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(お食事中の方は、ご遠慮ください。)偏頭痛って、結局は胃から来るものだったのねー。って、しみじみ思ったのは、偏頭痛で3回も嘔吐をしたから。***休みの日、旦那と買い物に行ったら、電光掲示板に【34℃】とでていた。どうりで「あっついー」「ムシムシするー」の二言しか出ない訳だ。ホームセンターを回って、食品を10日分買い込んで家に帰ったら、すごい頭痛がする。外は暑いのに、ホームセンターやスーパーの中は涼しくて、その温度差で頭痛がするんだろう、と思っていた。我慢して夕食を作る。その夕食も旦那に「昨日まで仕事をしていて疲れてて一睡もしていないのに、この暑い中、一緒に買い出しにいって、それなのにこれだけ?」みたいな事をグチグチ言われたので、旦那の希望通りメキシカンサラダを追加した。新しいテーブルで食べるも、私の席は窓の真向かいで頭痛にはキツい。だけど、我慢して食べる。食べ終わったら薬を飲もうと思って。なのに、話しかけても反応の悪い私にとうとうキレた旦那が「薬を飲め」と怒鳴る。だから食べ終わってから飲もうと思っているのに。いいから!と途中で薬を飲まされる。その後も、引き続き食べてもいいらしい。まあメキシコの薬だからいい加減。食べなくちゃ、と頑張ってスプーンを口に運ぶがなかなか進まない。メキシコのファミリーとskypeをし始めた旦那が、戻ってきて、私をお姫様だっこでベッドまで連れて行ってくれる。この人、すぐ怒るけど、怒りは長続きしないんだな。怒られて落ち込む私の方がずっとその空気を引きずっている。まあ、メキシコのファミリーとつながったのが嬉しいんだろうけど。その後、2時間くらい寝たが、頭痛は治まらない。メキシコのママと会話中の旦那に、さっきの薬を追加して飲んでもいいか聞いてもらった。(2時間ずーっとskype中)8時間以上開けないとダメだという。旦那がインソ・・・何とか(後で調べたら日射病だった)だからと、アーミーで教わった救済法で私を看護。国家機密だから誰にも内緒ね、と言われたのでここでは書けない。でも、これできっと日射病の方は良くなったんだろう。ろくに食べられなかったのでお腹がすいてきた。この時点で夜の10時、旦那は24時間以上、寝ていない事になる。ヨーグルトとグレープフルーツを食べた。美味しくてヨーグルトをお代わりしたくらい。しかし、その後もの凄い吐き気、トイレに駆け込んで嘔吐。眠くてふらふらになりながらも旦那、心配でトイレまでついてきた。一度、全部出したから大丈夫かと思ったのに、また来た。旦那は横ですーすー寝息をたてていた。ごめん、起こしてしまったよ。一度起きたらお腹がすいたのか、何か食べてくる、とキッチンへ行った旦那。私はもう出すものもないから大丈夫だろうと横になった。戻ってきた旦那のソーセージの匂いにやられた。また嘔吐。もう吐くものなくて辛かったー(T_T)旦那は食事中、ネットで偏頭痛を調べてくれてあれに効く薬はないんだよ、あれはストレスから来るんだから、という。48時間前後で治まる、とも。48時間経過後も頭痛は残ったけど大分良くなっていた。結局、何がストレスだったか、というと。二日前、旦那が「弁護士に電話したら、奥さんのフランス語、ボロボロでもいいから話してほしい、政治の話や教育の事とか難しい事は話せなくてもいいから、せめて挨拶とちょっとした会話が出来ればいい、と言っていたよ」の一言。これで私達の永住権が決まるのかー!と思ったら相当なプレッッシャーだった。正直に告白したら、『そんなに難しく考えなくてもいいんだよ。でももし落ちたら僕たちにも他の道があるってことさ』と言ってくれた旦那に感謝。
June 29, 2009
