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12時を回って一月最後の日明日1日から、父が入院、予定は2週間と言われているけど、父はなるべく早く帰りたい。今回は、母は施設でお留守番です。朝、迎えに行って、父だけを連れて帰り、実家で父と泊まります。1日の病院へは9時までに、と言われているので、入院の前日、実家に泊まることは、このところパターン化してる。今の母は、まだまだ、家族とはなれたり、家を離れたりすることについて寂しかったり、哀しかったりする感覚は残ってる。しかも何のために、自分がそこにいるのかを理解することは出来ないからそのつど、自分のことを情けなく思ったり、哀しかったり、帰りたかったりする。それなのに、私は母を置いて、父だけを連れて来るのだ。母には入院だとは言わず、通院として父を連れて出る。大嘘をつくのは私、気持ちが、えぐれるような瞬間。ヴァカ弟よ、こんな思い、あんたはしてない!だから、たまにはネーちゃんの八つ当たり犠牲になりなさーい!(むちゃくちゃやけど^^;)喧嘩売ってやろうかと思ったら、いない、逃げたなー(笑)う~~~~八つ当たりしたいっ!日記の続き~~~予想のとおり、ママさん大荒れでした。父の具合が悪いことを、母は理解できません。でも、「役に立つ人」でいたい感は、健在だから、父の入院なのに、置いてけぼりにされることは、許せない!ってことになる。出かける準備をしている間中、「私はひとりで帰れるから、途中で降ろしてもらってもいい」(どこでだよ~)「明日帰れるように、手続きをしておいてくれたら、一人で帰る」挙句、「○○○の家へ」と母が言う地名は、実は実家の隣町。自分の家の所在も怪しい・・・一人でどこへ帰るつもりなのか。そういう母に対して、私は小芝居で、通すんですが父は真っ向勝負する。「君は一人では暮らせないからココにいる、僕の入院中はココで暮らすんだ」(私は、「いつ帰ってきてもいいよ」と言っている)「入院は二週間だ!」(私は「三日」と言っている・苦笑)母の無理解(病気とはいえ)とわがまま(これも病気とはいえ)父のバカ正直さ(性格とはいえ)今日はちょっと嫌いだわ・・。母は自宅で暮らしたい、それを実現するためには、健全な肉体を持ち、寄り添って暮らせる存在が必要。それはもはや、父には無理なことであり、私が実現するには、離婚だな。(^^;毎度のことだけど、お玄関先へ見送りに出てきた母に、「行ってきますね~」と手を振る父と私、「もういいですからっ!」と鬼のような形相の母。父と出発した車の中で、景気付けに六甲颪をかけてみたけど(ミミさんの予想的中^^)今日の六甲颪は、哀しい歌になっちゃった。と、そんな一日を過ごしている途中で、かねてから、検討していた数件の中から、姑のケアマネさんを決めました。今まで数件、当たったんですが、舅がぶっ壊してくれた話もあったりして、(--;まだ決まっていませんでした。まず、私の話を、きちんと理解して聞いてくださる方、連絡がスムーズに取れる方、ネットワークが豊富な方、この3点はクリアです。姑のケアマネさんだから、誰でもいいか~と思っていたんだけどいざ、頼むとなると、こだわりが出ちゃった(苦笑)明日、父の入院をお昼過ぎまでサポートし、夕方、舅宅で(舅がヘンにごねなければ)契約。手八丁、口八丁の一日であります。今日は体二つ分、働いたぞ~!
2005年01月31日
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喪服を買った。冠婚葬祭、特に葬儀に関してのお出かけを担当させられる私には、喪服は必須アイテム。和物の袷・絽、洋装の夏服・合服は持っていたが、今回は洋装冬物を購入。これは、近く行われる、伯父の一周忌や、大叔母の葬儀(予定してごめんよ)が、寒い寺で、行われることになりそうだからである。このところ、○○会館、という設備の整った会場での葬儀が増えたがご自宅での葬儀も、まだまだ多い。寒いこの時期に、亡くなる方もあって、極寒の中を、お参りさせてもらうことも、良くある。備えあれば・・・、というわけで、これでオールシーズン、対応可。いつでもいいぞー(--;誰に対して、言っている?(笑)
2005年01月30日
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結婚当初、トドが何かにつけて、「絶対○○!」と断定的な言い方をすることが、どうも認めにくく世の中に絶対と言うことはあるのか?むやみに絶対と言うべきではないと、進言したことがあった。今日、トドと出先でお茶を飲みながら、他の話から、「絶対!」と言う言葉にこだわった私のことに話が飛んだ。私は幼いころから、「絶対!」と言う表現について、世の中にこれしかないと言う結論は、多くは無い。人によって感覚も違う、だからむやみに「絶対」とは言うな。と父母にやかましく言われた。トドが頻繁に使う「絶対」それは私には認めにくいことだった。でも、今日は目から鱗彼はこのコーヒーは絶対美味しいですよと、人に商品を紹介することは、お商売には必要なのだと言うのだ。そりゃそうだった。トドの仕事は自分が商品だと言っていい仕事。だから自分に自信を持ってものを言う必要があるという。ある程度、自信を持って企画を進めていく必要があると言うのは、ものすごく納得できる事例として受け入れられる。彼は、私がこだわったことを覚えていた。これもびっくり。人の話なんか聞いちゃいないと思ってたけど学習能力はあったのか?(笑)無かったのは私のほうである。(--)今日は一本、取られた。所属する業界の違いや、それまでの家庭環境の違いから、単語ひとつでも使い方は違う。私たち夫婦は違うから面白いと、思って暮らしてきたはずだったけれど最近は、私にも実家のことに忙殺されて余裕がなくなっていたのも事実。この先どこまで共に過ごす相手なのかわからないけど時々は、ええ事言うやん。ちょっと見直した。でも、十何年もたってから、言わないで、そのとき説明して欲しかったぞぃ(笑)
2005年01月29日
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夕べ遅くに、従姉妹の娘から電話。二学年下の男の子から、「告白されちゃった」のだ!さて・・・恋愛経験豊富とはいえない、オバちゃんに相談かい?正確には私は叔母ではない。叔母・・のような者です。彼は昨年から、ちょっと惚れてます?光線を彼女が感じていた相手、彼女自身は、「悪い人じゃないけど、スキカドウカわからない」と言う。世の中のお母さんたちは、こういう場合、どうしてるんだろ???そういえば、ウチの母に恋愛相談をしたことは・・・?無い(-_-;)彼は彼女に「僕のことを良く見てください」といったところが、早速、他にも好きな人がいる疑惑浮上。ったく、男ってやつぁー・・・ヴァカ野郎である。従姉妹の娘は、まだ男の子と交際をしたことが無い。好きな人は、折々、いたのだが、振られちゃった事もあるし、お付き合いまで進んだことは無かった。友達の中には、初体験の話しなんかする奴もいて、「私は恋愛も出来ない」と泣いた日もあった。「恋愛はしてるじゃないか、片思いも恋愛なんだよ。誰かを好きになる、相手も好きなら付き合うことになる相手にその気が無ければ片思い、それも恋愛のうち恋愛関係がずっと続けば結婚する何か齟齬が起きれば、別れる。たいてい、一緒に死ぬことは出来ないから、最後には一人に戻る。会うわ別れのはじめとは、古来から都々逸にも歌われているのだ。」と、訳のわからん説明をした私(=_=)さて、従姉妹の娘は「自分に告白をした二股男」をとっちめようとしていた。だが、待て、とっちめると、あっちをあきらめるから、付き合ってくれなどと、まだその気も無いのに、付き合わざるを得ない羽目にならないか?それはそれでいいのか?卒業記念に、ちょっと付き合ってみると言う器用さは、持ち合わせていないように思うが・・。一応、その点も指摘はしたのだがどうなる?この展開?韓国ドラマのもどかしさに似たものを感じるが、この場合、チューしちゃえー!とは言え無い。(ーー;)貞操は守れよ!この春に大学を卒業して、社会人になる娘、まだまだ同い年の方たちと比べて、幼さが目立つ。一人暮らしは大丈夫か?大丈夫・・・だろう・・・でも限りなく心配。従姉妹はまだ入院していて、娘の旅立ちに心を配る余裕は無い。従姉妹の母は、入院中の従姉妹に夢中で、孫の旅立ちにも淡白。社会人生活のための準備についても、昨夜話が出る。「東京行くとき、ついってってやろうか?」と聞いた私に頼みたげな風情の娘。本人も、ドキドキなんだ。時間は無いが、時間は作ろう、あなたの門出を、私は祝いたいから。今は病気だけど、あなたのお母さんは、ずっとあなたを守ってきたんだよ。私では代わりにならないけど、少し手伝おうね。そうだ!秘蔵のタイガース・フライパンをあげよう!え?欲しくないって・(笑)弟君の受験も、いよいよである。受験生に適さない家庭環境の中で、よくがんばりました。その成果が、笑顔になることを、オバちゃんは祈ってる。あ、お守りもらいに行こう。