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今日は、夕方までは在宅で、方陣のパズルを考えたり、映画のビデオ「グッバイガール」を見たり、雑事をして過ごし、夕方から、会社研究所のOB会に参加した。映画「グッバイガール」は、1977年のアメリカ映画。互いに反発している男女が次第に引かれ合う関係になっていく過程を描いたロマンティックコメディ。主演男優は、この演技で77年アカデミー主演男優賞を受賞したリチャード・ドレイファス。早口のセリフが面白い。主演女優はマーシャ・メイソンでこちらも好演技。子役のクイン・カミングスもよい。研究所のOB会には、70名が参加した。毎年幹事団3人の一人として世話をしているが、発足6年目にして参加者が初めて70名に達した。6時開演。K幹事の開会挨拶、故人3名への黙祷のあと、長老O氏が乾杯の音頭が取られ、宴が始まった。会場内にはバックグラウンド音楽として中島みゆきの「一期一会」が流された。本会の名前にちなんだものである。参加者には、参加者名簿のほか、返信はがきに書かれた近況報告をまとめた資料を配布したので、その情報を元にお互いに話題を膨らませていた。宴半ばの7時半、記念写真の時間となり、3班に分かれての撮影となった。W氏に高級カメラと三脚と持参いただいた。宴はずっと盛り上がりが続いたが、8時に長老の一人S氏による中締めが行われた。S氏は、即興に謡いで自慢の喉を披露され、会を引き締めていただいた。その後、最後の料理のざる蕎麦が出て、各自三々五々の解散となったが、最後は幹事のみが残り、後片付けや費用の精算などを行い、9時半に帰路に着いた。写真は、開会挨拶、O氏による乾杯音頭、挨拶を聞く参加者、集合写真1、集合写真2、S氏による中締め、会場スナップより(3点)秋深し 一期一会の 宴楽し
2007.11.30
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今日は、醍醐寺と随心院へ紅葉を見に行った。どちらの紅葉も今一番の見頃で大変きれいであった。特に随心院は人も少なく静かでいい感じであった。朝10時半の新快速に乗り、11時5分に山科に着いた。駅前のレストランで昼食をとったあと、地下鉄で醍醐まで行き、醍醐寺まで歩いた。1時ごろ着き、三宝院に入り1時間ほど紅葉の庭や襖絵を楽しんだ。秀吉が設計したという三宝院の庭は醍醐の花見のために作られたそうだが、桜は少なく、紅葉を鑑賞するための庭と言った方がよい感じ。非常にきれいな紅葉なので写真を撮りたいのだが、残念ながら撮影禁止。屋内の襖絵や仏像などは撮影禁止が普通だが、庭まで禁止というのはきびしいと思う。三宝院を見たあと、醍醐寺の他の塔頭を見ようと山門の方に行くと、花見の時は無料だったのに入場料が要るようになっている。多分紅葉の季節だけ入場料を取っているのだろう。今日は次に行くところがあるので山門の中へは入らなかった。なお山門は修理工事中で仁王さんも見ることはできなかった。随心院へは、醍醐寺から歩いて10分ほどで着いた。ここは小野小町ゆかりの寺。醍醐寺に比べ規模が小さく訪れる人も少ないが紅葉は非常にきれいで落ち着いた気持で紅葉を楽しむことができる。紅葉の穴場だ。深草の少将との悲話、六歌仙の一人としての活躍、晩年の生活など小野小町に関するものがいろいろと展示されていた。小野の小町に関するクイズラリーも楽しめた。1時間ほど隋心寺を見てあと帰路に着き、地下鉄の小野駅へ徒歩5分ほどだった。これまで小野という駅があることは知っていたが、駅名と小野小町とを結びつけたことはなかった。今日初めて小町がこの辺りの人であったことを知った。山科の喫茶店でカプチーノで休憩したあと、16時23分の新快速で帰阪した。ゆったりとしたいい一日だった。万歩計はそれでも14000歩を示していた。写真は、醍醐寺西門、三宝院の前、三宝院玄関、三宝院唐門、随心院総門、隋心院庫裏前の庭、小野小町の歌碑「花の色は・・・」、表書院前の庭、本堂前の庭座して見る 小町の寺の 照紅葉
2007.11.29
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今日は、大阪城早朝探鳥会に参加した。帰宅後は、日経パソコンを読んだり、立体4方陣の検討などを行った。朝、6時半に家を出て7時に森之宮側の噴水広場の集合場所に着いた。ずっと曇りがちのお天気で今にも降り出しそうな天気だったが、雨が降らなかった。今日は、初心者の参加もあり、カモ類もいろいろ来ているので、極楽橋付近で内堀のカモを中心に見ることになった。カモは、ホシハジロ、ハシビロガモ、キンクロハジロが沢山見られた。ヒドリガモはいつも羽多いそうだが今日は少なかった。カモを見ているところに、ジョウビタキが来たり、ハクセキレイが来たりして忙しかった。観察会で見た鳥は下記の17種。カイツブリ、カワウ、アオサギ、ヒドリガモ、ハシビロガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、ユリカモメ、キジバト、ハクセキレイ、ヒヨドリ、ジョウビタキ、メジロ、スズメ、ムクドリ、ハシボソガラス、ハシブトガラス観察会を終えたあと時間のある仲間と、大阪城前庭園にカワセミを見に行った。うまい具合にカワセミが来て長い間じっとして楽しませてくれた。ジョウビタキもやって来て、カワセミとジョウビタキが共存する写真を撮ることができた。大阪城は、今紅葉が一番きれいなときで、どこを撮ってもいい写真になるほどであった。大阪城内でたっぷり紅葉を見たあと、クリスタルタワーの21階に上がり、そこの喫茶店から、大阪城全体の壮大なパノラマモザイクを楽しんだ。写真は、上:探鳥する参加者、同、大阪城と極楽橋、中:極楽橋付近のカモ達、下:カワセミとジョウビタキ濠端に 鴨の仕草を 見てをりぬ
2007.11.28
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今日は、ほぼ一日中、昨日の句会のまとめを行った。その後、今日届いたパズルの雑誌を通読したり、立体4方陣を計算したりして過ごした。今日の写真は、OAPのクリスマスイルミネーション。毎年年末になるとOAPの周囲一帯に電飾が行われるが、年々淋しくなっているような気がする。電飾は時間とともに色が変るようになっている。電飾は時間的に色が変るようになっている。上段:OAPプラザ、中段:彫刻の散歩道、下段:OAP正面。晩秋の 町に電飾 赤や青
2007.11.27
