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2013.01.07
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カテゴリ: エッセイ
 1月7日の朝、鹿児島でも「七草粥」を食べる風習がある。鹿児島では「七草ずし」(雑炊の意味らしい)とか「七とこいのずし」と呼ぶことが多い。

我が家の簡単なレシピは、買ってきた七草の他、そこらにあるゴボウや人参や里芋、油揚げなど何でも放り込んでいるようだ。これに小さく切った餅を入れて、味噌仕立てで食べる。見かけは決して良くないが、大変おいしい。

 ただ若い人の家庭では、どれくらいの家庭でそれをつくって食べているのかは皆目見当もつかないし、一般家庭でも作らなくなった家庭が多いようだ。もっとも6日のスーパーにはセットになった七草が沢山売り出される。雑煮を作らない家庭もあるくらいだから、寂しいことだ。

 それでも鹿児島では「七草祝」の風習もあり、1月7日はおめでたい一日である。
それは数えの7歳になった子供に晴れ着を着せて、神社の祈願を受けた後、親戚や友人宅を7軒回って七草ずしをもらうというものである。

 七草ずしを戴くにはお膳にお椀を載せて親戚など7軒を訪問し、「七歳になりました。これからもよろしくお願いします」などと挨拶をして、お椀に少し装ってもらうものだ。
差し上げる方は、お祝いやお菓子を一緒に差出し、もらう方は記念品を置いて帰る。

 しかしこの風習も残念ながら忘れ去られつつあり、最近はその目出度い姿を見ることもほとんど無くなった。地方ではまだ普通に行われているのかもしれない。

 私が以前書いたエッセイが出てきたのでここに再現したい。

     エッセイ「七草がゆ」 2009年1月記

今年は1月7日、昼ごはんに「七草ずし」を食べた。
私は勤務日であったが、娘や孫たちも我が家に食べに来るというので、昼休みに自宅に帰った。お呼びしていた婿のお父さんもみえて、賑やかな昼食になった。

 七草ずしと言えば、私たちの子供の頃は7歳になると、この日は男の子は紋付き袴、女の子は振袖姿で親戚や友人の家を回り「七ところずし」をもらって歩いたものだった。今もそれをする家庭もあるようだが、その晴れ姿はほとんど「七五三」のものになってしまった。

 私の七草の思い出は、疎開先の東郷町でのものだ。終戦の翌年だったにも関わらず、誰かのお下がりだったのか、紋付き袴姿で2,3軒親戚を回った記憶がある。そのとき一人の従兄弟が「写真機があれば、写してあげるられるのになあ」と言って残念そうにしていたのを忘れることが出来ない。敗戦後のことでそれすら出来ない時代だった。

 七草ずしは物心ついてから鹿児島を離れる22歳まで毎年食べていたが、就職して親元を離れて北九州に行ってからは、食べる機会がなかった。当時、意識はしていなかったが、私にとっては、いわゆる「おふくろの味」となっていたのであろう。結婚すると北九州育ちの妻に私があれこれ指南しながら鹿児島風の「七草ずし」を作ってもらった。ところが毎年作ってくれても、もう一つどことは言えないがピンとこない。少し違うぞと言いながら20年近くが過ぎて、一家で鹿児島に引き上げてきた。

 そこで同居した母に材料から作り方まで「七草ずし」を教えてもらった妻曰く「お父さんの教えてくれたものは違っていた・・・」そこでも私のいい加減さが露呈してしまった。それから後は、七草ずし作りの名人になり、今は亡き母を超越してしまったかのようなおいしいものを作ってくれる。孫たちも毎年我が家で食べるのを楽しみにしているようだ。

 同じようなことは「かいのこうつい」(かいのこ汁)でもあった。
これも我が家では昔からお盆の8月14日と15日の朝食べる習慣があった。結婚の後、これも同じような経過をたどり、今日我が家に再び定着したものとなっている。

 ただ一つ我が家の伝統食から無くなったものがある。それは元日の朝食べる里芋の八頭の親芋で作った味噌仕立ての雑煮である。それは大きな親芋を丸いまま入れてあり、お椀からはみ出しそうだった。元日の朝はそれだけを食べて学校の新年の会に行ったものだ。今でも叔母の家などでは、それを食べているようだが、我が家ではいつの頃からかその風習は無くなり、普通の雑煮で祝うようになった。

 その他にも沢山ある節季ごとの風習や料理など伝統的なものが、少しづつ無くなっていくようで、寂しい気がしてならない。十五夜の飾り、お盆の提灯を持っての墓守、先祖の命日のおはぎつくり、餅つきなど私たちが子供のころ祖父母や親から教えられてやってきたことが、だんだん無くなってきた。

 昔からのそのような節季ごとの風習を出来るだけ子や孫に伝えるのも、我々のつとめであると思いそのようにしているが、孫たちも興味を示してくれていて嬉しいことだ。子供のときからいろいろなことを教えたり体験させることが、大切だなあと思うこの頃である。(完)

 ということで、今年も七草ずしを腹いっぱい食べることが出来た。餅の大好きな私は小さく切った餅を五個も入れてもらった。





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Last updated  2013.01.08 15:16:55
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