2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全19件 (19件中 1-19件目)
1

2009/01/23写真を追加。 * * * 朝食を同室のオーストラリア女性ととる。エレーネという56歳の女性。今日はニュルンベルクの観光スポットを歩き回った。大晦日だということで、人々が浮き足立っている。普通の店は大体13時ごろで閉まる。観光地も同じく。なので、結構駆け足で見所を回った。画家のデューラーの家がユースのそばにあるので、写真を撮影。あとは、午後12時にフラウエン教会の仕掛け時計が動くので、それを待って写真撮影をした。午後再度フラウエン教会を訪れたところオルガンの演奏中で、すばらしかった(教会の音楽はよく分からないけれど)。お隣のカイザーブルクからの眺め。デューラーの家。滞在中二度行ったビヤレストラン。フラウエン教会。正午の仕掛け時計の様子。教会内部。主な観光スポットはすでに散策済みだったし、毎日、カイザーブルク城までの道(主な見所が集まっているシュロス通り)を通っているため、先日ユースのスタッフに教えてもらった中央駅の反対側にある楽器屋さんに行ってから、夕方五時前にはユースに戻って、エレーネとおしゃべりをしていた。楽器屋さんは1時頃に閉店してしまっていて、少し間に合わなかった。こちらの楽器屋は、結構大きくてYAMAHAの文字もある、まともな店のようだった。管楽器がたくさんディスプレイされていて、チェロも飾ってあった。きっとヴァイオリンも置いてあったと思うので、残念☆夜になると花火が上げられるという話をエレーネがフロントのスタッフから聞いてきた。私が別のスタッフに聞いたところ、ユースの隣(というかユースが城の一部)のカイザーブルク城から新年を祝う打ち上げ花火が見られるとのこと。それで、夜中になるのを待っている間に日記を書いている。エレーネはポルトガルに行くので、ベッドで寝ながら電車の情報を調べている。今日は書店で予定外でドイツ語の本を買ったので、食事は倹約して、ユースでレーゲンスブルクのスーパーで買ったパンを食べた。大晦日と新年は倹約の精神から、かな。韓国からの二人連れが加わって、四名での部屋の利用になった。二人は姉妹で、26歳と24歳だそうだ。姉は小学校教師、妹はビジュアルデザインを学ぶ学生。エレーネと一緒に写真を撮影した。実は私たちが最初に出会ったのはドレスデンのユースホステル。それが、偶然ここニュルンベルクのユースでも同室になった。ドレスデンのユースでの最後の朝食時に別れの挨拶をしたら、"I may say, see you again"と言われた意味が、今朝方分かった。私は知らなかったが、彼女もニュルンベルクに移動する予定だったのだ。職業は、現在はリタイヤして無職。弁護士をしてから判事をしていたそうだ。バイク事故で足を粉砕骨折して手術とリハビリを繰り返し、医者からは車椅子生活を宣告されていたのに、自力歩行ができるようになったので、それをきっかけに自分の可能性を広めるためにとアメリカ・イギリス・欧州を半年間旅してるのだそうだ。あと二ヶ月、旅をするとのこと。ドレスデンでは、私にあった翌日ぐらいに、オーストラリアに移民した曽祖父の家系(つまり自分の親族)をたどって、小さな街を訪れたのだそうだ。オーストラリアを発つに三日前に、彼女の伯母が曽祖父が住んでいた場所などを伝え、自分の姓からルーツをたどったのだそうだ。たどり着いた小さな村で、親切な村の人の助けを得て、自分の伯母に当たる人に会えたという奇跡的な話を聞かせてくれた。初めて会った78歳の伯母は、現在残る三人の自分の"ドイツ人の親族"のなかで唯一曽祖父のことを知っている人だったそうだ。多くの日本人にはありえないが、自分のルーツを辿る旅をしてみたということだ。すでに新年を迎えているオーストラリアからのメールをチェックしたところ、現在妊娠中の娘さんの状態がよくないらしく、流産を覚悟しなくてはならないとのこと。それをかなり気にしている様子。なドレスデンで私を怒鳴った女性を彼女も知っていたので、例の一件について話をした。エレーネ曰く、その女性は離婚した際に得たお金を息子に譲ったら息子も離婚してしまったため、お金がなくなってしまい、平素から苛々している不機嫌な人物だったそうだ。何回か朝食を一緒にとったが、好ましい人物ではなかったので一緒に書に食事をするのをやめたとのこと。私が文句を言われたのは、私個人の問題ではなく、その女性自身に起因することなので、気にせずに忘れてしまったほうがよいとの意見だった。外から人々が個人的に打ち上げている花火と教会の鐘の音が響いてくる。新年まであと3時間ある。
Dec 31, 2008
コメント(0)

2009/01/22 写真を追加。 * * *午前7時半起床。急いで食堂に向かったが、今日は朝食の行列に加わることになった。やめようと思っていたバンベルクに行くことにしたので、食事の後、急いでニュルンベルク中央駅に向かう。そして例のごとくインフォメーションで急いで切符を購入。バンベルクまでは先日のレーゲンスブルクと同様、バイエルン・チケットが適用されて、REでおよそ40分から一時間の距離だったが、運賃は22ユーロと昨日より安く済んだ。さて、初めてのバンベルク(Bamberg)。ここは、来て正解だった。レーゲンスブルクと同じように、アルファ波が出る雰囲気!私の好きな街並み。小さな街なのだけれど、マイン・ドナウ運河とペグニッツ河が街の中を流れていて、ここにかかる三つの橋からの眺めは美しい。何より、小鳥のさえずりや河のせせらぎといった心休まる雰囲気が、すばらしい。下流の橋に建つ像。バンベルク専門の旅行ガイドの表紙を飾っていたので、街のシンボルマークのひとつだと思われる。街の様子は、朱色の瓦ぶきの家々が並んでいて、ローテンブルクやニュルンベルクを髣髴とさせる。ペグニッツ河の一区画が小ヴェネツィアと呼ばれる地域で、昔漁師が住んでいたエリアだそうだ。ここの小ヴェネツィアの規模は大変小さい。バンベルクにある「城」はあまり立派でなかった。こう書くと語弊があるかもしれないが、素朴な感じの城だった。教会は丘の上にある聖ミヒャエル教会、ヤコブ教会そして大聖堂に行った。大聖堂は1237年の完成で、中世建築の遺産だそうだ。バンベルクの騎士と呼ばれている像と、この大聖堂を建築したハインリヒ2世とその后の墓が見所らしい。祭壇の前でよりそうように眠る夫妻二人の石像が印象的だった。大聖堂のすぐそばにある旧宮殿は今までの宮殿のイメージとはかけ離れたデザイン。新宮殿の中の薔薇庭園は、冬なのでただの庭だったけれども、ここからの市内の眺望はよかった。朝10時40分に到着してから午後6時ごろまでうろうろしていた。四つの尖塔をもつ大聖堂「バンベルクの騎士」ハインリヒ2世とその后の墓聖ミヒャエル教会旧市庁舎そばでグリューワイン(2ユーロ)を飲み、電車を待つ間にレモン風味のスポンジケーキ(2.2ユーロ)とMilch Kaffee, Gross(=カフェラテ。2.6ユーロ)を飲む。ケーキはドイツのケーキにしては砂糖が控えめで美味しく食べられた。グリューワイン。甘くて美味しい。体が温まる。結構好きだ。仮装した子供たちの行進。橋の上からの眺め。バンベルクには街中に本屋さんが多いように思った。驚いたのは、秋葉系というか、日本や海外の漫画を専門に扱う書店まであったこと!ここでも「ベルばら」について尋ねてみたが、あいにくなかった。こういう店でなかったら、もうだめ(涙)。最近、ドイツ語が聞き取れていないのではないかと、ドイツ語のヒアリングスキルを疑っていたのだけれど、よくよく考えたらここはバイエルン地方。ここで話されているドイツ語は、標準的なドイツ語と違ってバイエリッシェと呼ばれる強い訛があるものなのだった。日本語を標準語で学んで、大阪弁が聞き取れるかというと、怪しいのと同じ感じ?大聖堂の公共トイレでお祖母さんから話し掛けられたのだけれど、顔の表情や状況から、発言内容が想像できたものの、言葉自体は95%ほど分からずショックだったのだけれど、電車のアナウンスは聞き取れたので、あれっと思ったのだ。最近電車のアナウンスが聞き取れないというジレンマに陥っていたのだけれど、今日の帰りの電車のアナウンスははっきりと聞き取れた。つまり、全く分からないわけではない。ガーガーと雑音が入っていたり、放送の音量そのものが小さかったり、早口で訛がある放送だとわからないみたいだ(まあ、要は、勉強不足なわけだが)。それと、土地勘がなく、放送で言われている駅名が分からないのも、車内放送の聞き取りができない原因になっていると思う。ドイツ鉄道の車内放送のパターンが昔と変わったのも、一因かな。まだ耳が慣れていないのかもしれない。バンベルク駅からルイボルト通りを少し歩いたところに、ヴァイオリンを扱っているお店があったので入ってみた。でも、分数ヴァイオリンと4/4と弓が少々あっただけで、しかも安物だけしかなかったので、ちらっと見るだけにした。バンベルクは、ゆっくり滞在してみたい街だ。外国人観光客にはまだマイナーで、観光客はドイツ人の老人ばかりだった。スーパーがたくさんあるし、物価は大都市よりも安いし、街中の観光スポットに無料(!)の公衆トイレがいくつかあるのが嬉しい。大聖堂の裏手のと、ペグニッツ河にかかる橋のたもとのを利用したけれど、どちらも清潔な状態だった。小ヴェネツィア(下流)方向をのぞんで撮影。ひとつの建物を挟むように橋が二つ架かっている。橋からペグニツッ川を覗き込む子供。市庁舎。夕暮れ。月が写っている。夕方6時台の電車に乗ろうと駅に向かったら、当初乗る予定だったローカル電車が20分の遅延。というわけで、その電車よりも発車が遅いけれど快速の電車に乗った。今日も帰りに「ハイリッヒ・ガスト・シュピタール」に寄った。フランスに行ったら、言葉の壁でレストランには入れないかもしれないので、ドイツで思い出作りをしている。注文したのは、鶏肉のカレークリームソースのライス添え(ライスにカレー風味のシチューがかかったもの。パイナップルもはいっていた)、クネーデルズッペ(レバー団子のスープ)それと黒ビール。いずれも塩分濃度が高かった。ビールは味が薄く感じるし、やっぱり酔わない。どうしてだろう???今日のお会計は15.6ユーロ。料理の内容からすると、高いと思った。温かい料理は、高いのだ。ドイツではカルテスエッセン(冷たい食事)が主流だ。ワインは美味しかったけれど、地ビールはいまいちかな。このお店の、金髪でショートカットの女性は愛嬌があって、いい。あとの人たちはサービス業には向いていない印象。こちらが東洋人なので、言葉の問題で身構えられているのかもしれないけれど・・・。写真に写っている女性店員が、愛想がいい。二回目の来店を覚えていてくれて、帰り際、Auf Wiedersehen!(さようなら、また会いましょう)と言ってくれた。お隣のテーブルの家族連れが犬を連れてきていて、驚いたことに店内で鎖から放していて(!)、私に近づいてきた犬にいきなり吼えられた。すぐそばで犬が動いていても、ドイツ人というのはそこで力を以ってして犬の行動をやめさせたりせず、人間や子供を諌めるように、犬の名前を呼んで言葉で語りかけて止めるように注意するのだ。人間と犬の関係が、日本のそれと違う。ユースホステルに戻って部屋のドアを開けた時、暗かったので今夜もまた一人かと思ったのだけれど、よくよく見たら足元に荷物があった。そして、窓際のオイルヒーターに下着が乗っけられていた。入口そばのベッドを見ると、寝ている人がいた。そう、ルームメイトがいたのだ。まだ午後9時過ぎだったのに、もう寝ていた。ドレスデンでの悪夢がよみがえる・・・。とりあえずノートPCと荷物を持って部屋から出て、現在はフロントそばでこれを書いている。明日はようやくニュルンベルク市内を散策してみる予定。27日からニュルンベルクに滞在しているが、よそへ出かけているばかりで、まだ朝と夜のニュルンベルクしか歩いていない。昨日フロントのスタッフに調べてもらったBrunnen Strasseにあるという楽器屋のひとつは、バンベルクからの帰りに道に寄ってみたのだけれどなかったので、つぶれたみたいだ。もう一店舗はニュルンベルク中央駅の反対側にある。徒歩で35分ぐらいかかるが、行ってみようと思う。いつまでもクリスマスの飾り付けがあるこちらでは、もう大晦日だという感覚がない。はっきり言って、ドイツで新年を迎える雰囲気は殆どといっていいほど感じない。たまに「よいお年を」と書かれたプレートを見ることがあるが、それぐらい。お店は、クリスマスは休業しても新年は営業するところがあるみたい。旅行者にはありがたいことだ。
Dec 30, 2008
コメント(2)

