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どうなんだろうなー。面白いこと言っていた人がいたので記録。確かにopen AIはやばいことになるかもしれないけど規模を縮小する方向に舵を切れば死なない気もするのだけどなあ。だけどGoogleの収益向上5年後にプラス50%以上はほぼ見えてる気がするんだけどな。Googleクラウドの成長によって。個人的には AIバブルではなく、かつてあった蒸気機関投資の初期段階ってこんな感じだったのかもという視点で今の相場を見ているんだけどな。蒸気機関の初期に投資してた人たちもそれがどのくらいの収益になるかなんてわからない状態で投資していたのだと思うし。でもこういう人もいないと面白くないので記録。今あたりが天井だとしたら底値近辺で買ってくれる人。Googleやテスラが宇宙に AIデータセンターを作って冷却設備を小さくても回るように。太陽光発電の効率が良い。とかは夢があって面白いな。とは思うんだけどな。テックのボスたちは5年以上先の電力不足、地球温暖化などの対策をどうするかというところにすでに視点がいっているきがするのだが。確かに2030年には日本までも今の電力消費量が倍になるという予測は地球環境にめちゃくちゃ悪いと思うのだが。。まあたくさんの動物が絶滅するし野菜も育ちにくくはなるのは確定でしょうね。やっぱ長野に引っ越すべきかなあ。>1.実体経済とは別物になった米国株式市場 1990年代の米国株の時価総額上位は、エクソンモービル(石油)、AT&T(通信)、ウォルマート(小売)、ゼネラル・エレクトリック(電気機器)、メルク(製薬)、コカコーラ(食品)、シティグループ(銀行)といった銘柄で構成されていた。 2025年現在の時価総額上位は、Nvidia、マイクロソフト、アップル、アマゾン、メタ、ブロードコム、アルファベット(Google)、テスラなどで、ネットやITサービス、半導体などのテックカンパニーに大きく偏っている。 首位のNvidiaが4.3兆ドル、2位マイクロソフトと3位アップルが3兆ドル後半の時価総額を付けているのに対して、10位のJPモルガン、11位のウォルマートが0.8兆ドル、15位のビザ、18位のエクソン、19位のジョンソン・エンド・ジョンソンが0.5兆ドル前後と、オールドエコノミーな銘柄の存在感は随分小さい。 30年前の時価総額上位銘柄は、人々が暮らす街並みそのものであり、実体経済と密接に結びついた銘柄だけで占められていた。 そうした企業が成長するには店舗や工場を次々に新設する必要があり、それには多くの時間的、経済的支出を伴った。 海外展開は製品やサービスのローカライズに加えて多くの現地人材を雇用する必要があり、マネジメントの難易度は急激に上がる。 それは裏を返せばローカル企業にとっての防壁で、30年前の米国時価総額上位企業はすでに多国籍化していたとはいえ、現代と比べればその活動の幅には限りがあった。 その防壁を取り去ったのがインターネットとソフトウェアだ。ITサービスの世界では、一旦支配的なプロダクトを誕生させることができれば、それを低廉な費用で複製し、インターネットを通じて世界中の顧客に瞬時に販売することができる。 そうした製品群はネットワーク効果が働くので、ローカル企業の作った小規模なプロダクトを使い続けることは顧客にとってもデメリットが大きく、主要なソフトウェアやIT機器、サービスは米国企業のデファクトスタンダードな製品に集約された。 この革命により、過去には存在し得なかった爆発的な速度で成長し、目覚ましい利益率を確保する企業群、即ち現在のテックカンパニーが登場した。 マイクロソフトとメタは40%台、アルファベットとアップルは30%台の営業利益率を誇る。一過性懸念はあれど、Nvidiaの前期の営業利益率は62%だ。 海外進出に大きなハンディキャップを背負っていたオールドエコノミーに対して、テックカンパニーは米国本社からインターネットとソフトウェアを通じて米国外の経済へ容易にアクセスし、他地域のGDPを蚕食している。 インターネット以前のライフラインと言えば家賃と光熱費ぐらいのものだったが、現在では多種多様なサブスクリプションに加え、それらを利用するための決済手数料や通信費が上乗せされている。 それらがもたらす日本のデジタル赤字は国家的課題になるほど巨額となり、ある種の経済的植民地化が静かに進行してきた。今後はここにAIへの支出が追加されることになる。 AWSの障害でゲームからSNS、ECサイトに至るまで大きな影響が出るように、テックカンパニーのサービスは企業にとってもライフラインそのものだ。 世のクラウド化、DX化の進展と共に彼らの支配圏は拡大の一途をたどり、世界の国々はまるで米国に徴税されるかのように売上高を献上し続けている。 この構図がある限り、多少の景気のブレがあろうとも米国テックカンパニーの成長は揺らがず、それが米国株式市場の堅調の支えとなってきた。 彼らが銀行やメーカーを遥かに凌ぐ時価総額を持ち、株価指数の大部分を構成するようになった今、その代表格たるS&P500の性質は大きく変容した。 「株価は景気を半年先取りする」と言われてきた、実体経済の写し鏡としての株式市場の姿はもうどこにもない。 2.Mag7がS&P500に魔法をかけ、信仰が広がる 過去30年で、株式市場における米国一極集中は大きく進行した。世界の株式時価総額に占める米国株の割合は1995年には30%台だったものが、現在ではその倍の60%台に達し、ドットコムバブル時の50%をも大きく上回っている。 ところが、世界の名目GDPに占める米国の割合は、1995年の24.5%から2023年の25.9%と微増に留まる。 なぜ株式市場の中でだけ米国の寡占化が生じたのか。それは前章で説明した米国テックカンパニーの躍進を考えれば整合的だ。中でもマグニフィセント・セブン(Mag7)と呼ばれる巨大テックカンパニーの台頭がそれを主導してきた。 アップル、マイクロソフト、アルファベット、アマゾン、メタ、Nvidia、テスラ。これらで構成されるMag7を除いた「S&P493」がほとんど上がっていないとの指摘さえも、それらがMag7をより強大な存在とするための養分だったと考えれば十分に納得がいく。 世界の国々がインターネットとソフトウェアを通じて米国に売上を捧げているのと同様に、ほとんどの米国企業もまた、業務効率化やクラウド利用の名のもとにMag7に囲い込まれている。 S&P500という舞台の主役がMag7ならば、それ以外の常識的で限定的な利益率に留まる企業群は彼らを儲けさせるために稼いでいる引き立て役、エキストラに過ぎないというわけだ。 その主役たちの魅力に投資マネーが引き寄せられると何が起こるのか。敢えて極端な仮定を置いてシミュレーションしてみよう。 市場に売上高1000億円の企業が10社あり、それらの営業利益率が10%、実効税率が30%だとすると、各社の営業利益は100億円、当期純利益は70億円となる。この悪くないまずまずの企業につくPERは15倍程度だろう。すると、10社の純利益の合計は700億円なので、市場全体の時価総額は1.05兆円となる。 次に、9社の営業利益率を1%まで下げて、それをすべて残る1社に集約させた場合を考える。その1社は90億*9=810億円の営業利益を獲得し、もともとあった100億円と合わせると営業利益910億円、当期純利益637億円の会社が出来上がる。 