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忘れてしまいたい事やどうしようもない寂しさに包まれた時に男は酒を飲むのでしょう飲んで 飲んで 飲まれて 飲んで飲んで 飲み潰れて眠るまで 飲んでやがて男は 静かに眠るのでしょう河島英五の「酒と泪と男と女」の一節です。この曲の歌詞を口ずさみながら、マジ泣きしそうになる大学生はたぶん僕くらいなもんでしょう(笑)。(さだまさしの歌とかでもしょっちゅう涙ぐみます)ある意味、精神年齢が中年過ぎたあたりなんでしょうか。どうも、初老の紅影勇輝ですちょっとまだ鬱気味かな・・・(老後鬱を迎えておりました)。いやぁ、河島英五、いいですよね!!僕大好きなんですよ。男の生き様が描かれてて。で、その中でも、今紹介した「酒と泪~」のやつと、もう一つ●「野風増」っていう歌があるんですけど、サビだけちょっと紹介するといいか男は 生意気ぐらいが丁度いいいいか男は 大きな夢を持て野風増 野風増 男は夢を持て・・・!!っていう歌詞があるんですね。で、僕思ったんですけど、男は、生意気ぐらいが丁度いい!!そうなんですね。「いや、そのままやんっ!!」ってツッコんだ方。そう、そのままなんです。でもね、近頃の風潮として、最近、男が何かナヨナヨしとると。ついこの間もね、九州出身の女友達にそのことを指摘され、何も言い返すことの出来なかった僕なのでありますよ。情けないですよね。そう、あの、伝説の、●九州男児さんを彼女は知っておったわけです。僕も最初はね、「フン、九州男児て。ナンボのもんじゃい!!」と鼻で笑っておったのですが、詳しく話を聞いてみると、どうやら本当に凄いらしいと。みんな「ワイについてこんかい!!」という感じらしいと。ガンガン引っ張ってってくれるんだと。しかも、そんな男性を、どうやら女性は求めとるらしいと!!僕の調査では明らかになっとるわけですたい。(その子がかなり美人なので、大きく針が揺れている可能性アリ)(つーか、女性の皆さん。間違ってたら、僕の暴走を止めて!!)ま、ま、シンデレラ願望とでも言うんですかね、「連れ去って欲しい」的なところですよね。女性の皆さん、「確かに」って感じじゃないです?で、そんなことを考えていてね、ふと、わが身を見返してみるとね、まぁ、クヨクヨと何やら鬱気味になっとる下等生物が転がっておるわけですよ。んで、やれ「鬱だ」、やれ「幻滅した」だ、やれ「死にたい気分だ」などとねちゃねちゃ騒いどるわけです。そんなもんね、「うわっ!!なんじゃこいつ。めちゃキモいわ・・・」ってなもんですよ。ナメクジ以下ですわ。塩振ってもダメでしたわ。溶けませんわ・・・。もうね、「お前みたいなもんは、世界の誰よりもマイナス思考で生きて、ギネスに申請してしまえ!!」って感じですわ。んで、そんなことされても、ギネスの社長さんも、「君、何しに来たん?」って感じでしょうけどね。そんな自分に、ぶっちゃけ吐き気がしますわ!!男として吐き気がします!!(そこまで自分を客観視して卑下する僕も怖いが・・・)ほんでな、それより何よりもな、このままじゃ・・・九州男児さんに笑われてまうわっ!!いかん。それだけはいかん。絶対にそれだけは避けなければならん!!あの、かつての●日本男児(ニッポンダンジ)の唯一の生き残りとされる九州男児さんに限っては、負けられんのじゃい!!(※実際、ひ弱な九州男児もいるでしょうが、僕がここで言っているのは「九州男児」という一つのブランドのことです)ということで、強制的に鬱脱出じゃい!!こちとら、モテたいんじゃい!!「日本男児」という最高にモテモテブランドな肩書きを賭けて、俺はこれからも突っ走ることに決めました。いいか、日本男児は、この俺じゃ!!この俺じゃっ!!(根拠不明、必死すぎ)「拝啓、九州男児さん「日本男児」の肩書きは、今日からこの紅影勇輝が頂きました。絶対に九州男児さんには渡しません!!いいか、男はな、男たるもんはな・・・男は、夢を持てぃ!!(夢の大きさなら、九州男児さんにも絶対負けねぇ!!)というわけで、「新生日本男児」の紅影勇輝を、これからも、よろしくね☆(あかん、ナヨナヨしとる!!)これからも、夜露死苦!!(あかん、ベタベタや!!)これからも・・・これからも・・・「ヨロチクビ!!」(死んでください・・・)いいか、男はな、男たるもんはなぁ・・・男は、オヤジギャグだ!!(上司の方はセクハラにご注意を!!生き難い世の中になりましたね・・・)←1日1クリックで、何の成長もない紅影を応援しよう!!
2005/05/30
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「『明日があるさ』って言われました。明日も、あるんですか・・・」←「共感した」という不健康な人は1日1回ここをクリックしよう。※俺(アタシ)のがもっと、面白いコメント付けられるという人は是非コメント欄へどうぞ!!(過去の<画像で一言>のやつも同時募集中)ふう・・・・。鬱です・・・。どうも、紅影勇輝です今日は、ある友人に会ってきたのです。彼は、世にまだ少ない「男性保育士」を目指して頑張っている奴なんですけど、世間ではまだ男性保育士っていうのは全然認知されていなくて、まだまだ女性社会が根強いみたいなんですね。で、なかなか雇用先がみつからずに、彼はまだ今はアルバイトで働いている身なんですが、周りが女性社会だけに、ねちっこいイジメとかがあるみたいなんですね。彼自身はかなり子供からも好かれるタイプの人間なので、子供たちからも、その母親達からも結構人気があるみたいなんですね。で、それを見た社員の保母さんが「何あの子」みたいな感じで、子供たちの接触をわざと避けさせる、みたいなイジメをされてるみたいなんですね。ええ。それでも彼は、「男性の働ける道を、俺が切り開く」という気持ちで、目を輝かせながら夢に向かって突き進んでいるわけなんです。ええ。素晴らしいですよね?それにひきかえね、僕みたいな人間はですよ、ブログで自分の思想を偉そうにひけらかしては、やれ「競争原理」だ、やれ「アウフヘーベン」だと、何様のつもりなんだ、と・・・。身の程を知れ!!と・・・。実際、世の中にはほとんど何もアプローチ出来ていないわけですよ、僕みたいなもんは・・・。この中途半端人間がっ!!特にね、最近僕は、プロパガンダ的内容の文章を書きすぎなんですよ。凄く反省しています。別にね、皆さんに僕の考え方を押し付けようとかそういうつもりはないんですよ。ただ、何となく書きたくなったから書いたというか・・・。うーん、で、思うんですけど、自分の理想を描けば描くほど、現実が置いてけぼりをくらうのですね。●理想と現実とのギャップこれが大きければ大きいほど、鬱の度合いは強まるのかもしれません。焦る必要はないのは分かっているのですが、周りを見ていると焦ってしまうのですよ。うう・・・鬱なのです・・・。ぶっちゃけ、ビールとおつまみ片手にこの文章を書いてますわ。アルコールの力を借りなきゃやっていけないような、弱い自分ですわ。しょうもないですわ。ああ、幻滅した・・・。鬱です・・・「笑い」が大事とか言っていた昨日の文章に、「笑い」の要素が見当たりません!! (矛盾しとるとです)鬱です・・・「競争原理」の素晴らしさを、いくら世間にアピールしてみたところで、僕が「競争原理」に生き残れません!! (自分棚上げ人間)鬱です・・・「お前みたいな奴は、豆腐の角で頭をぶつけて死ね」と言われました。液体窒素で豆腐を凍らせて、アイスピックの要領で、ホントに死んだろかと思ってます・・・(死ぬのは可能です)鬱です・・・「ドンマイ!!」って励まされました。「外国人か!!」と激怒してやりました・・・ (白人コンプレックス)鬱です・・・飛行機内で、スッチーさんに水を頼もうと、発音に気を利かせて「ウォーター」のことを「ワラー」と言って頼んでみました。見事に「コーラ」が出てきました・・・ (英会話の本なんてもう信じない)鬱です・・・自分より年下のえなりかずき君のことを、「~さん」付けで呼んでしまいそうになります!! (ウチの父が、彼を何かと褒めるのです)鬱です・・・ウルトラマンの母のビニール人形で、オナニーが出来ます!!(なかなかの難関です)鬱です・・・ルービックキューブが完成しません!!(前に記事にして以来一向にダメです)鬱です・・・眞鍋さんのブログ更新が、待ちきれません!!(真鍋さん、更新を・・・)鬱です・・・結局このネタ、全部、ヒロシのパロディーやん!!(ネタはオリジナルだけど、すでに斬新さに欠けます)鬱です・・・、鬱です・・・、鬱です・・・。軽く、死にたい気分。さてと、夜の街でも走ってくっかな♪(鬱に負けてらんねぇ!!)←1日1クリックで紅影の鬱を少しでも緩和させて下さい。
2005/05/29
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<本日の画像で一言>「趣味はピーマンです。テヘッ☆・・・・・」←「何か好き」という人は1日1回ここをクリックしよう!!※俺(アタシ)のがもっと、面白いコメント付けられるという人は是非コメント欄へどうぞ!!(過去の<画像で一言>のやつも同時募集中)<競争原理の再検討1はコチラ>さて、昨日の話の続きです。「能なき鷹は爪を出せ」という話でしたが、だからね、ある程度は「自慢?」とか、「感じ悪いよね」とか思われても構わないから、ありのままの自分をぶつけてみるべきだと思うわけです。皆さんも今まで生きてきた中で、熱中してきたことが沢山あるかと思います(「ない」とかやめてね(笑)。なかったら今から作ろう♪)。それで、是非、周りと競い合ってみるべきなんですね。昔から、良い四文字熟語がありますよね。「切磋琢磨」これな訳なんです。それで、ケンカになったらケンカになっただけど、出来るだけケンカにはならんように努める。だって、目的は「勝敗」じゃなくて●「自分がベストを体験できたか否か」なわけですから、「勝敗」で怒ってケンカをしても、それは仕方がないわけなんですね。で、ベストの自分を常に体験出来ていれば「結果」は自ずとついてくるはずなんですよ。(結果を出せていない僕は、断言できないのが辛い・・・)で、僕がこうやって「競争原理の再検討」とか言い出すと、決まって、今さらかよ!!と思う人たちって絶対いると思うんですね。もうみんな「競争」にはほとほとウンザリしていますから。それでも、僕は敢えて「競争」の重要性をここで主張したいわけなのです。で、僕が一番強く思うのは、「本気でやらなきゃ、楽しさも中途半端」ということなんですね。「中途半端人間代表」である僕が言っているのだから、これは間違いないわけです。「そこそこ楽しいけど、そこそこつまらない」という状態がエンドレスで続きます。なので、「本気にならなければ、本当に楽しくはない」ということが実感を持って言えるのです。その「本気」を生み出すためには「競争原理」は有益なシステムであると考えるわけです。で、思うんですけど、その「競争原理」の一番健全な部分が働いているのが「スポーツの世界」だと思うんですね。基本的にズルは出来ない実力の世界ですよね。一方で、その「競争原理」の一番不健全な部分が働いているのが「政治家、官僚の世界」だと思うんですね。僕もこの目で確かめた訳じゃないですけど、もう泥沼の世界なわけじゃないですか。もう、実力以外のところで物事が動きすぎというかね。だからね、僕はもっと「スポーツ選手」を政治の世界に連れ込むべきだと思うんですね。マジで。彼らの実力は紛れもなく●「本物」なわけですよ。特にさ、サッカーの中田なんか「世界の司令塔」やってるわけじゃないですか。そのまま日本の司令塔になっちゃえ!!イチローなんかもさ、世界で先頭バッター張ってるわけじゃないですか。日本の先陣は、お前が切れ!!ってなってくるわけですよ。もちろん、引退して即は無理でしょうから、数年は勉強が必要でしょうけど、一つの道を究めた人間にさほどの長い研修期間は必要ないでしょう。もっともね、本人たちはそんなの嫌がるでしょうけど、ニーズがあって是非、ということになれば引き受けないとも限らないわけですよ。要するに、僕がここで一番伝えたいことは、競争には2種類あって、●健全なる「競争」は「本物」を作るそして、その「本物」な奴らが増えていき、そういう人達の力をもっと積極的に活用していくところに、「世界が変わる可能性」というのが残されていると思うのです。(別に、能力至上主義じゃないけどさ、やっぱそれは大事なものだと思う)でも、それだけじゃ何かが違う・・・。そう思われる方もいらっしゃることでしょう。そうなんですね。我々は今、良くも悪くも「競争原理」の真っ只中にさらされていますよね。「受験戦争」やら「就職戦線」、「出世街道」など数えれば枚挙にいとまがありません。で、僕が思うのは、「競争原理」自体は正しい。我々を磨き、大きく成長させてくれる。しかし、それだけでは●緊張状態がかなり続いてしまうんですね。息が切れてしまうんです。日本は高度経済成長期以来、ずっと頑張ってきて、たぶん今、息切れしている状態だと思うんです。それが、今の「何かおかしい・・・」という感覚に繋がってくると思うんです。だから、「癒し」ブームが来たり、安らぎを求めるようになったりする。また、立ち止まって「人生とは何か」と考えたり、逆にそういうのがウンザリで自殺を考える人もいる。で、競争を経験してきた親たちは、子供には出来るだけ楽をさせようとするから、今の子供たちは「競争」を避ける子達が多いような気がするんですね。だから、何か気だるい感じがつき纏っている気がするし、ある意味、不健全なんですね。でね、大事なのは、このサイトのメインテーマでもあるんだけど「緊張と緩和」だと思うのね。(これに関しては、デカいテーマなのでいつかじっくり語ろうと思います)。「人生の充実って何だろう?」ってことを考えてみるとさ、<楽しさ>→<消耗> ↑ ↓<退屈>←<安らぎ>【好循環サイクル】この一連のサイクルをグルグルと繰り返していくことだと僕は思うのね(あくまで一例)。楽しいと消耗して疲れてくるから、安らぎを求める。安らいでるとなんだか退屈してくるから、また楽しみを求める。この繰り返し。これが上手く循環できていれば基本的にストレスは溜まらない。で、この<楽しみ>の部分が、現代社会は「競争原理」だったんじゃないかと思うのね。まぁ、戦争はどう考えても僕が前に述べた「健全なる競争」じゃなくて「ケンカ」なわけだけど、競争原理自体は悪くないと思うんですよ。ただね、<安らぎ>の生み方を知らないだけだと思うんです。バランスが非常に悪い。<モーヲタ生態学・特別編>で僕がやったみたいに<緊張>を「笑い」という<安らぎ>に変えてしまうという方法も良いと思うんです。やっぱ、「笑い」というのは、場の雰囲気を一気に変えてしまう力を持ってますからね。(あの時の僕のネタは寒かったかもしんないけど(笑)←人それぞれ♪)僕は、現代社会において最も欠けている発想が、この「お笑い」の発想だと思うんですね(真面目な話)。例えば、今、教育の分野でも、予備校の先生みたいにして、学校の先生たちにも「競争原理」を取り入れて教師達を競わせてもっと質を高めよう、なんていう考え方があったりして、賛否両論ありますよね。僕は基本的にこの意見には賛成なんだけど、一つだけ条件があって、それが、●殺伐としないことなんだよね。やっぱ、競争となるとみんな必死になるし殺伐としてくる。他人を蹴落としてまで卑怯な手段で勝とうとする奴がでてくる。だけどさ、競争の目的は勝ち負けじゃなくて「ベストの自分を体験することだ」と思っていれば、まぁ、別にズルをしてまで勝つ必要もないわけですよ。それに、競争には、●自然淘汰っていう便利なシステムが働いて、やっぱり質の良い人達が生まれやすい環境が整うと思うんですね。(もちろん、ズルで勝つ人もいるから万全ではない)ここで、先ほどの【好循環サイクル】の例を見て欲しいんですが、それだけじゃ「楽しさ」を最大限に味わっているだけなんですね。ガンガン自分が成長していっている状態。でも、「安らぎ」がない。「緊張と緩和」で言えば「緊張」ばっかなわけです。だから、「何か違う・・・」と思ってしまうんですね。なので、僕はその中に意図的に、「笑い」を入れていけ!!というんですね。とかく殺伐となりがちな「競争社会」に緩急がつく。メリハリがつくんです。だから、今、世界に最も必要なのは「笑い」であろうと僕は考えるのです。そう、今日のサブタイトルでもあります●「幸せの行方」それは、健全なる「競争」、(そこには自己探求や自己表現など、あらゆる要素が含まれます)、(「競争」であると同時に「共創」なわけです)そして、「笑顔」の向こう側にある・・・そんなクサい感じで、今回の「競争原理の再検討~幸せの行方~」を終わらせて頂きたいと思います。ではまた!!(批判・反論大歓迎♪コメント欄へどうぞ!!)←1日1クリックで紅影はアホみたいに「笑顔」です!!競争原理にご協力を!!