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今日は句会の日。午前中は配布する資料のプリントや出句する5句の選定と最後の推敲を行った。句会の結果はまずまずだった。今回の課題の季語(兼題)は6つあり、神の留守という季語で面白いと思うのが沢山できたが、他の季語ではあまりいい句はできなかったので、選んだ5句は全部神の留守を季語とするものばかりとなった。句会の結果は、1句が先生に選ばれ特選。他の4句も仲間から選ばれた。先生から選ばれたのは次の句。 ◎神の旅 陸海空の フリーパス (先生ほか3票)仲間から選ばれたのは、次の句。 神の留守 帰座待ち侘ぶる 宮の杜 (2票) 神の留守 宮司も巫女も 知らぬ振り (1票) 神の旅 帰路を案内す 澪標 (1票) 神の旅 気の合ふ神と 連れ合うて (1票) 今日の他の特選句は次の3句。 ◎綿虫の 吾を怖れず 吾に寄る 可奈子 (先生ほか5票) ◎時雨来て 姿勢崩さず 托鉢僧 幸男 (先生ほか2票) ◎自転車を 降りて女に 冬の駅 卓宏 (先生ほか1票)今日の最高得点句は先生の句で次の句。 綿虫の とどまるところ つひに見ず 塩川雄三先生(10票)私は一番面白いと思ったのは次の句。 まだ少し 抜ける余地あり 木の葉髪 幸男今日の画像は、昨日淀川原で撮った南京ハゼ。今葉がきれいに色付いているところ。もう少しすると実も黒い皮が取れて白い実がむき出しになり、白い花が咲いたようになる。南京櫨 色の魔術師 演じをり
2007.11.26
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今日は、朝から淀川探鳥会に参加した。午後は、午前中に録画しておいてテレビ番組を見た。朝の冷え込みがうそのように、快晴で無風の絶好の探鳥日和となり、厚着した分だけ汗をかくほどの暖かさ。淀川沿いに十三大橋から柴島までゆっくりと鳥の生態を見ながら歩を進めた。秋の深まりとともに、鴨はどんどん数を増していて、今日も沢山見ることができた。今日は、水鳥の羽繕いを主に見るというテーマであった。鴨は餌を探している以外のときは羽繕いをしている。油を羽に塗りつけているのだそうだ。陸に上って行うものもいれば、水に浮んだままおなかを上にして行うものもいて、こうした仕草を見るのも面白い。今日見た鳥は下記30種。カンムリカイツブリ、カワウ、ダイサギ、コサギ、アオサギ、マガモ、カルガモ、コガモ、ヒドリガモ、オナガガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、オオバン、ユリカモメ、ウミネコ、イソシギ、チュウヒ、チョウゲンボウ、キジバト、ヒバリ、ハクセキレイ、モズ、ジョウビタキ、ウグイス、セッカ、オオジュリン、カワラヒワ、ムクドリ、スズメ、ハシボソガラス。写真は、カモの群、カモを見る参加者、ハクセキレイ、セッカ、ジョウビタキ、モズ、サギを見る参加者、アオサギ、ダイサギとコサギ。淀川の 鴨仰向けに 羽繕ひ
2007.11.25
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今日は、午前中は、在宅でパズルなどの雑事、テレビの俳句王国などで過ごし、午後は、冬物の買出しに年末セールの始まった、本町方面へ出かけた。パズルは立体4方陣の検討中である。斜めの和24本のうち8本は成立するものが存在することはわかったが、それ以上についてはまだ分らない。引き続き検討を続ける。買物では、シャツ、ベルト、クッションなどを買った。平常価格の3~5割引きで売っているものもある。普通、冬物は冬が終ったからセールが始まるのに、だんだんと早まっている。今日の写真は、ようやく色付き始めた御堂筋のイチョウ。色付きの早いものもあるが、多くのイチョウはまだ青いまま。冬支度 先づバーゲンの 店探す
2007.11.24
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今日は、午前中は立体四方陣の問題を考え、午後、映画「グッド・シェパード」を見に行った。立体四方陣は、斜めの4数和が何個成立するのが最大かということを調べるのが目的。7個は行ける8個目ができない。「グッド・シェパード」は、最近この映画を見て感動したという人からの薦めで、遅ればせながら見に行ったもの。第1次ロードショーは終り今は第2次の上映だが、休日とあって、ホクテン座は上映10分前には90ほどの座席は満員になった。最初から謎めいた録音が何度も流れ、CIAの機密を漏らした真犯人の特定に向けての謎解きが興味をそそる。回顧シーンを巧に織り交ぜながら、事件は事件を呼び、なかなか真犯人が浮ばない。主人公はCIAのメンバー。国を守るか友情を守るか、国を守るか恩師を守るか、国を守るか恋人を守るか、国を守るか家庭を守るか、幾たびかの試練の度に国=アメリカを守る方を選択して来た。そして、今、その自分が機密漏洩者に疑われている。そして、録音の解析から意外な事実がわかる。またまた、家族を守るか国を守るかの決断を迫られる。次から次へと難題が起り、終始はらはらどきどきの連続で、食い入るように画面に釘付けになった。2時間47分という長い映画だったが、少しも長さを感じさせなかった。主人公のまっすぐな生き方に感銘を受け、見たあとも爽やかな感動が残った。税金の無駄使いや談合などで責任をとらない悪名高い日本の役人に見せてやりたい映画だと思った。この映画については、否定的な評価を読んだこともあったが、人により評価は大きく違うものだと思った。画像は、ポスター、関連サイトなどから。人と国 どちらが大事 散紅葉
2007.11.23
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今日は、午前中はゴルフの打ちっ放しに行き、午後は、切手収集の会「関西郵趣サロン」の集まりに参加した。ゴルフの打ちっ放しは、プライベートコンペが10日先に迫って来たので、練習に行ったのだが、クラブを持つのが80日ぶりで、当りもよくなかった。寒い日で汗もかかなかった。郵趣サロンは、諸連絡の後、盆回しのみが行われたが、コレクションを整理して売却しようとする人が増え、値段は安く欲しい品物は入手し易くなっている。テレフォンカード、数字切手など、エコーはがきなど、いくつかを購入した。今日の写真は、今日午前中に「渡り初め」が行われた新戎橋。82年ぶりの新調だそうだ。橋の南北から、道頓堀川の岸に降りられるスロープが付けられたのが特徴。川の岸辺は、道頓堀河辺整備事業として、工事が続行中で、来年3月には、御堂筋から境筋までの岸辺が整備されるそうだ。画像は、それぞれ北側から南を、橋上から東を、橋上から西を、南側から北を見たところ。冬の町 新装披露 戎橋
2007.11.22
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今日は、午前中は小田原・箱根旅行や飛鳥路ハイキングの資料や写真の整理を行い、午後は、留守中録りためてテレビ番組を見たあと、読みかけていた小説「美しき魔方陣」を読んだ。「美しき魔方陣」は鳴海風の新作で、10月に小学館文庫から発刊された和算家をテーマとした歴史小説。この6月に彼の「円周率を計算した男」(1998)を読んでいたので、作風は分っていた。和算家が藩に仕官をする過程で、お家騒動がからむという筋書きはよく似ている。少ない史実に創作の人間を折込み小説に仕立て上げる力量に感心した。時代は赤穂事件の頃、久留島義太という和算家を巡るドラマだ。小説には、俳句、詰将棋、円積問題、九方陣、立体4方陣などの話題が登場して、作者のこれらの方面への造詣の深さも伺える。義太が酒をのみながら立体四方陣を作ったというのはフィクションだろう。写真は、本の表紙と図版の一部(円積問題、詰将棋、立体4方陣)、帯燗酒や 和算で作る 魔方陣
