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ムホ…ホホ… トドが出かけた~ 一週間の冬休みです。(^_^)v とは言うものの、実母の通院(これは良いんだけど)、Pさんの通院、姑の介護認定調査など 結局いつもの高齢行事目白押し( ̄・・ ̄) トドは「寂しいやろけど…」とか、何を勘違いしたのかあらぬ妄言を吐いて機上の人になりました。 亭主元気で留守がよい。 けだし名言かな(⌒‐⌒) ちなみに… 今回のお出掛け先は海外なので、思い付いて海外対応携帯電話をレンタルしてもらいました。 成田経由で待ち時間が長いので、レンタル携帯電話カウンターで手続きが出来ると聞き、トドに自分でトライしてもらったところ なんと国内で普段使っている携帯電話のチップをレンタル携帯電話に差し替え、電話番号そのままで、アドレスデータも赤外線通信で転送して使えるんだそうです。 適応国に限りがあるようですが、めちゃくちゃ便利になっているのだなと感心しました。 海外へお出掛けの際はご一考の価値ありかと思います。 いやぁ~平和な夜だわ~o(^-^)o 勿体無くて、寝られへんわ(笑)
2009年01月21日
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今週の金曜日から、月に一度程度の割合で、家庭内デイサービスを始めることになった。実は、ママさんの姉妹6人のうち、ママさんを含む3名が認知症であることがわかったんだよね。他の二人がアルツハイマーかどうかは、今のところは叔母連隊長の話だけなので良くわからないけど・・・ママさんの父親、私の祖父も、晩年怪しかった。祖父はそれこそ前立腺が肥大して排尿が困難になり、そのための手術と入院を翌日に控えた日。ママさんを筆頭に娘たちが集まり、明日からの入院準備をしている傍らで、昼食後のお昼寝をしている間に亡くなった。ふと気付くと「お爺ちゃん息してない?!」と言うことで、祖母も姉妹もびっくりしたのだという。当時私はまだ勤めており、会社に連絡がきて、翌日からの入院は知っていても亡くなるほど、具合が悪いという認識がなかったので、驚いた。その祖父は、亡くなる直前の夏、お盆休みに訪ねたときに、私が名乗ると私だとわかるらしい様子から「私ね・・私が・・・」と話をするべきところ「ポポ子ね・・・ポポ子が・・」と名前を名乗りながら話をすると私だとわかって会話が弾む、と言う状態だった。その一年前あたりから、我が家に遊びに来ても、同じことを何度も言ったり聞いたり河童が怪我をしていた時など、5分おきに「どうした?!」と驚かれ、さすがの河童が恐縮していた覚えもある。まだあの頃は、アルツハイマーは市民権を得ていなく、検査などについてもあまり知られていない時期でだから、単純に「お爺ちゃんがぼけちゃったんだ」などと思っていた。けど、今にして思えば、アルツハイマーだったのかもしれない。祖母は亡くなるまでしっかりしていたので、祖父母のアルツハイマー率は50:50叔母連も3人発症であれば、50:50私も遺伝子検査してもらおうかなぁ・・・・などと、不安に駆られる。まぁ、そんなわけで、おしゃべり仲良し姉妹だったのだから、みんなで集まってお喋りすると楽しいだろうよってことで金曜日出かけてきます。話が弾んで、みんな嬉しそうだったら、月一くらいでやるかって話になってる。場所は隊長家、音頭取りも隊長、一番下の叔母がママさん以外の二人の送迎担当送迎はいずれ私になりそうでもあるけど・・・で、ヘルパーは、私ってことだろな・・。うまくいけばいいけど・・・まさかのママさんにお悔やみなんぞを言われないように願いたいもんだ。これもまた、吉と出るか凶と出るか、予想は50:50
2009年01月14日
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結局、やっぱり、Pさんは前立腺癌ではない、というMRI結果の告知(と言うべき?)だったらしいでも、癌になりたいPさんは、「MRIで撮影できるほど癌が育ってない」などと言っている。だから、癌なんだそうだ。本来は6月の予定だったMRIなので、「早すぎた」と言っている。昨日の撮影が何のための検査なのか、良くわからなくなる私。。。まぁ人物そのものが、別の意味で「がん」だと言えるPさんではある。(-_-;)午後から足の変色その他のため、ご近所のスーパー整形外科へ、これは一緒に出かけた。放っておいても、あちこちの医者へ出向いてくれるPさんではあるけれどその出かける先が、その症状に適した診療を受けられる病院とは限らずその意味で、今回も整形外科の分野かどうかは微妙だったけれどこのスーパー整形外科は、自分の分野以外の患者の場合、的確な所へ紹介して下さるという点で親切でスーパーなのだった。そして、以前に姑の足の指の甲の部分に傷があったために通院したときのPさんの突発的無関係質問にも、穏やかに対応して下さりもしかしたら同じようなお身内をお持ちなのではないかと思わせる反応で、私に苦笑いで対応しても下さった覚えがありまさに、藁にもすがる・・・そんな思いで出かけたのだった。やっぱりスーパービンゴ先生!足先、ソックスをはいている範囲内とも言える部分が濃い紫と言うかほとんど黒に近い色にたびたび変色しそうはいっても温めたり、足を水平にすると色が薄くなるしびれ感があり、感覚が鈍くなっているなど、症状を話しつつ、足先を目視していただくと「僕の領域じゃないですね、血管外科だな」とのこと血管外科、と言ってもそれを看板にあげている病院は思い浮かばず、実家界隈では確かにあるけれど、大きな病院でめちゃくちゃ待つし・・・どうしたら・・・スーパービンゴ先生が「調べてあげましょうか?」と行って下さり「お手間を取らせますが、どこかご紹介いただけないでしょうか」とすがった。わざわざ近隣の病院を調べて下さって、とある病院の外科の外来に、外部から週に一度、血管外科の専門家が来ておられることがわかりお電話で問い合わせても下さって、紹介状を書いても下さった。明日が診察日とのことで、予約も取って下さったのだ。う~~んやっぱり、スーパービンゴ先生!と言うわけで明日、パワーリハビリを早めに引き上げて、Pさんの足の診察を受けに出かけることになった。なんだかんだで二日とられてるわけだけど、まぁこれで症状にビンゴなお医者様が見つかれば、助かる。帰り道、こちらから誘ってPさん御贔屓美人ママさんのいるお店で、コーヒーを飲んだ。何度かお相伴にあずかっているお店だけど、毎回紹介されており「うちの息子のお嫁さんで、ポポ子さんと言うの」ママさんも「はぁ・・何度かねぇいらしていただいて・・」と含み笑い。私も意味なくニタニタしてみせる。店の中でも意味なく大きな声で、東京では特別な言い方をしないとコーヒーを飲めないんだ、という。何を言うのかと思えば「コーヒーくんない?」と言うのだそうでそうなのか?((+_+))基本、関西人なので、東京で暮らしたことはなく、何度か出向いたことがある程度だけどこれが一般的なんすかね?どうでもいいので、あいまいに反応していると(-_-;)ママさんと目があって、笑いをこらえておられることがわかる。さらに得意げに怪しい蘊蓄を語るPさん・・・コーヒーにピーナッツが添えてあり、「これはね、一人七つに決まってるんやね」とママさんに確認を取りママさんの「え?・・・決まってはいないんですけど・・・」と言うお返事はPさんには聞こえず数えてみたら今日は七つより多かった。「サービスしてくれたんやね」嬉しそうな爺さん。良かったですことはい、お疲れさん。この淀んだ気分、今晩そのとばっちりがトドに向きます。(*^^)v
2009年01月14日
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これ、な~んだ?ママさんが毎日出かけているデイサービスで、最近お歌の時間に使うらしい二つ折りになっており、内側部分は下の写真のようになっているのです。これ、つまり、カスタネット・・です。表の絵、ママさんの似顔絵になってるらしく、ご紹介。鼻をぐすぐす言わせていたので、心配していたんですが、すぐにお薬をいただけたことと、加湿器が良かったのか、熱も上がらないまま症状は治まってきました。御心配下さいまして、ありがとうございます。m(__)mおかげさまで母は元気復活、今日は「夏も近づく八十八夜~♪」を完璧に覚えており相手をしてくださった新人ヘルパーさんもびっくり!までは良かったんですけど「トラママさんのご主人は亡くなられたんですよね?」だと、ママさんの前で聞かないでもらいたい質問。「ええ、まぁ」とぼんやりながら肯定した答えをしつつママさんの方を向いて「でもまた、○▽さんのとこやもんねぇ」と言ってみる。○▽さん、というのは父の幼馴染で、何度も入院を繰り返していた病院の院長先生なのでママさんは「仲良しやもんねぇ~」と、いつまでも病院に居座っているたちの悪い患者の妻になっていた。その話に合わせ、パパさんのダメっぷりなどでご機嫌をうかがい、歌など一緒に歌い、笑い転げてから晩御飯になりましたとさ。新人ヘルパーさん、質問事項にはご注意を!ドキッとしちゃった・・・( 一一)姑の泌尿器科の往診が終わってからママさんのところへ移動した今日です。姑も緑膿菌が尿から検出されていたのが、ようやくクリアになりました。