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今年も今日で終り、あと数時間となった。午前中は、自分のブログの一年分をダウンロードした。時々読み直したりしながら3時間ほどかかった。午後は、自分のホームページを一年ぶりに更新したり、俳句を考えたり、ウェブサーフィンをしたり、テレビを見たりしながら過ごした。当ブログも、今年10月で3年を超え、12月4日朝にはアクセス数が10万を超えました。ご覧いただいている皆様のお蔭だと感謝しています。来年もよろしくお願いいたします。今日の画像は紅葉した桜の葉。拾って来て机上に置いてある。拾ひ来し 桜の落葉 卓に置く
2007.12.31
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今日は、午前中は、昨夜届いた俳句同人雑誌「築港」一月号を読んだり、散髪に行ったりして過ごし、午後は、また、部屋の整理をした。「築港」誌には今月の秀句として私の句が選ばれ、塩川雄三先生の評が付けられていた。 ◎祝詞にも 相場のあつて 七五三 七五三のとき神社の神前で祝福のことばを神主さんから上げて貰う。その謝礼というものの相場があるというのだ。最低5千円ぐらいから上を見れば切りがない。今年は大阪の住吉神社と天満宮で七五三をみた。相場があるというのが面白い。今日の画像は、正月準備の続く大阪天満宮の今日の様子。天満宮 準備の進む 年の暮本殿の前には自動車がたくさん入っていて出店の準備中、本殿の前には賽銭が投げ込まれないようにネットが張られている。正月にはこのネットに守られながら祝詞や神楽舞が行われる。巨大賽銭箱はネットの前に置かれている。上右はネット越しに見える絵馬。下左は準備中の出店、下右は、隣の繁昌亭。こちらもすっかり正月飾りが出来ている。
2007.12.30
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今日もまで切手を中心に整理を行った。将来必要だろう、暇ができたら読もうなどと思って残しておいた資料や品物がいろいろと出て来て、今日もゴミ袋一杯分の紙くずを捨てた。しかし、まだまだ整理は続きそうだ。そろそろ次回の句会のための句も作らないといけないし、句会用の資料も準備しなければならないのに、なかなか手が回らない。今日の画像は、先日、OBPの新鴫橋付近で見た百合鴎の群、といっても止まっているところ。寝屋川の左岸の防護柵の上に並んで止まっているのを橋の上から撮ったもの。軽く200羽はいる。百合鴎 二百羽ほども 並びをり
2007.12.29
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今日は、午前中は、切手・はがきの整理と部屋の掃除をし、午後はヨドバシカメラ梅田に買物に行った。切手・はがきの整理はいつまでやっても完成ということがないので、適当なところで中断し、掃除にかかった。先ずは雑巾で棚や机上の埃取り、その後部屋の隅々まで掃除機をかけた。整理・掃除のあとはなんだか気持がよくなった。数日前からヨドバシカメラのポイントカードを紛失したことに気が付き、家中を探し回っていたが一向に見つからないので、再発行を兼ねて買物に行ったのである。再発行は手軽にできた。身分証明のため免許証を見せると直ちに再発行手続きがなされ、即日使用可能だということだった。さっそく買物をしたところ、溜まっていたポイントもそのまま使え、おかげで今日は一円を使わず買物ができた。コンピュータ管理の威力だろう。年金のシステムもこのようにスムースにしておけば、今頃騒ぐこともなかったのに。また、カードにはんこを押してくれるポイントカードもあるが、貯まるまでに期限が切れてしまったり、紛失してしまったりで、ポイント分のサービスを受けたためしがない。同じ店に一年に10回も行くのは殆ど不可能だ。画像は、年賀状の初期11年間分を並べたもの。1950年は2円と3円(1円の寄付金付き)が発行されて、どちらにもお年玉くじが付いていた。1951年と1952年は寄付金付きの3円だけが発行された。1953年からははがき代が5円になり、年賀状に限り4円となったがこれにはくじが付かず、寄付金付きの5円にだけくじが付くようになった。1954年も1953年と同じ。1955年と1956年はくじ付きの5円のみが発行された。さらに1957年からは再び寄付金なしの4円と寄付金付きの5円が発行されるようになったが、くじはどちらにも付くようになった。この状態が1966年まで10年間続いた。1967年からははがき代が値上げになり、年賀はがきは7円と8円(寄付金1円付き)となり1971年まで5年続いた。1972年からは、はがき代が値上げになり、年賀はがきは10円と11円(寄付金1円付き)となり1975年まで4年続いた。1972年からは、はがき代が値上げになり、年賀はがきは10円と11円(寄付金1円付き)となり1975年まで4年続いた。1976年からは、さらに値上げになり、年賀はがきは20円と21円(寄付金1円付き)となり1981年まで6年間続いた。さらに、1982年からはがき代が40円になり、年賀はがきは40円と41円の2種が発行された。そして1983年からは、41円の寄付金付きが43円となり、寄付金1円の時代は32年間で終った。同時に43円のはがきには絵が入るようになり、ここから年賀はがきの種類が急激に増えることになる。その後年賀はがきは、1990年から41円と44円、1994年から50円と53になり現在に至る。17年間同じ価格で続いている。画像は、初期11年間の年賀はがき。紙の色 変りし古き 年賀状