この凄まじい利益率は、投資家から見れば付加価値の高さ、参入障壁の分厚さを表していると解釈する。またAIが登場するまでのグーグル、アマゾン、Meta、Microsoftなどのビジネスに対して我々はかなりの長期的な信頼を置いていたが、同様に圧倒的な支配力を持つプロダクトが与えるビジビリティの高さは、その企業のリスクプレミアムを低下させ、ひいてはPERを高める要素になる。 これらを考慮すると、このスーパー企業に付けられるPERは少なく見積もって25倍、30倍以上の評価となっても割高には感じないかもしれない。仮に20倍だとしても時価総額は1.27兆円、25倍なら1.59兆円、30倍なら1.91兆円となる。 残った9社も一応黒字ではあるし、純資産があるから無価値ということにはならない。まとめて1000億程度の価値は認めるとすると、10社の合計は1.37兆円~2.01兆円のレンジとなり、全社が平均的に稼ぐよりも市場全体の時価総額は遥かに大きくなる。 荒唐無稽な例えに感じるかもしれないが、これがS&P500にMag7がかけた魔法の正体だ。景気変動を受けにくく支配的なプロダクトを持ち、かつ長期に渡って自動的に成長していくだろうと投資家が信じられるような企業に収益が集まる方が全体の時価総額が高くなり、市場参加者にとっても好都合となるのだ。 それがどのような果実を株式市場にもたらしたかは、以下のデータで一目瞭然となる。これはS&P500の45年前から5年前までの各期間ごとのCAGRの推移だ。 45年(1980–2025):8.0%40年(1985–2025):7.6%35年(1990–2025):7.1%30年(1995–2025):7.6%25年(2000–2025):6.9%20年(2005–2025):8.9%15年(2010–2025):11.5%10年(2015–2025):12.5%5年(2020–2025):12.2% よく言われる長期平均で8%という数字は、確かに2005年までのデータからすると妥当に見える。しかし、それ以降では明らかにそこから逸脱している。そしてこれはスマートフォンの普及によってリアルとネットが統合され、テックカンパニーの存在感が大きくなり始めた時期と重なる。 ちなみに、米国の名目GDPで同じようにするとこうなる。直近だけコロナや戦争影響でインフレ気味だが、長期で見れば概ね5%内外で推移しており大きな変化がない。 45年(1980–2025):5.40%40年(1985–2025):5.00%35年(1990–2025):4.74%30年(1995–2025):4.68%25年(2000–2025):4.46%20年(2005–2025):4.34%15年(2010–2025):4.80%10年(2015–2025):5.25%5年(2020–2025):7.38% 米国の成長率が加速したわけではないのにS&P500のリターンが有意に改善したのは、インターネットとソフトウェアによって一部の米国企業が世界から効率よく売上高を回収できるようになった結果であり、その集大成がMag7であるとの理解をしている。 また、Mag7的な企業は大きな設備投資を必要としないため、フリーキャッシュフローが潤沢で株主還元の余力が大きいことも重要だ。 アップルは昨年1100億ドル(17兆円)という天文学的な規模の自社株買いを行った。時価総額に対しては3%程度でしかないが、そもそもの時価総額が562兆円と巨大で、それは世界中の人々に高額な端末を売り、決済手数料を徴収して得られた売上をもとに作られている。 そのアップルの総還元性向が100%を超えているということは、この世のどこかで誰かがブランド料のたっぷり乗ったiPhoneを1台買うごとに、株主のポケットにその利益が丸々入ってくるということだ。 これぞ究極のr > gである。つまりMag7とは白昼堂々と稼働し続ける格差拡大装置であり、まさに資本家にとっての夢を体現した存在と言えるだろう。 この過去15年のリターンの加速を見れば、マネーがS&P500に吸い寄せられるのは当然だ。そしてそのマネーは今、スマホとインターネットの普及がもたらした「インデックス投資家の黄金期」への理解を深め、自信は揺るぎないものとなった。 2025年12月現在、株式市場のバリュエーションには、この繁栄の継続が自然の摂理と同レベルで完全に織り込まれている。3.間口の広さが招いたパッシブとアクティブの逆転 20年前に10%台だったパッシブ運用のシェアは2024年に過半となり、アクティブ運用を逆転した。伝統的に続いてきた、株式投資=個別株という図式は完全に過去のものとなっている。 日本でも2020年頃から米国株人気が高まり、その後はS&P500とオルカンを用いたインデックス運用が劇的に広まった。特に、2024年開始の新NISAが起爆剤となってインデックスの長期積立投資が個人投資家内で大きな勢力を占めるようになった。 インデックス投資の最大の利点は優れたリターンでも高い流動性でもなく、その手軽さにある。一度理念を理解してしまえば、極論すればその後は何も考える必要がない。 インフレと経済成長によって指数は最終的には上がり続ける、との考え方は概ね正しく、ここにのみフォーカスして細かいことはすべて忘れてしまおうという向き合い方は、一般投資家にとっては実用レベルにおいて合理的である。 個別株やアクティブ投信なら二度と回復しないことがあり得ても、指数であれば信じて持ち続ければいつかは必ず報われる。歴史が証明し続けてきたこのシンプルなロジックは、投資への参加ハードルを大幅に下げることに成功し、投資人口の飛躍的な増大を可能とした。 S&P500やオルカンは紛れもなく優秀で、初心者に勧める際の現状の最適解と言えるだろう。そういうわかりやすい「入口」ができたことは、長らく株式保有比率が低いと言われ続けてきた日本の家計にとって、口座開設の背中を押す大きなきっかけになったことは間違いない。 日本ほどの大変化ではないにせよ、世界的に見てもS&P500を代表とするインデックス投資への資金流入は増加している。これは先ほど説明した過去15年の力強いパフォーマンスへの評価と、次に取り上げるインフレからの逃避が後押ししているものと思われる。 通常、株式市場で他人を出し抜いて優れたリターンを上げようと思えば多大な努力と才能が求められる。ところが、並み居るプロの投資家がS&P500を上回れないという事実は、一般人にとっては大いなる福音だ。いくら言っても言い過ぎではないほど、S&P500という金融商品は偉大な発明なのである。 一般人はようやくその事実に気付き始めている。このような変化は株式市場始まって以来の変革と言ってよく、表向きには日本のバブルや米国のドットコムバブルのように、過熱して明らかにマルチプルが異常値になるということこそ起きていないが、その裏ではS&P500の神格化を通じた静かな「参加者数のバブル」が生じていると見ている。 その指数の頂点に君臨するアップルのPERは36倍だ。ここ数年の成長率が1桁%に転落しかかっており、かつての成長期待が大きく後退しているにも関わらずである。 これこそ、ありとあらゆる指数に組み込まれ、状況の変化によらず毎月自動的に買いが入り続ける「インデックス投資バブル」の象徴的存在ではないだろうか。 4.ディベースメントトレード - 法定通貨のショート(空売り)という共通のアイデア この1~2年程度に限ってみると、株のロング、ゴールドへの投資、ビットコイントレジャリー、これらは究極的にはすべて同一のアイデアによって駆動されていると考えている。 