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約1年間の間続けてきた楽天ブログ。いろいろ考えた結果、FC2ブログへと移転することにしました。新ブログのアドレスはhttp://heavenlyblue09.blog110.fc2.com/ です。ブログ名は変更していません。もしよかったらFC2ブログの方へ遊びに来てください。書く内容は今までと変りません。日々の感じたことや思いついたことなど、好き勝手に書いて、ボチボチ更新していくつもりです。
January 16, 2010
来週、親友の誕生日が来ます。どんな時にも、わたしがわがままを言っても、むちゃを言っても、八つ当たりしても、静かに寄り添ってくれる、優しい人です。もう二十○年来のお付き合い。そんな友人の誕生日を本当なら会って、食事をしながらお祝いしたいのですが、なかなかそうもいきません。せめて、何か。わたしは昔からプレゼントのセンスが本当に悪いんです。気が利かないっていうか・・・。彼女が前に言っていた言葉を思い出しました。「手作りの物って、それが自分に合うとか合わないとかじゃなくて、その人がそれを作っていたときに、わたしのことを思っていてくれてたってこと、それが嬉しいのよね。」で、編むことにしました。小さなモチーフを編んで、それを連続編みでつないで、マフラーにします。今年はまだまだ寒くなりそうなので、マフラーなら何枚あってもいいかな、と思って。誕生日が来週ということは、今週中には編み上げないと誕生日当日までに彼女の元に届きませんね。がんばります^^
January 14, 2010
1月2日。啄木を可愛がってくれた姪や甥が啄木に会いに来てくれました。啄木が好きだったお菓子を持ってきてくれて、生前の啄木を偲びながら、笑って時間を過ごしました。あの子たちが帰ったら啄木をわたしの自室に移そうと思っていました。なので、昨日の午前中に啄木のお骨はリビングルームからわたしの自室へと引っ越しました。父はリビングに置いておいても構わないと言いました。でもねぇ~。来客があるたびに、啄木の話をするのは正直辛いんです。啄木のことを知っている人ならともかく、知らない人に説明するのって・・・。先方だって、なんだか話のネタに聞いてくるだけのような気もするし。新しい場所の居心地はどんなでしょう。タク、文句があれば言ってこい!今日はお花を新しいものに変えようと思っています。年末年始で花屋さんに置いてある花が正月のお飾り用か仏花しかなくて、仕方なく買った仏花ですが、啄木にはちょっと違う感じです。まぁ、これもわたしの自己満足のためですね。啄木の魂は切花なんていらない、キレイで気持ちのいい場所に居るのでしょうから。
January 9, 2010
わたしは必ずお正月に風邪を引きます。生涯でわたしは2度インフルエンザに感染したことがありますが、2回ともお正月に発病しました。そして、今年も3日の夜に発熱。咳と鼻水と微熱で、4日と5日は部屋の中でヘロヘロしていました。おかげで冷蔵庫の中は空っぽとなり、昨日は気力を振り絞って、今年初のスーパーへ食料の買出しへ。病は気から!一度外へ出てしまえば、もう復活です。今日は7日。わが家では七草粥を食べて、お正月は終了します。本来の七草粥は7日の朝に食べるものだそうですが、わが家は家族が揃う夕ご飯に食べています。さて、わが家のアデニウム。去年の様子はこんな感じでした。2009年2月6日今年も咲いてくれました。たくさん蕾を持っているので、これからまだ1ヶ月は楽しませてくれると思います。去年1年でグンと背が伸びました。その結果、ちょっと間延びした感じになってしまって。去年の方が立ち姿がキレイです。花の数も少ないです。やっぱり去年一年放置気味だったからでしょう。すぐに形になって現れてしまいますね(><)そして、これは母が育てている胡蝶蘭の花芽です。ホントに写真がヘタクソで、わかりにくいと思いますが・・・。わが家ではオンシジウムは良く咲くのですが、胡蝶蘭は初めてです。開花が楽しみです。
January 7, 2010
2010年のカウントダウンはフジテレビのジャニーズ番組でしました。今年もジャニーズの男の子たちの笑顔で新しい年を迎えました。みんな元気で無邪気でなによりです(笑)その後、一度テレビのボリュームを消して、窓を開けて耳を澄ますと今年も聴こえました。除夜の鐘の音。家の周りにある数件のお寺で鳴らす鐘の音を聴いてわたしは年が明けたことを感じました。番組を最後まで観て、森光子さんは今年も頑張るんだなぁ~(番組の最後にゲストで出演しました)などと言いながら家族それぞれが自室へ引き上げました。これがわが家の行く年来る年です。そして、気のせいだとはわかっているのですが・・・。眠くなるまでベッドの中で深夜の番組を観ていると、ふっとわたしは啄木の匂いを感じました。ワンコ独特といいますか、啄木独特といいますか。わたしの好きだった啄木のおでこの匂いです。シーツや掛け布団や枕カバーの匂いを嗅いでみましたが、啄木の匂いではありません。でもわたしの胸のあたりから感じた啄木の匂い。嬉しかったですよ。本当に嬉しかったぁ~。5分も続かなかったと思います。新年の挨拶に帰ってきてくれたと勝手に解釈して、小さな声で「ありがとう」とつぶやいてみました。今朝の朝日新聞の社会面に「母と子 においの絆」 という記事を見つけました。その記事の最後に「五感の中で嗅覚は感情を生み出したり過去を記憶したりする大脳の部分と直接つながり、最も原始的で本能的といわれる。人は時ににおいを介して結びつく。」と書かれていました。昨夜の体験があったので、この記事には少し驚きました。匂いの記憶。わたしの脳の中に啄木の匂いが記録されていて、昨夜はきっとその記憶が何かのきっかけで呼び起こされたのかもしれませんね。不思議な体験でした。今年はどんな年になるのでしょうか。まったく検討がつきませんが、何事にも飾らず、自然体で接していければ、それが一番いいかな、と思っています。2010年1月1日 いつもと何も変わらない朝
January 1, 2010
バーンアウトシンドロームとは・・・それまで一つの物事に没頭していた人が、心身の極度の疲労により燃え尽きたように意欲を失い、社会に適応できなくなること。精神心理学者のハーバート・フロイデンバーガーが1974年代に初めて用いた造語で、日本語では「燃え尽き症候群」とも呼ばれる。(出典:e-ヘルスネット)わたし、これかもしれません。啄木の四十九日が過ぎて、急に襲ってきた軽いうつ症状。社会に適応できなくなる、そこまで至ってはいないと思いますが、なにもやる気が起きない。やる気が起きたとしても、すぐにやりたくなくなる。集中できない。イライラが募る。でも、眠れています。食べてます。だからまだ大丈夫なのかな?テレビのニュースやワイドショーで流れる「今年一年を振り返って!」のコーナー。これが嫌なんです。おそらくここ数日のわたしの憂鬱の原因はこれにあると思います。政治の大転換や芸能人の麻薬汚染のニュースがちょうど啄木の闘病時期と重なっていて、それらのニュースがテレビに流れるたびに、わたしはその時の自分の辛かった気持ちが甦ってきてしまいます。なるべく辛い記憶は心の奥の奥に封印してしまいたいのに。昨日から大掃除を始めました。「今年はやらなくてもいいかな」と思っていたのですが、急に昨日の朝、わたしの中の大掃除スイッチがオンになりました。無理せず、少しづつ、明日、床の掃除をして終了にします。年賀状が書けません。気分的には喪中なわたしです。あけましておめでとう・・・なんてねぇ~、と軽くキレ気味(笑)いい歳をしてこんな事を言っている場合ではないので、本当にご無沙汰している人にだけ。あとは、もうメールで・・・いいですか。今年最後の日記がこんなに投げやりな気分で良いのか!燃え尽きてしまって、今は灰の状態にあるわたしです。来年はまた一からやり直すつもりで、頑張ります。だから、あと3日間は灰のままで。灰のままでいさせてください。
December 29, 2009
仏教ではお釈迦様のいる場所を西方浄土と呼ぶそうですね。この写真は今朝のわが家から見える西の空です。今朝、わたしは啄木の夢で目が覚めました。時計を見ると6時。啄木の朝ごはんの時間でした。いつも6時半に起きるわたしを啄木は決まって6時ごろから、わたしの枕元に座って、わたしに顔を近づけて、自分の鼻息を吹きかけて、わたしの目を開かせようとしていました。ねぇねぇとか、顔をペロッとするとか、無理にわたしを起こそうとすると叱られることを経験で知っていたのです。啄木がいなくなってしまってから、わたしは啄木の夢を一度も見ませんでした。見たくて、夢の中ででもいいから、会いたくて、眠りに入るギリギリまで啄木のことを考えていたのに。11月1日に亡くなった啄木の今日は四十九日です。旅立ちの日です。夢の中でわたしは啄木といつものリードを付けてお散歩をしていました。そこは今まで行ったことのない森の中でした。啄木の足取りは軽快で、力強くて、わたしは少し引っ張られ気味で、啄木の後を付いて行く感じでした。森の向こうに光が射している場所があって、そこにウエスティばかりがたくさん遊んでいる様子が見えてきました。啄木は夢中でわたしを引っ張って、そこに向かおうとしています。すると、ふっとリードが外れて、啄木はその光の射している、仲間たちのいるほうに振り向きもせずに走って行ってしまいました。わたしは必死に、「タク、どこ?」叫びながら、走って追いかけましたがもうわからなくなってしまいました。たくさんいるウエスティの中に混ざってしまって、群れの中にチラチラと赤い首輪が見えるのですが、それが啄木なのかどうか・・・。わたしは目が覚めたときに直感しました。啄木は今朝、無事に閻魔様の審判を通過して天国へと向かったのだと思います。生前、彼は本当にわたしに力を与えてくれました。だから、その働きを評価してもらえたのではないでしょうか。夢の中の啄木が振り向かなかったのは、潔く、凛として、この世に別れを告げたからだと理解することにしました。そして、天国の手前にある「虹の橋」の入り口前の広場でわたしがいつかそこを通るその日まで、橋を渡らずに待っていてくれると信じています。だから、わたしも一生懸命、その時が来るまで天国に行かせてもらえるように、正直に、頑張って生きて行きます。啄木は今日のような冬晴れの朝が大好きでした。白い息をハァハァさせならが、霜の張った土の上をガンガンお散歩するのが大好きでした。啄木の旅立ちの朝が、澄みわたった寒い晴れた朝で良かった。タク、そこからおかあちゃんが見えますか?おかあちゃんは寂しくてしかたがないよ。寂しくて、悲しくて、メソメソしてるけど・・・タク、おかあちゃんは大丈夫だよ。心配しなくていいから、そこでみんなと仲良くね。ゴハンを一杯食べて、おもいっきり走りまわって、お昼寝して、遊んで、時々おかあちゃんのことを思い出してくれると嬉しいな。そして、待っていてね。また会えるその時まで、さようなら、タク。大好きだよ。 完結できない啄木の闘病記四十九日までにはなんとか終わらせたいと考えていました。 でも、最後の臨終の様子がどうしても書けません。 思い出すと手が震えてしまいます。時間が経つほど、苦しくなるその時の記憶。未完のままで、もう少し置いておきます。
December 19, 2009
