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「解体新書 復刻版」杉田玄白・前野良沢著 西村書店現代語訳の「解体新書」を紐解いた時に、図があまりにも小さくて、文字が潰れていた。果たして、実際の解体新書は、ホントに用を足していたのか?確かめたくて、最近廉価版で復刻版が出ていたので本書を紐解いた。安永3年(1774年)発刊に1番近い版木が使われた安永版を基に復刻しているので、図もかなり鮮明。複雑な解剖図を正確に写し取った小野田直武の技術に感嘆する。竹ペンだろうか。細く迷いなく、線のぶれがない。冒頭の1部分を少しだけ読み下しに写してみる。其の解体之法・六つ有り。其一 骨節を審するに在り其ニ 機里爾(キリイル)之所を審する在り。 漢人未だ説く所者在らず。大小一之有り不。其三 神経を審するに在り 漢人未だ説く所者あらず 視ー聴ー言動を主る(82p)最初から、当時の医者並びに医学生の「驚き」が察せられる。人体解剖は、単に「五臓六腑」を調べるだけではダメなのだ。骨や関節は、まだいい。キリイルとは何か。現代語訳では「腺」となって、玄白たちはとうとう訳語を充てることができなかった。一方、「神経」という絶妙な訳語も作る。これらが身体に満遍なく配置されて、役割を持っているとは、なんと言う不思議なのだろう。現代から観てビックリするのは、彼らは一生懸命「注」を書いている。本文から少し字を小さくして書いているので注であることは直ぐに分かる仕組み。金属印刷ではなく木版なのでできる技でもある。「視聴覚言語をつかさどる」という説明に出会って、私が医学生だったならば「人間とは何か」まで考えたかもしれない。この書が、西洋医学のみならず、西洋文明までの窓をも開き、明治維新を準備したと言うのも宜なるかな。玄白の「注」は、時に長文になる。特に眼球の水晶体について述べているのは、この当時の眼の働きを非常に詳しく研究した結果なのだろう(154p)。二段階に分けている。一段下げて、「翼(玄白のこと)、諸説を按ずるに」と書いて一般的な働きを述べる。それから更に半字で中国の倒立の一般学説を紹介して眼球のそれに関連すると考察する。思うに、見事である。2018年2月読了
2018年02月28日
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「新装版 解体新書」前野良沢 杉田玄白 酒井シズ 講談社学術文庫NHK正月時代劇「風雲児たち蘭学革命編」を録画で見た。実は正月に、前野良沢や杉田玄白が小塚原で腑分け(人体解剖)を見た現場である南千住の回向院にも立ち寄った。そんなこんなで、興味を持って紐解いてみた。刊行時には名前を載せることさえ許さなかった前野良沢の、翻訳に果たした役割は決定的であるとしても、実はこうやって本書を全体的に俯瞰してみると、やはり杉田玄白のプロデュースも「決定的」だったことが判る。刊行の段取り、読みやすさの工夫だけではなく、中身についても、「注」というのにはあまりにも多くの文章を費やして「解説」あるいは「推論」を述べている。もちろん間違いはある。しかし、それ以上に本書によって「洋学の扉が開かれ、明治維新を準備した」というみなもと太郎「風雲児たち」の主張はその通りだと思うのである。杉田玄白が眼球の役割を「諸説を調べて」長々と解説している(107ー109p)。正確ではないが、彼らは光線及び眼の光学的知識を全く持っていなかった段階で、ここまで真相に近づいている。そもそもなぜ人は物を見ることができるのか、江戸の人たちは、初めてその合理的な解説に接したのである。その驚きは、幾ばくであっただろうか。「軟骨」や「神経」など、現代でも使われている数多くの医療用語を発明した。この翻訳を基に、当時の秀才が玄白や良沢のもとに集まり、大槻玄沢、稲村三伯、宇田川玄真などが蘭学及び洋学を発展させる。それ以外の無名の秀才たちが、競ってこの本を写筆したのは目に見えている。杉田玄白「蘭学事始」に「鼻」の翻訳時に「フルヘッヘンド」を訳するのに苦労してやっと「うずたかし」と訳した、という有名な箇所があるが、実は鼻の説明にその言葉は出ていないというのは、トリビア的な有名なエピソードである。鼻の説明は「中央に隆起し」と書いている。更にトリビア的なことを言えばこの単語は「乳」の説明に使われている。「その形は円くてうずたかい」(128p)この文庫本では残念なことに、洋画家の開祖・小野田直武の解剖図が所々潰れて不鮮明である。それだけのためではないが、元本の復刻版も安く出ているらしい。1度紐解いてみようと思っている。2018年2月読了
2018年02月27日
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年末年始の東京旅において、1番感動した博物館で手に入れた本を紹介します。「竹久夢二 東京災難画信」竹久みなみ編東京都復興記念館で500円で売っていた。一般書店やAmazonでは出ていないと思う。思う所のたくさんある書画の冊子だった。竹久夢二は関東大震災のちょうど11年後の9月1日に亡くなったという。夢二は、震災の翌日から精力的に下町に出かけスケッチを残し、都新聞(現東京新聞)に9月14日から10月11日まで連載している。テレビやラジオ、写真も少なかったこの頃、焦土の被災者を極めて素早く記録した貴重な絵と文章群である。関東大震災は、死者行方不明者10万5千人を数えたという。震災の犠牲者としては、日本史上最大の惨禍であった。絵だからこそ、描けるモノがそこにある。しかも、夢二自身の文章もとてもいい。奇跡的に焼け残った浅草観音堂のおみぐじを求める被災者の列。「その隣で売っている家内安全、身代隆盛加護の護符の方が売行きが悪いのを私は見た。この人たちには、もはや家内も身代もないのであろう。今はただお御籤によって、明日の命を占っているのを私は見た」9月3日の朝、夢二は不忍の池の端(弁天堂の近くなのではないか?)で、煙草の「朝日」を売っている娘を見る。夢二は、娘が売るものがあってラッキーだったとは思わない。「売るものをすべてなくした娘、とくに美しく生まれついた娘、最後のものまで売るであろう。(略)売ることを教えたものが誰であるかが考えられる。恐怖時代の次にくる極端な自己主義よりも、廃頽が恐ろしい」31枚の絵の連載の中で、2回夢二は震災後の「外国人のための自警団」や「流言蜚語」に対して批判的な事を書いている。「朝鮮人虐殺」は、おそらく非常に速やかに広まり、そのことを速やかに憂いた知識人は、このように確かにいたのだ。9月19日掲載の絵である。子供たちの「自警団ごっこ」を会話形式で描いている。ガキ大将が嫌がる万ちゃんに朝鮮人のマネをしろと命令する。「万公!敵にならないと打ち殺すぞ」そう脅かして無理やり追っかけているうちに「本当に万ちゃんを泣くまで殴りつけてしまった」と書く。「子供は戦争が好きなものだが、当節は、大人までが巡査の真似や軍人の真似をして好い気になって棒切を振りまわして、通行人の万ちゃんを困らしているのを見る」私が正月2日から4日にかけてひたすら歩いた本所深川の絵もある。「被服廠跡」。「災害の翌日に見た被服廠は実に死体の海だった。戦争の為に戦場で死んだ人達は、おそらくこれほど悲惨ではあるまい。ついさっきまで生活していた者が、何の為でもなく、死ぬ謂れもなく死んでゆくのだ。死にたくない、どうにかして生きたいと、もがき苦しんだ形がそのままに、苦患の波が、ひしめき重なっているのだ。相撲取らしい男は土俵の上で戦っているように眼に見えぬ敵にあらん限りの力を出した形で死んでいる。子を抱きしめて死んだ女は、哀れではあるがまだ美しい。血気の男の死と戦った形は、とても惨しくて、どうしても描く気になれなかった」「この絵は、最後の死体を焼いている16日に写生したものだ」罹災者たちに少しでも食料を、というポスターの文章とともに載せた絵。夜警団の夫の為に、ココアの準備をして待っている妻の絵。遺骨を土産に、故郷に帰っていく人達を写した絵。東日本大震災の後に、鴨長明「方丈記」は大きく注目されたが、竹久夢二のこの文章と絵はほとんど注目されなかった。もっと注目されるべき文章と絵だと思う。
2018年02月26日