今朝(といっても、午後3時半だが)朝食を何にしようかとお伺いを立てた。実は昨日、パンを焼いたのだが失敗したからだ。「フレンチトーストとベーコンエッグ、どっちにする?」すると旦那、どれもこれもおいしそうじゃないなあ。メキシカンエッグにして、といった。→メキシカンエッグ;トマト、オニオン、ガーリック、チリをミジン切りにして オイルで炒め、タマゴを溶き入れ炒り卵にするメキシコ料理。どれもこれもって、失礼な!それにしても、「俺はカナダに何年も住んでいるんだから、メキシコ料理は必要ないんだ!」と豪語したのは誰だっけー?ウチは毎日、メキシカンですが^^;
June 24, 2009
最近、旦那は「○○あったらい~な」の使い方を覚えてきて、何かというとこれを使いたがる。「コーヒー、アッタライ~ナ」「ソックス、アッタライ~ナ」「ケイタイ、アッタライ~ナ」「コーヒー、くれ」「ソックス、もってこい」「ケイタイ、どこ?」と、うまく使われている様な感じがしないでもない。しかし、片言のニホンゴで言われると嫌みもないから不思議。実家にいた頃、仲が良かった祖母がよくこの「テ」を使っていた。「げこー、○○が食べたいなー」「○○があったらいいんだけど」言われるたび、自分が気が利かない様な気がして反対にあたった。「欲しかったら、『○○買ってきて』とか『○○が欲しいんだけど』と素直に言えばいいじゃん!」だけど不思議。旦那が言うと嫌みじゃなくなる。片言ニホンゴのマジックか。それともう一つ。『ソダナ』。本人は、「そうだな」を言っているつもりなんだろうけど、ちゃんと言えてない。「ソダナ」がとても可愛い。使用例としては、私 「コーヒーいる?」旦那「ソダナ」私 「パン(ケーキの事)もいる?」旦那「パン、アッタライ~ナ」家の中でのニホンゴ率、かなり高くなって私の英語、かなり危ない・・・。
June 22, 2009
先月の母の誕生日にPCからグリーティングカードを贈った。母はPCも使えないし、メルアドも持っていないので、家族連絡用として無理矢理とった父のメルアドに送った。しばらくして、父から「意味が分からないんだけど・・・」とメールがあった。そんな訳がない、と「開くとメッセージが出てくるでしょ」とメールしたが開いていないようだった。(開封されると私にメッセージが届くようになっているから)そして今月、父のバースディは私の引っ越しのまっただ中にあり、PCもつながらないだろう、と思っていたので日付を指定してバースディカードを送っておいた。またしても、開かない、とか見つからない、とかメールが届いていた。そしてついに、「分からないから年末に帰国した時に開いてよ」と言われてしまった。何が分からない?とグリーティングカードを自分宛に送り、どこをクリックするか確認して、それをメールした。そしたら、ようやく父親宛のグリーティングカードが開封されました、とメールが届いた。それで昨日、久々に電話した。モントリオールにいろいろな事情で帰れなくて、国際電話カードが手に入らなかったから、電話も出来なかった。だから、母にも電話じゃなくカードを送ったのに。電話したら、父が出た。いきなりカードの話になった。「クリックしたら音楽が流れて、それから待っても待っても同じ音楽が繰り返されるだけだよ」「メッセージが出てきたでしょ?」「でたよ」じゃあ、いいじゃない。「あれ?楽天から(楽天グリーティングで贈った)割引チケットとかがもらえるんじゃないの」そんなわけない。なんだー、それだけか。っつうか、期待し過ぎ。いやあ、俺はてっきり何か出てくるものかと思っていたよ。そんな事を散々話して、電話を切ったのに、今日メールが届いていた。『グリーティングカード、開いたよ。音楽が流れてメッセージが出てきてそれだけ。まさか、これだけ?』もちろん、電話をした前にメールしたのかも知れないけど、せっかく誕生日におめでとうメールをしたのに、「まさか、これだけ?」と言われるとは思わなかった。なんというか、父にはデリカシーが欠けているんだな。それと、ここでこんな事を公開すべきではないのかも知れないけど、ちょっとカチンと来たので書いてしまう。妹が二人目を流産した。父がグリーティングカードが開けない、と言うので妹にメールした。開き方、教えてあげて、と。そしたら、妹から「いいよ。」