2007.12.28
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今日は、部屋の掃除をしようとして、切手のファイルを触っていたら整理をしたくなって、とうとう一日中かかってしまった。掃除は明日に延期だ。年賀はがきも暑中見舞はがきも昭和25年から57年分が全部揃っている。ただ、重複が多くて、ほぼ完全なものがもう1セットずつできるし、それでも年によっては10枚くらい重複分が残ることになる。今回は将来のことを考えて、完全セット1、不完全セット1、残りの3つに分類した。未使用品は簡単なんとか分けられるが、初日印を押したものは、年によって押印局が違ったり、押印の種類(風景印、欧文印など)が違ったりしてまちまちで難しい。暑中見舞はがきは毎年多くとも4種類なので簡単だが、年賀はがきは1984年から地方版も発行されるようになり、多いときは50種も発行されたときもある。切手の整理は、現役の頃から年末とか正月にしていたが、今は年中暇なのでいつでもできるはずだ。しかし、やはり年末とか正月にするのがよさそうだ。こうして夜遅くまでかかってなんとか整理が出来た。今日の画像は、昨日大阪城へ行ったとき見た大阪城の正月飾り。桜門のところに飾られていた。松竹梅に紅白の葉牡丹。向って右の松は黒松、左は赤松になっていた。門松立つ 大阪城の 桜門
2007.12.27
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今日は、大阪城早朝探鳥会に参加した。帰宅後は、留守中の録り溜めたテレビ番組を見たりした。朝7時に森之宮の噴水前の集合。元山裕康先生のご指導で大阪城公園内を1時間見て周った。例年に比べ鳥の種類も数も少ないそうだ。それでも、ツグミ、ジョウビタキ、シジュウカラなどは割合はっきりと見ることができた。カモもいろいろな種類を見ることができた。会のあと、いつもカワセミが来る池に行ってみたが、今日はカワセミは見られなかった。その代り、梅林前の堀ではいろいろなカモを近くで見ることができた。今日見た鳥は下記のとおり22種。カワウ、マガモ、コガモ、ヒドリガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、ヨシガモ、オカヨシガモ、ハヤブサ、ユリカモメ、キジバト、コゲラ、ハクセキレイ、ヒヨドリ、ジョウビタキ、ツグミ、シジュウカラ、メジロ、スズメ、ムクドリ、ハシボソガラス、ハシブトガラス。探鳥会のあと、仲間のKさんとNさんらと、クリスタルタワー21Fに上がり、大阪城の眺望を楽しみながら鳥の話などをした。写真は、ツグミ、ジョウビタキ、シジュウカラ、ホシハジロ(雌)、ホシハジロ(雄)、ハシビロガモ、キンクロハジロ(雌)、キンクロハジロ(雄)、ユリカモメ餌を求め 人に寄り来る 堀の鴨
2007.12.26
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今日は、午前中は、年賀状に添え書きをして出すなど雑事を行い、午後は、老人ホームの会議に参加した。会議の議題は、最近老人ホームで起ったくすりの調剤ミスの説明だった。老人ホームが提携している薬局のくすりを飲んだ患者の病状が急変し、調べたところ薬剤の調合ミスとわかった。ベテランの薬剤士だそうだが、ある薬の量を他の薬の量と過ったらしい。薬の名前が処方箋の左に並んでいて、薬の分量が右側に書かれている。A4の用紙の両端に書かれてあるので、1行上の数字を見過ったそうだが、薬の分量は絶対に間違ってはならないものだ。薬局幹部の人から、謝罪と今後検査の徹底を図るなどの改善策が述べられた。今回の事故は全面的に薬局の責任とされているのだが、私は、処方箋の書き方にも問題があると思う。薬の名前と分量はできるだけ間を空けないように記載ですべきであるのに、間が大きく空いている。病院側は処方箋さえ間違っていなければどんなに分りにくく見誤りやすい処方箋であってもよいと考えているのだろうか。なお、その処方箋には罫線も入っていないそうだ。医薬分業はいいとしても、このような病院側の横暴は許されないと思う。今日の画像は、最近目にした木の実。左上から、ナンキンハゼの実(緑の葉はクス)、モミジバフウの葉と実、ハナミズキの実、マユミの実見るたびに 変はる木の実の 色形南京ハゼは白い実がたくさん付いた木は、まるで白い花が咲いているように見える。
2007.12.25
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今日は、年末の大整理日として、これまでいろいろと保存して来たものを取り出して、将来必要なもの、不要なものに分け、不要なものを捨てた。捨てたものは、昔のスライド、スライド映写機、オープンタイプのテープレコーダー、録音テープ、カセットテープレコーダ、カセットテープ、ポケットコンピュータ、名刺、ノート、説明書類、フロッピーディスク、いろいろな教材・テキスト類、スクラップブック、雑誌類、ゴルフの本、囲碁の本、碁石、麻雀牌、等々。将来使うことも見ることもないだろうと思うが、まだ捨てられないものもたくさんある。写真(アルバム)、手紙、旅行記念品、ビデオテープ、パズル玩具、収集切手、LPレコード、手品用品、額絵、日記、等々。それでも、ごみ袋20袋くらいの不要品を廃棄した。しまったと思うものもあるが仕方がない。捨てるには思い切りが必要だ。今日の画像は、大阪市役所付近の電飾。10年ほど前から毎年行われているが、次第にきれいになる。左上:市役所前、右上~左下:市役所南側の通りの木々への電飾、中之島公会堂のライトアップ。市役所へ 電飾だけを 見に来たり
