2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全30件 (30件中 1-30件目)
1
夕べから実父に付き添って、実家に泊まって今日の朝入院、夕べ一晩、久しぶりに実父に付き添って感じたことは、トイレに何度も起きなくちゃいけないんだなってことだった。二時間おきくらいに、「○子、ごめん、起きてくれるか~」と遠慮がちな父の声で、目を覚ます。自宅のベッドは手すりがついていないので、自力で起き上がることが難しいのだ。父が起き上がるのを助け、立ち上がらせて、尿瓶を使う。一晩に何度も・・・今の施設のベッドは電動だし、入院中の病院のベッドは手すりがついているから、一応夜間一人で身を起こすことはできる。でも、こんなに頻繁に起きていたら、ちゃんと眠れてないんだろうな・・・夜間はオムツにしたほうが良いんだろうか・・ちらっとそんな思いもよぎる。ただ、眠ったまま用を足せるわけではなく、父自身はやはり尿意に目覚めるんだろうな・・・寝不足には、どちらにしてもなるわけだ。昼間、眠っていることも多いけど、お昼の時間帯のほうが尿意を感じる感覚も長いように思うのは気のせいかな?夜間ゆっくり眠れるように、したいな・・と思う。そして、今日の入院日、実は旦那は仕事がお休みで家にいる日だった。夕べ実家に泊まるといってあったので、旦那はマージャンに出かけてた。実父を午前中に入院させて、お昼ご飯の手助けをし、程なく病院を出た。普段なら、夕方まで付き添うところだが、看護師さんたちも、気を使ってくださって、任せてください、って言ってくださるので、お願いすることにして、帰った。旦那と片付けなくちゃいけない仕事もあったし・・・マージャンから朝には帰るといってた旦那は、またしても、私が帰宅しても帰ってなかった。電話をかけても通じない、夕方になり、やっと電話がかかってきて、「お父さんが入院やから、どうせ夜まで病院にいると思ってた」んだそうだ。奴に気を使うのは止めよう、どうせ、気を使って早く帰ってきたところで、奴もいないだけのことだ。今日の予定については、ちゃんと相談してあったはずなのに、そんな話は覚えちゃいない。いつも、入院中には不自由をさせてきた、だから、今回もそうだと思ったんだそうだ。人の話なんかきいちゃいない。こんな旦那より、父の付き添いが、やっぱり大事だわ
2006年01月31日
コメント(0)
今日はこれから気温が上がる、ってお天気予報が言ってました。昨日も暖かかったので、自宅の模様替えを少し・・・しました。事の発端は、車検と修理に出していた車、車検を終えて、スタッドレスタイヤになって、帰ってきました。実は修理はこれからなのだけど、代車をあまり長く独占するわけにも行かないので、昨日いったん車を取りに行ってきました。以前は、点検や修理で車を預けるときは、どうしても必要なときだけレンタカーを借りたりしてたんだけど、今の私の生活では、車は必需品なので、ディラーさんがこちらの都合を考慮して、代車を手配してくれたのだった。毎週末ごとに荷物を運ぶ用事もあるし、今週は父が移動するので車椅子を乗せなくちゃならない、などなどあって、今週末までマイカーです。スタッドレスタイヤになったので、今までのタイヤが、帰ってきたわけで、それを運ぶのは、当然のことながら私、なわけでタイヤって重いっ!でも、重いものを持つと、元気になる???っていうか、力仕事やるか!って、なんか、気合が入ってしまって(笑)箪笥動かしたり、冷蔵庫動かしたり、なんか大方付けになってしまいました。体・・・痛い・・(/_;)このところ、な~~~んにもやる気にならなかったんだけど、ちょっと元気気分です。今週はハードなので、絨毯担いだ勢いで、乗り切るぞ~!ちなみに、コメントにも書いたのですが今週の予定をお知らせ←誰に?(笑)今日、月曜日は、これから旦那を空港に迎えに行き、一時間ちょっとかかるお稽古先へ送ります。自宅へいったん帰ってくるかどうかは道路事情次第、で、混んでいたらそのまま父を迎えに行き、父と実家で入院前夜の一泊です。明日から入院の父なので、今日はまた、ママさんのお決まりお怒りにさらされるのであります。慣れるってことないな~、やっぱりご機嫌でいて欲しいですもんね。きっと言うと思うんだ「パパが入院してる間、自分の家に帰ってもいいでしょ!」って「そうね~」っていうんだよね私。だけど、今の施設になぜ入ったのかといえば、この定期的に予定されている父の入院期間に、母を一人で家には置いて置けない、からなのでもちろん、この間に母が帰るってことはないわけなんだよな~毎回このやり取り、毎回ほぼ同じせりふ、毎回・・・ごめんねって思ってるよ。でもね・・・ごめんね、我慢、してね・・・。でもって、予定のとおりなら、火曜日に検査をあれこれしてもらって、水曜日に点滴、木曜日に点滴後の血液採取などをして、退院。になると、思うけど・・どやさ?木曜日は母の入浴日でもあるので、母がお風呂に入っている時間に帰れると、不自然さが薄れて、良いんだけどな~どうなるかな?でもって、金曜日は舅のMRI検査。これは検査だけなので、待ち時間もないだろうし、・・だけどなんか、めんどくさいよぉ・・・検査の前日、またご飯を食べない?風の反応が起きそうで、怖いな~~~~~頼むよ、ほんとに・・・で、土曜日は一応オフだけど、旦那もオフ、なので、自分のお稽古をすると思う。だから・・・稽古相手をするんだろうな・・・日曜日は、新年会です。今回は舅は行かないので、逆に私は一日新年会に参加です。・・・・・・・体、持つんかな??(/_;)模様替えなどをしたら、我が家もまんざらじゃない、風情になりました。出て行くことを前提に整理を始めて、終わってみたら、心地よくなった?何やってんだ私?(ーー;)あと一時間ほどで、オフが終わります。楽しい時間はみじかいよぉ・・・ではでは・・・来週まで、さようなら・・?←それまでに、書き込むとは思うけど(笑)
2006年01月30日
コメント(6)
今日、明日、といないんだよね~旦那(^^)vこれから、長風呂に入る予定。なんか本もって、入るべ・・(*^_^*)入浴剤も、入れちゃおうかな~っと(笑)お風呂でいっぱい呑んじゃうってのも、ありかな~などなど・・とりあえず、今夜はオフ、にさせてもらうことにした。来週は忙しいんだもん、たまには良いよね。ちなみに私の来週は・・・月曜日、朝空港に旦那を迎えに行き、お稽古先まで一時間かけて送り届け、その後父を迎えに行き(逆方向なのでまた距離がかさむ)父を自宅につれて帰り、私も実家一泊。翌日父を入院させて、この日は休みなので家でお稽古をしているはずの旦那の相手をしに、夕方早めに自宅へ戻り水曜日は父の点滴治療、木曜日は予定のとおりなら、退院。金曜日は舅のMRI検査、に付き合い、その後舅のお稽古先へ送り届ける。土曜日は、一応オフだけど、旦那もオフなのでそれなりに疲れるはずで日曜日は新年会、これは、新年会としては4箇所目、舅が同行しないので、私は一日お弟子さんたちの相手をすることになってる。という、ハードな一週間が待ってるんだよね・・だから、今夜は、心行くまでお風呂で遊んで、明日は寝坊することにする。んだ!もんくあっか?(笑)ない?よね?(;一_一)このあと、舅からのお呼び出しがないことを、祈る!お願い、祈って!(/_;)
2006年01月28日
コメント(4)
今日は例の、癌かもしれない疑惑を抱えた舅の通院。幸い午後からの仕事の旦那も、一緒に三人で市立病院へ出かけた。朝、車で義理家の前につき、旦那が一人で舅を迎えに部屋に上がっていった。待つことしばし、しばし・・長い・・鍵がないのか?と、先日の不安がよぎる。今日は私も鍵を持ってきてるからな~旦那に渡しておくべきだったかな~とやや不安が増幅し、覗きに行こうかなと思ったら、両者そろってお出まし。舅がネクタイをするとかしないとか?で揉めたとか揉めないとか(-_-;)車だと10分とかからない場所にある市立病院に、あっという間に到着。旦那と舅を病院の玄関で下ろして、駐車場に止めに行き、戻ってきたら、まだ受付作業に手間取ってますがな~こういうことが苦手な旦那、でも、今後のことも考えて一人でやりなさい。(^^)v受付を済ませて、いよいよ泌尿器科の受付へ向かう。問診表なるものを渡されて、それに書き込むわけだけどこれがまた、手間がかかる。泌尿器科の問診なので、お小水の不具合について聞かれるわけだが実は舅、この日に及んで不具合はまったく感じなくなっている、というわけで何を聞いても、何の問題もない(笑)何しに来たんだ?と言われそう(;一_一)改めて、先日の不具合満載だった時期のことについても聞いてみてとりあえず○印は現時点、△印は先週の状態、ってことで問診表を完成。他に、どんな病気をしたかだとか、身内に癌の人はいるかだとか、聞かれるよね。いちいち舅に確かめると、話が横道にそれるそれる・・(-_-;)こういうときは旦那がいてくれて助かる、私一人では一応暴走話も全部聞かないと、実際の話に行き着かなくなることが多いんだよね。なんだかんだで、問診表の記入を終えて、提出し、順番を待つ。受付傍の掲示板に、前立腺癌の新聞記事が貼ってあった。なんでも、積極的な治療をしない方が多いのだという記事。待機療法と書いてあるが、癌治療の副作用のほうが厄介なようで、深刻な状態になるまで治療を待機、ということなのかなと私と旦那は理解した。舅は・・・また違った理解のしかたをしたみたい・・で(-_-;)診察室へ呼ばれて入ると、舅のご希望に反して泌尿器科のお偉いさんではなさそうな、若いお医者さん。お話はわかりやすく、旦那も私も、不満を感じることはないが舅は「若造やったな~」とやっぱりね・・言うと思った。お医者様が症状をあれこれお聞きになるが、相変わらず他の話になる舅。舅の言葉だけを聞いていたら、脳梗塞で歩行困難で心臓疾患もあり、めちゃ重症?ここまでどうやってきたの?みたいな・・・癌で亡くなった親族は?という話にも、思い出話の花が咲きかけて、旦那が阻止。私よりはるかに我慢弱い旦那には、舅の医者に対する対応は我慢ならないものなので、途中から旦那が喋り捲る。あ~あ、またお舅さん、怒るよん♪結局、今日の時点では、先日の血液検査の結果の数値から、体内に炎症が見られる数値であること、癌の可能性を表す数値も、正常値よりは高いこととはいえ、確率としては微妙であること、などを聞き可能性としては、先日来の無理な服薬などの影響から、内痔を悪化させた結果の炎症が数値に現れている可能性もありながら触診によれば確かに、前立腺はかなり大きくもなっているとのこともあり細かい検査をこれからね、ってことになった。精密検査のための血液を採取、MRIの予約を取り(来週の金曜日)さらにその結果を聞くための診察予約(さ来週の火曜日)をとり、お会計窓口に回ると20分待たなければならない、ということでその間に、午後からの仕事の時間が近づいている旦那と舅、三人で病院内の食堂で昼食をとり、お会計を済ませて、ともかくも、通院終了。グルメな舅と旦那は、しかるべきところで昼食を取りたかったらしいが、残念ながらそんな時間の余裕はなかった。私も、旦那がひとり、出かけた後で舅と二人で食事をすることについては願い下げたく、病院の食堂という選択になった。旦那「意外と美味しかった」だそうで、よかったね(笑)この後、翌日から四国に出かける旦那の荷物を、発送しなくちゃならなかったり、例によって月曜日には絶対見たい、という次の舞台の参考資料であるビデオがまたもやベータなので、ダビングを頼みに行かなくては行けなかったり、私は用事がいっぱい詰まってた。それも、旦那の用事ばかり、なので、旦那から今日はこの後、舅を自宅へ送り届けたら、私も帰るということを、舅に話してもらい、そのように開放されたのだった。この後、いったん家に帰った私は、四国での新年会のプログラムの差し替えをし、(出欠に変更があったため)、宿泊先のホテルへ送る衣類を整え、ビデオを持って家を出て、ダビングをしてくれる電気店で日曜日の夕方に受け取れるように頼み込み、そこへ仕事を終えた旦那合流で、荷物を宅配便屋さんに持っていき、差し替えたプログラムを印刷コーナーで印刷し・・・・・という一日でした。これでも、存在価値がない?っていうか、存在したくないな~もぉ・・(笑)わずかに、舅の厄介さに関して、夫婦の意見は一致してる。一応、義理の間柄なので、「お舅さん、って無邪気よね・・」といっといた。今回の一連のお尻騒動の間に、舅が一人で出かけた近所の総合病院は、婦長の対応が悪かったと舅は大変にお怒りなのだが診察結果は、その後に出かけた個人病院の医師と同じ見解。ただ血液検査をしなかったので、今回のように癌の疑い、という話にはならなかった。市立病院でも、あちこちうろうろさせられるのは、おそらく先に出向いた総合病院と違いはないだろうと思う。むしろ、大きいだけに、舅ひとりでは、回りきれなかったものと思われる。この日、舅は大変スムーズに診察を受けたという印象を持ったようだがそれは病院の違いではなく、ワタクシの存在なんだよ。(笑)ということが、旦那にはわかっているけど、舅にはわからない。またしても、市立だけあってよい病院だ。ってことで、今日のところはご満足?何時まで続くか判らないけどね・・この評価・・・。やれやれ・・・。
2006年01月27日
コメント(2)
本当は、先週の今日、が通院日だった実母。ごめんね~~~舅の風邪騒ぎと、私のチョンボの後始末のため、先週の通院をキャンセルした。お薬が今日まで、だったので、お薬だけをもらって届ける、という方法も考えながら、ぎりぎりまで迷って、結局昨日、病院に今日の予約を入れた。どうやらお天気もそれほど寒くはなく、道路の凍結などの問題もなさそう・・なので、通院することにした。父は「疲れてるだろうから、お薬だけもらって、送ってくれても良い」といってくれたけど実は両親の顔を見たいのは私のほうだった。朝、旦那をたたき起こして、私は家を出た。たたき起こしたことで、起きたかどうかは・・わからん。二度寝したら、仕事に遅れるぞ(笑)鍵はあるか?ということは確かめた。以前のように、家の鍵を空けたまま仕事に出かけられたらかなわない。からね~でもって、7時半に自宅を出、9時前に両親のところへ到着半時間ほどで準備をして、母を連れて11時の予約10分前に病院に到着。途中高速道路で事故、という表示が出たので、路線を変えて、ほぼ順調に到着できたのだった。両親はそれぞれ、一応安定しているような表情、でほっとした。一番疲れてるのは、私かなやっぱり・・(笑)母の服装はそのまま出かけてもよさそうかな?と思っていたら、しきりと父がズボンを履き替えさせようという。なんで?と思ったら、母またもや後ろ前にズボンをはいていたのでありました。(笑)ゴムのウエストだから、後ろ前だろうがなんだろうが、あんまり問題はないものの母自身が「ほら」と、プルオーバーをたくし上げると、不自然なポケットが・・(笑)ほんとだ、前後、逆だわ(((^m^)))プププ・・・母「このくらいのこと、お茶の子なのよね」ってどういう意味?後ろ前に衣服を着用するのは、得意技、ってこと?(笑)まぁお胸トントンのお医者様じゃないから、どうでも良いけどさ~といいながら、一応別のズボンをすすめてみた。お勧めしたのは裏起毛のGパン風のおズボンで、横のラインのところにお花の刺繍があるので、ちょっとかわいい。母はそれが恥ずかしい、というけど、後ろ前逆なのと、お花の刺繍と、どっちがはずかしい?(笑)ま、そんなこともありながら、比較的すんなり、出かけました。母自身が出かけるというのは、やっぱりうれしいのか、父がお留守番というのが心地よいのか?行きから上機嫌のママさん、例によって喋り捲り(笑)私も今日はこのところ溜まってる義理家のグチを、かなり聞いてもらった。母は会話そのものは比較的、正常にできる人なので、グチの聞き役としては十分なんだよね。それに、何より、あれこれいったことを忘れてくれるという利点がある。私の愚痴ったことに深く拘泥しないので、じゃんじゃんグチって、すっきりしちゃった。(^^)v母も、舅の世話をした経験者でもあるし、といってもその記憶はあいまいになってるけど、それなりに経験者として、わかるわ~ってなことを言ってくれるので、心地よい。そんなこんなで病院到着。いつものことだけど駐車場が混んでる、けど、時間にやや余裕があるので、母も一緒に駐車場まで来てもらって、一緒に病棟へ行った。いつものことだけど、保険証や診察券予約表などを、受付手前で母に渡し、受付作業は母がする。といっても、いつももたもたしているのを事務の人が見かねてか、本来はそれぞれ別の箱に入れるべき保険証や診察券などを一括で受け取ってくれる。母は「あら、すみません、お手数かけます」ってなことを言う。待合室には少し本がおいてあり、今日は「僕ときどき豚」という児童小説を母に勧めてみた。若い日、司書をしていた母は、本にはうるさく、特に児童書にはうるさかった。この本に対する評価はどうなんだろう?とおもったけど、やっぱり、本を読み続けることはできないんだね。