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文学日記 「吉田健一」文学が生命の表現であることが既に言い古された真実である。しかしそれが忘れられれば、それを繰り返さなければならない。(127p「文学の楽しみ」より)ダメだった。一通りも読み通すことができなかった。この全集を読み始めて、初めてのことである。吉田健一の文章にひとつも魅力を感じない。決して吉田健一が吉田茂の息子だから嫌いなのではない。人を属性では判断しない。しかし、生活と政治に全く関係なく人生を生きることが、文章に現れていると思えたのは確かであり、そのことに嫌悪感を覚えたのも確かである。池澤夏樹が解説するように、吉田健一は「『文学の楽しみ』が言っているのは、文学を何かのための道具にするなということに尽きる。文学はそれ自体で完結している」(535p)ということを云っていたのだろう。それはそうだろう。しかし、人は文学だけでは生きられない。イライラする。この文章を読んでいると、耐えられない。ホントは、この吉田健一を読むことが、池澤夏樹を理解するカギになるのかもしれない。また、この全集は「もっぱら吉田健一と丸谷才一の文学観に依って編んでいる」(542p)というのだから、全集を読んで行くのにも支障を来すかもしれない。しかし、それはその時のことだ。2018年2月読了未遂
2018年02月25日
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「知ってはいけない 隠された日本支配の構造」矢部宏治 講談社現代新書初めて氏の著作を読んだ。矢部氏は7年前に、あまりにも簡単に鳩山内閣が崩壊したことと福島原発事故の被害者の人権が無視される実態に衝撃を受けて、日本の支配構造を調べてたどり着いた結論を述べている。ここに書いていることの8割から9割は、私を含めて長いこと平和運動をしている者にとっては常識の部類に入るだろうと思う。では面白く無かったかといえば、大変面白かったと言わなければならない。平和運動家たちがこの数十年間で書いてきた本が、果たして半年間で8万部も売れただろうか。私たちの常識は、国民の常識にはなっていないのである。だから、安保法(戦争法)というとんでもない法律を成立させてしまった。矢部氏の論理の展開の方法は、少なくとも長い戦後のジレンマを破るヒントがあるかもしれない。私はそのようにして読んだ。例えば私たちは今迄「全ての元凶は安保条約にある!」と声を枯らして叫んできた。国民の反応はほとんど無かった。政府と財界が「安保を破棄するなんてあり得ない」ということを何十年もかけて国民を「教育」してきたからである。この本も、大枠では安保元凶論を書いているのに過ぎないのであるが、私たちの轍は踏まない。矢部氏は今まで書いてきた本の中で、何処が読者の関心を引いたのか、それを強調しながら論理を展開する。つまり、○日本の首都圏の空は米軍に支配されている(横田空域)。しかも、支配されているのは、首都圏だけではなく、日本の全ての空であり、必要とされれば日本の全土である(全土基地方方式)。○その仕組みは、月2回の「日米合同委員会」にある。と、いうものだ。「そんなバカな!」とみなさんは言うかもしれない。と受けて、何度も何度も条文や公文書を元に論理を展開する。強調すべきところは必ず太文字にする。強調すべきところは、本文の中で2回は繰り返す。ホントに強調すべきことは、5回ぐらい繰り返したかもしれない。更には章ごとの表紙裏に、内容をマンガで要約してみせる。こういう(しつこいぐらいの)読者に寄り添う姿勢は、少なくとも私には無かった。今回の本のいろんなレビューを読んでいると、「砂川裁判の最高裁判決」によって、安保条約(と高度に政治的問題)を日本国憲法よりも上位に置く日本の仕組みができていることへの反応が多かった。北方領土返還が安保条約の為にムリという仕組みにも反応が多かった。参考にしたい。「なぜか、うすうす感づいていた」という感想も散見する。それこそが、この60年間の運動で宣伝してきた「成果」なのかもしれない。その醒めた意識を「怒り」に変えるのにはどうすればいいのか、まだまだ課題は多い。また、密約の内容では新しく知った部分が多かった。勉強になった。
2018年02月24日
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「不滅のあなたへ 1ー5巻」大今良時 少年マガジンコミックス「このマンガがすごい2018」オトコ編第3位。5巻まで一気見。私の偏見ではあるが、オトコ編の中ではこれがベストワン。「聲の形」の作者が、ここまでガラリと世界を変え、世界を作って、新しいモノに挑戦していることが素晴らしい。ファンタジーの王道である地図や言語の創成。食べ物、住居、衣服の創作。少年マンガの王道である「主人公が人間として成長してゆく物語」を、まさに「何者でもない球形」から始めるという大胆さ。最初石器時代を思わせる氷原、次に核戦争後の氷の世界を思わせる荒野を見せて、まさか「火の鳥」みたいな何十万年にも渡る大河歴史モノになるかと思いきや、どうやらせめて中世ヨーロッパぐらいの文明はあるらしい世界であることがわかる。最初思ったほどに一挙に年数を飛び越えたりはしない。不滅というのは不死身という意味でここは作られている様だ。話の中心は、文明史観ではなくて、あくまでも「人間とは何か」に移ってきている。世界観の構築は、一生懸命作っているので、十分見ることができる。この作者がまだ若い女の子だということが信じられない。世の中はいつの間にか変わっているんだな。連載が終わった時に、また一括して書評したい。
2018年02月23日
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「椋鳥通信(下)」森鴎外 岩波文庫足掛け3年掛かった。読了は、いつも厳冬の寒空の下である。森鴎外は、この通信連載時(1909ー1914)には、陸軍軍医総監で人臣を極めている。更には作家として「第二の豊熟の時代」を迎え「鶏」「青年」「雁」「妄想」「寒山拾得」訳書「ファウスト」「諸国物語」「一幕物」等々の創作を成している。居宅は団子坂の観潮楼。1男2女をもうけ、家庭的にも充実していた。森鴎外の5年と、私の3年の、なんという充実度の違いか(笑)。その忙しさの中でこの「海外情報速報」即ち、「現代のインターネットを100年以上も前に先取りしただけでなく、近代メディア産業を独り占めした」(483p)通信を成し遂げた。上巻と中巻では、まだ政治、軍事、科学、社会情勢、犯罪などが多く採られていたが、下巻は圧倒的に演劇情報が多くなる。主だった劇場の月ごとの観劇プログラムまで転載していた。しかし、社会を観る観察眼が劣って行ったわけではない。寧ろ鋭くなったから、わざわざメモする必要がなくなったのかもしれない。ゴーリキーの動静を逐一書いている。鴎外にどのように影響を与えたのか興味深い。他の作家では、ゾラ、シュニッツラー、メーテルリンク、トルストイ、あと出番は少ないがトーマス・マン。連載終わりが、正に第一次世界大戦のキッカケとなったオーストリア皇太子夫妻暗殺事件の「第一報」になった。連載終了は単に公私の「公」の部分が忙しくなったからだけではないのではないか。鴎外は、事件一報を書いた時に付言して独り「大戦」の始まりを予言した。時代の変化を感じ取ったからに違いない。例によって興味深い通信を幾つかピックアップする。1991年○パリの絵画界の新流行はキュビズム(12月)。○蒙古では12万の軍ができて、支那の手を離れようとしている。多分ロシアに帰順するだろう。(ペテルスブルグ12月)1912年○パリの絵画界。半年前に方形派(キュビズム)が横行して、今は未来派の世になって画は線と点に分裂してしまった(2月)。○タイタニックの死者は、一等102人、二等115人、三等173人、水夫206人、士官4人、計703人である。イジドー・ストラウスの妻は小舟に乗ることを拒否して夫と一緒に静かに死を待っていた(5月発)(←数字は実はこの倍ほどあるが4月14日の事故でその16日後の報道としては1番早い)○ルーブルの絵のガラスがとりのぞかされる。(←この後、一年間は絵が汚されたという報道が絶えない。現代人と同じ発想の人がなんと多いことか。それでも方針を変えなかったルーブルに拍手)○ベルリンでは、エンケ広場の観象台の時計にあわせて、人家に毎60秒に電流が通じて針を動かす仕組みを作った。「時を配る」と言われた。(←現代の衛星時計の発想。早い!)○ルソー200年誕生祭の時に、様々な議論が起きたらしい。この後、ルソーの像を破壊する事件が数件起きる。○ハルレ大学医学生のストライキ。外国人の試験なしの聴講を不当。