2007.11.21
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今日は、キッズ広場の仲間と飛鳥~多武峰のハイキングに行った。飛鳥~石舞台~談山神社~桜井とやや厳しいいコースだったが懐かしい仲間と楽しい一日を過ごすことができた。8時半に自宅を出発、阿倍野発9時20分の吉野行き急行に乗り10時04分に飛鳥着。今日の参加者は女性12名、男性5名の形17名。案内役は奈良の観光ガイドも勤めるYaさん。天気は快晴、気温は少し歩くと汗ばむのでジャンパーは腰に巻く。鬼の雪隠、鬼の俎板、亀石、川原寺、橘寺などを見ながら、石舞台公園の方へ向ってなだらかな上りの坂道を歩く。道標は沢山あるがときどき迷うこともある。あちこちに柿が鈴生りで思わず手が伸びる。120年に一度開花するという珍しい竹の花を見ることもできた。もみじ自体は少ないが、いろいろな紅葉の混じった風景を楽しみながら、ゆっくり歩いて12時前に石舞台公園に到着した。リュックを軽くするためここで昼食。食後は、お互いに持参のお菓子や果物を分け合う。Yoさんは今回もバーナーと水持参で熱いコーヒーを入れてくれた。Iさんらは、例によってスケッチを開始。私は、スケッチもしたいが石舞台の見学をする。曽我馬子の墓と言われているそうだ。表土が流れ古墳がむき出しになったもので蓋の部分の2つの大きな石は77トンもあり古墳全体で2300トンの石が使われていると知ってびっくり。1時10分再出発。今度は多武峰に向っての上り道だ。降りてくる人たちが口々に「こちらから登るのは大変だよ」と言われやや不安になる。距離は5キロくらいだが上りばかりなの確かにきつい。川沿いに歩くせせらぎの音と付近の紅葉や花々が目を楽しませてくれるのが救い。途中の気都和既神社で休憩。ここからの登山が今日のクライマックスだった。ちょうど今、登山道路の建設中で、急な山道を登らされるのだ。そのあとは、完成した自動車道路をあるかされ長いヘアピンの迂回道路となる。到底歩き易いハイキングコースとは言えなかった。それでもわがメンバーは全員無事登り切り、リーダーYaさんの予定より40分早く2時50分に談山神社に着いた。なるほど境内一面にきれいな紅葉が広がっている。しかしまだ蒼い葉も多い。境内には入らず向かいの南山荘の庭から神社を見る。やや木の枝が邪魔になるが十三重の塔のほぼ全景が見える。ここで急に雨がぱらつき始めた。皆傘は用意していたので濡れることはないが写真などは撮りにくくなる。雲も厚く暗くなって来たので、早々にバスで桜井まで出ることにした。3時31分のバスに乗り、桜井駅には4時前に着いた。雨はもう止んでいた。居酒屋を探したが5時開店ということで、ビールは諦め近鉄駅前の「マジック+マレット」という喫茶店に入った。いい雰囲気の喫茶店で、ビールも手持ちの缶ビールを一人半缶だけ提供してくれた。先ずは乾杯し、次回は忘年会12月12日に行うことを決めた。ケーキもコーヒーも旨かった。5時15分に店を出て、29分の快速急行に乗り、鶴橋出乗換え、6時45分に自宅に帰着した。楽しい一日だった。Yaさんはじめ参加された皆さん、ありがとう。写真は、鬼の雪隠、鬼の俎板、亀石、川原寺、橘寺、石舞台公園で昼食、石舞台、多武峰、談山神社小春風 受けて飛鳥路 ハイキング小春日や 奇石の多き 飛鳥の地
2007.11.20
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今日は、ふろく会(高校の同窓会)の2日目。箱根観光の日である。お天気はよいが、富士山は雲にかかって見えにくかった。箱根湯本→大涌谷→桃源台→元箱根の成川美術館→箱根関所→箱根ホテル→小田原のコースだった。昨日、飲み過ぎたためか、今朝目覚めると6時50分だった。朝食は7時半からなので、急いで風呂に行った。食事後、ホテルの回りを散策し、8時30分ホテルをあとにした。宮ノ下、小涌谷を通って9時20分に大涌谷に着いた。富士山は裾野だけしか見えず山頂は雲の中だった。硫化水素の匂いが立ち込め、あちこちから白い噴煙が上っている。温泉で茹で上げた黒い玉子が売られている。殻は真っ黒だが中は白いまま。10時にロープウェイ乗り場に集合して、桃源台まで降りる。眼下には見事な紅葉の風景が広がる。姥子の駅を過ぎると芦ノ湖の全景も眺められた。桃源台からは、10時50分発の海賊船に乗り、湖岸の紅葉やすれ違う他の船を眺めながら、11時30分に元箱根に着いた。元箱根を降りるとすぐのところにある成川美術館に入り、上村松皇・敦士の作品を中心に12時半まで鑑賞。この美術館の展望室からは芦ノ湖、箱根連山の向うに富士山が見えるはずなのだが、今日は残念ながら雲がかかっていて見えなかった。しかし、芦ノ湖と回りの紅葉はきれいだった。美術館を出た後、箱根関所跡へ行き、復元された関所や関所資料館を1時20分まで見学した。140年ほど前まで続いていた厳しい関所での取調べの様子がよくわかり、現代の自由に旅行できる時代をありがたく思う気持になった。昼食は、箱根ホテルのビュッフェ形式で、芦ノ湖の風景を眺めながら1時間ほどゆっくりと楽しんだ。食後は庭に出て箱根観光の最後のときを過ごしたが、バスに乗る前に少しだけ富士山の山頂が雲の間から顔を見せてくれたのが嬉しかった。2時45分、バスは箱根町を出発し箱根湯本を通り、小田原駅に3時20分に着いた。小田原城に着く前、バスガイドが「皆さん右手をご覧下さい、小田原城でございます。では、左手こちらをご覧下さい。バスガイド嬢でございます。上をご覧下さい、バスの天井でございます。」に車内は拍手と爆笑。かくて、2日間の同窓会行事は終り、各自帰路に着いた。私は、4時10分の新幹線に乗り18時40分に新大阪に着いた。車中からは夕日に染まる富士山を見ることができた。写真は、箱根湯本付近、大涌谷、ローブウェイからの絶景、海賊船乗り場、船上からの眺め、成川美術館からの眺め、芦ノ湖畔の紅葉、箱根関所跡、箱根ホテルの庭芦ノ湖の 美術館から 雪の富士
2007.11.19