なんとなく眺めてる風情で、読んでるって感じじゃないなでも、最後の方で、みんな豚から人間に戻ったのに、校長先生がまだ豚だった、って言うくだりがいたく気に入り「校長先生、まだ豚なんですって~」とくすくす笑う。だから「ウチの旦那も、まだ豚だよ」といってみた。母、「そんな悪いこというて~、○○さん(ウチの旦那)はご飯食べるの好きだもんね」って豚っだって認めてるんじゃん(笑)ナルニア国物語が映画になるよ、って話になると、これには食いついてきて、映画を見に行きたい、ってことだった。実は、私が小学生のころ、何かあるごとに買ってもらったのが「パディントン」の一連の本。弟は、「ナルニア国物語」だった。そういうことはちゃんと覚えてるのよね。見に行きたいな~ってことなので、連れて行きたいけど、父が拗ねるか?父もこの本には弟との思い出があるから、映画も見たいかもしれないけど、免疫力の低下している父を映画館に連れてはいけないのよね。レンタルビデオになるのを待つか?考えどころ・・・ふと思うと、待合室でくすくす笑いながらこそこそ話をしているのは、私たちだけかな?(*^_^*)ってな感じで、診察を待ってると「○▼○子さ~ん」と、いう名前が聞こえてきた。この名前、▼部分以外は母と一緒。母と顔を見合わせて「一字違いの人がいる??んだね~!」(@_@)と看護師さんが「あ~~~間違えた~~~」何のことはない、呼ばれているのは母でした。いつもの先生と、いつもの変わりない会話、主治医も「変化ないようよね~」という。そうだな・・・日常生活の中でできなくなってることは多いけど、一時期心配していたような排便習慣などの混乱も、続いていないし今の施設にいる間は家事をする必要もない場所なので、そういう意味では問題がないというか、問題が起こりにくい、という意味で母は安定してるといえる。話の内容などは、私のことと弟のことがこんがらがったり、以前の話にも激しく脚色が入るようになったり、してるけど社会性、みたいな部分については変化ないかな~この日に関していえば、多少母がややこしくても、私が母に会うのは久しぶりのことだから私のほうが母にすまないと思う気持ちもあって、それが功を奏したのか母も穏やかでご機嫌。これ、毎日だと、こうは行かないんだろうな・・とおもったり・・です。お昼ごはんは、これもいつも病院の食堂で、やっぱりビーフシチューになりました。これ、母の好物で、メニューにあるとほぼこれを頼む。先月もビーフシチューでしたけど、今月も「久しぶりだから」と同じものになった。一月に一度ってことは、久しぶりと言えるのか?(笑)帰りにドライブインで、少しお買い物をして、パパにお土産、ってお酒のおつまみにちくわなどを購入。母はどんこしいたけの大きな袋をもってきて、これももう残り少ないと思うから買っといてって・・料理はしないんだけど、主婦の買い物の名残だな。こういう場合、「は~い」と返事だけしておいて、母の隙を見て、元の棚に戻して買わない。幸か不幸か、どんこしいたけが欲しかったことも忘れてくれる母です。などなど、ちょっと買い物をするのも母にとっては主婦気分のある意味イベント、なので、ご機嫌をさらに良くして、ご帰還。母のお薬に日付を入れてセットをしたり、衣類の必要なものがないかどうかのチェックをし父が外貨預金の解約書類を書いてくれ、というのを書き込んで、発送すべく預かって帰りました。来週月曜日、自宅で一泊し、火曜日から入院予定の父、のための外出届も提出し、次は月曜日ね~ってことで帰ってきたけど。今度は母がお留守番、またご機嫌斜めの怖いお顔になるだろうな・・とおもうと、ちょっとごめんチャイの気分。やっぱ、自分の親の顔を見るのがこころ休まるわ・・・やっぱ、これを基本に、したい・・・よね・・(;一_一)
2006年01月26日
コメント(2)
今日は舅のヘルパーさんお勧め医での血液検査が出る日。どうだろな~と、思わないではなかったけど実は先週の金曜日の通院以来、舅は一人でたびたび、通院をしている。土曜日は、日曜日の新年会のために、おなかを空にしたく??下剤をもらいにいって、さほど強力なものをもらえなかった、ために、名医は一日にしてやぶ医者になり月曜日、さらに重ねて出かけて、下剤乱用を指摘されてしょげて帰宅。なんだか、今日の血液検査の結果を聞きに行くのは、やんなちゃったんだよね。発送作業なんかもあって、家事が滞ってますから、ということもあって旦那も行かなくて良いよっていうので、舅と一緒に病院に行くのはごめんしてもらった。ら!炎症数値が高いので、癌かもしれないから、市立病院でちゃんと検査してもらってください、ってさ~~~~~この市立病院というのは、かねてから、骸骨家庭医が紹介状を書いてくださっている先であり、まぁ今の病院がいけないというわけじゃないけど、MRIだのなんだのという検査になると個人病院では対応してくれないところも多いもんね。で、なんだかんだで、金曜日に市立病院へ行こう、ってことになった。なぜ金曜日かというと、月水金と、泌尿器科の偉い先生の診察があるんだそうだ。その先生に当たるかどうかは・・わかんないけど(笑)皆さんからいただいているコメントに、お返事を書きかけてたら舅からお電話です、ってことで、義理家に飛んで行きました。癌かもしれないってことで、早速ひとつお稽古場を旦那に譲りたいんだそうだけどいらないわよっ!っていうか、旦那今手一杯で、引き受けるのは無理だよ。舅は今、自分の住まいの駅から上下に一駅づつ乗った駅ビルでお稽古をしてるのが水曜日と金曜日、他に月曜日と木曜日に同じ場所で二回、お稽古をしてる。今月結局一度もお稽古をしなかったのに場所代を払わなくちゃならないのがもったいない、ってことで、旦那に振ろうとしてるらしい。旦那とも相談をして、月曜日と木曜日に分かれてるグループをひとつにまとめて、月水金、と一日おきにお稽古に出る、という風に日程を組みなおすことにした。さらに、人数も平均的になるように、がらがらポン、を提案。などなどの話もあり、夕食を義理家でともにしながら、今後の日程調整。癌かもしれないについての通院は、さし当たってこの金曜日は午後から仕事の旦那も一緒に、病院へ言ってくれることになったのでとはいえ、車の運転ができるのは私だけなので、結局三人で、出かけることになった。は・・ぁ・・・。なんか疲れちゃって、心配する気が起こらない(笑)
2006年01月25日
コメント(0)
旦那の所属している家、の催し、というのが年に4回、ある。それぞれに、手伝ってもらう同業者が、延べ100人、いる。今年の催しの日程と、リハーサルの日程、などを通知する、というのは、旦那が同門の中で請け負っている仕事。同門各氏がそれぞれ、プログラムを決めることやら、印刷をすることやら、お会計やら、仕事を分担しているわけで、旦那は、発送物の担当。で、実際に発送しているのは誰かといえば、私。(--)今年の年間プログラムは去年の年末にすでに我が家に届いてた。発送すべき相手の封筒の表書きも、すでに私の手により完成してる。後は、リハーサル日程を作り、ごあいさつ文とともにプログラムと一緒に同封して、発送する、のだ。ごあいさつ文や日程表は、パソで作るので、これまた私の担当だけどリハーサルの日は何時なんだよ?ってことは、私が勝手に決めるってわけには行かない話しで、旦那に年末から何度となく、何時なんだ?ときいても返事の返ってこないことだった。いつものことだけど、誰かに「もう送ったのか」と聞かれたらしくそうなると、今すぐ、できるだけ早く、送らなくては、になるのよね。馬鹿じゃないの?阿呆やな・・(-_-;)というわけで、何のことはない、せっせと発送作業をしているのは、ワタクシなのです。あ~~~ばからし(笑)
2006年01月24日
コメント(0)
「医者とラーメンと宗教」お願いがあるのよ、あなたの苗字をやめたい私いまさら遅いけど、ちゃんと聞いて欲しい義理家の付き合いも、三日目までは耐えるけど四日目、浣腸騒ぎ、つくづく実家に帰りたいわ医者とラーメンと宗教、振り回されるのよあなたの父上のことだもの自分で何とかしてね、私に振られてもそれはお門違い~元歌は、部屋とワイシャツと私です。(笑)
2006年01月23日
コメント(10)
今年二度目の新年会、です。一度目の新年会、風邪で熱が高かった舅は、お休みしてました。二度目の今日は、熱も収まってるし大丈夫のはずでしたが、このところのお尻がらみの問題で、今回は顔を出すだけにしよう、と言う話になってました。新年会、と言っても、飲み食いをする宴会だけではなく、お稽古の内輪の発表の場、でもあります。お弟子さんたちの大半は和服着用、旦那も紋付袴ですし、私も普段なら和服着用の日。舅はお手洗いの不安があるわけですし、体調不良からお稽古も今年はまだ一回も出かけていませんしだから、もちろん当日もお洋服で、と、旦那が強く主張し、その予定でした。朝、出かける用意をしようと、私が顔を洗っているところへ電話がかかり、旦那が出ました。「浣腸買ってきてくれ!」出ました妖怪舅です。昨夜、旦那に舅がまた着物で出かけなくちゃ、と考えるだろうから、くれぐれも念を押してくれと、頼んだのに、電話をかけてくれなかったんだよね~顔を洗って、塗るものを塗って(化粧のことだけど)リビングに戻ると、旦那憮然としてます。「親父またなんかややこしいこと言うテル」ったくね~その点に関しては、親四人のなかで、一番手間のかかる人ではあるよね。旦那、今日一日をうまく取り仕切ることに専念すべく、舅のことについては私に一任。旦那を新年会の会場に送り届けて荷物を下ろし、取って返して舅のところへ行った。もちろん途中で浣腸を買ってね。ついでに、薬局で相談をして、繊維質を含む便秘薬を購入した。それは、繊維質が水分を含み便の量を増やすと言うもの、効果のほどはわからないものの、すっきりした排便感覚があると、舅も落ち着くかと思えた。浣腸を持って、舅の家を訪ねると、呆然とした舅がぽつんと食卓に座ってる。話を聞くと、舅はやっぱり、今日は着物で行かなくちゃ、と考えたらしい。ありそうな話ではあるので、まぁ・・その意味では想定内だけど着物を着る、トイレに行きにくい、粗相をしたら大変だ、と言う点から、夕べからのまず食わず、なんだそうだ。何でこうなるかな~とおもいつつ、まぁ舅としてはありそうな話ではある。朝も食べてない、と言うので、お茶を入れたら、それも飲まない。冷蔵庫を覗いてマーマレードとジャムがあったので、マーマレードをお湯に溶かして、即席飲み物をすすめてみた。あまりにも食事を取っていない時間が続くと、低血糖などの心配もある。そういった無理をしていい年齢ではないはずの舅なんだから、無理にでも糖分の摂取は必要だ。舅のところへもって行くと、これはなんだ?と聞くので、「なんでしょね~^^、一口飲んでみてください」とすすめてみた。マーマレードの甘い香りに惹かれたのか、飲んでみて、「これは美味しいな」と言う。それでも半分くらいしか飲まないので、お食事を抜いていると、今度は低血糖で倒れますよ、と脅し、全部飲んでもらった。甘く温かい飲み物が入ると、ちょっとは元気になったみたいで、やれやれだ。さらに、浣腸を使うかどうか・・・と言う点だがこれも、浣腸の効果が残ると、出かけてから心配な事態になるんじゃないかな~と、さも私が不安を感じているかのような独り言を聞こえるようにつぶやいて、脅した。(笑)舅も、今この時間の浣腸には不安を覚えたようで、「今はやめておく」ことにしたんだそうだ。お昼ごはん時になり、おうどんでも・・と、これも食べないんだそうだ・・倒れるよ、ホントに・・一時には自分のお弟子さんの出番もあるので、間に合うように出かけたいそうで洗面所で顔を洗い、ひげをそり、着替えた。その間私は、昨日の食器類を洗い、掃除をし、洗濯をし・・・私も昼ごはん食べそびれてるのよね・・・・。一時を過ぎて出かける準備が整った舅を連れて、会場へ、入るとお弟子さんからは拍手が沸いた。旦那、むっとしてますけど(笑)旦那に断って、それから私は昼食をとりがてら、義理家の夕食の食材を買いに行った。舅は「○子さんには、世話をかけたから今夜はご馳走しよう」だそうでご馳走が食べれるなら宴会に残ればよいし、第一絶食したあとの食事、消化の良いもののほうが良いに決まってる。ご馳走してくれなくて良いよ、っていうか、何がしんどいといって舅と食事をすることほど、疲れることはないんだから・・。買い物を済ませて会場に戻り、舅も変化なし、トイレには一度も立ってないらしいけど出すものもないもんね。会場で、お弟子さんたちがお茶を入れてくれ、お水もあり、珈琲たいむもあったのに、飲んだのは珈琲半分だけ。徹底してますな~(-_-;)舅はある種のパニック障害みたいなもんだろうかと感じる。舅は今から十四・五年前に不整脈でたびたび倒れたりした、このときも、結局は大きな病気ではなく、今に至っているわけだけど不整脈が気になって仕方ない舅は、出かけられなくなった。出先でちょっと気にかかると脈を探りそのことで不安を募らせ、自ら不整脈を招いていた節もある、そんな感じだった。確かに、具合が悪くなったという連絡を受けて舞台の楽屋へ飛んでいくと、舅は土気色の顔をして唇も紫、チアノーゼ?に見えた。去年、大腸の検査のために心臓のお薬と聞いている血流を良くするお薬を一時的にやめると言う点について、循環器のクリニックで診察を受けた。そのときの循環器医の話では、そんなに神経質になる必要のない体だという話だったので「実際に顔色も悪くなるほどだった」と言ってみたら、「それは気のせいです、気持ちからそうなったでしょ」といわれてしまった。やっぱり?(笑)今回も、しばらく、排泄に関する気がかりが続くんだろうな~・・・・結局新年会はお昼ご飯後の一時過ぎから夕方の発表会部分が終わるまで、舅は会場にいた。この会場は義理家から歩いて五分ほどの場所なので、帰りは一番お弟子さんが送ってくださることになり私は一足先に会場を出て姑を迎えにデイサービスに出かけた。姑を連れて帰ってくると、ちょうど舅も帰ってきて、それから夕食を出し、洗濯物を取り入れ夕食食材とともに一緒に買っておいたお惣菜類を冷蔵庫に入れながら舅と姑に説明をして、宴会場に戻った。結局9時半ごろまで宴会は続き、皆様をお見送りして、旦那と二人義理家もう一度顔を出し、帰ったんだった。私、この時点まで夕食をとっていなく、帰り道におそばを食べて帰った。なんちゅうか・・忙しかったワイ。(-_-;)そして、明日から・・・どうなるんでしょ?舅が出席する新年会は、ともかくこれで終わった。新年会そのものは、後三箇所あるけど、舅も出かけるというのは、これで終わり、やれやれでス。そして、昨日の土曜日、舅は排便不安から前日に出かけたクリニックにまた出かけたんだそうだった。なんでも、「医者は馬鹿にして最低限の薬しか、処方しない」んだそうで、名医も一日で、藪医者になるのか?よくわかんないよ。やれやれ・・・。
2006年01月22日
コメント(2)
今の車、新車を購入してから初めての車検、に出しました。走行距離、66000を越えてます。ったく、フツーのおばちゃんが乗っているとは思えないよね(笑)年末に、自分ちの駐車場の壁にこすったり、という箇所もあり、その修理も一緒にお願いすることにして、予定を立ててましたのでしばらくお車を預けることにしました。車検と同時に、修理もしてもらい、さらにナビの更新やら、タイヤの交換(スタッドレスにすることにした)やらやら・・ディラーさんが、車がないと困るだろうからと、代車の用意をしてくれたので、助かりました。ありがとさん♪でもって、密会とは何ぞや!ウチ、新聞代を一年払いにしてるんですが、これ、三か月分お得になりますので、お薦めですよ。新聞屋さん(タイガースファン)に、一年分お正月明けに支払いに行くと、なんだかんだと、販促品をいただきます。去年はタイガースカレンダーをもらっちゃったので、これは父に届けました。今年は、映画館のチケットと、野球のマスターリーグのチケットをもらっちゃいました。マスターズリーグ、と言えばゴルフ?と思われる方のほうが多いけど野球のマスターズリーグ、もあるんですぜ~往年の名手の方々が、出身チーム別に?かな?出身地かな??とにかく地域別に集まってチームがいくつかあり、それで対戦するんだよね~江夏も出るかも~ってことで、これはうれしいチケット♪、だったんですけどあいにくと私が見にいける予定の日は・・・なかったのです。いただいたものの、いけないのはもったいないな~とおもって・・・野球の好きな人、往年の名手がわかる人、チケットが手渡せる人は・・・そうだとしちゃん?だー!と、思いつき連絡を取ってました。でも、その後どたばたしてて・・結局手渡せたのが試合前日の今夜、だったんです。これもまた、土壇場になってから手渡せる距離に居られるという気安さから、引き伸ばしていた、と言えなくもない、このところの私のふがいなさのひとつ。夜になってから、としちゃんのご自宅近くまで出向き、ご近所のファミレスでちょっとお茶をして愚痴も聞いてもらっちゃいました。ありがとさんです。としちゃんといえば、つい最近、ネットを通じてお知り合いになり、ご近所さん?と言うことが判って、お目にかかったのが一度。なんだか、昔から知っている人のような気がして、ごめんやス♪この日、ともかくも舅は前日のお医者様が気に入った様子だったので、安泰だろう、と、思っていたのですがその読みが甘かったことを知るのは、翌朝のことでございます・・・(大奥ナレーション風?^^)