この緑膿菌には抗生物質が効かないため、ともかく残尿が少なくなるように、排尿の都度ヘルパーさんたちや私がお腹を押して絞り出し・・を心がけ姑本人にはともかく水分を多くとってもらい、排出が多くなるように心がけ、つまりは洗い流そうという作戦でした。週に一度の泌尿器科医の往診で、膀胱洗浄を受けてきたことも効果的だったようで、やれやれです。まだしばらく、毎週の往診は続くのですが、状態確認ですむようなら、往診の間隔が開くのではないかと期待しています。明日はPさんが前立腺癌で余命宣告を受ける日(と自分で決めている日)「告知の覚悟はできているので、あんたは来てくれなくてええよ」と言われているので告知には立ち会わないけどたぶん、最近の夜間頻尿は(と言ってもお一日は夜の間に一度しか起きてないけど)前立腺癌が原因ではなく、むしろひざ下の冷えのせいではないかと、思うけどね。というわけで、明日の夕方、ご近所整形外科医へ足の診察に、これは同行します。Pさんのみで診察を受けると、何を見てもらうことが目的なのかわからなくなって結局的確な診察を受けるということができないのでこれから経過などの簡単なメモを作り、診察前にお医者様に目を通していただくように準備します。これも、だから重篤な病気かと言えばたぶんそうではなく、おそらく日常生活を見直して・・ってことになるんだろうけど、それは何より無理な話であって無理なんだからほかに手はないですか?ということをご相談するための診察でもあったりするわけです。やっぱり一番厄介なのは、Pさんだわ。
2009年01月13日
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年末、花水木ちゃんから「お付き合い始めちゃった」半年ほど前に友人を介して知り合った彼とのおめでたい話を聞いて年齢もそろそろ・・なカップルなら、早晩結婚どうする?って話が出るんだろうなと期待半分不安半分で聞いていた。ら、さっそく、結婚!の話が出たそうで、彼はすぐにでも結婚したく「仕事をやめて家に入ればええやん」と言うらしいう~~ん・・それってPさんに通ずる思い込み夫の可能性はなきや?花水木ちゃんは、しばらく前から今の職場で関西への転勤を上司に願い出ており、上司は前向きにお考えくださっているというそれは、特養に入ってしまった母親のためでありその母を介護し続けてきた祖母のためでもありという状況に、結婚したいと思う人も関西、という項目が加わりますます、関西方面への転勤をよろしく、な状態になっている。彼女の祖母は、早くに夫を亡くし、自分が働いて生きてきた人で彼女の母親は、夫が倒産をしたこと(だけではないにしても)をきっかけに発病し花水木ちゃんはその様子をつぶさに見ていたために、自分も仕事を持って生きていきたいと強く考えている。経済的に自立できている、ということは確かに大切なポイントでもある。彼は、ただいまおかげさまで花水木ちゃんにぞっこん!でいてくれるらしいのでそれは大変ありがたいのだけど、もしかして浮ついた奴?疑惑も浮上してこれって、娘の相手をとにかく批判したくなる父親の心境に近いのかと思ったりする親戚のおばちゃんなのであった。さらに、結婚するについて親と同居、を希望されており花水木ちゃんはいきなり面喰っている。彼女は天涯孤独ではなく、母もいれば祖母もおり、介在して良ければ親戚のおばちゃんである私もいる。相手の親を、最初から否定するつもりはない花水木ちゃんの言い分、私にはよくわかる。いずれ同居というならわかる。と花水木ちゃんは言う。自分の周りにもサポートの必要な高齢者は多い彼女、年齢の割にはちゃんと考えていることも感じる。彼のご両親はまだ40代だというから、そりゃそうだろう、私より若い可能性だって大いにある。その年代のお元気なご両親と、彼が暮らすお家に一人彼女が加わると、あちらのペースに完全に巻き込まれてしまうのではないか実家がらみで出かけることを、彼女が負担に感じるのではないか疑惑がぬぐえない。さかのぼって私が結婚するとき、トドが一人っ子だとわかっていたので、同居するならそれでもいいと、実は私は思ってた。Pさんの恐ろしさを私は全くわかっていなかったからだけど・・・無謀な申し出だったよね。今思うと冷や汗が・・・でも、一人息子ならどうせいずれは同居しなくちゃならないだろうと、私は思っていたし結局最後はPさんが即効で入院や施設入りにならない限り、ある程度の期間は同居しなきゃならないんだろうと、半ば覚悟も決めてはいるけどそれはまだまだ、先伸ばしたい問題でもある。話が横にそれるけど、そろそろ、夜間泊まり込んだ方が安全なのではないかと思える年齢と状態になりつつあるPさんなので昨夜トドに、そろそろ夜、泊まった方がよくない?と持ちかけてみたけどそれやったら引っ越しやな、と言っている。泊まるのは自分だということに、ピンと来ていない様子なので、困ったことであると同時にやっぱりわかってないことを確認だ。特に看病が必要だ、という状態でないなら、泊まるのは私ではなくトドであるべきと考えているので近く実践したいと思っているところです。いかがわしいところへ遊びに行っている時間があるわけだから、Pさんと枕並べて寝るくらいの時間の余裕はあるはず。精神的にきついというけど、実子がきついなら嫁にはもっときつい相手なんである。ポポ子も一緒に泊まるなら、って言ってるけど、あれはあんたの親。あ・・・つい・・勢いづいていくらでもかけてしまうP介護話。いかんいかん・・・でもって、花水木ちゃんの結婚話。まだお付き合いが本格的に始まったばかり、彼はかなりお母さんと仲良しの息子さんらしく、それはそれでほほえましいけど、・・・これって・・マザコン?・・・泊まりがけで遊びに行きたい提案を彼はしてきて、それをお母さんにも話すとかでも花水木ちゃんは自分がいい加減な娘だと思われるから嫌なのでそれぞれ自宅から出かけて一日遊び、自宅へ帰ればいいんじゃないかと言うのだけどそれは親戚のおばちゃんとしても賛同したくあってでも彼はお泊りお出かけに熱心で・・・結局お母さんにウソをついて出かける?みたいな話になりかけているそうで・・・結構めんどくさい男?花水木ちゃんが良い伴侶に巡り合えることを期待しつつ嬉しそうに話してくれるエピソードの一つ一つに、文句付けたくなってる私はヘンコな父ちゃんみたいになってないか?自分に問いかけている。一応言いました。お泊りで出かけても、エッチはあかんねんで!むなしい気もする。(笑)つまりは彼が、花水木ちゃんのことを熱心に思ってくれていることの表れで、徐々に落ち着いて、相手を思いやれる愛情に育ってくれることに期待する。花水木ちゃんは、二・三年かけてゆっくりと愛情を育み、関西で仕事も見つけて、それから結婚という手順を踏みたいようだ。私もそれが良いと思う、出あって短い期間で電撃結婚も悪くはないんだろうけど彼女の抱えているものの大きさを思うと、心の底から寄り添ってくれる相手が望ましく思える。障害を気にして、私は結婚できない、と泣いた日もあったことを思えば、結婚相手として彼女を見つけてくれた彼に、感謝の気持ちもあるけれど願わくば急がず、出来れば後悔しない結婚をと、親戚のおばちゃんは思うのであった。なんせ、私が後悔してるもんで・・・(笑)
2009年01月12日
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私ではなく実母…鼻声でちょっと気になる咳をしてます。熱は上がっていないので、とりあえず元気そうではあるけど、施設主治医がお薬処方してくださったのであまり悪くならないように…と期待しつつお部屋暖かくして、加湿器稼働させてきた。明日は新年会だけど、宴会は断って、様子見に行くつもりです。
2009年01月11日
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戎っさんには鮪も奉納してあって、 私は毎年、この鮪にもお詣りすることにしている。 神主さんが頭をはたき(はたきじゃないけど)で、しゃんしゃんしてくれる位置も、鮪参拝ができる場所にコースを取る。 なにせすごい人なので… 鮪に硬貨を貼り付けて(今年の鮪は貼りやすくて助かった)から 本殿参拝。 参拝のあと、ありがたい御守り家族一同分と福笹を福娘さんを厳選して購入し 西宮戎名物?の甘酒茶屋で甘酒と茹で玉子を食す。 だいたい毎年入る屋台も決まっていて、オデンとたこ焼きとカップ酒でいっぷく。 暖まったところで、屋台めぐりにもどり、とうもろこしやフランクフルト、いか焼き、焼き鳥など居並ぶなかからトドがチョイス。 結局、フランクフルトと締めのたい焼き(デザート)だけ付き合い 本日の夕食終了です。 来週はご近所厄神さん、月末は荒神さん 一月は屋台のお世話になることが多いんだけど… ちょっと飽きてきてるところです。
2009年01月10日
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今日は本戎 我が家も商売繁盛?を願いに、ほとんど毎年欠かさないで御詣りしている。 今年は土日がらみなので、人が多い予想はしていたけど、ほんま多いわ 仕事帰りのトドが荷物を預けたく、コインロッカーを利用しようと思ったら、すでにいっぱい 待つこと暫し…で確保しました。 もし!これから西宮戎に向かっているかたがあれば、コインロッカーは大人気で少し待たなくちゃいけないかもよ~ 7時待ち合わせのトドから 15分遅れると連絡があって…もうすぐ7時30分… 15分ちゃうやんか?