2007.12.24
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今日は午前中は、大阪自然環境保全協会主催の淀川探鳥会に参加し、午後は、梅田付近のデパート、ヨトバシカメラ、地下街などを見て歩いた。淀川探鳥会は今年最後、今日は18名の参加者で賑やかだった。朝まで降っていた雨は止み晴間ものぞく絶好の探鳥日和となった。珍しい鳥もたくさん見ることができた。カモでは、オカヨシガモ、ホオジロガモが見られ、特にホオジロガモは大変珍しいとのことだった。その他オオジュリン、モズ、カワラヒワ、チュウヒ、チョウゲンボウなどの姿も見ることができた。オカヨシガモは地味な色柄だった。ホオジロガモは白っぽいきれいなカモだった。いずれも水面に出てはすぐ潜るので写真は撮れなかった。オオジュリンも撮ったつもりであったが、芦に隠れてしまったのか写っていなかった。また、今日は、今年度高参加率者の表彰があり、私は12回中10回参加の2位で賞として野鳥カレンダーをいただいた。立派なカレンダーだ。写真は、十三大橋付近での探鳥風景、十三干潟のカモの群(殆どホシハジロだがいろいろなカモが混じっている)、マガモの番、オナガガモ、チュウヒ、カワラヒワ、カワラヒワ(拡大)、柴島干潟のカモの群(カワウ、ダイサギ、ユリカモメ、カモメ、イソシギ、カモ類など)、柴島干潟での探鳥風景枯芦の 淀の川原に 鳥探す 今日見た鳥は、前記のほか、カンムリカイツブリ、コサギ、アオサギ、ヒドリガモ、キンクロハジロ、スズガモ、オオバン、チョウゲンボウ、ハクセキレイ、モズ、ツグミ、アオジ、ムクドリ、スズメ、ハシボソガラス、ハシブトガラス(計32種)
2007.12.23
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今日は、朝から雨だったので外出はせず、いろいろな雑事や部屋の整理などを行った。今日の画像は、大阪の中之島バラ園のクリスマスイルミネーション(電飾)。電飾といえば神戸のルミナリエが有名だが、中之島バラ園の電飾もよく似ていて雰囲気だけは味わえる。写真の上は、北浜の難波橋の上から撮ったもの。この通りに見える。バラの小橋を渡って天神橋の方は行くと左下の電飾が見られる。バラ園の周囲の木々にも電飾がされていてきれいだ。中之島 電飾点いて 別世界(あえて季語なし)
2007.12.22
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今日は、午前中は図書館へ行ったり、散歩したりで過ごし、午後は、関西郵趣サロンの会合に参加、夜は会社OB会の写真送付などの作業を行ったあと慰労会を行った。関西郵趣サロンは関西郵友会との共同会となり総勢50人ほどの大人数となった。今回は3か月に一度の1リーフ展で、17点の出展があった。人気投票の結果、上位3点は、1.国名抹消切手、2.沖縄切手、3.孫文の切手だった。私はアメリカの大統領切手を出展したが、次点だった。1リーフ展のあとはいつものように盆まわしとなった。カード、数字切手、芭蕉の絵はがき、ETのテレフォンカード、パズル切手のエンタイアなどを購入した。画像は、上左:1リーフ展鑑賞風景、上右:盆まわし風景、下:1リーフの一部、左から彦根城400年、ミュシャ、名古屋港開港100年、年賀切手、孫文切手。リーフ展 またも選外 年惜しむ
2007.12.21
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今日は、久しぶりに老人ホームに義母を見舞った。お天気もよく暖かだったので車椅子を押して1時間ほど周囲を散歩した。車椅子を押していつも感じるのは、歩道へ上るスロープが急で車椅子の先端が引っかかり持ち上げなければ上らないことである。降りるときのスロープも同様。段差ではなく一応スロープになっているのであるが、角度がきついので車椅子の後のレバーを足で踏んで持ち上げなければならず大変手数がかかる。折角スロープを付けているのだからほんの少しだけ緩やかにして貰えればレバーを踏む必要がなく助かるのに残念だ。レバーを踏まないで歩道に上れるようなところは殆どない。スロープは元々自転車が歩道に上る場合にスムーズに上れるようにしたのだろうが、老齢化社会になった今日、車椅子用のスロープに変えて欲しいものだと思う。道が交差するごとに歩道が途切れるので、1時間ほどの散歩中、歩道に上がり降りする回数は100回を超えたものと思う。また、歩道が車道側に傾斜しているのも、車椅子の歩行に不便である。(力を抜くと車道へ落ちるので危険でもある)バリアフリーということばは屋内の段差解消だけに使われているようだが、町の中の施設にも適用して欲しいものである。今日の画像は、日記とは関係ないが、毎年点灯される帝国ホテル東面のクリスマスツリーの電飾。上は源八橋からみたところ。左下はガラス面に映る電飾、右下は正面から見た電飾。ホテル前 豪華聖樹に 足を止む
2007.12.20