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今日は、朝、テレビでNHK俳句、日曜美術館(フェルメール)などを見たあと、高校の同窓会に参加するため、新幹線で小田原へ向かった。車中からは、静岡の手前で右富士が見え、やがて左に移り、富士駅を過ぎるころまでよく見えた。小田原に着き、集合時間まで時間があったので、小田原城へ行ってみた。小田原城は、初代北条早雲以来5代100年続いた戦国時代の名城。謙信、信玄と2度の城攻めにも耐えたが、3度目となる秀吉の奇計に遂に陥落した悲劇の城。何度も消失・再建を繰り返してきたが、現在の天守閣は昭和35年の再建。中は歴史博物館になっていた。4階展望室からは海も山も360度の眺望が出来る。天守閣を出ると前は動物園のような象のおりがあり実際に象がいたのには驚くと同時に違和感を感じた。時間の許す限り城の中を見歩いた。常盤木門を抜け、歴史木見聞館、イヌマキの巨木を見て、銅門の方に行くと大勢の人がいる。たまたま開催されていた小田原市民2デーウォークの最終ゴール地点になっているようだ。住吉橋、お茶壷橋を渡り外堀の回りを半時計回りに回る。馬屋曲輪を見ながら行くと馬出門土橋(メガネ橋)の付近にヒドリガモが数羽浮んでおり、さらに行くと学橋の付近にはユリカモメ数羽がいた。3時ごろ小田原駅に着き、小田急箱根湯本線で湯本まで行った。駅は日曜日の日帰り観光を終えて東京方面へ帰る人たちでラッシュアワーのような混雑であった。同窓会会場の富士屋ホテルは駅を出て橋(アジサイ橋)を渡ったすぐのところにあった。写真は小田原駅前の北条早雲像、小田原城外観2景、城の4階からの眺望、城前で飼われている象、常盤木門、赤銅門、二の丸跡付近の外堀、馬出門橋(めがね橋)小田原城 小春日和の 中に立つ登録を済ませ、同室4名の部屋に落ち着く。今回の参加者は58名だそうだ。4時に記念撮影をし、入浴。5時半から宴会が始まり、懐かしい旧友との話が弾む。8時に中締めのあと場所をホテルのラウンジに換えて二次会、11時ごろまで歓談は続いた。写真は、宴の模様、校歌斉唱、二次会の模様。
2007.11.18
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今日は、午前中はテレビで、報道特集や俳句王国などを見て過ごし、午後は、緑懇会のイベントで奈良の東大寺の周辺を散策した。朝は寒かったが、日中は小春日よりの暖かい秋晴れのいい日となった。午後1時半近鉄奈良駅には30数名の会員が集まった。県庁前道路を東に進み、登大路を左折し一つ目の信号を右に渡ると、突き当たりが依水園だ。ここは素通りして、左折すると突き当たりが戒檀院。ここで、世話人の方々から、地図をもらい、今日の行程と見所の説明を受ける。行程は、東大寺の回りを一周するだけで、見所は、この付近の景観を作っている植生を見ることだ。なお、本会の前回の散策地である湖南アルプスの田上山から、法隆寺等奈良の社寺の造営のため長年に渡り多量の材木が切り出されたことを思い出した。現在の東大寺は18世紀の造営だが、棟や梁には、4尺角15間長さで重さ25トンの材木がはるばる宮崎から鹿児島湾、瀬戸内海を経て奈良まで千石船で運ばれたそうだ。戒檀院付近の土塀には瓦が挟み込まれている。強度強化と美観の一石二鳥だ。あちこちの紅葉が色付き始め、濃淡の対比がきれいだ。東大寺の裏にまわると、鹿が20匹ほどたむろしていた。その近くに樹齢300年ほどの大イチョウの木がある。きれいな樹形だ。御堂筋のイチョウのせせこましさと対照的に伸び伸びと育っている。落ち葉の中に葉が丸まっているのがあり、ラッパイチョウlというそうだ。正倉院の方への道で、あちこちに土が掘り返されたところがあり、これはイノシシがミミズを探して掘ったものだと説明を受ける。すさまじい力だ。さらに、面白い形をしたものが落ちていたが、これはその形から「エビフライ」といい、ムササビが松笠を食べたあと芯だけ残したものだそうだ。それにしても、東大寺の境内にイノシシやムササビが出没しているなんて驚きだ。正倉院への門は土曜日のため閉じられていたが、東に回って柵の間から覗き込むことができた。1300年も前から大切な宝物を守ってきた頼もしい姿に感激。柵の前の木立にシリブカガシの木があり、その団栗が沢山落ちていた。白い粉が吹いている大型の団栗だが、ハンカチなどで拭くと見事なツヤが出て美しい。ちょうどチョコボールのような感じだ。東大寺の裏には、百日紅の木が何本かあるが、すべて幹の下部に沢山のコブがある。多分病気だろうということだが、鹿が齧ったためという説もある。これでも猿もすべらずに登れるに違いない。また、この付近には、ナナミの大きな木が何本かあり、ちょうどきれいな赤い実を付けていた。見事な眺めだ。二月堂への行く道で、重要文化財の大湯屋を見た。東西8間、南北5間の大きな風呂屋で、中に鉄湯船があるそうだ。さらに進むと東大寺塔頭佐保山尭春氏の邸「宝珠院」があった。北側の階段から二月堂に上り、お参りを済ませ、東大寺の方を見下ろすと、あちこちに紅葉が見えていい眺めだ。下に下りると重文の閼伽井屋がある。修二会のとき御香水を汲むところだ。二月堂の下にはナギの大木が聳えていた。三月堂、四月堂を見て東大寺の方へ降りる。鹿があちこちで煎餅をねだって寄ってくる。先月角伐りをしてはずだが、何匹かの鹿には角が残っている。逃げおおせたのだろうか。この付近にはコナラの木が多く、古いものは数百年の大木になっている。鏡池に出ると、周りの紅葉が見事に色付いて、池面にきれいな影を落としている。ここで、記念撮影をしたあと、指導役の菅井先生から今日のまとめの話があった。奈良の自然は人が関わり、鹿が関わり、独特の形で作られた。高い木が奈良の景観を形成している。鹿がいるので高い木の間に低い木がないのも特徴。若草山のように木のない山も珍しいとのことだった。戒檀院の前で行程の説明を聞く参加者、大イチョウ、幹にコブのあるサルスベリ、ナナミの実、二月堂、三月堂、鹿、鏡池の紅葉、東大寺大仏殿小春日や 縁側広き 二月堂今日の万歩計は12000歩だった。
2007.11.17
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今日は、桜ノ宮駅へ切符を買いに行ったり、散髪に出かけた以外は、殆ど一日中在宅で、雑事をした。切符は、18日に箱根で行われる高校の同窓会に参加するためのもの。往復とも指定が取れた。道中の源八橋で、昨日より多くのユリカモメを見かけた。(10羽くらい)雑事は、OB会近況のまとめ、メールの返事、切手・パズル雑誌の拾い読み、パソコンファイルの整理など。今日の画像は、昨日訪れた太閤園庭園と藤田邸跡公園。どちらも藤田美術館に隣接しており、無料で開放されている。紅葉が始まりきれいになりつつある。上6枚は太閤園庭園、下3枚は藤田邸跡公園。太閤園 池に映して 薄紅葉
2007.11.16