と「実は・・・」と告白された。知っていたんだけど、父はやっぱり言わないと、と思ったのか昨日、電話口でもぐもぐと何か食べながら、「実は○○が二人目、妊娠したんだよ」という。は?流産したんじゃないの?と思ったけど、黙っていた。「知ってる」というと、「それが、ダメになっちゃって・・・」「知っているよ」「なんだ、知っているのか」文章で書くと何ともないが、父はこう言った非常事態、辛い事に対しては反対に楽天的にならなければと思うのか、笑いを含んだ言い方だった。もちろん、私の考え過ぎかも知れない。父も、なるべく深刻になるのをさけたいと思っていたのかも知れない。けど、自分の子供のこんなに辛い事、おにぎりをかじりながらまるで「今日は朝から雨なんだよ」と言う様な気楽さで言うな。しかも、最初に「妊娠したんだよ」と私を試すな。最後に「知ってたのか」って。どんなに私が驚くか、試していたんじゃないか。産まれなかったとしても人の命、もっとまじめに考えて欲しかった。妹がどんなに辛いか、きちんと考えて欲しい。自分の父だけにとても残念。
June 22, 2009
苛ついていたskypeだったが、こっちから積極的に毎日「家族とskypeしないの?」と聞く事にした。旦那から「家族にskypeしないと」と聞くよりかは、精神的にずっとラク。それでも、話の途中で突然「家族に・・・」と言われると、やっぱりむかつく。というか、この旦那の癖、というか性格にまだ慣れない。旦那は、私が言うのもなんだけど、『天才肌』。何かの本にも書いてあったけど、「天才は抜け目がち」だと。まさに、その通りの「天才」だ。旦那はよく人のグラスのものを悪気なく飲むので、旦那はグラス、私はカップに飲み物を注いでいる。それでも、目の前の自分のグラスを無視して、何故か私のカップを持っていたり、グラスにコーラが注いであるのに、コーラのボトルから飲もうとしたり・・・。鍵や書類なんかしょっちゅう行方不明。何かに集中していて、その間にした事を忘れちゃうんだよね。ちょっと羨ましかったりする、その集中力。その集中力を発揮して、人が話しているのに、突然他の事を話し出したり、例のごとく「家族に・・・」が出てくる。いちいちムカムカしていては、とは思うが、やっぱり話を聞いていないんだと思うと悲しい。でも、私、頑張ったぞ。その日は旦那が夕食にメキシカンを作る事になっていて、(っつーか、毎日メキシカンだけど)そのレシピを聞くのに、家族にskypeしたのね。長くなるのは分かっていたし、私も疲れていたからいいんだけど、1時間経過した頃、思い出したように旦那が「ゲコさん、お腹空いた?」と聞いてくる。お腹空いていたけど、家族と思う存分話してくれ、と「いいよ、まだ空いてないから」と健気にも答える。そんな頑張りが分かったんだろうか、実ったんだろうか、この4日間の休みに、二回も皿洗いをしてくれた。大物の買い出しで、なんでこんなに、と思うほどくたくただったからすごく助かった。その上、ベースメントにあるランドリーを6往復ぐらいしたからか、足はがくがく。エクササイズ、と自分にむち打った。洗い立てのシーツでベッドメイキングをしていたら、あれ?って思うくらい、行動がスローだったからかなりヤバかったんだろう。その間に、お皿、洗ってくれていた。旦那、ありがと。
June 20, 2009
うわあ、びっくりしたー!『あのオトコ』からメールが来てた・・・。(分からない人は、前々回の記事で)実は先々月ぐらいにPCをアップロードしたら、ホットメールが使えなくなってしまい、家族や親しい友人、もう一つのブログの方で、新しいメルアドの方に送ってください、とお知らせしてあったの。ホットメールは開いて、件名、送信者は見れるんだけど、中身が開かないからとっていたメルマガも次々解約。最近、このブログにしょっちゅう愚痴(!)を書き込むようになったんだけど、ここはコメント禁止にしてあるので、言いたい事がある人はメールしてくるかなー、とメールをもらった際の連絡先メールを変更しようと思ったら、なぜか出来なかったので、前の連絡先、ホットメールをダメ元で開いてみた。そしたら、開けた。「もー、き○えさん、以前のメール見られないからと、新しいメルアド教えたのにまた送ってるー」とか思いながらチェックしていたら、着てた。なんと8年ぶり(!)にあのオトコから。『近々、日本に帰国するので、一緒に食事でもしましょう』との事。ぷぷっ。こういうのをシンクロと言うんでしょうか。ははは。