先週忘年会があった日、時間があったの池袋の家電屋さんに立ち寄ってみました。池袋は今、家電戦争の真っ只中。ヤマダ電機とビックカメラのおかげで廃れ気味だった池袋東口は賑わいを取り戻したようです。で、目的はわたしの部屋のテレビの買い替えを考えていて、その下見。どこのメーカーで、サイズは、機能は・・・。安いお買い物ではないので、慎重に選ぼうと思います。ざっと見て、パンフレットをもらってそのコーナーは終了。まだ時間があるので、ipodの売り場へ移動しました。今わたしが使っているのは、ipod nano 第2世代。最新機種は第5世代なので、もう充分に働いてくれたことになります。その売り場で見つけた、「下取り」の文字。第5世代に買い換える際に、機種によるそうですが、第2世代だと3000円で下取りしてくれるサービスをしているそうです。これはラッキー。それなら買い替えましょう!ということで、昨日、今度は新宿で友人と食事をすることになったので新宿西口のビックカメラへ。愛用のipodを付属品のUSBケーブルと一緒にipod売り場に持っていきました。新しく買うnanoの色を決めて、店員さんのところへ向かいました。その時のわたしと店員さんとの会話。わたし:「これが欲しいので、わたしのipodを下取りしてください」店員さん:「かしこまりました。では、壊れていないかのチェックをさせていただきます」わたし: 「はい、どうぞ」店員さん: カシャカシャ・・・(わたしのipodの動作確認する音)店員さん: 「お客様、こちら不具合があるようですのでお引取りはできかねます」わたし: 「えっ、だって今まで聴いてたのよ(いきなりタメ口)!」店員さん: 「でも、見てください。動きませんよ。表示も出ませんし・・・」わたし: 「でもね、本当に今まで聴けてたのよ。おかしいわ。」店員さん: 「でも・・・この状態だとダメなんです」「あなたが壊したんじゃないの?」って言いたい気持ちをグッとこらえました。実は最近、ちょっと具合が悪かったんです。ディスプレイに出る文字が薄かったりもしてました。でも、だからって・・・この場で動かなくならなくてもいいのに。がっかりでした。でも、もうなんだか「それなら買い替えません」と言える雰囲気ではなくなり、結局、新しいipod nano 8GB買ってしまいました。もうビックカメラさん、売り場に変な電磁波流してませんか?八つ当たりしたくなりました。友人と食事をしての帰りの電車の中。壊れたipodのスイッチを入れると、ディスプレイにはキレイではっきりとした文字が表示されました。動きました。音もいつも変わらない。もう悔しくて・・・。今日のブログは「もうもう」ブログですね。何回「もう」って書いてることでしょう。わたしもまだまだ人間ができてませんね。たった3000円かもしれませんが、3000円ですよ。3000円があったら・・・・。久しぶりのブログ更新の内容がこんなグチばかりでは困りますね。でも誰かにぶつけないと納まらない気持ち。おかげさまで発散できました。さて、NEW ipod を使ってみることにしましょうか(笑)
December 16, 2009
すっかりご無沙汰してしまっている仕事仲間達と今晩、お食事会をすることになりました。いわゆる「忘年会」です。啄木との闘病中、人手が必要な時にもかかわらず、「大丈夫よ。タクちゃんのそばについていてあげて」と言ってくれて、わたしを啄木の待つ家に帰してくれた仲間達。実はわたしの抜けた穴を何日もの徹夜作業で埋めてくれていたことをわたしは最近まで知りませんでした。どのような言葉で感謝と謝罪の気持ちを伝えたら良いのかわかりません。本当にありがとうございました。今日集まるメンバーの中に女性が3人います。気に入ってもらえるかどうかわかりませんが、こんなマフラーを編んでみました。これはまだ編み掛け。あと少しで編みあがります。急に決まった忘年会なので、複雑なものは編めません。毛糸屋さんに行って、一見難しそうで、実は超カンタンにできて、誰が編んでも編み上がりがカワイイ、そんな糸はありませんか?と尋ねたら紹介してくれたのが・・・この毛糸、ぷくぷくポンポンヤーン『ルビーアマンデ』です。このブログの存在を仕事仲間達は知らないので、こんな事を書いていますが、それでも、心を込めて編みました。喜んでもらえるかな・・・。
December 10, 2009
実はわたしは啄木のお骨をまだ見ていませんでした。11月1日に亡くなって、2日に火葬して家に戻ってきた啄木。小さな骨壷の中に納まって帰ってきた啄木のお骨をわたしはその時、見ることができなかったのです。火葬をお願いした葬儀屋さんが「癌を患って亡くなった子のお骨は、老衰で亡くなった子のお骨に比べると脆くて少ないことが多いんですよ」と言っていました。そんなことを聞いてしまうと、悲しすぎて、余計に見られなくなってしまいました。人間のお骨は祖父母や叔父叔母が既に他界しているので、その葬儀の際に見てきました。でも、それとはまったく違う感覚でした。以前にこのブログに書きましたが、啄木は今リビングにいて、わたしはそのお骨の入った骨壷に毎日話しかけています。気にはしていました。お骨をこの目で確認したほうが良いに決まっています。啄木だって、いつまでも啄木が亡くなった現実から目をそむけるわたしを情けなく感じているでしょう。一昨日の午前中、家族が全員外出して、家にはわたしひとりになりました。その隙にお掃除を済ませてしまおうと思い、ガタガタとしている時にふっと、その気になりました。骨壷の入った袋のリボンの結びを解くときに、手が少しだけ震えました。中には白い陶製の小さな骨壷がありました。落とさないようにそっと蓋を開けました。一番上に小さな、本当に小さな啄木の頭蓋骨が、わたしの息がかかったらポロポロと崩れてしまいそうなほど儚げに、そこにありました。ひとりで見てよかったです。やはり泣いてしまいました。最近、父に「お前は泣きすぎだ」と言われました。血の繋がった親子って、遠慮がないから、ときどきキツイ時がありますよね。いつまでも啄木を引きずっていてはいけない。それは良~くわかっているのです。これでまたひとつ「お別れ」ができたのでしょうか。なんなのでしょうね。啄木と過ごした14年弱という月日はわたしにとってはとても長く、充実した、幸せの時間でした。家族よりも、友人たちよりも素の自分に寄り添ってくれていた存在です。そんなに簡単に啄木とお別れすることなんかできないのですよ。これがペットロスの苦しみなのでしょうか。同世代の友人にいわれました。わたし達、そろそろ・・・だよね、更年期。あんまりメソメソしてると、誘引しちゃうんじゃない、更年期。不定愁訴とかかなり辛いらしいよ。更年期、更年期って言わないでぇ~!やばいです・・・・(汗)
December 6, 2009
昨日のFNS歌謡祭この手の番組が流れはじめると、あぁ~、年末だなぁ~大掃除しなくちゃなぁ~年賀状印刷しなくちゃなぁ~忘年会のお誘いがあるかなぁ~なぁ~、なぁ~ばかりで、気ぜわしくなってきます。約4時間の長丁場の番組。晩ごはんの後片付けをしたあと、お茶を飲みながらちょっと観て、ゴミを捨てに行ってから(うちのマンション、いつ出してもOKなんです)、ちょっと観て、お風呂に入った後に、ちょっと観て、友人にメールを送ってから、ちょっと観て、それでもまだやってました(笑)今、ナツメロがブームなんですか?ずいぶん懐かしい顔ぶれの映像が流れていたり、稲垣潤一、森高千里、徳永英明あたりが頑張ってたくさん歌ってましたね。欧陽菲菲が出てきたときは驚きました。ティナ・ターナーみたいでした(これまた古い)。ダウンタウンの「HEY HEY HEY」も最近はナツメロやってますよね。「うたばん」もこの前観たときはカラオケとかしてたし。昨夜のわたしの一番のお目当ては今、なにかと話題の東方神起でした。5人横並びの立ち姿の美しさに定評のある東方神起。期待を裏切りませんでしたね。以前観たときよりも雰囲気がずいぶんと大人っぽくなっていました。解散の噂があるとか。もったいないですね。日本のアイドルはジャニーズ事務所の勢力が強いせいか、皆背が低くて、華奢ですよね。東方神起のようなアーティストは日本にはいないので、せっかく日本語もカタコトとおしゃべりできるんだし、解散なんかしないで、頑張ってほしいものです。なにかとりとめもなく、思いつくままに書いてしまった今日のブログでした。寒いですね。今日のわが家の晩ごはんは水炊き鍋です。
December 3, 2009
今日は啄木が逝ってしまってから4回目の日曜日です。啄木は日曜日の夜に亡くなりました。だからでしょうか、日曜日はなんだか「どんより」な気持ちになってしまいます。さて、「法要」をググったら(Google検索したら)書いてありました。仏教では、人は死ぬと極楽に行けるか、地獄に落ちるか、七日ごとに閻魔の庁という所で審判が行われ、 最後の審判日にあたる四十九日目に閻魔様から判決がいい渡される。この世に残された者はその審判日に裁判官に対して、故人の罪を少しでも軽くしてくださるようにお願いするのが「忌日法要」。だそうです。知らなかった・・・・。ワンコの場合もですか?そうなると啄木は、今日は4回目の審判の日。大丈夫かなぁ~フラフラして、偉い人の話なんて聞いていそうにないような気がする。心配です。今日が4回目の忌日法要の日だからといって特別なことはしませんが、わたしは、心の中で啄木の生前の偉かった、頑張った行いの数々を閻魔様に伝えたいと思います。啄木は今、こうしてリビングにいます。四十九日が過ぎたら家の近くにあるペット霊園に納骨しよう。そう考えていたのですが・・・。なんだか手放せそうにありません。どうしたものでしょうねぇ~。手元に置いておかないほうが啄木のためには良いのでしょうか。みんなどうしているのでしょう。今、すっごく悩んでいます。
November 29, 2009
「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」昨日、友人と新宿ピカデリーで観てきました。初回11時30分を観ようと、11時15分にピカデリー前で待ち合わせ。行ってみると、そこには平日の午前中とは思えないほどの混雑でした。そして、11時30分の回はすでに完売。次の回の14時もすでに1列目と2列目の左右サイドにほんの10席づつほどしか残っていない状態でした。恐るべし、MJ・・・わたしと友人、甘く考えすぎていました。その後の時間の都合もあったので、仕方がなく14時の回を取りました。前から2列目。右サイド。比較的大きなスクリーンの会場なので、プラネタリウムみたいに、上を見上げるような状態での鑑賞となりました。内容はネタバレになるので、ここでは書きません。感想を少しだけ。エンドロールが流れているときに、退場する観客がほんの数人しかいない映画はこれが初めてでした。終わって劇場内が明るくなっても、口を開く観客が少ない映画は初めてでした。もちろん、わたしも口が開かなかった。友人と目をあわせても、言葉が出てこなかった。わたしの場合ですが、感動・・・ではないです。寂しさ・・・?悔しさ・・・?一番当てはまるのは、単純に観てよかったなぁ~・・・でしょうか。わたしの少ないボキャブラリーでは表せない。マイケルを初めて知ったのは、わたしが小学校5年生ぐらいの時です。まだ彼がジャクソン5の時。その頃、日本ではフィンガー5がすごい人気で、わたしはそのメインボーカルの晃くんに夢中でした。こんなことを書くとわたしの年齢がバレてしまいますが、そのフィンガー5の晃くんがソロLPを出して、その中にマイケルの大ヒット曲「ベンのテーマ」の日本語版が入っていたのです。子供ながらに「なんてステキな曲なの」と思いました。すぐに母にお願いしてマイケルの歌っているレコードを買ってもらった思い出があります。それから、○十年。特別マイケルのファンではありませんでしたが、彼の歌声はわたしの生活の近くにありました。1988年の東京ドームツアー行きました。3階席の上の方しか取れず、米粒ぐらいのマイケルしか見えず、今のようなクリアな巨大スクリーンもなく、マイケル・ジャクソンの生の姿を観たという実感が持てない、わたしにとっては不完全燃焼で終わったコンサートでした。晩年のゴシップばかりのマイケルには、目を覆いたい、耳を塞ぎたい気持ちにさせられるばかり。わたしたちのスーパースターが壊れていく姿を見るのは正直つらかったです。そして、今年6月25日の突然の訃報。50歳の若すぎる死。らしいといえばらしい、その亡くなり方。????????????こんな気持ちでした。「THIS IS IT」観て良かったです。マイケルのラストコンサートのために集結した一流のコンサート制作スタッフやダンサー、コーラス、プレイヤー達。そんな人たちとマイケルのリハーサルでのやりとりは緊張感の中にもマイケルに選ばれた自分という自信と喜びに満ち溢れていて、幸せそうでした。数週間後に行われる本番のステージに向けて、万全の体制で臨んできた彼らが受けたであろうマイケルの死という筆舌に尽くしがたいほどのショックを思うと胸が痛くなりました。マイケル・ジャクソンという人は死亡原因が何であれ、長命ではなかった人なのかもしれません。普通の人の何倍ものスピードで心臓の鼓動を動かしていた人だったのだと思います。だけど、最後のこのコンサート。せめて初日だけでも上演させてあげたかった。そして、その完成されたコンサートを最後にわたし達に残して欲しかった。残念でしかたがありませんでした。鑑賞後は、後楽園のスパラクーアへ場所を移して友人と映画の感想発表会となりました。温泉に入りながら、映画の感想やら自分のマイケルの思い出やらを途中、2時間上を見上げ続けた首のマッサージタイムを挟んで、すいぶん長い時間、話し合ってしまいました。こんな時間を持ったのは何ヶ月ぶりでしょうか。リフレッシュできた一日でした。「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」オフィシャルサイトはhttp://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/映画館での上映は今日が最終日だそうです。DVDの発売も決まっているとか。わたしは買ってしまうと思います。