それはインフレへのヘッジ、言い換えれば法定通貨のショートである。S&P500とゴールドの長期リターンが実はほとんど同一だったという話が最近聞かれるが、希薄化し続ける現金からの逃避という意味合いがこれほどまでに大きくなれば、実際にそういうことになってもおかしくはない気がしてくる。 リーマンショック以降、歯止めの効かなくなった世界的な大規模金融緩和と無秩序な政府債務増大の副作用は、ここ数年の厳しいインフレ=法定通貨の価値毀損という形で現れている。 この状況で最も損をしているアセットクラスは現金であり、リアルタイムに上昇する物価に対し、それに遅行した金額の現金でしか給与を得られない労働者が一番弱い立場に立たされている。 その見えざる搾取とも言うべき構図から逃れるための、インフレヘッジとしての投資。このリスクテイクは「ディベースメントトレード」と名付けられ、SNSや動画を通じて以前より格段に浸透してきた。 30年に及んだデフレからの大転換が進む日本では特にこの発想が新鮮なようで、インフレ時代になったのでとにかく現金は損、株でも不動産でもなんでもいいからリスク資産に投資せよ、との言説は日増しに強まっている。 大金を得たい、FIREしたいという積極的な動機とは異なる、生活防衛としての投資。それまで自分は投資とは無縁だと感じていた層を、メジャー化しつつある投資インフルエンサーたちが市場に接続した。そこで彼らが最も手軽で信頼できる投資先として持ち出すのは決まってS&P500でありオルカンだ。 ただ、法定通貨の希薄化自体はこれまでにも延々と続いてきたわけで、今年になって突如激化したわけではない。 代表的な金ETFであるGLDを見ると、過去5年で123%上昇しているものの年初来の上昇率でも52%となっており、今年だけで5年間の上げ幅の半分近くに達している。 これに対応するほどの法定通貨の希薄化が短期的に生じたとは考え難いので、この動きにはインフレヘッジのブーム化を反映した部分も相当程度含まれているだろう。 もっとも、大衆が動き始めた時の波の大きさが計り知れないのもまた歴史の教えるところだ。ブームのスイッチが押されたからこそ、ここが初動でまだまだ続いていくというシナリオも大いにある。 5.ストックとフロー、少数派はどこへ 「人の行く裏に道あり花の山」「強気相場は悲観の中に生まれ、懐疑の中に育ち、楽観の中で成熟し、幸福感の中で消えていく」 こうした有名な相場格言に共通する考え方は、大衆の裏をかいて少数派に付け、というもの。 「世紀の空売り」(原題:The Big Short)として書籍になり、後に映画化もされた2008年のリーマンショックにおけるサブプライムCDOの崩壊への賭けでは、ほとんどの人々がそんなことは起こるはずがない、と信じ込んでいた米国住宅市場の危機を確信した少数派が歴史的な利益を上げた。 日本においては、そもそも株式投資をしている人自体が全体から見れば少数派、という時代が長く続いてきた。国民の投資リテラシーの向上は切実に望まれて来たことなのでその実現は喜ばしい一方、かつての少数派が少数派ではなくなりつつあることに本能的な不安を覚えるのが投資家という存在だ。 株式投資への参加率向上が自明だとして、市場の先行きを占う上ではそれがいつ終着点にたどり着くかが問題となる。 将来あるべき最適な投資人口の比率があるとして、そこに到達した後は毎年定期的に生まれる新たな投資人口と死亡者の綱引きによってトータルの投資人口が決まることになり、前年同期比での増加率は横ばいか人口動態次第ではマイナスとなるだろう。 日本固有の状況にフォーカスすると、新NISAとインフレ転換で新規参入が怒涛のように押し寄せた過去2年から比べれば、今後の増加モメンタムが大きく鈍化してくる蓋然性は高い。 加えて、株式に投入できる原資の変化にも着目したい。預金比率の高かった日本の家計には、ストック(貯金)からの投資余力が大きかったと考えられる。 しかし、年間360万円の新NISA枠を2年は埋められても、3年目以降も満額は厳しいという声を実際に聞くように、いずれは給与所得というフローからの捻出がメインに切り替わるだろう。 家計の預金は1100兆円と莫大だが、その多くは今更投資に動きそうもない高齢者に偏在していて、若年層から中年層にかけては過去2年間と同様の投資ペースが持続するかは不透明だ。 いずれにしても、この2年が御祝儀的なものであったことに疑念の余地はなく、ストックからの流入インパクトが徐々に低減していくことは避けがたいだろう。 株式市場はモメンタムを好む。重要なのは変化額ではなく変化率であり、これがスローダウンした際の影響は軽視できない。 フローの取り扱いについても一つの疑問がある。株式投資に参加する人が少数派であったからこそ、経済が投資家に都合よく回っていたという側面は少なからずあったはずだ。 誰もが消費を節約して捻出した資金で株式を買い始めたらどうなるのか。もし全消費者が、アップルの株を買うためにiPhoneの買い替えサイクルを引き伸ばしたら、その不整合は誰がどのように正すのか。 これだけ投資人口が拡大してきたからには、この問いも空疎な思考実験の枠を飛び出し、社会実験の域に入ろうとしている。 6.服従する機関投資家、失われた価格発見機能 ここまで個人投資家の動向に焦点を当ててきたが、もう一つの視点として機関投資家の存在も忘れてはならない。パッシブとアクティブの比率が逆転したというのはまさに歴史の転換点で、これは職業投資家の生態を根本から覆すイベントと言える。 運用者の最大の使命は託してくれた投資家の資金を増やすことにある。どんなに筋の通った投資理念やストラテジーを誇っても、現実に儲かっていなければその主張は一笑に付され、冷ややかな目で見られる。それが実力勝負のプロの運用の世界だ。 プラスリターンであればそれで良いということではもちろんない。パッシブと比較して段違いに高い手数料を正当化するには、インデックスを上回るリターンを継続して上げることは最低条件となる。 ところが、そのベンチマークたるS&P500があまりにも優れたリターンを出すようになったため、運用者が超えるべきハードルがかつてなく高くなってしまったことは、2章のS&P500のリターン加速で示した通りだ。 ライバルが強化される一方、アクティブファンドの資金力が衰微し続けているため、マーケットにおける彼らの価格決定力は失われつつある。一生懸命取材して見過ごされている割安株を発掘しても、それを買ってくれる資金が来なければ株は上がらない。 業績が良いこと、他所に比べて割安なことは新たな買い手を呼び込むためのきっかけにはなれど、それ自体に株価を動かす力があるわけではない。株価が居所を変えるには、現状の株価レンジという重力を打ち破るだけの買いを誰かが実際に入れる必要がある。 それに比べてインデックスに組み込まれている銘柄は、インデックスに組み込まれているという理由で延々とETFや投信から資金供給を受けるので、大きなミスさえなければ基本的に上がり続けることができる。 この構造を経て、株式市場には類を見ない二極化が現出した。近い将来に新たな買い手の登場が望めない銘柄は徹底的に放置され、今まさに買われている最中の銘柄にますます資金が集中する動きが強化され続けている。 一見すると危険な兆候にも思えるが、より高いリターンを生んでくれる主体に移動することは投資マネーの根源的な欲求であり、それを論理で阻害することはできない。 