それで「日本からも未熟な医学生が行って勝手なことをすることが出来なくなりそうだ」(←どうやら賛成している)1913年○ギリシャ王が狙撃された。「発狂した社会主義者」により(3月)。○日本の議会を評してドイツ人がこう言った。尾崎の政友クラブの25人に犬養の国民党あわせて70人ほど。政友会が180人。桂の立憲同志会が100人ある。1年半の後には、立憲同志会の全盛時代がくるだろう。よしや遅れたところで4年の後には来る(5月)。(←外国の情勢分析の正しさを鴎外は正確に把握していたと思われる)○ロンドンの列国平和会議が5月15日に開かれる。バルカン戦争の集結はこれでつく。(5月)○トルコ首相の暗殺(6月)(←バルカン半島のきな臭さを敏感に感じ取ってどんどん記事が増えている)○ドイツ帝との会話によると、カアネギィは社会問題の解決を中流と労働者の接近ないしは融合に求めているらしい。女子参政問題には同意している。しかし、夫婦喧嘩の種にならぬようにしたいと云って笑った。(6月)○バルカン半島の平和が恢復せられた。グレシア、セルビア、ブルガリアの境界が定められた。(8月)○ヨーロッパの電車の、車長の「満員認識度」は3種に分かれる。1は、定員座席、2は、3人の立乗車、3は、日本流の満員。(←日本流がいかに世界の非常識として喧伝されていたか!)(10月)○パナマ運河全通(11月)○ナイチンゲールの日記公開。自分を愛してくれる男を棄てて、救済事業に生涯を委ねたことが世に知られた。(12月)○モナリザが1913年12月12日にフィレンツェで発見。パリのレオナルデイが古物商に売ろうとした。1914年○社会主義者エンゲルス、マルクス往復書簡が公にせられた。マルクスの著作にエンゲルスがどれだけ材料を供給していたかが分かる。○政治的罪人。ロシアには現に10万人入獄。監獄則は人道的だが、別に内規があり、過酷を極めている。(5月)○犬糞。この頃西洋の大都会には車を曳いて犬糞を集めて歩く者がある。手袋の皮をなめす。(5月)○メアリー・リチャードソンは、バンクハーストを逮捕させた政府に加害しようとして、容貌の最美な女の像を切った。(6月)○自動車図書館。アメリカで。2千冊を載せて田舎を回る。(6月)○アメリカの発明。盗聴用電話機。(6月)○アントワープでゴッホの遺作100点の展覧会。評判。○4月12日でアナトール・フランス70歳。ノーベル賞をもらわないのは社会党だからであろう。スウィンバーンも無政府主義のためにもらわなかった。ショーも多分もらうまい。もっともショーは金持ちだから、欲しくもあるまい。(←ノーベル賞をめぐる話題性はこの頃から、関心の性格はちが)この後、オーストリア皇太子夫婦暗殺事件を書き「公爵と妃の横死はヨーロッパの大戦の基になるかも知れない」(474p)と書く。思うに、大戦が始まるまで、メディアと世界は今と変わらぬ喧噪に満ちていた。戦争は、いつの時代も日常の延長の中で始まる。2018年2月15日読了
2018年02月21日
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「ビッグイシュー328号」ゲット!表紙のニコール・キッドマンは、今回は映画「聖なる鹿殺し」(ヨルゴス・ランティモス監督、コリン・ファレル主演)の宣伝のために出たのだが、彼女も大作の合間に必ずインディーズ映画に出ている。この前も「パーティーで女の子に話しかけるには」に出演していてビックリしたのだけど、たとえ賞レースから遠そうだけど、そういうのに出演するのは厭わない、汚れ役も厭わないのが、いわゆる当代の大女優の共通項だと思う。特集は「2018年星空の誘惑」。今年は天文イヤーらしい。4.23 こと座流星群7.28 皆既月食(夜明け前西天低く、そのまま月入帯食)7.31 火星大接近(2月の5倍の大きさ) その日暮れ、東から火星、土星、木星、金星が並ぶ。8.13 ペルセウス座流星群が極大9.10 ジャコビニ・ツィナー彗星が地球最接近まあ、でも今迄きちんと見たことない。「枝元なほみの悩みに効くレシピ」の今回は「鯖缶と豆腐の鍋」。今回は作ってみたい。
2018年02月20日
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「DAYSJAPAN2018年2月号」表紙の写真。原発事故で帰宅困難区域になった福島県双葉町で、通りを歩くイノシシ。事故から7年、人が去った町は静まりかえっている。長時間露光て撮影。2017年10月4日。Photoby朝日新聞。特集に入るまでの数ページで、今回は世界数カ国(シリア・イラク・アフガニスタン・ベネズエラ)の衝撃写真とレポートを載せている。「テロとの戦争」から始まった中東の混迷、解決する糸口を見つける可能性を無くしているように思える。いつ、日本に飛び火してもおかしくはない。特集は「福島県双葉町・大熊町 浮上した帰還計画」。二つの町は、正に福島第一原子力発電所があった場所であるが、そこに(オリンピックを見据えて)20年までに中心部への立ち入りを自由化して、23年に居住を開始させるという。18ページの写真は、その発電所の周りでは、毎時0.6や2.0マイクロシーベルトであり(2017年11月)、到底そんな状態ではないことを示す。前双葉町町長の井戸川克隆氏のロングインタビューは、事故当時の自治体責任者の一瞬の判断がいかに多くの人々へ生命の脅威を与えていて、いかにいまだに誰も責任をとっていないのが分かる。インドの「生きている橋」の写真とレポートは、衝撃的だ。雨が多くて、木で橋を作っても直ぐに腐って朽ちてしまう地域の「知恵」。何十年もかけて、生きている菩提樹を橋に育てていく人間の知恵に、絶対古代でもやっていたに違いないと確信する。シロナガスクジラの「集会」写真も、衝撃的で神々しかった。2018年2月15日読了
2018年02月19日
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今月の映画評です。「湯を沸かすほどの熱い愛」去年の1月に、岡山ではイオンシネマだけで公開されたので観ていない方は多いかもしれません。全国公開は2016年。「シン・ゴジラ」や「この世界の片隅に」等の豊作年に埋れて目立っていませんが、傑作です。先ずは女優2人がいい。銭湯の女将双葉役の宮沢りえは、ガンで余命3ヶ月と宣告されます。彼女は数時間泣き崩れますが、立ち直ります。唯一病気を知らせた夫に対しては「私は少しの延命のために生きる意味を見失うのは、絶対にイヤ!私には、まだやらなければならないことがある」と言って、命を削りながら閉店休業だった銭湯の再開等々の懸案事項をこなしてゆくのです。赤い色が好きで、終始「強い性格」を通しますが、時折見せる「弱さ」の表情が秀逸です。娘の安澄役の杉咲花は、高校で制服を盗まれたりしてイジメにあいます。「逃げちゃダメ」という双葉に対して、「わかってないよ 。お母ちゃん!私は立ち向かう勇気はないの。私はお母ちゃんとは全然違うから」「何にも変わらないよ。お母ちゃんと安澄は」このあと安澄はイジメを克服して「やっぱりお母ちゃんの遺伝子少しだけ残っていた」と、2人抱き合うのです。この前半のエピソードだけでも感動ものなのですが、実はこの2人のセリフが、後でもっともっと深い意味を持ってゆくのです。ネタバレするので、詳しくかけませんが、唸る脚本でした。子役出身の杉咲花は、最初子供の様な表情で登場するのですが、作品の中でみるみる大人びた女性になっていきます。彼女は女優としても見事に成長しました。優しいけど頼りない、1年行方不明だった夫(オダギリジョー)。その元妻(篠原ゆき子)。お母さんに捨てられた九歳の女の子(伊東蒼)。母親の病死をずっと娘に伝えられない、やもめの探偵(駿河太郎)。人生に立ち向かえないヒッチハイクの若者(松坂桃李)。そして安澄。双葉以外はみんな「逃げて」いました。双葉のお陰で、ギリギリ立ち止まります。そして、この「湯を沸かすほどの熱い愛」という題名が、作品冒頭ではなく、作品最後に出てくる演出にも、大きな意味があります。監督と脚本は、これが長編第一作目という中野量太。楽しみな監督が増えました。(2016年作品、レンタル可能)
2018年02月18日
