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3月7~10日です。東京三多摩地区です。JR駅下車徒歩30秒の劇場です。詳細はメールにて、お問い合わせ下さいませ♪昨日は、ナグリ(カナヅチ)持って、仕込み(大道具・装置のセット)。小道具屋から、なんと『井戸』を借りました!!!!もちろん、舞台上で水が出ます!炒り卵も、飛び散ります。なんといっても、バトルですから…。お楽しみに!
2003/02/28
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続)ヘレンを軸に、アニーも、ケラー家の家族も、自分自身と向き合い戦い始める。そして、奇跡が起こる…何も見えず、何も聞こえず、他人とコミュニケーションを取れず、ただ乱暴な動物のように生きていたコドモが『世界』の存在を知るのだ。深い意識の底から「言葉を喋る」という行為が甦ってくる。井戸の口からほとばしる水を手に受けながら、アニーがヘレンの手に何度と指文字で綴り続けた「W・A・T・E・R」を叫ぶ…!
2003/02/27
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続)まずは、家庭教師VS.ケラー家の家族。とくに頑固親父のアーサー・ケラー。南北戦争が終結し、奴隷も女性も、解放だ参政だという新しい流れに馴染めないでいる。若い母親のケート・ケラーは、ヘレンが初めての子供。可哀想で何とかしてあげたいと思うものの、結局は甘やかし放題。粗雑だが情熱溢れるアニーに期待し、感化されていく。前妻の子、ジェームス・ケラーは思春期…しかし、彼もアニーの言動で変わっていく。
2003/02/26
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続)アニーは、盲学校での先生は多少していたが、家庭教師として三重苦の生徒を教えるのは初めてである。学校を卒業してからは、身寄りがない為、行くところがない。だから、何としてもこの就職先でうまくやっていかなきゃならない。気合い充分!!それに、自分も目が見えなかった。学校で良い先生に習い、手術を9回も受けて、「私は救われた」のだった。この少女にも『世界』を教えてあげたい…その一心である。
2003/02/25
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続)赤ちゃんの頃から目が全く見えない…というと、まず自分がどんな気持ちの時にどんな表情をするのか?が、わからない。また、ヘレンが大人になってから「盲目である事より、無音の世界の方が悲しい」と話したそうだが、耳も聞こえない。文字通り、閉ざされた世界~!自分の周りに何があるのか?感情も物事も、言葉がないと表現のしようがなくて「ぎゃー」とか「う~」とか欲求のまま動き回るしかないのだ。
2003/02/24
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続)さて、そんな家族に囲まれて野獣のように育ってしまったヘレンちゃんの所に、新人家庭教師のアニー・サリバン嬢がやってくる。自分も弱視で、足の悪い弟と一緒に施設に入れられていた薄幸の少女。弟がヘレンと同じ6歳で亡くなってからは、天涯孤独の身!でも勝気で勉強家だったので、成績は優秀。20歳の時に、ヘレンの家庭教師に抜擢される。スプーンを使って食事をする事さえ知らない子供に『言葉』を教えようとするが…。
2003/02/23
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ヘレンちゃんの家族紹介。パパは元軍人、人種・女性・障害者差別バリバリの頑固親父!旦那と20歳離れたママは、ケラー家に後妻でやってきた、お嬢様育ちだが賢い女性。ヘレンの義理の兄にあたるジェームス…家族に対し、ちょっと素直になれない青年。それから、ケラー氏の姉(ヘレンの伯母)…高飛車な金持ちオバタリアン(死語?)。どの人もヘレンを哀れんで同情し、その面倒に手を焼き、結果、溺愛する。…が!!