別の見方をすれば、長期投資をうたってタイミングを取ることを放棄することが許されてきた過去があまりにも牧歌的だっただけで、業界のアップデートが必要なタイミングという解釈もできる。 無論それは、以前からのファンダメンタルズ投資の信奉者にとっては悪夢でしかない。自らの考える企業の将来性ではなく、短期的な需給の綱引きを読むことに否が応でも参加させられ、それを拒めばベンチマークに勝てない無能な運用者として退場を余儀なくされるからだ。 パッシブとアクティブの逆転は、投資運用のルールを全面的に書き換えてしまった。運用者は生き残るためにパッシブ化するか、今まで以上にタイミングを取る技術を磨くことを迫られている。 こうなるともはや、少数派であることが善とは言い難い。早い段階で多数派につき、その動きが臨界点を迎える瞬間までそちらの側でいることを誰もが知らず知らずのうちに強いられ、受け入れている。 この世界観において、インデックスマネーの奔流に立ち向かおうとする者はもういない。勝つこと、生き残ることをミッションとするならば、それは明らかに非合理的な行動だからだ。 インデックス投資家が無感情の投資マネーを絶え間なく注ぎ続けることで、市場のありようは変貌した。ルール変更の圧力に機関投資家がついに屈した時、かつて存在した市場の将来予見性、価格発見機能といったものが適切に保持されていると誰が保証できるだろう。 仮にそれらがとうの昔に失われているのだとしたら、我々の見ているこの株価は一体何によって作られているのだろうか。現在と未来を結ぶ道、その間に巨大な空洞ができているとしても、それを直視する者はどこにもいない。 7.誰も神話を疑わなくなった時 過去15年間、S&P500は目覚ましいリターンを上げてきた。だが、その前半と後半において株価上昇のドライバーは明確に異なっている。 S&P500のPERは過去30年平均で17倍となっていて、コロナ前の2019年頃までは概ねこの付近で推移していた。 ただ直近は、米国利上げショックで大きく調整した2022年の16倍をボトムに上昇し続け、現在のPERは23倍と過去最高だったドットコムバブル時の24倍台に肉薄している。 つまり、2020年頃まではMag7的な企業の台頭によってS&P500のEPS成長率そのものが加速していたが、ここ数年は一貫してマルチプルの拡大による株価上昇が続いているということである。 もちろん、この動きは金利の低下と軌を一にしているだけだという意見もあろうが、米10年金利は2010年代を通じて2%台で推移していたことを考えると、金利面からPERの現行水準を正当化することは難しいように思える。 ではなぜ今、これほどまでにS&P500のマルチプル拡大が進行してきたのか。その仮説はここまで多くの文字数を使って提唱してきた通りだ。技術革新の成果と独占がEPS成長を加速させ、その結果を見た投資家の信頼向上がインデックス投資の広まりと相乗効果を起こして市場を浮揚させている。 このトレンドはまだ進行している最中だろうか。それとも行き着くところまで来てしまったのだろうか。少なくともまだ序盤戦ということはなく、既に山の中腹から山頂付近には差し掛かっているのではないかと思う。 実際問題として、一般人にとってはS&P500の積み立て以外に最適解はなく、それ自体を疑う者は今更いないだろう。だからこそ、PERが23倍になっても誰も異を唱えない。 今では世界中の誰もが、この新たな秩序が未来永劫続くことを望んでいる。市場のリーダーに集約されたEPS、約束されたかのような連続増益の更新、尽きることのない新たな参加者。 全てが完璧に噛み合っているからこそのPER23倍。しかし、その絶妙なバランスを崩すトリガーが見えないこともまた事実。誰もがそう感じていた時に、地殻変動は静かに起きていた。 それがAI投資競争だ。これによって、S&P500神話を支えてきた構造が崩れかかっている。いや、正確には既に始まっている崩壊がまだ観測されていない段階と言えるだろう。 8.共存と繁栄の時代の終わりを告げる者、OpenAI ビッグテック、あるいはテックジャイアントとも称される、多くのテックカンパニーの中でもとりわけ巨大な企業たちはこれまで、広大なインターネット空間でそれぞれの得意領域を支配し、強固な城を築いてきた。 OSとビジネスソフトはマイクロソフトが、スマートフォンはアップルが、ネット広告はグーグルが、ECはアマゾンが、SNSはMetaが、というように。 これは言うなれば、一つの大陸をいくつかの大国が分割して支配、共存しているような状態で、これまでは新市場や隣接領域において小規模な衝突は起きても、互いが多量の血を流すような全面戦争に突入したことはなかった。 インターネットビジネスにおける平和の配当。それが、S&P500の投資家がこれまで享受してきたリターンの正体で、当然この先もビッグテックは互いのEPSを消耗するような激しい競争を回避しながらそれぞれの領土を拡張し続けることが求められ、その未来は今の株価に完全に組み込まれている。 しかし、この共存と繁栄の時代に終焉を告げる存在が現れた。それがサム・アルトマン率いるOpenAIである。 多くの市場関係者が今では認識していることだが、ビッグテックの経営者たちはこのAI投資を自社の生存を賭けた戦いだと考えている。なぜなら、その目的地たるAGI=汎用人工知能を手に入れた者が、この世界の全てを制するという考え方に取り憑かれているからだ。 それが当たっているかどうかはともかくとして、そのような恐怖に突き動かされる心理はよく理解できる。現在のビッグテックのファウンダーやCEOの多くはインターネット産業の生き字引のような人たちで、例えば初期の検索エンジンを巡る争いで、かつて大手だったヤフーやライコス、インフォシークなどがほとんど消え去ってグーグルだけが残った歴史を当事者として目の当たりにしている。 数年前にメタバースバブルが巻き起こったのも、もしそこがネクストウェブ、ネクストアプリとなるプラットフォームとなってしまった場合に自社のビジネスに致命傷となることを恐れたからで、最も果敢に挑戦したのがビッグテックの中では最もビジネス基盤の脆弱なメタであったことは当然の帰結だ。 メタバースでさえそうだったのだから、テクノロジー進化の最終地点と予想されるAGIを巡る争いとなれば、緊張の度合いはその比ではない。敗北が死を意味するのなら、戦力を温存しておいても仕方がないのだ。 とはいえ、ビッグテックも上場企業なのでそこには株主の目がある。規律ある投資の上限を多少突き破るにしても、EPSが本格的に溶け始めるほどの破滅的な戦争にはならないだろうという読みが市場にはあったに違いない。実際、上場企業同士の争いに留まっていればそうなった可能性が高い。 だが、今年に入って状況は大きく変わる。年始に総額5000億ドル規模の「スターゲートプロジェクト」を発表したOpenAIは、400億ドルの資金調達に成功。加えて、Nvidiaが最大1000億ドルを投じる資本提携も実現させた。 5000億ドルの評価額でOpenAIに投資した人々がリターンを得られるのかどうかは定かではない。ただ、足元の売上高は着実に伸びており、100億ドル以上とされる赤字額が仮に倍になったとしても、ここまでに集まっている資金があれば最低でも数年間は生き延びられる。 裏を返せば、その期間だけビッグテックも先の見えない投資競争に付き合わされることになる。