2006年01月21日
コメント(4)
舅の午前中の診察に付き合う、だけのはずが結局、夕食の準備までして、やっと開放されると言う、一日仕事になった日。自宅へ帰って、自分たちの夕食準備をし、旦那が夕方からのお稽古を終えて、帰ってきてから食事をし、それから、先日のチョンボの、後始末にかかりました。これ、もちろん私がほったらかしていたからなんだけど・・・実はこの仕事が発生したのは去年の7月のことでした。7月の頭に催しがあり、その準備のために、6月は忙しく、実家の両親の様子を見に行けないことが多かったのでした。催しが終わり、一息ついたところで、父の状態に変化がある、と言うことがわかりました。いつもの病院へ行こう、と、出かけてみると、そのまま入院、と言うことになりました。かねてから命取りになるよと言われている感染症を起こしている、と言うことで私はショックを受け、ぐったり・・・やっぱり施設ではだめか、傍でこまめに様子をチェックしていなければ、父の今の状態を保つことも難しいのか・・あれこれ、重い気持ちを抱えたまま、父の入院期間を過ごしながら、珍しく風邪をこじらせ、最後は弟の出動も頼みながら、7月をすごしてました。その間、旦那にその仕事を振ったんです。具合が悪いから頼む、と言ったら、治ってからで良いから・・自分でやれば良いのに・・・そんなこんなで、結局そのまま、やる気になりませんでした。先日、その仕事のある意味期限のようなものが近づいているので、旦那に未処理であることを告げると、目下自分の父親のことで、私を走り回らせていることは感じているようで言葉は今までより穏やかながらも、全責任は私にある、とのことでした。さらに、そういう仕事が完璧にできないなら、存在価値がないとか(笑)子供がいればこういう事態にならなかったとか(笑)ほんま、それを言っちゃぁおしまいだ、って発言の連発(;一_一)そんな会話の真っ最中の、真夜中に、舅から救急車を呼びたい旨の電話がかかってきたのでした。そしてその仕事、金曜日の夜、徹夜で仕上げました。旦那にも、少しは手伝わせましたが、翌日の仕事もあるし、風邪気味でもあるし、彼にはそこそこの時間で寝てもらいました。そうか、仕事を放り出せば、離婚はたやすいのか・・(笑)とも思いつつ、実際、このところ疲労困憊。実家の両親の介護が本格的になってから、数年たちますが、その間に溜まったストレスと疲労は、どこへも捨て場のないまま溜まっていますし一昨年の夏、不本意ながらも実家両親を施設に移した時に、私の中の何かが壊れてました。去年の夏、仕事をやめたことで、家庭内以外の居場所もなくなった私は、なんだか逃げ場がないな・・と言う感覚もあります。煮詰まっちゃったかな・・・(笑)旦那には、甘えるべし?なんですが、今回の一件でも、下出に出て甘えたつもりですが、返ってきた言葉は、結構シビアでした。(苦笑)私の中にも、本来は彼が処理すべき仕事ではないかと言う思いもあり、変な不満が残ります。そんなこんなで、水曜深夜が救急車騒ぎ、金曜日が徹夜、・・これ、更年期障害適齢期には、けっこうきついっす。(-_-;)反省すべき点としては、これらの作業、やってしまえば一日で終えるところを、いままで放り出していたのは、やっぱりいかんね~。と思いつつ、今日できることは今日のうち、と踏ん張りきれない時間枠を超えた量の処理すべきものを抱えてしまって明日できることは明日する・・に変わってしまった自分を、感じてます。
2006年01月20日
コメント(0)
金曜日、舅念願のヘルパーさんお勧めクリニックへ連れて行きました。結果から言うと、お医者様はとても優しく、お顔立ちもやさしくハンサムなロマンスグレーで、舅はまずその風貌と語り口に好感を覚えたようで、名医、ってことになってます。診断の結果は、先日一人で出かけていった総合病院での診断結果と同じなんですが、確かにこのお医者様のほうが、丁寧に説明をしてくださったのだろうと、思います。私は、舅の荒唐無稽な症状の説明では、医者も診断しにくいだろうから、と、ついていくことになっていたわけですが・・・・・朝、旦那が出かけたのが9時半、その直後に家を出、舅の家に行くと、姑はもうデイサービスに出かけていました。舅はまだパジャマ姿で、頭もぼさぼさ、途方にくれたような表情で、お茶飲んでました。早く行っても待ち時間が長いだけかもしれないから、お昼ぎりぎりに行く、と言うので、それまでの時間、夕べからの食器類を洗いながら(流しに放り出してあったので)舅の話を延々、聞きました、べんべん続く便の話。(-.-)お布団が敷いたままになっている和室を覗くと、舅のパジャマが放り出してありました。姑のパジャマも拾い上げ、洗濯機へ放り込み、その間も、舅はしゃべり続けてました。お昼近くなり、そろそろ出かけましょう、と用意を整え、さて出かけるか、と、鍵がない!舅の鍵が見当たらないのです。リビングのテーブルの上は、舅がすき放題広げた仕事の書類などでいっぱいになっており、その中に埋もれてる?と探ってみたけど見当たらない。もしかして姑が持って行っちゃったかも?です。義理家の鍵は三組あり、舅と姑がひとつ筒持ってます。私も一組預かっていますが、そのときは持ってませんでした。舅と一緒に出かけるわけだし、一緒に帰るわけだから、私が鍵を持ってる必要ないよな~って思ったわけです。でも・・・油断大敵、これから鍵は常に持ち歩くように、します。(-_-;)鍵がないから出かけないとか何とか言い出した舅に、もうこれ以上毎日医者へ行くか行かないかで呼びつけられるのはたまらない!ので管理人さんに頼み込み、ともかくお医者様まで舅を送っていきました。病院での受付を済ませ、自宅へ戻り義理家の鍵を持って、義理家へ行き鍵をかけ、とんぼ返りで病院へ・・・到着するとすでに診察は終わってました。鍵の件で、診察結果をお聞きできなかったことを看護師さんにお伝えして、もう一度先生のお話をうかがうことができました。こういう便宜を図ってくださる際の病院スタッフの臨機応変さ、うれしいです。で、診察結果から、今回の一連の大騒ぎの構図が見えてきました。つまり、こういうことです。舅は風邪を引き、ご近所内科骸骨家庭医から熱さましの座薬をもらった。かねて自分はお通じの状態が良くない、と思い込んでいる舅は、発熱から食欲も落ち、さらに水分も通常より多く摂取すべきなのに、そのような処置をとらなかったために、お通じが硬くなっていると思い込み座薬を入れる前に、すっきりしたいと考えたわけです。で、とった手段が、食後に1包飲むべし、と言われていた便をやわらかくするお薬を、大量に飲み(12包)、さらに浣腸を複数、おなかすっきり作戦を決行したのであります。その際に、かねてより保持している内痔を、刺激したものと思われますがその刺激がきっかけになり、患部が鬱血した結果、腫れたのだろうと思います。腫れてその箇所がお通じの障害物になったため、排便時に痛みを伴うようになり、さらに残便感覚が常にある状態になったようでまだ溜まってるから・・とさらに手を変え品を変え・・変えないか?(--)変えないね、いつも同じお薬だし同じ浣腸だし(笑)ともかく乱用したわけです。その結果、傷ついていた内痔が破けたかなんかして出血をした。舅は両足先がものすごい紫色をしてるんです。これ、骸骨家庭医のお見立てでは脳梗塞なんだそうで、そのために血液がさらさらになるお薬を、常飲しています。そのお薬を飲んでいる影響で、怪我などの場合も出血が止まるのに健康な人より時間がかかります。去年の大腸検査のときにも、事前の便の潜血反応はこのお薬が原因でもあり、検査途中でちいさなポリープが見つかったら即切り取ると言う作業をしたいと言う申し出がお医者様からあり、そのときに出血をしても困らないように、血液さらさら薬を二週間やめて、それから検査になりました。大量出血は、確かにあったんだろうと思います。血がさらさらで止まりにくいわけですもんね。さらに、鬱血箇所が腫れてくることで、前立腺も確かに年齢相応に大きくなって入るものの、その大きさのためではなく鬱血箇所の問題も含んだ、尿の出にくさ、だったと思われます。結局、ステロイド系の軟膏を治療薬としていただきました。お尻に入れるタイプは、傷を刺激する可能性が、あるのでもうやめるようにだそうでした。調剤薬局さんでお薬をいただくときに、あれこれお通じのことを舅は聞いてました。12包、飲んだ話を得意げにする舅。確かに、得意技、と考えても良いかも・・・です。薬剤師さんも、ビックラ!(@_@)次回通院時には、お通じのことをよく相談して、下剤も出したもらおう、と言うことにして薬局を後にしました。お昼の食事をして帰ろうと言うことで、病院のご近所有名ラーメン店に、立ち寄りました。おなかの調子がいまいち、のはずが、こってりラーメン?と思いましたがともかく注文し、出てきたお店イチオシのラーメンは、舅には塩辛かったみたいで「お湯入れて!」と大きな声でお店の人に頼む舅。(--)お店の人もいやな顔をせずに、スープを足してくれました。「ちょっと入れるとね、ちょうどいい!」と、私にも頼め、と言わんばかりの勢い。ったくな~いちいちうるさい。注文をしてから出てくるまでの間に、旦那に診察結果の報告メールを送りました。食べ終わって一息ついてると、旦那から電話がかかり、舅にも代わったら大きな声で、「前立腺が・・肛門が・・便が・・」大きな声で、お昼時の食べ物屋さんの中であると言う配慮はまったくない発言。お店の方に頭を下げながら、あわててお会計をして、舅をお店の外に、連れ出しました。旦那、朝の仕事の後、散髪に向かうと言っていたのがちょうどこれからお店に入ると言うことで、旦那は散髪が終わったら義理家へ立ち寄る、と言うことになりました。義理家に帰る間も、今日あったお医者様は名医である、と、盛り上がる舅。ともかく気に入ったのなら良かったです。家に戻り、しばらくすると旦那もやってきて・・・で、あれこれ話をしているうちに、お弟子さんのお一人が信者だと言う宗教に、入ったと言い出しました。(-_-;)何の宗教なのかと問いただすと、「そんなもんは知らん、どうせインチキや」インチキなのに入ったんかいな???お弟子さんが何人か信者を紹介すると、その宗教内での立場が良くなるだろうから、入ってやったけど、会報なんかしょうもないからすぐに捨ててる。んだそうだ・・会費はそのお弟子さんに払ってるんだそうだ。ったくな~~~~~わけわからんっ!ともかく、良いお医者様に出会えてよかったね、ってことで、この日は夕食の用意をして、帰りましたとさ・・・この後のことは・・随時更新。(;一_一)
2006年01月20日
コメント(4)
草木も眠る丑三つ時、リンロンリンロン♪摩訶不思議な音色が!なんじゃ!何のことはない、我が家の電話が鳴ってるわけだけどその時間は二時半過ぎ、真夜中だ。お化けから?それともエロ電話?と想像たくましく、発信者を確認するとやっぱり妖怪だった。そう、妖怪舅だ。「おしっこが出ない!大量出血した!これから救急車を呼ぼうと思う!」父親からの電話であるとわかった時点で、さすがに驚いた旦那が電話を取ると、舅の大声が傍にいる私にも聞こえる。今回の旦那は、まずまずの出来だった。「で、どないなって、どないしたん?順序だてて言うて!」と息子は冷静。出血を見て、どうやら舅はパニックになったらしい。傍に姑がいるが、姑にはなんのこっちゃわからん事態なわけだから彼女が自分の夫をなだめるとか、安心させるといった作用はおよそ期待できない。とりあえず、すぐ行くから、と言うことにして、それまで救急車を呼ぶのは待ってもらった。急いで用意をして、といっても実はこの時間まで私たちはまだ起きており、実はちょっと私がチョンボをしたので、その点についての善後策を相談してた。と言うか、私は文句言われてたわけで・・・(笑)↑どーもこのところ、私やる気がないもんで、ボーっとしてて、ちょっと事務上の手違いをやらかした。と言うこの話はまた後日。で、義理家についたら、舅は食卓の椅子に座ってる。顔色も、さほど悪くはないけど・・・このところ神経質にしょっちゅう熱を測ってるので、そのときも熱を測った後だったらしく、8度7分もある、風邪再燃?話をとにかく聞いてみると、おしっこがぜんぜんでない、とは言うものの、夕食後には一度出たそうで、さらに、私たちに電話をかけてから、私たちが到着するまでの間にも、一度少しは出たんだそうだった。舅の問題はおしっこが出ない=尿毒症になる。というものと40年近く前に手術をした痔が悪化しているらしく?お尻が痛い、と言うもの。さらにお尻から血が出る、大量に(?)ってことだ。熱もあるし、本当に尿が少ししか出てないなら、確かにそれはつらいだろうと思ったので、旦那が救急へ電話をかけた。でも、泌尿器科や肛門科、の救急受け入れ先はご近所にはないそうで、連れて行ってもらう病院の相談を旦那が電話でしている間に、舅再び尿意をもよおし、今度はかなりすっきりしたらしい。再び熱を測ると、7度代に落ち着いてきてる。旦那、落ち着いてきた舅を見てちょっと怒ってます。何時やとおもてんねん!ってとこですな・・・で、結局、ちょっと落ち着いて痛まないから、今日はもう寝る、とのことでお医者様には明日の朝、行こう!と言うことになり私たちも自宅へ帰った。実は明日、と言う日は、本来なら私の実母の通院日なのだが、このところのやる気のなさと、事務処理の手違いを早期に処理するために、延期したもらってた。夕方、実両親に翌日の通院変更の電話をかけ、謝ったのだった。で、なんだかんだで、通院は私が、お連れする、ということになってた。なんといっても深夜に、私たちだけではなく、骸骨家庭医にもお電話をしていた舅は、大騒ぎを演じていたわけだし病院へ、普通行くでしょ?でも、普通じゃないんだこれがまた!朝旦那を送り出して、義理家にこれから迎えに行くと電話を入れると、「昨日よく眠れなかったんだ、何でかというとね・・・」延々と続く、便の話、・・・よぉ~べんべんっ!お舅さま、私たちも、居ました。私たちのほうが、その後の睡眠時間は短いです。←それはさておきともかく、朝一で排便も快調にあり、今日は大変すっきりしていて体調が良いのでとはいえ、やはり医者へは行かねば、とは言うもののもうちょっとゆっくり出かけたい、とのことさらに、姑のヘルパーさんが来るのが10時なので、その後出かけたい、というご意向もあり昨深夜のお電話のお詫びもかねて、骸骨家庭医のところへ先に立ち寄り、舅の下関係で必要だと思われる病院に紹介状を書いていただいた。家庭医も、昨夜は驚き、その後心配してくださっていたとのこと、恐れ入ります。舅の状態を細かく聞かれ、それについての家庭医のご意見を承り、10時少し過ぎて義理家へ行くと舅は家庭医のお勧め市立病院へは行かないと言う。ちゃんと検査をしてもらいましょうよ、と勧めては見たものの妖怪舅が、鬼嫁の言葉を聞くはずもなく、(魑魅魍魎やな^^)ヘルパーさんがお勧めしてくれた○△クリニックへ行くと言う。そこはどうやら痔専門のクリニックらしく、確かに舅のひとつの病状には、その方面のお医者様に見ていただくことが必要だがヘルパーさんは、姑のために来ていただいている方で、やさしい方なので大変ありがたく思っているのだが舅は、こうやって、不意に、誰かがちょっと挙げた名前の病院へ駆け込む、という趣味がある。(--)幸い?その病院は今日木曜日はお休みで、明日、診察を受けることになった。それは良いのだがね・・・ヘルパーさんに、舅があれこれお買い物を頼む。事のついでに自分の紙おむつも頼んでいたが、実は舅愛用の製品は、先日も近所の薬局をはしごしたら、サイズが切れてた。車でちょっといったところにある大きめドラッグストアーには、結構あったので、先日もそれを購入したのだった。嵩も高いし、近所にはない確率が高い。しかも舅のための買い物。病院へ行かないなら、私ひとっ走り買ってきますね~ってことにして、ドラッグストアに飛んでいった。で、帰ってくると、一緒にお昼を食べようと言う。冗談じゃない、明日も通院に付き合わなくちゃいけないんだろう?忙しいんだってば!!もし、市立病院に舅が出かけたら、これは一日仕事になるかもしれない、と思い、ポカしていた事務処理の手続きに走るのは、明日にするつもりだったけど今日、病院に行かないで、明日行く、んだったら、そりゃ・・・今日のうちに事務処理を片付けなくちゃいけないジャンか!お昼、断って帰って、その後京都へ走りました。一応、外部処理は終わったので、内部処理、家でコショコショやる仕事がまだ残ってますけど、明日の通院には、付き合える、ってことになった。明日の、○△クリニック、舅は一人で行けるといっている。横から姑が心配なら私がついていく、といっている。それやこれやのご報告に伺ったら、骸骨家庭医は「そりゃぁお嫁さんがついていかなくちゃ!」阿鼻叫喚。な~~~んか・・・疲れるワイ。この重ぉ~い倦怠感、とれん~~~~~!
