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その日、只野は電車に乗っていた。通勤時間帯直後であり、乗客はまばらである。まばらであるが故に、その姿が目に入ることになる。 リクルートスーツに身を包んだ女性が、ちょっと離れて座っている。昨今は今頃が就職活動の時期なのであろうか。 彼女はきちんと座っている。これから始まる面接のリハーサルのつもりであろうか。只野には、対面に面接官が座っているかのように見える。もっともセリフまで練習しているわけではない。 やがて彼女は、思い出したように新聞を読み出した。朝日新聞である。筆記試験対策だろうと只野は予測する。入社試験には朝日新聞のコラムがよく出題されるなどと聞いたことがある。 こういうところで只野は、スポーツ新聞なんか出すんじゃないかという変な期待をもってしまう。しかし、そんなわけにはいかない。 やはり読み出したのは、一面下である。天声人語である。只野はちょっと「してやったり」の気持ちになった。些細なことであるが、人の行動を予測して当たるというのはうれしいものである。 ともあれ、大学生が電車内で新聞を読む光景というのはなかなか新鮮である。また見慣れない光景である。例えるなら只野のようなネクタイオジサンが、携帯をピコピコやっている光景を想像していただきたい。只野にはその光景と同じくらい新鮮で、見慣れないように見える。 只野は、その就職活動の大学生より早く下車しなければならないのがちょっと残念だった。
2006年05月31日
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只野の母は自動車免許を持たない。したがって自転車に乗る。最近は電動自転車なるものに乗っている。 この電動自転車とはどんな感じなのか、只野は未だによくわからない。軽くこげるようになるとの話であるが、昔の変速付自転車とはちょっと違うと聞く。 もっとも只野が自転車に乗らなくなって、もう何十年も経つ。自転車に乗るくらいなら歩いた方が健康によいという考えがあるので、そうなっている。ただ今では自転車に乗れないのではないかと密かに心配している。 そんな只野であるから、この電動自転車というのは余計わからない。電動といいながら自ら動くわけではないというのがわからない。モーターというのは回るものであって、やはり自動で動くという感覚を想像する。とするならモーターがペダルをアシストするというのはわからない。 密かに悩む只野を尻目に、只野の母は今日も電動自転車を軽快に操り、ゲートボールに出かけていく。
2006年05月30日
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その休日は、只野のところの小学校において、運動会が行われることになっていた。只野も予定を空けていた。 明け方、雷の音で目が覚めた只野には、大粒の雨が落ちる音も聞こえていた。運動会は順延だろうと同時に思った。 朝6時半、合図の花火は鳴らず、代わりに電話の音が鳴った。電話連絡網による運動会中止の知らせであった。 かくして只野は、期せずして休み時間を得た。 PCに向かいながら、ふと横を見ると、運動会で活躍するはずのDVカメラが充電されたままである。行事の必需品である。 只野がこのDVカメラを買ったのは1年前の運動会に向けてだった。そのときDVカメラは活躍した。 その後の行事においては、何かと都合があってDVカメラを使う機会がなかった。 今回の運動会も順延であるから月曜日となり、只野は勤務中でこのDVカメラを使うことにはならない。 行事の雨男という言葉がある。男ではないが、只野は充電中のDVカメラをそんな感じで見ていた。 それを見ているかのように、また空から大粒の雨が降ってきた。
2006年05月28日