2005/05/28
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今日は、午後の6時ぐらいから2時間半くらい、いつものように鬱対策と筋トレを兼ねて、近所の市民プールへ行ってまいりました。<詳しくは「鬱病」最強克服法!!をご覧下さい>とりあえず、そこでのいつもの風景なんですけど、僕はやたらと●競い合うわけなんですね。ぶっちゃけ、僕は泳ぎが結構得意な方なので、かなりスイスイと泳いどるわけです。そうするとね、水泳部らしき人たちとか泳ぎに自信がありそうな猛者たちが、ガンガン抜こうとしてくるわけなんです。んで、僕の方としても自動的に、テメ、この野郎!!となるわけなんですね。んで、僕も全力で抜き返す。相手もまた抜き返してくる、ということが暗黙の内に行われ最終的には、もう、僕がバタフライに変えたら相手もバタフライに変えて、相手が平泳ぎに変えたら僕も平泳ぎに変える、みたいな、●個人メドレー戦が繰り広げられたりするわけなんですね(ま、それが楽しみで行ってたりもするんだけど♪)。で、帰る頃には、「やるじゃねぇか・・・」「お前もな!!」みたいな感じで、お互いを讃え合うみたいなね、美しいスポーツの形みたいになることが多いんですね(もちろん、そうならないことも多々ある)なんで、僕は敢えてそうやって競ってくれそうな人を探したりもするわけです。(それでもいない場合は、潜水とかをずっとしてます。この前やっと、1往復50mを息継ぎなしで達成!!)さて、ここで、今の話は、ある種の人たち、例えば泳げなかったり泳ぎが苦手な人たちにとって、かなりの勢いで、●自慢話に聞こえてしまっていることを僕はお見通しなのでございます。ぶっちゃけ、他人の自慢話ほど、聞いていて「不快」なものはないですよね(笑)。劣等感が、見事なまでにくすぐられますからね。「どうせ僕は泳げませんから」とかすねたりして、説教好きな人になってくると「能ある鷹は、爪を隠すもんだろ!!」とか逆ギレして言ってきたりしますよね。でも、僕はそういう人たちに声を大にしてこう言いたい。俺に能なんてねぇ!!このブログで再三言っているように、僕はかなりのバカであり、それは自他共に認めるところなわけなんですね。僕の文章を読んで、「バカじゃないじゃん」と思ってくれる非常に奇特な方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、ここではっきりさせておきましょう。僕は、ありえないくらいにバカです。そんなのは自分で分かるわけです。毎日毎日付き合っている「自分」なわけですから、こいつがバカかどうかなんてモロバレな訳です。もう一人の紅影勇輝が、ここではっきり断言致しましょう。こいつはマジもんだ!!さて、そんなの知ってたよという方にとって、今の話は余談でしたが、要するに、「能」などもともとない僕にとって、「爪を隠してどうする!!}と、そうなってくるわけなのですね。つまり、「能なき鷹は爪を出せ!!}というのが今日のテーマなのです。僕は、今日はこれだけは言って帰りたい。自分の爪、隠しっ放しで腐ってる人、多くないですか?使わずに隠したまま腐ってしまい、多くの人の「趣味欄」にだけ記載されるという悲しい特技のことですよ!!それは、普段から爪を磨いておかないから起きる現象なわけです。で、これはぶっちゃけ、心が温和な「ことなかれ主義」の人に多いと思うのですね(僕も元々はそう。←って自分で言うな)。争いを避ける、無難で終わらす、出る杭にならない、これは日本人気質とも呼べるもので、一つの処世術ではあると思うのですが、僕に言わせてもらえば、「逃げてるだけ」なわけなのですね。そういうことを言うと、「いやいや、戦争は・・・」と止めにかかる人がいたりしますが、戦争は極論なわけです。僕もそういう人間だったので、とてもよく分かるのですが、そういう人たちの根底の心理には、「相手を傷つけたくないし、自分も傷つきたくない」というものがあり、それによって「ことなかれ主義」が維持されていくんですね。逃げておけばとりあえず無難だ、逃げておけばなんとかなる、ということなわけですが、本当にそれでうまくやっていけるのか、というのが凄く疑問なわけです。例えば、身近な例で、人間関係一つとってみたってね、ぶつかってみて初めてお互いの気持ちや実力が分かり合えることって多くないですか?心理学の分野では、「ヤマアラシのジレンマ」なんていう有名な話でもね、「寂しさで身を寄せ合い抱き合うほどに、お互いの体にある針でお互いを傷つけ合ってしまう。そして、何度も傷つけ合っていくうちに、いつしかお互いにとって一番適切な距離が見つかる」なんていう風に例えられたりしますけど、とりあえずぶつかってみなきゃ分からないわけなんですよ、お互いのことなんか。ちょうど昨日の、<モーヲタ生態学・特別編>なんかさ、<詳しくは、「モーヲタ生態学・特別編」へGO!!>「通りすがりさん」から僕の文章への批判から始まったわけですけど、彼もかなり話の分かる人でとても良かったんだけど、最後には「私自身も楽しめましたし、自分のスタンスを再確認できました。この場をお借りできたことに感謝します」てなことを言ってくれているわけなんですよ。嬉しいじゃないですかぁ♪これぞスポーツマンシップの醍醐味だと思うわけです。お互いがお互いの健闘を讃え合って、最後はスッキリ、「ありがとう」という感謝の気持ちを捧げる、というね。素晴らしいと思いません?ここで一つ、僕の大好きな言葉を紹介したいのですが、「インナーテニス」などの著書を書かれたW.T.ガルウェイという方の言葉です。「ベストの能力を互いに体験しあうためにこそ協力して互いの『障害』になることこそが、真の競争である」凄く良い言葉ですよね。まさに「競争」の本質をズバっと突いていると思うんです。人間っていうのは、競争となれば嫌でもムキになりますから、そこで闘い合った結果、勝敗はどうでも良い。むしろ大事なのは、自分のベストの能力を体験したか否かだと思うわけです。(これと同じことをイチローもよく言ってますね)昨日の<モーヲタ特別編>だってね、僕は精一杯「通りすがりさん」の意見に答えたつもりだし、「通りすがりさん」だって同じだったと思うんですね。その中で、相手を知っていって、オマケに自分まで知れるわけなんです。「競争」の素晴らしさって、コレに尽きると思うんです。だから、はっきり言って、競争しないと「損」だとまで思うわけです。(もちろんお互いの協力がないとケンカで終わる可能性もあります)僕が、人気ブログランキングなんかに登録しているのも、そういった意味合いも大きいんですね(まぁ、これは卑怯な手段で上位にランクされている人も多いようですが)だからね、爪なんてもんは、隠さないで他人にさらしてさ、自分を追い込んでしまった方が良いと思うわけなんですね。<競争原理の再検討2へ続く!!話は日本社会へ>←僕の競争原理に協力を!!1日1回押してくれるだけで紅影はアホみたいに喜びます。
2005/05/27
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またまた、頂いちゃいましたので、議論を再開致しましょう♪通りすがりさんからの投稿です。「重ね重ね失礼します。表現する以上、完全に全てを満足させるさせることは難しいのは承知です。なので、あえて「目指す」と書きました。難しいなりに、可能性を探ってゆくべきだと思いませんか?誰も不快にならない笑いも存在します。明らかに相手は不快になるとは分かってるけど、これは笑いがとれる!イケル!というのはエンターテイナーとして安易で最低の部類としか言えません。(晒されて不快になるであろう、ですけどね。当事者ではないので確かに私の推測の正義感が入っていることは否めませんが)そして、一方的に晒しておいて、素人でもオイシイと思うべきだ、とは・・・・・身勝手すぎませんか?あなた自身が自分を晒して笑いをとってオイシイと思うのは自由です。いくらでもどうぞ。国や政治も、芸人と同じく批判・批評されて当然の存在です。それを全ての人に当てはめないでいただきたい。自分から応募する素人とも違います。貴方と同じ考えの人ばかりではないんです。そういうわけで、私のモラルでは、最低限を破っているとしか思えないわけです。公共の場で他人の私生活を晒して笑いものにしている人を注意するのに代替案が必要ですか?モラルですから人それぞれなのは仕方のないことですが、そこに差がある以上、これ以上の私との議論は無意味かと思います。他の方の意見が集まれば幸いです。モーヲタに対する私の見解ですが、関係ないので特に言及しませんでした。対象がモーヲタでなくとも同じことです。私はモーヲタの行為を擁護しているわけではなく、モーヲタを晒してネタにする貴方の行為に対して意見しているのですから。最後に。紅影勇輝さんが本当に(一発限りのネタではなく)今後モーヲタを演じて楽しむのでしたら、「見下している」発言等については撤回し謝罪させていただきます。本気のバカということで。」このやりとりを「くだらない」と思っている皆さんには大変申し訳ないのですが、(前回の記事への反響少なすぎっ!!)でもね、要するにね、僕としても・・・引くに引けねぇ!!そういうことなのです。勘の良い方ならば、今のコメントを読んだだけで、「ああ、かなり矛盾したこと言ってんな」ということが分かってしまうかと思うのですが、僕はコレに対して、生真面目にもこう返答させて頂きたいと思います。「通りすがりさん>難しいなりに、可能性を探ってゆくべきだと思いませんか?>誰も不快にならない笑いも存在します。↑うんうん、だからさ、そうやって笑いを限定する必要性はないわけさ。限定してしまうと発想が萎縮してしまうわけでね・・・。(その辺がやっぱりお笑い実践者とは思えないんだよね、発想の仕方が。僕の<画像で一言>コーナーのお題にボケコメントくれません?だいたいあなたのセンスが分かるから)んで、僕の答えは、「どうでもいい!!」ということです。そんなものは臨機応変にケースバイケースだし、基本的に、あなたの言う「不快にならない笑い」もスベっていれば、見ている方は不快でしょう。それは個人の笑いの好みに左右されてしまいます。その意味で、それは机上の空論です。>明らかに相手は不快になるとは分かってるけど、これは笑いがとれる!イケル!というのはエンターテイナーとして安易で最低の部類としか言えません。↑今回の場合、明らかに相手が不快になるとは言えませんよね。現に、モーヲタさんからのクレームも今のところ来ておりません。よって、あなたの主張は非常に妥当性を欠きますね。しかも、僕は前回の文章で、「笑いがとれる」という発想だけでなく、「斬新な視点の提示」を目的としていたと書いたはずです。きちんと読んでください。>(晒されて不快になるであろう、ですけどね。当事者ではないので確かに私の推測の正義感が入っていることは否めませんが)↑そう、推測の域を出ないわけで、しかも、凄く矛盾しているなと僕が感じるのは、あなたは「不快にさせるのはいけない」と主張しておきながら、「辛辣に切り捨てるならまだマシ」とか言っちゃってる点ね。その辛辣さを包み込むのがユーモアの役割なわけですよ。根本的に、ユーモアに対する理解不足を露呈していますよね。(コレに関しては、nicocoさんも鋭いコメントをくれていますのでそちらも合わせて是非読んでみて下さい♪)>そして、一方的に晒しておいて、素人でもオイシイと思うべきだ、とは・・・・・身勝手すぎませんか?>国や政治も、芸人と同じく批判・批評されて当然の存在です。>それを全ての人に当てはめないでいただきたい。↑あなたがフォーカスしているのは、公的な存在か否かという観点ですね?それで、素人はよくないと言っているわけだ。でも、僕が取り上げたのは特定のモーヲタ個人ではなく、モーヲタという世間で認知された「公的な集団」のことですよ。個人の発言も時には登場しますが、全て匿名です。しかも、けなしているならまだしも、褒めています。何の問題があるのでしょう?何か、「表現の自由」とかそこら辺を危うくする抑圧的な発言に聞こえます。>自分から応募する素人とも違います。貴方と同じ考えの人ばかりではないんです。↑いや、飲み会とかでもお笑い芸人顔負けの人とか今多いでしょ。そういう人が少しでも増えたら良いなと僕は願っているんです。>そういうわけで、私のモラルでは、最低限を破っているとしか思えないわけです。↑モラルモラルって、あなたは道徳の先生か何かですか?(もしくは、PTA会長?)そういう発想が人生を自らの手でつまらなくさせるのが分からないんでしょうか?別に僕は、モーヲタを「尊敬する存在」と描いただけで、勝手に「バカにしている」と勘ぐったのはあなたなわけですよ。また、アメリカの政治家達を見れば分かるんですが、ユーモアのある発言が出来ない政治家は当選しないわけです。笑いのために、時にはセックスを匂わせる発言もしたりしますよ。あなたのそのモラルで、どのように笑いを誘うのか見てみたいものです。>公共の場で他人の私生活を晒して笑いものにしている人を注意するのに代替案が必要ですか?↑まず、僕という人間と代替案は一切関係ありませんので、非常に稚拙な発言です。僕は、批判という行為に対して同時に代替案の提示が必要だと言っているんです。モラルのない人間にはモラルなど持ち出す必要もないということですか?モラルを主張するあなたが、そんなモラルの無い発言をしてどうするんです!!あなたはもしや、可哀想な人ですか?また、その発言は自分に自信の無い人間の、単なる「逃げ」でしょう。「口だけ」の人間であることを暴露したに過ぎない。あなたはいつまでもそうやって保守的に、安全なところで人を非難していればいい。>最後に。>紅影勇輝さんが本当に(一発限りのネタではなく)今後モーヲタを演じて楽しむのでしたら、「見下している」発言等については撤回し謝罪させていただきます。>本気のバカということで。あ、「フリ」ですね。ちょっとは笑いが分かってるじゃないですかぁ、通りすがりさん!!モーヲタへの参加ね♪そうそう、僕は本気のバカだから、じゃ、お言葉に甘えて、早速、ピンクの特攻服でラブマシーンでも踊りに・・・、って、なるかボケっ!!(くだらんノリツッコミをさせやがって)参加はしたいけど、あなたに言われてやるのは嫌です。それはそうと、とうとう出てしまいましたね、「本気のバカということで」発言!!モーヲタを心から見下しているのはむしろあなたの方でしょう?え?え?あなたのモラルでは、その発言はモーヲタに対して失礼にあたるのではないですか?(僕のモラルではジョークで済みますけどね)ついに正体を現しやがったな!!このPTA副会長め!!死ね!!死ね!!お前みたいな奴はモーヲタに死んで詫び入れろ!!お前みたいなもんはなぁ・・・お前みたいなもんはなぁ・・・世界の中心で、アイダホを叫んでしまえ!!お前みたいなもんはなぁ・・・お前みたいなもんはなぁ・・・引田天功にイリュージョンで消されて、出てこれなくなってしまえ!!お前みたいなもんはなぁ・・・お前みたいなもんはなぁ・・・レストランのスパゲッティーとかの見本についてるフォークになってしまえ!!(→ちょっと浮いてるから)お前みたいなもんはなぁ・・・お前みたいなもんはなぁ・・・(めちゃ泣きながら・・・)「世界に一つだけの花を咲かせろ!!」まぁ、是非あなたのサイトのURLを知りたかったんですが、嫌だと言うならしょうがない(別に変な書き込みとかはしませんよ)。あるいは、以前どこかで僕がトラバしたサイトの管理人さんかもしれません。とにかく、あなたの持っている思想を知ることが出来ない以上、未知の人物との更なる議論は無意味でしょう。「で、結局どうなったの?」というそこのあなた!!僕のブログの基本スタンスは今まで通りとさせて頂きます。これからも、ヨロシクね☆さて、最後に、ネタばらし。この特別編は全部、ある意味でコントだったという話をしましょう。長々とここまで引っ張ってきてしまいましたが、結局、通りすがりさんの言いたかったことはこれに尽きます。「あなたの記事は笑えなかった」これについて僕は、こう答えましょう。「ゴメンなさい!!」もっと頑張らないかんな、と思う今日この頃の紅影勇輝です。ま、議論については、将棋の指し合いを見たとでも思ってください。王手、王手の掛け合いみたいなね。勝った負けたはこの際どうでもいいでしょう(笑)。この中にも皆さんがそれぞれに何かを感じ取って頂ければ、それで意味があったのだと思います。では皆さん、最後は、僕の好きなこの言葉でお別れ致しましょう。「愉快なことを理解できない人間に、世の中の深刻な事柄が分かるはずがない。これが、私の信条である」 (ウィンストン・チャーチル)良い言葉ですね。さすがイギリス元首相!!←「真剣十代しゃべり場」の雰囲気が味わえた、という人はこちらをクリック!!
2005/05/26
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先日ですね、僕の問題作「モーヲタ生態学」に対して、批判をしてくれた方がいまして、今回は、その時のやりとりを取り上げることによって、この「モーヲタ生態学」への皆さんの理解が一層深まるのではないかという意図の下、今回の記事を書かせて頂きました。<モーヲタ生態学>←まだ読んでいない方は先に読もう♪<モーヲタ生態学2><モーヲタ生態学3>最初に断っておきますが、今回の特別編は、投稿者のことを僕が批判し返して、記事として晒し者にしようという意図はありません。あくまでも、様々な見解があって良いという前提の下、皆さんにも色々と考えるきっかけにして頂きたいという思いで書きました。また、これによって僕のブログの方向性をより明確に打ち出せるのでないかという期待もあります。そもそも紅影勇輝は「批判」というものを、それだけ注目されたんだ、とプラスに解釈し、●褒め言葉と捉えているが故に、これからも度々、そういったコメントを記事にしてしまうことがあるかもしれません。その際には、批判的なコメントを投稿された時点で、そのコメントは僕との共有物となりますので、「勝手に記事にするな」などのクレームはご遠慮頂きたく思いますでは、始めましょう。まず最初に、「通りすがりさん」からこういった投稿がなされました。「ネットで公開している以上、賛否両論は覚悟の上かと思います。本当は見下しているくせに、取り繕うかのような姿勢に不快感・嫌悪感を覚えます。慇懃無礼。まだ辛辣に斬り捨てるほうがマシというものです。いいことも書いてありますが、総合的に反感を覚えましたのでコメントさせていただきました。」それに対し、僕はこう答えました。「通りすがりさん>ネットで公開している以上、賛否両論は覚悟の上かと思います。↑あ、モーヲタの方でしょうかね。これはどうも>本当は見下しているくせに、取り繕うかのような姿勢に不快感・嫌悪感を覚えます。慇懃無礼。>まだ辛辣に斬り捨てるほうがマシというものです。↑うーん、斜に構えて物事を見すぎじゃないですか?僕は本当に見下してはいませんよ。「まだ辛辣に切り捨てられる方がマシ」とおっしゃられていますが、実際、本当に切り捨てられたらもっと不愉快になるはずです。だったら笑い飛ばす方が楽しくないでしょうか?お笑い芸人たちなどを見れば良く分かると思いますが、ここでは「オイシイ」という発想が不可欠です。>いいことも書いてありますが、総合的に反感を覚えましたのでコメントさせていただきました。↑なるほど。そういった意見も大歓迎です。人それぞれ感じ方は違うわけですから。ただ、僕のような考え方もあるということだけはご理解頂きたいと思います。不愉快な思いにさせてしまった点につきましては、お詫び申し上げます。」これに対し、「通りすがりさん」はこう返答して下さいました。「残念ながら私はモーヲタではないので、モーヲタの彼らがコレを見てどう思うかは断言できませんが、不愉快になると予想しているわけですよね。それが笑い飛ばされていたら愉快になるとでも?私個人の感想ですが、辛辣な批評だけなら、そう考える人もいるんだ仕方ないと流しますが、尊敬するなどと言いながら晒されて笑いものにされれば「ふざけんな」と思わざるを得ません。貴方がなんと言おうとも、ソレは一般的には見下している以外の何物でもありません。「アンタすごいよ。俺にはそんなアホなことできねぇ」と笑われているようにしか思えません。それはとても不快なことです。お笑い芸人の「オイシイ」は、彼らがお笑い芸人だからこそです。「オイシイ」と思われたいからこそ、自分を貶めてでも芸にします。それが貴方は自分についてはむしろ「実は僕は運動神経にはかなりの自信があって」と優位性を強調し、一般人の「モーヲタ」の言動を貶めています。お笑い芸人が嫌がる素人をいじって笑いをとっているのと同じです。他人の行動を観察して笑いを誘うというのも芸のひとつです。ですが、実在の特定集団を対象としたこうした切り口は非常に相手に失礼、かつ、安易で最低の芸だと思います。ヘンな人の言動を面白おかしく話すのは、笑いがとれますよね。カンタンですよね。あなたにとってはオイシイでしょうが、無関係の他人を晒し何を言ってもいいんでしょうか。むしろ、あなたは仕事としてコンサートの警備につき、お客様である彼らのお金がアルバイト料になるんでしょう?二度オイシイですか?現に絶賛なコメントを残す方もいらっしゃいますし、TVの一部の芸人でも当たり前です。そのような考え方であるならば、そうですか、と言うしかありません。私は、笑いとは、誰にも不快感を与えないものを目指すべきだと思っています。」<字数制限を越えてしまったので、モーヲタ生態学・特別編2へはコチラをクリック>
2005/05/25