2006年01月19日
コメント(6)
月曜日、普段なら、一時半から二時ごろに帰宅する旦那、なんと、11時前に帰ってきちゃった。(@_@)そして昨日の火曜日、普段なら8時ごろ、どうかすると9時ごろに帰ってきてそれから夕食をとる旦那6時半に帰ってきた。(@_@)どっか、悪い?雀荘に出入りできないくらい悪いことをした?と、変な勘繰りをしてしまう。(笑)「すごい借金できたん?」って聞いてみたら、笑ってた。(ーー;)なんじゃろ?まだね、離婚の決意は伝えてないのに、この時期生活を正しくされると困るな~という点もあり今日は普段なら午前様の予定の日。明日は実母の通院があるので、私は早朝家を出るんだけど、さてさて、奴は今夜どうするかな?見物です。このところ、舅の相手に辟易としていることは、彼にも十分伝わってる。私が何時になく、元気ないのも、判ってるみたいです。胃炎になったって言ってないけど、お医者様からのお薬飲んでるのは知ってるし、何か感じてるのかもしれないな~やばいと、思ってるかな?この際だから、思いっきり、不誠実にすごしてくれると、一気に・・・できるのになぁ・・・・。舅のことでは旦那も、困り果ててる部分があるからな~困ってる同士、って擦り寄ってくるのはやめれ!あっちいけー!舅が強烈なので影が薄くなるけど、ストレスの現況はあんたでもある!んや!せっかくまじめ生活に目覚めたのに・・こんなこと書かれてるとはなぁ(笑)かわいそうな奴・・・(笑)
2006年01月18日
コメント(2)
またあの日が来た。11年、長いな・・と思う、確かにあの日、友人のおなかの中にいた赤ちゃんは、サッカー少年になって生意気なガキンチョに育ってる。彼に会うたびに、震災からの月日を、思い知らされる気がするけど私の中の震災は、やっぱり昨日のことのように鮮明。あの日の映像がテレビから流れると、やっぱり涙が出る。亡くなられた方のご冥福を、お祈りする。親しい方をなくされた方の、この間の月日のお悲しみを思う。17日はそんな日。昨今のマンションの耐震偽装の報道を、震災被害で住宅問題を抱えた方たちは、どんな風に捉えておられるのだろう。私たちが住んでいたマンションは、いい加減な建物診断をしにやってきた建築士、と言う人たちによって、最初一部損壊と判断された。数ヵ月後、再度建物の被害を調べられた担当者により、半壊、と判断された。私たち部屋は一階部分だったので、損壊がひどく、生活をするには危険、ということもあって、大家さんが補強工事をなさることになり、私たちはその部屋を出たのだった。震災の二日後、勤め先へ向かう途中で私の家の被害見に来た父は、この家で眠るのは危険、と判断し、その日以来、私と旦那は、あるときは旦那の実家、あるときは私の実家へ寝たのだった。旦那の両親の住んでいたマンションも、かなりの損害はあったものの、住むことには問題なく、ライフラインが整わないまま、水を運んだりするのに若いものの手は必要とされた。マンション9階に暮らす義両親は、給水車に水をもらいに行くのに、適当なバケツ類もなく、ペットボトルで運ぶと言うとんでもない手間をかけてた。マンションの目の前に川があるのに、おトイレなどの排水に、川の水を利用するということにも思い至らず、お殿様とお姫様のご夫婦では、こういった危機状況にはとても対処できない状態だったので、私たちがおりおり泊まりこむということは、その点でも必要なことだった。姑に階段で重い水を運ばせながら、飲料水をトイレに使ってしまうような、舅だったのだった。このときも、舅が気にかかるのは、今必要とは思えないようなことに関する話ばかりで、いらいらしたことを思い出す。箪笥ひとつを引き上げるにも、舅のやり方のとおりに従うことは、帰って時間も係り、作業をしている私や旦那には負担になり、ある意味危険な助言ばかりだった。失礼ながら、この方に戦時下の経験がおありとは、思えないような気がした。この期に及んでも、舅の美意識先行の生活には変化がなく、私たちが泊まりに伺っても、寝る場所の確保もママならず、余震の可能性もあり、また震度4程度の余震はたびたび起きていたので、その美的感覚を満足させるための飾り物の下に、眠ることは遠慮したいことだった。結局、数回トライをしたものの、旦那も私も、義理家で泊まることに逆に疲れ果てて、後半は私の実家で暮らしていた。と言っても、後半は旦那は仕事に出かけたがったし、義理家に近い駅までは、大阪から電車が通るようになってきたので旦那のみ、義理家で暮らす、ということはあったんだけど・・・私は泊まらず・・・場所がないしね、朝、実家を出て自分の家を片付け、旦那が帰ってくると義理家へ送り届け、あちらのお片づけを少し手伝い、それから眠るために実家に帰る、と言う日もあった。実家のマンションは、奇跡的にほとんど被害はなく、といってもこちらは激震地域だったので、ライフラインが整うのは半年近くを待たなければならなかった。実家マンションは、灘五郷の町のひとつにあり、周囲には酒蔵も多く、酒蔵が良質の井戸を開放してくださり、飲料水などの確保には、ずいぶんと助かったのだった。また、酒蔵さんはお風呂も開放してくださって、両親は何度かお世話になった。父は、比較的危機の事態に対する対処が的確なほうで、ライフラインの整わないままに、あるもので工夫をする、と言う生活を楽しんでもいた。あの日は、あの時は、母もまだ元気だった。両親はそれぞれ自分たちの持ちマンションだけれど、私たちは賃貸。大家さんは、マンションに隣接していたご自宅がつぶれてしまい、マンションの空き部屋の一室に一時的に避難しておられた。ご自宅の建て直しや、マンションの補修などの費用のことでも、お金は必要なはずのお立場でもありながら私たちが出て行くについては、建物の補修のための大家さん側からの申し出である、とおっしゃって、入居時にお払いしていた敷金を全額返してくださった。これは次の家を借りるについての権利金や敷金として、大変に助かったのだった。昨日、震災時住んでいた町を、少し歩いてみた。このお家、お庭の水道が出る、とおっしゃって、長いホースを道まで引いて、ご近所の方がお水を頂くことができたのだった。このお家の方は、激震地に実家がある、その実家に私が通っていると知ると、東京から車に思いつく品を載せて、何時間もかけて運んでこられた息子さんのお心のこもった援助のお品の中から、お水を分けてくださった。このお家の方は、公衆電話が通じると、教えてくださった。他にも、どの方面の道路が使える、どこは通じていない、こまごまとした情報を、教えてくださった方も多かった。ありがとうございました。二年、京都で暮らして、また近くの町に戻ってきた私たちは、当時ご一緒だった方たちと、電車の中や、お買い物に出かけたスーパーなどで、お目にかかる機会もある。ともに不自由な暮らしを支えあったような、親近感。お互い元気でよかったね~と、今でも声を掛け合うことが多い。昨日の町並みは、当時と同じお家は新しくなっており、あのころ畑だった場所に、マンションが立ち並び、ずいぶん風景は変わってしまっていた。そして、あの日もそうだったのだけど、今日から始まる近所の神社のお祭りのための露店が準備に余念がない、といった感じだった。あの日も、露店はすでにいくつか、そのお祭りの準備のために屋台を出していた。震災の翌日から屋台の数台が営業を始めて、温かいおうどん、1000円、これは・・・高いような気がしたけど(笑)お好み焼きを一枚500円、普段のお祭りのときと同じ値段で売っていたお店もあった。温かいお好み焼きを、小さなお子さんの居られる友人の家まで届けたりもした。ぼったくり目的であの場所にいた人は、直後には少なかったかと思う。交通整理をしてくれた髪の毛の黄色いおにいちゃん、どう見てもやんちゃなヤンキー兄ちゃんだったけど、彼に誘導された車は、みんな感謝してたんやで♪と、ここで間違っていったん投稿しちゃったわ(*^_^*)で、本題はと言えば、帰宅支援マップのお勧めなんだった。(笑)これ、必要です。市販されているものは、地域限定なのかと思うけど、阪神間のものもあり、それはすでに購入して手元にあります。馴染みのある地域の記述に関して、検討してみると、これ割りとよくできてるな、と思えた。私が、震災時、義理家へ実家へと、あれこれ走り回ることができたのは、周辺の道などを熟知していたことが大きいのです。どの道が使えそう、と言う判断がとても大切です。11年前の震災は、早朝だった、だから、まだ、自宅で眠っている人も多い時間。寝ていて、すぐに屋外へ出られず、家の中での圧死をなさった方が多いことも思えば、その時間が良かったとは言い切れないのだけれどその後の新潟での地震は、皆さんがお出かけになっている時間帯だった。出かけた先から、自宅への移動、と言う問題があるかと思う。出先からどう動けばいい、これは二次災害を防ぐためにも、とても大切なポイントだから、首都圏にお住まいの方は、首都圏版をぜひお手元にお持ちいただきたい。もちろん、花水木ちゃんにも持たせてる。彼女のように、関西から首都圏に新たに移り住んだものは、地域の様子に疎い、もしものとき、どの道をとるかで生死が変わるということもあるのだと、たまにはまじめに伝えた。休みの日、この地図にそって、ご近所を歩いてみよ!叔母のようなものからの厳命です。地図が市販されていない地域の方たちは、普段移動なさるルート、震災のときはどうなる?とどうかお考えいただきたいと思います。自分の身は自分で守らないと、まず最初が肝心だと思います。お水も、防災用品も、確かに必要だけど、お家の補強、してください。耐震偽装は、やめてください。家具の配置、気をつけてください。最初の一撃で、怪我をしない、死なない工夫を、してください。なんてことを、やっぱり思う11年目。
2006年01月17日
コメント(1)
風邪から大腸癌になっていた(と自分で言う)舅、一段落しました。月曜日、熱もすっかり落ち着き、もともと平熱は5度台、だと言う舅は、6度台の微熱がありながらこの平熱と言うのも曲者で、5度台と言うのは早朝置きぬけの検温であって、日中の検温ではおよそ見たことが無い数値ではある、基礎体温、つけてるみたいなもんなのである。(--)ちなみに、舅は体温が低いほうが高級人種だと思っているのである。根拠は・・なんじゃろ?わからん。でもって、微熱を押して、かねてご所望の総合病院の肛門科を受診しに朝から出かけた。そして診察結果は、かねてからの周囲の予想のとおり、無理な排便誘発の結果、傷がついたものと思われ、ご近所の骸骨家庭医から処方されている痔の薬を、引き続きお使いになるとよろしいでしょう、と言うご判断でお薬も新たに出ることは無かったのだそうだった。まぁ、優しい先生だったみたいで、舅の言うことを丁寧に聞いてくださったのだろう、一応診察結果には納得しているようだと言う細かい話を一番お弟子さんからお聞きした。この方、月曜日もたずねてくださり、舅の相手をしてくださった由、深く感謝は・・・一応する。実は、先週、舅の毒気にたっぷり当てられた私は、胃炎になりました。鉄壁の胃を誇っている私には、ありえないことでした。土曜日から日曜日にかけて、胃の不快感も手伝って、実は猛烈な落ち込み状態にいました。日記の更新も、おぼつかない、皆さんのブログを拝見していても、何か書かせていただきたいような気はしても言葉が浮かばない言葉の攻撃を受けたあとなので、言葉を発するのが怖いような感覚なのかもしれません・・と自分なりに思っていました。私のさすがの調子の悪さに、旦那もやや驚いた様子で日曜日の夕刻に連絡があった舅のお弟子さんとのあれこれについては、旦那が月曜日出先から連絡を取りいまや復調したといっていい舅の手により、遅れていたプログラムは速達で発送され、電話連絡なども舅自らの手で行われたということです。なるほど、元気なら、やるべきことはやる、という能力も多少は残っています。お鉢が回ってこなかったことは幸いなのですが、速達を送るについて、舅はお弟子さんたちの宛名書きに、大変な労力をお使い遊ばしたとのこととても悪筆な嫁がお手伝いさせていただくことのできない技でなのでございます。てなことを、実はやっと書く気持ちになりました。大腸癌の心配はしていませんでしたが、年齢からいっても前立腺の炎症は、この先、手術などの必要性も含めて、いろんな状況が考えられることではあったので、それなりの不安もありました。間違っても舅の体に対する不安ではなく、そのことによって引き起こされる舅との付き合い方に対する不安、が私の中で際限なく膨らんで、押しつぶされそうな思いでした。その意味で、お元気に復調されたことは、喜ばしいことであります。お舅様、お風邪ご快癒、おめでとう存じます。今回の風邪にも、きっかけがありましたね。意味の無いプログラムのための意味の無い独りよがりのお稽古に寒空の下出かけ、風邪を引き、当日は使い物にならないという、玄人としては一番恥ずかしいことをなさったわけです。寒空の下でのお稽古は、一番お弟子さん御出演部分のためであり、そのことに感激をして、一番お弟子さんは涙なさってくださった御様子それはとても、舅にとってうれしい表現でございました。また高熱は何よりご本人がおつらいこととお察しいたします。無理な予定を立てたり、無駄な動きをなさるようなことは、お慎みいただきますよう、今後とも良しなにご配慮くださいませ。と言いたいところです。←言わないけど(--)ところで、今回、私が吐いたきっかけになった話のひとつは、こんな話でした。舅はかねてより、良いお家のご出身だということを自慢しておられます。世が世なら、西国小藩のご家老様の一族だった、とのこと、でも直系ではないし、傍系のご三男様ですから、世が世でも、ご家老様におなりになることは無かったことと、ご推察申し上げる嫁でございます。舅は姑の実家を馬鹿にしており、実は姑の実家の本家も(こちらも実家は傍系)戦国時代に消えていった小大名のご家老様の家系でございますそうでして、姑の実家の本家筋は、そのことから舅を良く思っておられないのだそうでございます。つまり舅が姑の実家を馬鹿にしているというのは、周囲の方の認める言動なのでございました。ただ差別して馬鹿にしているだけではございません。舅の言い分としては、「貧乏な家からそれでも彼女を選んだ僕」はすばらしい男なのだそうでございました。私、ここで吐き気を覚えたのでございます。その、「貧乏な家」で穏やかに何不自由なく暮らしていた姑は、白馬の騎士?のような舅に見初められ結婚した後はいわれの無い身分制度から、舅の親兄弟からは馬鹿にされ、こき使われ、経済的にも苦しみ、の人生を送ったのでございました。自分の体調も悪かったのでしょうが、姑に対して「あんたは何の役にもたたんから、デイサービスへでも行け」といった舅が姑のことを心のそこから心配しているとは、あまり思えません。その言葉に続いて、「あんな貧乏な家から・・」発言、ぶっ飛ばしそうになりました。