2009年01月10日
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今に始まったことじゃなく、数年前から足が冷える、痛む、としきりと訴えてはいた。一昨年の暮れ、ヘルニアの手術をしたあと、一段と歩行速度も落ちて、歩幅もせまくなり、当時Pさんが毎週通っていたスポーツトレーナーのお見立ては、高齢故いたしかたない現象。高齢者の場合、一週間寝込むと途端に歩く様子が変わるものだと言われ、そんなもんかいなと思わないでもなかった。それ以前から足の指が黒く変色していることはよくあり、足湯などをして温かくするようにとお勧めもし床に座る生活から、テーブルと椅子になさっては?と幾度か申し上げたにもかかわらず、その案はなかなか採用されなかった。昨年、血管外科への診察もして、でも結局これと言った病気ではなく、生活習慣を改めましょうね、みたいな話に終始して重ねての通院の必要もない感じの診察結果だった。姑の施設入所以来、私が通う場所は三か所に増えており、実母ホーム、姑施設、P家の順に手薄にもなっている今ではある。昨日、いつものパワーリハビリの後、姑の施設までPさんをお送りしたのだけど、その時に、この連休に行う新年会に持って出る小物が見当たらないので「ポポ子さんが持って帰っただろう」って話が出て確かに持って帰った覚えはなく、というかP家に持って帰った覚えはあって・・さらに、昨夏の姑の怪我の責任を感じた施設サイドから、入院費用の補てんをしていただけることになっていたのが、年末に振り込まれ、通帳で確認してほしいと言われていたのだけど果たしてやっと記帳に出向いたPさんによれば「入ってない」とのことででもたぶん、きっと確かに、入金はされているに違いなく・・・それやこれやの確認には、お金がらみ、仕事がらみであれば、それは当然トドも同行すべきだしってことで昨夜仕事の後でトドとP家へ回った。案の定、通帳にはきっちり記載されている入金記録。なんで見えなかったのか不思議でならない、通帳を見れば一目瞭然というありさまで、即座に確認が取れた。Pさん御懸念の小物は、探すまでもなく寝室の一角に鎮座ましましており、本日の予定終了といったところで、帰ろうとするとまたしても足が痛いの、足が黒いのと言うので、靴下を脱いでもらい確かめたらそれはそれは黒く、以前は指の周辺にとどまっていた黒と言うか紫というかの部分が、足裏全体に広がっているように思える。足湯を一人で適宜用意して・・・ということは確かに無理に思えるPさんなのでコップ半分程の水を入れ、蒸気で温めるタイプの足浴機も購入して置いてある。それを利用しているのかと言えば、結局やっぱりしていなく、本人が豪語するほど、一人暮らしも楽ではない。浴室にも手すりを完備している介護住宅のP家なので、毎日お風呂に入り、暖めているとは言うもののんじゃその足の色はなに?トド親子はすぐに重篤な病名をつけたがるけど、なかなか病気と認定されないPさんは今度は姑が手術してもらった病院で診察を受けたいと言い出した。話がすぐにあさっての方角へそれていくPさんであれば、行く先々の病院で自身の状態を的確に説明することも実は難しく正確に伝わらなければ診察結果もそんな感じな返事で終始してきた今まで・・・今日、姑の手術後半年目の診察を受けに、Pさん希望の病院へ出向くことにしていたのでそこで相談してみる、ということにして昨夜は辞した。んで、今日姑は通院したんだけど・・・Pさんのことは姑の主治医には相談せず(^^ゞあれこれ考えて、自宅近くの整形外科へ一度行ってみることにした。Pさんの足は昨夜足湯を整えて半時間ほどトライしてもらったら、黒かった足が紫から肌色へとちゃんと変化していく様を確認し、結局だからやっぱり重篤な病気ってわけじゃないんだろうと、改めて思いつつどこかへ行かないと治まらないPさん。最寄病院へ、来週の火曜日に出向くことにした。実はPさん、そんなに足が気になるのに、なぜかこの時期前立腺癌のためのMRIをとることにしており、それはそんなに心配なのかと言えば、それほど心配ないらしいほどの状況なのになんでMRI?なにか、いつも、Pさんは現実の問題から違う方向へ進む。いずれにしろ、足について、二件目の病院へ出向くことになったのであった。糖尿でもないのに、(はずなのに)なんであんなに足の色が悪いんだろう・・・トドは、足首から先が壊死しているんや、って言ってたけど壊死してたら足湯程度で色は変わらないのではないかと思えともかくしばらく厄介だ。ちなみに本日は朝イチで姑の通院先に先に受け付けに行き、姑をそれから迎えに行って一度診察室で主治医と顔を合わせてから、レントゲンを撮り、その結果を見ての診察結果を聞き、異状なし、とのことで姑に関してはほっとしお昼御飯に間に合うように施設に送り届け日曜日の仕事のリハーサルに朝から出かけていたトドが、ご近所お稽古場所へ移動してくるため、お稽古用の荷物をもって一足先にお稽古場所で待機し案の定、朝の仕事が長引いて20分、トドが遅れている間、お弟子さんたちの座持ちをした。トドと荷物を交換して、ママさんのところへ回り・・・今日もママさんはご機嫌さん(*^_^*)テレビで「コモド島」の映像が流れていて、「コモド?子供?」など言い間違いシリーズでさんざんに笑わせて、夕食まで笑いっぱなし他の利用者さんの娘さんもいらしていて、「トラママさんはいつもニコニコしてていいわね~」なんて言われてまんざらでもない表情のママさんでありました。お食事も進んで、きれいに平らげてくれるのは気持ちいいんだけどママさん実はコレステロールがちょっと高い。出されたものはすべて食べるので、ご飯をちょっと控えてもらったり、ってこともお願いしてあるんだけど重ねてお薬も出ていて・・・そんな感じです。今週は、年始のお稽古始めの週でもあって、なかなかゆっくりママさんのところへ滞在というわけにも行かなかったので日曜日はたっぷり付き合うつもりで、明日もがんばるぞー!で、夕食を食べ終えたママさんのデンタルケアをちょいと手伝ってから、一瞬自宅へ戻り、お稽古を終えるトドのところへ出向き、一緒にP家訪問。病院選びについて、トドから決定事項としてご近所医者へ行く、という案をごり押ししてもらった。帰宅して夕食は遅い時間にやっぱりなった。このところカロリーはセーブ気味なのに、変化が見えてこなくなってるのは・・・遅い食事のせいかもね。これから遅い食事はおつまみと呑むだけ(飲むのか?)にしようかな~月末の海外公演のビザも届いて、出かける用意もしなくちゃいけないやね・・・なんか。。。今年もやっぱり、年始から走りっぱなし。。。な割には、変化なしの体。(笑)
2009年01月09日
