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豊後高田市の昭和の町の続きです。昭和の町のシンボルマークとなった童画があります。男の子と女の子が押し合いをして遊んでいるかわいいイラストです。それを立体化したのがこれ…。イラストより肥えてます(笑)このシンボルマークの童画は、元々は日本画家の黒崎義介画伯によって描かれたものです。それが縁となり、2005年に昭和の町に黒崎童画「昭和の町絵本美術館」ができたのです。美術館の入口黒崎義介画伯(1905 - 1984)は長崎県平戸に生まれました。1924年に平戸中学を中退、上京し川端画学校に入学し、1927年に中央美術展に入選しました。童画を描き始めたのは1929年からで、「コドモノクニ」や「キンダーブック」などに挿絵を描いていました。戦後も日本童画家協会に参加したり、晩年は居住地の神奈川県藤沢市で児童絵画教室を開いていました。ここでは黒崎画伯の絵は紹介しませんが、私くらいの年代なら幼い頃に絵本で必ず一度は目にしたことのあると思います。この美術館では「かぐやひめ」と「ぶんぶく茶がま」の絵本の原画が展示されていましたが、私は実際にこの「ぶんぶく茶がま」の絵本を持っていたのです。そして、ここには展示されてなかったけど、小学生の頃好きだった「ないた赤おに」の挿絵も黒崎氏の画であることも後ほど知りました。美術館の中は木の香りがしそうなとても温かい感じのする造りです。原画だけでなく、黒崎画伯が実際に使っていた画材も展示されています。また、画伯の挿絵の絵本や紙芝居を使っての読み聞かせもあるとのこと。こういう場所に子どもを連れてきたいなと心から思える場所でした。
2008年02月25日
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昨日は暖かかったのに、夕方から急に寒くなりました。今朝は一面の雪景色の大分県山間部でした。明日から母が膝の手術のために入院するので、入院準備の買い物やらなんやらでバタバタしていました。おまけに、私も職場が変わるので(90%確定)、そのことでまたバタバタ…。3月は特に忙しくなりそうな予感です。さて、豊後高田&宇佐の小旅行記、滞っています。今日は豊後高田市の昭和の町に約1年前にオープンした「昭和の夢町三丁目館」の話題でも…。「昭和の夢町三丁目館」は2007年4月に「昭和の町」に新しくオープンしました。昭和30年代(一部は昭和40年代)の民家、商店、教室を再現した目と耳と体で感じる体感施設です。館内は朝・昼・夕暮れ・夜と、照明の明るさも変わるんです。夕暮れの照明はそれはそれはきれいです。館内は3つのゾーンに分かれています。「教室ゾーン」は当時の小学校の教室が再現されています。懐かしい教具や学級文庫なんかもおかれていて、おじちゃんやおばちゃんたちが懐かしそうに席についていました。残念ながら、私の小学校は統廃合後の新設2年目だったので、こんな教室で勉強したことがなく懐かしさは感じませんでした…。ここは有料で貸切もできます。お隣の「商店ゾーン」には車の整備工場、洋服屋、写真館が再現されていて、駄菓子屋さんでは本当にお買い物ができます。駄菓子だけじゃなくてちょっと懐かしい玩具もありました♪そしてメインが「昭和の民家ゾーン」です。ここは有料だけど、絶対に見てほしいところです。駄菓子屋さんを抜けると狭い路地があり、そこを抜けると当時の車やマンホールのある空き地があります。この路地です。なんか、懐かしい感じ?私は農村育ちなので、残念ながらこんな感じの路地は近くにありませんでした。ただ、小学校の帰りに商店街の路地や抜け道を探検(?)しながら帰っていたけど、やっぱりこんな感じだったな~。そして、空地の向かいの民家、ここに入ると台所、茶の間、勉強部屋なんかが再現されています。再現された台所。この台所、うちの近所にあったひいばあちゃんちの台所にそっくりなんです!ひいばあちゃんちに冷蔵庫はなかったけど、タイル張りの流しなんかこんな感じ。そうよね、台所は土間にあったんよね~。うちは築100年以上たつ古い家なんですけど、10年前に一部を改築するまで、台所は土間にあったんですよ。で、私が子どもの頃は釜でお湯を沸かしたり、まんじゅうを蒸したりしていました。茶の間とかも、ああ、こんなんあった、あったって感じのものばかり。グループで来ていた若い子には新鮮だったみたいです。「何、これ~?」なんて言いながら、ワイワイしていましたから。私も数年後に甥っ子を連れて遊びに来たいな~って思いました。次回は絵本美術館のことでも書きます。いつになるかわかんないけど(笑)
2008年02月24日
