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今日は、一日中家にいて、俳句の本を読んだり、俳句を作ったりして過ごした。2,3日前までの花冷えと打って変わって、今日は春らしいぽかぽか陽気となった。桜も一気に開花を急ぐだろう。今日の画像は、昨日、桜川の交差点で見た満開の桜。ソメイヨシノではなさそう。下記は、マンションの庭で撮ったもの。ハクモクレン、レンギョウ、ユキヤナギ、沈丁花。下記は、昨日見てきた「宮西達也展」の展示品。パンフレットの図より。
2016.03.31
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今日は、朝から、一昨日の句会の資料の仕上げを行ったあと、句友の入院するK病院へ見舞い方々その資料を届けに行った。帰りにちょうど今日オープンした「新なにわ大食堂」のうちの一軒で昼食をとり、難波の高島屋で開催されている美術展「宮西達也のワンダーランド展ーへんてこりんな絵本の仲間たち」を見に行き、そのあと、西長堀の中央図書館へ行ったあと、浪速区民センターの会議室で開かれた「わいわいパソコン」の例会に出、帰りにその仲間の個展を見に行った。「新なにわ大食堂」は、地下鉄新大阪駅の北出口に出来た11の店で、ミニスーパー、飲食店、喫茶店などが入った。初日なので、多くの報道陣も来ていた。ちょうど昼前だったので、そのうちの一軒「魚屋スタンドふじ」で魚のランチを注文して食べた。新鮮な魚が安くて旨いという触れ込みだったが、本当にそうだった。ただ、カウンター席しかなく、ムードはない。宮西達也という作家は知らなかったが、「ティラノサウルス」や「おとうさんはウルトラマン」などの作品で知られているそうだ。こどもの好きそうなメルヘンチックな絵であった。展示は次のように分類されていた。 第1章 親子・友だちー大きな愛の秘密「ティラノサウルスシリーズ」 第2章 子育てにも全力投球 「おとうさんはウルトラマンシリーズ」 第3章 へんてこりんなキャラクターたち 第4章 初期の作品 第5章 「おっぱい」「はーい!」赤ちゃん絵本図書館では、夏井いつきの「超辛口先生の赤ペン俳句教室」という本を借りた。わいわいパソコンでは、「フォトショップエレメント」の勉強をした。わいわいパソコンの仲間のIさんが、淀屋橋で個展をやっているというので、みんなで見に行った。こちらもメルヘンチックな明るい感じの水彩画である。
2016.03.30
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今日は、午前中は、ゴルフの打ちっ放しに行ったあと、昨日の句会のまとめを行い、その後は、テレビを見たり、昨日送付されたマカオの魔方陣切手を見ながら過ごした。マカオの魔方陣切手は、2014年10月と2015年11月に発行されたもので、私は最近入手したばかり。(実は、2014年の方は注文中で未入手のため下記の画像はカタログの写真より)シート。右のシートは、1パカタから9パカタまで9枚の切手で構成されていて、シート全体として3方陣になっている。また、各切手にいろいろな特徴を持つ魔方陣が書かれている。左のシートはどちらも12パカタで、上は3方陣原図(亀甲図)、下は16方陣が書かれている。各切手は次の11枚である。1パカタは8方陣、2パカタは5方陣、3パカタは8方陣、4パカタは4方陣、5パカタは15方陣、6パカタは14方陣、7パカタは5方陣、8パカタは4方陣、9パカタは5方陣である。12パカタの左は16方陣の一部、右は3方陣である。なお、1パカタは7円ほどであり、切手全体は69パカタなので483円ほどになるが、切手カタログでの価格は2750円となっている。
2016.03.29
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今日は、朝から大変だった。実は、昨日夕方、パソコンを使っていたフリーズしたパソコンを起動しようとしたが、起動しなくなったのだ。起動ボタンを押して、「ようこそ」の文字までは進むが、あとは黒い画面に変わりそのまま進まないのだ。昨夜はいろいろ試みたが、どうしても起動しないので、パソコンが壊れたと思って今朝、メーカーに電話することにした。その日はパソコンをセーフモードで立ち上げ、重要ファイルをメモリースティックにバックアップする作業をした。今朝、9時になり、メーカーの故障係に電話をしたら、いろいろと指示してくれたが、最終的に「セーフモード」での起動が可能ならパソコンの故障ではないので、故障係ではなく、使い方の方へ電話をするように言われた。そこで、今年1月に行った「システムの復元」を思い出した。3月24日に時点の状態に復元したところ、パソコンは正常に戻った。