何は無くとも神頼み(^_-)-☆叔母・・のような者は忙しい。今日は親父に呼ばれている。入院のための外出届を、施設に出さなければならないが、字を書くことが疎ましいと言う。そろそろ行くかな~、あ、本日はバスです。(苦笑)簡単にチューするなよぉー!!さて今は夜である。本日の恋愛話、ことの顛末はいかに!オバちゃんは、気になって御飯ものどを通らず、などという事もなく、ドキドキしておりましたところ先ほど報告がありました。相手の男の子が悩んでいるらしいなんのこっちゃ・・・何でも、二人好きな人がて、その一人が従姉妹の娘もう一人はアルバイト先で一緒の女の子なんだそうな従姉妹の娘に告白をしたのは、色よい返事をもらえたら、従姉妹の娘と付き合おう、と思っていたからだそうなだが、そんな簡単に答えは出なかった。って言うか、やっぱり好きじゃないんだよねこっちはしばらく考えさせてください、と言い、男の子は授業に行ったそうな。なんだぁ、煮え切らないね。オバちゃんはそういうのは嫌いだ。好きなら好き、そうでないならそうでない白黒はっきりしてもらいたい。応援の仕様がないというものだ。大体、男っぽいといわれる私から見ればそんな軟弱な男はあきまへん。でも、反対されると燃える、という可能性もあるので本日のところは、ふ~~~んとだけ言っておいた。ま、卒業前に、ちょっとそんな話もあったってことでいいか。でも、こんなんで良いのか?世のお母様方、助けてくれ!父はずいぶん弱っている。口内炎が出来て思うように食事を取れないからだ、味も美味しく感じないという。来週火曜日から入院なので、今のまま後数日、様子を見てもらうが不安。父は体調が悪いと母に対する対応も、辛いのだ。母はいつもとさほど変りは無いが、母のすることなすこと、気に障るらしい。だから、二部屋借りていたのに、一部屋にするからだ。最初から別々の部屋にしておけば、入院などのときの母の混乱振りも軽減されたはずであり、父も一人でゆっくり休むことが出来たはずなのだ。娘の読みは当たっているぞ、入居時、それぞれに一部屋づつ用意してもらったのに、勝手に解約したのは父である。母がうろうろして可哀相だから、である。今回も、母を自分の入院中、自宅へつれて帰ってくれないかと頼むのだが、却下。母のためにはならない。母が今回の入院期間中、どういう状態になるかを見たい。それによっては、この先の更なる転居も考えなくてはならない。父の希望があるので、なるべく二人を放したくは無いが場合によっては父のみの移転、ということも考えている。一人になったときの母の不安を思うと泣ける。家族と一緒にいたい、自分の家にいたい。母はまだそう思っている。でも、父にはもう、母の介護は出来ない。母にも父の介護は出来ない。その段階は、過ぎたのだ。これは親不孝なのか、ごめん、でも・・・。負けへん。
2005年01月28日
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今日は夕方からちょっと時間があったので、以前他のところへ書き込んでいた日々のことを、この日記に移し変えました。お読みくださいました方、一昨年の出来事ですので、すみません。どこかにまとめておきたかった、そのためのこのページですので御容赦ください。さて、なぜ、こんな時間が取れたかと言うとトドが、マージャンに出かけたからです。ウチの旦那はマージャンが大好き、唯一と言っていい趣味です。(実益も兼ねてるか?)学生時代の友人の話だと、強いらしい(--)トドの母親は、今、鬱病で苦しんでいます。でも、そのことは彼にとっては深刻なことではないのね。時間の不定期な仕事なので、家で夕食を食べる日は、週のうち半分もありません。姑の状態が悪いようだと、騒いだ当初は、たびたび夕食にも付き合いましたが今は慣れたのか、忘れている様子。確かに姑と食事をということは、舅が同席しているので楽しい食卓とは言いにくい(本年1月4日日記参照)でも、あなたの親だよ。私の実家と違い、あなたのご両親には、今だから出来ることがまだまだあるよ。後で悔やんでも遅いよ。と言うことを、一度前に言ったので、もう言わない。従順な妻だから(by猪木のお顔・なんだこのやろー!笑)
2005年01月27日
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自分が今したいこと・・・ってのが、も一つねわからなくなってるところ・・・(苦笑)両親のことは好き。だから、とっぷり実家のことに浸っている時間は、心地よかったりする。これ、ある意味、親離れ出来てないことの現われなんだな。母も好きだけど、父のほうがちょっと好き度が高いだから、父に認めてもらうことは、嬉しいことだったりする。それは旦那も感じるところで、時々暴言を吐くのは、父に対する嫉妬みたいなものも混じってるのがわかる。でもさ、仕方ないよ、あっちはおとーさんなんだからさ。父親と、親密な親子関係ではないうちの旦那には父と仲良くしていることが、信じられない光景に思えるらしい。とは言うものの、結婚してから母の発病までの間、そう実家へうろうろ出入りしていたわけではないし父が倒れてから、密着生活になったのだ。それまでは、フツーに疎遠なときもある親子関係だったのに父が入院したり、その間の母をどうするとか、自宅療養中の父の、食事や入浴や包帯を取り替えたりする作業ももはや母には出来なかったから、やっぱり私しか居なかった。そんなこんなで、密着生活を送ってきたけどさすがに私も、これはいけませんよ、と昨年一念発起して半ば強引に、両親の転居を決めた。私自身の生活が破綻しかけていたから、それを修復する時間もほしかったんだ。旦那との生活をとても大切に守りたい、と思うわけではないけど、一緒に居る間はパートナーとして最低限のことはお互いにするべきだろうと思う。奴がパートナーとしての役割を、遂行しているかどうかは別として、私がやるべきことが我が家にはいくつかあるのだ。例えば、確定申告とかさ(又この季節がやってきた>
2005年01月26日
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大叔母の入院費やそれにかかる雑費、今支払いをしているのは、私。ひそかに、大叔母貯金と、命名している立替分。大叔母の通帳は手元にあるのだが、父がそれを使うことを良しとしない。昨年特養から引き上げてきた大叔母の私物の中には、通帳類もある。特養ではすべて預かってくれて処理をしてくれたのだが、病院はでそうは行かない。そのため、持って帰ってきたのだが、当初郵便局へ父の車椅子を押して出かけ、大叔母の入院費などを下ろしたい旨を申し出たところ、本人の委任状が必要だと言う。大叔母はすでにリウマチで指が動かない状態になっており本人に書く能力は、もう無い。「何とかせな、あかんな」と父。その後、また調子が悪くなることが増えて、今に至る。これも父の悪いところ、だと私は思う。公明正大もいいのだが、この場合はどうなんだ?また、父母にかかる費用、これもいったん私が払う形をとっている。こちらについては、父の了承の元、通帳を預かっている私が必要金額を後から下ろして、精算する。こういうやり方は父の好むところで、金銭面について私を信頼してくれる元になっているのだがおとーさん、ちょっと慎重すぎないか?用心深い父は、慎重すぎて、チャンスを逃すタイプ。これまでの治療に関しても、後手後手に回ることにつながっている。これも性格だ。といってしまって良いものか。父も大叔母と同様、リウマチで指の動きがままなら無くなってきた。このままではサインが出来なくなる日も近い。今は貸し金庫などの変更時、父と私の二人のサインが必要だがそのうち無理になるだろう。母についても、体は元気だが、もう金銭管理は出来ない。上記三者について、成年後見制度を使うべきだろうね。まずは大叔母からだろうな・・・。弁護士など第三者に頼んでもいい。そのほうがむしろ遺品整理などが必要になった場合、スムーズに事が運ぶことも考えられる。遺品を狙っている、ハイエナ叔母もいるしさ・・・。ただしこの場合、弁護士費用がかかることになる。高いのかな~、誰が負担するのよ?などなど、ちょっと落ち着いて考えたいこともあった今日は、一日家にいて、あれこれ調べたり、考えたりの日。たまにはこういう時間もナイトね。両親の場合は、弟が良いだろうとおもうけどな~。同じ名前だし、手続きも楽なんじゃないかな?彼には要所要所で、手続き上の大事な場面に立ってもらう必要があるだろうと思う。実際に手を貸すのは私、でも大事なことは弟。一応、奴を、立ててるつもりなんだけどね(笑)大叔母の件、父の兄弟の了解は得たので、大叔母の妹家族にお手紙を出さなくちゃならないな。さて、次の休息日はお手紙作戦だ。大叔母さん、いろんな手続きが済むまで、がんばってちょ。姑通院日。連絡が無いので今回は多分舅とお出かけしたのだろう。それはそれで感謝。
2005年01月25日
