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一才半から娘がお世話になっている保育園の個人面談にはじめて行って参りました。5歳になった娘は波はあるものの未だ朝は登校拒否状態。送り届ける際はいつも母親と涙涙のお別れです。今では園でもすっかり有名で、父兄のかたやこどもたちに「あら~毎日たいへんね~」などといわれても、今生の別れのように毎朝儀式を繰り返します。親としては子ども性格をみてあげて ことさら心配もしていませんが先生との対話だけは大事にしたいということで 妻から指名される形で今回は私が行ってきたしだいです。昔は学校の教師を夢見たこともあっただけに 時々担当する送り迎えの際に園庭で元気いっぱいけなげに遊ぶ子どもたちの姿を見るのはわたしに大きなエネルギーを与えてくれます。今は子育てとお店育てに関わっていますが、どうも共通する部分がいっぱいあるようなきがしてどちらも本当に楽しく勉強させていただいています。毎日忙しい中 子ども達を見守ってくれている先生方に 深く感謝いたします。ありがとうございました。PS どうも自分の魂は子どもたちに触れたがっている気がしてなりません。 もしかしたらそういう方向に進んでいくのかな~
2006年11月29日
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バイトと研修を掛け持ちしている女性スタッフたけちゃんがおおきなはくさいを持ってきてくれました。おばあちゃんが畑で収穫した エネルギーが満ち溢れているはくさい。やっぱり風格がちがいます。たたずまいが違います。 みんなで分けてもあまるぐらい巨大だったので奥さんが早速お昼のメニューに組み込んでくれました!白菜のクリームシチュー♪豊かな食卓に感謝して みんなで頂きました。ありがとうございました!
2006年11月28日
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東京からカビリア姉さんがご来店くださいました。仕事で名古屋にいらっしゃったあと、わざわざ一泊をとってお店に立ち寄ってくれました。この方 私と妻が夏にフランスへ研修に行っている間 留守を守ってくれたスタッフに向け 応援FAXを流してくれるというサプライズをしてくれるような それはそれは 人を喜ばすことが大好きなプロの商人なのです。東京在住にも関わらず既に3度も立ち寄ってくださる方で、人生においてご縁の深さを特に感じています。ありがとう100万遍の輪にも共鳴してくださってすぐに登録をしてくださった、100万遍仲間でもあります。その彼女が娘に持ってきてくれた本。それが「いのちのまつりーヌチヌグスージー」。沖縄を舞台にありがとうの心を やさしい言葉と視覚に訴えかける素晴らしい手法で子どもに語りかけます。なぜ この本が私の娘の所にやってきたのか、そのいきさつがまたありがたい。カリビア姉さんが会員である 斉藤ひとりさんも立ち寄るという あの本屋さんで「名古屋のあーだこーだのぱん屋の娘のお土産に何かいい本はないか」と聞いたとき、そばにいた丁稚こと「大地さん」が取り上げてくださったのがこの本だということです。大地さんというお方にはお会いしたこともないのですが、この本は私が今娘に伝えたいと思っていることが全て書かれていました。オーバーではなく、全て。これだけを伝えたい。そう思っていたことがぜ~んぶ書かれていました。しかも視覚に訴えるという素晴らしい方法で!(詳細は是非読んでみてください)カビリア姉さんと大地さんの間でどんな会話があったのかわかりませんが私はこういう事を奇跡と感じてしまいます。うれしくてうれしくて楽しくて楽しくてわくわくしてたまりません♪この本を私たちの家族に運んでくれた カビリアさんと大地さんに深く深く感謝します。ありがとうございました。PS、ちなみにうちの子供はこの本でひーおじいちゃんとひーおばあちゃんの存在を新しく覚えました。彼らが全員生きていたら8人にもなるという事実に親の私が学ばされました(汗)
2006年11月27日
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人を傷つけるのは自分を傷つけることだ。人を助けるのは自分を助けることだ。みんな同じ血と骨を持っている。人間は自分のことや人とのかかわりのことをほんの100年しか考えない。「真実の人」は永遠に考える。われわれの祖先、まだ生まれていない孫たちも含めてあらゆる場所の全ての命はひとつのものなんだ。永遠に考えるというのはスケールのでっかい話だ。脳が揺れ動きました。すばらしい 言霊に感謝いたします。
