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昨夜、片づけをしていたら懐かしいCDを見つけた。数年前になるか・・・深夜の時間帯での通販で買ったものだった。「神田川、なごり雪、秋桜・・・。昭和を代表する70年代の名曲が4枚のCDになりました。あの名曲をもう一度」的なうたい文句に誘われて申し込んだ4枚組のCD内容は、往年の名曲のオンパレード♪神田川・・・親友とふらりと上京して、東京の下町に下宿中の彼女のおにいちゃん達と神田川もどきに赤い手ぬぐいをマフラーにして銭湯に通ったこともあった。学生街の喫茶店・・・この曲が何故か好きで、よく聞いた。スローな感じが哀愁を漂わせて好きだった。懐かしく聞いていたら、たまたま同年代の友人からメールがあったので、「知ってる?」と聞いたら、「歌えるぜ」と返ってきた。生まれも、育ちも、学校も、住む地方も違うのに同世代を生きた証がそこにあった気がして、急に近く感じたりもした。フォークソング吉田拓郎がいた、井上陽水も好きだった。南こうせつは心に沁みてきた。その拓郎も62歳だとか。歌は文化だと言われるが、まさに言葉をメロディにのせて綴られた「歌」が時を超えて語りかけてくるのを感じる。いまの歌は何度聴いても覚えられないのに、当時の曲はイントロだけで歌詞が口をつく。地獄の釜も開くというお盆、ご先祖様もお帰りになるこの時期。普段はじっくりと振り返るなんてことも少ないけれど、たまーーーには、こんな風に懐かしい曲に浸るのもいいものだと思った。
August 13, 2008

「今日のような何気ない日が続く、ジツハそれが奇跡の毎日」そんなことをよく思う。母:74歳、祖母:94歳、義父:91歳娘:25歳(東京)・息子:23歳(福岡)・娘:20歳(渡仏中)それぞれが何とか元気でいてくれていることで、無事今日という日が過ぎてゆく。とは言え、祖母や義父の年齢を考えればいつ何があってもおかしくはない。母も同じコト。いや、子どもたちも若いからとて同じことかもしれない。一緒に住んでいるのは、母とわたしと夫と末娘のみなので、それ以外の人たちはそれぞれに自分の力で生きている。こんな絶妙のバランスの中で今日と言う日が成り立っているのだから、奇跡と言うほかないと思う。そんなことを思うと、思わず昇る朝日に祈りたくなるし、沈む夕日に手を合わして感謝したくなる。生きることと死ぬことに大きな隔たりがあるようでそんなにないのかもしれない。生まれた限りは必ずそこを目指すのだから。その日がいつ来るか誰も知らないのだから、みんなが笑い合えた日は奇跡の日。一人抜け、ひとり抜けして時代が流れてゆくのだから、触れ合えた日は奇跡の日。絶妙のバランスが今日も続いている。
August 12, 2008
たったひとつを見て、すべてを語るなんてできない。ある出来事があった。それだけを見ればちょっと凹むことだった。何だったんだろう・・・と言いたくもなる。 だけど、そのおかげでオフィスは随分と変化を遂げることになった。ある出来事が起こらなければ、多分何の疑問も持たずに“いつものとおりのそのまま”がつらつらと続いていただろう。 何もない中で“いつものとおりのそのまま”に疑問を持つのは難しいこと。だけど、ある出来事が気づかせてくれた。凹むくらいの出来事でないと、変えようとしないのも本音。あーぁ・・性(サガ)ですかね。 とにかく、凹んだ。だから変わった。これ大歓迎でとても快適。結果よければすべて良しと言うことで。 これも、“塞翁が馬” と言えるのか知らん?人生は吉凶・禍福が予測できないことのたとえ。(広辞苑)
August 4, 2008
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