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日曜日、家族で町内の有田ポ-セリン・パ-クに出かけた。ここは、約10年前に、地元老舗陶磁器メ-カ-兼商社の香蘭社が中堅ゼネコン青木建設と作った合弁会社・株式会社VOCがオ-プンさせたテ-マ・パ-クだ。有田町とは姉妹都市に当たるドイツのマイセン市との友好関係がヒントとなり、「ドイツ村」的な企画を実現したものだった。実は、家内も大学卒業後に新卒でここに入社し、結婚前まで勤めていたことがある。 その後、バブルの影響で経営状態が悪くなって現在は伊万里の「のんのこ」で有名な宗政酒造グループがオーナー会社になり営業を続けている。ツインガー宮殿を忠実に再現し(下の写真参照)、見事なドイツ風の建物が並び、施設は結構整っていたものの、以前はイマイチ営業努力やサービス面での意識の低さが目立っていた。しかし、今度の宗政酒造さんは、なかなか商売を心得たもので、早速入場料を無料にし、食事の施設を充実させ、お酒がメインとはいえ洒落た土産売場も併設。 最近は多彩なイベントを度々展開し、団体客が増えて来て、かなり入場者がアップしているようだ。元の職場だけに家内も喜んでいる。この日も日曜で、イベントがあり、貸し切りバスが沢山来ていた。入り口手前の広い駐車場付近では、地元のスポーツ・イベントなのかレースも開催されていた。うっかり、そちらに脇見してしまったのが運のツキ!通路の真ん中にいた警備員や野次馬をよけたつもりが死角になっていた中央分離帯に右側のタイヤを乗り上げてしまった。アッと思った時には、20センチほどの段差のある高さからドーンとタイヤが着地。 勢いでナンと! 右側の前輪&後輪を同時にパンクさせてしまった。沢山の連中がアッケに取られて見守る中、カッコ悪いので、そのまま奥の駐車場へ車を移動。 あわてて車から降りて確認すると幸い車体には傷が無かったものの、タイヤは完璧にぺしゃんこ!家内と子供にはしばらく別行動で遊びながらここで待ってもらうことにしてタイヤの交換をすることに。しかし、2本ではいかんともしがたく、車の保険担当に連絡。30分後、レッカー車がやってきてくれて、伊万里のトヨタの整備工場へ運んでくれた。 このレッカー車の運転手のお兄さんがやけに明るく話の面白い男で、移動中に少~し気分が晴れた感じ。ショックのお客さんの心をケアし、サポートするのも仕事の内なのかも…!? 幸いにもパンク修理代とレッカー搬送代は、保険で無料!(不幸中の幸い。)運転中の集中力の無さを心から反省し、家内や子供にケガが無かったことを感謝。携帯での運転なんかも禁物!と改めてキモに命じた次第。無事にタイヤの交換と点検を終え、家内と子供たちを迎えに行ったら、家内と5歳の娘に運転中の不注意を改めて注意された。「全く、おっしゃるとうりです。」と答えるしかない・・・。この日、偶然にも家内の愛車・スバル「プレオ」は車検中。僕の車も実はゆっくり休みたかったのかも…。いつも酷使して悪かったなア~!
2004年11月29日
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新聞によれば、消費税のアップをはじめとする大幅な税金の見直しが政府や税調の連中の間で具体的な案として浮上してきたそうだ。少なくとも今年限りで高齢者等への所得税の優遇処置が廃止され、配偶者控除まで廃止するという案もマジで出されているらしい。日本は、バブル時代の後、急激に国の財政は悪化し、今やイタリアを抜いて先進国の中では圧倒的な赤字財政国家に成り下がっている。 普通なら、すぐに緊縮財政に切り替えてまず支出を押さえるのが僕みたいな素人でも考えることなのに、「赤字国債」を乱発しては相変わらず意味の無い公共事業や海外への支援金に国民の血税を湯水のごとく無駄に使ってきた。 これでは財政が悪くなって当然だ!アメリカのいいなりで、自衛隊の海外派遣や国防費の増強も続き、益々赤字に追い討ちをかけることになりそう。この分でいけば国家財政が破綻することも避けられない。現に警告する内容の本がかなり前から次々に出されている。国の赤字額が今や国家予算の約12倍!という話だ…。例えば、500万円の年収の人が6000万円の借金をかかえているようなものだ。 しかも、国債の(借金の)利子を払うのにも年々困窮し、返済の為にまた国債を発行する…というサラ金地獄的な状態に陥っているらしい。国の財政を預る優秀な?官僚たちは真面目に国のことを考えて仕事をしているのだろうかと本気で疑いたくなってくる。そんな連中に限って、天下りで更に私腹を肥やしてヌクヌクとしているから全く頭に来る!政治家は勿論、官僚たちも皆、この財政破綻に限りなく近づく日本に対して誰も責任を取らないし、「給料を返上します!」なんて気持ちを持った者も一人もいないみたいだ。そうなると、この赤字のツケは、当然のように全て国民に回される。つまり、消費税アップや各種(税金)控除の廃止、更なる年金&介護費徴収…。 散々スネをかじられ身体がボロボロになった親に、まだ足らない!と更に小遣いをせびる親不孝な息子みたいに思えてくる。昔、「経営の神様」と呼ばれた松下グル-プの創始者の松下幸之助氏は「国の予算を毎年1割づつ貯めていき、それがある程度の財源になったら、将来には、その利子だけで国の予算を賄う」という案を或る経済学者にされたことがあるそうだ。つまり、各省が争って予算を獲得しては毎年使い切ってしまっている国家予算を1割でも残しておけば、やがて国民の税金無しでやっていけるというウソみたいなお話。しかし、それを聞いた経済学者は、少なくとも理論的には可能な案です!と答えたそうだ。早く実行していてくれたら…、と僕なんか単純に思うけど、まあ、1割浮かすということが、現実的にはかなり難しいことだったんだろう…。 今となっては、不可能に近い。「自分の在任中は、絶対に消費税は上げない!」と言っていた小泉首相の言葉が本当であるなら、しばらく彼に頑張ってもらいたいけど、いろいろと改善して頂きたいことも…。とにかく、出口のまだまだ見えてこない長い不況の最中に、増税して景気回復を更に遅れさせるような愚行だけはして欲しくない!…大して税金を納めていない自分がエラそうなことを言って申し訳ないが、もっと日本国民は「怒り」をハッキリと表に出すべきだ、と強く思う。 嗚呼、今日も何だか寒いなぁ~!