2006年11月25日
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愛読メールマガジン 自称天才コピーライター ひすいこうたろうさんの今日のメールにて最高にキューとな動画がをお知らせいただきました。これを見る機会を与えていただいたひすいさんに感謝です♪みなさんとシェアできることを幸せに思います。3分間の上映です。ほっこりしてきてください♪http://www.freehugs.org/ありがとうございました。
2006年11月23日
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いつも子どもを保育園に送っていってから仕事場にくる妻が今日はいつになく興奮気味で入ってきた。聞くところにとよると子どもを送り出してからお店に向かうのに今日は なんとなく 通常と違うルートを選んだそうです。そこは、いつもガソリンを入れるスタンドの前を通るルートでした。まだ、半分ちょとガソリンはあったのだが なぜか「入れておくか」と思いスタンドに立ち寄った。そこで言われた。「タイヤに釘が刺さってますよ♪」このまま気づかず運転していると タイヤがダメになって使えなくなるところが発見が早かったため 5分の処理で直してもらえたそうでした。道の途中や駐車場でぺしゃんこになりJAFさんを呼んだりする手間もお金もかからずタイヤ一本分 得しました先日のはなしもそうですが、なんとなく 本当に なんとなく 選択していることは日常の中で結構あると思うのですがこういうことが続くとちょっと日常の「なんとなく」を意識するようになってしまいます。でもそれは 考えようによっては 毎日のちょっとした楽しみにもなりそうです。そして、スタッフの一人が一ヶ月前に まったく同じことを体験していたというおまけの話も飛び出し2度ビックリ!彼もまた オイル交換に立ち寄ったガソリンスタンドで釘が刺さっているのを発見してもらい数分で修理してもらったといいます。このツイてる話題で朝から厨房は盛り上がっていました。先日のスタッフBの話といい 周りに面白いように ツイてるはなしが飛び出します。まるで何かに守られているようです。ありがとう ありがとう ありがとう感謝しています。こんなちっぽけなお話でも 最後まで読んでいただいているみなさまに ツイてることが雪崩のごとく起きます!
2006年11月22日
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公式のお店の開店時間は10時ですが、実際は7時半から開いています。けれどこの時間はまだパンがあまりありません。今朝いちばんのお客様は ちょっと 早かった。まだ、2品しか焼きたてがなかった。それでも 売り場のスタッフはその2品を一所懸命でおすすめして お買い上げいただきました。売り場から帰ってきた彼に 「パンがなくても あなたの笑顔があってよかったね。おきゃくさんには『パンは2個しかなかったけれど 販売のひとが とびきり笑顔でびっくりしたわ。またあしたも行ってみようかな』って思ってもらえたわけだね!」と冗談交じり 半ば 断定的に言ってあげたところ。ニ~と笑って「はい。そうです。。。 あ~ そういうことか~~♪」とか 何かを感じたようでした。そのあともう恒例になった即興ありがとう短歌ができました。『ありがとう あなたの笑顔に 会いたくて』(店長駄作)しかし今日も すかさず スタッフが続きました!『ありがとう あなたの笑顔で 腹いっぱい!』 。。。 毎日一句ありがとうの歌なら一心さんまだまだ 修行が足らないようです朝一番の笑顔は わたしたち ぱん屋の仕事です。ありがとうございました。
2006年11月21日