競争から降りることの最大のリスクが自社ビジネスの完全喪失だと各社首脳が本気で信じ込んでいる限り、最後まで走り切る以外に選択肢はないのだろう。 アルトマンが賭け金を1ドルレイズするたびに他の数社はコールせざるを得ず、差し出されたチップの山はうず高く積み上がることになる。実際、ここに来てオラクル、メタ、グーグル、Amazonが相次いで大型の起債をして、その合計額は880億ドルにも上った。各社は既に長期戦への備えを始めている。 ChatGPT以外のプロダクトを持たず、守るべきものがないOpenAIに撤退の二文字はなく、資金の続く限り戦うだろう。まさしくAGI or DIEで、競合からすればこれほど厄介な敵はいない。 既存の秩序を破壊するために生まれてきたとしか思えないAI革命のジョーカー。その動き次第では、ビッグテックは信じられない量の出血を要求される恐れがある。 その血で喉を潤すのはNvidiaでありTSMCであり、それらに連なるサプライチェーン企業群だ。巨人たちの前例なき戦いを支える武器商人の繁忙は、AGIが見つかるかOpenAIが資金調達に失敗するまで続くことが約束されている。 9.史上最大の設備投資がもたらす株式市場のレジームチェンジグーグル:「過小投資のリスクの方がはるかに大きい」Microsoft:「我々が築いてきた最大のビジネスのいくつかは、今後それほど重要ではなくなるかもしれない」「次の新たなプラットフォーム(AI)で勝利するほうが、過去の遺産を守ることより重要だ」Meta:「もし数千億ドルもの無駄遣いをしてしまったら、それは非常に残念なことだと思います」「しかし、その逆の方がリスクは高いのです」 つい最近語られたビッグテックCEOによるこれらの発言は、もはやブレーキのことを考える段階がとうに過ぎていることを意味している。 総力戦を決意したプレイヤーたちが現実に巨額のキャッシュを用意している以上、少なくとも向こう1~2年のタームでは計画されている半導体の生産やデータセンターの建設が確実に実施されるだろう。 それ以上先のことは未知数に過ぎるが、その過程で人類史上最大規模の設備投資が行われる可能性は極めて高い。 財務基盤が脆弱な赤字企業同士の戦いだったドットコムバブルとは異なり、今回覇を争っているのは世界最強のキャッシュフローを持つ企業群だ。 歴史上、これほど強力なキャッシュフローを生み出せる企業群が存在したことはなく、それこそがS&P500を神話の領域へと押し上げる原動力だった。それらが初めての全面戦争に入ったのだから、出てくる数字の規模感も桁違いとなる。 具体的に見てみよう。25年の7-9月期におけるグーグル、アマゾン、Meta、Microsoftによる設備投資額の合計は、前年同期比+80%の1125億ドルと報道されている。この金額は、5年前にはわずか200億ドルに過ぎなかった。 1125億ドルという数字は、同期間の営業利益の合計額1070億ドルを上回っているが、26年は更に設備投資額を大きく増やす計画とされている。会計について一定の理解がある者なら、営業利益を上回る設備投資(広告宣伝費ではない)が長期にわたって継続することがどれほど異常なことかおわかりだろう。 たった5年で6倍近くだ。アセットライトなITプラットフォーマーの面影はもうどこにもなく、彼らの設備投資計画は古式ゆかしい電力会社や鉄道会社をも遥かに凌ぐ重たさに変質してしまった。 設備投資の内訳のうち主要なものはもちろん半導体チップで、その償却期間は各社まちまちだが概ね5-6年程度となっている。だから営業利益と同等以上の設備投資を行った場合でも、初年度に影響を受けるのはその1/5だけだ。 しかし、予測されているように今後数年間にわたってこのレベルの設備投資を行えば、加速度的に減価償却費が増加して2,3年後にはPLに深刻なダメージを与え始める。 今後相当なハイペースでAI関連売上を伸ばせなければ、EPSの伸び率は抑制され、圧迫されたフリーキャッシュフローは株主還元の原資を蝕む。 これが過剰投資になるとは断言できないが、満足な売上が立たなければEPSは破滅的な減少を見せるし、そこまで行かずとも、ほんの少し償却負担に耐えかねただけで今の市場のバランスを脅かすには十分だ。 こんなことになるとは誰も予想していなかったはずだ。明らかにこの争いは誰も望んでいなかった。なのに、今日も投資家はインデックスを買い続け、市場はまだ何事も起きていないかのように平穏を保っている。 だが、空前の設備投資が始まった時点で、この理想的な市場を作り上げてきた構造の逆回転は始まっている。後は人々がいつそれを認識するかの問題に過ぎない。 10.「いつ起きるかを予想することは、何が起きるかを予想することより何倍も難しい」 章題は、著名な成長株投資家であるフィリップ・フィッシャーの名言であるとされる。株式投資の本質的な難しさをシンプルに表した一文で、予言者が相場では大金持ちになれない理由がここにある。タイミングを取らない相場予測にはほとんど価値はない。 これまでに書いてきたことは概ね誰もが知っている話で、過去幾度となく同じ切り口で市場に警鐘を鳴らす材料にされてきた。だが今のところ一度もそれが実現したことはない。 時々考えることがある。2008年のリーマンショックの時、もし今のような投資環境だったら株価は同じように下がったのだろうかと。どんな状況でも淡々と株を買い続け、安値になればむしろ喜んで追加資金で買い向かう。そういう投資マインドがあの頃に普及していたら、下落はもっとマイルドなものになっていたかもしれない。 ただもう一つの可能性もある。もし本格的な下落の前に、ほとんどの人が既に株を買ってしまっていたのだとしたら? 現在のS&P500のバリュエーションとそれを支える構造に、これ以上向上の余地がないように見えるのは事実だ。ビッグテックの巨額AI投資により、短期的にそれが揺さぶられることも避けられないだろう。 しかし、だからと言って市場が根幹からひっくり返るような事態になるとは限らない。市場には自己実現的な要素があるのだから、投資家がAI戦争の先にある未来を信じ切ることができれば、波乱を乗り越えられるシナリオも十分ある。 だから我々のやることは一つ。今までと同じように、今見えている事象が示唆する未来を想像し、仮説を立て、検証し続けること。 この先にあるのが史上最大のバブルでも黄金時代の揺り戻しであっても、それを冷徹に観測してポートフォリオに表現する。それ以外に投資家のできることはない。 それとは別にして、個人的な大局観が存在することも否定はできない。2025年を通じて、私の中にこれまでなかった新しい大局的な仮説が加わったことは事実だ。 もし歴史の転換点を捉えることができたのなら、そこには単なる金儲け以上の価値がある。 金儲けはもちろんしたいが、金儲けだけでは生きられない。そんな私にとって、これから最高にエキサイティングな相場が待ち受けていることだけは確かだ。
2025年11月30日