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昨日の青切符も、いろいろも、やっぱり夢じゃなく(笑)また新たな忙しい一日の始まり・・・。やらなくちゃいけない事が山積み(--)昨日、両親の部屋に、家具を買い足した。その中に入れるものの整理は、当然母には出来ないし、今の父には疲れちゃってその元気も無い。こういうとき、本来は施設のヘルパーさんに頼むべきなんだろうケド父は入居当初のやり取りから、経済面で不信感を抱いていて頼むのを躊躇するようになっている。父の悪いところは、何事も「僕がやる」でも出来ないでしょ。「僕がやる」ことは結局私の仕事になる。大好きな父のことだから、父の要望は良くわかる。だけどそれをすべて聞いていたら、私の生活はなくなる。と思っていても、あの弱りようを見ていると、ついね。(--)やっぱり、今の施設では、父は無理か?母はある意味適していると思えるけど、父には不向き。次は両親分離を考えなくてはいけないのかなとこのところ、モンモン。大叔母のことにしてもそうだ、父が「自分が担当する」といってしまうので、私の仕事になる。叔父たちを信用しきれないのもわかるけどさ、別に犯罪者ってわけでもないんだし、親父さん、なんとかならんか!?と、もうちょっと元気ならいえるんだけどな~もうちょっと元気なら、自分で出来るか?(苦笑)あ~悶々。あ!お舅様、お出かけ先で、靴を間違えてご帰還。サイズも形も色も違うぞ!なぜだ?それにしても、該当者が名乗り出ないのは、なぜ?先方も、似たようなものなのか(>
2005年01月24日
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昨日の爆睡のおかげ??で、元気はつらつの朝です。今日は5時おき~旦那が朝一番の飛行機に乗るのを送り届け、これから両親のところへ行きます。(もうすぐ9時です)今日はどんな一日になるかな~。あ~~~~~ん(T-T) お巡りさんに、青切符もらっちゃったよぉ・・・。皆様も、ご注意を!両親のところへ行く道中、私以外にも、いっぱい切符もらってました。(^^)vって、Vサインしている場合かっ!・・・m(__)m今日は、年度末の青切符バーゲンだったみたい。(--)さて、本日の両親の様子は父、倦怠感が取れず、口内炎ができています。父の体調不良は、母の不安感につながるので、これまた一触即発。怒りモード・スタンバイ状態(--;父の要望もあり、買い物に出かけたのですが、例によって車椅子は母が押す。父は自分の調子が悪いと、母に対しての示唆もきつくなります。これは、普段我慢している父には、少し許したい行為。でも母には、よくわからない指示を出すことは、混乱を招くだけで、これもかわいそうなんです。あっち、こっち、と言う示唆だけで、的確にお店の中を移動することは、もはや母にはできない芸当。彼女にできるのは、わかりやすい位置から、よく見えるレジへ行って、一人でお金を払うことぐらい。だから、今日も、父の下着を母に買ってもらいました。主婦感覚の満足するお買い物、です。母のご機嫌を取りつつ、父の気持ちも盛り上げつつ実際挙動不審さが一番目立つのは私じゃないの?と言う買い物を終えると、すでに夕闇迫る町並みってなわけで、夕方から放送された、「藪のアメリカンドリーム」物語、は見れず(T-T)ってビデオに撮ったんですけど、(父のところで)父親も阪神ファンなので、「僕が先に見ていいかな?」と言われて置いて来た。ので、本日、鑑賞することは出来なかったのであります。おやじぃ~!この数日、この放送を私が楽しみにしていたことを、知らないのかよぉ~~~(T-T)いや!知っているはず!!父親と同一ファン心理というのは、時として、争いの元になる(爆)あのさ~~~~!先に娘に見せてやろうかな?とかさ思わないかな~・・・・・思わないよね。俺がファンとしちゃぁ、先輩だと、思ってるもんね。(苦笑)親子ほど年も違うって・・・って言うか親子なわけだしさ(・・?始発の飛行機で遠方に出かけ、最終の飛行機で帰ってきた旦那に、父親の愚痴をブツブツ言っていたら、気分なおしにカラオケへってことになっちゃった。「お互い、父親のヘンコさには参るよね~」と、旦那。あんたの父親ほど、ひどくは無い・・・と心の中の私。今日は支離滅裂の一日でした。あ?もしかして、これは夢?明日目覚めたら、今日だったって事だといいな~青切符も、藪の放送も、これからの出来事だといいな~と思っていたら、深夜映画で[タイムコップ]をやっている。ジャン・クロード・バンダムさま、明日目が覚めたら、今日だった、ってことでよろしく!(--)v
2005年01月23日
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わはは・・・よく寝たわ(--)zzz夕べから徹夜マージャンに出かけて、留守だった旦那のおかげ?で爆睡させてもらいました。昨夜寝たのも、本を読んだりしていて遅いのですが、本日起きたのは、なんと!夕方の5時(@@)おなかすいちゃって・・・(笑)我ながら・・・呆れてます。起きたとき、一瞬、朝なのか夕方なのか(・・?です。このところ寝不足が続いていたので、一気に蘇りました。こういう日も、あって良いよね??(=^^=)
2005年01月22日
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この前の日曜日、自宅から入居先へ移動した父母、送っていったのは弟夫婦。水曜日には義妹が大叔母のところへ、付き合ってくれてポイントアップ。と、思っていたら、父の歩行のための足の装具を、弟は忘れたらしい(怒!)大事なものを忘れるとは、何事か!忘れたのは父本人だが、そういうことの無い用に、前日から準備のために来ていると言うのに、このざまだ!慣れていないと、こういうことになる。ばかもん!と言いたいところだが、海外主張を控えている身、ま、今回は義妹のしおらしさに免じて、不問に・・・するかな?(笑)次の日曜日には、私が両親のところへ行くので、それまで我慢してもらうことにした。このところ歩行も辛いとかで、車椅子生活になっている父なので、ま~いっか・・である。父は多分、即効で私が届けると思ったようだけどそうは行かない、今日はお仕事だったんだ。介護事務所のご利用者さんにヘルパーさんのご利用自己負担分のご請求を発送するのが、本日のお仕事でした。今月も無事終了!と、ほっとしていたら、ナルシスト妖怪(舅)から、お電話。携帯電話を無くしたので、電話会社に言って、とめてもらっているから、と言う。「お舅さん、コートのポケットとか、カバンの中も見ました?」と聞くと「無い」と言い切る。「最後にどちらで使いました?」「使ってない」とこれまた言い切る。「使っていないなら、充電中ということは無いでしょうか?」ガサゴソ音がして「あったぞ、なぜわかる?」スーパー鬼嫁だからね、何でもお見通しなのだ。(^^)vさらに渡哲也が、毎日牛肉を500グラム食べていると、どこかで聞いてきた舅。自分も食べるつもりらしい82歳。しかも、牛は草を食べているので、その牛を食べることは野菜不足にはならない。のだそうだ。好きにしろー!この舅、呆けてはいない。天然である。重ねて言うが、舅は呆けてはいない、私が嫁いだ当初から、この手の無くし物は、日常茶飯事である。必ずといっていいほど、無くしてはいない状態で早々に警察に届けたりする。最近も健康保険証が見つからないことがあり、それはどう考えても、自宅内にあるはずなのに、早々に、交番に盗難届けを出したのだ。しかも「年金手帳が盗られました」だと(--)こういう場合、ナルシストは訂正には行かない。行くのは私。ご近所の交番のおまわりさんは優しい方なのでありがたいが、このごろは私が顔を出すと「あ、ありましたね」と先に言われる。こういうことで交番と親しくなるのはいかがなものか(--;今夜、自宅の近くで、カッターの刃を拾った。刃先を少しづつ折って使うタイプのカッターの刃が一本そのままの状態。近所で不穏な話を今のところ聞いてはいないが、こういうものが落ちているのは、ちょっと・・・と思い、拾ってきた。これって・・・交番に届けるべき?これ以上交番と親しくするのも、何だかな~(--)でも、なんなんだろー、この刃。どうしよー・・・・。藪情報追加1月23日午後4時25分より読売テレビで放送されます (^^)
2005年01月21日