November 27, 2009
ふらっと寄ったエスニックショップで偶然に見つけたシルバーの1cm角の宝箱型のペンダントヘッド。この中に啄木の毛と爪を軟らかい絹布に包んで納めました。ネックレスチェーンとテリアのペンダントヘッドは以前、友人達から誕生日プレゼントにいただいたAGATHA PARISものです。AGATHA PARIS のブランドシンボルはスコッチテリアですが、手足が短くてシッポをピンと持ち上げているシルエットが啄木と同じなので、わたしのお気に入りブランドです。啄木が亡くなった後、わたしは啄木の毛と爪を少し切ってわたしの手元に残しました。火葬にしてしまえば、当たり前ですが骨しか残りません。啄木の自慢(?)の白いシルキーな毛。それと、カラダの割に大きくて硬かったしっかりした黒い爪。これだけはお骨とは別に残しておきたかったのです。啄木の乳歯も残してあります。永久歯に生え変わる時、ポロポロと床に落ちていた小さな乳歯を夢中で探して拾い集めたことを思い出します。可愛らしい、尖った乳歯。どれも大切なわたしの宝物になりました。小さなクスリの入っていた空きビンに入れて保管してありますが、その中から少しだけ取り出して、わたしの身に付けられるようにしました。これでどこへでも連れていけます。まぁ、もう啄木は身軽なので、わたしに付いてきたければどこへでも付いてこられるのでしょうけど(笑)。わたしのお守りですね。番犬としてはまったく役に立たなかった啄木ですが、これからはわたしを守ってくれることを期待しています。
November 21, 2009
家の中には啄木が使っていたものがたくさんあります。玄関にはリードや足拭き用の雑巾やタオル。リビングには食器やおもちゃ、クッションやマット。家族の寝室にもそれぞれ啄木用のベッドやおもちゃ。バスルームにはシャンプーやブラシやバスタオル。物置の中にはお出かけ用に使っていたゲージや小さい時に使っていたヒーター。などなどなどなど・・・・啄木のものが置いてないのは、人間用のトイレだけでした。啄木がいなくなって今日までの間、「少しずつ片付けていけばいいね」などと言いつつ、わたしは何も手を付けられずにいました。でも、明日はマンションの消防点検と配水管清掃があり、いろいろな人が出たり入ったりするため、あまり家が汚れているのも恥ずかしいので、意を決して「かたづけ&そうじ」をすることにしました。啄木の葬儀の朝、軽く掃除機をかけたのが最後でしたから、部屋の隅々には埃が積もっていました。啄木の白い毛が集まって、綿埃のようになっていました。何も考えずにさっと掃除機をかけてしまうつもりでしたが、ダメですね。「この埃を吸い取ったら、もう二度と啄木の毛を掃除することはないんだな」なんてことを考えてしまって、涙が出てしまうのです。一番気になっていて、できることならそのままにしておきたかった。啄木の小さな足跡。啄木のトイレが置いてあった場所のそばにチョコチョコと啄木の足跡が残っていました。啄木がオシッ○した後に、失敗して自分の足を濡らしてしまった時についてしまう足跡。啄木が自分の力で歩いた最後の足跡でした。オシッ○のシミなので、啄木が元気な頃はすぐに拭きとってしまっていた足跡ですが、これも拭きとって消してしまったら、もう二度と見ることができない足跡です。おもわず号泣してしまいました。泣きながら床を拭いているなんて、変ですよね・・・バカみたいだなって思いながら、涙が止まりませんでした。そして、足跡は消えてしまいました。このことで渋々掃除をしていたわたしの気持ちにスイッチが入りました。家の中に散らばっていた啄木のものを全部、一つ残らず集めて、啄木が使っていた、「無印良品」のプラスチックの衣装ケースを改造して作った啄木専用バスタブにまとめてしまい込みました。フタを閉めて、「さて、このケースをどこに置いておこうかな」と思ったところで、片付けモードのスイッチが切れました。たぶん、このケースはわたしの部屋のすみに当分の間、置いたままになるのだと思います。処分する気持ちにはなれません。いつか「もういいかな」と思う時まで、持っているつもりです。やれやれ、気になっていたことがまたひとつ片付きました。悲しかったですが、思い切ってやってしまってよかったです。
November 17, 2009
啄木の位牌が出き上がってきました。葬儀をお願いした葬儀屋さんにお願いしておいたものです。写真入りの小さな位牌ですが、シンプルでスッキリとしたデザイン。気に入りました。位牌を作るなんて、啄木の生前は考えてもいませんでした。葬儀のときに、父がボソッと「位牌を作って、仏壇に入れてやりたい」と言ったときは驚きました。ご先祖さまの入っている仏壇です。といっても、わが家は無信心のうえに怠け者集団なので、たまぁ~にしか御花も飾らないような仏壇なのですが、一応人間さま用なのです。「いいの?」聞き返したわたしに、父は「いいだろ、家族なんだから」しらっと言いのけました。嬉しかったです。いろいろな意見があるとは思いますが、こんなわたしたちのご先祖さまたちなので、「仕方がないなぁ(苦笑)。そこの白いチビ、こちらにいらっしゃい。」と、仲間に入れてくれることと勝手に思うことにしました。さっそく届いた位牌は骨壷の前に置きました。手を合わせたら、ほっと温かい気持ちになり、心が安らぎました。まだ「闘病記」を完結できずにいますが、それはそれで。啄木がいなくなってしまってから、悲しいばかりの毎日を過ごしているわけではなく、いろいろと普通の日々の生活があり、笑ったり、泣いたり、考えたり、食べたり、呑んだりもしています。日本ペットロス協会のHPのトップページにはペットロス(Pet loss)とは・・・日本語に訳せば、「愛玩動物喪失」。愛するペット動物を失う体験をいい、ペット動物との別れに伴う心理的、身体的、社会的、スピリチュアル(霊的)な体験過程に対する総称的な用語。一般的には、愛する大切なペットを失った悲しみや苦しみによる激しい落ち込みを表す言葉として用いられることが多い。と記されています。ふぅ~ん、そうなのか・・・。ペットロスについてというか、大切な者を亡くした、残された者についての心の動きみたいなことに今、とても関心があります。なので、これから少しずつ考えていってみようかなと思っています。約半年の間、仕事も休んで、友人たちとの付き合いも絶ち、ほとんどの時間を啄木とわたしのために使ってきました。それは自分の人生にとって、とても有意義な時間だったと思っています。ただ、あまりにも引きこもり過ぎた感が・・・本当にどっぷり頭のてっぺんまでこのことに浸ってしまっていたので、社会復帰にはリハビリが必要と思われます。一昨日も池袋まで久しぶりに行ってきたのですが、人の多さに目が回ってしまいました(笑)気持ちは日々、刻々と変わって、前を向いたり、後ろを向いたりしますが、それは自然にまかせることにして、やっていくしかないですね。今日は七五三。関東地方、今日は良いお天気です。近所の神社にも晴れ着を来た可愛らしい姿がちらほら見られました。晴れ着なのに、足元はピンクの運動靴を履いている姿が可愛らしかったです。
November 15, 2009
※ 以下に記す文章は、私自身のための文章になります。啄木が絶命するまでの記録ですので、不快に思われる方もいらっしゃると思いますし、辛くなる方もいらっしゃると思います。お気をつけいただいて、ご自分の気持ちに自信のない方はこの先はご遠慮ください。10月31日。啄木が亡くなった日の前夜。夜10時ごろに啄木をリビングからわたしの部屋へ移しました。どこに寝かせるのが啄木にとって一番良いのかいろいろと考えました。お気に入りの玄関の冷たい大理石の上が良いのか、リビングのトイレの近くから動かさないほうが良いのか。歩くことがまったくできなくなってしまった啄木でした。今晩がわたしと過ごす最後の夜だと感じていました。なので、元気な頃の啄木の定位置だったわたしのベッドの足元に、啄木お気に入りのフリースマットを置いて、その上に寝かせることに決めました。ただ、わたしがベッドに寝てしまうと啄木の様態の急変に気が付かないと考え、わたしは床にマットを敷いて、啄木と並んで一緒に休むことにしました。啄木には腰から下にトイレシートをあてました。ウン○はトイレでしかできませんが、オシッ○は寝たままできるようになっていました。おむつも試してみたのですが、嫌がっているのがわかりました。93歳で逝った祖母のことを思い出していました。彼女も最後までトイレのことをこだわっていて、おむつをすることをとても嫌がっていました。あの時考えた、人間の尊厳と排泄との関係。「トイレが大変ならおむつを使えばいいじゃない」という考え方を祖母は嫌いました。排泄の問題は、祖母が自らの尊厳を保ち続けるための最後のこだわりだったのだと思いました。そして、啄木は犬ですが、祖母に似た気持ちを持っていたのかもしれません。部屋の明かりを暗くして、テレビのボリュームも落として、ウトウトとしている啄木の背中や腰、手足をさすりたいと思いました。でも、それでは啄木はゆっくりと眠れないと考え直し、手を当てるだけにしました。骨と皮だけになったゴツゴツとした啄木のカラダの感触。でもカラダの温かさは今まで馴染んできた温かさのままでした。浅くなってしまった呼吸ですが、それでもお腹は小さく上下していて、それだけが、その時のわたしの救いでした。啄木は自ら約15分毎に顔の位置を変えたり、手や足を少しだけ動かしたりしていました。どこかが痛くて、眠れなかったのかもしれません。わたしの不安と恐怖が啄木に伝わってしまっていたのかもしれません。啄木はわたしを心配してくれていたのかもしれません。何もわかりません・・・。日付が変わって11月1日。午前1時過ぎ。啄木はすっと起き上がりました。お座りの姿勢をとって、わたしのことを見つめました。わたしは起きていましたので、そんな啄木がトイレに行きたがっているのがすぐにわかりました。急いでトイレシートごと抱きかかえて、トイレへ向かいました。家の中は暗く、トイレのある部屋の明かりぐらいは付けておけばよかったと後悔しました。暗いままのトイレで、わたしは啄木の腰と後ろ足を後ろから支えてやりました。啄木はかろうじて力の入る前足を踏ん張って、顔をゆがめ、小さな唸り声を上げながら排便しました。一度の力みでは出し切れないようで、何度も何度も唸り声を上げて、頑張っていました。納得がいくまで頑張ると、もう力が残っていないようでした。「タク、もういいの?」と声を掛けながら、近くにあるマットの上に抱き上げて、寝かせました。啄木の顔はそれまでの痛みが落ち着いたようで、穏やかな表情に戻っていました。わたしは汚れた啄木のお尻を濡れタオルでキレイにしてから、汚れたトイレシートを片付けました。部屋の中は暗いままでしたが、わたしは暗闇に目が慣れてしまっていました。うつらうつらしはじめた啄木を抱いて寝室に戻るとき、時間は2時になろうとしていました。いつもカーテンを閉めないリビングの窓から見える夜空が明るいことに気が付きました。満月でした。「今日は満月だったんだね、タク」わたしは啄木にそっと話しかけていました。
November 11, 2009
