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今日は、長女の授業参観日。珍しく午後から休みがとれました。長女は「第二理科室だからね!」と嬉しそうでした。 そういえば、3人も子どもがいるというのに理科の授業参観に当たるのは初めてです。やたら、国語と音楽に当たることが多かったのでした。懐かしの第二理科室(自分の母校でもありますから、40年近く前の思い出がよみがえります。)は、生徒用の椅子が重い木製から軽いパイプ製になっていました。 で、授業のテーマは「溶解」でした。 グループごとに実験台のまわりに座った子どもたちは、6人に1本配られた水の入った角形のペットボトルに、ひとつまみの食塩をそっと入れて、溶けていく様子を観察していました。ここで、違和感あり。角形ペットボトルには凹凸があります。中の飲料水が紫外線で変質するのを防ぐためでしょう。つまり、食塩の粒子が水に溶ける様子を四方から観察するには凹凸の存在は不都合です。なんで、フラスコとかビーカーとかを使わないのでしょう? さて、食塩の粒子が見えなくなることを確認した次段階として、先生は小さな二つのビーカーを配りました。それぞれに赤と黄色のシールが貼ってありました。出された課題は、「同量の水を入れた二つのビーカーの一方には匙1杯、もう一方には10杯の食塩を溶かしてあります。舐める以外の方法で、どちらがどちらか当てる方法を考えて下さい。」というものでした。 5人くらいの子どもたちが、活発に発言しはじめました。いかにも元気そうな女の子が「重さを量るか、天秤にかければ10杯の方が重いはず。」と、質量保存の法則を思いついていました。長女は「塩田で製塩するように加熱して水を蒸発させれば、食塩が多く残るものと少ないものになると思う。」と、アッタリマエのことを言っていました(沸騰したところで両者の温度を観察させたいなあ)。別の男の子は、「新しくビーカーを用意して、1杯を溶かしたモノと10杯を溶かしたモノを作り、ようく見比べてみれば判りそうだと思う。」と、基準線を作って吸光度測定を行う定量法を彷彿させる天才肌の発言をしていました(残念ながら、肉眼視で見分けられるヒトは少ないでしょうが、1,2,4,6,8,10杯と溶かしたビーカーを用意して見比べれば、視覚的に違いが判る可能性はあるかも。ワクワクしますね。)。更に別の男の子は、「10杯溶かした方が、ちょっとだけ嵩が増えているのではないかと思う。」と発言しました。溶媒の量にもよるでしょうが、精巧な目盛りのついたメスシリンダーならば見分けられそうな気がしなくもありませんよね。優れた理数系の直観力を持っている子っているモンなんですね。 が、ふと棚を見たとたん仰天しました。ワタシが小学生だった頃にはひしめくように置かれていた化学実験器具がほとんど無いのです。錆びた三脚沢山、石綿金網皆無(ま、これは仕方ない)、アルコールランプ20くらい、金属製の試験管立て14,5(試験管は1本も無い!)、小さなビーカー5,6個、樹脂製のメスシリンダー7,8本(白濁していたり、変形していたり、目盛りが消えていたりで、使いものになりそうにないシロモノばかり)だけです。シンジラレナーイ!!!! 記憶を辿れば、私は小学校でも中学校でも高校でも大学でも、もちろん博士論文を書くために学内留学していた病理学の実験室でも、ほぼ同じような品質のガラスの化学実験器具を使わせてもらっていたことを断言できます。今どきの小学生はこんなひどい器具で理科を勉強しなくてはならないなんて!先にこの学校を卒業した長男も次男もそうだったなんて! 2学年の下の妹たちが、ユニークな実験を強行して、この理科室で爆発騒ぎを起こしたというハナシを思い出しました(当時の先生たちは、子どもたちが納得するまで時間をやりくりして実験させてくれたモノでした。)。かなりの器具を破損したことでしょう。でも、子どもが扱うのでなくても、ガラスの実験器具は破損するのは宿命のようなモノ。そしてベラボーに高価なモノです。40年近い期間に、ワタシが使わせてもらったメスシリンダーやフラスコが全て割れてしまっていても不思議ではありません。でも、ナニ一つ補充してもらえないなんてあんまりです。給食袋の白衣は3年ごとに新調してもらえてパリッとしているし、校庭には、昨年エラク立派な相撲の土俵が新設されたというのに(ほんの数人の相撲部の子どもたちのためにね。) 授業が終わってから、先生に詰め寄ってしまいました。「そうなんです。ナンにもないんです。顕微鏡も全部壊れているんです。富山県内でも、この学校は特にヒドイんです。」と情けないハナシでした。この学校は、富山大学教育学部の実習指定校なんです。全国規模の教育研究会を年に何度も開催している学校でもあります。それがこの体たらくとは!子どもたちの理数離れも学力低下も必然的帰結でしょう。土曜日に授業をする前に、夏休みを短縮する前に、化学実験器具のような半消耗品を買ってもらいたいものです。 「あの学校に行くと音楽と国語の情操教育偏重で右脳ばっかり鍛えられて、左脳が萎縮していくよ。」と、6年生のときに長男がぼやいていましたっけ。