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聖路加国際病院の理事長で90歳を越えてなお現役のお医者さま 日野原重明さんのことば『青年、壮年、老年のいついかなる時も 私たちは死に備えていなければなりません。死に備えるとは、常にまず死を想い、死からさかのぼって 今日一日をこれでいかと問いながらいきることです。』死というものを想いながら生きるということは とてもステキなことのように感じます。なぜなら 生きていることを実感しながら生きられるということだから。自分が生きている生かされていることに 毎日敏感であればあるほど 死というものを受け入れて生きているということにもなるような気がします。きっと感性も高まります。同じく日野原さんの言葉で『子どもや若い人を交えて、日ごろから、死を明るく話題にして欲しいものです。 いかに生きるかはいかに死ぬかなのですから。死から振り返ってみて初めて今日一日の いのちの重みが知れるというものです。』死を明るく話題にする。 とても素適なことのような気がしました。『始めに終わりのことを考えよ』と言ったのはレオナルド・ダ・ビンチだったそうです。終わりとは死ぬ時のこと。それを考えることは 今を生きるヒントをたくさん与えてくれるように思いました。すばらしい言霊を与えてくださった 日野原先生に感謝します。ありがとうございました。
2006年11月20日
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風邪などで体調を崩して病院に行くのは年に3回あるかどうかですが私はこの時にひそかな楽しみがあります。それは妻がやさしくなることです(爆)日ごろの妻は至上最強の砥石(といし)として わたしの魂みがきに貢献していただけるありがたい存在なのです。体調を崩し気味の時までは まだまだこれからと言わんばかりに 笑顔をキープするべき問題(クエスチョン)を出し続けてくれますが、ひとたびノックダウンした時は聖母マリア様のようにやさしくなります。考えてみるとこれは最高のセコンドということか・・(ひとりごと)この法則にいつの頃からか気づき始めた私は 時々わざとダウンするテクニックも身につけましたが 元来ウソはばれるほうなので そういうのは効き目はあまりありません。昨日はウソではなく 久しぶりにノックダウンを奪われ ご飯も食べれず布団にもぐりこみました。あまりのつらさに ありがとうをうんうん言いながら 瞑想していました。ふと気がつくと おー!案の定 彼女はやってきてくれました。最強のパートナーが私の足の裏をマッサージしてくれています。登山はしたことがないのでわかりませんが、一緒に登山をしている相棒がへとへとになって倒れた時に 自分の疲労もかえりみず 相棒を背負うような感じを思い描きます。私は登山しなくても十分 日常でその感動を味わっているということでしょうか。本当に日ごろは厳しい相棒です。しかし何故かわかりませんが ダウンするとやさしくなる。これを愛というのでしょうか(爆)そういう関係がいいかどうかはわかりませんが。そういう人がそばにいるということがわかるだけでありがたいと思います。しあわせに思います。昨日はそういう事を またしみじみ感じさせてくれた夜でした。(注・のろけではありません 本気です 爆!)しかもこの話には続きがありマッサージをしてくれている間 妻も「ありがとう」を口ずさんでいたのです。もちろん日ごろも お互いにありがとうを意識しながら 生活していますがうまくいかない時の方が多いぐらいなんですよ♪子どもの前でけんかしてしまったり。それがこういう病気の時に 2人してありがとうを唱えながらマッサージしている姿は「滑稽」かはたまた「こわい」かもしれませんが 奇跡とも解釈可能だと思うんです。そして・・・夜中にものすごいカラダが熱くなって しばしもだえていたのですが朝 目覚めた時には なんと 治っていました。 けろっと。ありがとうはどうにもやめられそうにありません。元気になったらまた 最高の相棒と 登山の開始です!今日はちょっと奥さんに感謝です。ありがとうございました。
2006年11月19日
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東京時代 運命的なぱん屋の立ち上げプロジェクトに参加。その時 同僚であり後輩であり弟のような存在だったシンヤが来店した。当時 パンの専門学校を出たばかりの18歳の 茶髪の少年。ぱん職人の道を志す 夢見る少年だった。見るもの全てが ファッション感覚 すげェ~ かっきィ~(かっこいいの意味)とか無謀なことばを連発して この世界の洗礼を浴びるには もってこいのキャラクターであきれるというよりも、あまりの無邪気さに父性本能が働いて何かと世話をしてしまったそんな思い出の青年だった。 たった3ヶ月の付き合いだった。別れの時は おそらく長くは続かないと思った。案の定その後 2ヶ月後には 店を辞める。