2003/02/22
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今まで、もちろん名前は知っていたが、ろくに詳しく知らなかった『ヘレン・ケラー』。1歳の時に熱病を患い、目が見えなくなり、耳も聞こえなくなった為、言葉を知らずに育った。家が裕福だったので、多くの医者に診てもらったが、治らないまま6歳になる。鼻と触感だけが頼り…なんの教育も受けられない。体と、悪知恵ばかりが育っていく。召使いを沢山抱えた豪邸に住むケラー家の人達は、ただ娘を甘やかして過ごしていた。
2003/02/21
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チャットに再挑戦。インターネットを介し、リアルタイムで文章での会話をするアレ。昔ちょこっと参加してみたのだが、他の人達の言葉がドンドン表示されるのが目で追えず、読み切れないまま話題が進んでいってしまう。自分の意見を打ち込むタイミングを逃す。また、シーンとして会話が進まなかったり、ネット用語?がわからず意味不明だったり…。音声や画像や直接一人のヒトへ内緒話が出来る等、面白いシステムも増えている。
2003/02/20
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何かで忙しいと、その仕事に集中すればいいのに、他の事まで集中してやりたくなる。この現象は、何なのだろう?掃除や友人へのメールの返信等は、つい疎かになるが、考えなきゃならないコトや、手を出し掛けた作業を、ことごとく片付けたくなるのだ。明日の為に早く寝なきゃ…と思うと、逆に「これだけは、やっとかないと!」と、いつまでも起きているハメになる。実に本末転倒…。集中力のコントロールが下手らしい。
2003/02/19
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★書き込み・他、検討して下さった皆様、どうもありがとうございました★先日の「ミニチュア・ダックス里親募集」は、解決しました。周囲の方や、数件のペットショップで引き取ってもらえる事になったそうです。どうも、ご心配おかけしました。期待してた方がいらしたら、本当にすみませんでした。念の為、確認したところ、ニセではなかったようです。…が、しかし、確かにネット上でのこういう話は、とくに用心しなきゃいけませんね…。ご忠告も、とても嬉しかったです。どうも、皆様、ありがとうございました~。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『2/18の仮日記』友人から、知り合いのペットショップが倒産した、と突然こんなメールが届いた。「倒産の為、ミニチュアダックスフント100匹が、路頭に迷っています。飼い主になって下さる方を探してます。もちろん、お金はいりません。近日中に見つからないと、保健所に送られてしまうそうです。どうか、里親になってくれそうな方がお知り合いにいたら紹介して下さい。毛質や、毛色は面会して選べるとのことです。宜しくお願いいたします!」信頼のおける友人(女性)ではあるが、私個人は詳細不明。それでも、興味ある方がいましたら、私書箱へ連絡下さい。※注:東京23区内にこられる方がよろしいと思います。他、細かい質問はわかりませんので、ゴメンナサイ…。==============================★rauhinn近況★三月上旬公演の芝居『奇跡の人』の準備で多忙です~。掲示板のお返事も早くしたいのですが…もうちょっとお待ち下さいマセ。日記もまた例によって一気に更新致しますゆえ、よろしくお願いしまする。
2003/02/18
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白黒ハッキリされるのが、苦手な理由がある。私は、一度聞いたり想像したりした事はかなり忠実に記憶する性質があるのだ。だから、以前と違う事を言われたり、「本当はこうだった」と訂正されたりすると、非常に混乱してしまう…。それならば、初めからやんわりアバウトに受け止めて、それが変化しても「ま、そういう事もあるさ」と思いたい。でもそれは、雇主や恋人にとっては、都合のいい奴なのかもしれない。
2003/02/17
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ここ数日『白黒ハッキリさせる』という事に繋がる日記を書いた。私はどちらかと言えば『アバウト』なので、他人があまりハッキリ言わなくても強く追求する事が少ない。自分も自信がない、自分もハッキリしないのに、先方にばかり押し付けられないからだ。もちろん度合いもあるが、仕事や恋愛や友情に於いても、ハッキリしないのは困る。私の中では芯が通っているのだが、外では通用しない場合も多く…生き辛い(苦笑)。
2003/02/16