June 14, 2009
今日は旦那、朝シフトラストの日。朝3時半起床。一日12時間、肉体労働なのでしっかり寝ないと身体が持たない、分かっているけど昨日はひどかった。いつも5時半に帰ってくるとお風呂に入り、夕食を食べながらメキシコの家族とskye。(最近、毎日です。しかも時間がないから食べながらね。)そして、私が洗い物をしている間に、TVを見ながらうとうと・・・。遅くても8時半に寝なくては、翌日が辛いのでハッとソファで目を覚まし「ベッドに移動」ってことになる。昨日は、8時半になっても起きる気配がないので、「ベッドに行かないの?」と揺り起こした。「行く、行く」とあわてて起きて歯を磨いたりしてベッドに来たら眠くない。それで、私をののしり始めた。何故起こした。私はいつも以上にエクササイズをやっていて、疲れて身体も動かない。寝るな!なんでよ。俺が何か必要になったら、取ってくるんだ! ←ミルクとかコーラとかね。暴君のようでした。ま、初めてじゃないけどね。いつもこの手の怒り方には、戸惑ってしまう。だって子供じゃない、こんなの。人間は睡眠、食事、排泄をとったら生きていけないのよ。自分が眠れないから、寝るなって。私が起こしたせいで眠れなくなった、と人のせいにする。最初、眠れないって布団に入った時に、普通に、「自然に起きるまで起こさないでって、君に言っておくのを忘れた」と言っていたのに、だんだん怒り増大。トイレに行ったりキッチンでミルクやコーラを飲んだり(朝起きたらそのままだった)ソファで寝てみたりしたが寝付けなかったみたい。ベッドルームに戻ってきては寝るな、といって電気をつける嫌がらせ。朝起きたら、私のスリッパがあっちこっちに飛び散っていた。蹴っ飛ばされていた。え?悪いのは私なの。じゃ、次からは勝手にベッドに行きますので、一人でソファで寝てくださいね。旦那としては自分が目覚めるまで一緒にイビングにいて欲しいのだ。私は、いつ旦那が目覚めるか分からないのに、リビングのチェアで眠るのはイヤ。(ソファは占領されている)ワガママ、というと、なんだと!お前の為に働いているのに、という。そうなんだろうな、多分。でも、私、必要な物さえ買えないんだけど。しかし、これは又、違う問題なので黙っておく。いつもは尊敬している旦那だけに、こういう時はいつもがっかりする。そうして、朝は一切会話が無いくせに、出かける時にはハグをする。私は、もう一生会えないかも知れないから、と考えている。(考え過ぎかもしれないけど、外で事故っちゃったら現世で会うのはこれが最後だし。旦那はメキシカンの慣習からか)ちなみに、夜11時にトイレに起きた時、旦那はソファからクッションを二つ抱えてきて(ソファ裏のキッチンの冷蔵庫がジージー鳴り出したからだと思う)すぐに爆睡。私が身体を動かすと起きるかな、と思ってごそごそ寝返っても寝てたから、4時間は寝たな。きっと今日も大丈夫。
June 14, 2009
『このアマッ!』と呼ばれた事がある。それもけんか腰ではなく好意的に。NZに滞在中、仲のいいカップルと女友達で出かける事になった。何をしにどこに行ったかはすっかり忘れたが、バスでは不便な所にあるので、車を持っている知人を誘って一緒に行ってもらう事になった。それがそのオトコである。私は当時、ワーキングホリデーで、あるカフェのマネージャーを任されていた。そのオトコは、そのカフェスタッフの先輩にあたる。カフェスタッフ全員が日本人のワーキングホリデーであったため、入れ替わりは早かった。私も入って約3ヶ月でマネージャーになったと思う。