風の噂に 新しい店でやっていると聞いた。やってきた年賀状の返信に 3年はがんばれ と書いた。それから4年の月日が流れ 姿を現した シンヤ銀座の超有名店に飛び込んで求職をし 面接を受けて採用された。約束どおり 3年半はじっくりと修行をし 彼は動いたのです。ひとまわり大きくなたカラダ あの時とかわらない無邪気な笑顔は残っているもののきびきびとした言葉遣いに身のこなし。ひと目見れば彼がこの道を自分なりにしっかりと歩いてきたことがすぐにわかった。若干23歳。大きくなった。そんな彼を 笑顔で迎えられたことは うれしいことでした。でも それより嬉しかったこと。 彼がまだぱん職人の道をあきらめることなくあのときの純粋な心のまま ひとまわり大きくなった姿を見せてくれたこと。それが無性にうれしかった。彼から もらった 勇気のエネルギーは計り知れません。若い力はまだ生きている。そういう力を認めてあげて ほめてあげて 伸ばしてあげて 育ててあげる。仕事の中で わたしができる 命のつなぎ方 そういうものはきっとあると思う。ありがとう シンヤ感謝しかありません。
2006年11月17日
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翌日 また同じパーキングに行きました。すると 今度は お~ ゲートのバーがちゃんと降りているではないか!入り口も出口も。やっぱり昨日は何かの故障か サービスデーかなにかだったんだろうな。ちょっと安心する自分がいた(笑)入り口で普通にチケットをもらって普通に駐車しました。さて、用事を済ませて車に乗り込み出口に向かう。ゲートのバーは降りている 何もかも普通 料金ボックスにチケットを入れて 財布を取り出すしかーし!料金表示に「0円」!その瞬間にグイ~ンとバーがあがる。。。周りは沈黙。「あっ そうですか。。。」出口の通路の先に青空がのぞいていました。バーは静かに道をあけてそこにたたずんでいる。「いきなさい」まるでそう言われているようでした(笑)「さんびゃくえんは しんぱいないから いきなさい」何でもお金がかかると思っていました。パン屋さんに行って クロワッサンとバゲットを買って 財布を出したら「いりません」と言われたのと同じです(笑)もし それが出来たら それは豊かだよな。。だから このパーキングとの 2日間の無言の対話は 私に大きな豊かさをくれたのでした無限の愛っていうのかな~ 慈悲深い こー そういうものをね 感じてしまったわけですコインパーキングさんに。相手がコインパーキングだっていうことに 降参です(笑) まとめとしてはおめでたい性格ですね♪神さま奇跡を ありがとうございました。 深い気づきに 感謝します。
2006年11月16日
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職業柄ほとんど表に出ないのですが昨日今日と珍しく用事で車で出かけました。2日とも同じ場所に行ったので 同じ駐車場に停めました。普通のビルの地下のパーキングが目に入り30分100円と良心的な値段なので ここしようと 薄暗い地下に入っていきました。すると不思議なことにゲートのバーが上にあがったままになっていました。入り口も出口も。???そのまま進入していくと 入り口でガチャリとチケットが発行されました。。。意味不明ですが まあいいかと 車を降りました。さて 用事が済んで戻ってきました。 ゲートは相変わらず開いたままです。ここで はたと邪心が浮かびます。これは もしかしたら このまま出て行ってもいいのかな?・・・しかーし! ありがとうの心を実践している自分がそういう事をしてはいかんでしょ!!たとえゲートが開いていようと 俺はちゃんと300円払うぞ!そう心に誓った時なんだか自分がちょっとおーきな人間になったような気がしたのでしたそしてきちんと車を降りて 開いているゲートの横の料金ボックスにチケットを挿入。財布を取りだしたところで 料金表示が点滅 赤い文字で「0円」って・・・まわりを見回しても 薄暗い 管理員もいる様子ではない・・・・・・・静かに車に戻り 開いたままのゲートをくぐって 外に出たのでした。何か機械の故障なのだろうか?それとも ビルのオーナーの何か深い(浅い)意図でもあるのだろうか。とりあえず商売人としては 受け入れがたい事実だ。脳が軽く混乱していた。お金が要らないお金持ちのなのかなーとか わけのわからないことを考えたりでも 確かに入り口には30分100円と書いてある。そんな不思議でお茶目な駐車場に私は 遭遇したのでした。いま思い返すと 0円という料金表示を見たとき 神さまがどこかで見ているような気持ちになっていました小ざかしい心の動きを見透かされたように 赤い表示の0円が何かを語りかけているようだったのです。しかし よくある提携駐車場か何かで いくら買うと30分は無料とかそういうのじゃないんですあー不思議 とりあえず ツイてましたありがとうございます。(2日目につづく)