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今まで私は、いくつかの職場を正社員・契約社員・パート・アルバイト等で勤めてきた。大なり小なり、どこでも問題は転がっている。社長や店長の頼り無さ、従業員同士の歪(ひずみ)、会社側との意見の相違…。そして、どこも良い部分も沢山持ち合わせていた。だから血気盛んな同僚達を見ると、良いトコも見なよ~とか、ココはそれほど酷くないぞとか、思ってしまう。だからと言って、向上心や反抗心を無くした腑抜けじゃ困るけど…。
2003/02/15
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現在、2ヶ所の職場を掛け持ちしている。近頃どちらの勤務先でも、周囲の従業員の不満をよく耳にする。「あの上司の態度は気に入らない」「業務の改善策を聞き入れてくれない」「契約時と話が違う」…言いたい事は、言葉にすべきだ。最初は陰口のようであっても、考えがまとまれば、いずれ直接オモテに出せるだろうから。同じ職場の者として理解できる話も沢山ある。だが、白黒ハッキリ出来るものかどうか…疑問も多い。
2003/02/14
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多分、私は友達を一人無くした。先日の日記に書いた「友人のプライベートを私が第三者に話してしまい、それに対しての注意をメールで受けた」…という話の、結末である。その後、顔を会わせないまま、その友人は職場を退職。2度程メールを送信したのだが、返事は非常に素っ気なかった。私は自分の軽率さを詫び、和解したものと思っていたが…。相手は環境も変わり、友達存続リストから外されてしまったようである。仕方ないか。
2003/02/13
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物事を、白黒ハッキリつけたがる人がいる。社会人であれば、多くの場面でキチンとしなくてはいけない事も多い。お金の事、契約の事、人間関係…至極、当然ではある。だが、これは私が未熟なのか、甘いのか…生真面目に物事を計る一方で、いい加減なままやり過ごすコトも多々あるのだ。世の中の人が、時々とても窮屈そうに見える。…その「いい加減さ」と「窮屈さ」のバランスが、とても大事なのだろうけれど…。
2003/02/12
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自分の短所・長所を考える事はあっても、他人のそれを思い悩む事はあまりない。●例えば、我が子や結婚相手、恋人であれば自分の気持ちの向かい方が強いので、その人のイイ所やワルイ所について、いろいろ思うだろう。だが、友人知人に至っては、その人を尊重する意味もあるし、愛情の薄さも加わって本人にはもちろん、心の中でも言葉にしないで済ませてしまう。人の長所・短所に気がつく時、それは、自分を見る鏡の発見でもある。自分の「こうありたい」「こうあるべき」という人間像を、思わされるのだから…。●最近、心に引っ掛かったのは、我が妹の性質。先日、私の不在時に、自分の彼に私のPCを使わせていたので、せめてメールでもいいから事前に一言断りを入れろ、と言ったら、その返事が、「もうじき、(アタシも)パソコン買うからぁ(いいじゃん)」。…別の日、とっくに終電を過ぎ、連絡がないまま翌朝になった時に、心配させるな、と言うと「そっちだって、そういう事あったじゃん」。そうじゃないだろう?こちらの気持ちに対する答え方になってな~い!!自分の行為や反省はそっちのけで、本題をかわした言葉が出るなんて…。肉親である甘えも多少あるかも知れないが、情けなくなってくる。…ちなみに彼女は、男女共にとてもモテる。外見に気を配り、人付き合いを重視し、好奇心が旺盛で、行動力が伴う。我らが三兄弟、似たような部分を併せ持ってはいるが、この妹が、秀でたモノをなんとなく独り占めしているようでもある(笑)。私はそれが嬉しいので、全くモンダイはないのだが、前述の、言ってみれば「短所」については、他人事に出来ず困ってしまう…。●以前も日記に書いたが、オトナになってからは、その人を注意する人物が減る。大のオトナになった友人や兄弟に「そうじゃないだろう?」と、正面切って言えなくなってくる。それは、当人にとっても悲劇だと思う。本当に愛があるなら、お互いに高まっていきたいと思うなら、もし間違っていようとも、口論になろうとも言葉に出すべきなのだ。ところが、そんな勇気を出したにも関わらず、オトナとなった相手は、本気で受け止めず、逃げたりかわしたりする事が多い。それを繰り返していくうちに、言うのを止めてしまうようになる。その方が、面倒臭くない。相手に、そこまで期待も責任も持たないでいられるのだから。●ところで、「恋人とつきあう」という事柄は、私にはまだよくわからないのだが…。人は、そういう部分を欲して、そういう行動に出るのかしらん、と思った。すなわち、自分の短所・長所を面と向かって言ってくれる相手が欲しい為に「つきあう」のか?と。自分にも相手にも、期待し、責任も持って、面倒臭がらず、愛を込めて、その心と向き合えるかどうか。…などと文章にしたら、ムズ痒いだけか(笑)?でも、真顔でそんな話が出来たら、ある意味お互いに一歩近付けるのだろうな…。