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ご近所に映画館ができたので、年末から立て続けに三本見た。252地球が静止するときミラーズ好き嫌いがいろいろあるだろうから、批評は私独自の視点ということでお許し願いたくさらにこれから見る人は、読まないでね(笑)最初に・・いずれも私にとってはハズレな映画。「地球が・・・」はキアヌ・リーブスがそれでも良かったし、映像も凄かった。けど、ストーリーとしては、をいっ!な部分が否めない。でも、もしこの三本の中でどれか見る?と聞かれれば、この映画は見てもいいぞ、と思える。252は・・・んなあほな・・という映画に思えた。演じている方達は真剣なんだろうけどいかにも泣かんかい!な場面が鼻について、見終わった後で怒った。以下ネタばれだから、ほんと、見る予定の人はここから先は読んじゃだめ~未曾有の大型台風が日本の首都を襲う、壊れた埋もれた都心の地下鉄から救済されるという映画(二行で終わり?)主人公のパパはもとハイパーレスキュー、災害救援の専門家。小さな女の子とママと、三人でクリスマスのお食事にでも行こうと言う日にその災害が起きる。地下鉄の駅構内に、パパと娘が取り残されて地上ではパパのお兄さんで現役ハイパーレスキュー隊長の内野さんとママさんの「娘を助けて!」みたいなやり取りもあって252というのは、「生存者あり」という信号なのだそうで通信手段の絶たれた地下から、弟パパが、隊長兄に届けとばかり信号を送るわけです。みなさん、(ここまで読んでくれた人がいるなら)災害で閉じ込められたら、252ですぞ二回、五回、二回、なにか外部に聞こえる配管とか梁をたたき続けましょう!でもって、「ここにいるぞー!」ということがわかりさて救助しよう・・・となった時に、大型台風がまさに直撃。「とても出動できませ~~~~ん」な状態の中まさに直撃なので数分間台風の目に入る、台風の目に入ると、無風になるので、そこが勝負だ!ってことになってさまぁ結果的には助かるんだよねみんな・・・ただ途中に、娘がだめか!という場面があって、それは哀しい場面ながらも確かに実際の災害ではそういうことはあるわけで紙一重いつも娘が助かるわけだけど、数度に及ぶとちょっと興ざめる。さらに、言葉を話せないはずの娘が、最後にパパがだめかもしれない場面で必死に呼びかけるわけだけどここで泣かせようと思うのかやたらとその場面が長くってさ・・・ちょっと興ざめながらも。ここはでもさすがに・・・パパは駄目かもと観客が思っているとパパは元同僚を抱えて、自力で上がってくるわけよ台風の直撃を受けて、さらにダメージの加わった現場から、それ以前にもハードな救出劇をさんざんに、体力を消耗しているに違いないパパが自力で上がってくるにいたっては思わず映画館で「ありえへん」と声を上げてしまった。私の周りにも、ここで笑った人が多かった。和製ダイハードかい?ってそんなに強いんなら、救助待たないで自力で脱出できたんじゃないの?っていやらしい書きようをすると、私たちの地域では、阪神大震災があった。あの災害のさなか、そんなスーパーマンはいたのかねぇ?ハイパーレスキューの方々の活躍は、その後も災害の映像の中で見ることが多く頼もしくも感じ、尊敬しているけどちょっとこの映画は、おかしくないか?なんてね。見終わった後で、不愉快さが残った。ま、そんな映画でしたわ。「地球が静止する日」ってのは宇宙から飛来した未知の生物が、以前に搾取した地球人のDNAから、その人の体を作り、その体を借りて地球人に警告にやってくる。「あんたら、このまま地球にひどいことばっかりしてたらあかんで」という趣旨で警告しようとするんだけど、責任者は聞きゃしない。宇宙生命体は「地球という惑星を救うためには、人類を一掃しなあかん」という結論に至り言ってみれば、ノアの方舟現象を起こす。余談だけど、そして前にも書いたけど私が幼稚園の頃、ノアの箱舟の絵本を読んでくださった幼稚園の先生が「ノアの箱舟がどのくらい大きいかっていうと、元町の大丸くらいなのよ」とおっしゃった。以来、私にとって神戸元町の大丸百貨店は「ノア」になった。「ノア」も先の震災では大損害をこうむって、幼稚園からの友人の一人が「ノアも壊れてたの僕見てきたよ」などと直後に知らせてくれたのであった。んで、敬愛するショー・ンコネリー令嬢扮する科学者などのおかげ?で、人間もそう悪いものではないと理解した宇宙生命体が、一掃計画を止めてくれるというものです。いやぁキアヌ・りーブスはかっこええわ。鉄人二十八号みたいなのが出てきて、ちょっと笑えるけどアメリカもこんな映画作って、いろいろ警告したくなるよね。消費社会の元凶だし、今の世界不況の元凶でもあるんだもんね。などと、宇宙生命体に迎合したくなった夜でもありました。映像は見ごたえあるよ。んで、昨夜見たのが「ミラーズ」これ、24のキーファー・サザーランドが主演でやっぱりなんだか忙しく事件に巻き込まれ、家庭的には問題を抱えている役。一緒じゃん・・・でどんな話かというと、鏡の中の悪魔退治、の話。何が嫌だって、要するにスプラッタ―ホラーなわけで惨殺シーンみたいのがあったり、大きな音でびっくりシーンなんかが多いわけですよしかも、私の苦手なハトも出てくるしで最悪。トドは途中から、ありえへんと思って笑えた、と言っていたけど私は大きな音とびっくり映像は苦手なので、耳ふさいでびっくりシーンは目も閉じて(何見てたんや?)だいたい、スプラッターホラーはあかんって言うてんのにこの映画見たい!と言いだしたトドに付き合ったのが不徳の致すところや!あ、これ、スプラッターホラー好きな方は見ると面白いんだろうと思いますよ。元来私がこの時期に見たい映画は「レッドクリフ」と「怪人二十面相」やったのにトドの選んだ映画はろくなもんちゃう!昨日は、あまりにも気持ち悪かったので、映画の後で離婚のしようかと思った。今日のPさんの送迎も断ろうかと思うほどだ。しかも、待ち合わせ場所に、直前にかかってきたお弟子さんの電話で、映画の時間ぎりぎりに着いた私に、トドがいきなり「途中から見ることになる!」と怒る!あんたのお弟子さんの相手をしてたんやって!しかも昨今の映画は、上映時間の最初にかなり長く予告編とか流れるから、本編には十分に間に合った。というか最初からそのはずだったそのことを謝りもしない!さんざん悪態付いて、こっちが合わせて行ってやった映画なのにあんな気持ち悪くて怖くてむちゃくちゃ怒ってる私を見て、トドは笑うし、ムカつく。夫婦50割引きだと、二人で二千円なので、しゃぁないねんけど、トドと見るのはもういやや。正規料金を払って、一人で行くねん、「怪人二十面相」などと思う今日なのであった。
2009年01月08日
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母の従妹との和解を叔母連隊長に昨日連絡した。隊長と私は気の合う叔母と姪で、仲よくしてきたんだけど母の介護が始まって、仲が良かった分遠慮のないものの言い方をされて、ずいぶん私は傷ついた。アルツハイマーに限らず、認知症の介護の初期は、介護者にとってもつらい場面が多い。何より身内の状態を受け入れることが辛いし、戸惑いも大きい徐々に慣れ、諦めもし、現状を受け入れるしかない、そんな気持ちでいても進めば進んだで、他の問題も出てくるし・・ね。昨年、父が亡くなる直前に、遠慮していたのに見舞いにきて叔母連の言い分としては、自分の姉が十分に夫の面倒を見れないからせめて見舞いでもという気持ちだったというけれど、それなら、姉のところへ行ってくれることは無理なお願いだったんだろうかとやっぱり今でも私は思う。父のところへ行けば感謝される、母のところへ行ってもその時はわかっても感謝が続くことはないだから父のところなのか?という、うがった思いもあった。そのお見舞いが原因と、今はもう私も思ってはいないけどその日、最後に話ができるはずだった時間を、私はやっぱり叔母連に奪われたと、今も思っている。でもまぁ、「お義兄さんも喜んでくれたし」と言っている叔母連隊長の言葉に心がえぐられる思いはありながら良いことをしたと思っている彼女のアーメン意識にうんざりしながら母をこのまま叔母連たちとのコンタクトのない生活にするつもりもなくとなると、和解をするのは私の役割なのだと割り切ってもう、何を言われても逆らわないことにした。私に噛みつかれて、叔母連もつらかったというけど、噛みつかざるを得ない私の心情を慮ってくれることはなく、しょせんあいつらのアーメン意識はそんなもんなんだと、改めて思うのであった。とはいえ、基本は好意からではあって、人は良い叔母たちなのでもある。今、母の住んでいるところは、やみくもに人が訪ねて行ってよいようなシステムにはなっていないのでそのことを理由に、こちらから母を連れて、今年は叔母連との会食の機会も作ろうという思いもあってだから我慢してるんだよーーーー!