2006年11月15日
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わたしたちは自分ひとりだけで生きていないということをどうしたら毎日感じながら生きていられるのでしょうか。世界レベルの整形外科のお医者さんから春日神社の宮司になられた葉室頼昭さんのお話の中に共生についてのおもしろい言葉がありました。「抗菌グッズがはやっているけれど あれは抗菌の薬を物に塗っているんですね。 そこでその菌を殺してしまうから 皮膚がかぶれてしまうんですね。 本当は皮膚にも菌が共存して、いい菌が他の悪い菌を防いでくれるんです。 そのいい菌を殺してしまったら、体の抵抗力がなくなって結局悪い菌にやられてしまう。 だから抗菌の靴下でかぶれたり、抗菌マスクでかぶれたりする。当たり前ですね。 共存という事を忘れてしまっているでしょう。 菌だって、われわれを守ってくれている菌がたくさんいてくれてるわけです。 だから、本当に全部消毒してしまったら、人間は死んでしまいます。」 一方でオーストラリアの原住民のアボリジニーのことばに 「不快なものを理解するかわりに排除しようとするなら人間は存在しえない。 蝿がきたら降伏するだけさ。あなたもそろそろしていい頃だ」というのがありました。このあまり因果関係を感じない2人の言葉に 共に生きているという実感をジワーっと感じることが出来ました。一見マイナスのように思っているものを 無くそう無くそうとしたり克服しようと必死になることは結局自分の首を絞めていることになるのかもしれません。この考えは自分の性格や 対人関係などにも応用できそうです。いつも生かし生かされていることを忘れないようにしたいです。ありがとうございます。
2006年11月14日
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空想ですが どうも我欲とか私利私欲とか執着とかそういうものがあると 最初はうまくいっても 最後はうまくいかないような気がする最後とは死ぬ間際の心の状態私利私欲のままで最後まで幸せに生き抜くというのはないようです。欲は夢や願望をかなえるために必要不可欠というのもあるけれど我欲から生まれた目標や願望は 宇宙のバランスを崩す原因になっているかもだからどこかで病気になったり怪我をしたりいわゆるトラブルが発生するうまくいかないわけだ スイスイいかない。(覚えておきたいのは 世の中にはすいすい行く人がいるということ)うまくいかないのは バランスが崩れているから 今の地球を 宇宙人が宇宙船から見ていたら 欲の波動が湧き上がっているのが見えるかもしれません。あきらかに地球はうまくいっていない いまだ人間同士が殺しあっているのだから。欲という言葉の反対はなんだろう無欲か無我か 無我の境地とかいって座禅をくんだり滝に打たれたり。無欲なの境地なんて とてもたどり着けそうありません。欲の反対っていうのは 足るを知る じゃないかしら。足るを知るというのは これだけあるから充分です。ありがたい。という心でしょ生まれてすぐの子どもに この子には幸せになってほしいと思う親心はもしかしたら既にエゴではないか 既に欲のかたまりにとり憑かれているかも。生まれてきてくれただけの 豊かさを知る。感じる。一時一秒忘れないでいたい。無欲になんかならなくていいから 足る知る。足るを知るというのは=ありがとうという言葉。ただ繰り返し繰り返す。これが 宇宙の声に聞こえます。空想ですが。夢や目標の種は 欲の植木鉢(心)にうえてはいけない足るを知った豊かな土(心)の上にまく。そうすればもっともっと素適な花が咲くかもしれません。一句できました!「ありがとう」生きる時にはわすれずに毎日一句ありがとうの歌なら一心さん ありがとうございます
2006年11月12日
