アルメニアのピアニストティグラン・ハマシアンが初めて1920年代から1950年代のアメリカのスタンダードに挑戦した「Standart」というしゃれたタイトルのアルバムを録音した。 ハマシアンは以前はレンタルCDで聴いていて、購入したのは今回が初めて。 スタンダードが換骨脱胎とでもいえるような変貌ぶりで、ハマシアンのオリジナリティがあふれる創造的な音楽だ。 これで、気に入らなければそれまでなのだが、その換骨奪胎ぶりの徹底さ加減がなんとも潔いというか、ここまでやればあっぱれとしか言いようがないと思わせるものだった。 ハマシャンはアルバムについて次のように語っている。 「このアルバムで私は、これまで温め発展させたきた様々なテクニックやアイディアを、ようやく振り返る機会を得たレパートリーに用いることによって、その音楽に対する心からの感謝を表現した」 ピアノ・トリオでの演奏は彼らの強固な結びつきが生む、緊張感のある音楽が楽しめる。 ゲストが入る曲では、ピアノ・トリオでは味わえない幅広い音楽が楽しめる。 なお曲を知っているほうが、なぞかけを解くような、彼らの音楽の面白さがよく分かる。 「I Didn't Know What Time It Was」は、もともと爽やかな曲なのだが、突っかかるような変拍子のリズムが新鮮だ。 ハマシアンのゴリゴリとしたピアノも聴き物。 「All the Things You Are」は打って変わって、アルペジオとトリルを多用したピアノに乘ってマーク・ターナーの耽美的なテナーが歌う、大変魅力的なナンバー。 おそらく、数万回?演奏されてきたこの曲で、このようなアプローチがされたことは稀だろう。 パーカーの「Big Foot」は猛烈な速さの演奏。 ジョシュア・レッドマンの乾いたテナーが圧倒的な力で驀進する。 ハマシアンのピアノ・ソロも負けじと熱演を繰り広げる。 ジャズを聴く醍醐味が詰まったナンバー。 「Softly, as in a Morning Sunrise」はピアノ・トリオでの演奏。 変拍子の猛烈な速さで一気に駆け抜ける。 途中ピアノの弦を弾く場面もあり、実に面白い演奏。 前衛ジャズ作曲家兼トランぺッターのアンブローズ・アキンムシーレが2曲で参加している。 「I Should Care」はピアノとのデュオ。 比較的まともな演奏なのだが、トランペットが雑味の多い音で、あまり楽しめなかった。 「Invasion During an Operetta」は参加メンバー全員の作曲で、セッションで作られたフリーフォームな曲のようだ。 「オペレッタ中の侵略」とは意味深長だが、曲とのつながりは不明。 ダークなムードが漂うなかなかいい雰囲気で、「Softly, as in a Morning Sunrise」の断片も出てくる。 アキンムシーレの本領はこの曲にあるようだ。 最後のフェイドアウトもなかなか意味深だ。 最後は「Laura」 これもテンポが猛烈に速い。 メロディーが出てこないと思って、注意深く聞くと短い断片が所々で出てくる。 エンディングに近くなると、メロディーが長めに出て来て帳尻を合わせている。 初めて聞くと、基のメロディーを探すのに気を取られて、演奏が楽しめなくなる気がする。 トリオの他の二人はベースのマット・ブリューワーとドラマーのジャスティン・ブラウン。 ブラウンの曲により多彩なビートを叩き出す演奏は楽しめる。 ジャケットはピアニストを模したカリカチュア風のデザインで、演奏内容を表した優れたデザインだ。 ところでこの稿を書いているときにハマシャンではなくハマシアンであることを知り、自分の思いこみの強さを感じてしまった。 うっかり人前で言ってしまったら、とんだ恥をかくところだった。
1.Elmo Hope:De-Dah 2.Lorenz Hart, Richard Rodgers:I Didn't Know What Time It Was 3.Jerome Kern, Oscar Hammerstein II:All the Things You Are (feat. Mark Turner) 4.Charlie Parker:Big Foot (feat. Joshua Redman) 5.Bernard Hanighen, Gordon Jenkins, John Mercer:When a Woman Loves a Man 6.Oscar Hammerstein II, Sigmund Romberg:Softly, as in a Morning Sunrise 7.Alex Stordahl, Paul Weston, Sammy Cahn:I Should Care (feat. Ambrose Akinmusire) 8.Ambrose Akinmusire, Justin Brown, Matt Brewer, Tigran Hamasyan:Invasion During an Operetta (feat. Ambrose Akinmusire) 9.David Raksin, John Mercer:Laura
Tigran Hamasyan(p) Matt Brewer(b except 4,7) Justin Brown(ds except 4,7) Mark Turner(ts track 4) Joshua Redman(ts track4) Ambrose Akinmusire(tp track7,8)