しかし、全員が仕事を辞めてすぐ日本に帰国するわけではなく、ほとんどの人は旅行等を楽しんでから帰国していた。だから、そのオトコも仕事を辞めて忙しくはなかったはず。快く引き受けてくれた。・・・と、思った。現地についたら、そのオトコ、何て言ったと思う?「○km走って、ガソリンが今*ドルだから、一人$3ね。」全員が絶句。一応、誘った私が勇気を出して、「え、お金取るの?」と聞いてみた。そしたら言われた、『人の時間と車とガソリンを使っておいて払わない気か。このアマ!』と。びっくりして、顔を見ると得意の笑顔でにやっと笑った。私が汚い言葉をかけられて嬉しいと思っているかのようだった。ああ、気持ち悪い。このオトコ、顔もまあまあで、何かスポーツをやっているからか体つきも締まっていて外見はかなりポイント高かった。仕事先では、結構まめに働く。私も働き始めた頃は、手取り足取り色々教えてくれた。細かい所もあるけど、仕事もきっちりできる『デキルオトコ』だった。こんなケチだったとは。その上、今まで言葉遣いもそれほど悪くはなかった。いきなり、『この、アマ』かよ。それ以来、連絡を絶ったのは言うまでもありません。翌年のバースデーにおめでとうメールが来たけど、当然スルー。
June 14, 2009
Bellという電話会社がモントリオールにはある。二年前、モントリオールに戻ってきた時に電話会社はこのBellにした。ネットで調べてモントリオールに初めて来た人用のHPにBellはサービスが悪くて、解約したはずなのに毎月、料金を請求されていた人が訴訟を起こしていて、Bellは辞めた方が言いと言っていたので旦那に言った。けれど、旦那は私の言う「サービス」がネット接続だったり、その接続の早さのことを言うんだと勘違いしていたらしく、「サービスなんてどこも同じだよ」と結局Bellにしてしまった。1年後、引っ越しをするまでは何事も無く順調だった。旦那の仕事がこのTrois-riviereにきまり、私はモントリオールの他のアパートを見つけたんだけど、新しいアパートに移れるのは1ヶ月先だった。なので1ヶ月住所なし、レジデンスという学生寮に1ヶ月住んでいた。その際、Bellで継続したいけど、新しい住所まで1ヶ月、間があるから一度解約すると伝えると、「3ヶ月、フリーズ出来ますよ」という。自分の電話番号とアカウント番号を変更する事無く、3ヶ月間、電話料金他は止めておけると言う事だった。もちろん、旦那はそれをお願いした。そして、新しいアパートに引っ越して、Bellに再開設の電話をしたら「あなたの名前も、電話番号もアカウント番号も残っていません」と言われた。当然、同じ電話番号を引き継ぐ事も出来ないが、支払いも1万円くらい残っていたのでそれも消えた訳でラッキーだった。「前に電話でフリーズできると言われましたよ」というと、「それは私ではありません」というふざけた答え。当たり前だ。信用できないので他の電話会社と契約、6ヶ月後、リカバリーエージェンシーと言う会社から電話が来た。Bellの「支払いの回収をしている」会社だった。残金1万円とモデム代8千円を払えという。もう本当に全然分からない。そのデータがどこに残っていたのか。残っていたのなら、再開設できたはずなんじゃないか。旦那も根気づよく延々と最初からいきさつを説明、モデムを送り返せば8千円は払わなくていいという。モデムを送り返すのにBellに電話をしてステッカー(送り先の住所等が記載されたもの)を送ってもらわなければならない。Bellに何度も電話した。3回目でようやくステッカーを送ってもらえた。担当者の名前と控えの番号は聞いておかなければと、二回目からは控えておいたがそれでも届かない。担当者の名前と番号を伝えても、その担当者は先日辞めたとかその番号は見つかりません、とか言われた。ようやくステッカーを送ってもらって、リカバリーエージェンシーに電話をしたら、未だにBellからの請求額は1万8千円だという。ステッカーの番号は?と聞かれる。は?