啄木がこの世を去ってから1週間が過ぎました。11月1日の夜に逝った啄木は翌日、ペット専門の葬儀屋さんにお願いして火葬にしました。小さな骨壷に入って戻ってきた啄木は今、リビングにこしらえた明るくて、外の景色が見渡せて、家族がいつでも近くにいる家の中の一番良い場所にたくさんの写真とお花、フードやおやつに囲まれています。これまで、わたしとわたしの家族、啄木を支え、励まし、たくさんの力をわけてくださった獣医の先生や看護師さんたち、友人たちやこのわたしの拙いブログにコメントをくださった皆さまには、この場を借りて心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。※ 以下に記す文章は、私自身のための文章になります。啄木が絶命するまでの記録ですので、不快に思われる方もいらっしゃると思いますし、辛くなる方もいらっしゃると思います。お気をつけいただいて、ご自分の気持ちに自信のない方はこの先はご遠慮ください。さて、啄木とわたしの闘病記終わらせなくてはなりません。啄木と過ごした最後の一日と葬送までを記さなければ闘病記は完結しないと思いました。まだつらくて、思い出すと胸が詰まりますが、この胸の傷が癒えてしまわないうちに、啄木が残り少なくなった最後の力を振り絞って、わたしたち家族ときちんとさよならをしたその様子を書き留めておかなければいけないと思いました。一度に全部は記せませんので、ゆっくりと何回かに分けて書いていくことにします。10月31日 夜人間の夕食が済んで、啄木はリビングの隅の母手作りのラグの上でウトウトしていました。何も食べられなくなって何日が経つでしょう。水ばかり欲しがりますが、飲むとすぐに吐くようになりました。少しでもカラダの中に吸収してほしくて、人間用のポカリスウェットの粉末を薄く溶いたものを飲ませるようにしました。もう目がほとんど見えなくなってきている啄木ですが、嗅覚だけはしっかりしているようで、ポカリ水と水道水を嗅ぎ分けました。そしてポカリ水は飲みたがりませんでした。でも、やはり喉が渇いてしかたがなかったのでしょう。それしか無いとわかるとポカリ水をペロペロと飲んでくれました。ポカリ水を飲んだ後はすぐに吐くことはありませんでした。啄木の様子がおちついていたので、わたしは家族に世話を頼んで入浴することにしました。でも、洗髪しているところに母がやってきて、「タクが血の混じったウン○をしてしまったから、早く来て!」と、泣きそうな声で訴えてきました。わたしはあわてて、ろくに洗い流すこともせずお風呂から出て啄木のところへ。ショックでした。啄木は自分が排泄したドロドロの便の上にうつ伏せていました。父は呆然と立ち尽くしていました。手にはそれでも懸命に啄木の便をふき取ってくれた大量のトイレットペーパーを握っていました。母は脚が悪いため、啄木を抱き起こすことができません。わたしを呼びにくることしかできずに、半泣き状態でした。啄木の具合が悪くなってから、啄木の排泄物の世話はわたしひとりでやってきました。これだけは、誰にもやらせたくなかったのです。日に日に便の状態が悪くなっていきました。食べ物を口にしていないのに、便は出るものなのです。それは酷く臭くて、悲しい匂いでした。血も腸の粘膜のようなものも混じるようになり、本当にかわいそうでした。そんな悲しいものをわたしは家族の誰にも、啄木にも見せたくありませんでした。ここ1ヶ月は、わたしは啄木がトイレに行くとき、なるべくその様子を家族に見られないようにわたしのカラダで隠して、排泄したものはすぐに取り除き、トイレシートもすぐに取り替えていました。だから、家族は啄木のお腹がこれほどまでに壊れているとは思っていなかったのかもしれません。啄木もおそらくショックだったのだと思います。啄木は子供の頃から、自分の便が脚に付いてしまうと、その脚は地面に付けることができないようなワンコでした。トイレシートに自分のオシッ○が一滴でも染み付いていたら、そのシートの上には乗らないワンコでした。そんな啄木が自身の排泄物にまみれてそこにいるなんて信じられなかった。それほど啄木は弱ってしまっているということでした。わたしは啄木を抱き上げるとまずお風呂場に連れていって、汚れたカラダをやさしく洗い流しました。もうカラダに力が入らない啄木はわたしのするがままです。首がグニャリと垂れ下がってしまって、長く抱いていることができませんでした。脱衣所のマットの上に寝かせて濡れた啄木のカラダを拭いてやりました。元気なころは、お風呂上りといえば、カラダをマットに擦り付けて、暴れまわっていたのに・・・。キレイになったし、排泄もしたので気持ちがよくなったのか、その後啄木は眠ってくれました。啄木が眠っているうちに、わたしは汚れたトイレとその周りを片付けて、入浴し直しました。湯船に浸かりながら、啄木のことを思っていました。でも、もう涙は出てきませんでした。わたしは啄木の近くに死神の気配をハッキリと感じていました。
November 8, 2009
啄木1996年3月20日生まれ。ウエストハイランドホワイトテリア♂5人兄弟の真ん中。わたしと出会ったのはその年の4月28日。それから13年と6ヶ月。いろいろありましたねぇ~。2009年11月1日19時。啄木はわたしの右腕に顔を乗せて、フーッと息をひとつはいて、眠るように逝きました。家族全員が見守る中での最期でした。悲しすぎて頭がクラクラします。考えがまとまりません。明日、火葬します。お別れの儀式をすませて、少し落ち着いたら、ここに戻ってくるつもりです。これまで啄木とわたしを励まし、勇気付けてくださった方々。本当に本当にありがとうございました。
November 1, 2009
啄木一口も食事を摂れなくなって5日が経ちました。ポカリスウェットの粉末をほんの少しだけ入れた水を飲むだけ。それもほとんど吐き出してしまいます。抗がん剤の投与ができなくなってから飲み続けてきた3種類の薬。一旦飲んでも、すぐに吐いてしまいます。もう嫌なのかもしれませんね。啄木はカラダに残っているエネルギーに使える筋肉や脂肪を余すことなく使いきるつもりなのでしょう。カラダの体温を下げ、無駄な動きを控え、呼吸を浅くし、まるで冬眠に入った熊のように省エネモードで眠って過ごしています。骨と皮だけになってしまったカラダ。関節が外れてしまうのではないかと、抱き上げるのが怖いです。食べていないので排泄のお世話はそれほど大変ではありません。でも、血の混ざった便の始末は本当に心が痛いです。このまま頑張らせることが、啄木にとって良いのか悪いのか・・・。でも最後に残された漢字三文字は考えたくない。エゴですか?啄木の気持ちを聞いてみたいです。啄木がもしおしゃべりができたら、いったい何と言うのでしょうね。天気の良い午前中はひなたぼっこをさせます。これは昨日の様子です。
October 31, 2009
これは奇跡なのか、それとも・・・昨日の啄木急に手足をバタバタし出したと思ったら、立ち上がり、歩き出しました。トイレに行きたくなったようで、フラフラのヨタヨタながら少し早足です。廊下からカチャカチャと伸びてしまった爪の音がしたときは、本当に驚きました。トイレにどうにか辿り着くと、オシッコをシャーッ。そしてウン○も。ゲリッピーですが、自分でどうにか踏ん張って出しました。その後、力尽きたのかトイレから出たところでうつ伏せてしまった啄木ですが、なんだか誇らしげな、満足気な顔つきでわたしの顔を見上げてくれました。わたしはというと、何が起こったのか、起こっているのか理解不能の状態ながら、啄木が赤ちゃんの頃、初めて自分のトイレできちんと済ませられるようになった時のように、満面の笑顔と大きな声でトイレができたことを褒めていました。「タク、おまえはエライ!賢い!ステキ!カワイイ!カッコいい!」褒められると伸びるタイプの啄木です^^そして、ゴハン。柿、チーズ、缶詰フードを口元に持っていくと、ほ~んの少しだけですが食べてくれました。カラダはもう骨と皮だけといってもいいような状態です。触るとゴツゴツしていて、筋肉が少しだけ貼り付いている感じ。こんな状態なので、リンパ腫にも栄養が行き渡らないのでしょうか。腫瘍も萎んで小さくなっています。だから呼吸が少し楽になったようで、呼吸する度に聞こえていた喉からの雑音が時々しか聞こえなくなりました。今日はおかゆを少し与えてみようと思っています。これが食べられたら獣医の先生に相談して、もし、少しでも復活の可能性があるのなら点滴を受けさせてみようかな・・・。
October 23, 2009
啄木頑張っています。でも一昨日から食事を口にしなくなりました。食いしん坊で食べることが何より好きだったのに・・・。そして、昨夜から歩けなくなりました。昨夜遅くに、お腹に残っている便を絞りだすように、時間をかけて、苦しみながら排便をしました。その後、力尽きてしまったのか、トイレを出たところでへたり込んでしまいました。昨日、薬を貰いに獣医の先生のところにわたしだけ行ってきました。先生に啄木の様子を話すと、「点滴しかしてあげられることがないよ」と残念そうに告げられました。そうか、点滴・・・。だけど、もう充分だとすぐに思いました。発病からこれまでわたしは勧められた入院を拒否し、最後は必ず家で看取ると決めてやってきました。見えない、食べられない、歩けない・・・。もう充分です。今はわたしの足元に敷いたシーツの上で眠っています。息苦しそうに大きな鼻音をたてながら。この音が聞こえなくなったとき、啄木は楽になるのでしょう。頑張れって言い過ぎたかなぁ~って思います。啄木は子供の頃から諦めが早くて、ワンコ仲間とおもちゃの取り合いをしてもあっさりゆずってしまう子でした。性格は嫌なことは一切しない、関わらない、来るものは拒まず、去るものは追わず、わが道を行くマイペース派でした。だから、わたしは逝く時はあっさり「それではお先に」って逝くものと漠然と考えていました。こんなに頑張り屋さんだったとは・・・。73歳の父が昨日の夕食時、突然泣きました。驚きました。父が泣くのをみたのは生まれてはじめてです。祖母が亡くなったときも涙を見せなかったのに、啄木があまりに可愛そうになったのでしょう。家族それぞれいろいろな思いを胸に秘めて、啄木との残り少なくなった時間を過ごしています。
October 20, 2009
啄木体力が少しずつ低下しています。急激に体重が落ちました。後ろ足に力が入らないようで、排便が難しい。弱弱しい、でも悲鳴のような声をあげながらの排便。それでも自分のトイレで済ませたいのです。ヨタヨタしながら、途中で足がもつれて転んだりしながら。でも、他の場所では嫌なのです。昨日、右目が閉じないことに気が付きました。手をかざしてみても反応がありません。啄木のカラダの機能不全が進行しています。暗い場所を探して部屋の中を歩き回ります。まるで死に場所を探すように。昨日はテレビの後ろ側に入り込もうとして、わたしはあわてて抱き上げました。結局、一番落ち着くのは玄関。連れ戻しても、すぐにまた玄関に戻ってしまいます。本当に苦しそうで、見ていられない。目を逸らしたくなります。耳を覆いたくなります。だけど、見届けてあげなくては・・・・。生きることを諦めずに、頑張っている啄木です。啄木の最後の勇姿です。見届けてあげなくてはなりません。
October 15, 2009
台風一過。わが家のベランダガーデニングはかなりボロボロに痛めつけられました。ベランダに散らばった土や枯葉のかたづけが大変です。けさは洗濯物を干した後、まだ時折強風が吹きぬける中ベランダの掃除となりました。啄木。最近はベランダにも出たがらなくなっていたのですが、掃除をしていたら、わたしの後を追いかけて今日は出てきました。空気が澄んで気持ちが良いですし、久しぶりに太陽の光を浴びたくなったようです。呼吸が苦しいのは変わらずの様子。ご機嫌そうにも見えますが、おそらく息苦しくて、こうして口を開けていなければいられないのでしょう。昨日のブログに、啄木はまだ粗相をしたことがないと書きました。残念なことに、今朝わたしが起床すると、廊下に敷いてあるマットにオシッコがしてありました。昨夜もかなり呼吸が荒くて、つらそうでした。自分のトイレまで行くことができなかったのかもしれません。仕方がないですね。そのくらいなんてことはありませんよ。啄木、Don't mind!