2009/01/20-21 加筆のうえ写真追加。 * * * 朝7時半起床。だんだんと朝起きるのが難しくなってきた(笑。薬を飲んでいるので、寝つきはいい。起きてすぐに食堂へ。昨日と微妙にメニューが変わっている。昨日あった米を煮たものの代わりに液体状のものとフルーツポンチがあった。液体状の料理は、ミルクとシナモンを入れて食べるみたいで、昨日のものよりはポピュラーらしく、食事時間終了前になくなっていた。食事後、急いで中央駅へ向かった。今日はローテンブルクに行くことにした。例のごとくインフォメーションで切符を発券してもらう。昨日のバイエルン・チケットはやはり安かった。アンスバッハ経由でローテンブルクまではIC(インターシティ)あるいはRE利用で乗り継ぎ時間込み1時間10分~20分。どう見ても走行距離はニュルンベルク~レーゲンスブルク間より短いのだが、ニュルンベルク~ローテンブルク往復で35ユーロもした。ローテンブルクへは、1993年に行ったことがある。その時は、ビュルツブルクからローテンブルクに行って、街を散策してからフュッセンに行ったと記憶している。ローテンブルクについては、レーゲンスブルクのように感じ入るものがなかった。私的にはいまいちといったところ。今回はニュルンベルクに5泊するので、久々に行って見る気になったから行ったのだが。前回はこんなものかと思った記憶があるので、私にとってあまり好きな町並みではないのかもしれない。今回も午前11時半過ぎにローテンブルクに到着して、街を散策し終わるのに1時間半かからなかった。街への入口。街並。特に見るものがないので、拷問器具や拷問に関する文書や出生届を含む法律関係の歴史的文書を展示している「中世犯罪博物館」へ。入館料3.8ユーロで写真撮影可。展示物は拷問器具だけだと思っていたら、結構いろんなものがあり、見ごたえがあった。解説に日本語訳がつけられているものもちらほらあった。中世犯罪博物館前で会った黒猫。飼い猫みたいで、地元の人が名前を呼んで何かを語りかけていた。拷問器具。博物館内から撮影した、周辺の景色。斬首刑に使われた刀の現物を見て、あれでは切れないんじゃないかと思った。刃先が日本刀のように研がれていないので、切れ味が悪そうだったからだ。それに斬首される側はどうしても首を竦めがちになるので、執行人は大体数回刀を振り下ろすことになったと何かの本で読んだことがある。とにかく刃先が厚い刀だった。ギロチンは罪人の苦痛を和らげるために発明されたというが、それもうなずける。この博物館で有名な展示物は、「鉄の処女」。身持ちが悪い女性を内部に釘が出た人形の中に閉じ込めるのに使われた(これは日本にもあって、見たことがある)。「恥の仮面」等、結構面白いものが展示されていた。非常に中世を感じさせられるものが多い。鉄の処女恥の仮面。二時間つけて、広場で晒される。博物館を見終わってから、再び街の散策に出た。ローテンブルクで私が好きなポイントは、ブルク門周辺だ。門を出たあたりの景観が、自然が豊かで美しい。マルクト広場に戻った時刻は1時少し前。市長宴会館のからくり時計が動くのを待って、写真を撮影した。「歩き方」によると、このからくり時計は、1631年にローテンブルクを占領した皇帝の軍隊が市の参事会会員の首をはねることにしたのだが、もしワインを大ジョッキで一気に飲み干せる者がいたらそれをやめるといったところ、市長が見事に飲み干してことなきを得たという出来事を記念したもの。市長宴会館の時計の両側の窓が開き、市長の人形がワインを飲み干す動作をする。300ミリの望遠レンズで個々の人形を撮影したが、ぶれずに撮影できていた。ちょうど市長がワインを飲み干したころ。賭けに負けた将軍。市庁舎。学生時代に来たときにも上った、城壁内部の通路に上がり、歩いてみた。城壁伝いに高い場所を歩くわけだから、ローテンブルクの街並みを見下ろす感じで回れて、楽しい。城壁を降りてから見つけた面白いデザインの建物は、後で分かったのだが、ローテンブルクのユースホステルだった。ローテンブルクYH。ローテンブルクの銘菓、シュネーバル。この後、まだ帰るには早いと思ったので、マルクト広場そばにあるレストランと「歩き方」でも紹介されているカフェ「バウマイスターハウス」に入った。レストランは日本語のメニューもあるところで、日本語のメニューを出されたけれどもドイツ語で注文してみたw 注文したのはカツレツのポテトフライ添え(7.5ユーロ)とビール(2.5ユーロ。ドイツではメジャーなエクスポルト)。シュニッツェルは、そんなに美味しいものではなかった。揚げ物ばかりなので完食は自粛して残した。帰りの電車の時間は、駅のインフォメーションが参考までにと出してくれた5時過ぎ発の列車より一時間早いのに乗ることにしていたのだけれど、昨日レーゲンスブルクでケーキを食べ損ねたので、入ったレストランのすぐそばにある「バウマイスターハウス」へ。ここは大変きれいなお店で、従業員のサービスもよかった。内装を見ているだけでも、素敵な雰囲気が味わえる。お手洗いもきれいで、お勧め。注文したのは、ヘルンケーキ(2.6ユーロ)、コーヒー(2ユーロ)。やっぱりというか、ケーキは甘かった・・・。そして、日本のドリンクバーのシステムを偉大に感じた。急いでケーキを食べて、ローテンブルク駅へ。駅に着くと、もうシュタイナッハ行きのREが停車していた。シュタイナッハからアンスバッハまで乗り、そこでニュルンベルク行きに乗り換える。ニュルンベルク中央駅17時25分到着。ニュルンベルクに滞在しているが、ニュルンベルクを歩くのは、いつも日が暮れてからだ。まだ明るい時間帯の街の写真を撮影していない。初日に見つけた書店に行き、本を4冊買った。ドイツ語の書籍は日本ではなかなか売っていないので、買って帰ることにしたのだ。昨日から合計5冊買ったので、もういいだろう。また荷物を増やしてしまった☆「ベルサイユのばら」の1巻は、現在ドイツの書店に出回っているドイツ語訳された漫画と壮丁が異なるので、多分出版社が異なる。Amazonでベルばらを買ったときに、1巻だけは品切で買えなかったのがつくづく残念。今日はランチといお茶で高カロリーを摂取したので、夕食は抜くことにした。それだけでなくても、朝食が日本にいるときの何十倍かのカロリーなのに(いつも朝食抜き)・・・。書店からの帰りの道すがらグリューワイン(2.5ユーロ)を飲んだ。グリューワインとは、甘いホットワイン。注文時にマグカップのデポジットとして2.5ユーロを料金に追加して払い、カップ返却時にデポジットを返してもらう仕組み。プラハでは1杯最安値30コロナ(160円ぐらい)だったから、私の両替レートだと、大体二倍ぐらいだ。プラハでも旧市街の市庁舎付近だと80コロナほど取っている店があったけれど、商業地の屋台で30コロナ~40コロナあたりがよく見かける値段だった。プラハでも飲んでおけばよかったかな・・・。プラハでも紙コップになみなみと注がれたホットワインは人気の飲み物のようだった。今日も6人部屋を一人で使えるらしい。ルームメイトとの会話というユース滞在ならではのよさがないけれど、ある意味、かなりラッキーだ。ニュルンベルクでホテルのシングルルームに泊まると60ユーロ~するので。因みにこのニュルンベルクユースでは、四泊以上の割引が適用されており、2008年の料金設定では、一泊あたり20.3ユーロほど(朝食込み)。それでも以前と比べたら随分高い。1000円近く上がっていると思う。毎年現地通貨ベースで価格が上がってきたところにユーロ導入が重なって、値上げの幅が大きく感じられる。ユース内にあるインターネット用の端末の利用料金は、1時間3ユーロ。でもこれにはUSB接続端子がないので、使えない。よく見るとキーボードのアルファベットの配列が日本のそれと異なっている。YとZの位置が違う。ユースから坂道を降りたTheresien Strasseに「MIR」というネットカフェがあるとのこと。「歩き方」でわざわざ日本語OKのネットカフェを紹介しているぐらいなので、欧州ではワイヤレスかLANケーブルの接続が提供されていない限り、モバイルは無理なのかも。ニュルンベルク市内にはクラシック系の楽器を扱うお店が2店あるらしい。マルクト広場から近いBrunnen gasseと駅の反対側にあるWoelckemStrasse。8GBのSDカードが、99ユーロしていた。私が日本から持ってきた16GBのは3千円台だったと思う・・・。言葉がわからないフランスでは、食事その他で困りそうなので、多少は言葉がわかるドイツにいる間に少々の贅沢をすることにした。
Dec 29, 2008
コメント(2)

