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台風一過、残暑厳しい9月始めいかがお過ごしでしょうか?ここで気分転換、バンド命名者当てクイズです♪(当てても何も出ませんが)グーグルで検索するとキテレツな又○イエスが検索トップにきちゃったりしますが、世界的に見たらイエスといえばジーザスかプログレのイエスかといった存在ではありますな。さてのこの命名時にはメンバーからも「そんな名前は畏れ多い」とも言われたのだがあくまでもこれで行こうと押し切った発案者は一体誰でしょうか???1、神秘主義者でキテレツ具合なら彼をおいて他はない、ジョン・アンダーソン2、イエローサブマリンのアニメを見たばかりで、その中で山の上にイエスとかかれていたのを見た、クリス・スクワイア3、後の脱退後のバンドが結局初期イエスそのままだった事からも当時は幅を利かせてたのかも?、ピーター・バンクスちなみに正解以外の他2人から出たアイディアは「ワールド」と「ライフ」である。どれもスケールでかすぎ(爆)コアなファンならご存知かな?
Sep 8, 2005
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さて、前回まではクリムゾン創成期のあれやこれやを取り上げたんだが、肝心要の中心人物についてモジャモジャ頭くらいしか取り上げていなかったのでちょいと溯ってみたい。学校でも至極優秀な児童ながら既に変人だったといわれるロバート・フリップが学友であり親友であったゴードンハスケルとバンドらしき事を始めようと教室で話したのが1960年。この頃ギター教室でロバート・フリップとグレッグ・レイクが共にギターを習っていた。当時、レイ・チャールズ、チャック・ベリー、ジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード等を好んで聞いてたそうだ。ゴードンは楽器を知らなかったのでフリップからベースの弾き方を教わる。これは後にバンドの形態をとるようになりレイヴンズRAVENSとなった。他のメンバーはリズムギター兼ヴォーカルのティーノ・リニチオ、ドラムスにスタン・リーヴィー。地元でギグを行ったりもしたが2年後にヴォーカルにトニー・マシューズが加わりバンド名もリーク・オブ・ジェントルマンになった。このバンドも2年ほどの活動だったようで、ビートルズやロイ・オービソン、フォーシーズンス等のナンバーをレパートリーにしていたそうだ。バンドの出来はゴードンに言わせると「クズ」だったそうである(笑)。解散後ゴードンは、フルールドゥリー(発音がわからない時はフラ・ディ・リスとか書いてしまったが)へと加入しレコードデビューを果たしクリムゾン2NDまでの間いくつかのバンドを渡り歩いたりし、69年にソロアルバム発表。このアルバムのプロデュースの繋がりもあってクリムゾンの69年の最初のリハーサル時期にマフ・ウィンウッド(スティーヴの実兄)もクリムゾン見学に訪れている。無論ゴードンも良く出入りしていたそうである。ロバートもリーグ・オブ・ジェントルマン解散後のジャイルズ兄弟との出会いまでの詳細な活動歴に付いては余り語っていないが、クラブバンド等での活動などしていたようではある。
Sep 8, 2005
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ころころと猫の目予報だったね。一日前の予報と当日朝の予報が全然違うなんて当たり前でしたな。明日は29度でしょう翌日、、、今日は32度と暑い一日になるでしょうで、実際は34度だったり(笑)8月にかいた汗の量は天気予報のせいじゃない事くらいわかっているが、考えたくも無いよね。クーラーも壊れてたしね。しかし、予報士ごとに予想気温がまちまちで、ひどいときには3度くらい違っていたのは何だったんだろうねぇ。
Sep 3, 2005
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前年72年に発表され日本盤(ビクター)でも話題となった作品ブループリントの後、キース・ティペットはロイ・バビントンとフランク・ペリーとのトリオでオヴァリーロッヂというフリー・ミュージックのグループを立ち上げた。その壮絶なる記録。増感現像にてジャケットに浮び上がるフランク・ペリーの山のようなパーカッション群は圧巻。前作と同じくプロデュースにロバート・フリップを招聘している。フリップのティペット関連への関与は、センチピード、ブループリントに続き通算三作目。LPに記載されているキースのメッセージ「このアルバムのすべての音楽(全トラックの意)は即興である」ロバートのメッセージ「その音群はアコースティックであり、エレクトリックでは無い」エンジニアはアンディ・ヘンドリクソンメンバー表には、Composersと書かれておりあくまでも自身を作曲家として力強いアイデンティティで主張している。ComposersKeith Tippett / Piano, Zither on TROPIC CAPRICORNRoy Babbington / BassFrank Perry / Percussion, Piano on Interior on TROPIC CAPRICORNこのLPはRCAの経営問題もあってか、ブループリントに比較すると流通数は少なく70年代には一時5万前後の高値で取引さえされていた。英国フリーミュージックのひとつの頂点。後に76年に同名のバンドで英オガンレコードより出ていたLPは、一部での紹介では「再発」と紹介されているが実は「全くの別物」でオガンのバンドはジュリー・ティペットが参加した後年のもの。
Sep 3, 2005
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3年程前にジャンクでパーツ集めて組み上げた物で、調子が悪くなって以降放り出しっぱなしだった。タワーが動かない今、95時代のノートだとすごく遅いからね。一応CPUは載る限界の766が乗せてある。立ち上げると98と2000がインストールされてて、ドライバー関係が不完全なままだった。98はグラフィックドライバが専用じゃないのでSVGAどまり、セキュリティを入れたとたん保護エラーの連発で使い物にならん(苦笑)で、今2000の方でこれを書いている。セキュリティ・ソフトがないからどうしたもんだか。。。ちなみに内臓のイーサネットのドライバがメーカー配布打ち切りで手に入らないわ、ダウンロードしたタワーがお亡くなりだわで、USBのLANアダプタでつないでいる次第。繋げないよりまし程度なものですな、こりゃ。
Sep 3, 2005
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某番組出ていた香港出身の芸歴の長い女性タレントの日本語に付いて、ケチを付けるような偏屈極まりない物が掲載されていた。まあ、誰が読んでもこの件はアグネス・チャンに関わる問題だと思うけど、なんか哀しいね。彼女の社会に対する様々な活動とかを投書したお爺さんはたぶん知らないんだろうな。以前あった某作家が一方的に吊るし上げをしていたのも同じ日本人として恥ずかしい思いをしたけどね。私自体は20年以上前からのアグネスの子供の人権を守るユニセフを中心とした幅広い貢献を知っている。なかなかできるもんじゃないよ。けして彼女のファンでも無いのだけど、障害者問題に取り組み続ける牟田悌三さんとかアグネスらの活動は、単なるタレントの受け狙いじゃない点が評価出来ると思うのよ。
Sep 1, 2005
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