それに対して、舅の優しさだけを賞賛する、というような芸当は、平民出身の私には、とてもできないみやびな技でございます。旦那が自分の父親を不快に思うのも、母親の実家に対するいわれの無い言動がきっかけになっている部分も多々ありいまさら拍車をかけることも無い、と思い特に旦那には話しませんでしたが先週一週間の間に、折に触れて何度も聞いているうちに、とうとう吐きました。(苦笑)舅の御近所骸骨家庭医のお医者様は、両親が二人で生活することは、もう無理な状態、と認め同居するなり、もっと近くに移転する意思は無いのか?と、私にも尋ねてくださいましたがもう、その案は、金輪際、取り上げられるものではございません。今後、離婚が首尾よくできるかどうかわかりませんが、万が一(低い確率^^)離婚という顛末に落ち着かなくても、同居という選択肢は、ありえません。私は姑ほど従順ではなく、自分の意見があるものですから、それを押して、舅と付き合い続けることはできません。今回、数日続けて義理家に長時間滞在した私は、ありとあらゆるところに詰め込まれている姑の下着も、多数発見しました。実母も同じような状態をたどったことを、思いながらも、実母には採用するにおいチェック、などの、汚れ具合の確認作業は、とうていできるものではありませんでした。最低限のこととして、発見したブツは、すべて洗濯機行き、「念入りに洗うコース」により処理を施された状態のもののみ、形を整えて干す、という行為ができたのでございました。離婚しなくても、同居は無理旦那が同居したくないのも、無理ないわ、と、思い知った年の初めでございます。ちなみに、舅が横暴だと、被害をこうむるのは私一人ではなく、息子である旦那もです。その意味で、共通した敵がいる、ということは、タッグを組みやすいという離婚に際しての障害になりそうな現象ではあります。ただ・・・その被害を、他人である私が受け続けなければならないものなのかどうかそれも、よく考えてみたいところでございます。さらに、この数日の行為に感謝したのか、自分も風邪気味だからか、月曜日はおおむね午前様になる旦那が、珍しく早く帰ってきました。舅効果?と申しましょうか・・不気味です。と、このように書くことができているので、私も体調不良、一段落かと、思います。この先も、接点を少なく、すごして行きたい義理家なのでございました。お返事しそびれているコメントへのお返事、しばしお待ちくださいませ。今日(火曜日)これからちょっと写真屋さん(先週末の新年会の集合写真ができている)市の分室の印刷コーナーさん(二百枚ほどの印刷必要文書があるの)へ出かけてきます。途中、義理家へは・・・立ち寄らないぞ!絶対よらない!(笑)ではでは・・・
2006年01月16日
コメント(10)
日曜日、今日は東京でこの前からのリハーサルの舞台の本番、この前ほど朝早くは無いものの、お帰りは今度は最終便近くになるだろうお出かけの旦那。旦那とはトド、なんだけど、なんだかトドと書くのも疲れるような感じがするこの数日です。朝送り出して、今日は出かけない、家の中のことをする日、と決めてはみたものの、片付け始めたら、寝室の旦那のベッドの横、埃まみれのかばん、彼の部屋に放り込もうと思ったら、重い。よからぬ物の予感あり。いや、皆様のご想像にあるほど、過激なものではないのよ。前にも書いたけど、私はそういうところへの出入りは、基本的に認めない方針なんだよね。ウチの父はそういうことは一切無かっただろうし(体弱かったし^^)だから、世間様一般的には、そういうこともありよ、って思われるかもしれないけど私にとっては×なんだよね。そしてそのことは旦那も周知の上のことなんだけどな。見るなら判らないようにしてよ、それが最低限の礼儀じゃないの?行ってない、と、毎回マージャンだ、と、私もすでに思ってはいないよ。でもさ~、って思うんだよね。なんだか力が抜けて、馬鹿らしくなって、洗濯はしたけど、一日寝て暮らした。実家の両親のところへ行こうかなと、思ってたけど・・実は私もちょっと咳が残ってるからな~父に会うのは、やめたほうがいいかなと、思えた。そんなこんなで、ダルダルの一日。と、夕方になって舅のお弟子さんから電話が入った。今度の日曜日、次の新年会が控えてる、そのためのお稽古が必要だけど、舅は今週もお稽古をしないという連絡を、ご近所一番お弟子さんから、その方たちに連絡をさせたらしい。この前、お買い物にも出向いてくださった一番お弟子さんは、実はお弟子さんとしての年数では中堅どころなのだ。もっと古くからのお付き合いのお弟子さんも、大勢おられる。舅はえこひいきのひどい性格で、一番お弟子さんという方はなるほど痒いところに手が届く、とても行き届いた方ではあるので舅のお気に入り第一番、という意味で一番お弟子さんとお呼びしているが姑は家庭内のことにまで関与してこられるこの方のことを嫌っていた。私は・・・どっちもどっちだと思ってる、助かることも多いから、黙認だな。舅の場合、世話をするのは難しい。ともかくも、一般的な評価とは違う部分で、舅が認めさえすればよいのだ。姑がどんな風に感じようとも、そんなことは舅の思うところではない。私も張り合って世話を買って出る気は無いしね(笑)ただ、お弟子さん同士は違う。古参の方たちはそれなりのご不満を感じておられることが、こちらには伝わる。言ってみれば、大奥みたい?(笑)女性が多いお稽古事だってこともあって、おば様たちの軋轢は深い。(*^_^*)私はどっちにもつかない主義を通してきてるので、今のところ安泰?だけどな~これだけはありがたいのは、旦那はお稽古場を取り仕切るについては強引なので、お弟子さん間のなんだかんだの揉め事が私に持ち込まれることは少ない。その代わり、先生の強引なことに対する不満は折々、これには同意することも多い(笑)それはともかく、お電話を下さったお弟子さんは、一番お弟子さんが「今回のお稽古に関するお問い合わせは自分に」といった一言にむかついてウチに電話をかけてきた。といっても、文句を言うためにかけてきたのではなく、聞けばプログラムもまだ手元にお届けしていないそうだし、今週末の準備のためのあれこれについて、旦那の指示を仰ぎたい旨のお申し出だった。帰宅時間が遅くなるであろうことを伝え、月曜日に何らかのお返事をということにした。帰ってきた旦那に伝えたけど、あんまり便宜を図る気持ちも無いみたい。時間も無いけど、こういうときに、お弟子さん側に立って配慮して予定を繰り合わせるということをしておけば、皆さん喜ばれるのにね。そういうことはしないんだね。プログラムの発送については、なるほど、年末のお稽古の時期にはまだ出来上がっていなかったし、年が明けてから一度もお稽古が無いわけだから、手元には送らないと届かないんだった。そして、お稽古が無いのは、舅の発熱が原因なので、発熱時の舅がそいった配慮をするはずも無く、姑が気を利かせるということももちろんできない話で旦那も私もうっかり気がつかなかったからな~お弟子さんたちには悪いことをした。なんてこともあった、ダルダルの一日。皆さん、ごめんチャイ、ちょっと気力が衰えてるんよ。(-_-;)ともかく、元気を取り戻してきた舅と話をすると、差別発言や変な偏見に満ちた話をふんだんに聞かなくちゃいけなくなる。私もなんだかんだ言っても、いい大人の年齢なわけだから、少しは知っていることもあって、それはおかしい、という指摘をしたくなるような話も多い。舅の考え違いを指摘すると激昂するから、しないけど、私も同じ考えだと思われても困る。離婚を思う前、義両親の生活をもう少しまともなものにすべき?と、同居も視野に入れないではなかったけど年齢とともにますますゆがんだ見方をする舅には、ほとほと参った。これね、年齢のせいだけじゃないですよね。お年を重ねておられても、きちんと物を見ることのできる方もある。実際に、そういう方を何人か存じ上げてもいる。お話をしていても、楽しいし、きちんと会話になる。舅とは、会話にならないだけではなく、聞いていることが苦痛になってくる。これじゃ、同居は無理だよね(笑)
2006年01月15日
コメント(4)
朝、10時ごろ、舅のご近所に住んでいる一番お弟子さんから、電話。舅に頼まれて、家庭医のところへお薬をもらいに行き、冷凍の鍋焼きうどんのお買い物をしてほしいと言われたそうで、舅のお気に入りのおうどんを聞いてこられた。昨日私がすぐに駆けつけなかったから、頼むに足らんと思われたんだろう(笑)それはそれで楽で助かる。いつも舅が好むのは、セブンイレブンの冷凍鍋焼きうどんなので、それをお願いした。(^_^)/夜のお食事に必要なものは、後で清掃業者の予定にあわせて出向いたときに、買い物に行くので、とお伝えもした。お手数かけます。m(__)m清掃業者さんは1時にというお約束になっていたので、もともとその日は旦那もお昼を一緒に食べるつもりで出かければいいな、と思ってたんだけど旦那は家に居ると言うので、旦那と朝昼兼用の食事を済ませてから、出かけた。舅と姑は以前に買い置いてあった冷凍のお好み焼きを食べてたけどこれ、電子レンジで暖めるか、フライパンで焼くか、をして食べるんだけどうまくできなかったらしい。美味しくないので怒ってた。(笑)ちゃんと読んでやるって、自分で言ってたから置いていたのに、どうせ説明書きもちゃんと読まずに、適当にやったんだろうな~それに、電子レンジの使い方も、何度説明してもむちゃくちゃだ~今から新しいものになじむと言うのは、無理な話だ。と判ってはいたけど、やっぱりと言うかんじ。(笑)案の定、散らかっているお台所と洗面所、洗濯機の排水溝周り、お風呂場の排水溝周りを、急いで片付け、ちょっと洗う。お風呂の水は日曜日にすでに抜き、舅はそれ以来入浴していない状態が続いているし、姑はデイサービスで入ってる。いつも思うことだけど、お風呂の水、いつも抜くときになんだかぬめっとしたものが浮いてる。普通に一日入浴しただけでは、こんなにお湯は汚れないと思うけど、浴槽を洗ってないのか?も知れないな・・・実母は自宅での入浴中に、いろんなものを浴槽につけて、一緒に入ってることが多かった。お風呂マットとか、お風呂のふたとか、石鹸のケースとか・・・だから、実母が入浴した後のお湯は、なんだか、普通じゃない汚れ方をしてた。もしかしたら、姑も、そうなのか?とも思う。姑に関してはデイサービスでの入浴をこの先も心がけてもらうしかないね。舅はお昼の食事がまずかったので、機嫌が悪い。美味しいものが食べられなかったら、そりゃま、機嫌も悪くなるわな・・・清掃業者さんが終わった後で、小ぶりのサツマイモを数個買ってあったので、おやつになればと思って、アルミホイルでくるみ、オーブントースターで焼き芋を作った。皆さんご存知だと思いますが、お芋は低い温度で(と言っても限度があるけど)長い時間をかけて焼いたほうが、甘みが増すので、オーブントースターの低いほうのワット設定で、15分焼くべくセットした。そのあとで夕食の準備のために買い物に出ることにした。舅は、「アジの開きがあるから、イラン」といったが、それだけってわけには行かないもん。焼き芋の用意をしていたら、そばにごそごそやってきて(ごきか!)買い物に行くなら、漂白剤がほしいと言う。それやこれや、話の中でようやく、近所の高級スーパーの金平なら食べると言うので、ともかく買い物に出た。ついでにレトルトの、かす汁と、トン汁を購入、これならお鍋にあけて暖めれば良いだけだしな~賞味期限も、一週間ほどあるから、いつでもいいよね。他に、出来合いのお惣菜数種とバナナなど、ご所望だったササガキごぼうの金平も買って帰ったら、欲しかったのはこれじゃなかったんだそうだ。(笑)ササガキ、って言ったじゃんか(ーー;)おやつにと、思ってたサツマイモはさっさと食べてた。好きなものは、早いな(笑)この後、舅は昨日の旦那との論争を私に愚痴りだした。実はこの論争に関しては旦那のほうが正論ではある。口荒く、大きな声で論破しようとする方法には問題はあるけど、舅の言い分は、単にいちゃもんをつけているだけのことだ。それをいちいち、封じ込めようとする旦那も大人気ない。舅は旦那とその手の話しをしたいだけ、だとわかっているけど私に振られても困る。のに、延々とその話をして、少し抗わなければ帰ることもできないよ。と言うわけで、ちょっと言い返して、話を終え、帰ってきた。きっと生意気な嫁の態度に、また熱が出ちゃうかも(笑)ともかく、食べるものはあれこれあるから、明日の日曜日は放置だ。
2006年01月14日
コメント(2)
金曜日の朝、自分の家から閉め出された私は、旦那を新大阪へ送った後、自分の実家で寝てた。朝早かったし・・このところ疲れてたし・・・9時前に舅からの電話が入った。念のため、自宅の電話を携帯電話に転送していたので、自宅へかけてきたってことだけどいきなり「大量出血した!」ときた。実は、何事も表現がオーバーなので、舅のこういう発言に私は驚かなくなっている。「下ですか?上ですか?」と聞くと、下らしい。「お手洗いで気づきましたか?」と聞いても、興奮状態なので、よくわからない。「お舅さん、落ち着いて、まずお熱の具合はいかがですか?」と聞いたところ七度前後に落ち着いている様子にまずはひとつ安心。「どういう状況で、どの程度の出血でしたか?」と聞いてみたらよくわかんない説明ながら排便に際して出血を見たらしい、さらに下着を汚すのがいやだ、という理由で、パンツ型の紙おむつを使用している舅なのだが、そのオムツにも血がにじんでいるのだという。かなり大量、なんだそうだけど、ホントかな?と思ってしまう。このところ、風邪の座薬を入れるについて、排便が滞っていたらしい舅は無理な下剤の服用をしたり、連続して浣腸をしていたらしいので、その影響で傷がついていたのではないかと推測される。今回の排便の折に、その箇所から出血したのではない?かとたずねるとそうではなくて、大腸癌なんだそうだ。(--)昨年のお正月あたりから、おなかが痛い、と騒ぎ出し、大腸の検査は受けている舅である。もちろん、一年近くたって居るので癌ができている可能性を否定はしないが、すばらしく美しい大腸をお持ちだった、と記憶も鮮明に残っているので、今回のように癌での出血ということは、ちょっと考えにくいように思うがな・・という見解を申し上げたところ、怒っちゃいました。(笑)家庭医にも電話で肛門科などの受診をしたい希望を伝え、紹介してくれるように頼んだらしいのだが家庭医は風邪をこじらせた場合の大きな病院の通院や入院を考えてはいても、肛門科の受診を今このときに薦める気持ちはなく、「風邪が治ってから」と舅は言われた。そのことがお気に召さない舅は、どうやら私を呼び寄せ、どこか病院へ連れて行かせようと、思っているかのような雰囲気私が行けば車があると思ってるんだろうな~それに、痔の薬?とおぼしき物を家庭医から十数個渡されたのが、月曜日のことなのに、もう無い?