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今日は、午前中は、会社OB会の資料の作成に費やし、午後は、藤田美術館の秋季展を見に行った。OB会の資料とは、参加、不参加の返信はがきに、近況を書いてもらっているのを、清書するものである。約200人のうち近況が書かれているのが120通あり、長短はあるが、一人分の入力に平均3分くらい掛かった。藤田美術館は、明治の旧男爵藤田伝次郎と長男平太郎、次男徳次郎の3人によって集められたコレクションを公開するため、昭和26年に設立され、同29年5月に開館されたもの。藤田伝次郎は、山口県萩出身の実業家で、平太郎も数々の事業で成功を収めた。また、伝次郎、平太郎、徳次郎の3人とも茶道や古美術に造詣が深く、美術品の収集に努めた。 こうして集められた美術品は、現在、国宝9点、重要文化財50点を含む5千点が当美術館に所蔵され、その分野も絵画や陶磁器から考古資料に至るまで多岐にわたっている。当展示室は昭和20年の戦災で類焼を免れた収蔵庫を改装して利用しており、例年、春季と秋季の各3ヶ月のみ開館している。今回は、国宝2点、重文8点を含む42点が展示された。作品は、絵の掛軸、絵巻、屏風絵、書の掛軸、陶器、硯、飾り箱、彫刻、漆器、剣、金環、管玉、勾玉、兜などであった。特によかったのは、竹内栖鳳の大獅子図、尾形光琳の萩流水図屏風、野々村仁清の宝船、本阿弥光甫(光悦の孫)の中蓮華左右藤花楓葉図、ノンコウの黒楽茶碗銘千鳥などであった。画像は、ポスター、野々村仁清の宝船、国宝・玄奘三蔵図、重文・大伴家持像、竹内栖鳳の大獅子図、ノンコウの黒楽茶碗銘千鳥、本阿弥光甫の中蓮華左右藤花楓葉図。帰りに桜の宮橋を渡っていたら、ユリカモメを見つけた。まだ数は少なく、今日見たのは数羽だった。なかなか近寄ってくれないので写真に撮りにくかったが、何とか映っていた。右上は、左下のユリカモメを拡大したもの。百合鴎 来りて心 浮き浮きす
2007.11.15
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今日は、午前中は、俳句を考えたり、本「美しき魔方陣」を読んだりして過ごし、午後は、先日OB文化展に出展した切手リーフを取りに行き、その後、所属OB会の打ち合わせなどをした。OB文化展に出展された作品のうち、一部チャリティに出されていた写真作品の一枚を購入して持ち帰った。河本山治さんの「タンチョウの飛翔」という題の写真で、つがいのタンチョウが大空でうまく重なった瞬間を捉えた珍しいもので、それを下に示す。タンチョウは釧路の観測センターにに毎年200数十羽ほど飛来し11月から4月頃まで見られるそうだ。タンチョウは、つがいで舞を踊るほか、つがいで編隊、飛行する。下記の大きな写真が河本さんの写真で、まわりの写真はウェブサイト(加藤忠宏さん、WEB店長さん、KAWAMURA AKITOSHIさん、釧路河川事務所のブログなど)で見つけたもの。蒼天に 丹頂夫婦 大飛翔
2007.11.14
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今日は、ほぼ一日中在宅で、昨日の吟行句会のまとめを行った。午後一時、図書館へ行き大川沿いを散歩した。大川の沿いの桜紅葉はだんだんと色づいて来ているが、例年のようなきれいな色にはならない。やはり暖かいからだろうか。いつもなら鮮やかな赤色になっているのに。それに、ユリカモメがまだ来ていない。例年11月上旬で遅くとも10日には来ていたのに・・・写真は、今日の桜紅葉。ちょうど、水上バス・アクアライナーがOAP桟橋を出航し、桜宮橋のところで他の水上バスとすれ違うところだった。桜葉の 日ごと色付く 散歩道
2007.11.13
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今日は吟行句会。場所は住吉大社。10時に太鼓橋前に集合し、11時まで境内を見歩き、11時から御祓いを受け、各自電車で南森町まで帰り、昼食のあと句会となった。住吉大社は、初詣、御田植祭で賑わうところ。今日は特に行事は無かったが、七五三参りの親子連れが三々五々訪れていた。境内はかなり広く、いろいろな名スポットがある。1時間ほどで一応一回りした。写真は、太鼓橋(反橋)、兎の手水、角鳥居、社殿(第三、四本宮)、石舞台、夫婦楠、御田、西鶴句碑、芭蕉句碑。御製碑に 木漏れ日優し 住吉社その他、誕生石、千年楠、高倉、御文庫、高灯篭、昭和天皇歌碑、川端康成文学碑、万葉碑、源氏物語碑、蜀山人狂歌碑などもあった。住吉大社は、人で込みあう時でなく、比較的空いているときに行くと、いろいろ細かいところまで見ることができていい勉強になる。なお、御祓いも久しぶりで受けたが、祝詞も神楽舞も直いもあり、珍しい経験をすることができた。句会では、いつものように5句ずつ出句した。選句の結果、私は上出来で、先生から3句が選ばれ、うち2句は特選だった。他の2句のうち1句は仲間から選ばれ、1句はだれからも選ばれなかった。先生から選ばれたのは次の句。 ◎祝詞にも 相場のあって 七五三 (先生ほか3票) ◎神の留守 社殿変わらぬ 佇まい (先生ほか2票) 反橋の 上にて鴨を 見てゐたり (先生ほか2票)仲間から選ばれたのは次の句。 住吉の 色無き風や 芭蕉句碑 (2票)誰からも選ばれなかったのは次の句。 住吉の 御田に櫓(ひつぢ)の 元気よく これは、先生から、住吉の 御田に櫓 伸びてをり と添削していただいた。今日の他の特選句は次の2句。 ◎絵馬あまた 重なり合うて 神の留守 球代(先生ほか6票) ◎反橋の 上で一息 小春風 幸枝(先生ほか4票)今日の最高得点句は次の句。 願ひごと 重く背負うて 神の旅 球代(先生ほか7票)今日の先生の句で一番人気のあったのは次の句。 秋惜しむ 宮の裏側 へもまはる 塩川雄三先生吟行は、皆が同じところを見てまわっているのに、いろいろな観点から多くの種類の句が出来るところが面白い。同じところを見てなんとか句にしたいと思うのに出来なかったのが、他の人によってうまく詠まれていると敬服する。そういう風に読めばよいのかと参考になる。万歩計:16053
2007.11.12
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今日は、午前中、テレビでNHK俳句や日曜美術館を見たあと、箕面へ行き、郵趣協会箕面支部の切手展を見たあと、塚口へ行き、関西ぱずる会の例会に参加した。箕面支部の切手展へは初めての参加であるが、先日なくなられたNさんの遺作展示があるというので、追悼の意を兼ねて見に行った。支部長のHさんやNさんのご子息にも会って挨拶をした。最近各支部とも構成員の老齢化が進み、箕面支部では今年3人の方が亡くなられたそうだ。その結果支部員の数も少なくなって、今回の展示会の出展者も8人と少なかった。それでも、一人で多くのリーフを出展する方がいて、広い会場の壁面はリーフで埋められていた。出展作品の題名は、中国書信館、カタカナローラー印、新幹線、郵政民営化、年賀状、鍾乳洞、国際極年、鉱業、ヨーロッパからのカバー、タイの切手、世界各国の国花一番切手など。最後のものがNさんの作品で、48リーフの大作だった。切手展を見たあと、隣にある「箕面市郷土資料館」を覗いた。農機具、生活道具のほか、特別展として、庚申塔の写真・拓本が展示されていた。庚申塔の意味を初めて知った。写真は、ポスター、展示会風景、Nさんの作品とその部分。資料館入口、農機具など、庚申塔の拓本。秋さびし 切手残して 友逝けり箕面から阪急を乗り継ぎ塚口に着き、駅前で食事をしたあと、パズル会に参加した。今日の参加者は9名で比較的少なかった。各自、研究した成果や考案したパズル、入手した書籍・パズル等の発表を行い、今年最後の例会を終えた。次回は1月の宿泊例会だ。写真は、例会風景、逆さ文字、騙し絵ライター(ベトナムジッポー)、マッチ棒の組木、組木パズル、ルービックキューブ、書籍。万歩計:9247