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<「モーヲタ生態学・特別編1」を読まれていない方は先ずコチラから>こういう風に考える方って結構いらっしゃるかと思います。それに対して、僕はこう返答します。(字数の都合で、コメント欄には入りきらなかったので、ここで初投稿となります)「通りすがりさん貴重なご意見どうもありがとうございます。こういった意見も自分の文章を見つめ直す良い契機となるので非常に感謝しております。さて、まず最初に貴方の意見を読ませて頂いて、僕とは人生観が大きく違うのだということを感じました。あなたに言わせると僕は「アンタすごいよ。俺にはそんなアホなことできねぇ」と見下しているとのことでしたが、そもそも「アホ」や「バカ」であることはそんなにダメなことでしょうか?僕にはむしろ「バカ」な行為は凄く魅力的に映りますし、なんだったら僕も一度はモーヲタに加わりたいと思ったりもしているくらいです。(僕はサイト内で「バカ」を目指そうということを何度も提案しています)<「バカの壁の向こうには・・・」><「頭の良い人、悪い人の話し方」~【裏】取り扱い説明書~>少し話が脱線しましたが、僕は「モーヲタ生態学2」の中で「モーヲタはモーヲタを演じている」ということを述べました。つまり、彼らはある程度自分たちを客観視出来ているということを僕は感じたわけですね。彼らはそれでもなお、モーヲタであることを楽しんでいると思うわけです(モーヲタパーティーの紹介文を見ても分かりますが)。なので、この程度の文章で不快になるモーヲタさんは少ないと私は考えておりました。この記事に関して一番誤解なさっていると僕が感じるのは、この「モーヲタ生態学」は、つまり、「モーヲタをこういう風に見ると魅力的じゃないですか?」という僕なりの提案をしたものなわけなのですね。そして、普通に書いたら、「こういう特殊な人達がいますよね」で終わりのところを、何とか理解可能なところまで落とし込みたいという僕の願いも込められています。そういった新しい視点や斬新な切り口を僕なりに提示出来たという部分においてはこの記事が全く無意味だったとは思っておりません。それを、「つまらん」と否定されるぶんには個人の自由ですが、「安易で最低の芸」と非難されたとあっては、お笑いブログを運営しているこちらとしても黙ってはおれませんので、以下にあなたの主張を反論させて頂きます。>私は、笑いとは、誰にも不快感を与えないものを目指すべきだと思っています。思うのですが、最終的に不快になることを選択するのは自分自身の判断だということです。相手によって感情が左右されてしまうと考えられているのでしょうが(また、そういった面も全否定はしませんが)、むしろ自分自身の受け止め方が一番大事になってくると僕は考えるのです。現に楽しんでくださっている方が多いわけで、どちらを選択するのかも結局はあなた次第なのではないでしょうか。(もちろん、だからと言って何を言っても良いのだというわけではない)失礼ですが、あなたは「笑い」というものをあまりよくご存知ない方のようにお見受けします。(僕も、自慢するほど詳しくはないが・・・)例えば、チャップリンなどで有名な社会風刺を込めた笑い「サタイアー」や辛口のけなし言葉による「ブラックジョーク」という分野は、ユーモアの世界では広く認められているわけですよね。チャップリンなどは、国や政治をバカにしてまで笑いを取っているわけです。そういったものを笑えないのは、僕としては非常に残念に思えてならないのですが、そういう方たちもいらっしゃるという事実は心得ているつもりです。よく考えて欲しいのですが、そもそも「誰にも不快感を与えない」などという行為が本当にあるのでしょうか?現に、あなたのしている批判行為は、僕を不快にさせる可能性もあるわけですよね。(僕は怒っていませんが・・・)あなたはその矛盾に気が付いておられますか?また、仮に相手を褒めたとしても、それがお世辞や嘘だと思って傷つく人だっています。確かに、最低限のモラルは必要になってくるでしょうが、「相手が傷つかないもの」といっても、それは本当に計算しきれるものなのですか?万人ウケなどということをそこまで気にしながら文章を書くことが果たして良いことなのでしょうか?そこまで素晴らしいことでしょうか?非常に疑問です。>貴方がなんと言おうとも、ソレは一般的には見下している以外の何物でもありません。一般論を持ち出されてもそれは筋違いです。お笑いブログと称しているわけですし、しかもこの文章は敢えてコント形式で書いています。アニメや漫画のように、ある種現実世界を超えたところで話を展開しているので、著者はエンターテイメントの一つとして書いております。その場合、どう見たら読者は一番楽しいのだろう、という部分が焦点となりますので、それは見下しているのとは別の次元の話です。>お笑い芸人の「オイシイ」は、彼らがお笑い芸人だからこそです。素人もそういう意識を持つべきだと考えますし、現にそういった人たちは増えてきています。なので、お笑い芸人のみの発想であるとは特別考えませんし、考えるべきではないと思います。>むしろ、あなたは仕事としてコンサートの警備につき、お客様である彼らのお金がアルバイト料になるんでしょう?>二度オイシイですか?繰り返しになりますが、僕は彼らを見下しておりませんし、ある点においては本当に尊敬しています。あなたの尺度で全てを当てはめられても、こちら側も困ります。また、仕事としてやっていたからこそ分かる実体というものがあり、それを楽しくお伝えすることが悪いとは思えません。非常に根本的な話をします。実際、他人を否定的に批評することは凄く安易なことだと思うのです。しかも、それを通して批評した本人は、その作者よりも自分が優位に立ったような気分になれる。ある意味で、ズルい行為な訳ですね、批判と言うのは。しかも、それにはほとんど何の労力もいらないわけで・・・。また、本当の批評家精神というものは、批判したものとは別の●代替案を提示出来て初めて成り立つものだと僕は考えています。気になったのは、あなたはモーヲタを擁護しているように見えて、モーヲタに対する自分の見解は一つも述べていないということです。それも、自分の優位性をただアピールしたかっただけのように見えてしまった原因の一つです。だからその意味で、あなたがいくら笑いについて語ろうと、実際に笑いが取れる人間であるのかという部分も不確かですし、したがって、この意見は真摯に受け止めるには少し足らない部分もあり、参考にさせて頂くというところに留まりざるを得ません。もしご自分のサイトをお持ちであるならば、よろしければURLをお書き頂けませんでしょうか?あなたがどの程度のクオリティーで文章を創作されているのか個人的に興味があります。」以上です。さて、皆さんはどのように感じられたでしょうか?僕の発言が多くなってしまっているのが非常に申し訳ないのですが、出来るだけ客観性を持たせたつもりです。で、ぶっちゃけこういうの、僕は嬉しいわけです。とりあえず本音をぶつけてくれているのは間違いないわけですし、とうとう僕のブログもここまで来たかって感じで♪(単なる誹謗中傷はお断りだけど・・・)賛否両論があるのは当然のことだと思います。是非、皆さんがこれについて感じられたことや考えたこと、「私はこう思う」ということを忌憚なくコメントして頂ければ幸いです。では、本日は以上!!←「真剣十代しゃべり場」の雰囲気が味わえた、という人はこちらをクリック!!<特別編3へつづく!!>
2005/05/25
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<本日の画像で一言>「よし!!俺、決めた!!今日からスマップ抜けるわ・・・」←たわごとはさて置き「森君、今頃どうしてるかな・・・」と思ったあなたはクリック!!※俺(アタシ)のがもっと、面白いコメント付けられるという人は是非コメント欄へどうぞ!!(過去の<画像で一言>のやつも同時募集中)今日、友達と近所のスーパーへ行った時、僕が酒のつまみなんぞを探していたら、友達がカップラーメンから剥してきた「270円」と書いてある値札を僕に貼って「おお、お前、270円じゃん!!」とか言ってきました。無視しました。どうも、紅影勇輝です僕がフリに乗らないのは、よっぽどのことなのです。でも、これに乗ってしまうと、お互いがケガをするのです・・・。さて、今日も充電期間中でございます。現在、読みたかった本を片っ端から読んでおります。というわけで、昨日に引き続き、僕の自作の愛のポエムをお送りしたいと思います。今度こそ、自信作です!!「開かずの踏み切り」君と別れて もう2年の月日が流れた移ろいゆく 時のいたずらに僕と君は 遠くの人になったみたいだそんな君が 今日、僕に話したいことがあるって?ああ この踏切の向かい側に君が待っている何を話せばいいんだろうまだ 僕は君のことが好きなのかもしれない電車が駆け抜けてゆく もう6台目踏み切りはまだ 開かない・・・向かい側で 手を振りながら少しだけ微笑む君君は あの時のままなんだろうか突然 僕に別れを切り出したけれどでも 今は何故か出会った頃を僕は思い出している電車が駆け抜けてゆく もう7台目この踏切って もしかして壊 <興味がないので、以下を削除させて頂きました>(楽天広場)※なお、このようなことが続くようでしたら、当方としても考えがございます。←見え透いたシャレに同情してくれた君は、ここをクリックしたらいい。
2005/05/24
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<本日の画像で一言>「猫まっしぐら、・・・・・って、おい!!」←「ま、ま、これくらいしかボケようがないやろ」という方はクリック!!※俺のがもっと、面白いコメント付けられるという人は是非コメント欄へどうぞ!!(過去の<画像で一言>のやつも同時募集中)今日、街で見かけたカップルのやりとりです。男「あ~、最近暑くなってきたなぁ・・・」女「そうだねぇ、もうすぐアツだもんねぇ・・・ナツいよねぇ・・・」男「あははは。それを言うなら夏は暑いだろ?ベタベタだな」それを聞いていた僕は、こう言ってやりたくなりました。二度と俺より面白い発言すんじゃねぇ!!漫才の基本中の基本を押さえている彼女のポテンシャルの高さに嫉妬したのであります。どうも、紅影勇輝です皆さん、もうお気づきかと思うのですが、最近ですね・・・、僕の日記が長いんですよ!!異常に。長すぎるんです。皆さんも、もうかなりうんざりされているかと思うんですが、何よりも、俺自身がうんざりしとるわっ!!というわけで、書きたいことは山ほどあるわけですが、今日は短めに終わらそうと思っておるのです。やっぱり、ブログの執筆にも充電期間は必要なんじゃないでしょうかね。よし、充電しよう、充電っ!!なんで、もう、手っ取り早く、僕の自作の愛のポエムなんかで片をつけたいと思います。自信作です!!「あのマンホールに落ちそうな君」ああ 君のその瞳に映る僕は時折 全ての寂しさを癒せると錯覚している僕のせいで見せた 君の涙のしずくにほら僕は 赤マジックで落書きをしているんだ道端に咲いた沈丁花を眺めながら歩く僕ら工事中のマンホールが見えるもう あの時の嘘を 君は許してくれないの?ああ 工事中のマンホールだ僕らの恋の落とし穴後ろばかりを振り返りながら いつも歩いていたよね危ないって言ったのにだから君は あのマンホールに落<詩の途中ですが、幹部命令により、以下を削除させて頂きます>(楽天広場)←「帰る家があるのは素晴らしいことだ」と思う君はここをクリックしたらいい。
2005/05/23
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過去、天才と呼ばれる人たちの多く、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチやモーツァルト、アインシュタインなど彼らは一様にして●左利きであったそうだ。しかし、僕はといえば、生まれてこのかた右利き。天才への道をことごとく閉ざされていると言って良いだろう。でも、「天才」って凄く憧れますよね。とにかく響きが良い。それに、何か輝いとるもんね。というわけで、僕は先月あたりから「左利き」ということになっています。というか、自分にそう思い込ませております。最近は、字を書く時も歯を磨く時も、箸を持つ時も全部左手でやっております。そう、もう僕は完全に「左利き」気取りなんです。というかもう、僕は「左利き」なのです。どうも、天才の紅影勇輝(こうえい ゆうき)です←完全にバカ(先ず最初に、皆さんに「残念」なお知らせがございます。いつものように、この日記がかなり長くなってしまったのです。9600文字とかあるのです。バカだから簡潔に述べられないのです。みんな、そろそろ慣れてね~(ToT)/~~~)ところで、皆さんはこういう人たちを見かけることはないだろうか。●何をやっても中途半端●最初だけはやる気があるが長く続かない●強いコンプレックスがあり、劣等感にさいなまれる●完璧でない●全てを許すことが出来ない●「頭が良い人、悪い人の話し方」を書いた樋口裕一さん(ジョークです^^)<詳しくはコチラの「頭の良い人、悪い人の話し方」~【裏】取り扱い説明書~をクリック>そして僕は、彼らのことをこう呼んでいる。●残念な人彼らのこと、などという表現をしてしまったが、何を隠そう僕自身も「残念な人」であることは間違いない。また、皆さんの大多数の人たちは「残念な人」だろうと思う。今回は、この「残念な人」の存在意義と価値について考えていこうと思う。では、そもそも、この「残念な人」とは一体何なのか?そのことについてまずはお話していこう。まず、皆さんの良く知るところでは、TVの中でよく見かける「残念!!」などと叫んでいるお笑い芸人が思い当たるでしょう。そう、波田陽区のことである。もちろん、彼自身も残念な人であることは間違いないのだが、彼のあのネタが、あれほどまでに多くの人を斬ることが出来、また、圧倒的多数の視聴者の支持を得られたのは、人間の要素の中には、誰にでも「残念」な要素が含まれているからだろうと私は考える。それは芸能人とて同じことで、ひいては過去の天才的偉人たちや長者番付に載るような大成功者とて同じことだろうと思う。我々は皆、「残念な自分」を抱えながら生きている。もっと言えば、「残念な自分」と折り合いをつけながら生きている。特に、僕なんかは「残念な人」の代表格ではないかとさえ思うのだが、何をやってもそこそこという器用貧乏なのである。サッカーをやっていた頃はキャプテン翼の10番をもらったこともあったし(弱小チーム)、テニスでは、部の男子で初の県大会に出場したこともある(一回戦で敗退)行っている大学は、東京6大学の内の一つではあるが、第一志望の大学には落ちた。しかも、僕はとにかく色々なことに興味があって手当たり次第にやるので、何でもそこそこは出来るのだが、はっきり言って、極めたものが一つもないし、●誇れるもんもねぇ!!しいて言うならば、「バカ」であることを誇ろうと今、賢明に頑張っているところだ。そんな僕なのである。そんな「残念」っぷりをいかんなく発揮している僕なのである。(波田陽区には斬殺されてしまいます・・・)それを踏まえて頂いた上で、次に、私が「残念な人」という言葉に抱いているイメージをもう少し詳細に述べていこうと思う。例えば、仏教で「十界論」というものがある(拒絶反応を起こす人は、ここは読み飛ばしていいよん♪)。詳しい説明は割愛させて頂くが、その中で、七番目に素晴らしいとされる次元で、お釈迦様の説法をよく聞く人達として●声聞界というものがある。彼らはお釈迦様の説法を熱心に聴く人達なのだが、お釈迦様に「テメェらは、一番悟りから遠いんじゃ!!ボケがっ!!」と言われてしまう。頑張っているのだけれど、それが裏目に出てしまう人、あとちょっとの人、詰めの甘い人、すんでのところで他人から評価されない人、それらを僕は「残念な人」とイメージしている。次に、「残念」というワードで辞書を引いてみた。【心残りなこと。未練のあること。口惜しいこと。無念】とある。次に、その中の「口惜しい」というワードで引いてみる。A;【価値あるものが駄目になったり、期待通りの真価が発揮されなかったりするのを残念がる気持ち】B:【見る影もない状態である。何の取柄もないない。言うに足りない。つまらない】と、大きく分けて2通りの意味が出てきた。辞書では、上に記載されているものほど常用されている使い方とされるので、ここではAの意味の方が重要視されると考えて良いと思う。さて、ここで気付いて欲しいのは、Aは非常にプラスの意味、Bはかなりマイナスの意味という事実だ。そう、「残念」というワードは矛盾するプラスマイナス二つの意味を抱含している。つまり、●アウフヘーベンした言葉であるということなのである。<アウフヘーベンを詳しく知りたい方はコチラの「そばめしの発想から抜け出しやがれ!!」をクリック!!>それだけ「残念」という言葉はダイナミックな言葉なのだ。そして、ここで僕が主張したいのは、AもBも、●どちらが良い悪いではない!!ということだ。皆さんにも、「残念」な部分は一杯あると思う。僕も前述のもの以外にも「残念」な部分だらけだ。一般的には、Aのプラス思考がとても奨励されることが多いが、Bのマイナス思考も、実はなかなかどうしてかわいらしいし、別に卑下されるものでもないと思う。また、自分の「残念」と思う部分で、Aで取れるものとBでしか取れないものというのがあるだろう。ちなみに僕は、その全てを受け入れるべきでだと考える。特に、Bに関しては皆さん、なかなか受け入れ難いかもしれない。その場合には、そう、波田陽区がやっているように、●笑い飛ばすという方法論が有効だ。(頑張れるという人は頑張って克服しよう♪)だから笑いとは偉大なのであるし、波田陽区は世の中に偉大な貢献をしていると思う(ちょい言いすぎかもね♪)したがって、波田陽区に斬られた芸能人で、「笑ってない奴」あるいは「笑顔が引きつっている奴」というのは、Bの意味をまだ自分の中で消化しきれていないのだ。僕は、そういう人たちのことを●可哀想な人として新たにカテゴライズしている。一般に「痛い人」などとも呼ばれ、ほぼ同義である。往々にして、イジリにくい、絡みづらい、などと言われ、同情する以外にリアクションの取りずらい悲しい人たちのことである。皆さんは、この「可哀想な人」にだけはなってはいけない。そのためには、AとBを受け入れるか乗り越えるかをしなければいけない。そして、「残念な人」を離れ、自分の中で卒業しなければいけないのだ!!つまり、「残念な人」とは通過点だ。「残念な人」とは可能性なのだ!!さて、ここで少し、生物学的な面白い話をしましょう(岡本史郎さんという方の本から引用しています)。アリの社会での話です。アリの社会は20%の働くアリと80%の働かないアリで構成されているそうです。これは、仮に80%の遊んでいるアリにいたずらをして一部を取り除いたとしても、今度は20%の働くアリから遊ぶアリが現れて常にバランスが保たれるそうです。これは世の中の全てのものごとに当てはまる法則なのだそうです。そう、ビジネスをやっている方々はよくご存知だと思いますが、一般に「80対20の法則」や発見者の名をとって「パレートの法則」などと呼ばれ、商品の管理や販売に広く応用されている法則なのです。働くのが良いのか、遊ぶのが良いのかという議論はここでは一旦置いておいて、この20%と80%の違いを心理学的に見てみると、80%の内の60%の人たちは、「変わらなきゃ」と思うんだけど、言うだけで変わらない人たち、80%の内の20%は、「このままでいい」とテコでも動かない人たち、となるんだそうです。これって結構、耳が痛い話じゃないですか?これを僕の話とすり合わせて人間界に置き変えると、前者の60%が「残念な人」後者の20%が「可哀想な人」となってくるわけです。じゃあ、その「残念な人」や「可哀想な人」を卒業したら何になるのかって?残りの20%はなんなのかって?それはね、他の誰でもない、●君自身になるんじゃないでしょうか。ま、詳しくは僕も「残念な人」なんで分かりません。だから、「残念な人」であることを悲しむことはない「残念な人」であることを誇りに思ったらいい。出来ることなら、一緒に最高の「残念な人」ライフを楽しもうじゃないですか。もしかしたら、「残念」であることが一番楽しいのかもしれませんし。そして、もしかしたら人類の「残念」は、永遠に終わらないのかもしれません。人は完全な存在にはなり得ないのでしょう。誰もがどこかで「残念」な部分を抱えており、「残念な人」なのです。その意味で、全ての人が中途半端であり、人生という旅の途上だと言えるのでしょう。なんて哲学的な含みを持たせつつ、以上、「残念な人」よ永遠なれ~その存在価値と意義~でした!!(ちょっと今日の文章、支離滅裂かもしんない・・・パーッと書いてしまったので。後で補正したいです。疑問点などあれば是非指摘してね☆)←ちょっとでも「なるほど」と思った人はクリック投票でランクアップ!!
2005/05/22
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「キリンさんが好きです。でも、ゾウさんの方がもっと好きです☆」「へ~、細長いもんが好きなんや。自分、どスケベやな・・・」←世界中のちびっ子を敵に回す僕。良い子は真似せずコチラをクリック!!いやぁ、今日は書きたいテーマがあったのに、時間がなくて書けねぇよ!!「時は金なり」などと申しまして、時間とは、本当に貴重なものですよね。こんな時、「一日が30時間あったらいいのに」とかぶっちゃけ思います・・・。皆さんも、よくそんなこと思ったりするんじゃないでしょうかね?でも、実は、一日が30時間もあったら、昼は太陽熱で暑くなりすぎたり、夜は冷えすぎたりと、環境に支障をきたしてしまうらしいんですよ。だから、誰が決めたか、一日は24時間というのが絶妙のバランスらしいのです。などと、豆トリビアで間をもたせつつ・・・。ああ・・・、時間さえあれば、この記事もちゃんと執筆出来たし、そんなこと言い出したら、読みたい本もたまりにたまっているのですよぉ!!(最近、ブログの執筆で僕の読書時間が削られてきておるのだ・・・。つっても、1~2時間程度か・・・。今日は、録画しておいたTVなど見てたからいかんのだ!!)皆さん、オナニーなんかしてる場合じゃないんですよ!!時は金なりなんですから。もっと有効なことに使わなきゃ。え?例えば?例えば・・・、●セックスしたりそれから、●セックスしたりあ、あとそれと、●セックスしたり「セックスばっかりかい!!」とは敢えて僕からはツッコミませんので、皆さんが各自で処理してください。でも、現在、彼女のいない僕は、セックスが出来ないわけで・・・。かといって、風俗へ行く金もないわけで・・・。オナニーして、さっさと寝よ!!(ベタなネタ&オチでどうもすみません困った時に下ネタは僕の悪い癖なのです)というわけで、今日書きたかったテーマは、明日の日記で書くことにしますね~☆非常に申し訳ないですが、本日は、以上!!(初めて来られた方は、トップページのオススメ日記でも読んでいってくらはい♪)←クリック投票にご協力を!!
