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2月の中頃のこと。学校の百人一首の授業で仲間はずれにされてから、DSの時雨殿で遊んでいた長女が、「京都の時雨殿に行きたいなあ。」と言い出しました。実はワタシも時雨殿には行ってみたかったので、春のお出かけは久しぶりの京都と決め込みました。 高校生のときに母と初めて行って以来、女友達とお寺巡りに行ったり、塾の仲間と模擬試験を受けに行ったりした挙げ句に、大学に落っこちて京都駿台予備校に1年間通いましたので、ワタシにとっては京都は特別な土地です。なんせこの浪人時代の1年と研修医時代に熊谷にいた1年以外は、どっぷりと富山県内で暮らしているのですから(幼児期の金沢の数年間は、ほとんど記憶にないのでカウントしない。)。浪人していた頃は、受験勉強を真面目にしていましたので、京都駅と吉田山の寮の間くらいの行動範囲でしたが、大学に入ってからは、休みの度になんやかんやと京都に遊びに行っていましたし、医者になってからも京都の学会となると張り切って運転して出かけ、比叡山や天橋立にも足を延ばしたモノでした。 早速、時雨殿のある嵯峨野・嵐山あたりの情報収集を始めました。何度も訪ねている京都ですが、この辺りは殆ど行ったことはなかったのでした。だって、なんだか寒そうなんですもん。それにクルマで行くには不都合が多そうなのです。学会ならば観光シーズンを少し外れた時季が多いので、駐車場の広いホテルに泊まることにして、park&ride で京都市内を回るのが都合がよいのですが、今回はシーズンど真ん中の週末です。いいホテルはどこも満員。滋賀県にすら空き室はありません。それに名神高速も大渋滞に決まっています。長女と二人だけだと誰も運転を交代してくれないワケで、しんどそうですし、今回はJRのサンダーバードで往復することにしました。どうしても宿がなければ、日曜の早朝に行き、最終で戻る日帰りも覚悟しましたが、どうにか東本願寺の近くの旅館に空き室を見つけることができました。 さて、金曜日の当直明け。急いで帰宅して着替え、タクシーで駅へ。売店でパンと缶コーヒーを買い込みホームへ。サンダーバードは始発なので、ゆったりと席に座りこみました。石川県内も福井県内も母娘は寄り掛かり合ってウトウトスヤスヤ。北陸本線の景色って退屈なんですよね。それに停車駅が増えたこと。特急というよりも急行半てカンジですね。でも、席が琵琶湖側だったので敦賀を過ぎたあたりからは、湖水を眺めることができました。 京都駅には1時過ぎの到着。地震の影響もなく定刻通りでした。駅ビル内の伊勢丹レストラン街で豆腐料理のお店に行きました。実をいうと、長女は湯葉や豆腐が大好き。それに春の京都はやはりタケノコでしょう。今回の旅行では、ヴェジタリアン的ササヤカ贅沢ごはんと、sweets三昧という、オトコ抜きならではの食べ物に狙いを定めてきたのですよ。フフフフフフ。 食後は、駅の案内所で京都市バス・地下鉄の乗り放題二日券と、予約しておいた定期観光バス夜桜コースのチケットを買い、旅館にチェックイン。見事なまでのレトロな町家の造りに長女は目が点になっていました。「旅館じゃないよ。民宿だよ。」とかなりカルチャーショックだった様子。お部屋は坪庭に面していましたが、なぜか「箱庭」とのたまいます。「昔は、みんなこういうお部屋に居たんだよ。」と説明しましたが、ワタシ自身もビジネスホテルの方が気楽で好みなのは事実。でも、ここしか空いてなかったのですもん。京都らしい宿には違いないし。でも、ゆったり寛ぐというより、寝られりゃいいじゃん。と、いうカンジ。 観光バスに乗るまでの3時間弱は、半木の桜を見に北山の方へ行くことにしました。生憎と桜は三分から五分咲きでしたが、京都のなかでもお洒落なエリアという植物園界隈だけあって、美味しそうなパン屋さんを発見。夕食用にペストリーを買い込み、懐かしの進々堂の支店も発見。ただし京都コーヒ(最初から牛乳が入っている濃いコーヒに小さな角砂糖が2個ついてくるようなの。イノダコーヒが有名だけど進々堂のもそうだったと記憶していた。勘違いだったかな?)ではなく、全国区の普通コーヒーだったのでがっかり。百万遍の進々堂本店や繁華街のイノダまで行くほどのことでもありませんがね(そんなことを主張したら、長女に怒られるでしょうしね。今度京都に来るときは、イノダ本店近くのガーデンホテルとかを押さえて朝ゴハンに行こうっと。)。 6時10分、京都駅発の観光バスに乗り込みました。二条城と清水寺でライトアップされた桜見物です。どのバスに乗ればいいのかウロウロ悩むこともなく、団体さん入り口から待ち時間なしで入場でき、バスガイドさんの解説も親切で、土産物屋さんが集まっているあたりにも連れて行ってもらえるのはラクでしたね(高校生のとき、女友達と夜明け前に京都駅に着いてから歩いて清水寺に行こうとして裏山の墓地に迷い込んだことがありました。小さな丸い墓石が数千以上も果てしなく続く中を彷徨いました。段々とあたりが白んできて夜明けとともに境内に入り込むことができましたがね。。「春は曙」というに相応しい経験でした。道を間違えたことでケンカしてなかったら、すごく怖かったかも。)。桜の方は、やはり3分咲き程度でしたが、暗がりの中でライトアップされるとケッコウ綺麗に見えるのですから不思議でした。満開のときはさぞや素晴らしいでしょうねえ。茶店などの明かりも程良くて、谷崎潤一郎の「陰影礼賛」とか与謝野晶子の「今宵逢遇うヒト、みな美しき」というのは、こういう情景のことなのかと合点したのでした。 9時半を少し過ぎて、旅館に戻りました。お風呂もいいわとバッタンキューと布団に潜り込みました。夢の中でドロドロドロドロ、ザーッと聞こえたのは、雷雨だったみたいでした。でも、ガタガタいう硝子戸一枚の向こうは屋外(坪庭)というのに、寒くなかったなあ。