まぁ私も一方的に怒ってる部分も否めないので、これって血?とも思う。叔母連も母の姉妹ならそれなりに高齢化してるわけで話くどくなってるし、繰り返すし、記憶違いもはなはだしかったりするけど隊長はボケてはいないし、だからうるさい。母は長姉で、体調は二女叔母、三女叔母は50代で亡くなって、四女叔母と五女叔母がどうやら母と同じではないかという疑いがあるのだという。母と四女叔母は性格が似ており、認知症の初期症状もよく似ているかと思える。六人姉妹で半分が発症ということになると、これは大変やばいデーターであってはっきりとした診断がついてはいなかったけれど、祖父もかなり進んだボケ症状たあったことを思えば私もか?な不安が増幅する。と同時に、筆頭孫として可愛がっていただいた記憶も忘れてはいない母がそうだったように、楽しくおしゃべりをする時間をとれることは、どちらにとっても必要なことだろうとも思うので来週あたり、新年の会食ということになりそうだ。出会えば親しくやさしい叔母たちであり、内輪では私を批判しても、たとえばイングリ(弟嫁)を仮想敵国に仕立て私を擁護してくれたりもする。仮想敵国が必要だというところが、いかにも女らしい?ともいえるけどこの際、イングリに悪者になってもらおうか?(笑)などと思ったりもする今日この頃今更変わるはずもない彼らの様子に、それこそ諦め、それでも正月にママさんに優しく接してくれることだけでよしと思っているのだけどこの際、そんな利用法もあることを思いついてしまった。イングリ、ごめんやけど、悪ものになってくれぇ~(*^_^*)
2009年01月08日
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母には未婚の従妹がいる。母の2年下に従妹の姉の方、その2年下に叔母連隊長がいて、さらにその2年下に妹の方の従妹がいるという年齢配置になる。家も近く、早くに父親を亡くした従妹の家では、何かと本家である母の両親を頼っていたと聞いている。元気だったころの母は、父親である祖父が一族に良い恰好をしようとして、財産を持ち崩した面を思い、新宅(祖父の弟家)の従妹たちのことを、搾取相手のように思い、良いように捉えてはいなかった。母親を囲んで未婚のお二人娘で暮らしてこられた新宅では、何か事があると母を通じて父を頼り、そのことも母は快くは思っていないようだった。でも、今はそのことも忘れているんだろう。覚えているのはその話を聞かされた私のほう・・・母は距離を置こうとしていたので、私も弟も、新宅の存在は知っていたけど親しい往来はしておらず、冠婚葬祭、それも葬儀の折に顔を合わす程度の相手だった。私が結婚した相手が舞台活動をしていることを叔母たちから聞き、見に行きたいという申し出もあって、またその時期に祖母や叔母の葬儀がきっかけになって顔を合わせ、こちらからお誘いしたこともあった。先方も定年後の生活に入っており、お二人姉妹のみの生活ならお寂しいこともあったかと思うけど何かと声をかけて来られることが増えて、父母が住んでいた淡路の施設へも訪ねてくださったことも、あった。母とは2年の年齢差で女学校も一緒なので、当時の話やお互いの学友で重なる人も多いらしく話はそれなりに盛り上がったのだという。父の入院中にも再々連絡を頂いて、「どうなの?」「お見舞いに。。」「お母さんのところへ・・」と助けて下さる風情ながらどうなの?と聞かれて父の病状が返事を出来る状態ではなかったし、お見舞いはかなりはっきりお断りしたけどいらしたしそんなこんなで、父が亡くなってから連絡をとるのがつらくなった。さかんに、母に会いに行く、話相手になる、と言ってくださったけど母はともすれば父が亡くなったことを忘れ、入院中だと思っていたりする。その話に合わせてくれるのか?もし、あった途端に「さみしくなったわね~」なんか言われた日には収拾がつかなくなるのではないかという不安もあってでもそのことを告げることもつらくて、電話がかかってきても出なかったりした。昨年、業を煮やしたお二人は、河童のところまで電話で問い合わせたけれど、案の定イングリのわけのわからん返答で、お怒りが増幅しているらしいと叔母連隊長から聞いてもいた。昨夏、それでもお手紙でお詫び?した方がいいよ、みたいな話になってというか叔母連隊長がこれまたその話ばかりするもので・・・(;一_一)しゃぁない・・手紙か~と書きあぐねていたら、姑の入院騒ぎでそれどころではなくなった。年末年始、叔母連隊長と連絡をとることがあって、要は三回忌なんかにも呼んだらどうか・・・みたいな話なんだけどうるさいよ、ほんと、あたしんちの行事に、だれをどこまで呼ぶか、私が決めていいんじゃないの?とも思うけど、まぁこれまで仲良くやってきた親族だし腹決めて、今朝電話した。実際父が亡くなって、そのあと親族に連絡をとることは辛かった。私はいまだに、最後にお見舞いに来てくれた叔母を、やっぱり怨んでおりお見舞いは遠慮していただきたいとお伝えしていたのに来て下さった母の従妹にも良い印象は持っていないそれを思い出すと、また、あの苦しかった父の最期を思い出し、涙が出る。もう喪中でもない今年、三回忌が最後の機会かもしれないので、親戚一同打ち揃っていただくのもいたしかたないかとも思ええ~いっ!全部まとめて面倒みるワイ!な意気込みで和解?した。今、気持ちの上では母が一番、だけど、義務として姑も舅もいる生活のなかで時間を割いてこの先気をつけていきたい相手には、父の姉である伯母がいる、若くして特養に入ってしまった従姉がいる。伯母と従姉にはハナミズキちゃんもオタクヤンもいるけど、まだ20代のあの二人にだけ、負担を強いるのは哀しい。実際は子供たちのやることなのだけど、出来る範囲で手伝いたい。だから、手も足も、いっぱいなんです。叔母連隊長夫妻の一人息子は東京暮らし、こちらも何かあったら・・・なのか?四女叔母のところも、長男は東京、長女は沖縄・・・これはどうする?それぞれ子供がいるわけだから、全面ではないにしても筆頭孫として期待されてる雰囲気を感じる。(-_-;)母の従姉妹は未婚なので、この先何かあったときに、こちらを頼るお気持ちかもしれないけどそれにはそこまで答えられない。とも思いつつ、それはその時のことだ。開き直って、仲間に入れてあげます。ってエラそうやけど・・・(;一_一)小さい頃、親戚が多くてお正月は稼ぎ時だった。これからその分返済するのかしら・・なんて思ったりする今年の正月である。ままよ、出たとこ勝負だ。出来るときはやる、無理な時は無理なんだから・・・先のこと、考えるのやめた。
2009年01月06日
