2004年06月08日
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これは「くたばれ命の教育」の続編です。
私はこの言葉「命の教育」を見たとき、怒り以外何物も感じなかった。腹が立つ。怒鳴りつけてやりたい。
くたばれと言うのは、自分の正直な気持ちだ。訂正はしない。
1 言葉にすれば
この「命の教育」どういうことかといえば、
子供は、何時また他人の首を切るか分からない、よって命の教育で、それをやめさせる。
子供は他人の痛みが分からない、よって命の教育で、それをやめさせる。
と、言っているのだ。何を言っているのか前後不覚のおおたわけの言うことだ。
今ままで、何も無かったときは(実際には足元まで、火が迫っていたのに)、やれ学力だ、何だかんだ、大人は忙しいんだ。テレビでも見ておとなしくしてくれ。と言っていたのが、一旦ことがあるとこの狼狽慌てよう。
そして、小学校を出てしまったら、もう大人は「高校受験」とかに関心が移る。命なんてそれこそ、○○高校命と刺青しかねない。
それの繰り返しで今日まで来た。
普段無関心で、事が起こるととたんに「慌てる」「怒る」「八つ当たりする」。そんなものに、どうして子供がついて行くのか。
腹を据えて、国家百年の計で教育を考え、その中で、「心」や「命」が出てきたのなら、それはそれでよいことだ。それがなぜ出てこなかったか考えようともせず、短絡的に答えを求める姿は、それこそ、この少女の行動とどこか共通している。
第一、今の学校を考えてみろ。国旗や国歌でもめているんだぞ。え、それぞれ主義主張がありますから、思想の自由ですから?
それなら、「命」について百通りの考えがあって、誰かが、「そんな物の言い方は困るだの、私は宗教上、その考えは受け入れられないだの言い出したらどうする。
はじめから、できもしない、ありもしない、やる気も無い。
「2 答えが欲しい人たち」は次の日記に書きます。
(次の更新は6/11の予定)






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最終更新日  2004年06月19日 13時12分34秒
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