2005/05/21
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今日の夕食での妹と母の会話です。妹「この味噌汁残すわ・・・」母「何でよ?」妹「だって、もうお腹いっぱいだもん」母「食べなさいよ」妹「嫌だ・・・」母「食べなさいって言ってるでしょ!!」妹「嫌だ!!」母「もう、アンタみたいな子はねぇ、世界中でどれだけの人達が飢えで苦しんでるのか知ってるの? アンタみたいな子供はねぇ、アレを見なさい!!アレよ、あの村のやつよ。」妹「何よ・・・?」母「えーっとね・・・・●もしも100人の村の子供達が、100人だったら!!そのやりとりを聞きながら僕は「今日の味噌汁うまいね・・・」と一人微笑んでおりました、どうも、紅影勇輝(こうえい ゆうき)です(今日の日記は制限一杯の1万字あるので、気合入れてから読んでね☆)←1万ヒット記念(笑)さて、今回は、ベストセラー著書である「頭の良い人、悪い人の話し方」(樋口裕一著・PHP新書)をテーマとして取り上げてみたいと思う。というのも、僕はこの書物を非常に素晴らしいと思っているからであって、まず結論から言ってしまうと、この本は「お笑い」好きの全ての人たち(そこにはお笑い芸人や落語家、放送作家の方々も含む)にとって、間違いなく●買いだからである。と、ここで皆さんは「どういうこと?」と疑問を持たれたことだろう。それを説明してゆくためには、まず、僕がこの著書に対して持っていた先入観を聞いて頂いた上で、それを僕がどうやって打ち崩していったかというプロセスを知って頂く必要があると思う。それをこれから、順次説明させて頂きたい。まず、僕はこの「頭の良い人、悪い人の話し方」という著書が売れに売れているということはかなり前から知っていた。だが、以前に一度だけこの本を書店で開いたことがあって、その時は「前書き」と「目次」を読んだ時点で本を閉じたのである。その時に僕が感じたことを簡潔に表現すると、●めちゃサブい本正直、そのように感じたのだ。だってね、考えてもみて頂きたいのだが、そもそもタイトルが、「頭が良い人、悪い人の話し方」て!!ありえへんやん、そんなん。そもそもがさぁ・・・著者のお前が頭良いの前提になってるやんけっ!!「調子乗っとんなぁ、樋口裕一さんよぉ・・・」ってことなわけですよ。思いません?考えてみればこんなにサブいことはないわけです。「うわぁ・・・、この著者、自分が頭良いと思っとるわぁ・・・」ってなるわけですよ。下手したら世間から「サブッ!!」の一言で終わってもいい本だと思ったんです。しかも、「頭を悪く見せないための方法論」を説いているらしく、もの凄く「外面的」なテーマで、底の浅そうな著書に思えました。正直、何で売れているのかがかなり疑問でした。で、まぁ、僕なりにその理由を考えてみた結果、一応は、●人間のコンプレックスを巧みについたからというところに落ち着いたわけですが、でもどうもしっくりこなかった。でね、その辺がどこか心に引っ掛かっていた僕は、今日たまたま、座って本を吟味することが出来る大手の書店に寄ったので、20分くらいかけてこの著書を流し読みしてみたのですね。そして、もうほとんど最後まで読み終えようかという時に、あることに「ハッ」っと気付いたんです。そして、気付けば僕は、この著書を片手にレジへと向かっていました。即買い!!そう、ここでの「気づき」こそが、今日のテーマである、●「頭の良い人、悪い人の話し方」~<裏>取り扱い説明書~となってくるわけなのです。では、それは一体どういった気づきだったのでしょうか?まず、僕のこの「気づき」を受け入れてもらう為には、皆さんの既成概念を取っ払ってもらう必要性があります。養老孟司先生のおっしゃられた「バカの壁」を越えていく必要があるのです。僕は以前に、2元論的なモノの見方や発想を打ち破って、●アウフヘーベンしていく発想が今の世の中に求められているのではないかということを日記で述べました。<詳しく知りたい方はコチラの「そばめしの発想から抜け出しやがれ!!」をクリック!!>お気づきの方もいらっしゃることと思いますが、この著書は、まさに●「頭の良い人」と「頭の悪い人」という典型的な2元論で思考を組み立てていくことで成り立っている書物なのですね。なので、普通にこの本を読んで鵜呑みにしてしまう人は、著者の偏った思想を植え込まれてしまいます!!基本的にこの本は「禁止事項」の羅列で成り立っているのですね。例えば、分かり易いところで少し内容を取り上げてみると、頭が悪く見えてしまう行動として、●根拠を言わずに決め付ける●ケチばかりつける●何でも勘ぐる●感情に振り回される●低レベルの解釈をする●自慢ばかりする●バカでよいと居直るなどの禁止事項がある。これらは確かに、みなさんも良く目にする光景ではないでしょうか。と、ここで僕はみなさんに問いかけたい。果たしてこれらは、本当にやってはならない行為なのでしょうか?僕にとってこれは、疑問以外の何ものでもない。僕から言わせて頂ければ、これらの行為はむしろ、●積極的にすべき行為であると思うのです。(これは、著書の中のほぼ全ての禁止事項に当てはまります)。例えば、先の事例を、こう言い換えてみたらどうだろう。●根拠を言わずに決め付けてみよう●ケチばかりをつけてみよう●何でも勘ぐってみよう●感情に振り回されてみよう●低レベルの解釈をしてみよう●自慢ばかりしてみよう●バカでよいと居直ってみようそう、全部を「~してみよう」という奨励語に変えてみるのだ。そうすると、アラ不思議。●笑いのノウハウ本のに早変わりなのである。この著者は、根が生真面目なので結構細かいところまで、バカに見える手口を明らかにしてくれている。したがって、バカの壁の向こうにある、●バカの山脈を目指している我々にとって、その著者の発見したバカに見える手口というのは、逆手に取ってしまえば「使える」もので、迎合すべきものなのだ。<詳しくは、「バカの壁の向こうには・・・」を参照>こうして考えてみると、全くその行為を禁止する必要性がないことに気付かされます。その、「頭の良い行為」とか「頭の悪い行為」などという低次元な2元論を見事打破して、●「笑い」というものに昇華されアウフヘーベンされるわけなのです。と、ここで議論のすり替えだ、という人たちが出てくるかもしれない。確かにこの著書は、行為を当事者が意図していない場合のことについて、つまり、●天然でやっている人たちのことを前提として書いておられる。つまり、この本を書いた著者の意図は、「最低限、天然のバカに見られないように、もう少し意識を持ちましょう」ということだったと思うのだが、賢明な読者の方ならばもうお分かりの通り、この文章では、そのさらに先を目指すことを提案している。そもそも、バカに見られないように頑張って意識してみたところで、何の人間味も面白みもない人物に仕立て上げられるのがオチである。だったら、むしろ、●逆をいけ!!そう、●バカになれ!!ということを私はここで主張したい。だって、その方が楽しい。その方が素敵だ。そう思いませんか?(あれ、僕だけ?)「醜い利口よりも、綺麗なバカであれ」と言ったのは、かの極真空手の創始者である大山倍達であり、この言葉は私のモットーでもある。だから、この記事を読んでいる皆さんも、この著書の禁止事項に敢えて従ってみて、バカの山脈を登ってみてはいかがです?あなたの新たな新境地が開けることを、僕は確信しています。そういった意味で、反面教師的に、この本は素晴らしい本になり得るのです。コツは、「少し大げさにやる」ことです。さっきの、「バカでよいと居直ってみよう」という部分だったら、もっと大げさにして●「バカであることを誇りに思ってみよう」と、このくらいの意気込みとバカらしさが欲しいところです。私としても、この本の内容を絶対に鵜呑みにするなとは言いませんが(鵜呑みにしても良い箇所もあります)この<裏>の使い方を知っておけば、この著書を何倍にも楽しむことが出来るでしょう。そういう解説書を僕が出版したいくらいです(出版社さん見てる~?見てないか・・・)。だからつまりね、考え方を変えれば、この本は、最近お笑い芸人たちがよく出す●ネタ本と大差ないわけですよ。結局、この本は「あるあるネタ」を書いているわけですから。(あるある探検隊とかのやつね)それでは、長くなってしまいましたが、皆さんのご健闘を祈ります!!共に、バカの山脈を登りきろうではありませんか!!以上、「頭の良い人、悪い人の話し方」~<裏>取り扱い説明書~でした!!↑まだ読んでいない「お笑い」好きの人は、即買いだっ!!←ちょっとでも「なるほど」と思った人はクリック投票でランクアップ!!
2005/05/20
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早速ですが、質問です!!今日は、何の日でしょうか?チッチッチッチ・・・・。ブー!!正解は、●血染めの木曜日は????と思ったあなた!!または、「知らねぇよ!!」と憤ったあなた!!今回はアンタが正しい。今回の問題は全面的に10対0で僕が悪い・・・。ゴメン・・・。んでね、どういう意味か今から説明しますと、実は今日、駅から自宅への帰宅途中、僕は自転車に乗ってたんですけどね、どうも●前輪の調子が悪かったんです。何か「ギィギィ」言っとったわけなんですね。で、前輪のフレームがちょっと歪んでいるのに気がついたんですが、生まれてこのかたO型で通っている横着な僕は、それを直そうとして、自転車を走らせたまま右足でアバウトに前輪フレーム部分をガンガン蹴りまくったわけなんです。そしたらね、まぁまぁ、僕はその時「サンダル」を履いてたわけなんですが、ガンガン前輪に蹴りを入れとれば・・・時に、サンダルのかかと部分が車輪のとこに引っ掛ったりするわけですわ。要はね、社会にすら上手く噛み合えていない僕ごときが、僕のサンダルとチャリンコの車輪部分が上手く噛み合ってしまったことにより、僕の右足が、車輪の中に、おもいっきし・・・●巻き込み巻き込みされたわけなんですわ。右足のサンダルを、足ごと前輪にもってかれたわけです。ものの見事に・・・。ま、ま、ほんで、「ドッカーン!!」とコケますわな。そりゃ当然。「うぎょわぁぁっっ!!」とかいう今まで出したことのないような声とか出ましてね、ありえないぐらいベタにスッ転んだわけでして・・・。痛いの何のの流血ですわ。手のひらと足ね。そのくせ、横で驚いて心配そうに見ていたおばあちゃんには、「大丈夫っす。全然、大丈夫っすから・・・」とか笑顔で手を振って応えとるわけです。僕くらいになってくると。んで、ぶっちゃけね、●爽やかさを装うだけ惨めなわけです。そんなこと知ってます。その恥ずかしさを紛らわせちょるんじゃろうがっっ!!このボケカスっっ!!(いや、そんな強く言われても・・・)とにかく、今日はそんな、●血染めの木曜日でした!!(←おー、なんか久しぶりに日記っぽいこと書いとる・・・)ま、ま、僕だからこの程度の擦り傷と流血ですみましたけどね。(柔道はわりと得意で受身とか取れますから)僕の友達なんか、自転車でコケて●骨折しとるわけですから(笑)、(←いやいや、笑っちゃダメだろ!!)今回の事故は「ラッキー」であったとポジティブシンキングして言い聞かせとるところです。(事故つっても完全に自業自得なんだけど・・)いやぁ、めちゃお気に入りのサンダルだったんだけどね・・・。かかと部分が完全に大破ですわ(泣)。さて、ここでもし国語のテストなんかで、「以上の文章を簡潔に要約しなさい」という問題が出たとしたら、間違いなく、模範解答は、●バカの二文字になるであろうという恐ろしいことに今気付きました。やはり、僕は「バカ」だったんですね・・・。そして、僕の文章に「内容」なんてなかったんですね。僕はただ「バカ」の二文字をひたすらに膨らましていただけだったのですね。絶望した・・・。(byノーシスさん)でも、そこに希望はあった・・・。バカ万歳!!ところで皆さん!!今日はもう一つの記念日でもあるんです、知ってました?あっ、今、●メロン記念日とか言った奴。お前は完全に「モーヲタ」だな!!間違いない!!(僕の分析によれば、今モーヲタの間で一番熱いのが「メロン記念日」だ!!)<「モーヲタ生態学」をまだお読みになられていない方はコチラをクリック>じゃなくて・・・実は、そう。僕のブログの、●祝1万ヒット記念日なのですよ~(ToT)/~~~今日でブログ開設29日目になりますが、1ヶ月以内に1万ヒット達成出来るとは正直思ってませんでした!!今まで訪問して下さった全ての皆様方、「センキュー!!ベイベー!!all night long!!」あ、今、「こいつ、かなりウゼェ・・・」とか思った君!!そう、そこの君のことだ!!人の話は、最後までよく聞きなさい!!いっつもそうだ、君たちは。いつもいつもそうやって人のことを茶化しては喜んどる。ホンマ、君らみたいなもんはなぁ、君らみたいなもんはなぁ・・・涙の数だけ強くなれ!!(このオチ二度目です・・・。ハイ)そんなわけで、みんなこれからも、どうぞ、ヨロシクね☆ではでは、この日記を最後まで読んで下さった皆様、ホントにどうもありがとう!!感謝、感謝です!!これからも、紅影勇輝(こうえい ゆうき)をどうぞヨロシク!!←クリック投票でランクアップにご協力を!!
2005/05/19
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<前回の「ドラえもん哲学・概論」をお読みになられてない方は、まずコチラをクリックして下さい>(勇輝教授登場)(と同時に、手に持っているラジカセからドラえもんのオープニングテーマ曲が流れる)(聴衆の拍手の中、勇輝教授は教卓に着く)あったまデッカデ~カ♪ 冴~えてピッカピ~カ♪・・・・それがどうした!!俺が、勇輝だ!!今日は、「ドラえもん哲学~映画編~」の特別講義や!!よくもまぁお前ら、そのアホみたいなツラ下げて、ノコノコとよう集まってきてくれた!!ワシが、いっぱしのドラえもん研究家で通っとる、紅影勇輝(こうえい ゆうき)っちゅーもんや。前回の講義にも来た奴らはよう知っとると思う。それにしても今日は、どいつもこいつも揃いに揃って・・・●4流ブロガーに、●4流管理人。●4流ネットサーファーに●5流だめんずウォーカーアホなお前らが、アホみたいにアホアホとよくもまぁ集まってくれたのぉ・・・。何でも、聞くところによると、お前らドラえもんが好きらしいやないか。何や、何かと言えば、ドラえもんがホントにいたら良いなだとか、「どこでもドア」やら「タケコプター」が欲しいなぁ、などとぬかしとるらしいやないか・・・。お前らなぁ、そんなんでドラえもんナメとったらなぁ・・・ジャイ子に犯されてまうどっっ!!手塚治虫みたいな漫画家のベレー帽被っとんねんぞ、ボケが!!あの家の兄妹愛をナメとったら痛い目遭うで、ホンマ!!あそこんとこの兄貴はなぁ、シャブ打って頭がイってけつかっとんねん。アンタらがいくら「やめて、やめて!!」言うてもなぁ、ジャイ子の「あの子の体が欲しいねん・・・一回だけでエエねん・・・」の一言で、ジャイアンが黙っとらんさかいに。「俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの」という、明らかな知的障害児ぶりを発揮しとるジャイアンの、いつものフレーズが飛び出してしまうやろがい!!そうや、●俺の心の友よ~!!のベタベタなワンフレーズや。せやからな、「俺の心の友よ~。一回でいいからさぁ、妹とヤッてくれよ~。」なんて優しい口調で言われてみぃなぁ・・・(ちなみに、目は笑っていない)、そして、その頼みをちょっとでも断ってみぃなぁ・・・。ワイはアンタの命、保障でけへん!!あいつが何人も人を殺しとんのワシ知っとんねんからな。この前はスネ夫の奴が半殺しくらったばっかりや・・・。湧いとんねん。アイツ、頭ん中にウジ湧いとんねん!!(フー・・・)さてと、前回と僕のキャラが若干変わっていることに、皆さんは早くからお気づきにも関わらず、見てみぬフリをなさっておられるのを、私は全てお見通しなのでございます。(あ、ちなみにさっきのキレキャラはコントですので、不愉快だった方、ゴメンなさい)にも関わらず、このウンコみたいな講義を温かい気持ちでお聞き下さっている皆様。ワイはアンタらのことが・・・。 フォー!!めちゃ好っきゃねん!!では、前回少しだけ触れた部分についてご説明してゆきましょう。のび太大先生が、映画版になると何故かやけにカッコ良くなってしまうその理由とは。これは実はもう、前回の講義でほとんど答えが出てしまっているんです。そう、それは、のび太先生にとって、あのカッコ良さというのはむしろ、●素なのであります。普段ののび太先生というのは、根っからのエンターティナー性故に演技をされているというのは前回お話した通りであります。のび太先生は、元来、非常に生真面目な性格故に、本当に完璧なまでに演じられております。また、毎日毎日、ドラえもんの道具に対して●ドジを踏まなければならないため、夜も寝ずに構想を練られることもしばしばでございます。つまり、非常なる完璧主義故「ストレス」が慢性的に溜まっているのでございます。例えば、のび太先生の「射撃」と並ぶ特技の一つとされる●「三秒寝」これは、単に日々の睡眠不足と疲労の蓄積によるものでして、皆さんはあれを見て笑っておられるのかもしれませんが、私などはあの先生のお姿を見ていて、涙が込み上げてくるのでございます。「それすらも笑いに変えてしまうのですか・・・」と。「あんたはホンマに偉い人や」と・・・。よってそのありあまる几帳面さが裏目に出て、先生は映画版になると少しだけ張り切りすぎてしまうわけです。その結果、本来は完璧に演じきられているはずの「のび太」というキャラを逸脱し、皆さんに少しだけ先生の「素」の部分を見せてしまっているのでございます。ああ、とうとう言ってしまいました、先生!!実は私、先生にこれだけは言ってくれるなと、固く口止めされておったのです。しかし、私は真実の僕(しもべ)なのです。ああ、ああ・・・。さて、本日はもう一つくらいお話して終わりにさせて頂こうと思います。普段の「ドラえもん」のテレビ放送をよくご覧になられている方はご存知のことと思いますが、のび太先生を初め、出演者の皆さんはほとんど毎日●同じ服装なのです。このことに関して、かなり多くの方が疑問を持たれているようですが、あれはもちろん、彼らにとってあの服が舞台衣装であるからなわけでして、きちんと専属のカリスマスタイリスト陣がそれぞれに合った衣装を用意しているからなわけです。先生の話では、3000着は同じ服を持っているそうでございます。ここからが裏話になります。では、映画版では、服装はどうなっているか皆さんはご存知でしょうか?そう、いつもの洋服ではなく様々にバラエティーに富んだ服装を着ているのです。その時に、特に活躍するドラえもんさんの道具で、●「着せ替えカメラ」という道具がございまして、それによって服装を自由自在に着せ替えることができるのでございます。しかしながら、実は、出演者の中で一人だけ、専属のスタイリストのついていない人がいるのです。それがもちろんのび太先生です。とりわけファッションのことに関しても造詣の深いのび太先生のことです。業界内では、隠れファッションリーダーとして、ショップのカリスマ店員なども先生の服装をいち早く取り入れようと映画館に足を運ぶという話をよく耳に致します。先生は、酒の席などになると決まって「あのパラレル西遊記の時の僕の衣装、最高だったろ?僕のイメージに合った猿の衣装探すの大変だったんだから」とニコやかに自慢されるのを、我々弟子たちは、すがすがしい気持ちでいつも聞いているのです。さて、時間となりましたので、本日の講義はここまでとさせて頂きたいと思います。次回、また機会がございましたら、●敵を倒す時はいつも一貫して「結果オーライ」であるその理由●映画版ドラえもんは、パロディーもOKだ!?●映画版ドラえもんは、平和を訴えているこのあたりについてお話させて頂きたいと思います。それでは、みなさん、最後にご唱和下さい。「のびのびのび太は、のびのび少年!!のびのびのび太は、のびのび家族!!」(聴衆によって3度復唱)ちなみに、本団体は新興宗教ではございません。それでは、ごきげんよう!!(鳴り止まない大拍手)(勇輝教授、ジャイアンの母ちゃんに耳を引っ張られ、「母ちゃん、俺じゃないよ~」と言いながら、退室)※勇輝教授に、質問・疑問・罵声・等々ございましたら、是非コメントへどうぞ!!←「楽しめた」という人はクリック投票してランクアップにご協力を!!