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リウマチで、寝たきりの大叔母、手足がゆがんだまま硬直しているので、着替えをすることも難しい。今まではパジャマが多く、昨日病院の方から、寝巻きの方が、着替えやすいですよとの、アドバイスをいただき、本日購入。病院に送る手配をして、連絡をし、よろしくお願いしますと、見えないお電話の向こうの方に、最敬礼。父は大叔母の後に続くように、手足の変形が始まっている。今日の電話の様子では、靴下に工夫が必要。父の着替えは今、母が手伝っているが、母には父の体の変調が理解できないため、着替えを手伝うことも難しいのだ。そのためのヘルパーさんが回りに居てくださるのだが、その方たちに頼むことは母の自尊心を傷つけ、父は母の機嫌快復のために、疲弊する。父が快適で、母が扱いやすい靴下、衣服の工夫。まだまだ、頭の痛いことが続く。姑のケアマネとも連絡をとらなければ、ならないのだが疲れちゃったよ~あ~明日は仕事だし・・・美容院にも行きたいし・・・やだもぉー!父の弟たち末弟は顔面神経痛?とかで、年賀状にも「目が開かなくなることが多く、このごろは、夜はたいてい目を閉じています」と書いてあり、「寝るときは私も目を閉じてるがなー」と叔父の年賀状に思わず突っ込みを入れた。(笑)次弟は、関東地方で自営業を営んでおり、バンカラで豪快なイメージの人。兄弟の仲で、一番から体は丈夫だと思う。でも・・・父が定年退職をしたとき、その日を知っていたかのように、借金の申し込みがあった。父はこの叔父のことを、非常識なところがあると思っており、今回の大叔母のことなどを任せる気にならないらしい。大叔母が住んでいる家は、父の名義になっているが、祖父が亡くなって、父が相続するときに、大叔母がその家で暮らしているので、いずれ売ってしまって、兄弟で均等に分ける、ということになっている。父の弟妹は、祖母の実家である田舎の家を、高額に処分できるものと捕らえている節があり、この先もめる展開も予想されて不安。そんなに大きな家でもないし、駅前開発からはちょっと外れてる。(笑)叔父叔母の思惑ほどの価値は無いと、思われる。
2005年01月20日
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「残念ながら、蘇られてますよ」(笑)面白く優しい大叔母の主治医の先生。笑顔で私たちに今の大叔母の様子を知らせてくださる。私たち、そう、一人ではなく、今日は義妹と一緒に大叔母を見舞う。新幹線二時間、在来線一時間半、さらにバスに乗ること半時間と言う場所に居る大叔母96歳かと思っていたら,計算間違いで98歳になっていた大叔母。(@@)女系家族の中、待望の男子誕生だった私の父を、手元で育てたかった曽祖父母の下で、実際に幼稚園時代まで育ててくれたのは大叔母である。実家の父と同じようにリウマチを持ち,今は自分の体を動かすことも出来ず、関節も固まってしまい,まったく寝たきりだが,頭脳は明晰。声も出しにくいのだが、「○君(弟の幼いころの呼び名)のお嫁さんなのよ」と義妹を紹介すると「おしあわせにね」とかすかな声で,祝福してくれる。これには義妹も参った。感激した様子で、大叔母の手を握ってくれた。大叔母の健康状態が悪いと聞いて、ともかく元気なうちに会いたかったこと、亡くなった後の手配のこと、あれこれあって、遠方を出かけてきたが,今は大変安定しているので当分この病院でお世話になる状態が続く。本当に皆さん優しく、良くしてくださる事に感謝。もう少し近ければ、もっと会いにいけるのにと思うと、申し訳なさが募る。病院、隣接する昨春まで大叔母がお世話になっていた施設、自宅近所の遠縁の方、菩提寺、ご近所のお世話役の方にご挨拶。半分人に貸している自宅へも、立ち寄り、祖父母の田舎の様子を駆け足で義妹に見てもらう。もしものとき、一番地理的に近く、時間の都合のつけやすい義妹が、駆けつける形になりそうなので、今回皆さんに紹介するためもあり、彼女に時間を割いてもらった。在来線での片道一時間半、往復三時間、義妹とはじめて二人でゆっくり話をした。考え方に隔たりがあるわけではないのに、顔を合わす機会が少ないと、誤解が生じるものなんだ。直接本音で話せば、通じない相手ではないのを、お互いに確認。大叔母に関する事務処理は,一日では片付かなかったので、又時間を作っていかなければいけないけれど、今日の収穫は大きい。帰り、在来線から新幹線に乗り継ぐ駅の町に住む同級生に連絡をとり、一時間だけお茶を飲む。あ~生き返る~!何を相談と言うわけでもないのだが、お互いに顔を見てぶつぶつ話をするだけで元気になる。大叔母復活,私も復活のお見舞いの旅。行って良かったな。又行こう!次は間を開けずに行けたら・・・とはいつも思うこと帰宅の報告をすると、父は又、調子を崩しているらしい。大叔母より先に逝かないでね、と念を押す。さすがに、疲れたー!
2005年01月19日
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このお正月、義両親と近くの温泉に一泊で出かけた私たち。一泊で近くとはいえ、旅行気分と言うのは初めてのことでそのときは、嬉しそうにしていた舅だったのに、そしてそれは本当にうれしかったはずなのに、日曜日の新年会で、一日のお稽古の発表の部が終わり、宴会が始まったその冒頭で、今日の講評をと挨拶を促された舅は「このお正月、息子が温泉に連れて行ってくれまして・・・」と話を始めた。ちょうど、荷物を車に積み込む前に、会場の外で、履物をそろえていた私は冒頭のくだりだけ、ふすま越しに聞いていた。普段から、プライベートな話をお弟子さんたちにべらべら話す舅。温泉一泊のことも、事前に話したらしい。「先生、そんなところへ行かないで、もっと日本海の蟹のおいしいところへ行けば良いのに」と言われていたそうな蟹の本場でもない温泉場、お正月の宿では蟹は出なかった。それが不服だったのか、「今、並んでいるお食事を見ますと、蟹がありますね~」と言っている。さらに、宿泊にいくら払った(割り勘)だの、息子がだいぶ飲んだので、大半はその料金だろう、だの宴会の挨拶の中で、話すことではない。その先の話は、およそ見当がついたのと、履物も揃ったので、私はそれで引き上げたのだが、昨夜、旦那がその後の話もしてくれた。私はその場にいなかったので、どうってことないことなんだけど、やはり、舅が必要以上に姑のためと称して、お稽古中にお昼に自宅へ帰ったりすることを私が十分なことをしていないと、とっておられる方もあり、旦那は私をかばってくれていたようだった。やるときはやるんやね。温泉一泊の件も私がネットで予約をしていたので、旦那はその話を私にするのは悪いと、思ってくれたらしい、私も冒頭のくだりを聞いていた、とわかって、珍しく「ごめんな」と言った。(@@)そして「もう親父たちと、泊まりになんか行かんでええから」何より、傷ついたのは彼だった。先生と呼んでいただくお弟子さんたちの前で、父親に、こき下ろされた挨拶をされた。そのことは、彼の自尊心を深く傷つけている。そして、前後の事情も知らされず、今後、息子と一泊、と言う楽しみを奪われた姑も、かわいそうである。私の外野は、叔母連だけではない。舅のお弟子さん一同と言う手ごわい外野もあったのだ。この外野は、身内でもなく、舅の勝手な言動のみを、信奉してしまう人たち、無論、言うことなど聞く耳を傾ける必要もない人たちだ。体調が悪いと普段から言っている姑を連れて、冬場の日本海など、雪の地方へ車で出かける技術は、私にはなく、移動も疲れない範囲でと考えている私たち夫婦のことなんか、そんな外野にわかるわけがない。今までも、不用意に不必要に舅に海外旅行などを勧めた人たちだ。それに迎合する舅もヘンだけど、そんな人たちの集まりなんだ。普段からするべきことはやっている、だから気にはしていないけど、旦那が傷ついているのはかわいそうである。彼はこの手のやり方で、子供のころから、おりあるごとに、舅から傷つけられている。姑も同じように、傷つけられている。なんといっても始末に悪いのは、舅は周囲を傷つけていることに、気付いていない。プライベートな話をすると、お弟子さんたちが喜ぶと、思っている節がある。ことによりけりと言うことがわからない人なのだ。いったい、何様!?あ?お舅様ね(--)今日は夫婦、円満(?)共通の敵、がいると、タッグが組みやすい。(苦笑)ただし、この敵は舅、夫にとっては親だから、また出かけようと言う気になるときもあるだろう。姑の元気なうちに、再びと言うことがあればよいが舅が宿を決めると、予想以下だったと言うことになり(期待が大きいので、100パーセントそうなる)行っている間中、その場所の悪口を聞かされることになる。宿は、私が決めるのがよろしかろう。嫁がわからないなりに選んだ宿、舅も諦めがつくと言うものだ。夏にはどこへ、と予定を立てていたが、「止めだ」そうだ。今年の夏までに旦那の心の傷が溶けるかな?できれば行きたくはないもんだ。
2005年01月18日
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いざとなったら女は強い(笑)震災のとき、私たち夫婦だけではなく、あちこちのご夫婦で、ご主人の頼りなさが露呈した話を多く聞く。腰を抜かしたご主人・パニックになったご主人・気を失ったご主人などなど・・。女性はおおむね、てきぱきとその場をしのいでいるようだった。とはいえ、避難所への荷物に、必要のなさそうなもの持ち込んだ話も多い。誰しも大きな災害にはパニックになる。ウチの旦那もなった。的外れのところで騒ぎ、危険回避の能力がないことを、思い知るところとなった。何もなければ、穏やかな夫である。でも、人生何が起こるかわからない、いざというときに守って欲しいと思うほど、やわな私ではないが、夫の言動によってさらに危険にさらされる状態というのはいかがなものかと思う。震災は私たち夫婦の根本的な違いを、見せつけてくれる出来事であった。さらにその違いに、旦那が気付かないほど、私たちは違っていたのだ。彼もほぼ同じ地域で育っているが、地域に対する愛着は、ない。私は愛着が強く、あの場所を離れることも、嫌だった。不自由さを感受し、あの場所で暮らして生きたい思いが強かったが彼は不自由さを我慢できない、といっていた。自分の両親も私の実家も、その中にいるのに、である。震災後一月ほどして、京都へ移転した。決定的に違うんだ、と思ったのに、10年たってもまだ一緒にいるなんて、私もどうかしている。地面のズレの恐ろしさを思い、夫婦のズレの虚しさを思う日、1月17日、おばの一人の誕生日でもある。