2007.11.11
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今日は、午前中はマンションの消防訓練があり、その後「俳句王国」と見て、午後は、大阪市立美術館で開催された講演会に参加した。10時に「訓練、火災発生。・・・避難して下さい」の放送があり、非常階段を通って外に出る。集まったところで、消防署の人から、避難方法(階段、縄梯子)、消防署への通報方法、初期消火方法、消火ホースの使い方(実体験)、AEDの使い方など1時間ほどの訓練であった。いざとなったとき、落ち着いて行動できるため、必要な訓練であると思った。美術館の講演会は、現在開催されている「屏風展」の企画に携わった群馬県立女子大の榊原悟教授から、スライドを交えて1時間45分の話で、日本の屏風文化について分り易い話を聞けた。屏風は日本独自の装飾画で、これまでに数々の名品が製作されたが、安土城、聚楽第、大阪城などを飾ったものを初め多くの作品が火災で失われた。一方、海外へも多くの名品が贈物として流出した。ローマ法王や北宋皇帝、明皇帝、李朝国王、朝鮮通信使、オランダ国王などへの贈答は明皇帝への190枚をはじめ多数にのぼった。しかし、中国国内には今1点も残っていないそうだ。その中で、オランダ国王へ贈った10点だけは美術館できれいに保存されて来て、今回の屏風展に10点揃って里帰りしている。嬉しいことだ。写真は講演会の模様。(開演後は撮影禁止となった)渡海せし あまたの屏風 秋惜しむ
2007.11.10
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今日は、京都国立近代美術館で開催されている「カルロ・ザウリ展」を見に行った。天満橋から京阪電車で三条まで行き、三条通りを岡崎公園の方へ歩き、神宮道を曲がると、疎水を渡る手前の角に、京葉屋といううどん屋がある。ここで昼食をして美術館に着いたらちょうど12時だった。「カルロ・ザウリ展」は3階だが、先に4階の常設展を見た。何度か見ているが、結構いい絵がいくつかある。橋本関雪、村上華岳、竹内栖鳳、山口華楊、池田遥邨らの日本画19点、ピカソ、マチス、ドガ、ルドン、モンドリアンらの洋画28点を中心に見たが、ここには、写真、陶芸、現代絵画なども多数展示されていた。陶芸の中には勿論、カルロ・ザウリの作品もあった。常設展を30分ほど見たあと、3階の「カルロ・ザウリ」展の会場に下りた。カルロ・ザウリ(1926-2002)はイタリアの陶芸家で、1964年東京で開かれた現代国際陶芸展に出展以来、日本でも知られるようになったそうだ。本展は、初期のマジョリカ陶器時代から白の時代を経て後期の黒粘土時代に至る40年間の作品160点が一堂に集められた没後初の大回顧展なのだ。展示の初めには、初期のマジョリカ陶器が約30点展示されていたが、きれいな色の陶器(壷、皿、レリーフ等)ばかりで、私はこれらの作品に見入っていたが、彼の作品の真骨頂はこのあとの自由闊達な造形作品にあるようだ。裂けた球、曲がった壷、翼のある立体、波打つ柱など似たような作品が多いが、なんとなく訴えるものがある。陶器というより彫刻と言った方がいいような現実離れした造形だ。勿論実用にはならない。作品のタイトルも同じようなものが多いが、幾何学の起源、原始の起源、幾何学的形態、内部の形、原始の復活、形態のうねり、円形の活力、自然の鼓動、歪められた欲望などから、どのような造形か想像がつくかも知れない。陶芸作品128点のほか、リトグラフ、シルクスクリーン、エッチングなどのグラフィック作品13点、タイルのデザイン25点なども展示されていた。タイルには透かしの入ったものもありデザインへのこだわりが感じられる作品であった。画像は、左上:球体のふるえ1968、左下:翼のある立方体1970、右上:壷(マジョリカ焼)1953、塔1985、球体のふるえ1968、水平なふるえ1971辛夷の実 パウロザウリの 変な壷展覧会を見終るとちょうど2時、1時間半も見ていたことになる。まだ時間があるので岡崎公園の疎水のまわりを散策した。紅葉はまだ緑色だが、桜、ナンキンハゼ、ハナミズキ、イチョウなどの葉が色づき始め、水面にきれいな影を落としている。鴨も来て静かに泳いでいる。これらを見たり、京都市勧業館(都メッセ)の地下にある「京都伝統産業ふれあい館」を覗いたりした。京都のいろいろな伝統産業品が陳列され、即売コーナーも設けられていて京みやげを買うのにいい場所であると思った。写真は、京葉屋、疎水、ザウリ展の看板、美術館の内部、美術館の窓から平安神宮の鳥居、アオサギ、マガモのオス、マガモのメス。京阪三条から3時21分の特急に乗り、4時10分に天満橋に着き、4時半に自宅に帰着した。今日も万歩計は15100を示していた。
2007.11.09
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今日は立冬。暦の上では冬だが、春のように暖かな日となった。マンションのエアコンは、まだ冷房で、暖房に切り替わるのは来週だ。今日は、午前中は、昨日赤穂で入手した資料を読んだりして過ごし、午後は、昨夜録画したビデオ「国芳」を見たり、今日届いた日経パソコンを読んだりして過ごした。今日の写真は、立冬の日の朝焼け。日の出は6時24分だが、水平線は見えないので、これは日の出時刻の3分前で空が一番きれいになったとき。朝焼けの ことさら赤く 冬に入る
2007.11.08
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今日は、朝からJRに乗り播州赤穂へ行った。城跡を中心に赤穂義士にまつわる史跡・資料館などを散策し、300年前の出来事に思いを馳せた。9時04分大阪発播州赤穂行きの新快速に乗り、10時39分に終着駅に着いた。まず、駅の観光案内所でマップなどの観光資料をもらう。駅前には大石の銅像や四十七士の像などが並ぶ広場がありさすが赤穂義士の町であることを伺わせる。駅前のお城通りを南に進む。10数分ほど歩くと、「息継ぎ井戸」という史跡が目に止まる。1701年3月、早水藤左衛門・萱野三平の両士が主君による刃傷事件の凶報を持って江戸から早籠を飛ばし、赤穂に到着した時にひと息ついたと伝えられているのがこの井戸だ。もう少し南下し、標識に従って右に折れると「華岳寺」に着く。ここは浅野家の菩提寺、浅野家代々の墓と四十七士の遺髪墓とがある。浅野内匠頭の墓と四十七士の墓は泉岳寺にあるが、ここは四十七士にとって第2の墓所だ。宝物館には、討ち入りに関する多くの軸絵や巻物、城の模型、武具、城や義士宅の遺物・調度品などが展示されていた。しかしここの見所は、四十七士の木造(サイズは実物の2分の1くらい)。