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寒いですね~。日本全国、雪が積もった地域も多いのではないでしょうか。うち?雪はずっと舞っていたけど積もっていません。ふふん♪ただ、先々週末の雪なら裏庭に残ってます、はい。保存しているわけではありませんので…。今朝は窓ガラスは凍ってるし、温水器も凍っていてお湯が出ないくらい寒かったですもん。週末は暖かかったので、お友だちといっしょに豊後高田市の昭和の町と宇佐市に行ってきました。仕事で昭和の町の写真が必要だったのだけど、以前行ったときの写真はちょっと使えそうにないので、改めて撮りに行きました。昭和の町の「駄菓子屋夢の博物館」の記事はこちら、昭和の町の様子はこちらを見てくださいね。2年前のものだけど…。二度目の昭和の町でしたが、昭和ロマン蔵は様子がちょっと変わっていました。たくさんのリヤカーを置いていた場所は博物館のチケット売り場になっていたし、以前工事中だった場所はレストラン、それから「夢の三丁目」だっけ?そんな場所もできていました。今回はその「三丁目」と「絵本博物館」も見たので、これはまた後日ということで。今回は観光に加え、食も楽しんできました。前回はソフトクリームくらいしか食べてなかったので、お腹を空かせて行きました。で、行ったところが定番の給食メニューの食べられる店。揚げパンやクジラの竜田揚げとか、そんなんが食べられる昔なつかしの給食が並びます。友人はあんかけ焼きそば(麺がパリパリのやつ)、私は揚げ物セットを注文しました。これが揚げ物セットです。ご飯、揚げ物、ポテトサラダ、フルーツポンチ、牛乳の5品です。思ったよりも揚げ物のボリュームがすごくて。私はメニューの写真の魚のから揚げがおいしそうだ~♪なんて思って注文したのに、ちくらの天ぷらにハムカツまでついてきて、すごい量でした。めっちゃ苦しくて、牛乳を半分残しちゃいました。で、散策後のデザートね♪ 金岡健康市場のピーナッツソフトと、肉のかなおかのコーンコロッケです。ピーナッツソフト、すごい形ですが、おばちゃんが「愛嬌、愛嬌♪」なんて言ってごまかしてました。ピーナッツの味が濃厚でうまいっ!コロッケは、うん、こんなおいしいコロッケ、久しぶりに食べたってくらいおいしかったです。食べ過ぎやんね。このあと、何も食べれないうえに、翌日はお腹の調子が悪かったです…ははは。かつて、「犬猫通り」と呼ばれるくらい閑散とした豊後高田市の商店街ですが、昭和の町として再生してから年間数十万人という観光客が訪れるんだそうです。この日もツアーバスから偶然立ち寄ったというお客さんでいっぱいでした。中高年以上の方は、懐かしそうに博物館の展示物を眺めたり、町並みを楽しんでいました。若い方には新鮮だと思います。変にお金をかけてなんでもかんでも新しくするよりも、あるものを活かした町づくりはある意味すごいアイデアですよね。ここで懐かしがってちゃ、私ももういいオバさんですね。
2008年02月13日
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アクセスカウンター「123456」は、丑三つ時を過ぎて存じ上げない方に踏まれておりました。更新時間が遅かったし、いちばん近かったのはすーぱーハナちゃん様の「123462」でした。う~ん、残念!すーぱーハナちゃん様さえよろしければ、記念の品を送らせてください。ご辞退されるときは、「バンザイなしよ」(欽ちゃん風に…って、知らんやろうな、若い子は)ってことです。さて、珍しく2日続けての更新です。久しぶり…ってわけでもないけど、ソフトクリームのお話を。冬になるとどうしても冷たいものから遠ざかってしまいます。以前は平気で食べていたけど、この頃胃腸が弱くなり、すぐに調子が悪くなるので控えています。でも、やっぱり変わったものがあると食べたい!ってことで、今日紹介するのは湯布院のソフトクリームです。じゃじゃーん♪正確な名称は忘れたけど、その名も「お醤油ぶっかけソフト」。普通のソフトに普通にお醤油がかかっているんです。普通やないやん…。ソフトクリームそのものにお醤油を混ぜているソフトは竹田と臼杵にあり、これがキャラメル風味でおいしいのです。このときは海外からの友人といっしょでした。とりあえず、日本でしか食べられないものになんでもチャレンジしてみたいという前向きな彼、いっしょに食べました。ただお醤油をかけただけのこのソフト、やっぱりキャラメル風味でおいしかったです。お醤油も少なすぎず、多すぎず、ちょうどよい加減。友人も「悪くない」と言っていました。ソフトに醤油~?ゲゲーっと思ったそこのあなた!だまされたと思っておうちでお試しください。バニラアイスにお醤油を一滴たらしてみてください。あぁ、こんな素敵な味の世界があったのね…と思うこと間違いないですから。今年も変わったソフトを求めてお出かけしなくっちゃ♪