2003/02/11
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家族以外の人と一緒に暮らし始めると、最初、日常の様々な面でのカルチャーショックを受ける。学生寮に入るとか、友達とアパートを借りたとか、同棲やケッコンとか。自分の中の『当たり前』が揺らぐのだから、困惑して当然で、時にはストレスになるが、とても面白い。なぜなら、元の家族のジョーシキも、だんだんと出来上がってきたもので、初めから「これぞ、本来の当たり前の常識」なんてのはナイのだから。例えば、洗濯機の使用方法。「色別に分けて洋服を入れて洗う。ブラウスもパンツも一緒」「タオルと靴下は別にする。汚れが移りそう」「パジャマやバスタオルは、一回使ったら毎日洗う」…。先日は、一周り以上年上の恋人と半同棲中の知人から、なかなか他人に聞けなくて…と、こんな質問をされた。「デートの費用は、いつもきっちり割り勘にするか?」「避妊具は、どちらが用意するか?」そんな事は、その当事者同士で違うと思う、と答えたが。「交通費や映画代、たまには甘えてもらいたいものか?別の物で返してもいいか?」「妊娠の選択権はオンナにある、と避妊具を全く用意しない男はどうか?」…。…単純に、そんなの当たり前じゃん、と言う物事の、一体どれくらいが本当に「当たり前」なのだろう?時代の流れ、TVや雑誌で作られる常識、古くからのシキタリにも、まだまだ振り回されているであろう我々。いつになったら、自分達らしく納得のいくジョーシキが確立できるのだろう。★毎日、朝の挨拶をする?風呂入る?歯磨きする?顔洗う?WCで大をする?髭剃る?化粧する?下着を替える?着の身着のまま寝て起きて出掛けない?帰ったら、手洗いとうがいをかかさない?連続装用不可のコンタクトレンズは、必ず外す?車を運転する前、運行前点検する?…結構、素朴に疑問。
2003/02/10
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初めて、高尾山に登った。登った、という表現で良いのだろうか…少々疑問(笑)。□行きの登山道は、急な坂道もあったが、ずっとコンクリで固めてあったのだ。「熊出没注意」なんていう立て札はあるはずもなく、ムササビや蝶の飛来についてとか、草花や樹木の解説とか、寄付をした企業名や個人名、ここから見える景色の説明等が書かれていた。繊細な土の層の壁が続くのを見て、ミルフィーユを連想した。□参道の入口迄、ケーブルカーで6分、リフト12分。往復九百円。片道四百七十円。参拝者の多くはソレを利用していたが、今回の目的は「光合成」である。すなわち、森林浴、自然観察、視力回復(笑)。□途中、広々と見晴らしの良いベンチで昼食。相方が背負ってきた巨大な弁当箱が二つ登場…片方に白飯が詰まっており、もう片方は、本人手製のお惣菜…鶏肉と茄子と椎茸と長葱の炒め物であった。これまた大きな水筒を取り出し、その湯を注いで、味噌汁の出来上がり。どれも大変、美味しく頂いた。「これで、背中が軽くなった!」:相方談(笑)…と、頂上へ出発。□山頂の景色は曇りのせいもあり、人工的な広場化されているせいもあり、感動薄し。ただ、落葉しないまま枯れ葉となっている柏の葉っぱ達が、風に揺れてガサガサと鳴る音が心地良くて気に入った。柏の葉は、柏餅を思い出させる…(笑)。□下山は、コースを変更。いかにも山登りらしい、木々の間の崖の淵を進んだ。見事な杉、萱(かや)、楠(くすのき)の大木…。どんな宗教の神様より、神様らしいなぁ、と思った。想像を越えた不可思議なカタチの枝。知恵の輪の様な根。穴が空いてボロボロの幹なのに、枝や葉は生き生きしている樹木達。つるつるの幹の猿滑(さるすべり)、それにそっくりの花梨(かりん)。黒々した森の中で、白い木肌が艶かしいコブシ。タイトルは遊女の誘惑、かな?綺麗なツートンの笹の葉…あぁ、新潟名物笹団子が食べたい!赤い実が目立つ青木。その実を啄(つい)ばみに来ている鵯(ヒヨドリ)の、可愛くない鳴き声。落ちている中で一際目を引く朴ノ木の巨大な葉…でも、本体が見つからない~(笑)。…それから、何より大好きなのは、春を待つプックリした枝の先端の芽!!まだ固く、はちきれんばかりとはいかないが、枯れ枝の様なカラダの中で、確実にその準備が進んでいるのが判る。□それでも帰りは、リフトに乗った。疲労より、乗ってみたかったのが一番の理由。登山道で見掛けなかった、又は見落とした山桜やドウダンツツジ等に会えて良かった。紅葉でも新緑でもないシーズン・オフで、山道も土産物屋も空いている。もちろん、大晦日やお正月、節分等の寺の行事の際も賑わうのであろうが、受験祈願の五角(合格)鉛筆を売っていたくらいで、盛り上がってはいなかった。関東周辺のドライバーがやたら車体に貼っている、モミジの葉の形の『高尾山』のオレンジ色の反射シールが販売されている現場を発見。年号が入っている訳でもないのに、同じシールが少しずつ日に焼けて並べて貼ってるアレ。□…さて、一日の終りに、ミルフィーユ(正確にはナポレオン・パイ)を食べた。何故なら、柏餅も笹団子も見つからなかったのだ。登山すると、甘いモノが欲しくなるのかなぁ??