そして、しばらく使っているとまたまたフリーズ。最近、あるソフトを使っているとよくフリーズする。そのたびに再起動していたのだが、とうとう再起動が出来なくなったのだ。そのソフト名は「FOTOR」。あやしいソフトではないのだが、私のパソコンとの相性が悪いようだ。このままでは、このソフトは使えないので、これをアンインストールしたあと、今度はシステムの復元時点をFATORをインストールした日以前の日に設定して復元を試みた。こうして、FATORは使えなくなったが、パソコンは正常に動くようになった。写真は、故障中のメッセージとシステムの復元中のメッセージ。「システムでリソースが不足しています」、「Windowsのファイルと設定を復元しています。しばらくお待ちください。初期化しています。」「・・・。レジストリーを復元しています」「・・・。一時的ファイルを削除しています」「完了しました」「シャットダウンしています」いつも、句会の日の午前中は、句会資料のプリントと出句する6句の最後の推敲をするのだが、今日は、たまたまプリントを前日にしておいたので、パソコンが使えなくても支障はなかった。句会の成績はまずまずで、6句のうち3句が先生から選ばれ、残り3句のうち2句は仲間から選ばれたが、一句はだれからの選ばれなかった。先生に選ばれたのは次の句。 〇大川に沿つて一里の花の道 こっぱん(先生ほか3票) 〇春雷に眠るものみな目を覚ます こっぱん(先生ほか1票) 〇カメラ向け蝶の止まるを待ちゐたり こっぱん(先生ほか1票)今日、先生の特選に選ばれたのは、次の句。 ◎独り行く否二人なり遍路旅 美喜代(先生特選ほか1票) ◎見つけたり自分探しの遍路旅 一朗(先生特選) ◎囀を聞きもて回る百度石 隆司(先生特選)今日、最多得票を集めたのは次の句。 〇風吹けば吹かれ上手に蝶二つ 昇一(先生ほか5票)先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎ひたすらに波止場を叩く春の潮 塩川雄三先生(3票)
2016.03.28
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今日は、朝から出掛け、心斎橋の日航ホテルで開催された第22回「築港」俳句鍛練会に参加した。句の成績はまあまあで、出句した3句は少なくとも1人から選ばれ、1句は先生から選ばれた。会は、10時開会だったが、私は世話役の一人だったので9時に行き、会場設営、配付物セットなどの作業をした。参加者は各自3句を10時までに出句した。M氏の司会で会が始まり、T同人会会長のあいさつ、S主宰のあいさつのあと、選者の紹介があり、選句に入った。11時10分から選句結果の発表が、披講者2名によって行われ、そのあと表彰式となった。今日、各選者の特選を獲得した句を下記に紹介する。 ◎大手門全開にして花の城 毅 (主宰特選、光江特選ほか3) ◎紺碧の誓子の海や風光る 広子(柳瀬特選、梛子特選ほか8) ◎ばんぼんもこいさんもゐて猫の恋 元(桂特選ほか3) ◎誓子句碑優しく濡らす春の雨 茲子(一彦特選ほか4) ◎あたたかし共に誓子師偲ぶとき 光江(成水特選ほか3)集合写真を撮影後、別室に移り、懇談会が12時30分から始まった。M氏の司会、S氏の乾杯の音頭のあとは、配られてくる料理の舌鼓を打った。1時30分頃から各自自己紹介を兼ねたスピーチの時間となり、近況などが話され、最後に一年後の再会を約して散会となった。写真は、その一コマ。主宰挨拶、選者紹介、選句中の参加者、披講、表彰、同、懇親会の乾杯、懇談風景、主宰挨拶。
2016.03.27
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今日は、午前中は、句会資料のプリントをしたり、俳句を作ったり、推敲したりしながら過ごし、午後から出かけ、伊丹の柿衛文庫で行われた大阪俳句史研究会の例会に参加した。今日は、俳句研究家のわたなべじゅんこ氏から「夜盗派と夜盗派の人たち」という講演を聞いた。わたなべじゅんこ氏は、甲南大学、佛教大学非常勤講師、神戸新聞俳壇選者で、明治・大正期の俳句史を専門とする。今回は、当初講師に予定されていた木村澄夫氏が老化で話ができなくなったため、木村氏の代わりに講師を引き受けられたそうだ。木村氏への聞き取りのほか、国会図書館まで資料調査に行かれたとのこと。夜盗派というのは、戦後(昭和23年)、山口誓子の「天狼」から別れた俳句結社「雷光」と「激浪」の流れを汲む俳句結社である。鈴木六林男の「雷光」は、島津亮・東川紀志男の「梟」を経て井沢唯夫・立岩利夫「夜盗派」へと変遷し、卜部楢男の「激浪」は、西東三鬼・三橋敏雄・島津亮の「断崖」へと変遷する。今日の話は、平成12年に「夜盗派」が終刊となるまでの変遷を辿るとともに、「夜盗派」に所属・関連した人たち、特に、鈴木六林男、島津亮、三橋敏雄、立岩利夫、東川紀志男、西東三鬼、佐藤鬼房、木村澄夫、中村丘などの俳人の交流関係、師弟関係、対立関係などのエビソードを紹介したものだった。私は、「夜盗派」について殆ど何も知らなかったので、いろいろと参考になった。画像は、わたなべじゅんこ氏の講演の模様。