パリにて追記の上、アップ。写真は後日追加の予定。***2009/01/17-18写真追加。***午前7時半起床。すぐに朝食をとりに食堂に下りる。私が食堂に下りたときはまだ空いていて並ばずにすんだけれど、8時を過ぎるとものすごい行列になっていた。朝食は、ブレートヒェンは一人二つまでと個数が制限されていて、ハムとチーズはそれぞれ二種類。飲み物は、オレンジジュースやアップルジュースはなくて、コーヒー類とホットチョコレートだけだった。変わったところでは、甘く煮た米の料理があった。でも、シャワー同様、コスト削減しているのがよくわかる、ドレスデンのユースの食事が良かったので、それと比べると少々寂しい内容だった。今日出立するという台湾人のルームメイトにお別れの挨拶をしてから、街中の写真を撮影しながらニュルンベルク中央駅に向かった。昨夜から今日はどこへ行こうか考えていたのだけれど、食堂から見た外の天気がよさそうだったので、バンベルクではなくレーゲンスブルクに行くことに決めたのだ。駅でもらってあった時刻表から9時36分発の列車を選び、チケットを買うためにインフォメーションに並んだ。駅に到着した時点で発車時刻まであまり時間がなくて、内心焦っていたのだけれど、発車時刻の10分前ぐらいにホームに向かうことができた。購入したのはバイエルン近郊明日を旅行するための切符で、レーゲンスブルクまでの往復で発券をお願いしたところ、20ユーロだった(2等)。担当のおじさん曰く、一番安いチケットだそうだ。ドイツ鉄道のサイトで検索した金額は37ユーロほどだったので、たしかに安い。切符に書いてあることの全てが理解できるわけではないのでどういう内容のチケットなのか、現時点では今ひとつわかっていないのだけれど、午前9時から午前零時まで有効でバスにも使えるだそうだ。ドイツは英語が通じるといわれているが、切符の表記ですらドイツ語のみ。そして、英語で話しかけても、わからない人が結構いる。私は一見して外国人だけれど、ドイツ語で話しかけられることのほうが多い。私のドイツ語は本当につたないレベルだけれど、それでも多少理解できることで、小さなことを含めるとそれが随分と役立っていると感じている。ドイツよりも更に英語が通じにくいフランスに行くことが、心配になってきた。レーゲンスブルク中央駅まで、早いほうのREで1時間少々。10時39分、この四年間、2005年度に撮影した写真を見ては幾度となく脳内トラベルしていたレーゲンスブルクに到着!これで何回目になるのだろう?5回目かな?中央駅からいつものようにマクシミリアン通りを歩いて、聖ペテルス方面に向かった。久しぶりのシュタイナーブリュッケとドナウ川。プラハの曇り空がうそのように、天気がいい。川のせせらぎ音と鳥の鳴き声で、アルファ波がでていると思う。私がシュタイナーブリュッケ(橋)のあたりが好きな理由は、きっとこのアルファ波が出る環境のせいだと思う。とにかく、ここにいるだけで気持ちがいいのだ。ドナウ川周辺を歩き回って、中州とドナウ川にかかる三本の橋を制覇。本当に懐かしくて、気分が安らぐ。午前~夕暮れにかけて、聖ペテルスやドナウ川周辺の景色を持って帰るかのように、350枚ほど写真を撮影した。今回は聖ペテルス内部の写真もたくさん撮影した。この寺院は大変歴史の古い寺院で、地下には代々の司教の墓がある。地下には、13世紀ぐらいの遺構もある。聖ペテルスのステンドグラスは、デザインが細かい。とても美しいものなのだけれど、いかんせんデザインが細かすぎて、プラハの聖ヴィート大聖堂のように写真には撮影しにくい。300ミリの望遠レンズも、細かいデザインには対応できない(手ぶれもするし)。夕暮れを待つために、聖ペテルス内にある小さな「ドーム美術館」(2ユーロ)を見ようかと思ったけれど、たまたま係員が席をはずしていて、待つのが面倒になって鑑賞をやめた。・・・「オルフェウスの窓」の世界には関係ないし(笑。聖ペテルスの前でアコーディオンで「アヴェ・マリア」を弾いていたおじさん。旧市庁舎内部。インフォメーションは、バリアフリー工事のためにすぐ傍の別の建物内に移動中。再び橋の付近に出て、夕暮れを待った。午後5時ごろまで粘ったのだけれど、実際の風景は結構暗くてもデジカメで撮影した画像は明るい色調になってしまい、思ったような色調の写真は撮影できなかった。空の色は、季節のせいもあると思う。現在は冬だけれど、雪が降っていないとのこと。地球温暖化がここでも垣間見れる。1993年2月に初めてレーゲンスブルクを訪れたときの写真は、雪景色。この旅行のときは、いろんなところで雪に降られ、ミュンヘンでは膝の高さまで雪が積もっていたものだけれど、今は雪が降る気配すらない。レーゲンスブルクの河畔は芝生の緑が鮮やかで、もうすぐ春といった感じですらあった。日曜日のため、街中のほとんどの店は休み。「歩き方」で紹介されている「ダンプフヌーデル・ウーリ」も定休日。コンデトライの「プリンツェス」は営業していて、二階のカフェは客でにぎわっていた。ここでケーキをいただこうと思って入店したのだけれど、お手洗いをお借りして観光に戻り、ニュルンベルクに戻る前に改めて入店したところ午後6時で閉店するとのことで(5時半頃入店)、利用をあきらめた。※このお店、「歩き方」によると日曜は営業していないことになっている。特別に営業していたのか、営業時間の変更なのかは不明。ドイツでも、日曜に営業している店が少々ある。帰りの列車に乗る前に、レーゲンスブルク駅構内にあるスーパーで買い物することができた。新年が近いので、食料を少々と缶ビールを買おうと思ったのだが、缶ビールなるものは存在しなかった。瓶かペットボトルになっていたのだ。チェコにはまだ缶ビールがあったが、ドイツからは姿を消したらしい。ちなみにペットボトルも瓶もデポジット制で、容器を店に返すと返金がある仕組み。レーゲンスブルク駅は、とても使いやすい駅だと思う。各ホームの中央付近にエスカレーターとエレベーターがあって、まず二階に上がってから、一階に降りる構造。二階にネットカフェ、インフォメーションがあり、一階に書店、ファーストフード、スーパーなどがある。また、二階からは隣接するショッピングセンターに行ける。コンパクトにまとまっている上、バリアフリーで、本当に使いやすい。2005年に来たときには既に現在の構造に改築されていたが、設計の担当者には拍手だ。暫く来られないだろうレーゲンスブルク駅の写真も沢山撮影した。18時30分発のREでニュルンベルクへ。この列車はREだけれど、遅いほうのREで、行きのREは所要時間1時間少々だったが、帰りは2時間以上かかった。最初間違えて1等車に座っていた(汗。ニュルンベルク到着後、駅構内の結構大きめの書店で「ベルばら」を探したが、なかった。ここにも日本の漫画のコーナーが設けられていて、驚いた。フランスほどではないが、ドイツでも漫画は相当人気があるみたいだ。アニメ雑誌みたいなものも、あったwユースに戻る途中、ふらりと「歩き方」で紹介されている「ハイリゲ・ガイスト・シュピタール」に入ってみた。フランケンワインと郷土料理が美味しいお店とのこと。日曜の遅い時間帯ということもあり、店内にあまりお客はいなかった。内装など、雰囲気はよいつくりだった。ドイツ語のメニューから、なんとか自家製のテリーヌのようなもの+ポテトの付け合せとハウスワインの赤を注文(合計11,7ユーロ)。英語のメニューをお願いしたのだけれど、英語とドイツ語で書いてあると言われ、ほとんどドイツ語表記のメニューの解読を試みた。食べ物に関するドイツ語には疎いので、はっきり言って、料理の内容は殆どわからなかった。赤ワインは通常のグラスワイン2杯ぐらいの量だったけれど、4.8ユーロもして、ビール(大ジョッキで3ユーロくらい)と比べると割高だった。料理は二人ぐらいで注文してとりわけるほうがよさそうな量で、おいしかったけれど、日本だったら、少しの量で提供されるような料理だった。味が濃くて、しょっぱかったので。テリーヌは手ぐらいある大きさのが二枚も出されたのだけれど、付け合せのポテトと一枚目を食べた時点でお腹が一杯になってしまった。でも、完食した。おかげで、これを書いている現在も喉が渇いている・・・。6人部屋のドミトリーだけど、今夜は一人で使えるらしい。快適ではあるけれど、ユースでルームメイトがいないのは、ちょっと寂しい。アジア人の滞在者がいなかったのかな。わりと、アジア人同士を「まとめたがる」傾向が、ユースにはあるので。今日はレーゲンスブルクに行けて、本当によかった。あとはどこに行こうかな。明日は、ローテンブルクに行こうかな。
Dec 28, 2008
コメント(2)

