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石巻に着いてからは寒さが身に沁みます。沖縄では半袖の生活でしたが今はオーバーを着込んで丸くなっての生活です。寒いのは嫌ですね。今後の航海計画を立ててみましたのでご紹介します。きらきら丸がウェブで公開している港情報が大変に役に立ちました。計画通りには行かないと思いますが基本的にはこの予定にしたいと思います。北海道ではクルージングボートに対する規制が厳しいようですのでロング経験者の先輩諸氏の意見に従って今後の行動を考えるつもりです。今後の航海計画3月~4月座間味港→粟国港→伊江島→仲田→知名→亀徳→古仁屋→名瀬→宝島→中之島→栗生→悪石→枕崎→野間池→里→牛深→崎津湾→野母→長崎→崎戸→平戸→郷ノ浦→呼子→大島→小倉5月萩→浜田→温泉→恵曇→鳥取→津居山→舞鶴→小浜→越前→金沢→福浦→狼煙→羽茂→新潟6月粟島→飛島→秋田→戸賀→深浦→小泊→松前→江差→奥尻→瀬棚→寿都→来岸7月小樽→増毛→焼尻→天塩→鬼脇→稚内→東浦→枝幸→紋別→網走→宇登呂→羅臼→根室→花咲→霧多布8月釧路→大津→十勝→八戸→久慈→宮古→釜石→気仙沼(大島)→志津川→石巻
2007年02月17日
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2月10日に石巻に帰りますので、時々何か情報があったらブログを書くようにした いと思います。3月末の北上から航海日記は始めます。
2007年02月09日
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2月8日 天気晴れ 写真は信風のコックピットで写したものです。右端が大鹿さん。 今日も暖かい日です。恐る恐るジョギングをして見たら、フルマラソンのダメージは 90%くらいまで回復しているようです。それでも5k程度で切り上げて用心しまし た。これで又ジョギングが楽しめると思うと嬉しくなります。 今日は「さよならパーテイ」ということで信風のコックピットで一杯飲みました。中 林さんは石垣島に近日中に立ちますし、私は10日に石巻に帰ります。中林さんは久 し振りに日本一周をする予定で5月の台湾レースに参加した後、北上を開始します。 北海道か石巻のいずれかで又会うことになるでしょう。鈴木さんと3人で飲むのは今 回で4回目です。すっかり仲良しグループになりました。又会いたいと思う仲間で す。何故か波長が合うようです。おかげで沖縄では楽しく過ごすことができました。 たまたま輪に入った大鹿さんですが大阪の方で端正な顔立ちの紳士でした。どのよう な経歴なのか誰も分からなかったのですが話を聞いて見るとすごい経歴を持っている 人でした。フジ32のケッチで49歳からヨットでの生活が始まり69歳の今も現役 です。世界一周も経験されており、大変な時化の中を走った経験やら座礁した話など を皆で目を丸くしながら聞き入ってしまいました。最初は大人しく寡黙だったのです が、やはり「能ある鷹は爪を隠す」の諺どおりです。奢らず威張らず頭に低い紳士で した。上には上があるものです。私のようにいつまでも飲んでいないで早々に切り上 げて自分の船に帰って行きました。遅くなってしまったので信風のキャビンに泊めて いただくことにしました。何しろ向日葵号に帰るには10kの道を自転車で漕がなけ ればなりません。
2007年02月08日
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2月6日 天気晴れ 今日も暖かく半袖シャツで過ごすことが出来ました。岸壁に集まってくる地元のベテ ランヨットマンから貴重かつ怖い情報を得ることが出来ました。沖縄地方で怖いのは 台風ではなく春一番の嵐だそうです。台風は天気予報でそれなりの対処が出来るので すが春一番の嵐は予報が出来ず突然襲ってくるそうです。台湾坊主のようなもので しょう。例えば沖でアンカーを打って釣りをしていたらアンカーを捨てて即避難する のが定石だそうです。アンカーを惜しむと命を失うということです。それだけ突然 やってくるということです。この嵐は奄美大島以北では発生しない沖縄特有のもので 3月末から4月始めに発生するとのこと。私は3月末から4月始めにかけて沖縄を立 つつもりでおりましたのでチョット脅威です。この嵐に会わないことを願うしかあり ません。一番良い方法はこの時期は航海しないで港で過ごすことでしょう。慎重に検 討いたします。
2007年02月06日
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2月5日 天気晴れ 今日は暑くて半袖シャツで過ごしました。地元の人は長袖ですが北国の人は暑く感じ ます。セルモーターがおかしいのでエンジン屋さんに来て頂きました。結果的に全部 取り外し持ち帰って点検することになりました。マグネットスィッチが駄目になった かも知れないとのこと。後から電話が来て中のブラシ(?)が駄目になっていたそう です。冷却水警報機も一緒に明日修理することになりました。 ロング航海をしている者にとって欲しくとも手に入りにくい情報は次のとおりです。 1.港内のどこに停泊したらよいのか 2.お風呂、スーパー、スタンド(免税軽油扱い店)、LPガス充填所はどこに あるのか 勿論、海図や港湾案内は当然必要なのですが、上記の情報は海図にも港湾案内にも記 載されていません。