October 9, 2009
Dr.HOUSEというアメリカのドラマ。日本テレビの深夜枠でシーズン2が今週からスタートしました。その第1話。タイトルは「命の重み」たまたま眠れなくて観ていました。ストーリーは別として、ここに出てきた「死の受容までの5段階のプロセス」という話。今年3月に卒業した大学の心理学科の講義の中で、そういえば聴いたことがあった・・・かな?不治の病を抱える患者や近しい人がたどる死を受容するまでの心の動き。精神科医 エリザベス・キューブラー・ロスが著書「死ぬ瞬間」で発表したものです。◆第1段階「否認」末期がんであることを告知されたり、残り少ない命であると医師から告げられたときに、まず現れるのがこの「否認」です。「これは何かの間違いに違いない」「自分に限ってそんなことは起こりえない」という具合に、否認をすることで自分を防衛しようとします。◆第2段階「怒り」「否認」が維持できなくなると、次第に自分の命が短いことを認めざるを得なくなります。すると、「怒り」が現れます。「なぜ自分がこんな目にあうんだ!」「一体私が何をしたというのか!」というように、あらゆることに対して「怒り」が向けられます。◆第3段階「取引」十分な「怒り」を体験した後は、もはや避けられない今の現実を少しでも先延ばしにできないものかと、交渉する段階に入っていきます。これが「取引」です。「何か人々の役に立つようなことをするから、死を避けたい」「もう2度と悪い行いはしないから、命だけは助けて欲しい」このような「取引」は、主に個人が信じる「神」と行われます。◆第4段階「抑うつ」神との「取引」が成立しない、自分はもう死ぬしかないのだ、という心理状態にたどり着くと、「抑うつ」という段階に移行します。「愛する人々と別れなければいけないのか・・・」という死への”準備的な抑うつ”と、病気に関する”反応的な抑うつ”があります。◆第5段階「受容」この段階まで来ると、自分の死を「受容」できるようになってきます。ゆったりとした平安な気持ちになり、死に向けて気持ちが整ったような状態になります。(「死への心理プロセスを理解する」より転記) すべての人がこのプロセスをたどるわけではないそうです。でも、5月に啄木の病気が判明してから、わたしはこのプロセスをひとつづつ経験してきたなぁと思いますね。信仰している宗教がないからでしょうか、「取引」はなかったかな・・・。ただ、漠然と空に向かって神様にお願いしたことはありましたね。そして、今「受容」のプロセスの中にいるような気がします。苦しそうで、足元がフラフラしている啄木を、ただ見守ることしかできないわたしの心は、今、啄木に対して感謝と親愛、そして少し変かもしれませんが尊敬の気持ちでいっぱいです。明るいところが嫌なのか、テレビの音がうるさいのか、部屋に連れてきても、すぐにトボトボ玄関の暗い大理石の上へ行くようになりました。 冷たくて気持ちが良いのかもしれません。もう無理に部屋に連れ戻すことはやめました。ただ、キッチンで冷蔵庫の開く音、自分の大好きなクッキーが入っているビンの蓋が開く音がするとヨッコラショで起き上がります。トイレも自分のトイレまで歩いてきて済ませます。まだ粗相はしたことがないんですよ。啄木は自分の命をまだ諦めていないのでしょうね。さっきまで外は台風18号の雨と風が吹き荒れていましたが、気が付くと青空が顔を出しています。台風一過。被害にあわれた方々には心からお見舞い申し上げます。
October 8, 2009
前に書いたかもしてませんが、わたしは気圧の変化に弱い。天気が不安定なときや今日のように台風が近づいてくるとき、必ず偏頭痛がして気持ちが悪くなります。飛行機の中でも同じ症状が出ます。ハワイで潜水艦(熱帯魚を海の中から見学する船)に乗ったときもそうでした。きっとわたしは高い山に登ったら絶対高山病になるタイプなのではないかと思っています。今日の日本列島付近の天気図を見ると台風18号はかなり大きくて手ごわそう。なんだかそれだけで嫌な気分になります。さて、啄木のこと。昨日、病院へ行ってきました。もう抗がん剤は打ちませんでした。腫瘍の大きさを測ると、大きくなっているのもあれば、一週間前と変わらないのもあり、今までなかったところにポツンと増えているものが数箇所、消えてしまったものは無し。先生の言葉がかなり少なくなっていて、わたしも話す言葉が浮かばなくて・・・。一週間分のお薬をいただいて帰ってきました。一週間か・・・ほぅ息が苦しくて熟睡できないのでしょう。人間なら酸素マスクとかをするのでしょうね。かわいそうだなぁ~、何もしてあげられない。啄木に気圧の変化の影響は無いと思います。今までは特別ありませんでした。でも、今こんな状態だから少し心配です。潮の干満の次は、気圧の変化。少し神経質になりすぎでしょうか?食欲は衰えていません。今日は大好きな梨とリンゴを少しづつ3時のおやつにあげようと思っています。
October 6, 2009
昨日、10月3日は中国や韓国では中秋節のお祝いの日でしたね。あまり日本では馴染みのないお祭りですが、今年の中国は建国60周年のお祝いと兼ねてのお祭りで例年にない盛り上がりをみせているようです。古い話ですが、1997年香港がイギリスから中国に返還された前後、わたしの親友がご主人の仕事の都合で香港に住んでいました。なので、時間が取れるとよく香港に遊びに行きました。「中秋節」と聞くと、その時の香港でみた大きな月餅ときらびやか(超度派手)な街の様子を思い出します。さて、さて・・・。満月と啄木の体調との関係についてです。前回の満月、前々回の満月と時期を同じくして啄木は体調を崩しました。満月と動物の行動についてネット検索してみると、 満月の夜は犯罪が増加する 満月の日の出産率は他に比べて高いなどが引っ掛かってきます。「死」との関連性はありそうで、無い・・・みたいです。まあ、どれも具体的な研究データがあるわけではないようです。でも、なんとなく月と地球、太陽、宇宙とわたし達地球にある全ての生物との間に何も関係性が無いわけがないって漠然と根拠もなく信じているわたしです。啄木は昨日、とても具合が悪かったです。落ち着きが無く、そわそわ、うろうろするばかりで一所に落ち着いていませんでした。夜になると呼吸が荒くなり、喉から変な呼吸音が聞こえてきました。深夜12時ごろ、少し症状が治まり眠りに入りましたが、3時ごろにはまたハァーハァーし始めました。もしかしたら、と少しだけ覚悟しましたが・・・。どうにか朝を迎えることができました。朝ごはん、キチンと完食。でもあまり元気はありませんね(寂)少しずつ、少しずつ体力が衰えていくようです。少しずつ、少しずつですが小さくなっていく啄木です。満月の夜は恐ろしい・・・
October 4, 2009
わたしのこと。昨日は3ヶ月ごとに受けている歯のメンテナンスの日でした。自宅から電車を乗り継いで1時間強。世田谷の田園調布にある歯医者さんまで出かけてきました。なんだか久しぶりの電車での外出です。啄木のことがあって仕事も大幅に減らして(殆ど請けてない)、わたしの行動範囲は現在自宅周辺のみなのです。その歯医者さんは3年ぐらい前にわたしが顎関節症になり、歯列矯正をしたときからのお付き合いです。歯列矯正でお世話になったのは大先生で、今メンテナンスをお願いしているのは大先生の娘さん先生になります。その先生とわたしは年齢も近く、大の犬好きという共通点もあり、すぐに仲良しになりました。先天的に歯並びが悪く、歯では苦労してきました。やっと一生のお付き合いになってくれそうな先生と出会えてわたしはラッキーです。娘さん先生のところには現在2匹のお姫様ミニチュアダックスがいます。下のお姫様はもうすぐ1歳になりますが、そのお転婆娘の溺愛ぶりといったら「バカ」がつくほどです(言葉が悪くてゴメンナサイ^^;)先生は1年前にそれまで10年一緒に暮らしてきた先代お姫様を亡くしています。その時のお悲しみといったら本当に声も掛けられないほどでしたが、残されたもうひとりのお姫様がかわいそうだと思い、今いるお転婆娘を迎え入れたそうです。先生はわたしと啄木のことは話してあって、この事については本当に心配もしてくださいますし、励ましてもくださいます。昨日の先生とのワンコ話。気が重いなって最初は思っていましたが、そのうち楽しくなってきました。先生は自然と去年亡くなったダックスちゃんの話や、その後の気持ちの変化の話、そしていつもお転婆姉妹のドタバタ話をしていました。わたしは今の啄木の話、啄木の子供の頃の話をしているうちに、自然と啄木が亡くなってしまった後のことについて話していて、そんな自分にビックリしました。亡くなってしまった後のことって、意識的に封印してきたような気がします。でも現実にはすぐ近くまできていて・・・残されたわたしや家族は立ち止まることなく、前に進まなければならないわけですから。いろいろと人それぞれに考え方があると思います。まだ頑張ってる子がいるうちから、その後のことを考えるのは冷たすぎますか?わかりません。引きこもっていてはいけませんね。なんでもいいから話していると、自分の中にフッと気づく何かが心に湧き出てきます。これってとても大切なような気がしました。人に言われてもなかなか受け入れられない、理解できないことが、知恵の輪がスッと外れるように自分の中で解ける瞬間。歯は異常もなく、歯石を少し取っていただいてメンテナンス終了。いつも長話がしたくて、午前の診察の最後の時間に予約を入れていただいています。子供の頃から歯医者さんが大嫌いだったわたしが、今では次の診察日が楽しみになっています。次の予約は12月。それまで啄木、頑張ってくれているといいなぁと思っています^^そうそう・・・田園調布ってことで、今を時めく鳩山総理の自宅など駅の近くにあるなら見学してきちゃおうかなと考えていたミーハーなわたし。ですが、昨日はあいにくの雨。見学は次回に持ち越しとしました(笑)
October 1, 2009
土曜日の夕食後から少し具合の悪い啄木です。吐き気と軟便。食欲はあります。でも、あまり食べられない。熱は無さそうですが、舌を出してハァーハァーと息をしています。腫瘍が大きくなって気管を狭めているのです。今朝一番で病院へ行ってきました。お腹もかなり膨らんでいるため、血液検査とエコー検査をしました。その結果、お腹の膨らみは脾臓が腫れているせいだということが判明しました。それと、貧血がかなり進んでいるということ。先週使った抗がん剤の効果があまりみられず、血液の内容も悪くはないが、良くはない。獣医の先生と相談し、今日は先週と同じ抗がん剤を投与して、それで抗がん剤は終わりにすることに決めました。これからは、啄木にとっての不快な症状を飲み薬を使って緩和させて・・・。それで、その日をなるべく楽に迎えさせてあげることに全力を注ぎます。もう、一緒に過ごせる日はそんなに長くはないようです。昨日の夜中、息苦しくて熟睡できない啄木の背中をさすりながら、ふっと湧き出したわたしの気持ち。 もう、わたしたちのことは心配いらないから、君が楽な道を選びなさい。 君のパパやママがもし迎えにきているのなら一緒に行ってもいいよ。今まで思いもしなかった気持ちです。そして、そんなことを思いながら、わたしも啄木も眠ってしまったようです。今朝、いつもの啄木の廊下を歩く足音で目が覚めました。朝ゴハンを催促する、わざとバタバタと歩く大げさな足音。いつもと変わらない朝でした。
September 28, 2009
21日は敬老の日で祝日でしたが、啄木は抗がん剤投与のためいつもの動物病院へ。今日はその時の出来事を2つ書きます。その1病院の駐車場と病院は少し離れています。駐車場に車を止めて、病院へ啄木を抱いて向かう途中のスーパーマーケットの駐車場にウエスティが3匹、ケアンテリア2匹、ヨーキーが2匹などなど、テリアばかり連れた方々が集まっていました。みんな元気そうに、キレイにトリミングされて、とても可愛がられている様子の子ばかりです。これからみんなでお散歩にでも出かけるのでしょう。以前のわたしと啄木なら、こんな時・・・「おはようございます!」って、きっとその輪の中に元気に入って行ったと思います。でも、できなかった。啄木をその子達とその子達の飼い主さんに見られたくない・・・・可愛らしいテリア達をその時は「見たくない!」と思いました。わたし、テリアが大好きなはずなのに・・・わたしは啄木をその集団に見つからないように抱きかかえながら、走って病院へと向かいました。なんなのでしょうね、この突然沸き起こった変な気持ち。「嫉妬」や「ねたみ」の気持ち?「自分本位な被害者意識」きっとそんな嫌な種類の気持ちだったと思います。なんであの子達は元気で、うちの子はこんなことになっているのか・・・みたいな。その2病院はお休みだと思っていたのですが、正面入り口が開いていました。中に入ると、一人の初老の男性がポツンと腰掛けていました。息を切らして飛び込んで来たわたしを見て驚いた様子。気を取り直して、「おはようございます」と挨拶をしました。すでに病室では先生が診察中でした。静かに腰掛けているその方ですが、病院はいろいろと訳ありの方ばかりなので、わたしからは話しかけずにいました。そのうち、ソワソワしている啄木に優しくその方が話しかけてくれました。大切にしていたネコちゃんが交通事故にあってしまい、脊髄損傷で全身麻痺になってしまったとのことでした。家には他に2匹のワンコ、2匹のネコちゃんがいて、みんなが心配している。全身麻痺になったそのネコちゃんは、頭の損傷はなく意識はしっかりしているので、これからどのくらい頑張れるかわからないが、心配している家族のところに連れて帰ってみんなで面倒をみることにしたと、話してくださいました。「子供達はみんな大きくなって、独立してね。」「家を出て行ってしまったけど、この子達はいつも近くにいてくれるんだよね。」啄木の話を聴いてくれて、啄木の頭を撫ぜてくださいました。「今まで幸せにしてもらってきたから、」「こんなことでしか恩返しができないからね。」そんなことをポツリポツリと話してくれました。その方の物腰や眼差し、話し方がとても優しくて・・・・診察室の中に呼ばれたその方は少しするとネコちゃんと一緒に出てこられました。動くことができなくなってしまったネコちゃんのお世話は本当に大変だと思いました。わたしは、病院を後にするその方に「どうぞ頑張ってくださいね」と、声を掛けさせていただきました。そうしたら、「何を言ってるの。あなたこそ大変なのに。頑張ってあげなさいよ。」嬉しかったです。本当にありがたかった。「思いやる心」「感謝」「慈しみ」の気持ちを教えていただいたような気がしました。自分の中にはいろいろな感情が眠っています。生命のターミナルを意識するようになって、ひとつひとつの感情の持つ意味について考えることが多くなりました。啄木は抗がん剤を投与後、副作用はなく普通に暮らしています。しかし、先週の投与時よりは腫瘍が小さくなるという効果が現れてきません。この薬に対しても既に薬剤耐性ができてきているのでしょうか。そうなると、次は?