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年末29日に一週間遅れで結婚56周年祝膳を囲んだあの日以来昨日年始の4日まで、Pさんは姑のもとを訪れていなかった。昨日、午前中に姑のためのテレビが届く予定になっていたので、9時から12時の配送時間帯には、特養で待ち受けていなくてはならず本来なら、トドが一人で待機すべきところ、極端に機械ものに弱い体質でもあるし設置は配送して下さった方がやって下さるにしても、何かと私がいた方がってこともあってトドと仕事を片づけながら待機しようと言うことにして、ノートパソコン持参で行くことにしていた。今年の正月休みは4日までのトドだったので、3日は遊んできていいよってことにしていたら案の定、帰ってきたのは4日の早朝4日、姑のところへ出かける時間には起きてこなかった。こういう時にはどうすべきですかね?とりあえず、私は風呂の用意などし、「お風呂入れるよ」と声はかけその声で「あ!しまった!!」などと言っているトドを置いて、「お姑さんのところへ行ってくるね」と出かけた。仕事の原稿はトド待ちなので、とりあえず年賀状の整理をするつもりで、姑のところへパソコンと年賀状を持っていきテレビが届くまでの、姑に我が家にきた年賀状を見てもらい、時間をつぶした。姑、字は読める、社中の方と玄人、親戚などの年賀状の仕分けができるかな?と思ったけどもともと人の名前を覚える気のない人なので、ごく近い親戚と、ごく親しいお弟子さん、ごく親しい玄人、意外の人は誰が誰なんだかわからない様子。認知症が進んだためではなく、もともとそういう人ではある。10時半ごろ「あと10分ほどで着きます」という電話が電気屋さんから入りトドにも「あと10分でつくらしいよ」と伝える。この時点でまだトドは到着しておらず、9時に間に合うように家を出る私が起こしたわけだからどんだけ風呂に浸かってたんや?って話だ。「これから出る!」と言っていたけど結局到着したのはテレビの設置がすっかり終わり、細かい使い方や注意事項の説明などがすべて終わり、配送の方が帰られた後、姑とチャンネルを変えながら、「何見ます?」などと言う話もそろそろ持たなくなってからだった。まぁいても役には立たないから、どっちでもいいけどテレビは今時の最新式?アクオスのブルーレイとDVD内蔵タイプで、ブルーレイに録画もできるとのこと特養はケーブルテレビが入っているので、申し込めば一日中宝塚歌劇を見ることも可能なようだ。姑は宝塚歌劇が好きなので、「これ見ます?」と聞いてみたけど「パパは嫌うから」とのことで、会えて専用チャンネルに申し込むほどでもないか?以前は二時間サスペンスなどを好んだ姑だけど、最近では熱中してみるのはお相撲かと思う。時々やっている日本史の謎?番組の、大奥のくだりを好んでいるというスタッフからの観察も聞いている。好みそうな番組は前もってチェックして録画しておけばいいよね。そんなこんなで昼になり、トドと昼食と食べがてら、テレビの高さを調節するための家具を買いに出かけた。姑は「二人分も言ってあげる」とお昼を進めてくださったけど、そういうシステムにはなっていない特養のランチトドが「ここはそういうこと頼めへんねん」と言っても「お願いできる」とトドには強硬。私たちが出かけるというと「じゃ、私も」ってなるけど、今日はそういう予定にしてないし「お父さんが見えるかもしれませんから」ってことで二人だけ出かけた。ローチェストとかテレビ台とか、パソコンデスクとか、二・三件家具屋さんを覗いたけど適当なものはなく結局ホームセンターで二段のボックスが高さ大きさともに適当で、それを購入。組み立てるためにドライバーを自宅に取りに戻り、この組み立て作業がまた、トドの苦手とするところで、やっぱり私・・・姑のおやつの時間3時頃に結局二人で特養へ戻り、ボックスを組み立てテレビを設置した。昼食を食べたお店の近くで、古い映画のDVDを売っているお店があって、「オーケストラの少女」を見つけた。私も好きな映画だけど、姑も多分こういう映画なら好むかなと思い、トドに聞くと「親父が好きやで」とのことまぁいいや、どっちかが気に入ってるなら買い。DVDを流しつつ・・・そういえばPさん、来ないね?普段、出稽古の帰りにやってくるときは4時頃特養着になるPさんだけど休みの期間には早めに来るのかというとそういうことはなくやっぱり夕方来訪している。確かめてみたら年末からずっと来ていないという。愛なのに?(笑)ま、そんなこんなで4時半ごろにそれでもやってきたPさんも一緒に、「オーケストラの少女」を見た。途中、間違った解説を開陳されて、せっかくの映画が・・・な面もあったけどともかくもそんな時間を過ごしたのであった。4日はどのみち翌日からの仕事の準備もあって、ママさんのところへは回れないつもりでいたので、しばし映画観賞をしたのだけど途中でトドに「父上と食事してきて」と夕食のおすすめをしてみたところ「仕事があるからって、送るだけにしようか」という私はご一緒のお食事は却下だけど、あんたは食べてきたらどうよ、って話なんだけどねと念を押してみたけど、「僕もちょっと」だそうでこんな親子愛もあったりするわけだ。映画が終わったのが姑の夕食準備が整い始めたころで、程よく失礼して帰ったのだけど案の定姑は私たちが帰るというと「じゃ私も」とぼそぼそ言いPさんにきつく「あんたはここや、ここで泊まるんやで」と言い渡されていた。愛なのに・・・(笑)結局、家に食べるものあるから、というPさんの言葉をそのままに聞きご自宅まで送り届け、私たちも自宅へ戻った。Pさんに年末年始のご無沙汰だった理由を聞くと「年末年始はテレビが面白くてね」とのこと愛よりテレビなんや(笑)これからは、姑の部屋にもテレビがあるからね、愛とテレビは両立する。よかったんやないか~いそしてこのテレビ他一式、トドはPさんに払わせるつもりらしい稼いでるんだからそのくらい母上にプレゼントしてもいいのにね~明日請求するらしいよ。はい家計的には助かります。そしてちょっと心配なのは、姑の部屋を整え始めたので、Pさんが家具に凝ることだ。実は今朝も電話が鳴ったのだけど出なかった、何か思いついてかけてきてるんじゃないかなと思うんだけど相手したくないし、明日トドに連絡とってもらうつもりなの。Pさんの担当はトドなんだし・・ね。
2009年01月05日
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お正月らしく実家を整える時間は取れず、でもママさんを連れて帰るにはいつもの風情が良いかとも思えお節どうしようかなと、考えないでもなかったけどこれはもう、無理・・年末に諦めて(-_-;)結局お食事は外で、ってことにした。んで、5時半予約で頼んでいた先へ、ぎりぎりに全員集合で、ママさん、トド、河童とイングリ、5人で出かけた。ホテルの最上階夜景のきれいなレストランであります。エントランスで、ママさんを含む四人を先におろし、先にレストランへ向かってもらい、私は駐車場へ車を止めに高級ホテルへ行くとお客様のサポート要員がちゃんといてくださって、車の誘導やら、乗り降りの手助けをして下さるのだ。だから、ママさんなどを連れていくのには、助かる場所なんである。レストランはお席だけ予約してあったので、メニューはここで決めてお正月のコースと言うのを頂いた。トドも一応引率者っぽくっておかしい。(笑)河童とイングリがママさんをはさんで座ってくれており、河童とトドが向かい合い、私とママさんが向かい合う、という配置で、食事途中のママさんにあれこれ二人が手を貸してくれて感謝。普段はなしのつぶてでも、このとき手を貸してくれることを嫌がりもしないイングリには、とりあえず感謝。ママさんは、相変わらず健啖で、良く食べよく喋り、例によって何でも知っており、どこへでも行っており、ほら吹きもどこまで行くねん!ながら、ご陽気なので身びいきだけではなくほほえましくレストランの方々も笑みをもって接して下さる。お食事はステーキがメインの洋食だけど、ママさんにはお箸をいただいて、お肉も一口大に切っていただくように頼み、そういったお願いも、心よく聞いてくださって気持よくお食事させていただいた。食後のデザートまで一つお皿が開くたびに「もうお腹いっぱい」と言いながらすべてたいらげたママさん。夜間のトイレが心配になるけど、今日は河童が担当してくれるという。一泊の帰省で、ママさんの世話もしてくれて、往復運転をすることを思えば、河童にも負担をかけるなと思うけどたまにはね・・・食後少し夜景などを見ながらドライブをして実家へ戻り、再度おつまみでトドと河童はビールなど飲み何本呑むねん!イングリのご両親の話などになり、ご両親はどちらも、早くに親を亡くしておられ、イングリ自身は祖父母に会えていないのだという話になったところママさんが早速「でも私はあったことがあるの」をいをい!