2006年10月09日
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カテゴリ: 倭人の末裔
次に、ヘルパーが福祉施設等で介護する場合を考えるのだが、どうも、老人性障害者の介護と、その他障害者、あるいは、知的障害者とその他の障害者、あるいは精神障害者等々、これらを一緒くたにして論じるには無理があると思う。
しかし、ここではあえて、その区別なくものが言える範囲を模索してみようと思う。
私がヘルパーの資格を得る際に、実習にデイサービスの施設にお世話になったわけだが、そこでは、ヘルパーがかなり疲れていて、ストレスもたまっていそうだと感じた。
それは、ヘルパーが提供きるサービスは、つまりはその施設の規則であり、ヘルパーは上位の責任者の方を向いて仕事をしているかのようだった。具体的に何があったかをここに記すわけにはいかないが、その日、実習を受けた三人(私も含めて)は、「親をこんな所に入れたくない」ということでは一致した。
最近マスコミでも取り上げられている、ヘルパーによる被介護者への虐待は、起こるべくして起こる。すなわち、ヘルパーのストレスのはけ口こそは、利用者(被介護者)なのである。閉鎖された世界では、誰かの間違いを注意できる立場というものはごく限られて居る。そしてそのような立場のものは、しばしば事なかれ主義を貫こうとする。
ヘルパーの精神的な未熟というのは、介護技術や、集団での行動規範の問題というよりは、もっと原初的な人間形成に関わる問題であることもある。あるヘルパーは自分と他人の区別ができないということもある。すなわち、他人の問題、たとえば清潔感とかに関すること、のどが渇いたとか、物を食べたいとかいう問題を解決するのに、自分のそれと利用者のそれを混同する。
唾液や食べ物で汚れたタオルを、そのまま利用者のバッグに入れて、「いいですよ」と言う。いいですよと言えるのは、利用者もしくはその保護者だけのはずである。そのような汚れたものは、ビニール袋に入れるくらいのことは当然である。他人の物を扱うのであるから。
また、いつもスナックを口にしているようなものは、利用者もそれを欲しがっているように、あるいは誘導してしまっている。
そして、それを思いやりとか、自分のコミュニケーション力と勘違いしている。
一歩進めて、たとえ利用者が食べたい、飲みたいと言ったとしても、夕食まで時間が無いような場合は、規則的食生活の確立のためにも、自制を促すのが当たり前であろう。言うまま、気ままなどというのは、まるで野生児、幼児の如くである。そしてそれは、ヘルパー自身が利用者をそのように誤って誘導している場合が多いと思う。
このような現状を打破するためには、各施設間での競争と、他の業界からの福祉事業への新規参入、そして公開原則の導入が必要である。
次回は、これらの点について述べたい。





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最終更新日  2006年10月09日 19時37分38秒
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