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ほらほら、また書いてない。さっさとお仕事放浪記書かなきゃ。ってな具合だけど、今日も横道にそれます。ゼクシィって雑誌がある。リクルートが出しているブライダル関連の情報誌だな。これを今日は九州版と関西版と首都圏版の3冊買ってきた。「ほ~、やっと身を固めますか~」違うんだな、これが。なんで買ったかは後回しにして、この3冊が異常に重たい。B4版(多分)で九州版だけでも750ページある。首都圏版に至っては1320ページ!そのうえ付録のような別冊がついている。今、膝の上に乗せているだけで、江戸時代の拷問のようである。徒歩10分程の本屋で買ったが、持っていた右腕が左腕より23cmも長くなってしまった。まっ、高いところのものを取るには便利だが。で、本当は昨日買おうと思って本屋へ行ったのだが、「明日、全て新しいのが出ますよ」の一言で「じゃ、明日来ます」と言うことになっていた。で、昨日は代わりに自動車の本、CG(カーグラフィック)とモーターマガジンを買って帰った。それぞれほぼB4版で286ページと250ページであった。本日のゼクシィは3冊で1190円、昨日の車本は2冊で1780円。グラムあたりの価格ではジェ~~~~~タイにゼクシィが安いです。安売り好きの方は、書店へ急げ!と、冗談はさておき、何故にこのような本を買ったか?営業である。革トランクの営業である。外車ディーラーとウェディング関連の会社へ売り込むための情報収集だ。本日は、車本を熟読していた。レンジローバーが欲しくなった・・・・ダメじゃん。明日は結婚したくなるかもだ。・・・ダメなのか、良いのかわからんが。で、なぜに革トランクとウェディング?と思う方がおられるかもしれないが、昨年末より、『匠の革トランク』の注文で、「結婚の記念に、一生涯ふたりで使えるものが欲しいので、ようやく革トランクを見つけました」という注文が続けて入ったからである。「ほ~、ウェディングトランクね。良いじゃん」ピカっ!ひらめいたのである。と言うことで、結婚関連の業者に革トランクの販売代理店になってもらおう計画が着々と進んでいるのだ。まあ、10年もしたら「ウェディングトランクならガラスさんの所よね」ってな話が日本中で聞かれるでしょう。ご結婚を控えている方、幸せな結婚にはウェディングトランク!ですぞ。では、お仕事放浪記を楽しみに待て!だ。
2005年06月23日
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書き込みしたいが、ガイアの夜明けで知り合いが出るから帰らねば!明日は朝から先生だから、続きは明日の夕方かな。ラクーンと言うネット卸しの会社のスーパーデリバリーにコンテンツ提供が始まった。http://www.superdelivery.com/このページの上の方、新規開業支援情報から雑貨開業インフォーメーションを見てね。『お仕事クリエイター』のダイジェスト版だな。んじゃ。
2005年06月21日
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八百屋上がりである。女性の扱いにはなれている。人気者である。おばさんにはだな。ということで、入社から3か月が経って、ようやく外回りの営業へ行く事となった。Kさんという営業担当の取締役が、ガラスに営業を教える事となった。厳しいのである。すぐ怒鳴る。他の営業社員は皆ビビっていた。だが、Kさんは体調が悪かった。入退院を繰り返していた。Kさんはたしかまだ40ちょっとだったと思う。会社は大阪のど真ん中、今で言う中央区(当時は南区)南船場。地下鉄堺筋線長堀橋駅すぐだった。ここから営業へ出発する。最初に担当したのは、Kさんが馴染みの奈良のブティック。Kさんの家の近くの寝屋川市香里園のブティック、新規の飛び込みで行った戎橋すぐのブティックだった。