September 23, 2009
今日2回目のグログ更新です。1回目に掲載した写真をみた友人から電話がありまして・・・。啄木があんまり具合が悪そうでビックリしたとのこと。ただ眠いだけって書いたのに・・・(汗)なので、今撮影した写真をUPします。そろそろ(でもまだ早い)夕食の支度にかかるわたしの雰囲気を察して、お腹が減っていることをアピールしてます。 ヨコから見ると顎の下が、膨らんでいるのがわかります。これが腫瘍です。これでもずいぶん小さくなりました。 こんな笑顔がいつまでも続いてくれますように・・・。
September 19, 2009
けさ、午前8時の啄木。具合が悪いわけではありません。眠いのです(笑)家族の朝食が済むと、すぐにベッドに入って朝寝を楽しむ啄木のいつもの姿です。おかげさまで、顔の毛が伸びてきました。まだまだ本来のウエスティの姿には遠いですが、少し顔が丸く見えるようになってきたと思っています。月曜日に受けた抗がん剤が効いて、カラダ中にある腫瘍が全て半分ぐらいに小さくなりました。腫瘍が小さくなったおかげで、呼吸が楽になり睡眠の質が良くなったようです。また、脚の付け根の腫瘍も小さくなったことで歩きやすくなったのか、部屋の中をチョコチョコ歩き回るようになりました。でも喜んでばかりはいられない・・・。先ほどブラッシングをしていたら、昨日までなかった場所に小さな腫瘍を発見しました。まるで「もぐらたたき」です。あっちを叩けば、こっちが顔を出す。憎らしい!なんてタフな奴らなんだ!思いつくだけの汚い言葉で罵ってもこの気持ちは収まらない!月曜日は祝日で病院はお休みなのですが、獣医の先生が特別に抗がん剤を投与してくださることになっています。どうか啄木のカラダに今回の薬に対しての薬物耐性が出来ていませんように祈るばかりです。
September 19, 2009
今まで啄木の治療内容については、ここでは記してきませんでした。悪性リンパ腫にはいろいろな治療方法がありようですし、獣医の先生の考え方もさまざまなようです。このブログを偶然にも読んでくださった悪性リンパ腫のワンコと暮らすパートナーの方が、わたしの書いた内容を読んで迷ったり悩んだりなさらないように、具体的な抗がん剤の名称や啄木の血液検査の数値については意識的に記していません。啄木は現在まで、ある悪性リンパ腫に対する化学療法プロトコールに沿って数種類の抗がん剤を使用してきました。そしてまだそのプロトコールの途中なのですが、啄木の腫瘍はどの抗がん剤に対しても耐性ができてしまい薬が有効に効かなくなってきていることがわかりました。なので、もうこれ以上この治療を進める意味がなくなりました。それでは次の治療へ。担当医から薦められたのは「レスキュー療法」と呼ばれるものでした。さっそく昨日その1回目がスタートしました。今回の薬の副作用はショックだそうです。なので、薬をカラダに入れている間は本当に心配でした。一日安静にとの指示を受け、帰宅しました。しかし、啄木はなんだかテンション高めで、落ち着きません。薬の影響なのでしょうか。それと、水をやたらに飲んで、オシッコを大量にしています。夕食はしっかり食べて、便も変わりなし。啄木はわたしがベッドに入ると一緒に寝るので、昨夜は9時に就寝となりました。啄木はわたしの腕枕でいびきをかきながら夢の中へ。でもわたしはそんなに早くから眠れませんよ。腕やカラダは動かせないしで、今日は朝から背中が痛いです(苦笑)。今朝は5時ごろから啄木はモゾモゾしだし、お腹が空いたことをわたしにアピールしていました。朝食の時間は6時半ですが、少し早めに食べさせました。トイレには大量のオシッコが。夜中にひとりで起き出してトイレを済ませていたようです。用心のために昨夜はトイレシートをいつもの倍の枚数を敷き詰めておいたのは正解でした。そして・・・嬉しい驚きが!啄木の顎下の腫瘍が昨日の半分の大きさに変化しています。抗がん剤の効き目が早くも現れました。これで、少しは呼吸も楽になるでしょう。良かったです。この抗がん剤に対しても約5週間で耐性ができるそうです。最後の手段「レスキュー療法」レスキュー療法で何種類の抗がん剤が使えるのか、まだ担当の先生と話していません。先のことはわかりませんし、考えたくないです。とにかく今回の薬が効いてくれて良かった。それだけで充分です。
September 15, 2009
8月31日に受けた抗がん剤。副作用がなく、2週間が過ぎようとしています。顎下の腫瘍が大きくなってきています。うずらの卵より少し小さい腫瘍が4個。顎下にぶら下がっています。その腫瘍が気管を邪魔して息をするのが苦しそうです。息が詰まるようなヒューヒューという喉の音が常に聞こえるようになりました。眠っているときはその音が大きくなります。息苦しいのでしょうか。月曜日あたりからお腹の調子も良くありません。食べる量が減っています。便もゆるめです。今日、獣医さんのところへ連れていきました。本来なら来週の月曜日が抗がん剤の日なのですが、少し心配なので。いろいろこれまでわたしが考えてきたことを先生に伝えました。先生も意見を言ってくれました。その話を聴いて、考えました。来週月曜日からは今まで行ってきた抗がん剤プログラムではない治療に切り替えることにしました。最後の手段。今のままでは啄木のQuality of Lifeが保てないと思います。啄木が楽しみにしていることは、ゴハンやお菓子をたくさん食べること。お散歩に行くこと。気持ち良く眠ること・・・でも今は、気持ちが悪い。お腹が痛くて眠れない。息が苦しい。腫瘍が邪魔で歩きにくい。こんな状態では、可哀相でしかたがありません。この状態を少しでも改善することができるのなら試してみたいと思います。でも、これは本当に最後の手段、だそうです。先生に尋ねました。一番口に出したくない言葉・・・・「余命」いつかは必ずその時が来るのですね。病院の帰りに本当に久しぶりに啄木を病院の近くの川原に連れていきました。良くふたりで散歩をした場所です。今日は爽やかな風が吹いていて、陽も射して気持ちの良い日。ほんの100mぐらいですが、草や土の匂いを懐かしそうに嗅ぎながら歩きました。目を細めて、時々小走りに、シッポを上に向けて楽しそうでした。わたしが泣いたら、せっかくの啄木の楽しい散歩が台無しになってしまうようで・・・。涙がこぼれないように空を見上げたら、うろこ雲が。いつのまにか季節は秋になっていたんですね。
September 11, 2009
最近の啄木の一日はこんな感じです。起床5時半ごろまだ人間は誰も起きていません。トイレに行って用を足した後、わたしの側でわざと音を立ててモゾモゾしています。朝食6時半にわたしが起床。冷蔵庫から取り出した昨日用意しておいた野菜をレンジでチン。ドライフードと納豆をそれに加えて冷ましたものをガツガツ食べます。それから・・・次々に起き出してきた家族にリビングで朝の挨拶。伸びをするようなポーズの後、頭を撫ぜてもらって挨拶終了。人間が朝食を食べている間はテーブルの下で待機。間違って落ちてきたものをすぐに片付けるのが啄木の役目です。食後の一服のお付き合いで父と一緒にベランダへ。家事仕事朝のバタバタが落ち着いたところでわたしの掃除機かけスタート。無精者ばかりのわが家。啄木の抗がん剤の副作用の脱毛が激しくなるまでは毎日掃除機はかけていませんでした(恥)でも、現在は1日サボるとフローリングが真っ白になるので毎日、ひどいときは3回ぐらいかけるときがあります。啄木は掃除が始まると決まって邪魔にならないところに避難してくれる良い子です。洗濯干しの時は一緒にベランダへ。わたしが干している間中、日向ぼっこをしています。その後、わたしが買い物に出かける時は健気にも玄関で帰ってくるまで待っていてくれます。わたしが自室で仕事を始めると足元でお昼寝(朝寝?)です。具合が悪くなる前は午前中にいつも大好きな散歩に出かけていた啄木。現在はあまり散歩に連れ出さなくなってしまったにもかかわらず、少しの可能性を信じてわたしの後を追いかけてきます。外に出してもヨタヨタで、長い時間は歩くことができなくなっているのに、散歩の楽しさが忘れられないのでしょう。かわいそうに・・・。11時半頃になるとわたしが昼食の支度にかかります。啄木は嬉しそうに一緒にキッチンへ。でも、啄木には昼食はありません。なのに、いつもご機嫌です。人間の昼食後。啄木のお昼のトイレタイム。わたしに促されてトイレへ。用を済ますとお気に入りのタマゴボーロを2個貰えます。昼寝隠居の父はリビングのテレビの前で、母は自室でそれぞれ約1時間午睡します。啄木は母の側で一緒に昼寝します。母のベッドの足元で静かに過ごします。午後3時両親のお茶タイム。お菓子がポロッと落ちてくるかもしれないので、じっと足元で待機。夕食啄木の夕食は6時です。以前は夕食の時間は不規則で、とにかく人間が食べた後に啄木のゴハンでした。でも、現在は「規則正しい生活が大切」ということで人間が何時に食べようと啄木は6時になりました。犬は集団生活の動物で、家族の中の優先順位が大切だといいます。啄木もずっとこのルールを守って、家の中では一番最後、一番下っ端で暮らしてきました。啄木はこの自分の立ち位置が気に入っていたようで、責任感のない末っ子を気ままに楽しんで暮らしてきたのではないかと思っています。13歳になった今、私たちと啄木との関係は変わることは既になくなり、今更「しつけ」でもないので、食事の順番は啄木がいつも一番になりました。夕食後両親の食事が済んで、母がテレビの前に落ち着くと啄木は母からマッサージをして貰います。ほんの5分ぐらいの短い時間ですが、これで啄木はもう眠ってしまいます。夜9時家族が全員帰宅していれば、啄木は本格的に眠るために自分のベッドへ入ります。ひとりでも帰宅していないものがいれば、玄関の近くの定位置へ移動してそこで横になります(だから皆早く帰って来い!)。家族全員就寝家族が揃うと啄木はお水をお腹いっぱい飲んでから、スタスタとわたしの部屋へ向かいます。そしてベッドの足元に敷いたお気に入りタオルの上で手足を気持ちよく伸ばして眠ってしまいます。わが家は母が入院生活が長かったせいで、病院のような規則正しい生活をしています。啄木にはそれがとても居心地が良いようです。今朝、啄木のカラダをブラッシングしたらこんなに毛が抜けました。昨日も今日も啄木は元気です。でも、カラダには顎の下、両手脚の付け根にたくさんリンパ腫があります。なんだか抜けた毛をブラシから剥がしながら悲しくなりました。だから、忘れてしまわないように・・・啄木の普通の一日を書き留めておかなくてはいけない。そんな気持ちで今日のブログを書きました。ブラッシングしてスッキリした啄木です。顔の毛がずいぶん伸びてきました^-^
September 6, 2009