パリにて追記の上アップ。写真は後日追加予定。***2009/01/16写真追加***ドレスデンユースのチェックアウトが9時半。前夜ルームメイトが早くに就寝していたのでスーツケースを開けられず荷造り(スーツケースに詰めるだけ)がまだだったので、午前6時起床。起きたとたんに、ルームメイト(60歳代と思われる)から、昨夜私がうるさくしたので、自分はものすごく疲れていたのに眠れなかった。"You disturbed me!"とかなり強い口調で非難された。結構な剣幕で、眠りを妨げられたことにたいする不満はドイツ語で独り言のように怒鳴り(何を言っているか、しっかり分かってしまった)、行動に関する不満は英語で私を睨み付けながらシャウトし始めた。・・・??「疲れていた」・・・って?昨日私が午後2時前に部屋のドアを開けたら、ベッドで寝ながらポータブルテレビを観賞していて、少なくとも午後からは外出してなかった人が、「疲れていた」??前日部屋に戻ってから色々と話をしたけれど、疲れているなんて一言も言っていなかったし、そもそもなぜ疲れていたのか全く理解できない。疲れていたという言葉は、私のほうにこそふさわしい。プラハから移動した後、30キロ近い、重いスーツケースを引きずって不慣れなドレスデン市内を移動してユースホステルを探し、ユース到着後は彼女に挨拶して荷物だけ置いて外出して観光地を回っていたのだから。私と入れ替わりで前日まで私のベッドにいたというカリフォルニア出身の女の子が、酔っ払って夜中二時に部屋に戻ってきてベッドサイドの灯りをつけたまま眠ってしまったので、自分が消してやったのだという話を*笑いながら*していたのだけれど、実はその米国人にも私がチェックインした日の朝に怒鳴りつけたのだろうか??この女性、私にこう言ったのだ。自分は懐中電灯を使って用事を済ませたが、あなたはそうではなかったと。確かに私はベッドサイドに設置されたしごく*小さな灯り*を点けたが、これはかなり「暗い」ものなので、寝ている人を起こすような明るさはない。・・・私に言わせれば、この女性のベッドでの激しい回転(眠れないときに、時折シーツに包まって何回転かするのが癖らしかった)のほうが五月蝿くて、就寝の妨げだった。そもそも午後9時半に寝た人間が、相手の最低限の就寝までの行動について就寝の妨げだったと言うことは、相部屋のベッドを借りている以上言う資格がないことだ。少なくとも私は常識的な時間に部屋に戻っていたし、スーツケースを開けたかったのに、開けなかったのだ。この、ユースホステルは大嫌いといっていたのに、なぜかユースホステルを転々としている婆。ここはお前の部屋ではない。普通のホテルでシングルを借りろ。まったく、自己中心的で中国人みたいな奴だ。突っ込みどころ満載の婆の発言だったが、口論している時間は私にはなかったので、以後完無視して、朝食を済ませ、さっさとチェックアウト。予定より早いニュルンベルク行きの電車に乗った。ドレスデンユース到着時にレセプションで出会って挨拶を交わした女性と、朝食時に旅についていろいろと話をして分かれたのだが、別れの挨拶をした際、彼女が"I may say you,see you again."といった意味が後になって分かる。ドレスデン発ニュルンベルク行きの電車は三両編成ぐらいで、大変混雑していた。コンパートメントではないタイプの車両の二人がけの座席の隙間になんとか特大スーツケースを押し込んで座った。大きくて重いスーツケースは通路にも置けないし、重いから上にも載せられない。でも、パソコンを持っているから、布製のスーツケースでは外部からの衝撃の耐性が心もとないので、例のごとく大きなスーツケースを持ってきたのだ。乗車した電車は車両数が少ないため、終点までの間、席に座れない人が絶えず存在していた。一時間早い同じルートの列車が週末で運休だったから、余計に混雑していたのかもしれない。5時間後、ニュルンベルク中央駅到着。卒業旅行以来訪れるニュルンベルクの街は随分変わっていた。クリスマスは終わったが、まだクリスマスイルミネーションやショーウィンドーのディスプレイは残っていて、街中はいい雰囲気で綺麗。クリスマス当日と違って店が開いていて人々が活動しているので、活気がある(こちらはでは24日~26日ごろまで店を閉めるところが多く、ドレスデンでは店が休みだった、閑散とした雰囲気が漂っていた)。どう見積もっても25キロはあるスーツケースを引きずって、山の急斜面の上に在る古城ユースまでたどり着いた。我ながら、「若い」ことをしてしまったものだ。ただでさえ重たい荷物なのに、スーツケースのせいで更に負荷がかかることになっている。実は車輪がパンクしてしまって、ゴムが剥がれてしまったり剥がれかけたりしているのだ。ひとつが裂けていることに、成田行きの車の中で気づいたのだが、後の祭り(涙。4年前の初プラハの石畳でやられたのかな。その後は台湾しか行っていないので、思い当たるふしがあまりない。プラハの石畳は石と石の間に2センチほどの隙間があるので、ゴム部分が痛みやすいのだと思う。こういった石畳の街を歩くには、車輪の幅が広いスーツケースを選んだほうがいいようだ。ニュルンベルク古城ユースは学生時代にも宿泊したことがあるところ。街を見下ろせる急な坂道を登りきった上に建っている。それはよく知っていた。以前はバックパックを背負ってここを登ったのだから。重い荷物を運んでいるのを見かねて、同じユースに泊まっている男性が運ぶのを手伝ってくれた。すごく重いのに、なんという親切な人だろう!もう十分ですと、いったん私が引き取った荷物を「まだ重いから!」と更に運ぼうとしてくれた・・・。感激。古城ユース1Fの内部。このフロアは割りと古城っぽい雰囲気がい色濃く残っている。荷物を置いてから、中央市場付近を右に入った道と、駅の前まで歩いてみた。リープクーヒェンの屋台が出ていた。恐らくニュルンベルク界隈で最大の本屋で「ベルサイユのばら」を探したが、他の漫画はあったけれど、「ベルばら」は在庫切れだった。ここより小規模のレーゲンスブルクの本屋に「ベルばら」(1巻のみ)がある可能性は低いなぁ・・・(涙日本の漫画はワンコーナーあるくらいメジャーな様子。現在映画上演されているという"Geliebte Clara"を買ってみた(9ユーロ)。その後、ニュルンベルガーが三本挟まったホットドックを食べた(2.3ユーロ)。食べているそばから冷たい風で商品が冷えてしまうのが残念。おかげで味がいまひとつわからなかった。駅のそばの屋台でカレーソーセージを売っていたが、一本3ユーロしていたので、明日以降にした。旅行開始後、運動していないのにカロリーが高くて塩分が濃いものばかり食べているので、太ってきたように思う☆ドミトリーの同室は台湾人の女性二人組。姉妹と、その夫のグループで旅行しているのだそうだ。台湾人なので、話が盛り上がる。姉はニーナという通称で、12月23日にドイツに来たそうだ。妹さんはドイツ(ブレーメン)で働いているらしい。これまでにヴュルツブルク~ローテンブルクを回ってきたそうだ。「のだめカンタービレ」が大好きという話題が出て、また盛り上がる。今朝起きたドイツ人女性との一件を話したところ、相手が言っていることが変だし、そんなに自分の好きなようにしたいなら安ホテルを取れ、と言う意見だった。それと、眠れないのは、疲れてない証拠じゃないのと(笑 私が戻る前(つまり、夜9時半より前)から寝ていて、朝6時に起床して、一体何の文句があるんだよ・・・w ネット環境が整ったら、ドレスデンユース宛にクレームのメールを入れてやろうかしら。ニュルンベルク古城ユースのスタッフは、総じてフレンドリーで雰囲気がとてもいい。予約したときも、至極丁寧にメールや電話で回答してくれた。このホステルは自分でベッドのシーツを交換する仕組み。ただ城を改造して部屋にしているため、音が響く。そして、設備面はいまいち。滞在者にファミリーが多く、部屋の外で子供がはしゃいで騒いでいてうるさい。ひどいことに、夜11時半を回っても騒いでいる。シャワーはボタンを*強く*押しすと10秒ぐらい出る。普通は一度押すと数十秒はお湯が出るのだけれど、ここのは短い。困るのは、センサー感知式の電灯のため、室内で誰かが動いていないと勝手に電気が消えてしまうこと。先ほど一人でシャワーを使っていたら、突然電気が消えてしまった。朝食は午前7時半から9時までと時間が短い。以前泊まったときの記憶では、確か「争奪戦」だった。夕食も食べられて、これは予約制。結構人気があるみたいで、夕食時の食堂は大変混雑していた。一度食べてみようと思う。ニーナたちはローテンブルクから来て、すごくいいと言っていたので、卒業旅行以来のローテンブルクに行ってみるかな。曰く、夜警ツアーに参加して、とても楽しかったそうだ。ローテンブルクはかわいい街なんだけれど、ローカル線だと乗り換えがあったりで、少々面倒だった記憶が。今日はニュルンベルクのメイン通りを歩いてみた。明日はバンベルクに行ってみようと思う。
Dec 27, 2008
コメント(2)

当日に記入する予定だったが、午後9時半ごろユースに戻った時点でルームメイトが就寝していたので、27日にニュルンベルクユースにて記入。パリにてアップ。写真は帰国後に追加予定。 * * *2009/01/13 写真を追加。加筆および修正。 * * *26日は、午後6時半起床、7時ごろから食事。宿泊したユースの食事内容は、プラハのユースのそれよりかなりよかった。することがないので、日照時間になるのを待って、前日午後から見て回った観光スポットに再度赴いて写真を撮影。前日は時折粉雪が舞う曇り空だったのだけれど、朝だからか少し青空も垣間見ることができた。日が翳ってから撮るより色がきれいに出るので、撮り直して正解。橋の途中から観光スポットがあるエリアをのぞむ。橋を渡ったところに建つ、アウグスト強王像。写真撮影後、トラム#9の終点まで行ってみた。終点まで行って、逆方向行きの同じ路線に乗ったらいいと思っていたら、えらい目に。なんと、逆方向へ戻るトラムの発射時間が約30分後だったのだ。ドレスデンはトラムの交通網が発達しているが、特定の場所に行くための交通手段としては、それぞれに本数が少なく、不便を感じた。停車している間運転手は交替せず。交替もトイレ休憩もせずに次の終点まで行くなんて、どんなトイレ対策をとっているのだろう。テレビのマラソン中継クルーが紙おむつをしているのか?そういえばDVB(ドイツ交通局?)のお姉ちゃんの抜き打ち検札があった。アジア人で首からカメラをぶら下げていたというだけで、検札対象になったと思われる。DVBの不正乗車の罰金がいくらかは不明。ツヴィンガー宮殿そばの「ポストプラッツ」で下車し、宮殿内にあるアルテマイスター美術館へ。この宮殿内にはいくつかの美術館があるのだけれど、陶器や武器(中世の武具)といった類はよそで見飽きているので、選択の対象外に。ちょっと見てみたいと思うだけで入るには、入場料が高いので、all or nothingの精神を貫くか、数を減らさないと、「入場料」だけで大変な出費になるからだ(ガイドブックによると、価格改定前の水準で、一箇所7ユーロぐらいはしている)。アルテマイスター美術館の入場料は7ユーロで写真撮影料が5ユーロ。写真撮影の取締りが厳しい。そんなに著名な作品はなく、絵画だけの展示。これがウィーン美術史美術館だったら、目が飽きるほどの宝物も一緒に見られるのに・・・とここでもよそと比べられてしまうドレスデン。暇だったので、3周ぐらい見て、ここのソファで撮影した写真のデータ整理まで行ってしまった。有名な「ヴィーナス」が下段に見えます。絵画鑑賞後、ゼンパーオーパーの夜景を撮影していたところ、昨日と同様にチケット捌きで声をかけられた。前日はヘンゼルとグレーテルだったので断ったのだけれど、今夜は歌劇「ボリス・コドノフ」(ムソルグスキー)だったので、買うことにした。前から四列目で、10ユーロ!この値段には驚いた。一桁違っていてもいいくらいのレベル。プラハのコンサートの値段はやっぱりぼったくりというか観光客相手価格(?)。でも、ウィーン国立歌劇の最上ランクが130ユーロぐらいだったと思うので、やっぱりゼンパーオーパーのチケットは安いのだと思う。というか、これこそ、旧東欧価格・・・!ゼンパーオーパーは、内部の装飾が美しいことでも有名で、建物自体が観光スポットになっている。内部のガイドツアーだけでも7ユーロする。なのに、オペラのチケット代が、それも最上ランクのものが10ユーロなので、本当に耳を疑ってしまた。チケットを買ったのが午後5時半で、開演が午後6時からだったので、急いで中に入る。中は、かなりドレスアップした人の比率が高かった。ふらっと入ってしまったワタクシの格好はといえば貧乏旅行者ルック。地元の方には申し訳ないけれど、「予定外」だったので(汗。もう来ることもないと思ったので、積極的に内部の写真を撮影した。隣の席には先ほどチケットを売っていた女性が。誰か急用で見に来られなくなったのだろう。さて、演目の「ボリス・ゴドノフ」。実はこの作品は初見で、内容も知らないで鑑賞した。有名なアリアもないから、全く知らない。開演後、あまりに歌詞が聞き取れないので、自分のドイツ語語学力が酷いのかと思って悩んでしまった。第一幕終了後、舞台上部にドイツ語字幕が映されていることに気がついた。あまりに席が前すぎて、上に写っている字幕に気づかなかったのだ。字幕を読みながら見ていたけれど、単語が難しく、何割理解できたかわからないというレベル。なんとなく、全体の話の筋はわかったかなぁという感じ。演出は、オペラの演出が総じて前衛化している流れがあるけれど、この作品もそうだった。幕開きで天井から舞台上にゴミが降り注いだし、ボリス・ゴドノフ役の子供がランニングシャツにパンツという姿にひんむかれるといった具合。革ジャンやガーター姿の女性は、こういった演出では定番のアイテムのようだ(笑 途中、ガムテープで貼り付けられた炎を描いた紙が破れ、吊りものから落下するというアクシデントがあった。時折失笑が起きていて、演出については観客の評価はいまいちの様子だった。左隣に座っていた男性二人組などは、第一幕終了後、帰ってしまった。第一幕終了後の拍手はまばらだった。帝位簒奪者(?)である皇帝役と神父役の歌手の歌と演技がよくて、終演時は拍手喝さい。午後9時半ごろユースに戻ったら、ルームメイトの女性(60代ぐらいでバイクで旅しているらしい)が早々と寝ていた。前日は午後11時に就寝したのでまだ大丈夫だと思っていたのに。暗闇の中、ベッド脇にある小さなランプをつけ、音を立てないようにそろそろと就寝準備をした。ほかの部屋に戻ってくるゲストたちの話し声や足音、言うまでもなくドアを開閉する音が聞こえたが、ワタクシは睡眠導入剤を飲んでいたので、早くに入眠した。別の場所にあるシャワーを使い、髪もそちらの部屋で乾かし、そこで洗濯をして就寝したのが午後11時。眠っていたと思われたくだんのルームメイト、いつからかわからないけれど、起きていた様子で舌打ちをされたりした。翌朝、むかつく出来事が起きた。
Dec 26, 2008
コメント(0)