2の情報は港に着いてからでも地元の人に聞けば分かることです が事前に分かっていれば助かります。幸い私は知り合いのロング航海経験者に聞いて いた情報があったので助けられました。最近思うのですが、これらの情報を、これか ら日本一周等のロング航海を目指す人の支援サイトとして立ち上げて情報を公開した らどうかということです。ロング航海経験者の貴重な情報は埋もれたままになってい るのが現状です。個人サイトで自分の寄航した港の情報を公開している人もいます が、更新はしないはずですから、いずれ陳腐化してしまいます。新らたに航海した 方々の港の情報を常に入手して新しい情報としてデーターベース化すれば、これから ロングを目指す方々にとっては貴重な情報源になるはずです。JCN(ジャパンク ルージングネットワーク)は人の情報ネットワークでしたが個人情報保護法の関係で 実質的に機能しなくなりました。私も沖縄までは、ほとんどJCNのお世話にはなっ ていません。ロング経験者はJCNにお膳立てされた航海に批判的な人が多いようで す。少なくても私の知っている人はほとんどそうでした。ですから新たなネットワー クが必要に思うのです。それは人のネットワークではなく情報のネットワークです。 情報提供者の名前は伏して「港のあそこに停泊した。風呂はあそこにあってスーパー はあそこにあった。しかし今はどうなっているか分からない」という無責任な情報で 十分なのです。実際、日本では法律的にヨットが停泊できる場所はマリーナ以外に一 切ありません。しかし暗黙の了解で何とか泊められる場所が沢山あります。その情報 を共有しようということです。ヨットマンの中にも情報を一人占めする利己的な人も 多いと思いますが同時に心の広い人も多いと思います。その善意のボランティアに支 えられた支援サイトが立ち上がることを切に望みます。もし許されるなら私が発起人 になっても良いと思っています。時間と暇は沢山あります。まずは皆さんの反応を見 てからです。
2007年02月05日
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12月3日 天気晴れ 那覇港 スタンチュウブから出る海水の量が多すぎるため、すぐエンジンルームに水が溜まり ます。1秒間に2、3滴垂れてくるのでスタンチュウブのネジを閉めて見たところ、 5秒間に1滴くらいになりバッチリ成功です。初めての作業でしたが自信になりま す。作業そのものは簡単なのですがスタンチュウブの構造が分かっていないと怖くて 締められません。締めすぎると過熱してしまうからです。 今日はマラソン大会が終わってから初めてジョギングをしてみました。時々、急に膝 がガクッとなったり、筋肉に痛みが走ったりするので、まだフルマラソンのダメージ は完全には回復していないようです。走っても足が重い感じです。早々に切り上げま した。もうしばらく休んだ方が良いようです。ところで日曜日予定のヨットレースは 1週間延期になりました。私は次の土曜日に石巻に帰るのでヨットレースには参加で きません。残念でした。
2007年02月04日
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2月2日の夜は中林さんと鈴木さんの3人で向日葵号のキャビンで宴会です。定番の オデンと刺身がメインメニューです。刺身は近くの魚市場で買ったものですが量が多 くて半分残ってしまいました。オデンも作り過ぎて明日は3食オデンになりそうで す。日曜日に宜野湾でヨットレースがあるので3人で参加することにしました。乗る 船は鈴木さんの知り合いの船でメインセールもファーラーですので良い走りは期待で きないのですが、それなりに楽しめそうです。オーナーがヘルムを取ることになって いますがオーナーは経験が浅いらしく3人でサポートすることになりそうです。私も 宜野湾の鈴木さんのヨットに行った時にお会いしている方です。レースに出るのは何 年ぶりでしょう。かつては年に5、6回はレースに出ておりまして優勝回数も20回 は下らない成績を残していますが、クルー不足になってからはクルージング派になっ ています。しかしレースの面白さは分かっていますので、出ればそれなりに発奮する ことでしょう。マラソンと同じで完走を目指して頑張ります。 エンジンのセルモーターの調子がおかしいので修理する必要が出てきました。やはり 色々故障がくるようです。修理は来週の月曜日以降になりそうです。
2007年02月03日