2008年02月10日
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あ、そろそろアクセスカウンターが「123456」だ~!ちょっと楽しみです♪見逃しちゃったら悲しいかもしれないです。で、本題ね。九重町には、日本で最大の地熱発電所、「八丁原(はっちょうばる)地熱発電所」があります。1日に11キロワット、年間約8億7キロワットの電気を発電していて、これは約20万キロリットルの石油を節約できます。八丁原地熱発電所は昭和52年に1号機、平成2年に2号機が完成しました。九州では2キロ離れた場所にある大岳発電所に次いで2番目、全国では5番目に完成しました。その広さはなんと、福岡市にあるYAHOOドームの約50倍の広さ!しかし、従業員は20名程度です。というのも、発電の運転や計器の監視、送電は大岳発電所から行われています。地熱発電は地中深くから取り出した蒸気で発電します。地下760m~300mくらいの深い井戸(蒸気井)を掘って、マグマの熱で熱くなった地下水を汲み上げて蒸気を取り出し、その蒸気でタービンを回して発電を行います。残りの熱水は再び地下に戻されます。蒸気井から出る蒸気は1時間に890トン!蒸気からつくられた電気は日田市に送電されています。地熱発電は、純国産エネルギーの有効利用、燃料不要、半永久的に安定して利用できる、大気・水質汚染を発生しないクリーンエネルギーという、いい点ばかりです。ここには展示館があり、無料で見ることができるほか、マルチ映像上映(約30分)&屋外施設の見学ができます。ガイドさんが丁寧に説明してくれるので、参加する価値ありです。私が訪れた日は11月10日頃でしたが、晴れていたにもかかわらず、外の気温は6℃。標高1100m地点にあるので、それはそれは寒かったです。晩秋~冬~早春にかけては、防寒対策をしましょうね。ただ、紅葉はとてもきれいでした。
2008年02月09日
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お久しぶりです。先週はとにかく忙しかったです。週末はなんかすごい雪で、家にずっと籠っていました。そうそう、本編に入る前に一つ…。もうすぐアクセスカウンターが「123456」になるんです。こんな並び数字、なかなか見られるもんじゃないよ~…ってことで、この「123456」を踏まれた方はご一報ください。ささやかなプレゼントをしたいと思います。ただし、ブログを通じてなど、私の知っている方のみとさせていただきますので、よろしく。この2~3日中だと思います。さて本題。ここはどこでしょう。これは、臼杵市にある臼杵城跡の大門櫓の復元です。臼杵城は戦国時代、キリシタン大名として有名な大友宗麟によって築かれました。臼杵湾に浮かぶ周囲4kmほどの丹生島に築かれた平山城(海城)で、宗麟は府内大友館(大分市)からこの臼杵城に本拠地を移しました。大友氏改易後は、城主に福原氏、太田氏を経て、関ヶ原の役後に郡上八幡より稲葉貞通が入城しました。以降、明治維新まで稲葉氏15代の居城となりました。臼杵城は三層四階の天守と31基の櫓が上げられました。総二階の重箱と呼ばれる形状をした二重櫓が特徴でした。廃藩後は天守閣以下の建物は一部を残して取り壊され、周囲の海も埋め立てられました。今は公園として整備され、石垣、空堀が残ります。また二の丸に畳櫓、本丸に切妻造りの卯寅口門脇櫓が現存しています。海に浮かんだ城も今は臼杵の町の一部となってしまいました。戦国時代、大友氏は九州六国をおさめる強大な勢力を持っていました。というのも、この臼杵城を基地としてポルトガルなどと活発に交易をし、鉄砲や火薬などの最新の武器を入手していたからです。当時の臼杵は異国情緒にあふれた街だったと、大友宗麟を主人公にした遠藤周作氏の著書「王の挽歌」に書かれていました。またわが国の実戦で使用された大砲は「国崩」と呼ばれ、島津軍が臼杵城に攻め寄せた際、大軍がその威力にたじろいだとか。結局、島津の手によって臼杵城は落城したのですけどね。宗麟のレリ-フと大砲のレプリカ 春には桜が楽しめ、城跡の一部は運動公園となり、今は市民の憩いの場となっています。ただ、宗麟がいた当時のエキゾチックな臼杵の町並は、タイムマシンがあったら絶対に見てみたいです。
2008年02月04日
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