啄木、元気です。月曜日に受けた悪性リンパ腫の抗がん剤。今回は副作用が驚くほど軽く済みました。火曜日、夕食前に嘔吐を一度。来るであろう副作用の症状に備えて、その日の夕食は通常の一割程度に抑えました。これまでの啄木なら気分が悪そうにうずくまるのですが、その日は違いました。空腹でイライラ。子供の頃から啄木はイライラするとゴミ箱に八つ当たりして、鼻先や手で押してバタンと倒します。今回もやりました。キッチン、リビング、浴室などなど。家中のゴミ箱というゴミ箱を倒して歩き回る始末です。「おかあちゃん、ボクにゴハンを食べさせないのは動物虐待ですよ!」ふて腐れて、プリプリしています。もしかして元気???でも、こちらとしては・・・心配。啄木の様子を信じて良いものかどうか判断ができません。今元気でも1分後にはヘタっとなる。それが啄木です。その夜はゴハンは我慢させました。水曜日。朝食をどうしたものか悩んで、通常の5割に。便が出ない(前日食べていないので当たり前)ので、お腹の調子がわかりません。でも、正解でした。抗がん剤の副作用が出ました。強烈に臭いオナラ!頭がクラクラするほどの悪臭で、空気清浄機では間に合わなくて、物置から今は使っていない扇風機を出してきて、部屋の空気を強制的に入れ替えなければならないほどでした。啄木自身はまったく気にならないようで、スヤスヤお昼寝しているのですが、オナラは出続けること丸一日。木曜日。早朝、これまた強烈な匂いの便をして、このオナラ攻撃は終焉となりました。夜はわたしの近くで寝る啄木ですが、その夜、わたしはこの匂いで熟睡することはできませんでした(笑)今でも匂いが部屋の中に残っているような気がします。今回の副作用で、啄木は若干の不快感はあったのかもしれませんが、苦痛はなかったと思います。よかった、よかった。毎回、毎回いろいろです。さて、次はどうなることやら。現在は食事も通常食に戻りました。キャベツ、しめじ、ピーマン、にんじん、さつまいもをごちゃっとフードプロセッサでみじんにカットしたものをレンジで1分半。炭水化物なしのドライフードに納豆、かつおぶし、青海苔、アガリスク、サメ軟骨も。全部混ぜ合わせたものが啄木の現在のゴハンです。体重が具合が悪くなる前より重たくなりました。少し与えすぎでしょうか・・・。
September 4, 2009
昨日、啄木は10回目の抗がん剤の投与が完了しました。私たちが暮らす埼玉県南部は、昨日は台風11号が接近しました。いつもわたしの運転で病院まで連れていくのですが、こんな雨の中の運転は久しぶりでした。運転がヘタクソなわたし。怖かったです。こんな日だから病院は空いてるだろうな、と思ったら大間違い。いつも一番で診てもらうのですが、急患でネコちゃんが運び込まれた為、通常より1時間遅れの点滴となりました。無事点滴投与終了。帰宅した啄木は元気でした。ゴハンも排便もいつも通りです。そして、副作用の出る2日目。今日です。先ほど、午後4時ごろに吐きました。副作用の始まりの合図です。啄木は、今日は晩ごはんは抜きです。熱も出てくるでしょう。アイスノンも氷枕も準備万端です。「慣れ」たくないですが、この状況に「慣れ」ました。ビビッてなんていられません。今晩一晩、また啄木はガンと激しく戦います。わたしも後方支援で、頑張らなければ!ここで少しだけわたしのこと。7月末ごろに書店で高いところにある本に手を伸ばした瞬間、首に激痛が走りました。どうも筋を痛めたみたい・・・。でも、啄木のこと、仕事のこと、家のこと などなど。人が生きていく上で抱えているだろういろいろな問題をわたしもそれなりに抱えていて、首のことは後回しにしていました。湿布でも張っておけば直に治る・・・。ずっと痛みが取れませんでした。PCのマウス操作が辛くなってきて、仕事にも支障が出始めました。そして昨夜、とうとう痛くて眠れないほどに・・・。今日、近所の整形外科で診てもらいました。運動不足で首の筋肉が衰えている・・・・要するに老化現象(涙)疲れと冷房による冷えだそうです。飲み薬を3種類出してもらって、昼食後飲みました。そしたら、痛みは嘘のように取れました。こんなことなら、ぐずぐずしてないで早く病院へ行けばよかったです。
September 1, 2009
今夏のわが家のベランダガーデニングはボロボロです。植物は正直ですね。手間をかけ、声をかけ、心を込めてお世話をしてあげないとキレイな花は咲かせてくれません。今年は夏に向けてやらなければいけない植木の植え替えや、肥料やりなどの時期にいろいろありました。わたしも家族も精神的に植物に気持ちがいかなくなってしまいました。気が付けば、梅雨入り。そして、今夏は異常気象でなかなか梅雨があけませんでした。今咲いている花々。記録なのでピンボケですが掲載します。ルリマツリ薄紫色の株もあるのですが、咲きませんでした。今年は白だけ。ランタナ花数が例年の半分でした。ハイビスカス花の大きさが小ぶりになってしまいました。アメリカンブルー一年草なのに、この株は越冬して今年3年目の夏を迎えました。茎ばかりが伸びてスカスカな印象に。花数も去年の半分以下です。花きりんこれは強い子です。植え替えも肥料やりも多少の水切れだってへっちゃらで、マイペースに一年中花を咲かせます。わたしのペンネーム「heavenly-blue09 」は天上の青とも呼ばれるヘブンリーブルーから付けました。大好きな花です。これは去年の夏に写したものですが、今年は育てられませんでした。残念・・・
August 26, 2009
月曜日に受けた抗がん剤の副作用。やはり出ました。火曜日の昼過ぎから徐々に熱が高くなり、晩ごはん前には、お腹の中のものが全部外へ。そして、その後は「ゴハン、食べたくありません・・・」 うつろな目。消化器官の粘膜がまた抗がん剤の影響で痛めつけられているのです。お腹の中が空っぽなので、吐き出すものも、お尻から出るものも、何もありません。これが結果的に良かったようです。絶食したことで、必要以上にお腹の粘膜を傷つけずに済みました。辛そうに一晩中、ずっと眠ることができないようで、部屋の中をあっちこっち移動してはうずくまっていました。わたしは、そんな啄木を追いかけては氷枕を首にあてがい、腰や背中、お腹を一晩中さすってやることしかできません。朝一番で病院へ連れて行くようかな、とうっすらと明けていく空を見ながら思ったりしました。しかし、啄木は明け方、すっと熱が下がりました。それと同じくしてお腹の中から聞こえてくるキュルキュルという音も静かになりました。そして、すやすやと寝息を立て始めました。どうやらお腹の痛みが治まったようでした。一眠りした啄木は、なんだか前日とは違うスッキリ顔。「あのぉ~、お腹が空いてるんですけど・・・」今回の抗がん剤との闘いはどうやら終わったようでした。今日は金曜日。抗がん剤投与から5日目です。今朝のゴハンはまだ量は少なめですが、内容は元気なときのものに戻しました。便はまだ少しゆるめですが、心配のない硬さです。顎の下に3つある比較的大きな腫瘍がずいぶん小さくなりました。次の抗がん剤投与は再来週になります。せっかく小さくなった腫瘍。大きく変化しませんように・・・。ガンの栄養になるという炭水化物が入っていないドッグフードを見つけました。【イノーバ】イノーバエボドッグフード RF(3kg)さっそく取り寄せて、啄木に与えてみました。グルメじゃない啄木。なんでも美味しそうに食べてくれるから助かりました。これからはこのフードとヒルズのガン・腫瘍のための療養食n/d、それと野菜いろいろ、サプリなど取り入れたゴハンで体力を付けて頑張ります。【療法食 犬用】Hillsヒルズ犬 n/d [360g 1缶]アガリーペット サメ軟骨2 II 50包
August 21, 2009
8月11日の日記で、抗がん剤治療の休止をお伝えしました。その後、1週間で驚異的(とまではいかない・・・)な回復を見せた啄木。食いしん坊で良かった、とガツガツ鼻を鳴らしながらゴハンを食べる啄木の様子を見ながら思うわたしです。昨日、そんな啄木を病院へ連れていきました。もし血液検査の結果が良ければ、抗がん剤治療を再開してもらおうと思いました。そして、体重は病気前の体重に戻り、体温も平熱、血液の内容も申し分ないとのこと。また副作用が出る可能性は大。覚悟の上で、抗がん剤を投与してもらいました。啄木の場合、副作用が出るのは2日目の夕方頃からです。2日目、今日の夕方・・・。今回はこれまでのようなことがないように、昨日から食事は病院からいただいたヒルズの消化器官障害用の療養食i/dに切り替えました。ペット用ポカリスウェットも準備しました。熱が上がった時の備えにアイスノンもOKです。今日の朝食もペロっと完食。でも、お昼前ごろから少し目がどんよりしてきました。そろそろ熱が出始めたようです。抗がん剤の効果というものの凄さは、啄木の顎の下にある腫瘍を触ってみると良くわかります。昨日投与して、現在、もう昨日より腫瘍の大きさが小さく変化しています。だからわたしは諦められないのです。啄木がどうか今回もなんとか副作用の苦しみを乗り越えてくれますように・・・。 [ヒルズ] i/d 370g×12缶 [犬用]アース ペットスウェット 500ml
August 18, 2009
抗がん剤の副作用による吐き気と下痢が回復した啄木。快食快便生活に戻りました。カラダ中にたくさんのリンパ腫を抱えていることに変りはないわけですが・・・食事の時以外は自分で寝心地の良い場所を探し出しては、クタっとウトウト、スヤスヤしています。たとえば、隠居の父が高校野球を見ながら居眠りをする、テレビ前の父専用リクライニングチェアの足元母がレース編みをするリビングテーブルの下風が通り抜ける廊下陽射しが入る窓辺クーラーの冷気が少しだけ当たるリビングルームの隅 などなど時々はタバコが止められず、「喫煙は外で!」と母に叱られて、ベランダへ追い出された父のお供をすることも。ふたり(ひとりと一匹)でベランダから何を思って外を眺めているのやら・・・。(この椅子に腰掛けてタバコを吸っています。以前お風呂場で使っていたものです。その前にある水鉢にはメダカがいて、父が毎朝エサをやって繁殖させています。そして、啄木はこのメダカを眺めるが好きです。)人間の歳に換算すると啄木は父と今ちょうど同じ歳です。無口な父は啄木の病気のことについて、何も言いません。でも、寂しげに啄木の首のあたりを撫ぜている姿に、彼なりに思うことを啄木に伝えているんだろうな、と思います。
August 14, 2009
ここは埼玉県南部です。各所で大変な被害が出た台風9号ですが、予想より海沿いを通過した為、この辺りでは特別大きな被害は出ませんでした。被害にあわれた方々には、心からお見舞い申し上げます。さて、今日は久しぶりの朝からの青空。蝉の鳴き声が聞こえてきます。まだ気温は上がっていないので、家中の窓という窓を全部全開にして風を通しています。気持ちがいいですねぇ~。リンパ腫の治療に入り、写真撮影どころではなかったわたしの気持ちもやっと落ち着きました。副作用で抜けてしまった顔の毛がやっと伸びてきて、地肌が隠れるようになったので久しぶりの写真撮影です。写真に写っている顔の短い毛の部分。この部分が副作用で全部抜け落ちて、一時はつるつるになってしまったのですよ・・・可哀相でした(涙)パジャマを着ているのは、カラダの脱毛がまだ少し続いているためです。着せていないと、フローリングの床はあっという間に毛だらけになります。痩せました。約1kg痩せました。8kgのうちの1kgですから、なかなかです。今日も朝からゴハンをたくさん食べました。この調子なら8kgに戻る日も近い?