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トイレに入る。アサガオの前に立つ。「では社会の窓を開けて…」ということになる。この社会の窓という言葉は何となく洒落ていると思っている。 社会の窓は開けるとは言うものの、多くはファスナーであり、下げるというのが普通である。たまにボタンのものもあるが「社会の窓をはずす」とは言わない。はずしてしまうと大変なことになる。 社会の窓から顔を出すということからして、ズボンの中は非社会の世界になる。暗くて窮屈なところである。場合によっては湿度の高い場合もある。人によっては風通しのいい場合もある。 社会の窓は鍵をかける必要がない。開けて入っても盗むものはない。金がありそうな気もするが、名前だけである。 女性のズボンにも社会の窓はあるが、これは開かずの間であろうと思われる。詳しくは知らない。ちなみに男性の社会の窓に対して、理科の窓と言う向きもあると聞く。 社会の窓の語源は、戦後のNHKラジオ番組に由来していると聞く。こういうところに、お堅いNHKが関係しているというのは、何ともおもしろい。 そうこう思っているうちに社会の窓は閉じられ、只野はデスクに戻ることになる。
2006年05月26日
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只野は通勤途中、警察の電光掲示板を目にすることになる。曜日、天候、時間帯などによって出される掲示は違っているのだろう。 その朝、只野が目にしたのは「交通事故多発警報」なる文字であった。このとき只野は、残念ながら驚くことはなかった。「警報」という文字で「大変ですよ」というものを伝えたかったのであろうが、そうは思わなかった。 「緊急」であるとか「警報」などという言葉は本来、人の心を揺さぶるべきものであると思っている。それがそうならないのはなぜか。 どうも「警報」というのが定期的に出されているように思われる。只野は、どちらかというと新聞などをじっくり読む方であるが、「確か去年のこの時期にも『警報』がでていたような気がする」などと思わせてしまってはいけない。「警報」を出す立場が前例主義になってしまうと「警報」のニュアンスが死んでしまうことになる。 「緊急」という言葉が氾濫しているような気もしている。駅頭にある雑誌などには、毎号のように「緊急」や「スクープ」なる文字が氾濫している。そうなると受けとめる方は「また『緊急』か。どうでもいいや」なんてことになってしまう。 只野は、言葉の使い方を熟知していない。したがって偉そうなことはいえない。しかしそんな只野でさえ、言葉の間違った使い方や氾濫が心配になる今日この頃である。 これは「まぁいいか」というわけにはいかない。 ちなみに、只野はちょっと金田一京助の気分に浸っている。金田一少年ではない。
2006年05月25日
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GAACOさんのお誘いで、ついに欲望をさらけ出すことになった只野の運命やいかに。Q1,今やりたいこと あれですね。ほら、あれですよ…あの…ほら…あれ?(イマ ヤリタイコト ヲ イマ ワスレ)Q2,今ほしいもの 金もいらなきゃ 名もいらぬ…わたしゃ もすこし背がほしい…なんてお笑いがありました。 マイナスの体重がほしい今日この頃。 Q3,現実的に考えて欲しいし買えるけど買ってないもの うまい棒。人目を気にせず、かじってみたい。Q4,今欲しいもので高くて買えそうにないもの 特等の番号が書かれた宝くじQ5,タダで手に入れたいもの 偽装された構造計算書。価値はないと思うが、記念と魔除けのために手元に一つほしい。Q6,恋人からもらいたいものQ7,恋人にあげるとしたら まず先立つもの(人)をいただきたい。Q8,このバトンを100人に回す 「100人」という名前の人は存在しないので却下。
2006年05月24日
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その日の午後、只野は外を歩く機会を得た。この時期としては妙に暑い日である。暑さしのぎに田んぼや空き地の雑草を目にしながら歩いていた。 メルヘンボールのことを以前述べた。あれからさほどの月日も流れていないと思った。しかしメルヘンボールはものの見事にその姿を失っていた。自然とは、何とも気候に敏感に目まぐるしく変化するものである。 空き地には次の主役が所狭しと花を咲かせていた。小さな白い花である。これまた名前を知らぬ只野は「名前は知らぬがいい感じだナァ」などと思いながら歩いていた。 某CMに「この木 何の木 気になる木」なんてのがあったことを思い出す。木ではないが何となく口ずさみながら、只野は目的地に向かった。 しかし、こういうときの疑問は案外後を引くものである。次の日になり、只野はくだんの白い花の名前が無性に知りたくなった。以前セイタカアワダチソウで同じ思いをしたことがある。 その白い花の名は「ハルジオン」であった。聞いたことのある名前だった。セイタカのときも同じように思った。 只野は、何となく「ハルシオン」というのが一時話題になっていたことを思い出した。これも何だったか気になって調べてみた。 その結果「ハルシオン」は犯罪に関わったとんでもない睡眠薬であった。 ついでに只野がイメージしていたのは、尿もれの薬である「ハルンケア」だということもわかった。