2004年11月28日
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朝晩冷え込み出したなぁ~と思っていたら、案の定「風邪」をひいてしまった。幼稚園から娘が風邪のウィルスを運んで来たみたいで、息子が次ぎに感染し、ついに僕もやられてしまった。幸い熱は出ていないし、ノドが腫れ少し声がかれてる程度。明日から土日で休みだし、久々にゆっくりと骨休みしよう、と思って仕事から帰ったら、家内も風邪をひいてしまったらしく、布団を頭からかぶって先にベッドにダウンしていた…。 (こういう時は早いもの勝ちかも!?)一方、チビッコ二人組は今朝まで風邪気味だったはずなのに、全くウソのように元気を取り戻し、大きな声をはりあげながら部屋中を飛び跳ねていた。 (ウ~ム、マズイ展開…。)どうやら、今度の土日も僕はゆっくりと休めそうに無いなぁ~、と覚悟した。 まあ、いいか…。
2004年11月26日
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早いもので、11月も残りあと僅か…。今年もこの時期、「コスモス画家」荒木幸史の来年(2005年)版のカレンダ-(@2000円)の注文が全国から沢山寄せられている。今月初めに常連のお客様宛てに、カレンダ-&画集の注文用往復ハガキを郵送していたので、その返信分の注文だけでも結構な数になっている…。幸い、先月末の大丸東京店での開催を最後に年内の個展スケジュ-ルを全て終了していたため、現在、そのカレンダ-などの注文の対応に専念出来ている。毎年、個人で300冊以上ものカレンダ-を注文しておられる新潟市のKさんの安否が(先月の震災で)心配だったが、幸い大した被害も無かったそうで、今回も例年同様330冊のご予約を頂いた。おそらく近々Kさんのご自宅に納品する予定のカレンダ-は、地元の新潟市内を中心とする彼の親しい方々に贈られるのだろう。もし、その中に不幸にして今回の地震で被災に遭われた方がおられたら、荒木幸史のコスモスの絵を(カレンダ-で)観て、少しでも元気になって頂きたいものだ。意外なことかも知れないが、一見か弱そうに見えるコスモスの原産地が実は「太陽の国」メキシコなのだ。例えば、台風でなぎ倒されたとしも、翌日には何事も無かったように静かに太陽に向かって花を咲かせている強い生命力を、その見た目の優しさと共に合わせ持っている。群生するコスモスを眺めていると、お互いに助け合い協力している人間そのものみたいに思えてくることがある。最近、日本に限らず世界中の各地で天変地異の大きな災害が頻繁に起きているような気がする。もしかしたら「もっと人間はお互いに手を繋ぎ合い、助け合って生きなさい!」という神様からの(少しキツ-イ)メッセ-ジなのかも知れない…。
2004年11月25日
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昨日11月23日の祝日は、好天に恵まれ絶好の行楽日和だった。我が家はこの日、娘の晴れ舞台?で武雄市文化会館へ向かった。(自宅からは、車で20分程度の距離)娘が通っている幼稚園が、佐賀県西部地区の親しい幼稚園との恒例の合同音楽祭を開催したからだ。ウチのオテンバ娘も年長クラスの一人として今回初めてこの武雄市文化会館・大ホ-ルのステ-ジに上がることになった。何しろ、佐賀市文化会館や唐津市市民会館と並ぶ県内屈指のメジャ-な音楽ホ-ルで、クラシックからロックまで数多くののコンサ-トや「NHKのど自慢大会」はじめ沢山のテレビ番組の中継放送も行われた立派な会場だ。そう言えば、僕が高校生当時には、キャンディ-ズの公演を観に行った懐かしい思い出もある…。 あの時「ワタシ達は、きっとこの会場(武雄市文化会館)にまた戻って来ま~す!」と、嬉しい言葉を会場に残していった彼女たちは、それから僅か数カ月後「普通の女の子の戻りたい!」と突然引退を発表してしまった…。まだ純心な少年だった僕は、何となく裏切られたような想いで、暫くの間傷心していた記憶がある。しかし、大ファンだったメンバ-の一人・ス-ちゃん(田中好子さん)が、その後芸能界に復帰。女優として数々の賞を獲得するなど、見事にアイドルから脱皮して今も活躍を続けている。長くなるので本日は詳しく書かないが、彼女も伊万里をはじめ佐賀県には何かと馴染みが多いようだ。 しかし、残念ながら(ニュア・ミスしたことはあるが)まだ一度もご本人とはお会いしていない。 確か僕より2つ年上のはずだが、未だにとても若いし、こう言っては主婦でもある彼女に対して少々失礼かもしれないが、余り「生活感」みたいなものを感じさせないタイプのように見える。どうかこれからもドラマや映画で益々活躍をして頂きたいものだ。 (…イケナイ! うっかりここで終わりそうになってしまった。)その日、午後1時半頃予定の娘の出番に備え、(ワンパク坊主の息子を1階席にいる家内に任せ)僕はビデオの撮映に専念するため一人で2階席の前方・中央付近をキ-プ。 余裕で本番を迎えた。ところが、あんまり良い場所を選び過ぎて(?)気が付いたら真前の席に主催者の幼稚園側が撮影を依頼したプロの写真館のカメラマンらしき二人組が…。 目の前で機材を操作しながら度々立ち上がったりチョコチョコと動いたりで、(コチラ側は)やたらビデオが撮り辛くてイライラ。 だからと言って文句は言えないし…。撮映には意外に苦労したものの、ピアノの先生の横で大型のオルガンみたいな楽器(ベ-ス・マスタ-?)を演奏していた娘は、案外普段と変らず落ち着いている様子で一安心。どうにか大したミスも無く、無難に演奏を終えたみたい。演奏会終了後、元気良く戻って来た娘の嬉しそうな笑顔を見ていたら、知らない内にモヤモヤがアッケなく吹き飛んでいた。 PS.一階にいた家内の方は、隣の席に座ってたワンパク息子が、(案の定!)娘の演奏が始まった途端、ワザトみたいにイタズラをはじめ、全く落ち着いて演奏を聴けなかった!と不満そうだった。途中、注意するつもりで息子のホッぺを軽くビンタしたら、いきなり「ギャ―!!」と大声で泣き出したので、慌てて口をふさいだとか…。 周囲から白目チョップを浴びて、ホント大変だったみたい。さ来年、息子の演奏会は大丈夫だろうか? かなり心配!
2004年11月24日
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いつも昼間は仕事か(週末で休みなら)家族サービスで出かけていることが多く、ほとんど夜中に日記を書いている。最近、なかなか我が家のオテンバ娘&腕白坊主コンビが寝ないので、いったん一緒に寝てから、深夜もう一度布団から抜け出してパソコンに向かう。少し前までは、多少眠いのは仕方無いこととして、それほど苦にはならなかった。ところが11月に入ると、九州とは言ってもサスガに朝晩の冷え込みが徐々に厳しくなってきて、上着を着たり足元に暖房器具を置いたり…やや準備を要するようになってきた。日記を書くこと自体は億劫では無いものの、ついに毎日続けて来た日記の書き込みに空白が出来てしまった。三日坊主にならないためにも、何とか毎日続けて書き込みしていくつもりでいただけに残念!自分としては、毎日書いてたつもりが、夜中起きるのが明け方近くになったせいで、日付が翌日になってしまっていた。最初は、気軽に書き込むつもりで、意識的に携帯から短い文章で日記を書いていたが、最近は(パソコンで)ついつい長い文章を書くことが多くなってしまった。 家内からは、「何だか長くて読みにくいヨ~! 最初の頃みたいに短い方が読み易いけど…?!」とズバリ指摘されてしまった…。確かに内容が伴わないと、観る方にとっては【文章の羅列】でしかなく、書き込んだ後で反省する日も少なくない…。それにしては、最近もコンスタントに毎日60人以上もの方々が(一瞬かもしれないけど)アクセスしてくれていて、本当に心から感謝しております!
