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只野は以前、縁あってラグビーを見る機会が何度かあった。必然的にルールなども知ることになった。 ラグビーのルールというか、マナーというか、そういうものが好きである。ともすれば人格まで否定しそうになるスポーツとは、行って来るほど違うと思っている。 会場では鳴り物をならさないことになっている。サッカーや野球とは違う。あくまで人そのものが発する応援になる。人の気が直に伝わってくることになる。応援はこういうものでないといけない。 観客席は敵味方の区別がないことになっている。もっとも実際はある程度、応援のグループで固まることになるのだろう。素晴らしいのは、敵同士が隣り合っていても「いさかい」にならないことである。大人はかくあるべきであると思っている。 只野のもっともお気に入りは「ノーサイド」である。その昔、松任谷由実の曲のタイトルにもなっていた。 試合が終わって、決着がついたらノーサイドである。勝ち側、負け側の「側」はお互いに取り去らなければならない。「…ならない」と言われなくても、選手たちはすでに心得ている。「お互いよく頑張った」という気持ちを交わしたところで、本当のホイッスルが聞こえるということになる。 この「ノーサイド」、残念ながら日本人には一番苦手な考えであり、なかなかできない考えである。 異論が喧嘩になり、人格否定になる日本人の議論にノーサイドの笛を吹ける審判はいないのかなどと、只野はつくづく思うことがある。
2007年01月30日
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嫌いなものがジゴウジトクによるということもある。「自業自得でしょ」なんて言われることになる。でも嫌いなものを嫌いというのは自由である。 夜の懇親会というものは、たとえエライ人たちとの会合であっても、最初は気を張っているのであるが、後になると「ドウニデモナレ」となってしまう。もっともこれは只野だけかもしれない。 その結果どうなるか。ビールが酒になり、焼酎、ウイスキーとリレーすることになる。見えないバトンが只野の中で受け渡される。絶好調になる。 その結果どうなるか。翌朝にはツケが回ってくることになる。寂しい財布と二日酔いである。特に二日酔いの影響は大きい。 只野は、この朝の何とも言えない中途半端な感じがいいと思うときもある。ボーッとしている間に時間が過ぎていく。 しかし二日酔いは一般的に嫌いである。何しろ体調がよくない。加えて無気力状態になっている。何より気持ちが前に行かない。 陰陽とはよく言ったものである。ただし順序が違う。前夜が陽、そして朝が陰である。返り点が必要になる。 「当分酒はいいか」などと思うことになる。しかしながら、夕食の香りが漂う頃には、自然とグラスを傾けている。 確認しておくが、只野は二日酔いは嫌いである。 ちなみに、これを書いている今まさに只野は二日酔いになっている。
2007年01月27日
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嫌いなものを嫌いといっても、なくなるわけではない。でも嫌いなものを嫌いというのは自由である。 2つの信号が続いていることがある。その多くの場合は、もとあった信号の奥に、新しい大きな道ができて、そちらの交通量が増えた場合である。この状況が嫌いである。 より狭い道が抜け道になってしまう。その、より狭い道は登校途中の子どもたちがたくさん歩いている。危ないこときわまりない。 大体抜け道を利用しようとする者の考えにろくなものはない。自分よければそれでよしというのが大半である。 そういう抜け道の信号はとってしまえばよい。できれば歩行者専用にするべきである。自動車に乗っている者は楽なのだから、渋滞に要する時間ぐらいは我慢すべきである。 最近も芸能人の娘が、交通事故で命を奪われたと聞く。芸能人だからということで大きなニュースになるというのは、別の意味で嫌いだけれど、これを機に交通のあり方が筋の通ったものになってほしいものである。 只野は昔、自動車好きであった。小学生の頃から、月刊自家用車なる雑誌を読み、購入計画まで考えていた。マイカーローンの計画まで練っていた。 しかし最近は嫌いになりつつある。できるだけ自動車に乗らないことを真剣に考えてみたりしている。
2007年01月21日