2016.03.26
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今日は、午前中は、録画したテレビ番組を見ながら過ごし、午後は、ゴルフの打ちっ放しに行ったあと、大川端を散策した。今日見たテレビ番組は、福島正則、古賀正男、山下清など。大川端の桜は一昨日の開花宣言以後、急激な寒の戻りで開花が進まず、一応殆どの木に開花している花が見られるものの全体的には一分咲きくらいの感じであった。今週末は花見には適さず、来週の土日くらいにちょうど満開になるように思う。今日の写真は、大川の源八橋の下にいたコサギとアオサギとカモメ。ユリカモメは冬の間毎日見ていたが、カモメを見るのは珍しい。次の写真は、帝国ホテルの庭にあるヨウコウ桜に来ていたヒヨドリ。花の蜜を吸うため、逆さになっていることもある。
2016.03.25
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今日は、午前中は、郵便局へ日付印の押印に行き、午後からは、平野区役所で開催された「杭全神社お田植神事の説明会」に参加した。日付印は、下記のもの。center>説明会の講師は、毎年、杭全神社の御田植神事のシテを演じている藤岡璋光氏で、定年になる少し前からこの仕事にかかわるようになったという人。前半は、前刷り資料で神事の起源・歴史や衰退と復活の経緯、神事の内容などの説明があったのち、スライドで実際の神事の紹介があった。全国の御田植神事には、2種類あって、住吉大社など実際に田に入り田植をするものと、三輪神社のように神社の拝殿で劇として行うもので、杭全神社のものは後者なのである。古くは1月13日の夜に行われていたが、大正以降は、4月13日の夜に行われるようになったそうだ。休憩後の後半は、実際の劇の登場人物のセリフを、藤岡氏をはじめ保存会の方々が演じた。一通り演じたあと、参加者にも一部の口上の発声体験もさせてもらった。セリフは次のとおり。 シテ:「世の中の良ければ、ほながの尉もたーれたーれ」 地方:「大柑子を二つ並べて、福の種を蒔こうよ」このセリフの意味も教えてもらった。 「世の中が平和であれば、穂長の老人も足れり足れりだ」 「大きな蜜柑を二つ並べて、福の種を蒔こうではないか」写真は、開会前、講演中の藤岡氏、鍬で耕す、牛を田に入れる、籾を蒔く、子供にご飯を食べさせる、苗を植える、仕草を入れながらセリフを述べる藤岡氏、セリフを述べる他の出演者。
2016.03.24
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今日は、彼岸の墓参りに行った。以前は、春・秋の彼岸と盆には必ず行っていたのだが、年を取るにつれだんだんと回数が減って来た。片道1時間半~2時間の旅程なのだが、新快速の電車が込み合うので座れないこともあり、今年は彼岸の中日をずらしたのである。今日は天気もよく、電車も比較的空いていた。例年なら春の彼岸は花粉飛散の最盛期なのだが、今年は早めにピークを過ぎた感じで、ひどい症状に悩まされることはなかった。9時半に家を出て、10時の新快速に乗り、近江八幡で近江鉄道に乗り換え八日市には11時30分に着いた。駅前のスーパーで、花とお供えの酒とぼた餅を買い、徒歩で墓地へ向った。お墓には、12時20分に着いた。先ずお墓に水をかけてきれいにし、草取りをした。例年、3月の彼岸にはまだそれほど生えていないのだが、今年は暖かかったのでかなり生えていた。根も張っているの素手ではなかなか思うように行かなかった。お盆のときなどはもっともっとたくさん生えているが、10人で草取りをするので数分で終るが、今日は一人だったので、30分以上かかった。それでも、お盆にはまた草だらけになるのだろう。花活けをきれいにし花を入れ、線香を上げ、酒とぼた餅を供えて、墓前に手を合わせた。父の27回忌は昨年済んだ。来年は母の23回忌となる。近くにある母方の親戚の伯父、伯母たちのお墓にも線香を上げ合掌した。今崎の墓地の近くに、父方の叔父、伯母、従弟が眠る中野の墓地があり、そこへもお参りをした。こちらは、この彼岸中まだ誰も参拝していないらしく、墓地内の草は生え放題、供花もなかった。この墓にもお線香を上げ合掌した。ここでも草取りをしておいた。帰りは、太郎坊駅の方に出ることにした。案外近く、10分ほどで駅に着いたが、電車が30分に一本しかなく、次の近江八幡行は14時19分とのこと、25分ほど待たなければならない。太郎坊宮への参道を散策しながら過ごした。近江八幡には14時35分に着き、14時39分発の新快速に乗り、大阪には、15時45分に着いた。駅前からバスに乗り、16時05分ごろ自宅に帰着した。写真は、左上から、本町商店街(完全にシャッター商店街下している)、伊勢街道、京街道の分岐点の旧家、赤レンガ煙突、今崎の墓地、拙家の墓、中野の親戚の墓、太郎坊宮の鳥居、太郎坊宮のある箕作山、太郎坊駅。