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今日は、午前中は、年賀状の宛名を印刷し、午後は、パソコンの不具合の調整に時間を費やした。宛名書きは、クレオの筆まめを5年ほど前から使っている。一応印刷すべきものはすべて完了したのであるが、最後に一覧表を見やすく整理していたところ、並べ換えが旨く行かなくなった。同じ分類項目の順に並ばないものがある。何度も同じ操作をしているうちに変な並び方になり、その後一覧表自体が消えた。ソフトを閉じ、住所録を開こうをしたが開かない。筆まめ自体は起動しているのだが、住所録が開かないのだ。パソコンを再起動しても同じ。筆まめのソフトのどこかが壊れたものと思い、再インストールを行った。しかし、それでもだめだった。筆まめは起動するのに、住所録は開かないという現象は同じであった。住所録管理ならエクセルでもできるのだが、折角持っているのだから何とか来年も使いたい。開かない原因は、レジスターのどこかが壊れたものと思い、「システムの復元」を試みた。起動後、筆まめの住所録を開くと、元通り開くようになった。やはり、レジスターが変更されていたのだ。一軒落着かと思ったら、一難去ってまた一難、今度は「パソコンがウィルスの危険にさらされています」というアラーム。どうも、システムの復元により、最新のウィルス対策ソフトが削除されたのだ。そこで、ウィルスソフトを再インストールした。これで、ウィルス対策ソフトは入ったのだが、「パソコンがウィルスの危険に・・・」のメッセージはまだ現われる。ソフトが古いためだ。新バージョンソフトをインストールし、アップデートを数回行ったところやっと、「パソコンがウィルスの危険に・・・」のメッセージが消えた。この間、パソコンを10回ほど再起動させられた。一回の再起動に10分ほどかかるので、大変な時間である。結局、半日を無駄にしてしまった。あとで、ウィルス対策ソフトの説明書を見ると、このようなメッセージが出る場合、ネットから最新版をダウンロードしてそれをインストールすればいいのだそうだ。早く読んでおけばよかった。本当に慌て者だとあきれる。今日の画像は、OAP回りのクリスマス電飾。東側と西側に電飾がされているが、今日のは東側の彫刻の道に80メートルに渡って施されているもの。電飾は赤と青の光からできていて、赤青→赤→赤青→青→赤青→と5分くらいごとに繰り返す。左上の写真は源八橋から見たところ(左の白いところは大阪城)聖樹点き がらりと変る 街の景
2007.12.19
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今日は、午前中は昨日の句会のまとめを行い、午後は、年賀状の文面の最終修正と印刷をした。年賀状は、この10数年間、一般用、パズル家用、切手収集家用の3種類を作っているが、そろそろ俳句仲間用のものも作った方がよいかも知れない。今日の画像は、昼のひと時、OAP前の大川端で日向ぼっこをしているときそばに寄って来たスズメを撮ったもの。パン屑などを与える人がいるので、人がベンチに坐っていると餌をもらえると思って近づいてくるのである。原則として、野鳥に餌を与えることはいけないことなので、私は絶対に与えないことにしている。写真家は小鳥をそばに呼ぶため餌をやる人が多いがやめて欲しいものだ。喫茶店の テラスに来る 寒雀
2007.12.18
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今日は句会の日。午前中は出句する5句の選定と最後の推敲を行った。結果はまずまずで、2句が先生に選ばれ、残り3句も仲間から選ばれた。先生に選ばれたのは、次の句。 賀状書く 添書だけを 肉筆で (先生ほか2票) あと幾日 あと何時間 年の暮 (先生)仲間から選ばれたのは、次の句。 罫線の 間隔広き 日記買ふ (6票) 粧はず 眠りもせずに 冬の海 (2票) 贈ること 貰うことなき クリスマス (1票)今日の特選句は次の句。 ◎昼間見る 聖樹変哲 なかりけり 洋子 (先生ほか5票) ◎寄鍋を 仕切る男の 別の顔 球代 (先生ほか2票) ◎動かざる灯台揺すり冬の濤 可奈子 (先生ほか1票) ◎教会の多きわが町クリスマス 愛子 (先生)今日の最高得票句は先生の句で次の句。 寒鯉の 水面に浮ぶ こと忘れ 塩川雄三先生 (7票)今年の句会は今日で終り。来年の初句会は1月7日。忘年会はなく年が明けてから新年会を行う予定。今日の画像は、句会の前に立ち寄った大阪天満宮。左上から順に天神天満繁昌亭、大賽銭箱が置かれた本殿、子の絵馬、天満天神の水(五知の井)天満宮 賽銭箱も 年用意
2007.12.17
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今日は、午前中はテレビを見たりして過ごし、午後は切手収集の会合に参加した。今日の日曜美術館で「金比羅宮書院の美」という番組をやっており、大変見応えのある展示会らしい。来年1月末まで開催されているようなので、是非行ってみたいと思った。切手の会では、エンボス加工の切手が話題となった。去る12月3日、来年の干支である「子」の字をデザインした切手が発売された。友人から、初日印を押したカードが送られて来て、この切手は裏側から型押しされ立体的に浮き上がるようになっていることに気が付いた。これをその友人に伝えると、昨年の「亥」も浮き出しになっているとのこと。調べてみると、2005年12月発行の「酉」の文字以来、浮き出しになっている。そのときの説明書を見ると、「日本でエンボス加工のされた切手が発行されるのは、1990.11.1の「点字制度100周年」以来17年ぶりとのことだった。これが初めてかと思って、仲間に話をすると、他にももう少し発行されているあるはずだということだった。帰宅後調べて見ると、1981.9.1発行の「国際障害者年」、1988.6.5.発行の「リハビリテーション世界会議」もエンボス加工されていることがわかった。さらに、100年以上も前、1888.4.28発行の小判切手1円、1899.10.1発行の菊切手1円も浮き出し加工されていることもわかった。随分昔から行われていた方法だということは分ったが、その後、約100年の間はエンボス切手は発行されなかったのだろうか。ご存知の方は、お知らせ願いたい。下記は、エンボス切手の表と裏のスキャナー画像。一円切手2枚は持ち合わせがないので表面のみ。賀状書く エンボス切手 干支の文字