郵便局に持って行ったら、窓口のおばちゃん、控えも一緒に箱に入れて送り返しちゃったよ。だから、ステッカーの控えも無い。もう散々。送り返した、と言う証明も無い。郵便局のレシートなら残ってたけど、これじゃ証明にならないし。間違えないように言うと、ステッカーと箱に入ったモデムを窓口に持って行ったらおばちゃんが中身を確認して、ステッカーを箱に貼ったのをみて、旦那が「あれ?それは・・・」とステッカーの残りを指差すと、おばちゃん、焦ってあはは、と笑いながら一緒に箱に入れちゃったんだよね。みんな、ちゃんと仕事してよ、って思った。昨日も書いたけど、銀行のお姉ちゃんとかこの郵便局のおばちゃんとかせめて、せめて間違えないで欲しい。私達にとっては重要な事だから。リカバリーエージェンシーからは本当にうざいほど、毎日毎日電話が来た。(こんなことには仕事熱心なのね)当然、旦那は仕事中は携帯に出れないので留守電にメッセージが入っている。こちらでは電話は掛けても受けても料金が発生する。最初の頃は違う担当者が毎回、電話をしてきて旦那も根気づよく初めから説明していたけど、(っていうか、会社さー、今までのいきさつとか経緯とか残してよ)もうイライラの限界だったので、担当者の名前を聞き、次からはもうあなたとしか話さない、といって他の担当者から「もう支払ったか」と請求の電話が来ると、「マダム○×いますか」といって、代わってもらう事にしている。とうとうマダム○×も辞めてしまった。そして新しい担当者と一から話し始める。本当に根気のいる仕事(?)だった。だけど、旦那は本当に良く頑張った。というか、こんな事で告訴されてしまっては現在申請中の永住権までとれなくなってしまう。本当にこんな事なんだけど、私達にとってはカナダの永住権を手に出来るか出来ないかの一生の問題。そんな事、今回関わった担当者の誰も考えていないんだろうなー。*NZに一年いた時、何て自由で素晴らしいんだ、と感動して海外移住を決意したけど、住んだら住んだで結構大変。みんな自由だけど、仕事もいい加減。本当に頼れるのは自分のみ、と言う感じ。今更ながら、日本てやっぱりいいかも、と思ってしまう。
June 13, 2009
みなさんは、月にどのくらい家族と連絡を取っているんでしょう。私は月に二、三回、メールか電話をするくらいです。あとは、必要な事があれば別に連絡をするくらい。家族の誕生日にはなるべく電話をする事にしていますが、テレフォンカードの期限が切れていたりして、なかなか電話もかけられない事も。私に比べて旦那、非常に家族好きなんです。旦那の実家のメキシコの家族だけでなくウチの家族も好いていてくれます。『僕は家族人(?←造語)だからどちらかの両親を引き取って一緒に暮らしたい」といつも言っています。その上、メキシコの家族とは幼い頃、とても貧しくて辛い時代を共有してきたので、もうね、すっごい仲がいい。母を敬愛しているのは良いとして、未亡人のお義姉とは戦友とも呼べる仲。私は義母も義姉も大好きで、二人とも私を大事に思ってくれているのも分かる。旦那に「幸せになりたかったら、まず妻を幸せにしなさい」と言ってくれる義母がどれだけいるでしょう。だからね、本当は嫌いたくない。いつもニコニコしていたい。だけど、もう限界。旦那の実家とのスカイプの回数。旦那は5勤務4休み、4勤務5休みという不定期シフトで働いています。しかも、一日12時間。だから週に何日とは言えないんだけど、休みの日は毎日2~3時間、昨日も仕事から帰ってきて1時間くらい話していた。多い時は週に6日、一日2時間ってことです。この件で、もう2度も喧嘩しています。スカイプは仕方が無い。ただ、食べながらは辞めて欲しい。私も一緒に食べているんです。でも、家族とスペイン語で話す旦那はもうほとんど訳してくれない。旦那と家族が話している側で、私一人でご飯食べている。なんだか、集団無視の感覚に陥って、惨めで涙が出てくる。もちろん、旦那も家族もそのつもりは無く、特に旦那は妻のコトを他の人に話す事が上手だから、初めて会う人にも、よくあなたの事、旦那さんから聞いていますよ、と言われる事がほとんどだ。