August 12, 2009
最後に抗がん剤を投与したのが7月28日。キツイ抗がん剤の副作用がまだ治まるか治まらないかでの、一か八かの投与でした。ガンというものは、カラダが弱っているとガンも弱るらしく、抗がん剤の使い方はここが難しいそうです。8月3日の日記に書いたとおり、啄木は副作用の吐き気と激しい下痢により何も食べることができなくなり、2日おきの点滴で命をつなぎました。もうちょっと限界?連日の夜を徹しての看病で、わたしも家族も精神的、肉体的に疲労が蓄積して、こちらも限界が・・・。何度も家族で話し合い、抗がん剤の投与を中止することを決めました。さっそく獣医の先生に告げると、「今が一番具合が悪いとき。気持ちはよくわかるが、悪いときに重要な決断をするのはやめませんか」と言われました。そうだなぁ~と、素直に思うわたしです。「お気持ちはよくわかりました。」「今はこの症状の改善に全力を尽くしましょう。」「抗がん剤がカラダから抜ければ、もとに戻ると思います。」獣医さんの言葉です。先生の言うとおりになりました。啄木のお腹の調子は時間と共に徐々に回復し、食欲が出てきました。改めて、先生と相談しました。そして、出した結論は・・・あと3週間ぐらいは抗がん剤を中止し、落ちてしまった体力を回復させる。9月になったら、また検査をして、それから改めて治療方法について考える。さっそく、食事療法に切り替えました。おとといからスタートしています。このことはまた日を改めて書きます。
August 11, 2009
先週、7月28日(火)に受けた抗がん剤の副作用がなかなか収まりません。おなかの調子が悪く、ほとんど食事が摂れなくなってしまいました。脱水にならないように、人間の赤ちゃん用ポカリで水分補給をしました。でも、なかなか調子が戻りません。啄木自身、食べたい気持ちはあるのです。ですが、食べるとすぐに戻してしまいます。少し良くなったり、また悪くなったりの繰り返しです。昨日は日曜日で病院がお休みだったのですが・・・。お電話をしたら点滴を打ってくださる、とのこと。夕方6時に連れていって、11時に迎えにいきました。火曜日からほとんど食べていないので、8.3kgあった体重は7.9kgに減っていました。熱はありませんでした。点滴を打ってもらった啄木は元気を取り戻しました。やれやれです。一度すっかり抜けてしまった鼻先から耳あたりの毛がまた生えてきました。今は、うっすら白い毛に覆われ、地肌が見えなくなってきました。その替わり、今度は手足の毛が抜け始めましたが・・・。明日は抗がん剤の注射はお休みです。今日の啄木は少しですが食事を摂ることができました。白湯も飲んでいます。このまま少しずつ、消化器系の炎症が落ち着いてくれると嬉しいです。
August 3, 2009
21日(火)、啄木は定例となった抗がん剤投与で病院へ。先週の血液検査の結果が芳しくなく延期になっていたので、顎下の腫瘍がまた大きくなってきています。今回はなんとしても投与したい!検査の結果、今回はGoサインが出て、わたしの気持ちはホッとしました。いつもとおり、昼過ぎには家に戻り、その日は安静に過ごしました。副作用が出るとすれば、投与の次の日です。水曜日。朝から少し元気がありませんでした。脱毛もあり、なんだかフラフラしています。朝食はいつもとおり食べました。でも、夕食の時間。いつもならわたしが夕食の支度をはじめる時間になると、ソワソワとキッチンの周りをウロウロする啄木なのですが、おとといはまったくその様子がありませんでした。これは?と思い、食事を与えるのを辞めました。一食抜いたって大丈夫です。夜遅くなって、お腹が壊れました。嘔吐も。お腹の中が空っぽなのがよかったようで、それほど大変にはなりませんでした。でも、熱が出てしまいました。カラダが火がついたように熱い。もう夜中です。アイスノンを首に巻いて、氷枕を脇の下に添えて、室温を下げて・・・。前回の発熱に比べると息は苦しくなさそうなのですが、腰がフラついて、満足に歩くことができなくなってしまいました。わたしは、少し息が荒く、目も虚ろな啄木を抱きながら、わたしが選択した抗がん剤治療が正しかったのか、間違っていたのか考えました。ただ苦しめているだけなのかもしれないと・・・。どうしてやることもできない、自分の力の無さを痛感しました。自分勝手に啄木に辛い思いをさせているだけなのではないか。やっと朝が来て、病院へ連れていける時間がきました。一番で診てもらい、熱を下げるための抗生剤と栄養の点滴を受けるため、夕方まで入院することになりました。そして、夕方。啄木はシッポを振ってわたしを待っていました。まだ足腰はフラフラしていますが、熱が下がったおかげで、目つきはハッキリしていました。またまた復活です。夜中に、つい気弱なことを考えた自分に反省。啄木はまだまだ頑張る力を持っているようです。前向きに、また寛解宣言がもらえるようにガンと戦っていきます。
July 24, 2009
残念ながら今週は抗がん剤点滴は使えませんでした。血液検査の結果、抗がん剤を使える規定の数値に少しだけですが、達していないとのこと。顎下のグリグリが小豆ぐらいの大きさになっているので、ここで薬を使えないのは残念です。啄木は薬の副作用で、脱毛が始まりました。全身ではありません。口の周りと目の周りの硬い毛、つまり髭と睫毛がまず最初に抜けてしまいました。続いて、その周辺の軟らかい毛も少しずつ抜けています。元気な頃と比べると、ずいぶんと様子が変わってしまいました。でも、腹痛や嘔吐など消化器系の副作用が出なくて良かったです。これは苦しいでしょうから。脱毛なら啄木自身は何も辛いことはないでしょう。どんな姿になっても、愛しい気持ちに変わりはありません。乳がんを克服した友人から「脱毛は薬がカラダの中で効いている証だから大丈夫」というメッセージが届いた。こういう言葉が本当に嬉しく、心の支えになります。啄木、今日も頑張っています。
July 15, 2009
う~ん、残念。わたしの仕事の都合で毎週行う抗がん剤治療を火曜日に移動してもらいました。なので昨日が啄木の抗がん剤の点滴の日でした。先週、完全寛解宣言をいただき、嬉しくて家族や友人たちと抱き合って喜びあったのに・・・。小さなシコリが見つかってしまいました。血液検査の結果も良いものではなく、抗がん剤を点滴できるギリギリの数値。もし、シコリが見つかっていなければ1週間点滴を延期するところなのですが、シコリが見つかってしまったので、ここで延期するとこのシコリが大きくなってしまう可能性がある、とのこと。食欲も元気もあるので、ここは頑張って点滴しましょう、ということになりました。今日は少し元気がありません。副作用でしょうか?副作用といえば、どうも鼻から口元の毛が少し抜けてしまいました。抜けたといってもいっぺんにドサッと抜けたのではないですし、すでに短い毛が生えてきてはいるものの、鼻先だけ短毛犬のようになってしまっています。難しい病気なのだということを改めて感じています。今日は鬱陶しい梅雨空のようにわたしの気持ちも鬱々としています。今朝、白花の睡蓮が開花していました。今年もキレイに咲いてくれました。
July 8, 2009
昨日は啄木の5回目の抗がん剤治療の日でした。これまで木曜日にお願いしていたのですが、わたしの仕事の都合で今回は水曜日になりました。さて、啄木の様子はというと・・・とても調子が良さそうです。朝食はしっかり平らげてくれました。朝一番で病院へ。体重を測定すると、先週より少しだけ増えていました。体温も正常です。触診をしていただいたところ、カラダの何箇所かにできた腫瘍がひとつも手に触れなくなっている、とのこと。それで今回は、いつもの血液検査のほかにレントゲントを撮ってみることになりました。検査の結果が出るまで約30分待合室で待ちました。そして、出た結果は、「完全寛解」と言って良いでしょう、とのことでした。完全寛解とはガン用語だそうで、ガンが消失して、その影が見えなくなる状態をいうそうです。再発の恐れはあるものの、寛解の状態であるならば、通常と変わらない生活を送ることができるそうです。ワンコの場合、再発率が高く、治癒の見込みはほんの数パーセントしかないという「悪性リンパ腫」。でも、今ひとまず元気を取り戻せたのだから、あまり先のことは心配しないで、今のこの状態を素直に喜ぼうと思いました。完全寛解とはいっても、今行っている25週間の抗がん剤プログラムは続けるつもりです。薬の量も少しずつ減っていますし、副作用もさほど心配ないようなので、数パーセントの治癒の状態を目指して、これからも頑張ってほしいと思っています。
July 2, 2009
アマリリスが咲きました。わが家には2種類のアマリリスの鉢植えがあります。もうひとつはこれです。今年は3月初旬に開花しました。例年、わが家でのアマリリスの開花は3月頃でしたので今回の開花には驚きました。それも見事な大輪を見せてくれるとは・・・。嬉しいかぎりです。アジサイがそろそろ終わり、わが家のベランダには夏の花が咲き始めます。梅雨の時期を乗り越えて、今年もにぎやかに咲いてくれることを楽しみにしています。さて、わが家の啄木くん。最後の薬の投与から2週間が経ちました。獣医さんに伺ったところ、お天気の良い昼間ならお風呂に入っても大丈夫、とのこと。今日は朝から梅雨の晴れ間でお日さまが顔を出しているので、さっそくお風呂に入れました。時間をかけて、心臓に負担が掛かってはかわいそうなので、ササッと簡単に済ませました。お気に入り?のバスローブを着ています。ベロをちょこっと出しているのは小さい頃からの癖です。
June 29, 2009
先週の金曜日の夕食後、啄木は急に食べたものを吐き戻してしまいました。木曜日に受けた抗がん剤の副作用がとうとう出てしまったようです。苦しそうに家の中の暗いところを探してウロウロしだし、悲痛な叫び声をあげました。なんとも表現しにくい、今まで一度も耳にしたことがない叫び声でした。「おかあちゃん、苦しいよぉ~。気持ちが悪いよぉ~。」我慢できずに叫んだのだと思います。獣医さんのお宅へ電話しました。時間外なのに電話に出てくださって、本当に感謝です。様子を話すと、副作用でしょうとのこと。薬がカラダの中を回って、ガンと戦っている状態。啄木は体力があるから、大丈夫だと思う。側についていてあげてください。とのことでした。その後、吐き出したいけど、吐き出せないというスッキリしない状態が夜中の12時ごろまで続いたあと、熱が高くなってきました。カラダ全体が熱くなって、震えだし、息がはぁはぁとあらくなってしまいました。人間ならこんなとき救急車を呼べるのですが・・・。わたしは氷枕を用意して、そっとカラダにあててやることしかできません。それでも、少し気持ちが良くなるのか、ウトウトと少し眠ってくれるようになりました。明け方4時半を過ぎたころ、やっと啄木はカラダを横にして眠ってくれました。体力が限界にきて、このまま逝ってしまうのでは・・・。わたしは心配で眠る啄木のお腹が寝息で上下しているのをただただ見つめていました。嬉しいことに、そんなわたしの心配は杞憂となりました。毎朝啄木がお腹が空いて部屋の中を動き回りはじめる朝6時。啄木はスッと起きだすと、まだ熱があっておぼつかない足取りでキッチンへ歩き出しました。「ゴハン食べるの?」わたしが声を掛けると、シッポを振って答えてくれました。いつもの量というわけにはいきませんでしたが、食事を口にしてくれたことは本当に嬉しかったです。この子は大丈夫だ、と思って、嬉しくて涙が出ました。朝一番で病院へ。血液検査の結果は良好でした。むしろ、抗がん剤を注射する前よりも良くなっていました。熱冷ましに抗生物質を注射してもらいました。家に帰ってきて、2時間後には熱は下がり、震えもなくなり、元気が戻りました。いやぁ~、大変でした。でも、快復してくれて本当によかったです。そして、昨日。4回目の抗がん剤投与は血液検査の結果が良好でしたので、行われました。今回の抗がん剤は今までのよりも強い薬だとか。怖いです。今日は副作用が出る日です。今朝から少し元気がない様子です。今は、風の通る、家の中で一番気持ちのよい場所ですやすや眠っています。今日、明日は静かに、おとなしく過ごさせてあげたいです。
June 19, 2009
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