2007.03.31
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当直明けでちょっとボーッとしながら、ミルクティーのマグを片手にテレビを見ていたときのこと。いきなり床がグラグラっと上下したかと思う間もなく、ガタガタガタガタっと左右の揺れが始まりました。 「地震だ。」とコタツの向かいに座っている長女に声をかけ、辺りを見回しました。炎が出るようなガスレンジやストーブは点いていません。私たちの頭上にはコンクリートむき出しの天井があるのみ。すごい揺れが長々と続いている割には、家具は動かず、食器も本も棚に収まっていてくれています。震度3より凄いにちがいないけど、4かな5かな?我が家はリフォームしたときに震度7がくれば崩壊すると建築士さんにお墨付きを貰っていますが、そこまでの揺れじゃなさそうです。いずれにしても、こんなに長く続く揺れは生まれて初めてじゃなかろうか?(実は2歳くらいのときに、毛布にくるまれて抱かれて祖父母とともに家を飛び出した途端に地面が大揺れしたという記憶があるのですが、現実のことだったのか、夢のようなモノだったのかははっきりしないのです。 ようやく揺れがおさまったところで、コタツの向かいに移動して長女のとなりに座りました。「凄かったねえ。ナニも落ちてこなくてヨカッタねえ。揺り返しがあるだろうから、じっとしていようねえ。」と、二人でくっつきました。たまたま家の中で一番安全と思える場所に二人ともいたのはラッキーでした。 点けっぱなしのテレビの画面は、ナニゴトもなかったようにバラエティ番組が続いていました。震源地や規模を知りたいのに、なかなか速報が出ません。待ちくたびれた頃に、ようやくピポーン!津波警報が能登半島に出たということ。じゃあ、夫の単身赴任先も危険エリアかも。携帯電話をダイヤルしましたがつながりません。被害がひどいのか?回線が混み合っているのか?メールもダメ。そうこうしている内に地震情報も画面に出ました。震源地は能登沖で、かなり遠い埼玉あたりまで揺れたようです。じりじりする思いで、夫にダイヤルし続けて20分。ようやくつながった夫は、明け方まで緊急手術をしていたので地震があったときには眠っていたが、さすがに目が覚めたということでした。アパートにも特に被害は無かったようで一安心。 あとは、昨日からお友達のところにお泊まりに出かけた次男です。夫が次男と買い物に行く約束をしているというので、夫から電話をしてもらうことにしました。その後、二人ともずっと話し中でしたけど、父と子はナニを企んでいるのやら。 いつもなら階下の部屋には母がいるのですが、幸い先週からドイツにお出かけしています。いたらキーキーと、かしましかったことでしょう。 などと、思っていたら東京の長男から電話がかかってきました。「みんな大丈夫だよ。」と答えながら、12日ぶりの彼の声が嬉しく感じられました(用もないのに電話することって無いですからねえ。)。 ホっとしたとろで、余震がきました。震度3弱ってところかな? この辺りは地盤が頑強なので地震の被害は出にくいと地理で習ったことがあるのですが、地震が起きないというわけにはいかなかったのですね。あまり大きな被害が出なければいいのですが。
2007.03.25
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10日ばかり前から、どうも頭の調子がヘンなのです。なんといえばよいのか?妙に頭が軽いのです。ふわふわというか、ネジが弛んだようなというか。 すごく不快で薬でものんでなんとかしたいというほどでもありませんが、やっぱりヘン。「頭が重い」というのに効く処方は知っているのですが、「頭が軽い」なんていうのには効く処方も知りません(「下半身が重い」というのならば、真武湯なのですが、どうも違うようなカンジです。)。 長男が帰省していた間は、心地よく舞い上がってルンルンしていたのが戻っていないということなのかも。いわゆる空の巣症候群のヴァリエーションかな。この1年で、彼は随分と大人びてしまっていて、肩の荷を下ろしたというか、勝手に下りてしまったようなということなのかも。 何年か先に、のこりの二人も親離れしちゃったら、頭の中が空っぽになってしまうかもしれません。
2007.03.24
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明日の早朝、長男が帰省することになっています。 長女も次男も、散らかし放題にしていたリビングの私物を自主的に片づけ始めています。ワタシがあれほどギャーギャーと言ってもシカトしてたくせに。 ウチで一番エライのは兄ちゃんなのでしょうか? キレイになるのはウレシイのですが、なんかフクザツです。
2007.03.02
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