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只野が新居に移ってから、これで2ヶ月が過ぎたことになる。さすがに、カリテキタネコのような状態からは脱しつつある。 新居に来て一番の変化は、何と言ってもトイレである。借家に移った頃、温水便座がないことを嘆いていたが、ここにきて一気に文明開化を遂げた感がある。 トイレに入る。センサーが感知して、電気が点き、ファンが回り、便フタが「ようこそ」とばかり開くことになる。さすがに便座は開かない。しかし、ボタン一つで開くことになる。 ついでに、只野の「社会の窓」まで開けていただけないかと思ったが、そういうわけにはいかない。 ちなみに、便器はタンクレス式である。「ブルーレット置くだけ」なんてコマーシャルを見たとき「うちではどこに置くのだろう?」などと毎回思うことになる。 「急ぐとも 心静かに手を添えて. 外に漏らすな 松茸の露」 このあたりは、昔も今も変わらない。 温水は、便座に体重をかけないと自動で止まってしまう。只野は何度か尻を浮かせていて温水が止まったことがある。故障じゃないかと業者に掛け合ってみたが、そのうち自分の使い方に問題があることに気づいた。その後は順調である。 所用が終われば「大小」ボタンを押せばよい。あとは電気もファンも便フタも自動で閉じることになっている。 今どきのトイレは、物臭者にとって「あなたにこそ使ってほしい」トイレになっているということを、只野はここに来て深く実感している。
2007年01月17日
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只野はこのところ、仕事の上でちょっと長い原稿を抱えている。具体的には30ページものと10ページものの2種ということになる。 いずれも締め切りが迫っている。なかなか厳しい状況が毎日続いていることになる。 こういう切羽詰まった状況のときに限って、どうでもいいことを考えてしまう。これは只野に限ったことなのか、誰にでもあることなのか、よくわからない。 どうでもいいですよ~と言う芸人がいるが、まさにあのフレーズとともに考えてしまうことになる。 ☆ ☆ ☆ 先日の紅白歌合戦では、例のオズマとかいう輩のパフォーマンスが抗議など反響を呼んだそうである。 只野は、ここでその是非についてどうこう言うつもりはない。ただ、恒例の小林幸子の派手な衣装の直後に、こいつをもってくるというのは、NHKも実は確信犯でないかなどと考えてしまう。 しかし只野にとっては「どうでもいいですよ~」ということになる。 ☆ ☆ ☆ 成人の日が、例のハッピーマンデー制度で、1月の第2月曜日になって数年経つ。しかしこれがどうもしっくりこないと感じているのは、只野だけであろうか。 ちなみに今年の場合、史上最も早い成人の日である。一番遅い設定は1月15日であり1週間の差がある。不公平感があるかどうかはわからない。 子どもにとっては休みが1日増えてよかったのかもしれない。 しかし只野にとっては、これも「どうでもいいですよ~」ということになる。
2007年01月08日
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正月というのは、一般に無礼講であり、規則も生活習慣も「正月だから…」ということになってしまう。 子どもが夜遅くまで起きていても「正月だから…」許されてしまうことになる。只野も高校生の頃「大晦日の晩だから、徹夜で遊ぼうぜ」なんて言って、友達を集めたことがある。 しかしそこで思い知らされたのは、徹夜というのが何とも長い時間だナァということであった。少なくともトランプと人生ゲームでは徹夜がつらいということがわかったことになる。 もっとも麻雀を知ってからは、こんな徹夜のスポーツはないナァと感心したのも事実である。 朝から酒を飲んでいても「正月だから…」許していただくことにしている。正確には、お屠蘇だと思っている。最近は泡の出るお屠蘇や、葡萄からできるお屠蘇、ハーフロックのお屠蘇など事欠かない。 もっとも神様のお屠蘇については、フランス製であったり、イギリス製であったりすることはない。 かくして仕事始めを迎える。「お正月だから…」という言い訳がなくなり、ちょっと寂しい現実に戻ることになる。
2007年01月04日
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