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2月1日の夜10時に我が家(向日葵号)に帰ってきました。途中の石垣島から那覇 までのフェリーは時化で大揺れでした。レストランで食事しているのは数人で、ほと んどの人は船酔いで食欲がないようです。係りに聞いたら時化の時は客が来ないのが 定石だそうです。私のような異常な人が食事にくるようです。 石垣島マラソン大会のフルマラソンに参加いたしましたが、結果は予想以上の好成績 でした。3時間56分45秒で念願の4時間を切ることが出来たのです。フルマラソ ンには850人の参加があったのですが着順は総合140位で60代以上の部では6 6人中9位でした。自分でもビックリするような結果でした。大満足です。スタート してから中間地点までは1時間と45分でしたので自分でも早すぎると思っていたの ですが、やはり25キロあたりから足が棒のようになってきました。30k時点では 股関節、膝、足首、足の裏が痛くなってきて何度か止まって屈伸運動をせざるを得ま せんでした。なにせ練習でも大会でも20k以上は走ったことがないので未知の世界 ですから何が起きるか分からないのです。しかし足は何とか動くのですから不思議で す。途中の沿道ではブラスバンドや沖縄三味線の演奏があって大変元気づけられまし た。給水は2.5K毎にあって水、砂糖、塩、バナナが置いてあって万全の体制で す。バナナは置いてないだろうと思って手に持ってスタートしたのですが恥ずかしい 思いをしてしまいました。途中食べたバナナは3本で飴と梅干はポケットに入れて1 0k毎に口に入れるようにして、水は少しずつ給水地点で取るようにしていました。 私設の給水箇所もあって3歳位の女の子が恥ずかしそうに「水どうぞ」と差し出して いるのを見ると止まって貰わざるを得ません。頭を撫でて「ありがとう」で再スター トです。異変は41キロの所で突然起きました。足が動かなくなったのです。足に乳 酸が溜まりきって限界になったようです。最後の1キロは本当に長く感じました。足 を引きずるようして何とかゴールしたのですがゴールした途端に歩くことも出来ない 状態でした。ゴールしたいという精神力が足を動かしていたということでしょう。す ぐにRCチップを外して返さなくてはならないのですが外すことも出来ない状態です。 ところが大会の運営者は心得たもので女子高生を配置してRCチップを外す体制にして いたのです。ランナーがこのような状態になることを最初から読んでいたのです。さ すがです。着替えてから陸上競技場の芝生の上でワンカップを片手に後続のランナー のゴールを見学しておりました。トップグループのゴールを見るのも感動的ですが、 下位グループのゴールはもっと感動的です。必死に這うようにしてゴールする人がほ とんどですが、5歳くらいの子供が父親のところに駆け寄り一緒にゴールする場面は 2回ありました。又、子供を抱っこしてゴールする母親もおりました。夫婦が手を繋 いで仲良くゴールする場面も2回ほどありました。高校生15人位が一緒に手を上げて ゴールするシーンがありましたが後に新聞で見たら卒業記念に仲良しグループで参加 したそうです。きっと人生の思い出になったでしょう。最初の高校生一人がゴール1 00m前で待っていて段々に2人になり3人になり、全員揃ってから一斉に手を上げ てゴールしたのです。先後教育の中心には「競争の原理」があったと思いますが、彼 ら高校生は「共生の原理」選んだのです。嬉しくもあり頼もしくも感じました。それ にしても「はかない命」の中で一生懸命頑張っているランナーの姿を見るのは清々し くもあり悲しくもあります。小椋桂の作詞で「愛燦々」という唄がありますが「人は 可愛い、可愛いものですね」という言葉の意味を今は身に染みて分かるような気がし ます。最終ランナーのゴールを見てから交流会に移動しました。交流会には2千人位 の参加者がいて既に盛り上がっている状態でした。参加者は思い思いに芝生に座って ビールを飲んだりソバを食べたりして舞台で繰り広げられている郷土芸能を眺めてお りました。ちなみに参加者にはビールとソバの無料券が支給されています。抽選会も あって楽しい一時を過ごすことが出来ました。私の隣りの人は富田さんというロック クライミングもやる本格的な登山家でジョギングは登山のための体力づくりにやって いるそうです。広い会場の中で「山の男」と「海の男」が隣り合わせになるのも奇遇 でした。5時で交流会は終わりですが最後は郷土の踊りを皆で踊るシーンです。阿波 踊りのような踊りですが若い人が中心になって踊っておりましたが踊りオンチの私は 失礼して帰り足です。実際、足が痛くて踊りどころではありません。民宿に向って歩 いていたら完走した充実感が込み上げてきました。重い足取りでしたが一歩踏出す度 に心にも体にもジンジンと伝わってくるのです。私は今回限りでフルマラソンは止め ようと思っていました。最初にして最後のフルマラソンの予定だったのです。その理 由はジョギング仲間の中でもフルマラソンに何度も参加して体に故障がきている人を 多く知っているからです。しかし実際にフルマラソンを完走してみると、その充実感 は何事にも代えがたい魅力があることを知りました。故障を押しても何度もフルマラ ソンに参加している人の気持ちが初めて分かったということです。私の心に又フルマ ラソンに挑戦したいという種火が灯ってしまいました。いつ、どのような形で挑戦す ることになるかは分かりませんがこの種火は消さないように大事にしていくつもりで す。今回の大会で75歳の方が私よりも30分遅れで完走しております。私はまだ6 0歳の若僧です。 マラソン大会が終わって次の日は竹富島に渡って自転車で散策して民宿に一泊いたし ました。次の日は石垣島に戻り自転車で川平湾(30k)に行って次の日は石垣港 (50k)に戻り一泊して2月1日の朝の便で那覇に帰ってきた訳です。自転車で竹 富島と石垣島を一周したことになります。充実した1週間でした。
2007年02月01日
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