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「人類最期の日々(下)」カール・クラウス 池内紀訳 法政大学出版局この本は訳者の最初の翻訳だった。ウィーン大学で、同じ学生通しで学びあいながら、相手からウィーン方言を教わり、街の人でないとわからないセリフを学び、「これはヤクザ者、これはコチコチの官僚、これは政治好きの老人」と識別していったらしい。それから5年後の1971年に刊行。そして長い眠りについたという。この本を発掘した編集者に敬意を払う。私はドイツ並びに西洋の歴史にも文学にも疎いので、この大部の書物の価値を客観的には評価出来ない。しかし、ここで試みられている、たった独りで、やがて20数年後に迫り来るホントのドイツ最期の日々を警告するために、クラウスが始めた「世界を劇場化する」努力は、普遍性があると私は思う。現代も一部分ならば、クラウスのような試みはなされている。例えは松元ヒロの「憲法くん」。一度聞けば分かるが、それはそれで秀逸。しかしクラウスのしたことは、松元ヒロの舞台の数十倍或いは百倍の世界を独りで演ったということなのだろうと思う。もし、現代に1人のクラウス現れば、彼は秘密保護法や共謀罪をくぐり抜けながら、十数人の情報収集家、演出家、役者、IT専門家を使いながら、YouTubeで先ずは狼煙をあげて、出版、やがては秘密出版、やがてはゲリラYouTubeと進んで行くだろう。天の声攻撃は大成功 夜は狂乱に過ぎた神の写し絵 人間は破滅した!(深い沈黙)神の声アニ吾ガ志ナランヤ。(エピローグ344p)2017年3月25日読了
2017年03月31日
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今日の朝日の天声人語に、加藤周一が登場したというので、読んで見た。 (天声人語)パン屋でなく和菓子屋 2017年3月29日5時0分 天ぷらといえば、すしと並んで和食の代表選手であり、海外でも人気のメニューである。もっとも、その起源には諸説があり、ポルトガルから伝来したとの説がかなり有力だと、原田信男著『和食と日本文化』で学んだ▼どうも17世紀ごろ伝わったようで、語源もスペイン語系のTemporaだとする説を紹介している。日本は早くから、よその国の料理を取り入れ、食文化を豊かにしてきた▼パン食も定着し、近所にお気に入りのパン屋をお持ちの方もおられよう。ところがそんなパン屋が教科書からはじき出されたのだという。小学校道徳の教科書検定の結果、「にちようびのさんぽみち」との教材に登場していた「パン屋」が「和菓子屋」に変更された▼学習指導要領が求める「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」との点が不足すると文部科学省が指摘し、出版社が修正した。パン屋では日本らしさが欠けるということか。同様の理由で、公園の遊具が和楽器の店に差し替えられた▼もう50年以上前だが、評論家の加藤周一が仏教伝来や洋服などを例に、日本は雑種文化であると論じた。「日本精神や純日本風の文学芸術を説く人はあるが、同じ人が純日本風の電車や選挙を説くことはない」と書き、偏狭な日本主義者を批判した▼和菓子や和楽器にすがって国や郷土への愛を説くとすれば、滑稽というほかない。本質よりも体裁にこだわる大人たちの姿である。まさか反面教師としての教育の一環ではあるまい。 加藤周一の雑種文化論を引っ張り出すまでもなく、日本は次第と「いつもの」常に上の意向を気に風土に戻りつつある気がする。決定は上を見ながら下が行う、責任は無制限に1番上に求められるから、最高責任者の昔は天皇、現在は首相の「美しい国」に似合う政策がとられるだろう。しかし、これは文書で指示を受けたものではないから、1番上の「責任」は限りなくゼロになるだろう。(←以上丸山真男「超国家主義の論理と心理」から思考) 加藤周一は、もう20年も前に「世紀末ニッポンのゆくえ」(ミオシン出版)というインタビュー本でこのように言っている。 「一般に、少数意見を内部に抱えている国•団体は、状況が変われば、今まで少数意見だったものが多数意見になって、別の方向に進むことが出来るのですが、日本では、少数意見を排除してしまうことで能率は高めたが、必要な方向転換もできないようになったと思います」(15p)それが戦前日本の反省点だったが、反省しないまま戦後に進んでいると加藤周一はいう。 「雑種文化の小さな希望」と加藤周一は言った。それでも長い間に外の文化を日本化して、日本は生き延びてきた。戦後70年、どれだけ欧米の「民主主義」を日本化出来ているのか。そろそろ試されている。 森友問題にはあまり興味がないのだが、天皇アベ夫人の意向を「忖度」して、1番上から次から次へと政策が降りてきていた現実があるとすれば、悲観的にならざるを得ない。 「そんたくん」の見事な「漫画」があったので、付け足す。蓋し、1番下の庶民による上方を風刺するその鋭さは、日本文化がまだ健全な証しではある。
2017年03月29日
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「弥生時代の歴史」藤尾慎一郎 講談社現代新書 藤尾氏は国立歴史民俗博物館において、AMS炭素14年代測定で弥生時代の開始を500年遡らせた立役者であり、2014年にあったという「弥生ってなに⁉」展の中心人物である。それらの成果をコンパクトにまとめたのが、この一冊だと思う。 遠く岡山の地に居て、藤尾氏のこの10数年の研究をほとんど追ってこなかった身にとり、思った以上に刺激のある一冊だった。 以下、学んだ所、気になった所をずっとメモしてゆく。長くなるかもしれないので、とりあえず最初の頃の一部分だけ。 ◯炭素年の測定方法を簡単に書いているが、文系の私にはどうも理解出来ない。ただ1950年を基準にするとは驚き。これ以降は核実験が広く行われたために、大気中の炭素14年濃度が大幅に上がったためしい。人類は、気候的にも、環境汚染的にも、たった100年で地球規模的な不可逆的な改変を行っている。 ◯弥生時代開始年代は、2003年発表時から今まで3説に分かれた。(1)藤尾説の紀元前10世紀に遡る説(よって紀元前1000年では無く、950年ぐらいらしい)、(2)朝鮮半島や中国遼寧省の考古学知見を優先して紀元前800年まで遡る説(新発見があれば更に遡る可能性がある)、(3)従来の紀元前5世紀説である。その根拠が藤尾氏の説明通りだとすると、藤尾説を採るしかない。もう10年以上経ったのだから、考古学学会もハッキリして欲しい。そうしてくれないと、我々はホントに困る。 ◯22pの土器形式ごとの太陽活動表は、面白かった。特にびっくりしたのは、二世紀初め(100-110)を「温暖」と規定し、二世紀中(130-150)を「冷涼化(大きな降水量の低下)」と規定し、190-230年を「温暖」としているのは、「倭国乱」の背景と考えれるように思うのだ。ところが、藤尾氏はかなり前半で気候との関係を書きながら、弥生後期では、全く言及していない。私はこの時期の急激な気候の不順化が、水を司る吉備の龍神信仰を成立させて、吉備を一大強国にしたてあげたのだと見る。 ◯韓国遺跡を西暦で表現してくれていて、参考になる。実際韓国の博物館に行くとわかるが、韓国の考古学は日本ほど緻密ではない。ひとつひとつの遺物が何世紀のモノかさえも特定できないのである。(東三洞貝塚 紀元前4000年、南部の稲作の始まり 紀元前11世紀、検丹里遺跡 紀元前10世紀)特に検丹里の環壕は重要だろう。藤尾氏は、日本の弥生化は朝鮮南部の「農耕社会化」により、矛盾で「迫害」から逃れるために海を渡った「メイフラワー号」タイプの人々が担ったのだろうと見る。そういう見方をすると、早期北九州弥生遺跡に支石墓が点々とあるのが合点がゆく。しかし、彼らは直ぐに支石墓祭祀を放棄し、放棄したところほど大きなクニを作る。それは何故か。この頃の北九州の大きな変動について、この本では十分にはわからない。 ◯「魏志倭人伝」に最初のルートとされている壱岐対馬に、10世紀の支石墓がないのが不思議だと著者は云う。その通りだ。最初のメイフラワー号は、大陸のみを目指したのか。福岡沿岸の小平野ごとに支石墓内の棺の形式が異なるのは、彼らが先着の居る場合は、やり過ごして東へ東へと船を進めたからではないかという説を紹介している。興味深い。 ◯やっと第一章「弥生早期前半(前10世紀後半~前9世紀中ごろ)」である。北九州の在来民は、ことごとく海沿いではなく少し川を上ったところで、半分稲作、半分狩猟の生活をしていた。在来民が渡来人交流して下流域に稲作を始めるまで、下流域に住む在来民は全国的に6000年以上いなかったそうだ。 ◯最初期の板付遺跡は、最初から給排水施設があった。畦畔は土盛りなので、大量の杭、矢板、横木で補強する。その数何百、何千。鉄器を持たないので、すべて大陸系の磨製石器で作った。しかも大区画水田。500平方メートルを水平に保つ造田技術も持っていた。 ◯(これは私の仮説)これだけの大自然改造。自然をそのまま受け入れる縄文人の価値観と相対したことは間違いない。最初は数十人の渡来人が何年も、ひとつの田んぼを経営して実績を作り、やがて好奇心旺盛な縄文人が参加していったのだろう。板付遺跡で大きな洪水が二回、それでも弥生人は稲作をやめなかった。自然そのものが「神」なのではなく、自然に恵みをもたらす更に超越的な存在が「神」になる土壌が、その頃から育まれるだろう。最初期は、それは遥か彼方からやってくる「鳥」に象徴されたのかもしれない。弥生文化に、全国的に分布する鳥の呪術遺物は、それを裏付けている。鳥は祖先の知恵の象徴だったのかもしれない。しかしやがて1人の英雄が、蛇の生産性と鹿の顔を持ち、しかもそれらの姿と全く違うオーラを持つ「龍」を招致する。龍は、雨をもたらすと同時に、嵐をももたらす、恵みと力を持った神だった。この神を手に入れるかどうかで、その国の盛衰が決まる、と言い伝えが広まっていたのが、実は弥生後期なのではないか。 ○橋本一丁田遺跡の最古の弥生土器(福岡市埋蔵文化センター蔵)を見てみたい。縄文土器に、弥生の稲作文化の背景を持っていれば、弥生土器ということを提唱したのが、佐原真「岩波講座日本歴史(1)」(1975)だったらしい。 ○弥生早期後半(前9世紀後半)から前期後半(前世紀)。 ○日本最古の環濠集落は、のちに三世紀に奴国となる比恵・那珂遺跡南西部の村に前9世紀後半に現れる。直径150mの壕を二重。150年経営。おそらく洪水で廃絶。その後500m離れた春住遺跡に移る。那珂遺跡よりも1キロ上流の板付遺跡(前9世紀)は、長径110mの中に10ー15軒の竪穴住居。既に階層差の痕跡あり。糸島町新町遺跡(前9世紀後半)では最古の戦死者。稲作文化の始まりと同時に出現したのは、おそらく稲作文化と水や土地を獲得する手段としてパッケージで入って来たためだろう。つまり縄文人の世界観には、戦いはなかった。 ○稲作文化は、最初北九州からは250年かけてゆっくり広がった。 前10世紀後半、玄界灘沿岸部。 前8世紀終わり、九州東部・中部。 香川以西の瀬戸内沿岸。 前7世紀前葉、鳥取平野。 前7世紀、神戸市付近。 前6世紀、徳島市。奈良盆地。 前6世紀中ごろ、伊勢湾沿岸。近畿日本海沿岸北上。 前4世紀前葉、青森県弘前市。 前4世紀、仙台平野、いわき地域。前3世紀、中部高地、関東南部。 以下略。 2017年3月12日記入
2017年03月28日
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「微睡みの海」熊谷達也 角川書店 「仙河海サーガシリーズ」の第二弾。2010年4月から2011年3月10日までの物語。つまり震災直前までの話になっている。主人公は、「リアスの子」で、優等生として一瞬登場した昆野笑子。既に35歳になっている。 東北の一地方都市の、元教師の元先生や元教え子たちがでて来て、モチーフは絵画、主題は性愛を伴いながら揺れ動く「恋」である。 236pまで、ここまで共感の出来ない主人公も珍しいなと思いながら、読んでいた。大きく感心はしなかったけど、笑子の決断に至った、自分自身への分析に、初めて共感した。 大人の恋である。このあと、どうなるにせよ、次の日には大きく変転するのは確かではある。 装画はagoeraという人らしい。笑子のことを上手く描いていた。 2017年3月16日読了