2006年05月23日
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その休日の朝、只野は大きな花火の音で突然目を覚ますことになった。ウツラウツラのときに「ド~ン」とやられるのは心臓に悪い。夢の中にあって鉄砲で撃たれたような感覚になる。 それでもまた睡眠に入る。まさか2度目の「ド~ン」が来るとは知らずに。只野は結局、2度鉄砲に打たれた格好になった。夢と花火のおかげである。 その日は午前から外へでる用事があった。いい天気である。そこで只野はまた、騒がしい休日を感じることになる。 小学校が見える。その周りに車が「黒山の人だかり」ならぬ「黒山の車だかり」状態で並んでいる。とんでもなく遠いところまで車の列が続いている。こんな遠いところに車を置くくらいなら、家から歩いてきた方が近いのではないかと思った。 よく見るとグラウンドは「黒山の人だかり」(こういうとき、くろだかりと略する文を見かけるが、これは違うと思う)である。事の正体は運動会であった。花火は「今日は運動会をやります」の合図花火であった。 只野は夢の中で2度鉄砲で撃たれたが、「運動会なら仕方ない。まぁいいか」などと思いながら、グラウンドの横を車で通り過ぎた。
2006年05月22日
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帰宅する。着替えて晩酌となる。ビールは自分で用意する。最近は第3のビールも値上がりしたようであり、気持ちだけ遠慮がちにする。ともあれ落ち着いて晩酌が始まる。 目の前に出されるものは只野のリクエストによるところが大きい。年中無休で出されるのは枝豆と冷や奴である。最近では油揚げ焼きが付け加わった。 以前は納豆の時もあった。納豆は食べるまでの準備に時間がかかる。まずパックを開け、かき混ぜる。タレを先に入れてはいけない。やがて粘りが出る。しかしここで止めてはいけない。引いた糸が切れるようになるまで混ぜる。その間にビールの泡は消滅する。一仕事である。 枝豆は出来れば冷凍でない方がよい。取れたてのものは、枝豆自身が一番よい塩加減にしてくれる。絶妙である。これは芸術の域に達しているとさえ密かに思っている。 冷や奴の薬味はネギが一番である。しかしミョウガというのも捨てがたい。アジノモトは一応かける。崩して食べる感覚が昔のインベーダーゲームのバリアに似ている。 ご飯は食べない。カロリーコントロールのつもりである。 こうしてみると、只野がいかに「マメオトコ」であるかということがわかる。正確には「マメヲタベルオトコ」である。
2006年05月20日
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職場が事務系であれば、外線電話に出ることは珍しくない。只野の場合もその例に漏れない。 只野の場合、外線電話に出るときに戸惑うことが一つある。現在の机に座って2年目であるが、未だに戸惑いながら応対している。 「はい、○○○○○ ○○○○○○○○○○○○ ○○○○○○○○ ○○○○○○○○○○ の只野です」(原則として○に一つひらがなが入る)ちょっと長い。 この1文を述べる間に、受話器の向こう側では一仕事できるのではないかなどと思うことになる。 向こうへの配慮を考えると、所属さえわかれば早口で急いで述べることになる。ところがこれだけの文章を急いで述べるのは難しい。 省略できないか考えてみたこともあるが、どうもしっくり来ない。 高低の波をつけて述べることも試みた。ところがややもするとビブラートまでつき、こぶしが回り演歌調になってしまう。向こうに合いの手を入れさせてしまうことになる。 この問題はまだ解決していない。一部省略しながら電話に出ることにしている。ちなみに家の電話では押し売り対策も考えて、こちらからは名乗らないことにしている。
2006年05月19日