2005/05/18
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僕は、世間で言われるところのいわゆる●負けず嫌いの部類に入る人間だと思っている(と言っても平和主義なのだが)。そういった精神というのは、小さい頃からやっていたサッカーや水泳、テニスなどのスポーツによって育まれてきたものだと僕自身は理解しているが、それは、試合というものが必ず勝ち負けが出るものだからだと思う。誰かに勝つのはとても嬉しい。他人を蹴落としてまで勝とうとは思わないが、「勝利の美酒」というのは往々にして一段と格別なものだ。ところで、僕の尊敬する尾崎豊の歌に、●「僕が僕であるために」という歌がある。僕が僕であるために、勝ち続けなきゃならない♪という歌詞なのだが、この歌詞を僕流に解釈すると、僕が僕であるために、(自分自身に)勝ち続けなきゃならないとなってくる。つまり、これはあの大リーグのイチロー選手の言葉なんかでも度々出てくる言葉なのだが、●自分に勝つことこれが大事になってくるのである。他人に勝つことというのは、やはり色々な要素との兼ね合いの部分もあって、そこまで自分の思う通りにはいかないことも多い。確かに、ライバルの存在などは非常に重要だが、他人に勝つことに、そこまでこだわっていても何も始まらない。むしろ、絶対にこだわりたいのは以下の点である。●それがベストの自分?というところである。何をベストとするかというのは人それぞれ価値基準が異なるところだろうが、僕にとっての価値基準は次のようになる。「今日の自分」は少なくとも、「昨日の自分」に少しでも勝っていなければいけない。また、「明日の自分」は少なくとも「今日の自分」に勝っていなければいけないとおもう。「そんなシビアな・・・」と思う人もいるのかもしれないが、これは別にそんなに大変なことでもない。●だって、自分に勝つだけだぜ?「自分って天才!!」と思っている人ならまだしも、「大したことない奴」などと思っているならなおさら簡単だ。「勝つ」という表現が嫌ならば、一つ何かを「学ぶ」と言い換えても良い。日々、そうやって一つでも良いから成長の種を見つけられたら素晴らしいと思う。そうやって僕は生きていきたいと思っている。いつまでも、自分自身に対して「負けず嫌い」でいたいと思っている。少しでも成長していきたいと思っている。んでね、長い前フリだったけど、そんなことを考えていた僕は今日、ふと、「王様のアイデア」という店に立ち寄ったのよ(東急ハンズみたいな感じで面白い商品がたくさんあるところ)。<興味がある人はこちらのネット版「王様のアイデア」へ>したらね、ふと目に入ったものがあった。そいつは、僕にとっては積年の想いともとれるような、幼き日の僕にとって余りにも巨大すぎた強敵。魅惑の「正六面体」の存在だった。そう、「ルービックキューブ!!」ハンガリーのエルノー・ルービック教授によって発明された、言わずと知れた超難解立体パズルなのである。幼き日の僕は、正直、手も足もでなかった・・・。一面をそろえることすら奇跡的というほど困難だった。「でも、僕は負けたくなかった!!」そんな長年、僕の心の中で眠っていた熱い思いが込み上げてきて、金もないくせに、速攻購入してしまいました(笑)。これが意外にオモロイ!!「もう俺もいい歳だし・・・余裕やろ」などとナメてかかったら痛い目に遭いました。一面完成させんのにも一苦労・・・。僕が買ったのは「六面完成攻略書」つきということで、これならばようやく闘いに勝利することが出来そうです。(ちなみに上の写真は、攻略書で言うところの「完全一面」(一面がそろうだけでなく、その周囲の色も同じな状態)が完成した状態。道のりはまだ遥か遠い・・・)と、ここで突然ですが、宣誓!!私、紅影勇輝は、スポーツマンシップに則り、家に居て暇な時は、正々堂々と、この魅惑の正六面体と闘うことを、ここに誓います!!(スポーツマンシップとか言って、むっちゃ文科系っぽいけどね・・・)これは、ルービックキューブというものを通しての、過去の自分自身との大いなる闘いなのであります!!ということで、頑張りま~す☆(何か、めっちゃ楽しくなってきとるわけです。ガキなのです・・・)←興味ある人はここで公式のを買えるよん♪(ちなみに、100円ショップにあるやつを最初買ったんだけど、なんと触って3秒で壊れました(笑)。ある意味、その脆さに感動・・・100円返せ!!)←この日記が参考になった人やならなかった人、つまり全員クリック!!
2005/05/17
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<本日の画像で一言>「衝撃スクープ!!魔人ブウは実在した!!~べジータ『吸収』シーンの一部始終~」←「こんなん好き」な人はクリック投票にご協力を!!世界がもしも100人の村だったら・・・とりあえず、端の奴から全員ビンタして、そして抱きしめる!!どうも、熱血バカの紅影勇輝(こうえい ゆうき)です今日はまず、皆さんにあることについて考えていただきたい。それは、●「そばめし」についてなんです。まぁ、あの食べ物に関して好きと言う人も嫌いと言う人もいるでしょうけど、僕は、正直、あの味は好きな味なんですね。というか、そもそも、僕という人間は知る人ぞ知る●炭水化物中毒なわけなんです。「addicted to you」という宇多田ヒカルさんの歌がありましたね。アレは、「あなたに中毒(夢中)」という意味の歌詞です。ちなみに、私の場合は、前の日記でも書きましたが、addicted to Manabe(眞鍋かをり中毒)なわけですが、(詳しくは「世界の中心で愛を叫ぶ~眞鍋かをり~」へどうぞ)それと並ぶくらいに「炭水化物」に中毒なわけでございます。つまり、焼き肉屋に行けば、必ず「白米」と、そして「ビビンバ」を頼み、飲み屋に行けば、しょっぱなから「チャーハン」を頼もうとして友人からウザがられ、ちょっと目を離せばすぐに「ギブ・ミー・炭水化物!!プリーズ・・・」と物欲しそうな目で叫ぶ、いわば●敗戦後の日本人が白人に対してひたすらに「ギブ・ミー・チョコレート」と呟いているそのような悲壮感すら漂っているわけですが、それくらいに炭水化物なしではもはや生きていけない私なのでございます。ここで意味もなく、この気持ちを英作文してみると、●I can't live without "Tansuikabutsu"(carbohudrate).あるいは、●"Tansuikabutsu" means everything to me.となりましょう。つまり、僕はここで、苦手な「英作文」をしてしまうほどに、「炭水化物」が好きということを主張しているわけであって、それは、つまりどういうことかと言うと、「数学」が苦手にも関わらず、数学の先生が●超美人であるという理由だけで、数学の勉強に力が入ってしまうのと同じ現象なのですね。その場合、ほぼ全員が、テストの点数が上がることによってその美人先生から褒められて、あわよくば先生から「キス」やそれ以上のことをして欲しいということをモンモンと頭の中で妄想しているわけで・・・・●完全にボッキしているわけで・・・さて、話が今回のテーマから著しく脱線して訳わかんなくなったので、話を元に戻しましょう。「そばめし」の話である。アレは「やきそば+やきめし」を「そばめし」と呼んでいる料理であって、「炭水化物+炭水化物」という一見ありえない発想から生まれている。今でこそ世間に浸透しているが、最初の頃は「ありえない」という声をよく耳にした。ところで、僕は「そばめし」に対しては最初から抵抗がなかった。むしろ、炭水化物好きの僕としては、「炭水化物×2」という組み合わせを迎合さえしていた。しかし・・・、しかしである。僕には一つ、どうしても解せないことがあった。それは、どうして、「炭水化物×3」にしない?つまり、「そば」、そして「米」ときたらその次は、そう、●パンでおじゃろうにっ!!何故に、「そばめしパン」を作らんのだ!!僕はそのことに非常に腹を立てていた。思えば、いつも人類はそうだったんだ・・・●いっつも2つで満足しやがって!!やれ学校のテストでは「○」か「×」かの採点方式、やれものごとを「白」か「黒」かはっきりさせなさいだの、やれ「民主主義」と「共産主義」だの、やれ「善」と「悪」だの、「罪」と「罰」だの、「イエス」と「ノー」だの、●2元論はもうウンザリだっ!!思えば、テストだって、△くらいの解答が一番面白かったりする。真実は、「白」でも「黒」でもなく「灰色」にあると、かつての賢者たちはいっつも言ってきたじゃないですか?何故、2つで我慢するのですか?何故、2つで思考停止に陥ってしまうのですか?「そば」と「めし」の組み合わせ、「そばめし」・・・と聞いて、あなたがたは怒らなくて良いのですか?●「パン」はどうした!!と。何故、もう一つ炭水化物を足さないんだと。「Why?(なぜ?)」と。「I can’t understand.(僕には分からないよ)」と。「Jon prefer onanism to Fredy.」(ジョンが好きなのはフレディーというよりむしろオナニーです)」と。僕たちの「自由」はどこへ行ったのですか!!Where is our freedom?あるいはね、「広島風お好み焼き」に「米」を足して、●「広島風お好み焼きそばめし」でもいいよ。「炭水化物×3」として、これでも許すよ。要するにね、僕がここで言いたいのは一つですよ。●アウフヘーベンしようぜ!!ってこと。(※アウフヘーベンとは、ドイツ語で「止揚」を意味する。弁証法的発展では、事象は低い段階の否定を通じて高い段階へ進むが、高い段階のうちに低い段階の実質が保存されること。矛盾する諸契機の統合的発展)矛盾するものごとを含んで越えたもの、それがアウフヘーベン。(僕は経済学部なので、哲学用語は実はあまり詳しくない。間違ってたら言って☆)みなさんは、「三つ目が通る」という手塚治虫氏の漫画をご存知のことだろう。古代から、人間には2つの目以外の●第3の目があると言われてきた。(おでこのあたりにね)つまり、自分の持っている二つの目(視点)から脱した、第3の目(視点)を持つこと、それがアウフヘーベンだっ!!つまりね、「そば」と「めし」という二極化した閉鎖状態から脱して、「そば」「めし」「パン」という3種の神器をたずさえて新たなる新境地へと挑むこと、それがアウフヘーベンだっ!!現在の日本や世界の閉塞状況を打破するには、これはもうアウフヘーベンしていくしかないと自分なんかは思っているわけですよ。日本は返せないほどの借金を抱え、その額は年々膨らんでいくばかり。世界は人種差別、宗教の違いによる紛争、テロ、核の脅威、地球温暖化などの環境問題。これらは、今までの尺度や考え方では突破口が見出せないと思うんですね。今までの考え方を含んだ上で越えていかなければいけない。考えてみれば、我々人間はそうやって進歩してきた。だから、今の現状も必ず突破口を見出すことが出来ると僕は信じているんです。確かに、人間に世界は変えられないかもしれない。だが、人間が生み出した問題は、必ず人間によって解決されなければならないそう信じているんです。信じたいんです!!それが、人類の進化なのです!!と、ここで僕は、もしかして、「そばめしパン」なるものが実際にあるのではないかと不安になってきたのでネットで検索してみた・・・あった!!130円で売られてた・・・。「日本もまだまだ捨てたものじゃないな・・・。」そう呟く紅影勇輝の背中は、少し寂しげだった・・・・。「だけどまだ、俺には広島風お好み焼きそばめしがある・・・」ネットで検索してみる・・・。<キーワードに該当するページは見つかりませんでした>ない!!勇輝は今日も、小さな幸せを見つけ、半笑いのまま、夕日の射す人ごみの雑踏の中へと消えていったのである。<本日の教訓>発想をアウフヘーベンしよう。だけど時には、先人たちの知恵を学ぶことも大切だよ☆(実際、「そばめしパン」なんて発想は誰でも思いついているということを僕は気付いておりました。それでもこの記事を書いたのは、現在の世界の閉塞状態の突破口についての考え方を説明するのに丁度良いと思ったがためだったのです。長い前フリでした・・・)以上。本日の日記でした!!←「ふーん」と思った人はクリック投票!!
2005/05/16
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いやいや、今日は12時間も眠ってしまいました。(←マジ寝すぎ)日曜の昼下がり、皆様はいかがお過ごしでしょうか。今回のテーマは「僕の夢」ということで、その話をさせて頂きたいわけなんですが、ちなみに、僕は毎日8時間は最低でも睡眠をとるわけなんですね。で、放っといたら今日みたいに12時間とか平気で寝てしまうわけです。(まぁ、まぁ。アインシュタインは毎日9時間寝ていたと言うし・・、っていうのがいつもの僕の言い訳)で、それだけ睡眠に時間を費やしておれば、やはり夢とかたくさん見るわけですね。(その夢の話かい!!)夢ですから、まあ、「かめはめ波」を打ったりだとか、まぁ、そういったありえない夢をよく見るわけなんですけど(バカのお前だけだって?)、で、まぁ今日なんかは三本立てでの放映だったんです(すでに映画気分)。一本目が、海の上をスイスイト飛び回って世界中を旅する夢二本目が、昔の友達や先輩なんかと一緒に生活してて、何かどっかの部屋でバカやっている夢そして、三本目が、お姫様と一緒に追っ手から逃げてて、命からがら城の屋上に隠れるんだけど、手下の一人が「今日は屋上の改装日ですね。あれだけ狭い屋上では、わが城もカッコがつきませんから。わっはっは・・・」などと言っているのを聞いて最大のピンチを迎える夢。(そこで目が覚めた)でね、とりあえず、僕が一番見るのが多い夢、それが、今日もあったんですけど●空を飛ぶ夢なんです。これはもうホントにしょっちゅう見ているので、しまいには、「俺、ホンマに飛べるんとちゃうか?」などど錯覚するくらいに日常的に空を飛んでいるわけなんです。その飛び方っていうのがね、何ていうの、ドラゴンボールの武空術みたいなのじゃなくて、空が海の中みたいな感じで、足を一生懸命くるくる漕ぐと飛べるわけなのよ。んで、確か、最初に飛べるようになったのがね、●どこかの老師に出会ってね、そこで一生懸命に飛ぶ訓練をしたんですよ。それから夢の中では飛べるようになったんですね(笑)。いや、マジでマジで。(だから、人間って修行をすれば本当は空飛べるんじゃないかなぁ、とか思っとるわけなんですが・・・否定はできないよね!!)で、僕はこの空を飛ぶ夢はホントしょっちゅう見るので、何かの暗示なのかな、と思ったんで、「フロイトの夢診断」で調べてみたんですね、そしたら、こういう結果でした。自分の力で空を飛んでいる夢、それは・・・●過去の自分からの飛躍を意味すると。「よし!!」と思わずガッツポーズですわ、これを読んだ時は。「飛躍してんじゃん、俺。飛躍しちゃってんじゃん・・・」と、もうウキャウキャとバカ猿のように喜んどったわけです。(僕は良い結果の占いだけは信じるんです。)というわけで、かなりの勢いで、「飛びます♪飛びます♪」な感じの紅影勇輝をこれからも、ヨロシク!!(すいません、どんでん返しのオチとかはありません・・・)←クリック投票にご協力を!!
2005/05/15
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「これね、実は、好きな女子のたて笛なんですわ・・・」←「こんなん好きや」という人はクリック投票にご協力を!!突然ですが、私、紅影勇輝はお笑い好きであります。だから、こうしてブログでバカなことをひたすらに書いて、「人気ランキング」にもお笑い部門で登録しているわけでございます。皆さんは、「お笑い」が好きでしょうか?「ばかばかしいよ」という人もいると思いますが、「笑う」という行為自体を嫌いな人というのはたぶんいないと思います。最近では医療現場でも積極的に「笑い」を取り入れようと様々な取り組みがなされているようですね。(と、こうやって淡々と「笑い」について語る行為は果てしなくサムいわけなのですが・・・)まぁ、続けましょう。昨今のお笑いブームでTVの「ネタ番組」が増えてきたこともあってか、僕なんかは「番組観覧」とかで、生でお笑い芸人さんのライブを見ることも最近多くなったんですね。もちろんタダで見れるわけですから、僕みたいな貧乏大学生にとってはありがたい話なんですよ。で、そこで思ったのが、●やっぱ生は違うぜ!!ってことなんです。例えば、TVでは絶対に「つまんねぇ・・・」で終わりのところのネタを、生だったら笑ってしまうんですよ、これがまた。やっぱり、「生」にはそれだけで空気感とかパワーの伝わり方が違うと思うんです。だから、たぶんね、お笑い芸人さんがもし、僕らがTVで実際ネタ番組を見ている姿を見たときには相当ヘコむと思うんですね。「ライブであんなにウケてたネタが、こんなにもスベるんかい!!」みたいな感じで。で、「キレ芸」について語る前に、僕が「お笑い」を好きになったきっかけみたいなもんを少しだけ話させて頂きたいんですが、僕が初めてお笑い芸人の生のライブを見たのが、確か中学生の頃で、学校で「芸能鑑賞会」っていうのがあったんですね。そこで、まだあまり売れていない頃の「爆笑問題」さんのライブを見たんです。今でこそみなさんは羨ましいと思うかもしれませんが、僕はその時は正直「は?爆笑問題?ふーん、あのボキャ天の人たちね・・・」って感じだったんですね。でもね、実際見てみたら・・・いや~、正直、涙流しながら笑いましたね。こんなにオモロイもんなのか、「お笑い」はと。だってね、●「時間と空間」とかいうフレーズで笑いを取ったりするわけですよ。そんなもん僕の今までの経験ではありえへんわけですよ。つまり、そこで大きなカルチャーショックを受けたわけなんです。「あれ?もしかして、お笑いってスゲェのかな?」って思い始めたわけなんですね。で、それ以来、別に「爆笑問題」さんが好きになったとかそういうことはないわけなんですけど、●「お笑い」は好きになった訳なんですね。で、まぁ、色んな人たちのライブビデオやらナンやらを見ましたわ。ほんで思うのが、やっぱ、芸能界を見渡してみて、僕の独断と偏見でシビアに「笑い」の実力だけで芸人さんを判断させてもらうと、やっぱ、●「明石家さんま」、「松本人志」、「島田紳助」は飛びぬけた存在だと思うんですね。で、まぁ、僕は特に「島田紳助」が好きなんですが、やっぱ、フリートークをさせたら今のところ彼らの右に出る人たちはいないと思うんですね。それでね、この三人の共通点っていうのが「関西人」ってことなわけですが、やっぱ、関西人は僕らとは笑いの基礎力が違うわけです。小学校の時から遊びとして、普通にコンビを組んで嫌と言うほどネタをやるらしいですから。それから、付き合った彼女とかは「オチ」のない話はシビアにダメ出しされるらしいって話です。(←怖いですねぇ・・・)でもね、僕が思うに、やっぱ一番の違いは、●方言だと思うんですね。方言ってやっぱ、むっちゃ「お笑い」向きだと思うんですよ。っていうのはね、その一番の理由は、と、ここでようやく今日の主題の登場ですけど、●困った時に、キレ芸ができるこれなんです。これがデカイんですわ。関西弁にしても何にしても、キレてナンボみたいなとこあるじゃないですか。最近では「青木さやか」や「カンニング」あたりがキレ芸の有名どころですけど、彼らが凄く得だなぁ、と思うのが、●とりあえず、キレとればいいってことなんです。まぁ、それを扱う他の芸人たちの「フリ」が上手いっていうのもあるんですが。これはもう一時期、一世を風靡した「オカマキャラ」と同じくらいおいしいポジションなわけですよ。例えば、僕が「笑いの金メダル」の番組観覧でライブを見ていたときなんかもカンニングを見てて僕は、友達とめちゃくちゃ爆笑しながらも「ズリィなぁ・・・」と思ってましたから。だってね、考えてもみてほしいんですけど標準語でキレ芸やるとどうなります?例えば、ダウンタウンなんかも「キレ芸」は得意とするところですけど、やっぱキレ芸の大御所といえば何と言っても●横山やすしさんで、この人を例にとると、かの有名なフレーズ「怒るで、しかし」が・・・●「怒るよ、マジで」「何じゃ、ワレ、ボケ、カス」が・・・●「何だ、テメェ、バカ、クソ」となり、標準語の方が、若干だけ、●ケンカになりやすいと思うんです。マジゲンカに発展しやすい。っていうのはね、方言って何か温かみがあるけど、東京弁ってやたら冷たい。冗談も冗談に聞こえないっつーかさ。そこがネタになりにくいと思うんですね。青木さやかの場合なんかはさ「どこ見てんのよ~!!」っていう女の子言葉だからまだかわいらしくてセーフってとこもあるんだけど、これが、「どこ見てんだよ!!」(←すでにヤンキー)あるいは、「どこ見てんですか!!」(←煮え切らない)ってなって完全アウトだと思うんです。つまり、方言の中に含まれる●かわいさこれが笑いに関しては非常に有効であると思うわけです。笑いに関しては、コレはかなり重要なポイントですよ。だから、背の低い人とかがお笑い芸人に多いのはやっぱかわいいからなんですよね。(うわっ!!「笑い」についてこんな真剣に語っとる。めちゃサブい・・・)なんで、とにかく僕は、このブログの中では、●方言及びキレキャラを積極的かつ果敢に取り入れていこうと考えておる次第でございます。特に、僕は浜っ子なんで●「~じゃん!!」とかは多用してアピールしていくんで、よろしく。(と、宣言しておく)なんで、みなさん、もしこれから僕の文章の中で、僕が方言でキレている場面に出くわしたなら「あ、今日もやってんな」くらいの感じで温かく見守っといて欲しいと思います。以上、「キレ芸」に関する紅影の考察でした。←皆様の清き一票を!!クリック投票にご協力を!!
