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苦しみの原因つくってるやつがひとり消えると思うとうれしいはずなのに、何故か私の中には空無が渦巻いている。そいつの顔を改めて見入ってしまうのは、これから消えようとしている世の中のカスの顔をよく覚えておこうというのもあるが、弱弱しく頼るものがなければすぐにでも消え入りそうな声のように受け取られるからか。あんな偽善者でもよくしてもらったことは数え切れない。そこがまた癪にさわるのだけど、もう少し優しく接したほうがいいかなとも思う。この前奴に謝らせたが、謝っておいて自分のしたことが記憶にないというのはどうかと思う。偽善者というより天然なだけなのかもしれない。許すとか許さないの問題ではないので(私は時間がたつと相手を許してしまうのだが)、一生私の胸に刻まれていることだろう。
2004/12/15
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闇の干からびた隙に奇形の魂ぬりこめるへし折れた小指をただこらへつつ戻そうと試みた生きていくための劇薬はそれだけでか弱い肌を爛らせてしまうこれ以上は爛れようのない姿を鏡にさえ撥ねつけられてそれでどこへ引き返せばこの身を救えるというのだろう? 無題清廉とは生きることのできぬ病腐食した額縁に迫られるひとつの微かな意志空や海の漠然とした広大さに私を罪悪感に苛んだひとつの確かな証し
2004/12/14
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ふたたび蜂の巣にされた私の心はたちまちのうちに豊満な蜜をあらわし鋭い裂け目がむしゃぶりついてくるにまかせたその真紅の裂け目を食べ終わらぬ蜜で汚して同じ表情をした徒刑囚たちは今日もまた鉄格子のなかへと帰っていくもしかしたら私はキリストかもしれぬあれらの裂け目は私の顔にも開いているが蜜の代わりに毒を塗りこめられているでも十字架のキリストがしたようには私は神に問い掛けることをしなかった世界という鉄格子の向こう側で千の裂け目がめくれあがる時光のさしたためしのない私の背には暗い山羊の血がどこまでも流れている差し出される救いのない荒野をさまようのはこの百合のように青ざめた身体にまかせて私の心は今日も蜂の巣にされる荒野はどこまで続くのだろう?暗い山羊の血はいつ絶えるのだろう?そして 心の穴からあらわれる蜜は?
2004/12/13
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「人間さま」の足はどれもひどく哀れなほど象皮病に罹っている「俺」を大量に踏み潰すためだ そして「人間さま」に這い上がれない「俺」はグチャグチャにされたカラダのまま内側から気色の悪い体液以外は 悲鳴さえも漏らせずに黙って生き延びねばならない ああ自分の生命力が恨めしい
2004/12/12
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僕の醜くへし折れた首 誰が戻してくれるだろう?誰にも見せたくないこの姿を誰が笑わないでいてくれるだろう?ある日父さんが教えてくれた「お前は母さんの汚いケツからぼっとんしたのさ」その日から 僕の心を臭そうにつまみあげる白い手が部屋中にあふれはじめた目に痛いほどに白い手がそんな日々の深淵のなか僕は耳を傾けている寒そうな魂がカラダに爪をたてる音にそれは俗に美しいとされる世界の根に達して醜くゆがませてしまうんだすべてをそう すべてを台無しにしてだから僕の醜くへし折れた首誰も戻してくれないだろう誰にも見せたくないこの姿を誰もが腹を抱えて笑うだろうそれでいいもうそのことには触れないでおこう
2004/12/10
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剥がれそうになっている床のニスを剥がすのが習慣になっていた。皮膚を剥ぐように。血の海にならないのが不思議なくらいだ。どれだけの皮膚を剥がしてきただろう?いたいよ、いたいよ、やめてよ。悲痛な声が床下から聞こえてきそうな気がした。空しいサディズムのよすがに心を描くように、剥いでいく。ただ剥いでいく。いたいよう、いたいよう、いたいよう、いたいよう。いったい、私は何をしているのだろう?床が苦しみにもがいているではないか。これはサディズムのよすがだ。誰でもいい、彼を救ってやってくれ。殺してあげてくれ。見ているのがつらい。そう言って、今日もノルマをこなしている現実・・・。社会の縮図。風刺。お前の皮膚が剥がれそうになっているものだから・・・と、言い訳をする自分がいた。
2004/12/09