2004年11月23日
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今日も石原裕次郎さんのドラマ『弟』(石原慎太郎氏原作)を最初から最後までズーッと観た。 最終回の今夜は、晩年の肝臓ガンとの闘病が中心。やや息苦しい展開で、観るのが少々辛かったが、感動のシーンもいくつかあった。ガンの進行で体調が徐々に落ちていき苦しみながらも、ついに最期まで映画を製作する意欲を忘れなかった裕次郎さんの「映画俳優」としてのプライドというか、強い意志みたいなものを感じた。更に、持って生まれた優しい性格のせいか、最期まで身内や側近たちへの温かい気遣いを欠かさず、自分の病気がガンであると知りながら知らないふりをして闘病していた、という心身の強さに感動!そして弟を愛し、このドラマの原作を書いた兄・石原慎太郎氏の努力と苦労に感謝! 毒舌でズバズバものを言う豪傑タイプと思っていたが、案外繊細な感覚も持っている人なんだなぁ~、と再認識した。まあ、人気作家で都知事(政治家)なんだから当然かも…?!ともあれ、2時間余りのこの日の放送も徐々に引き込まれ、アッと言う間に終わってしまった。(もし、後日再放送があるのなら、このドラマを観ていない方にオススメしておきたい。)次の休みには、見逃していた『弟』第1回と第2回の録画ビデオを観てみようと思っている。
2004年11月22日
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石原慎太郎氏原作で、テレビ朝日と石原プロの共同制作による超大型ドラマ『弟』が5夜連続で放映中だ。戦後最大の映画スター・石原裕次郎さんの生涯を兄・慎太郎氏の視点により振り返る伝記的なドラマになっている。国内のドラマにしては、破格の制作費や宣伝費をかけてあり、多くの人気俳優やタレントが出演していて放送前から注目を集めていた。 毎回ビデオに録画してはいるものの、なかなかジックリと観る機会が無かったが、第4話の今夜は土曜日でもあり、やっと落ち着いて観ることが出来た。 ドラマの配役の中には「?」と思うところが無きにしもあらずだが、実話を元にしてあるだけにリアルな緊迫感がある。特に「成功率3%」と言われた大動脈の大手術と奇跡的な生還のシーンには当時のマスコミの大騒ぎぶりも思い出し、感動的だった。はじめの内、裕次郎さんとは全然似ていないなぁ~!と思っていた三浦友和さんが、病院の屋上からファンや報道陣に手を振るあの有名な場面では、何だか当時の映像を観ているのだは…と錯覚するほど良く似ていて驚いてしまった。 おそらく立ち居振舞いなど、改めて裕次郎さん本人を研究したのだろう…。早いもので、明日の日曜日に第5話・最終回を迎える。アメリカにおけるエルヴィスの存在や評価を、もし仮に日本で例えるならば、おそらく多くの人が裕次郎さんを挙げるだろう。二人共、歌と映画の両方の世界で活躍し、前例が無いほどの抜群の人気を獲得。 死後も記念館に沢山の来館者が訪問し続ける永遠の大スターだ。 因みに、小樽の裕次郎記念館には、この二人のツー・ショット写真が飾られている。(1960年代半ば頃、エルヴィスの映画撮影のロケ現場を裕次郎さんが訪れた時の貴重なスナップ)ドラマの中で、奥さんが(退院した直後の自宅内で)「あなたの良い所は、決して他人をねたんだり、愚痴を言ったり、ウソをついたりしない所。 …だから神様がご褒美に奇跡的に命を助けてくださったのよ!」と裕次郎さんに語っていたのが特に心に残った。家族は勿論、渡哲也さんはじめ多くのスタッフたちが命賭けで彼を支え続けていたのも彼のその優しい人柄があったからこそだろう。成功するには、本人の実力と運。 そして、人間的な魅力が不可欠だと改めて実感した。 上司でもある「コスモス画家」荒木幸史は、昔から裕次郎さんの大ファンで、ナンとご本人と2回も会ったことがあるそうだ。実は、若い頃、佐世保市の某映画館で支配人をしていたことがあり、その仕事の関係で福岡市内で2回会い、短時間ながら会話もしたという…。 2回目に会った時は、一瞬考えた後「アッ! 思い出しました!!」と言って親しく話しかけてくれたそうで、もちろん大感激したとか。 とにかく、大スターなのに気さくで感じの良い人物だったらしく、そういうところもエルヴィスと大きな共通点だ。アメリカでも毎年のように命日の8月16日頃にはエルヴィスの特番が放送されているようだ。 最近、フリー・ぺージに、来月福岡市内で予定しているエルヴィス追悼イベントの紹介を追加している。関心のある方には是非お気軽に来場して頂きたい!(入場無料)
2004年11月20日
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秋も深まり、いよいよ冬の気配かも…。日中は良い天気が続いてるせいかまだまだ温かいけど、朝晩はめっきり寒くなってきた。娘が風邪をひいたこともあり、今夜、ついに石油ファン・ヒーターを出した。 原油価格の高騰で、今年は灯油も結構高~い!電器コタツを先に出していたものの今日突然の故障…。 雨漏りに続いてのトラブルで頭が痛い。そう言えばこのところ、洗濯機、掃除機などが次々に故障して買い替えたが、不思議なことに、その後も(連鎖反応でもないだろうに)何かが故障し新たな買い替えが発生している。ハード・ディスクがイッパイの状態(何しろウィンドウズ98SEで13GBのパソコン)だし、次ぎはいよいよ動きがアヤシイくなってきたパソコンの番では…?と不安がよぎる。パソコンの買い替えは少し先に延ばすとしても、外付けの「ハードディスク・ドライブ」を増設したいところ。なるべく取り込んだデジカメの画像などはマメにCD-Rに焼き直してためないように努力しているものの、どうやら限界になってきた。さて、ただでさえ寒くなって来たというのに、昨日、奈良で痛ましい女子小学校児童の誘拐殺人事件が発生し、まさに身が凍る思いがした。 残虐非道で、少女の親の気持ちを踏みにじるようなやり方に身体中が怒りで沸騰した! おそらく精神に歪みのある変質者の犯行のような気もするが、だからと言って(責任能力が無いと見なされて)もし、犯人が無罪にでもなったら怒りがおさまらない。これほど酷い犯罪を犯したら、死刑に処せられるのは当然だ。しかし、仮に犯人が極刑に処せられたとしても、幼くして殺され、亡くなってしまったカエデちゃんはもう還って来ない…。 同じく幼い子供を持つ親として、その辛さが痛いほど分かる(つもりだ)。 「よりによって何で自分の娘がこんな悲惨な事件に遭わなくてはいけないのだろうか…」と、嘆き悲しまれておられることだろう。全く、慰める言葉も見つからない。せめて、少しでも早くこの残虐な犯人を警察に捕まえて欲しいものだ。 心からカエデちゃんのご冥福を祈る。