2005/05/14
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夢とはたいがい遠くの場所にあるそれはたいてい見えもしないだろうある人は道草をしながら、風景を楽しんでそこを探すある人は一直線に、全速力でそこへ向かおうとするどちらが良い悪いではないそれは性格やタイプの違いだけだいずれにせよ大事なのは自分を信じているかということ本質は現象するつまり、普段の何気ない考えが君自身の今の状況を作り出しているんだ甘えは甘えのまま表に出てくる夢を夢のままにするのは君のわずかな心の隙にあるのかもしれないだから純粋に信じるんだ迷いなど捨ててしまえ夢とはつまり信じる力なのだそして夢とは、来たるべき未来なのだろう今は見えなくても構わないそこへ向かうため弛まぬ努力を続ければいいやがて姿を現すその夢は君を待っているいつか目の前まで辿り着けたならその時は手を伸ばして落とさないようにゆっくりと両手でその夢を掴み取り優しく抱きしめてあげよう―夢は光を帯びた現実へと姿を変える―涙がこぼれているかもしれないだけどその時はきっと君の笑顔も一緒にこぼれているはずだからphotograph & poem by 紅影勇輝 ←クリック投票にご協力を!!
2005/05/14
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<本日の画像で一言>「うわぁ~ん!!どうせアンタ達も、私のバディがお目当てなんでしょ!!男なんてホント最低・・・」←「こんなん好きや」という人はクリック投票にご協力を!!先ほど、ある雑誌の占い欄を読んでおりましたところ、今週のラッキー「くいしん坊万歳」は●松岡修造でした。嘘です!!どうも、紅影勇輝でございます実は、僕がブログというものを始めたきっかけの一つとして、ある人物が大きく影響しているんですね。その人物が、今日のテーマです。ある時は、自分の持っている服を全て燃やし、その一部始終をカメラに収めてネットへ映像を公開するファッションリーダー「ミズノンノ」の顔、ある時は「恋愛体育教師」を名乗り竹刀片手に下ネタを連発しながら、恋愛についての熱い講義をする「水野愛也」の顔。また、ある時は、ベストセラー作家としての顔や有限会社の社長としての顔を持っていたりと、で、結局、何をやっている人なの?と尋ねられれば、必ずや誰もが答えに窮してしまうであろう、その人の名は、●水野敬也さんその人なのであります。前にも一回「オナニーとアクセス数」っていう限りなく下品なタイトルの日記で一度登場してもらったと思うのですが、今、僕が一番注目している作家さんなのでありますよ。日記のスタイルなんかも結構影響を受けています(僕の日記で度々登場する●(←マルポチ)は水野さんの日記を見て真似させてもらったものです。これやると、流し読みをする人なんかにキーワードを有効にアピール出来るようです)あのね、前々回の日記で僕は、養老孟司先生の「バカの壁」の向こうには●「バカの山脈」があって、更にその先には「ロマン」がある、という内容の記事を書きましたけれどね、(詳しくはコチラ)この「バカの山脈」を先頭をきって登ろうとなさっておられる方が、何を隠そう、この水野敬也さんだと僕なんかは考えておるわけなんです。で、ぶっちゃけね、僕なんかはこういった他人の紹介の記事をあんまりブログでは書きたくないわけです。まがりなりにも人気ランキングの「お笑い部門」の日記ですからね、そんなもん書いたってネタにもコントにもならんわけですよ。でもね、ヤラシイ話、記事にすれば水野敬也さんのブログ「ウケる日記」で紹介してくれるっつーもんですから、こうして書いとるわけなんです(笑)。ヤラシイ話ですけどね。(嘘ですよ。素晴らしいと思ってるから紹介してるんです♪)んで、最近水野さんが出版された問題作、「バッドラック」なんですけどね、もちろん僕も早速購入して読んでみました。で、簡単に感想を述べると、●色んな意味でオモロイそんな本なんですよ。彼の前著「ウケる技術」なんかをお読みの方は分かると思うんですが、水野さんは色々な仕掛けをかなり計算しながら施す人なんですね。つまり、今回も、「普通の自己啓発書じゃ終わらねぇぞ!!」っていう意気込みが満載なわけなんです。どういうことかと言うと、まず、色んなところでパロディをかましているわけなんです。タイトル自体もベストセラー著書「グッドラック」をパロってますし、主人公のアレックスという名前の設定も、今人気の自己啓発書である「賢者の書」(喜多川泰著)と同じです(妻がナンシーとキャサリンという違いはありますが)「笑い」に関しては「ウケる日記」を読まれている方にとっては少し物足りない部分もあるかもしれませんが、それでも普通の本に比べれば群を抜いて笑えますし、また、水野さんの人生観みたいなものが色濃く反映されていて非常に楽しめる一冊となってます。水野さん自身が自己啓発書フリークみたいですので、そういった本が好きな方にもオススメです。まぁ、詳しい内容に関しては皆さん、実際に著書にあたってみて下さい!!まだこの本は、僕の住む横浜を含め地方にはあまり出回っていないみたいなので、興味のある方は是非ネット購入をオススメしますよ♪でね、僕がこの水野さんを一番好きな理由が、これは僕のブログの目指している地点と一致するんですけど、●「笑い」だけで終わってないってことなんですね。その笑いの裏に、確固とした自分自身の思想の裏づけを持って文章を書いてらっしゃる。そんなところが見え隠れしていて好きなんですよ。まさにこのサイトのテーマである「緊張と緩和」を地で行っている男という感じなんです。P.Sもし、この文章を水野さんが読んで下さっているなら、僕の日記で【モーヲタ生態学1・2・3~踊り狂う彼らの理由~】【続・遥かなるバカ伝説~ウンコもらした時の話~】これなんか結構好評なんで、是非とも読んでいって下さい!!お忙しいところ大変恐縮ですが、たぶん笑って頂けるはずです♪←この日記が参考になった人やならなかった人、つまり全員クリック!!
2005/05/13
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え~、先ほど、トラバされていたエロサイトへ嬉々として行ったら(←バカ)突然、「ご入会ありがとうございました」との画面が出ました。そう、●ワンクリック詐欺に初遭遇したのです!!んで、一瞬「ドキッ!!」っとしてしまった自分を恥じております。どうも、紅影勇輝です今さら、こんなもので驚くのはバカの僕くらいなもんでしょうが、もしもの為に言っておくと、皆さん、絶対に振り込んじゃダメですよ~!!名前の通り「詐欺」ですから、法的な正当性は一切ありません。ま、そんなことはどうでもよくて、今日は、雨が降ってましたよね~!!(え?もしかして、地域によって違う?)とにかく、僕の住むところでは雨が降っておったわけでございます。んで、僕はというと、知る人ぞ知る●大の雨好きなわけなんですね。これはもうね、「レインに首ったけ」なわけなんですよ。そいでだ・・・聞くところによれば、世間ではどうも、レインなあいつが嫌われておると。僕はそんな情報を小耳に挟んでおるわけなのですよ。「そんなん、君どう思う?」あのね、僕は先ほど、大学から帰宅したばかりなんですけどね、(んで、何か気分が高揚してきて、ギター弾き語りで一人熱唱をしてたら更新すんのが遅れたわけですが・・・)ま、天気予報のチェックなど一々していない僕は、当然のようにして傘など持っていっていないわけですよ。で、当然、●ずぶ濡れの状態で帰ってきたわけなんですけど、例えば、ドラマなんかで同じようなシーンがあったら、必ずと言って良いほど登場人物が、タオルなどで体を拭きながらダディにこう言うことでしょう。「ああ、もう最低ね・・・」何でじゃい!!ボケがっっ!!あのね・・・、雨に向かって失礼だよそれ。雨に謝ってくれる?つかマジ謝れよ!!いや、許さねぇ!!絶対ぇ許さねぇ!!土下座して額を床につけるまで許さねぇ!!・・・・・・・・・・・・。あ?足りねぇ!!そんなんじゃ足りねぇな!!バタン!!―<レイン先生が部屋に入ってくる>―勇輝「あっ、先生・・・」レイン先生「どうしたんだ?勇輝・・・」―<突然、泣き出す勇輝>―勇輝「だって、だってさぁ、ェグ・・・ヒック。あいつらがさぁ、ェグ・・・。レ、レ、レイン先生のさ、ェグ・・悪口を・・・を・・ヒック・・」レイン先生「勇輝、分かったよ。もういい。それ以上何も言うな。お前のその優しい気持ちだけで、僕は十分なんだ。ありがとうな・・・」―<レイン先生の優しい言葉で、更に泣き出す勇輝>―勇輝「せ、先生ぇ・・・(号泣)」レイン先生「勇輝よ・・・(爽やかな笑顔。白い歯が光る)」―<こうして二人は熱い抱擁を交わし合ったのであった・・・>―ということなわけですよ。(どういうこと?)つまりね、雨を嫌いになんないで!!←最初からそう言えよ!!だってさ、雨が嫌いな人ってだいたいがさ「濡れるから嫌い」とか「じめじめして嫌」とか「何か嫌い」とかそんな理由でしょ。ただ単に、習慣的にそう思い込んでいるだけじゃない?あ、そこにいる「何かどうでも良いわぁ・・・」みたいな顔で興味なさそうに読んどるお前!!そう、お前だ!!じゃあね、今から僕が、レイン先生の良いところを二つ挙げますわ。それから、嫌いになるかどうか判断せいっ!!<その1>雨って何かワクワクするやん・・・57歳で生涯を閉じるまでに、およそ1200の童謡、およそ800の短歌、およそ1200の詩文を世に残した天才詩人●北原白秋を皆さんはご存知のことだろう。有名な童謡としては「トンボの眼鏡」や「からたちの花」そして、●「雨雨フレフレ」があるわけです。雨雨フレフレ、母さんが~♪蛇の目でお迎え嬉しいな♪ぴちぴちじゃぶじゃぶらんらんらん♪ところで、「蛇の目」って何?という疑問はひとまず置いといて(笑)、どうですか、このフレーズを聞いて。めっっっちゃウキウキしてくるでしょうが!!僕なんかはもう、幼き日を思い出すわけですよ。長靴を履いて、どろんこになりながら下水道に友達の傘を流しまくってウキャウキャ言っていたり、傘の取っ手の丸くなっている部分を使って、背後から友達に忍び寄ってキンタマを引っ掛けて遊んだりと、●楽しさ無限大なわけですよ。かと思えば、<その2>雨って何かちょっぴりセンチやん・・・こちらもまた歌で行きたいと思いますけれども、八代亜紀の歌で雨雨フレフレ♪もっとフレ~♪私の良い人連れて来い~♪「雨の慕情」(作詞・阿久悠)なのでございますよ。ぶっちゃけ僕は、この歌をちゃんと聞いたことはないので、何故、雨と●私の良い人とが関係しているのかイマイチ飲み込めないのですが、要するにこれはこういうことになるでしょう。●切なさ無限大どうだろう。レイン先生の魅力が少しは伝わっただろうか。つまり、僕がここで一番に言いたいのは、「雨が嫌い」って言ったって、ただ単に習慣的にそう思い込んでいるだけでしょ?ってこと。よくさ「雨が降ると鬱になる・・・」って人がいるけど、良い面もいっぱいあるじゃん、ってことを主張したいわけ。でもね、もしかしたら、僕が「雨が好き」っていうのもただ習慣的にそう思い込んでいるだけなのかもしれないんだよ・・・「習慣」、それは結構怖いものなのです。意外に「バカの壁」なのです。「だったら・・・」と僕は思うわけです。人が習慣的なもので好き嫌いを判断していると言うのなら、「だったら僕は、目に映るもの全てを好きになりたい」それを習慣にしてしまえばいい。例え、そこに困難が伴うとしてもね♪ま、そんな今日この頃なのでございますよ。(む、無理矢理っぽい?このまとめ・・・)←皆さん、クリック投票にご協力を!!
2005/05/12
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言わずと知れたベストセラー作家の養老孟司先生がお書きになられた超有名な「バカの壁」という著作がある。この本が爆発的に売れたのは、内容の面白さというよりも、昔から言われてきた「先入観」とか「固定観念」などと言われる概念を非常にわかりやすくそして天才的なまでのキャッチコピーとして●「バカの壁」と表現したことが大きな要因だと僕は思っている。(内容自体は「結構一般論だな」、と僕は感じた)ところで、これは本には載っていない話なのですが、その養老孟司先生がおっしゃられた言葉で、「バカの壁の向こうには・・・・がある。」と、対談か何かで話されていたのを皆さんはご存知だろうか?その「・・・」の中に入るフレーズとは一体、何????「ねぇ、君はどう思う?」↑こいつ腹立つでしょ(笑)?。ちょい気に入ったんで、これからちょくちょく登場させようと思います。さて、答えは、バカの壁の向こうには・・・●ロマンがある。そうなのです。バカの壁の向こうにはロマンがあるとおっしゃられておるのです。これを聞いて僕は思った。●惜しい!!そして、続けざまに思った。「ああ、養老先生・・・。あなたは何もかも分かっていらっしゃるくせに、何を回りくどい表現をなさっておられるんだ。あなたの学歴やプライドが、そんなカッコをつけた煮え切らない言葉を生ませるのですね。世間に、もっとズバリと言って差し上げればよろしいのにん・・・」先生が言わないのならば、今日は代わりに、僕が言って差し上げようと思う。バカの壁の向こうには何があるか・・・・。バカの壁の向こうにはなぁ、バカの壁の向こうにはなぁ、●「バカの山脈」がドドーンと控えていらっしゃるのだよ!!!!確かにそれをロマンと言うのならそれはロマンなのかもしれませんが、その表現では、僕としては抽象的過ぎるのです。それをもっと具体化して表現したものがこの●「バカの山脈」なのです。「じゃあ、それってどんな山脈?」と疑問を持たれる方々もいらっしゃることと思います。では、簡単にご説明いたしましょう。例えばそれは、高く険しい、このような山脈のことを言うのです。これは凡人ではなかなか出来ませんよ。なんせ、ヒーローであるはずのライダーが、バイクではなくて●100円入れたら動くパンダにまたがっておるのです。誰が応援しますか?こんなヒーロー・・・しかし、このレベルではまだ、「バカの山脈」標高100m程の付近になるでしょう。さらに上へと行って、車で登ることの出来ない5合目付近になりますと、このような感じになってきます。これに関しては、ノーコメントです・・・。というか、そのノーコメントにさせる辺りが標高の高さなのです。さらに、非常に危険な断崖絶壁を登り、途中で「雪男」などの未確認生物と台本通りに遭遇しながらも、上へ上へと頂上を目指していきますと、このようようなバカの地平へと出ます。この「探検隊」はさすが、やんちゃな冒険野郎どもの集まりなだけあって、「バカの山脈」をかなりの標高まで登ってきていますね。(この探検隊シリーズをご存知ない方は申し訳ない・・・)この場所が、現在確認されている中で、恐らく最も標高が高い所だと思われます。つまりね、養老先生の本当に言いたかったのは、こういうことです。「『バカの壁』の向こうには『バカの山脈』がある。その山脈の向こうには『ロマン』がある」ね?これって、素敵なことだとは思わない?「ところで、君はどう思う?」よって、「バカの壁」を越えたと自負する全ての賢者たちに向けて、僕からこの言葉を捧げたい。テメェら・・・、賢ぶってんじゃねぇ・・・インテリぶってんじゃねぇ・・・出来杉君気取ってんじゃねぇ・・・(※全部、自分に言ってます・・・)●「バカの総本山」目指してみろよ!!えっ、「何故、そんなものを登らなきゃいけないの?」だって?それはね、登山家たちの常套句でもあり、使い古された言葉になるだろうね。そうさ、それは、「そこに、『バカの山脈』があるからさ!!」そして要するにね、「総ての道は、ロマンに通ず」ということなんだよ。(もち「総ての道は、ローマに通ず」のパロディね♪)ロマンを持って生きよう。ロマンとは何だ?そう、●バカだ!!ウルトラの父がいる♪ウルトラの母がいる♪そして、タロウがここにいるっっ!!!!空を見ろ♪星を見ろ♪宇宙を見ろ♪地球に平和を!!心にオアシスを!!総てが「バカ」で一つになることを心より願いつつ・・・訳分かんないまま、本日は以上!!←「オチがちょっと弱いね」とシビアなプロデューサーみたいなあなたはクリック!!つか、何でも良いから投票して!!