2005年01月17日
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まず最初に、昨日の日記を今日の日付で書いてました(>
2005年01月16日
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明日、トドと舅の仕事のため、姑に付き合う必要もあり、実家へは顔を出せない私の依頼を聞いてくれて、弟夫婦が今日、やってきた。両親は明日、入居先へ帰る(行く?)のだが、今回は弟夫婦が送って行ってくれることになる。毎度のことだが、母は荷造りを始めると、不穏になる。その矛先は父に向かい、父も疲弊する。弟がお気に入りの母は、とりあえず弟がいると、機嫌がよい。しかも普段そばにいないから、効果倍増!「あの子は私の子」だそうで、んじゃ、私の母は誰なんだよっ!(苦笑)母は弟は自分の子、私は父の子だという。ややこしい前科があるのか!(笑)残念ながら、私と弟は、よく似ており、しかも父に似ているので、家族関係に劇的な秘密はないものと思われる。今夜は弟嫁さんの提案で、実家ですき焼き、甘味料は父の糖尿のために、ラカンカを使用。夕食の準備を、義妹に任せ、両親の荷造りをする。夜に母が弄繰り回さないように(笑)弟の車に積み込み、明日に備える。家族で温かいお鍋を囲む食卓は、私にとってもうれしい。会ってしまうと、かわいいアカンたれの弟であり、ちょっとかわいい義妹である。二人のことを嫌っているわけではないのに、あちらも嫌ってはいないというのに(弟談)普段は音沙汰なしの、おバカな夫婦であるため、時として私の怒りを買うことになる。怒られるのが快感か?そういう性癖か?・・・・(((爆)))母は二人が泊まる用意をする時に、いつも混乱をきたすので今夜は近くのホテルを予約。お正月に渡しそびれた路上放置ビール(>
2005年01月15日
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通院と言っても、両親の通院。今日は、昨年の三月に、アキレス腱の手術の後の、皮膚縫合をしてくださった形成外科のお医者さま。この手術の主治医だった先生には、半年ぶりに診察していただくことになる。昨年の暮れに、この縫合部分に、瘡蓋ができており、ぎょっとして・・・また傷口が開くのか?と、駆け込んだときには別のお医者様だったので、今日の予約を取って、再度見ていただいたというわけ。縫合箇所について、今後開いてくることは、ないというお話である。内部に最初の手術の際の糸が残っており、今後皮膚の表面に出てくることも可能性としてはあるけれどそれはにきびのように、「ぷつっ」と頭を出してくるらしい。また、そのような形で出てこないことのほうが多い。らしい。次の診察は、三月の下旬。これで、手術から一年経過後の診察を受けて、以上がなければ、この形成外科への通院が終わる。長かったな・・・一昨年の秋に、アキレス腱を切って、12月にアキレス腱の接合手術をして、切開箇所の皮膚がつながらず、3月に皮膚の縫合手術をうけて、次の診察で、多分、終わる。一年以上だったな・・・。な~んてことを言いながら、お昼は病院の食堂でカレーを食べちゃった。血糖値は?大丈夫かあ・・・父もカレーは好きなので、時々は食べたいんだけど、今の施設では、入居者さんたちのメニューにはあるんだけど、カロリー制限食の父にはない。自宅へ帰ると、普段、食べられないものを希望する父である。握り鮨、お刺身、オムライス、カレー、お好み焼き、などなど本当に大好きなのはビフカツ。これは揚げずにオーブンでトライしたこともあり、結構いける。ただ、噛み難くなってるから、お食事もおいしくないらしい・・・。そのうち、刻み食になっちゃうのかな・・・(--)弟夫婦が、明日の夕食から、実家へ入り、明日は送ってくれることになる。助かる~~~~!前回弟夫婦に両親を迎えに言ってもらった時(10月)夕食をお鍋にしていたら、鍋を前に母「こんな日が来るとは思っていなかったわ」と涙ぐむ。母としては、「家族で家でお鍋を囲むような食卓は・・何年ぶりかしら」って事である。弟嫁は、それをかわいそうに思ったようで、今夜は「すき焼き」だそうだ。(^^;明日の荷造りがやや心配ではあるが、ま、がんばってもらいましょう。(^^)v衣類については、後日私が整理しに行くことになるな(--)昨夜(といっても今日の日付)姑から、帰りに生ごみをごみ置き場(倉庫のようになっているので前夜からのごみ出しOK)に出して欲しいと、言われる。何気なく、はいはい、と・・・明日は、荒ごみだー(笑)舅宅周辺と、私たちの家の周辺では、ごみの収集日が一日ずれている。というわけで、生ごみ、自宅へテイクアウト、無事ウチのゴミ捨て場から、さようならでした。姑に日にちや曜日の感覚がないことは少し前から感じていた。マンションの管理人さんにも、少しお願いをして、姑が間違えそうなときには声をかけていただくべきだろうかこういうことは、本来、舅が気をつけるべきか?・・むりだよね~(苦笑)同じく昨夜、舅の足先も、足湯をお勧めしたのが効果的だったのか、ヘンに紫だったのが、ましになっている。暖めて様子を見よう。トド、本日二時間カラオケ、いよいよ日曜日に新曲披露か?歌唱指導(・・?の私の疲労も、ピークである。カラオケの大音響の中で転寝をしてしまった。伴侶を早く寝かせようというデリカシーは皆無のトドである。ただこういうことに付き合う時間を作ると、トドは機嫌が良い。なんだ~私と遊びたいんじゃないの?などと、甘いことは考えにくく、眠気とともに憎しみが育つ夜である。トドの夜食の依頼は却下、帰宅後入浴もせずに就寝。
2005年01月14日
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今朝実家へ行くと、予想はしていたことだが、父、足が痛むので、母の通院には同行しない、と言う。やはり昨日一日、普段より動いたためか、疲れた様子。昼食の時間が遅くなるが、自宅へ帰ってから三人で食べよう、と言うことにして、母と出かける。出かけるまでが一騒ぎ、である。今日は、長袖のシャツ(これぞ正しき婆シャツ・笑)を着るときに片袖に片足、首を通すところにもう片足、シャツを相手にプロレスですか?お母さん(--;脱いでもらうのも、ややこしい(笑)何とか着替えたものの、もって行くはずのバックがない、鍵がない、財布がない、ないないない~である。今日は私がすぐに見つけられたので、大きな混乱を招くこともなく、「一人で行けるのに、悪いわね~」なんていってる母と、出発。いつも通院前の車の中では、母がうれしがるようなネタを提供し、大笑いの道中。これは、通院の緊張感をほぐすため、必要かと、取り入れた方法である。母のお気に入りの笑い話の中には、父方の祖父の介護話がある。母にとっては舅に当たる祖父、介護は主として母が担当していた。祖父は元気でわがままな面白い年寄りだったので、ご近所でも、ちょっと困った爺様として、有名であった。(--)家族としては閉口することも多かったのだが、面白い逸話を数多く残している人でもあり、母にとっては忘れられない人生の一こま、なんだと思う。ただ、私が祖父との間に体験したことも、今の母には自分の体験になってしまうところがあり、母の記憶が正確だと言うわけではない。今日は主治医に、母が衣服を正しく着用できないことや、右左の感覚などが、掴めていないようなことについて聞いてみた。まさしく認知障害に該当するとの事で、母の場合は、萎縮の著しい脳の箇所も、その傾向を示しているのだと言う解説を聞き・・・・母の主治医は若い女医さんなのだが、はっきりとものを言うタイプで、わかりやすくて私は好き。母の行動について、解説をしていただくことも、いつものことである。解説をしていただいたからといって、病の進行を抑えるすべはないのだが、私自身が諦めがつくとでも言うべきか?母の行動について、認めやすい気持ちになる効果がある。主治医の診察前の血圧139ー83、ま、こんなもんかな。お薬の変更もなく、来月は父の入院期間中に診察の予約を取る。長くなりそうな父の入院中に、父を見舞うことと、かねてから母が希望しているように、一泊、自宅で過ごすことを考えている。私が同宿するかどうかは、旦那の仕事の予定と照らし合わせて、検討中。お薬を待っている待合室で、お昼のニュースがテレビから流れていた。と、「藪!アスレティックスに決定」のニュースが流れる。うれしいヤンかいさ~(^^)vがんばりや~~~藪!