パリにて追記の上、アップ。ホテルのワイヤレス接続の速度が遅く、写真のアップに時間がかかるので、写真は帰国後に追加します。****写真を追加しました。(2009/01/09)****ドイツ(ドレスデン)への移動日。ホステルを9時40ごろチェックアウトして#12に乗りプラハ・ホロショビツ駅へ。余らせたコロナを両替するために早めに行ったのだけれど、ちょっとしたハプニングがあって、時間を食ってしまった。駅構内の両替屋で両替したところレートが悪いうえに更に手数料を5%も取られた。駅構内は電車が出発する線路の番号は出ているが、どこからどこまでに車両が止まるのかがまったくわからない仕組み。とりあえず階段そばで待っていたら、発車時刻の20分前に車両が到着。予約していた席に着くと、中国人とベトナム人の男性二人連れがコンパートメントにやってきた。ドレスデンまで3時間の道中、ベトナム人の男性と会話をする。二人ともチェコで働いていたり勉強している人で、冬休みの6日間を使ってベルリンや北欧をぐるっと大きく回ってプラハに戻る旅を始めるところだということ。いろいろと話して、メールアドレスを渡して下車。車窓からの眺めは、特にこれといったものはなかったので、国境の駅の表示だけ撮影する。午後12時40分頃にドレスデン中央駅到着。ドレスデン駅は思った以上に近代化された駅だった。さすがに東欧時代の「それ」ではないと思っていたけれど、本当に新しい(※1/1に夜行で一緒になったオーストリア人男性から聞いた話では、このように新しくなったのはほんの数年前とのこと)。自然光を取り入れた設計で、明るい。ホームの端のエレベーターで一階に降りると、綺麗なクリスマスツリーがあった。まず、駅構内のインフォメーションでドレスデンシティカードを買おうと思ったのだけれど、「残念ながら今日はない」と言われた。本当に謎だった。それで、一瞬途方にくれる。合理化のためか、そこしか鉄道の関係者らしい人間がいなかったからだ。駅を出てすぐのところにチケットオフィスがあるのを見つけて、ここでドレスデンシティカードを注文した。ところが、短時間にたくさんの美術館を見なくてはカード代のもとが取れないからお勧めしませんとのコメントがあり、購入を見直した。代わりに4.9ユーロ(「歩き方」には4.5ユーロとあったけれど、値上げ)の一日乗車券を買うことにした。ユースまでの行き方は「歩き方」の情報だけ。詳細はドレスデンのインフォメーションで聞こうと思っていたのだけれど、以前あったようないわゆるインフォメーションというのが駅付近になかった(⇒少し歩いたところにある)。とりあえず、ユースの最寄駅構内に地図があることを期待してトラムに乗ったのだが、最寄駅は普通のバス停のような感じの構造で、周辺には地図などがなかった。付近の交差点がある通りの名前を見てみたのだけれど、住所に該当するものがない。ここでも少々途方にくれた。何故なら今日はクリスマスで、駅前にあるワールドトレードセンターなど店という店はクローズされていて、人通りがなかったからだ。そうこうするうちに、粉雪が舞い始めた。ユースホステルは、中央駅から徒歩でも15分とあったので、そんなに遠くないだろうと少々楽観的ではあったのだけれど、なんだか物悲しい気持ちになった(笑。暫くして現れた老夫婦の、奥さんのほうがユースの場所をご存知だった。おかげで途方にくれた割には早くにユースホステルの場所を突き止めることができた。ワールドトレードセンターのひとつ後ろのブロックで、駅から徒歩5分もしないロケーション。このトラムの駅自体、ドレスデン中央駅から二つ目という位置にあるので、ユースなのにロケーションはいい。チェックインは午後4時からと記載があったけれど、すぐ(午後2時ごろ)にチェックインできた。部屋はツインルームで、ドアを開けると60代ぐらいの女性がいた。荷物を置いて早速ドレスデン観光へ。中央駅まで出て#8トラム(他にもここを走っている路線あり)でポストプラッツという駅で下車すると、すぐそばにツヴィンガー宮殿やドレスデン城などの観光スポットが集まるエリアに出る。日暮れの前にと急いで観光に走る。でも、ツヴィンガー宮殿に入って、ちょっとがっかりした。写真に撮りたいような対象には思えなかったからだ。古い、黒っぽい建物で、内部が美術館として利用されているらしい。空爆を免れた建物という意味では奇跡的だと思うけれど、プラハを見た後では、正直なところかすんでしまった。ツヴィンガー宮殿ゼンパーオペラ、カトリック旧宮廷教会、君主の行列、フラウエン教会、アルペルティーヌム、新ユダヤ教会を回り、エルベ河にかかるアウグストゥス橋を渡って、アウグスト強王の像を写真に収めて時間を見ると、まだ2時間ほどしか経過していなかった。この猛烈な観光速度は、寒さのせい?再建されたゼンパーオーパー(ザクセン州立歌劇場)戦災を免れた、「君主の行列」アウグスト強王再建されたフラウエン教会フラウエン教会内部。知らずに撮影してしまったが、ここは写真撮影禁止かも。クリスマス・マーケットの様子ドレスデンは、プラハよりも少々北に位置するが、プラハと比べて寒さを感じる。プラハでは風が寒いなぁと思ったくらいだったが、ここは足元からの冷えがある。雨でなくて雪が降るので、雨が降っていたプラハよりは寒いと思う。カトリック旧宮廷教会ではミサを見学できたけれど、その他の場所では外から写真を撮影しただけで駆け足で回った。とにかくこの時期は日暮れまでが勝負なので。ゼンパーオーパー前で写真を撮影していたら、チケットを買わないかと声をかけられた。演目が「ヘンゼルとグレーテル」だったし、これからユーロを大事にしないといけないので、見るのは控えた。ちょっと感じてしまったのだけれど、ドレスデンって、あまり見るものがない・・・?美術館や博物館に行かないなら、一日いれば十分かもしれない。街中は空襲で破壊された後に再開発されたせいか、「新しい」物がたくさんあって、写真に収めたいような街並みとは違う。住むには便利に開発された街ではあるけれど。トラムなんかは車高がとても低くて乗車口がホームと同じぐらいの高さ。とてもバリアフリー。旧西ドイツの都市部より、新しいものを導入している。とても寒くなったので、早々にユースに戻る。チェコはやっぱりまだ物価が安いほうだった。なぜなら、ユース内の「瓶のコカコーラ0.5リットル」が1.2ユーロ、自販機のコーヒー等の飲料が50セントしていたのだ。水分が必要と思い、店が開いていた中央駅へ向かう。ここで驚いたことには、ビールの値段が日本のそれよりも高かったことだ。で、大体チェコの6倍ぐらいしていた。しかも、値段が高いのに、缶に対するデポジットが0.25セント。ミネラルウォーターを買う予定だったけれど、1リットルが2.99ユーロ~していて、デポジットは別途。デポジットは返してもらえるけれど、面倒なので、テトラパックの"Der Gruene"なるレモンとアロエが混合されたお茶2リットルを同じ値段で買う。味は、結構レモンが利いていてすっぱい。ユースの同室のドイツ人女性も、特に南欧の物価高を嘆いていた。例えば、マンゴーがドイツでは2ユーロしないのに、スペインでは9ユーロ近くした上にうんと小さいものだったのだそうだ。ユースホステルのベッド料の高騰も嘆いていた。ヨーロッパの人も、物価が上がったと思っているのだと、一安心(?)。明日一日あるドレスデンの滞在をどうするか。。。また「観光スポット」に行ってみるか。ドレスデンでは音楽家ぽい日本人をたくさん見かける。メモ:駅構内のトイレ 50セント(昔は30ペニッヒぐらいだった)ユースホステル ネット接続はマルチ端末のみでLANケーブルのコンセントなし。ただし、ホットスポットの圏内。
Dec 25, 2008
コメント(0)
クリスマスです。早いもので、あと数時間でユースホステルをチェックアウトし、プラハとお別れします。朝早くからスタッフがやってきて、結構にぎやかに話し込んでいます。荷物作りのため朝一で朝食をとろうと思っていたのですが、今日は休日の扱いのようで、平日より朝食の開始時間が一時間遅く変更となっていました。掲出されていたので、見ておくべきでした。朝食まで時間ができたので、ホステルのロビーからネットにつないでいます。6時半にロビーに来たのですが、昨夜いた夜勤のスタッフから別のスタッフに交替していました。朝何時からのシフトなんでしょう。せっかくなので写真をアップしようと思ったのですが、一日の登録枚数の制限に引っかかってしまい、アップできませんでした。残念。プラハに来たときは、なんだか一日で飽きた感じがしたのですが、それは多分前回の滞在時に撮影した写真をここ数年にわたって眺めていたために、新鮮味がなかったからだと思います。ワタクシは結構写真を撮るほうで、それも対象物にフォーカスするだけでなく、街を歩いたときの視点でも撮影するので、あたかもそこを歩いているような感覚になるものが結構あります。そういった写真を眺めることで、擬似的にプラハの街を散策していたのかもしれません。今回の滞在中、約1000枚の写真を撮影しました。聖ヴィート大聖堂内部のものが馬鹿みたいに多いです(失笑)。それと、メモ代わりの写真もちらほら。後で、どういう風に行ったかわかるものとか、トラムの停留所の写真、駅構内の様子を撮影したものとか。とにかくパシャパシャと撮影します。今回、2008年滞在時に使ったガイドブックを持ってきたのですが、次回は買い換えようと思います。入館料や公共機関乗り放題の券の値段や種類が変わっていましたから。あと、交通機関は、地下鉄の路線が延長されていて、走行区間が変わっていました。物価はユーロ統合前の段階で、上がっているかんじ。ユーロ導入後、イタリアをはじめとする南欧の物価が西欧・北欧につられて上がったのと同じような状況にあるのではないでしょうか。日本は近隣に中国等のものを安く作れる国がありますが、こちらは以前は東欧やポルトガルがそういった国だったのです。それが、そこも物価高になってきているので、「安いもの」を作れる仕組みがないかもしれません。インターネットカフェは、プラハの商業地で、1分=1コロナ(5円少々)が標準のようです。現在宿泊しているユースホステルにも有料の端末がありますが、同じ料金です。ここにはフィットネス(1時間70コロナ)、サウナ(1時間100コロナ・タオルつき)やプールもありますが、使っている人はほとんどいないような(笑 高い!現在滞在しているホステルのそばには#12と#5のトラムが走っていて、#12はプラハ・ホロショヴィツ駅~マラー・ストラナ広場~シュミショワ(アンデロ)方面を走り、#5は旧市街やプラハ本駅に出るルートを走っています。多いときでも10分に1本の間隔。夜中は午前1時前まで走っていますが、本数は少ないです。トラムといえば、#22と#23はプラハ王城の入口付近まで走っているので、疲れているときに坂道を登らずにすみ、便利です(特に#22は行きつけのビヤレストラン前も通るので便利なのを発見!)。王城までの坂道もきれいなので、ワタクシは歩くほうが好きですが。現在午前7時半前ですが、周囲はまだ真っ暗です。8時半ごろ明るくなるでしょうか。午後は4時半ごろには暗くなります。滞在期間中、天候は変わりやすく、小雨が降っていることが多かったです。基本的に、曇り空。たまに奇跡の日差し。ウラル山脈からの風か、結構風が強くて寒い日が多かったです。雨が降っても、こちらの人は傘をつかうことはあまりせず、フードつきのコートなどでしのいでいました。長くは降らないことが多いし、すぐ乾くのでそれで問題はないようです。でも、折り畳み傘をもっているほうがいいです。気温は、思ったほど低くなく(乾燥しているためか体感温度が低くない)、日本から持参した貼るカイロは使わずじまいでした。マフラーも持ってきたのですが、使わなくてもやり過ごせるかんじでした。手袋は、写真撮影の邪魔になるのでつけていないことが多かったですが、冷えるので、これはあったほうがよいと感じました。それでは最後の朝食に行ってまいります。追記:最後の朝食終了。1時間半も食べているのはいつものことですwチェコ人のクリスマスの過ごし方を、受付嬢に聞いてみました。家で家族とテレビを見ながら飲食したり、深夜は教会の特別プログラム(ミサ)に参列したりするそうです。特にこれといって決まったすごし方はなく、おのおのが好きなようにしているそうです。それではまた。Au revoir.
Dec 25, 2008
コメント(3)