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何かにつけ拍子が悪いという人間がいるものである。只野もその一人である。 仕事において市内電車を利用する。電車は10分おきくらいに到着する。ちょうど電車が発車したところに、只野が停留所の見えるところまで歩いて来ることが多い。これでは拍子が悪い。 車を運転していて、少し先の信号が青であることが多い。これは通過できるだろうと思っている。そう思った瞬間に信号は黄色を通告する。従って止まらざるを得ないことになる。これが多い。最近では「やっぱりか」とつぶやくようになった只野である。やっぱり拍子が悪い。 只野はたまにサッカーの試合をテレビで見る。しかしゴールネットを揺らす瞬間に出会ったことがない。「惜しい!」というシーンは数限りなくお目にかかっている。100年に1回ぐらいの感覚で「ゴール!」にお目にかかったかと思うと、次の瞬間オフサイドということもあった。 仕方がないからトイレに立つ。そういうときに限って、扉の奥から「ゴール!」ということになる。まったく拍子が悪い。 ちなみに野球の場合、割と多くの得点シーンを直接見ているような気がする。 拍子が悪いというのも一つの特技ではないかなどと、只野は最近思い始めている。
2006年05月18日
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ちょっと前、道端に目をやるとあちこちに黄色いお皿が見られたことを、渋滞の車の中で只野は思い出していた。その時期はとうに過ぎていた。 色とりどりの季節の中で、黄色いお皿は目立つことなく、しかし一生懸命そのお皿を広げているように見える感じがよかった。 同じ日、只野はたまたま徒歩で外を歩く機会があった。やはり道端に目をやることになる。そこにはメルヘンボールの集団が風になびいていた。 スッと伸びた茎の先に、デリケートなボールがついている。そのボールから飛び出した落下傘がいくつか宙を舞っていた。落下傘が地上に降りた瞬間、そこが彼らの永住の地になる。 思えば、黄色いお皿は地面に近いところでしっかり根を下ろしていた。安定感があった。それに対してメルヘンボールはより高いところでゆらゆら揺れている。とても同じ植物とは思えない感じがする。 只野は、黄色いお皿の上にメルヘンボールを載せてみたいとふと思った。とうてい無理なことではあるけれど、ぜひ載せて食卓においてみたいと思っていた。ちなみにタンポポを食することはしない。
2006年05月17日
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明らかに矛盾しているのに「まぁいいか」と思ってしまう状況というものがある。 只野の家の近くの道には、片側にチェーンで仕切られた歩道がある。いかにも車は入ってはいけませんという感じである。逆に車道に出てはいけませんという感じにも見える。 その歩道を歩くと交差点に出る。歩行者のための押しボタン信号がある。歩行者思いの感じを覚える。 しかしである。その押しボタンは歩道の反対側に存在する。したがって車道に出なければ押しボタンは押せないことになる。 押しボタンを押すために車道を渡ることになる。しかし次の瞬間「まぁいいか」ということになる。 どう渡るかはその時の気分になる。 トイレで大きな用事をする。無事終了してズボンを上げ、水を流して小部屋から脱出する。洗面所で手を洗う。ここではたと考えることになる。 このタイミングまで手を洗わないのである。すなわち、それまでは洗わなくてはいけない手である。その手でズボンを上げ、ネクタイまで整えたかも知れない。 ちょっと考えることになる。しかし次の瞬間「まぁいいか」ということになる。 ここで筋を通すとするなら、ズボンを下げたままで手洗い場までいかなければならない。 ちょっと涼しいことになる。
2006年05月16日
コメント(22)
すでにそうしてしないあるいは存在しないのに、使い続けられている言葉というものがある。こういうのに反応してしまう。でも次の瞬間、まぁいいかとも思うことになる。 「○○さんに電話してない?じゃすぐダイヤル回して」などと言う。会話はそのまま自然に流れていくことになる。ちなみに最近の電話にダイヤルというものはない。まして回すことなどできない。しかし通用することになる。 「7時からニュースだった。チャンネル回してくれる?」これも最近、回すチャンネルに出会ったことがない。しかし何となくしっくりきているので深くは問わないことになる。 「迎えに行かなければ」「じゃ5時打ったら迎えに行こう」打つというのは、柱時計のボ~ンのことである。