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1月の後半です。「パディントン2」と「デトロイト」はお勧めです。「パディントン2」子熊は何故世界中から愛されているのだろう。クマのプーさんを例えにとっても、少なくとも西欧諸国では重要なキャラであることは確かだ。日本でも、アイヌは熊を神(カムイ)と見なし特別視しているし、東北でも賢治は熊を大事に扱った。どの国でも熊に襲われて亡くなった人の言い伝えは、広がっていたはずだ。実際獰猛な熊の破壊力は、素手の一般人ではほぼ太刀打ち出来ない。それでも何故愛されるのか?孤児のパディントンを育てたペルーの叔母さん夫婦、そしてイギリスで暖かく迎えたブラウン一家、町の中で(1人の自警団の男を例外に)一生懸命「親切」を実践するパディントン本人を暖かく見守り助ける街の人々、ここには、古き良きイギリス、そして熊の親子にもありそうな伝統が生きている。(移民の)熊の子を「熊というだけで差別しようとする」ことに対して、明確にノーというこの作品は、イギリスの中の確かにある潮流をも代表しているのだろう。1960年代のロンドン風景と実写の人物とパディントンがなんの違和感もなく溶け込んでいるのは、おそらく凄い技術なんだろうな。ヒュー・グラントの悪役弾けっぷりが、流石です。(STORY)ブラウン家の一員として、幸せに生活しているクマのパディントン。もうすぐ100歳になるルーシーおばさんへの誕生日プレゼントを探していた彼は、骨董品屋ですてきな絵本を見つける。絵本代を稼ごうと窓ふきのアルバイトを始めるが、洗剤を頭からかぶるなど失敗しては騒動を起こす。そんな中、絵本が盗まれ、一家と共に絵本の行方を追うパディントンだが……。(キャスト)ヒュー・グラント、ブレンダン・グリーソン、ヒュー・ボネヴィル、サリー・ホーキンス、ジュリー・ウォルターズ、ジム・ブロードベント、ピーター・カパルディ、(声の出演)、ベン・ウィショー、(日本語吹き替え版)、松坂桃李、古田新太、三戸なつめ、斎藤工(スタッフ)監督:ポール・キング製作:デヴィッド・ハイマン原作:マイケル・ボンド上映時間104分「デトロイト」前回の「ゼロ・ダーク・サーティ」や「ハート・ロッカー」よりもよっぽど良かった。それでも、アカデミー賞最有力と言われてノミネートさえ獲れられなかったのは、何かの圧力があったのかもしれない。1967年と言えば、既に私は生まれている。当然ながら、その概要さえも今回初めて知った。容疑者の警官が全て無罪になっているからである。密室の殺人じゃない。周りに何人も被害者がいた中での出来事である。1967年なのに、まだ陪審員は白人ばかり。当然のように不当判決が下りる。デトロイトは、トランプの支持基盤らしい。要は未だにアメリカは、この構造を変えていない。警官のリーダーにウィル・ポールター(「レヴェナント蘇えりし者」で、気の弱い若者を演じた)を配置した。高校卒業直後の警官と言われても信じてしまうような相貌であるが、警官のリーダーなので、ベテラン警官のはずだ。この幼稚さにクレバーな狂気と凶暴が加わる怖さ。(解説)1967年に起きたデトロイトの暴動を題材にした実録サスペンス。暴動の最中、あるモーテルで警察が宿泊客に行った過酷な自白強要の行方を、息詰まるタッチで映し出す。監督は『ハート・ロッカー』などのキャスリン・ビグロー。『スター・ウォーズ』シリーズなどのジョン・ボイエガ、『レヴェナント:蘇えりし者』などのウィル・ポールター、『リチャードの秘密』などのジャック・レイナーらが熱演する。2018年1月28日シネマ・クレール★★★★「光」期待倒れだった。1度人を殺したのに、たまたまの津波で不問に付されて25年後、改めてその罪を繰り返す男女を描く。表情豊かに罪を語る瑛太と対照的に、殺す時以外はずっと仮面を被っている井浦新。そういう描き方は、面白かったが、この映画に普遍的な価値はない。たまたまの殺人者を描いているのに過ぎない。得るものはなかった。(見どころ)「舟を編む」などで知られる直木賞作家・三浦しをんの小説を、『ぼっちゃん』などの大森立嗣監督が映画化したサスペンス。大災害で生き残った3人の男女が25年後に再会し、逃れることのできない運命に翻弄(ほんろう)されるさまを描く。主人公とその妻を井浦新と橋本マナミ、幼なじみを瑛太、元恋人を長谷川京子が演じ、過去の秘密によってそれぞれの狂気が呼び起こされる様子を体現する。(あらすじ)東京の離島・美浜島で暮らす中学生の信之はある夜、男に襲われた恋人の美花を救うため、殺人を犯してしまう。そして島を大災害が襲い信之、美花、幼なじみの輔と数人の大人だけが生き残る。25年後、島を出て妻子と生活している信之(井浦新)と、過去を捨て芸能界で成功を収めた美花(長谷川京子)の前に輔(瑛太)が現われ……。2018年1月28日シネマ・クレール★★★
2018年02月17日
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1月に観た映画はたった6作品でした。2回に分けて紹介します。なんか、映画に対する情熱が薄れてきているのかな。「人生はシネマティック!」あのダンケルクを戦意高揚のために、戦中に映画化していた。(解説)第2次世界大戦中のイギリスを舞台に、コピーライターの秘書が脚本家として奔走する姿を描く人間ドラマ。偶然書いたコピーを気に入られたヒロインが、国民を励ますための映画の脚本家に抜てきされ奮闘する様子を映す。監督は『17歳の肖像』などのロネ・シェルフィグ。『ビザンチウム』などのジェマ・アータートンや、サム・クラフリン、ビル・ナイらが出演している。(あらすじ)第2次世界大戦中のロンドン。コピーライターの秘書として働くカトリン(ジェマ・アータートン)の書いたコピーが評価され、映画の脚本陣に加わることになる。テーマは、ダンケルクの戦いでナチスドイツ軍から兵士を救った双子の姉妹の感動秘話。ところが、ベテラン俳優のわがままや政府と軍部の検閲などのトラブルが発生し、そのたびに脚本を書き直すことになる。当時の映画の作り方がとても興味深い。けれども、ラスト近くに思わぬ不幸が襲うというのは、当時の映画に対するリスペクトでなければ、あまりにも陳腐な脚本と言わなければならない。ただ、「信憑性と楽天性」をプロデューサー自身、政府自身が主張していたのは、嘘ばかりで固めた当時の日本国に見せてあげたい。英国人はアメリカ人のことをヤンキーと言っていたんだ、あのハリウッドをバカにしていたんだとわかって、同じく「抑制のきいた演技」を好む日本人としては我が意を得たりと思う。ハリウッドが世界基準じゃないと改めて思う。ビル・ナイがいい味だしている。2018年1月7日シネマ・クレール★★★☆「キングスマン/ゴールデン・サークル」前回と同じぶっ飛び具合なんだけど、2回目になると、なんだかいまひとつ乗れない。エルトン・ジョンの頑張りはびっくりしたけど、それ以外は前回よりもなんかトーン・ダウンしたような。主要登場人物を容赦無く殺すのは、なんか生理的に受け付けないのかな。でも、あのエルトン・ジョン全部ホンモノだったの?(STORY)謎の組織「ゴールデン・サークル」によって、ロンドンにある高級スーツ店を隠れみのにしたスパイ組織「キングスマン」の根城がつぶされてしまう。残ったのは、以前スカウトされて腕を磨いたエグジー(タロン・エガートン)と、教官でありメカ担当のマーリン(マーク・ストロング)だけだった。二人は敵を追い、同盟組織の「ステイツマン」の協力を求めてアメリカへ渡る。(キャスト)コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、タロン・エガートン、マーク・ストロング、ハル・ベリー、ペドロ・パスカル、エドワード・ホルクロフト、ソフィー・クックソン、エルトン・ジョン、チャニング・テイタム、ジェフ・ブリッジススタッフ監督・脚本・製作:マシュー・ヴォーン脚本:ジェーン・ゴールドマン上映時間141分2018年1月11日Movix倉敷★★★☆「パーティで女の子に話しかけるには」ほとんど事前情報なしに出掛けた。「ボーイ・ミーツ・ガール」の傑作だと聞いていたので、まさかファンタジーとは思わなかった。まさかイギリス映画とは思わなかった。まさか1977年の昔の話とは思わなかった。まさかパンクがこんなにもガンガン流れるとは思わなかった。結局それだけでも良かった。どの星、どの国、どの時代であろうとも、みんな苦手な世界だけども、恋の話は総てをひとつにするのだ。労働者階級が寄せ合っている、あの巨大なアパートの夜明けの風景をみて、異星人のザンは呟く。「この世界も美しい」と。(解説)『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』などのジョン・キャメロン・ミッチェル監督が、ニール・ゲイマンの短編小説を映画化したラブストーリー。1977年のロンドン郊外を舞台に、内気なパンク少年と遠い惑星からやって来た少女の交流を描く。美少女の異星人を『SUPER 8/スーパーエイト』などのエル・ファニング、彼女と恋に落ちる少年を第69回トニー賞で演劇主演男優賞を受賞したアレックス・シャープが演じるほか、オスカー女優のニコール・キッドマンらが共演。(ストーリー)1977年のロンドン郊外。内気な少年エン(アレックス・シャープ)は偶然参加したパーティで美少女ザン(エル・ファニング)と出会い、音楽やパンクファッションの話で盛り上がり、恋に落ちる。しかし、遠い惑星に帰らなければならない彼女と過ごせる時間は48時間のみ。大人たちが押し付けるルールに反発した彼らは、一緒にいるために逃避行するが……。2018年1月25日シネマクレール★★★★