2016.03.23
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今日は、午前中は、テレビで選抜野球を見たり、録画した番組を見たり、俳句を考えたりしながら過ごし、午後からはゴルフの打ちっ放しに行き、帰りに大川沿いの桜の開花状況を見た。ゴルフは少し、まともな当りをするようになったと思っていたら、途中からまた変な当りをするようになってしまった。難しいものだ。大川沿いの桜は、大体2割くらいの木に数輪から数十輪の花をつけているものがあり、中には数百輪と思われるほど咲いている木もあった。写真はその模様。なお、大阪の開花宣言は、大阪城の標準木の開花状態で決めているそうだが、その標準木では、今日現在3輪しか開いていないと判断されたので、大阪の桜の開花宣言は明日になるすれこむそうだ。
2016.03.22
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今日は、午前中は、俳句を作ったり、句集を読んだり、パズル誌を読んだりしながら過ごし、午後は、DVDで「風の中のナウシカ」を見た。「風のためのナウシカ」は、以前にも見たのだが、ストーリーは殆ど忘れていた。ところどころ見たことがある場面だと思い出すくらいだった。今日の画像は、先日、住吉大社で見たマガモと大和川でみたカワウ。
2016.03.21
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今日は、午前中は、NHK俳句、日曜美術館などを見たり、「四国遍路」のビデオ、録画した「猿橋」などを見たりして過ごし、午後は、「俳句21」の句会に参加した。句会の結果は、いつもと同じように低調で、4句のうち1句に3票、1句に1票が入っただけで、残り2句には一票も入らなかった。今日の画像は、昨日、住吉のウォーキングで見かけて花たち。3月中旬くらいから一気に春の花が咲き始めた。
2016.03.21
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今日は、午前中は、句集鑑賞文を書いたり、図書館で借りたDVDで「はじめてのお遍路」を見たりしながら過ごし、午後は、大阪・熊野街道ウォーキングの第3回目に参加した。 大阪・熊野街道ウォーキングは、大阪の八軒家浜から堺までの熊野古道の旧道を3回に分けて歩くもので、第1回目と第2回目は一か月前に終わり、それぞれ八軒家浜から天王寺、天王寺から住吉大社までを歩いた。今日は、住吉大社から堺までを歩く行程である。 13時に南海本線住吉大社駅改札出口に集合し、2班に分かれて出発出発した。堺までの行程は、ほぼ南海高野線のに平行した道であったが、大和川のところでは大きく迂回することになった。 途中の見どころは案内ガイドの方から説明を受けながら歩き、住吉大社津守王子13時30分、津守廃寺跡碑14時、極楽寺14時30分、大和川の雲上地蔵で15時、堺市の南海高野線浅香駅に着いたのが15時30分、解散は15時35分だった。 今日は、天気予報で前々から雨が予報されていて、朝から小雨が降り続いていたが、ウォーキング開始時には止んでいて、そのまま降らずじまいであった。天気予報はいい方にはずれてくれたのでよかった。 今日のウォーキングでも今まで知らなかった歴史スポットや知っていても見たことがなかったものなどを見ることができたが、前2回と比べると特段珍しいというほどのものはなかった。ただ、万葉集にも歌われた歌枕「遠里小野」という環濠集落が、江戸時代中期の大和川付け替え工事により、南北に分断されたということを初めて知った。写真は、住吉大社の大鳥居、太鼓橋、卯の手水舎、角鳥居、第二本殿、津守王子、初辰さん、磯歯津路と熊野街道の門にある池田屋、西の坊。写真は、ちぎり地蔵尊、たつの橋の小豆洗い伝説、津守寺廃寺跡碑、若松神社(後鳥羽上皇ゆかり)、八尾街道道標、極楽寺(楠正成ゆかり)、若野家(なたね油の豪商)、雲上地蔵(大和川から救出された仏)、大和川にかかる南海高野線の鉄橋。
2016.03.19