2004年11月19日
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本日、11月18日は、母の71回目の誕生日だった。一昨年、親父が病気で他界し寂しくなったものの、元気に毎日家事の手伝いや孫の世話などで頑張ってくれている。少し血圧が高いのが心配だが、見た目は年齢よりも若いし、何より未だに一度も入院したことが無い。最近は、健康管理にも役立つということで、「気功術」?を町内のサークルに週一回通って習い始めた。幼なじみや昔の同級生たちとも連絡を取り合い、毎年「同窓会」や旅行も楽しんでいるし、老後をそれなりにエンジョイしている様子だ。 これからも親父の分まで元気に長生きして欲しい。 家族からの誕生日祝いとして、ワイン、ケーキ、それに家内が選んだセーターをプレゼントし、夜9時過ぎ頃(僕が帰って)皆揃ったところで、ささやかな母の誕生祝いパーティーをした。前日、幼稚園で高熱を出し、病院に連れて行った娘(5歳)は、本日(おゆうぎ会を23日に控えていることもあり)大事をとって休んでいた。 幸い、熱が下がってすっかり元気を取り戻し、ケーキを目の前にニコニコしながら「ハッピ・バースデイ」を大きな声で歌っていた。 3歳の腕白息子の方は、この日もイタズラがヒドクて叱られ、直前まで大泣きしていたのに、いつの間にかケロっとした顔で自分の席につき、しっかりケーキにありついていた…。我が家のチビッコはしたたかで食べ物には抜け目が無い!甘いモノ大好きな家内もプレゼントとは言え、しっかり自分の好みのケーキを選んで買って来ていて美味しそうに食べていた。もちろん、母本人も年に一度の誕生日の楽しいひとときをケーキと共に嬉しそうに味わっていた。実は、この日、妹が亡くなった命日(1996年)でもあり、お祝いの前後に皆それぞれ仏壇にお参りをした。 8年前、出張先で訃報を聞いた時は、あまりにも突然のことに驚き、頭が真っ白になったことを覚えている。当時37歳、心不全での急死だった。本来はめでたいはずの母の誕生日に亡くなってしまい、とても残念だったが、ふと仏壇に飾られた遺影の写真を見ていたら、何となく妹も笑顔で誕生日を祝ってくれているような気がした。きっと今頃天国でも親父や亡くなった親戚の方たちと一緒にお祝いしているのだろう。そう言えば、妹も甘党でケーキは大好物だったなぁ~…。
2004年11月18日
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今日、携帯に湯川れい子先生から久しぶりに連絡があった。 音楽評論家で人気作詞家の湯川先生とは、15年以上前、熊本で開催されたエルヴィス・プレスリーの追悼イベントで初めてお会いし、それ以来、公私に渡って大変お世話になっている。 「感謝!」 1991年の秋、東京銀座の『文藝春秋画廊』で開催された『荒木幸史コスモス展』に来場頂いて以来、荒木幸史とも親交が続いている。一昨年、『祈り』(荒木幸史の絵と湯川先生の書下ろしの詩&エッセイ入り!)という共同制作の詩画集も発行し、お蔭様で好評を博している。さて、久々に頂いたお電話の内容は、沖縄在住の(湯川先生の)知人が那覇市内に店を出すらしく、たまたま読んだ『祈り』に感激した彼女が、店の名前を「コスモス」に決め、しかも、店の「日よけ(テント)」などのデザインに荒木幸史のコスモスの絵を使用したいと相談を受けた…とのことだった。 早速、荒木幸史に詳細を報告したところ「湯川先生のご紹介だし、作品の使用はOK(無料)! 先方から連絡があったら、希望される作品を確認し、その作品のフィルムを貸してあげなさい。」という快諾の返事。 直後にKサンとういう那覇のご本人からも連絡があり、話は即決。未だ、沖縄には一度も行った事がないけれど、いつか家族で旅行に行く機会があったら、この「コスモス」というお店に行ってみたいと思う。そう言えば、一昨年より我が家の1階一部をテナントで借り、オシャレな和風喫茶店「ギャラリー・おおた」(有田駅前店)を営業してくれている友人も、つい最近沖縄に3店目となるお店をオープンしたばかりだった。何だか急に沖縄に縁が出来たような気がする…。
2004年11月17日
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先日の日記に書いたとうり、雨漏りで僕の部屋がピンチ!どうにか雨も止み、一安心していたが、またいつ降ってくるか不安だし、近所の工務店に勤める親戚のTさんに相談した。普段から親しくして頂いてるものの、度々面倒な仕事をお願いしており、今回も少々気が引けたが、思いきって連絡した。すぐに家まで飛んできてくれたと思ったら、アっと言う間に梯子を使って器用に屋根上に登り、雨漏りの原因を突き止めてくれた。やはり台風の影響で瓦の一部がズレ、隙間から雨が天井に漏れていたようだ。 しかし、幸い瓦自体には大きな破損は無く、ズレていたところを元どうりに修正したら、ナンとか雨漏りの心配は無くなった。サスガにプロは仕事が早い! しかも速攻で応急処置をしてもらいホッとした。 但し、壁側に隙間が生じ、雨漏りした天井には醜いシミや板のソリ等が残り、チョットした復旧工事が必要みたい。有り難いことに、Tさんの話によると、台風の被害による工事には、火災保険からの補填が効く場合があるとのこと。自然災害だし、難しいのでは?と思ったものの念のため加入していた保険会社に連絡して保険内容について調べてもらったら、意外にも「OK!」の返事だった。長年『火災保険』に加入していて初めて恩恵にあずかり、今回の痛~い工事の出費を自分で手出ししなくても可能!?ということで、家内も半信半疑ながら凄く喜んでいる。Tさんは、現場写真や見積もりなど申請に必要な書類などをすぐに用意してくれるそう.申請した後、正式に保険がおりるとの返事があり次第、工事に取りかかる予定。それにしても、親戚とは言え、忙しい中で迅速に対応し、親身にアドバイスして頂いたTさんに心から感謝!
