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思えば、長い6月だった・・・ いや、まだ6月だけど、とりあえず、ボーナスも出たし。 この金曜日で、私の長かった4週間が終わる。 そして、本当に久しぶりで嬉しい休日がやってくる。 私の大好きな休日の贅沢。 「なにもしない」を贅沢する。 なにもしないを思いっきり贅沢して、 土曜日を過ごそう。 日曜日は、始まる7月に向けて、準備のために出勤の予定。 だから、この週末を贅沢に過ごせるのは明日だけ。 実家での父との食事は、つましいものだった。 母が入院する前の6月最初の週末も、 母の退院後の6月21日から23日の週末も、 私の食事は、父に合わせてつましいものだった。 おかげで、私は、中年になって以降で、最高に痩せた。 まるで、大学の相部屋の寮にいた時のように、 まるで、一人暮らしを始めた就職当初のように、 私は43キロまで体重が落ちて、あばら骨が透けて見える。。。 ズボンも、太ってから買ったものばかりで、ずり落ちる。 肉は、お腹から腰に掛けて偏在している。 でも、へそから上は、ガリガリで、 自分でもおかしいくらい痩せた。 あんなに苦労してもダイエットできないのに、 こんなにも簡単に痩せる方法があったのだ。 父と一緒に食事をして、父の食べた食べ残しや、 同じ食材のかたくて食べられない部分を、 私はせっせと食べた。 父には厳しい食事制限があったし、 総入れ歯で食べられないものも多いから、 たとえば、低カリウム食材のシシャモを焼いたら、 頭と、しっぽと、中骨は私が食べて、 父には身と卵をたべてもらった。 たとえば、低カリウム食材の小松菜を調理したら、 父にはやわらかい葉っぱを食べてもらって、 硬い歯ごたえのある軸は、せっせと私が食べた。 たとえば、父が長ネギの焼いたのを食べたいと言ったら、 外側の2枚くらいは父には噛みきれないから、 先に剥いて、内側の柔らかいところだけを父のためにホイル焼きにした。 残った外側のかたい部分は、千切りにして私が味噌汁の具にした。 天使のエビとかいうエビを解凍してお刺身にしたら、 父に上げて、私は剥いた頭のところをオーブンで焼いて食べた。 不思議なことに、父は、この硬いエビの頭を焼いたのが好きで、 私用のはずが、何本かは、柔らかい部分だけ父にかじられた。 私は、焼いた殻も全部食べる方なんだ。。。 白米は食べないで、父用の発芽玄米を柔らかく炊いたご飯を、 一食で父が食べられなかった時には食べ残しを私が食べた。 そうやって、父の食べ終わるのを待っては食べ残しを食べるので、 それまでは、ノンアルコールビールを飲んで、野菜を食べていた。 昼間っから、ノンアルコールビールを飲んで、 晩御飯の時には2本ほど缶を空にして・・・ 夕食後には、母のところに様子を見に行っていたので、 夕食でもやっぱりノンアルコールビールだった。 サントリーのオールフリーは、カロリーもフリーだから、 いくら飲んでも大丈夫だった。 っていうか、満腹感は半端じゃないのに、 カロリーもアルコールも無いのだから、痩せる。 そんなわけで、新提案、サントリーのノンアルコールビール、 オールフリーで、超簡単ダイエット。。。 そうは言っても、絶対に痩せすぎで、あばら骨が痛々しいので、 帰宅してからは毎晩せっせと食べている。 父は、29年前の胃部全摘で胃が無い。 母も、今回3分の2切除で、胃が縮小。 私も、すごく小食になって、胃が小さくなった感がある・・・ 妹が、母の退院の翌日に急性胃炎になって、 日曜日に休日診療の当番医でエコーは撮るし、 月曜には胃カメラまで飲んで検査した。 なんでもなかったのだけど、たぶんストレス。 なんで、それなのに彼女が痩せないのかわからない。 代謝が低下しているんんだろうか。 あんなにいつも忙しいと言っているのに、 いつ食べているんだろう。。。 妹の主人は猛烈サラリーマンで帰りが遅い。 それに合わせて夕食も遅いのかもしれない。 次の心配は、妹君かも。。。 父の方は、高カリウム血症の薬が原因でむくみが出始めたので、 数値の劇的改善もあって、ケイキサレートは中止になった。 今後は、食べ物にちょっとした注意が必要だろう。 母は、極めて順調。追加治療も一切無し!!!