家族とも「・・・とゲコが言っているんだけど」とか「ゲコが・・・したらさ」とかよく会話に出てくる。だけど、訳してくれないから意味が分からない。面白くない。笑顔も消えるさ。その内、スカイプの画面からも消された(泣スカイプするタイミングもね、お腹がすいたからマフィンを買ってきて、コーヒー入れて食べていたら、甘い物は欲しくない、ちゃんとした食事が食べたい、と言い出して、私を台所に追いやっておいてから、「ゲコー、ママと話して」とすぐに呼ばれる。なに!飯つくれっつったのはお前だろ!と言いたくなる。そんな心境でママと楽しく会話なんか出来ないわ。そして、突然スカイプで会話を始めるメキシカン達に入って行けない。前はね、仕事をしていてある程度「生きている」感があったから、頑張って作り笑顔で仲間に入って行けた。今は仕事も無い、知人もいない、旦那以外と喋っていない、しかも薄暗いベースメントだったし。そんな環境で精神的にも落ち込みがちで、前のように冗談を言える様な精神状況でもなくなった。それとも私が生粋の日本人だからなんでしょうか。『呼ばれなきゃ行けないよ』と何度も言っているのに、「なんで、お前は両親に挨拶しない」と怒られる。だって、スペイン語で何話しているか分からない状況で、突然「オラー!」って入って行ける?まあ、相手もやさしいのでどんなにシリアスな会話をしていても「オラー」と返してくれるでしょうけど、会話の切れ目が分からない。えーん。先日も延々と義姉とスカイプ中、私の帰宅にようやく気づいた旦那が声をかけてくれた。「ギジェ(義姉)に挨拶してないよな」話し込んでいたから邪魔するの悪くって、と言ったら怒らず納得してくれた。私も納得した。私が闇雲に「オラー」と画面に入って行けないのは、旦那と家族との対話を邪魔したくないからだ。私がオラーと挨拶すると、メキシコの家族は声がワントーンあがるくらい、歓迎してくれる。分かっている。けど、旦那のこのスカイプの回数の多さと時間の長さにイライラする。最近愚痴ばかりなので、ちょっと凹み気味。いいテーマ見つけました。前向きにならねば、と思うばかりで感じる事はこんな事ばっかり。こんな事が言える友達が近くにいたら、心もちょっぴり軽くなるんだろうなー、なんて思ったりして。
June 12, 2009
外に出るととても暑くて、上着を手に持って歩いた。こうして歩くと営業時代を思い出す。**私達のグループは団結力が強く、みんながお揃いで柄違いの『くまのプーさん』のエプロンをつけていました。英会話教室の生徒の獲得のためです。エプロンをつけているとお母さん達の警戒心もゆるくなるようです。同期入社の私達9人は二つのグループに分かれて違う地域を回りました。一人一人がとても濃いキャラクターで、今でも同じグループの子は思い出す事ができるくらい。毎日が勝負で、密度の濃い時間でした。グループや同期で集まるとまず、伺った先のお母さんと子供(生徒さん)の話で盛り上がりました。話題がつきる事はありませんでした。玄関先で怒鳴られたり、追い返えされたりする辛い経験も皆でシェアすると不思議と気分が軽くなったものです。二ヶ月で4件(つまり4人の生徒さん)を集める事が正社員になる為の条件。それでも朝、会社に行くと一人、又一人と同期は減っていきました。二ヶ月後、残ったのは私と離婚して子供の親権を取る為にどうしても正社員の肩書きが必要だったお母さんだけ。それだけ、キツかったんでしょう。(あれ?ヒトゴト?)一年後に辞める時(私はもう営業ではなくいくつかの英会話クラスを担当し、その地域の先生方を管理する仕事をしていた)、営業の研修も担当していた大変お世話になった上司に、「あれをやってきたんだから、何だって出来るぞ」と言われました。本当にそう思う、見ず知らずの家に「こんにちわ~!」と飛び込む勇気があれば、何でも出来ると思いますわ。前書きが大変長くなってしまったが、なんでこんな事を思い出したかというと、フランス語圏の銀行に口座の解約に一人で行くからです。