2004年11月16日
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11月16日は、確か内田有紀チャンの誕生日だ。実は、10年ほど前のある日、TBSのTVドラマ『キャンバス・ノート』をたまたま観ていて、主演していた彼女に興味を持った。(後で、彼女が僕と同じく学生時代にフェンシングをしていたことを知り、更に好感が持てた。)このドラマの主題歌「幸せになりたい」(広瀬香美・作詞作曲)も気に入り、1996年の佐賀市文化会館でのコンサートには、当時交際を始めたばかりだった現在の家内を誘って観に行った。この曲をアンコールでも歌ってくれたのが、凄く嬉しかったのを憶えている。そもそも彼女は、オリコンのシングル・チャートでいきなり第1位を獲得して颯爽とデビューしたコテコテのアイドルだったが、むしろドラマで実力をつけ、徐々に開花していったような気がする。藤井フミヤが自閉症の青年を好演した人気ドラマ『天使が消えた街』(2000年)で彼女が演じた主人公の恋人役=明るく世話好きで料理が得意、しかもバイクを乗りこなす活発な女性…は、もしかして本人そのもの?!と感じるほどの自然で見事な演技だった。最終回、その世話好きな性格が災いしてトラブルに巻き込まれ、刺されて死んでしまうクライマックスのシーンには、正直な話ジーンとして涙が出た…。(馬鹿だなァ~!) とにかく、うまく言えないが、何か魅きつけるモノを感じた。やがて、あの猛稽古で知られる「つかこうへい劇団」に自ら入団し、舞台にも挑戦。 歌、ダンス、演技、そして殺陣も披露し、絶賛された。 そして一昨年、あの倉本聰氏より主人公の恋人役に抜擢され、人気ドラマ『北の国から』(最終話シリーズ「遺言」)で吉岡秀隆君と共演。それが、まさか?!の結婚に発展…・。皮肉にも12月7日の結婚式は僕(12/6)と僅か1日違い。ファンには辛いことながら、めでたく有紀チャンは『寿』引退。早いもので、あれからもうじき2年…。 今頃、誕生日を旦那と幸せに迎えているんでしょうね~。
2004年11月15日
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昼間まあまあの天気で油断していたところ、夜になって突然雨が降ってきた。 「え~! ウッソ―!!」先日の日記に書いてたとうり、台風の影響で(どうやら自宅の屋根か天井付近をやられたみたいで)予想外の「雨漏り」という事態に遭遇。先日は、「近い内に雨漏り工事の見積もりでも取ろうか…。」と、まだ余裕があったが、今日は雨の勢いがあり、慌てて雨漏りしてる周辺の大事な品々を避難させることに。 あいにく、この部屋にはパソコン&周辺機器はあるし、CDはじめ、LD、DVD、からアナログ・レコードまで趣味で集めた貴重なメデイア(勿論、大半はエルヴィス絡み)が沢山置いてあり、簡単にはいかない。結局、長年同じ場所で安泰だったモノを、あちらこちらに分散して収納し直し、先ほどようやく雨漏りに対する避難作業?を終えた。皮肉なもので、汗を拭きながら落ち着いてみたら、あれほど激しく降っていた雨が既にやんでいた。こんなにアッサリ止むと分かっていたら、今日のところは、応急処置程度で済ませていたものを…。でも、いずれ大雨が降るかもしれず、早く見積もりを取って雨漏り修理工事を頼まないと…。 またまた痛い出費が続くなァ~!
2004年11月14日
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佐賀県有数のコスモスの名所として知られる佐里コスモス遊園。 唐津市隣の相知町にオープンし、早いもので10年が過ぎた。スリ鉢状の土地をうまく利用し、何万本ものコスモスを植え、園内に散歩道を巡らせている。コスモス関連商品を集めた売店やパン工房なども人気で、家族連れやカップル等でシーズンは賑わう。地元シンガーソングライター・北村尚志さんの週末恒例の園内ライヴ(ピアノ弾語り)が楽しみで、毎年必ず行っていた。今年は出張等でなかなか行く機会が無く、やっと今日行ってみたら既にシーズンオフ。正に「しまった!」
2004年11月13日
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最近、6歳年上のイトコが、長年勤めていたJA(農協)を退職し、友人と二人で旅行代理店を開業した。 確か、JAには20年以上勤めていたはずだし、定年まで無難に過ごすことを周囲は勧めたようだが、本人の決意は固かった。 数カ月前にキッパリと退職し、すぐに当局へ旅行代理業の開業申請をしていたようだ。 彼は、学生時代から旅行が趣味だったせいか、旅行取引主任者の資格を早くから取得していた。 その資格を活かし、JA会館内の婚礼式場の仕事をしながら、JA旅行センターの業務を取り仕切っていた。つまり、その仕事では既に随分前からプロだったわけだ。JAという封建的な組織の中で、毎日様々なノルマを課せられてのサラリーマン生活にほとほと嫌気が差し、ついに自分のやりたい天職につく事を決心したのだろう…。彼と今日久しぶりに会ったが、気のせいか以前よりも明るく元気良さそうだった。 「午前中に一仕事済ませてから、(有田の実家へ)母親の法事に行くつもり。」と言っていた。そう言えば、9月末頃、独立開業して最初のツアー(添乗員)を無事に終えた後、彼は真っ先に入院していたお母さんの病院へ見舞いに行ったそうだ。 夜遅かったが、独立開業を心配していた母親に早く初仕事の報告をしてあげかったのだろう…。 病室に到着し、彼が声をかけてから数分後、安心したようにお母さんは静かに息を引き取られたそうだ。彼の仕事は今のところ周囲の心配をよそにいたって順調だ。 これから困難もあるだろうが、きっと天国からお母さんが見守っていてくれるだろう。
2004年11月12日
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今夜の日米野球で、西武ライオンズの松坂投手が好投し、昨日に続いての連勝! ようやく日本代表の選手たちにもエンジンがかかってきたようだ。特に、松坂投手は、奪三振こそ5~6個とさほど多くなかったが、メジャーの代表選手を相手に思いっきりの良い投球で(日本の投手としては)日米野球20年振りの完投勝利を挙げた。惜しくも完封を逃がしたが、余裕ある勝ち方で、この分でいけば、残りの2戦も連勝し、通算戦績を4勝4敗のタイに持ち込めるかも…!? 今のところパリーグを代表する両エース岩隈と松坂の力投で勝利をおさめているが、次はセリーグのエース級投手に本領発揮してもらいたいし、まだまだ長打の少ない打者たちにもっとボカスカ打ってもらって超高給取りのメジャー連中の鼻をアカしてもらいたい。 それにしても当然凱旋参加すると思っていた松井とイチローが、今回は休養するのか参加しなかったのが全くもって残念…。