2005/05/11
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<本日の画像で一言>「フォー!!!!股間の中心でハードゲイを叫ぶ。」←ニヤッとした人はクリック!!どうも、紅影勇輝(こうえい ゆうき)です(※ちなみに、上記のものは<画像で一言>というコーナーなので文章のテーマとは一切関係ございません。初めてこられた方はご了承下さい)では、早速、今日の本題に移りましょう(久々の「緊張編」です)。その前に一発、叫ばせてください。「ブロガーの皆さん、ちゃんと運動してますかぁーーーーーーー!!」これはね、実はもの凄い重要なことを僕は言っているわけなんですよ。本日のテーマは「鬱病最強克服法」ということでね、超シリアスな問題を取り上げるわけなんです。話が重くなるのを覚悟でね・・・。まずは、僕の経験談から話させて頂きたいと思います。結構昔の話なんですけど、僕は一時期、かなりの●鬱病っぽかった時期があったわけなんですね。考え方とかが死ぬほど悲観的で退廃的でね、何をやってもボーっとした感じでやる気が出ない。そんで、目の前にうっすらと霧やモヤがかかっているような感じが常に続くわけなんです。更には、自分の存在なんか消しちまった方が良い、みたいなことも思い始めたりもするんですね(やべっ、やっぱ話がヘヴィーな方向へ・・・)で、結論から言ってしまうと、僕は自力でそれをほぼ完治させたわけなんですが、(たぶん軽度のものだったんでしょう)さて、ここで問題です。どうやって完治したんでしょうか?チッチッチッチッチ・・・・って、問題にしてもしょうがないか。今からそれをお話しするわけです。で、どうやったかと言うと、まず僕は、精神世界の本とか自己啓発書の類を狂ったように読み漁ったりしたわけなんですよ。鬱っていうのは心の病な訳ですから、まずは心の栄養を与えてあげなくちゃならないと思ったわけです。んで、その中に書かれていることって言うと、だいたいが、●心の在り方なわけなんですね。物事をどう考えれば上手くいくのか、とか、出来るだけプラス思考に、とかね。そういうのは確かに、僕らの心を大きく成長させてくれるし、心の財産も増えるということで非常に有益には違いないわけなんですが、でもね、はっきり言ってしまうと、それだけでは鬱病は治らないわけなんですね。この辺が現代の心理カウンセラー達の大きな過ちなんじゃないかと僕なんかは勝手に思い込んどるわけなんですけど(僕はカウンセラーにかかったことは一度もないので、もしもカウンセラーさんとか見てて、それは間違いだとか思ってる方が居たら言ってくださいね☆)いくら自分の心を磨いて、考え方を向上させたところで、「爽やかな感覚(躁)」の状態には達せないわけなんですよ。心のモヤモヤが晴れないわけなんです。よく、「呼吸法」なんかの教えであるんですけど、「心は心で制するな。心は呼吸で制するなり。」って言われるように、心は心だけで何とか制御しようとしても非常に難しい訳なんです。火を火で消すようなもの、なんて例えられることが多いですけどね。んで、ここで何が大事になってくるかと言うと●心は体で制すってこと。つまり、運動をすればいいってことなんです。そんで、その証拠といっちゃ何なんですが、ちょうど僕が鬱っぽくなってた時期が、「部活を辞めて運動してなかった時期」と綺麗にリンクするんですよ。それと、脳科学の分野においてもね、運動をすると脳内に●ベータエンドルフィンという快楽物質(若返りホルモンとも言われる)が出ることが明らかになっていますし、そういった意味でもやはり運動は大事と言えますよね。心理カウンセラーの方々でこういった主張をされている方がいるかどうかは僕は知りませんけど、だから、●運動っていうのは、僕の経験から言わせて貰えば、これが最も鬱を治す上で大事なことであるわけなんですね。これは何度念を押しても押しすぎではないわけです。ぶっちゃけた話ね、いくら「心の在り方」なんてものを頭の中で納得したところで、実際にそう思えなければ全く意味が無いわけですよ。「プラス思考で、プラス思考で・・・」なんてことを念仏のように唱えていても、いざ、好きな人を奪われたりだとかショックな出来事が起きれば、「あのクソ野郎!!」とか思ってしまうわけですよ。嫉妬や憎しみが生じてしまうわけなんです。性欲だって同じです。いくらオナニーを我慢しようとしたところで、やっぱりずっとオナニーをしていないと、変な妄想で考え方がどこか歪んできたりするわけなんですね。山にこもって死ぬほど座禅修行していた坊主だって、山を下りて女性を一目見た途端に性欲に支配されてしまった、なんてエピソードもあるくらいで。だから、オナニーなんてもんは間違いなくヤルべきなんですよ。そんなもんはさ!!そんでね、運動の話に戻りますけど、心の中のモヤを取り去って、心に●「青空」を取り戻すためには、やっぱり運動するのが一番なんです。だってね、よくよく考えてもらいたいんですけどね、鬱の運動選手っています?僕はお目にかかったことがない。基本的に体育会系のノリはやはり●バカなわけなんですよ。実際、僕の原点もそこにあるんですね。正直、これが僕の理論の正しさを証明してくれているような気がするんですけど、基本的に、頻繁に運動をしている人に鬱はいないと思うんですね。(心を磨いていく作業を否定しているわけでは全くないのでご注意を。むしろ、心と体の両面からのアプローチの大切さを訴えています)って言うのは、僕の経験上、運動をしていれば、特別、本とかを読まなくても心は「プラス思考」でいられるわけなんです。ちょっとやそっとじゃ凹まない心が出来上がるんですよ。「くよくよ」したりするのはやっぱり運動が足りない証拠だと思うんです。(←僕はかなりそうなり易いので分かる訳です)僕は、基本的には2日に一度はジョギングをしたりプールへ行ったりと、定期的に「鬱対策」をしているわけなんですけど、で、やっぱ、こういうことを始めだしてからかなり心の感覚が違いますからね。やっぱね、腹のそこから「やる気」みたいなもんがみなぎってくるわけなんです。(ヤベ、こんなことお笑い部門のブログで述べてていいのかな、かなり不安になってきた・・・。ま、いっか♪)確かにね、「運動なんて疲れるじゃん!!」って言う人もいると思う。だけど、僕から言わせてもらえば、●むしろ、回復します!!僕は、朝に走ったりもするんだけど、走らない日に比べて走った日は、一日がかなりハッピーな感じで過ごせるもんね。マジで、マジで。確かにね、「運動なんてダルイじゃん・・・」っていうのは分からないでもないんですね。っていうかね、僕は元来スポーツバカで通っているわけで、基本的に運動への嫌悪感って言うのは全くないわけで、だから言えるんじゃん、って人もいるかもしんないけど、つーかね、小学生の時の話なんだけど、先生が授業の時間割を配っててさ「これに何か要望がある人いるか?」っていう言葉に、みんなが「算数が二日連続なんで、別の日にずらして欲しいです」とか言っている中で一人だけ、「体育の授業を増やして下さい・・・」を連呼していて、先生が「それは無理だ」と言っているのにも関わらず、「国語とかはいらないんで全部、体育にして下さい・・・」と、一歩も譲らなかった僕であります故に、運動嫌いの方々の気持ちは汲めていないのかも知れないんですけどね。つーか、そんなこと言い始めたら、僕みたいなバカはこんなとこでこんな風に文章を書いてたらいけないのかもしんないんですけど。それでもなお、言わせてもらいたい訳なんです。これをお読みになっている現在進行形で「鬱」の人や「鬱予備軍」人たちに僕からの提案です。とにかく、運動しようぜい!!あ、後ね、これだけは言っとかなきゃと思ってるんだけど。鬱って別に悪いことじゃないと僕は思っているのね。っていうのはさ、色んなことを考えるようになるわけさ、鬱になると。そうすると、やっぱり自分の世界観とか人生観も変わってくるわけなのね。考えの幅が広がるっつーかさ。つまり、鬱は確実に「心の成長」に大きく貢献してくれるわけ、自殺さえしなきゃね。要するに、●鬱万歳なわけ。そんなこんなで本日は以上!!←この日記が参考になった人、もしくはならなかった人はクリック!!つまり、全員クリック!!
2005/05/10
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「頭寒足熱」←クスっとした人はクリック!!あのね、僕、勇輝君っていうんだけどね・・・今日は、マジ●睡魔にギブアップnanndesu.←(ああ、何か半角になってる。まぁ、いいや・・・)今日はね、なんとなく「笑い」について語った文章を書いてたんですけど、完成までまだ半ばにして、僕の眠気が、かなり限界にまで達しておるわけなんです。もうアレなんです、コックリコックリと舟漕ぎまくりなんですね、僕。いわゆるコックリさんなわけなんですね、僕(自分でも何言ってんだか、よう分かってません・・・)さっきもね、そのままキーボードの上に、顔ごと落下してしまいまして、「さて、このようにして面白ppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppppp・・・」とかなってね、まるで僕がその文章の後に、何か知らんけど「面白」のつく●ありえない隠語を乱発して、楽天さんから「P(ピー)」で規制がかかったみたいな、「もうとにかく、あの勇輝とかいうバカを何でもいいから止めてくれ!!」と、楽天さんの幹部クラスから現場に緊急指令が下りた、みたいな感じになってしまった訳なんすよ。んで、この文章も最後の力を振り絞って、何を書いているのか分からない状態で書いとるわけなんです・・・。もうダメです。限界なんです。ああ、アイルトン・セナの名言が泣いている・・・。(詳しくはコチラね)てなわけで、寝ます・・・。爆睡っす・・・。今日書いた文章は、明日かいつかに気が向いた時に完成させてUpしますね。では、皆さん、おやすみ!!Good Night!!←地球のみんな、オラにパワーを分けてくれ!!頼むからココをクリック!!
2005/05/09
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【悲しいダジャレ】「ねぇねぇ、母さん。猫が寝転んでいるよ」「はいはい、どうせ俺は、家族にも飽きられてんだよ・・・」←「意外と好きかも」という人はクリック!!実はこれは、さまぁ~ずさんがやっている「悲しいダジャレ」の勇輝バージョンなんですね。さまぁ~ずさんのあのネタ、僕大好きなんですよ。「みかんがみっかんないよ~」「みかんなんて、最初からなかったのよ・・・」とかいう、あのシリーズです(笑)。確か、本にもなってましたよね。つか、さまぁ~ずさん自体、僕大好きなんですね。ライブビデオとかメチャ面白いですよね♪ちなみに、ライブビデオを見たことがある人は分かると思うんですが、あの中でやっている「マイナスターズ」というコントバンドの女性メンバーである●キナコキナシタさん(これは当然、コントの役名)は僕のお友達です☆この前、「めちゃイケ」の笑わず嫌い王にも出てたので、分かる人は分かると思いますが・・・。普段もめちゃんこオモロイ人です。兵庫県出身で、関西弁が素敵なんですよ♪さて、今日は時間がないのでこの辺にしようかと思ったんですが、これだけではあんまりなので僕の好きな言葉をみなさんとシェアして終わりに致しましょう。電車のつり革広告でたまたま目に入ったんですが、かなり良い言葉だったんで紅影がすかさずメモった一品です。「不可能」とは、自らの力で世界を切り開くことを放棄した臆病者の言葉だ。「不可能」とは、現状に甘えるための言い訳に過ぎない。「不可能」とは、事実ですらなく、単なる先入観だ。「不可能」とは、誰かに決め付けられることではない。「不可能」とは、通過点だ。「不可能」とは、可能性だ。「不可能」なんて、ありえない。IMPOSSIBLE IS NOTHING Forever Sport adidasそう、アディダスの広告だったんです。一年前くらいに出てたやつなんですけどね。いやー、それにしても名言ですよね。モハメド・アリか誰かの言葉でしょうかねぇ(知ってる人いたら教えて☆)「その通りだよ!!誰だか知らねぇけど、お前最高だよ!!」と、電車の中で一人熱くなっておった紅影でございます。では、本日は以上で。←「熱いもんが込み上げてきたぜ!!」という人はクリック!!
2005/05/08
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□続・モーヲタ生態学(モーヲタ生態学1をお読みになっていない方は、まずコチラからお読み下さい)「次に、彼らの生態でもう一つ大事な特徴を挙げてみましょう。少し大きな話になってしまうのですが、彼らは・・・●日本経済の活性化に一石を投じているということが言えるのです。これはかなり大きなウェートを占めていると思われるのですが、グッズ購入は言うまでもなくモーヲタ達にとって、一度のコンサートツアーで、チケットを数枚買うのは当たり前なのです。(一枚約7000円程度)例えば、横浜アリーナでコンサートが2日間あったとします。「モーニング娘。」のライブは一日に昼と夜合わせて2公演開催という普通のアーティストには珍しい形をとっているので●2日間で4公演が行われるわけですが、当然、熱烈なファンたちはその全てを買っているわけです。そうなると、「あれ?君、さっきもいたよね?」ということが頻繁にあったり、入り口でチケットを「もぎる」時に、数枚のチケットを片手にどれが今日のチケットかオロオロしながら探しているそんなモーヲタ達の楽しい光景を目撃することが出来るのです。(※かなりのツワモノになってくると、1公演に数枚買って、シーンに合わせて席を代えて見たりもします)また、こんな話もございます。ある日、確か横浜アリーナだったと思うのですが、そこでメンバーの安部なつみさんつまり●なっちの卒業コンサートが行われたのですね。その時に、最前列の席の値段が、yahooオークションで、なんと・・・●100万という値段がついたというのを、たまたま電車の中でモーヲタ達が話しているのを聞いたことがあります。しかしながら、彼らには悪いのですが、私はその時、●100万円の席よりも前の場所で警備をしながら安部なつみさんを見ていたのです。これは今でも、彼らには非常に申し訳なく思っていることの一つでありますが、まぁ、そんなことはどうでもよくて、ここで重要なのが、もしかして、そのチケットを買ったモーヲタがいるのかもしれない・・・という世にも恐ろしいことを私はお伝えしているわけなのです。「なはは。そんなわけないじゃないか」と笑う方々もいらっしゃることでしょう。しかしながら、彼らに限っては、●ありうる話なのです。彼らをあなどってはいけません。さて、このようにしてモーヲタ達は、日本経済を活性化させているというのを我々は見てまいりました。次に彼らの特徴として挙げられるのが、これは私の特徴とも共通することなのですが、●バカみたいに熱いということなのです。また、先ほどの安部なつみさんの卒業式の時のエピソードになるのですが、彼らは非常にかわいらしいことに・・・●涙を見せるわけなのです。最初は僕も嘘泣きなのかな、と思って、その光景に「半笑い」だったのですが、だんだんと彼らは●号泣に変わっていき、果ては、●泣き崩れるという、もう立ち上がることができないくらいに泣いているわけなのです。彼らは口々に、「何で、何でだよ、なっち・・・・。突然すぎるよぉ・・・・」であったり、「忘れない!!俺は絶対にお前のこと、忘れない!!ありがとう!!」といったことを口泡を飛ばしながら、というかもう●ヨダレを垂らしながら叫んでおるわけであります。その姿はまるで、私の尊敬している「尾崎豊」のライブ映像を●死ぬほど醜くしたようなそんなものに私の頭の中でフィードバックされてゆき、そんな熱いパッションを感じまくったわけなのであります。従って、何度も言うようですが、私は彼らを尊敬さえしているのです。それは、私の信条にもよるものでもあるのですが、「自分に出来ないことをやっている人間は、誰であれ尊敬しろ」これを信念として掲げている私は、彼らを尊敬せざるを得ないわけです。そう、私は、あんな風に、彼らみたいに、上手く、ダンスを、踊れねぇ!!(by 井上陽水)←分かる人だけね☆というわけなんです。つか、ぶっちゃけ、負けた。モーヲタって、だいたいが、ちっちゃいオッサンとか小太り気味の人たちなんですね。んで、実は僕は運動神経にはかなりの自信があって、スポーツだったらだいたいのことを人並み以上にこなせたりするわけなのですが(さりげなくアピール♪)踊りはやったことがない。それに、今あの踊りをやれって言われても全然出来ないと思う。あれ、たぶん相当練習してると思います・・・」「なるほど。そうですね。私も確かに、アレは別の意味で踊れません。それでは、本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。では、本日の教訓は・・・「継続は、なんてったって力なり」ということでよろしかったでしょうか?」「はい。その通りです。」では最後に、昨日の仕事の帰り際に、勇輝さんが入手されたというモーヲタ極秘資料をご覧に入れながらお別れしたいと思います。(昨日、モーヲタの人達が雨の中、熱心に配っていました)【新宿の夜を熱く焦がしてきたモーヲタ(モーニング娘。ヲタク)パーティー「爆音娘。」。天井から汗が滴り落ち、ビルは震度3の横揺れの超熱気フロアを作り出してきた最大最強のモーヲタパーティーが、ロックの聖地、新宿LOFTに乗り込む!LOFTをヲタ色に染めろ!】とのことです(笑)。(注意書きとして、替えTシャツとタオルはお忘れなく!!と書いてあります・・・)興味のある方々は是非とも参加されたらよろしいのではないでしょうか。(※この催し物に、紅影勇輝は一切関与しておりませんし、参加もいたしません。)それでは、ごきげんよう!!←なんとなく、バカなことをここまで頑張って書いた僕を、評価してクリックしてくれても良いと思う。
2005/05/07
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□モーヲタ生態学(モーヲタ生態学1をお読みになっていない方は、まずコチラからお読み下さい)「ところで、今日は勇輝さんはモーニング娘。さんのコンサートへ行ってきたと聞いたのですが・・・」「そうなんです。それで、つい先ほど帰ってきたばかりなんですよ。本当はあまり行くつもりはなかったのですが、少しでもこういったことのネタになればと思い、行って参りましたよ。もちろんスタッフとしてですが。今回行われたコンサートは東京でのツアーファイナルのコンサートでして、石川梨華さんの卒業式もかねたものなわけです。その時の模様が、オープニングでも紹介されたあの写真なのです。他の写真も少し紹介しますと、これ。これは日本武道館の入り口付近の映像なのですが、何やらモーヲタ達の群れが列をなして生息しておったわけなのです」「ほほう。それは大変興味深いですね」「そうなんです。それで、何かなぁ、と思って列を辿って武道館の中へと入って行ったのですが、そこで目に入ったものが、これ。「実はこれ、会場限定販売のグッズを買うために並んでいたわけなのですね。数量限定ですから、私のような係員よりも早く来て、たぶん朝から並んでおったのです。けなげですねぇ。」「では、もっと踏み込んだところで、勇輝さんが発見されたモーヲタの生態というものを詳しく教えていただいてよろしいでしょうか?」「はい、分かりました。まず、凄く大事な特徴を一つ挙げるとするとそれは、●彼らはモーヲタを演じているということなのです。例えば、彼らの基本ファッションの一つに●ピンクの特攻服(そこに石川梨華命などと刺繍が入る)というものがあるのですが、例えば、こんな感じ(色違いなので基本スタイルとは若干イメージが違うが・・・あからさまな写真撮影は出来ないのでなかなか難しいのです。彼らを必要以上に刺激してはいけないのです)さっきのモーヲタ達が列をなしている写真をもう一度見てみてください。そう、彼らは会場に来るときはいたって普通の私服なのです。そして、彼らは会場に来てから、「赤信号みんなで渡れば恐くない」よろしく群れをなして着替えを始めるのです。つまりは、●そのカッコで電車を乗ることが、恥ずかしいことくらい知っている。ということが言えるわけなのです。つまり、彼らはモーヲタを完全に演じている。これは画期的な発見ですよ。このことを言っている人を私は見たことがない。更に、私はある仮説を打ち立てました。彼らにとって「モーニング娘。」というアイドルグループは、一種の●祭りなのではないかという仮説です。どういうことかと言いますと、彼らはあんな風にしてても、別に頭がおかしいわけじゃない。彼らにも日常に戻れば、当たり前のような生活、当たり前のような仕事、そういったごく普通の日々が待っているわけです。しかし、人は時にそういった単調な日々、ありふれた日常に嫌気がさしてくる。その結果、非日常的なものを求めるようになる。すると、血気盛んな男たちはどうするか。ナイスガイな男前たちはどんな行動を取るのか・・・そう、●祭りへと繰り出す!!そうなんです。形は違えど、彼らにとってこれは祭りなのです。その証拠に、コンサート終了時、彼らは●マジ、汗だく!!なわけです。そりゃそうです。アホみたいに踊り狂ってますからね。男の汗です。臭いのです。そして、私たちスタッフの「ロビーへ出てください」の案内も虚しく、その場でお着替えタイムが始まってしまうのです。なので、そういった観点で見てみると、「お前らさぁ・・・、その汗の半分くらいをよぉ、他の何かに使ったらどう?」などという助言は彼らにとっては非常にナンセンスなものなのです。神輿を担ぐ野郎供に向かって「ねぇ、そんな無駄な汗かいてないで、仕事しなよ」と言うようなものです。熱くなった野郎どもを止める手立てなんてありはしない。そうなのです。彼らにとってモー娘。は、神輿であり、祭りであり、男の汗なのであります!!さて、このようにして私たちは今までに、●モーヲタはモーヲタを演じているということを明らかにしてきたわけですが、ここで私は一つ、大切な哲学的問題提起をなさねばなりません。そのためにはまず、前提として知っておいて欲しいことがあるのですが、それは、●人生とは演劇であるという発想です。よく、「演じている自分」と「本当の自分」などという区別をしたりしますが、私に言わせてもらえば、そのような区分けは非常に無意味なことなのです。我々は演じるしかない。何故なら、本当の自分などと考えている自分も、実は今までの日々の蓄積で培われてきた「演じている自分」の集積なのではないかと考えるからです。つまり、習慣化し固定化して慣れ親しんだ「演じている自分」を、我々は「本当の自分」と思い込んでいるだけなのではないかと思うわけです。ならば、私たちに大切となってくるのは、自分を知ることというよりもむしろ、●どんな自分を演じたいかだと思うのですね。結局のところそれしかないと思うわけです。それを踏まえて頂いたたうえで、私はこう問いたい。●ダメな自分を演じていませんか?これは結構、「ドキッ!!」っとする人多いんじゃないでしょうかね。実際、僕もそうでしたしね。「私って、どうせこんな人間だし」とか「俺って、どうせ才能なんかないし」などと言い訳して、●ダメな自分を演じていませんか?モーヲタ達は私たちにそんな命題を突きつけてくるのです。彼らは最高に楽しい自分を演じています。それを見て、私たちまでも楽しませてくれます。彼らは開き直っているのです。皆さん、モーヲタ達に少しでも学んでみてください。そして、私から最後の質問です。●皆さんは、どんな自分を演じたいですか?←まだかなり騙されてる感は否めないが、少し納得したという人はクリック!!<モーヲタ生態学3へ続く!!>