2017年03月27日
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「少女キネマ 或は暴走王と屋根裏姫の物語」一肇 角川文庫 一肇(にのまえはじめ)というペンネーム自体に変な方向にこだわっている特徴が現れている。「一」を「にのまえ」と読んでいるが、「一」を「はじめ」とも読む読み方もあるのである。だとすれば、この読み方で「一一」と書いても構わないわけだ。また、2014年の刊行らしいが、偶然にもイニャリトゥ監督の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」が米国公開された年である。書名も内容も実は、既に話題となっていたその作品へのオマージュとも見れなくはないのである。要は、この新人作家の性癖は、「変な方向に拘る」というものだということがわかる。 イニャリトゥ監督は「BIUTIFUL ビューティフル」も「レヴェナント蘇えりし者」も、その年のマイベスト3に入れるほど私は大好きだった監督(私は年間100作以上は観る映画ファンである)だけど、アカデミー賞三冠に輝いた「バードマン」だけは頂けなかった。表現者の苦しみを描こうとしたこの作品、しかしその肝心の苦しみの中味は、台詞的にも映像的にも、私にはほとんど伝わらなかった。むしろ、これはあらすじが先にあって、それに合わせていろんな凝りに凝った映像と台詞を「創った」気がした。 という、全く同じ感想を、この一肇氏の作品にも与えたい。 それなのに、なぜこの本を手にとって最後まで読み通したのか?それは一つは編集者の文庫本の裏表紙にある紹介文「映画と、少女と、青春と。」という文句に惹かれたから。三つとも私の好きな言葉なのだ。それにもうひとつ、文庫の帯の「煽り」にやられた。そういう意味では、小説を創るのは作家ではあるが、本を創るのは編集者であることがわかる。実は、マアこれも 監督と制作の関係であり、映画的世界ではある。 あ、ちなみに「バードマン」のエマ・ストーンと「少女キネマ」の黒坂さちは良かった。 2017年3月14日読了
2017年03月26日
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産経新聞は、共謀罪に反対している政党や人々の意見に対して「不安と恐怖心をあおっている」と揶揄する記事を出した。その内容があまりにも稚拙であり、法律素人の私でさえもツッコミどころ満載なのにビックリした。酷いのは、これがYahooニュースにもなっていて、根拠のない批判が拡散されていることだ。蟷螂の斧かもしれないが、アベ首相張りの、ウソも百遍言えばホントになる式のウソに一太刀浴びせたい。先ずはくだんの記事を見て欲しい。問題点に下線して指摘し易いように番号を付しています。テロ等準備罪 「同僚と飲みながら『上司をやっつけよう』」で罪になるって…恐怖ばかり煽る主張に苦笑産経新聞 3/24(金) 10:00配信 「テロ等準備罪」の抗議デモに参加し、安倍晋三政権を批判する共産党の山下芳生副委員長=3月14日夜、国会議事堂前(写真:産経新聞) 共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が3月21日に閣議決定され、国会に提出された。「思想弾圧」「話し合うだけで罪になる」。一部の野党議員や市民団体、報道機関は歩調を合わせるように不安と恐怖心をあおっている。3月に入り、法案に「反対」が「賛成」を上回る世論調査も出てくるなど、曲解混じりの反対派の宣伝はじわじわ効いているように見える。 「例えば、職場の同僚と一杯やりながら『あの上司ムカつくね、今度やっつけてやろう』と合意したら罪になる。皆さんも前科何犯じゃありませんか」 「『原発なくせ』のデモで道路をいっぱいにしようと合意しただけでも犯罪にされてしまう」 閣議決定が迫った3月14日夜、東京・国会議事堂前での抗議デモ。共産党の山下芳生副委員長は、こんなとんでもない主張を展開した。 明らかな誤解、もしくは意図的な印象操作だ。(1)法案は対象を組織的犯罪集団に限っており、一般人に適用されることはない。しかも、(2)武器購入や犯行現場の下見など、犯罪実行のための準備行為も要件としており、同僚と飲みながら上司を殴ろうと話しても罪に問われるはずがない。 だが、山下氏はそんなことはお構いなしに、「散歩中、よその家のきれいな庭をのぞき込んだら『犯罪の下見(準備行為)だろう』と言われることになりかねない」とも訴えた。 このデモは、安全保障関連法反対デモと同じ市民団体や労働組合が中心になって開催。参加者は「戦争法と一体の共謀罪は絶対反対」「言論封じの共謀罪はいらない」などとシュプレヒコールを上げた。 山下氏以外には民進党の逢坂誠二衆院議員が参加し、「ともに共謀罪を葬り去ろう」と呼びかけた。社民党の福島瑞穂副党首も「共謀罪は話し合うだけで罪になる。そんな犯罪だ」と語った。 福島氏は、沖縄の米軍基地反対派リーダー、山城博治氏(64)が米軍施設建設現場で有刺鉄線を切って器物損壊の現行犯で逮捕された件を例に出し、こうも訴えた。 「座り込みをしよう、(作業を妨げるため)ブロックを積もうと相談しただけで、2人以上の組織的犯罪集団で、共謀罪が成立する。こんなの、おかしいですよ」 沖縄の反基地団体は組織的犯罪集団に認定されかねないと思っているかのような口ぶりだが、(3)合法的に市民運動をしている限り、そんな心配は一切必要ない。また、普通の市民団体が偶発的に法を犯してしまったとしても、犯罪実行のために組織された団体でなければ対象とはならない。 閣議決定当日の3月21日には、弁護士や大学教授、フリージャーナリストらでつくる「共謀罪創設に反対する百人委員会」が国会内で集会を開催。民進党議員2人も参加した。 「この条約に対応する国内法があるフランスなどでテロが起きている。法律がなく条約を批准をしていない日本ではテロが起きていない。この違いが非常に重要。(テロ等準備罪を新設する)法律がないとテロが起きるというのは嘘だとわかります」 「政府、警察がテロリスト、あるいは将来(テロリストに)一変しかねない集団だとみれば、どんな市民団体も狙い撃ちされる。『私たちに刃が向けられた法律に変質したんだ』ということで、反対運動に邁進していただきたい」 冒頭の基調報告でこう語ったのは、特定秘密保護法などにも反対してきた弁護士の岩村智文氏だ。法律の専門家ですら、一般市民がテロリストに認定されかねないと訴えているのだ。 沖縄県・石垣島在住のミュージシャン、ZAKI氏は中継映像で出演。石垣島への陸上自衛隊警備部隊の配備計画に関して、こんな見方を披露した。 「中国は尖閣(諸島)に対し海上警察と漁船で対応しているが、日本は陸上自衛隊を配備しようとしている。明らかな挑発行為だ。この地域で軍拡競争がどんどん進んでしまう」 また、自衛隊が戦争で焼け野原となった石垣島を奪回する米軍との共同演習を日々実施しているとし、こう述べた。 「共謀罪が、この戦争ができる国にするための布石であることは間違いないと思う」 あまりに論理が飛躍して、正直、苦笑を禁じ得ないが、反対派の集会やデモではこうした言説がよく聞かれる。 一部の報道機関も、テロ等準備罪を「内心の処罰につながる」と危険視してきた。 閣議決定翌日の3月22日には、東京新聞が朝刊社会面で、戦前に農民運動に関わって治安維持法違反容疑で逮捕された経験があるという102歳の女性に取材し、「思想弾圧『二度とならん』」と題した記事を掲載した。「『抗議行動 萎縮してしまう』沖縄の市民グループ懸念」との記事もあった。 (4)過去を振り返れば、警察官の職務質問を認める改正警察官職務執行法(昭和33年国会提出)は「デートもできない警職法」とレッテル貼りされたが、現実はそんな世の中になっていない。特定秘密保護法(平成25年)は「権力が情報を隠蔽して暴走する」、安全保障関連法(27年)は「徴兵制への道を開く」などと散々批判された。 今回も同じように批判されるのは予想されたことだ。今後の国会審議では、金田勝年法相ら政府側が不安を払拭する答弁をし、国際社会が連携してテロなどに対峙するために必要な法整備だとわかりやすく説明することが求められる。もし反対派があおる「恐怖説」に飲まれれば、法案はお蔵入りになりかねない。(政治部 田中一世)以上引用終わり。先ず(4)について批判する。総論だと思うからである。田中記者は、歴史を知らないし、そもそも「歴史の教訓」というものをどうやら知らないらしい。この文の直前の引用には全く答えずに警職法も問題なかったではないか、と説く。しかし警職法は「予防拘禁」が問題になって反対運動が広がったのであり、これは岸内閣によって改悪が阻止された事実を無視している。嘘を書いてはいけない。また、秘密保護法や戦争法は数年前の成立である。こんなにも反対運動があった法律の成立直後に反動立件を次々と起こしたならば内閣が持たなくなるのは誰もが予想することである。数年後に機会をとらえて発動しようと手ぐすね引いているのだと見るのが常識だろう。そもそも、歴史的事実を引き合いに出すのであれば、相似形とも言える治安維持法を出すのがスジだろう。治安維持法の時も、政府は「乱用しない」と約束したし、「裁判所が乱用を防ぐ」と説明したが、何の効果もなかった。これが「歴史の教訓」である。更に言えば、当時(1925)の刑事局長は、「今日までも乱用されていないから心配いらない」と同じことをいい、小川法相は対象の社会主義の定義や「政体の変革」の定義にも、結局現代の金田法相のような答弁不能に陥っています。よって(1)について言えば、なんの制限にもなっていない。「組織的犯罪集団に対象を絞っているから大丈夫」?トンデモナイ‼政府は「団体である必要はない」とまで言っている。「団体の目的が犯罪を実行することに一変すれば組織的犯罪集団に該当する」というのである。そこで(3)について述べる。誰であっても「複数」で、「犯罪」を「計画(合意)」さえすれば共謀罪になるのです。対象犯罪は277。万引きやイラストの無断転載、結果的に脱税になるので取りやめた節税の相談でさえ、対象になります。もちろん沖縄の座り込みも組織的威力業務妨害と対象になる。そんな人たちは対象にならない?何の根拠もありません。何が「合意」に当たるかは、警察の判断次第なのです(3.8法相国会答弁)。メールの既読スルーもそれに当たると法相は認めました。目配せも当たります(2005年の国会審議は「変わっていない」と法相答弁)。更に言えば、(2)について。「準備行為」に何が当たるかを判断するのも警察です。ATMの利用や散歩、買い物といった日常生活でさえ、捜査機関がその目的を「資金調達」「下見」「道具の用意」と判断すれば、その時点で「計画」して「準備行為」があった、共謀罪で逮捕出来ます。この記者は「警察は絶対そんな無茶はしない」と信じこんでいるのか、テロや中国・北朝鮮を防ぐためには少々の犠牲は厭わないと思っているのか、よっぽどの甘ちゃんか、よっぽどの腹黒である。共謀罪が通れば、こういう記事の無断転載も、恣意的に集められて「罪」の証拠として採用されるのでしょうか。警察としては、一つだけ罪として確定すればいい。そうすれば、世の中は批判する者のいない「萎縮社会」が出来上がる。
2017年03月25日