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ありがとうには2つの使い方があるそうです。何かをしてもらって ありがとうもうひとつは何かをさせてもらって ありがとう店頭にいる時 いつも笑顔をあげる その代わりに ありがとうを頂きたいサービスしてあげる ありがとうを言ってあげる その代わりに 笑顔を頂きたいそう考えながら ありがとうを言っているのは どうも 勘違いのようだお客さんに対して 笑顔をさせていただいて ありがとうございます。ありがとうを言わせて頂いて ありがとうございます。これが商人のありがとうの本質かもしれません。基本的に 何かをしてあげようか と思った時は すかさず 何かをさせていただこうかなというフレーズに置き換えると より自然なありがとうが言えるような気がしました。ありがとうございます。感謝してます。
2006年11月11日
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人は死んで天国に行く時「あなたは人生をどれくらい楽しんできましたか?」と聞かれるらしい。これだけだそうです。人生でどれくらい頑張ったかとか努力しましたとかどれくらいの収入を稼いだとか 遺産をこれだけ残したとかどれくらいの人を楽しませたとか どれくらい人を幸せにしたとかそういうことではないそうです。どんなことをしても 自分が楽しんできたかが 問われるらしい。じゃー人殺しをしても本人が楽しんでいたらいいのかー!とか反論もあると思うけれど、そういうのは置いておくとしてもしこれが 本当だったとしたら自分はどう答えるのだろう答えは決まっています。というより答えはわかっています。そうです人生には解答があるのです!「最高に楽しんでまーす♪ありがとうございまーす♪」みなさんも迷わず 深く考えず ご一緒に!「最高に楽しんでまーす♪ありがとうございまーす♪」これが正解。これで安心。大安心。バカボンのパパも言っています。「これでいいのだ!」 ばか!
2006年11月10日
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突然 東京時代に兄のように慕っていた先輩から電話があった。今では主たる事業のほかにも飲食店を数店舗持つ事業家で東京にいい店舗があるからパン屋さんをやらないかと。それに対した私の返事は「ありがとうございます。でもどうも僕はそういうタイプではないみたいです」と出た。即座に出たところが結構ビックリだった。これは自分でもどういうわけかよくわかりませんでした。先輩には「前に出ようって気ないの~」とか言われた。言われるよなーとも内心思った。電話を切ったあと一時考えてわかったのはどうやら自分から前に出る気は ないな。そういう道を選択するような気がする。ということだった。実際は今の状況で東京にいけるわけがないのだから当たり前といえば当たり前ですがほとんどYESと言えない内容の電話が なぜ今このタイミングで かかってきたのかメッセージの意味をじっと考える自分がいた。現在の心境からすると 不確実なまだ来ない未来を求めて前には出ない。ただ今 目の前に来たものを受け入れる。実際に自分の目の前に出現したものを受け入れる。それに対して不平不満を言わず笑顔とありがとうで流されて行こう。そういう自分にとってはかなり過激な考え方を 「いっちょやってみなよ」と戸惑っている自分の背中を押しにきてくれた そんな電話だったかもしれない。無意識の中でつながりを感じた もしかしたら大きなメッセージだったのかもしれないと。まあそんな わけのわからない解釈はおいておきまして何年かぶりの電話だったけど 思い出してくれて声をかけてくれた 先輩の声が 今日一番の奇跡でした。嬉しかったんです。本当は。ありがとうございました
2006年11月09日
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当店はありがとう天使にいるお店として有名?ですが(爆)スタッフもありがたいことに「ありがとう」実践派です。これは ありがとう100万遍に登録する前からお店の心構えとして笑顔と天国言葉(うれしい たのしい ツイてる 感謝してます しあわせ ありがとう 許します)という言葉の実践を掲げてやってきていましたから 特別なことではありませんでした。そして、100万遍の前から いわゆる個人的奇跡の事例が具体的にでていました。そして本日はついに新人スタッフ(入社3ヶ月)が興奮気味に奇跡体験を話してくれました。