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今日は、午前中は、俳句関係の例月提出物を準備し、郵送したあと、句集を読んだ。午後は、図書館へ行ったあと、大阪歴史博物館の「金曜歴史講座」を聴きに行った。今日、読んだ句集は、高見道代句集『存間』、関口恭代句集『冬帽子』、山元正一郎句集『尺蠖』など。この中では山元氏の『尺蠖』が一番共感できる句が多いと思った。図書館では、「四国八十八か所遍路」のDVDを借りた。歴史講座は、演題は「考古学と地質学の連携のあり方についてー古地理図の世界へご招待」という難しいもので、講師は、大阪文化財研究所の趙哲済氏だった。地面の深いところまで地質を分析して、深さごとの地質から年代を特定し、これを点から線、線から面へと広げて、同じ年代のところをつないで地図を作る。これが古地理図である。大阪でも長原遺跡や難波宮跡の研究を中心に、大阪全般の時代ごとの地理図が描かれるようになったそうだ。1000年くらい前まで、上町台地以外の大阪は、河内湖とか上町海と言われる海であった。10万年前にはナウマンゾウがいたそうだ。基礎的・専門的な話から、やっと具体的な大阪の歴史地図の話に入ったところで、時間切れになり、期待していた話が聴けなかったのは残念だった。画像は、講演会の模様。
2016.03.18
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今日は、朝はまだ少し寒かったが日が昇るとどんどん暖かくなり、一気に本格的な春になった感じ。予報によるともう寒の戻りはないとのこと。午前中は、打ちっ放しに行った。少し当たるようになってきたが、距離はあまり出ない。やはり齢のせいだろう。帰宅後は、句集を読んだり、句会資料を仕上げたりしながら過ごした。今日の画像は、今日見た花。コブシ、ユキヤナギ、桜の蕾、黄水仙、?、?、シャガ、イヌフグリ、フッキソウ。下は、昨日、扇町公園で見かけたムクドリ(上)とツグミ(下)。
2016.03.17
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今日は、午前中は、ゴルフの打ちっ放しに行き、そのあとK病院へ眼科の定期検査に行き、午後からは、くらしの今昔館で開催されている「町家を彩るハレの日にしつらい」展を見に行った。ゴルフはやっと当たるようになって来た。眼科の検査では特に問題はなく、また一年後の検査でよいとのことだった。「町家を彩るハレの日にしつらい」展は、次のように3部構成になっていた。 第1部 季節と年中行事 四季や年中行事を描いた屏風や掛け軸を飾り、季節感を室内に取り入れる句風をしていた。 浪華月次図屏風、四季花鳥図屏風、天神祭図、秋草図など11点を展示。 第2部 節句を楽しむ 五節句(元日、上巳、端午、七夕、重陽)には特別のの飾りものをした。 立雛、雛飾り、台所道具、雛飾り・台所ミニチュア、五月飾り、鍾馗など13点を展示。 第3部 婚礼の華やぎ 婚礼はもっとも重要なハレの日。嫁入り道具は箪笥、衣装、小物など多彩で、蔵一杯になるほど。 打掛、振袖、留袖、帯、髪飾り、花嫁の愛用品(小物入れ、羽子板、化粧道具、ポーチ、文箱、針箱など)、花嫁写真、荷づくり写真など36点を展示。画像は、パンフレットより。写真は、マンションの庭に咲いているヤブツバキ。
2016.03.16
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今日は、午前中、ゴルフの打ちっ放しに行っただけで、あとは家にいて、昨日の句会のまとめをしたり、録画したテレビ番組を見たりして過ごした。テレビ番組は、「高倉健」、「山寺ー立石寺」、「左官の技」、「林芙美子記念館」など。今日の画像は、大川に入ろうとする水陸両用バス「ダックツアー」。ゴルフ練習場の帰りに目撃した。マンションの庭では、ユキヤナギが満開になっている。
2016.03.15
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今日は句会の日、午前中は、K病院の診察の日だった。2か月に一度の診察で特に問題はなかった。句会の方は、前回から3週間あったので、時間はあったがいい句は出来なかった。結果は、まあまあで、6句のうち先生からは2句が選ばれ、内一句が特選。残り4句のうち、2句は仲間から選ばれた。今日、先生に選ばれたのは次の句。 ◎恋心秘めたるままに卒業す こっぱん(先生特選ほか3票) 〇気持よき目覚めのあつて山笑ふ こっぱん(先生ほか1票)仲間から選ばれたのは次の句。 ・朧夜の空に溶け込む天守閣 こっぱん(3票) ・一輪を挿して椿にある威厳 こっぱん(4票)今日、先生の特選に選ばれたのは、上記のほか次の句。 ◎絵馬堂の絵馬新しき受験絵馬 隆司(先生特選ほか1票)今日、最多得票を得たのは、次の句。 〇空き家とは知らず今年も燕来る 愛子(先生ほか4票)先生の句で今日一番人気だったのは次の句。 ◎啓蟄の地球静かに動きだす 塩川雄三先生(4票)今日の画像は、K病院の玄関前で咲気始めていたボケの花。