らしい・・・何回使ったんだろう???一回に使い切り、と言うほど小さくも無いチューブだけどな~それにそれに、そういう場合に漢方の以前から愛用している市販薬があって、それは姑がどこに仕舞ったかわからないと、言われたものを、日曜日に見つけ出して一部お尻用に別の容器に移し替えて、トイレにおいてあるのだけど、そのことを失念して、ないないと、騒がしい。「お医者様からのお薬は、どうしました?」と聞くと、「そんなもんもう無い!」「いつものお薬は?」と聞くと「お母さんがどこかへ仕舞ったままだ」と言うので「ほら、別の容器(と言ってもいつもそれに入れることになってるもの)でおトイレにセットしてあると思いますが」と、重ねて言うと「今日は○○(私の実家の姓)のことで忙しくしてるんか!」と怒鳴った。問題の薬は、トイレにちゃんと置いてあった。舅、その薬を私に塗らせたかったのかもしれないな・・・お尻が痛いと言うのは本当だろう、お薬も塗りにくいのかもしれない。でも、その作業は、やりたくなかった。だから、行かなかった。金曜日は姑もデイサービスに出かけているし、お昼に食べるものは何かあるはず、実は木曜日に立ち寄ったときに「治ったから、あんたはイラン」と言われていた私は、家庭医も推奨しない別の病院への受診のために運転手をする気持ちはさらさら無く、夕食の準備には行かなくてはいけないな、とは思うものの、朝から一日一人で舅に付き合うのはもうこりごりだと、思ってた。私の立場では舅を思いとどまらせることは難しい、大きな声で舅とけんかをしてまで、無謀を止める元気は、もう私にもない。舅の思い込みに、相槌を打つこともつらく、私が意のままに動かなければ、お尻が居たいのも私の実家のせいになる?ような発言を重ねて聞くこともつらかった。ますます離婚に拍車がかかるじゃんね?(笑)舅の言うままに別の病院に出かければ、いたずらに風邪が長引き、結局私が困るだけだ。そして多分、いい加減に医者に連れて行けば、連れて行った私の落ち度としてまた旦那から責められるだけ。やったことで責めたてられるより、やらなかったことを、怒られるほうが良いように思えた。ちょっと、私も疲れてる。そんなこんなで、3時半ごろ、珍しく速攻で新大阪まで帰ってきた旦那と一緒に、義理家へ行った。舅、だいぶご不満の様子だけど、一人で寝てる間に私がこまごま世話をしにくると思ったんだろうけど昨日、いらないって言ったじゃん、ってことで、知らん顔して夕食の準備をしてきた。もちろん、旦那も、舅の別の病院への通院については、同意するはずも無く、しばらく様子を見る、と言う家庭医の意見に今回は同意。それにむかついたのか、仕事上の考え方の違いみたいな話を、舅は旦那に吹っかけた。いやな父親なんだろうけど、一応病中でもあるのに、旦那は声を大にして論破してた。舅、あとで発熱したかもしれないな・・・(笑)ま、そんなこんなでそこそこで退去してきた。この数日、義理家マンションの配水管の大掃除の日、で業者が来てる。その貼り紙やお知らせは以前から配布されていたが、舅が覚えているわけも無く、姑ももちろん意識の外。マンションの管理人さんと相談をして、もともと風邪でなくても土曜日なら舅も在宅しているし、その日に時間を決めて私が義理家で業者をお待ちすると言う予定を立てていた。土曜日は休みの日だった予定の旦那にも、一緒にその時間、義理家に行こうと、誘ってあった。その話、金曜日の帰りに、旦那も居る前で舅に念を押したら、そういう清掃業者が来ることは思い出したみたいだったけどたぶん明日になれば忘れてるだろう・・・そして、旦那は、お休みだけど翌日の舞台のために覚えたいものがあるとかで、一緒に義理家へは行かないんだそうだ。
2006年01月13日
コメント(0)
ヴァカ旦那、今日は朝も早よから、東京方面でお仕事なので、新大阪へ送っていった。6時15分の新幹線、「のぞみ」なのかな???最寄駅へ送るつもりだったのに、奴はぐずぐずしてて、新大阪まで車で送ったの。でね・・・出かけるときに、私の鍵でお玄関閉めてきてねって、そのほうが自分の鍵をガサガサ探し出すより、少しは早いと思えたのよね~で、奴は私の鍵をもったまま、車を降りたんでした。(--)まぁ私も、新幹線に間に合うか?とそれを気にかけながら運転してたので、鍵のことを彼にこちらから言わなかったのも、悪いと言えば悪いよね。今日のところは・・・奴のせいだけではないな・・・でも自分の家に入れないよ・・とほほどうするべ?と、かばんに実家の鍵がある!(義理家の鍵もある)でもって今実家。今日は、ネット三昧のオフ、に決定だ!!トドの今日の仕事は、お昼過ぎに終わるらしいどうかするとそのまま、マージャンに行ってしまうこともありえる。その場合、私は明日まで自分の家に入れない、と言う可能性もあるので、留守電をいれて、連絡が欲しい伝えたらさっき電話がかかってきた。今日は、お早いお帰りにならざるを得なくなりました。これから、実家でちょっと寝る。(^^)vオオトドのことは・・・どうするかな~あ~~~~なにやってんだかな~~~~~
2006年01月13日
コメント(3)
A great cry and little wool.大山鳴動してねずみ一匹(ーー;)オオトド、今朝座薬の力を頼まず、七度台の熱に下がりました。トドの出かける時間が9時過ぎだったので、それを送り出してから、義理家に向かうはずだったけど朝一でまず電話でオオトドの熱を確かめた。七度五分、微妙な熱・・他にお小水の出具合が悪いため、前立腺の心配をしていたオオトドに、自分の症状を自分の口で骸骨家庭医に知らせた上で、受診すべき病院を紹介してもらおうと、示唆。その行動をとったらしいオオトドから、9時半に電話があり、今日は出歩かないほうが良いと、骸骨家庭医にいわれたとのことだから、病院へは行かない。でもって、今日は10時から1時まで姑さんのヘルパーさんが来てくださることになっておりお前(わたくし)はイラン、そうだ。(笑)感謝の言葉はないのかよ?っちゅうか・・・良くなってきたってことか?(苦笑)このまま放置してても良いんだけど、これ以上長引くと、誰よりも私が困る。嫌がられても、今日もう一度午後から覗きに行くことにした。それについては、トドの了解をもらうべく、今電話を待ってるところです。仕事中のトドに送ったメールの内容は「大山鳴動した、電話たのむ」電報みたい?(笑)夕べ、そこそこに帰宅してきたトドと、あれこれ相談をし、万が一の入院の場合、のシュミレーションを考えた。入院期間中、宅老所にショートステイ、という方法を考えていたが、さすがにトド「それはかわいそう」だと、その心根は買うけどね。あなたは私の父が入院したときに、母をどこかへ入れてしまえ!どーせ判らへんねんから!と怒鳴ったこと、覚えてる?私は覚えてるよ。お姑さんのことをかわいそうと思え、自分の仕事の予定も込み合っているなか、夜は僕が向こう(義理家)に泊まろう、といったことは、彼なりの進歩と認める。でも、泊り込み要員には、当然私も含まれているわけです。そういうのは、ありなのね?(ーー;)そんなわけで、夜は私かトドが泊まる(基本はトド)入院中のオオトドをほうりっぱなし、ってわけにも行かないから姑はお昼は毎日デイサービス、という予定を立て、朝一でケアマネさんにお願いをしておいた。発熱はオオトドの責任とばかりはいえないのだが、昨夜夕食前にオオトドはお弟子さんたちに、お稽古を休む連絡の電話を自らしながら「明日から入院になるので(おいおい確定か?)」と言っていた。いつも、大騒ぎして、結局、大事にはならない、と言う点で、やはりオオトドは頑強である。そして、頼りなげなのも病の高じている間だけ(苦笑)またもやケアマネさんに連絡を入れて、ともかく入院回避みたい・・ってことでケアマネさん、いつものことだけど「本当に大変ですよね~~~」とこれは社交辞令じゃない声色だった。で、普通は教えてくれないんだけど、ケアマネさんのご自宅と携帯の電話番号を教えてくれた。これで、お休みの日に何か異変があっても、対応できる。ほっとした~~~この電話のやり取りの中で、ご自宅へのお電話はご迷惑では・・と逡巡した私に「私、独り者なんですよ」とケアマネさん年齢はそう離れては居ないと思っていたので、ご家族が居られると思い込んでた。思わず「うらやましい~~~、結婚なんかするんじゃなかったですよ」と言ってしまった。(笑)ケアマネさん、「わかります!特にお宅は・・・もにょもにょ」なんか言いかけて、お互い笑ってしまった。例によって、自分の家がむちゃくちゃだ!午後までに片付けなくちゃ・・だ!(苦笑)時間が取れてよかった~と同時に、やっぱ、むかつく!(*^_^*)
2006年01月12日
コメント(2)
土曜日から、オオトドが風邪を引いています。発熱が日曜日の早朝、9度に及び、昨日の夕方座薬の効果があって5度台まで下がったものの今日はまた、9度近いところまで熱が上がりました。インフルエンザの心配をしています。オオトドの家庭医は、近所の骸骨医者(痩せている^^)インフルエンザの予防注射をしているし・・と肺炎の心配ばかりしてくださっていましたがオオトドのお弟子さんの小児科のお医者様が仰るにはそろそろ、A型がはやりだしているとのこと良くある鼻の粘膜を採取しての、インフルエンザ検査もないまま、今日に至り抗生物質の効果が今ひとつ、と、家庭医もやっと腰をあげてくれ明日の朝、8度台の熱があるような状態のままなら入院させようと思っています。そんなこんなで、めちゃくちゃ忙しい日を送っています。というのに、今日は実家マンションの管理人さんから、電話が入っており丁度、家庭医にお薬を貰いに行っていたので、電話に出れず、管理人さんの勤務時間(not住み込み)を過ぎて連絡が出来ませんでした。と言うようなことがあり、明日も日中は義理家関連で動きが取れないことから今、実家にチェックに来ました。ん~~~~家の中はとくに、変った様子もないし何の連絡だったのかな???いずれにしても、まだ今年は始まったばかりなのに・・・なんちゅう忙しさなんや!と、泣きたい気分です。離婚!考えてますけど今回のように、具合が悪くなった義両親を見ていると、複雑です。頼るべき人は・・・私?舅も83歳ですから、頑強そうに見えても、やはり・・・そうとう、怪しいです。ともかくも、元気になってもらわないと、先のことを考える時間も取れません。こんな状態です。皆様、しばし、日記更新が遅れるかもしれません。私は、鼻が詰まって、ふがふがやってますが、おかげさまで売薬の効果ありのようで頑強な自分の体が恨めしいような気がします。今日は、本来なら仕事の後で、マージャンの予定だろう、ウチのだんな。すっと帰ってくるのかどうか、これも判断基準になります。マージャンに行くほうに、1000点(^^)vかけちゃおうかな~マイナスポイントが嵩むほど・・私の自由への道が開けると言うもの・・ですよね?(^^)遅く帰ってこ~~~い?(笑)
2006年01月11日
コメント(2)
私はほら吹きです(^^)v別の掲示板で、「トラウマの語源って?」というお話が出て、ちょっとお返事を考えてみたら結構好評だったので、少し脚色をすることにしました。「トラウマ」昔々、あるところに馬がいました。お客様を乗せるのがお仕事の馬でした。ある日、重いな~と思ったら、背中に乗っているお客様は、虎(@_@;)!虎は馬を食べることもあります。この状況は非常にやばい!怖いよ~~~~、やばいよ~~~と思ったものの、どうすることもできず(/_;)言われるままに虎の目的地まで、送り届けました。でもあまりの怖さに、馬は全身真っ白になってしまい、早く帰りたいあまり、羽が生えてしまいました。という経験をした馬は、それ以降、背中に誰も乗せることができなくなって、お仕事がなくなってしまいました。このままでは、生きていくことができません。自分でもわかっているけど、でも誰かを乗せることは、怖い・・・。神様がそれを見ていました。お馬さん、君は羽が生えているから、天国のお使いをしてくれるのにちょうど良いよ声をかけてくださってお馬さんは今、ペガサスになり、天国のお使いをしています。このように過去の強い心理的な傷がその後も精神的障害をもたらすことをトラウマといいます。↑うっそぴょん♪(笑)正しくは「トラウマ」は、「傷」を意味するギリシャ語です。心理学者フロイトが、物理的な外傷が後遺症となると同様に、過去の強い心理的な傷がその後も精神的障害をもたらすことを「精神分析入門」のなかで発表しました。その際、精神的外傷を意味する用語として「trauma(トラウマ)」が用いられたため、現在のような意味として使われるようになったのでした。ちゃんちゃん♪ (^^)vこの手の話、小さかった弟や、従弟妹たち、花水木ちゃん姉弟には、嘘八百を教えました。(笑)もちろん、そのまま信じられると困るのでちび達が「へぇ~」と納得したところで「この話は嘘である」と告白します。ついでに、「大人の言うことがいつも正しいと思ってはいけない」とも・・(笑)また思い出したら、思いついたら、ご披露します。(*^_^*)心の傷は、本人も気がつかないままに、心の中で何時までも血を流し続けたりします。その傷の深さは、なかなか、他人には見えていません。何気ないと思えることでも、その人にとっては大きな問題だということもあります。もし、お近くに心の傷を持っておられる方が居られたら、どうぞ暖かく見守って差し上げてください。いつか傷が癒えるときがあるとすれば、それはあなたの暖かい心に触れることが、きっかけになるかと思うのです。無理せず、生きていける方法を、模索しているのですから。
2006年01月08日
コメント(1)
病院から連れ去られた赤ちゃん、無事でよかったです。まみんちゃんもブログでお怒りだったけど、ほんとに許せん!テレビで垣間見た情報なので、間違ってるかもしれないけど半端な金額の請求とか、例のかばん?に入れてそれをもってこい?というひょうげんとかどうも大人同士の何か確執があるんだろう。それを、無関係の新生児を巻き込んで、なんて、とんでもないよ。赤ちゃんの健康状態も気になるところだけど、もっと気になるのは、産後間もないお母さんの心の傷だ。どんなに驚き、どんなに悲しみ、どんなに心配したことか、産後の不安定な時期だというのになんということだろう。こういう事件、親御さんの心に大きな傷を負わせたことになるだろう。これから先の子育てに影響があるのではないかと、気にかかる。必要以上にお子さんのことが心配になり、神経質になられるのも無理はない。今回の犯人、赤ちゃんさえ無事ならそれでいい、と思っているなら、とんでもないことだあんたらは、死刑!待望の赤ちゃんに恵まれて、喜びの絶頂にいるご家族を、暗澹たる思いにさせた。この事件はこのご家族のトラウマになる。それをどう償うんだ!体の傷は、いつか治る。心の傷は、深いよ。許せん!