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笹本敦史「落葉を踏んで」(「民主文学2月号」所収)生協シリーズ三作目。委託配達労働者の労組結成物語と青春を描いた「ユニオン!」、女性労組専従者を主人公にした「走り出す」と、どちらかと言えば明るいトーンで進んで来た世界が、今回は30年来のベテランの正規労働者を主人公にした話で少し会話も少なくなって内省的になった。佐々木真一は、生協の共同購入のトラック配達の途中に、5年先輩の伊達さんらしきホームレス姿を見つける。伊達さんはかつては一緒に生協の夢を語った上司だった。バブル景気の後、投資失敗のツケを支払わせる格好になった現場の労働強化の結果、伊達さんは45歳の時に課長職のまま配達担当に戻り、2005年ごろ(?)退職する。しばらくして、離婚して荒れた生活をしているという噂が入る。その夜、真一はもう一度見つけた場所に行って件の男を追う。しかしハッキリわからないまま。そんな一コマを描いた作品である。狙いはわかるような気がするのだが、この内容を14頁に収めるのはキツかったかもしれない、と思った。伊達さんも、真一も、生協の進歩的な所に惹かれて入協しているが、全体的な情勢と生協の経営戦略、さらにはそれを批判的に見る視点を、なぜ真一の視点として獲得出来ているのか、それとも正規労働者はみんなそんな視点を持っていたのか、説明が不足している(真一もいっとき本部勤務だったという一言はある)。これら生協の俯瞰的な(非常に鋭い)説明は、伊達さんの退職には必要な情勢説明だったのかもしれないが、小説としてはわざとらしく見えるのである。全51巻という壮大なエンタメ文学として、私は北方謙三の「大水滸伝シリーズ」を愛読している。何処か、それと被るような気がしてならない。最初の「水滸伝」は、英雄108人が宋の国に叛旗を翻し、戦いに次ぐ戦いで、英雄たちの半数以上が死ぬ。その波乱万丈の物語が圧倒的な読者を獲得した。次の「楊令伝」は、革命集団梁山泊が遂に宋を倒し、南宋に追いやり、物流だけが支配する、帝を戴かない自由国家をつくる。そしてそれが建設途中で崩壊する話だった。現在読んでいる「岳飛伝」(4巻まで)は、結局楊令や梁山泊の目指したものは何だったのか、登場人物たちが行動しながら思い悩む話になっている。北方謙三は、最初から水滸伝を南米キューバ革命に模して描いてきたといっている。だとすれば、これは壮大な革命の夢と挫折を重層的に描く物語になるだろう。北方謙三のすごいのは、筋肉バカはバカなりに、リーダーはリーダーなりに、敵方は敵なりの理屈を、状況説明をほとんど使わず、会話だけで話を作っていることだ。もちろん大長編だから出来ることである。エンタメとして成立する様々な仕掛けも、大長編だから出来たことだろう。生協という「未完の革命」を重層的に描く物語として、この三作だけではなく、他にも産まれることを願います。出来たら、エンタメとして。ブログ仲間(ももたろうサブライさん)で、友人の、民主文学新人賞受賞後の笹本敦史氏の三作目の短編を寄贈して貰っていたのだが、読むのが遅くなった。お詫びしたい。しかも意図せずにかなり辛口になった。重ねてお詫びしたい。遅くなったのは、数年ぶりに部屋を片付けたら、二ヶ月前の地層の下からこの雑誌を発掘したからである。2017年3月20日読了
2017年03月24日
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「トキワ荘の青春 ぼくの漫画修行時代」石ノ森章太郎 講談社文庫 これも古本屋で見つけた本。1986年第1刷発行。1998年第7刷発行。この98年に石ノ森章太郎は亡くなっている。まだ60歳だった。思えば、手塚治虫と同歳で、手塚の9年後に亡くなったのだ。2人は違う才能で一つの世界を創り上げて夭折した。そして石ノ森の死から、既に19年が経った。 この本の最初の単行本は1981年、トキワ荘が取り壊される時に書かれたらしい。だから、石ノ森の書き方もまだまだマンガは輝き続けるという感じで書かれている。私は90年代の中頃に、一度トキワ荘があったところに行ったことがある。もちろん外観は全然違う。私は、うら寂しいような私鉄の駅から歩いてそこにたどり着いた。その時に、石ノ森たちの「青春」をほんの少し感じ取れた気がした。 石ノ森の文章は巧くはない。あまりにも話がいったり来たりする。彼は常に映像で話を創るタイプなのだ。そして、文字よりもマンガでならば、その速いイメージの点滅をそのまま絵に出来る、稀有の才能も持っていた。しかし石ノ森のトキワ荘マンガを見ると、あまりにも台詞がなくて、説明不足だった。やはりこういうエッセイも必要だったのだろう。少なくとも藤子不二雄の「マンガ道」も参照しないと、トキワ荘とは何だったのか、全体像はわからないかもしれない。 「転」の巻の、突然の長期外国旅行と最愛の姉の死をぐちゃぐちゃに書いた章は、おそらく石ノ森が一度は書いておきたかった「告白」なのだろう。私も初めて知った。石ノ森にとって姉の死は、やはり青春の転機だったのだろう。ただし終わりではない。なぜならば、「エピローグ」に書いているが、「マンガとは青春時代そのもの」だからだ。マンガは常に未完成。一つ生まれれば、直ぐにそれを破って新しいモノが生まれる。今はデジタルで描くのが当たり前になっている。やがてはアニメとマンガは融合して、どちらで呼ぶかわからなくなるだろう、となど、石ノ森が生きていた頃には想像できなかった世界が広がりつつある。 この本も「マンガ道」もマンガ読者には基本文献である。この本の中で、「幸いにも映画化の計画は頓挫した」と書いているが、この文庫化の数年後に正に「トキワ荘の青春」という題名で、石ノ森を主人公にではなく寺田ヒロオを主人公に見事な作品が出来上がった。私は、それもマンガ読者は基本文献として観ておくべきだと思う。 マンガは常に変わる、だからこそ、その始まりの世界を、マンガの読者は知っておくべきだとも思うのである。 2017年3月10日読了
2017年03月22日
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共謀罪が閣議決定された。なんとしてでも、4、5月中に国会を通したいと思っているアベの心中を察して日本会議で結集している閣僚は、こぞって、この刑法の原則を根本から変える稀代の悪法を通そうとしている。絶対に許してはならない。その理由は、いろんな面から言わなければならないが、ともかく、国民にこの悪法の危険性がまだ知られていないということがある。パンフの普及も、大きな運動の一つだ。「一からわかる共謀罪 話し合うことが罪になる」パンフ200円■主な内容 ・共謀罪って何? 海渡雄一(弁護士) ・各界からの声 ・共謀罪がつくられると、どんなことに適用されるの ・共謀罪をつくらなくとも条約は批准できる ・戦時法制としての治安維持法と共謀罪 ・加速する監視社会の動き スノーデンが日本に知らせたかったこと 小笠原みどり(ジャーナリスト) ほか ・国会で明らかになった共謀罪の危険な本質・適用事例四コマ漫画 ■編集発行は以下の三団体である。 「秘密保護法」廃止へ!実行委員会(平和フォーラム 新聞労連、他) 解釈で9条を壊すな!実行委員会(許すな!憲法改悪・市民連絡会 憲法会議、他) 盗聴法廃止ネットワーク(盗聴法に反対する市民連絡会 日本国民救援会、他) 共謀罪パンフは他にもあるが、学習会には内容的にも値段的にも手ごろかもしれない。小むつかしい説明は、海渡雄一弁護士が8pに渡ってしているだけで、基本的なことはそれを読んでもわかるのであるが、「こりゃ私にも関係なくはないかもしれない」と切実に思うのは、そのあとの附録的な内容です。 以前の共謀罪の時とはかなり違っています。この間、秘密保護法も盗聴法も成立してきました。現在権力による盗聴は、捜査の対象が広がり、更には通信事業者の立会いなしに盗聴捜査の開始が予定されています。その捜査の対象が共謀罪になれば、表紙にあるように改憲反対や原発反対、戦争法反対、TPP反対、などの市民運動も組織的犯罪集団として「話し合いの段階で」盗聴されてもおかしくない時代がくることになります。 えっ?市民運動をしない貴方には関係ない?では36pの四コマ漫画をみてください。学生が「コンパの相談」をする。一気飲みをやらせる話が出る。一気に盛り上がって皆が合意した時点で「組織的強要の共謀罪」が成立します。そのあと、やっぱり危ないからやめようね、となっても、共謀罪の「罪は消えない」のである。 共謀罪は、刑法の一部が変わるのではない。刑法の原則が変わるのです。 絶対に許してはならない!絶対に! 購入は以下の所へ。 ■連絡先 :日本消費者連盟 〒169-0051 東京都新宿区西早稲田1-9-19-207 Tel: 03-5155-4765 Fax: 03-5155-4767 email: office.j@nishoren.net
2017年03月21日
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「岡山県謎解き散歩」柴田一編著 新人物往来社 各県の文庫本があるこのシリーズ、4年以上前の刊行ではあるが、歴史好きの私もこういうのは避けてきた。「逆説日本史」などを読めばわかるが、一様に科学的根拠が薄いので、時間の無駄だと思っていたからである。 読んだら、やはり文庫版ムックという体裁であり、ひとつひとつのエピソードの文量があまりにも短くて、若干眉唾なモノも含まれていて、統一が取れていない。ただ、これを手にとったのは、たくさん懐かしい名前を見つけたから。こんな小さな文庫本に24人もの執筆者が集っている。考古学に目覚めたばかりの頃、年数回「古代吉備国を語る会」が主催する遺跡巡りの催しがあった。一日がかりで時には20数キロも歩く本格的なモノで、有名無名の古墳や弥生遺跡を見る目を養ってくれたもので、たいへん感謝している。その講師がたくさん書いているのである。彼らは教育委員会に在職している人が多かったから、どんな質問にもたいていは答えてくれるその道の専門家だった。また、冒頭の岡山県の概略を紹介してくれている、フリーライターという肩書きの香月真理子さんの名前は何処かで見たな、と思っていたら「ビッグイシュー」のライターだった。そうか、こんなところ迄書いて糊口をしのいでいるわけだ、と変な感慨を持ってしまった。 酒の話のタネになるような、エピソードばかりがあるので、郷土の話だし薀蓄にはいいかもしれない。 一つだけ紹介。何度か、遺跡巡りで聞いていて、私も支持している説がある。 「造山古墳は倭国の大王陵」説である。 (1)従前の大王陵のように、水をたたえた周濠は伴ってはいない。「しかし、墳丘の周囲に平面盾形(半截長楕円形)の周庭帯(塚域)を、周濠と同様の周辺施設に伴っており、痕跡が現在も地割に認められる。」と難しく書いているが、要するに造山古墳は大王陵仕様になっているというわけだ。 (2)5世紀前葉の築造。現時点から見れば、大きさは前方後円墳歴代4位。しかし築造時点では、渋谷向山古墳(4世紀後葉)を凌いで、最大規模を更新していた。「中期の前方後円墳の巨大化の先鞭をなす。前方後円墳の最大規模の推移が、造山古墳を除くすべてが倭国大王陵であるので、その推移状況の中で、造山古墳も倭国大王陵と評価すべきである。」 (3)中国の考古学研究者は、その立地が風水観による王陵の地に適応していると看破している。古墳時代中期は、倭国大王が中国王朝への朝貢を積極的に行った時期であり、造山古墳が風水観に適応するのであれば、朝貢の反映となる。 (4)「日本書記」では、雄略天皇の時期に、吉備の群像が「吉備氏反乱」を展開している。つまり、「書記」の吉備ネガティブキャンペーンの記述は、かえって造山古墳が大王陵たる由縁の逆説的な説話と評価すべきである。 以上、D氏の説を私が簡単にまとめました(^-^)/。章立ては私がしました。その他、培塚の存在や、熊本産の長持ち石棺の採用など、大王陵級の根拠は幾つかあります。日本列島で吉備に唯一、この時だけ倭国の首都が「移転」したのならば、大和政権における吉備国の位置づけは、もっと考えるベキだと、私は思うわけです。 2017年3月9日読了
2017年03月20日