2016.03.14
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今日は、一日どこへも行かずに家で、テレビを見たり、俳句を考えたりして過ごした。今日の画像は、最近、散歩などのときにマンション周辺で撮った花の写真。椿、姫辛夷、椿、沈丁花、雪柳、ミモザ、椿(ノリコボシ)、白木蓮、椿。
2016.03.13
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今日は、一日中家にいて、俳句を作ったり、図書館で借りたDVDを見たり、録画したテレビ番組を見たりしながら過ごした。図書館で借りたビデオは、「伊勢神宮の式年遷宮一年目の記録」、「大阪市地下鉄御堂筋線の建設」「昭和28年の大阪の交通」など。今日の画像は、一昨日大阪城公園で見たカモ類とヒヨドリ、ツグミ、それに昨日住吉区で見たツグミ。左上から、キンクロハジロの雄、ヌートリア、マガモの雌雄、ヒドリガモの雌雄、ユリカモメ、ヒドリガモの雄、マガモの雌雄、ヌートリア、キンクロハジロの雌雄。上:ヒヨドリ。中:大阪城公園のツグミ、下:住吉区のツグミ。
2016.03.12
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今日は、午前中は、ゴルフの打ちっ放しに行き、午後は、すみよし歴史案内人の会の「住吉まち歩き」に参加したあと、大阪歴史博物館の「金曜歴史講座」に参加した。打ちっ放しは約半年ぶりだったが、すっかり飛距離が落ちていた。すぐに疲れるし、手も痛くなる。今日は70球ほどでやめた。「住吉まち歩き」は、4つあるコースのうちに一つ、住吉大社周辺まち並みコースで、東住吉周辺の寺社をめぐるものだった。参加者は5人で少しさびしかった。コースは、すみよし村ギャラリー→浄光寺(油掛地蔵)→荘厳浄土寺→東福寺→宝泉寺(住吉十三仏)→一運寺(赤穂義士ゆかり)→生根神社→閻魔地蔵→粉浜万葉歌碑、だった。・すみよし村ギャラリー 元油屋であった民家を博物館風にしたもの。馬つなぎや陶製雨受けがある。元は藁ぶき屋根だった。・浄光寺(油掛地蔵) 水掛けでなく、ここは油を掛ける。地蔵さんは真っ黒になっている。・荘厳浄土寺 住吉三大寺の一つ。往時は高大な境内だった。境内に奇石や古木が残り、大阪府の史跡の一。・東福寺 本尊の毘沙門天は楠正成の念持仏。境内入口に親子地蔵がある。・宝泉寺(住吉十三仏) 恵心僧都の開創。山門の左側の仏堂内に13体の石仏がある。平野の大念仏寺の末寺。・一運寺(赤穂義士ゆかり) 境内に大石父子と寺坂吉衛門の墓がある。・生根神社 以前は住吉大社の摂社として隆盛を極めた。本殿は大阪府の有形文化財。千鳥破風が見事。天満宮もあり。・閻魔地蔵 六道の辻の閻魔さん。地蔵が閻魔に化身したもの。・粉浜万葉歌碑 「住吉の 粉浜のしじみ 開けも見ず 隠りてのみや恋ひ渡りなん」の歌が犬養孝の筆で歌碑になっている。写真は、それぞれの場所でのワンカット。街歩きは、14時50分に終わり、粉浜から電車に乗り、天下茶屋、堺筋本町で乗り換え、歴史博物館へ向った。ちょうど、3時半の開会前に到着した。「金曜歴史講座」の今日の演題は、「発掘資料からみた信長・秀吉・秀頼時代の焼物」で、講師は元大阪市文化財研究所の森毅氏だった。大阪城周辺の発掘調査の結果、各時代の地層から出土した焼物の種類の変化を、詳細に分析した結果を報告したものだった。いろいろな焼物の名前が出て興味深かったが、様式の違い(A群,B群,C群,・・・など)はわかりにくかった。信長から秀吉前期までは、中国からの青花や李朝もの、国産では美濃焼が多かったが、次第にこれらが減り、唐津、伊万里などが増えて来るのだそうだ。画像は、講演会の様子。多くのカラー写真を使っての講演であった。
2016.03.11
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今日は、午前中は、プリンタインクの補充、写真のプリントなどを行ったあと、図書館へ行き、その後、高大に行き、卒業文集を受け取り、大阪城の梅林、桃園を見ながら帰った。梅林の梅はすでに見頃を過ぎ、わずかに花が残っている木がところどころ見られるほどだった。例年なら今頃がちょうど見ごろであるのだが、今年は10日ほど早く咲き散ってしまった感じである。桃園は、今がちょうど見ごろ。例年より20日ほど速い感じだ。毎年、桜の見ごろとほぼ同じだが、今年は桜よりかなり早い。帰宅後は、いただいた高大エッセー文学科修了生の卒業文集を一気に読み切った。みんな文章が大変うまくなっていた。