2006年01月08日
コメント(0)
ちょっと疲れた、というのが本音です。実家のことに専念したい、という思いが、つのり困ってます。(/_;)ヴァカ旦那の仕事はお稽古事の師匠でもあるので新年とともに、お月謝袋を新調しなくてはなりません。それぞれのお弟子さんのお名前を、一人づつ印刷しながら、日々お稽古に通っていただくことに感謝。また、五ヶ所で予定されている新年会の準備も、年末から始まっています。プログラムを組むのはトドですが、パソコンでそれを作るのは私です。彼は、パソの操作、できません。(-_-;)さらに、今年の後援会のご案内をつくり、配布する用意をしなくてはなりません。年間の舞台出演の費用を、後援会費で助けていただくシステムをとっています。案内の文章については、例年のパターンが一応できていますが、舞台公演の予定などの変更箇所もあるので、一応トドに確認をしてもらうことになるわけですが・・これ、年末から渡してあるけど、まだチェックしてないみたい。(-_-;)新年会と後援会に関しては、オオトドのお弟子さんの分も、用意します。おかげさまで200名ほどの方に助けていただいているので、それだけ用意しなくてはいけません。などなど、ともかくも、新年とともに用意をしなくてはいけないものが、あれこれありまして・・目下、それを消化するのにオオワラワです。これらの準備が一段落したら、確定申告の用意をしなくてはなりません。というわけで、しばらく離婚できません。(苦笑)トドは、私が家にいると、休みの日でも自分も家にいます。といっても、これらの事務仕事をする必要があるからで、それぞれの原案を渡した時点で、彼の仕事は終わり?だとおもうのか、後は寝てる。傍でぶつぶつ言われるより、まぁ、いっか~ってとこです。明後日は年初の新年会一発目、姑はまた一日デイサービスに臨時にお世話になることになるわけですが当然のことながら、オオトドが前もって依頼するということもなくトドもそのことに思い至っていませんでした。五日になってやっとトドと話をする時間が取れたので、オオトドからケアマネさんに依頼するように、と、話を持ちかけました。オオトドにそれを伝えるのは、トドの役割です。「電話かけといてくれ」といわれたので、「それは息子さんがなさるほうがよろしいかと」と伝えるとまた逆切れしてました。「何で僕が言わなあかんねん!」「僕でさえ、言いたくないようなことを、何で私が言わなあかんの?」目をむいて、電話してました。(笑)何も問題がないお家って、ありますか?幸か不幸か、私たちには子供がいないけど、お子さんが居られたら、親である方たちは自分の都合だけで毎日暮らすというわけには行きませんよね。誰か病気になることもある、何か問題を抱えて悩むこともある。そんな時、家族の中での対応は、大切なものだと思うんです。誰も病気にならず、何の問題もなく生活しているならともかく、ウチはそうではない。その中で、彼のこれまでのやり口は、やっぱり、おかしいような気がします。結婚当初、まだ十分な収入が得られなかったころ、なんとなく、彼に経済的な負担を感じさせてはいけないかと、思って足りないものは私の貯金だったり、ちょっとしたアルバイトだったりでしのいでました。今思えば、こういうことも、彼を増長させるだけだったかと、反省しています。一人でがんばるんじゃなかった・・・。コメントを下さったうっしぃさんの、甘えてみたら?というアドパイス、目に痛いです。甘えるの、下手だわ私。(笑)これまで何とか、やりくりしてきたけど(経済的な意味だけではなく)、なんだか疲れちゃった。昨日から、ちょっとそれでも甘えてみてるんですけど・・・自分で気持ち悪くて、居心地悪いの。(笑)やっぱ・・・かなぁ・・って、結論はそこに行き着く。(*^_^*)
2006年01月07日
コメント(2)
2006年初通院、父の病院です。今日は泌尿器科と内科の診察、それに、年末に手術したヘルニアの執刀医の診察が受けられたら・・受けるというアバウトなお約束があって、病院へ行きました。昨年は正月時期に自宅へ帰れなかったので、今年は通院前の昨日、自宅へ戻り、従姉一家(伯母と従姉と花水木ちゃん)プラスで、お夕食を一緒にしたのでした。お正月らしい気分も、ちょっと、で父は満足げ、母は・・なんのこっちゃわからんかったかも?(笑)あたふた来客が帰った後は、家中引っ掻き回して新年もなんのその、いつもの帰宅風景になりました。まぁ、母もそれなりに、自宅を片付けた満足感もあって??という今日です。内科の診察は午後二時の予約済み、とはいえ、待ち時間はいつも長い泌尿器科の診察は、当日受付になっており、診察は午前中のみなので、11時の診察受付前に、やや余裕を持って病院に到着。病院も年明け初日とあって、予想のとおり駐車場は満杯、母に車椅子を操作してもらって二人で泌尿器科へ行ってもらおうかなと思っていたら駐車場のオジサンが、「いや~おめでとうさん」とニコニコ?知り合い気分で車椅子スペースに誘導してくださった。かなり顔が売れてる?と、ちょっと恥ずかしいかもおかげさまで、三人で診察受付をすることができました。ありがとさん♪ちなみに、この病院の車いす用駐車スペースは玄関前は二台だけなので、私は普段、両親を下ろすと、一般スペースに移動することにしてる。なぜって・・私の場合は、運転している私は車椅子じゃないもんね。だから、乗り降りのときだけ、スペースをお借りできたら助かるけど、運転者ご本人が車椅子の方が本来は使いたいだろうスペースだと思うから・・・です。でもって、狭い箇所は私が操作し、広いところは母が、車椅子を押す、というスタイルで、ともかくも泌尿器科のコーナーに向かうと、ここも年初なので、混んでる~一時間待ちかな~と思って待ってたら、ヘルニアの執刀医の先生が通りかかられた、新年のご挨拶を申し上げた。ら、「ここでちょっと手術跡見ましょう」とのこと「へ?廊下で?!」ってことになって、廊下の隅のほうで、ズボンをちょっと下げ、診察(笑)手術跡、問題ないとのことで、ほっとした~診察の手続きどうしましょう、とお尋ねしたんだけど、「いや、これでいいっす」フレキシブな対応に感謝感謝!先生の去ってゆく後姿に最敬礼泌尿器科は予想に違わず、一時間ちょい待ちで診察を終え、どうも順調ではない排尿状態に、お薬が少し変わることになった。診察を終えると、12時過ぎ、混んでるかな~と食堂をのぞくと、なんと「成金さん」と「おぉまえくん」という父の同級生がご飯食べてた。あと数日とこの夏から言われている「成金さん」の奥様は、この病院で年を越され、「おぉまえくん」は、内科の院長の診察を受けに来られたのだった。お席をご一緒することになって、にわかに同窓会勃発、とそこへ、同級生院長登場で、同窓会の輪。(笑)談笑している食堂は、職員の食堂のそばでもあり、売店の隣、おりしも昼食時なので、知った顔のお医者様やら看護師さんに、遭遇。いちいち新年のご挨拶で忙しい。(笑)この病院の、こういうところは、父の笑顔の元でもあるので、うれしいね。母もお話に混ぜてもらって、食べるのを忘れるから、「ママおそば増えてきたよ」と注意をうながす。母のおそば、うどん並みの太さになって、一応照れてるのか、お上品に食べようとするのか、一本づつ食べてるから、時間かかってた。(笑)そんなこんなで、内科の診察、来月の入院の話になり、実はここからが問題なのです。父の点滴による免疫抑制剤の治療は、8週間おきに投薬するということが決まっており、入院の日程は前もってわかるのです。次回の入院予定は、二月の一日の点滴のため、前日の火曜日からということになるはず、でした。月末のこの日は、トドが半月ぶりに休みを取れる日。しかもその前の週の金曜日から四国へ仕事で出かけるトドは、月曜日の朝帰阪、空港に私が迎えに行って、そのまま大阪南方面の仕事先へ来るまで送り届けることになっており、その日は夜までかかる仕事。なのに半月、忙しく仕事をし、やっと一日、休息が取れるはずの日は、私が父の入院で早朝から家を出てしまう。これは、トドに対しても悪いなと、思わないではないのです。トドに愛情を感じているかどうかという問題ではなく、同居人としての・・なんつーか仁義?にもとると感じるわけです。こういう日に、わたしがいない、から、トドはマージャンにでも行かなくちゃならない、ということになる・・・その理由付けに納得しているわけではないものの、なんとなく、私が負い目に感じることでもある。しかも、入院は9時までに病院に来てください、なんていわれるので、私が自宅を出るのは、6時ごろ、ってことになる。この時期、早朝は路面凍結などの恐れもあり、できれば前日の午後の時間帯に、父を移動させたい。となると、父は前日自宅お泊りコース、入院前日のお泊りには母をつれて帰れないので、私も実家お泊り、ということになりトドは、数日の仕事で家を空け、帰ってきても、私はいない、ってことになるわけです。不協和音を少しでも減らすことを考えるなら、こういうことは避けたい。トドは自発的にこちらの都合を考慮して動くという能力のない豚(人?)なので、この操作、私が配慮しなくてはならないけど・・・ということで、主治医に申し出てみた。「身勝手ですが、家庭崩壊しそうなんで、前日から入院させていただけませんか?」とあまり細かい家庭の事情は話してないけど・・(*^_^*)「病室が開いていればね」ということで、主治医は了解してくれたんだけど・・・事務手続きに入ったら、看護師さんが、前日の朝から、てなことを言い出した、いや、ちょっと待って前日もトドを空港へ迎えにいって、大阪の南端方面まで送り届けるのが11時過ぎ、速攻トンボ帰りで父を迎えにいって、父のところへ到着できるであろう時間は一時、準備をして、再び即効で出てきても病院到着は、三時になる。と伝えたら、じゃ、翌朝って、だからー無理なんだって!言ってみたけど、だめだってさ。(ーー;)あれこれ考えて、頭がいっぱいだったので、ぶちきれた。「わかりました、じゃ、前日からの入院は撤回、当日の朝来ます」ってことにしちゃった。父や母の前で、このやり取りはしたくなかったけど、でもね、年末年始くらいしか、まとめてお休みを取れない仕事でもあるトドだよ、この年末年始の奴の所業は、とても同情に値するものではないけど、確かに病人を抱えているとはいえ、そして病院からのお達しが優先順位第一とはいえ、たまたまとはいえ・・・トドにとっては、確かに面白い日程ではないことが重なっているのも事実。だから、何とかしたかった。でも、だめだった。てことは、この先もだめだ。ってことで・・・離婚しようと思う。←短絡的?(笑)あ~~~言っちゃった~~(笑)トドは歩み寄ることをしない、たとえば、離婚話を持ちかけたら、そのときはちょっと変身するかもしれないけど、のどもと過ぎたら忘れるタイプ。この先、何年続くかわからない父や母の介護に、いちいちトドに気兼ねをして、十分なことができないのはつらい。どっちつかずは、いやだ。熱烈恋愛結婚ではないけど、せっかく縁があって結婚したから、トドと仲良くしたかった。とてもトドを愛しているとは、いえないけど(笑)せっかく結婚したんだから、子供だってほしかった。でも、思うようには運ばなかった。今日、通院の後、両親を施設に送り届けて・・・今日は施設に地元出身の大物俳優(といっていいのかは微妙^^;)が民話の朗読に来てた。大物俳優がお帰りになるところに、ちょうど私たちは戻ったんだけど、施設側の事務方上層部一同は、大物俳優を送り出すのに必死。父が車椅子に乗り換えるのを阻止しようとしたのだ。(怒)施設のこういう姿勢を私は批判したい。この施設に暮らす人が、病院から帰ってきたんだ。私なら、大物俳優にちょっと待ってもらって、入居者を大事にすると思う。時間にして数分のことだもん、こういう場面で、施設の姿勢がわかるってもんだ。今日の朗読会は、入居者のためのイベントではないのか?上層部以外のスタッフは、後で謝りに来た。現場は何が大切か、わかってるんだ。病院のことといい、上層部の対応といい、どうもね。パパ、ママ、実家で三人で暮らすか?(^_^)/夕食をとりに食堂へ移動する両親と別れて、車に戻ってトドに連絡を入れると。夕べはそのまま朝までマージャンをして、それからサウナに居たんだそうだ。さぞかし油、抜けたんやろね~(ーー;)夕べ、それでもトドが帰ってくるかと思って、私は自宅に戻ってたけど、朝になっても帰ってこなかった。そんなことなら、両親に不便な一夜を過ごさせず、私も実家に泊まればよかったんだよね。こういうことがいちいち、いやだ。トドと待ち合わせをし、夕食は焼肉というので、奮発して外食。ばら肉の美味しいお店で、堪能してきた。こういう光景も、後何度?と、思いながら・・・。改めて、向かい合わせで食事をしているトドを見て、この人と、やり直すのは無理かと、思う。離婚するにはエネルギー要るよね。そのエネルギー、私に残ってるかどうか微妙。やだな、と思いながら、毎日の行事なんかにまぎれてここまで来ちゃったけどこれからもこのスタイルで生活が続くことは、もう疲れちゃったよ。私にとってはもちろん、トドにも良くはない。トドは仕事は順調だし、義両親はともかく介護サービス受けてるし、私がいなくても、なんとかなるわさ。(^^)v私がいないほうが、自分の親のこともちゃんと考えるようになるだろうし、ね♪と考えると、一番良い方法にしか、思えないよね、離婚(笑)あ・・・・宝くじ、当たらんかったらしい・・トドが確認して、そ言ってるから、嘘かも知れん(笑)あいつ、ネコババしたかもー!戌年やのに、ネコババかい!←決定事項?(笑)
2006年01月04日
コメント(12)
一泊した両親の施設で朝食をとり、弟の都合を聞いたら、実家に立ち寄る時間はあるというので、私とトドが先に施設を出ることにした。トドはマージャンに早く行きたく、私は実家の掃除をしたかった。弟夫婦の車に両親二人と車椅子を積むと、それだけでいっぱいになっちゃうよ・・私の車も同じだけど、弟は一泊だけなのになんであんなににもつもってきたんやろ?あふぉや・・てなことも思いつつ両親の荷物と、弟夫婦の荷物を私の車に積んで、弟の車には、両親二人と車椅子を積んでもらうことにしてさらに、両親二人のパジャマを含む洗濯物を、イングリに頼んで母と二人で洗濯して貰うことにした。といっても洗うのは洗濯機、母は洗濯機の周辺をうろうろしていると、満足なので、イングリは監視役ってところ。洗濯物をお部屋に干してから出かけてもらうってことで、お昼ご飯はいつものパーキングで、お願いね、ってことでいろいろ頼んじゃったけど、たまには弟夫婦と両親て言うのもいいよね。というわけで、一足先に神戸入り、で、伯母のところへ電話を入れた、もし良かったらおねーチャン、来ないかなと思ったから・・無理だと思うよと、伯母は言うけど、おねーチャンにパパに会っといてもらいたいかも・・・実家近くに借りている駐車場は一台分だけ、来客用スペースが開いてたらそこに止めるつもりだったけど、今日はあいてないな~というわけで、伯母の家の駐車場をかりた。で、新年のご挨拶。相変わらずのおねーチャン、ぶつぶつ言ってる。(笑)「叔父ちゃんに会いたい、けど歩けない、」といいながら、トイレには自分で行けたり・・もはや、フツーじゃないけど・・・でも・・会いたい気持ちはきっとあるよね。おねーチャンが何か言うたびに、伯母ちゃんが矯正する。伯母ちゃんの気持ちはわかるけど、追い詰めてないかと、気にかかる。そんなこともあって、後でパパたちが帰ってきたら迎えにくるから、という話をまとめて、車を置かせてもらった。実家、窓を開けて空気を入れ替えて、ポットにお湯を用意して、掃除機かけて、牛乳も買いに行かなきゃ行けないし・・ってことで、ひとしきりばたばた、?弟、遅いな~~~と思ったけど、あいつ要領悪いもんね。(笑)ネットのチェックなどもしながら、時間つぶしてると、やっと来たよ。入れ替わりに、従姉を迎えに言ったけど・・これは大変だった。伯母の家に行くと、伯母がやっぱり無理だと思うわ、と言い出した。従姉の顔を見ると、「私は行きたい、行くって言ってるのに、足が動かない」と動かない足をばたばた、動いてるやん(ーー;)歩けない、動けない、気分が悪くて食べられない、といいながらすべてできる従姉。病気とはいえ、文句たらたらの状態に、伯母も花水木チャン(従姉の娘)も閉口して、「勝手にし~」という感じ花水木ちゃんが目顔で「無理やと思う」と意思表示を送ってくる。花水木ちゃんとテレパシー(ジャスチャー?)で、私たちに悪いと思うからか?と聞くと、果たしてそうだという花水木ちゃんや伯母さんに迷惑なら、止めておくけど・・・と、花水木ちゃん悩む。悩むなら行こう!オタクヤン(従姉の息子)は、アルバイトだってことでいなかった。パパが待ってるから、行こう、ってもう一度誘ってみた。そしたら、「ウンが出てないから、行けない」という。「そりゃー大変だ、じゃ、まずトイレ行かなくちゃ」と従姉立ち上がる。そこで伯母が「今日はもう出たじゃないの!」あのね・・ってか、それなら安心ジャン(笑)「おねーチャン、快便?いいね~いいじゃん」とおだてる私。ちょっと気を良くした従姉が、「こんな洋服ではどうのこうの」と言い出す。「心配するな、おねーチャンはこんな洋服だけど、パパはあんな洋服だ、で、アッシもこんな洋服よ~♪」実際おしゃれなんかしてない私。