「とても優しい良い方でね~」評価が良いので○ですか?な感じでイングリに思わず「ごめんね」と・・イングリもにこやかでありがたい。ママさんの洗面を済ませ、おそらく夜間か朝に、大きいトイレの御用があるだろうからそのあたりでお風呂ってことにしてもらって、パジャマに着替えて眠ったところでトドと私は帰ってきた。三日の朝とお昼ご飯まで、河童とイングリがママさんと過ごしてくれて、お昼すぎに私も合流し、3時過ぎ、二人は帰って行った。今朝、やはり大きいトイレの御用があり、結構大物出現で、程よく転がる硬度があり、お結びころりん事件になったらしく、新年早々河童も運がついた?(笑)実は河童は年末に交通事故に遭っており、点滅黄色信号で河童直進中、信号を黄色と見誤った右折車に突っ込まれ、車が大破するという大きな事故だったのだけど幸い体には支障がなく、9月に骨折したあとにも響いていないと聞いて、安堵したところだ。昨年が本厄年だった河童、前厄で父を亡くし、本厄ではあちこち怪我をしたり事故に遭ったり今年が後厄なので、まだ気が抜けず、河童の厄除け祈願にねぇちゃんもご近所厄神さんへお参りしようかと思うのであった。お互い、今年一年、元気で過ごせますように、そのあと、ママさんと少しドライブをしてホームに帰ると、ちょうどホームの主治医がいらして新年のご挨拶などをし、兼ねて懸念の「結核球菌のワクチン」の話をしてみたら取り寄せたものがちょうどあるというので、近く様子を見て摂取するようお願いをした。この結核球菌のワクチンは、姑の主治医が姑にとすすめてくださったもので、12月に姑とPさんはそれぞれ受けている。一生に一度摂取、というものらしく、通常80代になったら、状態によって医師から勧められるものなのだという。姑の主治医は、5年効果があるといい、ホームの主治医は10年くらいあるみたいという、高齢者の場合、肺炎をこじらせて死に至ることも多く、このワクチンは重篤になるのを防げる見込みがあるという。この先、どういう形でママさんとのお別れが来るのかわからないけどずっとそばに付いていてあげられるわけでもない今の状態を考えると苦しかったり、痛かったり、怖かったりする場面がママさんの上におきないように祈りたい思いがする。このワクチン、実は高くて、だからどうやら、摂取したいと申し出ると医者は嬉しい?みたいに見えたりして・・(笑)衣類の整理などをし、夕食後、洗面やお着替えをして、ママさんのところから引きあげた。「トドに餌、やってくるわ」「また~そんなこと言うて~、お仕事してはるのに悪いよ」帰り道に「そうそう、忘れるところだったけどパパはどうなの?」時折、硬い表情になっているかにみえたママさんが、パパさんがその場に居ないことを気にしていたのかどうか、それはわからないけど「まぁ元気と言っても病院やからねぇ」と言ってみる「入院やもんね、元気とは言えないか」などと相槌を打ち、笑っているママさんに感謝。父の友人がいた病院の印象はママさんにも色濃く残っており「○●さん(友人の名)のとこ」と言うと、その病院に入院していると思ってくれる。言いながら、私もまだ、あの病室で父が待っているかのような気になることがあって尋ねたくなってしまうこともあったりする。今も入院中そうなら、いいのに・・そんなこんなでいつもの会話で、また明日ね。とはいうものの、明日は朝から姑のところで荷物待ち。年末に姑用にテレビを買ったのが、明日配送される。最新式、ブルーレイ録画再生内臓+DVD再生内臓の、最新式アクオス世界の亀山モデルであります。これ、Pさんに請求すると、自分はもっと何かしてやらなくちゃってことになってとんでもない家具を買い込みそうなので、我が家からの出費。Pさんは愛の記念日に姑に指輪を贈ったのだけど、いつものことだけどサイズがあっておらず、ゆるゆる。Pさんは愛の薬指にと思ったらしかったけど、薬指にはめていたのではすぐに取れて落ちてしまい、だから中指にはめているけど、それでも緩いのでいつ落ちるかわからない失うのも時間の問題。重ねて小さなダイヤ?めいたものが付いているのだけど、それがひっかき傷のもとになりそうで危険。さらに、誤飲の可能性もあったりで、施設からは折を見て外す方向で・・・とお話があった。愛はなかなか、周囲には理解されないものなんである。昔からそうだけど、本当に姑に今、必要なものを整える能力は、Pさんにはない。先日の愛の祝膳のお写真を見ていただいて、お気づきだろうか姑はそこはかとなくPさんを避ける方向に、体を傾けて食事のサポートを受けている。元旦のブーツも、いやだと言っているのに聞こえやしない。夜、トドと私と三人で姑と並んで眠る、というのがうらやましかったらしいPさん次の機会には、私は失礼して、トドとPさんとお三人で過ごしていただいてみようと思う。それなりに、大変だよ、ってこともわかった方が良いもんね。まぁ愛だから、本人たちが良きゃなんでもいいんだけど、他人(つまり私)を巻き込むのはやめていただきたい。二日に母との会食を快く過ごしてくれたことに、私はトドにもイングリにも感謝している。トドにも元旦一泊付き合った私に感謝させた。(*^^)v
2009年01月03日
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まだ、今年って三日しかたってないのに、なんだかいろいろ、あるもんだ我が家は。元旦、旦那がぐずぐずし、出遅れたので送り届け、朝の予定はチャラ自宅に戻るとお昼前で年賀状も届いてた。いただいた年賀状をチェックして、実家の年賀状をチェックに出向く去年いただいた年賀状をそのままにしていたので、今年も引き続き父宛に下さる方もあって「昨年はお世話になりました」・・・・いや、だから、ありえへんって、と思いつつ、今年は亡くなった旨書き添えてお返事を出さネバと思うのであった。そのあとママさんのところへ回り、年始の挨拶「お正月みたい~(笑)」と言われ、だから正月なんだってば正月に家ではないところにいて、父もいない、ということに拘泥されたらと不安に思っていたけどなんだかけろけろしていていつもと同じママさんでありがたい。夕方までママさんと正月番組の批判などをし、元旦なのにお仕事をしてくださっているヘルパーさんと、話題の映画の話などをする。公開前の映画も、ママさんによると「それ見たけど、面白かったわよ、絶対見るべきよ!」とか言ってる。映画会社が喜ぶような強烈プッシュに苦笑い。5時姑を迎えに行く約束だったので、そのように移動。29日の愛の祝膳以来なのだけど、施設の方の話によれば「お舅さんも見えてなくて・・・」あぁ・・正月準備に余念がないんだろうね。妻が帰ってくるからさ、いろいろ趣向を凝らしすぎて面会に行く元気がなくなったってことだろうね。毎日ちょっとづつでも顔を出す愛より、なにかいろいろ用意する愛なんだ。で、トドからもそろそろ帰れる、と電話も入り、同時着で義理家勢ぞろい。Pさんこだわりの自宅前天麩羅割烹のおせちを頂く。私、お料理嫌いじゃないですし、それなりにおせちもこれまで作ってきたんですけど結婚当初から、義理家のおせちは購入品で、手造りではなく母の味は・・市販品?レトルト?って家なんで・・・トド家伝来のお雑煮やなますなどは、P姉の義伯母に直接伝授された。んで、それをご用意しようと思ったら、Pさんが何を見たのか雑誌に載っていたお雑煮の下ごしらえをしたという。山のようにゆであがったおダイコンと、人参と、小芋・・・お出汁もカツオと昆布で大鍋いっぱいに作ってあった。トド家の雑煮はおダイコンを厚め半月に切ったものと、丸餅のみ、白味噌仕立てで最後に青のりを少しあしらうというものだけど愛情深いPさんは、自身の家伝来のものはどうでもよく、雑誌掲載雑煮に今年は固執。