2018年02月16日
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「キャプテンサンダーボルト(下)」阿部和重 伊坂幸太郎 文春文庫私の推理はこうだ。最初の数章は、相葉を伊坂、井ノ原を阿部が担当した。プロットは決めておいたが、結論と細かいところは全然決めていなくて、2人のキャラが確立した辺りから、いろいろシャッフルしてきた。ボーナストラックは、上巻が伊坂、下巻が阿部である。とはいえ、おそらく4-5年ぐらいは回答は明らかにされないだろう。明らかにされるタイミングがあるとすれば、映画化のときだ。実際、これほど映画化に向いた原作はない。原作自体が既に話題性満杯だし、作者本人たちはモデルにしていないと言っているらしいが、プロデューサーが頑張って、相葉を相葉雅紀、井ノ原を井ノ原快彦に演ってもらったら、ヒット間違いなしだろう。ついでに村上病に関連して、村上春樹のちょい出があれば決定的である。これは、見事なバディ映画であるのと同時に、「ゴールデンスランバー」を彷彿させる、ノンストップエンタメ作品でもある。2018年2月11日読了
2018年02月14日
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「キャプテンサンダーボルト(上)」阿部和重 伊坂幸太郎 文春文庫内容(「BOOK」データベースより)ゴシキヌマの水をよこせ―突如として謎の外国人テロリストに狙われることになった相葉時之は、逃げ込んだ映画館で旧友・井ノ原悠と再会。小学校時代の悪友コンビの決死の逃亡が始まる。破壊をまき散らしながら追ってくる敵が狙う水の正体は。話題の一気読みエンタメ大作、遂に文庫化。本編開始一時間前を描く掌編も収録!読むスピードに興が乗ってくるまで、時間がかかった。多分、かわりばんごに原稿を書いているのだろうし、最後の辺りは文体も統一している雰囲気はあるけど、それでもテンポか違ってなんかダメだったのである。相葉は伊坂が担当して、井ノ原は(この作家のことは知らないけど)阿部さんが担当している節がある。それでも上巻最後の辺りはテンポよくなったのだから、これから期待できる。と言ったところで、まだ下巻は買っていないことに気がついた。この行き当たりばったり、相葉みたいだな。2018年1月17日読了
2018年02月13日
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「岳飛伝15」北方謙三 集英社文庫 ふり返ると、雄州の城郭に、旗が翻っているのが見えた。 戦だけではなく、すべてのことが、自分が考えていることの、先へ先へと行く。 あんなところに、あんな旗を掲げることなど、候真は考えてもいなかった。楊令が帝になるべきだと、酔っては言っていた戴宗のことが思い出される。 候真は、雄州の城郭に背をむけて、歩きはじめた。 体術を競った褚律が、心を病んでいる。自分は、ただ酒に溺れている。そして、酔うと、死んだ者のことしか思い出さない。 老いるとは、こういうことなのだろうか。 山道になった。候真は立ち止まり、気息を整えて、また歩きはじめた。(389p)読み終えた。あと二巻だ。それこそ「気息を整えて」読んでいかねばならない。戴宗が酔いながらでしか主張できなかった「楊令戴帝論」は、この水滸伝シリーズが始まった時に多くの読者が「歴史的事実じゃないからあり得ない」とは思いながらも、当然そうなのだろうと思っていた道だろうと思う。それと違う道を模索した為に(何しろモデルはキューバ革命なのだ)、第3部に移って、かなり(おそらく)読者を減らしながらもこういう展開になっている。秦容などは、「中華に二つの国家があっても、国境は有名無実で、やがて消滅する。国家を支えるのは、物流である。」という「くに」を夢想して、その為に「命を投げ出す」覚悟を決めた(323p)。後の世の私などにとっては、それはあまりにも甘い考えの様に思う。しかし、物流そのもの、商品そのものの正体がわかっていなかった時代に、彼らの夢を嗤うことなどができるはずもない。候真の戸惑いも無理からぬことだ。「自分が死ぬのだろうと思ったとき、それこそが人生なのだと、私には見えてきたのだよ」(247p)「やるだけやって死ぬ、でも。インコが言う。でも、は崔如が教えたら、いつの間にか言うようになっていた」(353p)私の人生も、彼らと同じく、未来は見えない。やるだけやって死ぬだけだ。しかし、褚律が放っておけない(^_^;)。2018年2月読了
2018年02月12日
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「ビジュアル大和言葉辞典」大和心研究会 ビジュアルだいわ文庫古語は文化の遺物である。きちんと研究すれば、古代の世界を解明する要素になるだろうし、素人の私たちが知れば、古代を感じる窓になるだろう。古語本来の意味から、最近の使い方まで書いている。間違えるポイントまで書いている部分もあり、全てに用例並びにイメージ写真が付いているので、受験生の直前学習にはいいかもしれないし、それを狙っているのかもしれない。一方、私にとっても親切な古語入門にもなっている。古語は本来、一言づつに長い歴史があるのだから、普通の辞書にあるような無味乾燥的な説明では物足りないのである。私の本来の関心は弥生時代なので、平安時代以前の出典のあるものを特に重視した。厳密に見るのならば、本来の古語を知るには不十分な著述ではあるが、雰囲気を知るにはこれぐらいがいい。以下、勉強になった古語をメモする。・青海原(あおうなばら)海原(うのはら)とも云う。「う」大きい「はら」場所・隠れる 見えなくなる。雨隠れ =雨宿り・木漏れ日 英語にこの意味する言葉はない。爽やかさや温もり、神々しさを感じるのは、独特。・さらさら→ささらめく・ささらぐ→せせらぎ(細流)・時雨(しぐれ)→しぐれる(雨が降りそう)・しぐる(涙をこぼす)・しめじめ(しとしとと潤いを持って)・統ばる(すばる)・統ばまる→昴(すばる)枕草子に登場古代から知られていた星。・きわ あと少しでものになるギリギリのところ。→汀(みぎわ)・山際(やまぎわ空の部分)反対、山の端(やまのは山の部分)・暁(あかつき)朝の全体→曙(あけぼの)→朝ぼらけと云う風に移る・あたら(惜しい)→あたら夜(惜しむべき月が美しい夜)・古(いにしえ) 往にし方 自分が生まれる前の過去 CF昔(自分の生きてきた過去)・泡沫(うたかた)転じてはかないもの例え・篠竹で作った明かり取り→篠(しの)の目→東雲(しののめ、夜明け)用例は古今和歌集・たま(滅多にない事)→たまの、たまたま→たまさか(ホントに滅多にない)→たまゆら(玉響、短時間)・つとに(早朝に)・ゆきあい(行き逢い→季節の変わり目)・したためる(事前に準備する→文を準備して書く)・あながち(必ずしも←強ち←強引に)・熱る(いきる)興奮する、怒る・面映ゆい(おもはゆい)恥ずかしい、照れくさい・こう(恋う、慕う)(乞う、求める)・こころよす(心を寄せる、好き、ひいきする)・すずろ(心に赴くままに物事をする、本意に反する、風情がない)・はなむけ(餞、鼻向け)旅人の安全を願って馬の鼻を向かう方向に向けた事から出た言葉、紀貫之「土佐日記」に出てくる・勢う(栄える、圧倒する、社会を支配する)出典「更級日記」・面も振らず(脇目も振らず)、面を冒す(目上の人を恐れず諌める)、面を起こす(面目をほどこす)、面を輝かせる、面を向かう(対面する)・言問う(こととう)話す、質問する。こととはぬ木すら妹と兄ありとふを ただ独り子にあるが苦しさ。