プラハでの最後の夜はクリスマス・イヴです。お店のほとんどは今日と明日が定休日で、営業している店でも営業時間は午後3時~4時ぐらい迄でした。プラハは観光客が多い街ですから、全部が休んでいるわけではなく、一部のレストランやビヤホールなどは営業しています。今日は時間があったらスメタナ博物館に立ち寄ろうと思っていたのですが、行ってみたところ休館していました。クリスマスには、観光スポットでも休館となったり、閉館時間が早まったりするところがあるようです。聖ヴィート大聖堂も、ここ数日は午後3時40分閉館でした。聖ヴィート大聖堂のステンドグラス。真正面にあるもので、ミニ三脚に無理やりD40を装着して撮影したものだったと思いますが、やっぱりぶれました。広い大聖堂の入口からものすごく遠いところにある作品。ぶれてないのがあるか、探さなきゃ☆同じく聖ヴィート大聖堂のステンドグラス。有名なミュシャの作品。ぶれていません(感涙)。今夜はクリスマス・イヴなのですが、午後7時ごろにはホステルに戻ってきました。明日、ドレスデンに出発するので早めに戻ってきたのです。理由のひとつはくいっぱぐれですね。マクドナルドも閉まっているのですよ。で、ホステルのそばにある「ミニマーケット」という従業員が中華系のチェーンストア(コンビニみたいなものだれど、24時間営業ではない)でハムを買ってきて、昨日くいっぱぐれを見越して買っておいたパンと一緒に食べました。あとで、同じく昨日買っておいたビールを飲む予定です。ささやかだけれど、場所がプラハだから、まあよしとしましょう。地元の人たちは、夕方から結構出歩いている様子でした。夕方までプラハ城にいたのですが、結構たくさんの家族連れやカップルが来ていましたし、トラムの乗り場にもたくさん人がいました。でも、皆さん、どこへ行かれるのでしょう・・・?夜中になったら教会でミサがあるのかもしれませんが、食事をしようにもレストランのほとんどは閉店しています。スタンドも閉店していましたし。短時間でも営業していたのは米国系の大手スーパーとか中華系のお店でした。機会があったらホステルのスタッフにクリスマスイヴの過ごし方を聞いてみたいと思います。・・・って、ホステルの宿泊客もものすごく少なそうで、スタッフはさっきからロビーでテレビを見ていますw ワタクシが宿泊しているユースホステルは、ユースというよりは単なるホテルですね。ホステル連盟に加入している☆☆クラスのホテル、旧東欧だと結構あるんです。宿泊客は夫婦とか大人ばかりで、バックパックを背負ったような人は見かけません。部屋が、シングル、ファミリー、ドミトリーとあるので、現地の方が使われたりしています。トラムに乗れば主だった観光スポットには出られるので、長期滞在時の常宿にしてもいいホステルです。明日、プラハを後にします。なんだかんだで、やっぱりチェコはいやすくていいです。それと、チェコの人は、気質が日本人と合いやすいかもしれません。ドイツ人がなくしてしまった勤勉性があるし、サービス業にも向いている感じがします。英語はまだ通用度が低くて、世代によってはドイツ語やロシア語のほうがわかりやすい様子ですが、あと10年もすれば状況は変わるでしょう。通貨がユーロに統合されたら、物価が更に上がって、滞在しにくくなるかもしれないのは、ちょっと残念です。前回来たときと比べて、コロナを基準とした物価が3割弱ほど上がっている感じがします。消費税のような税が9%かかるのも懐に痛いです☆今度はいつこられるでしょうか。旧市街広場付近で撮影した写真です。旧市庁舎の、時計の前です。旧市街広場で子供たちによる音楽の演奏会が開かれていて、それを見ていた親子連れ。平日でも、小さい子連れのお父さんを多く見かけました。育児休業の取得%が違うんでしょうね。この女性は、知人が構えるカメラではなくワタクシのカメラのほうを見てスマイルしてくれました。旧市街広場から歩いたところにあった、マーケットで撮影。チェコの名産の操り人形を売る屋台で。明日から宿泊先が変わるため、ネット接続しづらくなるかもしれません。いただいたコメントへのレスが遅れるかもしれませんので、ご承知おきください。ドレスデン~ニュルンベルク(レーゲンスブルク、バンベルク、ミュンヘン)~パリと回って帰国する予定です。
Dec 24, 2008
コメント(4)

昨日ビールで睡眠導入剤を飲んだところ、13時間もぐっすりと眠れました。おかげで体すっきり、身も心も軽くなりました~^^というわけで、今日はかなりアクティヴに活動しました。実質的なプラハ滞在4日目。懸念だった鉄道切符の件がクリアになり、3日間倹約生活で2500コロナの所持金でも心に余裕が出てきて(失笑)、#12と#5のトラムでの土地勘も出てきたので、滞在が楽しくなってきちゃいましたww 昨夜眠りにつく前に写真の一部を整理していて、300ミリの望遠レンズで撮影した写真の手ぶれがやはり気になりました。PCを持参してよかったです。小型ノートでわかる手ぶれなんか、相当ぶれているはずですから。というわけで、旧市街広場とプラハ城で写真の撮影しなおしを決行。ずっとプラハにいるのでできる芸当ですね。わざわざ撮りなおすなんてと思われるかもしれませんが、自分が納得できる程度の写真を撮って帰りたいし、プラハの街を歩くのは大好きなので、これは予定内の行動です。昨日のように、一瞬の晴れ間が見えれば、それはそれでラッキーですし。 幸運なことに、今日の天気は良かったです。旧市街にいるときに、晴れました!おかげでティーン教会や旧市庁舎などがきれいに撮れました。おまけに、11時に天文時計のからくり人形が時報に合わせて動くさまを見ることができました。 旧市街から歩いて向かったのは、愛する作曲家ドヴォルザーク博物館。前回のプラハ滞在時に行ったことがあるビアレストラン「ピヴォヴァルスキー・ドゥーム」のそばにあるので、先にドヴォルザーク博物館に行きました。ガイドブックには記載がなかったのですが、13時半から職員の休憩時間のため一時間ほど閉館になります。12時過ぎに到着したので、ラッキーでした。ドヴォルザーク博物館は、かつて貴族の別荘だったこじんまりとした優美な二階建ての建物です。館内にはドヴォルザークが使っていたというピアノ、コンサートのパンフレット、手書きの楽譜、ヴィオラの弓、その他私物が展示されていました。規模は大きくありませんでしたが、ドヴォルザークの曲がBGMとして流れていて、入館者が少なく、雰囲気がゆったりとしていて居心地がよい場所です(流石に二回目は行かないと思いますが)。聖ヴィート大聖堂を出て、ふと思いつきました。カフカが住んでいた家がある「黄金小道」が無料になっているのではないかと!案の定、無料開放タイムになっていました。まだ日が暮れる前で、撮影できました。ラッキー。 で、黄金小道の撮影を終えて聖ヴィート大聖堂そばに建つ聖イジー教会の前に行くと、プラハ・ロイヤル・オーケストラ(10名ほどの編成)のコンサートの当日券を発売中。開演4時半。値段を尋ねたところ、A席1000コロナ、B席800コロナ、C席500コロナ。でも、開演10分前だったので、B席を500コロナにまけてあげるといわれました。う~ん、チェコなのに意外に高いなぁと思ったのですが、今回の滞在時に一度はコンサートを聴きに行きたかったので、500コロナで交渉成立。そしたらチケット売り場の人が、「500コロナは子供料金だけど、あなただけ特別!」とA席のチケットを渡してくれたのです。お礼を述べて教会内へ。実はここも入場料を払わないとならない建物。なんという幸運。しかも席は最前列のVIP席の次の二列目。VIP席とA席は折りたたみ椅子で席が設けられていました。座布団つき。それより後ろの席は、いわゆる教会の硬い椅子。コンサートマスターが良く見える席でした。演奏時間は一時間。曲目は、ヘンデル「王宮の花火の音楽 から」、ヴィヴァルディ「シンフォニア」、コレッリ「サラバンド」、バッハ「G線上のアリア」、モーツァルト「セレナーデ」、グリークの曲(邦題失念"Two Elegiac Melodies")、そしてドヴォルザーク「弦楽セレナーデ」。グリークの曲と弦楽セレナーデ(ドヴォルザーク)が良かったです。特にドヴォルザークのこの曲はワタクシの好きな曲のひとつで、プラハで聴けて幸せでした。
Dec 23, 2008
コメント(7)