2003/02/09
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以前の日記に「人を嫌えない」と書いた。それは、嘘ではない。でも、ちょっとこの人苦手だな、こういう人のこういう部分は頂けないな、と思う事はある。それは、その人を「嫌い」なワケではない。だが、相手にとっては「自分は嫌われている」と、思うかも知れない。…そうなのだ。私は、他人から「この人、苦手だ」という素振りをされると、極端に「私は嫌われているらしい」と、落ち込んでしまう。嫌われているワケではない、と、わかっているのに、まるで片思いの相手にフラれてしまったかのような衝撃を、勝手に受けるのだ。落ち着いて考えると、そういう場合、たいてい私も相手が少々苦手だ。自分が好きな人から冷たくされたらガッカリするだろうが、苦手同士なら実にお互い様で、相手にそういう態度を取られても構わないハズなのだが…。なのに、ふとした時に「もしかして、この人は私が嫌いなのか?」と思ってしまうと、心の中がそんな気持ちで一杯になってしまう。この先、相手にどんな顔を見せればいいのか、自分はどうしたら好かれるのか?どんどん確実性を帯びてきたら、この悲しみからどうやったら逃げられるのか?その嘆きは、他のどんな誹謗中傷より、私を傷付かせられる。身体的特徴の悪口や、思想の批判を言われるより、「笑顔で会話してるけど、実はアナタが嫌いなんだ~」と感じさせる言動の方が、よっぽど苦しい。仕方ないじゃないか?私だって、他人にそう思ってしまう事もあるのだから。それなのに、何故こんなにショックなのだろう…。そんな風に落ち込む自分がまた嫌になって、どんどん自己嫌悪に陥る。解決しない思考回路のまま、またその相手に会う場面に遭遇すると、先方の様子や出方を見てから自分の態度を決める、という最悪なパターンになる。つまり、思い切り媚びる方向へいってしまうのだ。そして、そんな自分を嫌って腹を立て始める「自分」がいる…。どうして、もっと堂々としていないのだろう?嫌われたっていいじゃないか。もしそうだとしても、その相手も自分も嫌わなくてもいいじゃないか。誰も責めなくていいのではないか?…結局、「自分」の存在も「相手」の存在も、大事にしていない気がする。一度思ってしまったら、なかなか拭えない感情。心の底に沈殿したどうしようもないモノと、ほとぼりが冷めるまでつき合うしかない。情けない。苦しい。弱い自分。
2003/02/08
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その日、朝の挨拶もそぞろに母が、掘りゴタツに入りながら開口一番、「スペース・シャトルが落ちちゃったんだよ!知ってる?」と、言った。私の、まだ起き切らない頭は、先日ビデオで見た映画をぼんやり思い出していた。「人工衛星だか宇宙ステーションだかに、人を置いてきたから迎えに行かなきゃならないのに、数ヶ月打ち上げ中止なんだって!?」と、母。父は「宇宙飛行士なんて、初めから死ぬ覚悟でなるもんなんだ」。母「でもねぇ、アタマのいい人ばっかり死なせちゃって、もったいないわよねぇ」。父「飛行機だって…イヤ、電車や車だって、今のように使えるようになるまで、 開発の為に、何百人も人が亡くなってるんだよ」。別の日。私「友達が宇宙飛行士になると言ったら、反対する?」友「いや、反対しないだろうな」…TVやマスコミ、世論調査でも、「そうは言っても、夢だ。ロマンだ」といった、数少なくなった未知への探求心が目立つ。それぞれの言葉を、無責任にナルホド~と聞いていたのだが、徐々に、断片的に、あの映画の場面が甦ってきた。アニメ映画『オネアミスの翼』…初の有人人工衛星の打ち上げを軸にした作品である。架空の国・オネアミス王国の貧しい人達が、打ち上げに反対しデモ行進をする。「宇宙ロケットの開発に、何の意味があるんだ!」「結局、戦争に使うんじゃないか?」「ロケットより、橋を作れ!そうすれば職にも就けるし、皆の幸せに繋がる!」だが、現代人を彷彿させるような、成り行き任せの人生を過ごしていた宇宙軍の若者たちは、混沌とした世界にやっと自分達の何かを見つけ、頑張り出したばかりなのだ。そして、こう呟く。「橋だって、戦争に使うんだよ」…。★★★…しかし、夢やロマンはさておき、宇宙開発っていかがなものか?