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「戦後史入門」成田龍一 河出文庫 大学生の時に、二年の研究室に入った時の最初の演習がE・H・カーの「歴史とは何か」を読むことだった。国史をやりたくて落とされて、日本思想史という第二希望でがっかりしているところで読まされたこの本は、日本史についての記述は一行もなくて、歴史的な記述は、その時代や思想によって変わってきている、という言わば「当たり前そうな」事が延々と書かれている退屈な本だった。しかし、曖昧な認識でそうだと思うことと、根拠を持って「当たり前」だと思う事には天地ほどの開きがあるのである。特に昨今のような、ポピュリズムや反知性主義が大手を振るような時代ではなおさらだ。私は歴史書を読むたびに、この本を、この本を選んでくれた指導教授を、ふと思い出す事が多い。 E.H.カーもいろんな言い方で「歴史とは何か」を語っているけれども、成田氏も、教科書ではおざなりにしか書かれていない戦後史の「歴史的事実」を切り取り、何故切り取ったのかを説明して「歴史とは何か」を繰り返し説明する。 高度成長期の集団就職の子供たちを描くのでも、「ALWAYS 三丁目の夕日」の六子の人生よりも、死刑囚永山則夫の人生から説明した方が歴史がよく見えてくる、と著者は説明する。 在日朝鮮人や沖縄の立場から見ると、戦後史はまた違った様相を見せる。沖縄の瀬長亀次郎や阿波根昌鴻の名前は教科書に載らないけれど、沖縄の歴史を語る時には忘れてはならない人たちだと著者はいう。 「事実と事実の結びつけ方、出来事と出来事との説明のしかたこそが歴史なのだ」 若者向きに書かれた本である。しかし若者のみに必要な本というわけでは無い。さらにいえば、この本を読んだあとはぜひともカーの「歴史とは何か」を紐解いて欲しい。 2017年3月7日読了
2017年03月19日
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今月の県労会議の機関誌に投稿した映画評はこれです。「レヴェナント 蘇えりし者」 私はこれまで米国と日本のアカデミー賞の主要賞を獲った作品を、その年のマイベスト3に推した事はほとんどありません。それだけ私の映画評は偏っている事を先ず認めます。しかし、映画体験というモノは、一期一会です。人と人が恋に落ちるのと同じように、最終的には相性が合うかどうか、なのです。そして私のように年間129作(去年実績)観るような者でも機会を逸すれば見逃す事が多々あるのです。ちなみに、今年だけは結果としてマイベスト3(あと二つは「シン・ゴジラ」と「この世界の片隅に」)が、日米の主要賞を獲ってしまいました。 去年のアカデミー監督賞(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ)と主演男優賞(レオナルド・ディカプリオ)を獲ったこの作品を初めて観た時に、私の心は震えました。ずっと観たかった映像がそこにあったからです。 私は映画館で二回観ました。自然光のみで撮ったこの作品、リバイバル上映はまず無いと思ったので、映画館でもう一度観たかったからです。DVDで観る時には少なくとも次のことをお願いします。必ず部屋を真っ暗にして、雑音が無い環境で観ること。私もDVDで試してみましたが、不満はありますが、なんとか伝わるモノはありました。 シベリアで息子を殺された男の復讐劇というあらすじは、実は大きな意味を持ちません。 1800年代、人間が自然を破壊する直前、人間の文明が等身大で自然と相対することの厳しさを見事に映し出す作品でした。 灰色熊と互角に渡り合うディカプリオはすごいです。ここで彼は人間の持つ極限の能力と生命力を体現します。無から火を生み出し、馬を使いこなし、マイナス20度の極寒の地で生き延びる知恵を持ちます。納得の主演男優賞です。しかし、それでも彼が生き延びたのは偶然に過ぎない。キリスト教精神に満ちた隊長の判断と、インディアン族の知恵が示した助け合いが、彼を救いました。人間は、共同体の中でしか生きられないのです。 一方で、人間は争い殺し合う。ディカプリオの復讐と、酋長の娘が攫われたインディアン族の復讐劇が、同時並行で進みます。人間的な営みを嘲笑うかのように、隕石はシベリア平原に落ち、雪崩は一つの森をなぎ倒すだろう。「人間は野蛮だ」これは見事な文明批判の作品です。(米国2016年作品、レンタル可能)
2017年03月18日
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世の中は、あたかも「籠池」さんや、「稲田」さんや、「安倍」さんが、口喧嘩しているかのように報道されているけど、もともとは彼らの「信条」は我々一般ピープルには想像できないほど高尚なところで一致していることは忘れてはいけません。その「信条」(決して思想というようなきちんとした考えではない)の象徴は、言うまでもなく「教育勅語の中身は、その多くの徳目は現代でも通用するいいことが書かれている」ということです。彼らは、なんどもオウムみたいにそんなことを言っています。国政に大きな影響をもたらす彼らの言っていることを、しかし、国民の多くは検証しようともしていません。籠池さんの幼稚園の園児が教育勅語を暗唱しているのを「よくない」というのも、「教育勅語がよくない」のではなくて、何も知らない園児に単に強制をしている、その一点で「よくない」と言っているのにすぎません。では、本当に一部は(誰かえらいさんは八割はいいことを言っているといっていたけど)「いいことをいっている」のか。確かに、「父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」とかは単語として取り出せば、「いいこと」のように見える。しかし、文章としてみたらどうなるのだろう。高橋源一郎さんが、実は二日前見事な現代語訳をTwitterに載せてくれた。それを読んでみよう。短いからすぐ読めますよね。念のために、原文を下に載せるし、写真にも載せます。読んでみたらすぐにわかるように、「文章として読めば」すべての徳目は、「天皇の臣下」としてのみ、しなくてはならいなことであり、すべては「天皇に忠誠を誓う」という一点に集約されるようにできているのです。「天皇」という言葉が、現代では「古い」ということになれば、それは簡単に「国家」とか「公益」とかいう言葉に代わるでしょう。「いいこと」どころか、100%悪い事しか書いていません。こういう文章を「いいことも書いている」と堂々と述べるような人たちは、日本語がわからないバカちんか、わかっても国民をだまそうとしている腹黒か、それともそもそも一握りのエリート以外の国民は国に奉仕するのが当たり前だと思っている一般ピープルには理解できない信条を持っている人たちなのだろうということになります。国を指導する政治家の人には絶対になってほしくないタイプの人たちですね。高橋源一郎 教育勅語現代語訳教育勅語(1)「はい、天皇です。よろしく。ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。知ってました? とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ばかりでしたね」 高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:48:22 教育勅語(2)「きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下であるわけです。そこのところを忘れてはいけませんよ。その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、臣下としては主君に忠誠を尽くし、子どもとしては親に孝行をしてきたわけです」 高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:51:19 教育勅語(3)「その点に関しては、一人の例外もなくね。その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと」 高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:53:33 教育勅語(4)「そして、友だちは信じ合い、何をするにも慎み深く、博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃなりません」 高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:55:23 教育勅語(5)「もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」 高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:57:46 教育勅語(6)「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人としての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです 高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 14:59:29 教育勅語(7)「いままで述べたことはどれも、ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、共に守っていかなければならないことであり、あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、絶対に間違いの無い「真理」なんです」 高橋源一郎 @takagengen 2017-03-15 15:00:48教育勅語(8)「そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、そのことを実践していこうじゃありませんか。以上! 明治二十三年十月三十日 天皇」敎育ニ關スル勅語朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン 斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ 明治二十三年十月三十日 御名御璽
2017年03月17日