おばちゃん(たんぽぽ)もがんばるでぇ~と、場所柄もわきまえず、阪神ファンに変貌。(^^;程なくお薬をいただいて、病院を後にする。駐車場で車を出しながら、母に携帯電話をわたし、実家に電話をしてもらう、相変わらず、どこを押せばいいのか、どうやって話せばいいのかもたもたするがこれもいつもの、病院帰りの風景。昼食は父の希望もあり、今日もおうどん麺は細め、噛み合わせにも不具合の起こっている父は、やわらかめが希望。このところ血糖値の数値がよいので、掻揚げを買って帰り、グリルで暖めて、油を落とし、さらに湯通しをしてかき揚げうどん。昼食後、しばし、昼寝(私が・笑)先日の旦那のイッケンでの徹夜が響いて、寝不足だ(--)一時間ほどで目覚めると、両親も熟睡(笑)母をたたき起こして、買い物に行く。昨日、実家へ帰る道すがら、スーパーに立ち寄った母は「こんな風に買い物ができるなんて、・・・・」と涙ぐむ。いや、そんなオーバーな反応は・・・(--)施設にいても、父の車椅子を押しながら、すぐそばのスーパーへは、出かけているはず。帰宅すると言う興奮感から、感激やさんになってるわけ。そんな涙に、動じる娘ではない。朝食の準備のままならない母である。父の指図で母ができることは、ゆで卵を作ることぐらい。今朝の朝食は、ロールパン、サラダ(含むポテト)、を昨夜のうちに用意して冷蔵庫に入れておき、両親はそれを食べたのだが、4つあるロールパンを、父がひとつ食べている間に、3つ、食べてしまった母である。母は健康なのだ(笑)パンの一件は、父の申告により、私の知るところとなる。「僕は一個しか食べてナインや」そりゃ気の毒だ(笑)哀れっぽい父である。(^^;明日も病院へ午前中に出かけなければならないので、「朝食は手軽にしよう!」と言う私の言葉に、迎合する母。「朝ごはんくらい、何てことないんだけど」と言い訳をしながら、サンドウィッチ購入。スーパーへ行くと、あれこれ野菜などを昔のようにかごに入れる母、必要なものは買わず、使いそうにないものを、次々と・・・隙を見て、それを戻しにスーパー内を走り回る私は、ずいぶん挙動不審なオバハンに見えることと思われるがかまっちゃいられない。たいてい、バナナだが、私にも何か買ってくれると言うので、ありがたくお願いをする。が、最終的にいただいて返ることは稀である。私にくれる、と言う気持ちはあるのだが、そのことも忘れるのよね。(>
2005年01月13日
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今日から数日、通院のために、自宅へ両親が帰ってきた。昨日は姑、今日は父、明日は母、明後日は父、通院で埋まる一週間の予定。誰をどこの病院に連れて行くんだったか、混乱しそうになるわ(笑)手足の痺れのある父、今日の内科の診察で、心配していた頚椎の脱臼ではなく、血糖値管理の効果が出ている糖尿病の合併症の一つ、という可能性と「リマチル」というリウマチのお薬の副作用(結核)を予防するお薬「イスコチン」の影響、と言う可能性が指摘される。糖尿病の合併症が、糖尿体質のおさまりを見せている今になって、なぜ?といぶかしく思うと主治医の話では、合併症の発生にはタイムラグがあると言う。ん~~~そうなのか~!そんなこんなで検査の必要もあり、二月の免疫抑制剤の投与のための入院は、二週間ほどの予定になりそう。またその間は、母を一人で、預かってもらう事になる。いつものことだが、自宅へ帰ってくると、母は実にうれしそう。「やっと帰ってこれたわ~、何年ぶりかしら~」・・・・・毎月帰ってきていることは、この場合、記憶にない。だいたい、施設に入って何年もたってないシー!(笑)母が自宅へ帰りたがる話には、「暫く帰ってないから・・・」と、始まると、聞こえないフリをして、「この前帰ってくれたとき、○○したよね~」と私が言う。忘却隠蔽本能、のようなものが働くのか「そうそう、この前帰った時、こうだったよね~」になる母の不思議。先月は車椅子なしで帰宅した父なのに今月は、また車椅子生活に逆戻りである。恐ろしいことが起きていないことを、ひたすら祈る気持ち。明日は母の通院だが、父も同行すると言う。今日は父の通院先の病院で昼食(きつねうどん)明日は母の通院先の病院での昼食になり明後日は、父の形成外科医のいる病院での昼食今週は病院の食堂ランチばっかりだ(笑)父は普段施設で食べられないものを食べたく、本日の夕食は握り九貫+お豆腐とワカメのお味噌汁+ソラマメ日本酒・冷でぐい飲みに二杯(苦笑)デザートにイチゴお酒は大好きな父である。主治医から、「ちょっとならいいよ」などという、誘惑的な言葉があり、アルコールに対して節操のない父の、「ちょっと」の定義、が増えていくのではないかと心配である。ちなみに、この傾向は、私に遺伝している(--)暖かい季節になったら、もう少し帰宅日数を増やしたいようなきもする、今夜の私。ってな事をすると、きっと倒れる未来の私。あーあ、わやくちゃやわ!(^^;
2005年01月12日
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トド(殿とも言う配偶者)昨夜遅くに帰宅し、数日大きいほうの排泄がないと言う。口腔器官から大量に食物を摂取するトドは、排泄も多い日は二回だ。それが、何日も、ないのだ、と言う。しかし、土曜日に、排泄に及んでいたらしき気配つまり家庭内某所に、長く滞在していたことを私は記憶していた。「あのときからすでに出ないの?」と聞いてみた。何日も、と言うのは二日間のことであった。私など、二日ほどでは、○秘とは言わないそれについては、むにゃむにゃ・・・「私の下剤、飲んでみる?」と言ってみたがまたもや「お前が忙しくしてるからや!」と意味のない暴言。それだけ辛いと言うことか?(--)イチジクさんを自ら買ってきて試すといい家庭内某所へこもるも体内注入後の滞留時間を保てず薬液のみ排泄すること、三回。「お風呂で、暖めてみたら?」と言ってみる。散々悪態をつき、ちょっと入浴。効果なし、その後、私の下剤も服用し、就寝しようとするものの痛みのためか、寝られない様子。夜半、数回、某所へ通うも、効果なし、「暖かいもの、飲んでみる?」ブーブー言いながら、飲み干しこれまた効果なし。昨夜から、何度となく、「イチジクさん、やってあげようか?」と持ちかけるも、「自分でするから、いい!」怒り口調。夫へのイチジク投与は、すでに経験済みの私である。何をかいわんや・・・(--)「救急車呼んで、お医者様に見てもらえば?」却下。結局朝まで、すったもんだで、ほとんど徹夜状態。合間に、日記にフリーページ、「震災記」を加筆。トドが、ここ一番、大事なときに頼りにならないと身にしみて思った最初の出来事。さて朝になり、今日の仕事へは行かない、といい姑の通院も、キャンセルしてくれ、といい夫自ら、舅に連絡。この時点で、腸内洗浄というものに行きたがったり、舅は、早速どんな医者へ行くのかと、うるさい。この家族は、非常時に弱いと、認識を深める。一晩たち、疲れの見えるトドに、一から話してみた。出ないと言っても日数は浅い、なのに無理だと言うことは出口に異常事態が起こっている可能性がある。その場合は、医師による診察が必要と思われるが一度拝見し、イチジクさんを試してはどうか?それでもだめなら、医者へ行こう。土地持ち(ジヌシ)でもある、トドは、場合によっては手術と言う可能性もあり、その場合、今後の仕事予定に、影響が出ることも懸念されついに決心をして、私の手によるイチジクさんにトライ。開通。トド、日常生活に戻る。姑の通院予定を復活すべく、舅に連絡。これから出かけます。「今朝の一言」テメーの尻(けつ)は、テメーで拭け!(怒)さて、姑の通院今朝も舅と一悶着やったらしい姑。今日の舅は仕事始めと言うこともあり、和服で出かけた。その準備を昨日、姑にあれこれ指図をしながら整えたらしいがもののありかがわからない状態に陥ることの増えた姑には、和服を調えることは、時間のかかる作業だったと思われる。昨夜整えておいたはずなのに、朝になったら、整えたものがなくなっていたらしく、お舅様お怒り。「アルツハイマーだと思うから、医者にそう言うように」とのお達しを受け、通院先へ向かう。舅は以前から、姑をアルツハイマーにしたく?というか・・鬱病より、アルツハイマーのほうが、聞こえがよいと思っている節が見られる。鬱病は治る可能性ある病気、アルツハイマーは治らない。なにゆえに、アルツハイマーだと決めたいのか理解に苦しむ。ウチの実家がそうだからか?カタカナ文字の病名は、かっこいいからか???(--)ちょっとそんな風に見える舅の言葉、総括すれば、姑にはあわてて物事を片付けようとする傾向が見られるようになったと思われ年末以来の、もろもろの状態を主治医にお話し申上げ、抗鬱剤が軽いものに変わる。お正月はどうしてましたか?ときかれたことに対して「ずっと家にいました」といってしまう姑。でも、忘れているわけではなく、咄嗟に返事ができないというべきだろうかいずれにしても、確信を持って自分の思い込みを強く主張する実家の母とは、違う。姑は助け舟を出せば、思い出す、というか、話し出す。といった状態。アルツハイマーとは、やはり違うように思う。舅の足のつめが、妙に白い。足先も紫っぽい・・・冷えてはいないというが、普通じゃない。こういうことは皮膚科かな?嫁の一日は疲れる。