まぁどうでもいいので、言われるままに味を調整してサーブいたしましたですよ。相変わらず人の皿にまで醤油をかけたり、花かつおをあしらったり、イランもんまで入れてくれて、じか箸だし気持ち悪いったらない。姑もそれなりに箸を進めているのに、横からあれこれ手を出して、ほら~お姑さん食べるのやめちゃうじゃないですか~・・・な状態・・・でも愛だから。食事の途中にもわけのわからんブーツを進めるし、愛も大変だよねぇ・・・食事をしている時も食後片づけている時も、さして会話が進むでもなく、本日のPさんは「このブーツ快適やろ」に終始し、トドは酔っぱらってうんざり顔を隠さないし姑は「ポポ子さん後片付けは後でやるから置いといて」と言い続けてるしなんか姑が喜ぶような会話を展開するって技、この家族にはないんだよね。ものは考えようでさ、自宅へ帰ってきてものすごく楽しいと、特養へ帰った時のギャップがね、怖いでしょだから、私はシビアに接するわけですよ、って意地悪?(^^ゞ姑は夏の怪我以来初めて自宅で泊まるわけで、どういう形態でと考えて・・和室を改装したお部屋でベッドで寝ているPさんは一人いつものままで、リビングのテーブルを片づけて、そこに三枚お布団を敷いて、トドと私で姑をはさんで寝た。私・・寝不足だしと心配していたけど、姑が起きてごそごそすると、結構ちゃんと目が覚めてトイレには3度連れて行きいずれも紙パンにやや出てはいるものの、間に合ったというべき感じで大きな粗相はなくPさんは愛はあるけど、熟睡にて朝まで気づかず、姑が二度目に起きた三時過ぎにはムカついて蹴飛ばしたのでトドも起きはしたものの、姑のトイレ介助はやんない、寝ボケて座ってるだけ。三度目6時半にも蹴飛ばしてやった。そんなこんなで朝になり、おせちの残りと同じ具材でおすまし汁仕立て焼いたお餅のお雑煮。後片付けをしたりで、11時には施設に帰ると約束をしていた時間が迫り「さっ帰りましょっ」風のように義理家を出た。Pさんは名残を惜しみたい風情だったけど、それをさせることが良いとは私は思わなかった。お昼前だし、午後からいつものように尋ねたければ出かければいい姑の日常はもう自宅にはなく、実家の母もそうだったように、施設が自分の居場所だという風に落ち着かなくては、本人が結局つらいのだ。風のように義理家を出た私の手法をトドは批判し「もう家に帰れたのかと思った」と姑がショックを受けていた、と言うけれど毎日三人川の字で寝る生活が実現できるわけもなく、自宅へ帰ってくることがかなわないのはトドも承知の上だ。Pさん居住マンションの空室への転居話もトドのところで頓挫している状態で私の手法のみ非難するのはいかがなもの?と、はっきり告げた。確かにね、身内は哀しい、その気持ちは私にも覚えがある。だからと言って一緒に暮らせない以上、誰かのお世話にならざるを得ない私たちの母なのだ。私の母は、早くから一人で人様の中で生活をさせられている。その母に対してあなたは何か配慮をした?自分の母親の夜の間のトイレ介助もせず、美的な別れの場面のみやりたかったとでも言うの?あまりにも帰宅一泊が快適だと、またPさんが味をしめて二度三度と要求してくるに違いない。その要求に一人で答えることが可能なら、いくらでもサービスすればいい。自分ではしない人に、ブーイングを発する資格はない。ってね。今年の私は、ツオイんだぞ!姑を送り届けて自宅に帰り、私はすぐに実母を迎えに行って、伯母の家に立ち寄った。伯母の家には従姉が正月帰宅をしており、ハナミズキちゃんやオタクアンも帰省している。お姉ちゃん(従姉)に年始の挨拶をしたかったし、今はもう、身動きも自分でしなくなってしまったお姉ちゃんを、介護ベッドではない普通のベッドで介護することは大変なのではないか、子供たちが戻っているとはいえ、伯母に負担が大きくはないか、その見極めもしたかった。一応無事に、過ごせている様子で安堵する。一時間ほど、おやつを頂きつつにぎやかに過ごし、なんと、ハナミズキちゃんに新しい恋人出現29日にデートするんだ~って聞いてはいたけど、会社の同期の人の友人で、去年の春に知り合った人らしく、最近気になる人と話には聞いていた。これまでは、ちょっと気になる友達、っぽかったけど、先方もそうだったみたいで29日にお付き合いしましょう、な話になったんだそうで彼は関西在住なのだけど、ハナミズキちゃんが春に帰省するとき、従姉にも会ってくださるという。すぐに結婚というわけではないけど、年齢も26なら、本人より周囲が期待したくなる。もし、良い方で、ハナミズキちゃんとこの先一緒に人生を歩んでくださる良きパートナーになって下さるのなら、こんなに伯母が喜ぶことはない、と思える。負担ばかり多く、自分を責めることも多かった伯母に、うれしい知らせを伝えたい。そんな思いはハナミズキちゃんにもあって、だからこそ、うまくいくことを祈りつつあえて「結婚は、いつするかじゃなく、誰とか、ってことが問題なんやで」と一言伝えずにはいられなかった。焦らず、良く考えて、落ち着いて決めよう。ともかく今は、彼女を認めてくださった男性の見る目に、感謝。うれしい話で私も浮かれて、いやぁ~んうれしい正月だ。ママさんなどは何を勘違いしてか「あなたもそろそろ」とか言い出していや、だから、失敗作ですけどトドもいるわけで・・・そのトドは、お昼から自宅で仕事をしており、夕方食事を一緒にするため実家へ来ることになっておりちょうど遠路はるばる帰ってきた河童夫婦も合流し、ご近所ホテルのグリルへ、お正月ディナーを食べに出かけた。つづく
2009年01月03日
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明けましておめでとうございます。画像修正、致しました。最初にお詫び申し上げます。新年早々、画像横向いてるやんけ!とお嘆きの紳士淑女の皆々様、すんまへんm(_ _)m携帯からそのまま添付すると、写真の編集が出来ず横向いちゃうみたいで…年に数回、トドは家から和装で出かけます。年始のお仕事のある今日はその1日にあたりやっぱり寒いし、コートも着るわけで、それは毎年そうなんだけど何を思ってか夕べ家のなかでコートをきてうろちょろし袖の付け根あたりを破いてくれた。新年早々と言って良い時間なのに「失敗おさめやな」だと「……始めヤロっ・」んなことからいろいろあって、新年初日から車で送った帰り道、ふと見ると「悪縁を切り…」と書いてある。ちょうど信号に引っ掛かり、パチリ今年、このお社へまじで来よう…一年の計?(^_^)v
2009年01月01日
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あけました新年初日の言わずと知れたPさんの新作発表 これ…室内用のブーツ?…らしく、しかも底にカイロを仕込むこともでき 「これですべての問題が解決した」と現時点ではお気に入り。 いつまで続くことやら…ふぅ… 最近、パワーリハビリ・デイサービスのおかげで、トレーニング器機の通販は減ってますけど 便利グッズに嵌まったみたい… これ履いたまま家の中をウロウロ… 歩き憎そうな危険なブーツではある。 しかもそのブーツを… 歩行の危険な姑に履かせるわけよね…愛だから… 姑はイマイチ喜ばず、脱ぎたいと申し出ること数度に及ぶ…愛なのに…(笑) Pさんには姑の訴えは聞こえず、「暖かいやろ、ちょうどええんか?」 だから嫌だって言うてはりますがな… 愛なのに、姑の訴えはとどかず、元旦の夜は更け行くのであった。 桧山ご飯に釣られて、元旦一泊のお付き合いをしてしまった、 節操のない新年の幕開け(T_T)
2009年01月01日
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