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バフェじいさんが引退。最後の手紙を翻訳してくれていた方がいたのでコピペ。晩年の彼しか知らないけれど、善人で謙虚でユーモラスな誠実な人だったと感じる。何しろコバンザメしてれば、おそらく今頃私は10億はくだらなかったでしょう。。BYDあたりからぱくってればね。>株主各位へ:私は今後、バークシャーの年次報告書を執筆することも、年次総会で延々と話すこともありません。英国風に言えば、私は「静かにする」つもりです。まあ、そういうことです。グレッグ・エイベルが年末にトップに就きます。彼は優れた経営者であり、疲れを知らない働き者であり、誠実な意思疎通者です。彼の長期にわたる在任を願ってください。感謝祭の年次メッセージを通じて、バークシャーについて皆様や子供たちとの対話は続けます。バークシャーの個人株主の皆様は、恵まれない人々との利益分配において並外れた寛大さを持つ特別な集団です。皆様との繋がりを保てる機会を心から楽しんでいます。今年はまず少し回想させてください。その後、私のバークシャー株分配計画について議論し、最後にビジネスと私生活に関する所見を述べます。* * * * * * * * * * * *感謝祭が近づくにつれ、95歳まで生き延びた幸運に驚きつつも感謝している。若い頃は、この結末は望み薄に見えた。早い段階で、私は死にかけたのだ。1938年のことだ。当時オマハ市民にとって病院はカトリックかプロテスタントかのどちらかに分類されるのが自然と思われていた。私たちの家庭医ハーレー・ホッツは、黒い鞄を提げて往診に来てくれる気さくなカトリック教徒だった。ホッツ先生は私をスキッパーと呼び、診察料もほとんど請求しなかった。1938年に激しい腹痛に襲われた時、ホッツ先生は訪ねてきて少し診察した後、「明日の朝には大丈夫だろう」と言った。そして帰宅し、夕食をとり、少しブリッジを楽しんだ。しかしホッツ医師は私のやや特異な症状が気にかかり、その夜遅くセント・キャサリン病院へ緊急の虫垂切除手術に送り出した。その後三週間、修道院にいるような気分で、新たな「演壇」を楽しむようになった。私は話すのが好きだった——そう、当時から——修道女たちは私を受け入れてくれた。さらに、三年生の担任だったミス・マドセンが、クラスメート30人にそれぞれ私に手紙を書くよう指示した。男の子からの手紙はおそらく捨てたが、女の子からの手紙は何度も読み返した。入院にも良い面があったのだ。回復のハイライト(実際、最初の1週間は危うい状態が続いた)は、素晴らしい叔母のイーディからの贈り物だった。叔母はプロ仕様の指紋採取キットを届けてくれ、私は即座に担当の修道女全員の指紋を採取した。(聖カタリナ病院でプロテスタントの子供を見るのは初めてだったのだろう、彼女たちはどう対応すべきか分からなかった)私の理論――もちろん完全に突飛なものだが――は、いつか修道女が犯罪を犯した時、FBIが修道女の指紋採取を怠っていたことに気づくだろうというものだった。1930年代、FBIとその長官J・エドガー・フーバーはアメリカ国民から崇拝される存在となっていた。私はフーバー長官自らがオマハに赴き、私の貴重なコレクションを検査する姿を想像した。さらに、フーバーと私が迷える修道女を即座に特定し逮捕する夢を見た。全国的な名声は確実だと思った。当然ながら、この空想は実現しなかった。しかし皮肉なことに、数年後にはフーバー自身が職権乱用で失脚したため、彼本人の指紋を取るべきだったと明らかになったのだ。さて、これが1930年代のオマハだ。そり、自転車、野球グローブ、電気鉄道が、私と友人たちの憧れの的だった時代である。その時代に、ごく近くで育ち、私の人生に大きな影響を与えたにもかかわらず、長い間気づかなかった他の子供たちにも目を向けよう。まずは64年間親友だったチャーリー・マンガーから始めよう。1930年代、チャーリーは私が1958年から所有し住み続けている家から1ブロック離れた場所に住んでいた。初期の頃、私はチャーリーと友達になるチャンスをわずかに逃した。私より6歳と2/3年年上のチャーリーは、1940年の夏に祖父の食料品店で働き、10時間労働で2ドルを稼いでいた。(バフェット家の血には倹約が深く刻まれている。)翌年、私も同じ店で同様の仕事をしたが、チャーリーと出会ったのは1959年、彼が35歳、私が28歳の時だった。第二次大戦に従軍後、チャーリーはハーバード法科大学院を卒業し、カリフォルニアへ永住した。しかし彼は生涯、オマハでの幼少期が自分を形作ったと語っていた。60年以上にわたり、チャーリーは私に多大な影響を与え、これ以上ない良き師であり、守ってくれる「兄貴分」だった。意見の相違はあったが、言い争いは一度もなかった。「言った通りだろ」という言葉は彼の辞書になかった。1958年、私は初めてにして唯一の自宅を購入した。もちろんオマハで、育った場所(大まかに言えば)から約2マイル、義理の両親の家から2ブロック未満、バフェット食料品店から約6ブロック、そして64年間勤めたオフィスビルから車で6~7分の場所だった。次に、もう一人のオマハ出身者、スタン・リプシーについて話そう。スタンは1968年にオマハ・サン新聞社(週刊紙)をバークシャーに売却し、10年後、私の依頼でバッファローに移った。当時、バークシャーの関連会社が所有するバッファロー・イブニング・ニュースは、バッファローで唯一の日曜紙を発行する朝刊の競合紙と死闘を繰り広げていた。そして我々は劣勢だった。スタンは最終的に新たな日曜版を創出し、かつては資金を流出させていた当社の新聞は、3300万ドルの投資に対し年間100%超(税引前)の収益を数年間も生み出した。これは1980年代初頭のバークシャーにとって重要な資金源であった。スタンは私の自宅から約5ブロックの場所で育った。彼の隣人だったウォルター・スコット・ジュニアは、1999年にミッドアメリカン・エナジーをバークシャーに導いた人物だ。彼は2021年に逝去するまでバークシャーの重役を務め、私にとって非常に親しい友人でもあった。ウォルターは数十年にわたりネブラスカ州の慈善活動のリーダーとして活躍し、オマハ市と州全体にその足跡を残している。ウォルターはベンソン高校に通っていた。私も同校へ進学予定だったが、1942年に父が4期連続当選の現職議員を破って連邦下院議員に当選するという驚きの結果を出し、進路が変わった。人生は驚きに満ちている。待って、まだある。1959年、ドン・キーオと彼の若い家族は、私の家の真向かい、マンガー家が住んでいた場所から約100ヤード離れた家に住んでいた。ドンは当時コーヒーのセールスマンだったが、後にコカ・コーラの社長となり、バークシャーの献身的な取締役となる運命にあった。私がドンと出会った時、彼は年収12,000ドルで、妻ミッキーと共に5人の子供を育てていた。子供たちは全員カトリック学校(授業料が必要)に通う運命にあった。私たちの家族はすぐに親しくなった。ドンはアイオワ州北西部の農場出身で、オマハのクレイトン大学を卒業した。早い時期にオマハ出身のミッキーと結婚した。コカ・コーラ入社後、ドンは世界的に伝説的な存在となった。1985年、ドンがコカ・コーラの社長を務めていた頃、同社は不運な「ニューコーク」を発売しました。ドンは、大衆に謝罪し、「オールド」コークを復活させるという有名なスピーチを行いました。この心変わりは、ドンが「最高愚者」宛てにコカ・コーラ社に届いた郵便物が、すぐに彼の机に届けられたことを説明した後に行われました。彼の「撤退」スピーチは古典的なものであり、YouTube で視聴することができます。彼は、コカ・コーラの製品は実際には会社のものではなく、大衆のものであることを快く認めた。その結果、売り上げは急上昇した。CharlieRose.com で、ドンの素晴らしいインタビューを見ることができる(トム・マーフィーとケイ・グラハムも素晴らしいインタビューをしている)。チャーリー・マンガーと同様、ドンは、熱意にあふれ、友好的で、根っからのアメリカ人である、中西部出身の少年であり続けた。