2004年11月11日
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11月に入り、秋にしては安定した好天気が続いていた。有難いことに、週末も良い天気に恵まれ、新聞によれば、今年の『佐賀インタ-ナショナル・バル-ンフェスタ』は、5日間の開催としては過去最高の入場者を集めたそうだ。最終日の日曜だけで29万人以上が来場したそうで、どうりであの日会場から帰るのに大渋滞で凄~く苦労したわけだ…。おそらく会場内の物産展会場や露店など、様々なお店もお天気を味方にかなり稼いでいたようだ。 台風や地震で被災を受ける気の毒な方々もいる一方、好天で得をする運の良い連中もいて、世の中不公平な感じがしないでもない…。幸い、バルーン会場内でも新潟の地震被災者におくる義援金の受付けコーナーが用意されていて、少し気分的に救われた。 我が家も子供の通う幼稚園で、先日の父兄参観日に震災被災者の方々への寄付を集めていたので、僅かな額ではあったが、ほんの気持ち程度協力させて頂いた。地元の田中真紀子サンには、こういう機会こそ名誉挽回で私財を投げ打ち、多くの被災者を救済して頂きたいものだが…。彼女の父・田中角栄元総理は、晩年「ロッキード事件」をはじめ、様々な不正疑惑が噴出し、『金権政治家』の印象ばかりがクローズアップされていた…。 しかし、実際の彼は、情に厚く周囲への心遣いに長けていて、公私共に面倒見が良く、日本の政治家にしては珍しい「熱血漢」だったらしい。 昔、作家の野坂昭如氏が、田中金権批判を露骨にアピールするためのパフォーマンスだったのか、ナンと!新潟から衆議員に立候補し、角栄氏本人と直接対決した。 結果は、角栄氏の地元支援組織「越山会」の予想以上の固い団結にあえなく圧倒され、野坂氏は世間の期待虚しく惨敗…。 彼は、選挙活動を通じて角栄氏の人間的魅力や地元での予想以上の信頼の厚さに、むしろ感銘さえ受けたという…。角栄氏が今生きていたら、おそらく素早く行動を起こし、地元・新潟の復旧のために、死に物狂いで関係各庁に的確な指示を出していたであろうと思われる。 多くのエピソ-ドを知る内に、あのカリスマ的な人気や指導力は決してお金や権力だけで得たもので無いということが分かった。 やはり「情」も政治家には無くてはならない要素だと思う。それに比べ、ブッシュ大統領には腹が立ってしょうが無い! 理由はあえて書くまでもないが、先日の大統領選挙の結果を見て、アメリカの国民にも失望した。 アメリカ人の有権者の約半数は、毎日のテレビやラジオ、新聞等の報道を見て、聴いて、一体何を感じているのだろう…。 自分の国さえ裕福であれば世界はどうなっても平気なのだろうか、全く悲しいことだ!世界各地で続く紛争の大きな原因の一つが、アメリカ政府の(経済的、軍事的)一人よがりの強引でワガママな政策だとそろそろ反省する時期ではないかと思う。 …とかナンとか、酒のせいか調子にノッてエラそうなことを書いていたら、突然、頭の上に冷たいものが…!? 久々に雨が降ってきたと思っていたら、自分の部屋の天井に地図みたいな雨のシミが出来ていた。 どうやら、そこから雨漏りがしてるみたい…。 一昨年亡くなった親父が建てたこの我が家も築40年を過ぎ、さすがに老朽化してきた証拠だろう。40歳を過ぎたこの身体も、年相応アチコチに『ガタ』がきているのかも…!? 検診は異常無しだったが、油断は禁物…。ああ…雨が本降りになって来た。 マズイなぁ~!
2004年11月10日
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プロ野球は、一応シーズン・オフとなったが、アメリカからメジャー・リーグのオールスター・チームが来日し、日本のプロ野球オールスター(?)チームと各地で対戦を続けている。期待に反して本日も負け、日本チームは4連敗! 早くも負け越しが決定的!?アメリカの使用球を使ってるせいか、4試合を終えても日本選手の打球はまだ1度もフェンスを越えていない。 残念ながら、これは明らかにパワーの差だと思わざるをえない。国内で50本のホームランを打ってヤンキーズに鳴り物入りで入団したあの松井秀喜でさえ、1年目のホームランは、期待された30本どころか、20本にも及ばず、改めてメジャーの野球の厳しさとパワーの違いを思い知らされた。 むしろ、イチローを思い浮かべるような、「巧守」「巧打」「巧走」が日本野球のウリなのかも。来年のメジャー入りを目指して、またまた日本から何人もの選手がアメリカへと旅立つらしい。おそらく来シーズンからオーナーが孫正義氏に代わると予想されるダイエー・ホークスの井口資仁選手もその一人。1997年の12月、ハネムーンで行ったハワイの帰りの(福岡空港直行便)飛行機で、ハワイ・キャンプに来ていたダイエーの選手たちと偶然一緒になり、待合い室でたまたま隣にいた井口選手に気付き声をかけたことがある。 その年「初打席満塁ホームラン」で超ド派手なデビューを飾ったものの、シーズンを終えてみるとやや本人としては不満足な成績…。つい「来年は頑張って下さい!」と言ってしまい、内心「アッ!やばい失礼なコトを言ってしまった…。」とあせっていたら、彼の横にいた若い女性がクスクスっと笑った。 それを見た彼も「今年は、どう言われても仕方がない。 まあいいか…。」みたいな苦笑い。 サングラスをしていたので表情はよく分からなかったけど、内心では少しムッとしていたように感じた。後で、彼の隣にいた女性が青山学院大学時代から交際していた彼の年上のガールフレンドだったことを知り、「なるほど!」と納得。昨年だったか、彼女と念願の結婚をされて、何となく僕も少~し嬉しい気持ちになった!彼は大学時代、オリンピックでも大活躍し、あの世界最強のキューバ・チームからもホームランをかっ飛ばし怖れられていた。今シーズンはダイエーの主力選手として文句無い好成績をおさめたが、あいにくプレー・オフで西武に敗れ、日本最後の(?)シーズンを優勝で飾ることは残念ながら出来なかった。メジャーに行ったら、イチローほどの打率や松井ほどのホームランは期待出来ないかもしれないが、彼らしい走攻守揃った理想的な野球を披露してもらいたい。 そして奥さんや家族を喜ばせてあげて欲しい。 「頑張れ! 井口選手。」
2004年11月09日