2007.01.19
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去年とはうってかわって、今年はタイヘンな暖冬です。お正月に関越道を通って群馬に帰省したときも、新潟県の山の中にすら、ほんのわずかしか雪がありませんでした。例年、3が日が明けたところで降るよなあなどと、ちょいと覚悟していたのに、ずっと降りません。「暖かくていいよねえ」などと、のんびりしていたら、「この3連休は、スキーに行くって約束だったよ!」と、長女が暴れ出しました。んなコト言われたってねえ。とてもスキーなんてお天気じゃないじゃない。雨の中を滑るのなんて絶対にごめんこうむりたい。6日の土曜日は生暖かい雨、7日の日曜日は暴風にみぞれ。夫と二人で止めようと説得しました。第一、富山県内のスキー場はどこも雪不足のようです。でも、本日の予報はあいにくの雪でした。可愛くない吹雪模様ですが。唯一、全面滑走可能とネット情報にあったタカンボーに母娘二人で行かされることになってしまいました。 7時半に家を出て高速に乗り、五箇山で降りて3Km。初めて来ましたが、ワタシの大嫌いなギュンとした坂も無いし、駐車場からゲレンデまでは至近距離と、アクセスについてはなかなかいいところです。バンバンと吹雪いていて晴れ間がゼンゼン無いというお天気で、新雪が結構降り積もっているようなのはNGですが、滑っているヒトはちらほら。夫のような指導員級のヒトは皆無。私たちのようなボーゲンスキーヤーばかりです。こういうところって、かなり好きかも。 早速、半日のリフト券を購入し初級者コースへ。長女は、券ホルダーを持っていたので先に行ってしまい、ワタシはホルダーを買うのに手間取ってしまいましたが、とにかくリフトに乗り込みました。 ところがですよ。この後に、悲(喜?)劇が起きてしまいました。 リフトを降りてすぐのところは、ちょっとしたカベだったのです。斜滑降と横滑りで難なく降りられるはず。と、思ったのに、あれれれれれ?スキーが動きません。そう、ワックスが剥げていたのです。圧雪ならば、重力のベクトルの方が最大静止摩擦力に勝っていたのでしょうが、フワフワ牡丹雪の新雪とワタシのロッシ君との相性は最悪だったみたい。どうにもこうにも滑り出すことができません。その上、周りを滑っている方々は、お世辞にも思い通りの滑走はできずに転けまくっています。 さて、どうするか?選択肢は2つです。転がって降りるか?歩いて降りるか? 周囲の方々へのご迷惑を考えると、転がってというわけにはいきますまい。まともに避けられそうなヒトなんていませんもん。で、一歩一歩踏みしめながら降り始めることに。なんともはや、カッコワルーイ!それにしても、吹雪の中でのスキーを履いての下り坂歩きは、結構な運動量です。アンダーウエアのあちこちに貼り付けてあったホッカイロはたちまちポッカポカになりました。そして体温が上昇したおかげで、眼鏡もゴーグルも曇り始めてしまいました。 もともと老眼になってきていて、チラチラするモノは見えにくいというのに、吹雪に眼鏡の曇りにゴーグルの曇りに新雪のゲレンデです。ストックを持つ自分の手袋すら判別しがたくなってしまいました。これは、あのホワイトアウトというモノではないですか!いつのまにか、一度滑り降りて、またリフトで上がってきたらしい長女の呼び声が間近で聞こえました。でも見えない!と、カノジョのウェアの黄色い影がちらり!ゴーグルと眼鏡を外すと、いくらか視界が開けました。「スキーが全然滑らないし、曇ってなんにも見えないんだよお!」と叫びました。 その後は、10メートルくらい先に滑って行っては待っていてくれる長女の声を頼りにノッシノッシと歩き続けました。やや緩やかな斜面まで来たので、谷に向いて直滑降をしようとしましたが、やはり最大静止摩擦力の方が重力のベクトルより強かったのでした。ワックスを売っている売店近くで脱いだスキーには、まるできりたんぽのように新雪がくっついて固まっていました。こりゃあ、滑るわけないわいな。 あーあ、さんざんでしたね。遭難しなくてヨカッタ。
2007.01.08
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