莫大な費用とエネルギーと情熱を、惜しみなくかけている事だろう。宇宙飛行士は、その命さえをも、かけている。だが、地球上に、それより先にもっと頑張らなきゃならない物事があるのではないか?それだけの技術や能力、生かすべき場所が他にあるんじゃないか?誰か、待っている人がいるのではないだろうか…?宇宙には、恐らく待っているモノはないだろう。これだけ散々、地球を痛めておいて、ヒトを待つモノはない。あの映画を見ていた時は、微塵も思わなかった。ロケットの打ち上げに対し、反対派も羨望派も略奪派もいるだろう、と。ところが、現実に『スペース・シャトル墜落。何名死亡』と聞くと、心持ちが変わった。宇宙もいいけど、地上のコトをもっともっと考えなきゃいけないのではないか?人生に悩むのも結構だけど、ある意味、謙虚に弁(わきま)えなきゃいけないのではなかろうか?(ちなみに、この映画ではちゃんとそういうトコロも感じさせてくれている)…自分にも、とても重なるので、耳が痛い。そういえば、随分前の日記に『月の土地を買った人の話』を書いたっけ…。地上での夢に真面目に取り組めないニンゲンに、宇宙も何もないような気がする…。
2003/02/07
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「思い出」や「友達」は、自然に増えていくだけのものだと思っていた。学校に通っていた時も、そう思っていたのだが、転校や卒業で環境が変わると、なかなかその先までずっと続く友達は、滅多にいない。手紙や電話でのやりとりだけでは、目の前のトモダチや出来事に、どうしたって負けてしまうからである。○さて、社会人になり、いろいろな所に出入りするようになると、友人や知り合いが増え、思い出になる出来事も比例して増えていった。そうして、昔の友達がちょっとずつ疎遠になり、昔の思い出も、だんだん新しい思い出に押されて、記憶の隅へと追いやられていく。ヒトの許容範囲は、そんなに大きくはないのだから。それは、ごく自然の流れだし、もちろん少々寂しい事ではあるが、そのぶん、新規の事柄をカラダが覚えていくワケで…それは、とても楽しい。○ところが。「思い出」も「友達」も、自分で削除しようとしたり、わざわざ作ろうと思ったりする場合がある事に気付いた。私にとっては、不自然な感覚…。解り易い表現で言えば「来るものは拒まず、去るものは追わず」だったのだ。それが、自分のワガママの為なのか、お互いの平和の為なのか、ともかくよく吟味した上で、「来るものも、時には拒み、去るものも、時には追え」…と変化してきたのである。○一番最初に意識したのは、現在の母が我が家に来てくれた時だ。家族で、思い出を作るのに励んだ。どうあっても、その時点では亡くなった母の方が気持ちの比重が大きい。だから、共通の話題や記憶をたくさん生み出す必要があった。○例のシツレンでは、数年間の思い出を持て余して、生死の淵を歩かされた。幸か不幸か、私の記憶力は細かい部分でとくに優れている。大きな出来事よりも、些細な会話や風景を実にリアルに脳裏に記録してしまう…。○新しい母との暮らしは、現実にいろいろタイヘンな場面に出食わす事が多く、わざわざ前の母の思い出と比べたり、嘆いたりする時間は全くと言ってなかった。おかげで、天国の母には申し訳ないが、子供の頃の記憶は随分奥へやってしまった。○しかし、シツレンの方は、なんの制約もなく勝手気ままな生活の中の落とし穴。現実の仕事に手当たり次第精を出すフリをしてみても、傷が全然癒えない。もう、コリゴリだ…と思っていたところへ、新しいレンアイが舞い込んだ。本当に、恐る恐る歩き始めたばかりである。○これまた今度のヒトには申し訳ないが、昔の記憶を隅へ追いやる為に、いや、抹消する為に、新規の思い出作りに励む自分がいる。レンアイとしては、やや歪んでいるかも知れない。ずるい?とか、本気なのか?とか、心の中で葛藤が無いワケではない。が、一方で、私のそれと、先方の想いが重なって始まったモノが、真実に繋がらないとは言い切れない。都合の良いイイワケだとは、誰も言い切れないではないか。○職場で知り合った人達も、その時はとても仲良くしてもらい、私の芝居を観にきてくれた方もいたのだが、相手や自分がその場所を離れると、ほんの少しの余韻だけですぐ他人に戻ってしまう。例えば、メールや電話をしても、どうもぎこちなく、返事が乾いてくる。