これまでにプラハで撮影した写真をアップします。GIFファイルに圧縮したので、画質はいまいちかもしれません。今回カメラはNikonD40、標準レンズ、望遠レンズを持参していますが、ヴェルサイユ宮殿が三脚不可との情報を得て三脚は持参しませんでした。よって、望遠レンズ(300ミリ)使用時は、手ぶれとの戦いです(汗この時期のプラハは午前8時半ごろから明るくなります(曇った状態で)が、午後3時を過ぎると徐々に暗くなってきます。昨日は晴れたあとに霙が降るという天気でしたが、プラハ城にいるときに奇跡の青空が見られましたので、そのときの写真も掲載します。イエス生誕を祝う劇。聖ヴィート大聖堂前で。望遠レンズで撮影。聖ヴィート大聖堂の有名な薔薇窓。旧市街広場。ティーン教会。かなり高い建物です。その上部のマリア像を、望遠レンズで撮影。これはあまりぶれていません。旧市街広場にある旧市庁舎。観光スポットです。この建物の壁に有名な天文時計があります。この前で写真撮影をする観光客多数。天文時計上部を望遠レンズで撮影。同じく天文時計の像を望遠レンズで。カレル橋からマラー・ストラナ方面をのぞんだ写真。奇跡的に晴れたときにプラハ城からマラーストラナ、旧市街方面をのぞんで撮影した写真。油絵みたいな色調です。標準レンズ使用。ほんの一瞬、こんなに晴れていました。標準レンズで撮影。
Dec 23, 2008
コメント(6)
結局、また寝不足。あまり寝ていません。今日は天気が変わりやすいです。曇りかと思っていたら、この時期には珍しく青空になり、日が差したのです。それを喜んでいたら、今度は霙交じりの雨。暫くショッピングセンターで時間をつぶし、鉄道の切符を買って、いったんユースに戻ってこれを書いています。現在は、再び晴れ。鉄道の件、あっさりと解決しました。結局、買い方自体は間違っていなくて、係員が自分がチケットを発券するために、鉄道の指定をしてほしかったみたいです。乗る列車ごとに予約の必要の有無を確認していましたから。懸念材料だったプラハ~ドレスデン、ニュルンベルク、ミュンヘン経由パリ東駅までの運賃は、ミュンヘンパリまで夜行を利用して、座席指定込みで3万4千円ぐらい。先ほど無事に切符を手にしました。チケットはプラハ→ミュンヘン(これは二ヶ月間有効)と夜行用の切符(寝台車ではなく、シート席で指定。これが110ユーロ少々=1万5千円ぐらい、しました。トーマスクックでGの表記がある列車のため、特別運賃が適用。)とプラハ→ドレスデンの指定券(座席指定70コロナ=360円ぐらい)の三枚。パリまで1000キロの移動を考えれば安いのかな。ほっとしたところで、今日はビヤホールに行こうかと思っています。
Dec 22, 2008
コメント(4)

昨日に引き続き、あまり眠れず。食事時間前にシャワーを浴びる。寝不足の体を鞭打って街歩きしているのに、寝不足が続くのも考えもの。今日こそは早く寝たいと思います。今日は昨日より天気がよかったです。昨日は時折霙みたいなのが降ったり、雨がぱらついたりと不安定でしたが、今日は晴れ間が見えました。ほんの一瞬でしたが。すっかりプラハにも飽きた滞在二日目。早すぎるこの状態。まだ二日目なのに、どうしてこんなに飽きているのだろうと考えてみると、前回の滞在が5日間で、そのときにも時間が余って、トラムに乗ったりして時間をつぶしていたのでした。東南アジアみたいな活気がないから、つまらないのかもしれません。プラハは、美術館めぐりをしたいほどのものもないのです。有名どころでは、ミュシャ美術館やドヴォルザーク博物館がありますが、いいや、てな感じです。こんな暇をもてあまし気味のワタクシに、事件がおきました。それは、鉄道の切符の問題です。切符は、ユーレイルパスや東欧パスなどのパスでなく、国際切符(ルートを逆戻りしなければ二ヶ月間有効で、途中下車OK)で買う予定でした。前回の旅行時は、フランクフルトからレーゲンスブルク経由でプラハ本駅まで買って、レーゲンスブルクで二泊した後、プラハに行きました。だから今回も同じように、プラハからドレスデン、ライプツィッヒ、ニュルンベルク、ミュンヘンを経由して最終目的地をパリとする国際切符を買えると思っていたのです。☆指定席と自由席が、こちらの鉄道にもあります。ところが。「乗車する電車を指定しなければ手配できないので、インフォメーションで情報をもらって、全部指定しろ」(係員)ときました。こちらの鉄道の料金は、日本のように乗車券+特急券という料金設定ではなく、乗車する電車の種類ごとに、乗車距離によって違う・・・のでしょうか。そう考えると納得できますが、前回フランクフルトで国際切符を買ったときは、「フランクフルト→プラハ本駅」のチケットが一枚だけだったので、レーゲンスブルク経由は指定したけれども、どの電車に乗るかまでは指定しなかったと思うのです・・・。実際、座席指定していませんでしたし。なんだかよくわかりません。次にプラハでプラハ本駅→ブダペスト西駅で買ったときは、運行する列車が限定されていたため、購入時に乗車する列車を指定して、席の予約をしました。ブダペスト→ウィーン西駅も、列車そのものが限られていたので指定しました。思い起こせば、前回はたまたまチェコとハンガリーではドイツとは違った切符の買い方をしていたのでした。これがチェコ鉄道とドイツ鉄道の仕組みの違いなのか、よくわかりません。確かめようにも、「××行きの電車が一日に何本走っているか知りたい」(英語)の答えが「2時間」というレベルだったため、ドイツ語で質問しなおしてみたぐらいの英語のレベルなので・・・。と、ここまで書いて、前回、フランクフルト→レーゲンスブルク、プラハ、ブダペスト経由→ウィーンにしたほうが安かったのかもとふと疑問が。理論上は、この買い方でもOK。ドイツからだったら一括で買えた?・・・話を元に戻します。どうも「時刻表」なるものは売られていない様子です。列車を指定するためには、駅構内の壁に掲出されている紙の時刻表を見て列車番号を指定するか、インフォメーションで発着駅と乗車日を指定して、列車情報をアウトプットしてもわないとなりません。トーマスクックは、大きな書店を三つ見ましたが、ありませんでした。列車の時刻表のトーマスクックと説明しても、わからない様子だったり、著者の名前と勘違いされてしまいました。車での移動が多いのかも?欧州の高速道路の地図は結構おいてありましたので。結局、ドレスデン行きが沢山出ているプラハの別の駅(こちらのほうが宿泊先から近くて使い勝手がよさそう)でいろいろと情報をもらえたのですが、担当者の情報検索条件がICE(International City Expressの略だったっけかな?)になっていたのか、ローカルの列車の情報が全くありませんでした。ICEは日本で言うところの新幹線の長距離・国際列車で、設備がよくて早いけれど高いのです。・・・全行程をICEで動くと物凄く交通費がかかるのは必死。ドレスデンから途中ライプツィッヒに寄るのをやめて、ニュルンベルクにIC(Inter City)で直行することにしました。ちなみに、プラハ→ドレスデン 188キロ、ドレスデン→ニュルンベルク429キロ、ニュルンベルク→ミュンヘン192キロ、ミュンヘン→パリ約900キロ。プラハ→ドレスデンの列車情報はインフォメーションで、ドイツ国内の列車情報と料金の情報はこのブログのブックマークにあるドイツ鉄道のサイトから得ました。小型PCを持ってきてよかったです。一昨日窓口で聞いたら、ミュンヘンからパリへの夜行はないという返事!実はホテルが確保できなかったので夜行での移動をプランしたため、真っ青になってしまいました。でも、インフォメーションで調べてもらった情報には、ちゃんとありました(怒)。ドイツ鉄道のサイトで検索してみたところ、こちらでも切符は長距離で買ったほうが乗車券は安い様子。なので、できればプラハから国際乗車券にして買いたいです。乗車区間が三カ国にまたがれば、ドイツ国内だけの場合よりも有効期間が長いですから。明日また窓口に行ってみますが、問題は、窓口係員がこちらの話を理解してくれるかどうかです・・・。窓口のおばさんには嫌そうな顔をされるし、後ろの客からは苦情が出るし、インフォメーションの兄ちゃんにはチェコ語で一言言われるし(それまで英語で会話していたのに、わざわざチェコ語で言うあたり・・・)なんだかなぁ、です。前回の旅行時は、ウィーンに戻ってほっとした記憶があるので、ドイツに行けば気分的に多少はほっとできるのでしょうか。ドレスデン、現在はドイツだけれど旧東欧なので、期待できないかな~(欝
Dec 21, 2008
コメント(4)