出典「万葉集」・流離う(さすらう)、彷徨う(さまよう)・弛む(たゆむ)→油断する・微睡む(まどろむ)出典「古今和歌集」・「ぬばたまの黒髪」と「みどりの黒髪」は、表面的な意味は同じだが、その意味するところは正反対。・数多(あまた)・いとけない(幼い)いとは幼児。愛しい。ないは意味を強める接尾語。・さやか(清か)はっきりと、明るく清らか。出典「古今和歌集」・さおとめ(さ=稲の神、おと=若い、め=女性。田植えをする若い女)出典「万葉集」ではおとめを「未通女」「処女」・しじま(沈黙)・たおやかに(しなやかに)出典「枕草子」・佇まい(たたずまい)元は立っている様子そのもの・揺蕩う(たゆたう)揺れてくる。出典「万葉集」・千尋(ちひろ)非常に長いこと・のどか(長閑)のんびりしている。のど=穏やか。・ほのめかす=少しだけ伝わるようにする・見目よし(美男・美女)・やんごとない用事で(特別の用事で)VSよんどころない用事で(仕方ない用事で)・淡雪(あわゆき、沫雪、泡雪)出典「万葉集」・麗らか(うららか)出典「枕草子」・朧月(おぼろづき)出典「新古今和歌集」朧は夜、霞は昼。・陽炎(かげろう)日中又は朝方の陽のゆらめき。出典「万葉集」・朝凪、夕凪。出典「万葉集」・野分。出典「源氏物語」・返り花(初冬の小春日和の頃に咲く花)忘れ花、狂い花。・木枯らし(初冬に太平洋側で吹く冷たい風、木の葉を落とし枯らしてしまうぐらいの風)出典「新古今和歌集」2018年1月読了
2018年02月11日
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「明日は、いずこの空の下」上橋菜穂子 講談社文庫旅は人間を飛躍させる。2013年から2014年にかけて書かれた、上橋菜穂子の旅をテーマにしたエッセイ。結局それは、17歳の初めての海外旅行、文化人類学者としての沖縄やオーストラリアのフィールド旅、そして母親との20回を越える親子旅の記録になり、著者の人生そのものを写す作品となった。旅は、短い期間なのにとっても充実した時を提供する。それは私にも経験がある。著者の初めてのイギリス旅行は、彼女にファンタジーの扉を開けさせ、アボリジニの調査は、今まではあまり人類学と作品との関連を語ることはなかった著者に、明らかに様々な関連を告白させた。そして、この単行本の上梓後のご母堂の死去を予想していたがごとくに、後半はお母さんとの思い出旅のことばかりになる。上橋菜穂子さんのエッセイの書き方が、私的には好き。最初に印象的な「会話的な言葉」から始める。中盤辺りで、その言葉が、人生の大切なことと関連してゆく。ヒトは旅だけではなく、人と出逢って、会話して、そうして生きてゆく。もしかしたら、成長してゆく。表紙はなんとお父さん上橋薫氏の描いた絵らしい。とても83歳の人の絵とは思えない色使いだ。優しい人柄が滲み出ていて、この両親ありて娘だな、と思った。2018年1月23日読了
2018年02月10日
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「健康で文化的な最低限度の生活(6)」柏木ハル子 小学館コミックス「あなたは自分で払っていないからわかっていないかもしれませんが、そこにいくらかかっていると思います?ICU入って入院して…前回の入院も合わせたら、軽く100万は超えてますよ」(アルコール中毒緊急入院時の医者の言葉)「今回の入院だっていくらかかってんの?10万、20万じゃきかないでしょ…?あんな奴のためにそんな金をかける意味あんの?」(アルコール医療専門医院への転院手続きを終えた後のケースワーカーの呟き)私は、「あんな奴」のためにお金をかける制度が生活保護制度だと思っている。「あんな奴」だからこそ、とも思っている。労働環境を改善して、滑り台社会を改善すれば、かけるお金も減るだろう。むしろ生活保護しか(実際はもう少しあるかもしれないが)、受け止める網がないのが問題だとも思っている。アルコール中毒は、病気である。そのことさえ知らない人がまだ多くいる。私はアルコール依存症の人のことはよく知らないが、(対処法は大きく違うけれども)パチンコ依存症の人は2人知っている。その害悪について、毎日の様に「パチンコに問題はない」(第一の否認)と「パチンコ以外には問題はない」(第二の否認)の間を繰り返す人のことを知っている。そういえば、日常的に周りが「いけないよ、いけないよ」と言い、その男もヘラヘラ笑いながらそれを受け止める。そんなこんなが何年も続いても一向に治りそうもないことも知っている。でも最近は安定してきた。そんな「症状」のことを知っている。だから、治療は一般の治療とは違うことも知っている。それでもケースワーカーの中の一部でさえ、お金の使い方に理不尽さを覚えるのが現代日本である(一方では5兆円以上の「防衛費」に不満は言わない)。私は生活保護パッシングをする人は、みんな「無知」だと思っている。このマンガが1人でも多くの無知の人に届くことを祈る。
2018年02月09日
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「ボブという名のストリート・キャット」ジェームズ・ボーエン 服部京子訳 辰巳出版去年2回も「ビッグイシュー日本版」の表紙を飾ったボブとボーエンとの「実話」をやっと読むことができた。映画も観た。内容もこの本とほとんど同じ(←原作なのだから当たり前)ではあるが、エピソードの強弱は、かなり違う。何よりも、ボーエンの心情と周りの社会環境は、映画では描ききれないことがかなり書かれている。映画を観て興味を抱いたならば、是非本書を紐解くことをお勧めしたい。びっくりしたのは、ボーエンは小さい頃から猫と一緒に育って来たようで、最初から猫の知識と付き合い方を熟知していたことである。だからこそ、ボブはボーエンを信頼したのだろう。イギリスのホームレス政策や薬物依存患者更生プログラムの具体策は、もっと日本が参考にしていい。2007年に2人が出会った時には、ボブは一才未満だった。ならば、現在は12歳になろうとしていると見た方がいいのだろう。昨年日本にやって来た時の写真や記事を見る限りでは、まだまだ元気なようだ。しかし、いつかは居なくなる時がある。ボブは不妊手術を受けているから子孫は居ない。ボーエンはその時にはどうするのだろう。映画「ボブという名の猫」を観た岡山のビッグイシュー販売者さんはこう言った。「最初からずっと涙が止まらなかった。彼らはたまたま出会ったんだけど、それを大切にしてセカンドチャンスを活かした。私も、ネコというのではなく、セカンドチャンスを生かしたい」ざっくり言うと、そんな感想でした。本を読めば更にいろいろ思うのではないか、と思い一応「図書館で」手に入れることをオススメしておいた。
2018年02月07日
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「ビッグイシュー327号」ゲット!表紙は「パディントン2」である。映画評にも書いたが、パディントンはペルーからの移民の子供だ。いやむしろ「不法移民」である。移民に嫌気がさしてEUからの離脱を決めたイギリスで、この作品がヒットしていることに、先ずは驚くし、英国人の良識を観て、心が温かくなるのである。特集は「あなたもつくれる!小さな図書館」。今、個人が始めた“小さな図書館(マイクロ・ライブラリー)”が個人宅やカフェ、お寺や近隣スペース、大学などに広がり、全国で1500を超える。「ホンノワまちライブラリー」は家の前に小さな本箱を置く。「星空の小さな図書館」は古民家シェアハウスの敷地にあり、「ナガヤ図書館 おとなり3」は古い長屋を改装した一室で活動を行う。コワーキングプレイスに併設の「Co-ba library」は会員制だ。礒井純充さんは「まちライブラリー」を提唱し、自ら始めた「ISまちライブラリー」を皮切りに、“蔵書0冊”の「まちライブラリー@大阪府立大学」で「植本祭」を開き本も人も集めた。「まちライブラリー@もりのみやキューズモール」では1万4千冊以上を集めている。蔵書や場所がなくても、誰でも始められる“小さい図書館”は、人と人がつながる「図書“環”」ーー人を集める“ひとライブラリー”だ。小さな図書館を取材し、礒井さんに「まちライブラリー」について聞いた。かつて私も「小さな図書館」を妄想したことがある。大学から実家に帰った時に、家族にぶうぶうと言われながら10箱ぐらいの段ボールを送った。中には4年間で集めた500から800冊ほどの中古のマンガや雑誌が入っていた。また、この数十年間で仕方なく積み上がってしまった本が2000冊以上はある。ほとんどは一山100円とか0円とかで買われる本であるが、特にマンガなどは未だに私は「将来の希少本」だと思っている。つまり、「思い入れのある本」ばかりで、なかなか捨てることができない。それらを1度きちんと本棚に並べて、図書館にしたらどうかと思ったのである。当時は、まだ姪たちが中学生、高校生で、読んでくれるのではないかという「あて」もあった。ところが、私の悪い癖で、妄想だけして一向に「整理」できない。いつの間にか彼女たちはオトナになった。もう一つの妄想は、家の前か小学校の通学路なのである。倉庫を改造したら、彼らの為の図書館が作れないか?それもこれも「整理」ができなくちゃ始まらない。でも、この特集を読んでホントに様々なタイプの図書館があることがわかった。また妄想は膨らみつつある。「ザ・ビッグイシュー・EYE」の広瀬隆さんのインタビューは、読んだら怖くなること必至の内容。特に伊方原発の風下にいる私などは。