義士の二十三回忌に京の名工によって彫られたもので、280年も前の力作である。次に向かったのは、少し離れているが「民俗博物館」というところ。旧塩務局の建物を利用したもので、物凄い数の昔の道具を展示している。例えば、壷、ざる、下駄、火鉢、ミシン、ラジオ、蓄音機、電話機、手回し計算機、金銭登録機、鬼瓦、人力車、農具、玩具、軍服、軍事かるた、飯盒、鉄兜、店の看板などなどとても書ききれない。ここだけは、赤穂義士とは関係のない施設であったが、しばし懐かしい気分を浸るができた。次に赤穂城跡の方へ引き返す。先ず目に止まったのは、塀にかこまれた広々とした空き地。これが「 義士宅跡」。赤穂義士47人のうち、赤穂城に隣接して屋敷があった義士宅跡地に説明板と石碑が立っている。大野九郎兵衛、間瀬久太夫、田中貞四郎、神尾専右衛門、磯貝十郎左右衛門、寺井玄渓、鈴田重八らの名前が見られた。写真は、息継ぎ井戸、華岳寺、民俗博物館、義士宅跡晩秋の 赤穂に義士の 寺社を訪ふやがて多くの石像が道の両側に並ぶのが見え「大石神社」の参道であることがわかる。石像は実物の2倍くらいの高さの四十七士像。門に一番近いところに大石父子の像があい対している。この神社は、大正元年大石以下四十七士を合祀して、大石家の住居跡付近に創建された神社で比較的新しいものだ。ここにも、四十七士にまつわるいろいろな資料が展示されていた。宝物館では、四十七士図、義士絵馬、討ち入り後の義士行進模型、森家の遺品などを見たが、ここでの圧巻は、近代の名工による四十七士像だ。義士の250回忌に当代の木彫の名士49人が一体ずつを制作した義士像。平櫛田中の浅野内匠頭、山崎朝雲の大石内蔵助を初め49体が並んでいたが、この特徴は、華岳寺にあるような戦闘の姿ではなく、それぞれの義士の個性溢れる平常の姿を描いていることである。続いて、「大石邸の庭園と長屋門」を見た。庭園は、池泉回遊式の庭で、いろいろな灯籠や石碑が置かれていた。楠の大木、手植えの松や愛好した牡丹園などが見られた。また、大石家の遺構としては、長屋門だけが存在するが、その中に、平和に暮らす大石一家の生活ぶりが人形で表現されていた。大石神社も、義士宅跡も、「赤穂城跡」に含まれるのであるが、次に、本丸庭園として整備されている本丸跡へ向かった。赤穂城は、初代藩主が13年の歳月を費やし1661年に完成させた平城。明治維新に全部取り壊され、二の丸門は跡形もなく門跡の碑があるのみ。現在は、昭和30年に復元された隅櫓と平成8年に復元された本丸門が残るだけ。本丸門をくぐり中に入ると、建物があったところは一段高くコンクリートで固められ印が付けられている。もと天守台があったところに展望台が設けられていたので、登って全体を見下ろした。赤穂城を出て、最後の目的場所「歴史博物館」に向かう。標識に従って進むと米倉が5つ並んだような建物が目につく。これが博物館の建物で、5つは中でつながり一つの建物になっている。博物館の展示内容は、1.赤穂の塩、2.赤穂の城と城下町、3.赤穂義士、4赤穂の上水道の4つ。また、同時に特別展「南国土佐の忠臣蔵」と題して、幕末から明治初期に活躍した弘瀬金蔵という絵師(絵師の金蔵を略して絵金と呼ばれた)の屏風絵が展示されていた。25点の作品のほとんどが仮名手本中心蔵を題材としたものだった。2つの寺社と2つの博物館そして赤穂城跡を見て、赤穂のこと赤穂義士のことがよく理解できた。なお、赤穂の土地は、戦国の毛利家支配のあと、姫路藩・岡山藩(池田家)の管轄となりり、1645年に赤穂藩が出来た。浅野家の時代は57年続いたが3代長矩で廃絶。その後に入ったのは森家で、これは織田信長の家臣森蘭丸の弟の子孫だということを初めて知った。森家の支配は維新まで163年続いた。赤穂の製塩技術、上水道技術、築城技術などは、浅野家初代長直の時代に導入・完成されたことなども驚きであった。製塩技術はその後瀬戸内沿岸全域に伝えられた。播州赤穂発15時39分の電車に乗り姫路で新快速に乗換え、17時13分に大阪駅に着いた。晩秋の一日、播州赤穂で、手軽なタイムトリップを満喫することができた。万歩計は15000歩を少し超えていた。写真は、大石神社、大石邸の庭、赤穂城跡、歴史博物館
2007.11.07
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今日は、会社OBの文化展を見に行った。毎年、11月に行われ多くのOBからの作品が展示される。今年も、絵画61名、書道23名、写真37名、手芸23名をはじめ彫刻、陶芸、拓本、模型・工作、収集、俳句・川柳、魚拓など180名からの力作数百点が展示されていた。同僚や先輩の隠れた才能や趣味分野を知り、その多才ぶり、有能ぶりに驚く。在職中はこうした作品を見ることがなかったが、定年後、作品を紹介しあうことで新たな交流も始まると思う。私は、収集部門で「切手の額面数字」を出展した。写真は、会場風景。入口の活花、絵画展示、陶芸、手芸、手芸、からくり人形、箸袋収集、木彫、バードカービング菊日和 OB文化展を見る写真は、出展された絵画より。作者の方へ、無断掲載をお許し下さい。
2007.11.06
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今日は、朝から大阪中央郵便局へ、今日発売のふるさと切手「名古屋港100年」を買いに行き、午後は少し外出した以外は在宅で、本を読んだり、ビデオを見たりして過ごした。映画のビデオ「ロビンフッドの冒険」は子供の頃本で読んだが、内容は殆ど覚えていない。図書館で見つけたビデオは、1938年のアメリカ映画だった。てっきり白黒だと思っていたらなんとカラーでそれもきれいな色が出ているのにびっくりした。調べてみると、テクニカラーという会社がカラー映画の技術を発明したのが1935年で、以後カラー映画がたくさん作られたのだそうだ。日本では確か昭和26年ごろ「カルメン故郷へ帰る」という映画が総天然色といって騒がれたのを覚えているが、10数年も遅れていたのだ。ロビンフッドは実在~伝説上の人物で、物語には特に原作者というものはなくいろいろな作家が物語を書いている(作っている)。有名なのはハワード・パイルで子供用の名作全集などにおさめられている。現在でも、人気の物語で、世界で愛読されているそうだ。ロビンフッドの冒険は、子供用の物語だと思っていたが、この映画は大人でも十分楽しめるもので、逃走、脱出、襲撃、決闘などのシーンは非常に迫力がある。なお、1991年にケビン・コスナー主演による新しい映画「ロビンフッド」が出ているそうだ。12世紀の英国リチャード王の時代。王が十字軍に出征している間に、弟のジョンが王となって悪政の限りを尽す。これに敢然と立ち向かったのが貴族ロビンフッド。悪政に苦しめられる貧民を組織して、シャーウッドの森に籠もり、ジョン王側に反撃を加えるというストーリー。画像は、ビデオカバー、ウェブサイトなどより。秋爽や ロビンフッドの 弓の冴え
2007.11.05