「じゃ、いいか?」とおねーちゃん、「いまさら飾ったってさ~」と言ってみたら「そうね」って会話がスムーズに成り立つこともあるもんね。ともかく、出かけるまでが大変だ、靴を履く、のも、どの靴を出しても気に入らない、伯母が無理にはかせようとするから「きぃーーー!」と叫んだりする。階段を下りるのも、いっぽいっぽ、震えてもいるけど、それらはどう見ても、わざとやってる(ーー;)といっても、自覚はないだろうな・・・車椅子に乗るといってみたり、歩くといってみたり、能力的に歩けるのに・・車椅子に乗るときも、わざとか?と思うように、横向いて座るから落ちそう、後ろから、車椅子後と抱きかかえるみたいにして、車に乗せた。車から降りて車椅子に乗り替えるのも一騒ぎ、だわ。これはかなりの重症だ、とわかった。伯母も父と同じリウマチ持ち、同じように手に痛みがあり少し変形し始めてる。従姉は母親のその手を、ものすごい力で握るらしい。これを父にやられると危険、手の骨が砕けると思う・・・父、弱ってるから・・部屋に入ると父がベッドに横になってたので、従姉の車椅子をそのまま押して、そばへ行き、父に身振り目配せで、握手は駄目よと、伝えた。折りよく頼んでいたお寿司も届いたので、ご飯にする?ってことにしてちょっと時間が早いけど・・座ったとたんに食べてるよおねーチャン!(ーー;)「気持ち悪いから、食べられない、吐くかもしれない」といいながら一番たくさん食べたのは、従姉だった。(笑)いちいち言動の一つ一つに、伯母がチェックを入れる、父が横から伯母をたしなめる。すげー正月風景になっちゃったよ~~~(~_~;)母にとっても自分が嫁いできたときに、すでに父親を亡くし伯母と実家に戻っていた従姉は、かわいい存在。従姉の小さいころ、私の父は文字通りの父親代わりだった。それが結婚して家を出た、そして父にも子供ができた、それが私。従姉にとっては母も私も、父のような存在だった叔父を奪った人なのだ。今、社会常識の範疇で生活していないといえる母と従姉、どちらかといえば従姉のほうが逸脱してる。食べるだけ食べて、帰りたくなった従姉をソファーに寝かせていると、母がそばに寄ってきた。赤ん坊をなだめるように、従姉の頭をなでながら、何か話してる様子。母のほうが社交的な部分は、まともだ。けど、怪しい構図、だと思ってたら、案の定、従姉がむずかりだしたので、送っていくことにした。花水木ちゃんは私を手伝って食卓を整えたり、おつゆを作ったり、娘がいたらこんなかんじ?と思う私と、母親と立つ台所ってこんな感じ?と思う花水木ちゃん、足りないもの同士のかりそめの親子ごっこってとこだね。花水木ちゃんは、良い子に育ったと思います。おねーチャンの人生はそれだけでも天晴れなんだよ、もう一度、前のように普通に暮らしたいね。従姉は今、介護サービスを受ける便宜上?若年性アルツハイマーってことになってるけど、彼女の状態を見ていると、違うような気がする。もっと・・・精神的な部分が駄目になってるんじゃないだろうか・・・私と5歳しか変わらないのに、まだ今の私の年にはなんともなかったのに・・短い間にこんなに変わってしまった。父の病気は治らない、肺もすでに三分の一は繊維化してるし、だからこの先、どこまで今の状態を保てるか、が勝負。母の病気も治らない、でも、母のアルツハイマーの進行は、今のところ本当にゆっくりなんだ。お医者様も「家族の対応よ」って行ってくださる、そのまま鵜呑みにしているわけではないけど、ありがたい言葉だ。だからこの先、今の状態をともかくも、保ちたい。従姉はどうなんだろう・・・両親と比べても、まだまだ若い、動けない、できない、というけれど、運動機能そのものが駄目になってるわけじゃない。従姉にミラクルを起こしたい。もう一度、もう少し、普通の生活が一人でできるように、してあげたい。伯母も、もうすぐ80歳になっちゃうのよ、従姉を抱えての生活は、限界過ぎてるし・・・私、手伝いたい。姑の病気も、治らないといわれているけれど、・・・・これについては、舅も旦那も、ミラクルに期待してない。少しでも現状維持をと、思わないではないけど、私の出番ではないなと、思ってしまう。トドは、「お母さんは治らないから」とあっさりあきらめてる。どうしてそんな風に、あきらめられるの?ってなことはともかく、従姉を車に乗せるべく、駐車場で右往左往してたら、うわぁっ母が見送りに来た・・およよ(@_@;)「またいつでも来てね~」ってあのさ~~いつもはいないんだって(;一_一)そんなことより母、この後自宅へ戻れるのかーーーー!従姉と伯母と花水木ちゃんを乗せたまま、母を自宅へ送ってくというのはできない話、しかたない、と、心に決めて、車を出した。「ママ、寒いからお家に入りな」って声をかけて、駐車場から道路に出てきたら、それだけ母が帰宅するルートが増える。となると・・・行方不明になる可能性もあるもん。やばっ!こういうとき、父が身動きできないってのは、やばいよ、ほんとやばいっす。母が道まで見送りに出てこないか、花水木ちゃんに後ろの窓から確認してもらって、どうも道までは見送りに出てこないみたい・・ってことで、伯母家にむかう。ここでも従姉は家に入るまでが大変です。車椅子に乗るとか、歩くとか、寒いとか、もう動けないとかいやだとか・・(笑)すげーよ・・・折々叫んだりもするので、私たちがなんか虐待してると思われるかもね?(~_~;)などということもありながら、何とか家の中に入り、落ち着くまでそばについていたいけど・・母のことも心配。花水木ちゃんが気を利かしてくれて、「おばちゃん、ちゃんとおうちに帰ったか心配やから、○子ちゃん、もう帰ってくれて大丈夫」って言ってくれた。ったく、あっちもこっちもだ。ビクビクしながら、実家に戻ると、母がいた。ほぉ~~~~~~とした。でも、玄関の鍵を二重にかけているので、なかなか開かない、郵便受けから中を覗き「ママ~開けて~オピッコ漏れそうや~」母、笑っちゃって手元が定まらない・・作戦失敗。(ーー;)やっとこさ、鍵が開いて室内へ・・やれやれ・・でも、私たちを見送りに出た母が、自宅へ戻るのに、だいぶ時間がかかったと、父が言う。別の階にでも行ったかな?(;一_一)母のみぞ知る、ことである。この後、翌朝の食事の用意をし、父の就寝準備もし、イチゴを食べて、・・明日の朝まで無事でいてよ、と祈るような気持ちで実家を出た。長い一日でした。で、お昼から別行動でマージャンに行ってるトド、帰ってくるかと思ったけど、帰ってこなかった。(笑)ヴァ~カ!帰ってこないんなら、実家に止まればよかったってつい思う。
2006年01月03日
コメント(0)
二日の実家での挨拶は、これです。(^^)v父の誕生日、実はイングリの母上も同じ日がお誕生日なのでした。だから、普段はむかつき原因にもなってるけど、この日に父のところへ一緒に来てくれるイングリには感謝してます。去年はホテルを取って出かけたんですが、なんだかもったいないよね~ってことと父の状態が不安定だったので、今年は施設の家族宿泊室をとりました。夕食は、いつもの施設内ではなく、近くの和食のお店に予約をし、お鯛もお願いしていたので、楽しみに出かけました。トド、この日はお昼過ぎまで寝てました。早くに行ってもすることないやろ、というわけです。まぁそうなんだけどね・・・と、私は思うわけですが、一泊するわけだし・・とここは我慢の子であります。夕食直前に到着し、歩いて五分ほどのお店ですが、父が車椅子での移動は寒いんじゃないかと、車を出すつもりでいたら、お正月だから私も飲みたいだろう、ってことになって、もし、車が必要なら、イングリ(彼女は飲めないので)が運転してくれるということになり、これはうれしいことなので、お言葉に甘えて飲みました。(笑)トド、実家の両親のところへ行くと、率先して父の車椅子を押してくれます。こういう点と、彼との不協和音を余り両親には伝えていないので、父は少し察知してますが、母は私の旦那を気に入ったモードで捕らえています。イングリも、さりげなく母に配慮をしてくれて、普段何にもしない分の埋め合わせのつもりなら、それもいっか、と思えたりする風情でした。穏やかに、美味しくお食事を頂き、といっても、多い!お刺身が出て、お正月らしい煮物も出て、大きなお鯛もでて、茶碗蒸しに、てんぷら・・もう食べられないよ~~(笑)おかげさまでお酒もたらふく、いただきました。お正月気分だな~って、ほかほか・・♪施設に戻ってから、改めて飲みなおし、これがまた美味しい(笑)あんまり、お酒をたくさん置いておくのもね、父は病人だしね、ってことでだいぶ片付けてきちゃった。父、びびってました。全部飲むなよ~って(笑)結局、私と弟でだいぶ飲んだ(笑)トドはお酒は飲みますが、本来は弱い、私はめったに飲みませんが、本来は強い、この辺も噛み合わないところかもね(笑)車で出かけると彼は飲む、私は運転するから飲まない、お酒好きなのは私のほうなんだよ~(;一_一)なんてことを思うのです。両親の部屋のある談話室で、10時ごろまでチビチビやって、それからお通夜もできますルームに戻りました。このお部屋には、一般住居並みのお風呂がついてます。お湯をはり、どなたかどうぞと、進めてみたけど、トドも弟も、朝入る、ってことで、イングリのみ入浴。私も酔っ払って、入浴せず(笑)パジャマに着替えて、トド、私、弟、イングリ、の順に並んで休みました。思えば、弟と枕を並べて、というのは・・・弟が結婚する直前に、イングリに会いに出かけたとき以来、かな~?もともと実家でも部屋は別だったから、並んで寝るというのは面白いね、と弟も言います。大叔母のお通夜の時は伯母と私が大叔母の枕元で、イングリと弟は控の間をつかったので、隣ではありませんでした。このブログの話をちょっとしたので、奴は検索するかもね?(笑)見られて悪い・・事も書いてるか?とおもったり・・(笑)ま、いっか~。そんなこんなで二日の夜は更けてゆくのでありました。「初めてのお使い」という番組があった、見ようと思ってたのに、見逃した。お子ちゃまがお使いに行くという番組、これ、好きです。再放送、するんだろうな~(*^_^*)
2006年01月02日
コメント(0)
遅くなりました!我が家でも、新年は明けております。m(__)m旧年中は、一方ならぬお世話に相成り、まことにありがとう存知まする。今年も、つたない私の生活を、愚痴グチぶちまけてご覧いただくことになりますがどーかひとつ!どーか、お見限りなきようよろしくお願いいたします。でもって、新年早々、っていうか、二年越し?の不協和音をひきづって、それなりに年越しいたしました。ぐぅ~~~、ストレスたまりまくりだ~~~トド早く日常生活に戻ってくれ~~~お休みは最低限でお願いしたい。(ーー;)今日はこれから実両親のところへ出かけ、明日実家へつれて帰り、あさって通院という日程に突入です。今年も年初から玉砕日程(笑)
2006年01月02日
コメント(6)
お正月です。新年の第一日目。結婚前のお正月はそれなりに楽しみな時期でした。年末、大掃除を家族総出でし、箪笥の後ろから思わぬ失せ物を発見したり、子供のころには、夏に逃がしたザリガニが箪笥の後ろで生息していたこともありました。普段破いちゃいけない障子を、この日ばかりはびりびりに破いてよく、張り替えるのを手伝ったりしたことも、懐かしい光景として記憶に残っています。紅白の始まるころになると、お節も出来上がってきて、お重に詰めるのを手伝いながら、ちょっとつまみ食い(笑)そういえば、私の子供のころには商店もお正月は長く休んでいました。パンを一斤まとめ買いなんていうのも、お正月風景として記憶に残っているものです。今のように冷蔵庫の大きいものがなく、食材をベランダにおいて、痛むのを防いだりしてましたね。我が家ではパジャマと歯ブラシを新しいものに変えるのも新年の恒例になってました。母の実家では、下駄を新調してもらったという子供時代の話を、聞いたことがあります。年が改まる、それを寿ぐ、そんな気持ちがあったように思います。私の実家では実父の誕生日が二日だったこともあり、子供のころは祖父母の家で、祖父母が亡くなってからは実家で、父の兄弟たちが集まる日になっていました。三日は母の実家へまわり、要するに集金です(笑)お年玉も結構集まった子供で、両親の祖父母それぞれに、父の兄弟たち、母の妹たち、と、高校二年までいてくれた曾祖母からは、大口でした。集まったお年玉は郵便局で定期預金にしてもらうことになっており、そのお金で自転車を買ったり、ラジカセを買ったり、ギターを買った年もあります。弟の小さいころ、いくつだっけな~・・ある年のお正月、弟を連れてお年玉を預けに郵便局へ行くと、利子がつく、ということに弟が大感激したことがありました。弟は、今は浪費家?ですが(笑)あのころは溜め込んでました。彼が中学生のときに母方祖父が亡くなったんですが、お通夜の日の夜、当時すでに勤めていた私と父が、翌日葬儀費用を銀行からおろす手順について相談していると「お金貸してあげる」と弟が言い出し、その日父や私のお財布には、二・三万円しか入っていないのに、弟は十万円ほどを机の中に持ってました。その年の初めにもらったお年玉を、奴は預けず机の中に入れて、夜な夜な数えて、にんまりしていたようです。(笑)従兄弟も多かったので、トランプや羽つき、大きくなってからはお年玉を賭けて・・などということもありました。海に近いところで育ったので、凧揚げにも行きました。今病気を抱えて苦しんでいる従姉とは、おそろいで晴れ着を着せてもらって、なんとも不可解な表情でカメラに収まったいる写真も、複数あります。このころ、着物は不便なだけの代物としか思っていませんでした。裾をからげて走り回っては怒られる、ご飯は苦しくてたくさん食べられない、という感じです。(笑)それがいまや、着物で走り回る生活になろうとは・・・です。お正月は一族で顔を合わすにぎやかな季節、楽しい日、でした。結婚して、寂しいお正月になりました。一日は毎年、旦那は朝から仕事です。○○○初めという行事の後、午後から師匠家へあいさつ回り、帰ってくるのはおおむね8時近くです。例年、一日は義理家で夜にお屠蘇です。お酒の飲めない舅のお屠蘇は、ノンベの私には苦手な甘口仕上げ、みりんの含有量が多いんですね。若い者から注いでいただくのだそうで、お杯にナミナミのお屠蘇でお正月のご挨拶をし、それからお節をいただきます。実家ではお節は母が作るものでしたが、義理家は買ってきます。舅が年末にデパチカめぐりをし、自分の好みに合ったものを買い込んできます。姑が手をかけるのは、お雑煮くらい。私が嫁いだころから、こういう形になってました。実家でのお節の習慣があったので、例年、一日に旦那が出かけてから、お節を作ってました。でも、二日は実家に行って食事をするし、三日になって初めて自分の家でお節をつつく、ということになります。家でくつろぐということが苦手な旦那は、ともかく出かけたくなるみたいで、三日のお節も、あまらせて、駄目になることが良くありました。そんなこともあって、毎年品数が減って、とうとう今年は、お節らしいお節は、作りませんでした。一日の朝は、お雑煮とごまめ、黒豆、数の子、お赤飯、膾をそれぞれ一口づつ普段の朝食よりは豪華かなという程度、です。二日の朝も、ほぼ同じ、実家では、一日の朝がお澄まし仕立てで角餅を焼いたお雑煮、二日が白味噌仕立てで丸餅のお雑煮、でしたのでお雑煮の内容が変わるだけで、同じような簡単なものです。一日になってから、栗きんとんを作ったり、お煮しめを作ったりということをしていましたが、今年はやめました。どうせ、一日の夜は義理家、二日は実家の施設にとまることにしており、近くの和食のお店にご飯を食べに出かけることにしていましたし三日は実家に両親を連れて帰るけど、旦那はマージャンの予定、でしたからお正月は、休みなのに夫婦ばらばらの日、になりました。年末に私に対して不満を持っていた旦那は、私に対する罰ゲームのように、連日連夜、マージャンにお出かけでした。おかげさまで、仕事ははかどりましたが、一人あれこれ考える時間も、たっぷりありました。年初の挨拶もなし、のまま、仕事に出かけたトドと、普通の会話をしたのは義理家でお食事を始めてからです。間に誰かの存在がないと、会話もできないといってもいいのかもしれません。普段から仕事を手伝っている関係で、相談しあうようなことは多いから、会話してる、と彼は思っているかもしれませんがこれは打ち合わせであって、家族の会話とはいえないような代物ばかりです。今年の一日は、旦那が出かけてから、ひと寝入りして(^_^.)後は年賀状のチェックです。仕事関係者に出すべき、という年賀状を、彼にチェックしてもらって年末に投函したのですがこれも例年、お出ししない、といわれてもあちらからいただく、というケースが多くあり、一日に、チェックして出さなければなりません。旦那にはプライベートな友人というのは、二人ほどしかないので、彼自身が書くのは二三枚です。そして、私の年賀状は、ごめんなさい、これからなんです。←今、六日(;一_一)
2006年01月01日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