2007.12.16
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今日は、午前中はテレビで報道番組、俳句王国などを見たあと、午後から緑懇会のイベントに参加した。今日のコースは、JR高槻駅(13:30)→昼神車塚古墳→上宮天満宮→天満宮の社叢→伊勢寺→能因法師塚→八丁松原→野見神社(高槻城址)→高槻市民会館(16:00~17:00)。高槻駅から10分も歩かないほどのところにこんな立派な古墳や神社の山があるとは信じられないほどだった。古い歴史を持つ36歌仙の一人伊勢にちなんだお寺や能因法師のお墓など。駅前の広場で、絵地図を配られ、案内の加藤武先生から今日の行程の説明を受ける。昼神車塚古墳は高槻駅から北へ徒歩3分ほどのところ一の鳥居をくぐりすぐ、上宮天満宮の境内南端部分にある。1978年ごろ道路建設中、埴輪など十数体が発見され、古代の豪族の墓だったことがわかったそうだ。道路はトンネルに変更され、出土した埴輪は墳墓の上に並べて置かれている。天満宮への石段を登り始めると急に暗くなり椎、楢などの高木が目立つ。ちょうど団栗の落ちる時期。風が吹くとぱらぱらと音を立てる。加藤先生から、高木の役割など説明を受けながら天満宮本殿へと進む。シイ、アラカシ、ムク、エノキなどの巨木が多い。葉の大きいのがアラカシ、小さいのがシイ。ツブラジイの団栗は小さいが焼くといい香りがしておいしいらしい。本殿は竹で作られているそうだ。屋根は丸竹が見えているので分り易いが柱も壁もすべて竹とは信じられないほど。平成8年放火で全焼したあと、5年前に再建されたのだという。竹は大部分を境内の孟宗竹林からの自給、床は竹炭で省資源が目的。境内には風力発電の風車もある。境内の竹林の中の上り坂を北へ進むと小高い丘に出る。山頂には一際高い高木がありアベマキだと教えられた。クヌギに似ている。ここから下り坂になり、しばらく行くと、36歌仙の一人伊勢の菩提を弔う伊勢寺がある。境内には歌碑があり、本堂の屋根のデザインがきれいだった。さらに東に進むとこれも36歌仙の一人、能因法師の墓地=能因塚がある。今も田んぼの真中にあり塚の上に大きな木が生えて塚を包み込んでいる。能因塚から南に出る途中、京大の農場があり外国の樹木がいろいろと植えられているのが見られたが、内部には入れない。先生も名前を知らない珍しい木があるそうだ。JRの線路を陸橋で渡り、しばらく行くと、八丁松原と言われる松並木が目に入る。高松城から西国街道までの800メートルの街道に松並木があったのを戦後道路拡幅のため伐採の危機にさらされたことがあるが、地元住民の強い保存要請運動により辛うじて片側だけが残されたのだろいう。旧街道の松並木は全国で大半が道路拡幅のため伐採されたそうだ。当時の考えでは自動車優先は常識だったのかも知れないが、今にして思えば勿体ないことだと思う。今日の最後の見学地は、野見宿禰を祀った野見神社。この場所は高槻城の跡地の一角だ。ここにも大きな楠の木がある。このあと、神社の隣の市民会館で、一年の締めくくりの会を行った。樹木や森の重要性を認識し、周りの人に伝えて行くことがこの会の目的。木々の名を覚えることだけが目的ではないとの話があり、来年の行先も提示され、力作の緑懇カレンダーも頒布され、5時に閉会となった。今年は12回のうち10回に参加した。毎回、得るところの多いイベントばかりであったと感謝している。写真は、昼神車塚古墳から出土した埴輪、竹で作られた上宮天満宮の本殿、伊勢の歌、伊勢寺、能因法師の歌、能因塚、八丁松原の石碑、松原、最後のまとめ。竹製の 本殿屋根に 椎落葉伊勢の歌 難波潟 短き芦の ふしの間も 逢わでこの世を 過ごしてよとや 能因の歌 山里の 春の夕暮れ 来てみれば 入り合いの鐘に 花ぞ散りける
2007.12.15
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今日は、午前中は、年賀状用のパズルを考えたり、俳句を作ったりして過ごし、午後は、本町へ文房具、ヨドバシカメラへパソコン用品を買いに行った。御堂筋の銀杏はすっかり黄色になり半分くらいは葉も散っている。もう一週間もすれば殆ど落ちてしまうのだろう。そう言えばもう12月も半ばなのだ。大川では例年になくボタンウキクサが多く浮んでいる。普通なら百合鴎の来る頃にはボタンウキクサは殆ど見られないのに、今年は量も多いし遅くまで繁殖が続いている。百合鴎とボタンウキクサが両方入った写真は今年初めて撮るのだと思う。百合鴎はボートが来ても、水上バスが来ても怖れずに通り道を一時的に空けるだけで、通り過ぎればまた川面全体を占領する。先日の句会では、百合鴎 水上バスを 怖がらず という拙句が特選に選ばれた。船来れば 川面を譲る 百合鴎
2007.12.14