2016.03.10
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今日は、午前中は、高大のクラスの写真プリントをしたり、俳句を作ったりして過ごし、午後から、「春麗句会」の例会に参加した。今月も成績はよくなかった。5句出句したが、先生からは一句も選ばれなかった。今日の画像は、最近、マンションの庭で撮った花たち。黄水仙、桜の返り花、マリーゴールド、キバナマンサク、ヒメコブシ、ヒイラギナンテン。
2016.03.09
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今日は、一日家にいて、俳句を作ったり、録画したテレビ番組を見たりして過ごした。テレビ番組は、「欄間」、「島倉千代子」、「山口洋子」など。今日の画像は、昨日、あべのハルカスで見た大阪港の夕日。地平線近くに雲があり、きれいな夕日、夕焼けにはならなかったが、明石海峡を背に大阪湾に沈む御太陽を途中まで見ることができた。太陽の近くの高いビルはコスモタワー(60階)、その左のビルはハイエットリージェンシーホテル(28階)。、
2016.03.08
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今日は、午前中は、録画したテレビ番組を見たり、俳句を作ったりして過ごし、午後は、あべのハルカス美術館へ「長谷寺の名宝と十一面観音信仰」という展覧会を見に行った。展示は次のように分類されていた。第1章 観音の信仰 脇立の雨宝童子立像と難陀竜王立像、長谷寺式十一面観音立像(裏観音など)、如意輪観音半跏像、長谷寺縁起など30点。第2章 長谷寺の宝物 銅版法華説相図、不動明王坐像、両界曼荼羅版木、牡丹品種画帖など36点。第3章 浮世絵、絵図に見る長谷寺 諸国名所百景大和長谷寺、初瀬山之図など5点。 ご本尊は、二丈六尺の日本最大の十一面観音像だが、さすがにこれだけは展示されていなかった。長谷寺は、観音信仰の寺としてのみならず、真言宗豊山派総本山、修験道との結びつき、牡丹など花の寺としても有名である。画像は、パンフレットより。左:脇立の雨宝童子立像と難陀竜王立像、右:長谷寺式十一面観音立像、長谷寺縁起、丸文散蒔絵経箱、銅版法華説相図、長谷寺の境内の写真。
2016.03.07
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今日は、午前中はテレビで、NHK俳句、日曜美術館などを見たあと、昼前から出て、京都のJR伊勢丹美術館で開催されている「歌川広重の旅」展を見に行った。この展覧会は、保永堂版の東海道五十三次の平木コレクションを展示したもので、初刷とその後の摺りとを並べて鑑賞できるというユニークなものだった。全五十五地点の版画90点が展示されていた。各作品に見どころの説明が書かれていて、版画を見ながら江戸から京へ向って旅をしているような気分も味わえた。川一つ渡るのにも橋がなく、舟に乗ったり、籠に載ったり、人の肩車に乗ったりと大変なことだったことがよく分かった。画像は、パンフレットより。
2016.03.06
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今日は、暖かく天気がよいので花粉が心配なので外出は避け、ほぼ一日家におり、俳句を作ったり、俳書を読んだり、ビデオを見たりして過ごした。今日の画像は、町で見かけた花壇の花。
2016.03.05
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今日は、午前中は、俳句を作ったり、録画したテレビ番組を見たりして過ごし、午後から散歩に出て、大阪天満宮の梅を見に行った。テレビ番組は、児童文学翻訳家石井桃子、宝永噴火の避難民を救った伊奈忠順など。大阪天満宮の梅はすでに見頃を過ぎていた。殆どの木が満開を過ぎ萎れた花をつけていた。写真は、境内西の梅、西側から本殿を望む、参集殿の庭、星合池~祖霊社まわりの梅(以下6枚とも)
2016.03.04