まあ、これはそれほどの勇気は必要としないけど。あは。今までがむしゃらに英語で責め立ててきたので、今回はまず「すみません、英語でいいですか」と英語で言う事から始めようと思う。ぷっ。失敗から学ぶんだな。あれ?この暑さと手に持ったジャケットがなんとなく営業時代を思い出させたみたいです。あー、辛かったなー、あの時期。でも、今までの人生の中で一番、必死で一生懸命、生きていた時かも知れない。それでも、割と成績の良かった私は、あのお世話になった上司に「なんでお前はそんなに(契約を)とれるんだ」とたまに聞かれる事があった。「さあ?よいお母さんに巡り会えるからですかね」といつも答えていた。そう。私はいつも伺う先のお母さん方に助けられていた。だから契約が取れていた。一瞬一瞬が真剣だったから、今でも契約してくれたお母さん達の事、思い出す事が出来ます。お母さん方、ありがとう。***家族用の日記に書いたんだけど、父に読まれるのはどうしても恥ずかしくて結局こっちに転写しました。
June 12, 2009
訳あってモントリオールのアパートを人に貸してからも、電話代を支払っていた。(それが条件で借りてもらったからね)そして、trois-rivieresでも電話、ネット環境が必要になったのでこちらでも開設。もちろん請求書が二つくる。そしてそれを一度銀行に持って行って支払うと、アカウント番号が登録されるので次からはATMで簡単に支払う事が出来る。なので新しい回線の請求書が来た時はわざわざ銀行の窓口まで行って支払ったんだ。どうも手続きが早いと思ったら、やっぱり既に開設してあるもう一つの方に支払っていた。それが分かったのが、二つ目の回線の請求書とともに、『3日以内に支払わないと回線を止めます』と言う手紙だった。もう寝耳に水とはこういうこと。銀行の仕事を頭から信用している国で育った私は絶対銀行が悪い、と思っていた。けど、旦那に言わせると私が悪いらしい。銀行を信用するな、と。本当ねー、こんな事があると。知らなかった、銀行って普通の一般の会社と同じなんだ。普通に間違えるんだ、と。私にすれば、お金の事なんだから、もう少し慎重にして欲しい。けれど、慎重にしなければならないのは私の方だった、と言う事を今回学んだよ。そして銀行にも格差がある。上は旦那の銀行で割と信用できる。(これでも)そして私は海外送金料金が安いと言うだけの理由でもう一つ口座を開設。そこで一度、日本へ送金したんだけど、いや、ひどかった。もう、びっくりした。まず、最初に開設した支店でなぜか日本の住所を登録した。送金に行った他の支店で窓口のお姉さんがその日本の住所を手書きで写して、それを新たに入力してたんだけど、そのプリントアウトされた紙を見たら間違いだらけ。NはHになっているし、DはO。ええっ?っていうか、あなた自分で書き取ったんでしょう?と言いたくなった。カナダやアメリカでプリフェクチャー(県)という概念が無いので、私がどんな流暢な英語(?)で「プリフェクチャー」といっても通じないのは仕方が無いが、「Tokyoは首都でしょ?このあなたの住所の千葉に当たる銀行の住所は何」と聞いてきた。銀行の本店の住所はもちろん東京。それが東京は首都だから、正式な地名を教えろと。もう訳分からん。私の銀行のカードには丁寧にローマ字で銀行の住所が書いてあるからそのカードを見せると、なんと『これが銀行のカード?そんなはずは無いわ(It can not be!)』と言い放った。日本の銀行のカードを知っているのかしら?この姉さん。しかも、日本の銀行と違って、銀行と選んだ口座の種類にもよるけど、私の口座は残高10万円を1円でも下回ると毎月400円~口座維持費が取られるものだった。私は毎月この400円を払ってた。ちなみに旦那の銀行は月1500円ほど取られる。それでこの仕事か。
June 12, 2009
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