あまり眠れないまま午前6時前起床。ロビーでWiiのワイヤレス接続ができることを知り、朝食前にメールなどのチェックを行う。朝食は、パン2種類、ハム数種類、チーズ数種類、サラダ、りんご、いつつくったのだかわからない麺利料理、ゆでたソーセージ、コーヒー、ホットチョコレート、お茶、蜂蜜、ジャム、バター、シリアル数種、ヨーグルトのブッフェ。パンが安物だし、全体的に安っぽくて美味しくはない。・・・ユースホステルにしてはましかもしれないけれど。午前10時半ごろから出かけた。ゆっくり食事を摂っていたら遅くなってしまった。今回は前回の滞在時まったく見に行かなかった旧市街を訪れた。ユースのそばからトラムに乗るが、昨日来たときのルートではなくトラムで観光スポットに向かう。ユースからは#12と#5が利用できる。観光がてら少うし乗ってから地下鉄でムスーテックへ。駅を出ると、出店がたくさんある一角に出た。結構な賑わい。そこから火薬塔、旧市庁舎、ヤン・フス像がある広場に向かう。すごい人出。広場にも出店がたくさん出ていて、週末ということもあってか大混雑していた。教会は入場を結婚式に限定していて、入れなかった。徒歩でブルタヴァ河のほうに向かう。前回訪れたときは陽光もまぶしく雪どけ水で勢いを増した河の流れが美しかったが、今回は空が曇っていて、河には未だ白鳥の姿が見られ、寒々しい雰囲気。おまけにカレル橋は工事中で橋に足場が設けられており、像の一部が見られなかった。予定していなかったが、プラハ城、ロレッタ、ストラーホフ寺院まで足を運んだ。前回たくさん写真を撮影したが、今回は望遠レンズを持参しているのでまた別のアングルで写真が撮影できた。惜しむらくは日差し薄暗さ・・・。午後4時半ともなると日本の6時台ぐらいの雰囲気。真っ暗に近い。プラハ城に結構長くいて、それから昨日500コロナも払って買った公共機関の切符を使うべく、いくつかのトラムの終点まで行ってみた。観光も兼ねてのことだけれど、要は暇。街を眺めているだけだからw前回宿泊したホテルの最寄駅地下鉄B線アンデロで、ホテルに隣接するショッピングモールに立ち寄った。ここにカルフールが入っていたのだけれど、撤退して別の大手スーパーが入っていた。店の使い勝手は以前のほうがよかった。夕食を買おうと思っていたのだけれど、デリ部門が縮小されていたので。ここで感じたことは、日本は物価が安いかもしれないということ。旧東欧=物価安のイメージは、もう捨てなくてはいけないということ。ショッピングモールの店に並んでいる品(もちろん、高級ブランドなんだろうけれど)の値段を見ると、日本円でもそれなりのお値段。スーパーに並んでいるような日用品も、必ずしも日本が高いわけではない様子。日本のスーパーにあるチリワインがこちらではもっと高い価格で売られていたのには驚いた。手持ちが2500コロナしかないので、買い物はほんの少しだけ。プラムを買ってきたが、甘みが無く不味かった。しかしまぁ、旧東欧で節約を心がけることになろうとは。前回欧州を訪れたとき、チェコはまだ物価が安くて助かった。その当時でもそれ以前を知る友人などはコロナが高いだの、物価が上がっただの言っていたが、現状を見たらなんと言うか。ハンガリーの友人が、所得は上がらないのにユーロ導入準備の影響で物価がどんどん上がると言っていたけれど、チェコも同じ道を辿っているのかな。宿泊しているユースの一階にバーがあるので、メニューの値段を見てみた。簡単な料理が250コロナ。朝食の水準から察するに、美味しくはないと思う。ユースの周りにビアホールやレストランがないか見てみたが、ない。店どころか周辺に人通りがない。たぶんここは完全な住宅地。自分の声が建物にこだまして返ってきそうな雰囲気。このユースは個室という以外にいい点がない。アンデロに立ち寄って、つくづく前回はよかったと感じた。
Dec 20, 2008
コメント(8)

勤続○○年のお休みはどこへもいかない予定でしたが、急遽欧州に旅立つことにしました。出発数日前に航空券と宿泊先を自己手配したので、慌しく出立することと相成りました。航空会社はアエロフロート、宿泊先は年末年始とクリスマスでなかなかとるのが難く、行き先の一部を変更する羽目に。でもとりあえず、欧州にやってきました。現在はインターネットアクセスがあるところにとまっているので、毎日更新できそうです(多分)。プラハ~ドイツ国内数箇所~パリを回って帰国予定。ウィーンやブダペストにも行きたかったのだけれど、新年の宿の争奪戦がすさまじく、断念。************************************徹夜して成田空港へ。アエロフロートに早めにチェックインしようと行ったのだが、地上職員が現れたのは10時半ごろで、それまで時間をつぶす羽目になった。アエロフロートに登場するのは初め。間際になっての手配でブリティッシュエアウェイズかこれが候補になって、一度モスクワ経由をしてみたいと思って選択したのだった。アエロに関してはいろいろと伝説があるが、この航空会社のサービスや機材がどうこういうよりも、旧ソ連系という環境に問題があると思う。今回呆れたのはモスクワでの乗り継ぎ!何百人も乗り継ぎ客がいるのに、トランジット用の係員のいるゲートは2つしか稼動していなくて、そこにたまに日本人が加わるのだけれど、基本は二人。更にびっくりしたのは、入国審査官がたった一人しかいなかったこと。列が全くはけない。だから、えらいことになっていたわけ。空港内の写真撮影を係員に制止された(KGBですか、みたいな)・・・のだけれど隠れて撮影したのがこの一枚。 これはあまり人が写っていないけれど、周辺は文字通り将棋倒し寸前の状態。そんな状態のなか、行列に割り込む中国人の存在は当たり前だったし、一人だけでグループ全員のパスポートを出して抜け駆けするやつとか、日本人だから後回しにされるとか、まさしく無秩序状態が繰り広げられていた。ワタクシ自身はプラハまでの乗継便に間に合ってよかったけれど、間に合わない可能性が90%ぐらいあったと思う。せっかくモスクワに行ったけれど、空港の様子はチラッと見られただけだった。一昔前にタイムスリップしたような雰囲気があったけれど、乗り継ぎぎりぎりだったので、チラッと見ただけ。空港内は普通の雰囲気で、トランジットのところだけが殺伐としてたのが、よくわかった。帰国時のパリからのトランジットも怖いなぁ。アエロがというかモスクワからの便というかロシア人の多い便は酔っ払いが多い?乗り継ぎで登場したチェコ航空共同運航便は気体はきれいで良かったのに、乗客の質が・・・。すぐそばにいたロシア人が機内に持ち込んだ酒類をあおって大トラ状態になって騒ぎ、前後のチェコ人乗客から大クレームが発生。更に暴れたのでCAから警告文を食らうという事態を目の当たりにした。警告文は破って捨てていた。そいつはその警告文を破って捨てていた。初めて利用したプラハ国際空港はきれいで利用勝手がいい感じだった。宿泊先のホテルまで空港からバスと地下鉄とトラムを乗り継いで自力で行ったのだけれど、トラムを降りてからホテルまでの道を逆の方向に行ってしまって、大変だった。30キロ以上ある荷物を引きずって、随分うろついてしまった。結局ホテルに到着したのは11時半ごろ。大変疲れた。手短にシャワーを浴びたのだけれど、浴びたそばから乾いてく。。。なんという低湿度/乾燥!モスクワ空港で外を少し歩かされたけれど、マイナス6度とか言っていたわりには平気だった。チェコも寒いはずだけれど、温度ほどは寒くない。為替レートが思ったほどよくない。ユーロも一時期より高くなっているし、チェココルナ自体も2005年に来たときよりも高い。チェココルナのレートは成田と現地と手数料を考えたらあまり差がなかった。空港の銀行は手数料が高い(1%)。明日が平日だったら、街中の銀行で両替したのだけれど。あと、物価が上がっている。例えば観光客用の交通機関乗り放題のチケット。7日間(270コルナ)だったのがまぁ300ぐらいになっているかと思ってカウンターで注文したところ、7日間のは廃止されて、もっとも長いのが5日間(使用開始から120時間)で500コルナになっていた!手持ちのコルナは3200ぐらいしかないので、また両替をしなくてはならないかもしれない。ユーロ圏では極貧生活をしようと思っていたけれど、東欧でもそうしなくてはならないのかなぁ。ここはいやでも韓国に行くべきだったのか(笑新しく購入した小型ノートパソコンが入力しづらくてたまらない。マウスを有効にしてもタッチパネルを無効にできないみたいで、勝手にカーソルがどこかに飛んだりしてしまうのだ。気が狂いそう~。
Dec 19, 2008
コメント(2)
今日はヴァイオリンのレッスン日でした。先週から持ち越しになっている曲があって、先週は肩あての調整に時間を割かれたため実技披露の時間がとれず、今週の疲労となりました。つまり、同じ曲を先々週から練習してきたわけですが・・・。実技披露の結果:やり直し先生曰く、二分音符の長さが短いのだそうです。というわけで、一緒に譜面が読めているかを確認。確認した結果、譜面は読めているのですが、演奏時に音を短くしてしまうようです。もともと短いのに、演奏が進むにつれてテンパってくると更に短くなるそうです。メトロノーム等を使って音の長さを体で覚えた方がよいのではないかと言われました。はあ。引っかかったのは教本の短い曲ですが、練習しすぎると、下手は下手なりに煮詰まるんですよね。本当はさくっと終了させたいところ。仕方がないので、暫く電子メトロノームとお友達になりたいと思います。それにしても、教本の進みが遅くてめげます。三巻位までは習いたいと思っているのですが、誇張ではなく、二巻と三巻を終えるのに5年ぐらいかかるんじゃないかと思えてきました…。まだやめないけどw
Dec 11, 2008
コメント(10)

住居裏手の雑木林が色づきました。日頃はうっそうとした木々が嫌になることもあるのですが、この時期だけは綺麗です。鳥のさえずりも聞こえて、α波が出そうな環境ではあるのですが、いかんせん木が生い茂りすぎて、暗くていけません。おかげで部屋の日当たりは最悪…☆過日行われた補修工事の時に枝も伐採してもらったんですが、伐採し足りないですね~。
Dec 6, 2008
コメント(8)

記録的な高潮のため、イタリアのヴェネツィアが冠水中だそうです。ニュースの映像では、有名なサンマルコ広場は人間のひざの高さぐらいの水位まで冠水していました。冠水はこれが初めてのことではないし、いつの日か水没すると言われているヴェネツィアですが、こういった映像はなかなかショッキングです。写真は、大昔におとずれた時に撮影したサンマルコ寺院です。
Dec 3, 2008
コメント(6)

昨日おさぼりして一枚しかアップしなかった画像のリサイズを行いました。というわけで、昨日の高尾山での紅葉狩りで撮影した画像をアップさせていただきたいと思います。Nikon D40 18-55mmレンズで撮影。行きも帰りも、ケーブルカー(往復900円)を利用したのですが、このケーブルカーは急勾配を登っていくんですね。行きの車中で、突然乗客の一人が倒れてしまい(途中に駅はないので上の駅までノンストップで行ったのですが)、びっくりしました。高所恐怖症の人は、ケーブルカーを利用しない方がいいと思います。殆ど同じルートでリフトもあるのですが、リフトの方が更に怖いかもしれませんよ…w ケーブルカーから撮影した写真です。紅葉度はまだ50%位で、結構緑が広がっていました。 ケーブルカーを降りたあたりで撮影した写真。午前10時ごろで、空気が澄んでいて、気持良かったです。 標高約600メートルの高尾山の頂上までに、寺院が二つほどありました。建物自体はしょぼい感じでしたが、境内の紅葉はきれいでした。 頂上から望んだ富士山です。天気が良かったので、綺麗に見えました。300mmの望遠レンズを持参すれば良かったなぁとこの時だけは思いました。 現在走っているケーブルカーは来月引退するそうです。初乗車でしたが、乗り納めになりました。
Dec 1, 2008
コメント(4)
全19件 (19件中 1-19件目)
1
![]()

![]()