2005年05月13日
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人の無邪気さというのは、しばしば残酷である。
自分たちは平和主義で、人道主義で、利益を考えずやっている、それが相手に何をもたらすか、その結果にまで責任を負わない。その無責任さ、しかも自らは人に優れていい子なのだからぞっとする。
その代表なのが「べ平連」。
ちょっと前では「北朝鮮に米を送りましょう」の人たち、もちろん民間の方ですよ。北の政府延命に手を貸し、結果、百万ともいわれる餓死を出し、さらに中朝国境には数十万の「難民」がいる現状をどう見ているのか。
ただし、私は「翌日の新聞を見て馬券を買う」たぐいの事は言いたくはない。もし人道援助なかりせば、もっとひどいことになっていたという考えは否定しない。
私が言いたいのは、その「無邪気さ」の危うさである。
すなわち、人道援助するにしても、本当にそれをした結果を考えて実行しているのかという所をいいたいのである。
最近では、「唯一の身よりは日本在住の祖母」というタイの少女の話がある。この話題がマスコミに乗るや、程なくして「実はタイに身よりがいっぱい」だった事がわかった。わかった後にこの少女の日本定住を訴えていた人々は、(1)やっぱり日本定住を訴え続けた (2)タイに身よりのあることを今以て知らないかもしくはその振りをしている 程度の事である。
要するに己のヒューマニストさに酔っているだけの事だ。
かつて「北朝鮮はこの世の楽園」という内容の著書を書いた人は、現在、己のしたことを償おうと、懸命の努力を続けている。





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最終更新日  2005年05月13日 09時29分48秒
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