何回かKさんと営業へ出たが、いつも途中で「しんどいから休憩や」といって喫茶店などで休んでいた。本当はもっといろいろ一緒に行きたかったので「今日は、こっち方面に行くので一緒に行って下さい」と頼んでも、だんだん「しんどいから、今日は一人で行け」というのが増えてきた。という事で、ガラスの営業はほとんど自力で創り上げた。得意先もほとんど自分で開拓した。戎橋のブティックへ行った時も、Kさんは「一緒に入るから、お前が話せ」という感じだった。まだ営業数日目だった。ガラス「スミマセン、大阪から来たC商事です。輸入もの扱っているので見て下さい」無事に商品の紹介出来て、取引もする事が出来たが、店を出てからKさんに「大阪から来た、はいらんやろ」たしかにここは大阪だった。そんなトンチンカンなことをしながら、新規開拓をしておった。この戎橋のブティックは、歴史あるメンズも扱う年配向けのブティックだった。ここの女性店長に気に入られて「まことちゃん。まことちゃん」(ガラスの名前だ)と良くしてもらったな。今はもうこの店もないが。実はこの店長、超有名女優?タレント?の母親だった。実の。名字も一緒。顔つきも一緒。後で知って後悔した。先に紹介してもらえば良かった(数年後に銀座の有名紳士服屋の社長と結婚したが)。の~りを食べましょおお、おおもりやあ~、ほほ~ほ、~~~。その後、順調に飛び込みで取引先を増やしていった。一件、純粋に始めて一人で飛び込み営業に行って獲得したブティックがあった。扱っている物が、そこそこ値段する衣料品(Tシャツで2~5万とか)だったので、売掛金もすぐ百万単位になる。この店、はじめは機嫌良く仕入れてくれるが、決められた日に集金に行くと「今、社長が出かけて留守だよ」とか、毎度そんな感じで支払いが遅れる。100万円くらいあっても「今日はこれだけ預かってる」といって10万円くらいの小切手を差し出す。だんだん腹が立ってきて、取引をしなくなったが、とかくこんな店が多かった。というより、財務の事を考えない店がほとんどだった。信じられん話だが。ひどい店になると、個人営業のくせに「今日はお金ないわ。今度にして」と、横の財布には1万円札が入っていても平気で言う。「財布にあるやん」と言うと、「これはあたしのお金だから」・・・。ちゃうやろ!こんなビジネス云々を知らなくても、ブティックをはじめられた幸せな時代だったな。こんな連中を相手にしていたので、ガラスの取り立ては厳しかった。その辺はまたの機会に書くかな。ファッションの原点は色気である。異性にアピールするために着飾るのである(たまに同性相手の方もおられるが)。だから、取引先の件数が増えれば異性からのアピールも増える。ほとんどが女性ばっかりのショップだからである。胸元が大きく開いたブティックのママ「ガラスさん、一度食事でもどうよ」ガラス「ぜひお願いします」(この時点で、ゴチになろうとしている)胸元が大きく開いたブティックのママ「おたくの奢りちゃうの?」・・・さすが大阪だガラス「今度展示会でたくさん付けてくれたらね」胸元が大きく開いたブティックのママ「あんた、うまいなあ~。じゃあ、あたしがご馳走するわ」ガラス「有り難うございます。今日は直帰(営業先からそのまま帰る事)だから、今日でも良いですよ」胸元が大きく開いたブティックのママ「ほな、今から行こか」夜の豊中(ちょっとローカルだな)。阪急の駅前に飲み屋が並んでいる。胸元が大きく開いたブティックのママ「あんた、飲める口かいな?」ガラス「水商売でバイトしてたから」胸元が大きく開いたブティックのママ「ほな、知り合いの飲み屋行こ」深く詮索しなくてもよろしい。終電が終わっていたような気がする。豊中から神戸は遠いのである。こんな事があったら、胸元が大きく開いたママのブティックにある売れにくい商品は、さっさと売りやすい商品に交換されるのだ。それが、ビジネスっちゅうもんだ。・・・?ほんまか?
2005年06月12日
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