2005/05/06
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□はじめにまずは、こちらの写真をご覧下さい。ドスン!!(とんねるず石橋風)本日、日本武道館にて。ルールル、ルルル♪ルールル、ルルル♪ルールールールー、ルーッルー♪「『徹子の部屋っぽい感じで』、のお時間が今週もやってまいりました。司会の白柳徹子でございます。今回お招き致しましたゲストは、あの人気アイドル歌手グループ「モーニング娘。」さんのファンたち、つまり、モー娘オタクを省略して●モーヲタと呼ぶのだそうですけど、彼らの生態に並々ならぬ関心を注ぎ、研究を続けていらっしゃる紅影勇輝(こうえい ゆうき)さんに本日はお越し頂きました。どうぞ、こちらへ」(拍手の後、勇輝登場)「どうもどうも、よくおいで下さりました。早速なんですがいくつか質問させていただいてもよろしいでしょうか?」「ええ、構わないですよ」「では、勇輝さんは、モーヲタという生き物にはいつ頃から関心を持たれ始めたんでしょう?」「はい、まだ2年ほど前からなんですけれどね、その頃から私はコンサートの●運営スタッフのアルバイトを始めたんです。まあ、簡単に言うと、コンサートを見に来られたお客さんを案内・誘導・警備するという仕事なんですが、それである時に、モーニング娘。さんのコンサートへ仕事として行ったわけなのですが、その時に私は見てはいけないものを見てしまったのではないか、というくらいに彼らの存在に●激しい衝撃を受けたのです。そこからですね、彼らに魅せられ、そして彼らの生態を研究し始めたのは・・・」「なるほど。まだ、出会って2年余りというのには驚きですけれども、ということはお仕事でコンサートに参加しながら彼らの生態を研究されてきた、ということでよろしいのですね?」「ええ、その通りですね。私は警備として彼らを監視しつつも、観察を続けてきました。コンサートスタッフというのは、舞台を見るのが仕事ではありません。お客さんが撮影や録音をしていないかなどの不正をチェックすることがメインの仕事となるのです。なので、舞台が目に入るのは全体の一割~二割ほどの時間で、残りの八割以上の時間はお客さんを見ているということになるのです。その時間が、私にとってはうってつけの研究時間となったわけなのです。」「ほほう、そうですか、いきさつはよく分かりました。では次の質問に移りたいと思います。では、勇輝さんは一体モーヲタ達のどういった辺りに魅せられてしまったのでしょうか?出来るだけ具体的にお聞きしたいのですが」「はい、そうですね、これは先ず最初に断っておかなければならない重要な点なのですが、はっきり言って彼らは・・・●キモイ!!わけですね。これは、どうあがいても覆すことの出来ない事実なわけです。例えば、こんなことや、(画像が粗くて分かりにくいかもしれないが、全身にプロマイド写真が貼り巡らされている)こんなことになってたりするわけです。ただ、誤解のないように言っておくと、「キモイ」というのはまだモーヲタ初心者の考え方なのですね。「キモイ」と言っている程度ではまだアマチュアなのです。では、私クラスのプロフェッショナルな研究家はどう見るのかというと、彼らがライブ中に、踊り狂っているのを見て、というか、中には「お前、モー娘達本人より踊りのキレあるだろ!!」って奴なんかもいて、彼らは往々にして、コンサート前に歌番組やライブDVDなどを見て踊りを練習してきているわけなのですが、そんな彼らを見て・・・「あれ?コイツらって、ちょっとかわいくねぇ?」と、このような神の領域にまで達するわけなのですよ。「嫌い嫌いも好きのうち」などと申しますが、私の場合、「キモイ」という感情が一回転して、●かわいいというところまで来てしまった訳なのです。昨今のお笑いブームなどが良い例なのですが、アンガールズなどというお笑いコンビがいますね。彼らのことを世の女子高生たちはどう評価しているかというと・・・●キモかわいいつまり、キモイけどかわいい、ということなのです。あのひょろ長い容姿がウケているわけなのです。私のスタンスも基本的にはこれに近いものがあります。当然ね、モーニング娘。さんたちが踊っているからこそ、かわいい振り付けなのであって、男どもがいくら頑張って踊ったところで、●かなり見苦しいのは分かりきっているのですよ。しかし、私は思った。彼らはそんなことはとっくに分かっているのではないかと。それでもなお、彼らは踊り続けているのだと。それは何故か。彼らは「表現」をしたがっている。記憶にまだ新しい、ヤマンバギャルなどと同じように、消えそうな自分の存在を何とか保つために、必死になって世の中にアピールしている。それに気付いたときに私は、「ああ、コイツらって、意外と良い奴やんか・・・」そう思ったんです。」「はい、それではお話も尽きないところですが一旦CMを挟まさせて頂きたいと思います」←長くなりそうなので、ここいらで一旦休憩のクリックや!!<モーヲタ生態学2へ続く!!>
2005/05/06
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久しぶりに、タイトルに入ってきた●オナニーというフレーズ。ようこそ、ここへ♪遊ぼうよ、パラダイス♪何故か光ゲンジの「パラダイス銀河」を歌いながら、日記を書き始めた僕ですがさぁ、スタートだ!!(ナンだ!?このノリは?自分でもよう分からん・・・)とりあえず、ローラースケートなんかより、●ロンリースイートなお前が好き・・・どうも、紅影勇輝(こうえい ゆうき)です(恥・・・)。今日は、僕ちょっと真面目モードですよ。(って、もうすでにフザケテルって?)でもなんせ、テーマが「芸術とオナニーとSEX」ですからー!!(って、やっぱフザケテルって?)でも、俺は大真面目なんだよ!!っていうか、お前にフザケテルなんて言われたくない!!マジ、言われたくない!!今の取り消せ!!撤回しろ!!名誉毀損で絶対訴えたるからな、コンチクショウ!!さて、場の空気が完全に重たくなったところで(笑)、本題に入ろうと思います。実は、今、僕はとても怒っているんです。誰にって?それは・・・「芸術って結局は、オナニーだよね・・・」とかヌカしとるそこのお前、そう、そこのお前に対してだ!!これって結構よく言われるフレーズだと思うんです。作家さんとかでも言っている人を見かけたことが僕はあるんですが、一体、何なんでしょうか?この風潮は。以前に僕は「表現することは、生きることである」というようなことを書きました。(詳しくはコチラを!!)ブログに限定するまでもなく、文章全般を書くことや詩をしたためること、しいてはあらゆる日常のコミュニケーションに至るまで、様々な場面において「表現」することが行われているんだと。そして、それはもう、●呼吸をすることと同じくらい生きることなんだと。皆さんの多くはたぶん、「表現すること」と聞いて真っ先に「芸術」の分野などを連想されるかと思うのですが、それは完全なる誤解で、家族や友達や恋人と、話をしたり電話やメールをするだけでも、それは立派な「表現」に含まれるわけです。また、絵を書くことが好きだったり、詩や文章を書くのが好きだったり、写真や俳句が好きだったりと、そういった「趣味」なんかも自己表現の一つですし、究極を言えば、この世界は、●神の「表現」かもしれない。(前に僕は、この世界は神が自己を知るために作った鏡なのかもしれない、ということを書きました)(詳しくはコチラ!!)そこで、僕の主張。●芸術はオナニーなんかじゃねぇ!!ましてや、●表現はオナニーなんかじゃねぇ!!そう、芸術や、表現は、●SEXじゃろうがいっっ!!マジ、脳天かち割って、奥歯ガタガタいわしたろかい!!ボケがっ!!おい、そこのポカーンとしてる、お前。そう、そこのお前のことだよ!!じゃあ、聞くけどな、お前は、他人に自分の「オナニー」を見せるのか?え?自慰行為のことだよ!!「オラのオナニー見てください」って見ず知らずの人にわざわざ言うのか?ま、そういう趣味の人もいるだろうが・・・それは置いといて、普通はオナニーって見られると恥ずかしいもんでしょ?つーか、暗黙の了解として、見たらダメだし、見られたらダメなもんでしょ?じゃあ、「芸術」の基本スタンスはなんだ。そう、●作品を他の人に鑑賞してもらうことだったら、「芸術=オナニー」って何で言える?いや、確かにね、芸術家達っていうのはさ、「俺は人に見せるために作ってんじゃねぇんだ。ただ、俺が楽しいから作ってんだ」って言ったりするよ。それに、僕はその言葉を否定するつもりは毛頭ないよ。自分が楽しいから作る、じゃないと続かないからね「表現」なんてもんは。でもさ、考えても見てよ、あの大天才の画家ゴッホでさえも、自分の作品が世間から全く評価されないことを気に病んで、●晩年は発狂したわけですよ。皆さんは、自分のオナニーが他人に見てもらえなくて気が狂って発狂したりしますか?しませんよね?確かに芸術には、「自分が楽しいからやる」というオナニー的要素は含まれるけれども、もっと違う何かが大きな構成要素となっていると考えるのが自然。ここで、僕には新たな疑問が湧いてくる。それは、「オナニーってそんな独りよがりで刹那的なもんですか?」ってこと。それで、これはもしかして僕だけなのかもしれないけれど、僕はぶっちゃけ、オナニーを、●SEXの予備訓練と捉えておるわけです。(確かにオナニーには性的欲求を満たすというのも大きいのですが)僕は正直、少しだけ早漏気味なのです。(公共の場で何を発表してんだ、俺は!!)だから、僕はオナニーによって過酷な猛稽古を積まなければいけない。そう、●持続時間を延ばすためにね!!となると、ここで重要になってくる考え方は、「オナニーは、SEXという本番への予備訓練である」という考え方。間違いなく、オナニーの延長線上にSEXはある。(つーか、オナニーの延長時間上にSEXはある?)つまりは、芸術というのは本来、オナニーという自己満足的な要素を含みつつも、その一人訓練によって、それが他者の目に触れるのに耐えられるようになり、誰かによって鑑賞されたときに初めて、それは、SEXという建設的行為となる。つーか、オナニーじゃ子供はつくれないしね・・・。つーかさ、それより、何よりさ、肉体的な快楽という意味だけじゃなくて、もっとプラトニックな側面において言ったらさ、んでもっと、人と人との繋がりとか、人間の心の部分とかにフォーカスしていくとさ、SEXっていうのは、もっとこう、人と人との綺麗な感情の紡ぎ合いっていうのかさ、そのお互いの「好き」っていう気持ちの●「結晶」なわけじゃないですか、本来は。だったら、逆説的かもしんないけどさ、SEXはさ・・・●SEXは「芸術」と言えるじゃろうがいっっ!!だから、芸術は「SEX」と言えるじゃろうがいっっ!!オナニーじゃないじゃろうがいっっ!!自己満足と違うんじゃ、ワレがっ!!そう、そういえば、ある、H・Tという人気ロックミュージシャンがライブでこんなことを叫んでいました。「今日もギターとSEX出来て、最高だぜっ!!」つまりは、そういうこと。僕がこうまでして下ネタを連呼絶叫しながらも伝えなくてはならなかったその想いや気持ちを、この言葉は代弁してくれています。僕は、そんな風にして、芸術や表現というものと接していきたい。そして、そんな気持ちで、芸術や表現を楽しんで生きたい。そういうことで、本日は以上なのです←「共感できた」人も「何でキレてんのかイマイチ分かんない」人もクリック!!異論、反論、感想など大歓迎です♪是非コメントへ、どうぞ!!(ちなみに、今回のキレキャラは全くのコントですので、そういったものを理解されない方の「不愉快だ!!」などのマジレスはご遠慮下さい)
2005/05/05
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皆さん、「遥かなるバカ道」講演会へようこそ!!本日、訳あって師範の代役を務めさせて頂くことになりました紅影勇輝(こうえい ゆうき)と申します。どうも、はじめまして。さて、本日は誰の代役かと言いますと、「遥かなるバカシリーズ」のバックナンバーをお読みになっている方々ならばお分かりになられます通り(※詳しくは是非バックナンバーへ)「遥かなるバカ道」をその腕一つで築き上げてこられた、●ケロ師範のことでございます。では、彼の経歴を少しばかりおさらいしておくことと致します。昨年開催されました、腕利きの猛者たちが全国から集まるバカの総合格闘技「B-1」では、3年連続で、栄えある●グランプリを獲得され、バカ新時代への革命児と謳われる風雲児でございまして、その勢いは、「桜前線」ならぬ、●オツム・テンテンであるとまで言われております。(語呂だけやん!!)また、次の世代の若者たちの育成にも熱心に尽力され、各地方を回っては講演会を開いたりしておるわけでございます。言わずもがなではございますが、師範はこの講演を非常に楽しみにされておりました。しかしながら、講演会が近づくにつれて、「何か俺、体調悪いわぁ・・・」と、もらされることが多くなり、昨日、そう、昨日のことなのですが、「ボク、ぽんぽん痛いの・・・、ボク、ぽんぽん痛いのん・・・」と、図ったかのように腹痛を訴えられ、更には、「うおっ!!背骨折れた!!歩いてたら、突然背骨が折れた!!明日の講演が、明日の講演会が心配だ!!」と、おっしゃられ、明らかな、●仮病を訴えられておりました。医者の方に診てもらいに行ったのですが何ともないということで、現在自宅療養中なのでございます。それで、師範の、「お前、代わりに行って来い」の一言で、私にこの講演の白羽の矢が立ったということなのです。というか、ぶっちゃけこの地方講演、毎回、僕が全部やってるわけなのですが、これも師範流の「バカ道」の一環だと理解しております故に、師範に報告に行く時は必ず、「今日も師範のお話で大爆笑でしたよ・・・」と言って、偽りの笑みを浮かべる毎日であります。さて、そろそろ本題に入ることに致しましょう。師範のおっしゃられた名言の一つに、「バカは一日にしてならず」という言葉がございます。僕はこの言葉にふとした疑問があったので師範に質問してみました。「それって、ローマは一日にしてならず、のパクリじゃないですか?」すると、師範は自信に満ちた鋭い眼光でお答えになりました。●俺のが先だ!!「そ、そうですか・・・」と、ツッコむことさえ面倒になった僕を無視して、師範は更に続けました。●もちろん、叶姉妹のパクリだ!!ああ、「美は一日にしてならず」のやつね・・・。また、こんな話もございます。ケロ師範の永遠のライバルとして「ガッツ石松」先生というもう一人の大天才がいらっしゃるわけですが、ガッツ先生と比較していきながら少し述べていきましょう。ガッツ先生が「太陽はどこから昇る?」という問いに対して、「太陽が昇るのは右からだろ」と答えられたのはあまりにも有名な話です。当然、ケロ師範にも同じようなエピソードがございます。小学生時代の理科の実験での出来事です。その時は、方位磁石を使って太陽の出ている方角を調べていました。先生の「分かる人?」の質問に一斉にみんなが手を挙げたのですが、その時偶然にも先生がケロ師範を指したのです。師範は自信満々に答えました。「こっちです!!(方位磁石のNを指さしながら)」先生は間を空けずに言いました。●うん、真逆だね。師範の解釈はこうです。つまり、N=ナン(Nan=南)。そして、S=セイ(Sei=西)。え?違うの?と焦ったあなた、かなり僕ら側の人間ですね(笑)。正しくはもちろん、N(North=北)、S(South)=南、です。ただ、学習能力のない師範は、それ以来今でも方位磁石が良く分からないということです。また、ガッツ家で飼っている猫の名前は、ずばり、●「猫」というエピソードは有名ですが、ケロ家で最近飼い始めた亀の名前は、ずばり、●「エンジン」これは、言わずとしれたフジの月9でやっている木村拓哉さん主演のドラマのタイトルでありまして、見られていない方はご存じないかもしれませんが、木村さん演じる主人公がレースをする際に服に縫い付けているのが「亀」のマークなのです。なので、師範が亀の名前をこのドラマと同じくした理由は、ずばり、●流行ってるからもっと言うと、●何かモテそうだからということでございます。さて、もう一つ、豆情報をお送りして、本日の講演を終了させて頂きたいと思います。僕は試みに、ケロ師範に「尊敬する人物は?」と聞いてみました。すると師範は間髪いれずにこう答えました。●エリンギは?????というか、ここまでくると、訳が分かりません・・・。「エリンギってあのキノコの?」と僕が聞くと、彼は「いや、知らん・・・」と答えました。たぶん、彼は頭に浮かんだ横文字を口にしただけ。もっと言えば、たぶん彼は横文字を使って、●ちょっと頭良さげに見せたかっただけでしょう。そんな、プリティーキュートな「プリキュアー」なケロ師範でございます。ということで、本日の「遥かなるバカ道」~ケロ師範とガッツ石松先生の比較論~を終わらせて頂きたいと思います。皆様、ご清聴誠にありがとうございました!!←ケロ師範がちょっと好きになった人は、クリック!!
2005/05/04
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何もかもがね 僕へと繋がらないんだ通りを歩く人ごみも 街の風も誰に奪われた訳でもないのにさアスファルトの路面に書かれた白い矢印と「一方通行」という文字戻れないあの頃には、もう戻れないよ空っぽのこの心を誰か埋め尽くしてくれよ生きるのは容易いと言ってくれよあの時、君は黄色い絵の具をぶちまけた空白の僕太陽のような君photograph & poem by 紅影勇輝←クリック投票にご協力を!!
2005/05/03
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随分、遠くまで流されてきてしまったね君と僕を乗せた小船はどこへ辿り着くのか寂しそうに 君は空を見上げている雨でも降りそうな よどんだ雲行きの朝Ah、そこに幸せはあった 悲しみのちょうど反対側に隠れて取り残されたんじゃない ただ少し 怖くて目を閉じていたこの暗闇を通り過ぎればそこは僕たちが探していた 光のある場所何かの呼ぶ声が 波の飛沫にかき消されてゆくそんな時は必ず 雨降りの風君は両手を合わせ 祈っていた神様でも 海でもなく たぶん、自分自身にAh、そこに愛情はあった 憎しみのちょうど反対側に隠れて放射状に伸びてゆく 正しさも間違いも意味を成さずに何もかもをありのままに・・・「例え、何もないとしてもね」と、君は微笑むAh、強く抱きしめ 熱く接吻(くちづけ)よう満たされるはずのないものを 補うように僕らが見つけた悲しみを辿って幸せと安らぎの彼岸へ真実は、光と闇の彼方に・・・witten by 紅影勇輝←クリック投票にご協力を!!
2005/05/02
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2005/05/01
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