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今日は、ほぼ一日中、立体四方陣の検討を行った。プログラムのバグが見つかったのでいろいろと条件を変えて検討することができた。計算待ちの時間は、ビデオで映画「ミニヴァー夫人」を見たり、俳句を考えたりした。「ミニヴァー夫人」は1942年のMGM映画。第2次世界大戦下でドイツ軍の爆撃を受けるロンドン郊外の村を描いたもの。監督は「ローマの休日」「大いなる西部」「ベンハー」「おしゃれ泥棒」など数々の名画を撮ったウィリアム・ワイラー。戦争映画なので、戦死者の出る悲しい結末であるが銃後の戦意高揚をねらって作られたものだそうだ。立体四方陣は、1か月前に読んだ鳴海風の小説「美しき魔方陣」に刺激されて検討をしていたもの。それは江戸中期の和算家久留島義太によって作られた。その後いろいろな方陣研究家により研究が進み、昭和16年ごろに浦田繁松氏によって完全立体四方陣というものが作られたのを最後に、新しい研究はないようだ。私は、久留島のものを改良して、きれいな形のものを作るのに成功した。それを下記に示す。一般に立体四方陣ではすべての斜めの4数和を同じにすることは不可能ということで斜めについてはあまり重要視していない(完全立体四方陣もしかり)ようだが、水平方向の4面がすべて両方の斜めの4数和が成立するものの方がきれいだと思って検討していたのだが遂に作ることができた。さらに格子の4数和が同じになるところが88か所もあるのである。魔方陣 よき美しき 鴨の陣上の立体四方陣の説明1.立体四方陣というのは、4×4の四方陣を4段重ねたもので、1から64の数が使われている。2.その4段の積重ねを左側面から見ると別の4×4の四方陣が4面並んでいるし、右側面から見るとまた別の4×4の四方陣が4面並んでいて、都合12面の四方陣が存在する。3.水平面の直線上の4数和は32本ともすべて130となり、垂直の直線上の4数和は16本ともすべて130となる。4、水平面の斜めの4数和は両方とも4面すべて(都合8方向が)130となる。5.最上面の4隅から最下面の4隅にいたる立体対角線上の4数和は4本とも130となる。6.水平面4面、左側面4面の単位格子上の4数和は、各面9か所都合72か所とも130となる。7.右側面4面の単位格子上の4数和のうち各面4か所(ピンクで色付部分)都合16か所は130となる。8.このような性質を持つ立体四方陣は全部で1600個存在するが、130となる箇所がさらに多いものはない。
2007.12.13
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今日は、午前中は、立体四方陣のプログラムのバグを探したり、ビデオで映画「プリンス アンダーザチェリームーン」を見たりして過ごし、夕方からキッズプラザの仲間との忘年会に参加した。プログラムのバグは3日がかりでやっと見つかった。何度見ても分らなかったのだが、一行一行プログラムを実施して行って初めて分った。いくら見ても誤りは見つからないのでもうダメかとあきらめていたが、やはり間違いはあった。ミスは21を22としていたのだった。たった一字の間違いで過った結果が出たのだ。プリンス(1958)は、アフリカ系アメリカ人の天才ミュージシャン。映画「プリンス アンダーザチェリームーン」は、その彼が、監督、主演をし音楽を担当しているもの。富豪の娘から金を巻き上げようとする女たらしの主人公だったが、本気の恋に落ち父親の激怒を生む、そして悲しい結末というストーリー。1988年のアメリカ映画なのにモノクロは珍しい。忘年会は、キッズプラザでのボランティア経験者の集まり。卒業後も年数回集まり、ハイキングや飲み会を続けている。今日は、13名が集まった。お初天神通りの「卯乃家」で飲み放題付きの宴会を済ませたあと、ジャンカラで二次会。10時半まで時間を忘れて楽しい時を過ごした。写真は、一時会の模様3枚とカラオケでの1枚。忘年会 よき事だけは 忘れまじ
2007.12.12
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今日もほぼ一日中在宅で、午前中は昨日の句会のまとめを行い、午後は、ビデオで映画を2本見た。映画は「恋におちて」と「ベティ・ブルー 愛と激情の日々」。「恋におちて」は1984年のアメリカ映画で2年前にも見たが、先日見た「グッド・シェパード」に出ていたロバート・デニーロの若いときの姿をもう一度見たいと思って図書館から借りたもの。ストーリーは単純で大体覚えていたが2度見るといろいろなところが見えて来て、一度目とは違う新鮮さもある。ニューヨークのウォールストリートの謂れが出ていたことも忘れていた。やはりデニーロは若った。もちろんメリル・ストリープもきれいだ。「恋のおちて」が不倫を描いたものながら純愛物語なのに対して、「ベティ・ブルー 愛と激情の日々」は、若者の愛を描いたものながら最初から濃厚なベッドシーンが展開され、成人向き映画かと見まがう。しかし、実際はまじめな映画で結末は悲しい。こちらは、1986年のフランス映画。若者というのは、愛も激しいが、日々の暮しにおいても強い信念と大きな希望を持って真剣に生きているのだということを、思い出させてくれた映画であった。画像は、ビデオカバー、関連サイトなどから編集。暖房の 部屋で熱愛 映画見る
2007.12.11