2005年01月11日
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と言うわけで、朝から仕事。お昼休み、の時間を利用してちょこっと日記を開くことにしちゃったわ。癖になったな~この日記(^^)またもや父親の状態が良くない。だから、本当は仕事なんかしてる場合じゃぁない。だけど・・・仕事をしている私は、○○さんの奥さんじゃなく○○さんちのお嫁さんでもなく、○○さんちの娘でもない。私個人として存在している時間、に思える。この時間が、ちょっと冷静に自分を見つめる時間にもなったりする。介護してると、わー仕事のこと、どーしよ・・仕事してると、げー家のこと、どーしよ・・家のことしてると、あわわ、介護の時間だー・・それぞれが、ストレスになってるわけで一つのストレスを他のストレスで解消してるって言うのも結構、ヘンなんだ。・・・けどね。(苦笑)ところで昨日の妄言に、皆様コメントをありがとうございました。記憶、やな事も覚えてる私たちと、大事なことも忘れちゃう病気の母。ショウコさんは優しいな~、だから懐かしい思い出として、できれば愛そうと、きっと思ってるんだろうって、思います。私は、しつこいクイーンの☆チャンほどじゃないけど(・・?、どっちかって言うと、執念深いわけでやな事、忘れヘンよ~~~って、(^^;そのうち復讐してやるワイ。なんて思ったりするんだな~。ムフフ、覚えてるで~、「何月何日!こんなコト言っただろー!!(やっただろー!)」って後で責めるためにも(対象は旦那か?笑)林檎ちゃん!やっぱり日記は必要だわ(^^)v日記のタイトル、復讐日記にするか?(汗)小森のオバチャマ、亡くなるの報に接しもう亡くなっておられるのかと・・・・思ってたので、ちょっとびっくり。(不謹慎、ごめんやス)ご冥福を・・・合掌。お仕事終了後実家のお掃除に立ち寄る。明後日両親が帰宅、母は、恐ろしくくもの巣だらけになった廃屋を実家の様子といつも想像しているらしいけどこまめに掃除はしてるんだよね、っていうか、母が帰宅中はむやみに掃除をさせてもらえない。後でするから~って言うけど、後でしてたためしは無い。(笑)本日も締め切りに間に合ってお仕事無事に終了。明日は姑の通院日。舅が仕事なので、私が付き合うことになる。それは、いい。でも昨日、明日が通院で、私が同行すべきではないかと、舅に持ちかけたところ「違う」と言い、来週「僕が連れて行く」と言っていたのに今日、仕事中に連絡があり、「明日、仕事なので頼む」とのことやっぱりね、と思いつつ昨日のやり取りのことは、舅の記憶に無い様子。舅もやばいのか?いや、元からか?(--)人の話なんか、聞いちゃあいない。
2005年01月10日
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の数年の間に、次々と親が、病みはじめた。夫婦双方の親4人は今日もまだ(苦笑)健在だ、でも、これから、次々と減っていくことになるのだろうと、思う。義両親は、体質的に合わない人たちだが、旦那は一人息子なので、介護は私の手によるものとなる。とはいえ、もともと、異常に恥ずかしがりの姑は私が入浴のサポートなどをすることを望まないと思い、介護サービスに、全面的にお願いする予定。私はメンタル面を担当、としておこう。実両親とは、仲良しなのだか、気持ちがわかると、自分の手で何とかしたいと思ってしまい、結局、自分の首を絞めるような、ハードな生活に陥りがち親に対する愛情は、あってもなくても、それなりに介護となると大変なんだ。これまでのこと、覚えているうちに書いておこうこれからのこと、書いておこう、嬉しかったことも、哀しかったことも、辛かったこともそのときどんな風に感じた自分がいたのかも残しておきたいように思う。もしかしたら私も母のように、今のことを忘れてしまう日があるかもしれないから記憶はいやだね。忘れたいこともたくさんあるけど、それも全部本当にあった出来事なんだ後で懐かしく思える記憶ばかりではないけど書くことで整理がつけば、それも良いかとおもう。さて、舅姑のご機嫌伺いに、出かけるとするか~今日の姑、気になるのは来週末の新年会のことらしい。そういえば、母がアルツハイマーの初期症状を見せ始めたころ気になることができると、そこから意識が離れない、という現象があったことを思い出す。そのころ、母の興味がどこにあるのかを察知するのには便利なんて、思っていたけど、訂正するのも、容認するのも、実と義では、感覚が違う。実母は基本的な性格が明るいことから、面白いと思えることも多かったけど姑は、鬱病でもあるので、思考回路がマイナスへ向かっている。相手をしていて、鬱陶しいように思ってしまうのも、もともとの性格の違いからか・・・。だけでもないよね。
2005年01月09日
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免疫抑制剤が効果を見せて、リウマチの症状の改善が見られる父なのに手足が異常に冷たくなり、痺れるとのこと施設の外科の医師によれば、頚椎の亜脱臼ではないかということだがリウマチの症状として各部の脱臼が見られることから可能性はある話。またしても車椅子が頼りの生活になりそうだ。本日、入居先の職員さんに、足湯のための容器購入依頼。来週の帰宅予定を短く、12日から16日に設定。16日は私が姑の相手をしなくてはいけないので、弟が送って行ってくれることになりそう。19日(水)日帰りで大叔母のところへ行くことにした。もしものときの、準備のためです。現地の葬儀の常識探り・・・。・・・っと、大叔母の葬儀の心配をしているさなかに、電話で霊園墓地のセールス、こういうの、タイムリーといっていい?お若い奥様には、まだ遠い話だと思われるでしょうけどときたもんだ、さらに奥様は20代ですか?30代ですか?ですと(@@)40代半ばのオバはん相手に何を言う~(声は若いのだ・笑)他のものなら、買ったかも。(^^) でも、墓は足りている。「入っても良いと言われているお墓が4箇所あるので、間に合ってます」旦那の家の墓、実家の墓(田舎と都市部)母の実家の墓いずれも、本人が望めば入れてくれるといっている。嘘じゃないもんね、自慢でもないが・・・。(--)『閑話休題』ところで藪、アスレチックスに決まったらしい!おめでとう!これでまた、春から夏の終わりまで、野球観戦が日夜続くわけだ(^^)vありがたい!何でも最初からエンジェルスが名乗りを上げていたそうなのだが、オファーがないとか何とか、散々腐されていたもののアスレチックスが最後に巻き返して競り落とした!ということらしい。長年、打線の援護を受けられず、なかされてきた藪だが今度はどうなんだろう。先に渡米している長谷川などの話を聞くと、メジャーの選手は本当によく練習をするらしい。藪のまじめさと、実力が遺憾なく評価されるシーズンにならんことを!!オバちゃんは祈ってるで~ちなみに、藪をメジャーへと開眼させた新庄は、今度は宇宙旅行企画中とか?(苦笑)今年も面白い野球が北海道から発信されることを大いに期待!早くシーズン始まらないかな~矢野のラジオも、なかなかだし、桧山さんもがんばってもらいたい!15歳の新人君は、電車で通うのだろうか?オバちゃんが送迎を担当してあげたいもんだ。(支離滅裂)藪は「ブッシュ」と呼ばれるのだろうか?だとするとテロの標的にならないか?などと、阪神不安心理は留まるところを知らないのだ。(さらに支離滅裂)まだ早いけど、今年の恵方は「西南西(正確には真西から15度南)」だそうです。
2005年01月08日
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本日ドト初仕事に出かける。(やっとー)年末年始しかまとめて休めないとはいえ、普段いない人がいる生活は、ただ、疲れる。ただし、明日も休みだ(--)大叔母の入院先へ、入院費支払いの電話をかけたついでに主治医の話を聞く。5日ほど前に嘔吐したらしく、その際に誤飲、現在肺炎には至っていないものの気管支炎を起こしており、抗生物質投与中。また、数日前より、無呼吸状態になることも多く、この10日で96歳を迎える大叔母。いつ変化がおきても不思議ではないといいながら、今の病院は良くしてくださり、感謝。ただ・・・変化は近い可能性も十分すぎるほどある。Xデーが、私の動きやすい日だとよいのだが・・・。父の長姉、大叔母の妹家の長女宅に、このことを連絡。大叔母の妹が、一番の相続権を持つ人ということになるので今後のことも相談しておく必要があるだろう。お友達のホームページにある、「おみくじ」毎日引くのが日課になった。(笑)「今日のあなたは面白い」と出た。なるほど、今日は私としては面白かった。 日記作ったわけだしさ(^^)vそれにしても、いつまで続くことやら(苦笑)夕食後、夫は仕事の相談に舅宅へ私は仕事の相談がほぼまとまったところで、遅れて参加来月の新年会の出席一覧などをパソコンにて作成する手はず夫からの電話があったのはすでに11時を過ぎており、舅宅での私の仕事が終わったのは、1時を回っていた。私がパソコンを打つ横で、打ち込む内容について、夫と舅が画面を覗き込んでおり、姑は、蚊帳の外状態。こういう形は今の姑には良くないのだが、仕事なので致し方ないと夫も言う。気を利かせたつもりで、お紅茶を入れてくださった姑だが夫は気づかず、お茶碗を倒してしまった。ちょっとかわいそうな姑だったので、最後に舅の写真撮影風景の拡大版をそっと見せると(これは笑える)姑の顔も笑顔。うつ病との闘いは、本人だけではなく、周囲の理解も必要のはずだが・・・。姑の場合、周囲の環境は厳しい。(私も含めて)