2013年06月28日
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6月21日、6日の手術から15日で、 母は退院してきた。 金曜日の夕方から、私も実家に居る。 入院中と違って、気持ちもしゃんとしていて、 普段どおりの母の顔だし、今までどおりのゆっくりなペース。 違うのは、間に横になる時間を入れていることと、 間食を義務付けられていることと、 ・・・大好きなほうれん草を食べていないことかなぁ 一方、父のほうは、木曜日に近所のかかりつけ医の先生が来て、 先週の約束どおり血液検査をしてくれた。 昨日、結果が出ていて、今度は、カリウム値が低すぎる。 やはり、前回の検査のときに、直前の数日間の食事が偏っていたのか。 ケイキサレートというお薬が良く効いていて、 恐らくは効きすぎだと思われる。 服薬を続けるなら、カリウムの除去を止めて、 高カリウム値の食品だけを避けることにしたらどうだろうか。 前回の血中のカリウム値は閾値の5を大きく超えて「7.6」もあった。 2週間後にはいきなり下限を下回る「3」! これではナトリウムの排出がうまくいかない恐れがあり、 現に足にむくみが見えている。 今日、私が居るからと入浴をしてもらったから、 風呂上りに母が父の足のむくみに気づいた。 底の抜けたひしゃくで水を汲んでいるような徒労感がある。 父は塩分の制限には応じないと思う。 そもそも高齢者は味覚が鈍磨して、はっきりした味を感じにくい。 きつめの塩味に舌が慣れてしまう。 ましていろいろな高カリウム食を制限されているから、 その上塩分も制限されたら、プッツンすると思う。 私も、父の制限についての妹の言葉にいらだつくらいだから、 父自身は半端じゃなくいらだつだろう。 私の準備するご飯のおかずを父は喜んで食べるけど、 その食材は、父自身が通販で買ってくるのだから、 当然といえば当然だ。 それほどの総量を食べられるわけではない父だから、 せめて本人の納得のいく食味を味わわせてあげたい気もする。 ジレンマだ。 今回は、もう明日の深夜には自宅に戻って、 来週からの普通勤務に備える。 できることは限られているのだから、 何とかしたいのだけど。。。
2013年06月22日
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あっという間の母の入院からの2週間が過ぎた。 この週末の金曜日に退院だ。 もう、普通食を食べている。 歯が丈夫だとここまで違うと感心する。 重湯一日、三分粥一日、五分粥一日、七分粥一日、 全粥を飛ばしてご飯でも大丈夫と医師が言ったが、 慎重な母は、全粥もはさんでもらって、 そして、ご飯になった。 病院の食事は1500キロカロリー前後になり、 普段の母の食事よりも高カロリーで、 少なめのはずの三食も、母には多い。 母は、もともと小食で、 その上、父と一緒にゆっくり食べるようになっていて、 食後も、のんびりしてる。 むしろ病院の食事を食べきることが難しい。 それなのに、まじめな母は、ちゃんと頑張って食べている。 それこそ、普段は全く食べない間食も、 頑張って食べて、栄養補給に余念がない。 2週間での退院は、当然過ぎるくらいだが、 父の容態を考えると、母はもう少し病院に居たいかもしれない。 高カリウム血症の病人食を作る気力が無さそうだから。 私の強行軍の帰省は、この週末は木曜日ではなく金曜日からで、 火曜日ではなく日曜日にこちらに戻るようにしようと思っている。 この術後の2週間は、本当に我ながら良く頑張った。。。 父のグルメを満足させつつ、低カリウム食にしないと、 長続きしないと思われたので。 そんな工夫を水の泡にしないように、 父にはちゃんとしてほしいものだ。。。 父の歯が総入れ歯でなかったら、 食の工夫ももっと簡単だが、現実は厳しい。 厳しいけど、母が引き継げるようにしてあげたい。 そんな実家から職場に戻って、職場で一息。。。 なら、いいんだけど、 職場でも今日は大掛かりな入力業務が有って、 それなりに疲れた。 