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エルヴィス・プレスリーが亡くなって今年で27年。しかし、デビュー50周年記念の年ということもあり、相変わらず新しいCDやDVDの発売が続き、故人の所得番付では連続トップの座をキープしている。エルヴィス後進国?の日本では、まだまだマスコミの報道にも認識不足や悪意の表現がみられ、なかなかアメリカをはじめとする海外での評価が一般には理解されていない。『エルヴィス・オン・ステージ』のスペシャル・エディションが全国で公開されているが、是非この機会に彼の映像を実際に観て、彼のアーチストとしての実力、カリスマ性、温かい人柄を実感して頂きたいものだ。 あの宇多田ヒカルでさえも上位にランキング出来なかったアメリカのヒット・チャート(ビルボード誌)で、未だに最高の実績を残し「キング」と呼ばれているエルヴィスに改めて注目して欲しい。昔、九州で初めてのエルヴィス・ファンクラブを大学時代に発足していた(ファン仲間の大先輩)竹田伸一さんが、『エルヴィス復活祭』イベントを、今年も12月11日(土)の正午に福岡市で開催する。 《主催/NOW ELVIS NOW 実行委員会》3回目となる今回は、1968年の通称『カムバック・スペシャル』(放映当時アメリカで72%の視聴率を獲得!)と未公開映像、そして、1973年全世界に宇宙中継された『アロハ・フロム・ハワイ』など…貴重な映像を大きなスクリーンで楽しむことが出来る。 しかも、入場料は無料!!エルヴィス・ファンクラブ福岡&佐賀支部もこのイベント後援し、地元エルヴィス・ファンへの告知などで応援している。場所は、福岡市東区のJR筑前新宮駅・駅ビル5階の『コミセンわじろ』という多目的ホール。(300人収容)最新の映像&音響設備の整ったとても良い会場とのこと。JR駅だけに、アクセスも良く(快速も停車します。)、場所もわかり易いため、多くのエルヴィス初心者(?)の方々に気軽に来場して頂きたい。 近い内に、フリー・ぺージに詳細を紹介予定。お問い合せは、090-6429-6850 竹田伸一さんへ。PS.実は、竹田さんから当日の司会を頼まれ、シャイな僕としては、現在まだ返事を出来ずに検討中…。
2004年11月08日
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本日は、『佐賀インターナショナル・バルーンフェスタ』の最終日で、予告どうり(?)家内&チビッコ二人を車に乗せて会場へ向かった。 会場周辺は大渋滞でマヒ状態のため、裏道を通って佐賀市内に入り、初日同様、市内の臨時駐車場に車を停めて、シャトル・バス(勿論、超満員!)に乗り継ぎ、ナンとか無事に会場へ到着。昨日と同様、好天に恵まれ、嘉瀬川河川敷の特設バルーン会場は何万人という観客で埋め尽くされた状態だった。とてものんびりとバルーン見物、という雰囲気ではなく、何とか少しでも良い場所をキープしようと、皆それぞれバルーンの競技が見える一帯やイベント会場の人気テントへと足早に向かって行く。会場の中間付近に特設されたJRのバルーン会場駅からは、電車が到着する度に、ドォー!!っと更に多くのバルーン・ファンが会場に流れ込み、全くもって大変! 人ゴミで目的の方向へ歩くのがやっと…。 迷子になられては困るので、チビッコ二人には(裏側に名前や親の携帯電話番号など急な連絡先を書き込める)もしもの時用の「迷子ワッペン」をしっかりとピンでとめておいた。ともあれ、ナンだカンだと苦労を重ねて、好位置をゲット!(…と言っても土手の傾斜の上のため)滑り落ちないように身体を両脚で踏ん張って支えつつ、子供を抱いてカメラを撮影する、というかなり難しい体勢。 (おそらく明日は身体のアチラコチラがこって痛むだろう…。)しかし、そういった苦労や努力が吹っ飛ぶほどに、青空に映えるバルーンの勇姿は本当に素晴らしい!!次々に沢山のバルーンが近くを通過し、それぞれカラフルでキレイな姿で改めて感動! カメラ&ビデオの撮影も超忙しかった。子供向けに用意されたのか、エキジビジョン飛行用のパンダやら象サン、タコなど特殊な形体のバルーンも多く観れて我が家のオテンバ&腕白コンビも上機嫌だった。 『ドラエモン』など、アニメの主人公のバルーンなんかもあるみたい…。個人的には、巨大な『地球儀』みたいなバルーンがとっても気に入った! 夕方からはイベント会場で、ゲストの【はなわ】のライブが予定されていたが、とてもジックリと観れそうな様子でもなかったし、5時過ぎには帰ることにした。 ところが、帰りのシャトル・バスに乗るのにも列に並び延々30~40分以上並び、どうにか自分の車にたどりついたものの裏道も既に渋滞。佐賀市内を抜けるだけで1時間を要してしまった…。家に無事到着したのは、PM8時過ぎ。 いやはや感動を得るには、それに見合う努力が必要ですネ!?PS.途中、武雄市の人気ラーメン店に立ち寄って軽く夕食を済ませたが、店内の壁には2003年5/6と2004年2/23の日付で、2枚の【はなわ】のイラスト(本人自画像)付き色紙が飾られていた。
2004年11月07日
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早いもので、明日が佐賀バルーン・フェスタの最終日。本日は天気が良く、絶好の行楽日で、おそらく会場も最高の人出で賑わったことだろう。 But.あいにく本日は、幼稚園の授業(?)参観日だったため、残念ながら親子そろって幼稚園へ行って来た。勿論、子供の教育が親としては一番大切な事だから、「あいにく」とか「残念ながら」とか言ってたら叱られるかも…!?年長クラスの娘を家内が、年少クラスの息子を僕が担当するため、どうしても行けない時以外は、なるべく僕も出席するようにしている。 しかし『親の心 子知らず』 息子は3歳で超腕白な上、甘えん坊で、親がいると普段と違って先生の方を向こうともせず、全く言う事をきかない。 5歳のお姉ちゃんみたいに、その場の空気を察するような気持ちを早く持ってほしいものだ。 まあ、3歳にはまだ難しいかも…。 そのくせ、どうやらガキの癖に【メンクイ】らしく、クラスの担任&副担任の先生が3~4人いる中で、Y子先生だけにやたらとキスをするらしい…。 驚いて問いただすと「だって…Y子先生って、カワイイーもん!」と嬉しそうに開き直る。 家内によれば、あるベテランの先生が「私には1度もしてくれないんですよォ~。」と、少し淋しそうに言っていたとか…。 せめて、ワケヘダテ無く、他の先生にも公平にキッスしてくれれば…と、妙な気遣いまでしてしまう。 (ELVISを見習おう!)息子の名前は、家内の閃きで『アトム(明永夢)』と名付けたが、「空を越えて~…」ではなく、ルールや世間の常識を越えるようなヤバ~イ人間にならないように今の内から鍛え直しておきたい!PS. 最終日の明日こそはバルーンを観たい!