2005年01月07日
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殿(旦那)はカラオケも本気勝負今日は3時間をかけて「ハナミズキ」習得に努め自分のものにしたようす。ただ、どんな曲も、彼が歌うと「演歌調」になるのが、聞いていて、辛い(--)好きな曲なのに、嫌いになりそう・・。
2005年01月06日
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グルメな舅、朝食を食べながら、昼食のご相談。相談とはいえないな、舅が独断で決める。目当ての料亭でのお蕎麦は、お正月メニューになっており、お昼も会席のみとのことで急遽、舅お勧めの喫茶店で、姉妹店のパンのセレクトに変更。旅館の朝ごはんはたっぷりしているので、量的には正解。だと思ったら次は、おぜんざいを食べに行こう!とのお言葉。これで一キロ体重が減ったと、ご心配だったお舅様も、元の体重以上に戻っていることと思われる。幸い、これも食いしん坊であるはずのトドが、これ以上は食べられないと、申告し、脅威のグルメツアーは終了。お舅様は、放置していると、いったいどれだけ食べるのだろう?お姑様は、昨夜から数回、大浴場へお誘いするも、知り合いとの入浴は以前から恥ずかしいとのことで、今回も却下。部屋の浴室はここも広く、ジャクジーつきなので、お勧めするも舅の「危ないから止めておけ」の一言で、姑の気力は無くなる。せっかく温泉地へ来ながら、入浴せずに帰るのも、もったいないような気がして朝食後、勝手にお風呂の用意をして、再々々・・・度お勧めしてみた。がこれまた、お舅様「危ないやろから・・・」でも、ご自宅のお風呂とそれほど危険性において、変わり無い浴室ではある。私たちの部屋も、お風呂の用意をしてジャクジーをしばし楽しむ。お姑様、入浴はなさったようであります。やれやれ。
2005年01月05日
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本来なら、お正月期間に温泉など、大変に贅沢なことでありうれしい・・・・はず・・・だが・・。お舅様との食事風景は以下のようなものです。今回はお料理はお正月用のメニューでしたので、選択は出来ませんでしたが普段は、舅が食べるものを決めます。そして、何から食べるかを指示されさらに、どれにどのくらい調味料をかけるかを、指示されあるいは、かけられてしまいます。こんな食事が楽しいはずも無く私はおおむね、薄味嗜好なので、調味料をかけていただくことは丁重にお断りするのですが食事の間中、「それでは美味しくないだろう」と数分おきに指摘され隙をみて、私の食材に醤油などをかけようとする舅との攻防がつづきます。また、これを一口食べたら、次はこれ・・・これも決められる。好きに食べさせてくれぇー!普段、我が家では、食事に暴君になるトドも、父親の勢いにはかなわないと見え、おとなしく従っています。ただしおとなしすぎて、無言。(--)ちょっとは相手をするべきだろう、あんたの親や!
2005年01月04日
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夕食朝食ともにバイキングこれは食事療法の必要な父には、食べられるものを選べるメリットがあり大食いのトドと弟には、十分な食料がいきわたったものと思われる。母にもお運びをさせ、危ういものの、本人はご満足。弟嫁さんも、やや気遣いを見せつつ、食事は終了。ただ父の体力低下が気にかかる。微熱も続いているし、今のお薬はきついものだけに、リウマチには効くのだが体力が落ちる。また体重が減った模様。お泊りホテルのお部屋の浴室は、家庭のお風呂場のようなつくりになっており広かった。ので大浴場もあるとはいえ、歩行困難な実父と、挙動不審な実母のためには部屋にある浴室利用のほうが何かと安全。実父、微熱もあるので入浴は控え、糖尿の影響からか、足先が冷えているので、浴槽にお湯を張り、足湯。その間も、実母、「私は何をすればいい~?」ご機嫌斜めになりそうな場面も、お気に入りの弟がいるため何とか回避しながら、父、足湯無事完了。実母の入浴は、一緒に入るかどうか、様子を見ながら結局は一人で長湯をしていた模様。途中、不信な物音も数回あり、浴室の外で様子を伺いながら、の入浴だ。頭は、洗った模様だが、体は?洗ってないかもしれない。入浴後、「ママにサービス!」といいながらドライヤーを当てているとそこはかとない、異臭・・・(--)一緒に入って洗うべきだったか?年末ぎりぎりにトドが選定して出した仕事関係の年賀状は当然のことながら、いただく方のほうが多くこの日もこれから出さなければいけない方の住所入力が深夜まで続く。夜は3時間おきに、両親の部屋を巡回。母も夜中にホテル内徘徊をすることもなく無事に朝を迎える。朝になってから自室でシャワー入浴。昨夜、夕食時の飲酒から、ストレートで睡眠状態に入ったトドは朝食の満腹感から、またもや睡眠状態に突入。父も疲れているというので、チェックアウトまで、自室でテレビなどを見ながら休息。家族が揃っているとはいえ、イベント性はあまりないホテルライフでございましたとさ。
2005年01月03日
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1・ トド(旦那)の妄言年末年始の手品番組を見ていたトド後で説明をしてくれた。それは、塩じぃ(元大臣)のネクタイをマリックが、鋏で切っちゃうって言う手品だったそうなそこでトド「元大臣の高そうなカルガモのネクタイなんや!」酉年とはいえ、おそらく「カルガモ」ではなく、「フェラガモ」ではないだろうかね・・・ボケる前からこれだもん、旦那の老後の面倒は見たくないもんだ。(--)2・と言っている私も大失敗を一つやらかした。正月二日お歳暮にいただいたビールの詰め合わせ、弟に上げようと車に積み込むつもりで、鍵を忘れているのに気が付いて(その前に旦那が忘れ物をして、家に戻るのに鍵を渡したんだった)車のトランクに立てかけて・・・そのまま出かけた(>
2005年01月02日
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新年にあたって、家族構成のご紹介実母;アルツハイマー、要介護1、肉体は元気(--;実父;介護疲れから膠原病発症、リウマチあり、 一昨年アキレス腱を切断し、最近やや歩行可能な状態 リウマチで指が変形してしまいお箸が使えず、 顎の関節も影響が出て、噛むことも辛い状態 よく生きてるなと思う要介護2 八週間おきに免疫抑制剤の点滴投与を受けるため数日入院。実両親は、平素、高齢者安心住宅というところでお世話になっています。これは父の入院中、事態の把握ができない母が落ち着いて安全に過ごせる環境を作るための二人揃っての入所です。実家には月に一度一週間ほどの日程で逆ショートステイ。姑;老人性欝病から、心療内科通院中 やや痴呆の症状あり、目下介護認定申請中。舅;不整脈があるものの、健康のためなら死んでも良い、という姿勢。 ナルシストで目下「弱ってきた妻をやさしく介護する僕」に陶酔するも 痴呆の症状の出てきた姑の相手はストレスもたまり この数ヶ月で体重が一キロ減ったと、大騒ぎ中 実際、痴呆の症状を持つ実母、姑より、手のかかる人である。うちの旦那が同居を断固拒否しているため、車で10分くらいのところに住んでいます。スープの冷める距離(飲み頃?笑)従姉妹;自己申告欝病であること数年、 この間に転々と医者を変え、薬中毒気味 目下地元の大学病院の精神科に入院中。 就職の決まった大学4年の長女、一浪の長男あり。大叔母;父方の大叔母、重度のリウマチにて、身動きならず、 父方祖父母の田舎である山口県にて、特養暮らしをしていましたが 昨年春、口からお食事が取れなくなり、目下入院中、 今月96歳を迎えるものの、病院の手厚い看護により 以前よりお元気。(--)など、いろんな家族を抱えています。あ、忘れてた、伴侶と言いにくい座敷豚と同居次女のフリしてる弟が遠方に一名いるらしい。(存在を忘れそうになる・^^;)それに付随して、嫁を放棄している弟の伴侶がいます。 と、あらためて並べて書いて、落ち込んだ(T-T)
2005年01月01日
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