2018年02月06日
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さて、昼前になった。急いで今日の大目的。東京三大考古博物館巡りである。両国から蔵前へ。蔵前から西馬込まで浅草線で。そこに着くまで40分はかかるかとおもいきや、30分以内だった。駅前にあったお地蔵様。何処で食べれるかわからないから、ここで昼食。昨日と同じカレーセット。同じ内容。でも、昨日は1000円。こちらは850円。深川と西馬込では物価が違うようだ。前回月曜日を避けて来た時は、展示替でお休みだった。まさか年始から展示替はないだろうと思いきや、甘かった。思わず「あり得ない!」と大声で叫んだ。前回は気がつかなかったが、事務所に人はいるのだ。図録だけでも買わせて欲しい。と折衝して、買わせて貰った。3冊も。一挙に荷物が重くなる。バスで大森駅まで行く。その近くに、日本考古学発祥地大森貝塚があり、品川歴史館があるからである。ちょっと大げさなレプリカをつくって、遺跡公園になっていた。ここは私は20年ほど前に来たことがある。こんなに大げさな公園だったかな、と思う。ともかくデジタルカメラで初めて記録するという意義があるだろう。大森貝塚の説明書があった。これはこれから行く博物館の方が詳しいだろうと思い、真剣に撮らなかったが、そうではなかった。少し歩いて品川歴史館に着く。おお、新しくなっていた。期待が膨らむ。品川の歴史全体を扱っているので、大森貝塚の扱いは小さい。それは二階に特別コーナーがあるはずなので理解する。他の縄文時代貝塚の展示。驚いたことに、ここの縄文人はカマドを持っていたのである。聞いたことないけど、事実なのだろう。縄文土器。大森貝塚。5つの大きな遺跡が近くにあったようだ。弥生土器も少し出ているようだ。二階の図書室に隣接したモースコーナーを見てがっかりする。以前よりも展示が減っている。土器は全てレプリカだ。発掘当時の模型があるのが面白かったが、とてもがっかりした。なんのための新館なのか。事務所の若い職員に「前はモースの発掘した土器がもっと展示されていたと思う」というと、「少なくともこの五年間は展示替えはしていないです」「この前来たのは10数年前です」「それは仕方ないですね」「あの土器群は何処に行ったのでしょうか?」「収蔵庫の中でしょ」とさらっという。「それはあまりにも勿体無くはないですか」と嫌味を言ったが「このおっちゃん何を熱くなってんだ」という顔だった。「私はこのために岡山から来たんだ」と言いたかったが、ぐっと飲み込んだ。とてもがっかりした。図録を一冊買った。そこから、大森北側の、まさしく迷路のような道を分けて行き、尾崎士郎記念館に行く。大震災に焼け出された当時の文士が西馬込から品川に住んで文士村と言われた。その代表者の1人。ここは、何度か文士村を行ったり来たりした後、晩年の10年持ち家として住んだ処。この辺りは震災でも戦災でも大丈夫だったのだろう。大森駅から田町駅にいき、そこで港区立港資料館を探す。ここからは東京タワーが見える。見つかった。ところが、である。またもや閉館中。そんなにも人に見せたくはないなか。「がっかりしました」と嫌味をいいながら、本を一冊だけ買う。事務所の若いお兄ちゃんには、この悔しさは通じていなかっただろう。5時まで新幹線に乗れるかなと思っていたぐらいなのだが、現在3時。本来は時間的に行けないと思っていた通販でよく買う六本木ワインショップで食事をすることにした。田町の三田駅から大井町へ、そこから六本木へ。ペペロンチーノスパゲティと、チリワインの白でシャルドネ。ワイン専門店だけあって380円(時間サービス)だけど、いいワインを提供。料理も満足美味しかった。東京駅。17時10分発の新幹線に乗る。自由席だけど最初から座れた。ビールで最後の晩餐。鴎外荘で貰ったビンゴ景品お菓子の詰め合わせが、最後まで活きた。腹に入れて少し荷物容量も減らせた。6日間の東京ぶらぶら旅はよく歩いたと思う。万歩計がないのでわからないが、毎日平均すると20キロはいっていたのではないか。これであと、東京舞台の小説を読む楽しみができた。キチンと計算していないが、旅費総額は、一万円ぶん以上買った図録代も合わせて15万円前後だと思う。結果的に外国旅行(台湾、韓国)よりも高くついた。しかし時間は有効に使えた。道を聞くのもスムースだった。それなりに満足する。日本を再発見する旅だった。
2018年02月05日
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1月4日(木)晴れ 最終日昨日は何故か興奮して4時ごろまで眠れなかった。起きたのは7時半。急いで朝食。もう雑煮はない。ここは、各地の郷土食が売り。江戸前天ぷらは食べれなかったので、ここで食べたことにする。まあまあ。佃煮は、やはりいろいろある。おちせは四品あった。ゴボウも、おせちに入れるのか?やはり伊達巻は欠かせないらしい。岡山にもあるが、必須アイテムとは私は思わない。結局豪華になった。法華ホテルの朝食は、なかなか良いと思う。本当は今日から開いている考古学博物館のために三つ厳選してそこだけ回る予定だったが、昨日回りきれなかった両国周辺を朝早く回ることにする。果たしてどうなるか。蔵前から両国へ電車。北斎通りを歩いて、北斎誕生地へ。そこは、2016年開館したばかりのすみだ北斎美術館があった。北斎は生涯で何十回も引越しを繰り返したが、その出発点は両国だった。職人が多く、文化人も多い賑やかな町だった。美術館は後で行くことにして、昨日の吉良邸のそばにあるはずの小林一茶旧居跡を目指す。北斎誕生地の前に詳しい地図があったので行く気になった。ところが、なかなか見つからない。こんな看板。五鉄に集った平蔵や元盗人たちの顔を思い浮かべる。そして知りたかったこんな看板は見つけれた。型川。ここから、遠く富士山が見えたのか?信じられない。しかし、絵は見事としか言いようがない。中田茶屋も由緒あるらしい。ついでにここでお土産茶をふたつ買う。そこで教えて貰った。堅川の北斎画やお茶屋の真向かいに小林一茶旧居跡の説明書があった。周りにいろんな文化人が住み着く。江戸時代からここは文化の揺籃地だった。野見宿禰神社に行く。この正月、横綱や親方はこの神社に参っただろうか。参っていないからあんなごたごたが起きているのではないか。ちょっと迷いながら、河竹黙阿弥終焉の地の看板を見る。本の地図は当てにならない。迷って明治最初期の「怪談牡丹灯籠」などの噺、名人円朝旧居跡を見る。公園になっていて、そこからスカイツリーが見える。すみだ北斎美術館にやっと着く。なかなか斬新な建物。常設展だけを観た。凄い絵が置いていると思いきや、見張り?の女性に聞くと常設展は全部レプリカらしい。全く残念。すみません。これだけは写真に撮らせてもらいました。晩年の北斎と、それを見守る娘のお栄である。そのあと江戸博物館北の東京都慰霊堂に行く。大正11年(1922)の関東大震災の折に大きな犠牲を出した焼死者の霊を供養し、東京復興を記念するために建てたらしい。その後、東京大空襲の遺骨も安置することになった。破風の屋根にコンクリート造り。関東大震災遭難死者58000人の遺骨を納め、東京大空襲の受難者の遺骨も合わせて、現在163000体の遺骨が安置されているという。東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑。この花壇の模様は、都内の学生から毎年募集してその都度春夏秋冬デザインが変わるという。このあと、私は結果的にこの日1番の見応えのある博物館に出会うことになる。東京都復興記念館。言うなれば防災センター第一号。昭和6年建設。館内には、震災および戦災の記念遺品や当時の状況を伝える絵画などが堂々と展示されていて、初めて観る絵も多く、圧倒された。これは1929年(昭和4年)の(大震災からの)大東京復興模型。埋立地や下町のほとんどがまだ復興半ばであることがわかる。関東大震災時の写真も多くあり、圧倒された。これは皇居前広場の避難群衆。広場には約30万人が避難したと言われている。写真を三枚重ねて貴重な資料になっているが、ネガは戦災で失われたので、これが唯一の写真となった。今にも火が押し寄せる写真。これから燃えてくる日比谷交差点。大震災で下町は全滅している。この6日間で歩いた地域に関して言うと、根津谷中千駄木上野以外は全て赤く塗られて全焼したということがわかる。わずかに残っていた古い家は、奇跡的に残ったか、戦後すぐに建てた復興途中の東京都。竹久夢二の絵があまりにも悲しい。思わず買ってしまった。のちに詳しく読書レビューを書きます。ここからは東京大空襲。詳細に焼けた処が調べられている。とても興味深い「博物館」だった。