それは、昨日の帰り道に起きました。いつもの国道に入るとき 何やらイヤな予感があったといいます。案の定 渋滞に巻き込まれ ありがとうを言いながら過ごしていたそうです。するといきなり後方でものすごい音がした。その後すぐ 自分の真横を車が軽く宙を浮きながら 迫ってくるのを スローモーションのように観ていたそうです。そしてその車は彼の前の車の脇腹にドカン!と激突して止まったそうです。何が起きたかわからないけれども、自分の前と後ろの車と右側の車が事故に巻き込まれたことはわかったそうです。そして次の瞬間彼は思わず「ありがとう」とつぶやいてしまった自分に驚いてしまったそうです。彼にとってありがとうをいう事は仕事上の命令に近かったわけで半分はいいことだと思っても半分はまだ半信半疑でいたことはわかっていました。「それでもいいからやってなよ。そのうち必ず現象で現れるから」と言っていました。この話を聞いて わたしは何故だか目が潤んでしまいました。やっぱりか。と事故の当事者は その後 罵声のかけあいになり 収拾がつかなくなっていたそうです。彼は声をかけて来る野次馬に「僕はだいじょうぶなんです~」といいながら静かに 現場をはなれたそうです。彼が事故から免れたのは ただの偶然だったのかな。事故の当事者の方々には不謹慎と怒られるかもしれませんが渋滞の中にいた人々の意識・想念はおそらく かなりイライラだったのでしょう。その中で彼一人 ありがとうの波動を出していたと考えたら上空から見ているあの人からは とってもキラキラして よく見えたんではないかと思われます。幸いにしてケガ人が出ていなかったようでこれも不幸中の幸いと考えたほうがいいようです。考えてみると この事件は 彼が入社して丁度100日ぐらいにして起きました。そろそろ結果がでるころだったと考えると いよいよ 不思議に思います。事の真実はさておきこの出来事をきっかけに 彼がありがとうの言霊の効果を 良い方向で理解しはじめることがとても嬉しいことでした。ありがとう言うスタッフには私も含めて いろんな奇跡が起こっています。それも後日お知らせしようと思います。ありがとうございます。
2006年11月07日
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昨日 お店に小学生3年生が2人でやってきました。片手にノートを持ち ちょっと緊張気味だがとっておきの笑顔で 社会科の授業で お店のことを聞きに来たという。店に入ってくる前から 2人でなにやら打ち合わせをしていた一度入ってきたけれど お客さんが入ってくると そそっと 外にでていくそして 誰もいなくなったことを確かめて だだっと入ってきてまずは お小遣いで ソーセージフランス130円一本(あとで聞くと彼女の好物だった)を注文 。それを受け取ったあとで 始めて取材の申し出。完璧だった(笑)これまでいくつかの取材の申し出を受けましたがここまで完璧な アプローチを受けたのは初めてだった。ひどいものだと 店に来てもいないのに パンを食べたわけでもないのに電話一本で いきなり どうですか?と来る。だだネタを探しているだけ。だから 彼女たちの笑顔、誠実さ、作戦、礼儀は際立って感じてしまいました。こうなると大人気ないことに「是非取材をしてください!」となってしまう。うかつにも上機嫌になってしまって 頼まれもしないのに 厨房の中まで入れて熱くパン作りを語ってしまった。完全に乗せられました♪彼女達を通してあらためて 無心の笑顔の大切さ 誠実であることの大切さ礼儀正しさの大切さ 事前の打ち合わせの大切さ(笑)を教えられました。ああいう子ども達をみていると 今の悪いニュースが 本当なのかと思う。純粋な瞳のきれいな 子ども達が 私のお店にはたくさんやってくる。翌日は彼女のお母さんがやってきてわざわざお礼を言っていただく。そういう 当たり前の人間関係は 私たちの周りにはまだまだたくさんあるはず。ただ気づいていないだけ。見ようとしていないだけ。そういう 美しい瞳を 美しい心を 拾い上げ 誉めてあげ 励ましてあげる。それが私たちの 日々の大事な仕事だと あらためて思いました。2人の小さい天使たちに感謝です。ありがとう。
2006年11月06日