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今日は、午前中はテレビでNHK俳句、日曜美術館などを見て過ごし、午後は天満橋OMMビルで開催されているシニア活躍見本市を見に帰りに天満橋の京阪モールを覗いた。シニア活躍見本市では、定年退職者の活動の場を紹介するもので、24の団体のプレゼンテーションと80のブース展示があった。地域ごとの活動、分野ごとの活動などいろいろな活動の場があることがわかった。ただ、会場内は閑散としていて入場者より関係者の方が多いのが残念だった。2.3興味を惹かれた団体があり、パンフレットをもらって帰った。その後、会場の隣の京阪モールに行き、ジュンク堂とミドリ電器を覗いた。本屋で俳句吟行の本を買い、ミドリ電化でプリンターのインクを買った。どちらも自宅から一番近い本屋と電器屋であるが、これまであまり行くことはなかったが、今後はときどき覗いてみたい。帰宅後は買った本を読んだ。次の句会は吟行会なのでよく読んで勉強しておきたい。今日の写真は、日ごとの色づいて来た大川沿いの桜の紅葉。桜の葉は、もみじの紅葉に先立ってきれいな色彩の変化を見せてくれるが、俳句ではこれを桜紅葉(さくらもみじ)と言って季語になっている。ユリカモメはまだ来ていない。橋は川崎橋、下の2枚は、天満橋上と京阪モール屋上より。大川端 桜紅葉に 彩られ
2007.11.04
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今日もほぼ一日中在宅で、パズル仲間から頼まれた方陣の問題をプログラム化してランするのを見守った。結果は一部が出たが全部を出すのは数日かかるので、今までの分をプリントアウトして依頼者の楽方氏に送付した。その間、映画のビデオを見たりテレビを見たりした。画像は、楽方氏が見つけた偶方陣でも奇方陣でも使える方陣の一般的な作り方の説明。依頼されたのは、この方法で6方陣は何個作れるかということ。(結果は288個)秋高し N方陣を 作りたりテレビは、俳句王国、HV特集信貴山縁起絵巻の宇宙などを見た。特に後者は見応えがあった。映画は「マイ・ガール」という1991年のアメリカ映画。同名の韓国ドラマがあるようだが、それとは別のもの。11歳の少年・少女の恋を描いた微笑ましい物語だと思って見ていると、最後に悲しい出来事が待っていた。情緒不安定な年頃をよく描いている。主演の子役はアンナ・クラムスキーとマコーレー・カルキン。男優のダン・エイクロイド、女優のジェイミー・リー・カーティスも好演している。画像は、ビデオカバーなどより。
2007.11.03
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今日は、ほぼ一日中在宅で過ごした。日経パソコン誌、切手の雑誌、パズルの雑誌などに目を通したあと、パズル仲間Aさんから依頼された問題を考え、パソコンで解いた。Aさんは、4方陣でも5方陣でも任意の大きさの方陣を作る方法を考え付いた人。しかも偶方陣でも奇方陣でも同じ方法で作れるというのだからすごい。依頼されたのは、例えば6方陣ではその方法で何種類の方陣が作れるかということ。検討の結果は288個であった。今日の画像は、8月下旬以来毎日大川の川面に浮いているボタンウキクサ。まだまだ一向に減る気配はない。たまに、ホテイアオイも混じっているが、数は1%くらい。なお、大川には数日前から鴨が渡って来た。ホシハジロのようで、ユリカモメはまだ来ていない。嫌はれど 牡丹浮草 不遠慮さ
2007.11.02
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今日から11月、年賀状が売り出されて何やら急に慌ただしく感じられるようになった。朝から、郵便局に行き、年賀状、年賀切手などを購入したあと、図書館へ行き俳句の本などを借りて帰り、午後は、大阪市市立美術館で開催されている特別展「BIOMBO/屏風 日本の美」に行った。先日、京都で満員の人の中、狩野永徳展を見たばかりであったが、人の数は何十分の1も少ない。会場の広さは京都国立博物館と同じくらいだと思われるが、8つある各部屋の観覧者は平均数人であった。しかし、展示してある作品は、永徳展に勝るとも劣らない名品ばかりで、いつまで見ていても見飽きないほどであった。勿論並ぶこともなく、人に押されることもなく、係員に急きたてられることもなく、十分に楽しむことができた。永徳展の作品との違いを強いて上げるならば、力強さや絵の迫力は永徳展の方が勝り、上品さ、美しさ、豪華さの点では、屏風展の方が勝っていると思う。屏風は、生活の場の調度品として、儀礼の道具として、海外への贈答品として使用去れて来た。この屏風展では、里帰りした屏風を初め国内外の名品100点を一堂に集めたものだ。但し、会場の関係で毎週一部入替えが行われ、常時60点ほどを見ることができる。展示は次の6つに分類されていた。1.屏風の成立と展開2.儀礼の屏風3.屏風に見る南蛮交流4.近世屏風の百花繚乱5.異国に贈られた屏風 a.朝鮮通信使へ b.オランダ王へ 10点(オランダ・ライデン国立民俗学博物館より里帰り)6.海を越えた襖絵と屏風絵 (贈答以外で流出した作品)作品リストが置かれていて、それと照合しながら見て行ったが、展示の順序が記載通りではないので不便だった。出産の場では「白絵屏風」、婚礼用の豪華な屏風、臨終のときには「逆さ屏風」など、屏風と生活との結びつきの文化も、勉強になった。なお、この屏風展には、同時期の開催となるためか、狩野永徳の作品は1点もなかったが、元信、松栄、探幽など狩野派の作品は多数(20数点)見ることができた。画像は、パンフレット、ウェブサイトなどより。左手前から 狩野探幽「桐鳳凰図屏風」、「祇園祭礼図屏風」 、伝狩野山楽「南蛮屏風」 、狩野探幽「武蔵野図屏風」、右上から 「レパント戦闘図屏風」 、「日月山水図屏風」 、 「賀茂競馬図屏風」 、狩野雅楽助之信「松下麝香猫図屏風」 画像は、ウェブサイトより。左上から 狩野内膳「豊国祭礼図屏風」左隻、伝原在中 「白絵屏風」、「泰西王侯騎馬図屏風」、狩野探幽「桐鳳凰図屏風」、右上から 「関が原合戦図屏風」 、国宝 「山水屏風」、狩野友甫宴信 「苅田雁秋草図屏風」、「祇園祭礼図屏風」 屏風見て 館を出れば 秋の暮帰宅すると、俳句誌「築港」11月号が届いていた。久しぶりに「今月の秀句から」に選ばれていて嬉しかった。その句は次の句。 繰返し 同じこと言ふ 生身魂以下は、塩川雄三先生の講評。 盆は先祖の霊をまつる行事だが、生きている霊にも仕えるという考えから盆の間に父母、目上の人などの長命を祈ってその生身魂をもてなし、祝い物を贈ったりする風習があり、「いきみたま」とか「いきぼん」と言う。その生身魂の人が繰返し同じことを言っているのだが。いささか老人性認知症がはじまったのだろうか。
2007.11.01
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