柱時計も普通は見なくなった。しかし「5時打ったら」で何となく通用している。 レコード会社という言い方をする。レコードというものも姿を見なくなって久しい。しかしレコード会社で通用する。 曲をかけると言う。これは正確には「レコードをかける」だと思っている。よってこれは「レコードに針をかける」だと考える。(参考) レコードの姿を見なくなった今、この言葉もちょっと考えることになる。しかしやっぱりしっくり来ている。 考えてみれば、ダイヤル式電話も回転式チャンネルも柱時計もレコードも何となく愛着を覚えるものである。然るに何かしら残しておきたいと思うのかもしれない。
2006年05月15日
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特技というものは、案外無いようで有るものである。只野とその周辺にも特技というものが存在する。 只野の特技は目玉のけいれんである。(前回のバトンでこれが意外に受けたので、続編のような格好になっている。)これは気がついたらできるようになっていた。意識して訓練したわけではない。 只野の家内は、自分の意志で耳を動かすことができる。「ほら」なんて言いながらピクピクッとやっている。こういうのは真似しようと思ってもできない。真似しようとすると、目をつむってみたり口を曲げてみたりすることになり、逆に笑われることになってしまう。 愚息その1と3は自分の意志で何度でもゲップができる。これも只野にはできない。ややもすると2人でゲップ合戦なんてやっている。大きく長く続く方が勝ちなんてやっている。只野は「今にバリウムを飲む頃になると困るゾ」などと密かに思いながら見ている。でもちょっと気持ちよさそうではある。 人それぞれ、意外な特技が一つや二つは有ると只野は思っている。しかし履歴書の特技欄に「目玉のけいれん」とか「耳を動かすこと」とか「大きく長いゲップ」などとはさすがに書けない。
2006年05月12日
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あ~い~の~~バトン♪なんて似合わない只野が、∫eezooさんのために清水の舞台から飛び降ります。では ☆1.回す人を最初に書いておく(5人) (回す人しか読まなくなるので却下) ☆2.お名前は? ただの壮年 ということで☆3.おいくつですか? じゃ、お紅茶お2つで ☆4.ご職業は? 何とか順調です。 ☆5.ご趣味は? 渋滞における景色観察などを少々☆6.好きな異性のタイプは? (個別応談) ☆7.特技は? 目玉の痙攣☆8.資格、何か持ってますか? 生きる資格☆9.悩みが何かありますか? 悩み多き年頃です…第2思春期☆10.お好きな食べ物とお嫌いな食べ物は? 美味しいものが好きですね。 ☆11.貴方が愛する人へ一言 愛されてますか~ ☆12.回す人5人を指名すると同時に、その人の紹介を簡単にお願いします (愛のバトンを回したら、愛が去っていくので却下) でも愛がほしい人は持っていって下さいませ。
2006年05月11日
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只野は別荘をもっている。訪れるのは夏である。それは小高い山の斜面に建っている。 思えば約10年前に建てた別荘である。そんなに余裕があるわけではなく、整地で汗を流したものである。 そのときは伯父さんと一緒に汗を流した。ちなみに伯父さんの別荘もすぐ横に建っている。業者に相談して、大体仕様が決まったところで「じゃその仕様で2つお願いします」とやったときの業者の顔は印象的であった。それで少し値引きにつながった。 なかなかしっかりした作りである。斜面にあり強風の日もあるが、しっかり建っている。夏はまず掃除で訪れるが、カラスの運んでくるゴミはあっても、別荘自体が傷んでいることはまずない。 まぁ定年になってそう遅くない時期には、別荘に永住することになると思っている。現に伯父さんも既に永住している。 それまでは年に何回か訪れることになる。花と線香を携えて。
2006年05月10日
