Dog photography and Essay
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「あれから1年」 「ワンダーフォトライフ」では、愛犬との散歩の途中で撮影した写真を公開しています。時の過ぎゆく速さは早いもので、あれからもう1年経ってしまった。この1年間は、私たち夫婦にとって試練の時でもあったように思う。いつものように介護は続いており、私の耳鳴り以外は問題なかった。だが昨年7月14日午前5時50分ごろ、自治会の役員をしていたので、環境整備の日と準備をするため出掛ける事を妻に告げに行った。その時、妻のただならぬ様子と今にも嘔吐しそうな表情に、病院で訓練を受けたように、妻を介護ベットから抱きかかえ、畳の上の絨毯が敷いてある所へ横たわらせた。もう、口からは泡を吹き、今直ぐにも嘔吐すると感じ、妻の身体を横向きにし気道を嘔吐物が逆流しないようにした。苦しそうな声を出し吐き出しており、背中を擦った。もう一度、仰向けにし妻の瞳を見ると瞳がグルグル回っていた。そのうちに、足に電気でも走ったようにピーンと硬直させた。直ぐに救急隊へ連絡を取り、来て頂くことになった。救急隊が来てより、簡単に状況を説明したが、救急隊の人は、奥さんの目がグルグル回っていますねすぐタンカーと慌てる。1回目・2回目と同じ総合病院へ搬送されることになり、私は、自治会の活動どころではなくなり人に頼み車を走らせた。病院へ着き、控室で待っていると看護師から入って下さいと言われた。集中治療室では医師が対応しており、奥さんは脳出血です。それもかなり深い位置で脳出血を起こしているので危険な状態と言われた。会わせたい人には今のうちに合わせて下さいと言われ子供たちに連絡した。私は、涙が出て声が震え詰まりながら話した。長女は、「父さん分かっているから、直ぐに走るから、、。」弟たちには連絡して来るように言っとくからと電話は切れた。妻は、危篤状態に陥ってしまった。担当医師が集中治療室に来て下さり、頭を下げ私に謝罪する。小脳の脳梗塞の時、血液をサラサラにする薬を処方してくれた医師だ。怪我をしても血が止まりにくいから注意するよう言われていた。それが、今回の脳出血で血が止まらなくなってしまった。医師は、こんな事になるとは思っても見なかった。最善を尽くした結果が、このような事になり申し訳ないという感じ。妻は、脳出血と脳梗塞と両方を患っていたので医師の判断も大変。私は、このような事になると思って処方されたのではない事を、十二分に理解してますから、先生の責任ではないですよと言った。子供たちは2時間ほどの道のりを駈けつけてくれたくれた。母さんダメなの?とか母さんが可哀そうなどと言葉少なかった。何とか妻の生命力で危機を乗り越えてくれた。だが視床脳の出血で意識障害に陥り、言葉を掛けても反応は無い。聞こえているとは言うけれど脳では理解できない。もちろん話す事も出来なく、始め左麻痺で小脳の時も左麻痺だった。今度は、右麻痺になり、全身麻痺になってしまった。食事もできなくなり、酸素呼吸の日々で、鼻からの経管栄養の妻の状況に耐えきれず、家族で決めた延命措置はしないという約束を誤嚥が怖かったので、約束を破り胃ろうの手術にサインをした。最初の脳出血の時に胃ろうをして、良くなり胃ろうを外した。そして、また胃ろうする事になってしまった。子供たちの想いは、これ以上母さんを傷つけたくない事だった。1ヵ月半で転院して、現在車で1時間の病院へ入院している。私は家に連れて帰り、介護したいと思ったが医師から止められた。全身麻痺状態の人を介護など出来ない。病院に任せなさいと、、。毎日のように往復2時間の道のりを車に愛犬を載せ通った。妻の身の回りの汚れものを洗濯しまた持って行く。看護師は、毎日来なくてもいいですよ。ご主人の身体が心配と、。今は、療養病棟に入り軽いマッサージはして頂いている。辛い日々の連続だが、妻の痩せ細った身体をみて頑張らねばと思う。
2014.05.12
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