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朝の出勤の時間も 帰宅の時間も月が出ています。帰りがけに東の空に見えた月が朝の出かけには西に移動しています。寝ている間に 地球が回る その間もお月さんはじっと 僕らを見てござるありがとうを言い始めて空を見上げる回数も増えたこんな時間が 命の神秘を教えてくれる間違いなくあなたは 僕を みてござる都会にいたって 宇宙の波動は しっかりと受け取れるどこに行く必要もありません。空を見上げさえすればありがとうの神さまは いつも そこにいるありがたいことです。
2006年11月05日
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ずいぶん前ですが 娘の通う小児科の待合室にかかっていた言葉で帰ってきて早速調べてみると 良寛さんの言葉として広まったそうなのですがどうもどこかのお寺の住職さんが書いたものらしいです。それが口コミで広がって いつの間にか良寛さんの言葉になっているようです。私が小児科で見つけたものは これよりもっと長い作品でその後いろいろ探しても どうしても出てこないのでこんど小児科の先生(とっても優しげなおばあちゃん先生)に聞いてこようと思っています。それぐらいすてきな言葉が並んでいました。自分の身の回りに起こっていることは全て今の自分にちょうどいいんだという教えこのことばを知った時からでしょうか不平不満愚痴泣き言っていた自分が 空しくなってしまいました。空しくなることが 良い方向へ向かった 珍しい体験でした。この言葉は毎日くりかえしていたい 力のある言葉です。す~ぐわすれるんです。これが。ありがとうございます。
2006年11月04日
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カリビア姉さんのお友達が東京からわざわざご来店くださいました。名古屋といっても中心地から西のはずれた住宅街なので遠方から来てくださるお客様には申し訳ない思いがあります。ただただ感謝です。今日のお客さまにも みんな笑顔 出し切ることができたでしょうか。普段通りに 気負いもなく 繰り返し 繰り返し 怠ることなく 笑顔を配るそれがわたしたちの 目指す ぱん屋です。この楽天日記の繋がるお客様は 精神的に繋がっているお客さまに思います。初めてお会いするのに いつもどこか 懐かしい印象を受けます。お客様であってお客様でないような。おかげさまです。新しい この出逢いに 感謝 感謝。ありがとうございました!
2006年11月03日
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山川 草木 悉皆(しっかい)成仏 昔の日本人は道端の草木も石ころも 全てに魂が宿り生きているから 大切にしなければならないと考えていました。 私も どこかでこういう話は 聞いて育ってきましたがどこまで 心に留めて 日々の生活を送ってきたのかは。。。振り返れば 目を覆いたくなるほど 物質だけを見ていました。それが ありがとうを 唱えはじめると 見るもの全てに 何かを感じはじめます。不思議です。 美しい言葉に ありがとうございます。
2006年11月02日
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「人事をつくして天命を待つ」この言葉の人事とは 人が頭で考えたこと 目標なり夢なりがまず最初にありこれに向かって精一杯出来ることをやって 後は天に任せるという意味ところが この世には「天命に任せて人事をつくす」という言葉もあるらしい。最初に全てを天の意に任せてしまう。そして今 目の前にある事だけを精一杯やるという意味おもしろいことに 順番が入れ替わっただけで 大きく意味が違ってきます。今私は 大きな分岐点に立っているようです。店を開店してから 3年半 新たに目標を上げて 人事を尽くして それなりに自己投資もしてきた。ところが どうしたことか、この一年の間に起きた出来事は すべて僕に天命に任せてみてはどうですかと 教えに来てくれているような事ばかり。これは あえて最初に人事を尽くすやり方を準備させた後に 神さまが それを手放しなさいと言っているようにも感じます。あとは 自分できめるだけ。 どうやって決めるかも もうわかっている。それは 自分の魂が わくわくするほうに決まっている。行きたがっているところに決まっている。答えはもう 出ているみたい♪ありがとうございます。
2006年11月01日
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