2018年02月04日
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次に間宮林蔵の墓を探す。来た道を随分戻る。見落としていたというわけだ。見ると随分立派な墓である。どうやら、業績が評価されて海軍とかの偉いさんによって墓が新しく作られたみたいだ。「史蹟指定 間宮林蔵の墓」東京府大正14年とある。亀久橋を渡り、冬木、深川に入る。清澄通りの写真の辺りが小津安二郎誕生地とはわかっているが、尿意がたまらなくその場を離れる。結局、深川七福神巡りのひとつ心行寺で貸してもらう。門前仲町に入り、深川東京モダン館に着く。開いていた。これも実は遺蹟。旧東京市深川食堂である。昭和7年竣工。大震災後なので鉄筋コンクリート二階建て。大空襲に耐えた。現在は観光案内所。ベイキャメルという昭和初期のコーヒーを100円で提供されていた。もちろん飲んだ。香りが強い。こんな玩具も置いてあった。傘を回すと人形が動く仕組み。この建物は窓枠に特徴がある。近くに伊能忠敬住居跡がある。その近くに「渋沢栄一宅跡」がある。現在は巨大なビルが建っている。そこから川を隔てた向こう側の公園に維新重要人物の学習塾跡があった。佐久間象山砲術塾跡である。ここから歩いて1時間ほどの勝海舟も学んだらしい。門下に吉田松陰、坂本龍馬、加藤弘之などがいる。そこからまっすぐ永代通りを20分ほど歩く。歩道に屋台が出て凄い人出でなかなか歩けない。深川不動堂を通り過ぎると少し空く。でも思ったよりは多い。富岡八幡宮でした。とりあえず、怖いもの見たさで来た。その後仕方なく、ワープして両国前の回向院で。つまり、タクシーを使った。1610円。相撲関係の石碑があったり、犬猫供養をしていて、この倍する供養板?が供えられてあったりした。1番はここにもあった鼠小僧次郎吉の墓である。少しでもお金にあやかりたくてこの墓を削って行く人が絶えないので、代わりの石を前に用意しているほどである。学生3人が一生懸命削っていた両国前は、芥川龍之介が産まれたところだ。両国小学校前には、文学碑がある。そこから少し行った両国公園には、勝海舟誕生地の石碑がある。最近になって、あかあかと電気をつけて、勝海舟の一生をも展示している。吉良邸は、更に観光地化していた。公園が丸ごと邸跡になっていた。説明書。ここで真っ暗。今日の遺蹟巡りは終わった。まだ行足りない処はある。明日朝に行けるかどうか。とりあえず夕食。ワイン屋に入る。日本ワイン葡萄貴族の白と美湯豚の白ワイングリルを頼む。まずくはないが、立飲みワイン酒場と書いてあったのだ、安いと思い入ったが、これで1912円だった。両国の喫茶店で日記を書いた後に、大江戸線で蔵前まで戻り、ホテル近くの中国料理店「楽宴」に入る。ビールと棒棒鶏、ピータン豆腐、キュウリとサザエの和物。これで980円は安い!量も多かったが、サザエなどは明らかに安物だけど、味付けは本格、すごく美味しくは無いが、正しく現地の味だった。すると、シェフ2人とウエイトレスの3人がバリバリ中国語で私語していた。今回東京を旅をして思ったのは、歌舞伎町だけでは無い、東京至る所が無国籍になりつつある。今日昼のカレー屋さんも従業員は全員インド人かネパール人だった。これは愛国者が嘆いて不当な圧力をかけても仕方ない。むしろその力をキチンと活かす方向で政策を持つべきだろう。具体的には難民申請や就労ビザをもっと簡単にとれるものにする。とかである。いつも日記を仕上げる途中で寝て仕舞って、この数日は寝不足なのだけど、今日は今日のうちになんとか仕上げることができた。ホテルの日記書きは、鴎外荘のビンゴで貰ったお菓子詰め合わせがとても役に立った。明日は朝早くから頑張れそうだ。
2018年02月03日
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南千住から上野。乗り継いで秋葉原、乗り換えて亀戸駅に着く。迷ったが、そこから亀戸、大島と歩いてその辺りで小林一茶旧居跡を探すが見つからず。こんな戦後すぐ建てたみたいな古い家はあった。住吉、猿江と歩き、小名木川クローバーを渡り、川沿いに歩くと、スポーツ会館横に刀工左行秀作刀旧跡というのがあった。江戸の名刀工らしい。その説明文でやっとジョン万次郎旧跡がわかった。北砂小学校の玄関脇に説明書がある。この辺りは武家屋敷があったらしい。船で登城したのだろうか。そこから清須橋通りの方に行くと、東京大空襲戦災資料センターがある。予想通り、今日は休日だった。しかし、玄関脇のオブジェが大空襲の様子をよく見せている。この辺りは東京でも特に空襲がひどかったらしい。道路もよく区画されマンションも多い。焼け野原の影響かもしれない。川南公園の由来と滑り台を載せる。説明文を読むと、大正政府の震災復興計画は真面目なものだったと思う。しかも、この滑り台。とても素晴らしい意匠が施されている。昭和の職人たちは優秀だったのだ。北砂、南砂、千石と歩いて、とても腹が空いているので気がつくと、もう一時を過ぎていた。昨日立てた予定がまだ始まってさえいない。でも背に腹は替えられず、そこにあったカレー屋さんで昼食。ちょうどテレビでは青学大が駅伝総合優勝を決めた所だった。ナンをお代わりする。木場公園を通って平野へ。清澄公園内に何かあるはず、と行きかけると、江戸深川資料館が開いているのに気がつく。それならば入らないといけない。玄関前では、貸してくれるのか羽根つきをしていた。結果、ここで得た資料のおかげでその後の遺蹟巡りが格段とスピードアップした。ここは、住民設定の情景展示をしている。長屋には猫まで居る。実助(まめすけ)という名らしい。1859年に実際その猫が万徳院に葬られている。干鰯魚〆粕・魚油問屋「多田屋」である。大店なので、正月の門松は、8mの笹(竹)と松、杉を利用している。ともかく、「依り代」なのである。繰り返すが、西日本ではこれはほとんどない。八百屋の「八百新」。大根、人参が置かれて、端に漬物樽が置かれている。船宿「相模屋」の中に入ってみる。タンス、縁起棚、長火鉢がある。酒と一膳が付いて、これからしっぽりいい女と船遊びをするのだろうか。船宿の前には猪木船が浮いている。これは船頭は1人、江戸の足として使われた。天ぷらの屋台。「昔のファーストフードだね」とボランティアが説明している。長屋のひとつ。コタツが使われている。長屋には共同ゴミ箱がある。中を見ると、瓦や器の欠けたものが入っていた。隣は共同便所。以上の説明は、深川資料館の展示解説書に多くを依った。500円と安い。その他面白い記事がたくさんある。買いである。もうひとつ、買いだったのが、「ゆこうあるこうこうとう文化財マップ」(500円)。これに依って、行きたい場所のほぼ正確な場所がわかった。今まで探していた遺蹟は全て亀戸駅前の観光マップを手元の地図に落としたいい加減なものだった。これからのも持ってきた本を参考にしようとしていたが、かなりいい加減。たいへん助かった。先ずは、滝沢馬琴誕生地を探す。いきなり無い。お店に聞くと、現在工事中で消えているとのこと。やはり正確だったのだ。よって場所は写真の甘味どころ伊勢屋の北隣である。
2018年02月02日
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