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今日は句会、午前中は出句する5句の選定と最後の推敲を行った。句会の結果はまずまずというより上出来だった。出句した5句のうち3句が先生に選ばれうち1句は特選、残りの2句も仲間から選ばれた。先生から選ばれたのは次の句。 ◎百合鴎 水上バスを 怖がらず (先生) 低き日も 高き日もあり 冬の空 (先生ほか2票) 年用意 力仕事を 任せらる (先生ほか2票)仲間から選ばれたのは次の句。 抵抗も 屈服もせず 枯柳 (4票) 山眠る 北の山から 順々に (1票)今日の他の特選句は次の句。 一湾を 抱きて山は 眠りけり 豊子 (先生ほか5票) 妻のゐぬ 自由不自由 年用意 隆司 (先生ほか3票) 年毎に簡略になる 年用意 昇一 (先生ほか1票)今日の最高得点句はもう1句次の句。 大阪の 川に馴染んで 都鳥 可奈子 (先生ほか5票)今日の先生の句で一番人気のあったのは次の句だった。 向ひにも 庭師来てゐる 年用意 塩川雄三先生 今日の画像は、都鳥とも言われる百合鴎。今大川に数百羽が来ている。先日撮ったものだが桜紅葉をバックに柵の上に並んでいるところ。百合鴎 十三四羽も をりぬべし
2007.12.10
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今日も、殆ど在宅で、年賀状のプリント、俳句資料のプリント、OB会写真のプリント注文、OB会写真送付用封筒の印刷、立体方陣の検討、俳句作りなどをして過ごした。今日の写真は、先日大阪城天守閣の前で見かけた大きな菊の造形。一番大きな山は高さ5メートルはあったと思う。天守閣をバックに写真を撮るのにバランスのよい大きさであろう。 天守閣 前に大きな 菊の山
2007.12.09
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今日も、ほぼ一日中いろいろな雑事をしながら写真屋へ写真を取りに行った以外は殆ど在宅で過ごした。そのうち、パソコンの不具合の復旧に数時間を取られた。パソコンで年賀状準備、パズルの検討、俳句資料の作成、写真の修整などをしていて、外出するため、終了操作をしたがなかなか終了してくれない。何かメッセージが出たが適当にクリックすると全く動かなくなった。そこで、強制終了(電源ボタン長押し)して外出した。帰宅後、起動しようとしたがもの凄く長い時間がかかる。10分くらい経ってやっとキーを受け付けるようになったがソフトの起動がまた遅い。再起動してみても同じ。そこで、システムの復元を行った。一週間ほど前の状態に戻したところ、「パソコンが危険にさらされています」のメッセージが出る。システムの復元で、最近更新されたウィルス対策ソフトが削除されたのだ。そこで今度は、システムの復元を前日の状態に変更した。今度はうまく行った。パソコンやソフトの起動時間もまずまずの状態に戻った。やれやれ・・・システムの復元は、便利な機能だと思っていたが、ウィルスソフトが更新される場合は、なかなか使い難い。今日の画像は、先日吹田市博物館へ行ったときの紅葉の写真。博物館から見た景色と、博物館の庭から見たもの。博物館 入館忘れ 紅葉見る
2007.12.08
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今日は、午前中は図書館、午後は梅田に一時外出した以外は、殆ど在宅で雑事をして過ごした。雑事とは、年賀状用パズルの制作、年賀状用のねずみのイラストの選定、種々記念写真・スナップ写真の焼付け注文など。年賀状用のパズルは、穴明き5方陣を使ったものを作ることができた。年賀状用のイラストもなんとか満足できるものをウェブサイトから探して選定した。今日の画像は、先日、OBPのクリスタルタワー21階から撮った大阪城公園の紅葉のモザイク。今頃はもう大分少なくなっているだろうが、10日ほど前は最高にきれいだった。天守閣 燃える紅葉に 悠然と
2007.12.07
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今日も、殆ど一日中在宅で、立体四方陣パズルを考え直したり、年賀状用のパズルを考えたり、句会の資料を作ったり、写真の画像を修整したり、ビデオで映画「八月のクリスマス」を見たりした。立体四方陣はどこかにプログラムのバグがあるのだが、なかなか見つからない。なお、先日見つけた4面の両斜が成立する立体方陣はすでに昭和13年、阿部元章氏によって作成されていることがわかった。バグが見つかれば解の総数がわかるのだが・・・「八月のクリスマス」は1998年の韓国映画。2005年に同じ題名同じストーリーで日本映画も作られたが、どちらも見ていなかった。難病で死期が迫っている青年に、そのことを知らないある女性が恋心を抱く。数々の楽しい出来事が死に行く青年の胸に刻み込まれる。そして女性にとっては突然の別れ。彼がなぜ彼女の前から姿を消したのか、本当のことを知らずに・・・悲しい映画だった。当時は評判になったそうだ。 青年にハン・ソッキュ、女性にシム・ウナが扮しているが、冬ソナ、チャングム以来の韓流ファンには馴染みがなく、どちらも知らない。画像は、ビデオカバーなどより。逝きし人 想うて仰ぐ 冬の空
2007.12.06