最後に、インドで生まれ育ったアジット・ジェイン氏、そしてカナダ出身の次期最高経営責任者であるグレッグ・エイベル氏も、20 世紀後半に数年間オマハに住んでいました。実際、1990 年代、グレッグはファーナム・ストリートで私からわずか数ブロックのところに住んでいましたが、当時は会うことはありませんでした。オマハの水には何か魔法の成分が混ざっているのだろうか?* * * * * * * * * * * *私は十代の数年間をワシントンD.C.で過ごし(父が議会議員だった頃)、1954年にはマンハッタンで永続的な職に就いた。そこでベン・グレアムとジェリー・ニューマンに温かく迎えられ、生涯の友を多く得た。ニューヨークには独特の資産があった——今もそうだ。それでも1956年、わずか1年半でオマハに戻り、二度と離れることはなかった。その後、私の3人の子供と数人の孫もオマハで育った。子供たちは常に公立学校に通い(父が卒業した高校と同じ校舎で学んだ——1921年卒)、 最初の妻スージー(1950年卒)、ネブラスカ・ファーニチャー・マート成長の要となったチャーリー、スタン・リップシー、アーヴ、ロン・ブルムキン、そしてナショナル・インデンニティを創業し1967年にバークシャーに売却したジャック・リングウォルト(1923年卒)——同社が当社の巨大P/C事業の基盤となった。* * * * * * * * * * * *わが国には優れた企業、名門校、優れた医療施設が数多く存在し、それぞれが確かな強みと有能な人材を有している。しかし私は、生涯の友を多く得たこと、二人の妻と出会えたこと、公立学校で優れた教育の基盤を得たこと、幼少期に多くの興味深く親しみやすいオマハの大人たちと触れ合えたこと、ネブラスカ州兵で多様な友人関係を築けたことに、この上ない幸運を感じている。要するに、ネブラスカは私の故郷だった。振り返れば、バークシャーも私も、オマハを拠点としたからこそ、他のどこに住んでいた場合よりも良い結果を得られたと思う。アメリカ合衆国の中心地は、生まれ育ち、家族を育て、事業を築くのに非常に良い場所だった。とんでもない幸運によって、私は生まれた時から途方もなく長いくじを引いたのだ。* * * * * * * * * * * *さて、私の高齢について話そう。遺伝的には特に恵まれていなかった——家族の長寿記録(確かに遡れば曖昧になるが)は私が生まれるまで92歳が最高だった。しかし私は、ハーレー・ホッツを筆頭に今日に至るまで、賢明で友好的かつ献身的なオマハの医師たちに恵まれてきた。少なくとも三度、命を救われたが、いずれも自宅から数マイル圏内の医師たちによるものだ。(ただし看護師の指紋採取はやめた。95歳になれば多くの奇行が許される……とはいえ限界はある)* * * * * * * * * * * *長寿を全うするには、膨大な幸運が必要だ。毎日、滑りやすいバナナの皮や自然災害、飲酒運転や不注意なドライバー、落雷など、あらゆる危険をかわし続けねばならない。だが幸運の女神は気まぐれで――他に言いようがないが――途方もなく不公平だ。多くの場合、指導者や富裕層は、自分たちの取り分以上の幸運を手にしてきた。そして、その受取人たちは、あまりにも頻繁に、その事実を認めたがらない。世襲の相続人たちは、胎内から出た瞬間から生涯の経済的自立を手にしている。一方、他の者たちは、幼少期に地獄のような環境に直面したり、さらに悪いことに、私が当然だと思っていたものを奪う身体的・精神的な障害を抱えて生まれてくる。世界の人口密集地域では、私自身も悲惨な人生を送っていた可能性が高く、姉妹たちはさらに過酷な人生を強いられていたであろう。私は1930年、健康で、そこそこの知性を持ち、白人男性としてアメリカに生まれた。なんと!幸運の女神よ、感謝する。姉妹たちは私と同等の知性と優れた性格を持ちながら、全く異なる人生を歩んだ。幸運の女神はその後も私の人生に度々訪れはしたが、90代の人間と関わるより優先すべきことがあるらしい。幸運にも限界はあるのだ。それとは対照的に、時の神は私が年を重ねるほど興味深く感じているようだ。そして彼は無敗だ。彼にとって、誰もが最終的に彼のスコアカードに「勝利」として刻まれる。平衡感覚、視力、聴力、記憶力がすべて持続的に下降線をたどる時、時の神が近くにいることを悟るのだ。私は老い始めるのが遅かった——その始まりは人によって大きく異なる——しかし、いったん現れれば、それは否定できない。驚いたことに、私は概ね気分が良い。動きは遅く、読書も次第に困難になるが、週5日はオフィスに出勤し、素晴らしい人々と共に働いている。時折、有用なアイデアが浮かんだり、他では得られなかったであろう提案が舞い込んだりする。バークシャーの規模と市場水準ゆえに、アイデアは少ないが、ゼロではない。* * * * * * * * * * * *しかし、この予想外の延命は、家族と慈善目的の達成にとって重大な影響を避けられない。その影響を探ってみよう。次なる展開私の子供たちは全員、72歳、70歳、67歳と定年退職年齢を超えています。彼ら3人が——多くの面で今がピークである——私のような遅い老化という特異な幸運に恵まれると賭けるのは誤りでしょう。代替の受託者が彼らに取って代わる前に、実質的に私の全財産を処分できる確率を高めるため、3つの財団への生前贈与のペースを加速させる必要があります。子供たちは経験と知恵において今が最盛期だが、老齢期にはまだ入っていない。この「ハネムーン期間」は永遠に続かない。幸い、軌道修正は容易に実行できる。ただし考慮すべき追加要素が一つある:バークシャー株主がグレッグに対して、チャーリーと私が長年享受してきたような安心感を抱くまで、私は相当量の「A株」を保有し続けたい。そのレベルの信頼を得るのに長くはかからないだろう。子供たちはすでにグレッグを100%支持しており、バークシャーの取締役会も同様だ。三人の子供たちは今や、巨額の財産を分配するに足る成熟度、知性、活力、直感力を備えている。さらに彼らは、私がこの世を去った後も地上に生き続け、必要に応じて連邦税制や慈善活動に影響を与える他の動向に対し、先手を打つ政策も事後対応策も採り得るという利点を持つ。周囲の大きく変化する世界に適応する必要も出てくるだろう。墓場から統治する手法は成功例が少なく、私自身もそうした衝動を一度も感じたことはない。幸いにも、三人の子供たちは母親の遺伝子を強く受け継いでいる。年月が経つにつれ、私は彼らの思考や行動にとってより良い手本にもなってきた。しかし、母親と同等の存在には決してなれないだろう。子供たちには、万一の早逝や障害に備え、三人の代替受託者がいる。代替者は順位付けされておらず、特定の子供に紐づいてもいない。三人とも卓越した人間性を持つ賢明な人物であり、利害の対立もない。私は子供たちにこう約束した。奇跡を起こす必要も、失敗や失望を恐れる必要もないと。それらは避けられず、私自身も経験してきた。政府活動や民間慈善活動が一般的に達成する水準を、多少なりとも上回る努力をすればよい。ただし、これらの富の再分配方法にも欠点があることは認識すべきだ。初期には様々な壮大な慈善計画を構想した。頑固な性格ゆえ、それらは実現不可能だと判明した。長年にわたり、私は政治屋による拙速な富の移転、世襲的な選択、そして確かに無能あるいは風変わりな慈善家たちによる事例も見てきた。子供たちが単にまともな仕事さえすれば、母と私は確実に満足するだろう。