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今日は、午前中は、俳句関連図書の読書感想文を書き、午後は、比叡山延暦寺と高野山金剛峰寺のDVDを見た。俳句関連図書は、昨日読んだ伊丹三樹彦の「写俳亭俳話80年」である。伊丹三樹彦氏は、大正九年伊丹市に生れ、三木市で育ち、神戸で働く。本名は岩田秀雄、別名は写俳亭。昭和八年から長谷川かな女の「水明」で俳句を始める。十二年から日野草城の「旗艦」に投句。戦後「まるめろ」を創刊。三十一年、草城の「青玄」を継承して主幹となる。四十五年、写真と俳句の相乗による「写俳」運動を創始。平成十八年脳梗塞で倒れるまで「星玄」主宰として活躍。この間、文部大臣地域文化功労者表彰をはじめ数々の受賞歴がある。句集は『仏恋』をはじめ8冊。写俳集は18冊ある。現在、現代俳句協会顧問、「青群」顧問。尼崎市在住。『写俳亭俳話80年』は、氏の俳句人生80年を振り返って、過去の出来事、思い出を書きつづった言わば自分史のようなものである。今回は2巻発刊されたが、1巻に40話ずつ収録されており、2巻で計80話となっている。一話平均440字で、その間段落はない。文章は簡潔で短い。1冊を一気読みすれば1時間ほどで読めるほどの分量である。しかし、その内容は濃い。氏の趣味の広さ、交友関係の広さ、辿って来た人生には驚くようなことが多いのである。ただ、記述は時系列ではなく、ある程度整理はされているとは言え、時代が飛ぶので、読者の頭が付いて行かないこともしばしばあった。画像は、「写俳亭俳話80年」の表紙。お寺のDVDは、「比叡山」はお寺の概要を紹介したもの、「高野山」は四季の景観を声明を背景に写したものだった。後者の声明がよかった。
2016.03.03
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今日は、午前中は、伊丹三樹彦の「社俳亭俳話」を読みながら過ごし、午後は、図書館へ行ったあと、大阪歴史博物館で開催された歴博講座「山根徳太郎以前の難波宮」を聴きに行った。講師は、当館学芸員伊藤純氏だった。図書館では、DVD4巻を借りた。比叡山延暦寺、高野山、となりのトトロ、おもひでぱろぽろなど。講座は、初め45分は伊藤氏の講演、後の45分は、栄原館長と伊藤氏の対談で主として栄原氏が伊藤氏に質問する形であった。その概要は次のとおり。「山根徳太郎以前の難波宮」の講演では、世間では難波宮の発見は山根徳太郎ということになっているが、実際は、大正2年に陸軍の建築技師・置塩章(おしおあきら)によって瓦が発見され、大正5年の「史跡調査委員会報」や「郷土資料陳列目録」にその瓦は奈良時代のものに違いないと記載されている。山根は大正8年にその瓦を置塩から見せられている。また、昭和27年にも二人は会っている。山根の提唱で発掘調査が始まったのは昭和29年だが、その後の報告でも、その瓦が奈良時代のものだと推定したのは自分であると言っている。山根は大正5年の二つの報告書を見ていないと思われる。その後、いろいろな報告書が出ているが、二つの報告書に言及したものはないし、置塩氏の名前はただ瓦を所持していた人物ということしか述べられていない。伊藤氏の調査によると、昭和5年以降12年までの間に、置塩氏の2つの報告書を引用するような文献が多数(23件)出版されている。著者の名前は、天坊幸彦、八木博、高橋直一、大脇正一、竹山真次、石井信一、梅原忠次郎、古川重春、鈴木政吉らである。山根はこれらの文献を何も見ていなかったのであろうか。彼めの文献の引用文献は、明治時代のものと、わずかに上記23件のうちの一件(竹山真次)を引いているだけ。これについて、伊藤氏は、山根の専門は文化史であっは古代史や考古学の専門家ではなかったことを指摘する。いわば、考古学、古代史については素人で、発掘に取り組んでからもあまり、その基礎を勉強しなかったのではないかと推測している。しかし、なぜ、あれほどまでに発掘に執心したのかはよくわからないという。画像は、講座の模様。上:チラシと立看、講演する伊藤純氏、対談する栄原館長(左)と伊藤氏。
2016.03.02
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今日は、ほぼ一日中家にいて、俳句評論書「臼田亜浪の光彩」を読み、その要旨をまとめる作業に時間を費やし、夕方から、関俳連の常任委員会に参加した。臼田亜浪の俳句は約300句が紹介されていて、そのうち50句の鑑賞文が画かれていた。亜浪は、虚子や碧悟桐と同じ時代に生きたが、二人とは句風を異にし、独自の句風を編み出した。4Sの出現より10~15年早く、根源俳句の精神を吹き込んだ人だった。その偉大な業績は、虚子と碧悟桐の間になってあまり評価されていないが、本書の著者加藤哲也氏は、不当な評価であると嘆いている。亜浪の句は、一句一章の句で分かり易いが、季重ね、字余りにこだわらないという作風なのが、私としては賛成できない。花鳥風月だけではなく、人間の心を詠むという点は同感である。今日の画像は、大阪城公園で見た水仙。
2016.03.01
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