2015年07月20日
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いじめの克服とか、学校の再生とか、言葉は立派である。しかし世の中には、特に現代社会では、費用対効果という考え方も大切である。子供が生きるか死ぬか、それも自ら死を選ぶということに及んでは、それを的にして一体何をなさんとするのか。
逃げるべきである。子供が一時的にも避難できる場所が必要だ。それを可能にするのは、不登校への理解と、フリースクールの社会的地位の確立である。すなわち教育の自由化、これしかない。そもそも義務教育とは、教育の義務であって、その方法としての学校の維持運営の義務ではない。学校なんか二の次でいいのだ。ましてや大卒者の安定した職場・職業としての「先生」など、どうでもいいことだ。
せめて先生の役割を教科を教えるということに特化させ、生活指導・相談を分離独立した部門として確立するくらいの事はやらないとどうにもならない。私は現在の学校のあり方を全面的に否定はしない。しかし、そこへ行くしかないという絶望的な状況、荷の勝ちすぎた重荷を背負わされ、例えうまく解決出来たとしても何の見返りもない先生の報酬システムには、疑問を呈せざるを得ない。
義務教育を「資格審査方式」に改め、ある者が義務教育終了者としてふさわしいか否かを審査する。その教育には方法を問わない、あるいは今よりももっと幅をもたせたものとする。これにより、いじめのグループ・ダイナミクスから子供が抜け出る事を容易に出きる。合わせて学校の再生にも寄与するものと信ずる。





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最終更新日  2015年07月23日 22時02分55秒
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