彼らの直感は優れており、当初ごく少額から始まり、不定期に増額され年間5億ドル以上に達する資金を、それぞれ何年も扱ってきた経験がある。三人の子供たちは皆、それぞれの方法で他者を助けるために長時間働くことを好んでいる。* * * * * * * * * * * *子供たちの財団への生前贈与を加速させたことは、バークシャーの将来性に関する私の見解に何ら変化が生じたことを意味しない。グレッグ・エイベルは、私が彼を次期CEOにふさわしいと初めて考えた際の期待をはるかに上回る成果を上げています。彼は現在、私よりもはるかに多くの事業と人材を理解しており、多くのCEOが考慮すらしない事柄についても非常に速く習得します。あなたの貯蓄と私の貯蓄を預けるなら、グレッグよりも優れたCEO、経営コンサルタント、学者、政府関係者――誰であれ――を私は思い浮かべられません。例えばグレッグは、当社の損害保険事業が持つ成長可能性と危険性の両方について、多くのベテラン損害保険経営者よりもはるかに深く理解している。彼の健康が何十年も続くことを願う。運が良ければ、バークシャーは今後100年間で5~6人のCEOで済むはずだ。特に避けるべきは、65歳で引退すること、目立つほどの大富豪になること、あるいは王朝を築くことを目標とする者たちだ。不愉快な現実として:親会社や子会社の優秀で忠実なCEOが、認知症やアルツハイマー病、その他の衰弱性長期疾患に倒れるケースが時折発生する。チャーリーと私はこの問題に幾度か直面しながら、適切な対応を怠った。この失敗は重大な過ちとなり得る。取締役会はCEOレベルでこの可能性に警戒し、CEOは子会社レベルで警戒すべきだ。言うは易く行うは難し; 過去の大企業における事例をいくつか挙げられる。取締役は警戒し、声を上げるべきだと助言するしかない。私の生涯において、改革派はCEOを窮地に追い込もうと、平均的な従業員の報酬と比較した経営者の報酬開示を要求した。その結果、株主総会招集通知は従来の20ページ以下から100ページ以上に膨れ上がった。しかし善意は功を奏さず、むしろ逆効果となった。私の観察の大半に基づけば――企業「A」のCEOは競合企業「B」のCEOを見て、自社取締役会に対し「自分はもっと価値がある」と巧妙に示唆した。当然ながら取締役報酬も引き上げ、報酬委員会のメンバー選定には細心の注意を払った。新ルールは抑制ではなく羨望を生んだ。このエスカレーションは独自の勢いを得た。非常に裕福なCEOたちを悩ませるのは(彼らも人間ですから)、他のCEOたちがさらに富を蓄えていることです。羨望と貪欲は表裏一体です。そして、CEO報酬や取締役報酬の大幅削減を真剣に勧めたコンサルタントがいたでしょうか?* * * * * * * * * * * *全体として、バークシャーの事業は平均よりやや良好な見通しを持っています。相関性の低い数多くの優良事業が牽引役です。しかし10年、20年後にはバークシャーを上回る業績を上げる企業も数多く現れるだろう。規模の弊害が表れるのだ。バークシャーは私が知る限り、壊滅的な災害に見舞われる可能性が最も低い企業である。また、私が知るほぼ全ての企業(数多く見てきた)よりも、株主意識の高い経営陣と取締役会を有している。最後に、バークシャーは常に米国にとって資産となる形で経営され、依存的な立場に陥るような活動は避ける。経営陣は重要な責任を担うため、時を経て相当な富を得るだろうが、世襲的な富や目立つ富への欲望は持たない。当社の株価は気まぐれに変動し、現在の経営陣の下では 60 年間で 3 回、50% 程度下落したこともあります。絶望しないでください。アメリカは復活し、バークシャーの株価も回復するでしょう。最後におそらくは自己満足的な見解ですが、私は人生の前半よりも後半の方が充実していると感じています。私のアドバイスは、過去の過ちを悔やみ続けてはいけません。過ちから少なくとも少しは学び、前に進むことです。改善するのに遅すぎることは決してありません。適切なヒーローを見つけ、その人物を模範としてください。トム・マーフィーから始めてみてください。彼は最高の人物でした。後にノーベル賞で有名になったアルフレッド・ノーベルを思い出してください。彼は、兄が亡くなったときに誤って印刷された自身の死亡記事(新聞社が混同した)を読んだと言われています。彼はその記事を読んで愕然とし、自分の行動を変えるべきだと悟ったのです。新聞社のミスに頼るのではなく、自分の死亡記事に何を書いてほしいかを決め、それにふさわしい人生を送ってください。偉大さは、多額の金銭、多大な宣伝、政府における強大な権力の蓄積によって生まれるものではありません。何千もの方法のうちのどれかで誰かを助けるとき、あなたは世界全体を助けているのです。親切には代償が伴わないが、同時に計り知れない価値がある。宗教的かどうかに関わらず、行動指針として黄金律に勝るものは少ない。私は数えきれないほど無神経で過ちを犯してきた者だが、素晴らしい友人たちからより良い振る舞いを学ぶ幸運にも恵まれた(とはいえ完璧には程遠い)。清掃婦も会長も、同じ人間であることを忘れるな。* * * * * * * * * * * *この文章を読むすべての方々に、心から感謝祭の幸せをお祈りします。ええ、嫌な奴らも含めて。変わるのに遅すぎることはありません。あなたの可能性を最大限に広げてくれたアメリカに感謝することを忘れないでください。とはいえ、その報酬の分配は——避けがたく——気まぐれで、時に金銭に執着したものでもあります。あなたのヒーローは慎重に選び、その姿を模範としなさい。完璧にはなれないけれど、常により良くなれるのです。
2025年11月16日
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エヌビディアのCEOがアメリカより中国のAIが勝つだろう。って言っていたそうです。だけど、その未来予測に対して、エヌビディアの製品を中国に輸出できないのであれば、中国の半導体がそのうちエヌビディアを追い抜くよ。って言っているのだろうか。>[5日 ロイター] - 米半導体大手エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は、人工知能(AI)の競争で中国が米国を打ち負かすだろうと警告した。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)が5日に報じた。フアン氏はFTが主催する「AIの未来サミット」の合間に同紙に対し、「中国がAI競争に勝つだろう」と語った。フアン氏は先月ワシントンで開いた開発者会議「GTC」で、「われわれは米国にこのAI競争に勝ってもらいたい。それは間違いない。しかし、中国の開発者を獲得するためには同国に参入する必要もある。米国が世界のAI開発者の半分を失うような政策は長期的には有益ではなく、われわれにとってより大きな痛手となる」と述べていた。中国が先進的なAI半導体、特にエヌビディアの製品にアクセスできるかどうかは、最先端コンピューティングとAIの分野で覇権を争う米国との技術的ライバル関係において引き続き焦点となっている。トランプ米大統領は、2日に放映されたインタビューで、エヌビディアのAI用最先端半導体「ブラックウェル」について、米国企業向けに確保され、中国やその他の国には提供されないと述べた。
2025年11月06日
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