ただ、実家の、ずっとついてるテレビの音の洪水から解放されて、 それはほっとしている。 なんだって、あんなに起きてる間中テレビつけてるんだろう。 不愉快なニュースや、聞きたくない歌や、本当に疲れる。 今回の忘れ物、自宅に携帯の充電器を忘れて、母に借りた。 実家に杖を忘れてきた。 まあ、無くても動けるまでに回復しているけど、 両手がふさがっていて、車で新幹線の駅まで行ったので、 何にも思わなかった。 家の中ではそもそも使わないのだから、意識から消えていた。 階段昇降の多い職場では、 まだ多少不安があるけど、まあ、なるようになるだろう。 今朝、6時半過ぎに、実家を出るときに、 玄関ドアを閉めずに来て、妹から携帯に留守番電話されていた。 玄関のドアは、自然に閉まるもの・・・じゃなかった。 自宅の玄関は、勝手にドアが閉まるから、何も考えていなかった。 ぼけぼけ・・・ こんなことでは、老後が心配。 せめて、歯だけは、磨こうと思った。
2013年06月18日
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6月11日火曜日 早朝から車を新幹線の駅横駐車場に乗り付けて、 7時30分の新幹線に乗り、 乗り継ぎよく9時52分には加古川駅に着いた。 奇跡のような姫路駅での乗り継ぎのおかげで、 元夫君の迎えを待つ間に、今度の切符を買うことができたし、 帰宅後の一瞬に、ギリギリの状態の紫陽花に灌水もできた。 元夫君は、夕方までには雨が降るのにとあきれていたが、 10時現在で萎れている紫陽花に灌水しないではおれない。 5分ほどだけ集中して灌水し、すぐに出勤した。 新幹線の中で移動して、エスカレーターに最速乗れる場所に行き、 在来線のホームにはエレベーターで上がり、 滑り込んできた姫路始発の新快速に乗れたので、 この時間を生み出すことができた。 16両もあるのぞみの自由席の3号車にいたら、 到底乗れない新快速だったが、直前に7号車の先頭まで移動しておいた。 紫陽花の欲しがる雨は降らなかった。 今も夜空は晴れている。 天気予報は大抵晴れて外れる。 傘さしても灌水。。。基本中の基本だけど、 今日は痛感した。 母は、胃がんが当初の医師たちの見立てより浅く、 執刀した医師の昨日の説明では 「内視鏡で取れたかも?」だったらしい・・・ 表面にある腫瘍の大きさは、聞いていたのと変わらないものだったと、 術後の説明を受けた妹が話していたが、 当初の見込みよりも浅い??? 腫瘍は3センチだと聞いていた。 私は、母にとって手術を待つまでの3週間が不安だろうと思って、 タヒボを取り寄せてビタミンCとともに服用してもらっていた。 それが良かったのかもしれない。 本当は、手術ではなく、身体にメスを入れないことを勧めたかったが、 母の希望と医師の説明が合致したので開腹手術をした。 これから、母の本当の大変な日々が始まる。 消化器の切除は、結構大変なことなんだけど、 父の通ってきたよりはましな程度の手術後の苦労を、 80歳の誕生日が来月という母が経験する。 もっと、強く、代替医療を勧めるべきだったかも。。。 消化器系のお医者さんも、外科の執刀医も、3人がかりで開腹手術と言った。 現状では腹腔鏡下手術も無理で、内視鏡下での削り取りはあり得ないと。 ところが、切った胃を見たら、内視鏡で取れたかも・・・なんだから。 医者が、ヤブだったか? それはないだろう。 何人もで決めたんだし。 じゃあ、小さくなったのではないかな? 京都大学から近畿大学へと研究の中心は変わったけど、 タヒボには本当に優れた抗腫瘍効果があるのかもしれないと、 思ったわけで。。。 黒ニンニクも考えたけど、母はニンニクが嫌いで、 いくら勧めても受け付けない。 胃を切る方がましと思うくらいなんだから、仕方ない。 黒ニンニクの抗腫瘍効果も免疫力賦活効果も高いのになぁ。 父は、高カリウム血症の症状が出ている。 一時的なものであってほしい。 しかし、42日分の薬が出ていて、一時的によくなっても、 食事の制限は腎臓の機能維持のために続くだろう。 老いを生きるのは大変だと思った。 父の大好きな食材は、健康的な食材ばかりで、 調理法も、そうだけど、健康な人なら、素晴らしい食生活。 なのに高カリウム血症とか腎機能不全とかだと事情は一変する。 はぁ・・・生老病死苦である。 苦労の娑婆で生きていくしかないのだなぁ・・・
