つきあたりの陳列室

つきあたりの陳列室

2009.05.17
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カテゴリ: Book
(2009, アクションコミックス,双葉社)

こうのさんの初期作品(4コマなど)を読むと,そのこらからすでにコメディセンスは異質です。短編集『長い道』になると,これは単に「ほのぼの夫婦生活コメディ」とはまとめられない異様なシロモノに仕上がってます。それでもやはり,笑えるのですから,彼女は根からの喜劇作家なのだと思います。



本作では,広島と呉に住む人物たちをめぐる太平洋戦争末期の三年間が描かれます。主人公の身近な人が死に,見知らぬ人の死が日常にあふれかえります。それでも生きている人はいるわけで,もちろん生きている限り,かれらは笑うのです。


leucanthemum?02


この作品では,本編の中に主人公が創作した話(鬼イちゃんの話など)が登場するほかに,「本編とも幻想ともつかない話」が差し挟まれます。たとえば最終話では,1巻で登場した毛むくじゃら怪人や座敷童が再登場します。

これらのエピソードは事実なのか,主人公の想像なのか,あるいは作者によるメタフィクションなのか。何度か読めば,およその見当はつくのですが,とあるアマゾンのレビューが指摘するように,分かりづらい,と言われればそのとおりです。

しかし,このわかりづらさが欠点とは私には思えません。これらの挿話は,「この世の苦汁や絶望に対して,武器も権力も持たない者が,想像や空想をその手にたずさえて,一体どう現実に立ち向かえるというのか」との問いに対する,こうのさん渾身の答えでしょう。

これは kaien さんのブログ(Something Orange)を読んで気付かされたことです。また,『物語の役割』(ちくまプリマー新書)で小川洋子さんが論じたことでもあります。こうのさんのこれらの表現は,人間というものの叡智なのだと思います。


leucanthemum?01


あのホンワカした絵柄で,多重層の複雑な物語を描ききってしまうところが,こうのさんの不可解さです。彼女は一種の妖怪変化なのでしょう。たしか京極夏彦作品の表紙で,鳥の姿に似たウブメの絵がありました。ならば,さしづめこうのさんは,セキセイインコ柄のウブメでしょう。

物語がもつ力というものを,私はここで受け取りました。この僥倖を,こうのさんに連なるこの世界の,誰かしらに返していけたらいいなと思います。はじめは拙くとも,大事な人のために,それを使えたらいい。例えば,すずが寒い冬,知り合った女に南の島の絵を描いてあげたみたいに。




サーテそれでは「桜の国」をもいちど読もっかな。

そして,杉浦日向子さんの「合葬」をまた読もう。

それからそれから,高野文子の「美しい町」を読むんだ。

彼女たちの漫画を,死ぬまでのあいだに何度も何度も読み返せるとは,ありがてえなあ。







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Last updated  2009.05.17 21:30:24
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フィンち@ Re:「記憶の中の源氏物語」 三田村雅子 「人生のままならなさ」への強烈な疑問と,…
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ハオ@ 4年はあっという間 バーチュー&モイヤー組見ました。 優雅…

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