つい先日迄、あんなにいろんな話を語り合った仲なのに…と思うと、やはり切なくなってしまう。しかし、あまり離れたヒトをしつこく繋げたいと行動するのもどうか…。私は、自分が気に入った人なら尚更、連絡を入れてウザがられてしまうようだ。社交辞令で「また、連絡して」とか「今度、飲みに行こう」とか言わないで欲しいと思うのだが?それとも、その時は本気でそう思ってくれているのかなぁ…。○「思い出」や「友達」を、自分なりに検討して、選んだり、消去しようとしたり出来るというのは、オトナになる事なのだろうか。ただ、自分の前に現われたモノを分け隔てなく取り入れるのでなく、選択出来る目を持つ事。…まだ、自分の中ではそれがこなれて納得し切れていないけれど、きっとそういう事なのだろうな。
2003/02/06
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前略…どなたか。美味しい「生バナナ・ジュース」の作り方を、教えて下さい!昔、地元の仲間と東京の芝居を観に行った時、どこぞのデパートだかのジュース・スタンドで、一人の先輩が「生バナナ・ジュース」を頼んだ。¥650くらいの。ギョッとしたのだが、とても美味しかった。…と、いう記憶があるという事は、自分も飲んだのだな、きっと。最近、ジューサーのある環境が整ったのだが、美味しい作り方がわからない。牛乳と氷とバナナをミキサーにかけりゃいいの?順番や分量のオススメあるの?自分で¥650くらいのを作ってみたいので、ぜひ、教えて下さい!あ、日記はまたちゃんと書き直します(笑)。
2003/02/05
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私はハンバーガーやポテトを注文する時、ほとんどの場合「それから、お水下さい」と言う。ファースト・フードでは、ジュースも烏龍茶も濃縮されているモノに水を足して提供する。その、水だけの出口から、紙コップに入れてくれる。ちょっと抵抗があるなら、「薬を飲むので…」と、付け足す。飲食店は『水商売』というだけあって、飲み物で稼ぐのだ。先日頼んだら「水道水ですよ」…。妙なモノ混ぜるより、逆に良いかもよ?(笑)
2003/02/04
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マクドナルドが、経営不振の為、激安ハンバーガーを値上げして元の価格に戻すという。私はあまりファーストフードを利用しないが、我が妹を初め、マック・ファンは身近だ。昔々、同業他社の意地悪であろう、ミミズだのネコだのを使っているという噂が流れたり、ディズニーやサンリオ等のオマケとセットで爆発的に売れ、食べ物屋だかオモチャ屋だか?判らなくなったりする位(笑)だったが…。どこも厳しいねぇ~と、言いつつ他人事。
2003/02/03
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祖父上の七回忌。命日は17日。市内の親類縁者が18名、午前11時お寺集合。読経一時間。私は無宗教で、どうもこの手の行事にずっと反発心があった。最近は丸くなったのか(笑)「まぁ、こういうのもアリかな」と、随分大らかに受け止められるようになってきている。だが、お坊サンが「では、ご一緒に手を合わせて」と、声を揃えて唱えるところでは、口パク…意味わからんのに真似事する方が失礼なんじゃないか、と。コドモ?頑固?
2003/02/02
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東京駅から銀座方面へ歩き、劇場へ足を運ぶ。数年前に『ミュージカル・国定忠治』を観た舞台。今回は、ミュージカル映画の金字塔『ウェストサイド・ストーリー』の上映。元ネタは、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』…対立する不良グループの間での悲恋が軸である。喧嘩がダンスになったり、悪ガキ共が突然コーラスしたりする、なんとも怖いモノ知らずの(笑)演出が凄い!エンドロールは今でも通用する格好良さ…!
2003/02/01
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