2013年06月11日
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父の不安は、今の生活が維持できなくなることにある。 痩せて、すっかり骨と皮ばかりになった姿を私に見せるが、 どうしてあげることもできない。 せめて、前の入院の時のようなことがないように、 家に居られるようにしてあげるだけだ。 父の不健康は、糖尿病と胃癌から始まった。 52歳の時だから29年前のことだ。 血糖値が悪かった。 発見されていなかったスキルス性の胃癌が転移していて、 リンパ廓清のほかに脾臓やすい臓をとるはめになって、 食道からいきなり小腸につないだ手術はすごく長かった。 当初聞いていたよりずっと長くかかったから、 当時の医師の思っていたより、悪かったと言うことだろう。 胃部の全摘と言うのは、色々な消化吸収が出来なくなることだと、 鉄分や、ビタミンB12や、カルシウムや・・・ 当時、自分が胃部全摘だともすい臓が無くなったとも知らない父は、 貧血の治療という我々のウソを信じて、丸山ワクチンを打ち続けた。 そして、悪化を続ける糖尿病と、胃部全摘後の不調と戦った。 20年以上、それでもがんばっていた。 すい臓が無くて、糖尿病は良くなるはずがないのに、 知らないから節制して、30年近くを生きてきた。 70代のある日、脳梗塞のマイルドな発作があったが、 医師も見逃すほどの軽微な梗塞だった。 しかし、糖尿病の末梢神経への影響、 ビタミンB12の不足に起因するしびれ、 それらと脳梗塞の後遺症が重なる中、 原因不明の両足のしびれが悪化して行く・・・ そして、悪化した糖尿から、血圧が上がり、 心臓の機能も低下し始めた。 総入れ歯となり、歯茎が痩せるので、これが合わない。 満足に噛めないので、食事の質も劇的に低下し始めた。。。 やがて、頻発する父の心臓の発作。。。 当初は低血糖か、貧血かと、母の甘い読みだったが。 入院、入院中の発作、緊急手術、 ペースメーカーの取り付け。 おばあちゃんの葬儀の後の父の不調。 疲労感と、赤くはれた両足から全身へと広がるむくみ。。。 このまま透析患者になったらどうしようと案じていたが、 幸いにも、浮腫は落ち着いた。 繰り返す不調に、追い打ちをかけたのが、 転倒での強打や、 カルシウムの不足による骨粗しょう症で、 とうとう腰の痛みに音をあげて、整形外科を訪ねたが、 藪医者で、悪化させる結果となり、 低血糖で倒れたのを機に入院した。 骨粗しょう症で、腰椎や骨盤など、 骨折も確認できないほどスカスカの状態だった。 我慢強いのにも程があると思うが、 この父の近年最後の入院中、 思いがけず母も転倒して、大腿骨を骨折し、入院。 2人が同じ病室に暮らす日々となった。 3か月の長い夏休みだった。。。 この時に、父を苦しめたのが、病院食での便秘だ。 老齢による宿便陥頓に苦しみ、 昔の痔の手術の予後不良もあり、 常に脳味噌をうんちが支配していた。。。 尊厳を傷つけるのは、排泄の苦しみである。 その上、胃の無い父の排泄物は、強烈に不快な臭いがする。 看護婦さんは、偉いと思う。。。 退院後、やっと平準なペースに落ち着いたのは、 食物繊維の足りない病院食から解放され、 自宅での食事のコントロールに成功したからだ。 父は、頑固で、思い込みが強く、勝手な判断でどんどん悪くなる。 母の今回の入院中に、父がもしボヤでも出したら、取り返しがつかないと、 母は案じている。 健康だったころにも、父は、ボヤを出したことがある。 自分のやり方を変えない。 自分が出来なくなったことを忘れている。 見守りという介護が頼めるなら、依頼したいところだ。 そんなものはいらん!と、父は言うに決まっているが。。。
2013年06月02日
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