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後半の5作品です。「君と100回目の恋」岡山がロケ地になっていると聞いて観た。「種まく人」とは違って、大きな脚本的な破綻はない。牛窓とか、岡山市とか、ロケ地が分かるアイコンは無くして、海が見える学園都市という架空の町を作っているのも好意が持てる。いわゆる「リセット」モノである。最近の恋愛映画は、こういうSF要素をぶっ込んで来るけど、言っておくけど、こういうのは「本格」SFじゃないから。悪慣れしてしまって、白けてしまって泣けない。葵海は、最初のリセットの直後に何故自分が戻れたのか、キチンと知ろうとしなければならないだろう。(私でさえ、予想がついたのに)それをしない葵海は、陸のことを本当に愛してるとは思えなかった。miwaは頑張ってはいるが、やはり演技しようとしている。監督も本当に自然な演技を望んでいなくてアイドル映画を目指しているのだから、彼女の責任ではない。ただ、岡山ロケ地映画でなければ決して見なかった作品とは言える。【ストーリー】誕生日である7月31日に、事故に遭ってしまった大学生の葵海(miwa)。だが、ふと目を覚ますと事故に遭う1週間前の教室にいた。混乱する彼女の前に幼なじみの陸(坂口健太郎)が現われ、時間をさかのぼれる不思議なレコードを使って何度もタイムリープしては、事故から救っていたと告げる。二人とも抱いていた恋心を伝えられずにいたが、この出来事を機に1年前へと戻って恋人同士になって楽しい時間を過ごす。こうして再び7月31日が近づき……。「ヒカリヘ」「Faith」などのヒット曲で知られるシンガー・ソングライターのmiwa、『ヒロイン失格』『俺物語!!』の坂口健太郎が主演を務めたラブストーリー。事故に遭う運命にある女子大生と彼女を助けるべく何度も時間をさかのぼる幼なじみの青年に待ち受ける試練と、二人の恋の行方を見つめる。監督に『黒崎くんの言いなりになんてならない』などの月川翔、脚本に『ダーリンは外国人』などの大島里美らが結集。ときめきと切なさが詰まった物語に加え、鍵となるmiwa書き下ろしの曲にも注目。【監督】 月川翔【脚本】 大島里美【出演】 miwa、坂口健太郎、竜星涼、真野恵里菜、泉澤祐希、田辺誠一、太田莉菜、大石吾朗、堀内敬子2017年2月4日イオン・シネマ★★★「幸せなひとりぼっち」CMで展開はほとんどわかってしまうが、キモはそこでは無く、実はオーヴェの半生が丁寧に描かれているところ。ほとんど松竹喜劇。涙と笑いである。最後のエピソードは、いらないと思う人も多いだろうが、あれこそがスエーデンの人情喜劇の定番なのだろう。無くてはならないものだったのかもしれない。(解説)スウェーデンのアカデミー賞にあたるゴールデン・ビートル賞で主演男優賞と観客賞に輝いた人間ドラマ。気難しいオーヴェは妻に先立たれ、生きる希望を失う。しかし隣りに引っ越してきたパルヴァネ一家から次々に厄介事を持ち込まれるうちに、心を開いていく。世界 30 ヶ国以上で刊行されるフレドリック・バックマンの小説をベースに、人の生き方について問いかけていく。監督は「青空の背後」(スウェーデン映画祭2014にて上映)のハンネス・ホルム。隣人との交流の中で変わっていく主人公を、「アフター・ウェディング」のロルフ・ラスゴードが演じる。(あらすじ )妻に先立たれたオーヴェは、これから一人で生きていくことに希望が持てず、哀しみにくれていた。しかし隣りにパルヴァネ一家が引っ越してきたことから、彼の暮らしは一変。一家は車の駐車やハシゴの貸し出し、病院への送迎、娘たちの子守りなど、オーヴェに罵声を浴びせられても次々に厄介事を持ち込んできた。やがてオーヴェは隣人に心を開いていき、愛する妻との思い出を話し始める。2017年2月15日シネマ・クレール★★★★「ヒトラーの忘れもの」200万個の地雷を2000人で除去したということは、単純計算で1人1000個以上の地雷の信管を外し(半数は途中退場したのだから、以上になるはず)、輸送等の処理もしたということになるだろう。軍曹の子どもと言っていいような少年兵たちばかりに軍曹は、最初からショックを受けていたが、一切顔に出さない。地雷映画は、しかし作り方はひとつしかない。緊張と弛緩である。このままいけば爆発するに違いないと観客は思う。今度か今度か、と思いながら何とかやり過ごした後にボンとくるのである。そのいろんなパターンが、なんと101分の間に5回も繰り返されるのだから、監督官の軍曹も堪らなかっただろうと思う。だから、もう緊張が解けたあとにあのような決定を聞いて、もう辛抱効かなくなったのだろう。あの決断は、しかし、軍法会議必至であるが、もしかしたら死刑モノかもしれない。地雷映画というものが、もしあるとすれば、これはその中でもトップクラスの傑作だろう。映画的なウソは、いくつがあるはずだ。監督官が、軍曹1人というのはあり得ない。下士官2人がつくのを省略していたのだろう。(解説)アカデミー賞外国語映画賞のデンマーク代表に選出された、史実に基づく人間ドラマ。ナチス・ドイツの降伏後、デンマークの海岸に埋められた地雷の撤去作業に、捕虜のドイツ少年兵が駆り出される。指揮官はナチスへの憎しみと無垢な少年たちとの間で葛藤する。当時実際に地雷が埋められていた場所で撮影された。劇場公開に先駆け第28回東京国際映画祭コンペティション部門にて上映(上映日:2015年10月23日、24日、27日/映画祭タイトル「地雷と少年兵」)、指揮官を演じたローラン・モラーと少年兵の一人を演じたルイス・ホフマンが最優秀男優賞を受賞した。(あらすじ )1945年5月。ナチス・ドイツが降伏し、戦争中にデンマークの西海岸にドイツ軍が埋めた200万個もの地雷撤去に捕虜のドイツ兵たちが駆り出された。その多くが10代の少年兵であり、最低限の爆弾処理訓練しか受けずに命がけの作業に当たった。指揮を執るデンマーク軍軍曹ラスムスン(ローラン・モラー)は残忍な侵略をしたドイツ人たちへの憎悪から、少年兵たちに食事も与えないまま毎日浜に向かわせた。地雷の暴発や撤去失敗により、一人、また一人と命を落としていく少年兵たち。彼らの姿を見るうちに、ラスムスンは良心の呵責に苛まれていく。監督・脚本 マーチン・サントフリート2015年デンマーク・ドイツ作品2017年2月18日シネマ・クレール★★★★「サバイバルファミリー」矢口監督の原案・脚本なので、まさしく日本発オリジナル映画である。ハリウッドが作れば全く違った作品になるのは明らか。アメリカならば 、突然の無政府状態に明らかに資源を持った者のヒエラルキーが発生して、ミニ「マッドマックス」状態が発生するだろう。一方、日本のこのファミリーの命の危機は、溺死と野犬の襲撃だけだったのである。まあ、それでも死んだかもしれないけど。ともかく、真面目に真面目に作っている。真面目に作れば、キチンと笑いが取れることを予想して作っている。しかし、基本は真面目なサバイバルであり、停電の原因が核戦争ではない限りは、あんな平和な世の中が出現するだろうという予想である。と、ここまで書いて、電源喪失をするから各地の原発事故は必至で、しかも韓国や台湾のそれも爆発するから、あんな桃源郷は絶対出現しないことに気がついた。やはりファンタジーとしての、ファミリー映画だったのである。でも、いくつかの困難を克服すれば、あれはあれで快適な生活を送れるのではないか。電気がある日突然使えなくなれば、とっても大変だけど、でも日本人ならばやっていけるのではないか。そんなことにも気づかせてくれる、案外傑作かもしれない。(あらすじ)東京に暮らす平凡な一家、鈴木家。さえないお父さん(小日向文世)、天然なお母さん(深津絵里)、無口な息子(泉澤祐希)、スマホがすべての娘(葵わかな)。一緒にいるのになんだかバラバラな、ありふれた家族…。そんな鈴木家に、ある朝突然、緊急事態発生!テレビや冷蔵庫、スマホにパソコンといった電化製品ばかりか、電車、自動車、ガス、水道、乾電池にいたるまで電気を必要とするすべてのものが完全にストップ!ただの停電かと思っていたけれど、どうもそうじゃない。次の日も、その次の日も、一週間たっても電気は戻らない…。情報も絶たれた中、突然訪れた超絶不自由生活。そんな中、父が一世一代の大決断を下す!監督・原案・脚本 矢口史靖出演 小日向文世、深津絵里、泉澤祐希、葵わかな2017年2月16日TOHOシネマズ岡南★★★★「相棒-劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断」というのが、正式な題名らしいです。長いし、若干ネタバレになっているし。最近の「相棒」は、推理ものに比重が傾いていて、社会批判や人生物語は落ちているような気がするのは、私だけでしょうか。「テロとの戦いを始めたら、(アメリカのように)終わりのない戦争になってしまう」というテーマは分かるのだが、若干我田引水の気味がしないでもない。いつも観てはがっかりするのだけど、それでも観てしまうのは、やはりテレビマジックにかかってしまっているからかな。■ あらすじ7年前、駐英日本領事館関係者の集団毒殺事件で生き残った少女が国際犯罪組織に誘拐されていた。そして現在。特命係の杉下右京(水谷豊)と冠城亘(反町隆史)は、国際犯罪組織バーズを追って来日した国連犯罪情報事務局の元理事マーク・リュウ(鹿賀丈史)に同行することになる。そんな中、7年前に誘拐された少女の現在の姿の動画が公開され、犯行グループは身代金を要求し……。■ 解説2000年に誕生以来、水谷豊が相棒と共に事件解決に挑む警視庁特命係の刑事にふんして、好評を博しているドラマシリーズの劇場版。主人公の杉下右京と反町隆史演じる冠城亘が、謎に包まれた国際犯罪組織を追い詰める姿を活写する。2代目相棒の及川光博や甲斐峯秋役の石坂浩二、さらには社美彌子役の仲間由紀恵らが出演するほか、北村一輝や山口まゆ、鹿賀丈史らが共演。監督は、長年『相棒』シリーズに携わってきた橋本一。エキストラおよそ3,000人を集めたパレードの中での見せ場など、劇場版ならではのスケールに期待が高まる。■ キャスト水谷豊、反町隆史、北村一輝、山口まゆ、鹿賀丈史、鈴木杏樹、川原和久、山中崇史、山西惇、六角精児、神保悟志、片桐竜次、小野了、益岡徹、江守徹、仲間由紀恵、及川光博、石坂浩二■ スタッフ監督: 橋本一脚本: 太田愛音楽: 池頼広2017年2月23日Movix倉敷★★★
2017年03月15日
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二月に観た映画は全部で10作品。この時期は、毎年そうだけど力作が多い。二回に分けて紹介する。「不思議なクニの憲法」去年の夏に話題になったので、てっきり2015年の戦争法当時の取材を編集したものかと思いきや、前半30分以上は、去年の参議院選挙前後になっていてとってもタイムリーな映画になっていた。拡大版(2時間30分)らしいからあとで編集し直したのかもしれない。改憲をめぐる人々のインタビュー集である。ネットでのみ知っていて、会いたいけど生の映像や声をあまり知らない人たち(長谷部恭男、斎藤優里彩、太田啓子、高塚愛鳥、安積宇宙)が出演していて嬉しかった。その他名前のみ知っている人たちが大勢。何故ならば、今彼らはテレビの電波に乗らないからである。しかし、現在日本の市民運動は、彼らを一部とする学生、アイドル、若い弁護士、若者、母親、知識人そして市井の人々等々がつくっているのである。ハッキリ言って、政党や労組は参加しているけど、「主導」というほどにはなっていない。そしてそれは戦後日本の民主主義にとっては画期的なことだと私は思う。憲法学者の伊藤真さんは9条の「戦争を放棄する」主語は誰かと学生に問うたらしい。「政府?」「天皇?」とかいろいろ出てくる。しかし、主語は日本国民である。国民が主体的に努力して戦争にならないようにしていくと説明する。そこまでは、9条議論は誰もが納得するのだろうが、このインタビューの中で「護憲議論」は百家争鳴になった。まあ、それも面白いが、映画の中だけでは叩き台の材料は出ていない。我々がその続きをせよ、ということなのだろう。その他の12条から25条に至るまでの女性たちの議論には、争鳴の余地がなかったのも、又面白い。今日本国は、自由民権運動以来の国民が草莽の如くに立ち上がり変わりつつある。それはSEALDsが立ち上がったからではない。国の非常に基層のところで、国民の危機意識に触れるべき何かが変わってきたからであると、私は思った。ひとつひとつの議論は別として、それを眺めることの出来るいいドキュメンタリーだと思う。(解説)監督 松井久子憲法には「私はどう生きるべきか」書いてある。私たちが決めなければならないのに、 “どこかの偉い人”たちが決めている、 私たちは、とっても不思議なこのクニの国民。『ユキエ』『折り梅』『レオニー』『何を怖れる』の松井久子監督が 今だからこそ世に問う、ドキュメンタリー作品第二弾 参院選後のリニューアル版!憲法で守られてきた私たちの権利が、危機に晒されている。 憲法に「戦争はしない」と書いてあるのに、戦争をする国になろうとしている。 主権者=国のかたちを決める権利を持つはずの国民が、 政治から離れていき、その最後の砦を手放そうとしている… 学生、主婦、フリーター…あえて本当に小さな存在に思える彼らに注目し、 幅広いジャンルの識者たちの言葉とともに送る、 今見ておきたい、耳にしておきたい意見、活動を追った必見のドキュメンタリー。 <映画の内容>●声を上げる若者たち ●立憲主義って何? ●歴史に学ぶ(敗戦から日本国憲法成立まで)●Peopleを主役に(国民主権)●侵されてはならぬもの(基本的人権の尊重)封建制度からの脱却(男女平等)●対米自立と某国追随の系譜 ●沖縄は憲法を手にしているか? ●進む憲法の空文化(9条をめぐって)●生活のなかの憲法 ●緊急事態条項から変えるのですか?︎2017年2月4日水島生協会館★★★★「ザ・コンサルタント」クリスチャンの本当の正体を明かすのが目的のサスペンス。だから彼は万能選手でなければならない。いくつかの謎は、予想できたものの、財務捜査局長の意図だけは予想できなかった。結局、局長は彼女の能力を測っていただけなんですよね。映画のテーマは、ハリウッドらしくとってもわかりやすい。自閉症は子供の病状であって、能力は様々な形で開花する。でもこれで終わりにして欲しくない。とても魅力的なキャラクター。■ あらすじ小さな町で会計士として働くクリスチャン(ベン・アフレック)のもとに、ある日大手企業からの財務調査のオファーが寄せられる。調査を進めるうちに彼は重大な不正を発見するが依頼は突然取り下げられ、それ以来クリスチャンは身の危険を感じるようになる。実は、彼は闇の社会の会計士として各国の危険人物の裏帳簿を握るすご腕の暗殺者だった。■ 解説『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』でバットマンを演じたベン・アフレックが、複数の顔を持つアンチヒーローを体当たりで演じるアクション。夜な夜な巨悪に鉄槌を下す片田舎の会計士が、裏社会で壮絶なバトルを繰り広げる様子を映す。『ピッチ・パーフェクト』シリーズなどのアナ・ケンドリックや、『セッション』などのオスカー俳優J・K・シモンズらが共演。複雑なストーリー展開に手に汗握る。■ キャストベン・アフレック、アナ・ケンドリック、J・K・シモンズ、ジョン・バーンサル、ジーン・スマート、シンシア・アダイ=ロビンソン、ジェフリー・タンバー、ジョン・リスゴー■ スタッフ監督: ギャヴィン・オコナー2017年2月1日Movix倉敷★★★★「湾生回家」「湾生」とは、日本統治下の台湾に生まれた日本人をさす。その人たちの台湾に向かう想いと、彼らを暖かく迎え入れる台湾人を通じて、日本と台湾との関係を映したドキュメンタリー。ついこの前、台湾を旅して来た身にとってうなづく処の多い映像だった。私は去年までは「台湾に親日家が多いのは、あまりにも酷かったその後の国民党政治に対する反動なのだ」と整理していた。しかし、それだけではないな、と今回の旅で確信した。今回クローズアップされたのは、一つは花蓮だ。何もないところへ日本人がやって来て、一から開拓した。水牛の導入や灌漑事業、日本国の食糧確保のためとはいえ、台湾の近代化と治安維持に対して、台湾人は率直に評価しているのだろう。朝鮮半島よりも統治する時間に若干余裕があったことや、儒教文化はあまり酷くなく、その前も漢民族による原住民統治は経験していたことによる慣れがあったなど違いにより、朝鮮ほどの創氏改名に対する反発は無かったのかもしれない。そんなこんなが、湾生が戻ってきた時に、地元民が直ぐに好意的に名前を思い出した瞬間を映した(ドキュメンタリーの醍醐味である)場面になったのだろう。台湾人によって、日本統治下における「悪いところ」の言葉は無かった。しかしこれは製作者はほぼ台湾人なのである。そこにもびっくりする。ただ、統治下の言及はむしろ日本人の「言葉」を拾っている。監督の狙いだろう。(解説)台湾で異例のロングランヒットとなったドキュメンタリー。1895年から50年に渡り日本が統治していた台湾で生まれ育った約20万人の日本人“湾生”は敗戦後、そのほとんどが日本に強制送還された。そんな湾生たちの里帰りを追い、望郷の念をすくい取る。金馬奨最優秀ドキュメンタリー賞ノミネート、大阪アジアン映画祭2016観客賞受賞。(あらすじ) 下関条約の締結された1895年から1945年までの50年間、台湾は日本に統治されており、戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人のことを“湾生”と呼ぶ。当時、日本から公務員や企業の駐在員、また農業従事者も移民として台湾へと海を渡った。そして敗戦後、中華民国政府の方針によって彼らのほとんどが日本本土に強制送還された。引揚者は、一人あたり現金1,000 円(当時)とわずかな食糧、リュックサック 2つ分の必需品しか持ち出すことを許されなかった。敗戦によって台湾から日本本土へ強制送還された日本人は軍人・軍属を含め 50 万人近くおり、彼らの多くにとって、台湾は仮の住まいではなく一生涯を送るはずの土地だった。しかし残りたいという願いは叶わなかった。台湾で生まれ育った約20万人の“湾生”にとって、台湾は紛れもなく大切な故郷だった。このドキュメンタリーは、敗戦という歴史の転換によって故郷から引き裂かれ、未知の祖国・日本へ戻された“湾生”たちの里帰りを記録し、彼らの望郷の念をすくい取る。撮影隊は40名近い“湾生”に取材をし、そのうち6 名の物語を中心にまとめている。時の流れを超えて彼らは台湾で過ごした日々との再会を願い、失ったものを探し求める。ある人は幼馴染の消息に心を震わせ、ある人は自身のルーツを求めて台湾の地を踏み、またある人は日本に引き揚げて初めて差別もあった台湾統治の真実を知る。自分たちの居場所はどこなのか、台湾への里帰りは、戦争に引き裂 かれたアイデンティティーを修復する旅でもあった。2017年2月2日シネマ・クレール★★★★「マグニフィセント・セブン」やっぱり、「七人の侍」を原案にすると謳う以上は、一人ひとりの7人にきちんと性格つけをして、一人ひとりそれにふさわしい死を与えなくてはならない。その基本的な部分で失敗している。銃の達人たちに、ガトリング銃を対置するのはいい。きちんと死ぬ見せ場を見せなくちゃ。一人ひとりの街に向かう動機が弱く、リーダーのサムに至っては、勘兵衛さんとは遠く離れている。俗な動機。これではダメでしょ。■ あらすじ悪漢バーソロミュー・ボーグ(ピーター・サースガード)によって牛耳られ、絶望を感じながら生きているローズ・クリークの町の人々。住民の一人であるエマ・カレン(ヘイリー・ベネット)は、賞金稼ぎのサム(デンゼル・ワシントン)、ギャンブラーのジョシュ(クリス・プラット)、流れ者、拳銃の達人といった7人の男を雇って、バーソロミューの手から町を救い出すように頼む。金のためと割り切って戦いに身を投じるサムやジョシュだったが……。■ 解説黒澤明の傑作『七人の侍』と同作をリメイクした『荒野の七人』を原案にした西部劇。冷酷非道な悪に支配された町の住人から彼を倒してほしいと雇われた、賞金稼ぎやギャンブラーといったアウトロー7人の活躍を追う。メガホンを取るのは、『サウスポー』などのアントワーン・フークア。『トレーニング デイ』『イコライザー』でフークア監督とタッグを組んだデンゼル・ワシントン、クリス・プラット、イーサン・ホーク、イ・ビョンホンらが結集する。熱いストーリーと迫力のアクションに注目。■ キャストデンゼル・ワシントン、クリス・プラット、イーサン・ホーク、ヴィンセント・ドノフリオ、イ・ビョンホン、マヌエル・ガルシア=ルルフォ、マーティン・センズメアー、ヘイリー・ベネット、ピーター・サースガード、ルーク・グリメス、マット・ボマー■ スタッフ監督: アントワーン・フークア脚本: ニック・ピゾラット脚本: リチャード・ウェンク製作: ロジャー・バーンバウム製作: トッド・ブラックエグゼクティブプロデューサー: ウォルター・ミリッシュ2017年2月7日Movix倉敷★★★「弁護人」流石のソン・ガンホ。保守的な高卒弁護士だった彼が、世話になった食堂の息子が国家保安法(韓国の治安維持法)違反で捕まった時に、憲法を盾に目覚めるのが、実に自然だった。そこまでがものすごく長いのだけど、全然退屈しない。事実をいくらか脚色してはいると思うが、81年当時の全政権初期の雰囲気がよく出ていた。あとで韓国のともだちに聞いたところによると、最終盤の軍医官の証言は脚色らしい。しかし、事務の兵士が脱走して証言した事実はあり、これをモチーフにしたのだろうということです。おおまかな内容は歴史的な事実をもとに作られているらしい。それにしても、本当にE・H・カーの「歴史とは何か」が、共産主義を扇動する書物として証拠書類の一つに数え揚げられているとは、国民の教養が舐められていたとしか思えない。あの本は普通に読めば「マルクス・レーニンも、どの歴史家の歴史観も歴史の産物にすぎなくて、必ずしも真実とは言えない」ということを説得力を持って説いている本なのである。当時はこんな書物さえ禁書だったので、証拠書類としてでっち上げても大丈夫だと思っていたのだろう。親父が特攻警察だった公安刑事が、国を守るために必要悪をしていると嘯く。ほんの35年前である。日本の特高のDNAが35年間も生きていた。亡霊は何時でも這い出てくるだろう。海を渡った日本でも。この作品は、ノムヒョン元大統領の弁護士時代の釜林事件(81年)を下に作られている。(解説)民主化勢力弾圧のため学生らが不当逮捕され、当時弁護士だった盧武鉉元大統領が受け持った釜林事件を題材にした人間ドラマ。クッパ店の息子ジヌが突如逮捕され、彼の変わり果てた姿を見た税務弁護士ソン・ウソクは、誰もが避けるこの事件の弁護を引き受ける。監督は、本作が初長編作品となるヤン・ウソク。「スノーピアサー」のソン・ガンホが事件をきっかけに人権派に変わる弁護士を演じ、第35回青龍映画賞主演男優賞を獲得。アイドルグループ『ZE:A』のイム・シワンが不当逮捕されたジヌを演じる。一般公開に先駆け、新宿シネマカリテの特集企画『カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2016』にて先行プレミア上映(上映日:2016年8月6日)。(あらすじ )1980年代初め。釜山で税務弁護士をしているソン・ウソク(ソン・ガンホ)は、学歴こそないものの実力を身につけ、今や多くの案件を抱えている。大手企業から声がかかり、ついに全国区の弁護士になろうとしていた折、ウソクが駆け出しの頃にお世話になったクッパ店の息子ジヌ(イム・シワン)が事件に巻き込まれたとの話を聞く。店主スネ(キム・ヨンエ)の痛切な思いに動かされ拘置所にジヌと面会しに行くと、彼は信じがたい姿になっていた。ウソクは誰も弁護を引き受けようとしないこの事件を受け持つことにするが……。2017年2月9日シネマ・クレール★★★★
2017年03月14日
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「DAYSJAPAN3月号」2017年 表紙写真は、戦況が悪化するのを受け、故郷モスルから離れることにした一家を先導する少年。イラク軍は移動に際し、市民に白旗を掲げるように指導した。モスル、イラク。2016年11月16日。Photo by Niclas HAMMARSTROM。 表紙写真とはうってかわって、本文写真には犠牲になった市民の死体の写真が並ぶ。終わりのない戦争。 「トランプ時代」を生きるための提言、として丹下紘希、天木直人、想田和弘、西谷修、森達也、田中優子、綿井健陽、広河隆一の各氏が述べている。 共通しているのは、トランプが時代を作っているのではない、時代がトランプを産んだのだ、ということだ。だから、自らを省みようと言う人もいるし、抵抗を続けることが大事だとも言うし、日本の問題だ、と多くの識者が云う。 私もそう思う。
2017年03月13日