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万物は平等に光を放っている。ただそれぞれ見え方が違うだけ。それらの光を見ることのできる人間は精神障害者達だ。そう、彼らは選ばれている。ということは私は選ばれた人間ではないということか?ミシェル・フーコーは私の症状を狂気と呼んではばからない。だが私は何故自分が通院しなければいけないのかわからないのだ。衆目の前で暴れている患者を遠目に医者と看護婦がせせら笑っているのを見て以来、病院への不信感が募っていた。昨日は順番待ちしている時、目の前に座っている親子に注意が向いた。男はのそのそしゃべるが、母親は眉間にしわをつくってはいはいそうねと軽くあしらっているのだ。それでも男は気にしていないかのようにしゃべることをやめない。遠くでは下品な夫婦が笑い続け、気持ちの悪いラタがまたひとり通りすがる。心を癒すための場所だと思っていたが、そうでもないようだ。3時間も待たされてようやく医者に対面した。いつもの頼りなさげな医者はどこかへいってしまったので、違う医者が座っていた。不信は消えないままだ。薬を飲むのさえ本当に必要なのかわからない。ただ処方箋をもらうためだけにここへ来ていることに疑問がわいてくる。他の患者はあんなに長い時間、医者と何を話しているのだろう?私は話すことなんてないからすぐ済んでしまう。医者になに話したって結局は処方箋貰ってはいさよならだ。こんなところへ来たって癒されるわけがない。そういう意味では確かに私達はおかしいだろう。だがそれと異常だってことはまた話が別だ。死んで死んで死にましょうねえパパのお墓つくったのこれでいくらでも「穴」に入っていられるでしょう?死んで死んで死にましょうねえパパあたしだと思って入ってね気持ちいでしょ?いくらでも入っていられるわよ
2004/12/08
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しのう しのうよ ねえしのうってばさあしのうよねえほら みんなでしのうしのう しのうよはやくしのうよねえってば しのう愛くるしい子供たちがほらビルの上からぽろぽろとこぼれてくよ自らを死なせることは、身体をこの薄汚れた世界から奪い返すこと。自分だけのものに、腐敗する立派なモニュメントを築き上げること。それが世に自殺体とよばれている。でもあなたの身体はあなたのものではなく、それどころか誰のものでもないから、すぐに離れていってしまう。それは悲しみのメタファー。誰かを求めて抱擁しても、本当にその人を抱いていますか?いいえすべては幻のまにまに流れていく時間。あなたは誰も抱擁することはできなうぇえ.
2004/12/06
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彼(スパイダーマン)は自分の行為を許せるだけの他者とは隔てられた優越性をどこに持っていたのだろう?彼は数ある犯罪から人々を救っているけれども、無条件の尊敬を勝ち得ない者は他者を無条件に受け入れる美しさはありえないのかもしれない。彼は自分の叔父を殺した犯人を追い詰めて殺した。ここら辺にハリウッド特有の歪んだ道徳観が露骨に見られて嫌悪感を禁じえない。いったいキリスト教国で何故このような映画が売れるのか?国民性を反映したストーリーが国民性にフィードバックしていることは何のデメリットにもならないとでもいうのだろうか?ただ、彼が必ずしも完璧な人格としては描かれていずに、どこにでもいる弱い人間であることで一つの補償となってはいる。似非道徳に沸く無知なアメリカ人達も登場。悪役が不意に口ずさんだ即興の歌はよかったが、完全にマッチョイズムで、ヒロインが男中心に描かれているのをフェミニストはどう受け取るのだろうか?しかも女泣かせのラストシーン!全てはエンターテイメントの法則なのですと言われたとしても、いまいち納得のいかない作品だった。
2004/12/04
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眠りを阻害される。それは無数の魂たちで一際無謀に胸に擦り寄ってくるのだった。自分にはどうすることもできない気恥ずかしさに彼らの慰めに選ばれた理由を得たいの知れぬ力に問い掛けた。歯医者に行った。普段の透明な身体にかすかな重さが均整を崩した。私の身体は部屋の明かりが頭の上からすり抜けていくみたいに光の波が五感をさらい胃袋だけがどこまでも引きずられていくように見えた。その五体が、軽い、ほんの軽い歯痛に摘み上げられてがらがらと鳴っているみたいだ。やがて自分の意識が歯と医学の二つのシステムの間を行き来するようになり、気になれば気になるほどに軽い歯痛という名の表象を永遠に確定して焦点を絞っている。これは透明な有罪性への回避しがたい所与であり、失われた五体の全体性に掛けられた再教育なのかもしれない。そして歯医者通いは今日で終わり。麻酔が切れるまで食物をほおばってはいけないと言われ、今PCのキーをたたきながら「おあずけ」に耐えているところだ。こうしてまた胃袋だけを引きずりまわす部屋のなかの透明性に精神が揺らいでいるのを傍観する日々が始まる。
2004/12/03
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