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只野の通勤風景には、田園地帯が存在する。春からの季節には、その風景が日に日に変化していくところがよい。 大型連休を過ぎたあたりの今頃は、一面湖のようになった状態である。一部田植えが終わったところである。 この湖面にさざなみが広がっている。春風による。この感じがなかなかよい。植えたての苗が同じように揺らぐ姿もよい。 小さい頃、この頃のあぜ道を歩いたことがある。湖面には、オタマジャクシの元気な姿が見られた。よく見るとヤゴも見られる。それらを取ろうとして、叱られることになる。 どこからともなくアメンボが湖面を滑っている。ああいう風に水面を自由自在に滑ることができたらいいななんて思うことになる。只野は泳ぐことは一応できるが、水面を滑ることはできない。 子どもの頃、田のことは水田と習ったことを思い出す。田植え前後の田は「水田だなぁ」なんて感じていた。稲刈りの頃の田を水田と呼ぶことには抵抗を感じていた。 渋滞の中、水田に映る自分の車を眺めながら、只野はそんなことを考えていた。
2006年05月09日
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レンQにつき、PCは愚息に占領されることになる。代わる代わるマウスを触っている。マウスはかえって忙しい日々を送っている。 レンQにつき、朝食は妙に遅くとることになる。必然的に食生活が乱れることになる。レンQ明けの朝、1年ぶりのズボンが苦しくなったことに気づく。これから先は危機管理ということになりそうである。 レンQにつき出かける。イベントがある。しかし人の多いところへは行かない。幸い3愚息は誰も人での多いところへ行こうとは申し出なかった。あまり人出のないところには何度か出かけた。そういう意味では「優雅な5レンQ」になったと思っている。 レンQにつき、只野はゴロゴロすることになる。PCに向かうこともほとんどなかった。今回述べてきたことは、そのことの理由に過ぎない。 しかし、レンQが終わって何となくホッとしているのはなぜだろうか。 ちなみにこれを書きながら、オバQの声の人の訃報に接することになった。オバQは昔からの贔屓であっただけに残念である。合掌。
2006年05月08日
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只野はその夜、晩酌とともに国営放送のニュースを見ていた。 「今日は各地で真夏日となり…」真夏日?と只野は首をかしげたくなる心境になった。そのニュースのセリフを聞いたとき、少なくとも只野のところは、激しい雷とともに風雨本番を迎えようとしていた。気温は平年並みで、ちょっと肌寒いかぐらいである。 「各地の最高気温は、甲府…静岡…三重…岐阜…名古屋…東京…大阪…」 こういうとき只野は卑屈になってしまう。国営放送のニュースにおいて、特に気候の話になると太平洋側が当たり前のように中心になっている。明らかに「各地で…」の範疇は太平洋側である。 こういうことは気にしなかったらそれで終わってしまうことだろうとは思っている。しかし考え出すと、何となく「差別」「見下されている」というような印象を持ってしまう。 もちろんニュースを制作する側もそんな意図はないものと信じている。しかし、そういう風に感じる地方の一小市民がいることを彼らは認識しているだろうか。 この日は珍しく卑屈な只野だった。
2006年05月02日
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その夜只野はいつものように晩酌をし、テレビ、パソコンを経て床についた。 床で少しカタログに目を通した。既に半分寝ているので、内容はすぐに抜けていくことになる。 やがて明かりを消して寝ることになる。いつになく気温の高い夜である。布団がいらない夜になりそうである。 どうも寝られない。体勢を変えてみる。やっぱり寝入ることにならない。やがて4回体勢を変えて元に戻ることになる。やはり寝られない。 こういうときは思いきって読書でもすればいいと思っている。しかし同時に起きあがって明かりを点け、書物をもってくるという作業は、一端寝てしまった者にとって億劫である。 再び体勢を変えてみる。やがて1回転する。やはり寝られない。これはどうしたものか。 そう考えながら困っているときに只野は目が覚めることになった。只野はどうも「睡眠せん隊 ネラレンジャー」に変身していたようである。 しかし寝たはずなのに寝た気がしないというのは、一晩損した気分でもある。
2006年05月01日
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