが惜しいと感じてしまうのだ。寝ている間は、意識が無い。生きていないのと変わらない。起きていれば、何か出来る。…が、電車で寝コケて隣の人に寄りかかって注意されてしまうのは、よろしくないな。
2003/01/10
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職場の新年会があった。それも、なんと勤務中に各自、休憩時間だけ抜け出して参加するのだ。(勤務体制はバラバラなので、今日休みの人や勤務終了した人もいるが)アルコールが入った赤い顔で就業していいのかなぁ?…今日だけは無礼講らしい…。私は、参加を渋っていた同僚を誘って会場へ。食料は既に尽き、ビンゴ大会の真っ最中。今迄に出た数字が書き出されており、途中から参加したのだが、ほどなく同僚が、『ディズニー・ランドのシングル入場券&ガイドブック』をGET!!「なんでペアじゃないんだよ~!これじゃ、女の子誘えないじゃん」…自分の分は、事前にこっそり金券ショップで買っとく事を勧めておいた(笑)。半額にするっていう手もあるけどね。だいたい、私が声を掛けなきゃ休憩室で寝てるはずのヤツに、なんで当たりが出るのだ!で、何かしら貰わねば気が済まんと思っていたら、終わり頃にやっとBINGO!『スター・バックスのアールグレイ・ティのティーバッグ』。…運命の神様は、よく解ってらっしゃる。私に、本当に必要なモノを(苦笑)!他に、チェキや電動歯ブラシやCD券等があったが、年初めの幸運には丁度良いレベルかも。
2003/01/09
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ご訪問下さっている皆様!やっと、PCに向かえる環境が整いました。5行日記で更新してますので、トップページだけで読み切れます(笑)!どうぞ、遡って、感想等頂けると嬉しいデス。私も追々、訪問させて頂きます。ああ、今年は誕生月に入った感動や実感が薄い。なんてもったいないんだ。いつもなら、12月から「来月は誕生日」とワクワクにしてるのに…。だいたい、1月はカレンダーをめくっていく楽しみがないのだ。損してる(笑)!
2003/01/08
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100円均一の店で、A5版のスケジュールノートを購入。日付を自分で書き入れるもの。ここしばらく、必要性を感じなくなり手帳を持たないでいた。もともと大した予定はなく、家計簿と日記を兼ねていた。家計簿…つまり、お小遣い帳は、中学頃からせっせと付けた。他に、どんな服を着て出掛けたか、どんな物を買ったか、時にはこんな夢を見た、等々。例のシツレンで全て無意味と思わされたが…本来の自分を取り戻しつつあるのかも。
2003/01/07
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食べ物の好き嫌いとは、どこから生まれるのだろう?原因がハッキリしている場合もある。祖父は戦時中に食べ過ぎて、ジャガイモが嫌いになったそうだ。母は、ブドウを食べていて祖母にタネを出しなさいと細かく注意され、ブドウ嫌いに。食べてお腹を壊したり、怒られたりした記憶にも左右される。だが、もし無人島に流されて、ソレしかなかったら食べるだろう…すると我侭なのか?野生の動物にも好き嫌いがあるだろうか??
2003/01/06
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正直に自分の思った事を、歯に絹を着せずに話す人がいる。時にそれは結構キツイ内容になる事もあるが、そういう会話を好む相手には気持ちがいいものだ。私も話す相手によっては、なんでもかんでも言葉にしてしまう。矛盾も出てくるが、素直になりたいのだ(笑)。…が、自分の考えに対する批判や厳しい意見を率直に言われた場合、とてもドキッとする。「以前から君の姿勢はズルイと思ったよ」先輩からの言葉が、胸に沈殿して消えない。
2003/01/05
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2003年rauhinn、なにかと多忙。妙な焦り?不安?それとも期待?その全てがまぜこぜになって、心の中がまとまらない。それでHPの更新もご無沙汰頂いていた。不健康とはまた違う感じ。でも自分の考えがハッキリしない点では、健康的ではない。『新年の抱負』みたいな、これからの指針が思い浮かばないのだ。悩む以前のような感覚。第一に、芝居。新恋人。家族。私の人生の輪郭にフォーカスがかかって、見えない。
2003/01/04
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年賀状制度廃止促進派(?)の人達がいる。義理だけでのツマラナイやり取りであれば、そう思うのも致し方ない。葉書の差出人氏名だけが重要で、その中身は読まないのでは、50円の紙で人付き合いを図っているようだ。そんなのは、私も廃止賛成派に一票投じる。でも、文句を言いつつ、それぞれ結構楽しんでいるじゃないか?と思うのだがどうかな?私は万一年賀状が廃止されたら、署名なりデモなり起こすね。大好きなもんで!(笑)
2003/01/03
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私が幼い頃の?記憶では、正月三が日はどこの店もお休みだった。余裕のある商店は五日や六日から開く所もあったと思う。それが、ここ数年、正月休みはないに等しい。いわゆるバブルが弾けた10年弱前から、スーパーやデパートが店休日をどんどん減らした。店を開けていれば、多少でも収入がある。人件費や光熱費がかかろうと、構わないのだ。「そんなに働かないとやってけないのか?先進国かココは?」…皆、頷く…。
2003/01/02
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元旦。ちなみに俳優・役所広司氏の誕生日でもある。共に、おめでとうございます。私は、昨日から二泊三日で帰省。親に言われるまで『紅白歌合戦』の存在を忘れていた。田舎へ戻り、する事がなくて時間を潰そうとすると、ついTVの存在に身を委ねてしまう。普段滅多に見ない私だが、実家がケーブルTVに加入した為、落語や昔のアニメ番組を堪能させて頂いた。現代のドラマやバラエティ番組やワイドショーより数倍面白い!!
2003/01/01
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