2004年11月06日
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『唐津くんち』が終わり、秋の行楽シーズンは後半を迎えている。地元、有田町では、秋の陶器市と言われる『茶わん祭り』が開催中。 そして『佐賀インターナショナル・バルーンフェスタ』も早いもので、いよいよ今度の土日でラストを迎える。 先日の日記に書いたとうり、森みゆきさんのライブ目当てで初日の11月3日に会場へ行き、そのライブは充分過ぎるほどに堪能したものの、肝心のバルーンは午後の部が強風のため競技中止となり、全く観れずじまい…とても心残りだった。渋滞にめげず、あと1回会場へ出かけてバルーンをこの目で見ておかないと、何だか年を越せないような気持ちになっている…。そう言えば、会場の河川敷の土手にはコスモスが沢山咲いている。意外にバルーンとマッチしていて秋らしい気分を味わえる。昨年初めて観て感動した『夜間係留』を今回も是非観てみたい! もちろん、我が家のオテンバ娘&腕白坊主コンビと一緒に行くことになるので、カメラ&ビデオ撮影と悪ガキの世話等で忙しく、結構くたびれるが、やはりこの感動には代え難い。 近くで見ると、本当に大きなバルーンだが、空中に舞い上がると、やがてケシ粒みたいになり、殆ど見えなくなる…。改めて、空の広さ、地球の巨大さ、宇宙の無限さ等を思い知らされる。(バルーンの)写真を見るだけでは、到底実感出来ない感動だ! この感動を、これからの未来を担う多くの子供たちに見せてあげたい、と心から思う。
2004年11月05日
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まさか!?と思ってたら、今回のアメリカ大統領選挙で、あのブッシュが大統領に再選されてしまった…。アメリカ人の約半数はノー!と言っているのに、僅差で選挙に勝ったブッシュが、更にあと4年もの間アメリカの大統領の座に居座ることに…。都心では民主党候補のケリー氏が強かったようで、何だか日本の自民党VS民主党を彷彿とさせる。 おそらく、ブッシュは反対派が国民全体の半数近くも存在することを棚に上げて、「テロ撲滅」を旗印に、更なる軍事行動に出るのでは…と危惧される。 アメリカ最大の産業である軍需産業(ブッシュ最大の支援企業)を枯れさせないために、ソ連が崩壊し、中国の脅威が顕在化するまでの間は、『テロリストとの対決』を大義名分に、国民の税金を注ぎ込み続ける気なのだろう。巻き添えを食う日本はじめ友好国という名の手下の国はたまったものではない! そう言えば、あまりにもタイミング良く大統領選挙直前に(ビデオ映像で)登場したビン・ラディンもプロレスの悪役レスラーと同様に、無くてはならない必要な役柄だった。 お互い持ちつ持たれつの関係で、実はブッシュや軍需産業界と裏ではつなっがっているのでは…。 世界唯一の被爆国である日本は、もっと積極的に戦争や武器を無くすようアメリカをはじめ世界中に訴えるべき立場であるはず…なのに現実としては、アメリカの暴挙を追認し従い続けるだけ。小泉さんも外務省の役人連中の「国際貢献」の虚しいスローガンに惑わされることなく、日本及び日本人の国益をしっかりと見据えた決断と対応をして頂きたい。 ブッシュについて行ったらまさに「藪」の中にまぎれこんでしまいかねない。
2004年11月04日
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本日午後から『佐賀インターナショナル・バルーンフェスタ』会場へ家族揃って車で出かけた。 既に、嘉瀬川河川敷の会場横の広大な駐車場が満車で、佐賀市内の臨時駐車場に車を停め、シャトルバスに乗ってようやく会場に着いた。 天気はまずまずだったが、あいにくの強風で、ナント!午後からの競技飛行は中止となっていた。 せっかくバルーンを観に来たのにバルーンを観れないとは…!! それでも初日のせいか、会場内は真直ぐに歩くのが困難なほど相変わらずウンザリするほどの多くの人出で賑わっていた。 僕等は早速イベント会場に直行! ラッキーにもステージに近い前の方の席をゲット! PM4時過ぎに開演した森みゆきさんのライブ・コンサートは、写真やビデオもしっかりと撮影し、勿論歌は充分に楽しむことが出来た。 特に、大ファンの娘(5歳)は途中から立ち上がり、みゆきお姉さんの歌に合わせて一緒に熱唱していた。 現在(ご主人が商社マン)アメリカ・デトロイト市に住んでいる彼女は、先日の新潟県の震災を現地で知りショックを受けたそうで、被災者を励ますエールを送り、温かいメッセージを歌に託して伝えてくれた。(前日の夜中に日本へ帰ってきたばかりとは信じられないくらい、ハツラツとした元気さと笑顔に驚嘆!)お得意のチビッ子向けのレパートリーの他、坂本九のヒット曲として知られる「見上げてごらん夜の星を」などいろんな曲を披露。素晴らしい歌声に家内も涙が止まらないほど感動していた。NHK『おかあさんといっしょ』の歌のおねえさんのイメージが未だに強いが、歌謡曲や洋楽ポップス等、何を歌ってもうまいし、彼女の温かいハートが歌を通じて自然に伝わってくる。 嬉しいことに、ライブの後で、彼女と娘&息子の三人で記念写真を撮影することが出来た。 撮影した写真は本日最大の収穫だ。バルーンは観れなかったものの、おかげで何だか凄~く満足し、得した気分で帰ることが出来た。 改めて、みゆきお姉さんに感謝!
2004年11月03日
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今年もいよいよバルーン大会の季節がやって来た。有田陶器市、唐津くんちと並ぶ佐賀県が誇る人気イベントだ。毎年秋、佐賀市郊外にある嘉瀬川河川敷に広大な特設会場が作られ、JRの仮設駅もこの会期中に限り営業される。今回は11月3日~7日までの開催予定で、文字どうりインターナショナルなバルーンの競技大会をはじめ、多彩なイベントが連日予定されている。 最終日の7日は日曜日で、ゲストとして『はなわ』が久々に里帰りライブを行い昨年同様盛り上がりそう。明日3日の初日には、同じく地元・佐賀市出身の森みゆきさんがライブをするそうで、家族揃ってファンである我が家は開演時間の16時15分(~16時55分)に合わせていつもより少し遅く会場へ向かうつもり。 森みゆきさんは、【NHK「おかあさんといっしょ」第15代・歌のおねえさん】として活躍。明るいキャラクターと幅広いレパートリーでおそらく歴代トップの人気おねえさんだった。 現在は結婚されてアメリカで生活しておられるが、自作の曲を含むCD『LOVE YOUR LIFE』を発表するなど音楽活動は続けている。我が家のオテンバ娘はみゆきおねえさんを尊敬し憧れている。 http//www.miyukids.com/
2004年11月02日
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先月31日東京出張から戻り、久々に家族と対面。月のかわった11月1日の本日(正確には昨日?)は、代休で子供を幼稚園へ車で送った後は、ずっと朝から自宅倉庫を片付けていた。気が付いたらアッと言う間に夕方…。 天気は良かったけど、疲れを癒すつもりで釣りに行くのを我慢したはずが、余り意味の無い行動で結構体力を消耗したかも…!? しかし経験上、急に身体を休ませると反動で調子を崩すことがあるし、少し動いた方が良いみたい。幸い、家内には、倉庫を片付けたので凄~く喜ばれた。3日の祝日は、佐賀の秋を代表する大イベント『佐賀バルーン・フェスタ』を今年も家族で観に行く予定。毎年、佐賀市郊外の河川敷特設会場が、何十万人の見物客の人山で埋もれる光景は、普段あまり群集を見慣れない佐賀県人には勿論、都会の観光客にもインパクトを与える。はなわも7日に特別ゲストとしてライブステージを行う予定。約2週間の出張で家族に寂しい思いをさせた分、これから年末&正月にかけて家族サービスに努めたいと思っている。
2004年11月01日
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