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「ビッグイシュー306号」ゲット。表紙は3月10日から公開されている「モアナと伝説の海」から。人間至上主義の米国が、果たしてどこまで南洋の民族を描けるか。それはそれとして、このように大アップでモアナをみると、ホントに髪の一本一本まで描いているのがすごいと思う。ペンダントの質感含めて、ディズニーのアニメへのこだわりには、改めてびっくりする。 浜矩子の「新・ストリートエコノミクス」では、「グローバル妖怪万華鏡」と言って、世界の8人の指導者をあげている。 トランプ米大統領。 フランス国民戦線のマリーヌ・ルペン党首。 オランダ自由党を率いるヘルト・ウィルダース。 ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」。 フィリピンのドゥテルテ大統領。 ロシアのウラジミール・プーチン大統領。 中国の習金平国家主席。 日本の安倍首相。 共通項目は国粋主義。 内向きはトランプ、ルベン、ヘルト、ドイツ。 出たがリ屋が、安倍、習、プーチンだという。「こっちの方が引きこもり型より、実はタチが悪い」とのことだ。 雨宮処凛さんは、あの「保護なめんな」ジャンパーの小田原市に、再発防止や検討委員会の設置に申し入れをしたと書いていた。「差別意識でやっていたと考えていません」福祉健康部の部長は、何度もそう繰り返したという。しかし、不正受給率の少なさや「働けるのに怠けている」意見の勘違いが蔓延している中で、世間の「偏見」が職員たちを暴走させたのではないかと、雨宮処凛さんは言う。「こんなことをしても、誰も怒らない。当事者も声をあげるはずがない」そんな意識があったのではないか。そしてそれこそが、「差別意識」ではないか?と雨宮処凛さんは言う。その通りだと思う。
2017年03月12日
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「岳飛伝4」北方謙三 集英社文庫 「次の戦いでは、おまえたちには耐えに耐えて貰わなければならん。それが総指揮官としての俺の命令だ。岳家軍は、いま他国に蹂躙されている漢土と民のために、闘い続ける。臨安府で、それを認めないということも考えられる。その時は、俺の指揮下を離れるだけだ。それでいいな」 「臨安府で認めないというのは、どういうことでしょうか?」 雷恭が言った。 「臨安府では、金国との最終決戦は、10年後、20年後と考えているふしがある。それが、いまの南宋の国力なのだとな。しかし、国力とはなんなのだ。いま他国の手にある漢土も民も、ついこの間までは、漢の国力だった」 「つまり、この戦は、どこかで収束が計られる、ということですか?」 「間違いない、と俺は思っているよ。兵站は、ぎりぎりだ。つまり北へ攻めのぼっていくには、絶対的に不足している」 「それは収束ではなく、戦の遂行が不可能ということではないですか?」 「岳家軍は、続けられる。そのために、岳家軍でいたのだ。北へ攻めのぼれば、いるのは、漢の民がほとんどなのだぞ。つまり、同胞がいるということだ」 秦檜には、当然それもわかっている。ただ国力の差をつけて、金国を圧倒しようと考えているのだ。そのために、どれほどの歳月が必要なのか。金国を圧倒するだけの国力を得られる保証があるのか。 攻めるなら、いまだった。金軍の主力と、対峙しているのだ。それを破れば、北へ進攻出来る。 「われわれはいま、岳飛将軍の指揮に従うだけです」 雷恭が、その話題を切り上げるような口調でそう言った。(187p) 岳飛と秦檜との考えの溝は深まりつつあった。岳飛がここまで「読んで」戦を遂行しているのが、びっくりというしかない。岳飛には、呉用も宣凱もいないのに、だ。 しかし、私には岳飛の「尽忠報国」の理想は、危なかしい。自分のすることは、武力で漢土を快復する迄、と思い定め、そのあとの構想がないのだ。あとは、秦檜に任せると気楽に思っているふしがある。それならば、秦檜が梯子を外したらどうするのか。 やっと岳飛伝らしく、岳飛が全面に出てきたが、まだ私は岳飛を主人公として認めたくない。彼の「志」に、まだ共感できない。 一方、梁山泊本寨では、「志」か「夢」か論争が起きていて、とても興味深かった。「志」は引き継げることができるのかどうか、という論争もメンバーの間で起きていた。 おそらく水滸伝が始まり「替天行道」が唱えられて、40年以上の歳月が流れていると思うが、「革命」の実現と継承は、そんなに容易いことではない、ということか。物語の推移を見守りたい。 2017年3月5日読了
2017年03月11日
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「ビッグイシュー305号」ゲット。表紙は「ラ・ラ・ランド」でアカデミー主演女優賞を獲ったエマ・ストーン。アカデミー賞競争で最有力の彼女を採用するのは、ちょっとあざとい気もするが、マア悪い作品ではなかったので、「ビッグイシュー表紙に外れ無し」説は、まだ継続している。 特集の「出ひきこもりー"対話"へ」は、ちょっとショッキングな内容だ。 認知症800万時代と言われたのが、去年である。今年は、ひきこもり160万時代と言われるかもしれない。内閣府は2016年の調査でひきこもり54万人と発表した。しかし、これは15歳から39歳迄の人数である。斎藤環さんは、他県の実体調査の結果とリンクさせると、40歳以上のひきこもりを100万人と見る。 ひきこもりが長期化すると、どうなるか。「7040」「8050」問題も起こる。70,80代の親と、収入の安定しない40,50代の子どもが同居する世帯が、困窮に追い込まれてゆく問題である。 一方、ひきこもりは、発達障害を伴うことが多いそうだが、それでも認知症やホームレス、或いは生活保護問題とはまた違う深刻度と希望があることもわかった。 いつか、ホームレスや生活保護になってゆく危険もあるものの、一方ではひきこもりの当事者たちの「能力」は高いのである。うまいこと社会復帰すれば、それは国の財産にもなるだろう。 問題のカギを握るのは「対話の力」だと斎藤環さんは言う。「オープンダイアローグ」という治療法で、短時間で成果があり「ひきこもり新聞」というメデイアを立ち上げるまで回復した木村ナオホロさんのような事例もある。ひきこもり経験者のインタビューを読むと、あゝ世界には様々な生き方をしている人、生き方しかできない人がいるのだな、と改めて思った。 2017年3月6日読了
2017年03月10日
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「人類最期の日々(上)」カール・クラウス 池内紀訳 法政大学出版局 手に入れることが難しくて読むのを諦めかけていた「カール・クラウス著作集」内の「人類最期の日々」が、突然普及版として出版された。どうしてひとつの作品に、著作集の二巻をかけたのかは手にとって初めてわかった。文豪の大長編とはまた趣(おもむき)の全く違った「大作」「長編」だったのである。 書き下ろしの池内紀氏による「上巻のための解説」を読めば、日本ではあまり知られていない、この希代のジャーナリストであり、文明批評家、詩人、劇作家の正体が垣間見える。 本文をしばらく読んで、訳者がこの本を再刊した意味を予想した。おそらく「現代」が1914年のこの時代に瓜二つになってきたからだからなのではないか。今、第二のカール・クラウスが必要である。という想いなのだろう。 当時のメディア、街角から、ありとあらゆる情報、声を拾って、いつ終わるともわからない劇としてまとめるやり方は、実は情報社会の現代にこそ、必要だと思える。「現代の全体」を「事実」で再構成する作業には、実は「最も先鋭な思想」、「豊かな教養」が必要であり、まだ見ぬその作業は、その作り手さえ現れれば、現代は瞬時に(YouTubeなどで)世界に発信出来るだろう。 私には無理だ。是非、一度これを手にとって、志のある方は創って欲しい。 例えばオーストリア外務省のこういう場面。 伯爵「三、四週間で和平の空じゃな」 男爵「相変わらずの底なしの楽観ですな」 伯爵「すると貴公はいつ頃とな?」 男爵「ニ、三ヶ月ではとても無理でしょうな。たとえどんな事がすんなりいくとしても二ヶ月はかかりましょうよ」(49p) ←第一次世界大戦は、このような「底なしの楽観」から始まったらしい。それは、あの日中、太平洋戦争でも同じだった。 愛国者「新聞の見出しを読むだけで充分ですよ。大戦の状況、手にとる如しですな。敵方がどんな体たらくで、我国が如何に揚々たるものであるかがです、ピンときますもの」(81p) ←ウィーンの街角ではこんな会話。マスメディアが愛国者を鼓舞し、その声がまたマスメディアを鼓舞する、悪循環。 そして第29場。楽天家と不平家の会話は、ヨーロッパにも禅問答のようなものがある事を知らしめるだろう。文明化の行き着く先の最初の世界大戦の、諧謔に満ちた抽象化が、そこにある。それは下巻において、更に先鋭化するに違いないと予測できる。私は、やがて下巻の感想をも書かねばならない。 2017年2月28日読了
2017年03月08日
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「リアスの子」熊谷達也 光文社 熊谷達也は、震災後にしばらく小説が書けないでいたが、一念発起して書き出したのが「仙河海サーガ」らしい。最新の「浜の甚兵衛」でそのことを知り、この作品がサーガの最初の小説だと聞いて紐解いた。 それと知らずに読めば、一般的な青春学園小説である。舞台は架空の町「仙河海(せんがうみ)市」であるが、題名からも分かるように、作者の住んでいる仙台市がモデルでは無く、リアス式海岸になっていて、著者が教師として暮らしていた気仙沼市がモデルである。 この本の語り手は著者の分身とも言える数学教師岩渕和也。1990年の話として進められている。しかし真の主人公は転校生早坂希(のぞみ)だろう。確かに一見スケバン風の登場をして、やがて素直な頑張り屋になり長距離ランナーとして稀有の才能を見せる希は、それなりに突出した個性だと思う。ただ、この作品は一冊の作品としてみると、あまりにも中途半端だった。主人公としては、これから活躍する直前に終わる。希が子ども時代、仙河海市に住んでいたとしても、それだけでは「リアスの子」とした説得性があまりにもない。岩渕の語り口調から、いかにも彼が20年前を回顧して語っているようにみせながら、とうとう現代の岩渕は一度も姿を見せなかった。なぜそういう形式にしたのか、という説明が、この作品の中には一切ない。あまりにも壮大なサーガの序章として位置づけるのならば(実際そういう意図なのだろうが)、わからなくもないが、そ この説明不足は「有り」なのか、私は判断がつかない。 早坂希は甚兵衛の子孫なのだろうか。親分肌な所は似ていなくもない。しかし、彼に関係する金子、菅原、遠藤共に苗字が違う。果たしてどのように人物たちが絡まってゆくのか、しばらくはサーガを読んでゆきたい。 2017年2月27日読了
2017年03月07日
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日本平和委員会発行の平和新聞3月5日号に、驚きの記事が載っていたので、紹介したい。平和新聞は、小さな新聞だけれども最近スクープを連発している。南スーダンの日報で「戦闘」があったことを明らかにしたのも、平和新聞の資料請求がきっかけだった。日本の政局を動かしていると言っていい。下に新聞の写真を載せる。詳しくはそちらを読んでほしい。パソコンならば、クリックしたら大きくなると思う。さて、今回の記事を読んで私は「これじゃまるでオスプレイは"空飛ぶ未亡人製造機"じゃなくて、"空飛ぶ災害"じゃないか」と思った。オスプレイのマニュアル入手の経緯もすごい。去年墜落の事故機から流れ出て海岸で拾ったもので初めて分かったというのである。日本政府は、重大事故を起こした米国の機体のマニュアルさえも手に入れることができない、あるいは手に入れて調べようとさえしないのである。それでわかったことは、とんでもないことだ。墜落しなくても、オスプレイは普通に着陸しても、そこが整備されていない場所ならば「火災」を起こす可能性があるとしっかりマニュアルに書かれているというのである。実際災害派遣で日本にやってきたときに、その対応に日本は追われている。とんでもない迷惑だ。「空飛ぶ災害」と私が言う所以である。実は、岡山県日本原自衛隊演習場に米海兵隊が来ますよ、と通告を受けている。今回の一つの訓練にヘリパッドの敷設がある。それをつくったら、今度はオスプレイが岡山県にやってくるだろう。絶対阻止しなければならない。