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今日は、ほほ一日中在宅で、写真の補正、立体4方陣パズルの再検討、ビデオ映画「ティン・カップ」の視聴、俳句の整理などいろいろなことをした。映画「ティンカップ」は1996年製作のアメリカ映画。主演にケビン・コスナーが出ているスポーツコメディといった映画。不遇のレッスンプロが全米オープンに出場し、最終日最終ホール(パー5)で、そのホールをパーで上れば優勝という場面。3日間とも池越え2オンを狙って失敗しているのに、その日も彼は2オンを狙うという。キャディが止めたが聞き入れない。今回は、玉はグリーンに落ちたが、突風に戻され不運の池ポチャ。それでも、池の端からのプレーイング4を選べば、ワンパットでパー。外れてもプレーオフの状況だったが、彼は同じ場所から第4打を打つこと選び結果は池ポチャ。第6打、第8打、第10打もあとわずかで失敗。そして第12打、グリーンに乗ったボールは直接カップイン。OBがなければアルバトロスの名ショットだが、優勝はおろか次年度出場権のある入賞も逃してしまった。しかし、彼は満足であった。自分のしたいゴルフをし、愛する彼女の心を捉えることができたからだ。だが、私は現実離れした物語だと思った。画像は、ビデオカバー、関連サイトなどより。可能性 賭けて挑んで 紅葉散る4面の両斜が成立する立体4方陣の個数は1740個であることがわかった。結果の例は後日発表したい。
2007.12.05
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今日は、午前中は、会社OB会の写真の色調補正、名前合せや、立体四方陣の検討をし、午後は、ビデオで映画「ハムナプトラ」を見た。また、今日、午後8時前に、本ブログのアクセス数が10万に達した。立体4方陣は、4面の両斜が成立するものがあることがわかった。この解は1740個存在する。映画「ハムナプトラ-失われた砂漠の都」は1998年のアメリカ映画で、原題はMummyすなわちミイラ。ハムナプトラは、ミイラの眠る死者の町。ここに生きたままミイラにされた神官イムホテップが眠る。死者の書を研究しているヒロインの古代エジプト学者エブリンが呪文を音読したためミイラが甦り、大混乱を引き起こすという物語。特撮をふんだんに取り入れた恐怖とスリル満載の映画であった。画像は、ビデオカバー、関連サイトなどより。山眠る 木乃伊の眠る ピラミッド本ブログは、3年前の2004年10月から毎日欠かさず書いているが、1145日目(3年1か月強)の今日午後8時前に、記念すべき100000アクセスを達成した。いつもご覧いただいている方々のご支援、ご鞭撻のお蔭と感謝している。つたない日記だが、今後ともどうぞよろしく。
2007.12.04
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今日は、ゴルフコンペの日だったが、雨で中止となり、帰宅後、心斎橋へ買物に出た。天気予報では雨の予報だったが、どのくらいの雨かわからず、予報が外れることを期待してゴルフ場まで行った。参加予定の16人全員が集まったが、雨は止みそうもなく、幹事団で相談の結果中止と決まった。ところが帰宅した途端に雨は上ってしまった。もう1時間早く止んでくれていたら、中止することはなかったのに、最悪の雨のタイミングだった。御堂筋の銀杏はきれいな黄色に色付いて来た。それでもまだ青い葉の木もある。また、心斎橋筋ではアーケードにイルミネーションが取り付けられきれいな光の装飾を見せてくれている。写真は、御堂筋の銀杏黄葉と心斎橋の電飾。御堂筋 銀杏黄葉の 輝ける
2007.12.03
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今日は、朝、NHK俳句、日曜美術館などを見たあと、吹田市美術館へ「万博展:わたしと万博」を見に行った。JR岸部駅から北へ歩いて20分ほどで、金紫山公園というところに着く。ここは、岸部の地名の元になった吉志部神社があり、ここあたりは古く吉志部焼瓦の窯元があったところだそうだ。博物館もこの公園の一角にあり、岸辺側からは少し山を登ることになる。37年前の大阪万博を偲び、記念品などを展示したもので、大阪万博は地元住民にどんな影響を与えたかを考えようという催し。企画に携わった会社OBのIさんから紹介を受け、最終日の今日訪れた。懐かしいものが多数展示されていて、しばし、その頃に戻った感じであった。昼食は、出店に出ていた豚饅で済ませた。1時半からヘルマンハープのきれいな演奏に酔った。ヘルマンハープという楽器を始めて見聞きしたが、いい音色で演奏法も易しいそうだ。ドイツ人へルマンの発明で、3年前に日本に紹介されどんどん普及しているという。以下未完万博に 燃えし日思ふ 初冬かな
2007.12.02
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今日は、午前中は在宅でテレビを見たりして過ごし、午後は、大阪市立美術館へ「屏風展」関連の講演会を聴きに行き、返りに恵沢園を散策し紅葉を撮って来た。講演は、阪大総合学術博物館教授泉真里氏の「屏風を飾る雲母と金銀」という題名であった。屏風は鎌倉時代から装飾性の高いものになった。初期は、雲母、胡粉、金泥、などが用いられたが、室町時代になると金の箔片、桃山時代になると総金箔張りが出て来た。意外だったのは、金の使用量は、金箔張りが最も少なくて済むのだという。鎌倉、室町時代の屏風は殆ど現存していないが、絵巻物などに屏風が描かれるいわゆる画中画によって図柄や装飾法がわかるそうである。講演のあと、展示を見た。11月1日に見たときの絵とがらりと作品が変わっていて、後期の展示となっていた。多くは、前記は右隻、後期は左隻の展示としているものが多かった。美術館を出て、河底池の方に行くと、常連のアオサギとカルガモが見られた。恵沢園は紅葉がきれいで、紅葉と常緑が混じり合いきれいな風景を作っていた。恵沢園 池畔を飾る 櫨紅葉
2007.12.01
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