2017年03月06日
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集英社の情報誌「青春と読書」3月号に、池上彰の「世界を動かす巨人たち(経済人編)」という連載が載っている。今回は経済人としての「ドナルド・トランプ」だった。 池上彰さんがテレビでも解説していたのをチラリと見たが、おそらくこちらの文章の方が辛口かつ詳しいと思うのでメモする。 池上彰はトランプを「イデオロギーなきビジネスマン」と規定する。彼に終始一貫した思想を求めてはいけない。彼は取り引きが好きなだけなのだ。 彼は全寮制のニューヨーク・ミリタリー・アカデミーの軍隊式教育で、「勝つことがすべて」ではなく、「勝つ以外にない」という考えを叩き込まれたという。 最初の大きな勝負は、1980年のコモドアホテルの再開発。「グランド・ハイアット・ニューヨーク」のオープン。34歳。はったりと抜け道探しによって事業を拡大して行く手法をこの時から発揮した。 次はトランプタワーの建設。英国チャールズ皇太子とダイアナ妃が部屋の購入を検討しているというウソをまく。「商売のためならば、どんな奇想天外なウソをついても構わない。これがトランプ流です」 いつまでも成功だけは続きません。2014年カジノを倒産させる。その時も、彼を正しく指摘し予想した証券マンを訴訟を起こすと通告して、証券マンを解雇させている。「気に食わない記事やコメントに接すると、こういう態度をとってきたのです」 テレビで人気者になる。(橋下某とよう似ている。)2004年から、「アプレンティス(見習い)」というリアリティ番組のポストになる。トランプが課題を出して、生き残るために必死になるのを見守るという番組です。毎回、最も成果が出なかった者が1人選ばれ、「you're fired(お前はクビだ)」と言い渡す趣向。最後に勝ち残った1人のみが、トランプの会社に採用されることになっている。 トランプはいう。「マスコミについて私が学んだのは、彼らはいつも記事に飢えており、センセーショナルな記事ほど受ける、ということだ。(略)良いことも悪い事も書かれる。だが、ビジネスという見地からすると、マスコミに書かれるということは、マイナス面よりもプラス面の方がずっと多い」。広告を出せば4万ドルかかる宣伝が、それで達成することもあるからである。 一つわかっているのは、トランプ現象は対岸の火事ではない。正に今ここにある危機なのである。 2017年3月4日記入
2017年03月05日
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この冬、岡山県立博物館で開かれていた「とっとり弥生の王国 妻木晩田と青谷上寺地」展の紹介の続きです。説明版を見る方が、私のつたない解説よりもためになると思うので、ぜひ読んでください。若干感想だけ付け足しておきます。中期から後期にかけての漁労民の道具の共通性は、土器ほどの村の共同体の縛りはないが、同じ技術を共有する「文化」の交流があったことを示しているだろう。地図を見ると、朝鮮半島にあまり類例がないのが気になるが、まだ未発掘の場合もあり得るし、ごっそりその「文化」を持った人々が「ボートピープル」のように移ってきた可能性もある。中期から後期まで約500年も長い間の出来事である。説明には青谷の木製技術の高さのみが、書かれていて、それはそれで重要な私的なのだけど、もう一つ重要なのは、なぜ高杯の下の部分に必要以上の意匠が施されたのか、ということだろう。日本人の美意識は、その後着物の裏地まで続くことになる。目に見えるところに意匠を施すのは、中国でもする。しかし、見えないところにするのは、もしかしたら日本人の発明なのではないか。この籠の技術は、現在では使われていない編み方も含めて、弥生人の「能力」が決して現代人よりも劣っていたわけではないことを如実に示すだろう。復元品を写真ではなく初めて見て、ものすごい迫力があった。作った人は人間国宝にしてもいいぐらいだ。この壺は、山陰の朝鮮半島との交流の証拠ではある。山陰の鉄器の数は突出している。そのことは覚えておかなくてはならない。有名な額に穴のある骸骨以外に、殺傷痕のある骨はいくつか展示されていて、そこから「殺りく」のむごさが見える。そんなこんなで「弥生時代の最重要遺跡」であることは間違いない、貴重な展示会でした。
2017年03月04日
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1月22日、岡山県立博物館で開催されている「とっとり弥生の王国 青谷上寺地遺跡と妻木晩田遺跡」を観て、記念講演を聴いた。少し旧聞になるが、参加した考古学イベントはすべて記録するというのが私のスタンスなので、紹介したい。講演は撮影不可だったのだが、企画展の撮影はOKだった。最近の博物館・美術館のトレンドはストロボを使わなければ撮影できるものに変わってきている。撮影OKの場合はたいていブログに掲載してもOKである。世界はずっと前からそうだった。やっと日本がそれに追いついてきた。もちろん、国内最大級の弥生集落である妻木晩田や、地下の弥生博物館とも言われる青谷上寺地には、国の史跡になる前から私は何度も訪れてはいるが、青谷の遺物は380点も展示するなど、今まで見たことのない遺物がたくさん目の前に展開して、とっても興奮した。鳥取県埋蔵文化センター所長の中原斉氏の講演は、内容にあまり目新しいモノはなかったものの、いくつか新発見を羅列してみる。(1)青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡の名前は、私がつけた。ただ(遺跡の名前を付ける時の基本である)大字小字名で付けたのだが、(吉野ヶ里と比べても)とても読みにくい。まさか、(国の指定遺跡になって)保存されるなど予想していなかった。大失敗。(3)妻木晩田は、保存当初は「地区ごとに機能分化した山上の弥生都市」というイメージだったが、環濠「住居」はなく、王というよりか、リーダーがいた。修正を迫られている。(3)妻木晩田の消失住居は、すべて、家財を撤去してから燃やされた。(4)弥生人は食事は手づかみなのか。サジはたくさん出てくる。花型木製高坏を見ると、その匠の技にはビックリする。(5)青谷上寺地の殺傷痕人骨は何を物語るか。子供・大人共に致命傷の胸、防御の手足に傷がある。大人は左胸に多い。つまり、対面でやりあった。子供は背後から。傷口は治癒傾向は認められず、ほぼ即死。金属製の武器。ムラはその後も存続。やがて埋め戻しも行われた。110点の殺傷痕の骨があるるつまり、100ー80人近くの遺体があったのか? (6)弥生人の脳。DNAは核DNAは取り出せなかった。ミトコンドリアDNAは確認。(7)今まであまり生活用品が出てこない。都市のように、昼間の人口が多いところだったのか。企画展を全部紹介すると、写真がいくらあっても足りないので、面白いところのみ説明写真付きで載せたい。まずは、関連年表。弥生後期から終末期に移る直前の西暦170年ごろに、妻木晩田は最盛期を迎え、青谷上寺地はあの大殺戮があったことがわかる。ついでに言えば、それはちょうど倭国大乱といわれる頃でもあり、吉備ではすでに楯築遺跡は作られていた。しかし、反対に言えば、私は楯築を作った人間が吉備を最盛期にさせたと思っているので、青谷上寺地の「事件」は、吉備の事件でもあった可能性が高い。この青谷上寺地の復元CGは、鳥取県埋蔵文化センター所長の中原斉氏の自慢のモノである。植生まできちんと根拠をもって再生しているらしい。ズームすればわかるらしいが、こんな細かいものができたと、誇っていた。
2017年03月03日
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「未来の物語 チェルノブイリの祈り」スベトラーナ・アレクシエービッチ 松本妙子訳 岩波現代文庫 1986年4月チェルノブイリ原発第四号炉の原子炉と建屋が崩壊 1996年「チェルノブイリの祈り」初出 1998年初めて日本で出版 本書は私にとって、大げさに聞こえるかもしれないが、人生の中で出会ったもっとも大切な書物のひとつである。(解説・広河隆一) 自分たちが知らないもの、人類が知らないものから身を守ることはむずかしい。チェルノブイリは、私たちをひとつの時代から別の時代へと移してしまったのです。私たちの前にあるのはだれにとっても新しい現実です。(著者本人へのインタビュー) 出版から15年後、いま新たな「未来の物語」が日本を舞台にして繰り広げられようとしている。(訳者あとがき) 看護婦にいう。「夫が死にそうなの」彼女は答える。「じゃあ、あなたはどうなってほしいの?ご主人は1600レントゲンもあびているのよ。致死量が400レントゲンだっていうのに。あなたは原子炉のそばにすわっているのよ」ぜんぶ私のもの。私の大好きな人。(消防士の妻) 最初の数日に感じたことは、ぼくらが失ったのは町じゃない。全人生なんだということ。(父親) ーチェルノブイリ、これは戦争にわをかけた戦争ですよ。(村人) 四年後に初めて、娘の恐ろしい異常と低レベル放射線の関係を裏付ける診断書を発行してくれました。四年間拒否され、同じことをいわれてきました。「あなたのお子さんはふつうの障害児なんです」(略)私は気が狂ってるといわれ、古代ギリシャだってこんな子どもが生まれたんだといってばかにされた。「チェルノブイリの特典めあてだ!チェルノブイリの補償金めあてだ!」とどなったお役人もいます。私は彼の執務室でよくも気を失わなかったものです。(母親) お母さんが、私がチェルノブイリから移住してきた家庭の娘であることを知ると驚いたんです。「まああなた、赤ちゃんを生んでも大丈夫なの?」私たちは戸籍登録所に結婚願いを出したのに。彼は「ぼくは家を出る。アパートを借りることにしよう」と懇願します。でも、私の耳にはおかあさんの声。「ねえあなた、生むことが罪になるって人もいるのよ」(娘) 最初の撮影は村の集会所でした。舞台にテレビが置かれ、住民が集められた。ゴルバチョフが演説するのを聞いていました。「すべて良好、すべて制御できている」(映画カメラマン) ぼくらは科学の研究材料なんですよ。国際的な実験室です。ぼくら1000万人のベルラーシ国民のうち、200万人以上が汚染された土地でくらしている。悪魔の巨大実験室です。データの記録も実験も思いのままですよ。各地から訪れては学位論文を書いている。モスクワやペテルブルク、日本、ドイツ、オーストリアから。彼らは将来に備えているんです。(教師) あなたの質問にお答えします。なぜ、私たちは知っていながら沈黙していたのか、なぜ広場にでてさけばなかったのか?私たちは報告し、説明書を作成しましたが、命令にはぜったい服従し、沈黙していました。なぜなら、党規があり、私は共産党員でしたから。(科学アカデミー核エネルギー研究所元主任) ユーリャ、カーチャ、ワヂム、オクサーナ、オレグ。こんどはアンドレイ。アンドレイはいった。「ぼくらは死んだら科学になるんだ」。カーチャは思った。「私たちは死んだら、忘れられちゃうのよ」。ユーリャは泣いた。「私たち、死ぬのね」。いまでは、空はぼくにとって生きたものです。空を見あげると、そこにみんながいるから。(子ども) 何度もこんな気がしました。 私は未来のことを書き記している‥‥。(スベトラーナ・アレクシエービッチ)
2017年03月01日
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